桃山雅
まなの親友。原作52話『少女失踪! 木の子の森』の主役。
石橋綾
まなの友人。原作87話『貧乏神と座敷童子』の主役。
姫香
まなの友人だが、今のところ個別のエピソードなし。
アニメが完結するようなら、こっちの方で何か主役エピソードを考えてみます。
デュラララはやっぱり登場キャラが多すぎる。
なるべくちょい役でも登場させたいがため、文字数がかなり多くなってしまう。
おそらく、全四話くらいで完結できると思いますが、どうかお付き合いください。
池袋という街には、いくつもの都市伝説が蔓延っている。
ネットを介してその数を増やし続けるという、無色透明のカラーギャング『ダラーズ』。
同時多発的に出現する、瞳を真っ赤に染めた辻斬り『切り裂き魔』。
自販機を投げ飛ばし、ガードレールを素手で引っぺがす金髪バーテンダー『池袋最強』。
そして——『池袋の首無しライダー』。
中でもとりわけ、首無しライダーの伝説はかなり特殊なものだ。
何しろその存在は20年以上前から確認されており、今尚、廃れることなく人々の間で語り継がれている。さりとて、池袋の住人たちは特別騒ぎ立てるまでもなく、見かけたら「おっ、久々に見たわ。今日はついてる!」と、まるで珍しい動物でも見かけた程度のテンションでその横を平然と通り過ぎていく。
無論、本当に首が無いと知れば流石に反応も異なるものとなろうが、少なくとも普段から街中を駆ける首無しライダーはフルフェイスのヘルメットを被り、ただの無灯火無免許の黒バイクとして、時折交通課の白バイ隊員に追われている。
都市伝説として名を馳せながらも、その存在を街の風景に溶け込ませている——それが池袋の『首無しライダー』という存在である。
そんな都市伝説の存在をまじかで目撃した少女——犬山まな。
彼女はゲゲゲの鬼太郎や猫娘といった妖怪たちを友人に持つ、『人間と妖怪の狭間』に立つ人間の一人である。
彼女の目から見て、たまたま街中で見かけた黒バイク——首無しライダーの存在は本物に思えた。
そして、まなは『とある理由』から、実際にその首無しライダーと会って話がしてみたいと思った。
鬼太郎からは「厄介ごとに首を突っ込むな」と忠告されてはいたものの、一度抱いた感情をどうにも抑えきれず。
翌週——彼女はもう一度、池袋の地に足を踏み入れることとなったのである。
×
「ほんとにごめんね、猫姉さん。わざわざ付き合わせちゃって……」
「大丈夫よ、ちょうど暇してたし。それくらい付き合ってあげるわ」
休日の午前中。二人の女子が池袋の街中を歩いていく。
一人は犬山まな、もう一人は妖怪・猫娘。妖怪といっても、猫娘の外見はほとんど人間といってもいい。そのモデルのようなスレンダーなスタイルと美しい容姿に振り返る人間こそ入れど、誰も彼女のことを妖怪などと思いもしないだろう。
まなは首無しライダーに会うにあたり、流石に一人では心許ないと感じ、猫娘に一緒に来てもらえるよう助けを呼んでいた。
鬼太郎に注意を受けた手前、彼には頼みにくく、それでいて猫姉さんなら頼りになると。
気が付けばラインで彼女に助けを要請していた。
「けど、理由くらいは聞いておきたいわね」
「えっ?」
ラインの返信で「やれやれ」といった感じのスタンプを返しながらも、猫娘は集合場所の『いけふくろう像』の前に来てくれた。
そのことに何度も頭を下げるまなに気にするなと言いながらも、猫娘は彼女に問いかけていた。
「何で首無しライダーに会いたいなんて思ったのよ? 何か理由があるんでしょ?」
「そ、それは……」
猫娘の問いに、まなはピタリとその場に立ち止まる。言いにくいと言うより、何と言葉にすべきか本人の中でも迷っているような感じである。
猫娘は通行人の邪魔にならないよう、道の脇に寄り、建物の壁に背を預けながらまなの返事を待つ。
猫娘とて、まなが単純な好奇心、野次馬根性で首無しライダーを冷やかしに来たのではないことは理解している。あれだけ鬼太郎に注意されたにもかかわらず、それで考えなしにトラブルの種に突っ込むような人間ではない。
まななりに真剣に考え、その上で出した結論なのだろう。『首無しライダーに会いたい』と。
猫娘はその理由を聞きたかった。彼女が何を思い、何を考えてそのように動いたのか。
