2010年。今から10年ほど前にアニメが報道され、一世を風靡した名作。
ただ、作者は当時にこのアニメを見ておらず、このゲゲゲの鬼太郎のクロスオーバー企画で勧められ、初めて本作のアニメを視聴させて貰いました。
作者が興味を持ったときは、丁度公式の方で二期のアニメが無料配信してましたので。
今年はコロナの影響で実際には海にも行きにくく、この作品の舞台となる由比ヶ浜のオフィシャルサイトでも、海水浴の開設を中止しているとのこと。
色々と残念ではありますが、どうかこのクロスを見た方々が少しでも『夏』という気分に浸れたらと思って書かせて頂きました。
クロス先の影響もあり、最初から最後までほのぼのとした雰囲気で話が進むと思いますので、どうかよろしくお願いします。
——……許さない。
——……許すまじ、人類!!
——お前たちなど、百害あって一理なし。
——お前たちなど、お前たちなど……
——わたしが、侵略してやるでゲソ!!
夏。
夏だ。
今年も——夏がやって来た。
知ってのとおり、日本では春夏秋冬と四つの季節が順々に巡ってくるようになっている。その四季の違いを風情として明確に楽しめることも、この国の特徴の一つだろう。
だがその中でも『夏』というワードはこの国の子供たちにとって特別な意味が伴っている。
何故なら——夏には、『夏休み』があるからだ。
勿論、冬にだって冬休みがあるし、春には新学期の準備に備える春休みもある。
だがそれでも——やはり夏休みは特別だ。
特に子供たちにとって、この長期の休み期間は特別な時間。
この期間にゆっくり休むのもよし!
家族と楽しい時間を過ごすのもよし!
友達と馬鹿をするのもよし!
受験勉強に追い込みを掛けるのもよし!
いずれにせよ、その年の夏休みは、一生に一回。一度しか訪れない。
せめて悔いのない夏休みを過ごそうと、皆がこの期間に何をして過ごすかという命題に、いつだって全力で取り組んでいる。
そして、ここにも——その命題に取り組んだ結果。
「——楽しみっすね! 湘南の海!!」
湘南の海というワードに強い憧れを抱く男子中学生が、その衝動を抑えきれずに目的地へ向かう光景があった。
現在、夏休みも中盤。
一組の観光客が東京の調布市から、神奈川の海。所謂『
移動手段は車。都内からおよそ一時間ほどで辿り着ける場所にある浜辺は、東京都民にも気軽に遊びにいけるスポットとし有名である。
「いや~! それにしても助かりましたよ! おじさんが車出してくれて!!」
「ほんと、おかげで電車の乗り換えとか気にせずに遊びにいけるね、兄ちゃん!!」
車の後部座席、身を乗り出しながら二人の男子が運転手に話しかける。
彼らは実に上機嫌に、自分たちを目的地まで連れて行ってくれる運転手・犬山裕一に礼を言う。
「いやいや、気にしないでよ! ボクも久しぶりに湘南の海に行けて嬉しいんだから!!」
そんなお礼に対し、裕一は謙虚な態度で応じる。
何だか体よく使われているような感じにも見えるが、彼自身も彼らと——そして愛娘と夏休みに海という若い頃の青春を感じさせる場所へ行け、嬉しい気持ちを隠しきれずにいるようであった。
「はぁ~朝からテンション高すぎだし……」
だがその反面。助手席に座る裕一の愛娘・犬山まなは呆れたという態度、ハイテンションで馬鹿をやっている男三人に冷たい視線を向けている。その態度からわかるとおり、彼女自身はこの湘南への日帰り旅行をそこまで楽しみにしてはいなかった。
元はと言えば今回の日帰り旅行、それは本当に急遽として決まったものだったからだ。
犬山家では毎年、夏休みに何処に行くかといったスケジュールがある程度決まっている。父方の実家である境港に帰省したり、田舎の別荘でのんびりと過ごしたり。
