今回のクロス、最初は全三話で終わらせるつもりでいました。
ですが文字数や、更新頻度、話の区切りの関係上。やむを得ずあと一話追加することになります。
全部で四話。随分と長くなりますが、どうか最後までお付き合いください。
「…………」
ゲゲゲハウスの片隅、犬山まなは一人放心状態で宙を見上げていた。
魔女であるアニエスの口から語られた——『魔女狩り』という出来事。それはまな個人にとっても、かなり衝撃的な内容だった。
まなはさらに、アニエスの話を聞いた上でネットを使って魔女狩りについて検索もしてみた。
今のご時世、大抵のことはネットで調べられる。誰もが自由に書き込みが出来る関係上、その情報には信憑性が欠けるものも多い。
だが、そこに書かれている内容はアニエスの話を補足するのに十分過ぎる内容であった。
——ホントに……こんなことが昔の外国で平然と行われていたんだ……。
まなの歳で『魔女狩り』などというワード、調べようと思わなければ知ろうともしなかっただろう。
戦争の悲惨さを初めて知った時のように、まなはそこで初めて魔女狩りの内容に触れ、こんなことが本当に人間のすべきことなのかと、ショックを受けた。
魔女狩りは、魔女を弾圧するための行為ではない。
魔女と——『疑わしきもの』全てを罰するべき行為なのだ。
そのためなら、真偽などどうでもよく。
罪状も今では考えられないような理由で、魔女としての罪を互いに擦り付け合っていた。
『猫を飼っている』『一人暮らし』『年寄り』などを理由に『あいつは魔女だ!!』などと告発。それが事実だと認めさせるため、被告人を『魔女裁判』にかける。
その裁判だって、今のようにしっかりと管理されておらず、証拠も証人もまともではない。
罪人に『自分は魔女だと……』認めさせるため、とにかく拷問にかけて自白を取ればいいだけのもの。
無実で戻ってくるものなどほとんどいない。拷問の末に死んでしまうものもいたし、苦痛に耐えきれずに魔女と認めても処刑される。
男であろうとも関係ない。一度魔女と疑われれば、それで最後。
そんな行為が、中世のヨーロッパで当然のように罷り通ってきた。
それこそが——『魔女狩り』と呼ばれる人の『業』なのだ。
「……まな、大丈夫?」
衝撃的な事実を知って落ち込んでいるまなに、アニエスが気遣って声を掛けてくれた。魔女という迫害されてきた立場でありながらも、まだアニエスの方が心に余裕がある。
それは彼女自身、既に幼い頃から学んでいた出来事であり、あくまで先祖が受けてきた痛みだからだ。
彼女が生まれた頃には既に魔女狩りどころか、魔女という存在そのものが信じられていなかった。
蔑ろにしていい歴史ではないが、正直そこまで引きずるようなものでもない。
「……うん、大丈夫」
だが、まなはつい先ほど知ったばかりの事実にすぐには立ち上がることができない。口では大丈夫と言いつつ、彼女は人間として、魔女であるアニエスに謝罪を口にしていた。
「ごめんね、アニエス。……本当に辛いのはアニエスの方なのに……わたし……」
「ううん……。まなが謝るようなことじゃないわ。気にしないで頂戴」
それはアニエスの本音でもある。
あくまで魔女狩りは昔の人間のやったこと。それを今になって現代人のまなが、それも日本人である彼女が気にするべきことではないとアニエスは考える。
しかし——
「……違うの、アニエス。わたし……アニエスに謝らなきゃいけないことがあるの」
「……?」
どうやら、まなは魔女狩りの歴史とは別にアニエスに何かを謝罪しなければと、先の話を聞いたことで思い立ったらしい。彼女は恐る恐ると、アニエスに自分が思っていたことを口にしていく。
「わたし……魔女って……魔法って、凄いものだと思ってたの。火とか水とか色んなものを操れて、お菓子とか一杯出せて、キラキラ輝いてる。出来ないことなんてない……それが、わたしにとっての……『魔法』ってものだった」
それは、ある意味で日本人らしいカルチャー文化の影響かもしれない。
まなの世代的に『魔女』といえば『魔法の力で変身して戦う魔法少女』という存在がどうしても真っ先に頭の中に入ってくる。
そのため、まなの中には魔法への、魔女という存在に対しての『憧れ』のような感情があった。
自分も『魔女になって、魔法を使ってみたいな~』などと、そう思ったことも一度や二度ではない。
