これを観るためにネットフリックス契約するか迷ったけど……まさかの劇場公開決定!!
幸い、近くの劇場でやってるとこあるから……絶対観に行きます!!
『デジモンストーリー タイムストレンジャー』switchに移植決定!!
てか、switch2じゃなくてswitchでも出来るなら……プレステ4でも出して欲しかった。
幼女に厳しい日本一ソフトウェアの新作『ほの暮らしの庭』安心暮らしモードがあるって!!
掟を破ることが出来ないから、怖いことも起きないって…………安心できねぇ。
さて、今回の『モノノ怪』とのクロス、無理がないよう四話構成で行こうと思います。
まあ、原作ほどエグイ話にはならないでしょう…………ホントウダヨ?
「どうぞこちらです!! 沢田家までこの私……野本伊世がご案内しますね、石動さん!!」
「あ、ああ……よろしく頼む……」
山沿いにある田舎町の人気のない道を沢田家の使用人・野本伊世が溌剌とした様子で歩いていた。
彼女のハイテンションに少しばかり困惑した様子を見せながらも、大人しくそのあとをついていくのは鬼道衆の石動零だ。
「石動さんって、とってもお強いんですね!! 何か格闘技でもやってるんですか!? 今日は沢田家にお泊まりになられるんですよね!? あっ! 好きな食べ物とかあります? 助けてくれたお礼になんでもご用意させていただきますから、遠慮なく言ってくださいね!!」
伊世は石動が仕事——それも沢田家から呼ばれた『客人』であると聞くや、嬉々として質問攻めにしていく。
彼に窮地を救ってもらったことや、彼がいい男——所謂イケメンの類であったこともあり、伊世のテンションは爆上がりである。
「……別に、なんでも構わないが……」
もっとも、そんな伊世の猛アタックに石動は若干引き気味だ。彼女の質問にも素っ気ない返答で、目的地である沢田家を目指して淡々と歩を進めていく。
「…………ふんっ!! 何よ、デレデレしちゃって!!」
そんな石動と伊世の、少しばかり後方を犬山まなが歩いていた。
彼女は浮かれ気味な伊世とは正反対に、どういうわけか石動に対してつっけんどんな態度を取っている。
今のまなの中に『石動零と何度か顔を合わしていた』ときの記憶はない。
彼ともほとんど妖怪絡みの事件でしか関わり合いを持っていなかったため、その存在を明確に記憶することが出来ないでいたのだ。
そのため、今のまなにとって石動零という人物は——『妖怪や不埒な男たちから自分を助けてくれた』いわば恩人としての印象しかない。
にもかかわらず、どうしてまなは彼へとツンツンした態度を取っているのか。
それは先ほどの、石動零とのやり取りが原因にあった。
『い、石動さん……た、助けていただき、ありがとうございました!!』
『ん? ああ……怪我はなかったか?』
不埒な男たち——安夫らの魔の手から自分たちを助けてくれたと、伊世は頬を朱色に染めながら石動零への礼を口にしていた。
その礼に対し、石動は無難な対応を取った。取り立てて恩に着せるでもなく、邪険にするでもなく。ごくごく自然と、素直にお礼の言葉を受け取っていたのだ。
『あ、あの……ありがとうございます! 何度も……助けてもらって……』
伊世の後に続くよう、まなも石動に素直に感謝の気持ちを伝えていた。
まなにとって、彼に助けられたのはこれで二度目だ。前回のお礼もまだ言えていなかったこともあり、彼女の胸の内には確かな感謝と——僅かばかり『惚の字』な感情があった。
自分が危機のとき、颯爽と駆け付けてくれる男の子。女の子であればそういったシュチュエーションに憧れ、ときめいてしまうのは無理からぬことであろう。
『……礼なんか言うんじゃねぇよ』
『…………えっ?』
ところが、まなの心からの感謝に石動はズバリと言い放つ。
『——俺に礼なんて言うな。お前には、他に礼を言わなきゃならねぇ相手がいるだろうが……』
石動零がまなにそのようなことを口走ったのには、彼なりの理由があった。
犬山まなが礼を言うべき相手——それは他でもない、ゲゲゲの鬼太郎のことだ。
まなは人の身でありながら、妖怪である鬼太郎と友好を深めてきた。今のまなの記憶に鬼太郎との思い出など存在しないだろうが、二人が互いに助け合ってきたという事実に変わりなどない。
そして今尚、鬼太郎はまなを影ながら見守り、彼女を守るために苦心していることは石動も聞き及んでいる。
故に、彼女の感謝の言葉は鬼太郎にこそ贈られるべきだと。
鬼太郎を差し置いて、自分などが彼女から感謝の言葉を受け取るなど、石動のプライドがそれを許さなかったのだ。
勿論、そのような石動側の事情をまなが承知しているわけもなく——。
『…………はぁ!?』
自分からの礼だけを明確に拒絶するその言葉に、まなはカチンとなった。
——なによ!! 伊世さんのお礼は素直に受け取れて、なんで私からのお礼は受け取れないのよ!?
結果、犬山まなの中で石動零という男性に対する好感度が氷点下まで冷え込むこととなったのである。
——まさか……こんなところで、犬山まなと遭遇することになるとはな……。
まなから冷ややかな視線を向けられているなどとは露知らず。石動零は沢田家を目指しながらも思案に耽っていた。
今回の件、沢田家からの依頼に関して石動はまだ詳しいことを知らされていない。いつものように妖怪退治の類だと思って来たわけだが——そこで見知った相手である犬山まなと顔を合わせることとなり、思わず面食らっていた。
しかも伊世という使用人の話によれば、依頼主である沢田家は犬山まなの母方の実家だというではないか。
まさか、自分が犬山まなを巻き込んだ妖怪騒動と関わることになるとは。これも彼女が持つとされる『偶然力』によるものかと、石動は内心頭を抱えていた。
——随分と悩まされているようだな、零よ?
