ネモの実装は予想してましたが、まさかゴッホが登場することになるとは……。
それにしても、刑部姫の扱いがひどい(笑)!! 彼女がソナー代わりに射出されるたび、口元が愉悦に歪んでしまうぞ!!
さて、もっけの二話ということで。
唐突ですが、今回は前書きの方に自分が好きなもっけのエピソード・ベスト3を書かせてもらいたいと思います。
もっけは人によって好みのエピソードが違うと思います。皆さんの方でも、感想欄の方などで好きな話など、教えてもらえれば色々と参考になるかと。
以下が作者の好きなエピソード3つでございます。(アニメ基準)
・アニメ第3話 「オクリモノ」
・アニメ第11話 「ダイマナコ」
・アニメ第22話 「イナバヤマ」
「……父さん、本当にどうしましょうか?」
「うーむ、そうじゃな…………」
「…………」
太陽が沈み、夜に包まれる妖怪たちの領域・ゲゲゲの森。
文明的な光など届かぬ場所であるため、微かに灯る行燈の光だけがゲゲゲハウスの室内を優しく照らしている。
「確かに一度は会って挨拶するのが礼儀というもんじゃが……」
「ワシは別に構わんぞい。のう、砂かけ?」
夜は妖怪が活発に活動するとはいえ、さすがにこの時間帯。
いつもであれば家の中は鬼太郎と目玉おやじの二人になることが多い。しかし、この日に限って猫娘や砂かけババア、子泣き爺。慣れ親しんだ面子が未だにこの場所に留まり、みんなして頭を悩ませていた。
彼らが雁首揃えて首を傾げていたのは、人間の友人であるまなの——彼女の両親の招待に応じるかということだ。
彼女の母親と父親、犬山純子と犬山裕一の『一度会って挨拶をしたい』という呼び掛けに、自分たち妖怪がどのように対応すべきかということであった。
「依頼だったら、こんなに悩むこともないんだが……」
鬼太郎がボソッと呟くよう、もしもこれが依頼人からの要請であれば、頼みを引き受けるかどうかである程度割り切った答えを出していた。
しかし依頼ではなく、プライベードでの誘いだからこそ、鬼太郎たちはここまで悩みに悩んでいた。
友人の両親からの、言うなれば遊びに来てくれないかという誘い。
基本は『依頼』という形で人間と関わってきた鬼太郎たちにとって、それは滅多にない機会だ。
その機会にどのような返答を出すべきかと——未だに答えを決めかねている一同。
「……そもそもな話、あの子の御両親はワシらが妖怪であることを知っておるのかのう?」
「うむ、それも問題じゃな」
目玉おやじの疑問に砂かけババアが同意するよう、確かにそこにも疑問の余地があった。
そもそも、この誘いはどういった意図があるのだろうか?
猫娘がまなから聞いた話では鬼太郎たちのことを妖怪だと、彼女から両親に直接話したことはないそうだ。偶に世間話のノリで、猫娘の話題にチラッと触れるだけだと。その際も『仲の良い友達』として当たり障りがなく語るだけだという。
「……普通に動画サイトとか見てれば、知る機会はあると思うけど……」
「そうじゃのう……境港の庄司さんから、間接的にワシらのことを聞いたのかもしれん」
だが、まなが喋っていなくとも、自分たちが妖怪だと知る機会はいくつかある。
姑獲鳥騒動の際、ゲゲゲの鬼太郎が活躍した動画が未だにネット上に残っている。また、まなの父方の親戚である境港の伯父・庄司やその妻のリエなど。鬼太郎たちと面識のある親族から話を聞いたのかもしれない。
もしそうなら、鬼太郎たちが妖怪だと知った上で、犬山夫妻は自分たちに声を掛けたことになる。
果たして、その真意はどこにあるのだろう。
「ワシらは遠慮しておこう、子泣きよ。あまり大勢で押しかけても迷惑じゃろうしな……」
「そうか? まっ、それもそうじゃのう」
いずれにせよ、砂かけババアは今回の訪問、自分たちは遠慮しておこうと子泣き爺と共に辞退することにした。
招待先の別荘とやらもそこまで大きいモノではないと聞くし、流石に大人数ともなればもてなす方も大変だろう。
行くのならば鬼太郎や目玉おやじ。まなと特に仲の良い猫娘だけで十分だと判断した。
「何かあれば連絡をくれ。すぐに駆けつけるぞ」
一応、問題があったときのためにいつでも準備はしておくと。
とりあえず今日のところは解散。砂かけババアと子泣き爺の二人がゲゲゲハウスを後にしていく。
「猫娘……どうかしたのか?」
「えっ……!?」
二人の仲間が立ち去って暫く沈黙が続き、不意に鬼太郎が猫娘に声を掛けた。
鈍感な鬼太郎にしては珍しく、猫娘の異変に勘付いてのことである。
「さっきから、ずっとだんまりだけど……」
そう、この話を直接まなから聞いてきた猫娘。彼女が先ほどからずっと黙ったまま、ほとんど何も喋っていないのだ。
まなが猫姉さんと慕っているように、一番まなと仲が良いのは猫娘だ。その彼女が今回の話題に、ほとんど参加せず、皆の意見を聞く側に回っていた。
本来であればもっと積極的に。それこそ、この誘いを受けるかどうかを彼女が決めてもいいほどだろうに。
「確かに……何か心配事でもあるのか、猫娘よ?」
「…………」
息子に言われて、初めてそのことに気づいた目玉おやじも猫娘の調子を気遣う。
二人の視線に猫娘は居心地悪気に押し黙るも、やがて観念したかのように自身の胸中を語っていく。
「……まなには悪いけど……私はこの話、断ろうと思ってるのよ」
「!? なんじゃと……」
その発言を意外に思ったのか、目玉おやじがその目玉をパチクリさせる。他の誰が反対意見を出しても、てっきり彼女だけは招待を受けると思っていただけに、その驚きは当然のものだっただろう。
しかし——猫娘がそう言うのも、色々と事情があったりするのだ。
「……だって私……まだあの人に……純子さんに謝っていないのよ……『あの時』のこと……」
「——!!」
いつも勝気な猫娘にしてはしおらしい態度。それもその筈、猫娘は彼女に——犬山まなの母親である純子に対し、一つの『罪』を犯してしまったのだ。その償いを猫娘は未だに成し得ていない。
