3月29日・午前9時。
いよいよ、ゲゲゲの鬼太郎6期最終回が放送されます。
思えば、このアニメがあったからこそ自分は今作と『ぬら孫』の小説を投稿するつもりになりました。このアニメが放送されていなければ、今こうして読者の皆さんに向けてメッセージを書くこともなかったでしょう。
最終回をリアルタイムで視聴すべく、仕事も休みを取りました。
果たしてどのような結末を迎えるか、期待と不安でもういっぱいいっぱいです。
ですがどのような最終回であれ、最後まで見届けるつもりです。
皆様も、どうか最後までゲゲゲの鬼太郎・6期をよろしくお願いします。
さて、とりあえず今回の話で『デュラララ!!』とのクロスは完結です。
こちらの方も、最後までどうかお楽しみください!
——そ、そうだ! ゲゲゲの鬼太郎……ゲゲゲの鬼太郎で間違いない!!
池袋の首無しライダーこと、セルティ・ストゥルルソン。夜の公道をバイクで走行中、彼女は自分を追いかけてくる謎の飛行物体の存在に気づいた。
最初はUFOかとビビるセルティであったが、すぐにそれが『一反木綿に乗るゲゲゲの鬼太郎』であることに気づく。見れば、鬼太郎の仲間とされる子泣き爺も一反木綿の背中に相乗りしている。
ゲゲゲの鬼太郎。一時期動画サイトで彼のことが話題とされたこともあり、セルティは彼の容貌を知っていた。
噂では、妖怪ポストと呼ばれる郵便箱に手紙を入れると、下駄の音と共に妖怪に困らされている人を助けにやってくると言われる、変わり者の妖怪だ。
——何故だ? 何故、私を追いかけてくる!? 私は人様に迷惑を……かけてるかもしれないが……。
デュラハンという、首無しの化け物であるセルティだが、彼女はゲゲゲの鬼太郎がどうして自分を追いかけてくるのか分からなかった。
確かに道路交通法を一部無視している自分は迷惑な存在かもしれないが、少なくとも理由もなく人間を襲ったり、食らったりしていない。
化物の中でも穏便派といえる自分がゲゲゲの鬼太郎に目をつけられる理由に心当たりがない——と、断言しようとしたときだった。
——……あれ? ひょっとして……これか? これを取り戻しに来たのか!?
セルティの視線が自身の運転するバイクのサイドカーに向けられる。そこには運び屋の仕事で渡された荷物——『珍獣の子供』の入ったバックが括り付けられている。
依頼主には中身を開けるなと言われているが、既にその珍獣とやらが怪異の類であることをセルティは気配で察していた。
もしかしたら、その怪異が妖怪——ゲゲゲの鬼太郎の仲間なのかもしれない。
——ああ、そっか。鬼太郎君も、必ずしも人間の味方ってわけじゃないもんな。
——動画だと、どうしても人間よりってイメージが強いけど……。
動画サイトなどを見る限りでは、人間の味方という印象が強い鬼太郎だが、彼も妖怪の一員。
仲間の妖怪が人間に連れ去られれば、取り戻すために人間と敵対することもあるだろう。
——さて……どうしたものか?
鬼太郎が自分を追いかけてくる理由を察し、セルティはバイクを走らせたまま思案を巡らせる。
——個人的なことを言えば、素直に返してやりたいけど……。
売買される怪異の運搬という、気乗りしない仕事をしているセルティとしては、大人しく荷物を明け渡してやりたいという気持ちがある。
だが、ここで荷物をおめおめと奪われる訳にはいかない。
運び屋にとって、荷物を他者に奪取されるなど致命的な失態だ。顧客は誰もセルティを信用しなくなり、彼女は完全に職を失うことになるだろう。
——お金を稼がないと家賃も払えなくなる! 新羅は気にするなって言いそうだけど!!
仕事がなくなれば、収入もなくなる。人間社会に身を置くものとしてそれは辛い。
セルティと同居中の恋人でもある岸谷新羅なら「大丈夫! セルティがニートになっても僕が養ってあげるよ!」とでも言いそうだが、一方的に養ってもらうのはセルティのプライドが許さないし、彼にプレゼントしてやりたいものだってたくさんあるのだ。
新羅とは対等な関係でいたい。そのためにも、ここで職を失うわけにはいかない。
自身の生活を守るため、新羅との日常を守るため。
——……よし! 逃げるか!!
