ゲゲゲの鬼太郎 クロスオーバー集   作:SAMUSAMU

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前もって話していたとおり、今回のお話で『日本復興編』を完結とさせていただきます。
そして、復興編最後のクロスオーバーとしてチョイスしたのが『すずめの戸締り』です。

これで『君の名は。』『天気の子』と、新海誠作品の災害三部作、その全てがクロスしたことになります。
『すずめの戸締り』は2022年に公開された新海誠監督の最新作……そう、あれからもう四年経ってるんですよね。

一応、今年には新海誠作品の新作が出る筈なんですが……今のところ情報はないですね。
そろそろ、そろそろ……新海誠の作品をまた劇場で見たいんですよ!

ちなみに今回のクロス、すずめの戸締りという原作の流れを追っていく形で物語を展開していきます。
クロス先の作品を知らなくても分かるよう、専門用語なども解説しながら進みますが、やはり原作を視聴してもらいたいという気持ちはありますね。

色んなサブスクで観れるようになっていますので、是非この機会に原作も知って貰いたいと思います。


すずめの戸締り 其の①

「まったく、水くさかね〜……九州に来るんやったら、わしにも声掛けてくれればよかったとに〜」

 

 澄み渡る空の上。

 ヒラヒラと宙を舞うように飛ぶ白い反物・一反木綿が拗ねたような口調で愚痴を溢していた。

 

「済まない、一反木綿……まだ調査の段階で……みんなに迷惑を掛けるのもどうかと思って……」

 

 そんな一反木綿に対し、素直に謝罪を口にしていたのは彼の上に乗せてもらっている少年・ゲゲゲの鬼太郎である。

 

 

 鬼太郎はとある依頼を受けるため、父親である目玉おやじを除き、他のゲゲゲの森の仲間たちを誰一人連れず、九州地方を訪れていた。

 それはその地方からの依頼の手紙を受け取ったとき、たまたま猫娘や一反木綿といった面子が同席していなかったというのもあるが、手紙の真偽が曖昧だったこともあり、まずは軽い確認だけと。そこまで大事にならないと思っていたからである。

 

 しかし、鬼太郎が一人で九州まで赴いたことを聞かされた一反木綿は、慌ててその後を追った。

 それというのも、一反木綿の故郷は九州の鹿児島にあった。鬼太郎が向かったのは熊本だという話だが、それでも九州という馴染みの土地であることに変わりはない。

 九州で動くなら自分が付いていくべきだと、遅ればせながら駆けつけた訳だが——彼が鬼太郎の元に到着したときには、既に事件は解決していた。

 

 

「それがいかんと言うとるとに!! もっとわしらに頼ってもバチは当たらんとよ!!」

「うむ!! 一反木綿の言うとおりじゃぞ、鬼太郎よ!!」

 

 だがこれに一反木綿がぷんぷんと怒りを露わにし、それに同意するよう目玉おやじも声も荒げる。

 

 一反木綿が鬼太郎に怒っているのは——『彼が人間からの依頼を自分一人で解決しようとした』ことに対してだった。

 鬼太郎は妖怪ポストからの手紙を受け取った時点で、仲間たちに相談するべきだったのだ。たとえどんなに小さな依頼だったとしても、仲間たちに協力を仰ぐべきだったのだ。

 鬼太郎が人間の依頼に応えるのは彼自身の都合——それでも遠慮などせず、仲間たちに『助けて欲しい』と声を掛けるべきだったのだ。

 そうせずに単身、九州まで乗り込んでいった鬼太郎のそういう、自分一人で抱え込もうとする悪癖に対し、一反木綿は怒っているのである。

 

「そ、それは……気を付けようとは思ってるんだが……」

 

 鬼太郎も、そういった自身の悪いところを自覚はしているようだった。

 実際、そうやって全部を一人で背負い込もうとした結果——冗談抜きで命を落としたこともあった。

 故に頼れるときには仲間を頼る。最近はそれが自然と出来るようになっていた気がするのだが、油断するとすぐにまた一人で背負い込もうとする。

 これも鬼太郎の責任感、仲間を傷つけたくないという気持ちが強いためだろう。

 

「まったく、帰ったら猫娘に説教してもらうばい!! 平手打ちの一発や二発は覚悟して……」

 

 だが、鬼太郎の身を案じる仲間たちからすると堪ったものではない。

 ここは今一度、鬼太郎を一番心配しているであろう猫娘あたりにでも説教してもらおうと。ゲゲゲの森への帰り道を飛びながら、そんなことを考えていた一反木綿であったのだが——。

 

「ん……? なんね、あれは……?」

「どうかしたのか、一反木綿?」

 

 ふいに一反木綿の視線がとある方角へと注がれる。鬼太郎もそれに習うよう、一反木綿が目を向けている先に視線を向けていく。

 

 現在、一反木綿は海の上を飛んでいた。

 ちょうど九州を飛び出し、四国の方を目指していた最中なのだが——九州の方から、赤黒い煙のようなものが上がっていたのだ。

 

「むむ、火事かのう……?」

「ここからではなんとも……一反木綿、もう少し近づいてみてくれないか?」

 

 目玉おやじも目を凝らして見るが、距離があるためはっきりとしたことは分からない。

 いったいなんだろうと、気になった鬼太郎は一反木綿にそこへ近づいてみるようにと頼んでいた。

 

 

 

 九州地方南東、宮崎県。

 そこは周囲を山や丘に囲まれた、海に面した港町。坂道から見える水平線はどこまでも遠くへ広がっていた。

 