石動零が悶々と悩む中、彼の内側から何者かの声が響いてくる。
——黙ってろ、伊吹丸……。
その声の主に対し、石動は素っ気なく返事をしていく。
その声の持ち主は——鬼童・伊吹丸だ。
大逆の四将として、その罪の重さを持って地獄を支える役目を背負わされた大妖怪。しかしその魂の半身は、とある縁から石動零と共に歩むこととなった。
石動は鬼道衆の最後の一人として、妖怪に困らされている人々の依頼に応える傍ら、伊吹丸から
様々な指導を受け、心身を鍛え上げていた。
そのため、今ではすっかり師匠ポジションが板についてきた伊吹丸。最近では修行のとき以外の私生活でも、何かと石動に声を掛けることが多くなってきている。
——お前は表に出てくるなよ。色々と、面倒なことになりかねねぇからな……。
そうした伊吹丸の余計なお節介を先んじて潰すためにも、石動は彼に表立って顔を見せないようにと注意を促しておく。
普段は見えないように気配を絶っているが、伊吹丸がその気になれば背後霊のように石動の後ろに立つことも出来る。
その姿を目撃すれば、まなを含めた大半の人々が何事かと質問攻めにしてくるだろう。そんな面倒なことは御免だと、予め釘を刺しておく。
——分かっておる。何事もなければ、我が姿を見せる必要もあるまい……。
これに伊吹丸も素直に頷く。
その必要性がなければわざわざ顔を見せるつもりもない。
少なくとも現時点で、伊吹丸がまなたちの前にその姿を晒す理由はなかった。
×
「ささっ!! どうぞ、上がってください!! すぐにお部屋までご案内しますからっ!!」
そうこうしているうち、一行は沢田家の屋敷へと辿り着いた。
玄関先に到着して早々、伊世は張り切った様子で石動を客室まで案内しようとする。
「…………伊世さん、張り切りすぎでしょ……」
その際の伊世の力の入れようは、まるで水を得た魚のようだ。
使用人として間違ったことをしているわけではないのだが、自分たちを案内してくれたときとのテンションの違いに、まなはどうにも釈然としない気持ちになってしまう。
「伊世さん!! いったいどこをほっつき歩いてたのっ!!」
「げっ……出たよ〜……」
だが、ここで沢田家の居候である親戚——益子が出てきたことで、伊世のテンションが目に見えて下がっていく。
「貴方が仕事をサボっていた間、私がお客人をご案内しましたのよ!! 使用人如きが、私の手を煩わせるだなんて…………ん?」
相も変わらず、姑のようにネチネチと小言を口にする益子であったが、その視線が石動零へと向けられるや——あからさまに見下すような視線を送り始める。
「なんですか、そのチャラチャラした若造は? みすぼらしい服装に、耳にピアスなんて付けてまあ……そんなはしたない格好で沢田家の敷居を跨ごうだなんて……恥を知りなさいな、恥をっ!!」
「あっ……いや、この人は……」
石動零の格好——白と黒のパーカーに長ズボン、耳に付けたピアスなど。どうやら益子のお気に召さなかったらしく、彼が沢田家に相応しくない人種だと貶め始める。
それに対し、まなは彼が正式な客人だと益子に説明しようとするのだが——。
「なに、まなさん……貴方の客なの? 嫌ね……人の家に来てまで男を連れ込むだなんて……なんてふしだらな娘なのかしら!!」
「なっ!?」
今度はその矛先をまなに向け、石動のことを『彼女が連れ込んだ男』だと、まなの人間性を貶していく。
いったい、どういった見方をすればそういうことになるのかと、益子の偏見に凝り固まった考えにまなは空いた口が塞がらなかった。
「随分な言いようじゃねぇか……」
すると今度は石動の方から、益子の態度に対しての反論が述べられる。
「わざわざ呼ばれたから来たってのに……この家では客をそうやってもてなすのが礼儀なのか?」
客人に対する態度がなっていないのはそちらの方だと、石動なりの皮肉を口にしていく。その際、さりげなく彼はまなを庇うように一歩前に出ていた。
「はぁ!? どうして沢田家が貴方のようなものを呼びつけなければならないのですか!! 口から出まかせを言うのもいい加減になさい!! このっ——」
そんな石動の言い分を真っ向から否定する益子。
どうあっても、石動零という人間を『お客様』などとは認めたくないらしい。みっともなく声を張り上げ、さらに何かしら暴言を喚き散らそうとするが——。
「——その方は私の客人ですよ、益子さん」
「——っ!?」
凛と透き通るような声がその場に響き渡る。その声を聞くや、何かを叫ぼうとしていた益子が押し黙る。
「ご、ご当主……せ、正子様……」
益子は後ろから歩いてくるその人物のため、自身から半歩下がって道を開けた。
それまで高慢な態度を改めようとしなかった益子が、その女性の前では借りてきた猫のように大人しくなる。
「…………」
屋敷の奥から姿を現した彼女は、古風な着物を纏った老齢の女性であった。
しかし益子のように立派な衣装に着られているという印象もなく、所作の一つ一つにも確かな品位が感じられる。
年相応の落ち着き、過ごしてきた年月に見合った風格を携えながら佇む彼女こそ、この沢田家を取り仕切る現当主・
「……この人が……私の、おばあちゃん?」
そして、まなにとって初めて目の当たりにする——『祖母』という存在であった。
「ようこそお越しくださいました。当家のものの非礼、心よりお詫び申し上げます」
皆の前に顔を出した沢田正子。彼女は真っ先に客人である石動零へと謝罪し、その頭を下げた。
「そ、そんな……正子様が頭を下げるなど……」
益子は正子に頭を下げさせてしまったことに、羞恥心を覚えるよう顔を伏せた。しかし、自分からは決して謝罪を口にしようとしないところに彼女の人間性が表れている。
「別に気にしちゃいないが……」
正子の詫びの言葉を石動は素直に受け取る。彼としても、そこまで事を荒立てるつもりもない。
「あんたが沢田正子……今回の依頼主ってことで、間違いないか?」
それよりもと、石動は彼女が自分の仕事を依頼した張本人かと改めて確認を取る。
「ええ、間違いございません。鬼道衆の石動零殿……」
「…………」
正子は自分こそが石動を呼び出した張本人であると、その際に彼が鬼道衆の一員であることを承知済みだとそれとなく告げる。
この業界内、石動が所謂『退治屋』であることを知っている人間はそれなりにいるが、その流派が鬼道衆であることまで把握している人間は思いの外少ない。
それは鬼道衆という一派が大逆の四将・玉藻の前によって滅ぼされたことで、その全てが断絶したと思われているからだ。
さらに言ってしまえば、石動という生き残りこそいれど、彼一人で鬼道衆という門派を再興しようというのは、今のご時世かなり無茶な話だ。
そう遠くない将来、鬼道衆と名乗るものは誰一人いなくなってしまうことだろう。
