ゲゲゲの鬼太郎 クロスオーバー集   作:SAMUSAMU

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前回の補足説明
 前回の話の中で、猫娘に人間の偽名として『猫田』と名乗らせましたが、これは作者のオリジナルではありません。
 ゲゲゲの鬼太郎の小説『青の刻』のお話の中で猫娘が名乗った偽名をそのまま使わせてもらっています。
 今後も本シリーズで猫娘が偽名を名乗る際は『猫田』で統一していきたいと思いますので、どうかよろしくお願いします。
 


デュラララ!! 其の③

「はぁ、はぁ……大丈夫、まな?」

「は、はい。大丈夫です……猫姉さん」

 

 池袋の路地裏へと、猫娘とまなの二人が息を切らし駆け込んでくる。相当慌てていたのだろう、無我夢中で走って来たため、ここが池袋のどの辺りになるかも分からない。

 周辺にも誰もおらず、道もかなり入り組んだ構造になっていた。

 勿論、スマホで位置情報を調べればすぐに分かることだが、今の二人にそんなことを調べている心の余裕すらない。

 

「な、なんだったのよ……あいつら」

 

 猫娘は何とか呼吸を整え、今しがた遭遇した人間たちのこと思い返していた。

 

 

 

 

 池袋という街で、猫娘とまなは様々な人々と出会う。高校生の紀田正臣にナンパされ、狩沢と遊馬崎の男女二人組からよく分からない言葉を聞かされたり。

 そんな中——彼女たちは折原臨也という男と遭遇し、過去のトラウマを抉られ、心を深く傷つけられた。

 それぞれが抱える過去の罪。それを思い起こされ、猫娘とまなは臨也からいいように罵られる。

 

 だが——そこに割り込んできた平和島静雄という男の登場により、事態はとんでもない方向に転がっていく。

 

 金髪のバーテンダーという特徴的な見た目のその男は——なんと道路標識を片手で担ぎ上げ、それを臨也相手に躊躇なく振り下ろしたのだ。

 普通の人間ではあり得ぬ怪力、そんなもので殴られれば人間の肉体などただでは済まない。

 

 しかし——臨也という男もまた只者ではなかった。

 

 彼はギリギリながらも静雄の攻撃を躱し、懐に忍ばせていた投げナイフで反撃したのである。鋭く投擲されたナイフは静雄の衣服や皮膚を切り裂き、彼の身体から血を流させる。

 もっとも、その程度で静雄は怯まない。さらに怒り狂うように彼は周辺のバイクや看板、果ては自動販売機やガードレールをひっぺがし、それを手当たり次第に臨也に向かって投げまくる。

 飛来するそれらを器用に避ける臨也。驚くべき身のこなしではあるが、それによる周囲の被害は甚大。臨也が逃げれば逃げるほど、物は壊され、人々が巻き込まれまいと必死に逃げ惑う。

 

「おい、お前ら!! ボケっとしてないでとっとと逃げろ!!」

 

 その光景に唖然としていた猫娘たちに、門田京平が叫ぶ。

 静雄と知り合いであるという彼にも、臨也と静雄の『殺し合い』を止めることはできないらしい。既に仲間たち共に立ち去る準備を済ませており、離れた場所に立っていた猫娘たちにも逃げるように言う。

 

「まな! 逃げるわよ!!」

「は、はい!!」

 

 門田の警告に我を取り戻した猫娘。彼女はまなの手を引き、急ぎその場を離れたのであった。

 

 

 

 

「まあ、ここまで来ればもう大丈夫でしょう……まな、立てる?」

「は、はい。なんとか……」

 

 あの喧騒から逃れ、彼女たちは何とか安全な場所まで逃れてきた。呼吸を整え、立ち直った猫娘は疲労で蹲るまなを助け起こそうと手を差し伸べる。

 まなも右手を差し出し、猫娘の手を掴もうとし——その瞬間、まなの脳裏にあの動画が思い起こされる。

 

 臨也から見せつけられた——右手から光を放ち、猫娘の胴体を貫く自分自身の映像。

 

「——っ!」

 

 猫娘を魂ごと消し去ってしまった罪の記憶が蘇り、まなの顔面が蒼白になる。

 

「……猫姉さん、わたし……」

「まなが気にすることじゃないわ」

 

 まなの表情から彼女が何を気にしているのか察し、猫娘がキッパリと断言する。

 

「あんな男の言うこと真に受けないで。わたしはこうしてちゃんと戻ってきたんだから……今はそれでいいじゃない」

 

 そう、確かにまなの手によって猫娘は肉体はおろか、魂すらも吹き飛ばされ消滅した。

 

 それもまた『名無し』の計略によるもの。まなの血筋を利用し、名無しは彼女に『五行』の力を植えつけた。あの映像はその力が暴発してしまったが故の悲劇である。まなに落ち度はないと猫娘は彼女を責めない。

 何より、猫娘は帰ってこれた。地上から消滅して地獄へと送られた彼女の魂を、鬼太郎が閻魔大王に頼んで元に戻してもらったのだ。

 その影響で一時期、猫娘は幼い子供の姿まで戻ったりしていたが——結果的に全て元通り、二人の顔に再び笑顔が戻ったのだ。

 

「寧ろ……謝るのはわたしの方よ。まなのお母さんを……わたしは傷つけてしまった」

 