「あれは猫娘のせいじゃない!!」
猫娘の心配がなんなのかを察し、鬼太郎が必死になって彼女を弁護する。
あれは猫娘のせいではないと。あの出来事、『名無し』の計略の一環で起こってしまった、あの不慮の事故について——。
数ヶ月前のことだ。名無しと呼ばれていた水子の霊にまつわる事件に関し、猫娘は一つのミスを犯した。
それは犬山まなの——友人の大切な母親である純子を傷つけ、瀕死の重傷に追い込んでしまったということだ。
それは鬼太郎が叫んだように、決して猫娘に非があるわけではない。
彼女は名無しの企み、その秘密を調べるにあたり、かの者が隠れ蓑にしていたオメガという会社に潜入した。その際に謎の妖怪に襲撃を受け、それを返り討ちにしただけのことである。
だが、その妖怪の正体こそが——名無しに洗脳されてしまった、犬山純子だった。
猫娘は純子が人間だということに、まなの母親だということに気づかずに重傷を負わせてしまったのだ。
「……どんな言い訳をしようと、私があの人を……殺しかけてしまったことは、事実だから……」
あれは名無しの思惑によるものであり、それこそ幾つもの偶然と悪意が重なって起こってしまった『事故』だ。
しかし、そのことに未だ罪悪感を背負い、猫娘は純子と顔を合わせることを気まずく思っている。
「——ならば尚更じゃぞ、猫娘」
すると、そんな弱気な猫娘に目玉おやじが物申す。
「お前さんが気にしておると言うのなら、この機会に直接会って、しっかりと謝罪すべきではないかのう?」
その一件において、猫娘に非がないことは彼も承知済み。だが、もしも彼女がいつまでも気にしているのであれば、それこそ一度会って謝っておくべきではないか。
そうすることで、猫娘の気も晴れるのではないかとそのように提案する。しかし——
「…………怖いのよ」
「怖い?」
猫娘の表情は暗いまま、彼女は自分の不安を口にしていく。
「もしも……まなのお母さんに拒絶されたら……まなと……あの子とも、今日みたいにショッピングを楽しむなんてことも、できなくなっちゃうかもしれないじゃない……」
「!! 猫娘……」
そこで鬼太郎は察した。猫娘がいったい、何を恐れているのかを——。
もしも、猫娘が過去の過ちを謝罪し、許されるのならそれでいい。
だがもし、純子がそのことを許さず、彼女を——妖怪である猫娘を拒絶するようなことがあれば、それは犬山家との決別を意味することになるかもしれない。
極端な話、「娘と今後一切関わるな!」と、そう罵られる可能性だってあるのだ。
そうなってしまえば、猫娘はまなと——姉妹のように仲の良いあの娘と、気軽に会うことができなくなってしまうかもしれない。
猫娘はそれを恐れ、迂闊に純子と顔を合わせることができなってしまっていた。
「……だから……私は……まなのお母さんとは会わない……行くのなら、鬼太郎だけで……」
そうなるくらいならば会わない方がいいと、猫娘は後ろ向きにもこの話を断ろうとしていた。
だが——
「大丈夫だよ、猫娘」
「き、鬼太郎……」
不安げな表情の猫娘へ、鬼太郎が優しく微笑みながら語り掛ける。そんな彼の笑顔に、こんな時でありながらも猫娘はドキッとなる。
「あれは君のせいじゃない。まなのお母さんも、お父さんだって……話せばきっと分かってくれる。だから……逃げずに向き合おう。でないと、いつまでもその苦しみを引きずることになってしまう」
「うむ、鬼太郎の言う通りじゃぞ!」
鬼太郎の説得に目玉おやじも加わっていく。
「何より、まなちゃんをあそこまで良い子に育ててくれたご両親じゃ! 話せばきっと、わかってくれるじゃろう!!」
鬼太郎たちの友人である犬山まな。彼女は昨今の若者にしては珍しい、正義感が強く、他者の痛みにも共感できる優しい性格の持ち主だ。その気性、好奇心の高さからトラブルに巻き込まれることも多いが、その行動力で救われた人間や妖怪だって沢山いる。
まなを、あの子をそこまで立派に育ててくれた人たちこそが、彼女の母親と父親である純子と裕一なのだ。
たとえ、自分たちが妖怪だからといって拒絶するような話のわからない人間ではあるまい。
たとえ、猫娘が純子を傷つけたことが事実でも、その前後関係をしっかりと話せばきっと分かってくれる筈だと。
面識がなくとも目玉おやじは一人の『親』として、その『子供』であるまなの真っ直ぐな在りようから、彼女の両親の人となりをそれとなく察する。
「そうね……そうかもしれないわ」
弱気になっていた猫娘も、目玉おやじのその意見に同意して徐々に前向きな気持ちを取り戻す。
そうだ、まなは妖怪である自分たちにだって分け隔てなく接してくれる少女だ。そんな彼女の親御さんなのだから、きっと立派な人たちに違いないと。
「分かった。私も……覚悟を決めることにしたわ!」
猫娘は過去の間違いと向き合う覚悟を決め、犬山家の招待に応じることに決めた。
まなの両親に会う、会って——しっかりと謝ろうと。
「猫娘……ああ、ボクも一緒に行くよ!」
「勿論、わしも行くぞい!!」
鬼太郎も目玉おやじも共に行くことに同意する。
二人も猫娘が純子に許して貰えるよう、彼女と一緒に頭を下げるつもりだ。
こうして、今週末。
鬼太郎と目玉おやじ。そして猫娘の三人。
彼らは犬山家の別荘がある——オベベ沼へと向かうこととなったのである。
×
そして、週末。
犬山まなが楽しみにしていたその日はあっという間にやってきた。
「——着いた!! 久しぶりの別荘だ!!」
都会の喧騒から離れた山の中。
白いワンピース姿の犬山まなは、一年ぶりの別荘を前に歓声を上げていた。
毎年、この場所に来るたびに叫び声を上げるのが通例の彼女だが、例年以上に今回の別荘訪問を楽しみにしていた理由がある。
——今年はここに猫姉さんや鬼太郎たちが来てくれるんだよね~! 楽しみだな~!!
