ゲゲゲの鬼太郎 クロスオーバー集   作:SAMUSAMU

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ぐだぐだ邪馬台国お疲れさまでした!

まさかのぐだぐだイベントからの、レイド戦。
ボックスガチャの後ということもあり、なかなか進展しない討伐数。
あと一歩のところで、カルデアは敗北していました……芹沢鴨、恐るべし!!

さて、久しぶりに鬼太郎の更新。
今回で清姫&刑部姫のクロスオーバーは完結します。
もう夏って季節ではありませんが、こっちでは未だに夏イベント中。
次回のクロスも、一応は時間軸が夏なので、そこはご了承ください。

ちなみにですが……今後、鬼太郎の小説は更新を常に『午前9時』としていきたいと思ってます。理由はアニメの放送がその時間だったから。
本当は曜日も日曜に統一したいのですが……流石に曜日に関してはランダムということでお願いします。


清姫&刑部姫 プリンセス・サマーバケーション 其の③

 朝——穏やかに訪れる一日の始まり。

 だがこの日、この島に朝の訪れを報せたのは鶏の鳴き声でも、小鳥たちの囀りでもない。

 

 妖怪・牛鬼の咆哮であった。

 

『——グアアアア!!』

 

 蜘蛛の胴体に牛の顔という、生物としてあからさまに不自然な巨体が市街地を闊歩する。

 その非現実ぶり、何も知らないものからすればもしかしてCGなのではと、呑気なことを考えたりしたかもしれない。

 

「きゃあああああ!?」

「ぎゅ、牛鬼だ……牛鬼だぁああ!!」

 

 しかしこの島の住人は知っている、知ってしまっている。あの非現実な生物が本物のモンスターであると。あの怪物こそが、この島を壊滅寸前まで追い込んだ元凶なのだと。

 以前もこの島で牛鬼が暴れ回ってから、まだ一年しか経っていないのだ。そのときの恐怖の記憶が残っていて当然、人々は一目散にその怪物から逃げ出していく。

 その一方で、人々はとある疑問を口にしていた。

 

「な、何でこいつがまた復活してるんだ……!?」

「牛鬼岩の監視役は何をしてたのよ!!」

 

 妖怪牛鬼が封じられていた牛鬼岩には、島の住人たちによって見張りが立てられていた。以前の騒動から学び、しっかりとその地に監視役を置くことで牛鬼の復活を未然に防ぐ手筈を整えていた筈だった。

 故に、何故この怪物がこうもあっさりと復活しているのか。そのことが気になっている。

 

 だが、そんなことを深く考える余裕もなく、牛鬼は人間たちにその爪を突き立てる。

 

『グアアアアア!!』

「い、いやああああああああああ!!」

 

 逃げ遅れたのか、牛鬼の近くで幼い女の子が悲鳴を上げる。

 年端のいかない少女だろうが、獣に近い牛鬼に『情け』『慈悲』などという概念はなく、怪物は躊躇なくその子へと襲い掛かる。

 絶体絶命のピンチ、誰もが女の子の命を諦め掛けた——その時だ。

 

「——リモコン下駄!!」

  

 凛とした少年の声が響き、放たれた下駄が牛鬼の顔に直撃。牛鬼はその一撃によろめき、その動きが一瞬だが鈍る。

 

「——こっちよ! しっかり掴まって!!」

 

 その隙を突き、一人の女性が軽やかな動きで女の子の側まで駆け寄り、その子を抱えて牛鬼から距離を置く。

 見事なコンビネーションで少女を助けた、少年と女性。

 

「あ、ありがとう……お姉ちゃん、お兄ちゃんも!」

 

 彼らにペコリと礼を言い、少女はその場から立ち去っていく。

 そしてその場に残った少年と女性——ゲゲゲの鬼太郎と猫娘の二人が牛鬼の前に立ち塞がる。

 

「……コイツ、どうして!」

「何で復活してんのよ!!」

 

 今朝早くのことだ。鬼太郎たちが泊まっていた宿に恭輔が駆け込んできたのは。

 

「——牛鬼が復活して暴れ回っている、助けて欲しい!」と。

 

 まさかと思いつつ現場に急行した鬼太郎と猫娘。二人が駆けつけたとき、既に牛鬼が街中で暴れ回っていた。幸い、避難が迅速だったおかげで死傷者は出ていないようだが、復興途中だった建物がいくつも破壊され、それなりの被害が生じていた。 

 

「とにかく……ここで食い止めよう! 援護してくれ、猫娘!!」

「分かったわ! 鬼太郎!!」

 

 鬼太郎たちはこれ以上街に被害が出ないよう、とりあえず牛鬼を阻止することに専念する。

 何故、牛鬼がまたも復活してしまったのか? その疑問を後回しにして——。

 

 

 

 

「…………」

 

 鬼太郎たちと牛鬼がぶつかり合っているその光景を、島の高台から異教の神・迦楼羅が見つめていた。

 

 鳥の頭と翼、人の体を持った彼は千手観音の眷属である二十八部衆の一人とされ、遠い昔にこの島に上陸した牛鬼を退治し、そして封印した張本人である。

 その後、彼はこの島で眠りに付き、島の住人たちから守り神として祀られてきた。

 彼は神として、牛鬼が復活するたびに人々の願いに応え、幾度となく牛鬼を封じてきた。一年前も牛鬼を成敗し、この島を——牛鬼となってしまった鬼太郎を助けてくれた。

 

 しかし、再び復活した牛鬼と戦う鬼太郎を見つめる彼の視線は、どこか達観した冷ややかなものだった。

 その理由というのも——

 

「——手助けは無用ですぞ? 迦楼羅様……」

「…………」

 

 彼の隣に立つ老人。牛鬼岩の封印を解いた男をこの島へと誘ったその人物が、直々に迦楼羅相手に進言したからだ。手出しは——無用であると。

 

「確かに、私はあの男をこの島まで誘い、牛鬼の封印を解くよう誘導しました」

 

 迦楼羅の御前でありながらも、老人はあっさりと自らの悪事を明かす。

 しかし、そこに一切の後ろめたさはない。

 

「ですが、実際に牛鬼岩の蓋を開けたのはあの男の……人間自らの意思です。財宝が眠っているなどという、私めの言葉を真に受け、浅はかな欲深さからあの男は牛鬼岩の封印を解いてしまったのです」

