執筆の合間にちょくちょくプレイしています、これは面白い!
プレイ動画などを見ずにネタバレを回避し続けて良かった……。
明日あたり『ほの暮らしの庭』がようやく発売されますが、デジモンをまだクリアしていないこともあって、購入は暫く見送ります。
発売前から色々とゲーマーたちを騒がせていますが……実際に発売されてしまったらどうなってしまうのか?
色んな意味で今から戦々恐々しております……。
『すずめの戸締り』とのクロスですが、全四話くらいになるかと思います。
今回の其の②は、正直ダイジェスト回の要素が強いです。原作を知らない方が付いていけるような形で、本編のストーリーをざっくりと進め、用語の解説などをしております。
ダイジェスト過ぎて、あれ?ってなる部分もあるかもしれませんが……どうか楽しんでいただければと思います。
「ふむ……集められた資料は、これで全部かのう?」
「ええ、父さん……おそらく、これ以上は探しても……」
ゲゲゲの森のゲゲゲハウスにて。
目玉おやじと鬼太郎は、机の上に置かれた資料を前に難しい顔をしていた。
鬼太郎たちが九州で『ミミズ』と呼ばれる厄災と遭遇し、丸二日ほどが経過。
その間、鬼太郎は仲間たちの手を借りながら、ゲゲゲの森の図書館での資料集めに没頭していた。
探していたのは『ミミズ』『閉じ師』『常世』『要石』といったワードを中心とした、『後ろ戸』に関してを記した書物である。
全部で五、六冊。膨大なゲゲゲの森の図書館内を仲間たちと手分けして探し、ようやく見つかったのがこれらの資料だ。
要石が抜けてしまったことで今後起きることになるかもしれない災害に対し、どのように対策を講じるべきか。閉じ師という専門家とコンタクトが取れない以上、こうした資料から何とか情報を纏めるしかなかったのである。
「大前提として……ミミズが出て来る後ろ戸は、人がいなくなった廃墟に現れる……これはまず間違いないと言ってもいいじゃろう……」
「そうですね、父さん」
目玉おやじは図書館から持ち出してきた文献をペラペラと捲りながら、自分たちに必要となってくるであろう情報を一つ一つ整理していく。
まず『後ろ戸』と呼称されるあの不可思議な扉だが、あれらが開くのは決まって——『人がいなくなってしまった場所』だということ。
ここで重要なのは、最初から人がいないような山奥や原生林といった秘境などでなく——『かつては人々で賑わっていた場所』ということだ。
九州の後ろ戸は、かつては温泉街として栄えていたリゾート施設の跡地、今では誰も訪れなくなった廃墟の中で発見された。
そういう、人々の営みや賑わいが失われてしまった場所にこそ、後ろ戸は開き——そこからミミズという厄災が飛び出してくるのである。
「ミミズが潜むとされる常世は世界の裏側……死者が赴く場所とも、全ての時間が同時にある場所ともされているが……はっきりとしたことは書かれておらん」
「なんだか……どこかで聞いたことのある表現ですね……」
そんなミミズの棲家。後ろ戸の向こう側のことを、関連する資料では『常世』と明記されていた。
それがどういった場所なのかは、酷く曖昧な表現でしか書かれていなかったが、鬼太郎にはどことなく聞き覚えのあるフレーズであった。
「うむ、以前もそういった場所があると話したことがあろう。隠り世や彼岸、そう呼ばれる場所と同一視されることもあるそうじゃが……」
「ああ、そういえば……どことなく似ているような気もしますね……」
それは以前にもそういった場所——似たような場所の話を聞き、実際にそこへ訪れたことがあるからだろうと。目玉おやじの言葉に、鬼太郎の脳裏に過去の事件で行ったことのある場所のことが思い出される。
隠り世——未来も過去もないその場所で、とある少年が死せる運命だった少女と再会した。
彼岸——死者の魂があつまるとされるその場所で、壊れた空を修復するために奔走した。
それらの場所と常世とでは、実際のところ細かい違いなどあるのだろうが、あえて共通点を述べるとするなら、そこが今を生きるものたちがいるべき場所——『現世』ではないということだろう。
いずれにせよ、通常の手段では決して足を踏む入れられないような領域で、今もミミズは蠢いているということだ。
「それから、要石に関してじゃが……どうやら、これは二つあるらしい」
「二つ……?」
そして、目玉おやじは特に自分たちが関心を持つべき話題を口にしていく。
それは鬼太郎たちが気付いてしまった、ミミズを抑える役割を持っていた『要石』がなくなっていたという現状についてだ。
九州の後ろ戸の側に、本来ならあるべき要石がなかった。このままでは再び後ろ戸からミミズが噴き出してくるだろう。
そうさせないためにも、要石がどのようなもので、今どこにあるかを探らなければならないわけだが。
「うむ……要石は東西に分かれ、それそれがミミズの尻尾と頭を抑えつけているらしいが……」
文献によると要石というのは『二つ』存在し、それそれミミズの『尻尾』と『頭』を抑えているとのこと。どうやら九州にあったであろう要石は、尻尾を抑えつける役目を果たしていたようだ。
「西の要石は尻尾を、東の要石……この東京のどこかにある要石が、ミミズの頭を抑えているとのことじゃが……それ以上の詳しい記述は……やはりないか……」
そして、もう片方の要石。
古びた書物が多い中、それなりに新しい——といっても軽く百年は経っているであろう。その書物の記述によると、東でミミズの頭を抑えている要石は関東——しかも、この東京にあるというのだ。