 漁港では、海の幸を皆に届けようと漁師たちが働いている。

 都会からやって来た旅行者たちが、ここにしかない景色に目を輝かせている。

 地元の子供たちはここでの楽しい日々を送りながらも、いつかここではないどこへ旅立っていくのかもしれない。

 

 そんな多くの人々の賑わいが一つに纏まり、その土地の風景を形作っていた。

 平和な日々を疑うことなく、当たり前のように享受する人間たち。

 

 そういった、なんでもない平和な日常。

 それを脅かさんとする『不穏な影』が人々の知らない間に、すぐ側まで迫って来ていた。

 

 

「な、な、な……な、なんねぇえええ、あれは!?」

 

 その港町を一望できる場所まで来ていた一反木綿の口から悲鳴が溢れ出る。

 それだけ、妖怪である彼の目から見ても『それ』は異様なものとして映っていた。

 

「なっ……!?」

 

 鬼太郎も言葉を失ったかのように絶句している。

 彼らが遠目から見つけた、赤黒い煙のようなものの正体。それは山火事などという、そんな生優しいものではなかった。

 

 山肌から立ち昇る煙のように見えていたそれは、徐々に大きく広がり、今では竜巻のように赤い濁流を巻き上げ、その周囲をカラスたちが喧しい鳴き声を上げながら飛び回っている、

 それはまるで巨大な蛇のようにウネウネと蠢きながら、荒れ狂う龍の如く空を目指してどこまでも伸びていく。

 いったいそれが何であるかは鬼太郎でも理解出来なかったが、直感的にそれが『不吉なもの』であることは分かってしまう。

 

「これは……もしや、ミミズか!?」

 

 何かを思い当たる節があったのか、まさかといった表情で目玉おやじが声を上げる。

 

「み、ミミズ? ミミズって……あのミミズかね?」

 

 目玉おやじの口から出た単語に、一反木綿はその脳裏に土の中で埋まっている小さな小さな環形動物の姿を思い浮かべる。

 眼前に見える巨大なそれは、確かにどことなくミミズを連想させるフォルムをしているが。

 

「いや、ミミズというのはあくまで便宜上の呼び名に過ぎぬ……あれは形を持った厄災そのものじゃ!!」

 

 だが、あれは『ミミズ』という生物ではない。

 ミミズという呼称を持った、全く別の生き物——否、それは生物という括りにすら入らない。あくまでミミズのような形をした、『厄災という概念』そのものだというのだ。

 

「父さん!! 人間たちに動揺する様子がありません!! 彼らには、あれが見えていないのでしょうか!?」

 

 そんな巨大な厄災がすぐ側まで迫って来ているという由々しき事態。にもかかわらず、眼下の人間たちに、それを恐れて逃げ惑うといった様子がないことに鬼太郎が気付く。

 

「う〜む……人間にはミミズを見ることが出来ないというからのう……」

 

 目玉おやじ曰く、人間にはミミズという厄災を認識することが出来ないという。

 これは妖怪が見える見えないとは別の問題であり、人の身でミミズを視認するにはかなり特別な素養が必要になるとのことだ。

 

「あのままあれを放置すると……いったい、何が起きるのでしょうか!?」

 

 鬼太郎はミミズという厄災を前にどうするべきかと、あれのことを知っている父親の意見を伺う。

 今この瞬間、あれに対して何らかの対処が可能なのはそれを見ることが出来る鬼太郎たちだけだ。可能であればどうにかしたいと、鬼太郎がそのように奮い立つのも——出来ることなら人々を助けたいという気持ちが根底にあるからだろう。

 

「ミミズは地震という形でこの世界に災いを齎すんじゃ!! 過去に幾度として起こった大震災!! 全てはこのミミズが元凶だという話もあるが……」

 

 目玉おやじが言うに、ミミズは『震災』という形でこの世界に影響を及ぼすという。

 過去にも何度かあった『大震災』と呼ばれる災害。それにより多くの人命が奪われて来たが——それが今まさに、鬼太郎たちの眼前で起ころうとしているということだ。

 

「そ、そりゃいかんばい!! 早う、どないかせんとっ!!」

 

 ならば尚のこと、このままミミズを放置することは出来ないだろうと焦りを口にする一反木綿。

 

「ううむ……しかし、ミミズはあくまで自然災害……これにわしらが干渉するというのは……」

 

 だが、目玉おやじは僅かに躊躇いを垣間見せる。

 それというのも、ミミズという存在があくまで『自然災害』に分類されるものだからだ。

 

 ミミズは、決して悪意を持って人々に害を成そうとしているわけではない。

 善悪という感情もなく、ただそこに在るだけのエネルギーの塊とでもいうべきものなのだ。

 そんな、あくまで大自然の法則・摂理の中に存在するようなものに対し、自分たち妖怪がいたずらに干渉するなど烏滸がましいことなのではと、一瞬だがそのような考えが脳裏を過った。

 

 もっとも、そうした躊躇も一瞬のことでしかなく。

 

「……やりましょう、父さん!! 起きるかもしれない災害を未然に防ぐことで、誰かの命を助けられるというのなら!!」

「鬼太郎……そうじゃな!! 何もしないでいるわけにはいくまい!!」

 

 しかし鬼太郎は目の前で起ころうしている災害を、誰に頼まれるでもなく自らの意思で止めたいと思った。息子のその思いには、目玉おやじも同意するしかなく。

 