 

 そう、確かに老人が望んだ結果として牛鬼は復活したが、決して老人自身が蓋を開けたわけではない。彼はあくまで唆しただけであり、最終的な判断を全て人間側に託した。

 開けるか開けないかの選択の余地も残したし、封印を解くように強要したわけでもない。

 

 

 あくまで人間たちの自業自得であるとその老人——妖怪・ぬらりひょんは口元に笑みを浮かべる。

 

 

「そんな愚かな人間たちのために、わざわざ貴方様が重い腰を上げる必要はありません。この場は静観していただければと……」

「…………よかろう」

 

 ぬらりひょんのその言葉に、迦楼羅は少し迷いながらも頷いてしまった。

 

 正直なところ、島の外から男を誘導し、牛鬼の封印を意図的に解いたぬらりひょんの悪事に、迦楼羅とて思うところがないわけではない。

 もしも、ぬらりひょんがその手で牛鬼岩の蓋を開けていたのであれば、彼に怒りをぶつけていただろう。

 だが、実際に封印を解いたのは人間自身であり、もっと自制心を働かせていれば未然に防ぐことができた人災である。

 

「今度ばかりはこの迦楼羅、たとえ人間たちの祈りがあろうとも応えはせぬ……それでよいのだな?」

 

 そういった自業自得な面を認め、さらに以前の牛鬼復活からまだ一年しか経っていないこともあり、迦楼羅も今回は助け舟を出すつもりはないと断言する。

 薄情かもしれないが、見捨てると決めた以上はキッパリと割り切るのが『神』であり、そこに人間たちへの慈悲や人情などは存在していなかった。

 

 

 

 

「ええ、ありがとうございます、迦楼羅様。さて……どうしますかね、鬼太郎くん?」

 

 迦楼羅から直々の言質をとり、ぬらりひょんは笑みを深めながら高台からゲゲゲの鬼太郎の動向を見つめていく。

 

 妖怪・ぬらりひょん。

 一見すれば少し風変わりな人間の老人にしか見えない男。だが、一部では『妖怪の総大将』などと呼ばれ、日本妖怪の中でも、取り分け頭の切れる狡猾な奴として有名である。

 古い価値観の持ち主であり、妖怪の復権を掲げて人間と敵対する意思を固めている。人間との共存を望む鬼太郎とは主義主張がまるで違う、まさに天敵のような相手だ。

 これまで、長い間沈黙を保ち続けていたぬらりひょん。今の今まで表舞台に上がることなく、彼は裏から様々な策略の糸を張り巡らし、その時が来るのを静かに待ち続けている。

 

「まっ、ほんの挨拶代わりのようなものです、この程度は……」

 

 本来であればまだその準備期間中であり、ぬらりひょんもこの時点で鬼太郎にちょっかいをかけるつもりもなかった。

 だが、鬼太郎たち一行が牛鬼が封じられているこの島へ再度訪れると小耳に挟み、物は試しとこのように一計を案じてみた。

 

 その結果——鬼太郎たちは、窮地に立たされている。

 

 彼には妖怪・牛鬼は倒せない。

 倒したところで牛鬼は別のものへと取り憑き、そのものが新しい『牛鬼』になるだけ。もしも鬼太郎が牛鬼になってしまえば最悪。もう、誰にもあの怪物を止めることができなくなってしまう。

 

「簡単ですよ、鬼太郎くん。見捨ててしまえばいい。こんな島、潰れたところで大した損失ではないのだから」

 

 鬼太郎がこの窮地を乗り越えるには——この島から逃げるのが一番だと、ぬらりひょんは口元を嫌らしく歪める。

 

 彼にはそんな無責任なことができないと。

 分かった上でそんな呟きを漏らしているのだ、この老人は——。

 

「さて、この危機をどう乗り越えるのか。お手並み拝見といきましょうかねぇ~、くくくっ……」

 

 ぬらりひょんは楽しそうに、安全地帯から鬼太郎がどうするのか高みの見物を決め込んでいく。

 

 

 

×

 

 

 

「くっ……! 髪の毛針!!」

『グアアアア!?』

 

 ぬらりひょんから見られているとも露知らず、鬼太郎は牛鬼を牽制するために髪の毛針を高速で連打していく。だがそれはあくまで足止めであり、決して本気の攻撃ではなかった。

 

「鬼太郎、駄目よ!! そいつを倒しちゃ……!」

 

 猫娘が警告を促すとおり、牛鬼を倒してはいけない。

 牛鬼を倒しても、どうせまた別のものが——あるいはまた鬼太郎が牛鬼になってしまう。そんなことをしたらまた繰り返しだ。また鬼太郎が街を破壊し、猫娘を傷つけてしまうことになる。

 

「わかってる……けど!!」

 

 鬼太郎もそんなことは重々承知である。だからこそ、手加減した攻撃で牽制に留めているのだが——

 

『グアアアアアアアアアアア!!』

 

 中途半端な攻撃のせいか、怒り狂うように牛鬼はより一層激しく暴れ回る。復興途中の建物だろうと何だろうと容赦なく破壊し、我が物顔で島の中を闊歩していく。

 

「くっ……!!」

 

 このままでは、いずれにせよ被害が広がるばかりだ。ならばいっそのことと、思わず指鉄砲を構える鬼太郎。

 

「駄目よ、鬼太郎!! 絶対駄目!!」

 

 これに猫娘が悲鳴に近い叫び声を上げる。

 無我夢中に鬼太郎の体にしがみ付き、彼が絶対に牛鬼を殺さないようにと、その動きを全力で食い止める。

 

「お願いよ……もう……嫌なの。あんな思い……もう、絶対にしたくない!!」

 

 猫娘はなりふり構わず、その瞳に涙すらためていた。

 彼女は以前の騒動の際、牛鬼となってしまった鬼太郎と戦うという、耐えがたい思いをする羽目になった。最終的には皆が助かったものの、一度は鬼太郎が死んでしまったという絶望感まで味わっているのだ。

 もう二度とあんな思いはしたくないと、猫娘は必死の形相で鬼太郎に懇願する。

 

「ね、猫娘……ああ、わかったよ」

 