だがそれ以上の詳しいこと、具体的に東京のどこにあるかなどの記載はなかった。
「う〜む……やはり片方の封印だけだと、ミミズを完全に抑えつけることはできないようじゃな……それどころか、いずれはもう片方の封も解かれてしまうとあるな……」
「それは……!! やはり、なくなった要石を早く元に戻さないといけない、ということでしょうか……」
しかし要石に関する記述を読み解いていくと分かるが、片方の要石が抜けてしまうと、もう片方の封も緩んでしまい、自然と抜けてしまう恐れがあるとのことだった。
要石が一つなくなっただけでも、あれだけの規模のミミズが飛び出してきたのだ。もう片方の要石も抜けてしまい、ミミズを抑えるものが何もなくなってしまったら——そう考えるだけでもゾッとする話である。
やはり失われた要石を探すことが急務であると、鬼太郎も焦りを口にしていくが。
「これ以上の手掛かりとなると……やはり閉じ師から直接話を聞くしかなさそうじゃが……はてさて、どうしたものか……」
「…………」
それからも、文献を隅々まで読み込んでいくが——やはりそれ以上、要石に関して有力な情報を得ることは出来なかった。
これ以上要石について詳しく知りたいのなら、専門家である閉じ師に聞くしかないだろうが、彼らとコンタクトを取る手段がないからこそ、こうして資料集めに没頭していたわけだ。
ここから先、果たしてどう動くべきかと目玉おやじも鬼太郎も難しい表情になっていく。
「——鬼太郎、目玉おやじよ……少しいいだろうか?」
と、そのように頭を悩ませている二人の元へと声が掛かった。
「どうかしたのか、砂かけババア?」
声の主は、砂かけババア。
図書館で文献を集めるのにも協力してくれた彼女だが、その手に持っていたのは本ではなくノートパソコンであった。
まさかネット上からミミズ関連の資料を持ってきたのかとも思ったが、そういうわけでもないらしい。
「ちょっと、これを見てくれんか……」
砂かけババア自身、少し困惑したような表情を見せながらノートパソコンの画面を鬼太郎たちへと見せていく。
「これは……地震速報? この国で起きている地震の情報……ということなのか?」
鬼太郎はノートパソコンの画面に表示されているものが何であるか、そこに書かれている文字を読み進めていくことで何となく理解していく。
それはこの日本で起きている地震。それがいつ、どこで。どれくらいの規模で起きたのかをリアルタイムで更新しているサイトであった。
日本は地震大国だ。
普段生活している分には気付かない人も多いだろうが、この国では年に二千回ほど。一日あたり、およそ五、六回のペースで地震が起きているとされている。
故にそうした地震情報が常に更新され、ネットなどでいつでも閲覧できるようになっているのである。
「ちょうど二日前じゃ、九州地方で震度4ほどの地震が観測されておるが……これは、お主らが遭遇したという……ミミズの影響で発生した地震と見ていいのかのう?」
「!! ああ、おそらく間違いないと思うが……」
砂かけババアが鬼太郎に見せたそのサイトでも、常に地震情報が更新されており、二日前の九州で起きたという地震。
それが、ミミズによって起きた地震であることを鬼太郎に確認を取りたかったようだ。
「それから、これが昨日の夕方頃……四国地方で観測された地震……」
だがそれだけでは終わらず、砂かけババアは続けて、そのちょうど一日後。四国地方の愛媛県にて、震度3クラスの揺れが観測されたことを教えてくれた。
日本で地震は毎日のように起きるといっても、震度1〜2くらいの規模で収まるものがほとんどだ。そんな中、震度3〜4ほどの地震が立て続けに起きるというのは、それなりに目を引かれるものがあった。
「そして、これがつい先ほど更新された、最新の地震情報じゃ……」
さらに今度は兵庫県の神戸市。つい数分ほど前に、先二件と同規模の地震が発生したという。ここまで来ると偶然の一言では済まされないだろう。
「これは、震源が移動している……ということなのか?」
ミミズが要因として起こった九州の地震から、四国、近畿と。立て続けに起きたその揺れは、まさに震源地が北東に向かって移動しているようにも見えた。
「ふむ……要石がなくなった影響が出始めている、ということなのじゃろう……」
目玉おやじも、その流れを『要石がなくなった影響が出始めた兆候』というふうに受け取った。
実際に現地で目撃したわけではないためはっきりとしたことは言えないが、おそらくそれらの土地土地のどこかで後ろ戸が開き、そこからミミズが這い出てきているのであろう。
「じゃが、まだその程度の揺れで収まっているということは……閉じ師が役目を果たしてくれているんじゃろう……」
それでも、地震の規模がまだ『その程度』で収まっているという事実から、目玉おやじは九州のときのように、『閉じ師』が後ろ戸に鍵を掛けてくれたのだと推察する。
仮にミミズが倒れたのなら、震度4程度で済むわけがない。それこそ、ニュースでも大々的に報道されるような規模の『大地震』となり、人間社会が混沌とすることは間違いないのだから。
「このままの流れでいくと、次に地震が起きるのは……」
しかし肝心の要石が戻らない限り、いくら扉に鍵を掛けようとミミズによる地震が収まることはないだろう。
そして震源地が移動するこの流れが、これまでの傾向通りに進むのであれば、次に後ろ戸が開くのは中部地方、あるいは——。
「関東。この東京に……ミミズが現れる可能性も否定できない……」
位置的にいって関東地方——東京もその範囲に含まれている。