「どうぞこちらへ、お部屋までご案内しましょう」
「なっ!? 正子様が自分で……!?」
だが、そんな退治屋として落ち目な鬼道衆の石動零を、正子は自らが案内役に買って出るほど丁重にもてなした。その対応に益子などが驚いているが、正子がそちらに目をやることもなく。
「伊世さん、夕食の支度を……今日はお客人が多いですから、早めにお願いしますよ?」
「は、はい!! 畏まりました!!」
使用人である伊世に向かっても、一切の無駄なく指示を出す。雇い主である正子の言葉に伊世も一切のおふざけなく返事をし、慌てて台所へと駆け込んでいく。
「では、行きましょうか」
「あっ……あのっ……!!」
そのまま、石動を連れてその場から離れようとする正子。そんな彼女の背中をまなは思わず呼び止めていたが、なんと言葉を掛けるべきかと固まってしまう。
実の祖母という、どのように接すればいいか分からない相手にまな自身かなり緊張しているようだ。
「犬山まなさん、ですね」
一方で、緊張など微塵も感じられない平坦な声音で、正子は実の孫へと他人行儀に言葉を投げる。
「純子さんと共にお部屋で待機していただけますか。あとでお呼びしますので、それまで身体を休めておきなさい」
「は、はい……」
事務的な言い付け。一瞬、まなへと視線を向ける瞳にも『情』らしいものは一切感じられない。
まなはその姿や在り様に美しくも無機質。空恐ろしさを感じさせる精巧に作られた等身大の日本人形——そういった印象を抱いたまま、ただただその背中を見送るしかなかったのであった。
「そう……相変わらずなのね、あの人は……」
「本当にあの人が私のおばあちゃん……お母さんの……お母さんなの?」
部屋へ戻ったまなは、母である純子に大伯母である淑子の墓参りを終えてからの経緯を話していた。
話の中、『親戚の安夫に襲われた』ことを報告した際には純子も血相を変え、まなの無事を何度も何度も確認してくれた。
まなは、そこに娘である自分を心配してくれる母としての愛を確かに感じた。だからこそ、あのような人——正子が純子の母親だということが信じられないでいる。
「昔からそうなのよ。母親らしい、人間らしい感情で動くような人じゃなかったわ……」
もっとも、実の娘である純子にとっては慣れたもので。正子という人間がどういうものか、その人となりを彼女は十分に理解していた。
沢田正子という人間を一言で評するなら——『お家のために生きる女性』といったところか。
沢田家は代々、女性が当主の座についてきた。その例に漏れず、正子も幼い頃から沢田家の後継者としての教育を受け、そのようにあるべきだという自覚を持って育った。
「あの人にとって大事なのは沢田家の存続……お家をどうやって後世に繋いでいくか……それだけが重要なのよ……」
そうして、当主を継いだ正子は『沢田家の存続』を第一に考え、それを守るためにその身を費やすようになったという。
結婚も、お家の格式を維持するための相手を選んだ。
子供をもうけるのも、沢田家の血筋を正しく後世に残すため。
私情など挟む余地はなく、常に家のためになる判断を合理的に選んできた。
当然実の娘であり、次の当主になるであろう純子に対してもそのようにあれと望んだ。
そういった母や周囲からの期待に対し、当時の純子は真っ向から反発したのである。
「家を飛び出したときも色々言われたけど……お父さん、裕一さんと結婚するときが……一番大変だったわ……」
純子は高校を卒業するやすぐに上京し、実家である沢田家から距離を取るようになった。後継者となるべき彼女が家から離れる際も、それなりに反感はあったが——。
その後、よりにもよって純子が他家——犬山家に嫁入りし、沢田の姓を捨てるなどということになった際には、さらに一悶着あったという。
結婚など許さん、せめて裕一を婿入りさせるべきだと分家まで首を突っ込んでの議論へと発展。
「あのときも、淑子伯母さんが間に入ってくれたりして……本当に、あの人にはお世話になったのよ」
その際、唯一自分の味方をしてくれた親戚こそが伯母である沢田淑子なのだ。
淑子と正子は歳の離れた姉妹だ。
淑子自身、沢田の本家とは距離を置いていた身であったが、純子のためならと彼女は重い腰を上げてくれた。
淑子は実の姉という立場から、粘り強く正子と話し合い——どうにか純子と裕一の結婚を認めさせたのである。
「結婚式のときも、あの人は来てくれなかった……それがどうして今になって……それもまなと一緒に来いだなんて……」
だがそれ以来、結婚式は勿論、孫であるまなの出産の際などにも。
正子は純子たちとの関わり、その一切を断つようになったのである。
それなのにどうして今になって。自分だけではなく、まなまで沢田家に呼び出したのか。
その目的が分からず、純子はどこか言い知れぬ不安を抱いていた。
×
純子やまなが沢田家を訪れて数時間。
既に日は暮れ、夜の帷が下りたことで沢田家を含めた周囲一帯が漆黒の闇夜によって包まれる。
「くそっ……!! あの野郎、マジでムカつくぜ!!」
「なんだよお前、まだ腹立ててんのかよ……」
街灯などもほとんどなく、本当の意味で『真っ暗』となった田舎町。
人の気配も感じられなくなった夜道を、懐中電灯によって照らされる僅かな明かりだけを頼りに動き回る二つの人影があった。
「お前は腹立たねぇのかよ!! あんな豚野郎にあんなこと言われてよ!?」
「ああ、そっちか……てっきり、あのガキにやられたことにまだムカついてんのかと……」
人影の正体は、強面の男ら。安夫に雇われていた護衛の男たちだ。
いや、今の彼らはその護衛の任すら解かれた身の上——今や職を失ったプータローである。
『こ、この役立たずども!! ボクをこんな目に遭わせるなんて!! クビだ!! お前らみたいな穀潰しに、払う金なんてないんだな!!』
それというのも、彼らの雇い主である安夫。
奴はまなを襲おうとしたが、それを石動零によって撃退されてしまった。安夫は護衛たちに自分を守ることが出来なかったと責任を追及。彼らにクビを宣告し、その場をほうほうの体で逃げ出したのである。
「ああ、そっちは別に……まあ、苛立つは苛立つけどよ……」
護衛の男たちも石動にぶん殴られた身ではあったが、正直そちらへの怒りはそこまでではなかったりする。
寧ろ、彼らのヘイトは雇い主である安夫一人に向けられていた。
それは彼らにとっても安夫という男が——全く尊敬に値しない、内心では心底から軽蔑する、唾棄すべき相手であったからだ。
「あの豚野郎!! テメェ一人じゃ何も出来ねぇくせに!!」
「確かにな……てか、穀潰しはお前だろって……」
それでも彼らが安夫に従っていたのは、決して少なくない給金を受け取っていたからだ。
