ゲゲゲの鬼太郎 クロスオーバー集   作:SAMUSAMU

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今作には登場しないけど、紹介したい人たち。
 桔梗
  犬夜叉の元カノ。犬夜叉が好きな人は『かごめ派』と『桔梗派』で別れると思う。
  自分はどっちが好きかと、その論争に参加できるほど桔梗をあまり知らない。
  神秘的な雰囲気の桔梗は好きだけど……やっぱり「ただの女になれた」という台詞を考えると、彼女も普通の女の子になりたかったんだなと、複雑な気持ちになってしまう。

 奈落
  犬夜叉たち一行の宿敵。色んな人から命を狙われる問題をあちこちで起こしてる。
  しぶとい、とにかくしぶとい! そして、すぐ逃げる!!
  劇場版で一回死んだけど、別にそんなことなかったぜとばかりにすぐ復活!
  大ボスらしく、もっとどっしり構えろよ……。

 今回で犬夜叉のクロスオーバーを完結。
 ふと思ったけど……犬夜叉という作品を今どきの人は知っているのだろうか?
 当時は結構、人気作として流行った記憶があるけど……完結して、もう10年以上たってるからな……今の人たちにはマイナーかもしれん。





犬夜叉 其の③

 戦国から現代へと来たる——半妖・犬夜叉。

 現代に残る妖怪退治屋——鬼道衆・石動零。

 

 二人の青年が口論の末にぶつかり合う——その数分前。喫茶店で交わされた女子トークの会話内容より。

 

 

「——でね! その犬夜叉ってやつが、ほんんんんんんんんとに、どうしようもない男なのよ!!」

 

 日暮かごめはたまたま街中で出会った女の子、猫娘と犬山まな相手に仲間である犬夜叉の愚痴をこれでもかというほど、全力で溢していた。

 相手側はかごめの実感のこもった愚痴にややたじろぎながらも、うんうんと同意するように頷いてくれる。

 

「乱暴で、わがままで、怒りっぽいうえに、すっごいやきもち焼きなの!! 私がちょっとでも他の男の子と仲良くしてると、すぐ機嫌が悪くなるんだから!!」

 

 戦国時代にタイムスリップしている事実を上手く隠しつつ、かごめは仲間のことなどを話す。

 色々な話題に触れるのだが、結局犬夜叉について語るときが一番熱がこもる。

 

「そのくせ、何でもかんでも自分一人で抱え込もうとするのよ! もっと私を……みんなのことを頼ってくれてもいいのに……」

 

 これも犬夜叉を想えばこそだ。彼のことが好きだからこそ、自分をもっと信じて頼ってくれない彼に愚痴を溢したくなってしまう。

 辛いなら辛いといって欲しい。必要ならいつでも肩を貸すのに、彼はいつだって自分一人で背負い込んでしまう。

 

 そう、つい最近の出来事。半妖であることを理由に罵倒された件もそうだ。

 

 確かに自分はただの人間だ。半妖と蔑まれる彼と同じ気持ちを共感することは出来ない。

 けど、寄り添うことはできる。彼の痛みを少しでも和らげられるのなら、自分は何だってするのに。

 なのにどうして、それすらもさせてくれないのだろうと、かごめはついつい猫娘たちに本音を溢していたところだった。

 

「——わかる。男ってだいだいそんなもんよ」

 

 すると、かごめの言葉に全力で同意するように、猫娘がしきりに頷く。

 

「鬼太郎だってそうよ。いつものほほんとしてるくせに、ここぞってときだけカッコつけて、自分一人で抱え込んで、傷ついて。こっちの気持ちなんかお構いなし。ほんとに……男って、しょうもない生き物なんだから!!」

「し、しょうもないって……猫姉さん、ちょっと言い過ぎなんじゃ……」

 

 かごめと同調するように鬼太郎への愚痴を溢し始めた猫娘。隣に座るまながそんな猫娘に若干引き気味になるも、彼女の愚痴は止まらない。

 

「大逆の四将の件だってそうよ! 閻魔大王に頼まれたかなんだか知らないけど、なんで私に黙ってたのよ!!」

 

 ここ最近の出来事。『大逆の四将』の件を引き合いに、鬼太郎への不満をさらに口にしていく。

 

「他のみんなは知ってたみたいだし……なんで私にだけ!」

 

 猫娘は鬼太郎がそんな危険な連中を追っているなどと、聞かされていなかった。他の仲間がうっかり口を滑らせて初めて、彼女はその件を知ることになった。

 何故自分にだけ黙っていたのか、猫娘はそれがひどく気に入らなかった。

 

 もっとも、これにはやむを得ない事情がある。

 鬼太郎が大逆の四将を追っているのは猫娘のため。まなが消し去ってしまった彼女の魂を地獄から取り戻すため、閻魔大王と取引したことがきっかけである。

 もしも期限内に四将の魂を全て回収しなければ、罰として鬼太郎と猫娘の魂が牢獄に繋がれることとなる。

 そんな残酷なことを、鬼太郎は猫娘やまなに告げることができずにいる。猫娘が言うように、鬼太郎もまた一人で抱え込もうとしている。

 

 これもまた——彼が男の子だからだろう。

 

「ははは……ところで、かごめさん」

「ん? なに、まなちゃん?」

 

 そうとも知らずに一人憤慨する猫娘。そんな彼女の怒りを一旦クールダウンさせるため、まなはかごめへ別の話題を振っていく。

 まなとかごめ。既にいくらか打ち解けている二人は、互いに下の名前で呼び合っていた。

 

「その犬夜叉っていう半妖の人と……その、付き合ってるんですか?」

 

 まながかごめに問い質していたのは、彼女とその犬夜叉という青年の関係である。

 かごめの口ぶり。憎まれ口を叩きつつ、それでも犬夜叉という男の子を心配する素振りから、まなは二人が『良い仲』なのかなと問い掛ける。

 

「え? ええと……」

 

 しかし、かごめの反応は微妙なものだった。

 ムキになって否定するでもなく、恥ずかしそうに肯定するでもない。なんと答えていいのか分からないといった様子で視線を泳がせる。

 

「なによ、煮え切らないわね! どっちなのかハッキリさせなさいよ!!」

 

 鬼太郎への気持ちをハッキリさせない自身のことを棚に上げ、猫娘がさらに問い詰めていく。

 かごめは暫し迷った末に、観念したかのように口を開く。

 

「……彼氏ってわけじゃないの。私が好きっていうだけで…………付き合ってるわけでもないし」

 