 鬼太郎たちは眼前の脅威——ミミズという厄災を止めるための行動を取っていくこととなった。

 

 

 

「一反木綿、頼む!!」

「任せんしゃい!!」

 

 覚悟を決めるや、すぐにでも鬼太郎は一反木綿にミミズの間近まで接近するように頼んでいた。素直に頼られて一反木綿も嬉しそうだ。

 あれからさらに膨れ上がったミミズ本体だが、ある一定の大きさになったところで自らを天へと伸ばすのをやめ、一瞬だがピタリとその動きが止まる。

 

 次の瞬間、その巨体がゆっくりと傾き始めたかと思えば——人里に向かって倒れ始めた。

 ミミズが倒れ込むことで地震が起きるというのなら、まずはその倒壊を防がなければならない。

 

「——指鉄砲!!」

 

 鬼太郎はミミズが倒れ込む先へと回り込み、最大出力で指鉄砲を発射した。

 ミミズという赤黒いエネルギーの奔流が、鬼太郎の放つ指鉄砲という青白いエネルギーの奔流とぶつかり合い——拮抗する。

 

「くううううううう!!」

「踏ん張るんじゃ、鬼太郎!!」

 

 ミミズという巨大な厄災を喰い止めんとする、鬼太郎の全身全霊を込めた指鉄砲。その威力の反動に歯を食いしばりながらも必死に耐える鬼太郎に、目玉おやじも声援を送る。

 

 拮抗は数十秒ほど続いたが——徐々にだが確実に、鬼太郎が押され始めていく。

 ミミズという形ある災害に対し、鬼太郎といえども個人の力ではどうあっても抗いきれないということなのだろうか。

 

「……っ!! まだまだ!!」

 

 だが、そこで素直に諦めるような鬼太郎ではない。たとえ自身の妖力が底をつこうと、どうにかしてミミズを退けなければと、力を振り絞り指鉄砲の威力を限界以上まで引き出していく。

 その甲斐もあってか、ついには指鉄砲の勢いがミミズの倒壊を瞬間的にだが上回り、その巨体をなんとか押し返すことに成功する。

 

「はぁはぁ……や、やったか……?」

 

 妖力の消耗に息も絶え絶えと、鬼太郎の顔には疲労の色が濃く出てたが、ミミズによる災害を防ぐことが出来たかと安堵の息を吐く。

 

「いや……まだじゃ!!」

 

 しかし安心するのも束の間と、目玉おやじが油断するなと叫ぶ。

 実際、最大火力で放たれた指鉄砲の一撃をくらって尚、ミミズ本体は至って無傷だ。鬼太郎の底力を持ってしても、ミミズという厄災そのものを消し去ることは叶わない。

 

「また動き出したばい!!」

 

 多少の時間稼ぎにはなったようだが、ミミズは再び傾き始める。これは流石に不味いと、一反木綿もミミズから距離を取るしかなかった。

 

「はぁはぁ……くっ……これ以上は……!!」

 

 鬼太郎も既に疲労困憊だ。こんな状態で指鉄砲を撃ったところで、ミミズの勢いに競り負けてしまうだろう。

 もはやこれまでかと、ミミズが倒れるのを指を咥えて見ているしかない状況だが。

 

「っ!? な、なんじゃ!?」

 

 そのとき、目玉おやじはミミズに起こった異変に気付く。

 

 それまで、決して留まることなく蠢いていた赤黒いエネルギーの奔流が急激に失速。したかと思えば、次の瞬間——ミミズの全身が内部から爆散するように弾け飛んだのだ。

 

「なっ……何が!?」

「うわっと!?」

 

 突然の出来事に何事かと、鬼太郎と一反木綿も身構える。

 しかし緊張に身を固める彼らの懸念とは裏腹に、ミミズの消失と共にそれまで周囲一帯を覆っていた重圧感が消え去り、心地よい風と共に優しげな雨があたり一面へと降り注ぐ。

 

 ミミズという形ある厄災は、そこに存在していたという痕跡すら残さず消滅した。

 あとに残ったのは、降り注ぐ水飛沫によってもたらされる一筋の虹だけであった。

 

「いったい、なにが……?」

 

 危機は去った。

 しかしそのことを喜ぶよりも、何が起きたのかを理解しきれずに困惑の表情を浮かべる鬼太郎であった。

 

 

 

×

 

 

 

「多少の揺れはあったようですが……あの様子なら負傷者はいなさそうですね、父さん」

「そのようじゃな……」

 

 ミミズ消失後。すぐにはその地から立ち去らず、鬼太郎たちは上空から港町の様子を見て回った。

 ミミズが倒れることを阻止出来たこともあり、町の方にこれといって目立った被害はない。ただ、ミミズが発生した時点で微小な揺れが起きていたのか、人々の浮き足立つ様子が鬼太郎たちにも伝わってきた。

 

 仮に、ミミズが地上に倒れ込んでいたらもっと甚大な被害が出ていただろう。

 そういう意味で、それを食い止めた鬼太郎の行動は称賛されて然るべきものだ。

 

「それにしても……ミミズは何故いきなり消えてしまったんでしょうか?」

 

 だがそのこと誇るよりも、鬼太郎の頭の中は『どうしてミミズが突然消えたのか?』という疑問で埋め尽くされていた。

 万事上手くいったとはいえ、その理由が分からないというのは、どうにも締まりが悪いものである。

 

「う〜む……ミミズは常世から後ろ戸を通り、この現世に噴き出してくるという話じゃ……もしかしたら、誰かが開いてしまった扉に鍵を掛けたのかもしれん……」

「と、常世……? 後ろ戸……鍵を掛けるって……どういうことばいね?」

 