セルティ・ストゥルルソンは——全力で鬼太郎から逃走することを選択した。
×
「あっ! バイクの速度が上がったばい!?」
「勘付かれたか!」
ねずみ男が売り渡した仲間の妖怪を取り戻すべく、運び屋を追いかけてきた鬼太郎たち。
あと少しで追いつこうというところで、黒バイクの速度が上がる。鬼太郎たちが運び屋の存在を補足したように、追われる側も彼らの存在に気づいたのだろう。
走行速度を上げ、鬼太郎たちを突き放そうと並走する車両を抜きまくっていく。
「急ぐんじゃ、一反木綿! 輸送船に運び込まれたら面倒なことになるぞい!」
バイクに突き放されぬようもっとスピードを出せと、一反木綿を急かす子泣き爺。
運び屋が港に停泊しているという密輸船に妖怪たちを引き渡せば、さらに多くの人間たちの相手をしなければならなくなる。
騒ぎを大きくしたくない鬼太郎たちとしては、出来るだけそのような事態は避けたい。早々に決着をつけるべく、今この場であの黒バイクに追いつく必要がある。
「もう~、無茶言わんといてなぁ~。この速度を維持するので精一杯ばい!」
しかし、一反木綿もなかなか追いつけない。理由としては鬼太郎だけでなく、子泣き爺も乗せて飛んでいるからだ。二人乗りでは、流石にこれ以上の速度は出せないと弱音を吐く。
「……大丈夫だ、一反木綿。このまま追い込むぞ!」
だが、鬼太郎は問題ないと一反木綿にこのまま黒バイクを追い回すように指示を出す。
何か考えがある鬼太郎の迷いない言葉に「コットン承知!」と、お決まりの返事で一反木綿は追走を続けていく。
空を飛ぶ一反木綿に対し、黒バイクはその俊敏性と小回りの良さを利用し、交通の複雑な市街地、ビルの隙間や路地裏を疾走していく。
狭い道を一度も立ち止まることなく進んでいくドライビングテクニックに翻弄され、一反木綿は見失わないようについていくのが限界だった。
「ああ、もう~! チョコマカとすばしっこかね!」
黒バイクに翻弄され、焦りを口にする一反木綿。しかし、鬼太郎は未だに冷静だ。
「もう少し……このまま追い立ててくれ」
彼は黒バイクの動きを追い、その動向から目を離さない。
そして——黒バイクが細い脇道から大通りに出ようとした辺りで、鬼太郎は声を張り上げる。
「——今だ! ねりかべ!!」
「ぬりかべ~!!」
鬼太郎の合図により、地中に潜行していた巨大な壁の妖怪——ぬりかべが姿を現す。鬼太郎の指示で先回りしていた彼は、黒バイクの眼前に立ち塞がり、その進路を妨害する。
「————————!?」
フルフェイスのヘルメットで表情は窺い知れないが、そこにきて初めて黒バイクから動揺の気配が伝わってくる。
「よし! いいぞ、ぬりかべ! そのまま動くでない!」
ぬりかべのファインプレーに、鬼太郎の頭に隠れていた目玉おやじが喝采を上げる。
正面の道をぬりかべが塞ぎ、両脇は建物の壁で塞がっている。後ろからは一反木綿に乗った鬼太郎たちが迫り、黒バイクは完全に逃げ場を失った。
ぬりかべとの正面衝突を避けるためにも一旦停車するしかない。当然、その隙を見逃す鬼太郎たちではない。止まったときに即座に飛び掛かれるよう身構える。
「————————!」
だが、黒バイクは一向にスピードを緩める気配もなく、それどころかさらに加速していく。
「ま、まさか突っ込む気か!?」
これにはさすがの鬼太郎も慌てた様子で声を上げる。このまま突っ込めば黒バイクは勿論、荷物として運ばれている仲間たちも無事では済まない。
バイクの故障か、ドライバーの判断ミスか。まさかの大惨事に備え、気を引き締める鬼太郎たちだった。
しかし次の瞬間、黒バイクは地面を——跳ねる。
そして何の予備動作もなく、三メートルはあるであろう、ぬりかべの頭上を軽々と跳び越えていく。
「ぬ、ぬりかべ~!?」
黒バイクの走行を阻止しようとしたぬりかべが驚きで声を上げる。後ろからその光景を見ていた鬼太郎たちも同様だ。
「なっ!? に、逃がすものか!」
それでも、なんとか追い縋ろうと鬼太郎たちは黒バイクの後に続く。
彼らがそのまま大通りに出ると丁度赤信号、車の大渋滞が黒バイクの道を塞いでいた。
「チャンスじゃ! 鬼太郎!」
再び訪れた好機に目玉おやじが鬼太郎に呼びかける。
相手が信号無視をする可能性があれば大惨事であったが、さすがに事故を起こすのは躊躇われたのか立ち往生している。今度こそ確保と飛び掛かろうとした、そのときである。
「————————!」
黒バイクは再び地面を跳躍。渋滞を起こす自動車の頭上を跳び越え、今度はそのままビルの壁面で『着地』し、地面と水平に疾走し始めたのだ。
「なんじゃ、あやつは!?」
ただの運搬屋では決してありえないその非常識に、妖怪である子泣き爺も仰天する。
「父さん、あの黒バイク……!!」
その人間を越えた離れ技にようやく鬼太郎もあることに気づき、妖怪アンテナを逆立てる。
先ほどから確かに妖気を感じていた鬼太郎だが、てっきり捕まっている妖怪のものだと思っていた。運搬されている仲間たちが放つ妖気だと、誤認していたのだ。
だが、それは致命的な勘違いだ。鬼太郎の妖怪アンテナは——確かにその運び屋にも反応している。
あの得体の知れない黒バイクを——怪異の類であると指し示していたのだ。
×
ぬりかべの防壁を突破し、渋滞すらビルの壁面を疾走して走破するセルティ・ストゥルルソン。傍から見ると鬼太郎たちの追跡を軽々と交わしているように見えるだろう。
しかし、実際にバイクを運転するセルティの心中は穏やかではなかった。
——……あ、危なかった~!! 危うく事故るところだった!?
彼女自身は突然現れたぬりかべにも、ぴったりと追跡してくる鬼太郎たちにも内心ドキドキだったりする。
彼らから逃げようと、かなり無茶な走行を愛馬であるコシュタ・バワーに強いている。
——すまない、シューター! もう少し付き合ってもらうぞ!
