ゲゲゲの鬼太郎 クロスオーバー集   作:SAMUSAMU

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少し前までの作者「ネトフリ限定か……ふん、見る気失せるわ!」
最近の作者「おお!! ネトフリ見るぞ!!」

というわけで、Netflix加入してしまいました!!
劇場で観た『超かぐや姫』が面白くて、また観たくて四苦八苦した後……ついにネトフリに手を染めてしまった……。
まあ、せっかく加入したので前から気になっていた作品をちょくちょく観ていこうと思います。
ちなみに真っ先に視聴したのは『PLUTO』!!
前評判どおり、すさまじい作品だった……これを観れただけでも、ネトフリに加入する意味があったでしょう……。

実は小説を読んだだけで、劇場版は未視聴だった『モノノ怪』もばっちり視聴。
これで今年公開の『モノノ怪 蛇神』にもばっちり対応できる。
 


モノノ怪 其の③

「い、いい加減になさい!! 何が妖怪ですか!! モノノ怪ですか!! そんなもの……そんなものが、この世にいてたまるものですか!!」

 

 虫の鳴き声も響かないほど静かな沢田家。その中庭に一同が集まる中——沢田家分家・益子のヒステリックな声が響き渡る。

 

 眼前にある男二人の死体。見目麗しい美貌の男・薬売りはそれをモノノ怪の仕業だと言うが、益子はそれが信じられないようだ。遅れて駆けつけてきた彼女は純子やまな、伊世を襲ったという『鬼』の姿を目撃していないのだから、そう思うのも仕方がなかったかもしれない。

 加えて、昨今の情勢——妖怪を当たり前のように認知する世間の有り様にも反感を持っているようで、そういった類のもの全てを頭ごなしに否定していく。

 

「安夫、警察に連絡なさい!! こいつら全員、刑務所に叩き込んでやるのです!!」

「わ、分かったよ!! お母様!!」

 

 そのため、益子は息子である安夫にすぐに警察を呼ぶよう命じていく。勿論、人の死体がある以上、警察を呼ぶのは当然の流れだっただろう。

 もっとも、そこには自身の意に沿わないもの——目障りなものたちを全て排除してやろうという、彼女なりの思惑があったことも否めない。

 

「……あ、あれ……? なんで……つ、繋がらない?」

 

 ところが、母親に言われるまま警察に通報しようとした安夫の顔色が徐々に汗まみれになっていく。

 いかに安夫が三十にもなって全く労働経験のない駄目な大人にして、白昼堂々中学生の女子を襲うようなドブカス野郎だったとしても、110番くらいは出来る筈だった。

 しかし、いつまで経っても携帯の通話が警察にまで繋がる様子はなく。

 

「何をしているのです!! えっ……?」

 

 業を煮やした益子が代わりに自分がと、携帯を取り出したところ——彼女は気づいてしまう。

 スマホのディスプレイに『圏外』と表示されている現在の電波状況に。

 

「えっ……あ、あれ?」

「な、なんで……?」

「…………?」

 

 まなや伊世、純子ですらも自身のスマホを確認し——その誰の携帯にも例外なく、圏外と表示されていた。

 

 確かに人の過疎化が進むような田舎町などであれば、電波状況が悪く携帯が圏外になることもままあるだろう。

 しかしそこは腐っても『沢田家』という、かつてはそれなりに権勢を誇ったお家だ。そのような不便がないようにと携帯電話会社とも話を付け、電波環境などは万全な状態に整えている。

 皆の携帯が一斉に圏外になるなどといった不具合、普通なら起こり得ない筈なのだが。

 

「我々は、既にモノノ怪の腹の中にいる」

「えっ……?」

 

 この異常事態に対し、おそらく携帯など持っていないであろう薬売りが意味深な言葉を囁く。普通の人間なら、その言葉の意味を測りかねるところだろう。

 

「言われてみれば……妙な気配が屋敷全体を覆っているような感じだが……こいつは……!?」

 

 鬼道衆の石動零。彼だけは薬売りの言葉の意味を理解したようで、屋敷全体が妙な気配に包まれていることを感じ取っていた。

 

「モノノ怪の情念はこの屋敷、ここに集まったものたちと結びつき……決して逃すまいとこの地を孤立させた。モノノ怪を斬らぬ限り、我らはここから出られず、外からの救援も望めない」

 

 どうやらモノノ怪の情念、妄執がこの屋敷を周囲一帯から『孤立』させ、電波はおろか、人の出入りすら出来なくしているというのだ。

 

「そ、そんなバカなことがっ!!」

「そ、そうよ!! 適当なこと言わないでちょうだい!!」

 

 これに当然、信じられないとばかりに声を荒げる安夫と益子。

 電波だけならまだしも、人の出入りすらも出来ないなど俄には信じ難いことだろう。

 

「信じる信じないはあなた方の自由。いずれにせよ、モノノ怪を斬らねばならぬことに変わりはない」

 

 薬売りも、自分の言葉を全て信じてもらおうなどとは思っていない。

 周囲の人間たちにどう思われようが、自分のやるべきことに変わりはないと——モノノ怪を斬るために必要だという『退魔の剣』を突き出しながら、それを抜くために必要な条件を再度告げていく。

 

「故に語っていただきたい。あの鬼の怒りと憎悪の大本、モノノ怪と成るに至った経緯を。それが明らかにならない限り、剣は抜けず、モノノ怪を斬ることも叶わない」

 

 そう、モノノ怪がモノノ怪たる所以——『真』と『理』。

 それを知るであろう『関係者』に、その全てを話すようにと迫っていく。

 

