発売は来年だけど、今から楽しみで夜しか眠れない!!
是非未プレイの方にも、この名作ゲームを楽しんで貰いたい!!
また、今になって『ゼノブレイド2』のSwitch2版のアップデートが入るとは思ってなかった。
ゼノブレイド2は結構やり尽くしたからな……追加要素の内容にもよるけど、また始めるかどうかは未定。
さて、今回の話で『夏目友人帳』のクロスは完結です。
正直長くなりすぎて、四話に区切ろうかとも思いましたが……今回は三話にまとめたかったので、書き切りました。
結構な文字数になりましたが、最後まで楽しんで貰えればと思います。
「うらぁあ!! 人間に仇なす妖怪はこの朱の……じゃなかった……この、子泣き爺様がぶっ飛ばしてやるぞ!!」
真夜中。妖怪たちの棲家へやって来ては暴れ回るそいつは、自らを『子泣き爺』と名乗った。
老人の顔に蓑を纏った姿。それは確かに鬼太郎の仲間とされている子泣き爺その人であると、そう言えなくもない見た目をしている。
まあ、当然ながら中身は全くの別人。
それが鬼太郎と敵対している妖怪——お面などで変装した朱の盆であることは、見る人が見れば分かることであった。
何故、朱の盆がそのような変装をして暴れ回っているのか。
それは、今回の企てを計画した蛇骨婆の策略の一環であったからに他ならない。
妖怪を従わせることの出来る友人帳、それを夏目という人間から奪うのが朱の盆たちの目的だ。
しかし真っ向から襲いかかったところで、予想外の抵抗を受ける可能性があるかもしれないと。蛇骨婆は万全を期すためにも作戦を立てることにした。
『いいか、朱の盆? おまえさんは鬼太郎の仲間のふりをして暴れ回れ。それでこの地の妖怪たちの敵意を、全て奴に向けさせるのじゃ……』
まずは朱の盆が鬼太郎の仲間、あるいは手下としてこの地で暴れ回る。それにより妖怪たちの怒りの矛先を全て鬼太郎へと向けさせ、その上で彼をこの地へと呼び出した。
そう、鬼太郎をこの地へと招いたあの依頼の手紙——あれは蛇骨婆が送ったものだ。
鬼太郎が差出人のない手紙を怪しむ可能性はあったが、友人帳という具体的な脅威がある以上、彼も動かざるを得ないと判断し——予想通り、鬼太郎はここまでやって来た。
『鬼太郎とこの地の妖怪たちが争い合えば、夏目という人間も必ず出張ってくるじゃろう』
そして、鬼太郎とこの地の妖怪たちが敵対し合えば、友人帳の持ち主である夏目という人間も必ず首を突っ込んでくる。
友人帳によって多くの妖たちを従えている——少なくとも、蛇骨婆視点からすればそう思われても仕方がない夏目が、自身の『手駒』がやられているのを黙って見ているわけがないと考えたのだ。
そうして、お互いが疑心暗鬼に陥り、争い、疲弊する——その隙を突き、友人帳を強奪。
奪った友人帳の力を使い、さらに鬼太郎を追い込むことが出来れば尚良しと。
それこそ、朱の盆が蛇骨婆から聞かされた作戦の内容であった。
「けどな……これ、いつまで続けてればいいんだ?」
ただ、その作戦を言われるがまま実行している朱の盆だったが、ここでふと疑問を抱く。
鬼太郎の評判を陥れるためにも、その手下を名乗って暴れ回るのはいいのだが、いったいこれはいつまで続ければいいのだろう。
仮に夏目という人間が出張ってきた際も、そいつからどのようにして友人帳を奪う手筈なのか。そこから先の展開について、朱の盆は具体的なことは何も聞かされていない。
果たして蛇骨婆の思惑がどこにあるのか、朱の盆は何も分からないまま暴れていたのである。
『——見つけたぞ、下賤なるものよ』
「——っ!?」
と、朱の盆が柄にもなく疑問などを浮かべていたそのとき、頭上から何者かの声が響く。
次の瞬間、鈴の音と共に舞い降りてきたのは、巨大な馬面の妖——三篠であった。
『貴様だな? 鬼太郎の手下を名乗り、派手に暴れ回っているという不届な妖は……』
「デカっ……っ! そ、そうだ……俺様が鬼太郎の手下の子泣き爺様だ!!」
その巨体と放たれる威圧感を前に暫し茫然となる朱の盆であったが、すぐに気を取り直し、作戦通り鬼太郎の手下を名乗っていく。
『ふん……まあ、貴様が何者であろうと構わん……』
もっとも、朱の盆の素性に関して三篠は特に関心を払ってはいない。
『夏目殿には鬼太郎に手を出すなと言われているが……仮に貴様が奴の仲間であろうと、ここで見逃す道理はない』
三篠は主と仰ぐ夏目貴志に『鬼太郎とは自分が話すから』などと言われていたが、仮に目の前のこいつが本当に鬼太郎の一味だとしても、手を出さないという訳にはいかない。
『貴様は私の縄張りに土足で上がり込み、私の子分たちにも手を出したのだ……貴様を叩きのめすのに、それ以上の理由はいるまい』
三篠にとって重要なのは、眼前の妖怪が実際に自分の縄張りや手下たちに被害を出しているという点だ。
そんな不埒な輩が目の前にいるというのに、それを見逃したとあっては、自身の妖としての沽券にも関わると。
仮にこの妖怪が本当に鬼太郎の仲間だったとしても関係ない。その時は鬼太郎共々葬り去るだけだと、三篠は妖気を昂らせていく。
『さあ、覚悟するがいい。鬼太郎の手下とやらよ! この三篠が相手をしてやろうぞ!!』
「ふ、ふん、しゃらくせぇ!! 返り討ちにしてやるぞ!!」
やる気満々な三篠を前に、朱の盆もまた戦意を漲らせていく。
既に彼の頭の中には作戦のことや、蛇骨婆の思惑といった小難しいことを考えている余地はなく。売られた喧嘩は買うだけだとばかりに、向かってくる相手に真っ向から拳を振りかぶっていくのであった。
×
「あら、貴志くん。お出かけかしら?」
洗濯物でも干そうと庭先に出た塔子は、外出しようとする夏目貴志の姿を見かけて声を掛けた。
今日は休日。学校も休みで部活動に入っているわけでもない彼が、いったいこんな朝早くからどこへ出掛けようというのだろうか。
「はい、ちょっと色々あって……夕方頃には帰ると思いますから……」
夏目は塔子の問いに曖昧な返事をしつつも、夕方には帰るから心配無用と笑みを浮かべる。
「そう……それじゃ、行ってらっしゃいな!!」
「は、はい……行ってきます!!」
一瞬、夏目の用事とやらが気になったのか首を傾げる塔子であったが、そこは彼のことを信頼しているのか。
すぐに彼を笑顔で見送っていき、その見送りに夏目も嬉しそうに声を弾ませていく。
「いくぞ、ニャンコ先生!! 鬼太郎を見つけて……なんとか話を付けないと!!」
「やれやれ、面倒なことだ……」
夏目が休日の朝から藤原家を飛び出した理由、それはゲゲゲの鬼太郎を探すためである。
学校がある日はそんな暇もなかったが、幸いにも今日は何の予定もない。今日一日、鬼太郎を探すことに時間を掛けることができ、それで今回の件が片付けばと夏目は行動を起こすことにした。
用心棒でもあるニャンコ先生もそれに付き合う。口では面倒だと言いつつも、彼もこの件を早く解決しておきたいのだろう。
そうして、夏目たちの鬼太郎捜索が始まったわけだが——捜索は思いの外、難航した。
鬼太郎を探すためにも、夏目たちは道端で見かけた妖怪たちから聞き込みをして回っていくのだが——その返答は芳しいものではなかった。
大半の妖怪が鬼太郎のことを快く思っていないのか、「知らぬ」と素っ気なく答えるばかり。
中には「それらしいものを見た」と答えるものもいたが、実際に目撃したという場所に行っても、既に立ち去った後なのか鬼太郎と遭遇することはなく。
そうしたことを繰り返すうち、あっという間に昼頃まで時間が過ぎ去っていく。
「まったく……こういうとき、お前の人見知り……いや、妖怪見知り気質には苦労させられるわ」
「そういう先生だって。もっと親しい知り合いとかいないのかよ……」
その辺の原っぱで休憩がてら、握り飯を口にする夏目とニャンコ先生は互いの『交流関係の少なさ』に関して愚痴を溢していた。
彼らの鬼太郎探しがここまで難航する理由。それは夏目たちに『知り合いと呼べるほどの妖怪が思いの外少なく』また『一緒に探してくれるよう頼める相手がいない』ことも要因の一つだったりする。
友人帳を持つ夏目の元には「名を返してほしい」と妖怪たちが一定数押しかけてくるが、名前を返せばそのままさっさと去ってしまうものがほとんど。
一期一会の出会いばかりで特定の妖怪と親しくなるということも、これといって交友関係を広げることもなく、今日まで過ごしてきた。
「強者とは常に孤独なものなのだ、ふっ……!!」
また交友関係が浅いのはニャンコ先生も同様だが、彼自身はそれを強者故の孤独。
斑という大妖怪に迂闊に近づくものなどいないのだと、なんだかカッコ良さそうなことを言って誤魔化していた。
「なあ……先生……俺たちの知り合いって……こんなに少なかったけ?」
だがここで、夏目の脳裏にこの状況に対する疑問が浮かび上がってきた。
それは自分たちの交友関係——『他の妖怪との繋がりが、こんなにも希薄であったか』という疑問だ。
「…………言われてみれば、確かに妙な感じだ……」
夏目の疑問にニャンコ先生も同じ感想を持ったのか。ここに来て、彼もようやく今の状況に『違和感』を抱くようになった。
そう、夏目が昨日からずっと感じていた違和感。本来ならそこにあるべき筈のものがない。それが何であるかも思い出せない、何とも言えない不安感。
この感覚に対し、誰かが何かを忠告してくれたような気もしたが——その相手のことも、思い出すことが出来ないでいる。
「まさかこれも鬼太郎……いや、鬼太郎の手下とかいう奴の仕業……なのか?」
夏目の脳裏に、この言い知れぬ違和感の元凶が鬼太郎。あるいは鬼太郎の手下を名乗る何者かの仕業かもしれない、という疑惑すら浮かび上がってくる。
「行こう、先生……早く鬼太郎を見つけないと……」
「そうだな。会ってみないことには何とも言えまい……」
もしかしたら、鬼太郎と直接対峙することでこの違和感が解消されるかもしれないと。
昼休憩を終え、ニャンコ先生と共に改めて鬼太郎探しに注力していくのであった。
「ごめんください」
「はぁーい!! って、あら……?」
お昼過ぎ。藤原家を訪れたその訪問客に対し、塔子は不思議そうに首を傾げる。
玄関先に立っていたのは——下駄にちゃんちゃんこという、どこか浮世離れした小学生くらいの少年であった。
塔子は勿論、夫である滋のお客様としても明らかに歳が離れ過ぎている。なんだか見覚えがあるような気もするが、果たしてどのような要件だろうかと少年からの言葉を持つ。
