ゲゲゲの鬼太郎 クロスオーバー集   作:SAMUSAMU

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さて、今回の話でとりあえず刑部姫とのクロスオーバーが完結します。
しかし、今回の話を読み進める前に、一つだけ注意点。

今作の『刑部姫』というキャラクター、FGOで登場する刑部姫をモデルにして書いています。ですが、今回話の都合上、FGOでまだ実装されていない『謎の怪物』が登場します。
この『謎の怪物』との絡みで、刑部姫というキャラクターに多少の違和感が発生するかもしれません。
実際、今後のFGOで実装されるかもしれない『謎の怪物』。そのとき、刑部姫がどのような反応をするかまだ分からないので、想像で補うしかありませんでした。

果たして謎の怪物の正体は!? まあ、読み進めていけばすぐに判明するので、そこまで隠す必要もないのですが……。

ちなみに、作者は二千万ダウンロード記念の際、☆5交換には『項羽』を選びました。


白鷺城の刑部姫 其の③

『グルァアアアアアアアアアアアアアア!!』

「た、助けて!!」

「誰かっ!?」

 

 日本が世界に誇る美しい白壁の城——白鷺城、もとい姫路城の敷地内。

 閉城時間ギリギリの時間帯。そろそろ帰ろうとしていた観光客女性二人が謎の怪物に襲われていた。怪物は熊のように巨大なイタチ、あるいはアナグマ、ムジナにも見える正体不明の化物である。 

 怪物は怯える女性客に向かって両手を上げ、今まさに飛び掛かろうとしていた。

 

 まさに絶体絶命の最中、だが幸運にも——

 

「リモコン下駄!!」

『ガッ!?』

 

 姫路城を訪れていたゲゲゲの鬼太郎がその場に駆けつけ、リモコン下駄で怪物を怯ませる。

 

「逃げろっ!」

「は、はいっ!!」

 

 鬼太郎は即座に女性たちに避難を促し、彼女たちも急いでその場から離れていく。何とか犠牲者を出さずにほっとしたところで、鬼太郎は目の前の怪物と向かい合う。

 

「こいつが……姫路城に夜な夜な現れるという妖怪!」

「いったい、何が目的で人間を襲っておるんじゃ!?」

 

 鬼太郎は正体不明の怪物——おそらく妖怪だろう相手に語り掛ける。

 たびたび姫路城で目撃されるという噂の化物。いったい何を目的としてこんなことをしているのか、目玉おやじがその真意を問い掛ける。

 

『…………』

 

 だが化物は何も答えない。喋れないのか、喋るだけの知能がないのか。自分の邪魔をした鬼太郎を警戒するように睨みつけてくる。

 対話は不可能かと、鬼太郎は次の一手をどうすべきか思案を巡らせる。

 

「鬼太郎! 大丈夫!?」

「あ~……もう! 引きこもりたいよ~」

 

 そこへ遅れて猫娘、姫路城の主である刑部姫も駆けつけてきた。

 猫娘は鬼太郎を心配し、無理やり引っ張られる形で連れてこられた刑部姫が嫌そうに愚痴を溢す。

 

『——!!』

 

 すると、彼女たちの登場に謎の怪物がカッと目を見開く。

 彼女たち——厳密には刑部姫のことを見つめながら、その口からボソリとその言葉が呟かれる。

 

『お、お姉様……』

「——はっ?」

「——へっ!?」

 

 怪物の口から確かに囁かれた「お姉様」という単語に、鬼太郎たちは勿論のこと、当の本人である刑部姫も目を丸くする。

 

「お、お姉様って……言った? 今あの妖怪、あんたのこと……お姉様って言ったわよ! 知り合い?」

 

 猫娘が驚きつつ、刑部姫に知り合いかと確認をとる。

 

「いやいやいや! 知らないし! あんなおっかない子、姫の身内には…………ん?」

 

 刑部姫はその問いに、咄嗟にぶんぶん首を振っていた。あんな恐ろしい怪物の知り合いなどいないと。

 だが、何か違和感を感じたのか。彼女は目を細めながらまじまじと怪物を見つめ——もしかしてと、とある名前を口にする。

 

「あれ……? キミ……ひょっとして——亀ちゃん?」

『————』

 

 怪物が唸るように沈黙する。その気まずそうな間が、何より刑部姫の疑問を肯定していた。

 

 

 

 

「亀ちゃん……亀、亀……そうか!! お主『亀姫』じゃな!!」

 

 刑部姫の呟きに目玉おやじも何かに気づいたのか、ポンと手を叩き怪物の正体らしきものの名を叫ぶ。

 

「亀姫……誰?」

「父さん、いったい何者なんです?」

 

 猫娘と鬼太郎はその妖怪の名前に全く心当たりがなく、目玉おやじに詳しく尋ねていた。

 

「亀姫は刑部姫と同じよう城に棲みつく『城化物』の一種。猪苗代城——別名『亀ヶ城』と呼ばれた城の主じゃよ!」

 

 猪苗代(いなわしろ)城は福島県猪苗代町にあったとされる城だ。戦国時代には武家氏族の猪苗代氏の居城として、江戸時代には会津藩の重要拠点として、人間側も代々城主を配してこの城を管理してきた。

 だがこの城にも刑部姫同様、亀姫という城化物が棲みついていた。彼女も一年に一回、姫路城の刑部姫のように時の城主たちに自分のところに挨拶に来るよう命じ、その忠告を破った者を呪い殺したとされる。