 そう、確かにかごめは犬夜叉が好きだ。今更それを隠し立てするつもりはない。それどころか、犬夜叉自身に己の好意をはっきりと伝えたことだってある。

 彼と、一緒にいたいと。

 その気持ちは犬夜叉も同じだろう。共に歩きたいというかごめの告白に彼は首を振りはしなかった。

 

 しかし、犬夜叉自身の口から明確な言葉で『告白』なるものを受けたことはない。

 だって犬夜叉には——既に自分以上に想っている人がいるからだ。

 

 ——桔梗……彼女がいる限り、私はきっと犬夜叉の一番にはなれない……。

 

 犬夜叉が過去に想い合っていた女性・桔梗。

 かごめの前世とも呼ばれる彼女は、かごめが犬夜叉と出会う前から『良い仲』であった。様々なすれ違いの末、桔梗は一度犬夜叉と死に別れるも、今現在——彼女は『死人』となって戦国時代を彷徨っている。

 

 犬夜叉は、そんな桔梗のことを放っておけないでいる。

 既に死人である筈の彼女をどうにか救おうと、常に心を痛めていた。

 

 きっと桔梗のためなら、犬夜叉は全てを投げ打つ覚悟で『一番』に駆けつけるだろう。

 二番手の自分に、初めから勝ち目などないのだと——少なくともかごめ自身はそう思っている。

 

 ——それでも、一緒にいるって決めたのは私なのよね……。

 

 かごめはそのことを覚悟の上で、犬夜叉との旅を続けている。

 しかし、頭で分かっていてもやはり感情は正直なもの。犬夜叉と桔梗——二人が並んで歩いている光景を想像するだけで、かごめの胸は締め付けられる思いでその表情も曇ってしまう。

 

「……何か色々と訳ありみたいね」

 

 急に黙り込んでしまったかごめに、同じ恋する乙女として猫娘は何かを悟ったのだろう。それ以上余計な詮索をせず、その話題を終わらせようとまなにも目配せする。

 

「あ……あっ、かごめさん! その犬夜叉って、どんな感じの人なんです?」

「えっ……? どんな感じって?」

「顔写真とかありません? ちょっと見てみたいな……って思ったりして……」

 

 しかし、なかなか好奇心を抑えられず、まなはせめて顔くらい見てみたいと。

 かごめに犬夜叉の人相が分かるものはないのかと問い掛けていた。

 

「写真、写真ね……あっ! それなら——」

 

 かごめはおもむろにスマホを取り出す。

 

 戦国時代ではネット環境なども整っていないため、一見無用な長物とも思われるスマートフォン。だがアラーム機能やフォト機能などはそれなりに使い道があるため、何かと重用している。

 かごめは旅の記録なども、よくスマホの写真に収めて現代で見返したりしている。その思い出の一部の中には、当然犬夜叉とツーショットで撮った写真もある。

 少し恥ずかしいが、それを見せれば一発で犬夜叉という男の子の人相が分かるだろう。

 

「ほら、これ。こいつが犬夜叉よ」

「どれどれ……あっ、耳生えてる! なんかちょっと可愛いかも!」

 

 差し出された犬夜叉の写真を興味深げに覗き込むまな。半妖である犬夜叉の特徴でもある『犬耳』に黄色い声を上げる。

 

「…………耳?」

 

 その発言に引っかかるものを感じた猫娘。

 これ以上余計なことを聞かないと決めた彼女だったが、何気ないまなの言葉に釣られて彼女もスマホを覗き込もうとした。

 

 

 そのときだ。突然——地鳴りのような轟音が彼女たちの楽しい時間を揺るがす。

 

 

「な、何!?」

「地震……いや、違うわね」

 

 まなは何が起きたかわからず困惑するも、猫娘はそれが自然現象の類ではない。

 何者か——強い力を持つ者同士がぶつかり合う余波であることを察し、すぐ隣に聳え立つビルの屋上へと目を向ける。

 

「この妖気……まさか!!」

 

 かごめも強い妖気を感じ取り、何やら思い当たる節があるような顔でビルの上を見上げる。

 

 彼女たちの視線の先で、二人の青年が何かを言い合いながら争い合っていた。

 

 その片方——長い銀髪に赤い着物、帽子が脱げて犬耳が見えてしまっている半妖の青年に向かい、かごめはその名を呟いていた。

 

「——犬夜叉!?」

 

 

 

×

 

 

 

「——くらいやがれ! 風の傷!!」

 

 鬼道衆を名乗る石動零という青年に喧嘩を売られ、犬夜叉は反撃のために鉄砕牙を抜き放つ。

 基本的に戦術やら搦手が得意ではない犬夜叉は、まず最初に先手必勝とばかりに強烈な必殺技を放つ傾向が強い。今回もその例に漏れず風の傷で反撃、放たれた衝撃波が石動を襲う。

 

「ふん!」

 

 並の相手であればその一撃で終わっていただろう。だが、石動零も退治屋として相当な修羅場をくぐってきている。真正面から放たれるその一撃を悠々と躱し、逸れていった風の傷の衝撃波がビル屋上に設置されている貯水タンクをぶっ壊す。

 

「ちっ! なら……こいつでどうだ!」

 

 水しぶきに体を濡らしながら、初手の一撃を避けられたことに犬夜叉は舌打ちする。

 どうやら相手の人間はそれなりに手練れらしい。戦国時代で数多くの大妖怪を倒してきた犬夜叉でも、油断はできない。

 そのことを直感的に理解し、犬夜叉はさらに強烈な一撃で相手を退けようと試みる。

 

「くらえっ! 金剛——」

 

 風の傷を上回る技——『金剛槍破(こんごうそうは)』を放つために鉄砕牙を振りかぶる。だが——

 

「——犬夜叉!!」

「——っ!?」

 

 自身の名前を呼ぶ、聞き馴染みのある少女の叫び声に犬夜叉の手が止まった。

 ビルの上から地上を見下ろせば、日暮かごめが何事かという表情で自分のことを見つめている。

 

「かごめ……っ!?」

 

 その瞬間、犬夜叉の脳裏に彼女との今朝のやり取りが思い出される。

 

『——むやみやたらに刀なんて振り回さないで!!』

 