仮に、一千万人もの人間が暮らすこの大都市でそのような大地震が起きようものなら。
その光景を想像してか、鬼太郎の表情がこわばったものへと変わっていく。
×
「お疲れ様、鈴芽さん。中に入って、少し休もう……」
「う、うん……」
鬼太郎が次なる地震への脅威に身を固めていた頃。
呪いにより子供椅子の姿となってしまった閉じ師・宗像草太。
彼と共にここ・神戸市のとある遊園地まで来ていた女子高生・岩戸鈴芽は、回る観覧車のゴンドラの中に入って体を休ませていた。
深夜の観覧車。男女二人っきりで眺める街並みの夜景など、本来ならロマンチックなシュチュエーションなのだろうが、生憎とこの遊園地は既に廃墟であり——つい先ほどまで、そのゴンドラの扉が『後ろ戸』となっていた。
おまけに、ミミズが噴き出し始めた観覧車が変電施設の不具合により、本来なら停止している筈が突如として動き出してしまったのだ。
鈴芽は稼働する観覧車の上に乗りながら後ろ戸を閉じるという、まさに命懸けの作業を強いられることとなった。
それでも何とか後ろ戸を閉じ、鍵を閉めることでミミズを消滅させることに成功。
とりあえず危機が去ったことに安堵し、観覧車がゆっくりと一周して地上に戻るのをゴンドラの中で待機して待つこととなった。
さて、閉じ師である草太はともかくとして、どうして鈴芽までもが九州・宮崎県から近畿・兵庫県まで来ることになったのか。
ここで二人のこれまでの軌跡を辿っていくこととしよう。
×
勢いに任せるまま、九州から四国行きのフェリーへと乗り込んでしまった鈴芽と草太。
四国の地に降り立つや、草太はすぐにでも鈴芽に家へと帰ることを勧めたのだが——そこへ予想外の情報がもたらされる。
「草太さん!! これって……あの猫だよね!?」
「なんと……!?」
ほとんど手ぶらだった鈴芽が、唯一持参してきたスマートフォンの画面を椅子となった草太へと見せた。
するとスマホの画面に、あの白い子猫——役目を放棄して逃げ出し、草太に呪いを掛けた『要石』の姿が映っていたのである。
それらの画像は、全てSNSのタイムライン上から流れてきたものだ。
この子猫、持ち前の愛嬌や電車などの公共機関をお行儀よく利用していることもあってか、道行く先々で人々から可愛がられ、写真を撮られたりなどして注目を集めているようだった。
本人も、まるで自分が人間たちから注目されることを理解しているかのよう、あざといポーズなどを取って写真に収まっている。
それにより、一日と経たずに『#ダイジンといっしょ』などというハッシュタグまで発生し、ちょっとしたムーブメントを巻き起こしていたのだ。
「え……ダイジン? まじか……そういえば、それ系の顔かな……?」
鈴芽はその白い子猫、要石に人々が名付けた『ダイジン』という名前に呆れながらも、どこかピッタリだと納得を示す。
確かにその猫が上向きに生やした頬ヒゲなど、どことなく偉そうな大臣のお髭をイメージさせるものがあった。
「こいつ、電車で東に移動してる……追わなければ!!」
草太も子猫の珍行動に驚きながらも、その写真に映し出された周囲の景観などを頼りに要石を追うことを決意する。
しかし悲しいかな、今の宗像草太は『椅子』だ。当然のことながら、普通の椅子は歩いたり喋ったりしない。
椅子の状態で人前で歩こうものなら、草太は未確認生命体——今のご時世なら妖怪の類かと人々からの注目を集め、最悪討伐されてしまうかもしれない。
「仕方ない……ダイジンを見つけるまで、よろしく頼む」
そのことを指摘されると、もう草太には鈴芽の同行は拒否する理由がなくなってしまう。
既に鈴芽自身、草太に付いていくことを決心していたのもあり、二人は逃げ出した要石——ダイジンを追う旅路を歩み始めたのであった。
鈴芽たちは電車を乗り継いでいき、その日の夕方頃、とあるみかん農園を訪れることになった。
SNSに投稿されたダイジンの写真を頼りに足取りを追っていった結果、必然的にこの場所まで辿り着いたのである。
その地のどこかにダイジンがいるのではないかと、いざ捜索を始めようとしたところ。
あれが——『ミミズ』が再び姿を現した。
「草太さん、ミミズってどこにでも出るの!?」
「この土地の後ろ戸が開いたんだ!! 早く閉じなければ……!!」
ミミズの再出現に驚きの声を上げる鈴芽。一方で、こうなることを閉じ師である草太は半ば予想していた。
要石がなくなってしまった影響で、今は後ろ戸が開きやすい状態になってしまっているのだ。扉を早く閉じてミミズを消滅させなければ、災いが震災という形でこの地へと降り注ぐであろう。
そうさせないためにも、どこにいるかも分からないダイジンより、草太たちは後ろ戸を閉じることを優先していく。
「——学校が後ろ戸になってる!?」
そうして、いざ後ろ戸が開いているであろう廃墟へと急ぎ駆けつけたところ——ミミズは、廃校となった中学校の正面玄関から噴き出していた。
地元の人の話によれば、そこは数年前の土砂崩れによって集落ごと棄てられた場所であるとのこと。かつては多くの生徒たちの賑わいで満たされていた場所も、今では誰も訪れない寂しい廃墟と化していた。
後ろ戸を開く条件は十分に満たされていた。
故に開いた後ろ戸を通じ、常世からミミズが顕現しようとしていたのだ。
「鈴芽さん!! キミが鍵を掛けろ!!」
「えっ!?」
一刻も早く扉を閉じなければならない中、ここで草太が鈴芽に向かって、扉に鍵を掛けるという役目を任せる——任せるしかなかった。