付き添いで来ているのだから、それくらい聞く権利はあるだろうと、猫娘はまなからの言葉を待つ。
「実は、ね……」
彼女の中で何かしらの回答が得られたのだろう。答えを口にしようとまなは息を吐く。
「——あれ? まなちゃん?」
「っ?」
だが、彼女が何かを言い掛けたところで、それを遮るものが現れた。
まなは自分の名前が呼ばれたことで、声がした方を振り返る。
「ああ、やっぱりまなちゃんじゃん! お久し!!」
「あっ……正臣さん」
そこに立っていたの茶色に髪を染めた青年・紀田正臣だった。先週、まなたちが友人と池袋へ訪れた際、彼女たちに声を掛けてきた池袋の高校に通う学生だ。
ナンパ行為や、そのチャラついた格好、言動とは反対にその面倒見の良さで彼はまなたちから好青年と顔を覚えられていた。正臣はまなを見かけるや、嬉しそうにテンションを上げてつらつらと軽口を流す。
「今日は雅ちゃんたちと一緒じゃないんだね? なになに? 彼女たちに内緒で俺に会いに来てくれたのかい! 俺も罪な男だ、いたいけな女子中学生を惚れさせちまうなんて……ふっ!」
「あっ、いや……違いますけど」
「って、違うんかいっ!!」
そんな彼の言動に対し、特に不快な気持ちを抱くことなくまなはサラリと流していく。彼の幼馴染みである竜ヶ峰帝人曰く、正臣の言葉をいちいち真に受けても仕方がないとのこと。
実際、自身の発言を軽く袖にされながらも、正臣は特に気を悪くした様子もなく、笑顔でツッコミを入れてくれる。
「はははっ……正臣さんこそ、今日は竜ヶ峰さんたちと一緒じゃないんですね。今日は……」
まなは彼のオーバーリアクションに苦笑いを浮かべながら、正臣が先週の面子と一緒でないことに気づく。同級生である竜ヶ峰帝人や園原杏里の姿はなく、彼の隣には別の人たちが立っていた。
「——どしたの、紀田くん? 誰その子?」
「——知り合い? 友達っすか?」
正臣が連れ立っていたのは男女の二人組だった。
どちらとも身体が青白く、やや不健康そうな印象が感じられる。男の方は目が細くヒョロっとしており、女の方は黒い髪に黒い服を纏っている。どちらとも高校生には見えない。大学生……というよりも、どこかフリーターといった印象の二十代前半の若者たち。
「あー、この子は先週知り合ったばかりの子で、調布市から遊びに来てるんですよ」
そんな男女二人組に、正臣は敬語でまなのことを軽く紹介する。すると——
「へぇ~調布から! すごいじゃん、『とある』で美琴っちが暗部組織のスタディと決戦を繰り広げた『味の素スタジアム』がある場所じゃない!?」
「いやいや、『フルメタ』の陳代高校のモデルになった『神代高等学校』でも有名っすよ。そんな場所に住めるなんて羨ましい限りっすね~」
「???」
彼らの口から、まなでは全く理解できない単語が飛び出してくる。どう返答すべきか彼女が迷っていると、正臣は助け舟を出すようにまなにそっと耳打ちする。
「……呪文かなんかだと思って聞き流しておいて。自分が知ってることは他人も知ってて当然て考えるタイプの人たちだから」
「……? そ、そうなんですか……?」
なんだかよくわからないが、迂闊に突っ込んではいけないような気がし、まなは言われた通り彼らの言動をスルーする。正臣はまなに、とりあえず二人の事を紹介し始めた。
「こっちの女の人が狩沢さんで、こっちの男の人が遊馬崎さん。そんで……」
すると正臣の紹介はそこで終わらず、まなの視線を別の方向へと誘導する。どうやら他にも連れがいるらしく、すぐ側の駐車スペースに車を止めている男二人が、寛ぎながらまなたちの方に目を向けている。
「あっちのニット帽を被っている人が門田さん。隣の人が渡草さん」
「おう」
「うす」
狩沢や遊馬崎よりは歳上といった感じの男たちが、それぞれまなに挨拶する。
「あっ、ええと……犬山まなです。初めまして……」
まなは彼らの自己紹介を受け、自身も深々と頭を下げて名前を名乗る。
「——ところで……まなちゃん。そちらの美しいお嬢さんは、どこのどちら様かな?」
一通りの自己紹介を済ませた正臣。やっぱりと言うべきか、彼は目ざとくまなの隣に立つ猫娘の存在に気がつき、恭しい態度とかっこつけた笑顔で彼女が何者か尋ねる。