もっとも、その金も彼の母親である益子。彼女の別れた夫に請求した慰謝料の一部から支払われていたという話だ。
断じて安夫自身の金ではない。それどころか、安夫という男は今まで働いたことがないとも聞く。そんな相手に役立たずだの、穀潰しだのと罵られれば、誰だって腹が立つだろう。
「まあ、いいじゃねぇか。ここでの仕事もそろそろ潮時だ。予定通り、金目なもの頂いてずらかるとしようぜ、くっくっくっ……」
だが、片方の男は怒りなど押し殺し、どこか愉悦を含んだ表情を浮かべながら——懐から『鍵』を取り出していく。
「……おい、まだか? ここまで来て、やっぱり駄目でしたなんて話にならねぇからな……」
「そう焦るな、もう少し……よし、開いたぞ!!」
数分後、元護衛二人は沢田家の裏庭——そこにひっそりと建っている『巨大な蔵』の前に来ていた。
「なっ? 合鍵、作っておいて正解だっただろ?」
「ああ……あんなクソ野郎に散々こき使われたんだ……退職金代わりに貰えるもんは貰っておかなくちゃな!!」
彼らが人目を忍んでこんなところにまでやって来た目的は——『窃盗』だ。
実のところ、彼らは護衛として住み込みで働いていたときから『沢田家から金目なものを盗み出す』計画を立てていた。
その際に必要な準備として、この蔵の合鍵を密かに作っておいたのである。
「なんでもこの蔵は歴代の当主しか入ることが許されてないらしい……さぞや、大事なものが保管されてるんだろうぜ!!」
「ご開帳〜!!」
実は二人の男たちも、沢田家の分家筋にあたる。故にこの蔵が『歴代の当主しか入ることを許されない特別な場所』であることを話に聞いていたのだ。
きっと歴史的にも価値がある、高く売れるようなものが保管されているのだろうという期待感を胸に秘めながら、彼らは蔵の扉を開け放つ。
「おおっ!! ……って、なんだこりゃ?」
だが彼らのそうした予想は——半分ほどは期待外れなものとなる。
蔵の中に広がっていた光景は、一言で言えば『図書館』であった。
ずらりと並ぶ本棚の中に、歴史を感じさせる書物が整然と並べられている。あまり埃を被っていないところを見るに、定期的に掃除などはされているのだろう。
他には巻物などの貴重そうな資料が桐箱などに納められ、丁寧に保管されている。
「これは……売れるもんなのか?」
「まあ、何かしらの価値はあるんだろうが……」
これに男たちは困惑気味だ。
確かに歴史的にも価値がありそうで、保存状態も悪くない。しかしそこにどのようなことが書かれているのか。具体的にどれだけの価値になるかなど。専門的な知識のない彼らでは全く判断が付かない。
これがもう少し分かりやすく金になりそうなもの、陶器や掛け軸といったものであれば、彼らも諸手を挙げて喜んでいただろう。
「どうする? そのへんのもの、片っ端からかっぱらうか?」
「そうだな……とりあえず、こっちの巻物を端から順に……」
暫しの間どうするかと悩んでいた男たちだったが、ここまで来て何も取らずに帰るわけにもいかないと。
とりあえず貴重そうな資料から順に持ち出そうと、手近にあった巻物に向かって手を伸ばしかけるのだが——。
「……? なあ、あれはなんだ?」
「あれって……あん?」
ふと、彼らの視線が蔵の奥の方へと向けられる。
最奥のスペース。
そこには本棚なども置かれておらず、がらんとした空間にポツリと佇むのは——明らかに異様な雰囲気を放つ大きな『石碑』であった。
石碑の中心には『封』という字がデカデカと刻まれ、その周りにも様々な文字が彫られているが、文体が古すぎてその全てを読み解くことは出来ない。
ご丁寧に周囲にはしめ縄が規制線のように張られ、何人たりとも近づくなという無言の圧力が感じられる。
「なんだこりゃ? なんでって……こんなところにこんなもんが?」
「知らねぇけど……なんか不気味だな……」
しめ縄の境界線手前まで近づく男たちは、どうして蔵の中などにこんな石碑があるのかと訝しがる。
明らかに異質な物体を前に、それ以上近づくのは不味いという感性は彼らにもあった。ところが——。
「あっ!? おいあれ!! あそこにあるの……仏像じゃないか!?」
「なんだと!?」
ここで彼らは気づいてしまう。その石碑の側に備え付けられた祭壇のようなところに、一体の仏像が鎮座していたことに。
暗がりの中、煌びやかな輝きを放つ仏像は素人目に見てもかなりの貴重品に思えた。
「これだよこれ!! こういうのが高く売れるんだよ!!」
「中国、いや……韓国あたりに持っていけば……ぐっふっふ!!」
まさに期待していた『金目なもの』といった仏像を前に、男たちのテンションは爆上がりだ。
先ほどまで確かに抱いていた警戒心などすっかり消え去り、その仏像を手に入れようと一歩、しめ縄を跨いで境界線の内側へと入る——入り込んでしまった。
刹那——ぶるりと、空気が震えた。
「な、なんだ……?」
「急に……寒気が!?」
男たちの背筋に冷たいものが走る。最高潮だった気分も急降下、彼らの脳内に激しい警鐘が鳴り響く。
異常な事態が差し迫っていることは、彼らが手にしようとした仏像——それがひとりでに揺れ出したことからも察せられるだろう。
『————』
仏像はまるで何かに耐えるかのよう、ガタガタと音を鳴らしながら震え続けていたが、次の瞬間にも——その身が粉々に砕け散ってしまう。
そんな仏像の消失と呼応するよう、その後方に鎮座していた石像が『ビシリ』と嫌な音を立ててひび割れていく。
『——ウォオオオオオオオオオオオオオオ!!』
直後、ひび割れた石碑の『内部』から、この世のものとは思えぬ絶叫が響き渡ってきた。
「ひいぃぃぃぃっ!?」
「な、ななな……なんだってんだよ、いったい!?」
およそ真っ当な生き物が出すものとは思えぬ叫び声に、男たちの生物としての本能がすぐにその場からの逃走を思い起こさせるも、時既に遅し——。
「はっ……?」
「なっ……?」
瞬間——逃げることも、断末魔の悲鳴を上げることも許されず。
ゴキリと、何かが折れる音と共に彼らはその意識を永遠に手放していくこととなる。
×
「ご馳走様でした……!! 夕飯美味しかったね、お母さん!!」
「ええ、そうね……これは母の味付けじゃないみたいだけど……」
離れの屋敷にて、まなと純子は親子二人っきりでの夕食を終えていた。
沢田家から振舞われた夕食は——炊き立ての白米、大根と豆腐の味噌汁、アジの塩焼き、鶏肉と根菜たっぷりの筑前煮、小松菜のおひたしと。
栄養バランスも完璧な、まさに日本食といった内容の献立であった。味の方も申し分なく、まなは沢田家を訪れて初めて充実感のようなものを覚えていた。
一方で、純子などはその夕食の味付けからそれが母親の手作りでないことを察して首を傾げている。
「どうも〜、食器の方、お下げしても宜しいでしょうか〜?」
