ゲゲゲの鬼太郎 クロスオーバー集   作:SAMUSAMU

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ふぅ~……なんとか、八月中に間に合った。『侵略! イカ娘』の最終話。

ただ三話で完結させるため、少し文字数を詰め込み過ぎたかもしれない。
今までの一話、二話よりも少し長めですが……どうか楽しんでいって下さい!


侵略! イカ娘 其の③

 決闘罪という罪状がある。

 

 実際に適用された例は数えるくらいだが、それでも決闘は立派な犯罪として処罰され、2年以上5年以下の懲役に科せられる恐れがある。

 決闘罪は実際に挑む側だけでなく、受けた方、準備をした者、そしてそれを見届けた観客も総じて処罰の対象となる。

 

 つまりは、この湘南の浜辺にて行われる決闘。

 そのために集まった数十人の人間たち、その全てが法に触れる可能性があった。

 

「りょ、両者……準備はいいか?」

 

 少し緊張気味に決闘の立ち会いを受けることになった相沢家の次女・相沢栄子も。

 

「頑張って!! イカちゃん!!」

「泣かすなよ、坊主!! 手加減してやれ!!」

 

 周囲でヤジを飛ばす野次馬たちも。

 その全てが処罰の対象となり、警察のご厄介になる恐れもあった。

 

 

 もっとも、その決闘罪も——人間同士の決闘であればこそ成立する話。

 

 

「ふっ……いつでもいいでゲソよ。さあ! 掛かって来いでゲソ!!」

「どうして、こんなことになったんだろう、はぁ~……」 

 

 やる気満々に準備体操で体を解す、海からの侵略者・イカ娘。

 自分はどうしてこんなところにいるんだろうと今更のように後悔している、幽霊族の末裔・ゲゲゲの鬼太郎。

 

 人ならざる彼らに、人の法など当て嵌まることもなく。

 この決闘を邪魔する権限など誰にもなく。

 

 誰一人この決闘——イカ娘vsゲゲゲの鬼太郎の戦いを止めることはできない(止める気もない)。

 

 ところで、どうしてこんなことになってしまったのか? 

 話はだいたい、十分ほど前まで遡る。

 

 

 

 

「——ゲゲゲの鬼太郎! ワタシは貴様に……決闘を申し込むでゲソ!!」

「…………はい?」

 

 海の家・れもんにて。

 謎の侵略者・イカ娘の調査を終え、ゲゲゲの森に帰ろうとした鬼太郎たち一行。イカ娘の存在を無害だと思ったからこそ、大人しくその場から立ち去ろうとした彼らの背中。それを当の本人であるイカ娘が呼び止める。

 

 しかも、その理由は決闘。つまり——自分と戦えと、イカ娘は鬼太郎との一騎討ちを申し出ていた。

 

 当然、目を丸くして戸惑う鬼太郎。イカ娘のことを知る周囲の人間たちも困惑する。

 

「ど、どうした、イカ娘? いきなり鬼太郎と戦うって……お前、何か変なもんでも拾い食いしたか?」

 

 既にイカ娘の保護者とも呼べる立場の相沢栄子が、脈絡のない彼女の提案に目を丸くする。

 何がどうなってそのような発想に思い至ったのか、栄子でもイカ娘の思考が理解できない。

 

「違うでゲソ!! ワタシはそんな、落ちてるものを食べるような、はしたない真似はしないでゲソ!!」

 

 イカ娘は栄子の失礼な発言に憤慨しながらも、自分が何故鬼太郎と戦うなどと言い出したのか。その理由を懇切丁寧に説明してみせる。

 

「ゲゲゲの鬼太郎……海坊主さんから聞いて知ってるんでゲソよ! お前が……人類の味方であるということを!!」

 

 イカ娘は海に生きるものとして、海坊主から地上に関する知識をいくらか授かって侵略行動を開始した。色々と偏った知識ではあるが、その中でもゲゲゲの鬼太郎のことに関しては詳しく聞いていたという。

 

「お前は海坊主さんと同じ妖怪という立場でありながら、人間の味方をする困った妖怪。つまり、人類の敵であるワタシの敵だということになるでゲソ!!」

「だから、それは誤解だと……」

 

 イカ娘の言い分に、再度呆れて鬼太郎は溜息を吐く。

 先ほども言ったように、鬼太郎は別に人間の味方ではない。彼は妖怪であろうと、人間であろうとも、どちらに対しても等しく平等に接しているつもりだ。

 しかし、イカ娘は鬼太郎の言葉に納得せず、尚も彼に向かって敵意満々に告げる。

 

「それに……日本妖怪の代表とも呼べるお前を倒せば、この国の妖怪どもは全て侵略したも同然でゲソ!! そうなれば、また一歩! ワタシの地上侵略の野望が実現に近づくじゃなイカ!!」

「……お前、まだ諦めてなかったんだな」

 

 果たしてイカ娘の地上侵略が実現に進んだ試しなどあったのだろうかと、彼女の発言に栄子が呆れかえる。

 

「いや、別にボクは日本妖怪の代表ってわけじゃ……」

 

 鬼太郎も、さらなるイカ娘の誤解に否定的に首を振る。

 

 だがその認識——鬼太郎が『日本妖怪の代表』という認識に関していえば、決して的外れとも言えないかもしれない。

 

 鬼太郎としてはそんなものを気取っているつもりはないが、大半の日本妖怪にとって『ゲゲゲの鬼太郎』という存在はある種のカリスマ性を秘めている。

 彼の強さや、面倒見のよさ。それにより彼を勝手に日本妖怪の代表、親玉などのように扱い、ときとして期待を裏切られたと、勝手に失望する妖怪も結構な数が存在する。

 そういったネームバリューなど、ねずみ男といった彼に近しい妖怪も度々利用することがあるほど。

 

 鬼太郎が望もうと望むまいと、彼が日本妖怪の中で一目置かれる存在であることは確か。

 

「さあっ! ワタシと勝負するでゲソ!! ゲゲゲの鬼太郎!!」 

「いや、ボクは勝負なんて……」

 

 そんな彼を倒すことができれば、自分の地上侵略がより一層捗るだろうと、イカ娘はさらに息巻いて決闘を要請してくる。それでも、鬼太郎はイカ娘との戦闘を回避するため、彼女の要求を断ろうとするのだが——

 

「…………ねぇ、鬼太郎さん。よかったら、イカ娘ちゃんと遊……じゃなくて決闘してくれないかしら?」

「姉貴? 何言ってんだよ?」

 

 思わぬところでイカ娘の要求を擁護するものがいた。

 イカ娘が世話になっている相沢家の長女・相沢千鶴である。姉のまさかの発言に妹の栄子も驚いていた。

 

「おお!! いいのか、千鶴!? 絶対に怒られると思ってたでゲソ!!」

 