まだまだ鬼太郎たちを振り切れない状況に焦りを覚えつつ、セルティはシューターに頑張ってもらうようハンドルを強く握りしめる。
乗り手たるセルティの意思を読み取り、黒バイクは気合を入れるように馬の嘶きを響かせる。
——しかし、このままじゃまずいな……。
セルティは現状を芳しくないものとして頭を悩ませる。
今のところ鬼太郎たちから一歩リードして逃げ仰せているが、このままのペースで逃げ切れるかどうかは分からない。
実際、先ほども事故を起こしそうになった。世間の評判や周囲の迷惑を考えているセルティとしては、自分たちのカーチェイスに誰かを巻き込むのは心苦しい。
——……仕方ない。少し大事になるかもしれないが!!
セルティは現状を打開するため、鬼太郎たちを撒くためにひとつの『策』を思いつく。
その策を実行に移すべく、彼女は黒バイクでビルの壁を垂直に駆け上がっていった。
「何のつもりだ? そっちに逃げ場はないぞ!?」
黒バイクのとった行動に鬼太郎は首を傾げる。
ビルの壁面を走るどころか垂直に駆け上るその光景に、いよいよ鬼太郎も考えを改める。この黒バイクは自分たちと同じ妖怪であると、より一層気を引き締める。
しかし、黒バイクは一際大きなビルを駆け上り、わざわざ逃げ場のない屋上まで移動していた。
いったい、そんなところに逃げ込んで何をするつもりかと、黒バイクの次なる行動を警戒しながら一反木綿に乗って屋上へと向かう。
「な、なっ、なんばしようととね!?」
屋上が見える位置まで飛翔したところで、一反木綿が目を剥く。
彼らの視線の先に、突如として『黒い繭』のようなものが出現していた。闇夜と同化するような影の塊が、まるでシェルターのように黒バイクを包み込んでいたのだ。
「まさか……籠城する気か!? 鬼太郎!」
目玉おやじは相手の行動の意味を考え、その黒い繭を攻撃してみるよう鬼太郎に呼びかける。
「はい、父さん! 髪の毛針!!」
父親の提案通り、鬼太郎は試しに髪の毛針を何本か撃ち込んでみる。しかし、繭はビクともず鬼太郎の攻撃は全て弾かれてしまった。
「これはちと面倒なことに……ん?」
相手が立て籠る姿勢を見せたところで、子泣き爺が焦燥を口にする。
運搬されている仲間が密輸船に引き渡されることはなくなったものの、これはこれで面倒だ。あの繭をどのようにして攻略するかと、考えを巡らせる鬼太郎たち一向。
だが、そんな鬼太郎たちの安易な思考を嘲笑うかのように、黒バイクは次なる行動に打って出る。
鬼太郎の攻撃でも揺るがなかった黒い繭——それが、突如ヒビ割れる。
まるでサナギから成虫へと羽化する昆虫のように、そのヒビの割れ目から巨大な黒い翼のようなものが広がっていく。その正体は『漆黒のハンググライダー』であり、その中央には馬に跨った人影がぶら下がっている。
十中八九——あの黒バイクだ。
「なんなんじゃ、こいつは!?」
次から次へと様々な怪奇現象を起こす黒バイクに、さすがの子泣き爺も腰を抜かす。
だが、戸惑う彼らを尻目に黒いハンググライダーはビルの上から飛び立つ。紙飛行機のように風に乗り、低空飛行で空を滑るように降下していく。
「はっ!! この一反木綿を相手に、空を飛んで逃げようって腹かいね? 片腹痛かよ!!」
まさかの変身姿に最初は戸惑っていた一反木綿だったが、逆に望むところだとやる気を漲らせる。
空を飛ぶ妖怪である自分を相手に、空を飛んで逃げようなどと愚策にも程がある。地上を走り回る相手を追いかけるよりも、寧ろこちらの方が与し易いと、一気に勝負をつけるべく一反木綿は急いでハンググライダーを追いかけようとした。
ところが——
「! 待て、一反木綿!!」
慌ててハンググライダーを追いかけようとした一反木綿を制止し、鬼太郎が何かを訝しがる。
「おかしい……どうしてわざわざ空から逃げるんだ? こっちも空が飛べることは分かっている筈なのに……」
一反木綿の言う通り、空であればこちらの方に分がある。先ほどまでのように地上を走り回って逃げた方が遥かに黒バイクが有利の筈。
「それに……そっちは港とは逆方向だ。なのに、何故……?」
加えて、ハンググライダーが飛び去った方角は港とは逆方向。そんな方角に逃げても輸送船に荷物を引き渡すことはできない。
「まさか……!」
鬼太郎はその事実からあることに気づき、すぐにハンググライダーを追いかけず、意識を妖怪アンテナに集中させ、周囲一帯の妖気を注意深く探知する。
そうすることで鬼太郎は——地上を隠れるように走行する、『本物の黒バイク』の妖気を探り当てる。
「やっぱり! あのハンググライダーは囮……本物は地上だ! 一反木綿!!」
「なっ!? こ、コットン承知!!」
鬼太郎に指摘されたことで一反木綿も気づいたのか。派手に大空を飛び回るハンググライダーを無視し、慌てて地上へと目を向ける。
大きく突き放された距離を縮めようと、再び地上の黒バイクを追いかけ始める。
——ええ!? もう勘付かれたのか!?
自身の作戦が早々に看破され、鬼太郎たちが再度自分を追いかけてきたことにセルティは驚きを隠せない。
わざわざ『繭から羽化するように飛び出す』という凝った演出をしてまで、注意を逸らしたというのに。
そう、あのハンググライダーは囮。鬼太郎たちを誘導するために、全て影で作った偽物である。
偽物に気を取られている隙に鬼太郎たちから逃げようというのがセルティの計画だったのだが、思ったよりも早く見抜かれたことで少し予定が狂ってしまった。
——けど、距離は稼げた! このまま一気に港まで!!