 猫娘の鬼気迫る勢いに鬼太郎も己の軽率さを反省し、指鉄砲の構えを解く。短絡的に牛鬼を倒すのは簡単だが、そんなことをしても根本的な解決には至らない。

 

「……けど、どうすれば!」

 

 さりとて、手加減したままの攻撃ではいずれ鬼太郎たちの方がジリ貧になってしまう。

 鬼太郎と猫娘だけでは明らかに手が足りず、いずれ牛鬼がこの拮抗状態を食い破ってしまうだろう。

 

 だが——ここで鬼太郎たちの窮地を救うべく、援軍が駆けつけてくることになる。

 

「——ちょっ、ちょっとちょっと! 一体全体なんなのさ!? この騒ぎは!」

「……刑部姫!!」

 

 少し頼りなさそうな悲鳴と共にその場に現れたのは——城化物の刑部姫だった。

 鬼太郎たちとは別の宿に泊まっていた彼女。朝からサバゲーイベントに殴り込む気満々だったのか、昨日と同じ水着姿での登場。

 

「げっ!! な、なによ、あの化け物は……き、鬼太ちゃん、鬼太ちゃん! なんかよく分かんないけど、さっさと退治してちょうだいよ!!」

 

 事情も分からずその場にやってきたため、刑部姫は鬼太郎にあの化け物を——牛鬼をとっとと退治することを求める。

 

「ば、馬鹿言ってんじゃないわよ!!」

「えっ? な、何でそんなに怒ってんの、猫ちゃん?」

 

 これに猫娘が激怒。

 奴を倒せばどうなるか知らない刑部姫に向かい、妖怪・牛鬼の特性を戦いながら説明する。

 

「——……な~る。要するに、倒しちゃいけない系の敵ってわけね……おっと!?」

 

 猫娘の簡潔な説明を、牛鬼の攻撃を避けながら刑部姫は理解していく。

 日頃からそういった方面の知識を溜め込んでいるおかげか、戦いながらの片手間な説明でも牛鬼という妖怪がどういったものか即座に把握する。

 その特性を理解した上で、少し考え込んでから刑部姫は予想外なことを口にしてきた。

 

「OK! OK! だったら……ここは姫に任せてもらおっか?」

「あ、アンタが……?」

 

 何とあの牛鬼の相手をすると、刑部姫の方から言い出してきたのだ。

 意外な人物からの、意外な提案に猫娘が目を丸くする。

 

「いや、そんなに驚かなくても……まっ、倒せっていわれても困るけど、足止めくらいなら姫にだってできるさ。その間に、鬼太ちゃんたちはアイツをどうにかする方法を考えてよ!」

「いや……けど、それは……」

 

 自分が時間稼ぎをしている間に鬼太郎たちにあの牛鬼を消滅させるなり、封じるなりの手段を講じさせようとしてくれる刑部姫。

 しかし、彼女だけでは危険じゃないかと、その提案を渋る鬼太郎。だが——

 

「それに……まだ亀ちゃんのときのお礼をしてなかったしね……」

「!!」

 

 思い出すように呟かれた妖怪の名前に、鬼太郎が目を見張る。

 

 

 亀ちゃんとは——『亀姫』。即ち、刑部姫の妹のことである。

 以前の姫路城での騒動の際、実の姉である刑部姫を殺そうと、祟り神に堕ちてしまった憐れな妖怪。鬼太郎はそんな亀姫を退治し、刑部姫を助けて亀姫の荒ぶる心を魂だけにして沈めてくれた。

 亀姫の魂は、今も姫路城の天守閣に大事に保管されている。いつか肉体を取り戻した亀姫と、再び姉妹で笑い合う日々が来ると信じる刑部姫の手によって。

 

 

「まっ……そういうことだから、ここは姫に任せて頂戴!」

 

 そのときの借りを返すと、刑部姫は言ってくれているのだ。ならばここは素直に任せるべきかと、鬼太郎たちも一旦は牛鬼から距離を置く。

 

「わ、わかった。けど……本当に大丈夫なのか?」

 

 しかし、肝心の刑部姫に果たして牛鬼を食い止める手段があるのかと、そこが不安だった。

 そのため、何かあったときのためにあくまで後方で待機する、鬼太郎と猫娘。

 

 だが——鬼太郎たちの不安も杞憂へと終わる。

 

『グガアアア!!』

「すぅ~……はぁ~……」

 

 吠え猛る牛鬼の眼前に立ち、刑部姫は大きく深呼吸をして精神を落ち着かせている。

 僅かに緊張している様子だったが、次の瞬間にも彼女はテンション高めに声を張り上げ——『彼ら』に対して号令を掛けていた。

 

「——さあ、いっくぞ~! 全体せいれーつ! 前ならえ!!」

 

 

 

 

 

「皆さん、落ち着いて! 慌てないで避難してください!!」

「大丈夫です! 全員が乗れるだけのスペースはありますから!!」

 

 島の港。市街地から避難してきた人々が誘導員の指示に従い、順番に停泊している定期船へと乗り込んでいく。

 

 以前に牛鬼が暴れた際は、生憎の嵐で避難船を出すことができず、住人たちは島に閉じ込められる形となってしまった。しかし、此度の海の天気は快晴。船も出すことができるため、最悪人々だけでも島から避難することができる。

 また、前回の騒動から住人たちも学び、万が一の際の避難マニュアルを組んでいた。そのため、最初こそパニックに陥っていた人々も、鬼太郎たちが牛鬼を食い止めていることもあってか、今はだいぶ落ち着きを取り戻した。

 マニュアルに従い、観光客から船へと乗せるよう、島の人間たちが一丸となって協力していく。

 

「——さあ、あなたたちも早く!!」

 

 そんな中、観光客でありながらも、住人たちの手伝いをするために奔走するものがいる。

 鬼太郎たちの連れ、犬山まなだ。

 彼女は真っ先に避難する立場でありながらも、年下の子供たちなどを誘導し、島の住人たちの手伝いを率先してこなしていく。

 

「まなちゃん!! キミこそ早く避難するんじゃ!!」

 

 そんな彼女の行動、肩に乗った目玉おやじが静止していた。

 彼女のような観光客、子供こそ真っ先に船に乗り込むべきだと。目玉おやじは保護者として、牛鬼襲来の報を聞いてから、ずっとまなを説得し続けている。

 だが——どれほど言い聞かせようとも、まなは頑なに逃げようとはしない。

 