 今度は猫娘がまなに頭を下げる。知らぬこととはいえ、猫娘はまなの母親・純子を傷つけた。彼女もその事実をずっと心の中で引きずっていたと言うのに、臨也という男に指摘され今更のように後悔を口にする。

 

「い、いえ!! 猫姉さんは悪くないです! お母さんだって、話せばちゃんとわかってくれます!!」

 

 猫娘の謝罪に今度はまなが必死に叫ぶ。猫娘は悪くないと、母親も事情を話せばきっと分かってくれるだろうと彼女を慰める。

 

「…………」

「…………」

 

 互いで互いに相手を庇い、自分で自分を責めるという状況に、二人の間から会話が途絶える。

 気まずい沈黙、どうにかこの重苦しい空気を払おうと、会話の糸口を探る両者であったが——

 

 

 二人が何かを言い出すその前に——馬の嘶きが彼女たちの耳に入ってくる。

 

 

「! ね、猫姉さん、今の!?」

「ま、まさか!!」

 

 まなは聞き覚えのあるその鳴き声に、猫娘に呼びかける。猫娘もその嘶きの異質さを感じたのか、音の聞こえてきた方角——上空へと目を向ける。

 

 

 彼女たちが見上げた先には——フルフェイスの黒バイク。俗に『首無しライダー』と呼ばれる都市伝説がいた。

 

 

 首無しライダーは何処から跳躍してきたのか、ビルの上から姿を現し、路地裏——つまり猫娘とまなのいる場所へと舞い降りて来たのだ。

 

「————!?」

 

 おそらく偶然だったのだろう。その場に人がいるとは思っておらず、着地した首無しライダーからは驚くような気配が伝わってくる。

 

「…………」

「…………」

 

 もっとも、驚いたのはまなたちも同じだ。彼女たちも咄嗟に言葉が出てこず、硬直したまま暫し首無しライダーと視線を交わし合う。

 

「————!!」

 

 やがて、何かを思い出したように首無しライダーは慌てて踵を返す。まなたちに背を向け、バイクがエンジン音と、獣の唸り声を鳴らしながらその場を立ち去ろうとした。

 

「——ま、待って!! 待ってください!!」

 

 だがそのとき——背中を向ける首無しライダーを呼び止める声が路地裏に響き渡る。

 

「わたし……わたしたち、貴方に会いに来たんです!! 首無しライダーさん!!」

 

 犬山まなである。

 もともと、彼女たちが池袋に来たのも首無しライダーに会うため。首無しライダーに会って『聞きたいこと』があったためである。

 まなはこの千載一遇のチャンスに、必死な形相で黒バイクを呼び止めていた。

 

 

 

×

 

 

 

 池袋・川越街道に建てられたとある高級マンション。無駄に広いその部屋のリビングで、男が一人寛いでいた。

 

 歳は二十代半ばほど、童顔には眼鏡と白衣というコーディネート。一見すると学者か医者というイメージをそのまま体現したような格好だが、部屋の中に特別な医療機器や複雑な研究設備などがあるわけでもなく、普通の居住空間である部屋の中で、男の存在はかなり浮いたものだった。

 男が一人で寛いでいると、そこへ「ガチャリ」と何者かの帰ってくるドアの音が響いてくる。

 

「お帰り、セルティ! 遅かったじゃないか? なかなか帰りが遅いから、君が例の白バイに捕まったんじゃないかと、僕は一日九回する思いで君の帰りを——」

 

 振り返りながらつらつらと軽口を叩く男だったが、彼の言葉は視線を向けた先で止まる。

 

 彼が振り返った先に——池袋の都市伝説・首無しライダーがいた。

 部屋の中で平然と佇む黒バイク・セルティと呼ばれた『彼女』は手にしたスマートフォンを操作し、画面上に文字列を並べる。

 

『ただいま、新羅』

「あ、う、うん。ただいまはいいんだけど……」

 

 スマホに打ち込まれた返事に戸惑い気味に答える新羅と呼ばれた男。

 しかし、彼はセルティの存在に驚いたわけでも、恐れ慄いたわけでもない。

 

「セルティ……その子たち、誰?」

 

 彼にとって首無しライダーなどいて当たり前の存在。新羅はセルティの後ろ、彼女に連れられて部屋の中に入って来た見慣れぬ彼女たちの存在に目を止めていた。

 

「は、初めまして……犬山まなです」

「……猫田よ」

 

 犬山まなに猫田と名乗る二人、まなはおどおどしながら新羅に挨拶し、猫田が警戒する様子でまなを庇うような位置に立っていた。

 

「ああ、うん。初めまして。私は岸谷新羅……セルティ?」

『実は……』

 

 訝しむ新羅にセルティは二人をこのマンション——自分たちの住居スペースへと連れてきた理由を語って聞かせる。

 

 

 

 黒バイクことセルティ。彼女は「自分に会いに来た」という少女の叫びに、思わず立ち止まっていた。

 

 しかし、その少女の願いに応えることなく、セルティはその場を立ち去るつもりでいた。

 

 見世物気分で自分という都市伝説に会いに来る輩などそう珍しくもないし、何より——セルティは現在追われている身の上である。

 追っ手を振り払うため、ビルの上からこんなところまで降りてきたのだが、それでも例の白バイクを振り払うことができず、サイレンは徐々に近づいてくる。

 その警告音にブルリと身を震わせながら、セルティは手早くスマホに文字列を打ち込んでいく。

 せめて一言くらい言い残してから立ち去ろうと、文字を打ち込んだ画面を少女に見せつける。

 