まなは「あっ、これ猫姉さんにもナンパする流れだ」と、正臣の次なる行動を予測しながらも礼儀として猫娘のことを皆に紹介する。
「こちら友達の猫姉さんです!」
「……初めまして、猫田よ。まなからは猫姉さんって呼ばれてるわ。まあ……よろしく」
まなの紹介を受け、猫娘も自分から名前を名乗る。
余談ではあるが、猫娘は妖怪名。彼女は人間として名を偽る際、偽名として『猫田』という苗字を使っている。まなが彼女を呼ぶときの「猫姉さん」という呼び名も、ニックネームとして周囲に認知させていた。
猫娘は初対面の正臣たちに対し、一歩引いた態度で接する。まなとは違い、多少警戒心を抱いていた。
「おお! 猫姉さん! なんて素敵な呼び名なんだ!!」
しかし、そんな猫娘の警戒を気にした様子もなく、正臣はそっと彼女へと歩み寄り恭しい仕草でその手を取る。
「猫姉さん、これから俺とまなちゃん、三人で池袋の街をデートしに行きませんか?」
「えっ、わたしも!? 猫姉さんとデ、デート……」
他の友人たちのいる目の前で、正臣は躊躇なく猫娘を口説く。まなは自分も一緒に口説かれている事実よりも、『大好きな猫娘とのデート』に乙女心をドギマギさせる。だが——
「……生憎だけど、わたしアンタみたいなナンパ小僧に興味ないのよね」
猫娘は正臣の手を振り払い、彼の誘いを素っ気なく断る。ナンパをされるのも断るのにも慣れているのか、一切の迷いがない、割とドライな対応である。
もっとも、そんな冷たい態度にもへこたれないのが紀田正臣という男だ。
「ではどのような殿方がお好みなのでしょう!? あなたが望むなら、俺はどのようにでも自分を、いや!! 世界さえも変えてみせましょう!!」
まったく堪えた様子もなく、自分に酔った言動を恥ずかしげもなく紡いでいく。
「め、めげないわね、こいつ……」
流石にその返しは予想していなかったのか、猫娘は気圧されたように半歩後退る。そんな猫娘の気を惹こうと、正臣はさらに何かしらの口説き文句を口にしようとする。
「その辺にしとけ、紀田」
だが、正臣がさらなる軽口で場を混沌と乱そうとするのを防ぐかのように、ニット帽を被った男——
「嬢ちゃんたちがマジで戸惑ってんぞ。口説くんなら、またの機会にしとけ」
「……そうっすね。じゃ、また今度ということで!」
門田が注意すると正臣はあっさりと引き下がる。
「狩沢、遊馬崎、お前らもだ。頼むから初対面の相手に二次元の話から入るのはやめてくれ。会話にならねぇぞ」
「ええ~!?」
「ちぇっ、わかったすよ」
彼は狩沢や遊馬崎たちにも会話のチョイスに関して軽く注意を入れる。不満げな声を洩らしつつも、彼らも門田の言葉に大人しく従う。
どうやら、この門田という男が彼らの中で一番の年長者のようだ。彼と接する際の正臣たちには親しみの中に、一定の敬意が感じられた。
「ええと、犬山と猫田でいいのか?」
「は、はい!」
門田はまなたちにも遠慮なく声を掛けてくる。堂々とした門田の風格に、やや緊張した面持ちでまなが返事をする。
「ふっ、そう固くなんな。池袋観光に来たんなら、渡草に車まわさせっけど、どうするよ?」
緊張するまなに笑みを向けながら、門田はそのような提案をしてきた。
正臣のようなナンパではなく、「ついでだから乗って行け」といった感じで、車の運転手である渡草の方に目を向ける。
渡草も門田の意図を察したのか。何一つ文句を言わず、車を出すよう準備を進める。
「えっ? い、いや! 悪いですよ、そんなの!?」
まなは門田とは初対面ということもあり、彼の誘いに遠慮するように首を振る。
「そうか? まあ、確かに余計なお節介だったかもしれん。なんか悪いな……」
まなが断わると、門田は気を悪くした様子もなくあっさりと引き下がる。それどころか、変に気を回した自分の迂闊さに軽く謝罪を口にするほどの気の使いよう。基本的にいい人なのだろう。
「い、いえそんな! すごく有難い申し出です。けど……」
まなもまなで、相手に謝らせてしまったという気持ちから、どうにか言葉を振り絞り、車を出してもらうまでもない理由をそれとなく口にする。
「別に行きたいところがあるわけじゃないんです。……ただ、ちょっと、会いたい人がいるといいますか、その……」
「……なんだそりゃ?」
まなが言い淀む姿に門田が苦笑する。