「ううん!! 鬼太郎や猫姉さんが頑張ってるんだもん! わたしだけ逃げるなんて、できないよ!!」

 

 友達である二人が頑張っている以上は、自分も逃げない。

 それが犬山まなという少女にとっての意地、彼ら妖怪と一緒にいると決めた彼女なりの覚悟なのだろう。

 

 

「——おお、おお!! 言うじゃねぇか、お嬢ちゃん! まだガキだってのに、大したもんだぜ!!」

 

 

 そんな彼女の覚悟に突き動かされたのか。一人の大男がまなへと歩み寄ってきた。

 刑部姫のオタク友達、くろひーである。

 彼はまなの行動力に触発され、その場にて声を上げる。

 

「おらテメェら! こんなガキに任せて、男として恥ずかしくねぇのか!?」

『——く、黒髭の旦那!!』

 

 くろひーの叱咤は安全圏に逃げようとしていたオタク仲間・刑部姫を追ってきたファンたちに向けられていた。

 彼らも、本来であれば真っ先に避難すべき観光客だ。だが、くろひーはそんな立場に甘えることなく、自分たちにも何かできるだろうと、彼らを指揮するように声を張り上げていく。

 

「おう! 日頃から培ってきた俺たちのチームワーク! ここで発揮せずに、いつ発揮するってんだ!!」

『りょ、了解っす!!』

 

 くろひーの率先した行動に彼らも避難の手伝いを始めた。

 歩みの遅い老人や子供たちを助け起こしたり、物資を運び入れたりと。くろひーを中心にまるで軍隊のような統率力だ。

 

「皆さん……ありがとうございます!!」

「やるではないか、くろひーとやら!!」

 

 そのおかげでさらに人々の避難が捗る。彼らの献身にまなと目玉おやじの二人も礼を述べていく。

 

「な~に、この程度!! あとでお礼のスマイルさえいただければ……デュフフフ!」

 

 まなたちからのお礼に、くろひーは何でもないことのように言いながらも、さらっと見返りに少女の笑顔を求めていた。

 

 

 

 

 そうして、人々の避難がおおかた片付いた。

 いつでも避難船が出港できるように手筈を整えるが、あくまで船での避難は最終手段である。ここまで復興が進んだ島を放置して逃げるのには、さすがに抵抗のある島の住人たち。人の命には代えられないが、できれば逃げるという選択肢は最後まで取っておきたい。

 彼らは最後の最後まで、鬼太郎たち。あるいは迦楼羅様が何とかしてくれるかもしれないという希望を捨ててはいなかった。

 

 そして——彼らは希望の一つを垣間見る。

 

「……ん? なんだ、ありゃ!?」

 

 最初に気づいたのは誰か。島の市街地上空に何か、飛行物体らしき影を見た。

 

 それは真っ直ぐと街のド真ん中。牛鬼が暴れている真上へと飛んでいき——

 

 

 

 次の瞬間——爆発物らしきものを投下し、牛鬼を攻撃していく。

 

 

 

×

 

 

 

『——グガアアア!?』

「なっ!? なにっ、今の!?」

 

 市街地で鳴り響く牛鬼の悲鳴。そして——花火のように盛大な爆発音に猫娘が思わず耳を塞ぐ。

 その破壊音の正体、それは牛鬼の頭上から飛来した物体——『紙飛行機』が投下していった『爆弾』である。

 

 紙飛行機の編隊が現れ、牛鬼に向かって空爆を仕掛けたのだ。

 パイロットとして、何故か動物を模した折り紙たちが紙飛行機を操縦している。

 

「っ!? 猫娘、足元!?」

 

 さらに紙飛行機だけならず、折り紙たちの集団——『軍隊』とも呼ぶべきそれらが鬼太郎たちの足元からも出現し、牛鬼に攻撃を仕掛けていく。

 

 小銃を持った狐や猫、カエルの歩兵部隊が牛鬼を囲い込み一斉掃射。

 リスを乗せた鶏が縦横無尽に駆け回り、マシンガンを乱射する。

 ロケットランチャーを抱えた虎が、説明書を読みながらロケランを慎重に発射していく。

 ヤドカリの戦車部隊までも登場し、後方から面による制圧射撃を行なっていく。

 

 折り紙の兵隊たちはそのどれもが小型サイズ。その手に装備した兵器もミニチュア、全ておもちゃだ。

 だが、それらの装備は全て妖力によってブーストされており、下手な本物よりも破壊力があった。

 

『グガ!? グゲガ、グギャアアアア!?』

 

 本物の銃など通じない牛鬼相手に、多大なダメージを与えてその動きを制限していく。

 

「——はい、そこ! 弾幕薄いよ!! 何やってんの!?」

 

 そして、それらの折り紙兵士たちを指揮していくのが彼女——刑部姫だ。

 この折り紙たちは全て彼女の手によるもの。妖怪・刑部姫によって折られた『式神』たちだったのである。

 

 

 もともと、刑部姫には折り紙の式神を戦わせるという戦闘スタイルがあった。だが普段の彼女は根っからの引きこもり気質であり、その性格に引っ張られる形で折り紙たちもそこまで好戦的ではない。

 

 だが——ここにサバゲー要素が加わり、刑部姫自身がアクティブになったことで、折り紙たちも最強の軍隊へと変貌を遂げる。

 

 銃火器の装備を整えた折り紙兵士の枚数は——最大で千枚。

 それほどの物量が統率の取れた動きで敵を包囲する。いかに牛鬼の巨体といえどもただでは済まない。というか、むしろ洒落にならない。

 爆撃の中、牛鬼は何とか反撃を試みるも、式神たちは全て紙で出来ている。ヒラリヒラリと牛鬼の攻撃を躱し、さらに包囲網を狭めていった。

 

 

 もういっそ、このまま折り紙たちが牛鬼を倒してしまうんじゃないかと。まさにそんな戦況である。

 

 

「ちょっ……! ちょっと!? 倒しちゃダメって言ってるでしょ!?」

 

 折り紙たちの怒涛のラッシュに唖然としていた猫娘が声を荒げる。

 足止めどころか、このまま牛鬼を倒してしまいかねない刑部姫たちの猛攻にストップをかけたのだ。

 