そこへタイミングを見計らった伊世が、まなたちの食器を下げにやって来た。
「お夕飯、お口に合いましたか〜? 一応、今日の調理を担当したの私なんですけど〜……」
「ええ!? これ全部……伊世さんがっ!?」
「若いのに……大したものね……」
伊世は間延びした声で夕食が口に合ったかどうかを。それを料理した人間としてまなたちに感想を求めてくる。
まなはこれほどの料理を、こう言ってはなんだが見た目ギャルな伊世が作ったことに驚愕する。純子も若い伊世が、これほどの和食を作れたことに感心しているようだった。
「ふふ〜ん、当然っすよ!! 料理はいい女の嗜み……なんて考え方は古いだろうけど、出来るに越したことはないからね〜!!」
二人の反応に得意げな顔になる伊世。
世代的に料理は女の仕事——などという考え方を持っているわけではないが、美味しい手料理を作れるということはそれだけで自分への自信に繋がるものだ。
「いい男を捕まえたいなら、いい女としてのスキルに磨きをかけなきゃ〜! まなちゃんも精進しなよ〜!! なんだかんだ言っても、やっぱり男ってのは女の子の手料理に弱いんだから〜」
「ど、努力します……」
「ふふふ……」
個人的にも、伊世には『いい男をゲットしたい』という目標がある。そうでなくても、女の子であれば料理の腕を磨いておいて損はないだろうと。
どこか先輩風を吹かせる伊世の言葉に、まなは自身なさげにも頷いていく。
そんな若い女子二人のやり取りを見守るよう、純子も優しく微笑んでいくのであった。
「ところで、伊世さん。母さん……正子さんからの呼び出しはいつ頃になるのかしら?」
ただ、そうした和やかな時間を過ごすのも束の間。
純子は表情を引き締め直し、そろそろ正子からの呼び出しがあるのではと伊世に確認を取る。
「う〜ん……まだちょっと分かんないですね〜。ついさっき、夕食を終えた石動さんをご当主様の部屋までご案内したばかりですから〜……」
純子たちが呼び出された詳細に関しては、伊世も詳しいことは知らされていない様子だった。
彼女はもう一人の客人——石動零の方を先に、正子の下まで案内したことをそれとなく告げた。
「はぁ? なんで……お母さんを差し置いて、あの人が先に呼ばれてるんですか?」
これにまなが眉を顰める。
既に石動零のことを『なんかいけすかない男子』と認識している彼女は、どうして肉親である筈の純子が後回しにされ、あのようなどこの誰かも分からない相手が優先されるのかと不満と疑問を持つ。
「あの人のことだから……何か考えがあるとは思うけど……」
しかし純子は、その優先順位には必ず理由があると。
嫌味な親戚——益子などとは違い、正子が当てつけや意地悪でそのようなことをする人間ではない。
お家のためであれば良くも悪くも公平、合理的な判断をするのが正子という人間だという、ある種の信用がそこにはあった。
「まあ、そのときが来たらお呼びしますので〜、それまではお部屋で待機してて下さい〜」
いずれにせよ、そのときがくればちゃんと声を掛けると。
夕食の食器を下げるため、伊世はその場から退席していくのであった。
「はぁ……なんだってお手洗いがこっちにしかないんだろう……」
食事を終え、三十分くらいは過ぎただろうか。
未だに正子からのお呼びが掛からない中、まなはお手洗いを済ませるために離れから本館の方へ来ていた。
古い建物だからか離れの屋敷にはお手洗いがなく、どうしてもこちらに来なければならなかったのである。
「どうか、あの二人とだけは遭遇しませんように……」
とりあえず事を済ませたまなだったが、本館の渡り廊下を歩く間は益子と安夫——この二人にだけは遭遇しないようにと、心の中で祈っていた。
益子と顔を合わせれば嫌味を言われることは目に見えているし、安夫などと二人っきりになってしまえば何をされるか分かったものではない。
そのため、周囲に目を配りながら注意深く歩を進めていくのだが——。
「……? なんだろ、これ?」
ふと、まなは廊下の端っこに『奇妙なもの』が置かれていることに気付く。
それは手のひらに乗るサイズの細工物。蝶のような形をした扇形の両翼、そのそれぞれに鈴がぶら下がっている。どのようなバランスで成り立っているのか、それは針のような一本の足で右にも左にも偏らずに自らを支えていた。
「あっ……あっちにもある……」
そんな奇妙な小物が一つではなく、全く同じものがいくつも等間隔で配置されていたのだ。まなは好奇心から、ついついそれが並び続いている方向へと足を運んでしまう。
「こんなところにも……あっ、外にまで……って、誰かいる?」
それらを辿っていくうち、ついに玄関先にまで出てしまった。流石にそろそろ引き返そうか思い立つまなであったが——そこで、これまた奇妙な人物と出会すことになる。
「…………」
古めかしい和装で身を包んだ男性。隈取りの化粧を施された顔は、まなも思わず見惚れるほど綺麗で、人間離れした美貌を纏っていた。
その人物は一人玄関先に佇んでおり、その足元には背負うほどに大きな薬箱が置かれていた。
ふと、その薬箱に目をやると——棚がひとりでに動き出し、中から例の小物が一つ、また一つと飛び出してくるではないか。
小物たちは自らが意志を持っているかのよう、己の定位置と定めた場所へと移動していく。
「えっ……なんで動いて……?」
思わず目が点になるまな。
彼女にはそれがどういう理屈でそのような動きをしているか、まるで理解出来なかった。
その人物——薬売りの男が放つ独特の雰囲気も相まって、どうリアクションするべきかと、その場にて固まってしまう。
「今晩は、この家の方ですかな?」
と、そのように戸惑っていると、薬売りの方からまなに話しかけてきた。
明らかに怪しげな風体だが、彼は自身の素性に一切の後ろめたさを感じていないのか。実に堂々とした態度でまなを真正面に見据えていく。
「あっ……いえ、この家の人間……ってわけでもないんですけど……」
薬売りからの質問にまなは返答に困ってしまう。
自分はあくまで客人として沢田家を訪れている身だが、親族である以上、全くの他人というわけではない。果たしてどう答えるのが正解なのだろうか。
「あの、それはいったい……なんなんでしょうか?」
色々と考えた末、まなは薬箱から出てくる『それ』が何であるかという疑問を解消するため、逆に質問をしてしまう。
「これは天秤ですよ」
「……天秤? けど、皿が付いてませんけど……」
質問に質問で返すという、受け取り方によってはマナー違反となりかねない行為だが、薬売りは特に気を悪くする様子もなく答えてくれた。
もっとも、その返答の意味が分からずにまなは首を傾げる。
薬売りはそれが『天秤』だというが、それの両翼には物を置くための皿がない。それでいったい何を測ろうというのだろう。