「けど……違ったんだよね? 魔法って……そんないいもんじゃないんだよね? そのせいで……苦しんでた人が沢山いたんだよね?」
「……」
「そんなことも知らずに、わたし……ずっと……」
出会ったばかりの頃、魔法に対する憧れを口にしたまなにアニエスは言った。
『——そんないいものじゃないよ。魔法なんて……』
『——魔法使いを見掛けたら、絶対に近寄らないこと』
まなはその言葉をどこか謙遜のように思っていた。アニエスなりの謙虚の表れ程度にしか思っていなかった。
でも、違ったのだ。
西洋の人にとって、本当に魔法なんて、魔女なんていいものでもなんでもない。
教会の教えを重んじる人々にとって、魔女とは忌むべき存在。
魔法を行使することすら、罪として断罪される時代があったのだ。
人はその歴史を『魔女狩り』などと呼び、今でも忌避している。
「ごめんね……アニエス、ほんとに、ごめん……」
そんなことも知らずに「魔女や魔法っていいな……」などと安易に憧れを抱き、今まで空気の読めない発言でアニエスを困らせてしまっていた。
そのことに気付いてしまったからこそ、まなは涙ながらに謝罪しているのだ。
「……まな」
友達の正直な告白に、アニエスは一瞬複雑そうな表情になる。
しかし、すぐに優しい微笑みを浮かべ、まなに何かを伝えようと彼女の肩に手を置こうとした。
「——大変じゃぞ!! アニエス、まな!!」
だがそこへ砂かけババアが血相を変えて飛び込んできたことで、二人の少女がそちらを振り返る。
砂かけババアはスマホを片手に、今起きていることを簡潔に叫んでいた。
「あのメタリカという魔女が……人間界で——」
×
「ふぅ~……ここまで来れば、下手に巻き添いを喰うこともねぇだろ。悪く思うなよ、鬼太郎」
夜——東京都内の薄暗い路地。
ねずみ男は西洋の魔女との揉め事を恐れ、一人で人間の街に避難していた。
基本、金にならない厄介事からは距離を置くことが多いねずみ男。百騎兵に痛い目に遭わされたこともあり、ゲゲゲの森からこちら側へとサッサと逃げてきたのである。
敵の狙いが鬼太郎である以上、こちら側なら安全だろうと高を括った上での行動だ。
しかし、ねずみ男の見積もりは甘く。
メタリカという魔女は——人間界でもその猛威を振るおうとしていた。
「——うっ!」
「——がはっ!?」
先にその異変を感じ取ったのは、ねずみ男のすぐ側を通っていた通行人たちだった。
彼らは突然、鼻や口を押さえながら咳き込み、急に胸をつかえたように苦しみ出す。
「……あん? なんだなんだ……うっ!?」
それらのリアクションに首を傾げるねずみ男だったが、すぐにでも同じような異変が襲いかかり、彼も鼻や口元を押さえる。
「——うっ! く、くせぇぇぇぇえ!?」
金がないときなどは風呂にも入らないねずみ男。
普段から、彼はその体臭で周囲のものたちの顔を顰めさせているが——それ以上の匂い。
ねずみ男でさえ『臭い』と感じるような激臭が、街中に漂い始めていたのだ。
「うっ! だ、だめだ……い、意識が……」
その匂いはねずみ男でさえ耐え切れず、彼も周りの人間たち同様に胸を押さえ、苦しみながらバタバタと路上へと倒れ込んでいく。
「——キーッヒッヒッヒ!! 苦しめ、苦しめ! 人間ども!!」
その匂いの元凶、それこそがメタリカだった。
彼女が魔法で召喚した『毒沼』——それが街中へと広がり、周囲を汚染しながら拡大していたのだ。
これこそ、彼女の代名詞。
メタリカが『沼』の異名を冠する理由である。
この沼は彼女の住処である『ニブルヘンネ』という場所から魔法で転移させてきたもの。
生命を死に至らしめる、猛毒の沼である。
「う~ん……いつ嗅いでも素晴らしい香りだ! キッヒッヒ!!」
毒々しい緑色をしているこの沼の瘴気が漂う中では、通常の生命は呼吸すらで出来ず、やがて死んでしまう。
しかし、どういうわけかメタリカはこの沼の匂いが大好きで、いつからか沼の周囲を拠点に活動するようになった。
それこそ、メタリカが沼の魔女と言われる所以であり、魔女会から離脱した彼女が一人でも外の世界で活動できる理由でもある。
この沼の激臭のおかげで、メタリカは己の領土を侵されることなく活動を続けてこれた。
そんな毒沼をメタリカは無理やり街中に呼びだし、時間と共に徐々に浸食を広めている。
このままでは周囲の生命体は全て死に絶え、人間社会にとんでもない被害をもたらすことになるだろう。