だが鬼太郎たちが迷っている間にもセルティは大きく彼らを突き放していた。このまま離れた距離を維持できれば、何事もなく港にたどり着けるだろう。
セルティはさっさとこの仕事を終わらせようと、目的地まで急いで黒バイクを走らせていく。
——見えた! あの船だな!!
そうして港までたどり着いたセルティ。とうとうその視界に停泊している輸送船を捉える。
あの輸送船に荷物を引き渡せば自分の仕事は終了だ。その後で鬼太郎たちが輸送船を強襲し、仲間を奪還しようとも、それはセルティの関与するところではない。
寧ろ、心情としてはそうしてくれとばかりに、依頼主にも鬼太郎たちに追いかけられたことは黙っているつもりだった。
「——逃がすものか!!」
だが、そんなセルティの心の内側など知らず、執念で追いついてきた鬼太郎たち。彼女を逃すまいと髪の毛針を勢いよく撃ち込んでくる。
目的地が見えて安心していた油断もあってか、セルティはその一撃を影で防ぐのが一瞬遅れてしまう。
——しまっ、タイヤが!?
何とか躱そうとバイクを操作するが完璧には躱しきれず、数本の髪の毛針がバイクのタイヤに突き刺さる。
勢いよくバーストする二輪車のホイール。
走行中にバランスを崩されたことで、セルティは大きくハンドルを取られ——
バイクごと、その身体が激しく地面に叩きつけられることとなる。
「はぁはぁ……何とか間に合ったばい」
超特急で港まで駆けつけた一反木綿。相当無茶をしたのだろう、疲労困憊にてボロ雑巾のように力尽きる。
「ご苦労じゃったな、一反木綿。あとは鬼太郎に任せてゆっくり休むといい」
ここまで頑張ってくれた一反木綿の苦労を労い、目玉おやじは後のことを息子の鬼太郎に託す。鬼太郎だけでなく、子泣き爺も元気いっぱいだ。もう少しすれば、きっとぬりかべも駆けつけてくれるだろう。
「追いついたぞ、運び屋! さあ、大人しくその荷物をこっちに——」
鬼太郎は黒バイクに降伏を呼びかけていた。無駄な抵抗をせず仲間たちの入った荷物をこちらに明け渡せばこれ以上の乱暴はしないと。
だが、降参を呼び掛けようとした鬼太郎の言葉が途中で詰まる。
何故なら、鬼太郎は——見てしまったからだ。
地面に身を投げ出された黒バイクの運転手。その首元に——本来ある筈の頭部が無いのを。
黒い塊であるフルフェイスのヘルメットが、身体から離れる場所に転がっているところを——。
「なっ!? まさか……さっきの衝撃で!?」
一瞬、転んだ勢いで首がもげてしまったのかと、自分の行為によって相手を死なせてしまった可能性が鬼太郎の脳裏を過ぎる。
だがおかしいことに、首からも身体からも血は一滴も流れていなかった。代わりに染み出しているのは黒い霧のようなもの。
そして、その黒い霧を身に纏いながら——首の無い身体がゆっくりと起き上がった。
「なんじゃと!?」
子泣き爺がその異様な光景に叫び声を上げる。
首がない妖怪というものがいないわけではない。実際、ゲゲゲの森の妖怪には首どころか、まともな身体を持っていない妖怪だっている。そのことを考えれば首が無いことなど、それほど驚くことではない。
しかし、眼前の黒バイクの異質感は鬼太郎たちの知る『それ』ではない。
人間らしい見た目をしているのに、それでいて首だけが喪失しているという、言葉にしようのない違和感。
いっそ、人間らしい見た目などしていない方が、まだここまで戸惑いを感じることもなかっただろう。
「————————」
首の無い怪異である『それ』は、鬼太郎たちの驚きを嘲笑うかのようにゆっくりと振り返る。身体から滲み出ている黒い霧を手元にたぐり寄せ、一つの黒い塊として形を成していく。
そうして、黒バイクの手には黒い影の得物——漆黒の大鎌が握られる。
黒バイク自身の身長に匹敵するその大鎌を構える姿には、自然とそれを目撃するものに『死神』という単語を思い浮かばせるだろう。
「死神……いや、違う……」
しかし、鬼太郎はその怪異の姿に別の存在の名を思い出す。
それは先週、友人である犬山まなが池袋で遭遇したという、とある都市伝説の名前。あのとき、鬼太郎は彼女の話を世間話の一つ程度と軽く聞き流していた。
そのことを心の中で謝りながら、鬼太郎はその都市伝説の名を自然と呟いていた。
「——首無し……ライダー……!!」
×
——頼む! 退いてくれ!! とりあえず、この場は一度退いてくれ!!
これ見よがしに首の無い姿を見せたり、影で作った大鎌を構えて相手にプレッシャーを与えようとするセルティ。傍から見れば恐ろしい本性を曝け出した怪物のようにも見えるが、彼女の精神は割といっぱいいっぱいだったりする。
——鬼太郎君って、めっちゃ強いんだよな!? 私……このまま消されちゃうんじゃ!?
彼女は鬼太郎のこれまでの活躍を動画サイトや、昼間出会ったまなや猫娘から聞かされていた。自慢話のように語る彼女たちの言葉が正しければ、鬼太郎はこれまで多くの強敵妖怪を打ち倒してきた日本妖怪のエースだ。
——私は戦闘が専門ってわけじゃないだ! 頼む、見逃してくれ!!