「俺には何も出来ないんだ……何も出来なかった、この体では!! 頼む!!」
今の草太は椅子。鍵を掛けようにも、その手に鍵を握ることすら出来ない。
草太としても心苦しかったが、ここは鈴芽に託すしかないと——彼女に鍵を掛ける手順を早口で説明していく。
「もう時間がない!! 目を閉じて、ここで暮らしていた人々のことを想え! それで鍵穴が開く!!」
「ええ!? そんなこと……言われたって……」
草太を手伝うと決意していた鈴芽だが、まさかそんな大事な役目を任せられるとは思ってもなかったのか。突然のことで戸惑うばかりであったが、扉から噴き出してくるミミズの勢いは増すばかりだ。
「かつてここにあった筈の景色。ここにいた筈の人。その感情、それを想って……声を聴くんだ!!」
「——!!」
草太は時間がないと、扉に鍵を掛けるにはどうすればいいかを叫んでいた。
元々、後ろ戸が開いてしまう土地というのは、人々の賑わいや営みといった『想いの力』によって鎮められ、平穏が保たれていた。それが廃墟となり、人々の想いが失われしまったことで、後ろ戸が開いてしまい、災いがもたらされてしまうというのだ。
故にそうした人々の賑わいや営み、薄れてしまった想いを再び掻き集めて、鎮め直す必要があるとのこと。
「————」
鈴芽は戸惑いながらも草太に言われた通り、その地にあったであろう、人々の営みへと想いを馳せていく。
学校という、鈴芽にとっても身近な場所であったこともあってか、その土地の在りし日の情景を思い浮かべることはそこまで難しいことではなかった。
例えば、登校時に友達と笑いながらおはようと声を掛け合ったり。
例えば、部活動に汗を流す生徒たちが水飲み場で喉を潤したり。
例えば、テストは嫌だとか。あの教師は優しい、口がうるさいだとか。好きな子への告白がどうだとか。
今や廃校となったこの学校にも、自分と同じような日々を送っていた子たちがいたのだと、そんな彼らの日常を思い浮かべていく。
「——かけまくもかしこき
鈴芽が人々の営みを想うその一方で、草太は謳うように祝詞を唱える。
「
彼の口から紡がれていくその言の葉に反応するかのよう、鈴芽の手の中にある鍵が輝きを放っていく。さらにはその鍵の輝きと連動するかのよう、後ろ戸の方に『鍵穴』が出現した。
これこそ閉じ師の手によって代々行われてきた、後ろ戸を閉じるための儀式なのだ。
「——お返し申す!!」
草太のその叫びと同時に、鈴芽は鍵穴に向かって鍵を差し込んだ。
次の瞬間、ガチャリと何かが締まる手応えと同時に——扉から噴き出していたミミズが弾け飛んだ。
扉に鍵を掛けたことでミミズが消滅したのだ。
草太と鈴芽。互いに力を合わせることで、その地を覆う厄災を見事払い除けることに成功したのであった。
そうして、愛媛に発生した後ろ戸を無事に閉じることが出来たが、ミミズとの激闘ですっかり泥だらけになってしまった鈴芽。
一張羅の制服がこんなんで、明日以降何を着ればいいかと悩んでいたところ——とある少女が助け舟を出してくれた。
「——うち民宿なんよ! 今夜はうちに泊まる運命じゃったんやねぇ、鈴芽は!!」
そう言ってくれたのは、みかん農園で知り合った鈴芽と同い年の高校生・
千果はほとんど初対面である鈴芽とすぐに打ち解け、彼女を引っ張るように家族経営しているという、実家の民宿へと連れて行ってくれた。
言うまでもなく、千果にはミミズの姿など見えていない。見えていないにも関わらず、鈴芽が突然廃墟へと向かい、泥だらけになって帰ってきた姿を見て——「あんたはなんか、大事な事をしてるような気がするよ」と言ってくれた。
民宿へと招かれた鈴芽は、昨日は入ることが叶わなかったお風呂で汚れと疲れをしっかりと洗い流した。制服も洗濯させてもらい、代わりの服まで貸してもらい、食事まで振舞って貰えた。
最悪、野宿するかもと思っていただけに、このおもてなしに鈴芽の涙腺も緩んだ。
暖かい部屋や布団で眠れるありがたさを噛み締めながら、その日はそこで一泊。
明日の旅路に備え、心地良くも穏やかな眠りへ包まれていくのであった。
×
千果の民宿で一晩を過ごした、その翌日。
朝食時、朝の情報番組を映したテレビに目をやるや、鈴芽は吹き出しそうになるのを堪えながらも、その画面へと釘付けになった。
テレビに映っていたのは——白い子猫・ダイジンである。
『Live』と表示されたその映像内で、ダイジンは巨大な吊り橋に架けられた太いケーブルの上を軽快に歩いていた。
ニュースのタイトルは『明石海峡大橋に猫!!』。ニュースを読み上げるキャスターにとっても、それを見る視聴者にとっても、それはほんわかとした明るいニュースとして取り上げられている。
「もう〜!! こいつ、何がしたいのよ!!」
しかしダイジンを追う鈴芽にとって、それは決して笑顔で見れるようなニュースではない。
SNS上から流れてくる画像といい、どうしてこのように衆目を集めるような行動ばかり取るのだろうか。
必死に追いかけるこちらの気も知らず、呑気にトコトコと歩く姿に怒りを覚えつつも、居どころが分かっただけでも良しとするかと。
ダイジンの足跡を追うためにも、寝相の悪い椅子である草太を叩き起こし、鈴芽は急いで旅支度を済ませる。
「制服姿で椅子だけ持っとったら目立つけんね。服もバッグも、鈴芽にあげる!!」
「千果……私、どうやってお礼したらいいのか……」
「そんなんいいから、また会いに来て!!」
「うん、絶対来る!!」
別れ際、溢れ出す感情を堰き止めるように鈴芽は千果と抱き合った。