まなは猫娘から『鬼太郎と一緒にお邪魔する』という返信を既にラインで受け取っていた。
そう、今年はここに大好きな妖怪たちが来てくれるのだ。一応は訪問して挨拶をするだけだと言われたが、もしかしたらそのまま『お泊まり会』なんてものまでしてくれるかもしれないと、まなは昂るテンションを隠しきれない。
そのテンションの高さから、いつもであればサボり気味な別荘の掃除も手伝おうという気になるものだ。
ところが——
「まな、お散歩でも行ってらっしゃい」
「ああ、せっかくの快晴だ! のんびりしてくるといい!!」
掃除を手伝おうとしたまなへ、純子や裕一の方から外で遊んでくるように言ってきた。
これにまなが目を丸くして驚く。
「……えっ? お、お掃除は……やらなくていいの?」
この別荘を利用する際、まずは掃除をするというのが犬山家の決め事だ。まなはそれがめんどくさく、隙を見ては外へ遊びに逃げ出し、母である純子によく怒られたりするのだが。
「掃除なら私たちでやっておくから。あなたは……鬼太郎さんたちを迎えに行ってらっしゃい」
お客さんを呼ぶと決めた今年に限って、掃除を自分たちでやっておくと。まなにはお客さんを迎えに行くよう、両親は娘が遊びに出かけるのを笑顔で送り出す。
「う、うん……分かった。じゃあ、さっそく猫姉さんに……」
そんな家族の些細な違和感に首を傾げつつ、まなはさっそく猫娘に連絡を取ろうとした。
「ああ、まな!!」
すると、咄嗟に大きな声を上げた純子が念を押すようにまなに呼び掛けた。
「色々と準備することもあるから……とりあえず、こっちから連絡するまでは、その……ここに来るのを待ってもらえるように伝えておいてくれないかしら?」
「え? ああ、うん……分かったけど……」
準備とは、おそらく掃除のことだろう。
しかし、どうやらそれ以外にも色々と用意することがあるらしく、実際に鬼太郎たちを呼べるようになるには、ある程度の時間が掛かるとのことだ。
「……じゃあ、ちょっとその辺で時間潰してくるね!」
まなはそのことを少し残念に思いながらも、言われた通り外で適当に時間を潰すことにした。
都会っ子の彼女にとってこの辺り一帯の長閑な風景は、ただ漠然と眺めているだけでもそれなりに楽しめる。
いつもの散歩コースをぐるりと廻って来ようと、うきうき気分で山の散策へと繰り出していく。
「…………」
「純子さん、まなは……行ったかい?」
そんな娘の後ろ姿を母である純子が神妙な顔つきで送り出していたことに、まなは最後まで気付くことができずにいた。
夫である裕一も、まながその場から立ち去ったことを慎重に確認しつつ、純子へと寄り添っていく。
「ええ、行ったわ。これで、こっちから連絡があるまでは、あの子も戻ってこないでしょう」
「そっか……それじゃあ、さっそく掃除をして出迎える準備をしなきゃね」
本当ならここで愛娘と一緒に散歩したく、まなの後を追っていただろう裕一が率先して箒を取り出し、掃き掃除を行っていく。
それは早く別荘を綺麗にし、いつでもお客さんを呼べるようにしておかなければならないという、義務感があったからだ。
そう、まなが帰ってくる前に——例のお客さんをお呼びしなければならないと。
「そろそろ、檜原さんがこっちに来る頃合いだ。わざわざ遠くからお越しになってくれてるんだ。あまり待たせるわけにはいかないからね」
「…………ええ、そうね」
そう、わざわざこんな山奥まで来てくれる檜原という『拝み屋』を——。
二人は鬼太郎たちが来るよりも先に、彼を出迎えなければならなかった。
「——ふ、ふぁ~…………お姉ちゃん、まだ着かないの?」
「——もうそろそろだから。寝ないで起きてなさい、瑞生」
拝み屋である祖父の仕事に付き添う形で、檜原家の姉妹・静流と瑞生の二人が栃木県からの長い旅路を終え、もうすぐオベベ沼へと到着するところだった。
電車にバス、そしてタクシーと。さまざまな移動手段を乗り換えてきたため、流石に疲れが出たのか。タクシーの後部座席で眠りこけていた瑞生。静流はそんな妹に起きているように言い聞かせる。
「ねぇねぇ、これから行く……オベベ沼だっけ? かわうそってのがいるんだよね? かわうそ……どんな奴なんだろう?」
年頃からか瑞生は何もせずにじっとしているのが嫌なのか。とりあえず適当な話題として、かわうその話を振ってきた。
かわうそ——という動物ではない。その妖怪としての在り方についてである。
「かわうそか……確か悪戯好きで、人間に化けて色々と悪さするんだよね? 嘘を付いて人から食べ物とか騙しとったり……」
瑞生の質問にうろ覚えの知識を引っ張り出してきた静流が答える。
彼女は自身の霊能力や祖父の影響からか。民俗学や怪異に対する関心が強く、そういった関連の本をよく読んでいたりする。祖父ほどではないにしろ、妖怪関係にはそれなりに詳しいのだ。
「ふ~ん、そうなんだ…………けど、かわうそってあの動物の『かわうそ』だよね? なんで動物なのに妖怪扱いされてんの? 狸とか、狐とか、猫とか……あっ! 三毛さんって……もしかして妖怪だったりして!!」
子供ながらに抱いた疑問を率直に口にする瑞生。
確かに日本において、かわうそを始めとした動物たち。狸や狐、猫といった唯の動物を妖怪視することが事例としてよく挙げられる。
(ちなみに余談だが、瑞生の口にした『三毛さん』とは檜原家で飼っているメス猫である。結構な高齢で稀にいなくなってはふらりと戻ってくる。現在も、まさにちょうど出かけている時期であり、今回の旅行には同伴していない)