 

 

「そ、そんなこと言われても……鬼のことなんて……よく分からないですし……」

 

 薬売りの問い掛けに、まなは困惑するしかないでいた。

 今のまなに妖怪と関わっていた頃の『記憶』などない。そもそも鬼などという存在、普通に生きていれば関わるような機会などないのが当たり前だ。

 

「ねぇ、お母さん?」

 

 きっと自分と同じように返答に困っているだろうと、まなは純子の様子を窺っていく。

 

「……………」

「お、お母さん……?」

 

 だが母である純子の反応は、まなが思っていたのとは違っていた。

 彼女は明らかに緊張した面持ちで、何か心当たりでもあるのか、焦燥感に駆られるような表情を浮かべていた。

 

 

 

 ——鬼って……まさか、名無しの……けど、あの件はもう終わった筈じゃ?

 

 薬売りの問い掛けに純子はとある出来事。

 沢田家と深い因縁を持っていた相手——『名無し』のことを思い出す。

 

 

 名無し。

 この世の全てを虚無へ還さんと、数百年もの間、人の世の影で暗躍し続けて来た闇そのもの。

 その正体は人と妖怪、その両者の間に生まれる筈だった子供。この世に生を受ける前に母親ごと殺されてしまった——『水子』の霊である。

 

 純子はその名無しの存在を、とある『拝み屋の老人』から聞かされていた。

 もっとも、彼女が名無しについて知ったのは、娘であるまなが全てに決着を付けた——『まなが名無しに名を付けることで、かの者を成仏させた』後であった。

 娘に全てを任せてしまったようで、母としては情けない気持ちで一杯だったが、それ以上に名無しという闇と真正面から向き合ったまなが純子にはとても誇らしくあった。

  

 

 ——名無しの父親……彼が今回の件に関わっているっていうの?

 

 と、今になってそんな既に解決した件を今更思い返しているのかというと——それは妖怪であった名無しの父親が関係している。

 

 拝み屋の老人曰く、名無しの母親は沢田家の先祖『ふく』という女性だった。まなが名無しに『器』として目を付けられていたことからも、きっとまなに良く似た女性だったのではと推察されている。

 そして父親の妖怪——名前こそ不明だが、それが『鬼の青年』だったということは伝え聞かされている。

 

 まさに薬売りが語るよう、沢田家は『鬼』という存在と関わり合いを持っているのだ。

 もしも、今回の件に名無しの父親が絡んでいるともなれば、再びまながその関係者として負う必要のない責任を背負わされるかもしれないと。

 純子は母親として娘にこれ以上の負担を掛けまいと、静かに決意を改めていく。

 

 

 

 ——おい、伊吹丸……。

 

 ——なんだ、零よ……。

 

 一方で、石動零もモノノ怪の『形』が鬼であると聞かされ、内心にて伊吹丸に問いを投げ掛けていた。

 

 ——念の為に聞いておくが……さっきの鬼、何か心当たりはあるか?

 

 石動が真っ先に考えたのは、モノノ怪だという先ほどの鬼が伊吹丸と何かしらの関係を持っているかもしれないということだ。

 伊吹丸は平安時代、大江山に君臨したとされる鬼たちの大将・酒呑童子の息子である。数多の鬼たちを従えていたその中に、沢田家と何かしら関わりを持っていた奴がいたのではないかと確認を取る。

 

 ——さて、どうであったか……。

 

 ——いかな酒呑童子といえども、この国の鬼たち、その全てを支配下に収めていたわけでもなかったのでな……。

 

 とはいえ、酒呑童子の支配が及んでいた大江山は京都——どれだけ広く見積もっても関西周辺を把握するのが関の山だっただろう。

 とある理由から酒呑童子の下を去っていた伊吹丸も、心当たりがないのかどこか他人事のように語っていく。

 

 ——我からも質問がある。

 

 ——もののけと、呼び方を改めることに意味があるのか? 妖との違いなど、我にはよく分からぬのだが……。

 

 すると今度は伊吹丸の方から、石動への質問が飛んでくる。

 それはモノノ怪について。妖怪である伊吹丸も『もののけ』という言葉を使ったことはあるが、具体的にそれが妖という呼び方と何が違うのか、意識したことはないらしい。

 だが、石動はモノノ怪と妖怪の違いを明確に理解しているような素振りを見せていた。

 

 ——鬼道衆に残されていた古い文献で読んだことがある程度だ。

 

 ——俺も詳しく知っているわけじゃないが……。

 

 石動は、決して詳しいわけではないと前置きを入れながらも。

 鬼道衆の里にいた頃に目を通したという、古い文献の記述について思い返していく。

 

 

 そもそも『妖』とは何かという話になるが。

 妖、あるいは妖怪は『人間とは異なる道理』で存在するものたちの総称を指す。

 

 その有り様は千差万別。

 人や動物の霊。物体に宿る付喪神。生まれながらに人間とは異なる種族など。八百万の神々ですら、広義的には妖怪として分類されている。

 妖怪とはまさに人智を超えたもの。人間では完全に理解しきれない不可思議なものを『妖怪』と、ひとまとめに呼んでいるに過ぎないのだ。

 

 では、モノノ怪はどうなのかというと。

 まずモノノ怪の『怪』には『病』という意味がある。そして『モノ』とは『荒ぶる神』のことを指している。

 

 要約すると、モノノ怪とは——『病のように人を祟るもの』。

 恨み、悲しみ、憎しみ。そういった人間の感情が妖と結びつくことで、より強大で荒々しい怪異となって人々に害を与えるようになるのだ。

 ただ、人間では理解しきれない妖とは違い。その成り立ち故に、モノノ怪にはそうなるに至った理由が必ず存在する。

 おそらくそれこそ、薬売りが知りたがっている『真』と『理』なのであろうが——。

 

 

 ——この地……沢田家の連中と、何かしらの関係はあるんだろうが……。

 

 そういった知識から、石動零は先ほどの鬼が沢田家の人間——彼らへの激しい恨みや怒りによって動いていると考えた。

 

 ——犬山まな……あるいは、お前に引き寄せられたか?