まなは彼らにも、自分が池袋に来た理由を話すべきかどうか暫し考え込んだ。
彼らが池袋の住人であるのなら、首無しライダーに関しての話が聞けるかもしれない。そういった期待もあり、彼女は意を決し、自身の目的について門田たちに伝える。
「…………」
「…………」
笑われるかもと思ったまなだったが、意外にも真剣な表情で門田や正臣は彼女の話に耳を傾けてくれる。
若干空気が張り詰めるように緊張感が漂うも、その空気を緩和するよう、狩沢と遊馬崎の二人が和気あいあいとその話題に首を突っ込ませる。
「へぇ~、首無しライダーに会いに来たんだ! まなちゃん、ひょっとしてアレかな? オカルトマニアかなんか?」
「いやいや、なかなかいい目のつけどころしてるっすよ。結構そっち側の素質あるかもっすよ、犬山さん!」
「そ、そうですか?」
いったい何を褒められているのかは分からないが、不思議と嬉しい気持ちに照れ臭そうな笑みを浮かべるまな。
だが年長者の門田はニコリともせず、まなに説教くさい口調で語り掛けてくる。
「首無しライダーに会ってどうしようってんだ? ……言っとくが、『アレ』は本物だぜ。好奇心や冷やかし気分に半端な覚悟で触れようもんなら、人生観変わっちまうぞ?」
その言い様から、門田もあの首無しライダーを本物と確信しているのだろう。もしかしたら、彼はあのヘルメットの『素顔』を見たことがあるのかもしれない。厳しい口調でまなの軽はずみな行動を戒める。
「い、いえ違うんです!! 冷やかしとか、遊び気分とか……そんな軽い気持ちじゃなくて——」
カナは門田の忠告に思わず声を大きくして反論する。猫娘に聞かれた『首無しライダーに会いたい理由』を彼らにも話し、自分が決して軽い気持ちではないことを分かってもらおうと、口を開きかける。
だが、そんなまなの言い分に被せるかのように——
「——ずいぶんと面白い話をしているじゃないか」
「……?」
爽やかな男の声が響いてきた。
まなが声のした方を振り返ると——そこには整った顔立ちの男が静かに佇んでいる。
「首無しライダーがどうしたって? 俺も話に混ぜてくれると嬉しいな」
「……どなたですか?」
いきなり話に割り込んできたその男に対し、まなはほとんど反射的に問いかける。
すると男は何が嬉しいのか、満面の笑みを浮かべながら、自身の名前を堂々と名乗った。
「初めまして、俺は
×
「臨也……」
「い、イザヤ、さん……」
折原臨也と名乗った男の登場に、池袋の住人である面々がそれぞれ複雑な顔色を浮かべる。
門田はいかにもめんどくさそうにこめかみを抑え、あれほど軽口を叩いていた正臣が緊張した面持ちで表情を引き攣らせている。
「あれ、イザイザじゃん」
「どもっす」
「…………」
狩沢と遊馬崎には特に変化は見受けられないが、若干、臨也という男と距離感を取っているように思える。渡草にいたっては極力目を合わせまいと、視線をよそに向けていた。
「……皆さんのお知り合いですか?」
友達とも、ただの顔見知りとも呼べぬような微妙な反応に、まなは不思議そうに尋ねる。
「ああ……気にすんな。ただの通行人だと思ってくれ」
門田は彼女の質問に曖昧に暈す。臨也という男のことを紹介するつもりもないのか、まなに彼の存在を無視するよう言い聞かせる。
すると、臨也は肩を竦め、わざとらしく大きな声で不満を漏らす。
「酷いな、ドタチン。人を風景みたいに紹介しないでよ……心が傷ついてトラウマになっちゃうじゃないか」
「ドタチン言うなや」
ドタチン、というのは門田のニックネームなのだろう。その呼び名に嫌そうな顔をしながら、門田は臨也に向き直る。
「わざわざ池袋まで何のようだ? 静雄のやつに見つかっても知らねぇぞ?」
「大丈夫だって! 西口の方にはシズちゃんも滅多に来ないから!」
まなの知らない人物の名前を口にしながら門田と臨也は言葉を交わしている。そのまま、既知の者同士の会話に入るかと思い、まなは大人しく口を閉じる。
しかし——折原臨也と名乗った男はまなに鋭い眼光を向け、口元を吊り上げた。
「——!?」
瞬間——まなの背筋に悪寒が走る。
彼の視線が、まるでまなの存在、その人間性、価値観などといった全てを値踏みするかのように、まなの足先から頭の天辺までを舐め回すかのように見つめる。