 これはイカ娘も意外だったのか、一番の保護者たる彼女のOKサインにその表情を無邪気に明るくする。

 

「ええ、いいわよ。鬼太郎さんとたくさん遊んで……じゃなくて、決闘してもらいなさい」

 

 千鶴は穏やかな笑顔でイカ娘にそう言い、そしてその後、こっそりと鬼太郎に近づいてイカ娘に聞こえないよう、声を忍ばせる。

 

「ごめんなさい、鬼太郎さん。けど……あの子、きっと寂しかったと思うんですよ」

「?」

 

 千鶴の言葉に疑問符を浮かべながら、鬼太郎は彼女のヒソヒソ話に耳を傾ける。

 

「地上に出てきてから……ずっと私たち人間と過ごしてましたから。多分、同じ?妖怪の貴方たちと、仲間と一緒に遊びたいんじゃないかしら?」

 

 それが千鶴の考えだ。

 イカ娘の相手を人間である自分たちばかりがしていては寂しがるかもしれない。彼女と同じ(かもしれない)妖怪である鬼太郎たちが遊び相手になってくれれば、イカ娘も嬉しいのではないかと。

 千鶴は、そのようにイカ娘の心情を解釈していた。

 

「姉貴……アイツ自身がそれを否定してるんだけど……」

「あらあら、そうだったかしら? けど、似たようなものじゃない?」

 

 何気に妖怪であることをイカ娘自身が否定していると栄子が主張したが、千鶴はそれを華麗にスルーする。

 ぶっちゃけ、イカ娘が人外だろうと妖怪だろうと。呼び方などはどうでもいいのかもしれない。少なくとも、千鶴にとっては。

 

「そういうわけだから……栄子ちゃん、イカ娘ちゃんの面倒見てあげてね?」

「……って、あたしも巻き込まれるのかよ!?」

 

 さりげなく、千鶴は栄子にイカ娘を世話をするようにお願いする。

 栄子は、まさか自分まで巻き込まれるとは思っておらず、抗議の声を上げるが。

 

「栄子ちゃん……最近、家でゲームばっかりしてるでしょ? たまには外で遊んできなさい……ね?」

「——っ!! わ、わかったよ……」

 

 笑顔で告げられた『圧』のこもった姉の一言に栄子は息を呑む。

 そうして、彼女もイカ娘の我侭に振り回されることとなる。

 

 

 

 

「あの……ボクはまだ決闘を受けるとは……」

 

 何やら勝手に話が進んでいく中、鬼太郎は決闘など受ける気もないと再度断りを入れようとする。めんどくさい……否、無用な争いを好まない鬼太郎らしい冷静な判断。ところが——

 

「ふむ……そうじゃな。鬼太郎や、イカ娘ちゃんの申し出、ここは一つ受けてみたらどうじゃ?」

「と、父さんまで!?」

 

 何故か鬼太郎の父である目玉おやじまでその気になってしまっている。どうやら彼なりに考えがあるらしく、こっそり息子に耳打ちする。

 

「鬼太郎、ここでイカ娘ちゃんの戦意を挫いてやれば、地上侵略などという無謀なことを言い出さなくなるやもしれん。彼女が今後無茶をして、人間たちに目をつけられんようにするためにも、ここはしっかりと現実の厳しさを教えて上げるべじゃ」

「そ、それは……確かに必要なことかもしれませんが……」

 

 なるほど、目玉おやじの言い分にも一理ある。

 ようはイカ娘を打ち負かし、地上侵略など不可能だと思い知らせてやればいい。鬼太郎が憎まれ役を演じることになるが、彼女の今後を思うのなら必要な過程かもしれない。

 

「もちろん、しっかりと手加減はしてやるのだぞ……それにじゃ——」

 

 当然、息子に力加減を注意しながら、目玉おやじはさらにもう一つの本音も溢していた。

 

「お前も……ここ最近は家でずっと寝てばかりじゃったろう? 暑いからといってダラけてばかりではなく、たまには外で運動しなさい」

「…………わかりました、父さん」

 

 実に保護者らしい父からの指摘に今度こそ観念。鬼太郎は運動——もとい、イカ娘の決闘を受けることになった。

 

 

 

×

 

 

 

「それじゃあ、始める前に一つ言っておくけど……」

 

 そんなこんなで成立してしまった決闘を前に、審判役を仰せつかった栄子が口を開く。

 

「あたしが勝負有り!……って思ったらそこで終了だ。分かってるな、二人とも?」

 

 それは姉である千鶴からの注意事項だ。

 あくまで遊びの延長、決闘が殺し合いになってはならないと、栄子が念を押す。

 

「分かってるでゲソ! 心配しなくても、命までは取らないでやるでゲソよ!!」

 

 随分と自信満々に上から目線でイカ娘は頷く。自分が勝利することを微塵も疑っていないようだ。

 

「ああ、それは勿論……」

 

 鬼太郎としても、その取り組みはありがたい。

 当然手加減をするつもりだが、どこまでやればイカ娘の戦意を挫くことができるのかがわからないため、誰かが中立の立場で止めてくれれば、それが目安となるだろう。

 

 

『…………………』

 

 

 そして、いよいよ始まるといった段階で周囲もシンと静まり返る。

 誰もが固唾を呑んで見守る中、ついに決闘開始の合図として栄子が腕を振り下ろした。

 

「……よし。それじゃあ——始め!!」

 

 

 

 

「……」

「……」

 

 戦いが始まってすぐは両者共に動きはない。

 あれだけ息巻いていたイカ娘も、鬼太郎の出方を伺っているのか警戒するように間合いを図っている。

 

 ——さて、どうしたものか……。

 

 一方、鬼太郎。彼は「いったいこの決闘をどのような形で終わらせるべきか?」という方向で思案を巡らせる。

 なるべく穏便に、それでいてイカ娘に二度と地上侵略などという無茶な考えを抱かせないよう、ある程度の力を示す必要がある。実際にやろうとするとこれが意外にも難しく、力加減をどのようにすべきかという点で鬼太郎は攻めあぐねている。

 

「どうしたんでゲソ? ビビってるでゲソか?」

 

 そんな鬼太郎の態度を『怯え』と判断したのか、イカ娘が挑発的な笑みを浮かべる。

 

「来ないのなら……こっちから行くでゲソよ!!」

 

 そしてついに彼女の方から動き出し、攻撃を仕掛けてくる。

 

 イカ娘の主な攻撃手段、それは例の触手だった。

 彼女の髪の毛に擬態するようなその青い触手。ときとして人助けに利用され、ときとしてお料理の配膳に利用され——

 

 それはときとして、人を傷つける凶器にもなり得た。

 

「これでも……喰らうでゲソ!!」

 

 イカ娘が頭をブンと勢いよく振り回すと、矢印のような先端を伴ったその数本の触手が鬼太郎に向かって勢いよく迫ってくる。

 