「これは、距離を測る物です」
「……距離?」
しかし薬売りは動じることもなく、それが『重さ』ではなく『距離』測る天秤だと語る。
その答えに対し、まなの脳裏にそれが『なに』との距離を測るものなのかという疑問が浮かび上がる。
「ええ……人に見えざるものとの距離です」
その疑問にも、薬売りは簡潔に答えた。
「見えざるものって……もしかして、妖怪のことですか?」
その際、『見えざるもの』という言葉を聞き、まなの脳裏に自然と『妖怪』という単語が浮かび上がった。
そういえばと、まなは石動零に以前も助けられた記憶——彼が妖怪を撃退していたときのことを思い出す。もしかしたらこの人も、石動のように『ああいったものたち』と対峙するのが仕事なのかもと。
「あの……妖怪のこと、貴方はどれくらい知って……」
自身の失われた記憶のこともあってか、まなはその薬売りから妖怪についてさらに問いを重ねようとする。
ところが、そんなまなの質問を遮るよう——チリンと、鈴の鳴る音が響いた。
「えっ……?」
音が聞こえてきた方を振り返ると、先ほど設置されたばかりの小物——天秤が片方に傾いているではないか。
「な、何で……? 何ものってないのに……?」
「ほう……」
何もしていないのに動き出した天秤にまなの困惑は深まるが、薬売りの口元にはどこか面白そうな笑みが浮かんでいた。
するとまた一つ、また一つと、天秤は順々に同じ方向へと傾き始める。
その方向にいったい何がと、そのような考えが過った直後——。
「——きゃあああああああああああああ!!」
甲高い女性の悲鳴が屋敷中に木霊する。
「!! い、今の声は……伊世さん!?」
突然の悲鳴に驚きながらも、まなはその声が自分たちの面倒を見てくれていた彼女——野本伊世のものではないかとハッとなった。
まなは考える間もなく、悲鳴が聞こえてきた方角——まさに天秤が傾き、指し示してくれる方へと駆け出していく。
「来たか……」
まなが駆け出す背中を見送りながら、薬売りが一人呟く。彼もすぐに後を追いかけるつもりで高下駄の音を踏み鳴らした。
だが次の瞬間、足元の薬箱——天秤が入っていたのとは別の棚が滑るように開かれる。
その棚に収蔵されていたもの、それは幾重にも札のようなもので『封』をされた一本の棒だった。薬売りがそれに指一本触れることもなく、封は勝手にはらりはらりと解けていき、その中身が露わとなる。
封の中身は、一本の剣。
鞘にも異様な紋様が施されていたが、その柄の頭にはさらに異様な彫刻——鬼面のような『顔』が彫られていた。
大きく開かれた口には鋭い歯が並び、その眼が何かを探し回るようにギョロリと周囲を見渡す。
まるで生きているかのようなその剣を手に、薬売りは口元の笑みをさらに深めながら——歓喜に満ちた声を上げていく。
「——モノノ
×
「はわわわわわ……」
「伊世さん!? 何があって……」
悲鳴を上げた伊世の元へと真っ先に駆けつけたのは——離れの屋敷で待機していた純子であった。
場所は、離れと本館を繋ぐ渡り廊下。腰を抜かしている伊世に何事かと駆け寄る純子であったが——悲鳴の理由をすぐに悟り、彼女自身も絶句する。
「人が……し、死んでる……?」
渡り廊下から見渡せる中庭にて、二人の男性が横たわっていた。
彼らは素人目から見ても死んでいることが分かる無惨な遺体——首がへし折られた状態で横たわっていた。
「っ……!! ……伊世さん、大丈夫!? 怪我はない!?」
その衝撃的な光景に純子自身も悲鳴を上げそうになったが、なんとか堪えて伊世の肩に手を掛ける。年若い伊世に情けないところを見せるわけにはいかないという、年長者としての意地が純子を冷静にさせたのだろう。
「はぁはぁ……は、はい……私は大丈夫です……」
「いったい何があったの? この人たちは……?」
「わ、分からないです……純子さんたちを呼びに行こうと思って、ここを通りかかったら……い、いきなり……この二人が降ってきて……」
徐々に落ち着きを取り戻していく伊世に純子が詳細を尋ねるも、彼女にも何が起きたか意味不明だった。
「こいつら……安夫が雇ってた護衛の二人です……一応、私と同じ分家の人間ですけど……」
いきなり現れたという死体、伊世に分かるのは彼らの身元だけ。
そう、男たちは安夫に雇われていた護衛——昼間に自分とまなを襲い、石動零に返り討ちにされた連中だった。
しかし、彼らはその場で安夫からクビを宣告された筈。てっきりもう屋敷には帰って来ないと思っていたのだが——どういうわけか物言わぬ死体となって、沢田家の中庭に降って来たのである。
「ふ、降って来たって……そんなことが……」
伊世が嘘をついているとは思えなかったが、空から死体が降って来たとはどういうわけか。
もしや屋根の上に何かあるのだろうかと、確認のためにもと純子は渡り廊下から中庭を覗き込み——そのまま視線を上の方へと向けた。
「………………はっ?」
瞬間、純子の口から呆気に取られるような声が溢れ出る。
彼女の視線の先。そこにあったのは、上空にポッカリと空いた『穴』であった。明らかに不可思議な奇妙なその穴は、まさに男たちの遺体の真上にあった。
まさかその穴の中から落ちて来たとでもいうのかと、純子が戸惑いながらも冷静に思案を巡らせようとする。
『——許せぬ』
「——えっ?」
だがそんな純子の下に、明確に殺意が込められた言葉が降り注いでくる。空耳かとも思ったが——。
『——ウォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』
「——!?」
続けて響いてくる絶叫が純子の恐怖感を掻き立てる。
その穴に潜むであろう『何か』の怨念じみた叫び声が屋敷どころか、世界全体を震わせるほどの勢いで轟き渡ったのだ。
そして次の瞬間にも——『それ』は穴の中から這い出てる。
最初に飛び出して来たのは、二本の腕だ。
人間など軽く握り潰せそうなほどの巨人の両腕が、空の穴をさらに押し広げ、空間を引き裂くように飛び出してきた。
「なっ……ななななななななななっ!?」
「……っ!!」
これに腰を抜かしていた伊世が、さらに情けない声を漏らしていく。
流石の純子も、そのような光景を目の前にしては平静ではいられず、その表情からは完全に血の気が引いていた。
『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』
困惑する彼女たちの前にさらなる怒号を響かせながら、ついにその声の主が穴の中から顔を出した。
それはおどろおどろしい唸り声に違わぬ、凄まじい形相をした巨人であった。
全身が燃えるように真っ赤で、血涙を流しながら目を血走らせ、そして頭部に——二本の角が生えている。
「お……鬼……?」
声を震わしながらも、純子の口からはそんな言葉が溢れ出ていた。