 

 もしくは彼女、犬山まなか。

 鬼太郎を始め多くの妖怪と縁を結んでいた彼女であれば、自身の知らないところで何かしらの情念を向けられているということも、なきにしもあらずだ。

 

 ——鬼太郎の奴は……流石に今回は間に合わないか……。

 

 今回の件、おそらく鬼太郎の加勢は期待できない。

 薬売りの言うように、ここが既にモノノ怪の腹の中——領域と化している以上、鬼太郎たちといえども易々と入り込むことは出来ない。

 

 ——……全く、面倒を掛けやがる……。

 

 石動は内心でため息を吐きながらも、拳を固く握った。

 今この瞬間だけは、自分が鬼太郎たちの代わりに犬山まなを守らねばならないだろうと。それが曲がりなりにも関わりを持ってしまった自分の役割だと意識していくのである。

 

 

 

 

 

「どうやら、皆さん。思い当たる節があるようで……」

 

 犬山純子や石動零の思案に耽る様子を察してか、薬売りが探るような視線を向けてくる。

 

「…………」

「…………」

 

 されど、純子も石動もすぐには口を開かなかった。

 どちらとも、まなのことを気遣って迂闊な発言が出来ないでいた。

 

 しかし、誰かが語らねば先には進まないような空気——。

 

 

「——いいでしょう、全てお話しします」

 

 

 そんな中、静かに口を開くものがいた。

 

「か、母さん……?」

「せ、正子様……!?」

 

 純子と益子が揃って発言者の方を振り返る。

 

「あれが封印を破って出てきた以上、隠し立てしていても意味はありませんから……」

 

 沢田家の当主である沢田正子。

 こんなときでも平静で、薬売りのモノノ怪の講釈に対してもまるで動揺していない。さりとて、彼の話を世迷言と斬って捨てるでもなく。

 

 どうやら正子の方でも、『鬼』に関して思い当たる節があるようだ。

 それが『封じられていた』経緯など、その全てを語ろうと歩み出る。

 

「ほう……」

 

 正子の態度に感心したような声を溢す、薬売り。

 彼は正子の口から語られるであろう、モノノ怪の『真』と『理』について興味深げに耳を傾けていくのであった。

 

 

 

×

 

 

 

「蔵の扉が……やはり、そういうことですか……」

 

 沢田正子は関係者を沢田家の敷地内の裏庭、そこにひっそりと建っていた大きな蔵の前に案内していた。

 本来ならば、そこは沢田家の当主しか入ることが許されない場所であったが——何故か、蔵の扉が開きっぱなしになっている。

 

「おおかた、金目なものでも盗もうとあの二人が忍び込んだのでしょう。下手に欲を掻かなければ、死ぬこともなかったでしょうに……愚かなことです」

「そ、そんな言い方……」

 

 正子は蔵への侵入者があの二人——鬼によって殺された分家の男たちであり、彼らが盗みをするために入ったであろうことを察し、その行いを愚かと断ずる。

 死者に鞭打つような正子の言動に、まなが言い過ぎではと口を挟む。

 

「母さん、本当に……ここに私たちが入っても?」

 

 一方で純子はここに自分たち、当主ではない人間が立ち入ってもいいのかと疑問をぶつける。

 正子の性分を知る純子からすれば、彼女がお家の掟を破るようなことをするなど、とても信じられないようだ。

 

「構いません、状況が状況です。それに純子さんやまなさんであれば、ここに立ち入る資格があるでしょう」

 

 だが正子は当主として、純子やまなにならその資格があると蔵への立ち入りを許可する。ここでいう資格とは、彼女たちが『本家』の人間だということだろうか。

 

「なら……俺にもその資格があるってことか?」

 

 ならばと、その蔵の中に彼——石動零のような、明らかに外部の人間がいていいものかと。他でもない本人からの指摘などもあったが。

 

「勿論です。鬼道衆の貴方であれば、何も問題ありませんよ」

「…………」

 

 正子は全く動じていない。

 どうやら石動零というより、彼が鬼道衆の一員であることに正子は一定の信用を持っているようだった。

 

「寧ろ……薬売りなどという、怪しいものを入れる方が問題なのですがね……」

 

 逆に、鬼道衆でも本家の人間でもない。

 薬売りという、どう見ても怪しい人物を入れることに正子は難色を示していた。

 

「真と理が分からなければ、退魔の剣は抜けぬ」

「まあ、いいでしょう……」

 

 だが薬売りとしても、あのモノノ怪の真と理——その有り様を正確に知らなければ、剣を抜けないと。一歩も引かないその姿勢に、正子は渋々といった様子で薬売りの立ち入りを許可していく。

 

 

 

「けど……あの人たちだけにして、ほんとに大丈夫なんでしょうか……」

 

 ここでふと、まなが不安を隠しきれない様子で呟く。

 

