ゲゲゲの鬼太郎 クロスオーバー集   作:SAMUSAMU

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だいぶ、お待たせしました。
今回で『もっけ』とのクロスオーバーは最終回。
そして、ゲゲゲの鬼太郎の更新が今年は最後となります。
 
十二月は色々と忙しいため、おそらく執筆に時間がとれないと思いますので。
次回の更新は一月、年が明けてからとなるでしょう。

さて、今回のお話。
もっけとのクロスオーバー以上に、六期の鬼太郎本編の物語にメスを入れていった感じです。
最大の課題は『まなの両親と鬼太郎たちを顔見知る』にすること。
この後の話に原作六期におけるお話——60話『漆黒の冷気 妖怪ぶるぶる』へと繋がることになるかと。

色々と詰め込みすぎてかなり長くなりましたが、途中で切ることはしたくなかったので一話にまとめました。
もしかしたら話の内容が分かりにくくなっているかもしれませんが、その辺は前の二話や、原作アニメの方を思い出しながら読み進めていって下さい。

それでは、どうぞ!



もっけ 其の③

「——へぇ~!? じゃあ、犬山さんはあのゲゲゲの鬼太郎のお友達なんですね」

「——すごい!!」

 

 オベベ沼周辺の田舎道。檜原静流と瑞生の姉妹が感嘆の声を上げる。

 

 ゲゲゲの鬼太郎といえば、一時期動画サイトなどで話題に上がった有名な妖怪だ。

 今世間を騒がせている妖怪ブーム、その火付けとも呼べる『姑獲鳥の赤子誘拐事件』。その事件を解決に導いた立役者として、特にネット世代の若者たちは一度くらいその名を耳にしている。

 静流と瑞生も友人のスマホからその動画を見せてもらったことがあり、その名を記憶していた。 

 

 しかしまさか、その鬼太郎と友達だという人間の少女にこのような形で会えるとは思っていなかったのか。

 瑞生は勿論、少し内気な静流でさえ興奮気味にその少女——犬山まなの話に耳を傾けている。

 

「ま、まあね! 自慢じゃないけど、鬼太郎たちとはもう一年以上の付き合いだし、結構色々なこと知ってるんだから、ふっふっふ!」

 

 一方のまな。彼女も彼女で静流たちの反応が予想以上だった。

 最初は少し抑えるつもりであまり鬼太郎たちのことを深く話すつもりがなかったのだが、気が付けば彼や猫娘。その他の仲間たちについて饒舌に、自慢げに、誇らしげに語るようになった。

 

 どうしてこのような状況になっているのか?

 きっかけは——静流がまなを助けたところ。怪異『見越し』を見事追い払ったことにあった。

 

 

 

 

「——あ、ありがとう、ひ、檜原さん……?」

「静流でいいですよ。こっちは妹の瑞生です。ほら、瑞生?」

「こんにちは、檜原瑞生です!」

 

 犬山まなは間一髪のところを静流に助けられ、それをきっかけに顔を合わせることとなった両者。

 もっとも、何も初対面からすぐに仲良しこよしになれたわけではない。

 

「ええっと……静流さん、今の影……妖怪は……いったい?」

 

 まなは先ほどの黒い影——見越しとやらについて質問をする。

 いきなり襲われただけでも困惑していたのだが、そこをさらに助けられたことでますます彼女の混乱は深まる。

 

 あれはいったいなんで? どうして静流に退治できたのか?

 理解の追いつかない頭の中を整理するためにも、まなは静流に詳細を尋ねていた。

 

「今のは……見越しっていう怪異ですよ。あれは——」

 

 まなの疑問に静流は手短に、分かりやすいように見越しの特徴について要点をまとめて説明する。いきなりその全容を話したところで、おそらく上手く伝わらないだろう。

 まなが怪異や妖怪について素人だろうという、静流なりの気遣いからあまり踏み込んだ話はしなかった。

 

 しかし——

 

「……なんか、見上げ入道に似た感じの奴だな……」

 