「——!!」

 

 鬼太郎は慌てて身を躱す。完全に油断していたこともあって反応が遅れるも、なんとかその一撃を回避。躱されたことで触手は砂浜の地面に衝突。かなりの勢いでぶつかったこともあり、衝撃が浜辺一帯に砂煙を巻き上げる。

 

『おおっ——!?』

 

 観客たちから呑気な歓声が上がる。

 想像以上に派手なイカ娘の触手の威力に、まるでアクション映画に魅入るような喝采を上げている。

 

「おのれぇ! 逃さんでゲソよ!!」

 

 自分の攻撃が失敗したことを悔しがりながらも、さらにイカ娘は攻撃を続ける。

 砂煙が舞う中で一本一本の触手を器用に動かし、鬼太郎を四方八方から攻め立てる。

 

「くっ!?」

 

 砂で視界が遮られていることもあってか、なんとか回避しながらも鬼太郎は触手の一撃を二度、三度と体に受けてしまう。霊毛ちゃんちゃんこで守られていることもあり、決して深手にはならないものの、これが結構痛い。

 

 ——この子!?

 

 思った以上の威力に顔を顰めながら、鬼太郎は触手を避け続ける。

 避けているうちに砂煙も晴れ、クリアな視界が鬼太郎の元へと戻ってくる。

 

「ちぃっ! なかなかやるじゃなイカ!!」

 

 晴々とした視界の向こう、イカ娘は苦々しい表情をしている。自慢の触手攻撃を繰り出しても倒れない鬼太郎に業を煮やしたのか。

 

「ならば……これならどうでゲソ!?」

 

 そう叫びながらも、今度は大きく息を吸い込む。

 見た目が子供なイカ娘がその動作をすると、まさにバースデーケーキの蝋燭を吹き消そうとする幼子のように見えるのだが——

 

 次の瞬間、イカ娘は口から『真っ黒い液体』を噴水のように吹きかけてきた。

 

「なっ!? れ、霊毛ちゃんちゃんこ!!」

 

 これにガチで驚いた鬼太郎は目を丸くする。慌てて霊毛ちゃんちゃんこを脱ぎ、それを盾に黒い液体を防ぐ。

 その液体は、黄色と黒の縞々模様がトレードマークのちゃんちゃんこを黒一色に染め上げてしまう。

 

 

 

 

「な、なにあれ!? なんか……変な液体吐いたわよ、あの子!?」

 

 二人の決闘をなんの気もなく見届けていた猫娘も驚く。

 正直、猫娘は二人の戦いに何の関心もなかった。どうせ鬼太郎が危なげなく制するだろうと、彼の勝利を微塵も疑っていなかったからだ。

 だが、鬼太郎がまだ反撃していないとはいえ、思いのほか高いイカ娘の戦闘力、そして得体の知れない液体を口から吐く彼女のびっくり仰天な生態に猫娘ですら目を丸くする。

 

「ああ、あれはイカ墨ですよ~」

 

 だがまるで驚いた様子もなく、猫娘と一緒にその戦いを観戦している千鶴が呟く。

 千鶴が言うに、あの黒い液体はイカ娘のイカ墨——彼女の体液らしいとのことである。

 

「い、イカ墨……?」

「ええ、イカですから……何もおかしいことはないと思いますけど?」

 

 イカ娘なだけあって、イカ墨を吐く程度はなんら不思議はないと千鶴が語っているが、猫娘は若干引き気味だ。

 少なくとも、女の子が口から吐いていいような液体ではないと、素直にそう思ったから。

 

 もっとも、千鶴は猫娘のリアクションに気づいた様子もなく、さらなる衝撃事実を口にする。

 

「それにあのイカ墨、とっても美味しいんですよ!!」

「へっ……!? た、食べるの? あれを……!?」

「はい!! 今じゃ、うちの店の看板メニューの一つなので~」

 

 なんと、そのイカ墨。イカ娘の体液で作った『イカ墨スパゲッティ』をメニューとして提供しているという。

 猫娘はイカ娘が口から吐くイカ墨で完成するスパゲッティの作業工程を想像し——思わず「ウッ!」と口元を押さえる。

 

「おお!! 確かに、あれはなかなかの美味じゃったのう!」

「ええ、そうでしょう!? お客さんからも評判良くて!!」

 

 しかし、その名物を昼飯に口にした目玉おやじ。猫娘の肩に乗りながら特に気にした様子もなく感心し、それに気を良くした千鶴が上機嫌に笑顔を振りまく。

 

「……さ、さすがおやじさん………………あれ?」

  

 その胆力にさすがは目玉おやじと驚愕する猫娘だったが、一方である事実に気付いてしまう。

 

 鬼太郎たちと一緒に昼食を共にした猫娘。彼女自身はイカ墨スパゲッティなど口にしてはいない。猫である彼女がイカを食べると腰を抜かしてしまうから。

 

 だが、彼女たちとは別に料理をテイクアウトで注文していた犬山まな。

 彼女の持ち帰った料理が——確か『イカ墨スパゲッティ』だったことを猫娘は思い出す。

 

「まな……アレを食べたのよね…………」

 

 大事な妹分がアレを口にする姿を想像し、猫娘は密かに同情する。

 

「何も……言わないであげようかしら……」

 

 果たして彼女が真実を知ったとき、いったいどんな反応をするのか。

 ちょっと見てみたい気はしたものの、言わぬのが情けと。猫娘はこの事実を自身の胸に内にそっと閉まっておくことにした。

 

 

 

 

 イカ娘のイカ墨攻撃を防いだ後も、彼女の猛攻は止まらない。

 十本の触手を縦横無尽に動かし、鬼太郎を追い詰めようと奮戦している。攻撃はどんどん激しくなっていき、もはや観客である人間たちの目では追いきれないレベルに到達していた。

 

「!!」

 

 しかし、そこはやはりゲゲゲの鬼太郎。数々の修羅場を潜り抜けてきただけあって、既にイカ娘の攻撃を見切り始め、繰り出される触手を悠々と躱していく。

 

「くそっ、ちょこまかと! さっきから避けてばかりじゃなイカ!! 少しは反撃してみるでゲソ!!」

 

 己の攻撃が当たらず、避けてばかりの鬼太郎へ悔しそうに叫びながら、イカ娘は尚も触手を繰り出し続ける。

 その触手を一方的に躱し、躱しながら——ふと、鬼太郎は思案にふける。

 

 ——この子、意外に強いな……。

 

 鬼太郎が考えていたのはイカ娘の意外な強さについて。

 触手の動きといい、力強さといい。幼そうな見た目からは想像もできない、底力を身に宿しているイカ娘という存在。

 やはりどれだけ見た目が愛らしくても妖怪(本人は否定しているが)。その力や能力は明らかに人間離れしていた。

 

 ——これだけの力があれば……この平和な海岸くらいなら侵略できそうだけど……。

 

 だからこそ、鬼太郎は疑問に思う。これだけの底力がありながら、どうして未だにこの辺りの海岸が平和なのか。

 イカ娘がその気になれば日本全土は無理でも、あの小さな海の家の住人たちを脅し、無理やり支配することくらいはできそうだ。そうなれば、もっと騒ぎが大きくなり、鬼太郎の耳にも届きそうなトラブルに発展しそうなものだが。

 しかし、この由比ヶ浜はイカ娘という『異物』を抱えながらも、未だに平和を保っていられている。

 

 ——彼女自身、侵略なんてする気もないのか……それとも、何か別の要因があるのか?