『済まない、今追われているんだ! また今度にしてくれないか!』

「——!」

 

 そのような形で返事が返ってくるとは思っていなかったのか、少女は一瞬驚くように目を見開く。

 だが次の瞬間、なんと少女はセルティの元までズンズンと歩み寄り、その手を掴み取ったのだ。

 

「こ、こっちです!」

「ちょ、ちょっとまな!?」

 

 まなと呼ばれた少女の大胆な行動に連れの女性も驚いているが、それにも構わず彼女はセルティを路地裏の奥、物置の影まで誘導する。

 そうこうしているうち、追いついてきた追手が路地裏の手前までやってきた。

 

「——よお、嬢ちゃんたち。ちょっと聞きてえんだが……」

「————————!」

 

 物陰に隠れながらも、セルティの身体は恐怖で震え上がる。その白バイ隊員——葛原金之助(くずはらきんのすけ)こそ、セルティを追いかけていた男。

 無灯火無免許運転を続けるセルティを検挙すべく池袋に配属された問題警官、国家権力の手先である。

 

 まあ、常識的に考えれば悪いのはライトもナンバープレートもつけずに街中を疾走するセルティの方だ。彼ら交通課に追われるだけの真っ当な理由、非は彼女の方にある。

 しかし、セルティにものっぴきならない理由がある。立場上、警察に捕まるわけにもいかず、彼女はいつも彼らから必死こいて逃げるしかないのである。

 

「こっちに化物……いや、怪しい黒バイクが逃げ込んで来なかったかい?」

 

 葛原金之助はあくまで警官として、その場にいた女の子たちにセルティの行方を尋ねる。

 

 ——化け物はお前だ!!

 

 彼の台詞に心中で毒づくセルティだが、その膝はガクガクと震えていた。

 すぐそこまで迫る脅威、見つかったらいったいどんなに遭わされるか。まさに『エイリアンの魔の手から隠れてやり過ごす人間の気持ち』に陥る、都市伝説の情けない姿がそこにあった。

 

「あっ、あっちです! あっちに逃げていきました!!」

 

 セルティを物陰に隠した少女は警官の質問に明後日の方向を指差しながら叫ぶ。どうやら自分を匿ってくれるらしい。

 彼女の行動に何故と疑問を浮かべながらも、セルティは息を潜め、白バイクが立ち去ってくれることを神に祈る。

 

「……そうかい」

 

 一瞬、少女の言葉に訝しむ様子を見せつつ、葛原金之助は彼女が指差した方角へとバイクを向ける。

 

「ご協力感謝します!!」

 

 警官として市民の協力に敬礼で感謝を示しつつ、見失ったセルティを追いかけるべくバイクを急ぎ走らせる。サイレンの音は徐々に遠ざかっていき、やがて聞こえなくなっていった。

 

『……ありがとう。でもどうして?』

 

 なんとか追っ手をやり過ごしたセルティは、自分を匿ってくれた少女にスマホの文章で礼を述べる。少女の隣を見れば連れの女性も彼女の行動力に驚き、呆れるようにため息を吐いていた。

 

「まな、あんたって子は……」

「ご、ごめんなさい。猫姉さん」

 

 まなという少女が猫姉さんという女性に謝っていた。警察に嘘をついてまで、怪しい不審者であるセルティを庇ったのだから無理もない。

 だが、申し訳なさそうに頭を下げながらも、まなはセルティを助けた理由を口にしていた。

 

「わたし、どうしてもこの人と話がしてみたくて……」

 

 

 

 

「……ふ~ん、それでマンションまで連れて来たってわけ? セルティは寛仁大度に心が広いな!!」

『まあ、助けてもらった手前、無下にも断りにくくてな』

 

 自分と話をしたい。そんなまなのささやかな望みを叶えるべく、最終的にセルティが彼女たちをマンションまで連れて来たという話の成り行き。その内容にそこまで驚いた様子もなく、マンションの同居人である男——岸谷新羅(きしたにしんら)はセルティの懐の広さを褒め称える。

 

 岸谷新羅は普通の人間であるが——首無しライダーこと、セルティの彼氏でもある。

 

 基本、セルティにベタ惚れである新羅が彼女の行動を否定したり責めたりはしない。セルティが連れて来た客人である以上、全てをウェルカムで迎え入れ来客に応じる。

 

「改めまして……ようこそ!! お茶でも飲むかい? それともジュースのほうがいいかな?」

「あ、は、はい。お構いなく……」

「…………」

 

 その歓迎っぷりに、無理をしてお邪魔させてもらっている立場上まなが萎縮し、猫田が尚更警戒心を高めて周囲に気を配る。

 期せずして訪れた『首無しライダーとの会合』に、まなはなかなか会話のきっかけを掴めずにいた。

 

 

 

×

 

 

 

『さて——』

 

 まなと猫田がリビングのソファーに腰を降ろし、多少落ち着けるよう間を開けてから、セルティは彼女たちに声を掛ける。

 勿論、声を掛けると言っても彼女は言葉を発しない。セルティは自前のパソコンに文字列を表示させ、それで会話の受け答えを行うのだ。

 

『改めて自己紹介をしよう。私はセルティ・ストゥルルソン。……黒バイクや首無しライダーの方が通りが早いかもしれないね』

「え、ええと……セルティ・ストゥル…………セルティさん、ですか?」

 