 一方で、目玉おやじはミミズが消滅したことに何かしら心当たりがあるようだった。

 もっとも、その口から呟かれる専門用語の多さに、一反木綿もますます疑問を深めるばかりだ。

 

「ミミズが出てきた後ろ戸がこの近くにある筈じゃ。まずはそれを確認するとしよう……」

 

 ただここで詳しく説明するよりも、まずは実際の現物を確認するのが先決と。

 まずは『後ろ戸』——ミミズが出てきたとされる『扉』を探すことに専念していくのであった。

 

 

 

「この辺りは……廃墟のようですが?」

 

 一通り町の被害を確認し終えたあと。鬼太郎たちが降り立ったのはミミズの出所と思われる場所——人里から離れた山間にある廃墟であった。

 人々の活気に満ちていた港町とは対照的に、人の手が何十年と入っていない集落は見事なまでに寂れていた。

 

「この匂い……様相からして、かつては温泉街だったのであろう……」

 

 目玉おやじは微かに残る硫黄の匂いや、旅館や土産物店といった建物の跡から、その地がかつては温泉街として栄えていたのだろうと推察する。

 バブル期などに繁栄を誇った大型リゾート施設の数々。かつては多くの人々を笑顔にしてきたのだろうが、今となっては無用の長物として打ち捨てられている。

 全国的に見ても決して珍しいとはいえない、なんとも物悲しい風景である。

 

「後ろ戸は、人のいなくなった場所に開くという……おそらく、この辺りに常世へと続く扉がある筈じゃ、探してみよう!!」

 

 だがそうした寂れた空気、人がいない場所であることが『後ろ戸』の開く条件だと目玉おやじは語る。

 その扉とやらを見つけるためにも、一行はさらに廃墟の奥へと足を踏み入れていく。

 

 

 

「……? 父さん、もしかして……あれじゃないでしょうか?」

 

 そうして、廃墟の中を探すこと暫く。鬼太郎がそれらしい『扉』を発見する。

 そこは元はホテルだったと思われる建物。ロビーへと足を踏み入れ、廊下らしき通路をぬけた先。中庭として利用されていたであろう、広く開けたスペースへと出た。

 

 湖のような薄く水溜りが出来ていたその場所に——その白い扉は孤独に佇んでいる。

 

 共にあったであろう壁や屋根などが完全に風化している中、扉だけがくっきりとその場に残されていたのだ。

 明らかに不自然なそれの存在感に、鬼太郎たちは引き寄せられるようにその扉へと近づいていく。

 

「ううん? これは……確かにそれらしい扉じゃが……」

 

 とはいえ、目玉おやじもそこまで専門的な知識があるわけではない。それが本当に後ろ戸と呼ばれる扉なのかどうか、どうにも判断がしづらい様子であった。

 

「…………開けてみましょうか、父さん……」

 

 その扉が本当に、ミミズが潜んでいるとされる『常世』へと繋がっているのかどうか。それを知るためには、やはり開けてみるしかないと。

 十分に警戒しながら、鬼太郎はその扉のドアノブへと手を伸ばす。

 

「……? これは……鍵が掛かっているようですが……」

 

 しかし扉はガッチリと鍵が掛けられているのか、いくらドアノブを回しても開く気配がない。

 

「うむ……どうやら、閉じ師が鍵を閉めた後のようじゃな」

「閉じ師……ですか?」

 

 これに目玉おやじが納得するかのようにうんうんと頷くが、鬼太郎には父親が何を言っているのか分からない。だが『閉じ師』という言葉の響きから、それがどういうものなのかは何となく察しが付く。

 

「そう呼ばれているものたちが、全国各地に点在する後ろ戸に鍵を閉めて回っているという話じゃ……きっとミミズが消滅したのも、閉じ師の誰かがこの扉に鍵を掛けてくれたからなのじゃろう」

 

 言葉通り、閉じ師とは——『後ろ戸に鍵を掛ける役目』を持ったものたちのことである。

 そういう人々の活躍を、鬼太郎を含めきっと大多数の人間たちが何も知らないでいるのだろう。

 

「そんな人たちが……ボクらの知らないところで……」

 

 そのことに対し申し訳ないような、とても寂しいような。なんとも言い難い気持ちになる鬼太郎であったが、それを今ここで考えても仕方がない。

 いずれにせよ、ミミズが突然消滅した理由は判明した。閉じ師がしっかりと役目を果たした上であのような結果になったのなら、これ以上鬼太郎たちが心配する理由などないのだろう。

 

 

 

「……ん?」

「どうかしたとね、鬼太郎しゃん?」

 

 だがふと、その場をあとにしようと思った鬼太郎が足元の違和感に気付き、その場にしゃがみ込んだ。

 水溜まりの中を手探りで探る鬼太郎に、いったいどうしたのかと一反木綿がキョトンとした顔になっている。

 

「この辺り……何かがはめ込まれていたような跡がある……これはいったい?」

 

 鬼太郎が気になったのは、後ろ戸近くの地面に『凹み』のようなものがあったことだ。触れてみると分かるが、明らかに自然に出来るような形ではない。

 大きさからして、両手で持ち上げるような『何か』がピッタリとはまっていたように思われるが。

 

「よもや……要石か!?」

 

 これに驚いたように目玉おやじが声を上げる。

 彼はそこにはまっていたかもしれないもの——『要石』たるものが何であるかを理解した上で、それがそこにないという事実に驚愕していた。

 