「——メタリカ!!」
「あん……? キッヒッヒ、来たか!!」
その被害を喰い止めるため、メタリカの行動を抑止しようとするものたちが現れる。
その登場を予想していたメタリカは口元を釣り上げ、そのものたちの到来を歓迎していた。
「アニエス、ゲゲゲの鬼太郎! 待っていたぞ!!」
「くっ、すごい匂いだ……」
「ほんと、マスク越しでもきつかね~」
人間界での騒ぎを聞きつけ、ゲゲゲの鬼太郎は一反木綿に乗ってメタリカのいた場所——東京都庁の屋上へと駆けつける。
その場所には高笑いを上げるメタリカの姿があった。彼女はそこから沼の瘴気に苦しむ愚かな人間たちの様子を嘲笑いながら見物していたのだ。
「魔法のマスクでも、この沼の瘴気は防ぎきれないわ。気をつけて!」
鬼太郎たちの隣をホウキで飛ぶアニエス。彼女と鬼太郎、一反木綿はそれぞれ防毒マスクを装着している。
このマスクはアニエスがメタリカが沼を呼び出すことを見越して用意した代物で、これを付けていれば多少の時間なら沼の周囲でも活動することができる。
しかし、マスクを付けていても完全に匂いを遮断することはできず、その激臭に鬼太郎たちは顔を顰める。マスク越しでもこれなのだ。マスクを付けていない一般人など、それほど長くは持たないだろう。
「もう止めろ、メタリカ!!」
鬼太郎たちはこれ以上の被害の拡大を防ぐため、メタリカのいるビルの上へと降り立つ。
「君の狙いはボクだろ!? 関係ない人間を巻き込む必要はない筈だ!!」
当初、メタリカは鬼太郎の首を狙ってこの日本へと上陸した。彼は再び自分へと注意を向けさせることで、彼女の無差別テロのような行いを止めさせようと試みる。
「ふん……! 驕るな、小僧が! 今更貴様の首一つ如き、もはや手土産にもならんさ」
だが、メタリカは既に鬼太郎への興味を失っているのか。彼の首には固執せず、別の方法で自身の力を誇示することを考えていた。
「それより、もっと面白いことを考えたぞ!! バックベアードが侵略し損ねた日本。私の手でこのチンケな島国をあっさりと陥落させれば、軍団の連中も私の偉大さを認めざるを得まい! ヤツらの悔しそうな顔が目に浮かぶ、キッヒッヒッヒ!!」
彼女はバックベアードが支配し損ねた『日本』という国そのものを潰すことに方針を切り替え、ヴォルフガングたちに己の力を認めさせるつもりのようだ。
妖怪同士の抗争から、ついでとばかりに人間への攻撃に方向転換。
『魔女狩り』を行ってきた愚かな人という種族、そのものへの『報復活動』を開始したのである。
「させない! 猫娘も、元に戻してもらうぞ!!」
鬼太郎はそんなメタリカの横暴を阻止すべく。また、ねずみ化の呪いを解いて猫娘を元に戻すためにも、メタリカへと戦いを挑む。
先制攻撃。メタリカの隙を作るべく、髪の毛針を連発する。
『わっきゅ~!!』
だが、毛針は一発もメタリカに命中することなく、彼女を守るように現れた百騎兵によって蹴散らされてしまう。既に臨戦態勢に入っている百騎兵は、武器を構えて唸り声を上げていた。
「ふん! 貴様の相手は百騎兵が務めてくれるさ。百騎兵!! 今度こそ鬼太郎の首、容赦なく削ぎ落としてやれ!!」
もはや自分が相手をする必要もないと、メタリカは手短に百騎兵に命令を下す。
彼女の命令に、百騎兵はすかさず鬼太郎へと襲い掛かった。
『きゅっも~!!』
「くっ! 霊毛ちゃんちゃんこ!!」
武器として大槌を取り出し、それを振り回してくる百騎兵。
鬼太郎は腕に先祖の霊毛で編んだちゃんちゃんこを巻きつけ、それに対抗する。
ぶつかり合う両雄。鬼太郎のリベンジマッチが幕を開けた。
「貴様の相手は……やはりこのワタシがしてやろう、アニエス」
「……!」
鬼太郎と百騎兵が戦うすぐ横で、メタリカとアニエスが睨み合う。
ゲゲゲの森でぶつかり合ったときのように、魔女は魔女同士で決着をつけるようだ。だがあのときとは違い、メタリカは冷たい空気、冷たい視線でアニエスを見据えていた。
「魔女として高い素養を持ちながら、人間のガキなんかと仲良しこよししやがって! 貴様は……ワタシが直々にその性根を叩き直してやる!」
「……メタリカっ!!」
どうやら、メタリカはアニエスが人間の友達と——まなと絆を深めていることが酷く気に入らなかったらしい。
マーリカ相手には「人間を憎みはしない」と言いながらも、やはり人間に対する遺恨を完全には捨てきれないのか。