その視線にいやらしいものは感じられなかったが、何故かまなは鳥肌が立ち、顔色が蒼白になる。
「ちょっと、大丈夫まな!?」
顔色を変えるまなを心配し、猫娘が彼女の肩に手を置く。猫娘は男の視線に何も感じていない——というより、臨也はまるで、猫娘の存在を無視するかのように彼女の方には目もくれない。
臨也の興味の対象は完全に、まなという人間にのみ向けられている。
「あっ、臨也さん! ち、違うんすよ! この子はただの通りすがりで……」
その視線に正臣は気がついたのか、まなを庇うかのように一歩前に出る。まなのことをただの通行人と称し、必死に臨也の興味から逸らそうとする。
だがその努力も虚しく、臨也はまなに声を掛ける。
「君——犬山まな……だよね?」
「…………えっ? ど、どうして、わたしの名前を……!?」
初対面の相手に名前を言い当てられ、まなは困惑する。どこかで会ったことがあるのだろうかと、慌てて自身の記憶を掘り起こす。
すると、臨也は呆れたようにククっと笑い声を漏らした。
「おいおい、無用心だな。君はもう少し……自分の顔と名前が世間に知られていることを自覚した方がいいよ」
「えっ!?」
臨也の言葉にますます混乱するまな。
そんな彼女に向かって、臨也は手持ちのスマホで何かを操作しながら言葉を紡ぐ。
「でも世間て冷たいよね。あれだけ大騒ぎしてたってのに、すぐに君のことを忘れてしまうんだから……ほら」
世相に対する愚痴を溢しながら、自身のスマートフォンの画面をまなに見せつける。
画面上には編集された一本の動画が表示されていた。
そこにはまなと猫娘、そして血だらけで倒れ伏すもう一人の女性の姿が映し出されている。
まなが——右手から黄金の光を放ち、猫娘の胴体を貫いている動画がリプレイで再生されていた。
「——っ!!」
「——なっ、何よ……これ……」
まなは息を呑み、その動画を初めて目の当たりにするのか猫娘が驚きの声を上げる。
驚愕する二人に臨也はさらに笑みを深め、平然と言ってのける。
「そう、犬山まな。君が——そこの化け物を退治する様を映した動画だよ。綺麗に撮れてるよね、アハハ!」
その動画は捏造などではない。数ヶ月前——本当にあった出来事を監視カメラが捉えた映像だ。
かつて——『名無し』と呼ばれた闇があった。
かの者は全てを憎み、全てを虚無に引きずり込む為、数百年に渡り人の世を暗躍していた。
かの者は計画の一環として『人間と妖怪の対立を起こす』ことを目的にこの動画を拡散し、世論を煽動しようとした。
犬山まなという人間の少女が、化け物である猫娘を魂ごと消滅させる動画だ。
この動画に人間は「自分たちにも妖怪を倒すことができる」と戦意を高揚させ、逆に妖怪たちは「人間にも自分たちを殺す術を持つ者がいる」と、危機感を募らせたのである。
それにより、人間と妖怪は対立しかけ、危うく全面戦争に発展しかけるところだった。
結果を言えば、人間と妖怪の激突は起こらず、どうにか最悪な事態を避けることができた。
しかし、その為に利用された動画は事件の後も多くの人々が視聴し、犬山まなという少女の存在を広く世間に認知させることとなったのである。
「あれから数ヶ月経って『この動画は捏造である』てことで事態は沈静下したよ。九十九屋とか事情の知るハッカーたちも、こぞってこの動画を消してまわったみたいで、拡散したやつも含めてネット上にもうほとんど残っちゃいない……まったく、あいつも余計なことするよ」
動画を見せられて戸惑うまなたちにも構わず、臨也はペラペラと一人でお喋りを続けていく。
事件の直後、マスコミなどがその動画の真偽を確かめようとまなをつけ回し、アレコレと質問攻めにしてきた時期があった。猫娘の件もあり、まなは酷いノイローゼになりかけたのだが——どうやら彼女が知らないところでこの問題を解決させたものがいるらしい。
それにより、まなもその動画の存在を忘れ、ただの女子中学生としての日常を取り戻すことができた。
「……っ!」
だが——まな自身の犯した罪が消えてなくなるわけではない。
猫娘を魂ごと消滅させてしまったという罪悪感。その動画はまなのトラウマを否が応でも思い出させる。