 この時代で鉄砕牙を迂闊に使用するなという注意喚起。もしもそれを破り、周囲に甚大な被害を出せば——犬夜叉はこの時代にいられなくなるという。

 犬夜叉にとって、日暮かごめという少女との時間は心の癒しだ。

 彼女に出会うまで半妖である彼は誰も信じられなかった。かごめが側にいてくれたからこそ、犬夜叉は他人を信じる勇気を取り戻すことができた。

 

 そんな彼女と過ごせる時間が減ってしまう。それは犬夜叉にとって、体を切り刻まれるより辛いことである。

 

 それに今ここで石動とぶつかり合えば、戦いの余波にかごめも巻き込んでしまう危険性がある。実際、ぶっ壊した貯水タンクの破片が降り注ぎ、既に多少なりとも被害が出ている。

 

「……くそっ!」

 

 何よりも、かごめを巻き込んでしまうという危険性を考慮し、犬夜叉は刀を鞘に納める。

 そして、その場から逃げ出すという、彼にしては屈辱的な選択をするしかなかった。

 

「逃がすか!!」

 

 尻尾を巻いて逃げ出す犬夜叉を、すかさず石動零が追跡する。

 

 二人の戦いは場所を変え、さらに激化していくこととなる。

 

 

 

 

「今の人が……犬夜叉さんですか!?」

 

 遠ざかっていく二人の人影を茫然と見送りながら、まなはかごめに声を掛ける。

 かなり距離があったため、まなの視力ではその人影の人相が分からなかった。かごめが「犬夜叉!!」と叫んでくれたおかげで、片方がそうなのだと察する。

 

「そうだけど……あいつ、今誰かと戦ってた!?」

 

 たとえ離れていても、かごめには一目であれが犬夜叉だと理解できる。

 しかし、もう片方の人物にかごめは心当たりがない。そもそもな話、この現代で彼が誰かと戦わなければならない理由が分からない。以前も何度か現代の妖怪を相手にしたことはあるが、少なくとも今は邪悪な妖気の類は感じられない。いったい、あの相手は何者だろう。

 

「今の男……まさか!?」

 

 一方で猫娘の目には二人の人相が朧げながら見えていた。犬夜叉と呼ばれた『犬耳の青年』。そして、あのタンクトップの男——。

 と、猫娘がそこまで考えたところで、ヒラヒラしたボロボロの布切れが彼女たちの元へやって来た。

 

「あ~……もう! えらい目におうたばい!!」

「一反木綿!? 帰ってたの!?」

 

 里帰りを終えて戻ってきた一反木綿。やれやれとため息を吐きながら、彼は何があったか事情を説明してくれた。

 

 犬夜叉と石動零の二人が戦っているという、緊迫した状況を——。

 自分がその争いに巻き込まれ、酷い目にあったということを——。

 

「戦ってるって……犬夜叉が人間相手に!?」

 

 一反木綿から事情を聞き終え、かごめが驚いた顔になる。

 ただの人間が犬夜叉相手に戦いを挑むなど、正直無謀なのではと。彼の強さを信頼するが故に、思わず相手の身を気遣ってしまう。

 だが、石動零は普通の人間ではないと猫娘が語る。

 

「侮らないほうがいいわよ。あいつは石動零、鬼道衆の生き残り。悔しいけど……鬼太郎ですら手を焼くような相手なんだから!」

 

 鬼道衆とは妖怪退治を専門とする能力者の集団である。

 彼らは修験道と陰陽道を組み合わせた独自の呪法を用い、人間を守るために数多くの妖怪たちを葬ってきたという実績を持っている。歴史と共に弱体化が進み、霊能者の類が減った現代でも彼らの力は本物だ。

 

 そして彼——石動零は妖怪に強い憎しみを抱いていた。

 

 一族の里を大逆に四将である玉藻の前に滅ぼされ、彼女を仇として追っている。同胞を皆殺しにされた恨みから妖怪という存在そのものを敵視しているのだ。

 どういう状況かによるが、そんな石動と喧嘩っ早い犬夜叉が出会ってしまったのだ。

 激突は必定、避けられぬ衝突であろう。

 

「……犬夜叉!」

 

 相手の正体、決して侮れない実力を聞かされ、かごめは途端に犬夜叉のことが心配になってきた。

 彼がその鬼道衆に討伐されてしまうかもしれない——その恐怖から身を震わせる。

 

「ともかく! 今すぐここから避難するばい! わしゃはこれから鬼太郎しゃんを呼んでくるさ!!」

 

 一反木綿は女の子たちに、この場から離れるように提案する。一旦は距離を取った犬夜叉たちだが、いつまた戻ってきて彼らの戦いに巻き込まれるかも分からない。

 また、石動零を見つけたとも、鬼太郎に報告しなければならない。

 何を隠そう、石動が大逆の四将の一体である『鵺』の魂を所有しているのだ。閻魔大王との契約を履行するためにも、そろそろこの辺りで彼から鵺の魂を取り戻さねば。

 

「——待って!!」

 

 だが、鬼太郎の元へ飛んでいこうとする一反木綿を、彼女——日暮かごめが呼び止めていた。

 

「一反……木綿さんでいいんですよね?」

 

 初対面である一反木綿に、やや遠慮がちながらも意を決して彼女は頼み込む。

 

「お願い! 私を……犬夜叉の元まで連れて行って!!」

「——っ!?」

 

 突然の申し出に周囲が驚いた反応をするも、かごめは勢いのまま捲し立てる。

 

「私なら……犬夜叉を止めることが出来るから! 戦いそのものを、やめさせることが出来るかもしれない!」

 

 デタラメではない。確かな自信を持って、彼女は犬夜叉を大人しくさせられると語る。犬夜叉の方から手を引けば、石動零も敵意を収めるかもしれないと、彼女なりに淡い期待を抱いての提案である。

 

「え、ええっと……どないすればええんかいのう?」

 

 かごめと犬夜叉が親しい仲であることを知らない一反木綿は、状況がいまいち理解しきれずに困惑する。

 可愛い女子を乗せる分には何も問題はないのだが、果たしてこんな良い子をあんな男たちのところに連れて行っていいかどうか悩む。

 

「…………いいわ。一反木綿! 私も一緒に行く!」

 

 すると、僅かに考える時間を巡らせ、猫娘は一反木綿にかごめの提案を呑むように言う。かごめだけでは心配なため、猫娘自身も一緒について行く。

 

「カラスたち!!」

 

 一反木綿の背に飛び乗りながら、猫娘はすぐ近くの街路樹に止まっているカラスたちに声を掛けた。

 

「鬼太郎に伝えて! 石動と……例の『犬耳の妖怪』が戦ってるって!!」

「カァー!!」

 