「所詮、人間と魔女とは相容れぬ関係にあるのだ! 殺るか、殺られるか! それを……今一度はっきりと思い知らせてやる。この辺り一帯の人間どもを——全滅させてなっ!!」
魔女としての怒りと憎しみを込め、人間たちへの敵対行動を宣言する。
「させないわよ! ダイナガ・ミ・トーチ!!」
そのような無用な殺戮を止めるべく、アニエスもメタリカとの戦いを開始する。
鬼太郎や仲間を。他でもない大切な友達・まなの暮らすこの国を守るためにも。
×
「…………」
鬼太郎やアニエスたちが街中で戦っている最中、犬山まなはゲゲゲハウスで留守を任されていた。
メタリカのせいで街中は大混乱。今の状態で家に帰るのは危険だと、鬼太郎たちがまなをこの場に待機させていたのだ。
「大丈夫かい、まなちゃん?」
「チュー……」
一人では心細いだろうと、まなの側には目玉おやじとねずみにされてしまった猫娘が寄り添っている。
二人も先ほどのアニエスの話——『魔女狩り』の内容を、まなと一緒に聞いていた。優しい彼女がその凄惨な話にショックを受けているだろうと、まなに気遣いの言葉を掛ける。
「…………ねぇ、目玉のおやじさん」
案の定、まなの表情は暗い。彼女はどこか沈痛な面持ちで目玉のおやじに対して呟きを漏らす。
それはまなにしては珍しく、どこまでも後ろ向きに己自身を否定するような言葉だった。
「人間って……ほんとうに、どうしようもない生き物なんだね……」
『——このワタシを袖にしておきながら……そんな人間なんざの手を取るというのだな!!』
『——そういうつもりなら、こっちにも考えがあるぞ!!』
昼間に顔を合わせたメタリカという魔女。彼女は自分という人間を前に、随分と取り乱しているように見えた。まなのことを見つめるあの瞳からは——強い敵意と蔑みが込められていた気がする。
そんな視線に晒されたときは『何故?』と疑問を抱いたまな。だが、アニエスから魔女狩りの話を聞いた今なら、どこか納得してしまう。
そう、魔女である彼女にとって、魔女狩りを行ってきた人間という生き物はそれだけ罪深い存在。
しかも——そういった行為は未だに人間たちの間で続けられていると、まなは以前も似たようなケースを目の当たりにしたことがある。
「……あの子の、名無しのときもそうだったよ。妖怪は悪だって、何も知らずに踊らされて……人の言葉に耳を傾けようともせずに……よってたかって、妖怪を虐めてた……」
「…………」
名無しの事件。あの事件で人間と妖怪との対立が深まったときもそうだった。
人々は垂れ流される情報を鵜呑みにし、ただ『妖怪』を『悪』と決めつけ、確固たる証拠もなく姑獲鳥という妖怪を私刑にしていた。
それこそ——『妖怪狩り』を行っていたのだ。
『——妖怪は信用できない』
『——妖怪は敵だ! 妖怪は敵だ!』
あの場の、感情と勢いのままに姑獲鳥を集団で袋叩きにする人間たちの醜悪な姿。話に聞いた『魔女狩り』とも付合するようにまなには思えた。
結局のところ、今も昔もやることに大差はないのだと。彼女の瞳には人間に対する失望の色が宿り始めている。
「ほんとうに……ごめんなさい。猫姉さん、おやじさん。ほんと……どうしようもない生き物で……」
自分もその人間の一人なんだと。そう自覚するや急激に恥ずかしさがこみ上げ、まなは涙ながらに謝罪する。
こんな馬鹿な生き物でゴメンナサイと。妖怪である彼らに頭を垂れ続けるまなだったが——。
「いかんな、まなちゃん!! 君自身がそのようなことを口にしては!!」
「えっ!?」
気弱なまなに喝を入れるよう、目玉おやじは彼女に語りかける。
「確かに……人という生き物は愚かかもしれん。同じような過ちを幾度となく繰り返し、魔女や妖怪……ときには人間同士で傷付け合い、醜く争い合っておる……」
目玉おやじだって、それくらいは承知の上だ。
人間は愚か。人助けを通して人間と長いこと関わり合ってきた彼には、それが実感として身に染みている。
そんなことは、今更言われるようなことではない。けれども——
「じゃが、人間が本当に救いようのない生き物だというのなら。人の世など、とうの昔に終わっておるよ」
そう、人が本当にどうしようもない存在だというのなら、人間は既に自滅しているだろうし、目玉おやじたちもとっくの昔に見捨てている。
何だかんだ言いつつも人の世界は続いているのだ。それは何故か?