動物が妖怪である理由。これには諸説あり、その伝承の一つを静流が語っていく。
「え~と……確か動物って、昔は神様の使いってことで神聖視されてたんだよね? 『
少し自信がなかったため、念のため祖父に確認をとる。
孫娘の同意を求める声に、タクシーの助手席に座る祖父が頷いた。
「そうだ。神道において動物は神さんの使い、もしくは神そのものとして扱われてきた」
神使——動物が神の眷属として人間たちに己の意思を伝えたり、力を貸すという神道における考え方である。
この思想は古くから日本人の宗教観に、知らず知らずのうちに根付いている
例えば昔話。『桃太郎』という、日本人であれば誰もが知るお話において。桃太郎が旅の道中で出会う三匹のお供——犬、猿、雉。あれも言うなれば神使だ。鬼退治のため、桃太郎の元へと派遣された神様の使いである。その他にも『花咲爺さん』の犬や『舌切り雀』のスズメ。『カチカチ山』の兎などもそれにあたる。
また、『日本書紀』に登場する日本を代表する最古の大妖怪・
「神社なんかに動物の像があんのもその名残だ。そういった思想から長い時間を掛けて、次第に人々の間でその動物自体に霊的な力があると強く信じられるようになったんだ。おそらく連中が妖怪として派生したのも、その影響だろう」
神社の境内に何気なく建てられている動物たちの石像。それらもその神社の神話などに関連がある動物たちだ。彼らは神様の使いとして祀られ、多くの人々の信仰を集めてきた。
だが信仰を集めると同時に、人々はその存在を畏怖し——そして恐怖するようになった。
その恐怖という感情から、いつしか人々は動物たちを『神使』としてだけではなく『妖怪』という、人に仇を為す化け物として見るようになっていったのだろう。
「神様の使いか……そういえば、イタチもそんなこと言ってたっけ……」
祖父の話を聞き終えた瑞生。彼女はふと、以前に交流のあった妖怪・鎌鼬のことを思い出す。
瑞生はその憑かれやすい体質から、様々な怪異に纏わりつかれることがよくあるのだが、その中でも鎌鼬と過ごした日々が一つの思い出として印象に残っていた。
彼らは瑞生の疑問——『鎌鼬はどうして斬るのか?』という問い掛けに以下のように答えた。
『——鎌鼬の『鎌』の御業は自分たちのものではない。元々は神様のものであり、その使いようも神様への思し召しだった。けれどもいつしか自分勝手に、遊びなどで人を傷つけるようになってしまった』と。
その話から察するにイタチも、元は神使——神様の使いだったのかもしれない。
けれど遊び半分に御業を行使し、人を襲うようになり、いつしか彼らも妖怪として恐れられるようになってしまったのだろう。
「イタチか……あいつ、元気にしてるかな?」
過去を懐かしんだためか、瑞生は鎌鼬のあの後——交流を終え、何処ぞへと去ってしまった彼らのことを思い返す。
彼らとは、結局喧嘩別れのような形でその後、一切の関わりを持たなくなってしまった。一応、最後の最後には助けてくれたし、使えなくなっていた『御業』が使えるようになり、嬉しそうに高笑いもしていた。
けど、本当だったらもっと一緒にいたかったし、助けてくれた礼などもキチンと言っておきたかった。
祖父から言わせてみれば、怪異である彼らと積極的に関わることは褒められたことではないのだろう。
けれども、やっぱり寂しいものは寂しい。
「はぁ~……もう一度くらい見てみたいな……あいつの『鎌』……」
せめてこの目でもう一度。
イタチたちの行使するあの御業とやらをもう一度見ておきたかったと。
彼に付けられた『大事な痛み』である左手の甲をさすりながら、瑞生はどこかブルーな気持ちに浸っていた。
×
「——着きましたよ、お客さん。ここがオベベ沼です」
タクシーの運転手が目的地への到着を告げ、ようやく檜原家一行は旅の終着地であるオベベ沼周辺へと辿り着いた。とりあえず荷物を車から降ろし、仕事を終えたタクシーが走り去っていくのを見送り——檜原姉妹が一言呟く。
「……何もないね、お姉ちゃん」
「そ、そんなこと…………あるかも」
自然に囲まれた山の中と言えば聞こえはいいかもしれないが、そこは見事に何もない、人の気配もない超ド田舎だ。栃木の田舎で暮らす彼女たちですら、思わず絶句するほどに殺風景な景色が広がっている。
「……昔に比べてだいぶ寂れちまったな……人も少なくなっちまった……」
ここを訪れたことのある祖父も、その変わりように動揺を見せている。
彼がここ、オベベ沼を最後に訪れたのは十年以上も昔のことだと、ここにくる道中で語っていた。その時と比べても、だいぶ様変わりしてしまったようだ。
暫しその場に立ち尽くし、無情な時の流れを寂しげな瞳で感じている。
「お爺ちゃん……大丈夫だよね? まさか……このままここで野宿するなんて言わない?」
そんな山奥に取り残されたことに、瑞生が祖父に声を掛ける。
タクシーも行ってしまった。旅館のようなものがある気配もなく、まさかここで野宿でもするのかと今日一日の宿を心配している。勿論いかに厳しい祖父でも、孫たちに野宿をさせるつもりなど毛頭ない。
「安心しろ、ちゃんと先方に話は付けてある。二人とも着いてこい」
祖父は迷いない足取りで孫たちを先導しつつ、田舎道を進んでいく。
そうして歩くこと、数分。
「——ようこそ。お待ちしてましたよ、檜原さん」
「——何もないところですが、家でよければいくらでもゆっくりしてってくださいな」
辿り着いたのはごく普通の一軒家。そこで待っていた老夫婦が人の良い笑顔で檜原家の面々を出迎えてくれた。