その合間に宿題を片付けたり、女友達とショッピングに出掛けたりと。まなは毎年のように楽しくも忙しい夏休みを過ごしていた。
だが、昨日のことだ。
この蒼馬——彼は犬山まなの幼馴染ではあるのだが、突然自分の家に訪れて来たかと思えば、まなの父親である裕一に頼み込んできたのだ。
『——おじさん!! 俺を……湘南の海まで連れてって下さい! 俺を——男にして下さい!!』
いきなり玄関口で土下座しながらそんなことを宣うものだから、まなもさすがに唖然とした。
何故そんなことを裕一に頼むのかと。詳しいことを聞いたところ——まなはさらに呆れるしかなかった。
彼が湘南に行きたいと言い出した理由。
別にそこに海よりも谷よりも深い理由があるわけではない。ただ単にTV番組で湘南の浜辺が紹介されていたからだという。
そしてその番組内で『サーフボードを手にした若者たちが、水着の美女をたくさん侍らせる』などという映像を見てしまい、自分もああなりたいと、憧れを抱いたからだという。
つまりこの男——『海でサーフィンを覚え、自分も水着の姉ちゃんたちにモテたい!』などという、しょうもない理由から湘南の海に行きたいなどとほざいているのだ。
『——馬鹿じゃないの?』
まなの第一声が冷たく響いたのは当然のことだっただろう。
どうして男子というものは、そういった下らないことに情熱を傾けることができるのか。女子の彼女からすれば、まったくもって理解し難い。
そもそも、サーフィンができれば女の子にモテる。などと、考えている時点で浅はかとしか言いようがない。
別に女はそんなことで男の価値を決めたりはしない。少なくとも、犬山まなはそうだ。
サーフィンができようができまいが、モテるやつはモテる。モテないやつはモテない。
悲しいが、それが現実というものである。
『……そうか、わかったよ!!』
しかし何を血迷ったのか。裕一は神妙な顔つきで蒼馬の頼みに応え、彼の提案を快諾してしまったのだ。
『何を隠そう……ボクも若い頃は湘南の海でブイブイ言わせてたもんさ!! 男として君の気持ちが理解できる!!』
どうやら、今の蒼馬と若い頃の自分を重ね、シンパシーのようなものを感じ取ってしまったらしい。
『サーフィンならボクが教えてあげよう! だから……顔を上げなさい』
『おじさん……』
サーフィンまで教えてやると安請け合いしてしまい、互いに何かが通じ合ったように玄関先で男二人が見つめ合う。
『…………なに、あれ?』
『相手にしちゃダメよ、まな。男の子なんて、いつの時代も変わらないんだから』
呆れて言葉もないまなに、全てを悟りきったように母である犬山純子が無視するように言い聞かせる。
まあ結局、そのノリと勢いのまま。
数日後の今日、犬山まなは男たちと一緒に湘南の海へと赴くことになるわけだった。
「まったく……そんな下らない事情にわたしだけじゃなく、裕太くんまで巻き込んで。ごめんね、裕太くん。変なことに付き合わせちゃって」
まなはため息を吐きながら父である裕一や蒼馬。ついでに海で大騒ぎしたいとついてきた大翔を呆れた目で見つめるが、もう一人の連れ——お隣さんの子・
裕太は眼鏡を掛けた大人しそうな少年で、大翔と同じ小学生だ。一応は友達である蒼馬と大翔にからかわれ、振り回されることが多い。
今回も、彼は馬鹿な兄弟のために大事な夏休みの日程を潰される形で付いてくることになった。
「ううん、気にしないでよ、まな姉ちゃん!」
しかし、裕太少年は特に気にした風もなく、寧ろ喜んだ表情でまなに笑顔を向ける。
「ボクも海に行けるの楽しみにしてたから! ……まな姉ちゃんは楽しみじゃないの?」
いきなり入った予定とはいえ、彼は彼で友達と海に行けることを楽しみにしていたらしい。寧ろ、裕太はあまり楽しくなさそうなまなに、不安そうに尋ねていた。
「そ、そんなことないよ! わたしだって、海水浴が楽しみだよ!」