 さらに亀姫の恐ろしさはそれだけに留まらない。彼女は姉である刑部姫のいる姫路城を訪れる際、男の生首を持参し、それを土産にしたという逸話があるほど血の気の多い妖怪。

 

 そう、亀姫はあの刑部姫の妹なのである。

 

「刑部姫の正体が妖狐とされているように、亀姫の正体はムジナとされておる! おそらく、間違いないじゃろう!!」

 

 目玉おやじは眼前の巨大な化け物こそ、ムジナの化身としての正体を現した亀姫であると指摘。

 刑部姫も感慨深げに亀姫の巨体を見上げている。

 

「いや~、久しぶりじゃん! 久しぶりすぎてすぐに気づかなかったわ! あれ? でも、何でそんな厳つい本性晒してるわけ? 昔みたいにお姫様の姿で良くない?」

 

 刑部姫が人間の姿をしているように、亀姫にも『姫』としての美しい女性としての姿がある。にもかかわらず、亀姫は恐ろしい怪物としての姿を惜しげもなく晒して自分の領地に訪れてきた。

 そのことに疑問符を浮かべる刑部姫。すると、亀姫は牙を剥き出しに口元を歪ませる。

 

『……お姉様にお会いするつもりはありませんでしたが、見つかってしまっては仕方ありませんね……』

「ん、どゆこと?」

 

 仮にも身内だからだろうか。亀姫の異様な雰囲気に刑部姫は気づいた様子がない。

 

「……!」

 

 しかし、傍から見ていた鬼太郎には感じ取れる。亀姫の纏う空気が徐々に殺気立っていくのが。

 

「そいつから離れろ! 刑部姫!!」

「へっ?」

 

 叫ぶ鬼太郎の警告に振り返る刑部姫。次の瞬間——無防備な彼女の背中目掛け、亀姫はムジナの爪を突き立てようと腕を振りかぶる。

 

「ボサッとしてんじゃないわよ!!」

 

 あと少しで串刺しというところで、猫娘が刑部姫の体を抱えて後方へと飛び退く。

 

「へ? な、なんで? なんでなんで?」

 

 何とかギリギリのところで刑部姫は無傷で済んだ。だが彼女は状況について来れず目を白黒させている。

 何故、妹の亀姫が自分に襲い掛かってきたのか、その理由が全く分からない。

 

『チッ!!』

 

 自身の不意打ちを躱され、忌々しげに舌打ちする亀姫。

 内側から膨れ上がる殺気を隠そうともせず、姉である刑部姫に向かって声高々に宣言していた。

 

『かくなる上は——この手で直接くびり殺して差し上げますわ! お姉様!!』

 

 

 

×

 

 

 

「二人とも、下がっててくれ!!」

 

 殺意を漲らせる亀姫を前に、鬼太郎は猫娘と刑部姫の二人を下がらせる。

 まずは牽制とばかりに、髪の毛針を亀姫に向かって撃ち込んでいく。

 

『邪魔をするな! 小僧!!』

 

 猛烈な勢いで放たれる髪の毛針を前に若干怯む亀姫だが、自身のダメージなど気にした様子もなく、その巨体から捨て身の体当たりをかましてくる。

 

「くっ!」

 

 ダンプカーの如き質量で突っ込んでくる彼女を前に咄嗟に身を躱わす鬼太郎。亀姫はその勢いを殺すことなく、そのまま姫路城の白壁と激突した。

 

「あー!? 姫の城がっ!?」

 

 姫路城が傷つくことで刑部姫が悲痛な叫び声を上げる。城化物である彼女にとって、自身の居城である姫路の城を壊されることは文字通り、身を切るような痛みである。

 

『ふん! その程度か!』

 

 一方の亀姫は特に気にした様子もなく、周囲の被害などお構いなしに激しく暴れ回る。同じ城化物でもここは亀姫の領域ではない。姫路城がいくら傷つこうが、彼女には何の影響もないのだ。

 

「まずいの……鬼太郎! ひとまず大人しくさせるんじゃ!!」

「はい、父さん! 霊毛ちゃんちゃんこ!!」

 

 このまま姫路城が壊されては刑部姫の身が持たない。そう判断した目玉おやじは鬼太郎に亀姫の動きを封じることを提案する。父親の指示に鬼太郎は霊毛ちゃんちゃんこを広げ、それを亀姫に向かって投げ飛ばす。

 

『な、なに!? 何だこれは!? ぐおお!!』

 

 霊毛ちゃんちゃんこは先祖の霊毛で編まれた特別なちゃんちゃんこ。頑丈な装備品として鬼太郎の身を守ることは勿論、その布面積を大きく広げれば敵の攻撃を広範囲で防ぐことも出来るし、相手の体を締め付けて動きを封じ込めることもできる。

 霊毛ちゃんちゃんこによって、亀姫はその巨体を縛り上げ身動きを封じられる。

 

「大人しくするんだ、亀姫!」

「亀ちゃん……何だってこんなことするのよ?」

 

 鬼太郎は亀姫に鎮まるよう告げ、姉である刑部姫がどうしてこのような暴挙に出たのかその理由を問う。

 

「前々から、お土産に男の生首とか持参してくるアクティブな子だと思ってたけど、こんなことをする子じゃなかったじゃない!」

「……それはアクティブとは言わないわよ」

 

 血生臭いエピソードを語る刑部姫にツッコミを入れる猫娘。

 皆の視線を一身に浴びながら、亀姫は歯ぎしりしていた。

 

『分かりませんか? ええ、分からないのでしょう。こんな立派な城でふんぞりかえっているお姉さまに……城を失い、惨めに地べたを這いずり回ることになった私の気持ちなど、分かろう筈もないのです!』

