ゲゲゲの鬼太郎 クロスオーバー集   作:SAMUSAMU

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今回はコメント欄でおススメされて初めて知った作品からのクロスオーバー。『虚構推理』です。
作者はとりあえずアニメの方を全話視聴し、小説も一巻の方を買って読ませて頂きました。二巻以降には手を出していないので、話の雰囲気は『鋼人七瀬』の事件を参考にさせていただいてます。
ミステリー要素は少ないと思いますが、それとなく挑戦はしてみたいと思いますのでどうかよろしくお願いします。

ちなみに、鬼太郎としての時期系列は『名無しとの決着後、猫娘が子猫娘として帰ってくるまでの間』を想定しています。



虚構推理 其の①

「…………う、う~ん」

 

 朝。雀たちのさえずりと共に犬山まなは自室のベッドで目を覚ます。ベッドの上はまな一人。部屋の中、他に人の気配はない。

 

「……今、何時だっけ……」

 

 寝ぼけた頭で部屋の時計を確認する。時刻は既に午前九時、いつもなら「遅刻! 遅刻!」と慌てている頃合いだろう。

 しかし、犬山まなの中学校は現在春休み期間中。そこまで慌てる必要もなく、まなは寝巻きのままベッドから身を起こし部屋を出る。二階の私室から階段を降り、リビングに顔を出した。

 

「おはよう、まな!!」

 

 リビングには先に起きていたまなの父親・犬山裕一がおり、一人テーブルでコーヒーを飲みながら新聞を読んでいる。彼はまなと顔を合わせるや、実に嬉しそうに愛娘の世話を焼きたがる。

 

「随分お寝坊さんだな、まな! お父さんもう朝食済ませちゃったぞ! まなは朝食どうする? パンが食べたいならトースター出すぞ! ジャムとマーガリンもあるし、目玉焼きならお父さんが焼いてやる! それとも、米にするか? 味噌汁ならインスタントを買ってあるし、おかずだって昨日の残りが沢山——」

「……大丈夫、自分でやるから」

 

 朝っぱらからマシンガントークの父親を、年頃のまなは少しだけうざったそうにはねのける。

 今年から中学二年生になる彼女にとって、父親の構ってちゃんほど鬱陶しいものはない。別に父親のことを嫌っているわけではないが、多感な時期の少女の心はとても繊細なのだ。

 

「うう……朝からまなが冷たい……」

 

 つれない娘の言動に涙目になりながらも、裕一はまなのために適当にコーヒーにミルクを入れて差し出してやる。

 

「うん……ありがと」

 

 特に反抗期を出す理由もないため、それは素直に受け取って礼を言うまな。

 さらにコーヒーに砂糖を入れ、トースターで食パンを温めれば軽めの朝食の出来上がり。テーブルに座って黙々と食事を済ませていく。

 

「まな。今日は十時には母さんのお見舞いに行こう。それまでに出かける準備を済ませておいてくれ」

「うん、わかった……」

 

 まなの食事中、向かい側から裕一が娘に話しかける。

 今日の予定——母親へのお見舞いを行く時間を確認し、まなもそれでいいとしっかりと頷いていた。

 

 

 本来、犬山家は三人家族だ。

 一人娘のまなに、父親の裕一。そして母親である犬山純子の三人で調布市の住宅地にマイホームを構えている。そのため、普段であれば食パンにコーヒーなどという味気ない朝食など出ない。純子が誰よりも早起きをし、温かい食事を家族に振る舞ってくれるからだ。

 

 だが現在、犬山純子は調布市内の病院に入院している。

 

 外傷による出血多量。一度はかなり危険な状態まで追い込まれた容体も今は無事に回復し、安静のために病院で世話になっている。

 大切な家族が寂しい思いをしないようにと、まなと裕一は純子が入院してからというもの、一日だって欠かさずにお見舞いに行っていた。

 もう何度と繰り返しているため、既に日課となりかけていた病院訪問という行事。

 しかしそれも——もうすぐ終わりを迎えとしていた。

 

 

「お医者さんの話によれば、もう明日あたりには退院できるそうだぞ。よかったな、まな!!」

 

 溢れ出す喜びを抑えきれない様子で裕一は語る。

 傷も癒えて容体も安定した今、これ以上入院する必要もないという担当医の言葉。犬山純子がもうすぐ退院できるという、喜ばしいニュースだ。

 二人だけで寂しかった家にまた三人の生活が戻ってくると、裕一はいつになくハイテンションだった。

 

 ところが——

 

「うん……そうだね」

 

 笑顔で語る父親とは反対に、まなは暗い表情のままぼーっとしている。その様子を心配し、裕一は父として娘に声を掛けた。

 

「だ、大丈夫だよ、まな。お医者様も言ってただろう? もう心配ないって。だから……そんな顔しないでくれよ、元気出してくれ!」

 

 まなが未だに純子の容体を心配していると思ったのだろう。

 実際、純子が病院に担ぎ込まれたときのまなの取り乱しようを酷いものだった。父である裕一に対しては年頃な反抗期的な面が目立つ彼女が藁にもすがるような思いで、くしゃくしゃの顔で泣き付いてきたほどだ。

 まなにとって、母である純子の存在は何よりも大きい。だからこそ、それを失ってしまうことを酷く恐れていると一人娘の心情を案ずる。

 