 一反木綿の代わりに、カラスたちに鬼太郎への伝言を頼み。

 これで彼にも、石動たちの情報が伝わるだろう。あとは——

 

「まな!!」

「は、はい!?」

 

 一人どうすべきか、その場で立ち尽くしている犬山まな。

 戦闘員ではない人間の少女。本当ならこの場から避難させるか、ここで大人しくしているように言い聞かせるべきだったのだろう。

 

 しかしこのとき、猫娘はまなにとある役割を与えるために声を掛けていた。

 

 

 

「ちょっと頼みがあるの、いい? よく聞いてね。今から——」

 

 

 

×

 

 

 

「どうした、半妖! この程度か!!」

「うるせぇ!!」

 

 建物から建物へと移動しながら、石動零と犬夜叉は何度も激しくぶつかり合う。石動の鬼の腕と犬夜叉の爪による斬撃『散魂鉄爪(さんこんてっそう)』が空中で火花を散らす。

 

「その妖刀は飾りか!? 何故使わない!」

 

 石動は犬夜叉が鉄砕牙を振るわないことに疑問をぶつける。

 妖怪全般を敵視する彼は、犬夜叉が周囲の被害を気にして刀を使わない事情など一切考慮しない。妖怪に、周囲を気遣うなどという考えがあるなど、思いもしないのである。

 

「けっ! てめぇなんざ、鉄砕牙を振るうまでもねぇ!!」

 

 犬夜叉も犬夜叉で相手に弱みを見せないように強気に叫び返す。鉄砕牙を使わないのではない、使う必要がないのだと見栄を張り、己の爪のみで奮戦する。

 

「くらえ! 飛刃血爪!!」

 

 己の血を爪にまとわせ硬化させて放つ『飛刃血爪(ひじんけっそう)』などを用い、遠距離からも攻撃を加え続ける。

 

「ふん! 効くか、こんなもの!!」

 

 しかし石動零にそれらの技は通じない。

 鬼神の分厚い腕が生半可な攻撃を全て薙ぎ払ってしまうのだ。

 

「くそっ!!」

 

 さすがに素手だけでは分が悪いと判断したのか。石動を退けながら、犬夜叉はせめて刀を振るっても問題なさそうな、人気のない場所を目指して後退を続ける。

 その間、石動は喰らいついたら放さない、鮫のようなしつこさで迫ってくる。

 

 そうして、石動の攻撃を何とか凌ぎ切り、犬夜叉はようやく周囲にも人気の無い廃ビルの屋上にたどり着いた。

 

「よし、ここなら!!」

 

 ここでなら刀を振るっても問題ないだろうと判断し、再び鉄砕牙を構える。犬夜叉は守り一辺倒から、攻めの姿勢へと移行する。

 

「させるか!!」

 

 対する石動零。彼は既に犬夜叉の持つ妖刀の力を危険視していた。

 実際に振るわれずとも伝わってくる。鉄砕牙自体が放つ強い妖力を。あの刀を犬夜叉に使わせてはならないと直感で悟る。

 

 だからこそ、石動は犬夜叉が刀を振るうより先に『次なる一手』に出ることにした。

 

「——鵺招来!!」

 

 石動の言葉をきっかけに、今一度彼の腕の部分に文字が浮かび上がる。今度は『鬼』ではなく『鵺』という単語が一文字。

 次の瞬間、鬼神の腕だった腕部が変化——右腕が妖怪・鵺の頭部へと姿を変える。

 

 これこそ、石動零の行使する『呪装術』だ。

 倒した妖怪の魂を取り込み、必要に応じて己の身に憑依させることで、その妖怪の能力を自由自在に扱う呪法である。石動はこの術で様々な能力を行使できるよう、数多くの妖怪の魂を取り込んでいる。

 

『——グァアアアアアアアアアアアアア!!』

 

 鵺もその内の一体。鵺の能力——不気味な鳴き声を超音波のように放ち、犬夜叉の動きを封じ込める。

 

「な、なんだ、この音は……ぐうぅっ!?」

 

 初めて聞く鵺の耳障りな鳴き声に、犬夜叉は反射的に両手で耳を塞ぐ。人間であれば気を失うほどの絶叫、半妖である犬夜叉でもかなり堪えるものがあった。

 意識こそ保てたものの、ほんの数秒だが動きが止まる。その致命的な隙を、石動零は見逃さない。

 

「ふっ、隙だらけだぜ、半妖!!」

 

 怯んだ犬夜叉へ、鵺の頭部と化した右腕で襲い掛かる。

 

「くっ!」

 

 ぎこちない動きながらも、敵の動きに合わせて応戦する犬夜叉。鉄砕牙の刀身で鵺の牙を受け止め、何とか互角につばぜり合う。

 だがその必死な抵抗すらも、石動の予測通りである。

 

 攻防の最中、鵺の口から——鵺の尻尾でもあった『蛇』が顔を出す。

 蛇は鉄砕牙の刀身に巻きついて動きを阻害しながら、そのまま——犬夜叉の首筋に噛みついた。

 

「なっ!? こいつ、離れやがれ!!」

 

 噛まれた痛みに顔をしかめながら、即座に蛇を切り捨てて束縛を解き、改めて攻撃体制に移行しようとする。

 

 次の瞬間——突如、体の痺れが犬夜叉を襲う。

 

「!? なんだ? 体が……う、うごかねぇ?」

 

 鉄砕牙を握る手に力が入らず、思わず刀をとりこぼしてしまう。犬夜叉の体を襲った体調の変化に、石動は己の策略が見事に嵌ったことに口元を吊り上げる。

 

「残念だったな。鵺の尾には神経毒が仕込まれてる。いかにお前が半妖とはいえ、暫くは指一本満足に動かせねぇぜ」

 

 そう、鵺の尾である蛇。実はその蛇——体内で神経毒を生成する『毒蛇』だった。鵺はその毒で獲物の動きを鈍らせて狩りをするという、狡賢い性質も持ち合わせていたのだ。

 当然、石動の呪装術にもその毒蛇の特徴がしっかりと反映されていた。それにより、石動は犬夜叉にまんまと毒を注入し、彼の動きを鈍らせことに成功したのである。

 

 石動は痺れて動けないであろう犬夜叉にとどめを刺すべく、再び両腕に鬼神を宿す。

 

「終わりだ、半妖。お前も……俺の糧になれ!!」

 

 その豪腕を躊躇なく振り下ろし、犬夜叉の魂すらも取り込もうと企むのであった。

 

「くそったれ、こんな……ところで!!」

 

 奈落や殺生丸でさえない。こんな、どこの馬の骨とも分からぬ輩にここまで追い詰められるなど、犬夜叉は考えてもいなかった。

 覚悟など出来ているわけもなく、今まさに死が迫りくる瞬間、彼の脳裏に一人の女の子の存在が過ぎる。

 

 ——かごめ!!