 彼女が心配していたのは、この場にいないものたちの安否だ。

 蔵の中に立ち入る許可を与えられず、本館の方で待機することになった益子と安夫、野本伊世。分家の三名である。

 モノノ怪に対抗出来る戦力の石動も、薬売りもこちらにいる。あの鬼が再び姿を現して伊世たちに襲い掛かったら、それこそひとたまりもないのではと。

 

「ご心配なく。結界は張っておきましたので……」

 

 しかし、その点については抜かりない。薬売りは伊世たちの待機する本館に『結界』を張っておいたとのこと。

 薬売りが張った結界——それは無数の札を部屋中の壁という壁に張り付け、さらにその周囲に塩の線を引くというものだった。

 モノノ怪を怯ませていたことからも、札の効力は確かなものだろう。加えて塩には魔除けの効果、厄災を退ける力があるとされている。

 

「多少の時間稼ぎにはなるでしょう。突破されればそれまでですが……」

 

 故に暫くの間は問題ないとのこと。もっとも、それも結果内にいればの話。

 

「伊世さんはともかく……あの人たち、大人しくしてくれますかね……」

 

 そうなると別の意味でまなが心配になってしまうのが、益子と安夫の二人が薬売りの言い付けを守って大人しくしているかどうかであった。

 ただでさえ、二人は直接遭遇していないためか鬼の存在にどこか懐疑的であった。加えて——。

 

『な、何故……どうして純子さんがよくて、私はダメなのっ!?』

『ぼ、ボクは次期当主になるんじゃ……う、嘘だ!! こ、こんなことが……』

 

 益子と安夫は蔵の中に立ち入れない、その資格がないと言われ茫然自失となっていた。

 安夫など自分が次期当主に選ばれると、思いこんでいただけにそのショックはデカかったであろう。

 

「……あの二人と一緒で本当に大丈夫かな……伊世さん……」

 

 あの二人に良い感情を持っていなかったまなとしては、正直いい気味とも思ってしまったが、自暴自棄になった二人が伊世に八つ当たりするのではという不安もあった。

 

「雑談はそこまでにしなさい。では、入りますよ……」

 

 だが、正子はそんなまなの心配を余計なお喋りと嗜める。

 益子や安夫の気持ちなど特に推し量る必要もないと、蔵の扉を開け放ってその内部へと関係者を案内していく。

 

 

 

「ここは……資料室のようなもの、かしら?」

 

 独り立ちするまでこの屋敷で暮らしていた純子も、蔵の中に足を踏み入れるのは初めてだ。

 彼女はそこが資料室のように、古い書物や巻物で埋め尽くされていたことに目を丸くする。

 

「そのとおりです。ここにあるのは沢田家が歩んできた軌跡、何百年もの歴史を記録した貴重な資料が大切に保管されています」

 

 正子が言うに、それらは沢田家の歴史そのもの。

 家系図や帳簿、過去にあった事件や出来事をまとめた記録、私的に書かれた日記などなど。学術的にも価値が高い古文書、古記録の類が保管されているとのこと。

 その資料を正しく管理し、後世に伝えていくのも沢田家当主の御役目ということだろう。

 

「これはそのうちの一つ、決して大っぴらには出来ない歴史の断片……」

 

 そのため、正子はどこにどのような記録が保存されているのかを熟知していた。

 おもむろに一つの巻物を手に取り、そこに記述されている記録、沢田家で起きたとある出来事——『物語』を読み上げていく。

 

 

 

×

 

 

 

 昔々、今の時代よりも人と妖怪の距離が近かった時代。これはこの家が、まだ沢田家と名乗る前の出来事です。

 その家には『ふく』という女性がおりました。彼女はどこに出しても恥ずかしくない、まさに良家の子女としての教育を受けて育ちました。

 いずれは有力な家の男と結婚し、お家をより大きくしてくれると。父親からも多大な期待を寄せられていたでしょう。

 

 ところが、あろうことか彼女は人ではない——『鬼の青年』と恋に落ち、家を飛び出してしまったのです。

 彼女のお腹には既にその青年との子供、半妖の命が宿っていました。たとえ半分が妖怪だったとしても、彼女は母としてその子を愛し、立派に育てるという決意を固めていました。

 

 しかしそれを許さぬと、彼女の実家は勿論、鬼の青年たちの同胞たちですら、二人を殺さんと追いかけてきたのです。

 逃げ回る二人を追い詰めた彼らは父親となる筈だった鬼の青年を殺し、母親となる筈だったふくを、お腹にいる子供ごと殺してしまいました。

 

 こうして、種族の壁を越えて夫婦となる筈だった二人はあえなく殺され。

 その子供も、この世に生まれ落ちることなく、その命を絶たれたのでした。

 

 

 

 

 

「——何よそれ!? そんなの……あんまりじゃない!!」

 

 昔語り風に語られたその話を聞き終えるや、まなは激怒した。

 ただ種族が違う二人が好き合ったというだけで、無惨にもその命を奪われたふくと鬼の青年。

 さらにはお腹の赤ちゃんまでもが、生まれることすら許されずに殺されるという、あまりにも非道な行いに憤りを抑えきれないでいる。

 

「まな……」

 

 そんな怒りを露わにする娘に純子は——やはり今のまなに『名無し』の件に関する記憶はないのだと、改めて理解する。

 もしも、彼女に記憶があるのならそのように『初めて聞いた』ような反応をするわけがないのだから。

 

 ——けど、それじゃあやっぱり……あの鬼の正体は……。

 