裕太の問いに、まなは慌てて笑顔を取り繕う。
本当はあまり乗り気ではないのだが、さすがに純粋に楽しみにしている子を前に「あまり楽しみじゃない」などと答え、水を差すことはできない。
裕太の気持ちを蔑ろにしないためにも、やむを得ず楽しみだと答えるまな。
「そっか、よかった!! ボクもまな姉ちゃんと海に行けて嬉しいよ!!」
「そ、そうだね! はは……はははっ! ……………はぁ~、仕方ないな……」
裕太の純粋な笑顔を前にチクリと罪悪感を覚えながら、まなは隠れたため息を吐く。
——まあ、腐っててもしょうがないか……。
とりあえず、気分を切り替える。
蒼馬の下らない理由に振り回されるのは尺だが、せっかくだからこの機会、せいぜい自分も楽しませてもらおうと。
まなは前向きに、今回の海水浴を堪能することにした。
×
「——ほら、着いたぞ! ここが由比ヶ浜だ!!」
そうこうしているうちに、ついに犬山裕一の運転する車が今回の目的地・
道路脇に車を止め、とりあえず今日一日お世話になることになる海岸をその場から眺める一同。
「わぁー! 綺麗!!」
「ああ、絶好の海水浴日和だぜ!!」
そこから見える景色には、乗る気ではなかったまなも感嘆の声を上げ、始めからやる気MAXだった蒼馬もさらにテンションを上げる。
由比ヶ浜海水浴場は鎌倉を代表するビーチの一つだ。有名どころということもあり、朝早くでありながらも既に多くの観光客で賑わっている。
家族連れに、友達同士の集まりにカップル。蒼馬が期待する水着の姉ちゃんたちもたくさんいる。
青い海に白い砂浜。潮の香りに、空も清々しく晴れ渡っている。まさに都会っ子が想像する『湘南の海』そのものである。
浜辺には夏の日差しをカットするのに欠かせない、ビーチパラソルが既に何本も突き刺さっている。
そして、夏の海特有の簡易的な造りのお店——『海の家』が浜辺にいくつも建ち並び、多くの人々で賑わっている。
まさに、夏という舞台を全力で楽しむのに最適のロケーションであった。
「ところでさ……」
そんな夏の海の景色に感激しながらも、犬山まなはふと懐疑的な視線を父である裕一に向ける。
「お父さん、本当にサーフィンなんてできるの?」
「な、何言ってるんだい、まな! 当たり前じゃないか、は、ははは……!!」
まなが道中、ずっと疑問に思っていたこと。それはこの冴えない父親が果たして『本当にサーフィンなんてできるのか?』ということである。
蒼馬に意気揚々とサーフィンを教えてやろうと張り切っているようだが、少なくともまなは彼がサーフボードを手にしているところなど初めて見た。
母である純子に尋ねたところ、『まあ……できるといえばできるんだけど……』と言葉を濁していたところから察するに、一応は乗れるようだが、そこまで上手でもないらしい。それで本当に指導なんてできるのだろうか。
ちなみに——日帰りということもあり、今回純子は家で留守番している。
「さて……それじゃあ、車を駐車場に移動してくるから先に……ん?」
一通りそこから見える景色を一行が堪能した後、裕一は由比ヶ浜指定の駐車場へと車を移動させようとした。
しかし、そのときになってトラブルが発生。裕一の携帯に着信音が鳴り響いたのだ。
それもプライベートのではない。会社の——仕事用の携帯からだ。
「ハイ、犬山です! お疲れ様です!!」
もはや条件反射の域で電話のコールに出る会社員・犬山裕一。上司からの連絡だったのか、電話越しでありながらもペコペコと応じる、悲しきサラリーマンの性。
もっとも、それだけなら特に問題もなかっただろう。休暇中に職場からの電話。あまり気分のいいものではないかもしれないが、受け答えするくらいならばまだ許容範囲内。だが——
「……えっ!? 先方にお渡しする資料のデータに……修正を加えたい? ……今から手直ししろ?」