「愚か愚かと言われても、人の世は曲がりなりにも続いておる。それは誰よりも、人間自身が『頑張っている』証拠じゃないかのう?」
「……頑張ってる?」
「うむ、何度同じ失敗を続けても少しずつ、一歩ずつ前に進もうと頑張っておる。だから……人間は今もギリギリのところで、踏み止まっていられるのやもしれんぞ?」
それは本当にギリギリ。一歩でも踏み外せば真っ逆さまに落ちていく、崖っぷちの状態かもしれない。
だがそれでも——人はまだ終わっていないし、諦めてもいない。
「わしも鬼太郎も諦めておらんよ、人を信じることを! だから、まなちゃん。他でもない君自身が、人間を信じてやれなくてどうする!」
極端な話、妖怪が人間を愚かと一方的に蔑むのは——その妖怪の勝手だろう。
しかし人であるまなが。特に彼女のような素直な子が「人間は愚か」などと自己否定していて何も良いことなどない。
彼女のような子にこそ、人の可能性を信じて欲しい。信じさせて欲しい。
自分たち妖怪が——彼女を通じて人というものを信じているように。
「わたし自身が……信じる? ……あっ!」
そんな目玉おやじの言葉をきっかけに、まなは先ほどの会話——。
アニエスがここを飛び立つ、その直前に交わした会話の内容を思い出す。
『——顔を上げて、まな』
これから戦いの場へ赴こうとしているとは思えないほど、穏やかな顔でアニエスは落ち込むまなに声を掛けてくれた。
『覚えてるまな? あの日、貴方がワタシに声を掛けてくれた日のことを?』
二人の出会い。それはまなも覚えている。
まなはアニエスが魔法使いと知り、物珍しさから追いかけて声を掛けた。もしも、あの時点で魔女狩りのことを知っていれば、まなもあんな風に無遠慮な好奇心を抱くこともなかっただろう。
『正直、最初は戸惑ったわ。この人間は何を考えてるの? て……』
アニエスも、出会った当初はまなのことをそこまで信用していなかった。当時は特に余裕もなく、誰にも心を開くつもりもなく、一人で全てを抱え込もうとしていた
『だけど、貴方のその真っ直ぐな気持ちに、ワタシは救われたの。貴方が……ワタシを信じてくれたから、ワタシも……皆を信じることができたのよ』
けれど、まなとの触れ合いをきっかけにアニエスは変わることができた。まなのおかげで鬼太郎たちに頼ることを——他者を信じる心を取り戻したのだ。
『だから、まな。貴方は貴方のままでいいの。もっと……自分自身に自信を持っていいのよ』
あのときの頑なだったアニエスの心を開いたまなは、紛れもない『今』のまななのだ。
過去の過ちから何かを学ぶことは大事かもしれないが、だからといって根本から変わる必要はないと、アニエスは言ってくれた。
『大好きよ、まな。貴方はワタシの……大切な友達。だから……必ず守ってみせるわ!』
そんな大切な友達であるまなを、彼女の暮らすこの街を守りたいと。
だからこそ、アニエスはメタリカとの戦いへと出向いたのである。
「わたしは……わたしのままで…………!」
そんなアニエス、そして目玉おやじの言葉に後押しされ、まなは顔を上げる。
気持ちも徐々に前向きになっていき、自分に何か出来ることはないかと考え出したところ——
「目玉おやじさん! 猫姉さん!!」
「うむ」
「チュー?」
まなは立ち上がり、目玉おやじとねずみになってしまった猫娘に声を掛けていた。
「わたし、行かないと!!」
「……行く? どこへじゃ?」
まなのその宣言に首を傾げる目玉おやじ。
そんな彼に、まなは毅然と言い放つ。
「アニエスのところに! 鬼太郎のところに! きっと、わたしにも出来ることがある筈だから!!」
「……そ、それは前向きすぎじゃろ……」
その発言に、さすがの目玉おやじも少し気圧される。
「じゃが、そこがまなちゃんらしい!!」
しかし、ようやくいつもの調子を取り戻した犬山まな。
そんな彼女の姿に、目玉おやじはその瞳に確かな『微笑み』を浮かべたのである。
×
『きゅも~!!』
東京都庁の屋上。
百騎兵はその手に燭台を持ち、それを上空に向かい振るっていた。燃え盛る燭台の炎からは火炎弾が放たれ、空を飛翔する一反木綿を追尾していく。