「それっ! 撃て撃て♪ ……へっ? あ、ああ!! わ、分かってるよ!」 

 

 折り紙たちと一緒になってライフルを乱射していた刑部姫も、思い出したかのようにハッと我に返る。

 刑部姫もだいぶ調子に乗っていたようで、倒してはいけないという牛鬼の特性を失念していたようだ。慌てた様子で自身が銃を下げ、式神たちにも一部攻撃を緩めるように指示を出す。

 

『!! グ、グガアアアアアア!!』

 

 そのとき、折り紙たちの猛攻が緩んだ瞬間、牛鬼が攻撃に転じてきた。

 弾幕が弱まった場所から包囲を突破し、指揮官である刑部姫本人に突撃をかましてきたのだ。

 

「うわぁっ! やばっ!?」

「危ない!!」

 

 咄嗟のことで動けないでいる刑部姫を鬼太郎が退避させる。それにより、何とか牛鬼の突進は避けられた。

 

 しかし、牛鬼はその勢いを殺すことなく建物へと衝突。

 その先にあった、民家らしき建造物を破壊し、そのまま何事もなく通り過ぎていく。

 

 

 

 

「……………………」

 

 すると、その建物の瓦礫から誰かが顔を上げる。 

 

「なっ!? ひ、人が……まだ残ってたの——!?」

 

 住人など、とっくに全員避難していたと思っていた猫娘が駆け寄る。

 その人物を助け起こそうと、急いで近づいていくが——。

 

「き、清姫!? アンタ、こんなところで何をっ?」

 

 そこにいたのは——妖怪・清姫だった。

 刑部姫と同じ、何故か水着姿の清姫が、どういうわけかその場にて項垂れている。

 

「き、きよひー……?」

 

 刑部姫がただならぬ清姫の様子に疑問を覚えながら声を掛けた。

 だが友人の心配に応じることなく、清姫はただ一言。

 

 静かに、しかし力強くポツリと呟いていた。

 

 

 

 

 

「——許さない」

 

 

 

 

 話をほんの少しばかり遡る。

 清姫が何故そんな民家にいたかという話だが。

 

「——ふふん♪ もう少し……もう少し煮込めば完成ですよ♪」

 

 それは彼女がその民家を借り、鼻歌を唄いながら鍋を煮込んでいたからだ。

 

 もともと、その民家には人が住んでいた。しかし、そこの住人は先の牛鬼騒動で復興を諦め、別の土地に移り住むことになってしまった。それからその家は島の管轄となり、復興委員を務める熊谷の提案で、そこを無料で使える『キッチンスペース』として開放されていたのだ。

 食材さえ用意すれば、旅先で調理できるレンタルスペース。

 清姫はそこを利用し、愛情のこもった特製カレーを安珍こと鬼太郎に振る舞おうと早朝から鍋をかき混ぜていた。

 

「まったく……昨日はあの泥棒猫のせいで鬼太郎様とあまり一緒にいられませんでしたが……ふふ、今日は違いますよ!!」

 

 清姫は昨日の夜。鬼太郎と一緒の宿に泊まろうとしたが、それを猫娘に邪魔されてしまった。

 さらに猫娘は一晩中、部屋の真ん前を監視し続けることで、清姫が鬼太郎の寝室へ侵入することも全力で阻止したのだ。

 

 その一晩の攻防は——まさに筆舌に尽くしがたいほどに壮絶だった。

 

 その戦いで清姫は一歩後れを取ることになった。しかし、その程度で諦める彼女ではない。

 

「ふふっ……! 見てなさい、あの泥棒猫め! この清姫特製愛情スパイスカレーと、艶やかな水着姿であの方を虜にしてあげ——」

 

 特製カレーで鬼太郎の胃袋を鷲掴みに。少し恥ずかしいが、この水着姿で彼を魅了しようと。

 きっと鬼太郎ならどちらとも気に入ってくれるだろうと、清姫はその頬を綻ばせていた。

 

 

 そこへ——あの牛鬼が突っ込んできたのだ。

 

 

『——グガアアアアアア!!』

 

 調理にすっかり夢中になっており、清姫は避難放送すら耳に入っていなかった。人々の悲鳴なども「少し騒がしいですね……お祭りですか?」くらいにしか思っておらず、牛鬼騒動そっちのけで料理していたのだが——

 

 そんな外の騒動への無関心さが、今回の悲劇を生んだ。

 

 牛鬼は清姫のいる家、彼女が調理している部屋の壁をぶち破り——彼女の手料理をひっくり返してしまったのだ。

 

「——っ!! わ、わたくしのカレーが……あの方に食べていただく、お料理が……」

 

 清姫自身も瓦礫に埋もれ、すぐにでもそこから這い出すが——何もかも手遅れだった。

 

「わたくしの……料理……」

 

 ひっくり返った鍋の中身は、盛大に床にぶち撒けられていた。

 長時間かけてじっくりコトコト煮込んだカレーは、鬼太郎の口に一口も入ることなく、全て床の染みとなってしまったのだ。

 

 暫く、ショックのあまり思考停止に陥る清姫だったが。

 すぐにでも現状を理解し——その視界が真っ赤に染まる。

 

「き、清姫!?」

「き、きよひー……?」

 

 自分を心配する猫娘と刑部姫の声も、今の彼女には届かない。

 

「——許さない」

 

 清姫は自分の大切なものを台無しにした怪物・牛鬼に怒りの視線を向け、狂ったように憎悪を吐き溢していく。

 

 

「許さない、許さない、許さない……許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない――憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い――憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎――殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺!!」

 

 

 憎しみは殺意へと昇華し、その恨みは晴らすべく。

 清姫はどこからともなく取り出し薙刀を呼び出し、それをグッと握りしめていた。

 

 

「——焼き、殺しますわ!!!!!!!!」

 

 

 

 

×

 

 

 

「——ひぃっ、ひぇぇえええええっ!?」

 

 清姫の怒り狂うその姿に刑部姫が腰を抜かす。

 それなりに長い付き合いの彼女でも、未だかつて見たこともない清姫の激怒する様子に、一目見ただけで説得は不可能と確信する。

 

 牛鬼なんかよりもよほど恐ろしい、憤怒の具現。

 それが今、人の形を保って立っているだけでも既に奇跡と言えるだろう。

 