「——えっ?」

 

 恨み言と共に吐かれた「城を失った」という、城化物としては何気に致命的な話に刑部姫が目を丸くする。

 その話題に、目玉おやじも何かを思い出したのかその瞳を見開く。

 

「そういえば……猪苗代城はかつての戦争で失われ、今やただの廃墟と化したと聞いた覚えがあるぞ」

 

 

 そう、亀姫が棲みかとしていた城砦・猪苗代城はもう存在しない。

 かつては守りの要として名を馳せた名城だった猪苗代城。だが幕末の戊辰戦争の際、会津藩を攻めてきた官軍を前に当時の城代・高橋権太夫が守りきれないと判断したのか。

 奪われるくらいならいっそこの手でと、城に火を放たれ廃城と化した。

 

 その瞬間、猪苗代城は城としての役割を終えたのである。

 

 その後、しばらくは荒廃した状態のまま放置されていたが、現在は公園として整備され、福島県指定史跡に指定されている。春になれば多くの花見客が訪れたりと、今では多くの人々を賑わせる観光スポットにもなっている。

  

 だが、そんな事実——妖怪である亀姫には何の慰めにもならない。

 棲みかである猪苗代城が『城』という概念を失った以上、城化物である彼女に居場所などどこにもなかったのである。

 

 

「そうか! 城を失ったことでお主は弱体化。本性を隠すこともできず、そのような姿で彷徨うことになったわけじゃな!!」

 

 猪苗代城の顛末を思い出したことで、目玉おやじは亀姫の現在の状態を理解する。

 亀姫が自らの居城を失い、城化物としての力を大きく弱らせた。それにより、彼女は姫としての神格を維持できなくなり、本性であるムジナの姿を隠せないでしまっているのだ。

 

『……ええ、そのとおりですわ』

 

 目玉おやじの言葉に亀姫はちゃんちゃんこに縛られたまま、苦虫を噛み潰したような表情で吐き捨てる。

 

『愚かな人間どもが城を焼き払ったことで、私は居場所を失った。姫としての姿を維持することもできなくなり、このような醜い姿で野を彷徨うことを余儀なくされたのです!!』

 

 悔しそうに語る亀姫の様子から、今の状態が彼女にとってどれだけ屈辱的なのかが伝わってくる。

 亀姫はさらにその怒りを、姉である刑部姫にぶつけるように彼女に向かって叫んでいた。

 

『なのに! それなのに……お姉様は未だに己の城を持ち、そのように美しい姿を保っておられる! 私が泥水を啜って生き恥を晒している間も、貴方はずっと天守閣で優雅な日々を送っている……この差はいったい何なのだ!!』

「えっ? わ、姫ってば、そんなに綺麗? 可愛い? な、なんか照れちゃうな~」

「照れてんじゃないわよ!」

 

 刑部姫は亀姫が自分の容姿を褒めたことに喜んでいるようだが、猫娘はそれどころでないと彼女を嗜める。

 しかし、思わぬ形で亀姫の口から溢れ落ちた本音に、彼女が何故このような凶行に走ったのか、その理由が察せられた。

 

 つまるところ、今回の一件は——

 

「だから……お前はこの城に訪れる人間を襲って、姫路城の評判を落とそうとしたんだな?」

『————』

 

 鬼太郎の指摘に亀姫は沈黙を持って肯定する。

 亀姫が夜な夜な姫路城に現れていた理由、先ほど人間を襲おうとしていた思惑が『姫路城の評判を地に陥れる』ことだと。

 自分と違い、未だに城化物として健在な姉に対する嫌がらせ、『嫉妬』という感情によるものであることを。

 

『そのとおりですわ。姫路城の評判が落ちれば、城化物としてお姉様の力は地に落ちる。廃城ともなれば……もはやお姉様は姫ですらなくなる。私と同じ、醜い化物と成り果てるのです、くくく……』

「そ、そんな~」

 

 亀姫の企み、発言が何気にショックだったのか、刑部姫はちょっぴり涙目で落ち込んでいる。

 だが、そんな姉の表情に心動かされることもなく、亀姫からはドス黒い妖気が徐々に膨れ上がっていく。

 

『ああ……ですが、そのような方法では生温いと分かりました。こうなればここでお姉様を殺し、私がこの城の主となって差し上げましょう!!』

 

 怒りが、憎悪が亀姫の妖気を高めたのか。ちゃんちゃんこの拘束を力尽くで振り解き——彼女は再び刑部姫に襲い掛かる。

 

「しまっ!?」

 

 ちゃんちゃんこから自由になった亀姫は、その勢いに乗る形で鬼太郎を突き飛ばす。

 

「鬼太郎!? アンタ、よくも!!」

 

 鬼太郎が傷つけられたことで猫娘は激昂して飛び掛かる。しかし、それすらも亀姫は退け、刑部姫へと牙を剥き出しに齧り付こうとする。

 

「うひゃあぁあああっ!?」

 

 ビビりながらも亀姫の噛みつきをギリギリで躱す刑部姫。だが、攻撃を避けられても亀姫の猛攻を止められずに周囲の景観、姫路城の美しい庭園が荒らされていく。

 刑部姫本人が無事でも、城内が荒らされては意味がない。そのことを理解しているのか、亀姫はニヤリと口元を歪める。

 

『逃げたければ逃げても構いませんわよ? それならそれで、この城を破壊し尽くしてしまえばいいだけの話ですから!!』

 