 しかし、ここでこの話——『名無しの両親であった、ふくと鬼の青年』の話が出てきたということは、やはりあの鬼こそがそうなのだろう。

 妖たる青年の鬼と、ふくの無念が結びついてモノノ怪となった——そのように考えるのが自然の流れかと、純子は重苦しい心持ちになっていく。

 

「先に断っておきますが……ここに登場するふくという女性と、鬼の青年……彼らがモノノ怪になったと私は考えてはいませんよ」

「えっ……?」

 

 ところが、まるで純子の懸念を察した上で、正子はその考えを否定。

 彼女は先のモノノ怪と今し方語った物語に、そこまで直接的な関係はないという。

 

「彼らの無念は既に晴らされています。名無しが名を得た時点でね……そうですね、純子さん?」

「……っ!?」

「ななし……?」

 

 そして不意を打つよう、正子は名無しの件について純子へと声を掛けた。これに純子は驚愕、まなは正子が何言っているのか分からずキョトンとしている。

 

「私が何も知らないとでも思っていましたか? 少なくとも、貴方が伝え聞いている程度のことなら私も把握していますよ」

 

 どうやら正子も名無しのことは知っており、その件が既に解決されたことまで把握しているようだった。

 どういった伝手を使っているかは不明だが、伊達に沢田家の当主を務めているわけではないようだ。

 

「だったら、なんで今になってそんな話を聞かせる?」

 

 名無しの件については石動零も知っていたため、その詳細について改めて触れようとはしない。

 一方で、何故そんな過ぎた話をここで聞かせたのかと疑問を投げ付ける。

 

「ここで考えて欲しいのは……どうしてふくさんが、鬼の青年と出会ってしまったかという点です」

「……?」

「……?」

 

 正子はこの話の肝が——『人間であるふくと、鬼である青年がどうして出会ってしまったのか』という点にあると主張する。

 もっとも、それだけでは何を言いたいのか分からず、ほとんどのものたちが頭に疑問符を浮かべている。

 

「それは……やっぱり二人を繋ぐ運命の赤い糸が、二人を出会うべくして出会わせて!!」

 

 ここで、まながなんともロマンチックな解答を示す。

 恋に恋する乙女らしく、二人の出会いを運命が引き寄せた必然の流れだと、少しばかり興奮気味に捲し立てる。

 

「なるほど……そういう考え方もあるでしょう。しかし、お二人がそこまで愛し合うほどの交流を重ねられた……近しい距離、立場にいたことにこそ意味があるのです」

「……それは、どういうことでしょうか……?」

 

 まなの考え方を正子は全否定しなかったが、しかしそうではないと訂正を入れる。

 二人には出会うべくて出会った訳があり、それが愛にまで発展するようになったのにも理由があったと。

 

「それこそが全ての事のきっかけ……名無しという闇が生まれたのも、あの鬼……モノノ怪が生まれたのは……全てはそこから始まっていたのかもしれません」

「——!?」

 

 その理由となる全ての起源。

 正子はさらに古い巻物を手に取り、そこに記録されていた『始まりの物語』を読み聞かせていく。

 

 

 

 

 

 ふくと鬼の青年が出会う、それよりもさらに昔のことです。当時、この国の治安は荒れに荒れていました。

 不安定な政権、国の主導権を巡って幾度となく繰り返される合戦。

 戦に負けた敗残兵が野に下り、夜盗や山賊となって村々を襲うようになった。正規軍なども、遠征先での食糧調達という名目で荘園での略奪行為を当たり前のように行っていました。

 

 自分たちの暮らす集落もいつ襲われるか分からないと、人々は心休まらない日々を過ごしていたことでしょう。

 沢田家の先祖も、そうした村々の一つでした。この戦乱の世を生き抜くためにどうすればいいか、彼らは常に頭を悩ませていました。

 

 ある日、一族の誰かがとある思いつきを口にしました。

 それは人間ではない、人外のもの。妖の力を借り受けることで、自分たちの身を守ろうというものでした。

 それというのも、彼らの住まう近くの山々には、古来より鬼が隠れ潜むという話があり、それが紛れもない事実であることを知っていたからこそ出た提案だったのです。

 

 鬼といっても、物語のように悪戯に人間たちを襲うような連中ではありません。自然の恵みから日々の糧を得て暮らす、人間たちとほとんど大差ない暮らしをしているようなものたちです。

 当然、鬼など信用出来ないという声もありましたが、他に代替案があるわけでもなく。物は試しと、人々は鬼たちと話し合う場を設けたのです。

 

 人間たちの提案に、鬼たちの方も最初は懐疑的でした。自分たちの力、威を借りるだけ借りようという虫のいい提案なのではと。

 そのため、人間たちはこれをあくまで『対等な取引』という形へと持っていくことにしました。 

 鬼たちは絶対数が少なく、彼らには力があったが『知識』が不足していました。その点、人間には長い長い歴史の中で培ってきたノウハウ、先人たちの知恵があったのです。

 

 どうすれば農作物がよりよく育つか、生活をより豊かにするために必要な道具の作り方など。

 また物珍しいものなど、山奥で暮らす鬼たちでは絶対に手に入らないようなものを、人は商売という方法で他所から持って来れます。

 そういった知見などを鬼たちに授ける。その代わりに、鬼たちはその力で人間たちを守護すると、そういう契約を結んだのです。

 