「あの……こちらに夏目という方はいらっしゃいますか?」
「あらあら、貴志くんのお友達かしら!?」
どうやら夏目貴志。自分たちのところで預かっている少年のお客様だったらしい。わざわざ休日にまで彼の元を訪ねてくれる小さな訪問者に、塔子は嬉しそうに頬を綻ばせる。
「生憎と朝から出掛けてて……夕方には帰ると言ってたんだけどね……」
ただ残念なことに、今は夏目当人が家を留守にしていた。帰ると言っていた時間まで、少しばかり間も空いている。
「もし良かったら、うちに上がって待っててもらっても構わないのだけど?」
塔子は相手が子供であったということもあり、夏目が帰宅するまで家で待ってみないかと、何の警戒心もなくその少年を自宅へと招き入れようとする。
「いえ、ご迷惑を掛けるわけにもいきませんので……」
この提案を少年は礼儀正しい態度で断った。
急ぎの用事というわけではないのか、表面上は平静さを保ったまま一礼。すぐにその場を後にしようとする。
「あなた、お名前は何て…………あら?」
立ち去ろうとする少年に対し、塔子は彼の名前を尋ねようとした。
夏目とまたすれ違いになる可能性もあるため、あらかじめ言伝でも預かっておこうと考えたのだろう。
だが、既にその場に少年の姿はない。
塔子がまばたきをした、その瞬間にも彼の姿はどこにも見えなくなっていたのである。
「どうしましょう、父さん?」
「う〜む、夏目くんは留守か……どうしたものかのう……」
藤原家を離れながら、鬼太郎と目玉おやじは今後の動きについて考えを巡らせる。
あれからも、幾度となくこの地に棲まう妖怪の襲撃があった。皆一様に「鬼太郎の手下にやられた」と、その大元である鬼太郎に対する敵意を抱いていた。
これに身に覚えのない鬼太郎は何とか戦いを避けながら。温厚な妖怪や道行く人間などから聞き込みをして回り——この藤原家に、夏目貴志という少年が住んでいることを突き止めたのである。
夏目という苗字や、妖怪たちにもその名前が知れ渡っていたことから、彼が友人帳を所有しているという人間で間違いはないだろう。
「家で待たせてもらうのも、一つの手であったかもしれんが……」
「ですが、父さん。あんな優しそうな方を巻き込むわけには……」
あの家が夏目という人間の『帰る場所』であるというのなら、素直に待たせてもらうのも良かっただろう。
しかし、鬼太郎はこの地の妖怪たちから非常に敵視されている。万が一にでも、自分を狙ってあの藤原家にまで妖怪たちが押し掛けてきたら。そう考えると、迂闊にあの家に留まるわけにもいかなかった。
「もう一度……この辺り一帯を探してみるしかないか……」
「そうですね、父さん……」
鬼太郎たちは仕方なく、夏目貴志という少年を自力で探すことにした。
いずれは藤原家に帰ってくることを考えれば、そう遠くには行っていない筈だとあくまで近辺での捜索に留めるつもりではある。
「……っ?」
だが藤原家から遠ざかろうとしたそのとき、ふいに鬼太郎の足が止まる。
何かしらの気配でも感じたのか、藤原家やそこへ続くまでの通りを注意深く観察するが——特にこれといって妙なものはない。
「どうした、鬼太郎? 何か気になるものでもあったか?」
「…………いえ、何でもありません……」
目玉おやじは息子に何事かと尋ねるが、鬼太郎もそれが気のせいだと感じたのか。
実際、妖怪アンテナにもそれらしい反応がなかったため、首を傾げながらもその場から立ち去っていくのであった。
「——鬼太郎め、もうここを嗅ぎつけおったか……」
鬼太郎が立ち去ったすぐ後、近くの茂みから一人の老婆が姿を現した。
「やれやれ……妖気を隠すのも一苦労じゃわい……」
一見すると人間の老婆にも見え、上手いこと妖気を誤魔化していたために妖怪アンテナの反応も小さかったが、その首元と胴体にはそれぞれ蛇が巻き付いている。
妖怪・蛇骨婆だ。朱の盆と共謀し、この地の妖怪たちのヘイトを鬼太郎に向けさせることで、彼らとの間に諍いを起こさせた張本人である。
「さて……これで邪魔者は全員いなくなったじゃろう……さっさと目的を果たすとするか……」
ここまでの流れは全て彼女の計画通り。
とはいえ、鬼太郎がこの藤原家まで来ることは予想外だったのか。彼に勘付かれやしないかと、額に冷や汗など浮かべている。
しかし結果として鬼太郎は何も気づかずに藤原家から立ち去り、友人帳の持ち主である夏目貴志も家を留守にしている。
「——この家の人間を人質に取れば、あの夏目という小僧も大人しく友人帳を渡すじゃろう……ヒッヒッヒ!!」
今が好機だとばかりに、蛇骨婆はいやらしい笑い声を上げながら——その悪意の矛先を藤原家の人々へと向けていくのであった。
×
蛇骨婆の最終的な目的は『友人帳を手に入れる』ことだ。
そのためにも、彼女はそれを持つ夏目貴志のことを念入りに調査し——彼にとって、この家の人間が最大のウィークポイントであると狙いを付けた。
鬼太郎をこの地に呼び寄せたのも、単なる陽動に過ぎない。
夏目やその周囲の妖怪たちが、鬼太郎や朱の盆という『外敵』に対して意識を向けている、その隙を突いて藤原家へ押し入ろうと画策していたのだ。
「悪く思うなよ、朱の盆……敵を騙すには、まず味方からとも言うしのう……」
蛇骨婆は自身の動きに関しては、朱の盆にも詳しく話さなかった。
彼に作戦の裏側まで喋ってしまっては、何か余計なことをするんじゃないかという懸念があったからだ。それにーー。
「やはり、友人帳はわしが持っておいた方がいいじゃろうしな……」
友人帳は、自分こそが持つべきものだと思ったからだ。
自分であれば、ぬらりひょんのようにとは言わないが、少なくとも朱の盆よりは友人帳という『道具』を最大限利用することが出来るという自信があった。
「ではさっそく……さあ行け、お前たち!!」
そして今このタイミングであれば、何の障害もなく友人帳を得るための策を実行に移せると。
『シュルルル〜!!』『シャアア〜!!』
蛇骨婆は、自身の手足とも呼べる二匹の蛇を藤原家に向かって放っていく。
「〜〜♪」
悍ましい二匹の蛇が迫っているとも露知らず、藤原塔子は呑気に鼻唄などを歌いながら庭の花に水をやっていた。
次の瞬間にも二匹の蛇は塔子へと巻きつき、その牙から生成される麻痺毒を首元から彼女に注いでいくだろうと——そのように思われた。
『フシャ!?』『シャア!?』
ところが、二匹の蛇が藤原家の敷地内に入ろうとした直後——高速で飛来した『何か』が蛇たちを吹き飛ばし、藤原家への侵入を阻止してしまった。
「な、なんじゃと……?」
これに驚きで目を見張る、蛇骨婆。二匹の蛇を撃退したものの正体——それは一見すると『子供』のようにも見えた。
まさか鬼太郎が戻ってきたのかと身構える蛇骨婆であったが、その少年らしい何かは——燃える一輪車のようなものに乗り、頭に金色の輪っかを付けていた。
『————』
明らかに鬼太郎とは全くの別人であったが、その子供は手にしていた宝剣のようなもので蛇たちを斬り捨ててしまった。
「ば、馬鹿な……わしの、わしの蛇たちが……!!」
自分の手足、身体の一部と言ってもいい蛇たちが倒されショックを受ける蛇骨婆。
だが動揺している暇などない。呆然と立ち尽くす彼女の眼前に、いつの間にか——男が一人、立ち塞がるように佇んでいるではないか。
「まったく……この家の人間に手を出そうなどと考えなければ、もう暫くは好きにさせても良かったんだがな……」
男は元から不機嫌そうなその顔に、さらに呆れや怒りといった感情を滲ませながら、蛇骨婆を睨み付ける。
「き、貴様いったい……はっ!?」
蛇骨婆はその男が何者なのかを問おうとしたが彼の人相、黒い着流しを羽織った格好などから、それが誰なのか理解したのだろう。一瞬でその表情を真っ青に染めていく。
「ま、まさか……!? お前、言霊使——!?」
蛇骨婆は慌てた様子で、その男の異名を口にしようとしたが——。
「消えろ」
彼女が何かを言うよりも先に、男は蛇骨婆という存在そのものを消し去るために言の葉を紡いでいく。
「ふんふ〜ん……あら?」
上機嫌で庭の花たちに水をやっていた塔子であったが、ふと家の前の道端で誰かが蹲っているのが見えた。
「あの……どうかされましたか?」
人の良い塔子は体調でも崩したのではないかと、気遣うように庭先からその人物へと声を掛けていた。
「ああ、いえ……たいしたことじゃありませんよ、奥さん」
その男性——黒い着流しに下駄という古めかしい服装。気難しそうな顔つきだが、塔子に対しては人の良さそうな笑みを作りながら、丁寧な言葉遣いで話してくれる。
「実はですね、そこの茂みにこんなにも大きな蛇が……ほらっ!」
彼が蹲っていた理由。それは茂みに隠れ潜んでいた蛇を捕獲するためだといい、実際に捕まえた蛇を塔子に見せてくれた。
『シュ〜〜!! シュ〜〜!!』
ガッチリと首根っこを鷲掴みにされた大きな蛇は、どこか助けを求めるように男の手中でもがいている。
「まあ!! おっきな蛇さん……」
「安心してください、奥さん。この蛇は決して人に危害を加えることはありません。とても……そう、とても大人しい蛇なんです」
「あら、そうなんですか?」
「ええ、実は私……その筋の専門家でしてね……」
男はその蛇を捕まえたまま、世間話の程で塔子にその蛇に危険性がないことを説いてくれた。
塔子としては別に蛇くらい、極端に怖がるようなものではなかったが『専門家の先生』がそのように断言してくれるのであれば間違いないと——何一つ疑うことなく、男の言葉を鵜呑みにしていく。
「この蛇は人に巻き付いたり、噛み付いたりすることもありません。ましてや——人に化けるなんてこと、絶対あり得ませんから……」
「まあまあ、冗談がお上手なのね……ふふふ……」
男は重ね重ね、その蛇に危険性がないことを具体的に教えてくれる。
流石に『人に化ける』などは冗談だろうと、男の話に塔子は笑みを溢していた。
「ですが念のため、この蛇は私が山へ返しておきますので……今後はこうして人里に降りてくることもないでしょう」
「それはわざわざ……ありがとうございます。じゃあね、蛇さん!!」
男は蛇を山へ返しに行ってくると、そのままその場から立ち去っていく。