「俺もたまたまこの動画を見つけて君に興味を持った口でね。情報屋として色々調べさせてもらったんだ。……といっても、流石に調布まで会いに行き気にはならなかったけど。でも、まさか池袋に来てくれるとは、いや~俺も運が良いね!」
押し黙るまなたちを無視し、さらに臨也は一方的に捲し立てる。有名人に会えたみたいなテンションで笑顔を浮かべる臨也だったが——不意に『それまでとは全く別種の笑顔』をまなに向けながら彼は問い掛ける。
「それでだ。この動画を踏まえた上で……君に聞きたいことがあるんだけど」
「な、なんで、すか……」
まなは臨也の『笑顔』を前に、息が詰まる気持ちで辛うじて口を開く。
笑顔というものに様々な種類があることはまなも知っていた。だが、目の前の男が浮かべている笑顔は、まなが今までに見たこともない笑顔だった。笑顔を一つで、ここまで人の不安を掻き立てることができるのかと、そのような疑問を抱くほど。
彼は本当に人間なのか? そんな疑問すら浮かぶような笑顔を崩さぬまま、臨也は平然と口にする。
その質問が、さらに犬山まなという少女の傷口を抉ることを知りながら——。
「——大切な人を殺してしまったとき、君はどんな気分だった?」
「————————えっ?」
衝撃的すぎる問い掛けに、咄嗟に返事が出来ずに硬直するまな。
「ちょっ、と! アンタ!?」
「……?」
猫娘は無遠慮なその質問に激怒し、他の面々は臨也が何を言っているのか、いまいち把握しきれず疑問符を浮かべる。
しかし、周囲の反応の全てを放置し、臨也は一方的に——いっそ暴力的に吐き捨てる。
「大切な人を誤って殺してしまったら……そりゃあ悲しいよね。それは理解できるよ、人間として。けど……君が殺したその化け物は、今も君の横を一緒に歩いてる。どういった手段で蘇ったのかは知らないけど、そんな相手と一緒に歩くってどんな気分だい? 単純に戻ってきて、嬉しいって思うのか? それとも、本当は罪悪感に苛まれてるのを必死に隠して笑顔を浮かべてるのか? あるいは……自分の犯した罪ごと、そんな事実はなかったと記憶から忘却しているのかな?」
「や、やめて……ください……」
臨也の口から吐き出される言葉の数々にまなは声を震わす。しかし、怯えるまなに構わず、彼は一切の淀みなく言葉を吐き出し続ける。
「聞かせて欲しいな。こういったケースは稀だから、是非とも参考にさせてもらいたいんだ。どんな答えであれ——俺は君の意思を尊重し、その全てを受け入れるよ」
「い、いや………」
最後の言葉だけを聞けば慈愛がこもっているように思えるが、まなは安心感など微塵も抱けない。臨也によって過去のトラウマを掘り返えされた罪悪感に怯え、そして臨也という人間そのものに彼女は恐怖を抱く。
その瞳から涙さえ滲み出すまな。そんな彼女を前に——
「——いい加減にしなさいよね!!」
「猫……姉さん」
友人である猫娘が当然のように怒りを露わにする。彼女は臨也の胸倉を掴み、強制的に彼を黙らせた。
「ああ……なんだ、いたの」
臨也は白けたような視線を猫娘に向ける。胸ぐらを掴まれている中、彼の表情に笑顔はない。その代わり恐怖や怯えといった感情も見られない。臨也は明確な侮蔑、嫌悪の感情を瞳に写し、猫娘を見下している。
「君……猫娘だっけ? ゲゲゲの鬼太郎の仲間の」
「!!」
臨也の言葉に猫娘が驚く。先ほどから彼女を『化け物』と呼んでいることから、猫娘が妖怪であることも把握しているのだろう。
「君たちの噂は俺がガキの頃から、まことしやかに囁かれてたよ。それこそ『都市伝説』のようにね」
淡々と知っている情報を語る臨也。だが、次の瞬間——彼は挑発的な笑みを浮かべ、敵意満々に猫娘に吐き捨てる。
「けど……最近の君たちは、ちょっと人間の世界に関わり過ぎじゃないかな? 妖怪なら妖怪らしく、ゲゲゲの森ってとこに大人しく引っ込んでてよ。人間の問題にいちいち首なんか突っ込んでないでさ」
「そんなの……アンタに関係ないじゃない」
確かに、昔に比べて鬼太郎も猫娘もここ最近は人間社会の問題、妖怪絡み限定とはいえよく首を突っ込むようになった。これも人間の友人である、まなの影響かもしれない。
しかし、少なくともお前には関係ないだろと、猫娘は臨也に強気に言い返す。
「とんでもない! 関係大ありさ!」
すると、臨也は心外だとばかりに声を張り上げ、猫娘に向かって己の主張を声高に叫ぶ。