「う、うん、大丈夫! もう心配ないって分かってるから! お母さん、早く退院出来るといいね!」

 

 父親が自分の心配をしてくれていると察し、まなは咄嗟に笑みを浮かべる。

 

「……うん! そうだな!」

 

 娘のその笑顔に裕一は己の心配が杞憂であったことを悟る。

 一度は壊れかけた犬山家。だがそんな彼らの日常という平和を脅かすものは、もう何処にも存在しない。

 

 

 裕一は何の心配を抱くことなく、愛する妻が早く帰ってくる期待に胸を膨らませていた。

 

 

 

 

「……お母さん、本当に無事でよかった……」

 

 朝食を済ませ、自室でお出かけの準備を済ませながら犬山まなは一人呟く。

 母親である純子が瀕死の重傷に陥った際、まなはもう駄目かと絶望しかけていた。血だらけで倒れる母の体を実際に抱きしめたまなだからこそ、その体温が徐々に冷たくなっていく感覚をリアルに感じ取っていた。

 一度は死んでしまったと誤解し、何もかも諦めていただけに、純子が無事でいたことは本当に喜ばしいことだ。しかし——

 

「けど……」

 

 それでも、犬山まなの表情が晴々とすることはなかった。

 彼女は机の引き出しから『赤いリボン』を取り出し、それをギュッと握りしめる。

 

「猫姉さんは……もう……戻ってこない……!」

 

 弱々しい呟き。今にも泣き出してしまいそうに、くしゃくしゃに表情を歪めるまな。

 

 

 その赤いリボンの持ち主であり、まなが慕っていた妖怪のお姉さん——猫娘。

 まなにとっても大切な人である彼女は——もう二度と、戻ってこない。

 

 他の誰でもない。

 まな自身のその手で——猫娘の魂はこの世から消え失せたのだから。

 

 

 

×

 

 

 

 そもそもな話、何故犬山純子が病院に入院するような重傷を負わねばならなかったのか?

 今回の事件はそこから遡る必要があった。

 

 事件の前兆は数週間前。

 オメガトークという動画サイトを運営する会社の社長・ジョン(ドウ)という人物の起こした一連の妖怪騒動が事のきっかけとなった。

 

 いつからかは定かではない。ジョン童と人物は自社が運営する動画サイトを通じ、人ならざるものたちの動画——すなわち『妖怪』の存在を猛プッシュする動画を上げ始めたのである。

 

『チャラトミの妖怪チャンネル』を始めとする動画コンテンツで『妖怪を捜してみた』『妖怪と一緒に遊んだ』また人間の相談事を解決してくれる『ゲゲゲの鬼太郎の活躍』などを生配信し、世間に対し妖怪という存在を確かなものであると認知させたのだ。

 それらの反響もあり、人々は妖怪の存在を認め始め、彼らのことを『仲良くする隣人』と認識するようになっていった。

 

 だが——『姑獲鳥(うぶめ)が人間の赤ちゃんを襲った』というニュースがきっかけとなり、状況は一変。

 世間の妖怪に対する評価は『妖怪は危険』『妖怪は化物』という方向へと流れが変わり始めたのである。

 

 その流れに便乗するかのように、オメガトークの方でも『妖怪の危険性』『妖怪と人間の違い』といった妖怪を批判するような動画をアップしまくり世論を煽動、妖怪と人間の対立を煽り出した。

 

『いったい何者なの? この会社の社長って?』

 

 そうした、一連の流れを作為的なものだと感じた妖怪がいた。それが猫娘である。

 

 彼女はこの流れを生み出したオメガの社長・ジョン童の正体を探るべく、単身オメガの本社へと乗り込んでいき——そこで謎の妖怪に襲われ、交戦することとなった。

 話も通じず、いきなり襲われたことに戸惑いながらも、猫娘は何とかその妖怪を迎撃し、重傷を負わせてしまう。

 

 それが——犬山まなの母親・犬山純子とも知らずに。

 

 そう、犬山純子の傷は猫娘が負わせたものだ。ジョン童の手によって洗脳された純子が猫娘を襲い、相手が人間とも知らずに猫娘は純子を返り討ちにしてしまったのだ。

 その流れもまたジョン童——いや、そのように身分を偽った『名無し』の策略の一部とも知らずに。

 

『お、お母さん?』

 

 名無しはさらに追い討ちを掛けるようその現場にまなを導いた。まなに『猫娘が純子を傷つけた』という事実を見せつけることで、彼女の激情・恐怖心を煽ったのである。

 そして、その目論見は見事に成功。まなは愛する母を傷つけた猫娘に対し『その身に刻まれていた力』を暴発。

 

 猫娘の魂を——この世から消し去ってしまったのだ。

 

 

 

 

「——父さん……」

「う~む、やはりこれしか方法は無さそうじゃ…………」

 

 ところ変わってゲゲゲの森。鬼太郎と目玉おやじの二人がゲゲゲハウスで頭を悩ませていた。

 

 名無しの策略から数日。かの者の企みを阻止し、何とか平穏無事な日々を取り戻した鬼太郎たち。

 だが、その策略の過程で失ったものは鬼太郎にとっても、犬山まなにとっても大き過ぎた。

 