千果は制服では目立つからと、自分の私服一式と子供椅子が入るほどの大きなスポーツバッグをくれた。
鈴芽はここまで親切にしてくれた千果との別れを惜しみつつ、いざダイジンが目撃された——『
四国から本州を結ぶルートの一つ、明石海峡大橋。
とりあえずそちらを目指す鈴芽と草太であったが、やはりというか早くも問題に直面する。
それは目的地まで、どうやって行けばいいのかということだ。
歩きなど論外。電車で行こうにも、近くに駅などもなく。田舎過ぎてバスも廃線。目的地までの最短ルートはやはり車であったため、とりあえず道端に立って恐る恐ると親指を立てての『ヒッチハイク』を敢行してみた。
ドラマや映画でしか見ないような行為をまさか自分がやるなどとは思っておらず、鈴芽の動作はどことなくぎこちない。
案の定、止まってくれる車などなかなかなく、仮に止まったとしてもその車が本当に『乗ってもいい車』なのか、十代女子である鈴芽は慎重に見極める必要があった。
やがて大雨に見舞われ、バス停で雨宿りするなどのトラブルなどを経て、ようやく一台の自動車が鈴芽の前で止まってくれた。
「——あんた、どこまで行くん? そんなとこに座ったって、バスなんか来おへんよ」
その女性・
まさに渡り船。相手が包容力を感じさせてくれる大人の女性であったこともあって、鈴芽たちはその車に乗せてもらい、一気に神戸市までのルートを確立させた。
だがその代償として、鈴芽はとある『怪獣たち』と激闘を繰り広げることとなった。
ルミは後部座席に自分の子供たち、四歳になる双子の男の子と女の子を乗せていた。
空と花という、ちっちゃな二体の怪獣。鈴芽の荷物の中から椅子である草太を引っ張り出し、それをテーブルにお昼ご飯を食べたり、時より反射的に動いてしまう椅子に興味津々と、鈴芽はその様子をバックミラー越しにハラハラと見守るしかなく。
無事に目的地である神戸まで辿り着いた後も、鈴芽は双子たちの面倒を見ることになった。
それはルミが自分のお店——彼女はスナックを経営しているらしく、店を開けている間の面倒を鈴芽に頼んだからである。
ここまで車に乗せてもらったということもあり、それを断るなどという選択肢など鈴芽にはなかった。
「えーと……じゃあ、何して遊びましょうか?」
「お料理!!」「カレー作る!!」
そうして始まったちっちゃな怪獣たちとの激闘は、まさに戦争だった。
お料理と称し、プラスチック製の野菜を切っては投げ、切っては投げ。勢い余っておもちゃの野菜に噛み付く子供たちを慌てて静止したりと、まるで気が休まらない。
「——じゃあ、次はこれっ!!」
「——よーい、どん!!」
「——お姉ちゃん、富士山な!!」
「——よーい、どん!!」
その後も、次から次へと絶え間なく繰り出される波状攻撃に鈴芽の体力がごっそりと削られていく。
子供という奴は本当に遠慮がない。遊んでくれる相手と分かれば、それが誰であろうと容赦なく襲い掛かってくるものなのだ。
「私、子供って……無理かも……」
子供たちの無尽蔵の体力に付いていけず、ついには力尽きたかのようにバタンキューと膝を突く鈴芽。
「……仕方がない」
ここでやれやれと、草太が子供椅子のままでありながらも、カタカタと動き出して双子たちの前へと歩み寄ってくる。
「「——!!」」
「なっ……ちょっ、草っ!?」
これに双子たちは当然のことながら、鈴芽も驚きで目を丸くする。
椅子が突然動き出したなどと、騒ぎになったらどうするんだと。そんな心配をする鈴芽であったが、それも杞憂で終わる。
「うわあああ!? すごい!! すごい!!」
「つぎぼく!! ぼくものせてよ!!」
その年頃の子供たちにとって、椅子が動く程度は『ちょっとした不思議』くらいのことでしかない。
大事なのは、その椅子が自分たちを乗せて遊んでくれるという事実だけ。こんなこと、大人たちに言ったところで『子供の妄想』として片付けられるだろう。
だから今日だけ、この時間だけは草太も細かいことなど気にせず、子供椅子として子供たちと一緒に遊び、少し体を休めながら鈴芽もその輪の中へと加わっていく。
いつか、双子たちが大きくなったとき。
こうして遊んだ時間が子供時代の思い出として、記憶の片隅にでも残ればいいなと思いながら。
そうして、外が真っ暗になるまで力一杯遊んだところで、ようやく体力が空っぽになったのか、双子はすやすやと眠りに就いてくれた。
子供椅子である草太を挟むよう、並んで眠る双子の寝顔が実に微笑ましいと笑みを浮かべる鈴芽であったが。
「——鈴芽ちゃん!! ちょっと来てくれへん!?」
ここで一階から、双子たちの母親であるルミからのお呼びが掛かった。
鈴芽たちがいたのは二階であり、そこは二ノ宮家の自宅スペースとなっていた。一階はルミが経営するスナック店となっており、呼ばれた鈴芽が一階に下りると綺麗にメイクを施した二ノ宮ルミがお出迎えしてくれる。
ルミは母親として、子供たちがちゃんと寝たことを確認するや——今度はスナックのママとして、鈴芽に店の方を手伝って貰えないかとお願いしてきたのだ。
「うわああ!?」
そこで鈴芽は生まれて初めて垣間見る、大人の世界を。
ちょっぴり怪しげな、それでいて煌びやかな夜のお店。
勿論、高校生である鈴芽がそういったお店に足を踏み入れるのも、従業員として働くのも色々とまずいものがある。
「え、ママ……この子がヘルプ!?」
現にその店の従業員らしきお姉さんも、明らかに未成年である鈴芽の存在に面食らっていた。
まあ、ここでこういう反応をしてくれるだけ、ここはまだちゃんとしたお店だ。実際、お客さんと一緒にお酒を飲みながら接客をするルミも、おさわりなどは許しておらず。