淀みなく受け答えしていた裕一の言葉が、やや困惑気味に陥る。
「ですが課長、私は休暇中で……はい、はい……」
サラリーマンにだって夏休みがある。
それを潰されたくない思いから必死に言葉を重ねる。
「はい……わかりました。すぐに修正して今日中にメールしますので……はい、失礼します…………」
だが裕一の抵抗は徒労に終わり、彼は明らかに電話に出る前よりもテンションを下げ、通話を打ち切る。
「お、お父さん?」
傍から聞いていただけだが、まなは嫌な予感に思わず父親の顔を伺う。
案の定、そこには会社からの無茶難題にせっかくの休日を潰された、虚しき社会人の憂い顔が見えた。
「ごめん……ちょっと急ぎの仕事が入った。すぐにでも作業に取り掛からないと……」
『ええええっ——!?』
ここまで来て、まさかの『仕事』である。
その場の全員から悲鳴のような叫び声が上がったのも、当然のことだっただろう。
「ま、まさか……今から東京に帰るの!?」
これには今回の海水浴にあまり気乗りしていなかったまなでさえ、落胆を隠し切れない。
せっかく気持ちを切り替えて楽しもうと思った矢先、まさか東京にUターンする羽目になるなど。いくら何でもそれはあんまりというもの。
しかし一同が心配する中、裕一は何とか表情を明るくしてグッと親指を立てる。
「あっ、それは大丈夫! こんなこともあろうかと……仕事用のノートパソコンは常に持ち歩いてるから!!」
「…………えっ、それっていいの?」
どうやら、こういった会社からの無茶振りは一度や二度ではないらしい。慣れた様子で仕事に必要な道具なら車に積んであると、自信満々に胸を張る会社員の鏡・犬山裕一。
娘のまなは「それって……法律的に問題ないの?」と、中学生なりに昨今の社会情勢などを鑑みて色々と心配を抱くが、あまり詳しくはないため深く突っ込むことができない。
「そういうわけで……ちょっとその辺の喫茶店で仕事してるから、先に浜辺で遊んでてくれ!」
裕一はまなたちに必要な荷物を持たせ、彼女たちを車から降ろす。
そして休日返上で上司の注文に応えるべく、腰を落ち着けて仕事できる場所はないかと喫茶店を探しに車を出し始めた。
「ちょっ、おじさん!? サーフィンは!? 教えてくれるんじゃ——」
その場を離れていく車に向かって、蒼馬が慌てて手を伸ばす。
サーフィンを教えてもらう約束をした彼としては、指導役がいなければ肝心の目的——『サーフィンを覚えて水着の姉ちゃんにモテる』という目的が達成できない。
自身の邪な夢のためにも蒼馬は慌てて裕一を呼び止めるが、その手は虚しく空を切る。
車は——ブロロと、慌ただしくその場を走り去っていった。
「…………」
「…………」
「……どうしよう、まな姉ちゃん」
取り残される形でその場に残った一同。蒼馬と大翔が口を上げて唖然となる中、裕太が不安げにまなの顔を見つめてくる。
「とりあえず…………浜辺に行こっか」
まなはひとまず腰を落ち着けるべく、放心状態の男たちを連れて由比ヶ浜の砂浜へと移動していくのであった。
×
「とりあえず……これでよし!!」
砂浜に着いたまなは最初にビーチパラソルを立てる。これで今日一日拠点となる場所は確保した。そこにレジャーシートを敷き、荷物を置いてまずは一息つく。
「……で? いつまでそうやって凹んでるわけ?」
そうして落ち着いたところで、彼女は改めて蒼馬の方に目を向ける。
「うう……だって、だってよ…………」
そこにはサーフボード片手に項垂れる哀れな青少年の姿があった。
せっかく憧れの湘南に来たというのに、せっかく背伸びをしてまでサーフィンに必要な道具を一式揃えたというのに。肝心の指導役がいなければ、どこからどう手をつけていいか分からない、完全にサーフィン初心者の蒼馬くん。