どうやら今夜はこの家でお世話になるらしい。古い知り合いとのことで、その老夫婦に向かって祖父が恭しく頭を下げていた。
「どうもご無沙汰しております。お変わりない様子で……ほら、二人も挨拶しなさい」
「初めまして……」
「は、初めまして!」
祖父に促されるまま、静流は物静かだが丁寧に。瑞生は緊張気味だが大きな声で老夫婦に挨拶をする。
「いやはや、嬉しいね……こんなにも若い子たちが来てくれて」
「本当に……最近はますます人もいなくなって……もう知り合いはほとんど残っていませんで……」
若い子供である静流と瑞生を見つめながら、老夫婦はしみじみと語る。
彼らの言葉通り、確かに他に人がいそうな雰囲気はない。隣の家も無人でボロボロの空き家。畑の方も全く手入りされていない荒れ放題だ。
人口の過疎化。
静流たちが暮らす地域でも取り沙汰される問題だが、ここはより一層深刻な様子である。
「……お爺ちゃん、この人たちが今回の依頼人なの?」
その問題に静流は顔を曇らせつつも、この夫婦が今回祖父を頼ってきた人たちなのかと当然の流れとして質問をする。しかし、祖父は首を横に振った。
「いや、この方々は昔馴染みだが、そうじゃねぇ。わしは今から今回の依頼人に会ってくるから、おめぇらここで大人しく待っとけ」
このご夫妻は、あくまでご厚意で今回の仮宿を貸してくれるだけとのこと。
依頼主は他にいるらしく、祖父はこれからその人たちと会ってくるらしい。仕事ということもあり、静流や瑞生たちを連れては行かない。
孫たちにはこの家で大人しく待っているように言い聞かせ、祖父はさっそく出掛けようとしていた。
「ああ、檜原さん! 済みませんが、少し宜しいでしょうか?」
だが、そんな祖父を老夫婦のお爺さんが呼び止めていた。彼は申し訳なさそうに表情を曇らせながらも、祖父にその話を持ちかける。
「実は……ちょっと困ったことになっておりまして。話だけでも聞いてはもらえんでしょうか?」
「……何かトラブルですかな?」
正式な依頼を受けてはいないが宿を借りる手前、無下にはできない。
祖父はお爺さんの困ったこと——ここ最近、ここいらに出没する『謎の黒い人影』らしきものの目撃情報に関して話を聞いていく。
お爺さん曰く、ここ数日——謎の黒い人影のような『何か』がちょくちょく姿を見せているらしい。
その黒い影は突然人の背後を取ったと思いきや、振り向いた人間の背丈を越え、じっとこちらを見下ろしてくるとのことだ。
その影に見下ろされ続けると——何故だが意識が遠のき、しまいには倒れてしまうとのこと。
「先日も……女房の奴が遭遇しましてな。その後、丸一日寝込んでしまって……」
「いやはや……お恥ずかしい話で、ははは……」
何もないところで倒れたことを恥じているのか、苦笑するお婆さん。
しかし、笑い事で済ましていい話ではない。
「お爺ちゃん。その黒い影、もしかして……」
「ああ……おそらく、見越しだろう」
その話を聞いた静流がその影の正体を見破り、祖父も同意する。
その影の正体が『見越し』という、静流も一度は遭遇したことのある怪異だと。
見越しとは——旅の僧の姿をしているとも言われる、黒い影である。
その影は人に見上げられることでさらに大きくなり、そのまま見上げ続ければ最悪、命を落とすとも言われている。同じようなモノに『見上げ入道』と呼ばれる妖怪がいるが、それよりも下級の存在でこれといった知恵もない、野生動物に近い存在だ。
人の恐怖心から生まれた怪異とも言われているが、退ける方法は意外にも簡単。落ち着いてその対処方法を実践すれば、普通の人間にも撃退することは可能である。
「——しかし、妙な話ですな……」
祖父は老夫婦にその撃退方法を口頭で説明し、一応の対策を取らせる。その一方、何故見越しがこの山に出没したのか、どこか納得しきれていない様子で訝しんでいた。
「ここいら一帯はオベベ沼に住むかわうその縄張りです。あやつがこの地を陣取っている限り、見越しのような低級な怪異が入ってくることはない筈なのですが……」
オベベ沼のかわうそ——悪戯好きで人間を騙し、食べ物を盗む困った妖怪。だがその一方で、かわうそは自身が縄張りと定めたこの地を守護し、他の怪異たちを退ける役割を負っていた面もあった。
かわうそ自身もかつては神使として扱われたこともあり、位としては見越しよりは上位の妖だ。見越し程度、侵入したところで簡単に追っ払える筈だが——
「そ、それが……かわうそくんは去年から、ゲゲゲの森という場所に引っ越してしまいまして……」
「なんですと? なるほど、道理で……」
お爺さんの話によると、妖怪のかわうそですらこの地域の過疎化問題に頭を抱え、移住してしまったという。人間に悪戯をしたくとも、その人間たちがいなくなってしまえば、かわうそもやっていられないのだろう。
そのため、彼は妖怪の仲間たちがたくさんいる聖地・ゲゲゲの森へと移り住んだ。
その影響により、オベベ沼は無法地帯——怪異たちが好き勝手に出入りする場所と化してしまったのだろう。
「ゲゲゲの森か……。やれやれ、また面倒なところに引っ込んじまったな……」
「……お爺ちゃん?」
祖父が眉を顰め、ため息を付いている姿に静流がその顔を覗き込む。彼は特に『ゲゲゲの森』という、地名らしき単語に難色を示しているようだ。
ゲゲゲの——少し前までネットで話題になっていた『あの有名な妖怪』と何か関係があるのだろうかと、このときの静流はそんなことを考える。