この辺りに住んでいるわけでもないだろうに、わざわざそんなことまでしてくれる男に塔子は心からの感謝を述べ、大きな蛇に向かってもバイバイと手を振ったのであった。
「…………なんて警戒心のない人だ。まあ、おかげで……言霊も強く作用してくれたが……」
藤原家を離れるや、その男・一刻堂は塔子という女性の警戒心のなさに呆れ半分、心配半分といった感じのぼやきを口にしていた。
人を疑うということを知らないのか、一刻堂の言葉を全て鵜呑みにする塔子の性格は『言霊使い』としてはこの上なく有難いのだが。あれでは小賢しい妖怪や、人間の詐欺師にも騙されてしまうのではと、別の意味で心配になってしまう。
「ふん……!」
尚のこと、あのような善良な人にまで危害を加えようとした輩への憤りが込み上げてくるというものだ。一刻堂は苛立ちをぶつけるかのよう、手に持っていた蛇を乱暴に投げ捨てていく。
「そら……どこへなりとも行くがいい、名もなき蛇め……」
『シュウウ〜〜』
すると弱々しい鳴き声を上げながら、その蛇は一刻堂から逃げるよう去っていく。
その蛇が元は何というか名前だったのか。それは蛇自身も、一刻堂ですらも思い出せないし、わざわざ思い出す気もなかった。
「命があるだけ有難いと思え……さて……」
もはやただの蛇などわざわざ命を奪う必要もなく、彼は次なる自身の行動に関して考えを巡らせていく。
「ある程度片は付いた……そろそろ、最後の仕上げといこう……」
この地で密かに暗躍を続けてきた一刻堂だったが、ついにその目的を達する時が来たと。
「夏目くん、友人帳はキミには荷が重いだろう……妖怪の記憶ごと、私が綺麗さっぱり忘れさせてあげようじゃないか……」
目的の人物——夏目貴志から、友人帳という『重荷』を取り除こうと決定を下すのであった。
×
「駄目ですね、父さん……どうにも巡り合わせが悪いというか……」
「ふ〜む……これはもう、夏目くんが帰ってくるのを待った方が早いかもしれんな……」
夕日が周囲の空を赤く染め始めた頃合い。
藤原家からも近い、多少は人気もある場所で夏目貴志を探していた鬼太郎たちであったが、やはりというかなかなか彼と巡り会うことが出来ないでいた。
これだけ探して出会えないのであれば、あとは夏目が藤原家に帰宅するのを待つしかないだろう。
「仕方ない、また藤原家に行こう。ただし、周辺の警戒を怠るでないぞ……」
「ええ、あの家の人々を巻き込むわけはいきませんからね……」
結局二度手間になってしまったが、鬼太郎たちは再度藤原家へ赴くことにした。
最初からそうしておけば良かったとも思うが、妖怪たちがいつ襲撃してくるか分からない以上、藤原家で留まるのはどうしても避けたかった。
しかし、ここまで来て夏目貴志との対面を先送りするのはもっと不味いと、多少の危険を押し通してでも藤原家の近くで待つべきだと、そちらの方角へと足を向けていくが——。
「……ん? な、なんじゃ……!?」
「この地響きは……!?」
そのとき、突如として大地が揺れた。
最初はただの地震かとも思ったが、一定の間隔で揺れるそれは——まるで巨人が一歩一歩、大地を踏み締めている足音のようであった。
実際、鬼太郎たちの視界に——『巨大な何か』が闊歩しているのが、遠目にだが確認できた。
「ねぇ、ちょっと揺れてない?」
「地震かな……なんか変な揺れ方だけど……」
ただ鬼太郎たちの近くを歩いている一般人に、その巨大な何かを認識している様子はない。
「妖怪か……鬼太郎っ!!」
「はい、父さん!!」
見えない人間がいる、ということからあの巨大な何かは妖怪の類なのだろうと。
それが悪さをすることも考え、鬼太郎たちはそれが闊歩している方角へと、急ぎ駆け出していった。
「見つからないな……鬼太郎くん、どこへ行ったんだろうか……」
「まったく……友人帳が目当てならさっさと出てくればいいものを……」
ほぼ同時刻。
夏目貴志とニャンコ先生も鬼太郎を探し回っていたが、なかなか遭遇出来ないでいることに頭を抱え始めていた。
鬼太郎の狙いが友人帳であるという話が本当なら、それを所持している夏目の元に向こうから出向いて来てもいいだろうに、そのような気配もない。
やはり、鬼太郎が友人帳を狙っているという話自体がデタラメだったということか。元々真偽も、出所も、誰から聞いた話かも思い出せないような、不確かな情報なのだからそれも仕方がないと。
「となると……やっぱり探すべきは鬼太郎の手下とかいう奴の方で……!?」
ならば、ここは『鬼太郎』ではなく『その手下を名乗る何者か』の捜索一本で絞るべきかと、夏目が考えを改めようとした。
まさにそのとき——夏目たちのいる場所にもその地響きが轟いてきた。
「な、なんだ今の……地震か?」
「夏目、あれを見ろっ!!」
夏目も最初はただの地震かと思ったが、ニャンコ先生がそうではないと——巨大な何かが見えている方角を指し示す。
「あそこって……八ツ原の方じゃないか!? 行くぞ、ニャンコ先生!!」
「あっ、おい!!」
森の木々よりも頭ひとつ抜けて大きなそれは、八ツ原を目指して直進しているように見えた。
八ツ原の近くには、夏目の友人でもある田沼要の住まいである古寺がある。彼がその巨大な何かの被害を受けやしないかと、夏目はニャンコ先生と共に慌ててそれのあとを追いかけていく。
「はぁはぁ……ニャンコ先生、あれはいったいなんなんだ!?」
「さあな、この距離からではなんとも言えん!!」
走りながらも、夏目はその巨大な物体がなんであるかをニャンコ先生に尋ねるが、ここからではその全貌も見えない。
あれがなんであるかは、もう少し近づいてみないことには分からないだろう。
『——夏目殿、そんなに慌ててどちらまで?』
「——三篠!?」
すると走る夏目たちの横を並走するよう、ここで上空から三篠が合流してきた。
『夏目殿、昨夜……鬼太郎の手下を名乗る輩と一戦交えたのですが……』
三篠は昨夜のこと、鬼太郎の手下を名乗るもの——朱の盆と交戦したことを夏目に報告する。
『残念ながら途中で逃げられまして……今も探しているところなのですが……』
「それって……あのデッカい奴か!?」
どうやら決着が付かずに逃げられたとのことだが、夏目はその相手があのデカい何かかと走りながら問いを投げ掛ける。
『いえ、流石にあれほどの大きさではなかった筈ですが……』
「だったら、あれはいったい……?」
しかし、三篠は自分が交戦した相手があれほどデカくなかったと、全くの別物であることを告げる。
ならばあれはいったいなんなのかと、夏目の中の疑問や困惑が大きくなっていく。
『私が先行して足止めしましょうか?』
「頼めるか、三篠!?」
『承知!!』
ここで三篠は、自分があのデカい物体の足止めをしようかと提案する。
友人帳を持ちながらも妖怪たちに命令などはしない夏目だが、今はそうするしかないと力強く頷き、その命令を実行するためにも三篠が巨大な何かがいるであろう——八ツ原へと急行していくのであった。
「クソっ!? いったいなんなんだ、この野郎!!」
八ツ原の原っぱには、子泣き爺——の格好に扮装した朱の盆の姿があった。
彼は突如として自分の目の前に現れた巨大な物体——壺やら、皿やら、ヤカンやら。それらの器物が合体し、一体の巨人となった何かに襲われていた。
『…………』
その妖怪は所謂、
器物が年月を経て命を宿すようになる、付喪神。その中でも瀬戸物と呼ばれる陶磁器などが寄り集まり、鎧武者のような姿を取った妖怪——それが瀬戸大将だ。
大将というだけあって、その巨体から繰り出される棒術はかなりの威力を誇り、力自慢である朱の盆をも苦戦させていた。
「ちくしょう……こっちは連戦で疲れてるってのによぉおお!!」
おまけに、今の朱の盆は連日連夜の疲れ。昨夜、三篠とぶつかり合ったのは勿論、妖怪たちの棲家を何度も襲撃していたこともあり、かなりの体力を消耗していた。
そうした疲れを癒すため、この八ツ原に潜伏していたわけだが——そこへ瀬戸大将の強襲を受けてしまったというわけだ。
「この……っ!! 朱の盆様を……舐めるんじゃねぇぞ!!」
しかしそんな満身創痍な状態からも、朱の盆は瀬戸大将に反撃する。
もはや自分が何に変装しているかもお構いなしに、唸り声を上げなからの渾身の一撃によって瀬戸大将の体が一部だが粉々に崩れていく。
「どうだこの野郎!! って……な、なんだぁあああ!?」
やってやったと喝采を上げる朱の盆であったが、すぐにその表情が驚愕に染まっていく。
確かに体の一部を破壊することに成功したが、その傷口を塞ぐかのよう、どこからともなく新しい瀬戸物がやってきては、巨人の姿を元通りに維持してしまったのだ。
「ぐぬぬ……!!」
多少のダメージでは意味がないということだろう。朱の盆は悔しそうに歯噛みしながらも、この窮地をどのように乗り切るか、彼なりに思案を巡らせようとするが——。
『またあったな……鬼太郎の手下とやらよ!!』
そこへ上空から舞い降りて来たのが——夏目たちに先んじ、八ツ原に到着した三篠であった。
三篠は昨夜は逃げられた朱の盆の苦戦する姿に、ニヤリと口元を歪めながらその戦闘に割り込んできた。
「ま、またてめぇか!? こんなときにっ!!」
この状況での三篠の乱入に悪態をつく朱の盆。
体力自慢の朱の盆でも、流石にこれ以上敵が増えるのは厄介極まりないと、この窮地に頭を抱えるしかなかった。
『…………』
『ぬぅっ!? おのれ!!』
だが意外にも、瀬戸大将は三篠を敵として認識し、まずはそちらの方へ襲い掛かった。三篠も突然の敵対反応にすぐさま反撃していく。
「チャンスだ!! 今のうちに……おわっ!?」
これを好機と、体勢を立て直すためにも撤退を選ぶ朱の盆であったが——。
それを阻止するよう、どこからともなく二足の下駄が飛んできた。
それが誰の仕業なのか、もはや振り返るまでもなく分かることだが、朱の盆は反射的に下駄が飛んできた方角へと目を向ける。
「き、鬼太郎……!?」
そこに立っていたのは、憎っき鬼太郎。
今回の作戦で散々引っ掻き回して、最後には友人帳の力を借りてとっちめてやろうと思っていた相手だ。
「いったい誰が僕の手下なんて名乗ってたんだと思ったが……お前だったとはな、朱の盆っ!!」
「!? ちぃ!! 鬼太郎め……よくぞこの完璧な変装を見破った!!」
鬼太郎は一目見て、朱の盆の変装を見破る。
朱の盆は自身の『完璧?』な変装を見破られ、敵ながら天晴と鬼太郎を称賛するしかなかった。