彼の『カッコいいサーファーになって水着の姉ちゃんにモテる』という夢が今ここに潰えようとしていた。
「いや、まだだ……まだ終われねぇよ!!」
しかし、諦めの悪い蒼馬はまだまだこの野望を捨て切れずにいる。
「こうなったら……一人でもやってやる!! 見てろよ!!」
そう叫びながら彼が手にしたのはスマートフォンだ。
困ったときはネット世代。サーフィンのやり方を検索しようと、浜辺に来てまでスマホの画面と真剣に睨めっこを始める。
「兄ちゃん……大丈夫?」
「…………」
鬼気迫る表情の兄に、弟の大翔も堪らず声を掛けるが蒼馬は聞こえていない様子だ。
「大翔くん……泳ぎに行こっか?」
「う、うん……」
兄に相手をしてもらえずに戸惑う大翔に、珍しく大人しい裕太の方から泳ぎに誘う。
まずは二人の小学生が、まなや蒼馬を置いて海へと向かっていく。
「——よし!! いける、いけるぞ!!」
その数分後。蒼馬がネットでサーフィンのやり方を検索した結果、ついに自身の目的に沿ったサイトを見つけたのか、彼は歓喜の雄叫びを上げる。
高いテンションを取り戻し、そこに書かれている情報をつらつらと読み進めていく。
「ふ~ん、よかったね」
その様子を、学校指定のスクール水着に着替えた犬山まなが特に関心も興味もなく見守っている。
一応、彼女は荷物番としてその場に残るつもりのようだ。
「さあ——行くぜ!!」
蒼馬はそんな幼馴染を置き去りに、サーフボード片手に湘南の海へと駆け出そうとしていた。
そう彼の夏が、色気たっぷりの水着の姉ちゃんに囲まれて過ごす暑い夏が、今この瞬間に始まる。
始まろうとしていたのだが——
『ピィ~!! ピィピィ~!!』
そのとき、警笛の音が浜辺中にクリアに響き渡る。
「——そこの、サーフボード片手に海に突っ込もうとしている少年、止まりなさい!!」
「へっ、お、俺!?」
「……?」
いきなり呼び止められたことで蒼馬だけならず、まなも驚いて振り返る。
そこには——海パンに日焼けした肌、赤と黄色の水泳帽子を被った筋肉質の男性が立っており、素早く蒼馬のところに駆け寄ってきた。風貌と雰囲気から察するにライフセーバーのようだが。
その男性は海水浴場の平和と安全を守るパトロール隊員として、蒼馬に対し厳しい現実を突きつける。
「君……随分と嬉しそうに海に飛び込もうとしているところ悪いが……」
「——遊泳期間中、由比ヶ浜でのサーフィンは禁止だ! 他のお客さんの迷惑になるからな!!」
「…………」
「…………」
暫し、その言葉を現実として受け止め切れず押し黙る蒼馬だったが——
「な……なにぃぃぃいいいいい!!」
状況を理解した彼から、本日二度目となる悲鳴のような絶叫が響き渡る。
「へぇ~、そうだったんですね」
ライフセーバーの警告を、まなの方は特に慌てることもなく受け入れる。別にサーフィンをしに来たわけでもない彼女からすれば、特に動揺するようなことでもない。
「いやいやいや!! でも、昨日のTVじゃあ、普通にみんなサーフィンしてましたよ!?」
しかし、サーフィンでモテたい蒼馬からすれば死活問題である。彼は諦め悪く必死に足掻き、この理不尽に抗おうと立ち向かっていく。
もっとも、いくら彼が抵抗しようとしたところでルールはルール。ライフセーバーの男性は呆れたようにため息を吐きながらも、キチンと蒼馬に説明してくれた。
「そりゃ……きっとオフシーズンか、もしくは遊泳時間外の映像だな。それに公式のサイトにもちゃんと書いている筈だぞ。遊泳時間内はサーフィンはご遠慮下さい……って」
「あっ、ホントだ。ちゃんと書いてある」
男性の言葉にまなはスマホから由比ヶ浜のオフィシャルサイトにアクセスしてみる。すると、そこにはキチンと遊泳期間中のサーフィンを禁止する旨が書かれていた。
「そ、そんな……」