 セルティの長いフルネームを一度で覚えることができず、とりあえずセルティとまなは首無しライダーを名前で呼ぶ。

 

「あのセルティさん。噂では、貴方には首がないと言われますけど……」

 

 さっそくと言うべきか、やはりと言うべきか。まなはセルティに首の有無について尋ねてくる。自分と初めて会話を行う者の大半が真っ先にその疑問を抱くため、すでにその問い掛けには慣れっこのセルティ。

 

『ああ、ないよ——ほら』

 

 だからセルティもまどろっこしい真似はしない。手っ取り早く相手に真実を理解してもらうため、あっさりとヘルメットを取って素顔を晒す。

 晒された頭部には当然のように顔がなく、漆黒の影のようなものが滲み出る、首の断面だけがそこに存在している。

 そんな異常な光景、普通の人間であれば悲鳴くらい上げていただろう。肝の小さな相手ならショックで気を失っていたかもしれない。

 

「——っ!!」

「…………!」

 

 だがまなと猫田は違った。驚いてはいたものの、首がないこと自体にそこまで動揺の気配がなく。軽く息を飲む程度で実に落ち着いた態度を維持している。

 

「セルティも大胆になってきたね! ……それにしても、犬山さんも猫田さんも落ち着いてる。こういうの、ひょっとして初めてじゃないのかな?」

 

 遠慮なく正体を晒すセルティの開き直りっぷりに、寧ろ新羅の方が驚きを口にし、対面する少女たちの反応の薄さに僅かに違和感を抱く。

 

『……やっぱりな』

 

 実のところ、セルティ自身が彼女たちの反応の薄さをある程度予想していた。何故かというと——

 

『そっちのリボンの子』

「……なによ」

 

 セルティは未だに剣呑な空気を纏う猫田の方を指しながら、確信めいたタイピングで文字列を表示する。

 

『君は、私と同じ『怪異』の類だろ?』

「っ、よくわかったわね!」

 

 その指摘に、先ほどよりも驚いた様子で猫田——猫娘は自分がセルティの同類、妖怪や怪異の類であることを肯定する。

 余談だが、セルティには自分と同類のものを感じ取る知覚のようなものが存在する。それにより、彼女は猫娘の気配が人間のものではないことを見抜き、彼女たちがそういった存在に慣れっこであることを予想したのだ。

 

「そうよ、わたしは猫娘。ゲゲゲの森の妖怪……で? そういうアンタは……どこの何者なわけ?」

 

 猫娘はセルティの指摘に対し、開き直って聞き返す。猫娘の問いに暫し悩んだ末、セルティは正直に答える。

 

 

『わたしはアイルランド出身——俗にデュラハンと呼ばれる存在だ』

 

 

 そう、彼女はセルティ・ストゥルルソン。人間でも、日本妖怪でもない。ヨーロッパの伝承において、首無しの騎士として恐れられる妖精の一種——『デュラハン』である。

 

 切り落とした己の首を脇に抱え、コシュタ・バワーと呼ばれる首無しの馬を駆り、夜な夜な死期の近い者の家を訪れては死者から魂を引き剥がす『弔問者』。欧州などでは、不吉の使者の代表としてバンシーなどと肩を並べて語られる存在だ。

 当然日本の、それもこんな大都市のど真ん中をバイクで走り回りような怪異ではない。

 

「アイルランドって……まさかアンタ西洋妖怪!? バックベアードの仲間!?」

 

 その不自然さ、そしてアイルランド出身ということもあり、猫娘はセルティを西洋妖怪——自分たち日本妖怪の敵・バックベアード軍団の一員ではないかと疑いの目を向ける。

 鬼太郎が去年バックベアードを討ち取ったといえ、軍団そのものはまだ残っている。猫娘が西洋の怪異であるセルティ相手に警戒心を強めるのは無理からぬことであった。

 

『バック、ベアード? 西洋妖怪……すまないが、よく分からないな』

 

 しかし、猫娘の発言に心当たりがないのか、セルティは困ったように首を捻る。

 

『わたしはここ二十年くらい、ずっと池袋で暮らしている。昔の記憶に関しても曖昧な部分が多い……色々と訳ありでね』

 

 自分はそのバックベアードとやらが日本に攻めてくる前から池袋に住んでいる。バックベアードを頂点とする軍団にも所属しておらず、関わりすら持っていない。

 とある理由から二十年、池袋を中心に活動している一介の『運び屋』に過ぎないとセルティは自嘲気味に肩を竦めた。

 

「二十年……ずっと、人間社会で……」

 

 セルティのその話に、人間の少女である犬山まなが何かを深く考え込む。

 

『……? そういえば、君はわたしに話があったんだったね』

 

 まなが思案に耽る様子に、ふとセルティが思い出す。彼女たちをわざわざこの家まで連れてきた理由が、元はと言えばこの少女の発言からであることを。

 

『——わたし、どうしてもこの人と話がしてみたくて……』

 

 だが緊張しているのか、まなは先ほどからずっと黙ってばかり。セルティも自分の身の上話しかしていないことを反省し、まなが話しやすいようそれとなく彼女に話題を振る。

 

「え、ええ~と、それは……その……」

 

 怪しい都市伝説を呼び止めたときの大胆さは何処へ行ったのか。まなは気まずそうな面持ちで、チラリと視線を隣の猫娘に向ける。

 