「——俺は人間が好きだ。一部の例外を除いて、この世の全ての人間を愛してる」
「……はっ? あ、愛? 全ての人間?」
その主張は常人には理解し難く、妖怪である猫娘も困惑させる。だが臨也は気にもとめない。
「そう愛だよ。どんなに愚かな選択を取ろうと、どんなに醜い欲望であろうと、俺はその人間の全てを受け入れて愛することができる。当然、人間が作り出したこの醜くも愚かで愛おしい、人間社会そのものも愛してる。けど……俺が愛することができるのは人間だけだ。君たちのような化け物を愛せるほど、物好きでも、酔狂でもない」
臨也の言葉は眼前の猫娘一人にではなく、全ての妖怪、人ならざる化け物たちに明確な敵意、悪意を持って紡がれていた。そして——
「だからさ——あんまり人間の世界にしゃしゃり出てくるんじゃないよ、化け物風情が」
「——っ!!」
臨也の台詞に、ついに猫娘は自分を抑えることができなくなってしまう。彼の言葉に苛立ったのも事実だが、それ以上にこの男の存在そのものに危機感を抱く。
彼女は公衆の面前で化け猫の表情となり、自らの爪を威嚇するように伸ばして臨也の首筋に突きつけてしまう。
「うおっ、な、なんだっ!?」
「つ、爪っ!? あの人、襲われてるの!?」
その光景は傍から見ると『無防備な一般人を襲う爪を伸ばした化け物』という解釈にしかとれない。事情の知らぬ通行人が悲鳴を上げ、猫娘から逃げるように離れていく。
「すごっ! カッコいい!! アイアンクロー……いや、ベアクローだっけ!?」
「違うっすよ、狩沢さん! ウルヴァリンすよ、ウルヴァリン!!」
約二名ほど、何故か無邪気に喜んでいる輩もいるが。
「ふ~ん」
しかし当の本人、爪を突きつけられている臨也はケロリとしており、彼はしてやったりという笑みを浮かべながら猫娘に言い放つ。
「そうやって勢いのまま激昂して、君は犬山まなの母親——純子さんを傷つけたってわけだ」
「!!」
その指摘に、今度は猫娘がショックを受ける番だった。
先ほどの動画に映し出されていた血だらけで倒れる女性。彼女は犬山まなの母親・犬山純子である。
彼女は名無しの策略に利用され、その身を妖怪化されて猫娘を襲うように洗脳されてしまった。
そうとは知らず、襲い掛かる敵として純子を返り討ちにしてしまった猫娘。我に返ったときには手遅れ、そこには血だらけで倒れる犬山純子の姿があった。
幸い、彼女はなんとか一命を取り留めたものの、一度は危ないところまでいったという。猫娘はそのときのことを悔やんでおり、その苦い記憶が臨也の指摘によって思い起こされる。
「まったく、ほんとに短絡的で暴力的だよ。そうやって何でもかんでも、力で解決しようとしたがるんだから、君たち化け物は」
「くっ……」
そういった後ろめたさもあり、猫娘は臨也の言葉に反論することができなかった。
爪を突きつけてイニシアチブを取っているのは猫娘の筈なのに、何故か彼女の方が気圧されびっしりと額から汗を流す。一方の臨也は平然と涼し気な笑みを浮かべる。
そうやって、互いに膠着状態のまま暫し睨み合うこと数秒――。
「そこまでにしとけ、お前ら……」
その膠着状態を終わらせるべく、それまで沈黙を貫いていた門田が二人の間に割って入る。
門田は横合いから猫娘の手を掴んで爪を降ろさせる。さりとて、臨也の味方をするわけでもなく、彼に向かってやれやれと溜息を吐く。
「臨也よ、俺には事情がサッパリ呑み込めねぇ。だが、いい歳した大人が女子供を言葉責めにしてる姿なんざ、見ていてあんまり気持ちのいいもんじゃねぇぞ?」
明らかに人間離れしていた猫娘のことも含め、女子供相手に大人げないと臨也に説教する門田。彼の言い分に臨也は気を悪くした様子もなく、寧ろ嬉しそうに笑う。
「いいね、ドタチン。そういう漢気のあるとこ。人によっては古臭いと感じるかもしれないけど、俺は大好きだよ」
「お前は人間なら誰でもいいんだろが……」
まったく反省した様子のない臨也に、門田はさらに言葉を重ねる。
「お前な……そうやって、誰これ構わずちょっかいかけてっと、いつか痛い目に————」
諦めの嘆息を交えながらの、門田から臨也への忠告。しかし、その忠告が最後まで口に出されることはなく。
臨也の身体は——どこからか飛んできたコンビニエンスストアのゴミ箱に直撃し、吹っ飛ばされる。