 亀姫は刑部姫を狙っても、姫路城そのものを破壊しても構わない。

 どちらにせよ、城化物である刑部姫を疲弊させることができるのだから。

 

「くっ、やるしかないのか!」

 

 これ以上の被害を抑えるなら亀姫そのものを仕留めるしかない。なるべく話し合いで片付けたかった鬼太郎だが、こうなってはやむを得ないと、指鉄砲を構えて亀姫へと突きつける。

 臨戦態勢で身構える鬼太郎に、亀姫は声を荒げた。

 

『来るならこい! 貴様のような小僧に、私の積年の恨みがこもった妖力、退けられるものか!!』

 

 自身の城を喪失してから軽く百年は経っており、彼女は積もり積もったイライラを喚き散らすように叫ぶ。

 

『私はお姉様のように甘くはないぞ! 根暗で! 引きこもりで!! 自堕落な日々を怠惰に過ごすどうしようもない駄目な女と違って、常に人間どもに恐怖と畏怖を与えてきた!!』

「…………」

 

 それまでの鬱憤を吐き出すかのような亀姫の不平不満。それは何故か、姉である刑部姫への悪口に変換されていく。

 

『この姫路城……前々からお姉様には相応しくないと思っていたところだったのだ!! 今こそお姉様にとって代わり、私がこの美しい白鷺城を支配してくれる!! 私が城主となれば、よりこの城も栄華を極めることができよう!!』

「…………」

 

 言葉にすることで徐々に心が昂ってきたのか。ぺらぺらと饒舌な亀姫とは正反対に、刑部姫は静かに妹の話に聞き入っている。

 

『そうだ! もとより最初からお姉様には相応しくなかったのだ、このような美しい城!! それなのにお姉様は何の苦労も背負わず、いつまでも恥ずかしげなく、その地位に居座り続けた! ずるい、ずるい女ですわ!!』

 

 かなり調子に乗ってきたのか。言いたいことを好き放題に罵詈雑言を繰り出す亀姫。

 

 

 しかし——これが不味かった。

 

 

「へぇ~、言ってくれるじゃん、亀ちゃんてば……」

 

 最初こそ、妹の変わりようにビビって震えていた刑部姫だが、さすがに亀姫の発言に我慢の限界を迎えた。

 

「鬼太郎ちゃん……ちょっと下がっててくれる?」

 

 先ほどまでの怯えは何処へやら。肝の座った表情で怪物たる妹を堂々と見上げ、歩み寄っていく。

 

 

 

×

 

 

 

「お、刑部姫?」

 

 刑部姫の凛々しく佇むその姿に鬼太郎は少し驚く。彼女とは今日が初対面の彼は、刑部姫に対して『どこか影のある気弱な女性』というイメージを抱いていた。

 実際、その印象は間違っていない。彼女は人に合わせる程度にはコミュニケーションを取ることもできるが、根っこの部分は陰気で内気。ものぐさでだらしがなく、喋るのも面倒といった筋金入りの引きこもりである。

 

 しかしだからと言って——妹相手にそこまで言われて黙っていられるほど、姉としての尊厳がないわけではない。

 

「黙って聞いてれば好き放題言ってくれるね~。姫が何も苦労してないだって?」

 

 自身を侮辱する亀姫に、ご立腹な様子で刑部姫は真っ向から対面していた。

 

『な、なんですか、事実ではないですか!!』

 

 姉の思わぬ豹変ぶりに戸惑う亀姫だが、彼女は負けじと言い放つ。

 

『お姉様が今も姫として健在でいられるのは、姫路城のブランドがあってこそです!! お姉さま自身、何の苦労もなされていないじゃないですか!?』

 

 世界的にも有名な姫路城の城化物だからこそ、刑部姫は今もその城の主として君臨し続けることができている。そうでもなければ根暗で陰気な刑部姫など、誰からも忘れ去られて今頃は亀姫のように力を失っている筈だと。

 刑部姫が健全なのはこの城の知名度があってこそ。類稀なる幸運のおかげに過ぎないと、姉である彼女に亀姫は食って掛かる。

 

「そう……そんなふうに見えてたんだ……」

 

 妹の本音にちょっぴりショックを受けて俯く刑部姫。しかしすぐに顔を上げ、彼女はこの姫路城における自身の『立場』というものを亀姫に教えてやる。

 

「確かに姫の白鷺城は日本一……いや、世界一美しい城よ!? けどさ……城主も挨拶に来なくなった今、いったいどれだけの人が姫のことを『白鷺城の刑部姫』だって知ってる人がいると思う?」

『???』

 

 刑部姫の言葉にクエスチョンを浮かべる亀姫。おそらく、こればかりは実際に姫路城を棲みかとしていなければ分からないだろう。

 城が有名になっていけばいくほど、刑部姫の知名度も上がる——などと言う、そんな甘いものではないという現実が。

 

「ちょっと前にさ~、TVで姫路城の特集やってたんだけね~——」

 

 それは少し前の話。たまたま見かけたTV番組で姫路城のことが話題とされていたときのこと。

 

 姫路城は日本が誇る国宝!! 世界遺産!!

 美しい外観!! 飾らない質素な内観!! 特殊な構造!!

 昔の姿を今に伝える歴史的文化財!! 後世に伝えるべき日本の財産!!