お客さんも酔っ払ってはしゃぎながらも、越えてはならないラインを越えてはいない。
そう、ここは大人の社交場。
皆で陽気にお酒を飲み、時に語り合う。正直スナックとはなんぞやと思っていた鈴芽も、そこをそういう場所なのだと認識していく。
「……あんた、客席には出なくてええから」
「……はい」
まあ、いかにお店がそのようにアットホームな雰囲気であろうと、やはり鈴芽が表立って接客するのはまずいだろうと、従業員のお姉さんも鈴芽には裏方に徹するよう指示を出していく。
「ひぃいいい!! 忙しい!!」
当然のことながら、裏方に徹したからといって仕事がないわけではない。
そもそもが人手不足なのか、お店を回す従業員は鈴芽を入れても僅か三人。店の顔であるママのルミと、もう一人のお姉さん・ミキがお客さんたちと顔を合わせて接客をするその一方で。
鈴芽はお皿やグラスを洗ったり、適切な温度に調整したおしぼりを出したり、おつまみやお酒を用意したりと。
それはアルバイトも未経験だった鈴芽にとって、まさに驚きと戸惑いの連続だった。目まぐるしもなんとかこの時間を乗り越えるべく、必死に動き回っていく。
「——よっ!! お大尽!!」
「…………ん?」
とりあえず一息吐くだけの余裕を得ていたところに、どこかで聞いた覚えのある呼び名が聞こえてくる。
お大尽——お金を持っている人が派手に散財するような場面で使われる言葉だが、今の鈴芽にとってそれは全く別の意味合いを持っていた。
当然、こんなスナックに自分の探している相手がいるわけもないだろうと、一応視線だけをそちらに向けるのだが——。
「大尽太っ腹!!」
「さっすが大尽、ごちになります!!」
「————」
いたのだ。
酔っ払った客たちの輪にしれっと混じり、ソファーの上で適当に寛ぐあの白い子猫——要石たるダイジンがそこにいたのである。
「嘘でしょう……」
あまりのことに唖然とした言葉が零れ落ちる鈴芽。
すると、彼女の視線を感じ取ったダイジンがそちらをじっと見つめ返し。次の瞬間、タイミング良く入り口のドアを開けて来店してきた客と、入れ違うよう店を後にしてしまう。
「!! あの……すみません、私……ちょっと!!」
「えっ……鈴芽ちゃん?」
そもそもの目的である『要石捕獲』のためにも、鈴芽は謝罪を口にしながらも急いでルミの店を飛び出していく。
「あんたっ、何のつもり!?」
店の外、夜のアーケード街は抜けた先の道路で鈴芽はダイジンと対峙した。
二人の距離は数メートル。飛びつけばすぐにでも捕まえられそうな距離ではあったが、鈴芽は油断なくダイジンを見据える。
「すーずめ げんき?」
「はぁ……?」
草太のこともありダイジンに敵意を抱く鈴芽とは対照的に、ダイジンは彼女に対しどこまでも無邪気だ。撫でてくれとばかりに、ごろんと寝っ転がってお腹まで見せている。
これは捕まえるチャンスではと、そんな考えも浮かぶところではあったが——。
「みて!」
「え?」
だが、ダイジンは嬉しそうな声を上げながら空を指し示す。
住宅地の向こう側、そう遠くない山肌から——立ち昇る赤黒いエネルギーの奔流が見えた。
ここ数日で何度も見た、ミミズで間違いない。
「後ろ戸が……開いた!?」
「鈴芽さん!!」
ミミズの出現に呆気に取られる中、ここで自分と同じものが見えている草太も合流してきた。
その草太から逃げるよう、ダイジンはミミズが立ち昇っている方角へと駆け出していく。
「鈴芽さん、行かなければ……!!」
「う、うん……!!」
ミミズとダイジン。厄介な状況ではあるが、行かないわけには行かない。
要石を捕まえ、草太の呪いを解かせる。
後ろ戸を閉じ、鍵を掛けてミミズを鎮める。
この二つの目的を果たすためにも、扉が開いてしまったであろう土地に向かって急ぎ走り出していた。
神戸市の外れに、今や廃園となってしまった遊園地があった。
ルミの話によると、十年ほど前に経営難で閉園してしまったとのこと。撤去の費用もばかにならないため、野ざらしの状態で放置されているらしい。
仮にきちんとした解体工事がなされて、その地が新しい『何か』になっていれば、人々の営みや賑わいによって満たされていたことだろう。
しかし、そうはならなかったため——その土地に『後ろ戸』が開いてしまったのである。
しかも遊園地という特殊な環境からか、観覧車のゴンドラの一つに扉が開くという。何とも厄介な状況を生み出してしまっていた。
「鈴芽さんは扉を頼む……俺はダイジンをっ!!」
「うん!!」
そんな状況において、草太は鈴芽に後ろ戸を閉じるという役目を任せて、鈴芽もそれが当然であるかのように力強く頷く。
少し前までなら、一般人である鈴芽に後ろ戸を任せるなどという行為、閉じ師である草太は決して容認しなかっただろう。
だがこの短い期間のうちに、鈴芽は草太と共に開いてしまった後ろ戸を立て続けに二度も閉じることに成功している。
既に草太の中で鈴芽は守られるだけの少女ではない。自分と共にミミズという厄災に立ち向かえる心強い味方。
少し大げさかもしれないが『相棒』と、そう言ってもいいほどの信頼感を抱いていた。
「俺はダイジンを捕まえて、要石に戻す!!」
そんな鈴芽に後ろ戸を任せている間、草太はもう一つの目標であるダイジンを見据えていく。
観覧車を見上げれば、その頂上にダイジンがいた。後ろ戸から絶えず吹き出し続けるミミズを、そのまん丸に見開いた瞳でうっとりと見つめている。
——やっぱり……あいつが扉を開けて回ってるの!?