「静流」
「っ!!」
だが祖父に声を掛けられ、その思考も一時中断される。
「わしは予定通り、これから依頼人のところに行ってくる」
とりあえず、見越しの対処は後回しにするようだ。
これ以上、依頼人を待たせることもできないため、彼は静流に言うべきことを言い残し、その場を後にしていく。
「相手は見越しだ。今のお前なら問題なく対処できるだろうが……一応は用心しとけ。瑞生のことも、任せたぞ?」
「う、うん! わかってる!」
見越しと遭遇したことのある静流。一度はその存在に怯え、不安から涙を流したこともあった。
だが——彼女は既に見越しへの対処方法を熟知しており、撃退に成功した過去も持っている。
その経験、知識があれば大丈夫だろうと。
祖父は静流を信頼し、妹の瑞生のこともしっかりと守るように言ってくれた。
「行ってらっしゃい、お爺ちゃん!」
その信頼に応えられるよう静流は力強く頷き、祖父の背中を見送っていく。
「あ~あ、それにしても……かわうそ、一度くらい見てみたかったな……」
「瑞生ったら、さっきからそればっかりね……」
あれから。檜原姉妹はその家に腰を降ろし、老夫婦のご厚意でスイカをご馳走になっていた。
二人仲良く縁側に座り込み、キンキンに冷えたスイカの種を飛ばしながら、かわうその話題に盛り上がる。と言っても、話を振ってくるのは常に瑞生の方だ。彼女はよっぽどかわうそを見てみたかったのか、老夫婦から聞いた話なども交えて姉相手に陽気に話しかける。
「だって、お姉ちゃん!! かわうそは良いやつだって、あのお婆さんも言ってたよ!」
「そうね……ただの悪戯小僧ってだけじゃないみたいね」
実際にかわうそに会ったという二人が聞かせてくれた話だ。
去年、事故にあったお婆さん。かわうそは動けなくなったそのお婆さんを看病し、食料も分けてくれたとのこと。そのおかげでお婆さんは無事、生きてこの家に戻ってこれたという。
人に迷惑を掛けるというイメージがある一方で、時には人を助けてくれる優しい一面もある様子。
「けどね、瑞生。だからといって、妖怪が皆親切ってわけじゃないんだら。誰これ構わず信用しちゃダメよ? 前もそれで酷い目にあったでしょ? 例えば……あの人骨のときとか」
「うっ……そ、それもそうだけどさ……」
基本、祖父からの教えで積極的に怪異に関わらないようにしている姉妹。だが、瑞生はその教えをちょくちょく忘れ、よく妖怪たちと仲良くなってしまうことが多々あったりする。
イタチのときのように、それが結果的に良い方向に傾くこともあるが、当然——油断すれば奴らの餌食だ。
以前もそれで『人骨の怪異』——あとで調べてわかったことだが『
そういったこともあり、たとえどれだけ良い妖怪の話を聞こうとも、頭ごなしには信用しないというのが檜原静流が怪異の見える人生で得た教訓である。
「わたしだって……それくらいはわかってるよ……ふん!」
それは瑞生だって頭では理解している。だが、幼い彼女は姉の小言に心底では納得しきれておらず、拗ねたようにそっぽを向く。
それは彼女がまだ心身ともに幼いからか。それとも『憑かれやすい』という静流とは違う形で怪異と関わることになったからか。
いずれにせよ、一筋縄ではいかない問題である。
「…………あれ? ねぇ、見てよ、お姉ちゃん!? あんなところに女の子がいるよ!!」
「あら本当ね。この辺りの人かしら?」
すると、視線を他所へと向けた瑞生がそこで見慣れぬ人を見かけ、興奮気味に姉に伝える。
妹の視線の先を見ると、そこには白いワンピース姿の少女が一人で田舎道を歩いている。
見たところ、静流と同い年くらいの中学生といったところ。
「ねぇねぇ! お姉ちゃん!! あの人に話しかけてみてもいい!?」
こんな場所で自分たちと同じ年頃の少女を見つけたのが嬉しかったのか。
瑞生は浮かれた調子でその少女に近づいてみようと、姉の服の袖を引っ張る。
「ちょっ、ちょっと瑞生。少しは落ち着きなさ——」
しかし、静流は彼女に声を掛けることに僅かな抵抗があった。
好奇心旺盛な妹とは違い、引っ込み思案な静流が初対面の人にいきなり話しかけるのは、少しハードルが高いと若干尻込みしたからだ。
だが——
「——っ!? 今の……まさか!!」
一瞬、視界の端に静流は見た。例の『黒い影』らしきものが蠢いていたのを——。
その黒い影は少女の背後から徐々に滲み寄り、彼女へと近づいていく様子だった。
静流はその影が『なんなのか』を理解した瞬間——。
気がつけば——その少女に向かって駆け出していた。
×
「猫姉さんと鬼太郎は……まだ来れないのか……」
田舎道を散歩していた犬山まな。彼女は先ほどからスマホで猫娘へと連絡を取り、鬼太郎たちの訪問を今か今かと待ち侘びていた。
しかし、猫娘から帰ってきたラインの返信には『もう少し時間が掛かる』とのことだ。
「はぁ~、流石に一人だと退屈だなぁ…………一度別荘に戻ろうかな」
散歩にも飽き、手持ち無沙汰になっていたまな。
一人でいる寂しさに耐えきれず、彼女は一度両親がいる別荘へと戻ろうとしていた。
その矢先である。
「ん?」
ふと、背後の方に何者かの気配を感じ取ったまな。
彼女は反射的に後ろを振り返る。そう——振り返ってしまった。
そこで黒い巨大な影のようなものが、自分を『見下ろしている』ということにも気づかずに——。
「——えっ……な、なに……これ? よ、妖怪!?」
妖怪と関わりが深いまなは、それが何かしらの怪異であることを瞬時に悟る。
しかし、それがいったいなんなのか?