一方で、セルティは戦いそのものを得意としているわけではない。そこいらのチンピラくらいなら軽く叩きのめせるし、拳銃や日本刀くらいの装備で彼女を殺すことはできない。
しかし、同じ怪異が相手で自分がどこまでやれるかは分からない。そもそもな話、池袋で暮らしているセルティには『怪異同士で戦う』という経験そのものが少ないのだ。
果たして交戦経験豊富な鬼太郎相手にどこまで立ち回れるか、かなり自信がない。
「…………」
そんな、内心びびりまくりなセルティだが、鬼太郎は彼女のことを相当警戒しているのか慎重に距離を取る。セルティはこのまま自分を恐れ、退いてくれればとちょっぴり淡い期待を抱く。
だが、現実はそこまで甘くはなかった。
「ぬりかべ~!」
先ほどセルティの進路を妨害してきたぬりかべが遅れてその場に現れる。
地中からセルティの背後に出現した彼の援軍をきっかけに子泣き爺が動き出す。
「ぬりかべ、挟み撃ちじゃ! ワシに続け!!」
そう号令を掛けながら子泣き爺は腕を石化し、セルティに殴り掛かり、ぬりかべもその巨体で迫ってくる。
——ええい、どうにでもなれ!!
前方から子泣き爺。後方からはぬりかべ。
挟撃で襲い掛かってくる両者に、セルティはヤケクソ気味に大鎌を振り回す。正面の子泣き爺の胴をなぎ払い、返しの刃で後方のぬりかべの身体を切り裂く。
セルティの影から作られた大鎌は、両者の体に傷一つつけることなく——その身体をすり抜けていく。
だが、大鎌が両者の身体を通り抜けた瞬間、子泣き爺もぬりかべもその場にバタリと倒れる。
「子泣き爺!? ぬりかべ!? お前……いったい、何をした!!」
仲間が倒されたことで、鬼太郎は怒りの視線をセルティに向ける。
二人に外傷こそなかったものの、まるで本当に身体を切り裂かれたかのようなリアクションをとり「う、う~ん」と呻き声を上げながら地に伏せる。
——知らん! 正直、私にも分からない!!
実のところ、セルティ自身もこの大鎌で切られたものがどのような状態になるかよく分かってなかったりする。以前も人間のチンピラ相手に大鎌で胴を薙いだことがあったが、そのときも似たような反応で倒れた。
一応怪我もなく、命に別状もなかったため、おそらく子泣き爺たちも無事だろう。
「ボクが相手だ、首無しライダー!!」
しかし、そのことを知らない鬼太郎は仲間が倒されたという怒りに闘志を奮い立たせる。
「鬼太郎! 油断するでないぞ!!」
目玉おやじも息子に心して掛かれと忠告を入れる。
——ああ! ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ!! このままじゃ……ヤバイ!!
戦う覚悟を見せる鬼太郎とは正反対に、セルティはいよいよもって危機感を募らせる。
このままでは、冗談抜きで鬼太郎に討伐されかねない。
そうなるくらいならいっそ、大人しく荷物を引き渡した方が良いのではと、セルティは運び屋としてのプライドをかなぐり捨てる選択肢を視野に入れる。
『降参』という、セルティの脳裏にその二文字が浮かびかけた——その刹那である。
突如、薄暗かった港の倉庫街を——眩い閃光が照し出した。
「————————!?」
「——……っつ!?」
「——な、なんじゃ、何事じゃ!?」
いったい何事かと、その場の全員が光が照らされている中心点——港に停泊していた『密輸船』に目を向ける。
「——全員動くな! 逮捕する!」
「——確保! 確保!!」
「——大人しくしろ、密輸業者どもめ!!」
眩いサーチライトに照らされる密輸船。その周辺ではパトカーのサイレンや警官たちの怒号が飛び交っている。今までどこに隠れていたのか、数十台のパトカーや水上警察の警察用船舶、警視庁のヘリが密輸船を取り囲んでいた。
突如、その場に姿を現したのは警察——そう、セルティが妖怪を引き渡す予定だった密輸船を、一斉検挙すべく突入してきた警視庁の人間たちである。
もともとこの密輸船。妖怪の売買どころか麻薬、貴金属、保護動物の密輸や人身売買など、かなり数多くの悪事に手を染めた『真っ黒』な輸送船であった。
いかなる偶然か、セルティがその船へ荷物を届けようとした日、突入作戦が執り行われることになっていた。
そう、これは日夜行われる日本警察と闇組織との熾烈な争い。
そして今日、桜のシンボルを背負う警察の尽力により、またひとつ——この世の悪が成敗されることとなったのである。
「人間の警察のようじゃな。あの密輸船を取り締まりに来たのじゃろう」
「……そのようですね、父さん」
密輸船とは離れたところで攻防を繰り広げていた鬼太郎たちは、その騒ぎに驚きつつ、どこか他人事のようにそれを眺めていた。
やましい気持ちのない鬼太郎たちは、たとえ警察に見つかったとしても堂々としていられる自信がある。
だが、セルティは違った。彼女は警察の捜査が自分たちのいる場所まで及んでいないことに心底安堵していた。
——あ、危なかったぁ~! ちょっとタイミングをミスってたら、私も捕まるところだったぞ!!