そんなダイジンの様相に——『奴こそが後ろ戸を開けて回っている元凶』ではないかと、ますますダイジンへの疑いを強めていく鈴芽なのであった。
×
ここまでが、今この時。
観覧車のゴンドラの中で待機する現在まで、二人が辿ってきた軌跡である。
「草太さん、ダイジンは?」
「逃げられたよ……」
観覧車に発生していた後ろ戸こそ無事閉じることが出来たのだが、残念ながらダイジンには逃げられてしまった。
逃げたダイジンの行方は、また時間が経てばSNSやニュースを通じて知ることになるだろうが、今の時点ではどこにいるかも分からないため、闇雲に追うことも出来ない。
「鈴芽さん……さっき、後ろ戸の中に何を見ていた?」
観覧車に揺られながら今後のことをどうするか考える二人であったが、ふと草太が鈴芽にとある質問を投げ掛けていた。
彼が気になったのは、鈴芽が後ろ戸の向こう側に見ていた『景色』についてである。
後ろ戸を閉じようと悪戦苦闘する最中、鈴芽は我を忘れて見入るようにその視線をミミズ——それが噴き出す後ろ戸の、さらにその向こう側へと向けていた。
「すごく眩しい星空と、草原……」
鈴芽は草太の問いに答える形で、自分が見えていた景色について語った。
彼女に見えていたもの——それは後ろ戸の向こうに悠然と広がる草原。その平原を照らす夜空の星々。
——それと、あれは……お母さん……?
そして口にこそ出さなかったが、その草原の上に鈴芽は『白衣を纏った女性の姿』を見た。
鈴芽はその人物が——亡くなってしまった自分の母親なのではないかと、不思議とそのように感じていた。
岩戸
彼女は『とある災害』によって帰らぬ人となった、岩戸鈴芽の実の母親だ。鈴芽は幼い頃、唯一といっていい肉親である椿芽を失ったのである。
そのまま天涯孤独の身として施設に預けられそうになった鈴芽であったが、そこへ彼女を引き取ると手を差し伸べてくれたのが——椿芽の妹、鈴芽にとって叔母に当たる人・岩戸
『——鈴芽、うちの子になりんさい……』
環に引き取られたことで鈴芽は母と暮らしていた東北の地を離れ、九州の宮崎まで移り住むことになった。今の自分があるのは環のおかげだと、鈴芽も彼女には心から感謝をしている。
まあ、それはそれとして。鈴芽は環のあまりの過保護っぷりに、思春期特有の何とも言えない感覚を抱き始めていた頃なのだが——それはここでは割愛しておこう。
いずれにせよ鈴芽は後ろ戸の向こう側に、もうこの世にいない筈の人間を幻視しているわけなのだ。
「常世だ……キミには常世が見えるんだ……!!」
「とこよ……?」
草太は鈴芽が後ろ戸の向こう側に『何か』を見ていると聞き、それが常世であると驚愕する。
ミミズが潜むとされる世界の裏側。普通の人間はその地に行くことは勿論、それがどんな場所なのか見ることも出来ない、出来ない筈なのだ。
ところが鈴芽はミミズを見るだけでなく、常世がどういう場所なのかを知覚することすら出来ているという。その事実には閉じ師である草太も驚きを隠せない。
「見えるけど、入れないの……」
だがそんな鈴芽でも、流石に常世に行けるわけではないらしく。後ろ戸を潜ったところで、何事もなく扉を素通りするに留まっていた。
「常世とは、死者の赴く場所なんだそうだ。キミが入れなくて良かった……」
草太は鈴芽が常世を見ることは出来ても、入ることが出来ないことに安堵の息を吐く。
草太の知識においても、常世が『死者の赴く場所』だという認識があった。常世が見えてしまっている鈴芽が、その地へ引きずられるよう入り込んでしまうのではないかと、正直気が気でなかった。
——死者の赴く場所? じゃあ、やっぱりあれは……お母さんだったのかな……?