諦めの悪い蒼馬でも、さすがに何も言い返すことができない。
彼は立ち塞がる現実を前にサーフボードを手放し、ガックリとその場にて崩れ落ちる。
こうして——彼のモテモテの夏は始まることなく、終わりを告げた。
×
「君たち、見たところ中学生のようだが……保護者の方は?」
蒼馬に対し同情的な視線を向けながらも、ライフセーバーの男性が続けてそのように声を掛ける。海の平和を守るパトロール隊員として、未成年者だけで浜辺に来ているまなたちを気にしての呼びかけだろう。
「えっと……わたしの父と一緒に来たんですけど、実は——」
まなはライフセーバーの彼に心配を掛けまいと父親と一緒に来たこと。その彼がこの場にいない経緯などを簡潔に説明する。
「そっか……そりゃ、災難だったな」
その経緯を聞き終え、先ほどよりもさらに同情的に、そしてフレンドリーにライフセーバーの彼はまなたちと接してくれる。
「俺は由比ヶ浜のライフセーバーをしている、嵐山悟朗ってんだ。何か困ったことがあれば、遠慮なく声を掛けてくれ!」
彼——
気さくな微笑みに明るい表情。ライフセーバーの義務感というより、彼自身の正義感、人柄からくる言葉のように聞こえる。
「あ、ありがとうございます!」
まなはそんな大人の男性の頼れる言葉に素直に礼を言う。子供たちだけで浜辺に取り残され、それなりに不安もあったのだろう。
さらに、まなは万が一の際に他のライフセーバーたちが駐在している場所、また熱中症や溺れた際に倒れた人を運び込む監視所の場所がどこにあるかなどを確認し、安全の確保についても指導を受ける。
「よし、それじゃあ。俺はこれで……」
「はい、お疲れ様です」
ある程度の必要な知識をまなに与えた上で、悟朗はその場から離れて行こうとする。
彼の仕事の邪魔をしないようにと、別段まなも悟朗を呼び止めようとはしなかった。
しかしそのとき——事件は起きたのである。
「——まな姉ちゃん!!」
「!! 裕太くん!?」
海の方から、聞き慣れた少年の悲鳴が木霊する。
まなが慌ててそちらに視線を向けると——沖の方で裕太がこちらに向かって手を振っていた。
小学生である彼がいつの間にか人混みを逃れるようにして、そんなところまで流されていたのだ。
だが裕太少年は浮き輪を付けているため、足が地面に付いていなくても海面にぷかぷかと浮かぶことができている。
問題は——その隣だ。
「大翔くんが——!!」
「——っ!!」
裕太が叫んでいたようにそこには浮き輪も付けず、地面に足もつかないような深い海で今まさに溺れようとしている大翔少年の姿があったのだ。
裕太一人ではどうすることもできず、彼はまなたちに助けを求めていた。
「たすけっ……! 兄ちゃん……!」
「——大翔!?」
弟の手足をバタつかせて溺れようとしている光景には、さすがにサーフィンができずに落ち込んでいた蒼馬もすぐに顔を上げる。
彼は弟を助けに行こうと、そして泳ぎの得意なまなも海に向かって飛び込もうとした。だが——
「よせ! 素人が手を出すな! 俺が行く!!」
これにライフセーバーである悟朗が待ったを掛ける。
素人が救助活動に出た場合、状況によっては二次災害を生む。助けに行こうとして、逆に溺れる。ミイラ取りがミイラになる可能性が高くなってしまう。
だからこそライフセーバーとして、悟朗自身が素早く救助活動に向かう。
「待ってろ!! 今助けに行く!!」
さすがは海の安全を守るプロということもあり迅速な対応。そして、見事なクロールである。
沖の方にいる大翔たちへと、見る見るうちに距離を詰めていく。
だが——悟朗が到着するよりも先に、大翔の力が尽きようとしていた。
「もう……だめ……だ……」
足掻く体力もなくなり、少年の体が限界を迎える。
人の子という小さな命が——まさに海という巨大な生命の母に飲み込まれようとしていた。