「そうか!! 後ろ戸が開いただけで、ミミズがあれほどの勢いで噴き出しておかしいとは思っておったが……要石が抜けてしまったというのなら、これは大変なことになるぞ!!」

「いったいどういうことでしょうか、父さん?」

 

 狼狽する目玉おやじとは対照的に、事態を把握しきれていない鬼太郎は首を傾げるしかない。

 

「要石は、ミミズを抑えつける封印のようなもの……それがなくなってしまった以上、またいつどこでミミズが後ろ戸から出てきてもおかしくない……ということじゃ!!」

「……っ!!」

 

 予備知識のない鬼太郎にも分かるよう、目玉おやじは要石がどのような役割を果たしていたか、それがないことでどのような被害が発生するかを簡潔に答えた。

 簡単な説明ではあったが、それだけでも十分に恐ろしさが伝わったのか鬼太郎の表情にも緊張が走る。

 

 ミミズというあの巨大な厄災を前に、鬼太郎ですら時間稼ぎのようなことしか出来なかった。

 あんな恐ろしいものが、あちらこちらで発生しようものなら——それは日本全土が脅威に晒されているにも等しい。

 

 仮にだ。その要石とやらが——『悪意ある誰か』の手で引き抜かれたものであるなら。

 自然災害の一言で片付けていい問題ではなくなる。

 

「おそらく……この扉に鍵を掛けた閉じ師にも、事の重大さは伝わっておると思うが……」

 

 目玉おやじは腕を組みながら、この後ろ戸に鍵を掛けてくれた閉じ師のことを考える。

 彼、あるいは彼女。閉じ師として活動しているそのものなら、要石がどんなもので、今現在どのような状態になっているかを知っているかもしれない。

 

「ですが、父さん……もうこの辺りに人の気配はありません。もうこの地を去ってしまったのではないでしょうか?」

 

 だがその閉じ師と接触を図ろうにも、後ろ戸の周囲は勿論、廃墟にも人の気配などなかった。

 役目を果たした以上、その人物も既にここから去ってしまったのだろうと、鬼太郎は心配を口にする。

 

「……とりあえず、もう一度町の方に行ってみよう。もしかしたら、まだ閉じ師がいるかもしれん……」

 

 それでも、僅かにでも望みがあるのならと。

 今一度、閉じ師が人里に滞在している可能性を考慮し、目玉おやじは港町へと戻ることを提案していく。

 

 

 

 

 

「……見つかりませんね……閉じ師。いったいどんな方なんでしょうか?」

 

 そうして、鬼太郎たちが廃墟から港町へと戻ってきて、数時間ほどが経過する。

 とりあえず、聞き込みなどしてみたはいいが——そもそもな話、鬼太郎たちはその閉じ師と面識があるわけではない。

 名前も人相も分からない人間を人里の中から探すなどかなりの無茶であり、鬼太郎たちの努力はことごとく空振りに終わっていく。

 

「う〜む……やはり、望みは薄いか……仕方がない!」

 

 ただこの結果は半ば予想していたものであり、悩ましい声を上げながらも目玉おやじは既に次の行動指針を決めていた。

 

「ゲゲゲの森の図書館に、ミミズや閉じ師に関する書物があった筈じゃ。それを調べて対策を講じるしかあるまい……」

 

 閉じ師から直接話を聞けるに越したことはなかったが、それが無理ならと目玉おやじはゲゲゲの森の図書館にある資料の方から当たってみることにした。

 元より、目玉おやじが語ったミミズや後ろ戸、閉じ師や要石といったものの知識もそれらの書物に由来するものだ。

 目玉おやじが今の時点で覚えていることも表面的な部分でしかない。そのため、より詳しくそれらの記述を読み進めることが出来れば、もっと多くの手掛かりを得られるかもしれないだろうと。

 

「そうですね、もう夜になってしまいましたし……一度帰るとしましょう」

「コットン承知!!」

 

 父親の提案に頷く鬼太郎。すっかり夜も遅くなってしまったため、これ以上は人探しなどしても徒労に終わるだろうと、その地を後にしていく。

 

 

 

 そうして、帰宅の途につく鬼太郎が一反木綿に乗り空から海を渡る一方。地上では一隻のフェリーが深夜の海原を突き進んでいた。

 九州地方と四国地方を繋ぐ、海の便。地震の被害が大きければ欠航などの処置もあったのだろうが、今のところ問題なく運行しているようだ。

 

「…………」

 

 そんな景色を上空から見下ろしながら、内心ホッと息を吐く鬼太郎。

 しかしそうした当たり前のような日常が壊されようとしていることを、ミミズという厄災が見えない人々は何も知らないままなのだ。

 

 今この瞬間、ミミズに対処できるのはそれを目撃出来た自分たちだけだと。

 そういった責任感もあってか。急ぎミミズの情報を精査して対応策を練ろうと、フェリーを追い越すほどの速度で夜の空をかっ飛んでいく。

 

 

 そのフェリーに——探していた人物が乗り合わせていたことを知らぬままに。

 

 

 

×

 

 

 

「ふぅ……」

 

 夜の海を進んでいくフェリー内の外廊下。一目が付かない外階段の下に、一人の少女の姿があった。

 制服を着た女子高生。こんな時間帯のフェリーに乗り込むにしてはあまりにも場違い。奇異な視線で見られることは間違いなく、下手をしたら家出案件かと通報されてもおかしくはない。