『おのれぇえ……貴様、何奴だ!?』
『…………』
三篠は、瀬戸大将を相手にそれなりに苦戦を強いられていた。
いくら蹴っても叩いても、ちょっとばかりの攻撃ではすぐに新しい瀬戸物がどこからともなくやってきて、元の状態へと戻してしまう。
いかに三篠といえども、このままではキリがないところだったろう。
「三篠っ!! って、なんだこいつはっ!?」
そこへ遅れて到着する夏目。彼は三篠と互角に戦う瀬戸大将がいったいなんであるか、検討も付かずに戸惑うしかないでいる。
「下がっていろ、夏目っ!!」
そこへ、さらにニャンコ先生が突っ込んできた。
一見するとただの豚猫で、ここまで全くと言っていいほど何の働きもしてこなかった彼だが、次の瞬間——その姿が本来のものへと戻っていく。
それは白い毛並みが美しい、神獣と見まごうほどに神々しい巨大な獣。
それこそがニャンコ先生こと、斑という大妖怪の秘めたる姿である。
『失せろ!!』
『…………!!』
本来の姿へと戻った斑は、吠えると同時にその額から青白い光を発した。
するとその光に当てられた瀬戸大将がガタガタと振るえたかと思えば、体を維持することを止めてバラバラになり、ただの瀬戸物へと戻ってしまった。
「なんだぁ? 随分と脆い奴だな……」
あまりにも呆気ない崩壊に、どこか納得が行かない様子で猫の姿に戻ったニャンコ先生が首を傾げる。
確かにそれは撃退出来たというより、自らの意思で自壊したという感じであった。
「こやつ、瀬戸大将か? それにしては……」
『うむ……恨みや憎しみといった感情はほとんど感じられなかったな……』
さらに、ニャンコ先生と三篠はその妖怪が瀬戸大将だと見破った上で、この手の付喪神たちが本来なら持つべき感情。
打ち捨てられたものたち特有の『恨み』や『憎悪』といったものを感じなかったと首を傾げる。
「こやつ……もしや、式神か……?」
『だとすれば……祓い人が関わっているやもしれん……』
そういった有り様は、自然的に発生する妖怪というより——人の手によって一から形作られたもの。人工的な式神の類に近いだろう。
であれば、この瀬戸大将を操るもの——祓い人が近くにいるのではと、ニャンコ先生と三篠は警戒心を抱いていく。
「なあ……あれが鬼太郎と……鬼太郎の手下ってことでいいのか……?」
だがそれはそれとして、今は瀬戸大将よりもう一方のほうだと。
夏目は緊張状態で睨み合う、ゲゲゲの鬼太郎らしき少年と——その手下を名乗っていたであろう赤い顔の妖怪・朱の盆の方へと意識を向けていく。
こうして、今回の件の関係者が八ツ原へと集まることとなった。
「さて……そろそろ、幕を下ろすとしよう……」
それが、一人の祓い人の手によって意図的に描かれた絵図だということを、夏目も鬼太郎も未だに気付いていなかった。
×
「今の姿……あの猫は斑か? 暫く見ないうちに……随分と丸っこい姿になりおったな……」
鬼太郎が油断なく朱の盆を見据える一方で、瀬戸大将を退けた巨大な獣——それが知り合いの妖怪・斑であることに気づく、目玉おやじ。
知り合いの昔とはだいぶ違う、変わり果てた姿に面を喰らっている。目玉おやじの言えたことではないが。
「父さん、あの妖怪たちと一緒にいる人間……彼が夏目貴志くんでしょうか?」
だが鬼太郎は斑よりも、それを従えている——ようにも見える人間の方に注目。
聞き込みなどで知ることになった人相や年齢を鑑みて、彼が友人帳の今の持ち主である夏目という少年でほぼ間違いないだろう。
「……朱の盆!!」
「……っ!!」
僅かに思案した後、鬼太郎は夏目たちにも聞こえるような声量で朱の盆に向かって問いを投げ掛けていく。
「どうして僕の手下なんて……そんなデタラメを吹聴しながら妖怪たちを襲ったんだ!?」
「……!!」
鬼太郎は自分と朱の盆が敵対関係にあることを、何も知らないであろう夏目にも伝わるよう声を張り上げる。
これに夏目は驚いたように目を見開くが、鬼太郎の意図が伝わったのかこちらの話に静かに耳を傾けてくれる。
「ふんっ!! そんなの……てめぇを陥れるために決まってんだろう!!」
朱の盆も、この状況でシラを切るのは無理だと開き直ったのか、己の所業が鬼太郎を罠に嵌めるためだという意図を明確にする。
「この土地の妖怪共とお前を争い合わせて……その混乱に乗じて、友人帳を頂こうって魂胆よ!!」
「!! やっぱり……友人帳を狙ってたのは鬼太郎じゃなかったのか……」
さらには夏目が持つ友人帳、それを手に入れることも計画の内だと朱の盆は何もかも全てをぶちまけていく。
これにより、ゲゲゲの鬼太郎が友人帳を狙っていたわけではなかったと。彼と敵対しないで済むことに、夏目もホッと安堵するように息を吐いていく。
「あの手紙も、わしらをここへおびき寄せるためのものだったか……色々と手の込んだことをしたもんじゃが……それは、お主一人で考えた企てか?」
さらに目玉おやじは、自分たちがこの地へと来ることになったあの手紙も、その企みの一環であったことを悟る。
だが同時に——それが朱の盆『一人』によるものなのかと、疑問を抱く。
こう言ってはなんだが——朱の盆は頭が悪い。
ぬらりひょんの死後、その跡を継ごうと彼なりに知恵を巡らせることは過去にもあったが、ここまで手の込んだ、回りくどい作戦を立てるようなことはなかった筈だ。
今までの朱の盆と違うやり口に、彼ではない何者かの存在が浮かび上がるが。
「当然だろう!! 俺様が一人で……一人……いや……?」
この疑問に対し、朱の盆も最初は自分一人でやったことだと自慢げに声を荒げたが——すぐに戸惑うよう首を傾げ始める。
「俺は手紙なんて書いてないし……そもそも、俺は一人じゃ……友人帳のことだってあいつに……あれ? あいつって誰だ……?」
朱の盆は自分が一人ではない、『共犯者』がいることを自覚しているようだが、何故かそのものの名前が出てこない。
庇っているわけではない、本当にそれが誰なのか『思い出せない』でいるといった感じだ。
「これって……まさかっ!?」
ここで夏目は自分自身にも起きていること——拭いきれない『違和感』が再び脳裏を過ぎる。
この朱の盆という妖怪も、自分と同じような違和感。本来ならそこにあるべきものがないという、喪失感に襲われているのではないかと。
ならばこの違和感の正体。これを仕掛けたものが他にいる筈だと、夏目の中で未だに姿を見せない『何者か』に対する警戒心が強まっていく。
「だ、誰だって、構やしねぇ!! ここでお前をぶっ潰せば……それで済む話なんだからなっ!!」
ただ朱の盆はその違和感に関して深く悩む素振りは見せず、ヤケクソだと言わんばかりに鬼太郎へと襲い掛かった。
元々、朱の盆にとって友人帳など二の次。妖怪の復権、いや——鬼太郎という怨敵さえ排除出来れば満足だと。
ぬらりひょんの仇を、その復讐心を満たすことだけを考えて動いていく。
「くっ!!」
「気を付けい、鬼太郎!!」
それはやぶれかぶれの突撃でしかない、思慮の欠ける行動ではあったが、だからこそ朱の盆には鬼気迫る迫力があった。
それを真っ向から迎え撃つ鬼太郎は油断なく身構え、目玉おやじも気を付けるようにと警告を促す。
「……!!」
そんな朱の盆と鬼太郎との戦いに、あくまで部外者である夏目はどのように動くべきかと。
咄嗟の判断が遅れ、ただ見ているしか出来ないでいたが——。
「っ!? 夏目!!」
『夏目殿!!』
ここで突然、ニャンコ先生と三篠が焦ったように夏目の名を呼ぶ。
二人とも、鬼太郎と朱の盆の因縁などあまり興味などなく、傍観者に徹するつもりでいたようだが——そうはいかない異変が二人に襲い掛かる。
「な、なんじゃあ!? こりゃ!!」
「こ、これは……結界!?」
その異変は朱の盆と鬼太郎にまで及ぶような、広範囲に渡る『結界』であった。
突然、地面が光り輝いたかと思えば——何かしらの記号が地面に浮かび上がったのである。
「五芒星の秘術じゃと? ……もしや!?」
いきなりのことで驚きながらも、目玉おやじは浮かび上がった記号が『五芒星』だと分かった瞬間、それが誰の仕業なのか心当たりでもあるような声を上げる。
「——往生際が悪いことだな、朱の盆……」
「——!?」
ふと、何者かの声がその場に響き渡る。
皆が声の聞こえてきた方——五芒星の中央に目を向ければそこに一人の男が、まるで最初からそこにいたかのような自然さで佇んでいるではないか。
明らかに只者ではない——黒い着流しを纏い、下駄を履いた、どこか不機嫌そうな男。
「な、何ですか……貴方は!? ニャンコ先生たちに……何をしたんですか!?」
「ぐむむ……」
その人物に向けて、夏目が率直な疑問をぶつける。
その五芒星の結界は人間である夏目には効果がないようだが、妖怪には何かしらの作用が働いているのか、ニャンコ先生を始め皆が苦悶の表情を浮かべていたのだ。
「憑き物落としの拝み屋ですよ、夏目貴志くん」
「……!?」
その問いに彼は自分が拝み屋——祓い人であることを明かし、既に夏目のことも調べが付いているのか、彼の名をフルネームで呼んでいく。
そして夏目に、人間である彼には敵意がないと友好的な態度を取りながら告げるのであった。
「キミの周りに付きまとう幽霊、妖怪……それらを全て一掃して差し上げようと思ってね……」
「貴方は……何故こんなところにっ!?」
その祓い人・一刻堂の登場にゲゲゲの鬼太郎の表情が驚愕に包まれていた。
その反応は未知のものではなく、既知のもの。どうしてこんなところに、彼のような人物がいるのかという戸惑いであった。
「生憎だが鬼太郎くん、今日はキミに用があるわけじゃないんだ……巻き添えにしてしまうのも心苦しいので……少しの間、引っ込んでてもらおうか……」
一刻堂も鬼太郎のことを知っているようであり、どうやら彼に対する敵意はないようだ。
しかしこれからすることを邪魔されても困ると。ふいに一枚の護符を懐から取り出し——命令を下す。
「護法童子。しばらくの間、鬼太郎くんの相手をしていなさい……」
『————』
すると護符が一人の子供——燃える一輪車のようなものに乗り、頭に金輪を付けた子供へと変化する。
一刻堂が使役する式神——名を
護法という名が示すとおり、仏法を守護するためにその力を行使する、童子姿の鬼神である。悪しきものは、その手に持った宝剣で全て薙ぎ払われるという。
「っ……!?」