「大翔くん!!」
そんな友達の溺れる姿を。誰よりも近くにいながらも、助けることのできない裕太少年。
彼は絶望した表情で——ただただその現場を見ていることしかできなかったのであった。
ところが——
「……えっ!?」
「げほ、げほっ!? あれ……?」
悲嘆に暮れる裕太を、そして今まさに海に沈みかけていた大翔の体を何者かが——『何かが』ヒョイっと持ち上げる。
体を誰かに持ち上げられたことで九死に一生を得る大翔が後ろを振り返ると——何か『青い触手のようなもの』が彼と裕太の体に巻きつき、二人の幼い体を軽々と持ち上げていた。
「えっ……なに、なにこれ?」
「わっ!! 引っ張られ——!?」
二人がそれが何なのかを理解する前に、触手は幼い彼らの体を浜辺まで引き上げた。
そしてそのまま、触手は二人の少年をしっかりと地面に立たせる。
「……あれ?」
「なにが……?」
状況を呑み込めないでいる少年二人の、その触手の主が語り掛けていた。
「——お前たち、駄目じゃなイカ!」
×
「……な、なに? 誰……あの子?」
「お、女の子!?」
状況に付いていけないのは、裕太と大翔が助けられる光景を外から見ていたまなと蒼馬も同じである。
まなたちはせっかく助かった少年二人の元に駆け寄ることもできずに、その光景——
触手のような髪の毛で子供たちを助けた女の子が、その子たちに説教をする現場を目の当たりにしていた。
「駄目じゃないイカ! 足もつかないようなところで泳いじゃ危ないでゲソ!!」
「え……は、はい!」
「ご、ごめんなさい……」
言っていることがまともなため、一応は返事をする子供たちだが彼らも戸惑っている。
その女の子は——裕太たちよりは少し年上、中学一年生であるまなと同年代くらいの女の子だった。もっとも、纏っている雰囲気がどこか幼いため、どちらかというと小学校高学年というイメージの方が強い。
服装は全体的に白を強調したもの。白いワンピースに白い帽子。よくよく見れば、服の下にも白いスクール水着のようなものを着用している。
だが、やはりそれ以上に気になるのが——その髪の毛のような青い触手であろう。
「まったく……いいか、お前たち? 海を侮ったらいかんでゲソ! 海は全てを包み込むような包容力を持つと同時に、全てを飲み込む恐ろしい一面も内包しているんでゲソよ!? それをお前たちは——」
女の子が何やらありがたい御言葉を裕太たちに授けてくれているようだが、内容はまったく耳に入ってこない。
何故なら説教をしている間も、その触手が常に絶え間なく動いているからだ。
今は見た目的にもギリギリ長い髪の毛程度で収まっている触手。だが先ほどはその触手を遥か沖の方まで伸ばし、裕太たちを助けていた。
いったい、どういった構造になっているのか。
「……」
「……」
その触手の挙動が気になりすぎて、何を語ったところでずっとそちらに目を奪われてしまう。
ポカンと、黙って女の子の触手に口を開けて見入るまなたち一行。
「いや~、助かったぜ、イカ娘!!」
しかし、そんな触手の異常さなどには目もくれず、海から上がってきたライフセーバーの悟朗が彼女に話しかけていた。
「やっぱりお前はライフセーバーの素質があるぞ!」
彼は自分の救助活動が徒労に終わったことなどは気にせず、その少女——イカ娘というのが彼女の呼び名なのか。彼女が自分よりも先に少年たちを助けたことを我が事のように喜ぶ。
もっとも、イカ娘の方は特に何か特別なことをしたという空気もなく、悟朗の称賛に真顔で応じる。
「別に……人間どもが海で溺れるなんて、海をイタズラに汚すだけじゃなイカ。それが嫌だっただけでゲソ!」
『人間ども』
イカ娘がそのような台詞を放ったことから分かるように、彼女がただの人間でないことは理解できるだろう。