「あっ、よっと! あっ、ひらっと!!」
しかしゲゲゲの森のときとは違い、完全に避けることに専念した一反木綿は軽々と火炎弾を躱していく。さらに、その背中に乗る鬼太郎が攻撃に専念することで、彼らは戦局を有利に進めていた。
「髪の毛針!! リモコン下駄!!」
『きゅわっ!? もきゅきゅ!!』
鬼太郎の髪の毛針やリモコン下駄。遠距離からでも相手に届く攻撃はダメージこそ小さいものの、着実に百騎兵の体力を削っていく。
これもメタリカの余計な横槍がないおかげと、空を飛ぶことのできる一反木綿との連携のおかげ。何よりも百騎兵自身が、対空攻撃手段をあまり持ち合わせていなかったことが功を奏した。
接近戦では無類の強さを誇る魔神も、単独では空高くを飛ぶ鬼太郎たちへ刃を届かせることもできない。火炎弾を飛ばすか、ブーメランを投げるくらいしかできないのだ。
「ふっふふん! こうなったらこっちのもんばいね!! 悔しかったら、お前さんも空でも飛んでみんしゃい!!」
圧倒的有利な状況に一反木綿はテンションが高まり、ついつい調子に乗る。
やーい、やーいと。地面を駆け回ることしかできない百騎兵を挑発していた。
『もっ、もっきゅうぅぅぅ!!』
一反木綿の煽りを理解してか。言葉を喋れずとも唸り声を上げ、百騎兵は悔しそうに地団駄を踏んでいる。
「一反木綿、あまり油断するな。何をするか分かったもんじゃないぞ!」
そんな百騎兵を注意深く観察しながら、鬼太郎は決して油断しないよう一反木綿を諫める。
「平気ばい、鬼太郎しゃん!」
しかし、お調子者な一反木綿は軽口で返す。
「さっ! ちゃっちゃっと片付けて、アニエスの援護に行くばいよ!!」
そして、鬼太郎へ手早く百騎兵を倒し、メタリカと戦っているアニエスを助けに行こうと意気込む。
可愛い女の子の危機に駆け付ける——それ自体が彼としては燃えるシュチュエーションだ。絶妙なタイミングで助け舟を出せば「ご褒美のキスくらいもらえるかいな~」などと、浮ついたことまで考え出す。
まさにそのときだった。百騎兵の行動に変化が起きたのは。
『きゅわ? ……もっきゅう!!』
一反木綿の煽りに憤っていた彼は不意に『何かを閃いた』ような顔をし、その場に立ち止まる。
「何だ? 何をするつもりだ!?」
鬼太郎はその行動を安易にチャンスとは捉えず、迂闊に近づかないように距離を維持したまま百騎兵の様子を窺う。すると、百騎兵はそのちっこい体を必死に振るわせているかと思いきや。
次の瞬間——彼の真っ黒なボディが膨らみ始め、その肉体が変化していく。
手を広げたかと思えば——その手が『翼』となる。
短い足を伸ばしたかと思えば——その足は『鉤爪』となる。
胴まわりも一回り大きくなり——その顔に『クチバシ』のようなものを生やしていく。
最終的にその姿を『騎士兜を被った巨大な怪鳥』へと変え、翼をはためかせて空へと飛び立ったのである。
『キュワァァァァァァァァッ!!』
「な、ななななななななあっ!?」
その変貌ぶりに調子に乗っていた一反木綿が真っ青になる。
「……な、何なんだコイツは……」
何かするとは予想していた鬼太郎も、まさか本当に翼を生やしてくるとは思わず呆気に取られる。
「百騎兵……ほんとうに、最後まで分からないやつだ!」
鬼太郎はアニエスからあの百騎兵が『西洋世界に伝わる、謎大き伝説の魔神』という情報を聞かされていたが、結局何も分からないままだ。
だが考えている時間も惜しく、怪鳥となって迫りくる百騎兵相手に鬼太郎は霊毛ちゃんちゃんこを細く巻き、剣のようにして対抗する。
「はぁっ!」
『キュワッ!!』
舞台を上空へと移し、再三激突する両者。
真っ暗な空の上、鬼太郎のちゃんちゃんこと百騎兵の鉤爪が激しく火花を散らしていく。
「キーヒッヒッヒ!! ほらほら、どうした、どうした!? 反撃してみろよ、アニエス!!」
「くっ! メタリカ!!」
鬼太郎たちが上空で戦っている一方、メタリカとアニエスの二人は東京都庁のビル屋上で互いに向かい合う。
その気になればホウキで空を飛ぶこともできる両者。だが、彼女たちはまるで示し合わせたかのように地に足をつけた状態から、互いに魔法の応酬に専念していた。