「鬼太郎っ!!」
その護法童子は顕現するや、鬼太郎と目玉おやじの方へと一直線に突っ込んできた。
結界の影響で動きが鈍くなっていたのか、鬼太郎はその体当たりをまともに受け——勢いに流されるまま、遥か後方へと突き飛ばされてしまう。
吹っ飛んでいった鬼太郎をすぐさま追いかけ、護法童子自身も結界の外へ。一刻堂の命令どおり、鬼太郎をここから遠ざけるような立ち回りである。
「さて、これで邪魔は入らない……」
鬼太郎が視界から遠ざかるのを確認するや、一刻堂は再度夏目たちへと目を向けていく。
その視線、夏目以外の妖怪たちを見る彼の目には見下すような冷たさが宿っていた。
『おのれ、祓い人……貴様、何が目的だ!?』
結界の影響か苦悶の表情を浮かべながらも、三篠は一刻堂の目的を探ろうと声を荒げる。
「決まりきったことを聞くね? 拝み屋の仕事なんて、昔から一つと相場が決まっているだろう?」
だが三篠の問い掛けに、一刻堂はつまらなそうに言葉を紡いでいく。
拝み屋——祓い人である自分がやることなどただ一つだけ。そのただ一つを実行に移そうと、その手に力がこもっていく。
「待ってください!! 俺は別に……ニャンコ先生たちを祓ってもらおうだなんて……」
一刻堂のやろうとしていることを察し、これに待ったを掛けたのが夏目である。
夏目は他の祓い人——名取や的場といった面々と何度も交流しているが、彼らに自分の周囲の妖怪たちを祓って貰おうなどと、思ったこともない。
一刻堂は夏目の周囲に付きまとうもの、その全てを一掃すると言ったが、そんなもの夏目にとって余計なお世話というやつだと。
「本当にそうかね?」
「——!?」
しかし夏目が否定的な意思を示すのにも構わず、一刻堂は淡々と言葉を重ねていく。
「妖怪なんてものが見えるせいで、キミも随分と苦労してきた筈だ。こんな連中見えなくなってしまえば……いっそ消えてしまえばいいと、そう思ったことがあるんじゃないかな?」
「そ、それは……」
一刻堂の指摘に夏目は言葉を返せないでいる。
他の人に見えないものが見える。それは確かに幼少期の夏目を苦しめていた問題だ。どうして自分がこんな目に遭わなければならないのかと、その元凶である妖怪なんて消えてしまえと——そう思ったことも一度や二度ではない。
一刻堂の言葉は夏目貴志という少年の心の奥底に眠っていた、過去の苦い記憶を鮮明に思い起こさせていた。
「いきなり出てきて、なんなんだてめぇは!?」
「……!」
だがここであの赤い顔の妖怪・朱の盆が声を荒げたことで夏目の意識が過去から現実へと引き戻される。
「この朱の盆様を……舐めるんじゃねぇ!!」
朱の盆は、自身の存在を蚊帳の外に置きながら話をする一刻堂を気に食わんと。結界の影響で動きを鈍らせながらも、彼に向かって拳を振りかぶっていく。
まともな人間であればひとたまりもないであろう、その一撃に対して一刻堂は一言。
「古盆一枚」
そんな呟きを溢した、その刹那——。
八ツ原の原っぱにストんと、一枚のお盆が落ちる。
「……………………はっ?」
夏目は目の前で何が起きたのか、理解することが出来なかった。
一刻堂が発した言葉のとおり、そこには一枚の古びたお盆が落ちている。
いったい、何故こんなところにお盆があるのだろう。さっきまで確かにそこにいたのは——。
「何を驚いているんだい、夏目くん?」
ふと、夏目の思考を遮るよう一刻堂が口を挟んできた。
「ただお盆が転がっているだけじゃないか。それは最初から、そこにあったものだよ?」
「えっ……?」
夏目は目を丸くしながらも、一刻堂にそう言われると——確かにそのとおりだという気持ちが湧いてくる。
最初から、そこには古いお盆が一枚転がっていただけ。何故こんな原っぱにという疑問はあるが、そこまで驚くようなことではないだろうと。
「!! いかん……そいつの話に耳を傾けるな、夏目!! そいつは言霊使いだ!!」
だが、それがどのような能力によるものかを察したのか——『丸っこい猫』が夏目に向かって必死に何かを訴えている。
「え、ええっと……?」
その猫の言葉に頷きそうになった夏目だが——おかしなことに、自分がその猫を何と呼んでいたか、その猫への呼び名が出てこないのである。
そもそも、どうして猫が人間の言葉を喋るのだろうかと、そんな疑問まで浮かんでくる。
「もう遅いよ。キミらは既に私の術中に嵌っているのだからね……」
もっとも、丸っこい猫が何かを叫んだところでもう遅いと。
一刻堂は自分の術——既に『言霊』の力が作用していると。それがより強固な『真実』になるようにと、さらに言葉を紡いでいく。
×
「いいかい? この世に妖怪なんてものは存在しないのさ。全て——作り事に過ぎない」
「な、何を言って……いるんですか?」
大前提として、一刻堂はこの世に妖怪なんてものは存在しないと言い放った。
しかしそれはあまりにも無理がある。少なくとも、夏目貴志という見える人間からすれば、彼らはそこにいて当たり前の存在だった。
今更、それが存在しないものだと言われても、それを素直に受け入れることは出来ないだろう。
「先ほどの巨人……瀬戸大将を見たただろう? あれは幻覚さ。私が見えるよう、触れるようにちょいと仕掛けをしたね。その証拠にほら……もうどこにも、あれがいたなんて痕跡はないだろう?」
「……っ!?」
だがそれでも、一刻堂はそれが当然だとばかりに言い切り、彼の言葉に夏目も周囲へと目を向けていく。
八ツ原の原っぱには、瀬戸大将——そう呼ばれていたものの身体を構成していた瀬戸物。それがどこにも見当たらないのだ。
まるで最初から、そんなもの——どこにも存在しなかったと言わんばかりに。
「それと同じだよ。妖怪などと呼ばれているものは全て幻に過ぎない……この世に存在しないものなのだよ」
『何を馬鹿なことを……私はここに存在しているではないか!!』
瀬戸大将という存在が幻だったのだから、それと同様に妖怪と呼ばれる存在は全て幻だと、一刻堂は微塵の疑いもなく主張した。
もっとも、そんな彼の言い分にその幻と言われたら当人——『巨大な馬面の妖』からの反論があった。
自分がここにいる以上、その言い分は通らない。
自分という存在こそが、妖怪というものが確かにこの世にいることを証明しているのだと。
「ほう……ならば聞こう。キミの名は何というんだね?」
しかし一刻堂は一切動揺することなく、その妖怪の名前を尋ねる。
『ふん、何をくだらぬことを……私の名は!! 私の名は……っ!?』
その問い掛けに、馬面の妖は何の迷いもなく答えようとしたのだが——何故か名乗れない。
自分の名前なのに、それを言葉にすることが出来ないでいるのだ。
「どうした? 何故スッと出てこない? 自分の名前だよ? 分からないのかね?」
『ば、馬鹿な……こんなことが……!?』
これに巨大な馬面の妖は動揺を抑えきれないでいる。
自分は確かにここに存在している。それなのに、それを証明するための名前が思い出せないという、強烈な違和感に戸惑うしかない。
「まあ、それも当然だろう、キミは所詮……沼に投げ込まれた、ただの馬でしかないのだからね……」
そんな悩める妖に向かって、一刻堂は解答を示した。
彼という存在は名前など付けられる筈もない、ただの——馬でしかないと。
「————」
刹那——八ツ原の原っぱに足を縛られた、今にも息絶えそうな『一頭の馬』が地べたに転がっていく。
「!! そ、そんな……さっきまで……っ!?」
この異変を前に悲鳴に近い声を溢す夏目。
何故こんなところに馬がいるのか、ついさっきまで確かにそこにいたのは——。
「さっきまでなんだい? さっきから、そこには死にかけた一頭の馬がいただけだよ?」
しかし、一刻堂からはそこには馬が一頭いただけだと、力強く断言されてしまう。
「そ、それは……確かにそうかもしれない……いや、そんなことっ!!」
一刻堂の言葉を聞いていると、そうだったかもしれないと素直に頷きたくなってしまうが、それでもその言葉に違うと夏目は必死に抗っていく。
「騙されるな、夏目!! 奴は言霊の力で私たちを惑わせているだけだ!! 気をしっかり持て!!」
「あ、ああ……!! そうだよな……ね、猫……!!」
そんな夏目を後押しするよう、丸っこい猫が気をしっかり持つようにと叫んでいる。
その猫の言葉どおりだと同意しつつも、やはり夏目自身はその猫の呼び名を思い出すことが出来ないでいる。
「失礼なことを言うんじゃないよ。私は初めから真実しか語っていない。そもそも……どうしてその招き猫はそんなにベラベラと喋るんだ? よく出来たカラクリだね?」
「ま、招き猫……はっ!?」
すると夏目と猫との会話に割って入りながら、一刻堂はふいに——どうして招き猫が喋るのかと疑問をぶつけてきた。
その言葉に夏目がしまったと思ったときには、もう既に遅かった。
「————」
そこには、一体の招き猫があった。
勿論、言葉など喋るわけもなく、招き猫はどこか寂しそうに夏目を見つけている——ような気がした。
「ほら、私の言ったとおりだろ? 『幽霊の正体見たり枯れ尾花』……怖い怖いと思うからそのような幻を見るようになるんだ。妖怪なんてこの世に存在しないのだから、キミはもっと堂々としていればいいんだよ……夏目くん」
そうして、次々と妖怪というものの正体を暴き出した一刻堂が、最後に夏目の方へと歩み寄ってくる。
妖怪など存在しないと冷たく言い放っていたときとは打って変わり、夏目の名を呼ぶ一刻堂の言葉にはどこか慈愛すら滲んでいた。
「何も不安になることはない。キミは理解のある保護者……藤原夫妻の元で健やかに過ごしていけばいいんだ。学校の友達も、今のキミを優しく受け入れてくれる筈さ……」
——そうだ……俺には塔子さんや、滋さん……学校の友達だっている……。
——妖怪なんて……そんな有りもしない幻に、怯える必要はないんだ……。
一刻堂の言葉に、夏目は確かな安堵感を抱いていた。
幼少期から妖怪などという『幻』が見えてしまったせいで、周囲との折り合いを付けられずに色々と辛い目に遭ってきたが、今の夏目には彼を理解してくれる保護者や友達がいる。
彼らと一緒であれば、夏目貴志という人間は平穏無事な生活を送ることが出来るのだろうと。一刻堂の言葉に誘われるまま、夏目の心にはそうすべきだという気持ちが湧き上がってくる。
——けど……だったらどうして……?