 そうして、鬼たちの力を背景に沢田家の先祖たちは自分たちの身を守る——だけには留まらず、その勢力を拡大させていきました。

 そう、鬼たちの力を持ってすれば『奪われる』のを防ぐだけではない。自分たちが『奪う』側になれることに気付いてしまったのです。

 鬼たちも、人間たちが支配圏を広げていけば自分たちの生活がより潤うと、より積極的にその力を行使するようになりました。

 

 

 

 こうして、鬼と人間——両者の歪な共存関係がここに成り立ったのである。

 

 

 

「まさか……沢田家の人たちが、本当にそんなことを……?」

「…………」

 

 純子は戸惑いを隠しきれなかった。まなも咄嗟に言葉が出てこなかった。

 

 鬼という、人ならざるものたちの力を借り受けることで自分たちの身を守ろうと考えた沢田家の先祖たち。当時の社会情勢を知らない純子たちでは、その判断の正否を正確に推し量ることは出来ないだろう。

 だが——力を手に入れたからといって『奪う側』にまわったという、沢田家と鬼たちの思い上がりは絶対に間違っていたと断言できた。

 

「ええ、愚かなことです。人ならざるものたちとの交流、それが結局は名無しという存在を生むきっかけにもなったのですから……」

「!!」

 

 その話を語り聞かせる正子自身も、先祖たちの行いを愚かと言い切った。

 なにせ、鬼と人が近づき過ぎたせいで、出会う筈のない二人が出会ってしまい——それが現代にも続く、厄災の原因になってしまったのだ。

 そう、名無しという闇の誕生のきっかけ。ふくと鬼の青年が出会ってしまったのも、人と鬼との交流があったからに他ならない。

 

 

 本来なら交わらない、交わってはいけないものが交わった。

 その結果として起こってしまった悲劇の象徴、それこそが『名無し』だったと言えよう。

 

 

「それで……ここで終わるわけじゃないだろう? 鬼共と手を組んだ……で、その後はどうなったんだ?」

 

 まさかの事実に皆が動揺する中、石動零は冷静に話の続きを促していた。

 仮にここで話が終わるようなら、沢田家は今も鬼たちと共存関係にあるということになる。だが今の沢田家に、鬼たちの協力を得ているような痕跡はない。

 

 ならば——その鬼たちはどこに行ってしまったのか。

 

「ええ、お話ししましょう。愚かな先祖たちの決断が、どのような結末をもたらしたのかを……」

「…………」

 

 きっとその話の中にこそ、あの鬼の——モノノ怪の『真』と『理』を示す答えがあるのだろうと、薬売りも正子の話に静かに耳を傾けていく。

 

 

 

×

 

 

 

 沢田家の先祖たちと、鬼たちの共存関係は概ね良好だったと言えます。

 ふくと鬼の青年が惹かれあい、二人の間に半妖の子供が生まれるといった『タブー』も、文字通り腕ずくで揉み消しました。

 互いの利益のために協力し合う関係であっても、種族の異なるもの同士が愛し合うのは許されないということでしょう。

 いずれにせよ、都合の悪いことを力づくで消し去るだけの権力、暴力、財力。最盛期の沢田家と鬼たちはその全てを兼ね備えていました。

 

 時は流れ、そんな両者の関係にも崩壊の兆しが訪れました。

 きっかけは、永遠とも思われていた戦乱の世が終わった——終わってしまったことです。

 

 皮肉にも、戦の世が終わったことで、沢田家は鬼たちの後ろ盾を必要としなくなった。それどころか、彼らの過剰な戦力が『重荷』としてのしかかるようになったのです。

 

 加えて、互いの意識の違い。

 数百年を平然と生きる鬼たちにとって、互いの力を借り受ける取引は現在進行形で続いているものでありましたが、取引を交わした当事者たちが全員寿命で亡くなっている人間たちにとってはそうではありませんでした。

 世代交代を重ね、鬼たちへの敬意や畏怖、有り難みが薄れてきたその時代の人間たちにとって、鬼との取引など遠き過去のもの。

 

 

 もはや鬼の存在を邪魔としか感じられなくなった沢田家のものたちは、彼らを人知れず『排除』することにしたのです。

 

 

 

「排除って……い、いったいどうやって……?」

 

 物騒な単語に引き気味になりながらも、まなは人間がどうやって屈強な鬼たちを排除したのか疑問を抱く。

 非力だからこそと、鬼たちの力に頼ったのは人間たちの方だ。彼らにいったい、どのような手段、方法があるというのだろう。

 

「鬼たちを討伐するために沢田家が頼った法師たちの一団……それこそが、鬼道衆なのです」

「なんだとっ!?」

 

 正子の口から発せられたその答えに、今度は石動零が驚愕する番だった。

 そう、ここでようやく出てくるのが『鬼道衆』。石動が沢田家に呼ばれたのも、その縁が関係していたのである。

 

「鬼道衆の方々に依頼し……鬼たちの集落、その悉くを殲滅していただいたのです」

 

 当時の鬼道衆は妖怪を倒す術をある程度確立していた。

 さらには沢田家から鬼たちの詳細、集落の場所や人数などの情報を聞き——相手が完全に油断し切ったところへ奇襲を掛けたのである。

 

「ただ、その討伐依頼を受けたものたちは、鬼道衆の中でも特に過激な一派らしく。彼らは度重なる外道働きに、裏鬼道と呼ばれ破門されることになったとか……」

 

 余談だが、鬼たちの討伐に参戦していた鬼道衆たちは後に『裏鬼道』と呼ばれるようになり、本家からも袂を分かったという話だ。

 

「裏鬼道……!! そいつらは、その後どうなったんだ!?」

 