交通課の白バイに目を付けられているだけでも胃を痛める毎日だというのに、密輸業者に関わった一員として警察に追われることになれば、さらにセルティの心労はとんでもないことになっていただろう。
ギリギリ危機一髪で捜査の網から流れられたことを、セルティは天に感謝していた。
——しかし……あの様子じゃ、荷物を届けることはできないな、うん。
配達先が警察に抑えられてしまった以上、セルティの仕事はここまでだ。さすがにあの騒動の中に突っ込んでまで、荷物を引き渡す義理はない。仕事は失敗——それにより、それまで張り詰めていた緊張の糸が途切れる。
セルティは影で作った大鎌を引っ込め、構えを解いた。
「——っ!?」
武器を引っ込めたセルティに鬼太郎の瞳が揺らぐ。
しかし、彼の方は未だに警戒を解いておらず、注意深い視線でセルティを見据える。そんな彼の視線を気にしつつ、彼女は地面に転がったヘルメットを拾い上げ、それを頭の位置にはめ込む。
さらにバイクのサイドカーに取り付けていた『荷物』を抱え上げ、それを鬼太郎へと差し出した。
「…………どういうつもりだ?」
訝しがりながらも、荷物を——仲間の入ったバッグを受け取る鬼太郎。彼はセルティが今更になって大人しく仲間を引き渡したことを怪しんでいる。
セルティはスマホに文字を打ち込み、懐疑的な眼差しを向けてくる鬼太郎に画面を見せつける。
『どうやらここまでのようだ』
「……な、に?」
初めてセルティの方からコンタクトされたことに戸惑いつつ、鬼太郎は続けざまに打ち込まれる文字列を目で追っていく。
『警察に港を抑えられた以上、私の仕事は失敗だ』
『これ以上、君と敵対してまで荷物を守る理由はない』
『元から……あまり気乗りする仕事でもなかったしね』
妖怪売買の片棒担ぎなど、元から褒められるような仕事ではない。一応は運び屋の責務として最後まで完遂しようとしたが、肝心の取引先があれでは、もうどうにもならない。
仕事の失敗でセルティの評判は下がるかもしれないが、この失敗は不可抗力でもある。
この状況なら——たとえ鬼太郎に荷物を奪還されたとしても、ある程度言い訳も立つ。
以上のことから、セルティは大人しく鬼太郎に荷物を明け渡すことにしたのである。
「やけに素直じゃのう。警察に密輸船を抑えられたくらいで……」
しかし、セルティの言い分に目玉おやじも訝しがる。
ここまで自分たちを翻弄してきた相手が、たかが警察の介入くらいで大人しく降参を選んだことがよっぽど腑に落ちなかったのか。
だが、セルティからすればかなり切実な問題であり、ムキになったように目玉おやじに反論する
『おいおい、日本の警察を甘く見ないほうがいい!』
『世界から見ても、彼らは優秀な部類に入る』
『彼らに目を付けられれば、私の日常生活にも支障が出るんだからな!』
「日常生活って……」
セルティの言い分に鬼太郎は呆気に取られる。首の無い怪異の日常生活とはこれ如何に。
するとそんな鬼太郎に向かって、さらにセルティは力説するように熱の入ったタイピングでその文字を打ち込んでいた。
もっとも、それは妖怪である鬼太郎たちからすれば、ただの皮肉にしか思えなかっただろうが——。
『それに——奴ら警察の中には、化け物がいるんだ!!』
「…………」
「…………」
怪異であるセルティの言い分に、鬼太郎と目玉おやじは沈黙。
「……いや、それはお前さんの台詞じゃなかとね」
いつの間にか復帰していた一反木綿が、二人の代わりにセルティにツッコミを入れていた。
×
「「「鬼太郎さん、ありがとう!!」」」
鬼太郎は首無しライダーから引き渡された荷物を確認する。
バッグの中からは白蛇の子供たちが数匹顔を出し、鬼太郎に礼を述べる。この白蛇たちこそ、今回ねずみ男の手引きで攫われた仲間たちだ。
見た目は完全にただの白蛇だが、これでも歴とした妖怪。その美しい見た目、幸運を呼び込む力があるともされ、そのせいで人間たちに目を付けられてしまったのだ。
「いたた……ああ、腰が痛いわい」
「ぬ、ぬりかべ~……」
首無しライダーに大鎌を振るわれた子泣き爺とぬりかべの二人も、ゆっくりとだが体を起こす。どうやら彼らも無事らしい。
「良かった……みんな無事見たいですよ、父さん」
「うむ、そのようじゃな」
鬼太郎は仲間たちが全員何事もなかったことに安堵の微笑みを浮かべ、目玉おやじも頷く。
「————————」
そんな鬼太郎たちの横で、首無しライダーは倒れていた黒バイクを起こしている。もはや戦う理由もなくなった鬼太郎は相手を呼び止めることなく、そのまま立ち去るところを見送るつもりだった。
しかし意外なことに、首無しライダーの方から再び鬼太郎にコンタクトをとってきた。
『そうだ。せっかくの機会だ。君に聞いてみたいことがある』
「ボクに……? いったい何だ?」
つい先ほどまで敵対していた相手ということもあり、少し厳しい口調で応える鬼太郎だったが——