もっとも、魔法で一方的に攻撃しているのはメタリカの方。アニエスは相手の魔法を防御するのが精一杯。その場から動くこともできず、メタリカの手から放たれ続ける様々な魔法に、結界を張って耐え忍ぶしかない。
「くっ……このままじゃ!?」
その結界を維持するのも、そろそろ限界を迎えようとしている。
メタリカの魔法を受ける度、結界である光の膜がピシリピシリとひび割れていくのだ。このままでは、いずれ結界は崩壊し、直撃を受けることは確実。
まさに一方的な展開。
だが、そんな最中においても——メタリカはアニエスに対し、挑発的に叫ぶのを止めない。
「さあ、さあ!! 今ならまだ許してやらんでもないぞ!? 人間に与した自身の愚かさを嘆き、命乞いをするというのなら、ワタシの下僕としてこき使ってやる!! キヒヒッ!!」
人間と仲良くしていたことを謝罪し、命乞いをして投降すればまだ助けると。
とても意地悪な言い方ではあるが、魔女としてアニエスの身を欲してか、彼女の助かる道を提示するメタリカ。
そんなメタリカに——
「……ふっ、優しいのね。メタリカは…………」
苦しい表情をしながらも、アニエスは思わず口元に笑みを浮かべていた。
「……はぁ!?」
すると、その呟きに反応してかメタリカが攻撃の手を止める。彼女は不機嫌を隠そうともしない表情で怒鳴りつけてきた。
「あん……!? 何だぁ、今何と言ったぁ!? 貴様……ワタシを馬鹿にするつもりか!?」
この状況で『優しい』などという言葉で自分を評価されたことを『舐められている』と感じたのか。
「ワタシは史上最強、極悪非道の大魔女、メタリカ様だぞ!! こんな恐ろしいワタシの……どこに優しさなんてものがある!?」
自身の恐ろしさをこれでもかと主張し、アニエスに先の言葉を撤回するように求める。
しかし、どれだけメタリカが己自身を恐ろしく尊大に見せようと、アニエスのメタリカに対する評価は変わらない。
「優しいわよ、貴方。この後に及んで、まだワタシを勧誘しようとしてる。それって、ワタシが魔女だからでしょ? 同じ年頃の魔女だから……非情になりきれてないのよね?」
「——!!」
そう、これだけの力の差を見せつけながらも、メタリカは未だにアニエスにトドメを刺そうとはしていない。それこそ、同年代の魔女としてアニエスに手心を加えている証拠だろう。
さらに言えば——
「それにワタシに、『人間と仲良くしてるワタシ』に対してそれだけ怒っているのは……貴方自身が人間を許せないからなんでしょ?」
「……」
「かつて魔女たちを辱めた人間たちに、貴方は当事者でもないのに怒ってる……怒ることができる貴方は……きっと、とても優しいのでしょうね……」
「だって……魔女狩りなんて、ワタシたちの世代にとっては、ただの『歴史』でしかないんだから——」
魔女狩りは、確かに魔女たちにとって決して忘れてはいけない記憶だろう。
しかし、それを実際に体験したことのないアニエスの年代からしてみれば、ただの歴史——過去の出来事に過ぎないのだ。どれだけ酷いものだった伝え聞かされようが、本当の意味でその凄惨さを理解し、実感として受け止めることはできない。
実際、アニエス自身は特に人間たちに対して、怒りも恨みも抱いてはいなかった。
彼女はまなに出会う前まで、特に人間という生き物に思い入れた感情を抱くことなく、無関心であった。
それはある意味で、怒りや憎しみを抱くよりも冷たい感情かもしれない。
「けど……貴方は違うでしょ、メタリカ?」
「…………」
自身が過去、人間に向けていた冷たい感情を吐露した上で、アニエスはメタリカに語り掛ける。
「貴方は今も人間に怒りを抱いて、呆れて、許せないと憤っている。そういった感情を彼らにぶつけられるのは……虐げられてきた魔女たちの苦痛を……貴方が自分のことのように思っているからなんでしょ?」
「…………」
怒るのにだって、憎むのにだって、ある種のエネルギーを必要とする。
本当に何も感じていないのなら、何の感情も抱く事なく人間など無視しているだろう。
そのエネルギーを惜しみになく人間たちにぶつけられている時点で、それはメタリカという魔女が先祖の受けた痛みを忘れていない証拠だ。