 

 まさに、その少女の名を心中で叫んだときである。

 

 

「——犬夜叉ぁあああああ!!」

 

 

 上空から彼の名を呼ぶ、その少女の——日暮かごめの声が響き渡る。

 

 

 

×

 

 

 

 一反木綿に乗って超特急で駆け付けたおかげで、かごめは犬夜叉の姿を視界に捉える。しかし、遠目から見える彼は、どこか切羽詰まった状況に追い込まれている様子だ。

 今まさに、石動零が棒立ちになっている犬夜叉にトドメを刺そうとしていた。

 

「不味い、間に合わない!?」

 

 かごめと一緒に付いてきた猫娘が焦りを口にする。このままでは石動が犬夜叉を倒し、その魂を奪い取ってしまうだろう。

 石動の力がさらに増し、ますます手がつけられなくなってしまうことを懸念する。

 

「犬夜叉っ!!」

 

 一方でかごめは何よりも犬夜叉の身を案じる。

 どういう理由か動けないでいる彼の窮地を救うべく、彼女は大きく息を吸い込み、声が枯れるほどの大音量で『魔法の言葉』を唱えていた。

 

 

「——おすわりぃいいいいいいいい!!」

 

 

 刹那、犬夜叉の首に下げられていた首飾りが強い光りを放ち、動けないでいる犬夜叉の体を強制的に地面にめり込む勢いで引っ張る。

 

「ふぎゃっ!?」

 

 これぞ『言霊の念珠』の効果である。荒ぶる犬夜叉を鎮めるために付けられたその首飾りは、巫女であるかごめの「おすわり!」という言葉一つで、犬夜叉の体を地面に叩きつける。

 普段は犬夜叉を静止したり、お仕置きをするために使われる言霊だ。

 

「なにっ!?」

 

 だがそれにより、今回は動けない犬夜叉の『緊急回避手段』として役に立った。

 予想外の動きをされたことにより石動の一撃が空振り、犬夜叉は何とか事なきを得る。

 

「ちっ!」

 

 避けられると思っていなかったのか、石動は慌てた様子でもう一度、拳を振りかぶろうとする。

 

「させないわよ!!」

 

 しかし、一瞬でも時間を稼げたおかげで救援が間に合った。

 一反木綿から飛び降り、猫娘が上空から奇襲を仕掛ける。彼女の鋭い爪の斬撃を避けるため、石動は即座に後退。その間、一反木綿と共に犬夜叉の元へかごめが駆け寄る。

 

「大丈夫、犬夜叉!?」

「お、お前……どの口で言いやがる……」

 

 かごめは真っ先に彼の身を気遣うも、犬夜叉はピクピクと痙攣しながら言い返す。

 おすわりのおかげで命こそ助かったものの、頭をコンクリに思いっきり叩きつけられるのは当然ながらとても痛い。助かったことに変わりはないのだが、どうにも釈然としない気持ちに犬夜叉は素直に礼を言うことができないでいる。

 

「お前ら……!!」

 

 一方で、石動零は敵意に満ちた表情で自分の邪魔した猫娘、一反木綿を睨みつける。

 現在、鬼太郎たちと大逆の四将の魂を奪い合っている状況の両サイド。それでなくても、石動は妖怪を強く敵視しているのだ。いっそ、猫娘たちもまとめて刈り取ってやろうかと、握る鬼の拳に力を込める。

 しかし——

 

「そこのお前……」

「えっ……わたし?」

 

 石動は犬夜叉の側に寄り添う、かごめに声を掛けていた。

 

「お前……人間、それも巫女だな……」

 

 彼はかごめの纏う雰囲気から、彼女が巫女の類であることを見抜き、率直な疑問をぶつける。

 

「何故そんなやつの身を気遣う? そいつは半分とはいえ……妖怪だぞ? 何故人間であるお前が、半妖なんざに肩入れしてやがる!?」

 

 人間と妖怪は決して理解し合えない。それが石動零の基本思想だ。

 だからこそ、犬夜叉のことを心配そうに見つめる、かごめの存在に疑問を抱かずにいられなかった。

 何故、巫女である彼女が半妖などと違和感なく一緒にいるのかと。

 

「そんなのっ!!」

 

 石動のストレートな問い掛けに、かごめは何の迷いも答えていた。

 

 

「——仲間だからに決まってるでしょ!!」

 

 

 

 

 

「か、かごめ……」

 

 犬夜叉はかごめの顔を見つめる。彼女は半妖である自分を敵視する石動零に向かい、挑むかのような目つきで叫んでいた。自分が仲間だと、犬夜叉を庇う理由を——。

 

「仲間だと!? 人間が妖怪と……半妖なんざと仲良くできるわけがねぇ! 巫女のくせに甘ったれたこと言ってんじゃねぇ!!」

 

 巫女という立場で犬夜叉に肩入れするかごめに怒りを隠しきれないのか、石動はかごめのことすら敵意ある言葉で罵倒する。

 

「んだと……くっ!」

 

 そんな彼に何かを言い返そうとする犬夜叉だが、体の痺れが抜けきらず上手く言葉が出てこない。何も言い返せない自身の不甲斐なさに、ギリギリと強く歯軋りする。

 だが、怒りを内側に溜め込みことしかできない犬夜叉の代わりに、日暮かごめは声高々に叫ぶ。

 

「妖怪? 半妖? それが何よ!? 犬夜叉は犬夜叉よ! わたしの大切な仲間!!」

 

 つい先日の村人たちの件もあってか、半妖である犬夜叉を一方的に蔑む言葉に怒りを抑えることができない。

 かごめはついつい熱くなってしまい、周囲の視線もはばからずに己の気持ちを吐き出していた。

 

「巫女とか立場とかも関係ない!! わたしは犬夜叉と一緒にいたい!! それの何が悪いって言うのよ!? 犬夜叉のこと何も知らないくせに、好き勝手なこと言わないでよ!!」

「かごめ……」

 