だが草太が安心する一方で、鈴芽は常世が『そういう場所』であるという認識を得たことで、ますますあれが死んでしまった母親だったのではないかと考え始める。
もしそうなら、もしそうなら会って話をしてみたいと。そういった気持ちがないわけではない鈴芽は、複雑な感情で後ろ戸の向こう側へと思いを馳せていく。
「現世に生きる俺たちでは入れない、行ってはいけない場所なんだ。この場所で俺たちはまだ生きているんだからね……」
しかし、そんな鈴芽の常世への憧憬を断ち切るよう、草太はボソリと呟く。
そう、常世が本当に死者の赴く場所だというなら、生者である鈴芽や草太が行くべきではないし、どんな場所なのだろうと思いを募らせるべきでもないのだ。
鈴芽たちは今この瞬間、この現世を生きている。
ならば、この世のどこでもない常世のことなど気にしている場合ではない。地にしっかりと足を付け、自身の成すべきこと——進むべき道を進んで行かなければならないのだから。
その後、無事に観覧車から降りられた鈴芽たちは、ゆっくりと歩いて二ノ宮ルミのお店へと戻った。
突然店を飛び出した鈴芽に、ルミは「一体、どこ行っとったの!!」と怒り心頭であった。
仕事をほっぽられて怒っているのではない。行き先も告げず、こんな夜中に一人飛び出したことを心配して怒っているのである。
そんな保護者のような怒りを、従業員のミキが「まあまあ、無事やったんですから」と宥める。
それから店が既に終わっていたこともあり、三人は遅めの夕食を取り、鈴芽はそのままルミのお店で一晩を過ごさせて貰うことになった。
「これ、鈴芽ちゃんに上げる」
一夜明け。鈴芽はルミに新神戸駅の前で見送られていた。その際、ルミは餞別とばかりに鈴芽にスポーツキャップを被らせる。
「ありゃあ! ますます家出少女っぽいやんか!」
ルミの立場からすれば、鈴芽は得体のしれない家出少女である。
しかし彼女は事情の詮索などはせず、あったばかりで間もない鈴芽の世話を焼き、ここまでの道筋を切り開いてくれた。
「ルミさん……本当に、ありがとうございました……」
そんなルミの面倒見の良さ、思いやりに鈴芽の胸の奥から熱いものが込み上げてくる。
愛媛で千果の世話になったときにも感じたが、右も左も分からないような見知らぬ土地で誰かの手を借りると、自分が決して一人ではないのだという、何とも心強い気持ちにさせてもらえる。
「うん……親御さんにはちゃんと連絡するんよ」
別れ際、ルミは保護者に心配を掛けたままにしないようにと。
子を持つ母という立場から、ちゃんと親には連絡を入れるようにと鈴芽へと言い聞かせていく。
「やっばい……環さんのこと完全に忘れてた!!」
と、そこで鈴芽は保護者である環にほとんど連絡をしていないことに、今更ながらに思い出す。
「ご、五十五件……」
メッセージアプリを開けば、実にそれだけの未読メッセージが鈴芽のスマホに溜まっていた。
一刻も早く既読を付けるべきか、あるいは触らぬ神に祟りなしとそっとしておくべきかと悩みに悩む鈴芽。
「鈴芽さん! 次の便に間に合うよう、早く新幹線にっ!!」
だがここで椅子である草太が、スポーツバッグの中からひょっこりと顔を出しながら、早く新幹線へと乗り込むようにと急かしていく。
鈴芽たちの次なる目的地に行くための最短ルートは、新幹線に乗ることであった。
今朝方、案の定というか『#ダイジンといっしょ』のタグと共にSNS上にダイジンの情報が画像と共に流れてきた。
今現在、ダイジンがいるとされる場所は『東京タワー』や『雷門』など。
そこがどこなのか、一発で分かるような観光名所が立ち並ぶ土地であった。
東京。一千万人もの都民が暮らす、日本という国家の中枢。
もしも本当に、ダイジンが後ろ戸を開けて回っている元凶であるならば——次はこの地にミミズが出現する可能性が高い。
こんな大都市に、ミミズという厄災を降ろさせるわけには行かないと。
人知れず迫り来る危機を打破するためにも、急ぎ東京行きの新幹線へと乗り込んでいく鈴芽と草太であった。
人物紹介
ダイジン
白い子猫・要石に人々が付けた名前。
性格は無邪気な子供そのもの。餌をくれた鈴芽には懐くが、草太には邪魔と呪いを掛けた。
前半の展開もあり、一部の視聴者から『クソ猫』などと呼ばれ、賛否が分かれる。
けど、流石にきゅうべえの再来は言い過ぎやろ……。
海部千果
鈴芽が旅の道中で出会い、助けて貰うものの一人。
同い年の高校生。一応彼氏がいるとのこと。
会ったばかりの鈴芽とたった一日で親友のように仲良くなる。最近の子はコミュ力エグいな……。
二ノ宮ルミ
鈴芽が旅の道中で出会い、助けて貰うものの一人。
花と海という双子の姉弟を女手ひとつで育てている、シングルマザー。
スナックを経営しているママ。子守はともかく……店の手伝いを未成年に頼むのは流石にまずないか?
ミキ
スナックの従業員。
鈴芽がスナックの手伝いをする聞き、明らかに困惑している常識人。
岩戸環
鈴芽の保護者である叔母。亡くなった姉の忘れ形見である鈴芽を女手ひとつで育てきた。
アラフォーだがかなりの美人で、同じ職場で働く男性からあからさまに好意を持たれているが、気付いていない。
現時点では名前だけですが、原作通り次回あたりには彼女も鈴芽の旅に同行します。
岩戸椿芽
すずめの実の母。既に故人。草太の魂が乗り移った子供椅子は彼女の手作り。
本編だとあまり描写はありませんが、『すずめといす』という絵本を見る限り、良き母親であったことが伺える。
自分はこの絵本が欲しくて、マックでハッピーセットを頼んだぜ!!(転売などしてない!!!)
ここまであまりクロスらしい絡みがありませんが、次回以降でようやく鬼太郎と鈴芽の道筋が一つに交わります。
例の『黒幕』の活躍も含めて、どうかお楽しみに……。