きっとこの日本に住まう人間であれば、それの姿に『鬼』という怪物を連想するのが自然なことだっただろう。
『オ、オオオオオオオオオオオオオオ』
そうして現れた巨大な鬼は、穴の中から上半身だけをのぞかせながら、その巨腕を純子や伊世に向かって伸ばしてきた。
「ひぃいいい!?」
「伊世さん!!」
腰を抜かしているため逃げ出すことが出来ない伊世。そんな彼女を庇おうと咄嗟に純子が覆い被さる。娘と近い年頃の子を見捨てるなど、彼女には出来なかったのだろう。
男たちに続く犠牲者は自分かと、純子の顔が絶望に染まる。
「——鬼神招来!!」
だが、そこへ颯爽と駆けつけて来たものが、その身に宿る『鬼』の力を両腕に宿らせ、巨大な鬼と純子の間に割って入った。
鬼道衆・石動零だ。
石動零の『呪装術』は取り込んだ妖怪の魂をその身に憑依させることで、その能力を行使できる術である。
今の石動は鬼神の力を両腕に宿すことで無双の怪力を発揮、巨大な鬼の両腕と真っ向から対抗することが出来ている。
「っ……!! このっ!!」
奇しくも、鬼対鬼となった力のぶつかり合いは——何とか石動零が制することで巨大な鬼を跳ね除けることに成功した。
『オオオオオオオオオオ!!』
しかしその程度で退く気配はなく、巨大な鬼は尚も執念深く純子や伊世を狙って再びその巨腕を振り下ろしてくる。
「なんだ、こいつは……!?」
石動零は困惑の中にいた。
沢田家の当主である正子との話が一旦終わり、自身にあてがわれた部屋に戻ろうとしたその帰り道、彼は伊世の悲鳴を聞きつけることでこの場へと駆けつけた。
そうして辿り着いたところ、明らかに妖怪と呼べる怪物、巨大な鬼と対峙することになったわけだ。鬼道衆の石動にとって、妖怪と対決することなど全く珍しいことではない筈だが——。
「力は強いくせに……妖気の気配が極端に薄い? こんな奴、初めてだぞ……」
眼前の巨大な鬼から感じ取れる気配は、それまで石動が感じたことのないものだった。
強い妖怪という奴は、そこに存在するだけで膨大な妖力を感じさせるものだ。
実際、石動の鬼神の腕と互角にぶつかり合っている時点で、巨大な鬼が見た目通りの怪力を誇っているのは間違いない。
だが眼前のそれから感じ取れる妖気は、こうして真っ向からぶつかり合っている今この瞬間ですら、希薄で上手く感じ取ることが出来ない。
まるでそこに存在しない、幻でも相手にしているかのような不気味な感覚だ。
初めての感覚に、目の前のそれを果たして『妖怪』と呼んでいいものなのかと、石動は内心首を傾げながらも対応を続けるしかなかった。
「——伊世さん!! お、お母さん!?」
そんな緊迫した場面で、伊世の悲鳴を聞き駆けつけて来たのか、犬山まなが姿を現す。彼女は伊世と純子が巨大な怪物に襲われている光景に悲鳴を上げる。
「まなっ!? 来ちゃ駄目よ!! 逃げなさい!!」
純子の方は自分よりも娘の身を心配し、彼女に逃げるようにと声を荒げる。
『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』
だが一人も逃すまいと、巨大な鬼の眼光がギロリとまなを睨み付けた。その左腕が彼女を捉えんと、真っ直ぐまなに向かって伸ばされいく。
「犬山まな!? ちぃぃ!!」
窮地に陥るまなを守ろうと石動も動こうとした。
だが、巨大な鬼の右腕はそれだけでも石動の動きを封じ込めるのに十分な怪力を秘めており、彼も迂闊には動けないでいる。
「きゃあっ!?」
まなが自身の危機に気づいたときにはもはや手遅れ、その巨腕がまなの華奢な体を握り潰そうと迫り来る。
「——下がれ!!」
「——!?」
そんな絶体絶命のまなの後方から、何者かが飛び出してくる。それはまなと先ほどまで話をしていた男——薬売りであった。
大きな薬箱を背負った彼は、袂から無数の札を取り出したかと思いきや、それを鬼の腕に向かって投げ付ける。
『——!?』
それらの札が腕に張り付くや、本体である鬼が明らかに怯んだような呻き声を上げ、まなへと伸ばされていた左腕も引っ込んでいく。
「!! 今だっ……!!」
その隙を逃すまいと、石動零は攻勢に打って出た。
自分を押さえつけていた右腕を払い除け、大地を力強く踏み締め——勢いよく跳躍。
「おおおおっ!!」
石動の渾身の一撃、鬼の顔面に向かって強烈な右ストレートが叩き込まれていく。
『————』
その一撃をまともに喰らうや、鬼はその身を穴の中へと引っ込めた。途端、空中の穴も忽然と消え去り、正常な夜空が戻ってくる。
「はぁはぁ……き、消えた……?」
「もしかして、やっつけた……のかな……」
静まり返るその場に荒くなった息を整える伊世の呼吸音が、まなの安堵した吐息だけが聞こえてくる。
あまりにも静かすぎるせいか、先ほどの光景がタチの悪い悪夢だったのではと、そんな安易な考えまで過ってしまう。
「いや、退いただけだ……あれはまた、すぐに姿を現すだろう」
しかし、そんな少女たちの希望的観測を否定する薬売り。あれがその程度で滅せられるものではないと、確信するような口ぶりだ。
「お前……いったい、どこの退治屋だ?」
現状を躊躇いもなく断言する薬売りに対し、石動は問いを投げ掛ける。
先ほどの札、あれが妖怪を退ける力を秘めた呪具の類であることは明白。ならばこの男も、正子が呼び出した退治屋の一人かと、石動がそう思うのも無理からぬこと。
「ただの、薬売りですよ」
しかし同業者だと思っていた男は、自分を単なる薬売りだと、流派どころか名前すら名乗ろうとはしなかった。
「…………」
薬売りの持つ存在感があまりにも人間離れしていたこともあってか、石動は呪装術を解かず、警戒するような視線を向けていく。
「いったい何事です!! こんな時間に……こ、これはっ!?」
「な、なななっ……なんでこいつらが、し、死んで……!?」
そこへ騒ぎを聞きつけてやって来たのが、益子と安夫親子であった。
遅れてやって来たため、幸運にも化け物と相対することもなかった二人だが、その場の光景——男たちの死体を見れば絶句するのが当然の流れであろう。
「そ、その死体は……ひぃっ!? そ、その腕は!? お、悍ましい!!」
「ば、化け物!! お前……お前がやったんだろ!? お前が……こいつらを殺したんだな!?」
親子揃って、二人はこの惨状の元凶として石動零に疑惑の目を向けた。
益子は化け物の腕を纏った石動への嫌悪感を隠そうともせず。安夫は自分に暴力を振るった相手なのだから、こいつが全て悪いのだと決めつけるように癇癪を起こす。
「ちょっと、少しは落ち着いて……」
「違います、益子さん!! 彼は私たちを守って……」
それに真っ向から反対するのが、まなと純子だ。彼のおかげで助かったと、石動が自分たちの味方であると彼のことを毅然とした姿勢で庇う。