 彼女の正直な気持ちに、犬夜叉の胸に温かいものがこみ上げてくる。半妖、半妖と、村人たちや石動零に罵られた心が癒されたような気分だった。

 

 しかし、それは犬夜叉と長い時間を掛けて絆を深めた、かごめだからこそ——。

 犬夜叉のことなど何も知らない、石動の知ったところではない。

 

「……ふんっ! それがどうした!! そいつは半妖、人間の敵だ! 邪魔をするなら……っ!!」

 

 石動は決して人間を殺しはしない。だが今の彼は心情的にかなり余裕のない状態であった。妖怪討伐を邪魔するようなら、たとえ人間相手でも力尽くに出る可能性は捨てきれない。

 実際、彼は自身の障害となっている猫娘と一反木綿を先に片付けようと、鬼神の腕に力を込める。

 

 

 だが、石動が動こうとしたそのとき。どこからともなく飛来した『下駄』が彼の動きを妨害する。

 

 

「——ちっ!?」

 

 石動がその下駄を振り払い弾き飛ばすと、下駄は持ち主の元へと戻っていく。

 

「——そこまでにしておくんだ、石動零」

 

 そう、カラスの報せを受けてその場に駆けつけてきた、鬼太郎の足元へと。

 

 

 

 

「鬼太郎!!」

「鬼太郎しゃん!!」

 

 自分たちのSOSに応え、当然のように来てくれた鬼太郎に猫娘と一反木綿の顔色に希望が宿る。自分たちではおそらく石動には敵わないであろうことを、先の戦いで屈辱ながらも思い知っている。

 だが鬼太郎なら石動に対抗できると、彼への信頼から猫娘たちも加勢すべく身構える。

 

「ゲゲゲの鬼太郎!! また俺の邪魔をする気か!!」

 

 妖怪たちに取り囲まれている中、石動零は苛立ちを込めて鬼太郎を睨み付ける。

 これまで幾度となく敵対し、ぶつかり合ってきた二人の相性は最悪。石動は偽善者と鬼太郎を毛嫌いし、鬼太郎もまた石動の凝り固まった考えに嫌悪感を隠そうともしない。

 出くわした以上、敵対するのは当然の事態である。

 

「こいつは大逆の四将とは関係ねぇが、人間に害を成すかもしれない妖怪だぞ! お前の出る幕じゃねえ、俺が片付けてやるから引っ込んでろ!!」

 

 石動は鬼太郎に己の意見をぶつけていた。

 犬夜叉はぶっそうな妖刀を平然とぶら下げ、人間の街に紛れ込んでいた異物だと。人間に仇なすかもしれない妖怪だと強く主張することで、鬼太郎に引っ込んでいるように告げる。

 

「お前も今まで数えきれない妖怪どもを片付けてきただろう、それと何が違う!?」

 

 悪しき妖怪を退治する。それは今まで鬼太郎も行ってきた所業だ。それらの行為と自分が犬夜叉を討伐することに何の違いがあると、自身の行動の正当性を主張することで鬼太郎を退けようと試みる。

 石動零の言い分も、時と場合によっては正しいものだろう。実際、鬼太郎はそうやって何度も悪い妖怪を退治してきた。

 

 しかし、今回に限ってその主張は通らない。

 

「悪いがそうはいかない。そっちの彼に……ボクたちも用があるんだ」

「えっ……鬼太郎が、犬夜叉に?」

 

 これに驚いたのはかごめである。

 あのゲゲゲの鬼太郎が犬夜叉に用事とはいったい何だろうと、不安と心配にその表情を曇らせる。

 

 

「——猫姉さん! 鬼太郎!!」

 

 

 すると、かごめの疑問に答えるかのようなタイミングで、カラスたちに連れられた犬山まながその場に駆けつけてきた。

 

 

「——犬耳のお兄ちゃん!!」

 

 

 その膝の上に、ちょこんと小さな女児を伴って——。

 

 

 

×

 

 

 

「よっと! 言われたとおりに連れてきましたけど……」

「ええ……ありがとね、まな」

 

 まなは猫娘に頼まれた件——アミちゃんという女の子をここまで連れてくる役割を無事にこなし、彼女と共に犬夜叉の元へとやってきた。

 まなはアミの依頼の件など知らなかったが、カラスたちが道案内をしてくれたことで無事に彼女の家に辿り着いた。アミに「犬耳の青年が見つかった」と伝え、そのままアミと一緒にカラスのブランコに乗り込んだ。

 

「犬耳のお兄ちゃん!!」

 

 ブランコから降りるや、アミは真っ先に犬夜叉の元へと走り出す。

 

「な、何だお前? ……って、誰が犬だよ!」

 

 無邪気に駆け寄ってくる幼い少女に、のぞけりながら腹を立てる犬夜叉。

 基本、彼は犬扱いされることを嫌っている。さすがに子供相手にそこまで怒鳴ったりはしないものの、あまりいい気分はしなかった。

 

「ん? お前……いつかのガキじゃねぇか?」

 

 だが、すぐに犬夜叉はその少女の顔に見覚えがあることに気づく。その少女が、過去に自分が火事の中から救出した人間の女の子であることを思い出したのである。

 

「えへへ……やっとまた逢えたね! 犬耳のお兄ちゃん!!」

 

 アミは自分を助けてくれた犬夜叉を犬耳のお兄ちゃんと慕い、無邪気な笑顔を見せる。

 

「あのね! わたしあのときのお礼がもう一度言いたくて、鬼太郎さんにお兄ちゃんのこと捜してもらってたの!!」

「……そうだったの」

 

 アミの言葉に合点が言ったと、傍のかごめがホッと胸を撫で下ろす。

 どうやら、犬夜叉が鬼太郎に目を付けられるような騒ぎを起こしたわけではないと、安堵しながら事の成り行きを静かに見守る。

 

「それでね、この花飾りを犬耳のお兄ちゃんのために作ったの。あんまり綺麗じゃないけど……受け取ってくれると嬉しいな……」

 

 彼女が懐から取り出したのは手製の花飾りだった。自分の作品にそこまで強く自信を持てないのか、不安げな表情ながら、それを犬夜叉へそっと差し出す。

 

 

 もっとも、不安を感じていたのはアミだけではなかった。

 

 

「…………お前は、俺が怖くないのかよ?」

 

 犬夜叉は自分に好意を向けてくる小さな女の子相手に、思わずそんなことを尋ねる。

 