「……? どうしたのよ、まな。言いたいことがあるなら、遠慮なく言ってみなさい、ねっ?」

 

 その視線に猫娘も首を傾げる。彼女もまなが『緊張している』ことを察したのだろう。まながセルティに話しかけやすいよう場を取り持つ。

 

「…………は、はい!」

 

 猫娘に促され、まなはようやく重たい口を開く。

 彼女はセルティ——そして、彼女の隣に当然のように立つ新羅の二人を見据えながら、池袋の街に来たそもそもの理由。

『首無しライダーに聞きたいこと』を問いただしていた。緊張した素人レポーターのように、やや声を上擦らせながら。

 

 

 

「——セ、セルティさんは……人間と妖怪の共存に対して、いったい、どのような意見をお持ちでしょうか!?」

 

 

 

×

 

 

「……まさか、まながあんなことを考えていたなんてね……」

 

 夕暮れ、逢魔が刻。池袋での用事を済ませ、まなとも帰路を別れ、猫娘は一人ゲゲゲの森に戻って来た。

 

「人間との共存か……やっぱり難しい問題よね」

 

 今日一日、池袋で猫娘は様々な体験をしたが、やはり一番記憶に残っているのは最後の会合、首無しライダー・セルティとまなの会話であった。

『人間との共存』について真剣に問い掛けるまなに対して、二十年もの間、人間社会に溶け込んできたセルティの出した答え。

 それを聞きたいがために犬山まなは今日、池袋までわざわざ足を運び、猫娘にまで同行を頼んだという。

 

 もともと、犬山まなはそのテーマに対する答えを自分なりに模索しているようではあった。

 彼女は妖怪である鬼太郎や猫娘たちに好意を抱いており、できることならもっと人間と妖怪が仲良く暮らせるような世界になってくれないかと、神社に神頼みまでするほど。

 だが、先日に名無しが起こした事件の一端。オメガトークでの動画配信者を使っての、人間と妖怪の対立を煽る策略。それにより起こった人間と妖怪との摩擦、誤解によるすれ違い。人間による妖怪への弾圧なども目の当たりにした。

 

 あの事件の影響で猫娘もまなに「暫くの間、自分たちとは関わらない方がいい」とまで言ってしまった。

 まなも、あの事件を通して思い知ったのだろう。人間と妖怪の共存、それが口で言うほど簡単なことではないのだと。

 

 あれから大きな対立騒動が収まった後も、まなはことあるごとにそれらの問題について一人で考えていたらしい。そんな折、彼女はたまたま遊びに出掛けた池袋の街でセルティを——首無しライダーを目撃したと言う。

 

 都市伝説でありながら二十年、人々の間で噂され、その存在を確かなものとして街に刻み付けてきたセルティ・ストゥルルソン。

 彼女がデュラハンという、妖精の一種であることを知っている人間こそほとんどいないものの、あの街で暮らす人々は大なり小なりの差はあれど、誰もが彼女の存在を『認知』していた。

 それは今まで妖怪という存在をいないものとして扱ってきた一年前のまなや、妖怪を危険なものとして排除しようとした人間たちと、少し違ったふうにまなには見えていたらしい。

 

 首無しライダー自体も、まながこれまで関わってきた妖怪たちと少し違った立ち位置にいるように感じられた。

 人々を襲うでもなく、助けるでもなく——当たり前のようにそこに存在し、街の住人として池袋で生活している姿。

 

 極端な話を言ってしまえば、あれこそ犬山まなが夢見た『人間と妖怪の共存する世界』というやつの見本なのかもしれない。

 そう思ったからこそ、あそこまでまなは必死になってセルティを呼び止め、話をしてみたいと思ったのだろうと、なんとなくだが猫娘はそんなことを考える。

 

 

「一応、鬼太郎にも報告しておこうかしらね……」

 

 そういったまなの心情や、セルティと話した会話の内容など。今日一日の出来事をとりあえず鬼太郎に報告しておこうと、猫娘の足は自然と彼の家・ゲゲゲハウスへと向けられる。

 まなが忠告を聞かず首無しライダーと会っていたと知れば、また彼が呆れると思ったが、こればかりはきちんと話をしておいた方がいい。

 猫娘はいつものように、自然な動作で家の中に上がり込む。

 

「鬼太郎いる…………って、あれ?」

 

 しかし、家の中に肝心の鬼太郎の姿がなく、彼の父親である目玉おやじもいない。

 

「——おう、戻ったか、猫娘」

 

 家の中にいたのは——ゆったりと腰掛け、茶を啜る砂かけババア。

 

「——……けっ!」

 

 そして、何故か縛り上げられた状態で座らされている、ねずみ男の二人だけであった。

 

「………砂かけババア、鬼太郎は?」

 

 とりあえず、猫娘は縛られているねずみ男には一切触れず、砂かけババアに鬼太郎の行方を尋ねる。

 

「鬼太郎たちなら出払っておるよ。目玉おやじも一緒じゃ。子泣きも、一反木綿も、ぬりかべもじゃ。ちっとばかし野暮用でのう」

 

 鬼太郎を含む、男衆が全員出払っているという状況を砂かけババアは慌てた様子もなく答える。どうやら彼女は鬼太郎が何故留守なのか、その『野暮用』の内容もキチンと把握しているらしい。

 

「ふ~ん……ねぇ、その野暮用って……」

 