だが同時に、それを『真実』として受け入れられないでいる自分というのがあった。
「……だったら、どうして……」
「? どうしたというんだ? ただの幻相手にこれ以上何を……」
思わず溢れ出した夏目の呟きに、一刻堂は怪訝そうな顔つきになる。
夏目が何を叫ぼうが、一刻堂はあくまで妖怪など幻に過ぎないと言い張ろうとするが——。
「——どうして、こんなにも胸が苦しいんですか?」
「——!!」
苦悶の表情から吐露された夏目の言葉に、それまでずっと目を細めていた一刻堂の瞳がカッと見開かれる。
「妖怪が最初から存在しない……ただの幻だというなら、どうして俺は……こんなに寂しい、苦しいって感じるんですか!?」
そう、夏目は苦しかった。
幼少期の頃から妖怪なんてものに翻弄され、ずっと苦しい思いを続けてきた。その原因の元である妖怪なんて消えてしまえばいいと、そう思ったのも事実である。
しかし自分を苦しめていた妖怪、それらが幻だと言われて清々するかと思いきや、そんなことは全くなく。
あれほど身近に感じていた妖怪がただの幻だったと言われて、夏目はただただ苦しく——そして悲しかった。
「この胸の苦しみ……それは彼らが確かにそこにいたからでしょう!? それを忘れてしまっているから悲しいんだ!! その悲しみから目を背けるなんてこと……俺には出来ない!!」
その悲しみがある限り、夏目が彼らの存在を忘れるなんてことは出来ないと。
自分自身にも言い聞かせるように、夏目は一刻堂の言い分に真っ向から反論していく。
「……人は忘れる生き物だ。その苦しみも、いずれは時間が癒してくれる……そんな幻のために、キミが心を砕いてやる必要などないのだ!!」
もっとも、一刻堂はそんな感傷すらも一時のものだと、どのような悲しみも苦しみも時間が全てをなかったことにしてくれると言う。
妖怪などのために夏目がそのように葛藤する理由などないのだと、力強い言葉で説得しようとしてきた。
——いやだ……忘れたくない!!
——この感情を手放すなんて……俺には!!
しかしなんと言われようとも、夏目はこの苦しみや悲しみから目を背けたくなかった。
そこから目を背けるのは、これまで出会ってきた妖怪たち——仮に彼らが本当に幻だったとしても、そんな彼らとの交流で感じたその時々の自分の感情、自身の人生すらも否定するのと同義だと感じてしまう。
最後まで納得出来ないでいる夏目は、縋るように地面に転がっていた招き猫を拾い上げ、一刻堂から逃げようと距離を取ろうとするが——。
「あっ……」
その際、夏目は自身の鞄を取りこぼしてしまったが——その鞄の中にあった『それ』の存在を思い出し、それを一刻堂に突き出しながら叫んでいた。
「これは!! この友人帳は……俺の亡き祖母が残してくれたものです!! ここにはレイコさんと、彼女と交流してきた妖怪の名前が書かれてる!!」
友人帳。
亡き祖母・夏目レイコが残した遺品。レイコも貴志のように、妖怪が見えるせいで様々な苦労を背負ってきたと言うが——そんな彼女だって、妖怪たちと過ごしてきた日々に思うところがあったのだろう。
それでなければ、友人帳という形で彼らの名前を残すなんてこともなかった筈だ。
「……そこに書かれている言葉に意味などないよ。そんな……ただの紙の束にいったいなんの意味があると言うのだね?」
そうした夏目の主張に対して、一刻堂は当初——『友人帳の存在』そのものを否定しようとした。そこに妖怪の名前など書かれていない、そんなもの所詮はただの紙の束でしかないと。
「いや違う……ここには確かに、妖怪の名前が書かれてる!!」
だが友人帳という『真実』を捻じ曲げることなど出来ず、夏目はそれが確かに妖怪たちの名前を記したものだと、何も揺らぐことなく声高々に叫んでいた。
「!! ちっ……流石はレイコさんの友人帳……私の言霊の影響を受けないとはな……」
これに小さく舌打ちをしながら、一刻堂は恐れ入ったと呟きを溢す。
一刻堂の言霊の力を持ってしても、友人帳という存在には干渉出来ないようだ。
誰が何を言ようとも——友人帳は確かにそこに存在している『真実』なのだ。
「しかし、そこに妖怪の名が書かれているからなんだと言うのだね? そんなものはただの記録……昔の人の想像の産物に過ぎないのだ!! そんなもの……さっさと手放してしまえばいい!!」
もっとも、妖怪の名前が記されているからそれがどうしたと。
一刻堂は、それがただの記録——妖怪の伝承や、古い絵巻などにも描かれるような資料の類でしかないと。
妖怪など所詮、昔の人が想像で書き残したものでしかないのだと、強く強く言葉を紡いでいく。
「いや……ここに彼らの名前が書かれている……なら、きっと……!!」
しかし夏目は一刻堂の言葉になど耳を貸さず、友人帳を手にその言葉を口にした。
「——我を護りしものよ。その名を示せ」
すると夏目の呼び掛けに呼応するかのよう、友人帳がひとりでにパラパラと捲られていき——次の瞬間、とあるページでピタリと止まった。
「っ!! 待てっ!?」
一刻堂は夏目が何をしようとしているのかを察し、それを阻止しようと慌てて叫んだが——そのときには一歩遅く。
「ここに……書かれているんだな?」
夏目は友人帳が指し示したページ。そこに書かれていた妖の名前を——呼ぶ。
——…………私は誰だ……私は、どうして……。
朧げな意識の中、『それ』は水底に漂うような感覚を抱いていた。
自分がどうしてこんなところにいるのか。そもそもここがどこなのか。自分というものが何なのかも分からない。
全てが曖昧な中、何をするでもなくただひたすら浮遊感に身を任せていく。
そのままの状態が続けば、やがては思考すらも放棄し、そこに『在る』だけのものに成り果てていたかもしれない。
——……? あれは……。
だが、そんな停滞した世界へと、投げ込まれるものがあった。
ドボンと水中へと沈んでくるよう、それの目の前に現れたものは——馬であった。
その馬は人間たちが、とある沼へと投げ入れたものである。
天災を鎮めて貰いたいという願いと共に、名もなき一頭の馬を供物として捧げたのである。
——おお、なんと……美しい……。
もっとも、その沼にそうした力があったわけではない。そんな人々の事情など、それにとってはどうでも良いことだった。
それはただただ——その馬が美しいと思った。
——ああ、そうだ……その姿が気に入ったからこそ……私はそれをこの身に取り込んだ……。
その馬が姿形もなかった『それ』に意味を——名前を与えたのである。
——どうして忘れていたのだろうな……私という存在は、このようにして生まれたのだと……。
それは、自らが誕生したきっかけと呼べる出来事を思い返していた。
しかし肝心要、自分自身の名前が未だに思い出せないでいる。
すぐそこまで出かかっているのだが、なかなか出てこない。それを思い出すまで、きっとこの暗い水底からも抜け出せないのだろう。
「————」
しかし、そこへ一筋の光が。
自分の名前を叫ぶ誰かの声を、それは確かに聞き届けた。
「——三篠!!」
『——オオオオオオオオォォォォォ!!』
友人帳に記されていたその名前を、夏目が読み上げた瞬間。
鈴の音と共に舞い戻ってきた、巨大な馬面の妖——三篠の咆哮が八ツ原に響き渡った。
『そうだ……我が名は三篠……!! 鈴鳴き沼の沼護り……妖怪・三篠である!!』
今一度、自身の存在をこの世界に刻みつけるかのよう、三篠は己の名を叫んでいた。
『名を、呼んでいただけましたな……感謝しますぞ、夏目殿……我が主よ』
三篠は自分の名前を返して貰う機会がありながらも、友人帳に名前を預けていた。
それは夏目という人間が面白いと感じたからで、決して彼のことを自分の主に相応しいと認めたわけではない。
ときより、夏目を主と呼ぶこともあるがそれも戯れのようなものであり、忠誠心というものがあるわけでもなかった。
だが、この瞬間。
この一時は、三篠も名前を預けておいて良かったと。夏目貴志という少年を主として認め、自分の名前を呼んでくれたことを心から感謝した。
『いつまで呆けているつもりだ、猫だるま……いや、斑よ!!』
主である夏目からの呼び掛けに応えるためにもと、三篠は未だに己を失っている猫だるま——夏目の腕に抱かれていた招き猫に向かって叱咤するよう叫んでいた。
「っ!! ま、斑……? そ、そうだ、私は斑だ!!」
「ニャンコ先生!?」
三篠の叱咤に応えるよう、夏目が抱えていた招き猫——斑は己自身を取り戻し、夏目も彼をニャンコ先生と呼び慕っていた事実を思い出す。
「おのれ、祓い人め……よくもこのような真似を……許さん!!」
ニャンコ先生は言霊使いの術中にまんまと嵌っていた事実に怒り心頭。仮初の猫の姿から巨大な美しい獣の姿へと変じ、一刻堂へと迫っていく。
『形勢逆転だな、言霊使い……!!』
『さあ、どうしてくれようか……!!』
三篠と斑、二体の大妖が一刻堂に向かって殺気を飛ばしていく。その圧迫感、並の祓い人であれば腰を抜かしていただろう。
「……やれやれ……大人しく、何者でもないままに消え去っていればいいものをっ!!」
しかし、一刻堂にそこまで切羽詰まった様子はなく。
面倒なことになったとため息を吐きながらも、二体の巨大な妖を真正面から迎え撃とうと、懐から何かしらの護符を取り出そうとする。
大妖と手練の祓い人。勝敗の結果はどうあれ、この両者が真正面からぶつかり合えば——どちらともただでは済まないだろう。
「——待ってくれ!!」
だがここで、夏目貴志が妖怪たちに向かって待つように叫んだ。
彼は両者の間に割って入ると、一刻堂に向かって疑問に思っていたことを問いただす。
「貴方は……俺の祖母を……レイコさんのことをご存知なんですか?」
「どうしてそう思ったのかな……」
夏目の問いに、逆に質問することではぐらかそうとした一刻堂であったが。
「さっき、レイコさんって……名前を呟いていたから……」
夏目は、一刻堂が夏目レイコのことを『レイコさん』と。寂しさと懐かしさといった複雑な感情を交えながら、その名前を呟いていたことを聞き逃さなかったのだ。
「…………」
この指摘に、それまで無表情を貫いていた一刻堂という人間の表情が、どこかきまり悪いものへと変わっていく。
彼は暫しの間、気まずそうな沈黙を保っていたが、やがて意を決したのか。戦意を収めながら、夏目に向かってその提案を口にしていくのであった。