「ふ、うふふふ……殺します。ええ……焼き殺しますとも……」

 

 そう、怒りが頂点に達してぶつくさと物騒なことを呟く清姫だが、未だにその姿は人のままだ。

 いつもの彼女ならば『大蛇の化身』となってしまい、人の姿も理性も、何もかも全てが吹き飛んでいておかしくはなかっただろう。

 それはひとえに、愛しの『彼』がこの場にいると理解しているから、かろうじて人のままなのだ。

 

「き、清姫……!? お、落ち着いてくれ……!」

 

 ゲゲゲの鬼太郎。彼は清姫の怒りようにビビりながらも、必死に彼女を引き止めようと説得を試みる。怒りに身を任せたまま清姫が牛鬼を殺し、彼女が牛鬼となってしまう可能性を考慮したからである。

 だが、いかに人の姿を保っていようと。

 いかに愛しい人の言葉と言えども、今の清姫の耳には入ってこない。

 

「ええ……分かっております、安珍様。清姫は……いたって冷静でございますよ。ふ、ふふふ……うふふふ……」

 

 冷静だと言葉を返しながらも、まったくその殺意を収める気もなく。

 彼女は街中で暴れ続ける牛鬼へとその歩みを進めていく。

 

『!! グ、グゴアアアアア!』

 

 清姫の接近に気づき、牛鬼が威嚇するように吠えた。 

 獣の本能で彼女が危険因子と判断したのか。清姫の華奢な体を引き裂こうと、その爪を彼女に向かって突き立てる。

 

「——あらあら……駄目ですよ?」

 

 しかし清姫はまったく動じることなく、その爪を手にした薙刀で打ち払う。

 彼女の薙刀——どうやら清姫の炎を纏っているらしく、刀身が常に青い炎で燃え滾っている。その炎が触れた爪先から牛鬼の体へと燃え移る。

 

『グァ!? グガアアア!?』

 

 炎の熱に悶え苦しむ牛鬼が、悲鳴の雄叫びを上げる。

 ただの炎であれば、牛鬼には通じない。だが、その炎は清姫の内側から燃え上がる怒りの業火だ。彼女が怒りの矛を収めない限り、決して消えることなく対象を苦しめ続けるだろう。

 

「ふふふ……それそれ♪」

 

 さらに畳み掛けるよう、清姫は連続で突きを繰り出す。

 さらなる追い討ちに、ついには牛鬼もその巨体を地面へと沈める。現在の肉体が消滅するまで、あと一歩といったところ。

 

「ま、不味い! 駄目よ、清姫!!」

「そ、そうだよ、きよひー!! そいつを殺しちゃ駄目だってば!!」

 

 そこで猫娘と刑部姫がそれ以上の追撃を止めさせようと叫ぶ。このままでは本当に牛鬼が……と、何度も抱いた不安が現実のものになってしまうと、清姫へと必死に呼びかける。

 すると、そんな彼女たちの必死さが伝わったのか。

 

「ええ、分かっておりますよ?」

 

 清姫はあっさりと薙刀を下げ、牛鬼への攻撃の手を緩める。

 刑部姫がその行動に「よ、ようやく分かってくれたか……」とホッと胸を撫で下ろすのも束の間——

 

 清姫はカケラも殺意を収めることなく、牛鬼を冷めた目で見つめる。

 

 

「——ただでは、殺しません」

 

 

 天に向かって手を翳し、牛鬼への処刑宣言を告げる。

 

 

「苦しめて苦しめて、苦しみに苦しみ抜いた上で——焼き殺して差し上げますから!!」

 

 

 次の瞬間、清姫が手を振り下ろすと同時に——その島にいる全てのものが聞いたという。

 

 

 

 

 荘厳に鳴り響く、鐘の音を————。

 

 

 

 

「ゲホッ! ゲホッ!! なっ……なんだ、今の音は……鐘?」

「き、鬼太郎! 見てよ、あれ!?」

 

 鬼太郎と猫娘の視界は、清姫が頭上から振り下ろした『何か』が落下した際の土煙によって一時的に不明瞭になる。その土煙が晴れ、ようやく視界が回復した際——そこに、牛鬼の姿はどこにもいない。

 

 そこにあったのは——『鐘』だ。

 牛鬼の巨体を覆い被せてしまうほどに巨大な釣り鐘が、地面に落下した状態で存在していた。

 

『————!!』

 

 その鐘の内部から、必死にそれを破ろうと何かが暴れ狂っている。

 十中八九牛鬼だろう。だが、いくらあの怪物が暴れようと、釣り鐘はビクともしない。そう、清姫の召喚した釣り鐘が怪物の動きを完全に封じ、閉じ込めることに成功したのだ。

 

「や、やったぜ、きよひー! 牛鬼を閉じ込めちゃったよ!!」

 

 清姫の大手柄に刑部姫が喝采の声を上げる

 牛鬼の肉体を封じ込めることに成功した今、あとは牛鬼の本体を捕まえるだけだと——

 

 

 その方法を思案しようなどと、周囲の面々が呑気に考えていた時点で、清姫は次なる一手に出ていた。

 

 

「ふふふ……動けないでしょ? ええ、そのままじっとしてなさいね……」

 

 彼女は酷評な笑みを浮かべながら、さらに空中に無数の『薙刀』を召喚する。

 それは彼女の炎によって具現化された灼熱の刃。彼女はその刃を釣り鐘に向かって飛ばし——ひとつひとつ、丁寧に突き刺していく。

 

『————!?』

 

 刃が突き立てられる度、くぐもった獣の悲鳴が鐘の中から聞こえてくる。

 鐘の内部がどのような悲惨な状況になっているのか。想像するのは決して難しいことではない。

 

「き、きよひー……え、えぐっ……」

「…………」「…………」

 

 内部の光景を想像した刑部姫。彼女は友人の恐ろしい所業に思わず口元を押さえる。 

 鬼太郎と猫娘までもが顔を真っ青にし、呆然と清姫の行為を静観することしかできずにいる。

 

 それほどまでに——清姫が怖かった。

 笑いながら、微笑いながら、嗤いながら。笑顔で牛鬼を鐘ごと串刺しにしていく光景に、もはや言葉も出てこない。

 

「ふふふ……それ~、燃えてしまいなさい!!」

 