首無しライダーがスマートフォンに浮かべた質問の内容に彼は——この日一番の動揺を隠せないでいた。
『君は——『人間と妖怪の共存』について、どんな考えを持ってる?』
「——な、なにを、どうしてそんな質問を……」
まるで、人間と妖怪の狭間に立つ鬼太郎の立場を知っているかのような問い掛け。
見ず知らずの相手からそんなピンポイントな質問をされ、鬼太郎は困惑する。
『いいから答えてくれないか?』
だが首無しライダーは鬼太郎にさらに詰め寄り、答えを要求してくる。
「…………」
鬼太郎は暫し考え込む。
先ほどまで敵対していた、しかもよく知らないような相手からの質問だ。本来なら、そんなものに答える義理も義務もない。
だが、首無しライダーは真正面から鬼太郎を見据え、彼の答えを待っている。
そんな相手からの質問を無視し、何も答えないでいるのは逃げているように思えた。
ましてや、その質問の内容は『人間と妖怪の共存』という、鬼太郎にとって決して目を背けられない問題。
それ故に——鬼太郎は首無しライダーの問いに、ポツリと静かに口を開き始めていた。
「人と妖怪は近づきすぎない方がいい……少し前までのボクなら、なんの躊躇いもなくそう答えていたと思う……」
人間の依頼に応えて力を貸すゲゲゲの鬼太郎だが、その線引きだけはキチンと意識していた。
妖怪は妖怪、人間は人間。決して交わらない、交わっちゃいけないものと考えていた。
「けど……あの子に……とある人間の子と出会ってから……ボクも色々と考えさせられた」
鬼太郎の脳裏に浮かぶのは人間の少女・犬山まな。
彼女と出会うようになってから、鬼太郎はもう一度人間と深く関わってみようと、彼らのことを信じてみようと思えるようになった。
「勿論、そのせいで痛い目にもあったさ。信じようとして裏切られて……失望させられそうになったことも、一度や二度じゃない」
だが現実はそう上手くいかない。幾度となく思い知らされる。人間の傲慢さ、身勝手さ。
救いようのない人間たちの、妖怪さえ欺き、利用しようとする卑劣さに失望を抱かずにはいられない。
「でも……それでも、ボクは……諦めたくない。全ての人間が悪いわけではないと、知ってしまったから」
しかしそれでも——鬼太郎は信じ続けることを止めない。
全ての人間が悪ではないと、『まな』という友達の温かさを知ってしまったから。
「彼らとの共存を——共に歩むことを、今は夢に見ているよ……」
「鬼太郎……」
思いがけず息子の本音を聞けて、感極まったように涙を零す目玉おやじ。
一方で、その質問を投げかけた首無しライダーはというと——。
「————————」
肩をカクカクと震わせている。ヘルメットの動きと合わせて、どうやら笑っているようだ。
「何がおかしいんじゃ!?」
息子の真剣な答えに相手が嘲笑したと思い、目玉おやじが憤慨する。だが、首無しライダーは特に気にした様子もなく、腹を抱えたままスマホの文章を突き出す。
『済まない。君たちを笑ったわけじゃないんだ』
『ただ……似たような質問に、似たように答えた奴を知っていてね』
「——?」
首無しライダーの書き込みに鬼太郎は首を傾げる。自分以外の誰がそのような質問を投げかけられ、同じように答えたというのか。
『いや、悪かったよ。色々と参考になった、ありがとう』
鬼太郎の回答に満足したらしく、首無しライダーは用が済んだとばかりに彼らに背を向け、黒バイクのハンドルを握り込む。
すると、次の瞬間——黒バイクのシルエットが歪に蠢く。
バイクという機械的なフォルムから、一気に生物的な姿にその形を変貌させ——数秒後、そこには漆黒の首無し馬が姿を現していた。
「なっ……馬?」
もう何度目かになる鬼太郎たちの戸惑い。しかし、さすがにもう慣れたのかそこまで驚きはない。
だが最後の最後、首無しライダーはその愛馬に跨りながら、鬼太郎に特大の爆弾発言を残していく。
『それじゃ、私は失礼させてもらうよ』
『まなちゃんや、猫娘さんによろしく伝えておいてくれ』
「…………はっ!?」
唐突に出てきた知り合いの名前に、今までとは別の意味で目を丸くする鬼太郎。
そんな彼の困惑を置き去りに、今度こそ首無しライダーは首の無い馬を伴い、その場を後にしていく。
「…………」
それから数分間。
港の倉庫街には狐につままれるような顔で呆然とする、鬼太郎たちが取り残されていた。
×
池袋の首無しライダー、セルティ・ストゥルルソン。
彼女はいつになく陽気な気分で、愛馬であるシューターを首無し馬の姿で公道を走らせていた。バイクのタイヤが鬼太郎の髪の毛針でパンクさせられたが故のやむを得ない判断だが、それとは別にセルティは愉快な気分だった。
隣を走る自動車の運転手が自分の存在に唖然としているが、それがどうしたとばかりに駆け抜けていく。
——……人間との出会いで変えられたか。
——……ふふっ、私と同じだな。ゲゲゲの鬼太郎!