 特に犬山まなの心には『猫娘を自身の手で葬ってしまった』という、苦い記憶がいつまでも残り続けている。

 このままでは彼女はこの先一生、猫娘を殺した事実をことあるごとに思い出し、罪悪感に苛まれる毎日を過ごすことになってしまうだろう。

 鬼太郎もそれはあまりにも酷な人生だと。友人であるまなの心を救うことはできないかと、目玉おやじと共に考えを巡らせていた。

 

「やはり……猫娘の魂を地獄から呼び戻すしかないと思います、父さん」

 

 本来であれば、それはどうにもできない問題だっただろう。だが、妖怪である鬼太郎と目玉おやじには一つだけ、解決する手段に心当たりがあった。

 

 それは——地獄に送られてしまった猫娘の魂を直接現世へと連れ帰ることである。

 

 もともと、妖怪という生き物は死なない。妖怪は肉体を失ったとき、その魂だけが出現し何処ぞへと姿を隠す。魂は長い時間を掛けて、再び肉体を再構成する。そうすることで、妖怪は長い時の中を永遠と生きることができる。

 だが今回、犬山まなは猫娘の肉体を魂ごと現世から消滅させてしまった。

 魂が消えてしまえば、いかに妖怪といえども肉体を取り戻すことはできない。死者としてカウントされ、その魂はあの世——すなわち、地獄へと送られるのである。

 

「うむ、しかし……あの厳格な閻魔大王がそれを許すかどうか……」

 

 目玉おやじにとって、地獄に行くこと自体はそれほど難しいことではない。幽霊電車や妖怪バス、黄泉比良坂など。生きたまま地獄へと向かう手段や道筋などいくらである。

 しかし、いざ死者を連れ戻すとなっては話が変わる。

 

「地獄は閻魔大王の管轄じゃ。あの者の許しなくして、猫娘の魂を連れ戻すことはできまい」

 

 人間であれ、妖怪であれ。死者は全て地獄の裁判官・閻魔大王の管轄である。閻魔大王の許可なくして、地獄にあるものを現世へと連れ帰ることなど決して許されない。

 果たして死者である猫娘を連れて帰ることなど許されるのかと、目玉おやじはそれが気掛かりでしかない。

 

「他に何か方法はないもんか……」

 

 正直、目玉おやじはなるべくならこの方法を取りたくはない。死者を連れ戻すことが、本当ならこの世の秩序に反することだと大人な彼はしっかりと理解しているからだ。

 残酷かもしれないが、目玉おやじ自身は猫娘の死を受け入れ、仕方のないことだと割り切ってさえいた。

 

「ですが、父さん……それでもぼくは……」

 

 だが、未だに妖怪として若者である鬼太郎には、猫娘の死を仕方のないことだと割り切るだけの胆力がない。

 どんな手段を用いてでも猫娘を、そして犬山まなの笑顔を取り戻したいと父親を説得しようとしていた——そのときである。

 

「——大変じゃ! 鬼太郎!!」

「砂かけババア?」

 

 ゲゲゲハウスに駆け込んできたのは鬼太郎の仲間、砂かけババアその人である。

 彼女は息を切らせたまま、事が一刻の猶予もないことを手短に鬼太郎へと伝えていた。

 

 

「畑怨霊の奴が……まなを!!」

「——っ!?」

 

 

 

×

 

 

 

「はぁ……」

 

 調布市内の病院。母である純子の見舞いも終え、まなは一人裏庭のベンチに腰掛け、深いため息を吐いていた。

 今朝父親が言ったとおり、純子はずこぶる調子が良さそうだ。医者の話でも明日には退院できるようで、今は裕一が医者と退院の段取りなどに関して話し込んでいる。

 もう心配することもない母親の容体に、まなが安堵するのも束の間。

 

「猫姉さん……」

 

 すぐに猫娘のことが思い出され、憂鬱な気分が振り返してくる。

 母に関して心配する必要がなくなればなくなるほど、逆に猫娘のことが頭から離れない。事故とはいえ、親しい人をその手に掛けてしまったという罪悪感は、未だ中学生の少女には重すぎるトラウマだ。

 このまま一生、自分はこの思いを抱え込んで生きていくしかないのかと、彼女は思い詰めた表情で蹲る。

 

 

「——失礼、お隣よろしいでしょうか?」

「?」

 

 

 と、まながそのように落ち込んでいるときだった。

 ふいに、何者かが彼女に声を掛けてきたことで、まなは顔を上げる。

 

 視線の先には見覚えのない少女が立っていた。

 白いドレスのようなワンピース。ウェーブのかかったショートヘアの前髪が少し右眼の上にかかるようになっている。右手で赤色のステッキをつきながら体を支え、頭の上にはクリーム色のベレー帽がちょこんと乗せられていた。

 背丈から見ると中学生。ぱっと見、まなと同年代くらいの少女だった。

 

「え……ええと。はい、どうぞ……」

「ありがとう。では、失礼をして……よっこいしょっと」

 

 まながその少女の問い掛けに頷くと、彼女は遠慮なくまなの隣に腰掛けてきた。

 少女はどこか毅然とした態度に、お嬢様といった雰囲気。まなを見つめる瞳はどことなく力強く、不思議と人を惹きつけるような風格を漂わせている。

 

「今日はいい天気ですね。こういう日は思わずベンチなどでうたた寝をしたくなってしまう。そうは思いませんか?」

「え……いい天気……なのかな?」

 