どのように対処すべきモノなのか?
それはまな一人では分からない。
故に——彼女は徐々に巨大化していくそれを、ただ見上げ続けることしかできなかった。
「あ……あ、あ………ああ………」
唐突に訪れた得体の知れない恐怖。それが何かを理解することも出来ず——
犬山まなは人知れず、命の危機を迎えようとしていた。
「——ダメ!!」
「えっ……?」
だが、そこへ凛とした声が響き渡る。
朦朧としかけていたまなの意識を繋ぎ止める、少女の叫び声だ。
その声の主は倒れかけていたまなの身体を後ろから抱きとめ、その手を力強く握りしめる。
それにより、まなの身に降りかかっていた謎の震えが収まり、青褪めていた彼女の顔色に僅かな生気が戻ってくる。
「大丈夫、気をしっかり持って……怖くなんかないわ、だってあれは……見越しだもの」
「み、みこし……?」
どこかで聞いたことのある単語に、聞き覚えのない少女の言葉。
そのままその少女はまなに優しく、諭すように語りかけてくる。
「下から見上げるのではなく、頭から足元を見下ろすの」
「っ……!!」
まなは言われた通り、そのアドバイスに沿って黒い影の頭から足元へと視線を移動させていく。
すると不思議なことに、黒い影は徐々に徐々にその巨体を縮めていき——やがては、まなよりも小さな小さな影として、ポツンと佇むこととなる。
そこへすかさず、少女が叫んだ。
「——見越した!!」
次の瞬間——黒い影は呆気なく霧散し、何処ぞへと消え去っていった。
「はぁはぁ……」
危機を脱した犬山まな。
なんとか無事にやり過ごすことができたことに安堵しつつも、緊張から解放された脱力感からその場にへたれ込む。
「……ふぅ~……大丈夫だった?」
そんな腰を抜かすまなへ、彼女の危機を救った声の主である少女が手を差し伸べる。
「あ、ありがとう……あ、あの……貴方は?」
差し出された手を取りながら、まなは改めてその少女に目を向ける。
自分と同い年くらいの女子。清楚な雰囲気に黒髪のストレートがよく似合う。あんな真っ黒で大きな影と対峙した後だというのに、落ち着いた態度でまなに対して気遣いを見せてくれる。まるでお姉さんのようだ。
「——お姉ちゃん~!! 大丈夫だったの!?」
実際に彼女は姉であり、その妹らしき小学生の女の子がこちらへと駆け寄ってきた。
「ええ、大丈夫よ、瑞生……貴方も、立てる?」
駆け寄ってくる妹に笑みを浮かべながら、彼女はまなにも呼び掛ける。
「は、はい!! ええっと……わ、わたし、犬山まなって言います。あの……貴方は?」
相手に心配を掛けまいと、まなは急いで立ち上がる。
そして咄嗟に自己紹介をし、助けてくれた礼を述べるためにも相手の名前を尋ねていた。
「ああ、檜原です。檜原静流……よろしくね、犬山さん」
それが——犬山まなと檜原姉妹。
妖怪や怪異。異なる形ではあるものの、それらと深い関わりを持つもの同士の会合であった。
そして、その会合は別の場所でも行われていた。
「……お久しぶりです、檜原さん」
「ええ、お久しぶりですな。犬山さん」
犬山家が滞在する別荘の玄関前。『依頼人』と『依頼を受けた拝み屋』という形で、犬山夫妻と檜原家の祖父が適度な緊張感を保ちつつ、対面していた。
特に犬山純子。
彼女が一番緊張しているのか、顔色も悪く、上手く言葉も出てこない様子である。
「と、とりあえず……こんなところで立ち話も何ですし……どうぞお入りください」
そんな具合の悪そうな妻を前に、裕一は拝み屋の老人を別荘の中へと招き入れる。
このままここで立ち話など、それこそ途中で純子が倒れてしまうと彼女を心配してのことだ。
「そうですな……では腰を落ち着かせてから、ゆっくりと話すことにしましょう」
檜原の老人も相手の意図を察し、礼節を欠くことがないよう家の中へとお邪魔する。
今回、自分がここまで来ることになった理由。夫妻に話すべき内容を改めて確認しながら——。
「貴方方、犬山家……いえ、『沢田家』から続くその因縁。それを取り巻く……『名無し』と呼ばれた怪異の顛末……全てお話ししましょう」
「——それが後のことを『あの人』に託され、令和などという新時代までしぶとく生き残った、私の成すべきことですから……」
「——けっ! 鬼太郎の奴、本当に行きやがった。わざわざ律儀な野郎だぜ、あいつも……」
同時刻、ゲゲゲの森のゲゲゲハウス前。
その辺の切り株の上にねずみ男が不貞腐れたような態度で寝っ転がっていた。
「まったく金にもならない。いや、そもそも依頼でもない人間の誘いを受けるなんてな……」
彼も、一応は鬼太郎の仲間であり、犬山家の招待を受ける対象に含まれていた。