 

 いずれにせよこの勝負を早めに切り上げ、そこのところをもう一度調べた方がよさそうだと、鬼太郎は戦いながらもそんなことを考えていた。

 そのせいか——彼は思わぬところで足元を掬われることとなる。

 

「っ!? な、なんだ!?」

 

 唐突に、イカ娘の触手を躱していた鬼太郎の足元がガクリと、不安定に揺れる。 

 何事かとそちらに視線を向けると——そこには『空のビール瓶』が砂浜に投げ捨てられていた。それをウッカリ鬼太郎が踏みつけ、彼はバランスを崩す。

 

「ハッ!! 隙を見せたでゲソね!!」

 

 思わぬところから勝機が転がり込んできたと、イカ娘が目をギラリと光らせ一気に勝負に出る。彼女の触手が体勢を崩した鬼太郎を絡めとろうと、一斉に襲い掛かる。

 十本の触手、その全てが鬼太郎を縛り上げ、彼の動きを封じてしまった。

 

「しまっ!?」

「鬼太郎!?」

 

 これに油断したと叫ぶ鬼太郎。信じて勝負の行く末を見ていた猫娘ですら思わず声を上げる。

 

「ふっ! 勝負あったでゲソね! さあ、このまま朽ち果てるがいいでゲソ!!」

 

 勝った!と確信したのか。イカ娘は触手で縛り上げた鬼太郎の体を高々と持ち上げ、勝利宣言に浸る。実際、イカ娘の触手にはそれなりの圧迫感があり、鬼太郎でもこの状態を力だけで抜け出すのは難しくあった。

 

「くっ……仕方ない」

 

 だがここで鬼太郎が負けてしまえば、イカ娘はますます調子づいてしまうだろう。これまで大人しかった彼女が、人類侵略とやらに本腰を入れ始めてしまうかもしれない。

 

「少し可哀想だけど……!」

 

 そうさせないためにも、鬼太郎は止むを得ず反撃に打って出ることにした。

 

 

「——体内電気!!」

 

 

 縛られた状態で発動されたのは体内電気。鬼太郎の全身から流れ出すその電撃は触手を伝わり、イカ娘本体にも電流を流していく。

 

「あべべべべべべべ!?」

 

 突然の電気ショックにイカ娘が奇声を上げる。電撃で痺れるだけでなく、電熱の影響で彼女の身からは美味しそうなイカ焼きの匂いがコンガリ香ってくる。

 予想だにしないカウンターに、鬼太郎を縛っていた触手も緩んだ。

 

「よし……リモコン下駄!」

 

 触手から解放された鬼太郎は、すかさずリモコン下駄で駄目押しの一撃を加える。

 

「あで!? ゲソ!?」

 

 鬼太郎の脳波で動くリモコン下駄は、見事にイカ娘の頭部と顎に直撃。 

 一瞬、何とか踏ん張ろうとはしていたものの、イカ娘はそのまま耐えきれずにバタリと後ろに倒れ込む。

 

 

 

 

「——しょ、勝者!! ゲゲゲの鬼太郎!!」

 

 暫くしても起き上がってくる気配もなかったため、そこで審判の栄子が声を上げる。

 

 勝負有り。

 

 結果として決闘は鬼太郎の勝利で幕を閉じ、浜辺は観客たちの歓声とブーイングの両方によって埋め尽くされていた。

 

 

 

×

 

 

 

「…………ま、負けたでゲソ」

 

 鬼太郎の体内電気で真っ黒焦げにされ、イカ娘は弱々しく呟く。

 自分の負け、すなわち敗北を噛みしめるように彼女は仰向けのまま晴々とした空を眺める。

 

「お、おい……大丈夫か、イカ娘?」

「す、済まない。少しやり過ぎた」

 

 放心状態のイカ娘を気にかけて栄子が駆け寄る。鬼太郎も、少しやり過ぎたと反省する。

 

「負け…………」

 

 しかし、そのどちらの声も耳に届いた様子がなく、イカ娘はピクリとも動かない。

 彼女は自身の敗北をゆっくり、長い時間かけて理解し————

 

 

「う……うわあーん!! ゲソゲソゲソゲソ!!」

 

 

 あまりのショックからか、その場で大声にて泣き崩れてしまった。

 

「うおい! イ、イカ娘!?」

 

 イカ娘の泣き叫ぶ姿に栄子がテンパる。

 

「えええっ!? あ、あの、その……」

 

 鬼太郎もたいへん心苦しい気持ちに晒され、どうすればいいか珍しく挙動不審に陥る。

 

「うぅう……地上に出てから今日という日まで……結局ワタシは何一つ侵略することもできずにこの始末。ワタシはワタシは……自分が情けないでゲソ!! うわぁーん!!」

 

 どうやらイカ娘。これまでの自分の成果、地上侵略を豪語しながらも何一つ進展しない己の不甲斐なさが決闘による敗北により、一気に噴き出してしまったらしい。

 恥も外聞もなく、彼女は目から滝のような涙を流してその場にて泣き続ける。

 

 

「……おい、あいつ、イカ娘ちゃんを泣かせてるぞ!」

「もうちょっと手加減してやれよ、それでも男か!!」

「ママ~、あのお兄ちゃん、いじめっ子なの?」

「シッ!! 見ちゃいけません!!」

 

 

 イカ娘の泣き崩れる姿があまりに痛ましいせいか、周囲のギャラリーたちも鬼太郎への厳しい視線を強めていき——。

 

 

 

 その中の何人かが、まさに行動を起こそうとしていた。

 

 

 

「——なっ!! 何なのよあの子!! 私のイカちゃんをあんな風に泣かせるなんて!!」

 

 手にしたハンカチを噛みしめながら、イカ娘の泣き崩れる姿に激怒する高校生がいた。

 彼女は——イカ娘のストーカーだ。イカ娘と出会ったその日に彼女に一目惚れしてしまい、それ以来、彼女への無償の愛をこれでもかというほど、注いでいる。

 イカ娘本人にはとても迷惑がられているが、たとえどのような扱いを受けようと彼女の愛は不滅。イカ娘を泣かせた鬼太郎への敵意を漲らせ、彼女は駆け出す。

 