 

 実際、彼女は家の人には内緒でこのフェリーに乗り込んでしまっていた。

 先ほどまで、その過保護な保護者と電話越しで『だから、今日は友達の家に泊まるから』『ちょ、ちょっと! 待たんね!!』『大丈夫だから』『あんた、変な男とつきあっちょっちゃ!?』などといった応酬があったばかりである。

 とりあえず無理矢理に通話を切ったが、今この瞬間も鬼のような勢いで彼女のスマホへと安否確認のメッセージが送られてきていることだろう。

 

「あの……草太さん。私、パン買ってきました……」

 

 それらの面倒ごとから目を晒しながら、少女は船内の自販機で買ってきた菓子パンや飲み物の数々を床に置き——隣に腰掛ける『子供椅子』へと声を掛けていた。

 

「——ああ、ありがとう。でも、腹は減ってないんだ」

 

 少女の気遣いに対して、左前脚が欠けて三本足になっているその子供椅子が言葉を返した。

 椅子なのだから当然食事などはしない。いや、そもそもな話、椅子が人間の言葉を喋る時点で色々とおかしいのだが、それには理由があった。

 

「俺は……あの猫に呪われたらしい……」

 

 椅子は元は人間の男性だった。

 少女から草太と呼ばれた彼——宗像(むなかた)草太(そうた)。彼は『白い子猫』に呪われ、このような姿になってしまったのだ。

 その呪いを解かせようと椅子の姿のままその猫を追いかけ、それを少女が追いかけ——結果、猫が逃げ込んだ先であるこのフェリーに、二人して乗り合わせることになってしまう。

 肝心の白い子猫にはフェリーよりも早い警備艇へと飛び乗られ、まんまと逃げられてしまった。

 

「あの、私、気になってることがあって……」

 

 いったいあの白い子猫はなんだったのか。

 呪いを掛けられた当人である草太にも分からないことであったが——少女の方は、あの白い小さな獣に関して一つだけ心当たりがあった。

 

「あの後ろ戸、とかいう扉の近くに妙な石像があって……なんだろうなって思って持ち上げてみたんです。そしたら、石像がいきなり白いフサフサの獣になって……私驚いて放り投げちゃって……そしたら、そのままどこかに逃げていっちゃって……」

 

 少女が語ったのは、彼女があの廃墟に訪れた際に起こった出来事である。

 

 

 今朝のことだ。彼女は港町の坂道で偶然すれ違った宗像草太——そのときの彼は長い髪と白いロングシャツを風にたなびかせた、美しい顔立ちの青年であった。

 そんな彼に少女は『このあたりに廃墟はない?』と問われ、なんでそんなことを聞くんだろうと迷いながらも、あの寂れた温泉街の場所を教えていた。

 その後、特に何かあるでもなく別れた二人だったが、どういうわけか少女は彼のことが気になってしまい、学校をさぼって廃墟の方まで青年を追いかけに行ってしまったのだ。

 

 いったい何故そんな行動を取ってしまったのか、少女の中でもその答えは出ていない。

 青年が彼女好みのイケメンだったからか、あるいは——彼とどこかで会ったことがあるような気がしたからか。

 いずれにせよ、彼を探して廃墟を彷徨う中——少女は例の扉『後ろ戸』を見つけ、さらにはその近くにあった『要石』を手に取ってしまった。

 

 そう、鬼太郎たちがなくなったと騒いでいた、ミミズを抑える役割を果たしていた要石。

 それを偶然にも引っこ抜いてしまったのが彼女——岩戸(いわと)鈴芽(すずめ)という女子高生だったのである。

 

 

「廃墟の石像……それが要石だ!! キミが抜いたのか!?」

「えっ……抜いたっていうか……思わず手に取っちゃっていうか……」

 

 これには草太も驚いたように大きな声を上げる。

 鈴芽は決して他意があったわけではないと釈明を口にするが。

 

「そうか、ではあの猫が要石か!! 役目を投げ出して逃げ出すとは……」

「えっ……どういうこと……?」

「キミが要石を自由にして、俺はそいつに呪われたんだ!!」

 

 鈴芽の証言から、その要石こそが白い子猫の正体で間違いないだろう。

 その要石が宗像草太を呪い、子供椅子——たまたま近くにあった鈴芽の思い出の品にその魂を封じ込めてしまったのである。

 

「えっ、嘘……ご、ごめんなさい!! 私、そんなこと知らなくて……ど、どうしよう……!!」

 

 ここにきて、鈴芽は自分がしでかしたことの意味に気付く。

 つまるところ、鈴芽が不用意に要石を抜いてしまったせいで——宗像草太はこんな姿になってしまったということだ。

 鈴芽は罪悪感に押し潰されるよう、ひたすら謝り倒していくしかなかった。

 

「……いや、悪いのは扉を見つけるのが遅れた俺だ。キミのせいじゃない」

 

 だが、草太は決して鈴芽を責めはしなかった。

 そもそもな話、草太が鈴芽よりも先に後ろ戸や要石を見つけてさえいれば良かったのだ。何より草太には、誰よりも先にそこまで辿り着かなければならない義務があったのだから。

 

「鈴芽さん、俺は閉じ師だ」

 

 宗像草太。彼こそ、鬼太郎たちもその行方を探していた閉じ師である。

 全国各地を旅し、開いてしまった後ろ戸からミミズが出てこないよう、扉に鍵を閉めて回るのが彼らの御役目。

 