 

 などと散々に持ち上げる内容、時間にしておよそ三十分ほどだったろう。

 その間、刑部姫は「自分の話題はまだかな~」と、何気に期待して待っていた。だが——

 

 結局、刑部姫の話題など一言も触れられないまま番組は終了した。

 

「…………」

 

 釈の都合もあったのだろう。だが、刑部姫が寂しい気持ちにさせられたのは言うまでもない。

 つまるところ、人間たちにとって有り難いのは『城』であって、その中身ではないのだ。

 

 

 誰が姫路城に棲みついていようが、どうでもいいことなのだと。

 刑部姫はその番組を通し、その事実を再認識することとなった。

 

 

「実際、城主がいなくなってからは、姫のこと信じてくれる人も少なくなったしね……」

 

 そういった『疎外感』を感じるようになったのは、何もそのときが初めてではない。

 人間の城主が置かれなくなったことにより、一年に一回の挨拶に訪れるものもいなくなった。それに伴い、徐々に人々の記憶から忘れ去られていく刑部姫の存在。

 

 誰も自分と会ってくれない、誰も自分を認めてくれない。

 誰も褒めてくれない、誰も恐れてくれない。

 

 誰一人——自分が此処にいるのだと、確信する者がいないのなら。

 自分はもう——死んでいるも同然じゃないかと、いっそ何処かに消えてしまいたいという衝動に駆られた夜もあったのだ。

 

『け、けど! お姉様は今も健在ではないですか! それもこれも、全て姫路城のおかげでしょう!?』

 

 刑部姫の意外な苦労話に驚きながらも、亀姫は反論する。

 自分と違い、刑部姫は今も『姫』としての姿を保っていられる。城を失い、醜い本性を晒すしかなくなった亀姫などと比べれば遥かに幸福ではないかと、やはり刑部姫の周囲は甘い環境だと罵る。

 

「そうだね……確かに姫は幸福だったよ。けど、それは姫路城だけのおかげじゃないから」

 

 しかし、そんな恨み言一つで揺らぐような安い場所に刑部姫は立っていない。

 姫路城の城化物であることも確かに幸運の一つ。だが、刑部姫にとって何より幸運だったのは——『彼女』に出会えたこと。

 

 

 変わらぬ日々の中で、たった一日でもあの子に——あのおっかない女武者と出会えた日があったことだろう。

 

 

 

 

『コラっ、待ちなさい!! よくも騙そうとしてくれたわね、おっきー!!』

『ひゃわわわ!! ごめんなさいっ! 許してぇええええええええ!!』

 

 彼女がどこから来た何者なのかは知らない。

 いつの出来事なのかも覚えていない。

 

 だがそれでも、鬼のような形相で追いかけてきた彼女の顔は鮮明に思い出せる。

 薄暗いところで引きこもっている自分を外へと連れ出そうと、彼女は真剣に刑部姫のことを怒ってくれた。

 

『たまには外に出て見なさいよ! きっと、今とは違う光景が見られる筈なんだからねっ!』

 

 立ち去る間際も口うるさく、まるで小姑のような小言を口にしながら彼女は消えていった。

 

 

 

 

「ほんと……おかしな子だったよ」

 

 あのときの出会いを思い出し、思わず笑みを溢す刑部姫。

 長い人生、色々な人間や妖怪と接してきたが、あれほど愉快な一夜は他になく、あれほど肉体的に走らされた記憶もない。

 正直、めちゃくちゃ疲れはしたものの、決して悪い気分ではなかった。

 

 あの出来事があったからこそ、自分はほんの少しだが前に足を進めることができた。

 そうして、腐らずに踏ん張って頑張ってきた結果——

 

「まっ、何故か知らないけど……気が付けばこんなオタク趣味全開の駄目な女になっちゃたけどさ……」

『? 何をぶつぶつ呟いているのですか、お姉様!!』

 

 刑部姫が思い出に浸っていると、亀姫は声を荒げて迫る。

 自分のことを無視し、己の世界に浸っている刑部姫を苛立ち気味に睨みつけてくる。

 

「はぁ~、まったく……わかった、わかったわよ。そんなに構って欲しいなら相手してあげるわ!」

 

 しかし、イライラしているのは刑部姫も同じだ。人ん家で暴れるだけ暴れて、ぐちぐちと愚痴を吐き捨てる妹の身勝手さに、いい加減に姉として堪忍袋の緒が切れた。

 

「覚悟しなさい、亀ちゃん! 何でもかんでも周囲のせいにして当たり散らすその腐った性根! お姉ちゃんとして、姫が叩き直してあげます!!」

 

 眼鏡を外し、凛とした瞳で相手を見据える。

 姉より優れた妹などいないとばかりに、刑部姫は堂々と亀姫の前に立ち塞がっていた。

 

 

 

×

 

 

 

『ふ、ふん!! いくら強がろうとも、お姉様は私には勝てませんわ!!』

 

 姉である刑部姫の意外な凄みに若干の怯みを見せる亀姫だが、すぐにそれがハッタリだと叫ぶ。

 

『お姉様の引きこもり気質は重々承知! 百年かけて溜め込んだ私の憎しみの妖気、退けられるものか!!』

 

 もともと、刑部姫の性格は戦いに向いていない。

 折紙の式神を用いて多彩な攻撃を行うことは知っているが、その程度の紙切れ軍団に自分は倒せないと亀姫は豪語する。

 さらに言えば、今の亀姫は城化物としては弱体化しているが長年の放浪生活、守護すべき城を失った憎しみから『祟り神』としての側面が強く浮き出ている。

 その力を持ってすれば、怠惰に耽った刑部姫など敵ではないと姉を嘲笑する。されど——

 

「忘れたの? 腐っても姫は刑部姫。そして……この姫路城は姫の領域!」

 