 猫娘も大体の事情を察し、絶対零度の視線をねずみ男へと注ぎながら問う。

 

「そこに転がってるドブネズミと、何か関係があるのかしら……ん?」

「チッ! ハイハイ、全てあっしが悪いんでございますよ!!」

 

 猫娘のねずみ男を見る視線が雄弁に語っていた。「どうせまた、コイツが何かしでかしたんでしょ?」と。猫娘の当たり前のように自分を責める口調に、ねずみ男もあっさりと認めた。

 自身が行った悪事、その不始末を片付けに鬼太郎たちが出掛けていることを——。

 

 今回、ねずみ男がやらかしたのは『妖怪の子供を人間に売り渡す』という、人身売買ならぬ、妖怪売買。妖怪の存在がある程度認知されるようになったことで発生した、新手のビジネスである。

 もともと、人間の世界では珍しい動物や珍獣が高値で取引されている。だが法律上、そういった動物は大抵ワシントン条約などのルールの下、売買が禁止され、厳重な取り締まりが行なわれている。

 そういった法の目をかいくぐって動物たちを売り買いすることは『密輸』となり、捕まるリスクを負う一方、確かな利益も発生していた。

 

 ねずみ男は——それを動物だけに止まらず、妖怪にまで発展させたのだ。

 妖怪たちの中でも取り分け大人しく、それでいて人間受けするような珍しい種類。それをペットと称し、それらを人間に売り渡し、あぶく銭を稼ごうとしたのだ。

 もっとも、その企みは鬼太郎にあっさりと露見し、こうして仲間たちによって手痛いお仕置きを受けることになった。

 

「——このっ!! ドブネズミっ!!」

 

 しかしそれでも足りぬと、話を聞き終えた猫娘が容赦ない追加制裁を加える。縛られた状態のねずみ男の顔面を容赦なく引っ掻き回す。

 

「ぎゃあっー!! いてぇ、痛いって!?」

 

 まさに泣きっ面に蜂。猫娘の爪にさらに痛めつけられ、ねずみ男は涙目になって地べたに転がり回る。

 

「どんだけ鬼太郎に迷惑かければ気が済むのよ!! 毎度毎度、アンタってやつは!!」

 

 猫娘の怒りは尚も収まらず、彼女は牙を剥き出しにねずみ男に詰め寄る。いつもいつも、ねずみ男がそんなんだから鬼太郎が彼の尻拭いをする羽目になることを、猫娘は毎回腹を立てている。

 今回の鬼太郎たちの不在も、言うなればその後始末だ。ネズミ男が売り払った妖怪の子供たちを取り戻しに、彼らは皆を引き連れていったのである。

 

「まったく!」

 

 猫娘はねずみ男を痛めつけるのもほどほどに、すぐに鬼太郎たちの後を追おうと外へ飛び出そうとした。彼が戦いの場に赴くのであれば、自分も当然ついていくと言わんばかりに。

 

「まあ待て、猫娘」

 

 だが、砂かけババアは実に余裕のある声で猫娘を呼び止める。

 

「相手はただの人間じゃ。今から行っても、どうせ駆けつける頃には終わっとるじゃろう」

 

 ねずみ男の商売相手は反社会的な集団・所謂ヤクザではあるものの、所詮はただの人間である。その程度の相手であれば鬼太郎一人でも十分に対応可能。わざわざ自分たちまで出ていく必要もないと、はやる猫娘を落ち着かせる。

 

「たまには男共だけに任せて、わしらはゆるりと待つとしよう。なに、すぐに戻ってくるじゃろう」

 

 そう言いながら、砂かけババアは猫娘の分の茶を淹れ、彼女にも待つように勧める。

 

「それは、そうかもしれないけど……」

 

 砂かけババアの言葉に理屈の上では同意する猫娘。しかし、理屈で分かっていても、心配な気持ちというものはやはり湧いてくるもの。

 猫娘は大人しく待つべきか、それとも今からでも鬼太郎の加勢に行くべきかその場にて考え込む。

 

「——へへへ、果たして、そう上手くいくかな?」

 

 すると、悩む猫娘の不安を煽るかのように、ねずみ男が不敵な笑みを浮かべる。縛られ、顔に引っかき傷をつけられた、さまにならない状態でありながらも、彼は自信満々に告げる。

 

「ガキどもを引き渡すときに、連中言ってたぜ。「密輸船までの輸送を凄腕の運び屋にやらせる」ってな……」

 

 品物を引き渡す際、ねずみ男は取引相手から聞いていた。商品——妖怪たちを海外へと密輸するまでの経路、その道中の運搬ルートに関して。

 どうやら彼らなりに、仲間の連中が取り返しに来ることを用心しているらしい。たとえ妖怪たちが襲撃してきても撃退できるよう、その界隈でもかなり名の知れた『運び屋』に今回の仕事を依頼したとのこと。

 鬼太郎たちが仲間を取り返すためには、その運び屋から奪い返さなければならない。

 果たして彼らに取り返せるかなと、ねずみ男はいやらしい笑みを浮かべ——その運び屋に関して自身が知りうる、とっておきの情報を公開する。

 

 その一言できっと猫娘も不安がるだろうと、謎の優越感を顔一杯に浮かべながら。

 

 

「なにせ相手は——首が無いって噂の首無しライダー様だ。いくら鬼太郎でも……そう簡単にはいかねぇぜ!!」

 

 

 

 

 

 