鬼太郎に向けた『人間と妖怪の共存』についての問い掛け。それは今日、自分に会いに来たという犬山まなから投げ掛けられた質問そのままだ。
自分が問われたことを、試しに鬼太郎にもしてみたところ——予想以上に自分と同じような答えを返されたことに、セルティは思わず笑ってしまった。
そう、セルティもまた、犬山まなの質問にゲゲゲの鬼太郎と似たように答えていた。
『人間と妖怪の共存かい?』
『…………そうだな。少し前までの私なら、そんなものは戯言と切って捨ててただろう』
「……そう、ですか」
「まな……」
今日の昼間。マンション内の自室にて緊張した面持ちでセルティと向き合う犬山まな。その隣には心配そうにまなのことを見つめる妖怪・猫娘がいる。
セルティはまなの問い掛けに考え込みながら、隣に立つ人間・岸谷新羅を見つめて文章を打ち込んでいく。
『見ての通り、所詮私は化け物だ』
『この街で暮らしていたのも、とある目的を果たすためだ』
『その目的を果たせば、どうせこの街から立ち去ることになる……そう、割り切って生きてきた』
それがセルティというデュラハンの偽らざる気持ちだった。
所詮、自分は異邦人。いずれは立ち去る定めと線引きし、他者と深く関わることを避けていた。
しかし——
『けれどそんな私のことを、新羅は好きだと言ってくれた』
「……っ!?」
「……え!?」
二人の少女が驚いて顔を真っ赤に染めるが、構わずセルティは続ける。
『私を離したくないと、この街に繋ぎ止めてくれたんだ』
そうだ。ゲゲゲの鬼太郎が犬山まなと出会い、その考えを変えられたように。
セルティもまた、新羅との出会いで生き方を変えられた。
『私も新羅のことが好きだ。彼と共に生きるために、こうして池袋の街に留まっている』
「セルティ~!! そうさ! 君と俺との愛は未来永劫、変わることのない——ぐはっ!?」
その言葉に感激して抱きついてこようとする新羅だが、とりあえずそれを肘打ちで黙らせる。好きなものは好きだが、一応二人の少女の目を気にして大っぴらにイチャイチャすることは控える。
新羅のせいで緩んだ空気を引き締め直し、セルティは再びまなたちと向かい合う。
『そうやって、一度誰かを受け入れると不思議なものでね』
『新羅だけじゃない。他の人たちとの繋がりも大事になってくるんだ』
そう、そうやって新羅の存在を受け入れたことで、セルティは他の人間との関わりも大切にするようになった。
ダラーズの事件で知り合った少年——竜ヶ峰帝人。
切り裂き魔の事件で親しくなった少女——園原杏里。
数年前から数少ない友人でもある池袋最強——平和島静雄。
仕事関係では情報屋の折原臨也と繋がりもあるが、正直コイツとの縁は切りたいところ。
その他にも、多くの人間たちと関わりを持ち、セルティはこの街で絆を育んできた。
きっと、これからもその絆の輪は広がっていくだろう。
『そうだね。そう考えると人間との共存ってのも、あながち捨てたもんじゃないと思うよ』
それが——今のセルティ・ストゥルルソンの正直な思いだった。
「セルティさん!!」
セルティのその答えに、犬山まなは希望に満ちた表情で微笑んでいた。
——頑張れよ。まなちゃん、ゲゲゲの鬼太郎。
——君たちの夢……私も応援しているからな。
自分と同じように人間との共生を受け入れた鬼太郎。
そのきっかけとなったであろう少女のことを思いながら、セルティは今日も街中を駆けていく。
人間と妖怪の共存。それがどのような試練の果てに紡がれるか、セルティにも分からない。
きっと、生半可な道のりではないだろうと、彼らの苦悩の日々を思えば胸が締め付けられる思いだ。
だがそれでも、彼女は願わずにはいられなかった。
どうか、彼らの未来に幸あれと。
二人の思いが望ましい形で実現されることを、セルティ・ストゥルルソンは心から祈るのである。
「——よお、化け物」
「————————!?」
だが——そんな思いを胸に抱くセルティの背に、聞き覚えのある男の声が浴びせられる。
彼女は恐る恐る、背後を振り返った。
「随分とご機嫌じゃねぇか? そんな馬で公道を爆走しやがって」
首無し馬であるシューター。そのすぐ後ろをピッタリと張り付くように白バイ隊員・葛原金之助が追走している。彼は怪異であるセルティに、実に爽やかな笑顔を浮かべ声を掛ける。
「バイクじゃなくて、馬なら許されると思ってたか? 俺たちがビビると思ってたか?」
——あ、い、いや……そ、その……。
弁解を口にしたいセルティだが、生憎と手綱を握るのに両手が塞がっている。
それに、たとえどんな言い訳を口にしようとも、この男は聞き入れないだろう。
道路交通法を犯すセルティに、彼はいつものように容赦のない宣戦布告を口にする。
「——化け物風情が、交機を舐めるな」
そうして、再び街中で繰り広げられるカーチェイス。
セルティは鬼太郎たちに追い回されたとき以上の恐怖と絶望をその背に感じながら、必死に白バイから逃げ惑う。
——ひぃええええええええ!! た、助けてくれっ! 新羅っぁああああ!!
心中で愛しい恋人の名を叫びながら、彼女は考えを改めていた。
前言撤回。人間はやはり恐ろしい。
彼らとの共存は……もう少し先でいいやと。
次回予告
「自分を助けてくれた妖怪を捜して欲しいという少女の依頼。
ですが、どこを捜せどそんな妖怪の姿は影も形も見つかりません。
父さん、彼は何処から来た、何者なのでしょうか?
次回——ゲゲゲの鬼太郎『戦国より来たる・犬夜叉』 見えない世界の扉が開く」
というわけで、前回とったアンケートの結果。ダントツで犬夜叉がトップだったので次回は『犬夜叉』のクロスをやる予定です。
おそらく、両作品が好きな人なら一度は考えたことのある王道のクロスオーバー。
6期の設定でしかできないようなストーリーを考えているので、どうかお楽しみに!
ちなみに、アニメの最終回がどのような結末になってもこちらの小説は続けられるよう、だいたいは時間軸を『2年目』に想定して物語の構想を練っています。
ですが、一応『3年目』の話を考えていないわけではありません。
『まなちゃんが京都に修学旅行』『3年目の境港シリーズ』『まなちゃんの母方の実家』の話なども、3年目に向けて考えています。
全ては——本家の最終回次第……それにより、それらの話を執筆するか色々と考えていきたいです。