 見れば、子供椅子となった草太の背もたれに紐で通した『鍵』が括りつけられていた。

 先刻もその鍵を使って後ろ戸を閉じ、なんとかミミズという厄災を鎮めることが出来たのである。

 

「後ろ戸を閉じ、鍵を閉める……これは俺たち閉じ師の仕事なんだ。だから、鈴芽さんが責任を感じる必要はないんだよ」

 

 そうした、草太の閉じ師としての矜持が他の誰かのせいにすることを良しとさせなかった。

 ましてや、ただ巻き込まれただけの女子高生に責任を負わせるわけにはいかないと、鈴芽に対して優しい言葉を投げ掛ける。

 そう、岩戸鈴芽はただの女の子。あの港町で暮らしている、一介の女子高生に過ぎない。

 

 ただ——『ミミズが見えていた』という一点を除けば。

 

 鈴芽にも、あの恐ろしげな厄災たるミミズの姿が見えていた。どうしてあんなものが見えたのか、鈴芽本人にもその理由は分からない。

 だが見えてしまった以上、あれを放置することなど出来ないと。要石を放り捨てた後、色々と怖くなって一度は逃げ出した後ろ戸のある廃墟へと、彼女は再び戻ってきたのである。

 

 そこで鈴芽は閉じ師である草太を、一人孤独に戦う青年の姿を目撃してしまった。

 ミミズという、普通の人間には認識もされない災害。あんな恐ろしい厄災相手に、閉じ師である草太はたった一人で立ち向かっていたのだ。

 そのときは正直、何が起きているかなどさっぱり分からなかったが、草太の孤軍奮闘する姿には感じ入るものがあった。

 

 気が付けば鈴芽は草太に手を貸し、二人がかりで後ろ戸を閉じ、扉から噴き出していたミミズを鎮めることに成功したのである。

 

 

 

 その後、怪我をした草太を治療するため、鈴芽は彼を自宅へと招き入れた。

 傷を負った左腕の傷口を消毒し、包帯を巻いて良しと手当が終わったそこへ——あの白い子猫がやってきたのだ。

 

『え……何この子、痩せすぎ!?』

 

 窓際からこちらを覗き込むその子猫を、鈴芽は最初哀れな捨て猫の類かと思った。

 それはその猫があまりにもげっそりと痩せ細っていたからだ。見るに見かねた鈴芽はその猫に餌を上げた。

 よほどお腹が空いていたのか、その餌を美味しそうに食べる姿に微笑ましい気持ちになりながら、鈴芽は思わず言ってしまった。

 

『可愛い! ねぇ、うちの子になる?』

 

 その呼び掛けに白い子猫が答える。

 

『うん』

『えっ……?』

 

 まさか返事が返ってくるとは思ってもおらず、唖然とする鈴芽と草太に向かって白い子猫はたどたどしくも言葉を発していく。

 

『すずめ やさしい すき』

 

 自分にご飯をくれた鈴芽へは好意を——。

 

『おまえは じゃま』

 

 そしてその鈴芽の側にいた草太には、幼い子供特有の無邪気な残酷さを向け——。

 

『——!!』

 

 次の瞬間にも、白い子猫——要石に呪われ、宗像草太は子供椅子となっていたのである。

 

 

 あとは前述したとおりだ。

 そういった過程を経て、鈴芽と草太の二人は現在、夜の海をフェリーで渡ることと相成った。

 

 

「鈴芽さんは何も心配しなくていい。キミは明日の便で、家に帰るんだ」

 

 椅子となった草太は、鈴芽に明日の帰り便のフェリーに乗って宮崎へと引き返すようにと言い聞かせた。

 白い子猫を追いかけるのも自分一人でやると、決して鈴芽に負担を掛けさせようとはしなかった。

 

「…………」

 

 そんな草太の気遣いに、鈴芽は何も答えられないでいる。

 

 確かに彼の言うとおり。ミミズやら後ろ戸やら要石やら、普通に暮らす鈴芽という少女の生き方にそれらは関わり合いのないものである。

 彼女のような素人が首を突っ込んでも良い結果を生まないのは、不用意に要石を引っこ抜いてしまったことからも身に染みて痛感した。

 

 やはりこういうことは専門家に、閉じ師である草太に任せればいいのだと、鈴芽も分かってはいる。

 そう、頭では分かっているのだが——素直にその通りだと頷くことも出来ないのが、今の鈴芽の正直な心情である。

 

 今後、果たして自分はどうするべきなのか。悶々と悩むところではあるが、流石に夜ももう遅いこともあり、今日は素直に休むことにする。

 明日のことは明日考えようと、船内から拝借した毛布にくるまいながら鈴芽はその場で横になっていく。

 

 

 

 

 

「…………あれ? これ、なんだろう……?」

 

 だがここで、鈴芽の元にその情報が飛び込んできた。

 

 横になった鈴芽は反射的にスマホを手に取っていた。これも現代人の悲しい習慣というべきか、就寝前の軽いネットサーフィンというやつだ。

 その際、鈴芽は自分が暮らす港町。ミミズによる被害がどのくらいのものであったかを、改めて確認しようとしたのである。

 すると、その港町の名を検索したところ——いくつもの奇妙な画像が表示されたのである。

 

「草太さん、ちょっと……これ見てみてよ!」

「どうしたんだい、鈴芽さん?」

 

 鈴芽はその画像を見せるため、自分と同じように寝る準備をしていた草太に声を掛ける。

 椅子である草太は、背板に彫られた二つの目のような凹みを通して世界を見ているようだ。その瞳で、スマホのディスプレイに表示された画像をじっと見つめる。

 