 刑部姫は不敵に笑う。

 実際のところ、久しぶりの実戦に若干足がぷるぷる震えてはいるものの、そんな感情おくびにも出さずに彼女は笑い——そして舞う。

 

 くるりくるりと、まるで巫女が神々に舞を捧げるかのような、一挙手一投足まで精錬された動き。

 その美しい動きに呼応するかのように、彼女の周囲から光の粒子が溢れ出す。

 

「な、なんだこれ……」

「綺麗……」

 

 姉妹の口喧嘩を一歩下がったところから見守っていた鬼太郎や猫娘がその光景に思わず見惚れる。

 既に夜になっていたこともあってか、光は河原に蛍たちが集まっているかのような幻想的風景を作り出す。その光はさらに城全体に広がっていき、姫路城の本来持っていた美しさをさらに引き立たせる。

 しかも今宵は満月。月明かりが、蛍の光が、そして刑部姫の舞が。それぞれが調和し、その光景を見つめる全ての者を魅了する。

 

『————————』

 

 これには祟り神と化した亀姫も無言だ。邪魔するのも無粋と、そう思わせるだけの美しさがそこにあった。

 観客たる彼らの期待に応えるように、刑部姫は舞いながら唄うように唱える。

 

「姫路城中、四方を護りし清浄結界——」

 

 それは、姫路城の美しさを際立たせる呪文であり。

 

「こちら隠り治める高津鳥、八天堂様の仕業なり。即ち——白鷺城の百鬼八天堂様!!」

 

 自分こそが、この白鷺城の主であることを知らしめる宣言でもある。

 

「ここに罷り通ります!!」

 

 その宣言を持って、彼女は知らしめる。

 ここに自分はいるぞと。たとえ誰も覚えていなくても、誰も自分の名を呼ばなくなっても。

 

 引きこもりでも姫はここにいるぞと、自らの立ち位置を自他共に認めさせる。

 

 

 

 

「! こ、これは!?」

 

 刑部姫の舞が終わると同時に、その異変が鬼太郎の身に降りかかる。

 

「体が軽い。それに何だろう……何か安心感がある!」

 

 少なからず亀姫からダメージを受けて重みを感じていた自分の体が、まるで羽のように軽くなった。今ならどんな相手とも戦えると、そんな根拠のない自信が心の奥底から湧き上がってくる。

 

「……なるほど、これが刑部姫の力というわけじゃな!」

 

 息子の変化に目玉おやじが気づき、そして納得する。

 先ほどの舞、あれはおそらく味方の指揮を鼓舞する儀式のようなもの。その舞をきっかけに、自らの領域である姫路城の美しさをさらに際立たせ、味方と認識した者の戦意を高揚させる精神的支柱を付与したのだ。

 これこそ白鷺城の刑部姫、城化物たる彼女の力。

 姫路城の主として、さらに刑部姫は鬼太郎たちに命じる。

 

「さあさあ、鬼太ちゃん! 猫ちゃん! うじうじと恨み言ばかりで、人様に迷惑かける亀ちゃんを懲らしめてやって頂戴!!」

「えっ!?」

「……って、私らに戦わせんの!?」

 

 当たり前のように鬼太郎や猫娘を戦わせようとするが、やっぱりそこは刑部姫。

 

「うんごめん! 姫ってば、やっぱり自分で戦うのは怖いから……」

 

 自分で戦うのは嫌だと、あくまで鬼太郎たちを頼る。

 

『!! おのれっぇええええええええ!!』

 

 そうはさせまいと、その舞に見惚れていた亀姫が我に返って再び刑部姫に襲い掛かる。

 その鋭い爪で刑部姫を引き裂こうと腕を振るった。

 

「はぁっ!!」

 

 だが、腕にちゃんちゃんこを巻いた鬼太郎が亀姫の豪腕を受け止める。刑部姫の力でブーストされた鬼太郎はもはや亀姫の攻撃にビクともしない。

 

「……いいのか」

 

 彼は刑部姫の方を振り返りながら、念のため問う。

 このまま——本当に亀姫を討伐していいのかと。

 

「ええ……構わないわ」

 

 刑部姫は静かに頷いた。

 

「このまま放置したとしても、苦しみを長引かせるだけだから……」

 

 祟り神と化した亀姫をこれ以上放置すれば、より一層歪んで他者に呪いを振りまくだけの怪物に成り下がるだろう。そんなこと、きっと亀姫自身も本当は望んでいない。だから——

 

 

「姉としてお願いします。どうか——彼女を救ってやってください」

 

 

 そうなる前に楽にしてやってくれと。刑部姫は鬼太郎たちに介錯を頼む。

 

「わかったよ……はぁあああああ!!」

 

 彼女の言葉に鬼太郎の迷いはなくなった。

 刑部姫の力で大きく昂った戦意に身を任せ、思いっきり亀姫を殴り飛ばす。

 

『ぐっ、グハァ、ガハッ!!』

 

 鬼太郎の拳に亀姫の巨体が大きくのぞける。

 怯んだ彼女の隙を突き、飛び上がった猫娘がさらに追撃を仕掛けた。

 

「シャアァアア!!」

『グアっ!? め、めが……めがぁぁぁぁぁああああ!!』

 

 猫娘も刑部姫の力でバフを掛けられており、目にも止まらぬ速度で亀姫の顔面を引っ掻き回す。

 

「——指鉄砲!!」

 

 そしてトドメの一撃。鬼太郎の指鉄砲が炸裂し、亀姫の図体に直撃する。

 

 

『お、お姉様!! おねえぇさまああああああああああああ!!』

 