 世間話のつもりなのか。少女がそのように話を振るが、その言葉に同意することができず、まなは困惑気味に空を見上げる。

 今日は朝からジメジメとした空気で、今にも雨が降り出しそうな灰色の空だ。まるで今のまなの心情を表しているかのようであり、お世辞にもいい天気とは言えない。

 

「なに、このくらいの方が外で眠るには最適なんですよ。まばらに雨でも降って入ればもっといいのですが」

「そ、そうなんだ……けど、別に昼寝をしたいわけじゃないから……」

 

 もっとも、少女にとってはこれくらいの天気が丁度いいらしい。

 笑顔でそのように力説され、まなはどう答えていいものかと。さしあたり、自分がここで眠るつもりなどないことを端的に伝える。

 

「ほう、昼寝のためではない? では何故、このような場所で一人ベンチに腰掛けているのでしょうか? それも、そんなこの世の終わりを想起させるような落ち込み具合で?」

「えっ! わたし、そんな顔してた!?」

 

 そんなことを指摘され、思わず自身の顔を手で触れるまな。自分はそんなにも分かりやすい顔で落ち込んでいただろうかと。

 

「ええ、それはもう。今にも飛び降り自殺しそうな顔で思い詰めていましたので。差し出がましいとは思いましたが、声を掛けさせていただきました……ご迷惑だったでしょうか?」

 

 どうやらこの少女、そんな顔で思い詰めるまなのことを心配し、声を掛けてくれたらしい。

 見ず知らずの相手にそんな気遣いをさせたことに申し訳なさを感じながらも、まなはちょっとだけ気が休まるような思いから礼を述べる。

 

「わざわざありがとう。けど……わたしは大丈夫だから。お母さんが入院してたんだけど、もう心配ないって。お医者様も明日には退院できるって言ってたから……」

 

 これ以上少女に心配かけまいと、まなは自分が病院を訪れていた理由をかいつまんで話していた。

 

「そうなのですか? それはそれは、退院おめでとうございます」

「いえいえ、そんな……お気遣いなく」

 

 少女はこちら側の事情を察し、祝辞を述べてくれる。相手の言葉にまなは素直に頭を下げていた。

 

「あなたは……」

「ん?」

「あなたは……どうして病院に? 誰かのお見舞い? それとも、どこか体でも悪いの?」

 

 話の流れからか、今度はまなの方から少女について問う。

 ここにいるということは、彼女も病院に何かしらの用事があるのだろう。しかし見た感じ、これといって具合が悪そうにも見えず、まなは彼女も自分と同じ、誰かの見舞い客かと思いながら声を掛けていた。

 まなの質問に、少女は少し考えてから答える。

 

「私、こう見えても定期的に病院に通わなければならない身でして。週一のペースでお医者様のお世話になっているんですよ」

「あっ……その、ごめんなさい!!」

 

 あっけらかんと口にする少女の答えに、思わずまなは謝罪を口にする。

 長期的に医者に世話になっている。深く突っ込まずとも、それが愉快な理由でないことくらい察せられる。まなは少女の背景を何となく想像し、迂闊な質問をした自身の配慮の無さに謝っていた。

 

「いえ、構いませんよ。特にそれほど深刻な病というわけではありません。ただの定期検診のようなものです」

 

 ところが少女はまったく気にした風もなく、自身の症状が重たい病の類でないことを告げる。

 さらに少女は悪戯っぽい笑みを浮かべながら話を続けた。

 

「まあ、といっても。こちらの病院でお世話になっているわけではありませんが……」

「えっ? ち、違うの?」

 

 彼女の言葉に目が丸くなるまな。この病院の患者でないというなら、何故彼女がここにいるのだろう。

 その理由が皆目見当もつかず、まなはその少女の存在に首を傾げる。

 

 まなの訝しがる視線に気づいたのか。少女は立ち上がり、正面からベンチに腰掛けるまなと向かい合う。

 

「実のところ……今日は貴方に会いにきたんですよ。犬山まなさん」

「——!? わ、わたし!?」」

 

 相手の口から自身の名前が飛び出し、まなの視線が少女の顔に釘付けになる。

 もう一度しっかりと彼女の容姿をじっと見つめ直すも、やはり見覚えのない顔だ。

 

 果たして初対面の彼女が自分にいったい何の用だろうと、まなは不安を胸に抱えたまま少女の次なる言葉を待っていた。

 

 だが、少女が何かしらの言葉を口にしようとしたその瞬間。彼女はまなの頭上を見上げ——

 

「危ない、下がって!!」

 

 何かの危機を察し、まなの体を引っ張りながら後方へと飛び退く。

 小柄な体型ながらも、見た目に反して少女の力は強かった。無抵抗だったまなの体を引っ張り、二人の少女は揃ってそのまま勢いよく後方に倒れ込む。

 

「なっ、なにを!?」

 

 いきなり何をするのかと、まなは抗議の声を上げようとした。だが、彼女たちがベンチから離れたその直後——

 

 ズシンと、巨大な頭部が頭上から舞い降り、先ほどまで彼女たちが座り込んでいたベンチを押し潰す。もしも、少女がまなを避難させていなければ——彼女も一緒にぺちゃんこにされていただろう。

 