「夏目くん、少し話をしようか……」
×
「…………」
「…………」
すっかり日も沈み、夜の帳が下りた中。
夏目貴志と一刻堂は多少の距離感を維持しながら道を歩いていた。
「油断するなよ、夏目……まだ何か仕掛けてくるかもしれんぞ……」
未だに一刻堂への警戒心が拭いきれないでいるのか、夏目はニャンコ先生を大事そうに抱え込み、そのニャンコ先生からも警戒するようにと声が掛かる。
『…………』
さらに少し後方から、三篠も付いてきている。一刻堂が何かしらのアクションを起こせばすぐにでも動けるようにと、こちらも用心を怠らない。
「私がレイコさんと出会ったのは……私がまだペーペーの青二才の頃だったかな……」
もっとも、既に一刻堂の方に争う意思など全くないのか。
彼は自分がレイコという人間とどのような関わりがあったのか、思い出しながら語っていく。
「あの頃の私は……妖怪は絶対悪……この世に巣食う悪しきものだと断じ、その全てを消し去ることが祓い人の務めだと、心からそう信じていた……」
『——消え去るがいい!! 妖怪どもめ!!』
『——ひぃいいいい!?』
一刻堂は由緒正しき斑鳩流を継ぐため、十歳にも満たない頃から祓い人としての教育、訓練を受けてきた。
一刻堂自身も、一日でも早く立派な祓い人になりたいと。意気揚々と山の中などに入っては、そこに蔓延る妖怪たちを祓う日々を送っていた。
『もう逃げられん……観念せよ!!』
『い、命ばかりはお助けをぉおおお!!』
その日も、一刻堂は追い詰めた小物妖怪を滅しようとしていた。
どのような小物であれ、いずれは災いの種になるだろうというのが一刻堂の考えであり、そこに見逃すなどという寛容さは毛ほどもなかったわけだが——。
『——コラ!! 私の子分に……何してくれてんのよ!!』
『——っ!?』
そんな一刻堂の前に、その少女は何の脈絡もなく姿を現した。
高校の制服を纏った、美しい長髪の彼女は——何故か手に持っていたハリセンで、出会い頭に一刻堂をしばき倒したのである。
『痛っ!! に、人間!? お、お前……なんだって、妖怪の肩なんか持つんだよ!!』
一刻堂は少女の奇行に困惑するしかなかった。
妖怪は絶対悪。それが斑鳩流の教えであり、明らかに人間である筈の彼女がどうして妖怪なんかを庇うのか、その行動理由がまるで理解出来なかったのだ。
『まったく……こんな小物相手にまでイキっちゃって……かっこ悪いったらありゃしないわ!!』
『な、なんだとっ!?』
しかしそんな困惑は、少女の何でもない一言によって怒りへと変わっていく。
小学生の男の子にとって、その言葉は決して許容できない暴言である。特にその頃の一刻堂は周囲から『神童』と持て囃されていた時期であり、一丁前に自尊心というものを持ち始めていたお年頃でもあった。
『たとえ人間でも、妖怪を庇うような奴を許さないからな!!』
自分をかっこ悪いと宣う彼女への反発から、相手が人間だろうと構わず喧嘩をふっかける一刻堂。
『あら……じゃあ、私と勝負してみる? もし私が勝ったら名前……人間のは別にいらないけど、なんでも言うことを聞いて貰うわよ!!』
小学生の啖呵に対して、高校生の彼女は大人気なく応じた。彼女にとって、こうして誰かと競い合うことなど日常茶飯事なのだろう。
結果だけを記すのであれば、神童と謳われていた一刻堂はあっさりと敗北。
敗者の義務として『無闇矢鱈と妖怪を祓わない』ことを約束させられたのである。
『お前……それって禁術の類じゃないか!! 妖怪の真名を縛って従わせるなんて……』
勝負の後。
額に出来たタンコブを撫でながら、一刻堂は軽く自己紹介を済ませた彼女——夏目レイコが持っていた『友人帳』が、どのようなものかを聞かされ驚愕していた。
勝負して負かし、子分にした証として妖怪に名前を書かせる。それは祓い屋業界において、禁忌とされる行為に抵触する恐れがあると。レイコを咎めるように声を荒げていた。
『あらそうなの? けど良いじゃない、別に悪用するつもりなんかないんだから!!』
だが禁忌であると言われたところで、レイコが自らの行為を反省する様子などなく。
実際、レイコがその友人帳を通して妖怪を使役することなどはなく、彼女はそれを『暇つぶし』で集めているというのである。
『暇つぶしって……そんなことしていたら、いつか本当に妖怪に喰われてしまうぞ……』
一刻堂は大した目的もなく妖怪に真っ向から喧嘩を売るレイコの、危うい生き方を子供ながらに心配した。
『平気よ!! だって私、強いもの!!』
だがそんな一刻堂の心配もどこ吹く風と。
どんな相手だろうと自分が負けるわけがないと、レイコは溢れんばかりの笑顔を浮かべる。
『————』
不覚にも、その笑顔に頬を赤らめる少年時代の一刻堂。
少年にとって初めての感覚——甘酸っぱい思いを抱いた、青春の一ページであった。
「レイコさんとは、それっきり……風の噂で、彼女が亡くなったとは聞いていたが……」
とはいえ、そこから二人の仲が深まるなんてことはなく。
夏目レイコとはそれっきり、一刻堂という人間の人生にそれ以上、彼女が関わってくるようなこともなかった。
一刻堂にとっても夏目レイコにとっても、それは一期一会の出会いに過ぎなかったのだ。
しかしその出会いがなければ、一刻堂は才能を鼻にかけたまま。もしかしたら今とは違うような人間に成長していたかもしれない。
そういう意味で、夏目レイコという強烈な人物との出会いは、一刻堂という人間の人格形成に少なからず影響を及ぼしたといっても過言ではなかった。
「ありがとうございます……祖母のことを話してくれて……」
一刻堂の口から語られる祖母の話を聞き終えるや、夏目貴志は深々と頭を下げた。
レイコのことを聞かせて貰えるのは、彼女の孫として夏目にとってはありがたいことだ。
もう会うことも叶わない祖母の人となり、その一面をまた少し垣間見えたようで胸の奥から温かいものが込み上げてくる。
「……なあ、夏目くん……もし良かったら、私に友人帳を預けてはくれないだろうか?」
「……えっ?」
だが思い出話の余韻に浸る間もなく、一刻堂は夏目に——友人帳を渡してくれないかと申し出ていた。
「ふざけるな!! 友人帳は私のものだぞ!!」
これにニャンコ先生が怒って毛を逆立てる。
夏目の死後、友人帳を受け取ることになっているニャンコ先生にとって、一刻堂の提案は横取り以外のなにものでもない。
「私が友人帳を持っていると派手に喧伝すれば、キミを狙って妖怪どもが群がってくることもなくなると思うのだが……どうだろうか?」
しかし怒っているニャンコ先生になど目もくれず、一刻堂は夏目を説得する言葉を紡いでいく。
そこに『言霊』のような何かの力が作用する様子はない。一刻堂は夏目に、自分の意思で友人帳を手放して欲しいと真摯に言葉を尽くしてきた。
友人帳は名を返して欲しい妖怪だけでなく、その力を利用とする妖たちをも引きつける。
そういった妖怪たちの魔の手から逃れるためには、やはり友人帳を手放すのが一番安全で確実な方法だ。
今回の件、一刻堂が夏目の周囲から妖怪たちを一掃しようとしたのも、夏目という少年を妖怪の世界から遠ざけようとしたためでもあったのだろう。
自分を心配してくれている。その言葉に偽りがないことは夏目も感じてはいた。
「ありがとうございます。けど……俺は大丈夫ですから」
「…………」
その上で自分は大丈夫だと。一刻堂からの提案を丁寧に断っていく。
「約束したんです……俺が死んだら、友人帳はニャンコ先生に託すって……」
友人帳に関しては、既にニャンコ先生との間で約束を交わしている。先約がある以上、ここで一刻堂に友人帳を渡すことは不誠実なことだと夏目は首を横に振る。
「それに……名前を返すのもまだ途中なんです。俺にどこまで出来るか分からないけど……最後まで続けていきたい……そう、思っています」
また、妖怪たちに『名を返す』という役目はレイコの血族である夏目貴志にしか出来ないことだ。
自分にしか出来ないことなら、最後まで続けていきたい。そうすることが、きっと自分のためにもなると、そう信じて夏目はこれからも己の役目を全うしていくだろう。
「どうやら、本当に余計なお世話だったようだね……」
夏目の意思が決して揺らぐことがないと悟ったのか。ほんの少し、寂しそうな笑みを浮かべなからも、一刻堂は大人しく引き下がった。
「迷惑を掛けたお詫びだ。何か困ったことがあれば……いつでも連絡してくるといい」
立ち去り際、夏目に対するお詫びだと。
一刻堂は自身の連絡先が書かれた名刺を渡し——次の瞬間にも、音もなくその場から立ち去っていく。
「まったく……傍迷惑なやつだったな!!」
まるで幻のように消え去った言霊使い・一刻堂に対してニャンコ先生は苦々しい表情を隠そうともせずに毒づく。
彼が夏目のためにと色々と手を回していたことは分かったが、妖怪たちにとってはただただ迷惑な存在でしかなかった。
「夏目!! そんな名刺など捨ててしまえ!!」
祓い人としての実力もあってか、もう二度と関わり合いになりたくないというのが、ニャンコ先生の偽らざる本音である。
「あの人、レイコさんのことが……いや……」
一方で——夏目は一刻堂がそこまで自分のことを気に掛けてくれた理由を考え、すぐに思案を打ち切る。
誰にだって勘ぐられたくないことはある。少年時代の思い出など——それこそ、宝物のように閉まっておきたいものだろうと。
『……! 夏目殿、あれを……』
と、ここで後ろに控えていた三篠が顔を出し、夏目に向かって何かを指し示した。
三篠が指し示す方向に夏目が目を向けると——。
「夏目様!! いったい、どうしたでありますか!?」
「なつめさま、なつめ!!」
「そんなところで何してんだい、夏目!!」
「夏目の親分!!」
「夏目殿……よくぞ……」
「中級!! ヒノエ!! 河童に、ちょびも……みんな、無事だったか!!」
それまで忘れていた——おそらく一刻堂の言霊によって『いないもの』とされていた妖怪たちが、こちらに向かって揃って手を振っており、彼らの呼び掛けに夏目も笑顔で応えていく。
そう、既に夏目の中で彼ら妖怪の存在は当たり前のものだ。
彼らが今ここにいること、そのことを喜ぶ夏目の表情に翳りなどあるわけもなく。
気が付けば、あれほど夏目を不安にさせていた『違和感』も綺麗さっぱり消え去っていた。