 

 最後の断末魔まで、亀姫の叫び声は姉への怨嗟で満ちていた。

 

「亀ちゃん……」

 

 肉体を消滅させ、亀姫は魂だけの姿となり——刑部姫の手の平に収まったのである。

 

 

 

×

 

 

 

「とりあえず、一件落着じゃな」

「そうですね、父さん」

「…………」

 

 姫路城の騒動を解決させた一同。闇夜の中、カラスのブランコに乗ってゲゲゲの森へ帰ろうとしていた。

 

「しかし、刑部姫の提案には驚かされたのう……」

 

 その道中で、目玉おやじは今回の事件の顛末に関して感慨深げに思い返す。

 

 

 

 

「——この子の魂は姫が預かるよ」

 

 亀姫の肉体が消滅し、彼女の魂が浮き彫りになった。

 本来ならその魂は何処ぞへと姿を隠し、長い年月を掛けて再び肉体をこの世に蘇らせる。しかし刑部姫はその魂を回収し、自身の手元に置いておくことを提案してきた。

 肉体が蘇ったとき、真っ先に自分が側にいられるようにと。

 

「大丈夫なの? 命狙われてたのよ? それにアンタに誰かの面倒を見る甲斐性があるとは思えないけど……」 

 

 肉体を取り戻したらまた襲い掛かってくるかもしれない。

 それに加え、刑部姫のだらしない部屋を目撃した猫娘は彼女にそんな余裕があるのかと、その生活そのものを心配する。

 

「ムゥ! 酷いよ、猫ちゃん! まあ、実際その通りだけど……」

 

 猫娘の辛辣な言葉に口を尖らせる刑部姫だが、あながち間違いでもないため強くは否定できない。

 刑部姫も、あのオタク部屋で誰かと同棲生活を遅れるとは思ってない。正直、身内であろうとも部屋に上がらせたくないという気持ちが強くある。だがそれでも——

 

「まっ、でも一応は頑張ってみるよ。これは姫なりの……亀ちゃんへの『罪滅ぼし』みたいなもんだからさ……」

 

 刑部姫は刑部姫なりに、今回の一件で反省していることがある。

 それは祟り神と化した亀姫の近況、それを本人の口から語られるまで、知ろうともしなかったことである。

 

「正直、昔から亀ちゃんのこと苦手だったんだよね。だってこの子ってば、人の家に来るのに人間の生首とか持参してくんのよ!? いや、姫にそっちの趣味はないから!! 人間なんか食べないから!! 普通にドン引きだからね!?」

 

 妖怪としての性格が合わないのか、どうにも亀姫が苦手だったと正直に告白する。

 

「だからなのかな……亀ちゃんが遊びに来なくなっても、特に気にしてなかったよ。この子の城がとっくの昔に燃やされてたなんて、知ろうともしなかった。お姉ちゃんなのにね……」

 

 だから、刑部姫は亀姫の境遇を何一つ知らなかった。

 猪苗代城を失い、彼女がどれだけ苦しい日々を送っていたのか、今はもう想像することしかできない。

 

「だからね……今度こそ側にいてあげたいの。この子が肉体を取り戻してもう一度目覚めたとき、真っ先に手を差し伸べられるように……」

 

 それは刑部姫が過去。あの『女武者』にそうされたように。今度は自分が俯く誰かに手を差し伸べてあげたい。

 姉として、妹の助けになってやりたいと不器用ながらも、そう願うからなのだ。

 

「……わかった。亀姫のことは君に任せる」

 

 刑部姫の気持ちを尊重し、鬼太郎はこれ以上何も言わなかった。

 二人の姉妹の関係が良好なものに戻ると信じ、姫路城を後にしたのである。

 

 

 

 

「さて! 刑部姫にも行動を控えるように注意したことじゃし、依頼主に報告に行くかのう!」

「はい、父さん!」

 

 亀姫の騒動もそうだが、今回鬼太郎たちが姫路城を訪ねたのは刑部姫の起こした、いくつかの問題行動を嗜めるためだ。それらの件についても釘を差し、当面の問題は全て解決した。

  

 刑部姫と亀姫の二人の未来に希望も抱いていたため、明るい表情で帰路を急ぐ鬼太郎親子、だが……。

 

「……ごめん、鬼太郎。ちょっと先に帰ってて」

「ん? どうした、猫娘?」

 

 一人だけ、猫娘だけは未だ浮かない表情のまま俯いていた。

 彼女はカラスたちに来た道を引き返すように告げ、声低めに呟く。

 

 

「ちょっと……姫路城に忘れものしてきたから——」

 

 

 

 

 

「さーってと!! それじゃ、張り切って再開しよっか!!」

 

 鬼太郎たちが去った後の姫路城・天守閣最上階。刑部姫の私室。

 亀姫の魂を大事に保管してすぐ、刑部姫は趣味である同人活動を再開していた。

 

 新刊のテーマは勿論『キタネコ』。

 つまるところこの女——まったく懲りもせず、新しいキタネコ本の制作に着手しようとしていたのだ。

 

「いや~! まさか生でキタネコを拝めるとは!! おかげで詰まってたネームも捗る捗る!!」

 

 それどころか実際に鬼太郎と猫娘の絡みを見たことで、より一層創作意欲を掻き立てる。

 次から次へと湧き上がってくる妄想を形にすべく、タッチペンが流れるような勢いで動いていく。

 