「これは……この空に浮かんでいるのは……?」

 

 それは港町の上空。そこに住む人が撮影したのだろう、空の上に浮かぶ『何者か』の存在を映した画像であった。

 白いヒラヒラとした物体に乗った、子供らしき人物。彼は虚空に向かい指先を向け——青白い光を照射していた。

 その青白いエネルギーの塊のようなものが、空中で見えない何かとぶつかり、拮抗しあっているように見えた。

 

「これは……ミミズを食い止めている……のか?」

 

 画像では分かりにくいだろうが、草太はそれが『ミミズという巨大な厄災を、何かしらのエネルギー波を放って食い止めとうとしている』という構図に見えた。

 いまいち確信が持てないのは、その画像にミミズの姿が映っていないからだろう。どうやら画像や映像の類にミミズは残らないようだ。

 

 しかし実際にあの瞬間、あの場所でミミズという災厄と向かい合っていた草太や鈴芽には、その少年の奮闘ぶりが想像出来た。

 きっと彼も、普通の人には見えないミミズという存在と人知れず戦ってくれていたのだろう。

 

「……!! この少年……まさか、ゲゲゲの鬼太郎か!?」

「ゲゲゲの鬼太郎って……あの?」

 

 問題は彼が何者かということだが、その答えに関しては草太に一つだけ心当たりがあった。彼の口から叫ばれたその名前に鈴芽も反応を示す。

 

 ゲゲゲの鬼太郎。

 妖怪という存在が公に認められ始めている昨今、特に人々から名前を知られるようになった妖怪の一人であろう。

 先の妖怪との戦争においても、彼が必死に巨大な隕石らしきものを食い止めてくれたからこそ、今の日本があると言っても過言ではない。

 

「そうか! ミミズが出てきたにしては被害が少なかったと思っていたが……彼がミミズを抑えていてくれたのか……!!」

 

 ふと、草太は港町の様子について思い出す。

 傷の手当を受けるために鈴芽の家に向かっていた道中、草太は町の被害などをそれとなく確認してみたが、ミミズが出現したにしてはそれほどでもなかったと、安堵しながらも訝しんでいたところだ。

 

 だが、鬼太郎がミミズを抑えてくれていたのならそれも納得だ。

 流石の鬼太郎でもミミズを消滅させるまでにはいたらなかったようだが、彼が時間を稼いでくれていたおかげで、深刻な被害が出る前に草太たちも扉に鍵を掛けることが出来たのである。

 

「どうにかして彼と連絡が取れれば……東京に戻ったらすぐに手紙を……けど、この体じゃな……」

 

 鬼太郎がミミズを防いでくれたその事実に、草太は彼とコンタクトを取ることを考えた。

 草太は東京在住なため、妖怪ポストに手紙を送れば鬼太郎が来てくれるという都市伝説も真実として認識している。

 要石が抜けてしまったことで今後起こりうるであろう厄災に対し、なんとか鬼太郎の協力を仰げればと。彼の力を借りるにはどうすればいいだろうかと、思案を巡らせていく。

 

 

 

 ——な、何よ!! 私には家に帰れって言っといて……こんな小さな子に頼ろうっていうの!?

 

 そんな、鬼太郎の力をどう借りようかという草太の独り言が聞こえてきたのか。隣にいる鈴芽は面白くない気持ちでむくれていた。

 

 こんな小学生にしか見えない子——鈴芽は妖怪の脅威とは無縁で過ごしてきたため、彼女の目から鬼太郎は見た目どおりの少年でしかない。そんな少年の力を借りようと思う一方で、高校生の自分には帰るようにと促してくる。

 自分にだってミミズは見えるのだ。どこにいるかも分からない鬼太郎より、すぐ側にいる自分に協力をお願いしてくれればいいのにと、そう思わずにはいられない。

 

 

 ——決めた!! 草太さんがなんて言おうと、私も手伝う!!

 

 ——要石を捕まえて、草太さんを元に戻すまで……絶対に帰らないんだからっ!!

 

 

 そうした鬼太郎に対する対抗心、素直に自分を頼ろうとしない草太への反発心もあってか。

 鈴芽は草太に何と言われようが、最後までこの件に関わることを密かに決心する。

 

 元より、迂闊に要石を抜いてしまった自分のせいでこんなややこしい事態になっているのだ。その責任くらい取るべきだろうと。

 

 

 そんな決意を胸に秘めたまま。

 とりあえず、その日は体を休めようと——緩やか眠りの中へと身を委ねていくのであった。

 

 

 




人物紹介

 岩戸鈴芽
  すずめの戸締りの主人公。
  ただの女子高生の筈なのだが、何の因果かミミズの姿を見ることが出来る。
  幼少期の出来事から『生きるか死ぬかなんてただの運』という死生観を持つようになった。
  そのため、死ぬかもしれない事態を前にも躊躇することなく突っ走っていく。

 宗像草太
  すずめの戸締りのヒロイン。男だけどヒロイン。
  イケメンではあるが、作中ではほとんど呪われた姿・子供椅子の姿で過ごしている。
  後ろ戸を開く役目を負った職業。閉じ師として全国を回っている。

 ミミズ
  常世という場所から、後ろ戸を潜って現世へと現れる形ある厄災。
  巨大な赤黒いエネルギーの奔流。遠目からだと巨大なミミズのようにも見える。
  普通の人には見えず、これが倒れることで地震が発生する。


  
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