「——はっ? ……首が無いって、まさか……!」

 

 しかし、ねずみ男の口からもたらされた情報に、猫娘はどこか複雑な顔色を浮かべていた。

 

 

 

×

 

 

 

 ——……まいったなぁ~。

 

 セルティは心中でため息を吐きながら、夜間の公道を疾走する。

 彼女はゴルフバックほどの大きな荷物をバイクのサイドカーに括り付け、目的地である港へ向け、愛馬である黒バイク——シューターことコシュタ・バワーを走らせていた。

 

 デュラハンが乗るとされる首無しの馬『コシュタ・バワー』。本来であれば、それは『首無しの馬に繋がれた二輪の馬車』という形状をしているものだ。しかし、この大都会でそんなものを使えば目立ってしょうがない。

 

 それ故に、セルティは普段はシューターを通常の二輪バイクに『憑依』させ、街中を走らせている。

 

 シューターはデュラハンにとって使い魔のような存在。憑依させたものと一体化することで存在を維持しているらしい。馬の死骸に憑依すれば首無し馬車として、バイクに憑依すれば漆黒の二輪車と形を成すことができる。

 また、セルティ自身にも『質量を持った影を自在に操る』という能力が備わっている。その力とシューターを合わせることで、セルティは高層ビルの壁をバイクで駆け上ったり、影でサイドカーを取りつけたりと乗り物の形をある程度変化させることができる。

 

 ——はぁ~……しかし、本当にまいった。

 

 セルティはさらに深々と心の奥底からため息を吐きながら、今夜の仕事内容——自身が運ぶことになった『珍獣』とやらが入った荷物に目を向けていた。

 

 つい先ほどのことだ。セルティの元に、飛び込みで仕事の依頼が舞い込んできた。

 池袋で日常生活を送るセルティだが、当然ながら彼女には戸籍というものがない。住まいは恋人である新羅の家に同居させてもらっていることでなんとかなっているが、街の住人として暮らす上で必要なものがある。

 

 『金』だ。

 

 人間の社会で暮らしていく上で金銭というものはどうしても必要不可欠。しかし、働いて稼ごうにも、首の無い怪異であるセルティではできる仕事も限られてくる。また真っ当な履歴もないため、普通に就職しようにも書類審査の段階で落とされる。

 そういった事情もあり、最終的に彼女が辿り着いたのが『運び屋』という職業であった。

 

 物や人、依頼があればたいていのものは運び込む、ちょっと危ないお仕事。指定暴力団『粟楠会』などとも関わりを持っている関係上、犯罪的な事件に巻き込まれることも多々ある。

 セルティ自身はある程度仕事を選んでいるため、『大量の白い粉の運搬』や『物言わぬ死体の処理』などといった、あからさまにヤバい案件には関わってこなかった。

 しかし、今夜の仕事はどちらかというとグレーゾーン。法的には犯罪では無いものの、真っ当な倫理観からすれば、決して褒められるものではないものを運搬することになっている。

 

 ——……やっぱり、これ……妖怪とか、そっち関係の類……だよね?

 

 セルティが依頼主に渡されたゴルフバックほどの大きさの荷物。依頼主からは『ちょっと珍しい動物の子供』と聞かされていたが、漂ってくる気配は妖怪のそれである。

 中身を開けずとも、それが『生きた怪異の類』であると、セルティは気配でそれを理解していた。

 

 ——確かに犯罪にはならないけど……心情的には複雑だな~。

 

 依頼主が知っているかは分からないが、セルティも立派な怪異の一員。つまりこの仕事は、セルティと同類である化け物を人間に売り渡す、その片棒を担ぐ仕事というわけだ。

 

 ——はぁ~、まいった……普段なら断ってたんだけどな~。

 

 こういう気分の悪くなる仕事、普段のセルティなら断っていたかもしれない。しかし、ここ数日は例の白バイが池袋内を頻繁にパトロールしており、なかなか仕事にありつけないで金欠だった。

 その上、今夜の依頼主はお得意さんの紹介であり、無下に断ればその得意先の顔に泥を塗ることになる。

 セルティの仕事は信頼と実績で成り立っている。おいそれと簡単に断ることができないときだってある。

 

 ——……よりもよって、あんないい子とあんな話題で盛り上がった後にこんな仕事だなんて……。

 

 さらにセルティの良心に追い討ちをかけているのは、この仕事を受ける直前の出来事だった。

 

 今日の昼間に知り合った二人の女子。犬山まなと猫娘。そのうちの片方、人間の少女である犬山まなにセルティは真正面から質問を投げ掛けられた。

 セルティは——その時のまなの表情を細部まで思い返せる。

 

『——人間と妖怪の共存に対して、いったい、どのような意見をお持ちでしょうか!?』

 

 とても、真っすぐな瞳だった。

 首の無い恐ろしい怪異であるセルティに臆することなく、まなは真剣に意見を求めてきた。

 伝わってくる熱意から、セルティは彼女が本気で『人間と妖怪が一緒に暮らす世界』というものについて考えていることが分かった。まながセルティにその問いかけをしたのは、所謂一つのモデルケースとしてだろう。

 池袋の街で人間たちに混じって暮らす自分に、その可能性——未来を見たからかも知れない。

 

 まなのその問いかけに、セルティは『セルティなりの答え』を彼女に示した。

 

 果たして自分の答えにまながどんな気持ちを抱いたかまでは分からない。だが帰り際、まなは笑顔でセルティに礼を言った。

 

『——ありがとうございました。今日は……お会いできて、本当に良かったです!!』

 

 とても、眩しい笑顔だった。

 純粋で、ちょっぴり薄汚れた大人の世界を知っている自分には眩しすぎる笑顔だった。

 その笑顔に心洗われ、自分も頑張ってみるかなと——そう意気込んだ矢先である。

 

 そんな人間と妖怪の共存に水を差すような仕事を、まさか自分がやる羽目になるとは——。

 

 ——……すまない、まなちゃん。……これも仕事なんだ!