 いつもの犬夜叉なら、そんな弱気な態度を取りはしなかっただろう。

 だがここ最近は半妖であることを理由に蔑まされ、子供の頃から迫害されてきた苦い記憶が何度も思い起こされていた。

 

「俺は……見ての通り人間じゃねぇし、妖怪でもねぇ。どっちつかずな半妖だ……そんな俺に、お前は……」

 

 そんな状況が犬夜叉自身も知らず知らずのうちに、彼の心の奥底の弱った部分を浮き彫りにさせていたのだ。

 しかし、深刻な顔色で語る犬夜叉とは対照的に、アミはキョトンとした顔で首を傾げる。

 

「はんよう? はんぱもの……? う~ん……?」

 

 幼い彼女には半妖がどうだの、差別がどうなどよく分からない部分の方が大きい。

 それでも、何とか犬夜叉の言葉の意味を考え、幼いながらもしっかりと頭を悩ませる。

 

 やがて——自分なりの答えを導き出したのか、アミはしっかりとした口調で犬夜叉に語りかける。

 

 

「むずかしいことはよくわからない……けど、犬耳のお兄ちゃんは『いい妖怪』でしょ!?」

「——っ!!」

「だって、わたしのこと助けてくれたんだもん! 全然、怖くなんかないよ!!」

 

 

 そう、他の誰が犬夜叉を半妖と蔑もうと。人間の敵だと決めつけようと。

 アミという少女にとって、犬夜叉は『自分の命を助けてくれた、カッコよくて優しいお兄ちゃん』である。

 その事実が、この少女にとっての全てなのだ。だから——

 

 

「ありがとう、お兄ちゃん! わたしのこと……助けてくれて!!」

 

 

 だからこそ、アミが犬夜叉に向ける感情は好意のみだ。

 自分が感謝しているという気持ちを最大限、精一杯表現しようと、彼女は微笑むのだ。

 

「……っ!」

 

 そんな眩い笑顔を前に、犬夜叉はどうすべきか分からずに戸惑っている。

 すると、そんな彼の背を押すべく、隣に立つ日暮かごめが犬夜叉の手を優しく触れていた。

 

「受け取って上げて、犬夜叉……」

「かごめ……」

 

 暖かな体温を肌で感じとり、犬夜叉は彼女の囁きに耳を傾ける。

 

「あの笑顔も、この花飾りも。この子なりの精一杯の感謝の気持ちだから。犬夜叉が……あなた自身が受け取ってあげないと……ねっ?」

「あ、ああ……」

 

 かごめにそこまで言われたことで、ようやく犬夜叉に手を伸ばす勇気が芽生える。

 既に蛇の毒素は薄れ、体の痺れは抜けきっていたが。恐る恐ると、割れ物でも触れるかのよう、おっかなびっくりに花飾りを受け取る。

 

「ほら、付けてあげるから。じっとしてて……犬夜叉」

 

 ようやく受け取った少女からの贈り物を、付け方が分からない犬夜叉の代わりに、かごめがそっと頭に刺してやる。

 犬夜叉の長い銀髪に、アミのプレゼントしたピンクのガーベラがよく映える。

 

 

 ガーベラの持つ花言葉は『希望』。

 特にピンクのガーベラには『感謝』の意味も込められている。

 

 

「うん! よく似合ってるわ、犬夜叉。可愛い!」

「お、男相手に可愛いとか言ってんじゃねぇよ! 俺にこんなもん……似合うわけねぇだろ!!」

 

 可愛いと褒めるかごめに、顔を真っ赤にした犬夜叉が照れた表情で言い返す。

 男の自分に花飾りなど、似合う訳もないとムキになって否定する。

 

「そんなことないよ! 犬耳のお兄ちゃん、すっごく可愛い!!」

「ほんと、ほんと! よう似合っとるばい!!」

 

 そんな犬夜叉にアミも、そして何故か一反木綿も口々に彼の花飾りを付けた姿を可愛いとか絶賛していた。

 

「だから似合ってなんか……って、何でお前までこんなところにいんだよ! この布切れが!!」

 

 可愛いなどと言われ慣れていない犬夜叉。ついつい恥ずかしさから、暴力的な口調や態度をとってしまう。

 当然、その標的は一反木綿へと集中。彼を引っ張ったり、ギュッと掴んだりして、とりあえず恥ずかしい気持ちを誤魔化す。

 

 少なくともその間、犬夜叉の心に自分が半妖だからなどという負い目は一切存在していなかったのである。

 

 

 

 

「…………ふん」

 

 犬夜叉とかごめ。アミや一反木綿たちがワイワイと賑わう光景を、石動零は険しい表情で見つめていた。

 先ほどの威勢はどこへ行ったのか、呪装術も解いてその場から立ち去ろうと、彼らに黙って背を向ける。

 

「待て、石動よ」

 

 そんな彼を、鬼太郎の頭からひょっこり顔を出した目玉おやじが呼び止める。

 

「あの光景を見ても……まだお前さんは妖怪を人間の敵と断ずるのか?」

 

 人間と妖怪と、そして半妖。種族の垣根や壁を越え、笑顔で笑い合う犬夜叉たち。

 アミが犬夜叉に助けられたという話も聞こえていた筈だ。

 それでも——それでも、まだ全ての妖怪を敵視する姿勢は変わらないのかと問い掛ける。

 

「……何度も言わせんじゃねぇ、俺の答えは変わらない」

 

 目玉おやじの言葉にも、石動はその強固な意思を崩さない。

 

「妖怪は人間の敵だ。俺たち鬼道衆は妖怪から人間を守るために生まれた。その使命を……生き残った俺が果たさなくてどうする!」

 

 自分は鬼道衆。最後の生き残りとしての誇りにかけ、決して妖怪に心を許しはしない。

 あんな光景を見せられたところで、それは変わらないときっぱりと断言する。

 

「……だが、あの子供に免じてこの場は退いてやる」

 

 この場で矛を収めるのも、あのアミという少女を巻き込まないためだ。

 さすがの石動もあんな幼い少女の前では戦いにくいのか、この場は一時退散する。

 

「だが、次はねぇぞ。ゲゲゲの鬼太郎!!」

 

 去り際。揺るがぬ敵意を瞳に込め、彼は苛立ちの全てを鬼太郎へとぶつける。

 

「今度俺の邪魔をするようなら、容赦なくお前を倒す。覚悟しておくことだ……」

「……それはこっちの台詞だ」

 

 そんな石動零の言葉に、鬼太郎も強気に言い返していた。

 