「やっぱり二人のコンビネーションは抜群だったね!! 猫ちゃんてば、隙あれば鬼太ちゃんの背中ばっか見つめてたし……ほんと、あれで自分の片思いが周囲にバレてないと思ってるんだから笑っちゃうよね~、はははっ!!」

 

 実際に今日見た光景を思い出しながら描いているためか、自然と独り言が溢れ出す刑部姫。

 誰も聞いていないことを良いことに、結構好き放題なこと言っている。

 

「それにしても、本当に鬼太ちゃんは鈍いよ、鈍ちん!! お前はラブコメの主人公か!? 何であれで気づかないんだよ! 猫ちゃん、可哀想……けど、そんな焦れったい距離感もたまんないんだよねぇ!! ふへへへ……」

 

 さすがに夜も遅いと。誰もいないと油断してなのか、かなりの大音量。

 確かに、こんな時間に残っている人間など誰もいなかったし、通常であれば単なる妄想の垂れ流しで済んでいただろう。

 

 

 

「——へぇ~……随分綺麗に描けてるじゃない。それはいったい、何の本なのかしら?」

 

 

 

 ただ一人、わざわざ引き返してきた猫娘の存在さえなければ——。

 

「勿論、キタネコの新刊だよ!! …………っ!!?」

 

 突然響いた声に機嫌の良かった刑部姫は反射的に答えてしまうも、すぐに自身の後方に立つ『死』の気配を察し、身体中からダラダラと冷や汗が流れ出す。

 恐る恐ると振り返る刑部姫。当然ながら、そこには憤怒の形相の猫娘が——刑部姫にとっての『死神』が立っていた。

 

「ね、ねねねね、猫ちゃん……帰ったんじゃ……!?」

 

 確かに見送った筈の猫娘がそこに立っていたことに、彼女は狼狽しまくる。

 先ほどの戦いで見せた凛々しい表情など欠片もなく、ただひたすらに刑部姫は猫娘相手に怯えまくる。

 

「別に……そういえば、アンタが私と鬼太郎の本、直接処分するところ見てなかったなぁ~って思い出しただけよ」

 

 そう、猫娘が戻ってきた理由は例の同人誌、キタネコ本がちゃんと処分されているか確認するためであった。

 亀姫の件で何だかドタバタしてしまったせいで、その部分が有耶無耶になってしまったための用心だ。

 

 思ったとおり、刑部姫は懲りもせずに新しい同人誌を描こうとしていた。

 猫娘は怒りを通り越し、もはや何と表現していいのか、分からないような表情で刑部姫を見下ろしている。

 

「へ、へぇ~……そ、そうなんだ。は、ははははは……!」

 

 そんな視線に晒されながらも、刑部姫は乾いた笑い声で誤魔化そうとする。

 この期に及んで、キタネコ本の原本データが入ったパソコンを守ろうと、そっと後ろ手に隠す。

 

「ねぇ……刑部姫?」

 

 だが猫娘は見逃さない、許さない。

 彼女はおもむろに、部屋に飾ってあったコレクションのフィギュアを手に取り、刑部姫に優しく語りかける。

 

「わたし……こういうのに疎くてね。どれがアンタの描いた本だとか、ちょっとよく分からないのよ」

 

 少なくとも、そのフィギュアは処分すべき同人誌ではない。だが、次の瞬間——そのフィギュアの脳天に猫娘の爪を突き刺さる。

 

「ああ!! 姫のコレクションがぁあああ!?」

 

 大事なコレクションを切り刻まれ、悲痛な叫び声を上げる刑部姫。

 しかし猫娘は動じない、許さない。

 

「アンタが処分できないってんなら、私が直接処分してあげる。けどその場合、この部屋ごとってなるけど……」

 

 続けざま、床に落ちていたクッションを手に取りながら、それを『人質』に刑部姫に選択肢を与える。

 

「自分で『私と鬼太郎の本だけを処分する』のと『私の手でこの部屋ごと片付けられる』の——どっちがいい?」

「そっ——」

 

 実質、刑部姫に選択の余地などなかった。

 

 

 

 

「それだけは勘弁してぇえええええええええええええ!!」

 

 

 

 

 結局、他の大事なコレクションを守るため。

 刑部姫は泣く泣く、自分で描いたキタネコの同人本を自らの手で全て処分することになったのである。

 

 




登場人物紹介

 謎の怪物——亀姫。
  刑部姫の妹。姉と同じ城化物であり、姉とは違い、城を失ったことで『祟り神』的なものになってしまったという設定。
  FGOで実装された際、大きな矛盾点を出さないよう人間形態の亀姫は出ません。
  伝承にある『正体がムジナ』という側面を強く出して見ました。
  あまりメジャーな妖怪ではないようですが『刑部姫の元を訪れる際、男の生首を土産に持参した』という、実に妖怪らしい伝説が検索でたくさんヒットしました、怖い!
 
 女武者
  さすがに彼女を直接出演させるのは無理がありましたので、あくまで回想だけ。
  FGO未プレイな人は分からないと思いますので、名前は出しませんでした。
  …………いつまで『DATA LOST』のままなんだ。早く戻って来いよ。


次回予告

「猫娘を魂ごと消してしまった罪悪感に、未だ囚われ続けるまな。
 さらに追い打ちをかけるよう、騒ぐマスコミに悪意あるネットの書き込み。
 父さん、ボクに何か出来ることはないんでしょうか……。
 
 次回——ゲゲゲの鬼太郎『虚構推理』見えない世界の扉が開く」
  
  

次回のクロスオーバーの舞台はどこがいいですか?

  • 夏と言えば……海!!
  • 夏と言えば……山!!
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