「——ちっ! 勘付きおったか!!」

 

 間一髪で危機を逃れたまなたちに、突如舞い降りてきた巨大な頭部だけの妖怪が忌々し気に吐き捨てる。元から鬼のような形相をしているその顔を、さらに憤怒に歪めてまなを睨みつける。

 

「な、なに? だ、誰!?」

「あれは……畑怨霊ですね。私も見るのは初めてですが」

 

 突然の強襲に取り乱すまなとは正反対に、少女はまったく動揺した気配もなく襲撃者の正体を看破する。

 畑怨霊(はたおんりょう)——畑の凶作により飢えて亡くなった人々の怨念である彼は、自身の名前をズバリ言い当てた少女の存在に僅かに感心の吐息を漏らす。

 

「ほう、わしのことを知っとるのか? 人間にしては物知りだな、小娘!」

 

 しかし、直ぐにでも視線をまなの方に戻し、畑怨霊は怒りを隠しきれぬ表情で吠える。

 

「じゃが、貴様などに用はない!! 怪我したくなければ引っ込んでおれ!!」

「!!」

「犬山まな……あれから色々と考えたが、やはり貴様の存在は許せぬ!!」

 

 畑怨霊の狙いはまなだったようで、続く彼の言葉にまなはぞくりと背筋を震わせる。

 

 

「猫娘を魂ごと消し去るその力……やはり放置することはできん。ここで貴様を葬り去り、後顧の憂い断たせてもらうぞ!!」

 

 

 そう、彼は犬山まなを始末しに現れた妖怪だ。

 猫娘を消し去ってしまったことでまな自身が己を責めていたように、畑怨霊もまた彼女を責めていた。

 

 同胞の敵討ちと犬山まなを非難する、妖怪側からの報復であったのだ。

 

 

 

×

 

 

 

「——っ……!」

 

 畑怨霊が自分を糾弾する言葉に、まなは何も言い返すことができない。猫娘を消し去ってしまったことは事実であり、彼女自身も自責の念に囚われているのだ。

 いっそ——この罪悪感から解放されるのであれば、畑怨霊の手に掛かるのも悪くはない、何て馬鹿な考えを抱いたくらいだ。

 

「……下がってください。犬山さん」

「!! 無茶だよ!?」

 

 しかし、そんなことは許さないと。ベレー帽の少女がまなを庇うように一歩前に歩み寄り、畑怨霊の前に立ち塞がる。あんな凶悪そうな妖怪相手に立ち向かうつもりなのか。まなはそれは無謀だと、少女の蛮勇に声を上げる。

 

「どけと言った筈だぞ、小娘。貴様も一緒に喰われたいか!」

 

 一応、少女に対して再三の警告を促す畑怨霊。どうやら、彼も無差別に人間を襲うつもりはないらしい。あくまで目標は犬山まな一人だと、口をあんぐりと大きく広げて少女を怯えさせようと威嚇する。

 ところが、少女は全然怯えない。彼女は実に冷静な口調で畑怨霊相手に言葉を交わしていく。

 

「……まず一つ訂正を。私は現在十九歳、今年で二十歳になります。もう立派な大人の淑女ですので、小娘などと呼ばれるのは心外ですよ? まあ……妖怪相手に年齢がどうのと、言うだけ虚しいかもしれませんが」

「えっ……年上?」

 

 こんな時でありながらも、少女が自分よりも結構年上だったことに驚くまな。

 彼女はさらに、毅然とした口調で畑怨霊に言ってのける。

 

「それに、退けと言われて素直に退くわけにはいきません。貴方のような怪異と人間との間で起きたトラブルを調停するのが、私の役割のようなものなので」

「……なんだと?」

 

 これにはさすがに畑怨霊も面食らったのか。暫し考え込むように、少女の顔をまじまじと凝視する。

 

「そのように視姦されると居心地が悪くなってしまいます。セクハラで訴えますよ?」

 

 妖怪の視線にわざとらしく身を捩らせながら、そんなことを言ってのける少女。

 勿論、畑怨霊にそのような意図はない。彼はさらに少女を見つめ続けることで、何かに気付いたのか声を荒げる。

 

「貴様のその雰囲気……。もしや一部の妖怪共の間で持て囃されておる『知恵の神』とやらか!!」

「おや、ご存知でしたか。それなら話は早い」

「……? 知恵の神……?」

 

 二人の間では何かしら意味のあるワードのようだが、まなにはさっぱり分からない。知恵の神とはいったい何だろう。少なくとも、まなの目には少女がただの人間にしか見えない。

 

「ふん! 頭の悪い妖たちから随分と頼られているようだが、このわしは誤魔化されんぞ!!」 

 

 畑怨霊は少女の『知恵の神』という立場を正しく認識した上で、それを小馬鹿にするように鼻を鳴らす。

 

「邪魔をするというのなら……貴様から喰い殺してくれる!!」

 

 そしてとうとう痺れを切らし、まなと一緒にその少女もまとめて喰い殺そうと飛び掛かる。

 

「駄目っ! 逃げて!!」

 

 まなが少女に逃げるように叫ぶ。

 彼女がどのような立場でここに立っているかは分からないが、少なくとも畑怨霊の狙いはまなだ。猫娘の件もあってか、まなはこれ以上、自分のせいで誰かが傷ついてしまうことを恐れていた。