しかし、彼はその誘いを断った。理由は『面倒で金にもならない』からという、実にねずみ男らしい理由だ。
そしてねずみ男は、てっきり鬼太郎もこの誘いを断ると思っていた。
人間を助ける鬼太郎だが、人間と妖怪との線引きは他の誰よりもしっかりとしていた筈だ。少なくとも、以前の鬼太郎であればこのような誘い、キッパリと断っていただろう。
「……やっぱ、あの子に出会ってからだよな……まなちゃんに出会ってから……あいつは変わっちまった」
犬山まな。
あの人間の少女と関わるようになってから、鬼太郎が徐々に変わりつつあることに——ねずみ男は何か、言葉にできないモヤモヤとした苛立ちを感じていた。
しかし、そのイライラの正体が何なのか。そんな曖昧なことを深く考えるよりも他に、切実な問題を彼は現在進行形で抱えている。
「あ~、くそ! 腹減ってきたぜ!! ここ三日間くらいは、まともな飯にありつけてねぇからな……」
そう、空腹であることだ。
いつもの如く金がないとのことで、ここ数日はまともな飯にありつけていないねずみ男。
どうにかしてこの空きっ腹を解決できないかと思案したところ——ふと、ねずみ男は気づいてしまう。
「あれ? 招待ってことは……飯くらいはご馳走になれたんじゃねぇか? しまった!! 俺としたことが、しくじっちまった!!」
挨拶をしたいと呼び出す以上、もしかしたら夕食くらいは用意しているのではないかと。
招待に応じれば金にはならなくとも、少なくともこの空腹を紛らわすことくらいはできたのではと、今になって後悔する。
「くそっ!! 仕方ない……俺も鬼太郎と合流して——!!」
現金なねずみ男。彼は犬山家の招待に別の意味で利益があると思い直し、慌てて鬼太郎の後を追うことにした。
今からでもご馳走にありつこうと、タダ飯目当てで犬山家の招待に応じようと考えたのだ。
ところが——
「——鬼太郎の奴が……どうしたってぇええ~?」
「あん? 誰だ、おめぇ?」
鬼太郎の名前に反応した何者かが、ねずみ男に声を掛ける。
その相手は——白い襦袢を身に着けた、奇怪な白髪の老人だった。老人は口元をいやらしく歪め、手にしていた槍をねずみ男へと突きつける。
「ひぇっ!? な、なんなんだよ、お前っ!?」
突然武器を向けられ、ビビッて腰が引けるねずみ男。
老人はそんなねずみ男へ、自身の独り言を交えながら語り掛ける。
「寝込みでも襲ってやろうかと思っていたが……どうやら貴様、鬼太郎の知り合いらしいなぁああ~」
「だ、だったら……どうだってんだよ!?」
老人の狙いはどうやら鬼太郎らしい。
ねずみ男が何とか隙を見て逃れようとするも、老人は獲物を付け狙う眼光で決して彼を逃さない。
そう、その老人は——『通り悪魔』と呼ばれる怪異だった。
彼はさらにねずみ男へと迫り、己の邪魔をした鬼太郎への復讐心を成就させるために問い質していく。
「——命が惜しければ吐くがいい。奴の居場所を、そして……その弱みをなぁああ~……くくくっ!」
より一層、その口元を邪悪に歪めながら——。
もっけの怪異紹介
見越し
アニメ第1話「ミコシ」で登場した黒い影。
今作において、鬼太郎に登場する『見上げ入道』とは別の種類ということで設定させてもらいました。しかし見上げ入道……「見上げ入道、見越したり」と、ただ叫ぶだけで二度も退治されるとは……。せめて対策くらい取れよと思った視聴者は、きっと私だけではなかった筈。
目競
アニメ第19話「メクラベ」で登場した人骨。
気さくなコーチ役を買って出たかと思いきや、瑞生の肉体を乗っ取ろうとした恐ろしい怪異。けど、最後はやっぱりあっさりと退いていった。その真意は最後まで不明だったが、案外本当に瑞生を鍛えてやっただけなのかもしれない。
ちなみに『鳥山石燕』にも描かれる歴とした妖怪。
なんと『平家物語』であの平清盛と絡んだことのある怪異とのこと。
三毛さん
檜原家の飼い猫。メス。正確には怪異ではありませんが、一応紹介を。
前書きでも述べましたが、作者が好きなエピソード「イナバヤマ」の主役。その他の回でも、地味にその存在感をアピールする、檜原家の歴とした一員。静流や瑞生にとって特別な存在。
ただ尺と展開の都合上、今回はお留守番ということで出番は省かせてもらいました。
用語解説
沢田家
本シリーズにおいて、犬山まなの母方の親戚筋はすべて沢田姓で統一します。
アニメでは母親の親戚筋が大伯母の淑子しか登場しなかったため、深く掘り下げられることがありませんでしたが。
連載が続けば、いずれは純子の血筋・沢田家の話など、やってみたいと思ってます。
次回で『もっけ編』も完結予定。
今年までには仕上げますので、よろしくお願いします!