「がっ!?」
余裕綽々だった臨也の口から苦悶の声が上がり、彼はその場に倒れ伏した。
「……言わんこっちゃない」
門田は倒れた臨也を助け起こそうとはしなかった。所詮は自業自得と気遣いの声も掛けることなく、彼はゴミ箱の飛んできた方角へと目を向ける。
「いーざーやーくん」
「……静雄」
やっぱりというべきか、そこには門田のよく知る人物が立っていた。
金髪にバーテン服にサングラスという、特徴的な服装が目立つ長身の男。男は顔に血管を浮かべており、目の奥に怒りを滾らせながら、倒れた臨也を睨みつける
彼の登場に正臣も狩沢も遊馬埼も渡草も「あちゃ~」という顔になり、ささっと、さりげなく臨也から距離を置く。
「……よお、門田。ちょっと下がってろ」
静雄と呼ばれた男は門田の存在に気づいたのか。視線を臨也から逸らすことなく、門田に言葉だけで注意を促した。
「——今から、そこのノミ蟲をプチッとぶち殺すからよ」
×
「……えっ、ご、ゴミ箱? な、なんで……ゴミ箱?」
「なんなのよ、次から次へと!」
まなと猫娘の二人は状況の変化について行けず、揃って戸惑いを口にする。
彼女たち二人は折原臨也という男の発言に、心の中の傷口を抉られ落ち込んでいた。だが、そんな傷心を吹き飛ばすかのような勢いで、コンビニエンスストアのゴミ箱が飛来し、調子こいていた臨也の身体をぶっ飛ばす。
倒れ伏す臨也はよろめきながらも立ち上がり、突如現れた『金髪のバーテンダー』に対し、苦々しい表情を浮かべる。
「シズちゃん……」
「……その呼び方止めろって言ってんだろ? 俺には平和島静雄って名前があんだよ」
シズちゃんと呼ばれた男・
「————えっ?」
「————はっ?」
まなと猫娘の声が見事にハモる。平和島静雄という男の取った常識外れの行動に。彼が片手で、まったく力を入れた様子もない動作で、まるで地面に突き刺しておいたシャベルを引っこ抜くかのように。
地面にがっちりと埋められていた——道路標識を担ぎ上げたのだ。
静雄はそのまま、それを棒切れのように片手で扱いながら臨也と対峙する。
向かい合う臨也、彼はやれやれと呆れた様子で肩を竦める。
「勘弁してよ、シズちゃん? 君が片手で担いでるそれ、何キロあると思ってんの?」
「……」
「さっきのゴミ箱だってそうだよ。中がぎっちり詰まってて、すごく痛かったんだよ?」
「……」
「そんなもん平然とポンポン投げて、後片付けする店員さんたちの気持ちも考えてあげなよ」
「……」
臨也がペラペラと喋る一方、静雄は何も語らない。
静雄はさらにその全身から怒気を滾らせ、呪い殺すかのような眼力を臨也へと向ける。
「まったく……お互い大人なんだから。もっと常識の範囲内で行動しようよ……ね?」
トドメとばかりに臨也の口から吐き捨てられる言葉。最後の台詞に対し、静雄は明確な返事を口にしていた。
「常識的に言えばよぉー。これで殴りゃ手前は死ぬよな? だから……」
手にした道路標識を躊躇なく振り上げながら――。
「大人しく死ねや……イザヤァアアアア!!」
登場人物紹介
門田京平
通称『ワゴン組』のリーダー格。
面倒見がよく、サイモンに並ぶ池袋の良心的な人。
ただ、辻斬りを車で撥ねさせたりと、やるときはわりと過激。
狩沢絵理華
オタクその1。
百合もBLもどっちもイケるという上級者。趣味コスプレ。可愛い。
遊馬埼ウォーカー
オタクその2。
三次元を捨て、二次元に生きる男。炎を使い。
渡草三郎
運転手の人。
おそらくですが、リアルで怒らされた一番ヤバい人です。
煽り運転なんてして、この人の車に傷つけた日にはもう……
折原臨也
妖怪よりも質の悪い人間その1。
人間を愛し、化物を嫌っている。
コイツの性格の悪さはとある敵キャラを描く上で色々と参考にさせてもらっています。
平和島静雄
妖怪よりも質の悪い人間その2。
下手な化け物なら余裕で殴り殺せる『池袋最強』の男。
普段は優しい話しやすい人なのですが、一度キレると、もう手がつけられない。
九十九屋真一
アニメでは未登場。というより、原作にもほとんど名前しか出てこない。
凄腕のハッカーということ以外、ほとんど何も判明していない謎の人。
次回こそ、次回こそは主役の『彼女』を本格的に登場させたい!!