 

「おっと」

 

 だが少女は逃げない。畑怨霊の噛み付きをひらりと躱し、懐から神社のお守り袋を取り出し、それを大きな口目掛けて投げ入れる。反射的に畑怨霊がそのお守りを噛み砕いた瞬間、口の中一杯に白い粉が広がっていく。

 

「ぶへぇっ!? こ、これは……塩か! ぐぉおおおおおお……!」

 

 お守りの中身が塩だったと察し、畑怨霊は途端に苦しみだす。

 むせ返るような畑怨霊の醜態に、少女は悪戯を成功させた子供のような笑顔を浮かべた。

 

「いかがですか? 古来より塩には不浄なものを清める力があるとされています。勿論、こんなもの通じない怪異は数知れずいますが……貴方には効果的面の筈ですよね、畑怨霊さん?」

 

 少女の言うとおり、塩には厄災を退ける力があるとされ『盛り塩』や『持ち塩』といった手段で人間は不浄から身を守ってきた。一部の妖にもこの塩は有効であり、畑怨霊にもその効果が発揮されたらしく、その勢いを怯ませることに成功する。

 

「なっ! 舐めるなぁぁあああ!!」

 

 しかし、それだけで退治できるほど甘い相手ではない。畑怨霊は苦しみながらも突っ込んでいき——少女の左足に噛り付く。

 

「おっ? おおっと!?」

 

 左足をスッポンのように噛み付かれ、そのまま少女は華奢な体をぶんぶんと振り回される。

 

 すると次の瞬間——がこんと、人体から発せられたとは思えない音を立てながら、少女の左足が——外れた。

 左足と胴体が切り離されたことで、少女の体が勢いよく地面へと投げ出される。

 

「ひぃっ!?」

 

 少女の左足が喰いちぎられ、その身が地面に叩きつけられようとしていることでまなは青ざめる。あわや、頭から地面に激突して大惨事——そう思われたとき。

 何者かが颯爽と駆けつけ、少女の体を受け止めてその危機を救う。

 

「きみっ! 大丈夫か!? まなも!」

「鬼太郎!?」

 

 その場に現れたのはゲゲゲの鬼太郎だった。

 彼はまなの安否を確認しつつ、お姫様抱っこの体勢で抱き抱えることになった少女にも呼び掛ける。左足を失ったことでパニックになってもおかしくない少女だが、ケロリとした表情で彼女は返事をする。

 

「ご心配なく。元から義足なので大した痛手ではありません」

「……! キミは!?」

「お久しぶりですね、ゲゲゲの鬼太郎さん」

 

 少女は鬼太郎のことを知っていたらしく。鬼太郎も見覚えのある少女の容姿と、左足の義足という特徴に彼女の名前を思い出す。

 

「確か……岩永、そう……岩永琴子だったか!?」

「はい、覚えていただいて光栄です。ですが、再会の余韻に浸っている暇はありませんよ」

 

 鬼太郎に岩永と呼ばれた少女。挨拶もそこそこに、二人は畑怨霊の方に向き直る。

 畑怨霊はペッと、岩永の義足を吐き捨てながら血走った眼光を鬼太郎へと向ける。

 

「何をしにきた、鬼太郎! わしの邪魔をするでないわ!!」

「畑怨霊よ! お前こそ何をしておる? 何故今になってまなちゃんを狙う!?」

 

 畑怨霊の言葉に、鬼太郎と共に来た目玉おやじが彼に言い返す。

 

 名無しの起こした騒動の影響で、一時戦争直前までに発展した人間と妖怪の対立。その先頭に立って「人間と戦うべき!」と訴えていたのが畑怨霊だ。彼は元から人を襲うのに抵抗のない妖怪であり、率先して人間と戦う気満々であった。

 だが、一度は目玉おやじの顔を立てると、彼の説得に納得した。あれから対立騒動も一時的に収まり、これといって人間を襲う必要などなくなった筈である。

 

「目玉おやじ……そして鬼太郎よ。お前たちが名無しを倒し、対立を回避したことは認めよう。その功績に免じ、人間たちに制裁を与えるのは暫く先送りにしてやる……だが!」

 

 確かに彼は鬼太郎たちの活躍を認め、渋々ながらも人間相手に矛を収めた。

 しかし、ギョロりと怒り狂った目をまなに向けながら、畑怨霊は己の行動の正当性を主張する。

 

「犬山まな……その小娘の力、決して放置していい代物ではない! 猫娘のときのようにいつ何時、我らに牙を剥くやもしれん! 今のうちに殺してしまうのが得策なのだ!!」

「……っ」

 

 猫娘の名前が持ち出されるたび、まなの表情がビクつき彼女の意識は犯した罪に苛まれる。その罪の元となった『妖怪を消し去る力』に畑怨霊は言及しているのだ。

 猫娘のようにその魂ごと消されてしまうことを、彼はひどく恐れているのだ。

 

「もうよせ、畑怨霊! 今のまなにあんな力はもうない!!」

 

 それに対し、鬼太郎は『もう彼女にはそんな力がない』と反論する。

 

 元々、まなのあの力——『五行の力』は名無しによって植え付けられたものであり、彼女自身にあのような力はない。名無しとの決戦の際、鬼太郎の力を高めるのに用いられ、植え付けられた五行は役目を終えて消滅した。