 これに石動が語気を荒げる。

 鬼道衆の生き残りとして、その力を悪用するような輩を放っておくことは出来ないのだろう。そのものたちの今がどうなっているかを問い詰める。

 

「風の噂では龍賀という一族に拾われ、そこでさらなる外道働きに手を染めたとか……その龍賀の一族も一夜にして滅んだという話で、おそらくは……」

「…………そうか」

 

 裏鬼道は流れに流れ、『龍賀』という一族の下で働くようになったとか。その龍賀一族も半世紀以上も前に謎の厄災に見舞われ、その全てが焦土と化したとのこと。

 龍賀に仕えていた裏鬼道もおそらく全滅しただろう。そのことに安堵するべきか、悲しむべきか。石動は複雑な気持ちで押し黙っていく。

 

「話を戻しましょう」

 

 その辺りで少しばかり脱線したと、正子は話を本筋へと戻していく。

 

「鬼たちを無事に殲滅し終えた沢田家と鬼道衆は、彼らが二度と人の世に出てこれぬようにと封印を施しました」

 

 鬼たちを全滅させたものの、妖怪は魂さえ無事なら肉体が滅んでも復活することが出来る。

 故に沢田家は鬼道衆と共に、鬼たちの魂に強力な封を施したとのこと。その封印が破られなければ未来永劫、沢田家が鬼などという存在に煩わされることもない——筈であった。

 

「しかし彼らの憎しみは、沢田家が予想していた以上のものだったようです」

「そりゃそうだろ……散々利用するだけ利用しておいて、切り捨てられたんだからな……」

『…………』

 

 鬼たちの憎しみが予想外というが、石動はその認識の甘さを皮肉げに吐き捨てる。

 人間たちからすれば、ただ邪魔者を排除しただけかもしれないが、鬼たちからすれば酷い裏切り行為である。

 その怨嗟、憎しみのほどは石動にも、彼の内にいる伊吹丸——『復讐者』であったが彼らにも理解出来るものがあった。

 

「彼らの憎悪は、封印を内側から破壊するほどに荒ぶっていました。それでも定期的に封を施し直すことで、どうにか封印を維持することが出来ていました」

 

 妖怪の封印というものは基本的に放置されるものがほとんどだが、鬼たちの封は定期的に再封印を施さなければ破綻してしまうような、極めて不安定なものになってしまったとのこと。

 

「その封印を維持していくことこそ、沢田家の当主に代々課せられてきた最も大事な御役目。私たちは、そのために今日まで存在を許されてきたのです」

「…………」

 

 だからこそ、その不安定な封印を見守るためにも、沢田家は当主となる人間を厳格に定め、育ててきたのだと。

 本来なら次期当主となる筈だった純子も、まさか自身の家にそのような秘密があったとは思わず、もはや言葉も出てこなかった。

 

「ただ、最近はその再封印すら危ういものとなっていたので……今回は万全を期すためにも、鬼道道である石動殿をお呼びしたのですが……」

 

 どうやら今回も、その再封印の儀を行うつもりで関係者を集めたらしい。

 しかし、その前に鬼は封印から飛び出し——モノノ怪へと成り果て、沢田家のものたちへ報復とばかりに襲い掛かったのである。

 

 

 

「これは……この割れた石碑が……封印?」

 

 一同は蔵の奥へと移動し、そこにあったもの——『真っ二つに割れしまっていた石碑』という、なんとも頼りない封印にまなの口から気の抜けた声が溢れ落ちる。

 

「やはり、封印が破られてしまったようですね……」

 

 だがその石碑こそが、鬼の魂を封じたまさに最後の砦だった筈。それが見る影もなく崩壊していたという事実を、正子は特に驚きもなく受け入れる。

 

「なるほど、あの二人も沢田家の分家……ほころびかけていた封印へ迂闊に近づき、鬼たちの魂を悪戯に刺激してしまったのでしょう」

 

 正子は周囲を見渡す。

 石碑の周りにはしめ縄により規制線が張られていたが、それらが全て解け、その役目を果たすことなく引きちぎられていた。

 石碑の封印も、しめ縄による結界も。全てはあの二人——蔵の中へと盗みに入った彼ら、沢田家の血筋が不用意に封印に近づいたため崩壊してしまったとのこと。

 

「彼らが盗みにさえ入らなければ……こんな事態にはならなかったと?」

 

 ようやくその事実に追いつき、純子は正子があの二人を愚かと断じた理由に理解を示す。

 あの二人さえ余計なことをしなければ、再封印とやらを先に施すことで鬼の復活自体は防げていたかもしれない。

 

「過ぎたことを言っても仕方ありませんがね」

 

 とはいえ、もうそれも過ぎた話。

 彼らが盗みに入ったせいで鬼が復活してしまったことも、もとより先祖たちが安易に鬼の力を借り受けてしまったことも——全ては過去。

 今はこの事態をどう収拾すべきかを考えるべきだと、正子はその視線を薬売りへと向けていく。

 

「いかがでしょうか? ここまでの話の中に、貴方が求める真とやらはありましたか?」

 

 正子がここまで懇切丁寧に、沢田家の黒歴史とでもいうべき部分を赤裸々に語った理由。

 全てはあのモノノ怪の真や理とやらを示し、薬売りに退魔の剣を抜かせるため。

 

「…………」

「あっ……! 剣が震えて……?」

「!!」

 

 薬売り自身は沈黙したままだったが、彼の手にしていた退魔の剣がガタガタと震えていることに一同の視線が集まる。

 