「次こそ、君から鵺の魂を取り戻す。絶対に……逃しはしない!!」

 

 閻魔との取引がある以上、鬼太郎は鵺の魂も地獄へ送らなければならない。

 無関係な人間の女の子を巻き込みたくないという思いは同じなため、鬼太郎もこの場では石動を深追いはしない。

 

 だが次こそ、次こそは必ず鵺の魂を取り戻して見せると。

 強い決意を込め、その場を立ち去る石動零の背中を静かに見送っていた。

 

 

 

×

 

 

 

「なるほど……これが骨喰いの井戸か」

 

 後日。鬼太郎と目玉おやじは日暮かごめの実家、骨喰いの井戸が祀られている神社へと足を運んでいた。

 例の——犬夜叉たちがタイムスリップをするための井戸とやらを、覗き込みながら目玉おやじが呟く。

 

 

 あのすぐ後、アミの依頼を果たした後に鬼太郎たちは『犬夜叉がどこから来た妖怪なのか?』と、素朴な疑問を口にしていた。

 結構な範囲を捜索したにもかかわらず、なかなか犬夜叉のことを見つけられなかったことに疑問を抱いたが故の問い掛けだったのだが——何故かその質問に日暮かごめが言い淀む。

 

『え、ええと……じ、実は…………』

 

 最初は何かしらの言い訳を考えていたかごめだったが、たび重なる鬼太郎たちの追及に観念したのか、彼女は自分の事情、犬夜叉の事情を全てを明かしていた。

 

 犬夜叉が骨喰いの井戸を抜け、戦国時代からこの現代にタイムスリップしてきたことを——。

 かごめが、現代人でありながら戦国時代で仲間たちと共に旅をしていることを——。

 

「ふむ、にわかには信じがたい話じゃが……」

「そうですね……父さん」

 

 当初、時代を行き来するというかごめの話に、鬼太郎たちは眉をひそめていた。

 いかに妖怪である彼らでも、時代を移動するなどという話、そう簡単には信じられない。

 

『じゃあ、先に弥勒たちと合流してくる。お前も早く戻って来いよ、かごめ!!」

 

 しかし戦国へ帰還するため、骨喰いの井戸へ飛び込んだ犬夜叉が何処ぞへと姿を消した。

 その瞬間を目撃したことで、一気にかごめの話に信憑性が増し、鬼太郎も物は試しと井戸の中に飛び込んでみる。

 

「……駄目ですね。やはりただの枯れ井戸です。彼女の言っているように、時代を行き来できるのは彼女と犬夜叉の二人だけのようです」

 

 だが、鬼太郎が井戸に飛び込んでも何も起きない。彼にとって、これはただの枯れた井戸でしかない。

 かごめの話が正しければ、この井戸を通ってタイムスリップできるのは彼女と犬夜叉だけのようだが。

 

 本当の意味で、鬼太郎にかごめの話の真偽を確かめる術はない。

 

「——そうですよね。やっぱり……信じられない話ですよね」

 

 鬼太郎たちが自分の話を疑っていることを、既にかごめは覚悟していた。

 それでも、彼女は再び戦国時代に旅立つ準備を進め、たった今支度を終え、犬夜叉の後を追うべく骨喰いの井戸の前で鬼太郎と顔を合わしていた。

 

「いや……君の話を信じよう。そんな嘘を付く理由もないじゃろうしのう」

 

 しかし、自嘲的な笑みを浮かべるかごめに、目玉おやじは彼女の話を信じると力強く頷く。

 そんな嘘を付く理由もなければ、そんな嘘を言う子に見えないと、彼の観察眼がかごめという少女の言葉を信じさせていた。

 

「済まんのう……わしらでは、君たちの旅の無事を祈るだけで精一杯じゃ」

 

 信じた上で、目玉おやじはかごめを過去に送り出すことしかできない、自分たちの不甲斐なさに頭を下げる。

 

 犬夜叉と日暮かごめの戦国時代を巡る旅。

 その行く末次第では、この日本という国の未来を変えてしまう恐れもある。

 そのような重責を、まだ中学生であるかごめに背負わせてしまう。そのことが目玉おやじには心苦しかった。

 

「そんな! 謝らないでください!! もともと……これは私たちで解決すべき問題ですから……」

 

 謝る目玉おやじに、かごめは気にしないでくれと首を振る。

 これは元から自分たちで解決すべき問題、鬼太郎たちが気に病むべきことではないと。

 

「きっとやり遂げて見せますから! 私と犬夜叉……仲間たちと一緒に!!」

 

 それに、かごめには犬夜叉以外にも戦国時代に頼れる仲間たちがいる。

 鬼太郎たちにも負けず劣らずな、頼りになる面子だ。

 

 彼らとならきっとやり遂げられると、かごめは自信満々に井戸の向こうへと旅立とうとする。

 

「それじゃ……行ってきます!!」

「——待ってくれ!」

 

 かごめが旅立つ間際、鬼太郎は彼女を呼び止めていた。

 彼も父親同様、かごめたちに全てを託すことに心を痛めているのか。

 

 鬼太郎にしては熱のこもった、力強い言葉でかごめにエールを送る。

 

「未来を……いや、『過去』を君たちに託す。どうか……よろしく頼む!」

「…………はい!!」

 

 ゲゲゲの鬼太郎に託された思いを胸に、いざ戦国時代へと旅立つ日暮かごめ。

 

 たとえ共に歩むことができなくても、これは自分たちだけの旅ではないと。

 かごめは改めて、己の背負っているものの重みを思い知らされる。

 

 戦国時代の平穏を取り戻すためにも、現代の人々が変わらぬ日々を過ごすためにも。

 

 

 立ち止まるわけにはいかないと、この旅を最後まで成し遂げることを胸に誓う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 たとえ旅の終着点に待つものが——犬夜叉との離別であろうとも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回予告

「最近、妙な視線を感じるような気がする。
 ……えっ? ボクと猫娘の本が出回っている?
 随分と薄い本ですが、中身はどうなっているんでしょう?
 父さん……同人誌って何ですか?

 次回——ゲゲゲの鬼太郎『白鷺城の刑部姫』見えない世界の扉が開く」

ちょっと真面目な話が続いたと思うので、次回はギャグ路線に振り切った話。
清姫に続き、FGO鯖より第二弾として『刑部姫』参戦!!

FGOネタは思いつき次第、ちょくちょく入れてみたいと思ってます。
次回もお楽しみに!!
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