 今のまなは多少霊感の強い程度のただの少女に過ぎないと、鬼太郎は事情を説明して畑怨霊に止めるように呼び掛ける。

 

「信じられるものか!!」

 

 だが、鬼太郎の言葉を鵜呑みにせず、畑怨霊は食って掛かる。

 あの場に居合わせていなかった彼は、鬼太郎の主張の真偽を確かめる術がないのだ。僅かでも危険性があるというのなら殺すべきだと、彼は疑心暗鬼に囚われる。

 

「もはや問答は無用!! 小娘、覚悟しろぉぉぉぉおおおおおおお!!」

「あ、ああ……」 

 

 業を煮やした畑怨霊は、ついに言葉を交わすことを捨て、物言わぬ化け物として犬山まなに襲い掛かる。

 まなは恐怖からか、それとも罪の意識からか。その場から動けずに固まってしまう。

 

「くそっ! 髪の毛針! 逃げろ、まなぁああああああ!!」

「犬山さん、逃げてください!!」

 

 まなを助けようと髪の毛針を打ち込みながら駆け出す鬼太郎だが、岩永を抱えているためかその動きはワンテンポ遅い。

 これには岩永も慌てた様子で叫ぶも——間に合わない。

 

 

 二人では、畑怨霊の魔の手から犬山まなを救うことができない。

 

 

「……っ!!」

 

 己の『死』を予感したのか、まなは固く目を閉じる。

 そうして、視界からの情報を遮断したまなに何かがぶつかったような感覚がし——

 

 刹那、彼女の聴覚に——ぐちゃりと、肉を喰いちぎる嫌な音が響き渡る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………?」

 

 最初、その嫌な音をまなは『自分が喰い殺される音』と認識していた。しかし、自身の意識がはっきりしていることを自覚し、何の痛みも感じないことを不審に思い、恐る恐ると目蓋を開く。

 

「——キミ、大丈夫か?」

 

 視界を開いてまなが最初に見たものは、こちらを覗き込んでいる青年の顔だった。

 どことなくパッとしない平凡な顔つきだが、要所要所がそれなりに整っている顔立ち。草食系という表現が似合う、動物で例えるのなら山羊のような素朴な青年。

 

「あ、ありがとうございま……!?」

 

 彼が助けてくれたのかと、咄嗟に礼を言おうとしたまなの言葉が途中で止まり——彼女は息を呑む。

 

 青年は左手でまなを抱き抱えていたが、その反対——右手の方を喪失していた。

 畑怨霊から庇った際のものなのか——その断面は荒々しく喰いちぎられ、傷口から血が噴水のように吹き出している。

 

「な、何ということじゃ!?」

「九郎先輩!? どうしてこちらに? 待っていてくださいと言ったじゃないですか!」

 

 青年の負傷に目玉おやじが頭を抱える。その青年が岩永の知り合いだったのか、彼女は九郎という彼の名前を叫んでいた。

 不思議と、岩永の方からは焦った空気が伝わってこない。知り合いが右腕を喰いちぎられるという、取り返しのつかない事態に陥りながらも平然としていた。

 それは九郎も同じだ。彼はまるで痛みなど感じていないかのように、無表情な顔付きで岩永の呼びかけに答える。

 

「騒動を聞きつけて来てみたが……いったいこれは何の騒ぎだ? まなとかいう子とは話せたのか?」

「いえ、それはまだです。ちょっとトラブルがありまして。ですが、もう解決してしまったようなものですね……」

 

 岩永と九郎は私的な話をしていた。まだそこに畑怨霊という脅威がいるというのに、何故かもう何もかも終わったような顔で彼という存在を気に掛けていない。

 

「貴様ら、わしを無視するでな……うっ!?」

 

 畑怨霊はそのことが気に入らず、喰いちぎった九郎の腕を咀嚼しながら再び襲い掛かろうと口を大きく開ける。

 

 ところがその直後——畑怨霊は急激に顔色を悪くし、苦しみ悶える。

 その苦しみようは、弱点である塩をかけられた時の比ではなく、顔を真っ青によだれを垂らし、泡を拭いて崩れ落ちていた。

 

「な、なんじゃ、お前はっ!? その悍しい姿はなんじゃああああ!?」

「……?」

 

 青年に庇われたまなには畑怨霊の言っている意味が理解できない。まなの目から九郎というその青年は、ただの人間の男性にしか見えないからだ。

 しかし、畑怨霊には何か違うものが見えているのか。

 彼は苦しみの中にありながらも、少しでも九郎から距離を置こうと後退る。

 

「お、悍しい、恐ろしい!! その小娘といい、お前のような化け物といい……ほんとうに人間は、お、恐ろし——ぐぱっ!!」

 

 次の瞬間、畑怨霊の肉が内側からボコボコと弾け、酸を浴びたかのようにその身が溶けていく。

 

 

 彼は最後の瞬間まで——人間の恐ろしさに怯えながら骨となって朽ち果てていった。

 

 

 

 

 

「あ、あの……右手……」

 

 畑怨霊が謎の死を遂げる中、犬山まなが喪失した九郎の右手に言及する。またも自分のせいで取り返しのつかないことが起きてしまったと、暗い表情で罪悪感に押し潰されそうになる彼女。

 