他者を責めることしか出来ない母息子に、他者の身の潔白を必死に訴えようとする母娘。
それだけで、二組の親子の有り様の対比が見て取れるようだった。
「——静かになさい!!」
そのままでは泥沼の言い争いになっていたであろう、その場を一喝で黙らせたのが——沢田家当主である沢田正子である。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
彼女の一言で浮き足立っていた人間たち、その全てが水を打ったように静まり返る。誰もが緊張で口を噤んでいく中、その場を取り仕切るべく正子がゆっくりと口を開いていく。
「言った筈ですよ、益子さん……石動殿は私のお客人、無礼は許しません」
「せ、正子様……で、ですが!!」
正子は真っ先に客人である石動零へあらぬ疑いを掛けた益子を咎めた。そのお叱りに、益子は言い訳がましく弁解の言葉を吐こうとするが——。
「この方は由緒正しき妖怪退治の一族……修験道の一派、鬼道衆の一員。その腕も、彼らが用いる術によるものでしょう。無論、それがどのような術であるかまでは私にも預かり知らぬことですが……」
「ふん……」
正子は石動が鬼道衆の一員だと、その能力を高く評価するように淡々と語る。その間に石動は呪装術を解き、戦うために脱ぎ捨てていたパーカーを拾い羽織っていく。
「それじゃあ、石動さんはさっきの化け物……あの妖怪を退治するために?」
その話に、まなは石動が先ほどの『巨大な鬼』を倒すために呼ばれた退治屋なのかと、その立場に理解を示そうとする。
「あれは妖怪ではありませんよ」
ところが、ここでまなの言葉に待ったを掛けるよう、薬売りが口を挟んできた。
「えっ? でも……」
「あれは、モノノ怪です」
「…………それ、妖怪とどう違うんですか……?」
薬売りはあれを『妖怪』ではなく『モノノ怪』であるとはっきりと断言する。もっとも、まなではその両者にいったい何の違いがあるか分からない。
「モノノ怪……あれがそうなのか……!? だとすれば……」
だが、妖怪退治の専門家である石動は薬売りの言葉の意味を理解したのか、モノノ怪という単語に驚いたように何事かを思案し始める。
「貴方は……何者ですか。私は、貴方のような方を招いた覚えはありませんが?」
意味深な言葉を放つ薬売りに対し、今度は正子が懐疑的な視線を向けた。
石動零は確かに正子が呼び寄せた客人だが、薬売りは違う。薬売りが招かれざる客だと、彼の方が怪しいと鋭い視線で睨みつけていく。
「えっ?」
これにギクリとなったのが益子だ。
薬売りの美貌にうつつを抜かし、正式な客人だと思い込んで彼を沢田家へと招き入れた彼女は、その責任が自分に及ぶことを恐れて口を閉ざす。
「元凶たるモノノ怪は、斬らねばならぬ」
一方で薬売りは全く動じず、『モノノ怪を斬る』という己の目的を口にしながら——懐から一本の剣を取り出す。
「退魔の剣……この剣でなければモノノ怪を斬ることは出来ぬ。急ぎ斬らねば、さらなる犠牲者が出よう」
「……大層なもの言いだな……」
薬売りはその剣——『退魔の剣』でなければ、モノノ怪とやらを斬ることが出来ないと語る。
それに石動零が面白くなさそうな顔になるのは——石動一人では『モノノ怪とやらに対処できない』と言われたように聞こえたからだろう。
「だったら……さっきは何でその剣を抜かなかった?」
ならばと、石動は薬売りに『先ほど敵と対峙したとき、どうしてその刀を抜かなかったのか?』と疑問をぶつける。
あの瞬間、札の効力で怯んだ鬼に対し、剣を振り下ろすくらいの隙はあっただろうと。
「この剣を抜くのには条件がある」
「条件だと……?」
だがそんな指摘にも、薬売りは全く言い淀むことなく言葉を発し続ける。
「退魔の剣を抜くための条件……それは『
ふいに、薬売りは男たちの死体へと近づき遺体の状態を検分する。薬売りが着目するのは——ねじ切られるようにへし折られた、男たちの首。
「人間の首を容易くへし折るほどの怪力……そして、頭に生やした二本の角……」
さらには、あの怪物の外見上の特徴からもっとも分かりやすく、印象に残った箇所を指摘する。
「あれこそ、まさしく『鬼』である」
その瞬間、「キン!」と退魔の剣が——鬼面の如き柄頭が歯の部分を打ち鳴らした。
「『形』を得た」
形——退魔の剣を抜くために必要な条件、その内の一つが示されたということだろうか。
「形とは
薬売りは妖怪とは別種の怪異——モノノ怪と呼ばれるものの有り様をそのように解説する。
「…………」
「…………」
「…………」
無論、それだけでモノノ怪とやらの全てを理解できるものなどいないだろう。実際、その場にいるほとんどのものが困惑の表情を浮かべている。
さりとて、薬売りの語りを邪魔する気力なども沸かず、静かに耳を傾けるしかない。
「あの鬼の情念はこの地に絡みついている。『真』と『理』を示さねば、剣を抜けず、早晩……皆、あれの餌食となるだろう」
薬売りは退魔の剣を抜くための条件として『形』意外にも——『真』と『理』を知る必要があると。でなければ、遅かれ早かれこの場の全員があの鬼によって殺されてしまうと言う。
「真とは事の有り様。理とは心の有り様。あれがどのような経緯、どのような情念と混じり合い、モノノ怪と成ったのか」
そこで薬売りはその場に集った人々を見渡し、彼らに向かって問いを投げるよう語りかけていくのであった。
「語るのはあなた方だ。この地で『どんな』出来事があり、いったい『誰が』モノノ怪になるほどの強い情念を抱くことになったのか。皆々様の真と理——お聞かせ願いたく候う!!」
人物紹介
薬売り
『モノノ怪』の主人公。薬屋ではなく、薬売りです。
モノノ怪が出るであろう場所へ現れ、謎を解明し、モノノ怪を斬っていく謎の存在。
アニメ版と映画版で声優さんが違いますが、これは単純に別人であるとのこと。
設定上、薬売りと呼ばれる存在は64人いるらしい……いつか全員出てくるだろうか?
モノノ怪
物語の根幹を成す存在。妖怪とは明確に別の存在として描かれています。
妖が人の激しい情念、恨みや憎しみなどと結びつくことで誕生するとのこと。
ちなみに、本小説において『妖』と『妖怪』に呼び方以外の違いはほぼないっす。
妖怪という呼び方は江戸時代、妖怪がキャラクターし始めたことで定着したとか。
沢田正子
沢田家の現当主。犬山純子の実の母親(あくまで本作における独自設定です)。
決して悪人ではないのだが、お家の存続のためならどんなことでもする女性。
お家第一であるだけで、それ以外のことでは公平に判断してくれます。
護衛の男たち
安夫の護衛だった男二人。
一応、分家の人間。最初から犠牲者になる予定でしたので……名前は設定しませんでした、悲しみ。