 

 心の中でまなに謝りながら、セルティは意識を仕事モードに切り替え、気持ちを割り切ることにする。

 セルティはその辺の人間と比べてみても良心的で、割りかし常識的な感性を持ち合わせている。

 しかし、決して聖人君主などではない。

 自分の生活のためなら、涙を呑んで悪行を見逃す『魔』が差すことだってあるのだ。

 

 ——とっとと終わらせて、新羅に愚痴でも聞いてもらうか……。

 

 胸糞悪くなる仕事など早めに終わらせ、恋人である新羅に慰めてもらおう。

 そんなことを考えながら、彼女は黙々とシューターを走らせ、急ぎ目的地へと向かうことにした。

 

 

 

 

 

 

 ——…………ん?

 

 そのときだった。

 セルティがバイクのミラー越しの視界、そこに『それ』を捉えたのは——。

 

 ——なんだあれ? 白い……布?

 

 夜空の闇を切り裂くような勢いで、何か白い細長い布のような物体が真っすぐにこちらへと突き進んでくる。

 かなりのスピードで、とても風に流されたタオルやハンカチといったふうには見えない。

 

 ——ま、まさか……み、未確認飛行物体!?

 

 セルティは最初、それが未確認飛行物体——UFOの類ではないかと、恐怖から体をガタガタと震わせる。彼女はリトルグレイという映画を視聴して以降、宇宙人の存在がトラウマになっていた。

 ときどき、『人間の中に混じって宇宙人が自分たちの生活を監視しているのでは!?』と、不安を覚えるくらいに、宇宙人の存在を苦手としている。

 

 だが、白い布切れのような物体が近づいてくるにつれ、彼女は気付く。

 

 それが、宇宙人などではないということを——。

 その布切れの上に、何者かが乗っていることに——。

 

 ——あれ? なんだろう、あの人影……なんか見覚えがあるぞ?

 

 徐々に鮮明になってくるその飛行物体の正体に、セルティは妙な既視感を覚える。

 

 ——確か……オメガの動画サイトで……。

 

 そう、以前にも見たことがある。どこぞの会社が独自に運営していたという動画サイトを通して。

 たまたま暇つぶしで見かけたその動画内で活躍したという、『とある妖怪の姿』に酷似した人影そっくりだと。

 

 ——あれは確か、ゲゲゲの…………!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「——ふぅ~ようやく追いついたばい!!」

 

 ねずみ男の手引きにより人間の魔の手に落ちた妖怪の子供たち。彼らを助けるため、一反木綿は大急ぎで夜の空を滑空し、今しがた仲間たちを運搬する『運び屋』をその視界に捉える。

 ねずみ男の話が確かであれば、あの黒バイクが自分たちの仲間を密輸船まで運ぶ役目を負った業者だ。相手が目的地にまで辿り着けば、さらに多くの人間たちの相手をしなければならないだろう。

 そうなる前に追いつけたことを幸運と、一反木綿の背中に乗る子泣き爺——そして、ゲゲゲの鬼太郎が一気に臨戦態勢に入る。

 

「ここで止めるぞ、一反木綿! 子泣き爺!」

「おうよ!」

「任せんしゃい!」

 

 鬼太郎の号令に珍しく二日酔いになっていない子泣き爺がやる気を漲らせ、一反木綿がさらにスピードを上げる。地下に潜行しているぬりかべも、鬼太郎の合図があればいつでも飛び出してくれるだろう。

 

 

 

 鬼太郎とゲゲゲの森の妖怪たち。仲間を黒バイクから取り返す——追いかけっこの時間が始まりを告げる。

 

 

 

 

 




登場人物紹介
 
 セルティ・ストゥルルソン
  満を持して登場、原作のヒロインにして、主人公。
  怪異としての存在はともかく、中身はかなり常識的な女性。
  アニメの声優、実は六期の鬼太郎と同じ沢城みゆきさん。
  次話では同じ声で熱いデットヒートが繰り広げられる……予定です。 

 岸谷新羅
  職業、闇医者。セルティの彼氏。
  能力的には普通の人間なのですが……コイツのセルティへの愛はある意味で人間を越えているかも?
  特徴として『僕、私、俺と一人称がコロコロ変わる』『四字熟語を多用する』という話し方の癖があります。一人称はともかく、四字熟語……いちいち考えるのが面倒だった。

 葛原金之助
  セルティの天敵。彼女を検挙すべく池袋に配属された白バイ隊員。
  影を行使するセルティの攻撃をことごとく躱し、問答無用で彼女を追い掛け回す超凄腕ライダー。
  バイクに乗っているときの戦闘力は『平和島静雄に匹敵する』らしい。


 次回で『デュラララ!!』とのクロスを完結させる予定です。
 最後まで、どうかよろしくお願いします!

 
  

 
   
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