普通の感性の人なら、その一言で彼女から遠ざかってもおかしくはない。
「貴方、ひょっとして……!?」
「!! イカ娘さん……って、もしかして——妖怪ですか!?」
しかし、そこは犬山まな。そして妖怪が大好きな裕太少年である。
今更まなが妖怪程度で怖気づくこともなく、妖怪である可能性に目を輝かせて裕太がイカ娘に憧れのような視線を向ける。
するとイカ娘。何が気に入らなかったのか、彼女はちょっと怒ったように頬を膨らませて声を張り上げる。
「妖怪!? 何でゲソかそれは!! ワタシはそんなファンタスティックな生き物じゃないでゲソ!!」
「ファンタスティック……って、そんな言葉どこで覚えてきたんだ?」
イカ娘の言葉のチョイスに、知り合いである悟朗が突っ込みを入れながらも、彼はふと考え込む。
「妖怪か……言われてみれば確かにそうかもな。イカ娘……お前って妖怪だったのか……?」
どうやら、それまでは彼女という存在を深く定義付けしたことがなかったのだろう。
悟朗は妖怪という、日本人が思い浮かべる『人ならざるものたち』の総称に、腑に落ちたといった感じでしきりに頷いている。
しかし、地団太を踏んで怒りを露にするイカ娘が必死に否定する。
「悟朗まで何を言ってるでゲソか!! ワタシは妖怪でも、宇宙人でもないでゲソ!!」
彼女——イカ娘と呼ばれた女の子。
彼女は自分が妖怪でも、宇宙人でもないことを強調し——自分が何者なのか、胸を張りながら堂々と宣言する。
「ワタシは海からの使者、イカ娘でゲソ!! お前たち人類を侵略するために母なる海からやって来た……侵略者でゲソ!!」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
沈黙。
女の子の宣言に返す言葉もなく、困惑したまま沈黙する一同。
「ふっ……恐怖のあまり言葉も出ないようでゲソね!!」
「いや、どう反応していいか困ってるだけだろ」
何故か自信満々に腕を組むイカ娘に、悟朗が冷静に今の状況を指摘する。
そう、まなたちはイカ娘の言葉にどのような返答を口にすべきか。
その答えを持ち合わせておらず、固まっているだけだった。
「……ねぇ、イカのお姉ちゃん」
そんな中、彼女に助けられた裕太少年。
彼がイカ娘の服の袖を引っ張りながら、素朴な質問を投げ掛けていた。
「それって、妖怪や宇宙人とどう違うの?」
「…………」
「…………」
「………………………………」
その疑問にイカ娘本人を含め、誰一人明確に答えられるものなどいなかった。
人物紹介
侵略! イカ娘からの登場人物
イカ娘
本作の主人公、看板娘。
海を汚す人類を成敗するため、深海からやって来た侵略者。
語尾に「ゲソ」や「イカ」と付けるのが特徴。
その特徴的な言葉遣いは、2010年のネット流行語を大いに賑わせたという。
嵐山悟朗
由比ヶ浜の安全を守るライフセーバーの青年。
イカ娘のことを「共に海の安全を守る同志」と認識している。
基本的に彼の出番はまなたちとの接点を作ることで、次話以降は出てきません。
ゲゲゲの鬼太郎・6期からの登場人物
蒼馬
まなと同じ中学に通う同級生の男子。
まなと幼馴染という設定は、鬼太郎の小説版・青の刻のワンシーンからです。
彼と接するとき、基本的にまなは冷たいですが、大半は蒼馬が悪い。
大翔
蒼馬の弟の小学生。
少し虐めっこ気質でヤンチャですが、ごく普通の小学生。
裕太
まなのお隣さん。まなを『まな姉ちゃん』と慕う小学生(羨ましい!!)
妖怪に詳しい祖母がいるということから、3期に登場したとある人物の孫……と噂された少年ですが。その噂の真偽が解明されることなく、物語が終わってしまった。
次回からは、ちゃんと鬼太郎たちも登場します。
イカ娘たちとの絡みを、どうかお楽しみに!!