「——待ってて、イカちゃん!! 今慰めてあげるわ!!」

 

 

 

 

「——あっ、イカちゃん先輩が!!」

「——男の子に泣かされてる!?」

 

 その場を偶然通りかかった中学生たちがいた。

 彼女たちはイカ娘の友達であり、イカ娘が鬼太郎相手に決闘騒動を起こした事実を知らず、本当に偶々そのタイミングでその現場に通りかかった。

 前後の騒動を知らない彼女たちからすれば、目の前の光景はまさに『男の子がイカ娘を一方的に泣かせている』という風に見て取れる。

 

 大事な友達が、虐められている。

 友達思いの中学生たちは決して見過ごすことができず、走り出す。

 

「——イカちゃん先輩!!」

「——大丈夫!! 私たちが付いてるよ!!」

 

 

 

 

「——イカ姉ちゃん!!」

「——やばいぞ、たける!! イカ姉ちゃんのピンチだ!!」

 

 小学生の男の子たちがいた。

 イカ娘は何故か小学生相手に絶大なカリスマ性を発揮し、イカ姉ちゃんと慕われている。男女問わず人気者で、特に相沢家の長男・相沢たけるたちのグループ・イカ娘親衛隊に懐かれていた。

 小学三年生とまだまだ幼い男の子たち。彼らはイカ娘を守るため、どのような行動を取るべきか迷いなく動く。

 

「——オレたち! イカ姉ちゃんを守り隊!!」

「——行くぞ!! ボクたちでイカ姉ちゃんを守るんだ!!」

 

 

 

 

「——Oh no!!」

「——不味いデェス、このままでは……」

「——イカ星人が、妖怪として退治されてしまいまぁす~!!」

 

 うそん臭い科学者たちがいた。

 彼らはイカ娘を宇宙人と断定し、その生態を調べようと日々画策している。そんな彼らにとって、鬼太郎の手でイカ娘が退治されてしまうことは一大事。自分たちの大事な研究対象を失う、科学者として決して見過ごすことのできない緊急事態だ。

 故に、彼らは科学の武装を手に鬼太郎へと挑みにかかる。

 

「——かくなる上は……!」

「——我々で彼女を守るのでぇす!!」

「——yahoo!!!」

 

 

 

 

「——なにぃいいい!? イカ娘が敗北しただと!?」

 

 イカ娘が決闘で負けたことを聞きつけ、別の海の家『南風』の店長・おっさんが声を荒げる。

 彼はイカ娘を打倒するため、偽イカ娘なるものを日々研究・造形している変わり者。そんな彼にとって、イカ娘が他の誰かに敗北するなど、決して許せることではない。

 奴を倒すのは俺だと言わんばかりに、ライバル心を燃やしながら新作の偽イカ娘を連れていく。

 

「——待っていろ、イカ娘!! 俺の作った偽イカ娘がその鬼太郎とやらを倒す!!」

 

 

 

 

 そう、多くの人々がイカ娘の敗北を目の当たりにし、その浜辺に集結した。

 その目的や動機などの違いこそあれど、彼らの思いは一つ。

 

 イカ娘を守る。

 

 そのために、そのために——

 

 

『——ゲゲゲの鬼太郎!! 覚悟ぉおおお!!』

 

 

 と、イカ娘を泣かせた張本人・ゲゲゲの鬼太郎へと襲い掛かったのである。

 

 

 

×

 

 

 

「——えぇ!? ちょ、ちょっ!?」

 

 これには、さすがの鬼太郎もたじろぐ他ない。

 気が付けば彼の周囲には見知らぬ男女、下は小学生から上はおっさんまで。ありとあらゆる年代の人間たちが取り囲み、彼と敵対するべく武器を構えていた。

 

「くらえぇええ~!」

「やっつけろ!!」

 

 棒切れ片手に先陣を切るのは、小学生の男の子たち。

 イカ娘を守るという意志がヒシヒシと伝わってくる、何と曇りない真っ直ぐな瞳。

 そんな瞳で睨まれた日には、自分がものすごく悪い妖怪なのではと、いたたまれない気持ちにさせられる。

 

「いたっ!! いたた……!!」

 

 反撃などできる筈もない。鬼太郎は小学生たちにポカスカポカスカと叩かれ、身を縮こませるしかなかった。

 

「yahoo!!」

「喰らいなさい、これが科学の力!」

「我々の研究の成果でぇす!!」

 

 続いて鬼太郎の前に立ち塞がったのは、何故か水着に白衣という組み合わせのうそん臭い外国人である。

 白人が二人、黒人が一人の三人組で、彼らの内の一人がその手におもちゃのような銃を構えて、引き金を引く。

 

 次の瞬間、銃口からは謎の光線が放たれる。

 

「!!」

 

 嫌な予感がしたため、その光線を避ける鬼太郎。すると光線は鬼太郎の後ろにあった、誰かが置き忘れていった西瓜へと命中。

 

 

 西瓜はチリひとつ残さずこの世から消滅する。

 

 

「——っ! か、髪の毛針!!」

 

 鬼太郎の顔から一瞬で血の気が引き、慌てて髪の毛針で反撃。

 毛針を全てそのおもちゃのような銃に直撃させ、二度と引き金が引けないようぶっ壊しておく。

 

「Oh no!?」

「我々の研究成果がぁ!?」

 

 銃を壊されて頭を抱える科学者たちだが、これに対して同情の余地はない。

 

「大丈夫、イカちゃん?」

「怪我してない?」

「ほら、顔を上げて!!」

 

 男たちが鬼太郎たちと戦っている間、イカ娘の友達である女の子たちが彼女の周囲に集まっていく。イカ娘のことを慕い、心底彼女の身を案じる中学生の少女たち。

 

「清美……みんな……!!」

 

 仲の良い友人たちに慰められ、イカ娘は顔を上げて表情を輝かせる。

 

「イカちゃん~!! 今私が傷の手当てをゲフっ!?」

 

 その一方、自分が落ち込んでいることをいいことに傷の手当てと称し、抱きつこうとする女子高生を触手でぶっ叩いて下がらせる。

 

「えへへ……元気そうでよかったわ、イカちゃん~」

 

 すげなく扱われながらも、鼻血を垂らしながら幸せそうな顔で陶酔する変態淑女。

 とりあえず彼女のことを華麗にスルーしつつ、イカ娘はもう一度立ち上がる。

 

「ありがとうでゲソ、みんな! そうでゲソね……こんなことで、いつまでも挫けていられないでゲソ!!」

 

 友達に勇気付けられ、イカ娘は今一度自らの野望に奮い立つ。

 そうだ、たった一度の敗北で諦めることなどない。自分には地上を侵略するという大事な使命があるのだ。

 その使命を、夢を叶えるためにも——

 