口では何だかんだ言いつつも、やはり魔女として同胞を思う心が彼女にはあるのだろう。
だから——アニエスはメタリカを『優しい魔女』と評したのだ。
「……口は悪いけど、そういう優しいところはそっくりよね、貴方の『お母様』と——」
そんな優しい部分がメタリカの母親——とある魔女に似ていると、アニエスがボソッと口にする。
「——黙れ。ワタシを……あんなゲロ女と一緒にするな」
その刹那——メタリカの中で『何か』がキレた。
ゲロ女と呼び捨てるほどに嫌っている母親と、一緒くたにされたのが気に入らなかったのか。
それとも、アニエスに自身の心を見透かされたのが嫌だったのか。
表面上は冷静さを装っているが、その顔色からは一切の遊びが消えてなくなり、彼女は恐ろしく冷酷な声音で吐き捨てる。
「もう分かった……そんなに死にたいのなら、まずは貴様から始末してやる」
もはや一切の容赦なく、メタリカは自身が行使できる最大限の魔力を練り上げ、一気に魔法として解き放つ。
放たれたのは、眩いほどの光の奔流だ。レーザーのようなその一撃が、一直線に虚空を切り裂きながらアニエスを呑み込まんと迫る。
「!! パ・シモート!!」
再び結界を張り、光の直撃を食い止めるアニエス。
だが本気を出したメタリカの魔法を前に、張り直した結界はすぐに限界値を迎え——瞬く間に破壊されてしまう。
「くっ……きゃあぁぁ!?」
結界の崩壊により発生する爆発。
その爆風に吹き飛ばされ、アニエスはビルの上から身を投げ出されてしまった。
「くっ…………あっ………」
全身を襲うダメージで上手く体を動かせない。自我を持ち、場合によっては己の意思で飛べることのできるホウキも、一緒に吹き飛ばされて気を失っている。
アニエスは何の抵抗もできず、頭から真っ逆さまに地上へと落ちていく。このまま地面へと激突すれば、いかに魔女とはいえ即死は免れない。
地面に叩きつけられるまで数秒。その死の瞬間が迫る——まさにその直後だった。
「————!!」
颯爽とその場に現れた何者かが、地面に激突寸前だったアニエスを危機一髪で抱き止める。
「う……うん…………?」
落下を覚悟していたアニエスは、いつまでたっても来ない衝撃に不思議な気持ちで目蓋を開ける。
「——大丈夫か、アニエス?」
「あっ……!」
自分を抱き止めてくれたものが、心配そうな表情でアニエスの顔色を窺う。
「どうやら、間に合ったようだな」
アニエスが目を覚ましたことで、その人物はホッと一息つく。
そしてアニエスも、自分を助けてくれたその人が誰なのかを理解し、その顔が喜びに満ちていく。
「——アデルお姉様!!」
そう、アニエスの危機に駆けつけてくれたのは他の誰でもない、実の姉である魔女・アデルであった。彼女は魔法によって幾何学的な羽を造り、それを翼にビルから落下するアニエスの窮地を救った。
そして、そのままアニエスを抱え、アデルは空に向かって飛翔していく。
「行くぞ、アニエス——反撃開始だ!!」
メタリカの待ち構えている、ビルの屋上へ。その瞳に確かな『勝機』を宿して——。
今更ですが、ゲゲゲの鬼太郎側の登場人物紹介
魔女アニエス
鬼太郎6期、西洋妖怪編のヒロイン。
放送当時は彼女の自分勝手に見える性格から、結構批判的なコメントが多かった。
ですが話が進むにつれて彼女の内面が語られ、徐々に好感度も上がり、今では結構な人気キャラ。
西洋妖怪編が終わった後も、コメントでちょくちょく『アニエスは!?』『アニエスが出てきた!!』と視聴者を一喜一憂していたのが懐かしい記憶です。
彼女とまなとの絡みも……猫まなに負けず劣らずに眼福でした。
魔女アデル
アニエスの姉。元々はバックベアード軍団の女将軍。鬼太郎やアニエスと敵対する魔女。
実のところ今回の『魔女狩り』という題材は、彼女が本編で放った「魔女が人の子と友人になる筈がないだろう」という台詞が元ネタになっています。
あの言葉から、魔女の歴史を考えて……今回のテーマを思いつきました。
次回こそ、本当に最終決戦。
最強の魔女を打ち破るべく、アニエスとアデル——そして鬼太郎が力を合わせます。
どうかお楽しみに!!