 柄頭が鬼面のようになっている退魔の剣。

 先ほども、モノノ怪の『形』とやらが鬼であると判明した際も、そのように震えて歯を打ち鳴らした。

 きっと今度は『真』あるいは『理』とやらが判明し、再び歯を打ち鳴らす音が響き渡る——かに思われた。

 

 

「——否」

 

 

 薬売りが短く呟く。

 

 

「それは真にあらず……」

 

 

 その言葉が示すとおり、次の瞬間にも退魔の剣がピクリとも動かなくなってしまう。

 

「な、なんで……?」

 

 これにまなが呆気に取られる。

 理屈こそ不明だが、退魔の剣がカチンと歯を鳴らすことで真やら、理やらが示されることになると解釈していた。

 しかし先の話を聞かされて尚、剣はそのどちらも示そうとはしない。

 

「まさか……嘘だったと? 母さんの話が……」

 

 退魔の剣が反応を示さない、その理由に正子が『嘘』を付いている可能性が浮上し、純子の顔が曇る。

 正子が長々と語った物語が実話ではなく、全て出鱈目だったと考えれば何も起こらないことに納得もいくが。

 

「確かに真実を語ってはいるのだろう」

 

 だが、薬売りは正子の話それ自体は真実と判断する。

 そもそもな話、そのような壮大な嘘を吐く理由が正子にはない。そんな嘘を吐いてまで、沢田家の信用を地に貶めることに何の利益があるだろうか。

 

「だが今の話を聞く限りでは、モノノ怪が生まれることはない」

 

 しかし、たとえそれが真実だったとしても、その話だけでは『モノノ怪は生まれない』と薬売りは語る。

 

「モノノ怪は、人の情念が妖と結びつくことで生まれるもの……それを欠いた状態では、どれだけ妖たちの恨みが強かろうと、モノノ怪足り得ぬ」

 

 話の流れ上、鬼たちが沢田家に強い恨みを抱いていることは容易に想像出来る。

 ただそれも『妖』としての憎しみでしかない。

 

「なるほど……モノノ怪の成立過程を考えれば、人間の存在が欠かせないってわけか……」

 

 モノノ怪に関する知識がある石動零は、薬売りの言わんとしていることを理解する。

 

 どれだけ強力な妖怪が強く誰かを憎悪しようとも、それだけではただの妖、ただの妖怪でしかない。妖がモノノ怪へと変貌するためには条件——そこに『人間』との結びつきが必要不可欠なのだ。

 にもかかわらず、先ほどの正子の話の中にはその人間——妖が結びついてくるほどの情念を持った人間の存在が見えてこない。

 

「嘘は付いていない。しかし——全てを語ってはいない」

 

 そのことからも、薬売りは正子が嘘こそ付いていないものの——まだ全てを語っていないと、その真意を問いただすような視線を向ける。

 

 

「………………」

 

 

 そんな薬売りの視線に、正子は無言で応じた。

 薬売りの言葉を否定しない時点で、それは肯定しているも同然だ。しかし何を隠しているかまでは決して話そうとしない。

 

「どうして……どうして、黙ってるの!! 母さん!!」

 

 これに純子が感情を抑えきれずに叫ぶ。

 ここまで沢田家の恥とも言える歴史を語っておきながら、どうしてそこで口を噤むのか。これ以上何を隠そうというのか。母親の感情が純子にはまるで理解できない。

 

「お母さん……」

「…………」

 

 まなと石動は、純子と正子との間に流れる重苦しい空気に口を挟むことが出来ずにいた。

 蔵の中に痛いほどの沈黙が広がっていく。

 

 

 ところが、そんな静寂を破るよう——チリンと鈴の音が鳴り響く。

 

 

「これって……!?」

「天秤が……傾いてやがる!!」

 

 まなと石動の視線が薬売り、彼の指先にちょこんと立っていた『天秤』へと向けられる。

 それは重さではなく、モノノ怪との距離を測るという天秤だ。それが傾いているということは——。

 

 

『——グォオオオオオオオオオオオオオオオオォォオオオ!!』

 

 

 続け様、屋敷全体を震わせるほどの絶叫が響き渡った。

 間違いなくあの鬼、モノノ怪の絶叫である。ただ音の大きさから、蔵からは少し距離を感じられるが。

 

「伊世さんたちが、危ない!?」

 

 まなは音の聞こえ方から鬼の出現場所、それが伊世たちの待機している本館だと察した。

 結界が守ってくれているとはいえ、急ぎ助けに行かなければならないだろう。しかし——。

 

「まだ剣は抜けぬか……」

 

 未だに真も理も判明しておらず、退魔の剣が抜けるような状態ではないと呟く薬売り。

 

「剣が抜けねば……あのモノノ怪は斬れぬ」

 

 表情こそ冷静だが、その声音には確かな焦りが見て取れた。

 退魔の剣でなければ、モノノ怪は倒すことは出来ない。

 

 

 このままではこの屋敷にいるものたち、その全てがあのモノノ怪の『憎悪』に押し潰されてしまうだろう。

 

 

 




沢田家の経歴について
 言うまでもなく、沢田家の設定は本作における独自設定です。
 ちなみに、作中で沢田家の先祖と鬼たちが契約したのはだいたい南北朝時代を想定しています。
『逃げ上手の若君』連載終わっちゃった……私は何を楽しみに毎週のジャンプを読めばいいのだ?
 
『モノノ怪』に関しては次回で完結です!
次のクロスは、王道中の王道……とある妖怪ものを考えていますので、お楽しみに!
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