「——鬼太郎!! もう一度勝負するでゲソ!!」

 

 イカ娘は鬼太郎へのリベンジマッチと、もう一度彼に襲い掛かる。

 

 

 

 

「——おい、お前ら、いい加減にしろ!! イカ娘も、決闘は終わりだ! 勝負有りだって言っただろ!!」

 

 混沌とした状況の中、審判係を務めていた栄子が声を張り上げ、その争いを止めに入る。一対一の戦いで勝負有と判断した以上、これ以上はルールの範疇外、もはやこれは決闘でもなんでもない。

 だがあまりにカオスな戦況、みんなが騒ぎまくる中、誰も栄子の話になど聞く耳を傾けない。

 

「待てぇ! 鬼太郎!!」「僕たちが相手だ!!」「イカ姉ちゃんの仇!!」「我々の科学力はこの程度で屈指はしませぇ~ん!!」「今度はこの新兵器で息の根を止めてやりま~す!」「yahoo!!」「鬼太郎! 覚悟するでゲソ!!」「イカちゃん頑張って!」「イカちゃん先輩負けるな!!」「イカちゃん、愛してる!!」

 

「…………うわぁ~……なんだこれ」

 

 栄子はその光景に絶句する。

 普段であれば、なかなか一箇所に集まらないような変人・奇人・常識人たちまで大集合。その浜辺に集った人々が、イカ娘一人のために鬼太郎を寄って集って追い回している。

 

「ちょっ!? ま、ま、まってくれ!?」

 

 これには鬼太郎も、どのように対処すべきか困っていた。

 

 基本的に、鬼太郎に向かってくる人間たちの行動は『善意』からくるものだ。最初にイカ娘を大人げなく打ちのめしてしまったという負い目もあってか、彼も抵抗ができずにただ逃げ回るしかない。

 この浜辺はまさにイカ娘たちの領域、鬼太郎にとって完全にアウェー状態。

 

「ちょっとアンタたち! いい加減にしなさい!!」

「そ、そうだよ! これじゃ、鬼太郎がかわいそうだよ!!」

 

 しかし、そんな状況でも鬼太郎の味方はいた。

 彼が一方的に追い回される状況に猫娘が激怒して化け猫の表情で威嚇。犬山まなが鬼太郎を庇って周囲の人たちに呼びかける。

 

「むむむ……」

 

 猫娘とまなが割って入ることで、一度は怯みかけるイカ娘側の人間たち。

 

「——ふっ、ここは俺に任せろ!!」

 

 しかし、そこへ空気を読まずに現れたのは南風のおっさん。

 

「やれ! 新作・偽イカ娘!!」

『了解でゲソ』

 

 おっさんは打倒イカ娘のために開発した新型の偽イカ娘を猫娘たちにけしかけ、彼女たちが鬼太郎の援護に入ることを阻止する。

 

「えっ、なにこれ……」

「き、気持ち悪!!」

 

 眼前に立ち塞がる偽イカ娘なるもののデザインに、猫娘とまなの二人が及び腰になる。 

 この偽イカ娘——おっさんの独自センスでイカ娘に似せているようだが、これがとにかく不気味ずぎる。でかい無機質な顔が緑色、ボディ周りが常にウネウネとした触手で構成されている。

 そんなナリにもかかわらず、戦闘力もそれなりに高いのでタチが悪い。

 

「ちょっ!?」

「きゃあ! こっち来ないで!!」

 

 そんな偽イカ娘に追い回され、猫娘もまなも鬼太郎に助け舟を出すことができずにいた。

 

 

 

 

 

 

「…………こ、これ、どう収拾つけんだよ…………」

 

 自分の許容量を超えた目の前の混乱に、いよいよもって栄子が頭を抱え出す。だが、こればかりは一方的に栄子を責めることはできない。

 

 寧ろ、いったいどこの誰ならこの状況を鎮めることができるというのか。少なくとも普通の人間では不可能だ。

 

 

 そう——普通の人間であれば。

 

 

「————!!」

 

 

 

 

 その浜辺の混沌とした状況を見るに見かね——ついにその人物は動き出す。

 

 

 

 

 

『ゲソ?』

 

 その人物がまず行ったのが、偽イカ娘の排除である。

 作り物相手に容赦はないとばかりに、疾風の如き速度で即座に間合いを詰め、そして通り過ぎる。

 

 次の瞬間——偽イカ娘の頭部が弾け、木っ端微塵に粉砕される。

 

「ああ!? 俺の偽イカ娘がぁああ!?」

 

 いったい何をされたかもわからず、南風のおっさんが悲鳴を上げる。その人物は首を無くした残骸などには目もくれず、すぐさま次なる標的——三人の科学者たちへと目を向ける。

 

 その科学者たちはそれぞれの両手に武器を持ち、それらを鬼太郎に向かって試そうとしていた。

 どれも彼らの自信作であり、ひょっとしたらこの世界の物理法則すら凌駕する、とんでもない世紀の大発明だったかもしれない。

 

 だが——知ったことかとばかりに目にも止まらぬ速さでその全てを取り上げ、全部粗大ゴミとして粉々に粉砕。

 

「へっ?」

「おっ?」

「Oh!?」

 

 ついでとばかりに、科学者たちの白衣をズタボロに引き裂き、彼らそのものを戦闘不能へと追い込み。

 

「な、何が……?」

 

 その間、わずか5秒。

 妖怪たる猫娘の目ですらも追いきれない動きでその人物——『彼女』はさらに無邪気な男の子たちにすらその牙を垣間見せる。

 

「待てぇ、鬼太郎!! へっ……?」

 

 彼女は鬼太郎を追い回していた小学生たちの眼前に立ったかと思いきや、手刀を一振り。

 それにより、彼らの持つ棒切れ——その全てがバラバラに分解される。

 

「いっ!?」

 

 猫娘ですら初動を補足するのがやっとの動き、小学生の男の子たちでは何をされたか理解することすらできない。

 

「あ……ち、千鶴姉ちゃん……」

 

 男の子たちが絶句する中、相沢たける少年がその人物——実の姉である千鶴へと目を向ける。

 

 

「たける、駄目じゃない……みんなで寄って集って、鬼太郎さんを虐めちゃ……ねっ?」

 

 

 千鶴は、あくまで和かな微笑みで弟とその同級生を嗜める。だが笑顔の奥に隠された威圧感に震える子供達。

 

「ご、ごめんなさい……千鶴姉ちゃん」

 

 姉の威光を前にタケルは素直に謝まった。

 下手に口答えをすればどのような目に合うか——それをキチンと理解しているから。

 

「ふふふ、分かれば良いのよ……さてと」

 

 弟のたけるが大人しくなったことで、他の子供たちも静かになった。千鶴は他にお馬鹿なことを仕出かす者がいないか『生き残り』を探して周囲へと目を向ける。

 