 さらに清姫の行為はそれに留まらず。

 彼女は鐘に火を放ち、内部にいるであろう牛鬼を蒸し焼きにしていく。

 

 その光景は、まさに千年前。安珍を焼き殺した情景そのままである。

 鐘の中に隠れた愛しい人を焼き殺したという『安珍・清姫伝説』。

 

 

 名シーンの再現であった。

 

 

 

 

 

『————!!』

 

 実のところ、薙刀で二、三回貫かれた時点で牛鬼の肉体は消滅していた。

 そしてその魂、ガスである本体が肉体の檻から解き放たれ、次の憑依先を求めて近しい生物に憑依する——筈であった。

 

 しかし、解き放たれた鐘の中は完全な密閉状態。

 鐘が『結界』としての役割も果たしていたため、そこから抜け出せず、閉じ込められた状態となった牛鬼の本体。

 

「——ふふ……まだですわよ。それ~それ~♪」

 

 その上、清姫の怒りはまだまだ収まらず。

 彼女は牛鬼の肉体が消滅しようと炎を引っ込めることなく、さらに火力を上げていく。

 

 結果——牛鬼の本体はさらに灼熱にさらされ続けることとなり、その本体にじわじわとダメージが蓄積され続けていく。

 

『————!?』

 

 それは牛鬼の本体に取って初めての体験だった。

 ガスの状態のまま、密閉状態で焼かれ続けるなど。あの迦楼羅ですらそんなこと、思いもつかないような残虐な処刑方法。

 

「うふふ……ふふふ、あはははははは!!」

 

 しかし、清姫はそれを平然と行なっていく。

 それだけのことを——『愛しい人への料理を台無しにする』という、それだけのことを牛鬼はしでかしてしまったのだ。

 もっとも、ただのガスであり、知能も何もない牛鬼がそんな清姫の怒りを理解できる筈もなく。

 

『!!?!!?!!?!!!?』

 

 ガスは、何故自分がこんなにも苦しまなければならないのか。

 最後の瞬間までそれを理解することなく。

 

 

 やがてその存在を——完全に『消失』させることとなる。

 

 

 

 

 

「——ぎゅ、牛鬼の気配が……き、消えた……」

 

 清姫の行為を、その光景を高台の上から見ていた迦楼羅が唖然と呟く。

 彼は牛鬼の存在を知覚することができるのだが、その気配が完全に感じ取れなくなっていたことに絶句する。

 

 迦楼羅は基本、無益な殺生はしない。

 神としての中立性を保つため、牛鬼を封じこそすれど、それを完全に殺すことなどは初めから選択肢に存在していないのだ。

 故に清姫の牛鬼への扱いに戸惑い、まさかあんな方法でその魂を消し去ってしまうなどと思ってもおらず、完全に呆気に取られていた。

 

「——これはこれは……いささか予想外の結末ですね……」

 

 一方で、迦楼羅と同じように見物に徹していたぬらりひょんも驚きを口にする。しかし、迦楼羅に比べればだいぶ落ち着いており、彼は何が起きたのか、それらを全て把握した上でボソッと呟く。

 

「やれやれ、女の情念とは恐ろしいものです。まさか……料理をひっくり返された程度であそこまでお怒りになられるとは……」

 

 ぬらりひょんは高台から清姫の周囲を観察、崩れた建物に散乱する鍋や料理の中身から『彼女が料理を台無しにされて激怒した』と、正しく清姫の感情を理解していた。人心を掌握する術に長けている、ぬらりひょんだからこそ読み取れるさすがの洞察力である。

 そして、その理解力から——ぬらりひょんはこれ以上のちょっかいをかけるべきではないと、即座に判断を下す。

 

「……まあ、いいでしょう。所詮はその場の成り行き……物は試しと仕掛けてみたに過ぎません」

 

 ぬらりひょんにとって、今回の騒動はたまたま条件が揃ったから実行してみた。その場限りの策略である。前々から仕込んでいた訳でもなく、これから始める大掛かりな計略の一部でもない。

 特に未練も悔しさも感じることではない。

 

「さて……鬼太郎くん、今回は頼もしいお友達に救われたようですが……次もこう上手くいくとは限りませんよ?」

 

 さらに言えば、ぬらりひょんの標的はあくまでゲゲゲの鬼太郎だ。

 清姫に自身の策を阻止されたからといって別に彼女相手に妙な執着を覚えることもなく、キッパリと標的を彼だけに絞り込む。

 

「次に会うときは……正式にご挨拶に伺いましょう。それまでに、大逆の四将を捕まえてご覧なさい……くっくくく……」

 

 彼が果たして自分の敵として相応しいか?

 試すような口ぶりと笑みを浮かべ、ぬらりくらりと——。

 

 

 何一つ痕跡を残すことなく、綺麗さっぱりその場から立ち去っていく。

 

 

 

×

 

 

 

「…………いや~……何はともあれ、一件落着ということで……よかった、よかった!!」

 

 時刻は夕暮れ時。刑部姫の安堵とも、怯えとも取れる声が騒動の収まった街中に響き渡る。

 

 市街地には人々が戻り始めており、牛鬼によって崩された瓦礫などを皆して撤去している。鬼太郎たちが被害を喰い止め、牛鬼も早々に討伐されたことで街への被害が最小限で済んだのだ。この程度であれば復興にもそれほど時間は掛からないだろう。

 人々の表情からもそこまで悲壮感はなく、住人たちの顔色も悪くはない。

 

 だが——刑部姫を始め、鬼太郎や猫娘の表情は完全に引き攣っていた。

 あのシーン、安珍・清姫伝説の再現を間近で見て、いい気分でいられるわけもない。

 

「——申し訳ありません。鬼太郎様……」

 

 もっとも、その原因である彼女・清姫はしおらしい態度で項垂れている。

 

 結局、彼女が牛鬼への怒りを鎮火するのに、ほとんど一日を費やすことになった。その間、牛鬼が消滅した後も彼女は炎を延々と燃やし続け——気が付けば日も暮れかけていた。

 

「貴方様へと振る舞うお料理が……あのケダモノに全て台無しにされてしまいました……」

「……そ、そうだったのか…………は、ハハハ……」

 