「ああ、問題ない。気にするな」

 

 しかし彼は特に深刻な様子もなく、冷静に言葉を返す。何故ここまで冷静でいられるのだろうと、まなが疑問を抱いた瞬間だった。

 

 九郎の右腕が——まるでトカゲの尻尾が生え変わるように、瞬時に再生する。

 床に飛び切っていた彼の血液が、逆再生するかのように肉体へと戻っていった。

 

「——なっ!?」

「………」

 

 あまりにも非現実的な光景に、安堵よりも驚きがまさり目を見開くまな。

 九郎はそれをあたり前のように受け入れ、戻った腕の調子を握ったり開いたりして確かめている。

 

「あ、あなたはいったい?」

 

 当然のように浮かび上がる疑問を口に出すまな。

 

「まな……その人間から離れろ」

 

 すると、九郎がその問いに答えるより先に鬼太郎がまなの元に駆け寄り、彼から離れるように警告を促す。鬼太郎にしては珍しく、人間である筈の九郎相手に警戒心を抱いている様子だった。

 

「九郎先輩! いつまで犬山さんとくっ付いているんですか!! 離れてください、これは浮気ですよ!?」

 

 一方の岩永も、別の意味で九郎とまなを引き剥がそうと彼の体を引っ張る。義足を失いながらも、彼女は一本足で器用に立っている。

 

「浮気って……お前、ボクが来ていなかったら、この子はあの妖怪に喰われていたんだぞ?」

「ええ、そうでしょう! それは感謝しています! ですが、それとこれとは別問題です!!」

 

 一応自身の行動の正当性を語る九郎だが、岩永は聞く耳を持たない。二人は恋人同士なのか、和気藹々とじゃれつくように痴話喧嘩を繰り広げている。

 

「……鬼太郎、知り合い?」

 

 とりあえず九郎から離れ、隣に立つ鬼太郎にまなは二人の素性を尋ねる。先ほど、何やら知り合いのような口ぶりで岩永と会話していたのをまなも聞いていた。

 

「ああ……そっちの彼女のことは知っている。彼女の名は岩永琴子。十年ほど前、一部の妖怪たちの手で『知恵の神』になるよう、左足と右眼を奪われた人間の少女だ……」

「!?」

 

 鬼太郎の端的な説明にびっくりと目を見開くまな。だが、鬼太郎の視線は岩永にではなく、もう一人の青年・九郎へと向けられていた。

 

「だが……そっちの彼とは初対面だな。きみは……いや、お前はいったい? 『その体』はいったい何なんだ?」

 

 どうやら鬼太郎にも、畑怨霊と同じものが見えているのか。気味悪そうに彼にその素性を尋ねていた。

 

「……ゲゲゲの鬼太郎。やはり君の目にもボクという存在が異様なものとして映るか?」

 

 九郎は鬼太郎の視線を当然のものとして受け入れていた。彼にとっては、怪異たちに気味悪がれるのが当然のことなのだろう。

 それにより、やや重くなる周囲の空気。しかし、それを取り成すように岩永が皆を制する。

 

「はい! そこまでです。互いに聞きたいこともあるでしょうが、とりあえず場所を移しましょう」

 

 彼女は地面に落ちた義足を拾い上げ、それを器用に自分一人で装着し直す。再び両足で地面に足を付ける彼女は、周囲の目を気にするように声を潜ませる。

 

「先ほどの騒ぎで人が集まってきました。面倒なことになる前に……」

 

 畑怨霊が暴れたことで少なからず辺りに被害も出て、人々も騒ぎ出している。これ以上ここに留まるのは得策ではないと、岩永は病院を後にすることを提案する。

 

「一緒に来てもらえますか? 鬼太郎さん。犬山まなさん。お二人に——是非とも聞きたいことがあります」

 

 そして当初の目的でもあった、犬山まなとの対話に関して話を持ち出してくる。

 

「ぼくたちに?」

「な、何でしょう……話って?」

 

 岩永の話とやらに不審がる鬼太郎とまな。

 戸惑う彼らに、岩永琴子はズバリ『本題』について話を切り出していた。 

 

 

 

 

「『名無し』……そう呼ばれていた怪異の事の顛末に関して。当事者である貴方たちから詳しいお話を聴かせていただきたいのです」

 

 

 

 

 

 




人物紹介
 岩永琴子
  虚構推理の主人公兼ヒロイン。
  怪異からの相談に乗り、揉め事を調停する知恵の神。最初に彼女のことを知ったとき、真っ先に「この子、鬼太郎か?」と思ってしまった。
  相談事の種類・解決の仕方こそ違えど、『人間と妖怪との間に立つ』というスタンスがどことなく似ている両者。
  おそらく、一度くらいは出会っているだろうと、顔見知りの設定にさせていただきました。

 桜川九郎
  化け物もびっくり。とある『化け物』と『化け物』の混ざり物。
  次回以降、それに関しても説明させて頂きます。

 畑怨霊
  鬼太郎側からの登場人物。
  一応、まなを襲う妖怪として登場させ――哀れ九郎の犠牲者となってもらいました。
  ただ、原作の最終回に『自衛隊を喰っている』こいつを見つけて、「やべ! 退場させてしまった!」と話の構成を作ってからちょっと慌てました。
  まあ、別個体という認識でお願いします。
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