「…………」

「…………」

「…………」

 

 誰も、誰も何も喋らない。

 あれだけ騒がしかった浜辺が——千鶴の降臨でシンと静まり返っている。

 

 男も女も、子供も大人も関係ない。

 全てのものが千鶴を恐れ、畏怖し、大人しくなっていく。

 

 

「——イカ娘ちゃん?」

「——っ!!!」

 

 

 邪魔者がいなくなったことを確認し、ついに千鶴はイカ娘に狙いを定める。

 この騒ぎの元凶、人々が鬼太郎を責めるきっかけとなった彼女と——『お話』をするために。

 

「ひぃっ! く、来るなでゲソぉおぉおおおおおおおお!!」

 

 イカ娘は、あまりの恐怖によって正常な判断力を失ってしまったのか。あろうことか千鶴に対して反抗、攻撃を仕掛けてしまっていた。

 

 十本の触手、それらが全て千鶴へと襲い掛かる。

 

「あらあら……」

 

 千鶴はやれやれとため息を吐く。「しょうがないわね~」といった調子でイカ娘へと歩み寄り、触手を躱しながら彼女へと一歩一歩近づいて行く。

 

 

 それは過ちの繰り返し。

 イカ娘が初めて相沢家を支配しようとし——そして失敗した、敗北の歴史。

 

 彼女が——地上の人間に本当の意味で屈したときの再現である。

 

 

「ひぃっ! ひぇえええええええ!?」

 

 そのときのトラウマを思い出しながら、必死に抵抗するイカ娘。だが、そんな愚かな抵抗を千鶴はニッコリとした笑みを維持したまま掻い潜り接近、腕を振るう。

 

 千鶴の鋭い剣閃——手刀がイカ娘の触手の十本の内、九本を切り捨てる。

 さらに残った一本を掴み取り引っ張る。触手ごと、イカ娘の体を自身のいる場所まで手繰り寄せ——。

 

 

 

「ひぃっ!?」

「ねぇ……イカ娘ちゃん」

 

 

 

 至近距離で、イカ娘と千鶴の視線が絡み合う。

 もはやイカ娘に抗う術はなく、彼女はガチガチに震えたまま千鶴の次なる死刑宣告を待つしかない。

 

「栄子ちゃんが勝負有りって言ったのが……聞こえてたわよね?」

「は、ハイでゲソ!」

「イカちゃんの負けで、勝負は付いた筈よね?」

「は、ハイでゲソ!」

 

 千鶴の問い掛けに「ハイ!」としか答えられない、答えようがないイカ娘。

 まるでそれ以外の答えは許さないとばかりに、笑顔の千鶴だが——。

 

 

 次の瞬間、千鶴の目がパッチリと見開かれ、彼女の顔から笑顔が消えた。

 

 

「——だったらもう大人しくしてなさい。これ以上……私の手を煩わせたいのかしら?」

「——ひぃっ!?」

 

 

 開眼した千鶴は、まさにイカ娘を射殺せんとする殺し屋そのもの(少なくともイカ娘にはそう見えていた)。

 もはや口答えする余力もなく、こくこくと命乞いするかのように頷きまくるイカ娘。

 

「そう…………分かればいいのよ~」

 

 一瞬の沈黙の後。聞き分けのいいイカ娘を許すかのように、千鶴は瞳を閉じて和かな微笑みを浮かべ直す。

 元の優しい笑顔の相沢千鶴に戻ったことで、イカ娘は——気付けば涙を流していた。

 

「い、生きてるでゲソ……」

 

 人間相手にやられた悔し涙ではない。

 自分が生きている、生き延びたことに彼女は心底感動し、喜びに浸っているのだ。

 

「ワタシは、今日も生きている……そ、それで十分じゃないイカ!!」

 

 死を乗り越え、生を謳歌できる感動に謎の悟りを得たイカ娘。

 

 もはや鬼太郎との決闘などどうでもよく、彼女は生きていることへの素晴らしさに砂浜を飛び跳ねるのであった。

 

 

 

 

「……そ、そういうことだったのか」

 

 千鶴の介入によりイカ娘を庇う人たちの暴動が収まり、鬼太郎はホッと一息つく。 

 彼は千鶴に感謝すると同時に、先ほどの戦いの最中で抱いた疑問——『何故イカ娘がこの辺り一帯を侵略できずにいるのか?』その答えを得る。

 

 何ということはない。

 イカ娘以上の圧倒的『武力』により、彼女は大人しくせざるを得なかった。

 

 それだけの単純な話だ。

 

「……この海岸は安全だな、うん」

 

 そう、この場所は安全だろうとゲゲゲの鬼太郎も悟ったのである。

 

 

 千鶴の持つ圧倒的な武力に——鬼太郎自身も戦慄に震えながら。

 

 

 

×

 

 

 

「——まったく、千鶴を怒らせて酷い目にあったでゲソ……」

 

 あれから数時間が経った夕暮れときの由比ヶ浜海岸。イカ娘はビニール袋を片手に海岸のゴミ拾いに精を出していた。

 

 これは別に迷惑を掛けた罰としてやらされているわけではない。イカ娘にとっていつもの日課である。

 偶に小学生のたけるたちや、中学生の清美たちも手伝ってくれるが、今日は一人で作業中。

 

 そう、あれほど観光客で賑わっていた海岸を、イカ娘が一人静かに綺麗にしている。

 

「…………」

 

 心なしか、少し寂しげな後ろ姿。そんな彼女の背中に——。

 

「ねぇ、わたしも手伝っていいかな?」

「……?」

 

 ふいに、誰かが声を掛ける。イカ娘が振り返ると、そこには女の子の姿があった。

 

「お前……確か、鬼太郎と一緒にいた……」

 

 イカ娘はその女の子が鬼太郎と一緒に自分の元へと訪れた人間の一人。

 

 

 犬山まな、という少女であることを彼女自身の自己紹介で知る。

 

 

 

 

 

 

「——そっか……イカ娘ちゃんは、海を汚されるのが嫌で……人類を侵略しようと思ったんだね」

 

 犬山まなはイカ娘の手伝いをしながら彼女の身の上話を聞いていく。

 鬼太郎たちから「イカ娘は放っておいても問題ない」とお墨付けを貰ったとはいえ、やはり個人的にイカ娘のことが気になっていた。

 鬼太郎たちが帰った後、こうして一緒にゴミ拾いの時間を設けることで、イカ娘はまなに色々と話してくれる。

 

「そのとおりでゲソ!! 人間など、ワタシたち海の生き物にとって百害あって一利なし!! 海坊主さんを始めとする海の生き物たちのためにも、ワタシが人間を懲らしめてやるんでゲソ!!」

「…………そっか」

 

 誇るように宣言している姿から、それがイカ娘という存在の行動原理であることが分かる。

 