 しかも、そこまでやった理由が『鬼太郎への料理を台無しにされたという』それだけの理由だったことに、もはや一同は言葉もない。あの鬼太郎ですら、苦笑いを浮かべるしかないのだ。

 

 

 清姫のおかげで牛鬼は完全消滅することとなり、鬼太郎たちも助かったのだが、正直それを手放しで喜べるような心情ではなかった。

 

 

「……まあ、その……あれだよ! これで心置きなく遊べるってもんさ!!」

 

 そんな微妙な空気を打ち破ろうと、刑部姫は改めて気分を切り替えるように叫んでいた。

 

 牛鬼の最後、騒動の収め方に色々と思うことはあれど、これで心置きなくイベントに参加できると。本日最後のメインイベント、ウォーターサバゲーへとそのやる気を漲らせる。 

 

 しかし——

 

「——あの……すいません」

 

 やる気を出していた刑部姫に、イベントの責任者である熊谷が心底申し訳なさそうに声を掛ける。

 

「誠に恐縮なのですが……イベントは中止です」

「……………へっ?」

 

 刑部姫は熊谷に聞き返すが、返答に変わりはない。

 

「本日の……今年のイベントは終了です……また来年、お越しください……」

「……あっ……やっぱり?」

 

 当たり前と言えば当たり前。あれだけの被害が出た後で呑気にイベントなどできる訳もない。

 

 

 今年のイベントは全て終了し、刑部姫の夏は不完全燃焼で終わった。

 

 

 そして約束通り。

 

 

「——では、おっきー……さっそく原稿に移ってもらいますよ?」

「!!」

 

 昨日の約束の履行——『明日のイベントが終了次第、即刻原稿に戻ってもらう』という言葉を果たしてもらうべく、清姫が刑部姫に迫る。

 

「ちょっ! ちょっと待ってよ!? それって……あまりにもご無体では……!?」

 

 ここで不満の声を上げる刑部姫。

 彼女からしてみれば当然の抗議。イベントは潰れ、結局丸一日、牛鬼の対応と後始末に時間を費やすことになってしまったのだ。

 ここからいきなり原稿に移れと言うのは、あまりにもやるせない。

 

 しかし、清姫にそんなことは関係ない。

 

「うふふ、約束は約束ですわよ、おっきー。それとも……私との約束を破る——嘘を付くおつもりかしら?」

「——ひぇっ!?」

 

 一度約束を交わした以上、それを守れないのは——嘘を付くのと同義である。

 清姫に対して嘘を付けばどうなるのか、それを今更理解できない刑部姫ではない。

 

「ふふ、ご心配なさらずともいいですわ」

 

 刑部姫が清姫への恐怖心から固まっている間にも、清姫は彼女が逃げられないように最善の一手を打つ。

 

「貴方が原稿に専念できるよう、最適の環境をご用意させていただきますから……ね♪」

 

 その刹那、再びあの音が——

 

 

 鐘の音が響いてきた。

 

 

「こ、この音……! ま、まさか!?」

 

 嫌な予感を覚えた刑部姫が自身の頭上を見上げる。

 

 案の定——そこにはあの釣り鐘が、牛鬼を封じ込めたのと同じ形の鐘が出現していた。

 

「ふふ……これから貴方には。この道成寺鐘に籠って原稿に専念していただきます♪」

 

 その鐘は清姫が安珍を焼き殺した寺・道成寺のものを具現化させたものらしい。

 牛鬼のときとは、若干だがサイズが違う。人一人がすっぽりと納まるその鐘を——刑部姫に向かって振り下ろす。

 

「ああ、注意して下さい、おっきー。サボればあのケダモノ同様……貴方も消し炭になることでしょうから」

 

 刑部姫がその鐘へと閉じ込められる直前。清姫は刑部姫に笑顔で警告を送る。

 

 

「——ぞんなああああああああああああああああ!?」

 

 

 下手をすれば、自分も『あれ』の二の舞になる。

 その絶望感に断末魔の如き悲鳴を上げ——刑部姫は、鐘の中へと閉じ込められていく。

 

 その後——刑部姫が原稿を仕上げるまで丸三日間。

 不眠不休、満身創痍ながらも原稿を仕上げることとなり——彼女はようやく清姫から許しを貰い、解放されることとなったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………ねぇ、鬼太郎……」

「……なんだい、猫娘……」

 

 刑部姫と清姫の最後のやり取り。鐘の中に問答無用で閉じ込められていく刑部姫の姿を目に焼き付けながら、猫娘が鬼太郎へと話を振る。

 二人はどこか遠くを見つめているような瞳だが、その話の内容はすぐそこにいる清姫——笑顔で刑部姫の入った鐘を力尽くで引きずり立ち去っていく彼女へと向けられていた。

  

 猫娘は、心底の願いを込めて鬼太郎に注意を促す。

 

「鬼太郎……何があっても……清姫には嘘を付かないであげてね……」

 

 それは清姫の為ではなく、鬼太郎自身のためだ。

 もし彼女に嘘を付くようなことがあればどのような目に遭うか——今回の騒動で嫌というほど実感した。

 

 鬼太郎への想いに関して一歩も引くつもりもない猫娘だが、もしも鬼太郎が彼女に対して嘘を付いてその逆鱗に触れた場合——猫娘でも、ひょっとしたら庇いきれないかもしれない。

 

 勿論、鬼太郎もそれを承知済みだ。

 

「ああ、約束するよ。絶対に清姫を怒らせたりはしないと……」

 

 無条件で清姫の想いに応えるつもりはないが、それでも彼女の機嫌は損ねまいと。

 

 

 

 

 鬼太郎は、ここに改めて誓ったのであった。

 

 

 

 




次回予告

「今年もオべべ沼にある別荘を訪れた犬山家。
 まなが、今年はぼくたちにも来て欲しいと、親御さんから言われているそうです。
 そういえば……ぼくたち、まだ彼女の両親に挨拶していませんでしたね、父さん。
 
 次回——ゲゲゲの鬼太郎 『もっけ』 見えない世界の扉が開く」

 次回は夏シリーズの第三弾! 山……というか、犬山家の別荘が舞台です!
 果たしてこの舞台と、このクロス先でどのような話になるか?
 
 色々と想像を膨らませて、お待ちください!
(年末に近いということで、大分時間が掛かるかもしれません)
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