×
「…………」
夏目貴志と別れを告げた一刻堂。
もはやこの地に用はないと、多少の未練を残しつつも立ち去ろうと踵を返していく。
「むっ……」
『————』
だがそんな一刻堂の元へと、彼の式神である護法童子がほうほうの体で逃げ込んできた。子供の姿から元の護符へと戻り、一刻堂の懐へと避難していく。
「流石だね、鬼太郎くん……足止めに徹するように指示していた護法童子を退けるとは……」
「……お久しぶりです、一刻堂さん……」
一刻堂は護法童子を退けた彼——ゲゲゲの鬼太郎の実力を流石だと称賛する。
もっとも、そんな見え見えの賛美に気を良くした様子もなく、鬼太郎は難しい表情を崩さないまま、とりあえずの挨拶をしていく。
ゲゲゲの鬼太郎と一刻堂。
実のところ両者は既に面識があり、これが二度目の邂逅だったりする。
初めて相対した時。両者は敵対関係であり、一刻堂の言霊によって鬼太郎は仲間たちを次々と消され、自身自身すらも忘却の彼方へと置き去りにする寸前だった。
ただ、ちょっとしたきっかけが逆転の契機となり、なんとか一刻堂の言霊を打ち破り、鬼太郎は自分や仲間たちの名を取り戻した。
形勢逆転後、一刻堂は元から鬼太郎との敵対が『本意ではなかった』と矛を収め、戦いそのものがお流れとなった。
しかし、終始苦戦を強いられていた鬼太郎とは正反対に、一刻堂にはまだまだ余裕があった。
あのまま戦いを続けていたら果たしてどうなっていたか。鬼太郎とて絶対に勝てるという確証はない。
「一刻堂さんは、どうしてここに……やはり友人帳が目当てですか?」
そういった経緯もあり、鬼太郎は一刻堂という男に多少の苦手意識を抱いていた。しかし彼がこの地に出張ってきた理由を聞かない訳にもいかないため、率直に質問する。
「ああ、友人帳の持ち主にはちょっとした縁があってね。それが奴に……朱の盆に狙われていると知ってしまったからには、助け舟を出そうかと思ったんだが……」
案の定、一刻堂は友人帳——正確には、それを所持する夏目貴志に用があったという。
「まあ、私が余計な気を回す必要などないと分かったからね……これ以上、友人帳に関して首を突っ込むつもりはないよ」
もっともその夏目との問答を済ませた今、自分がここにいる意味はない。これ以上、夏目貴志という少年の生き方に口を挟むつもりはないとのことだ。
「…………どうして、朱の盆が友人帳は狙っていると?」
友人帳の持ち主とどのような話をしたのか。そのことに関して鬼太郎も深く追求しようとは思わなかったが——ふと、一刻堂が朱の盆の暗躍をどうやって知ったのか、気になって疑問をぶつけてみた。
「実はあの大戦以降、朱の盆には監視を付けていてね……」
一刻堂がいうに、第二次妖怪大戦争以降——朱の盆にひっそりと監視を付けていたという。
ふと、どこからか人型の護符が一刻堂の元へと飛んできた。その護符が朱の盆に付けていた監視の正体ということだろうか。
「監視って……だったらどうして今になって……」
これに鬼太郎は——ならばどうして、今日まで朱の盆の暗躍を許してきたのかという疑問へと行き当たる。
あの大戦以降、朱の盆はあちこちを駆けずり回り、様々な問題を引き起こしてきた。一刻堂が朱の盆を見張っていたというのであれば、それを阻止することが出来る立ち位置にいた筈である。
それなのにどうして、友人帳の件が浮き彫りになるまで朱の盆を放置していたのだと。一刻堂を見る鬼太郎の表情に険しいものが宿っていく。
「朱の盆を見張っておけば、いずれ奴が尻尾を出すと思ってね……それまで泳がせておくつもりだったんだが……」
「奴……? いったい……誰のことを言ってるんですか?」
鬼太郎の責めるような視線に対して、一刻堂は別の目的があったことを正直に告げた。
あの一刻堂がここまで警戒する『奴』——それが何者なのか、鬼太郎も問わずにはいられなかったが。
「——ぬらりひょんだよ」
「——っ!?」
まさかの人物の名が出たことで、鬼太郎は返す言葉を失う。
「な、何を言うんじゃ!? ぬらりひょんは……奴はあのとき……」
何も言えないでいる鬼太郎に代わり、それまで口を出さずにいた目玉おやじが声を上げた。
ぬらりひょん。
第二次妖怪大戦争の直後、『同志たちを無駄に死なせた責任を取る』と自らその命を絶った狡猾な老人だ。
妖怪なので魂さえ無事なら復活もあり得ることだが、肉体が戻るには少なく見積もっても何十年という歳月が必要となる筈。
そのぬらりひょんが、こんなにも早く戻ってくることなどあり得ないと。鬼太郎たちは一刻堂の言葉を否定しようとするが。
「死んだ筈かね? 確かにそのような報告を受けて入る……だが、私は自分の目で見たことしか信じない」
「!!」
だがそもそもな話、一刻堂はぬらりひょんが自ら命を絶った——その事実そのものを疑っていた。
「ぬらりひょんとは先祖からの因縁があってね。ずっと奴の動きを追っているんだが……奴は私に対しては一向に隙を見せようとしないんだ……」
妖怪との戦争が勃発する以前から、一刻堂はぬらりひょんの動きを追っていたとのこと。
しかし、ぬらりひょんもそのことを重々承知しており、一刻堂に対してぬらりくらりと、決してその姿を捉えさせないような立ち回りを意識されていたという。
ぬらりひょんという妖怪が、もっとも警戒していた相手。
それは鬼太郎やバックベアードといった同じ妖怪ではなく、一刻堂という人間であったのかもしれない。
「そんな狡猾な奴が……あっさりと自殺するなど、私にはとても信じられなくてね……」
そんな、自分の手を何度も何度も逃れてきたぬらりひょんが、『同志を無駄死にさせたから』などという理由で死を選ぶなど、とても信じられないと。
「きっとこうしている今も……私たちの知らないところで、暗躍を続けているんじゃないかな……」
一刻堂はぬらりひょんが生きているかもしれないと。そうした疑いを抱いたからこそ、その側近でもあった朱の盆に監視を付けていたのである。
「…………」
そんな一刻堂の、ぬらりひょん生存という懸念に——鬼太郎も否定の言葉を紡ぎ出すことが出来ないでいた。
「ちくしょう……どうして、俺はこんなところで……いったい何をしてるんだよ……」
八ツ原の原っぱ。既に他のものたちが立ち去ったその地で、朱の盆は一人蹲っていた。
つい先ほどまで『古いお盆』となっていた彼だが、一刻堂と鬼太郎が朱の盆の話題を口にした時点ですっかり言霊の効果は切れてしまっていた。
ただ、今回の一件を企てた共犯者の方は、一刻堂が念入りに術を掛けていた影響で未だに『ただの蛇』として野山を彷徨っている。
結果、朱の盆の中では『自分が一人で今回の企みを計画し、そして失敗した』という事実だけが残された。
「ああ……やっぱり、俺には無理だったんだ……」
これまでの失敗、今回の件でもまた失敗と。朱の盆はすっかり自信を失い、意気消沈していた。
所詮、自分が何をしたところで妖怪の復権はおろか、鬼太郎一人倒すことは出来ないのだと。
「ああ……ぬらりひょん様……俺はいったい、どうすれば……」
こんなとき、ぬらりひょんさえ居てくれればと。もう叶わないと分かっていても、思わずその名に縋ってしまう。
「——情けない声を出すものではありませんよ、朱の盆」
「………………………………へっ?」
そんな朱の盆の弱気な呟きに、答える声があった。
呆けたまま、朱の盆が顔を上げれば——そこにいるのは誰よりも会いたいと望んでいた相手。
「ぬ……ぬ、ぬ……ぬらりひょん様!!?」
そう、そこに立っていたのだ。
復活までは少なくとも、何十年と掛かる筈であろうとされていた——妖怪・ぬらりひょんが。
夢でも、幻でも、魂だけでもない。等身大の肉体を持った——悪の総大将が悠然とそこに立っていたのである。
「な、なんで……ぬらりひょん様は死んで……えっ? はへっ……?」
嬉しいという感情が込み上げてくるよりも先に、朱の盆の心中では『何故?』『何故?』『何故?』という困惑の感情が渦巻いていた。
いったいどうして、目の前のそれが本当にぬらりひょんなのかと。己自身の視界すらも信じられずに戸惑うしかないでいる。
「何を呆けているのです。行きますよ」
だが、そんな戸惑う朱の盆にこれと言って何かを語るでもなく。
老人はついて来いと、ただそれだけを言いつけ、朱の盆に無防備な背中を見せる。
「へっ……? 行くってどこに……?」
未だに目の前の現実に思考が追いついていないのか、朱の盆はいったいどこにと首を傾げるばかり。
「そんなこと、決まっているではありませんか」
そんな朱の盆の問い掛けに、ぬらりひょんは何を決まりきったことをと——振り返りながら、その口元に笑みを浮かべて答えて見せる。
「——妖怪の復権。そのために、為すべきことを為すだけです」
妖怪の復権。
いつの時代も全く揺らぐことなく、ぬらりひょんが掲げ続けてきた思想。
それを堂々と言い放つ、それこそ彼が『ぬらりひょん』という妖怪である証だった。
「!! うぅうう~~ぬらりひょん様!! は、はい!!」
その言葉が、その笑みが、その存在感が——目の前のぬらりひょんが本物だと。朱の盆の魂が歓喜の叫び声を上げる。
ならばそれに付き従うのは自分の役目だと。
考えるまでもなく、ぬらりひょんの後に続いていく朱の盆であった。
人物紹介
瀬戸大将
一刻堂が使役する式神・その1。
付喪神の集合体と言われて真っ先に名前が出てくる妖怪。
他作品とかだと、うち捨てられた恨みとかで邪悪なものになってそう。
今作では、あくまで人工的につくられたものなので悪感情とかはないです。
護法童子
一刻堂が使役する式神・その2。
仏法を守護する、童子姿の鬼神。
4期のアニメでも登場しましたが、鬼太郎ファミリーに総攻撃されたりとちょっと損な役回り。
ぬらりひょん
復活!! ぬらりひょん復活!!
実は生きていましたと、もう何年も前に貼っておいた伏線をようやく回収。
次のクロスから、ぬらりひょんの暗躍が再び始まる……かもしれない。
次回予告
「生きていたぬらりひょん。奴の暗躍により、日本列島に再び脅威が迫り来る。
父さん。起こりうる災害の前に、人に出来ることなど何もないのでしょうか?
次回——ゲゲゲの鬼太郎 『すずめの戸締まり』 見えない世界の扉が開く」
予定通り、次回のクロスで『日本復興編』は完結です。
次章の『中国妖怪編』までもう暫し、お待ちを……。