 まなは——そんなイカ娘の言い分に何一つ言葉を返すことができない。

 

 彼女の言うとおり、確かに人間は海を汚している最たる生き物だろう。中学生のまなでさえ、そんな簡単なことがすぐに理解できるほどに。

 人は長い時間を掛け、綺麗だった原初の海を汚し、今もそれを台無しにし続けている。

  

「イカ娘ちゃんは…………人間が嫌い?」

 

 ふと、ついつい気になってしまい、まなはイカ娘に問い掛けていた。

 

 今日の浜辺での騒ぎ。この由比ヶ浜の人々がイカ娘のために集結したあの光景。

 色々と鬼太郎が可哀想な出来事であったその反面、この浜辺の人たちがどれだけイカ娘のこと大切にしているかが分かるような光景でもあった。

 この浜辺の人間たちは、何だかんだで侵略者を名乗るイカ娘のこと好いている。だけど、イカ娘は……

 

 

「……嫌いでゲソ」

 

 

 案の定、冷たい回答をまなに投げつける。

 

「海を汚す生き物を……好きになれるわけないじゃなイカ……」

「……そっか、そうだよね……」

 

 当たり前と言えば当たり前の答え。

 イカ娘とそれほど親しい仲ではないまなだが、それでもショックで表情が沈んでしまう。

 

 

 けれども——

 

 

「けど……」

 

 イカ娘は若干迷いながらも、続く本音を犬山まなに溢していた。

 

「栄子や千鶴……この浜辺の人間たちのことは……そんなに、嫌じゃないでゲソ…………」

 

 海の家れもんの住人、相沢家の人々。

 ライフセーバーの青年や、小学生の子どもたち。

 中学生の友人たちや、ストーカー気質の女子高生。

 怪しい科学者の三馬鹿や、謎の対抗心を燃やしてくるおっさん。

 その他にも、今日この海岸に訪れていなかった人々も。

  

 そういった、身近な人たちのことまで——イカ娘は毛嫌いしているわけではない。

 そんな想いが伝わってくるような、小さな呟きをポロッと口にする。

 

「……そっか! よかった」

 

 その呟きに表情を明るくする犬山まな。それに対し、イカ娘は「しまった!」という表情で顔を赤くする。

 

「あっ! い、今の話は栄子たちには内緒でゲソよ!! こんなことあいつらに話したら、すぐに調子に乗るでゲソからね!!」

 

 きっと、あまり親しくない相手だからこそ、うっかり漏れてしまったイカ娘の本音。

 親しい相手には、素直に気持ちを伝えるのがきっと恥ずかしいのだろう。彼女はまなに告げ口はするなと要求する。

  

「ふふふ……分かってるよ」

 

 まなだって当然、そんな無粋なことはしない。それに、きっと言葉にしなくても伝わっている筈だ。

 

 皆が、イカ娘のことを大事にしていることが——。

 イカ娘が、皆のことを大切にしていることが——。

 

 他人事だけど何故かその事実、犬山まなはとても嬉しいと感じた。

 

 

 

 

「——お~い! まな~!!」

「あっ、お父さん!」

 

 そうして、ゴミ拾いも終わる頃。ようやく仕事を片付けてきた犬山裕一がまなを迎えに来ていた。

 

「ご、ごめん、まな。ようやく仕事が終わったんだけど……そろそろ時間だから……」

 

 裕一は結局この休日、ずっと喫茶店で仕事をしていたらしい。

 しかしもう時間だからと、今すぐ東京に帰らないと行けないことを、心から娘に詫びる駄目な父親。

 

「もう~! ホント、大変だったんだからね!!」

 

 それに文句を言うまなだが、口で言うほどそれほど怒ってはいない。

 何故ならこの海岸に来れて、イカ娘たちのことを知れてよかったという気持ちが強くあったからだ。

 

「——お~い! イカ娘!!」

「あっ、栄子!!」

 

 まなを迎えに来た裕一とは逆方向、相沢栄子もイカ娘を迎えに来ていた。

 

「そろそろ家に帰るぞ! 今日の夕飯はエビフライだってよ!!」

「ホントでゲソか!? やったでゲソ!!」 

 

 どうやら、イカ娘にも帰る家があるらしい。

 夕飯のメニューに無邪気に喜びながら、彼女は犬山まなたちに背を向けて歩き出す。

 

 

「……イカ娘ちゃん!!」 

 

 

 その背を、まなは気付いたら呼び止めていた。

 

「ん? 何でゲソか?」

「……?」

 

 キョトンとこちらを振り返るイカ娘に、相沢栄子。

 

 

 別に、犬山まなは何か特別なことが言いたくて彼女たちを呼び止めた訳ではない。

 だけど、どうしてだろう。彼女たちを見ていると、どうしても声を掛けたくなってしまう。

 これでお別れは少し名残惜しい、だからなのか。

 

 まなは——彼女たちに願うように尋ねていた。

 

 

「——来年も、この由比ヶ浜に遊びに来てもいいですか?」

 

 

 もしかしたら、来年にはイカ娘はいないかもしれない。

 海の家れもんも、閉店しているかもしれない。

 

 だけどイカ娘と栄子は——。

 

 

「好きにすればいいでゲソ!!」

「ああ!! 来年も遊びに来いよ!!」 

 

 快活に答えながら、犬山まなに笑顔で手を振ってくれた。

 

 

 

「——はい!!」

 

 

 彼女たちの返答に、まなも笑顔で手を振り、その年の別れを告げる。

 

 

 

 

 

 そして、翌年以降。

 犬山家の夏のスケジュールに『真夏の由比ヶ浜の日帰り旅行』が密かに追加されることとなったのであった。

 

 

  

   

 

 

 




人物紹介

 相沢たける
  相沢家の長男・小学三年生。
  並大抵のことでは動じない、無邪気?な小学生。
  大人げない登場人物が多い中、子どもなのに大人よりもしっかりしている。

 その他の人々
  本文に直接名前を出さなかった人々。
  文字数の関係上、一人一人紹介していたら次話にもつれ込んでしまうため、このような形になりました。
  一応分かりやすいキーワードとして。
  『イカ娘に愛を捧げる変態淑女』『侵略部の中学生』『たけるの同級生たち』
  『科学者三馬鹿』『南風のおっさん』
  といった、人たちが登場してます。

  個別で気になる方々がいれば、是非原作、アニメの視聴で確かめてみてください!


次回予告

「去年、牛鬼が暴走したことで半壊状態となった南方の島。
 復興が進んだということで招待されて来てみましたが……。
 と、父さん!? 彼女たちは、ま……まさか!?

 次回——ゲゲゲの鬼太郎『プリンセス・サマーバケーション』見えない世界の扉が開く」

 次回は夏シリーズの第二弾! FGOから水着鯖参戦!!
 あの二人が——島のリゾート地で大暴れします

 お楽しみに!!

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