 まなは見越しの解説から、以前遭遇したことのある妖怪・見上げ入道のことを思い出す。姿形こそ違うが、見上げ入道も『見越した!』と叫ぶことで退治できる妖怪である。

 すると、その呟きに静流が反応する。

 

「見上げ入道……見越しの別名ですね。一応、両者は似たような存在として同一視されることもありますが……」

「いや~……あれは違うでしょ? とても同じ奴とも思えないし」

 

 見上げ入道と二度に渡って対峙したまなからすれば、先ほどの影とあれが同一のものとは思えない。一応、巨大化したりと似通った特徴こそあれど、見上げ入道の方はしっかりと実体を持っていたし、もっと多彩な能力を行使していた。

 そのことを、まなはそれとなく檜原姉妹に話してみた。

 

「へぇ~、そうなんだ……って、詳しいね、犬山さん!!」

 

 まなの話に瑞生が目を丸くする。

 見上げ入道と見越しの違いにではない。妖怪について、まるで詳細を見てきたかのように語るまなの言葉自体に驚いたのだ。

 

 いかに昨今、妖怪が信じられるようになってきたとはいえ、ここまで詳しい内容はなかなか話題にならない。

 静流たちの友人も、面白おかしく妖怪について話すようになったが、それでも突っ込んだ内容。妖怪の生態や正体、逸話といったことまでは把握していなかった。

 

「ま、まあ……わたしも、妖怪に関しては詳しい方だと思うし……」

 

 もっとも、それは犬山まなのこれまでの経験、鬼太郎たちと共に多くの困難を乗り越えてきた経歴を考えれば当然なこと。

 何しろ彼女は聞きかじった知識だけではない。本物の妖怪・怪異を実際に目撃し、何度も襲われたりしてきたのだ。

 

 まな自身も、妖怪について知ろうとここ一年で多くのことを学んできた。

 最近の妖怪ブームに乗っかるような、知ったかぶった知識を得意げにひけらかすような連中より、たくさんのことを彼女は身をもって知っているのである。

 

「じゃあさ、じゃあさ!! この沼にいた、かわうそって奴とも会ったことあるの!?」

「ちょ、ちょっと! 瑞生……」

 

 まなの詳しいという言葉に期待してか。オべべ沼に住んでいた妖怪・かわうそについて瑞生がすごい勢いで質問する。妹の不躾な問いに、静流が初対面の相手にそれは失礼ではないかと不安を抱いた。

 しかし、まなはまるで気にした風もなく、寧ろ上機嫌に微笑む。

 

 彼女は瑞生の質問に答える形で、自分が知り得た妖怪たちとの思い出を語っていく。

 

「うん、知ってるよ! 去年も蛤船ってやつに乗せてもらったからね! あのときは本当に——」

 

 

 

 

 

 

 

 

「——でね! そのとき、鬼太郎の『指鉄砲!!』が炸裂して、たんたん坊の額を撃ち抜いたんだよ!」

「すごい!! かっこいいね、鬼太郎!!」

「ほんとう……すごいのね、鬼太郎さんって……」

 

 その後、話せば話すほどまなは饒舌になっていき、自身の冒険譚を檜原姉妹へと怒涛の勢いで聞かせていく。

 その勢いに最初は押され気味な姉妹だったが、すぐにまなの話にのめり込んでいき、それらの妖怪話に興味津々に聞き入っていく。

 

「いいな~! 羨ましいな~……わたしも、一度でいいからそんなスリルいっぱいな冒険してみたいな~」

 

 特に瑞生は男の子のように目を輝かせ、自分もそんな派手な活躍をしてみたいなと羨ましがっている。

 

「こらっ! 瑞生ってば……スリルなら今でも十分でしょ」

「そうだよ!! 瑞生ちゃんも、静流さんも。すごい体験してきてるじゃん!!」

 

 まなは自分の話を聞かせる一方で相手方の話——静流や瑞生の怪異に対する体験談に付いても聞かされていた。

 彼女たちの話は、まなと鬼太郎たちのような『派手さ』こそないものの、普通に生きていればまず経験することがないだろう。不思議で恐ろしく、それでいてどこか心が暖かくなるような話がたくさんあった。

 

「……なんだか、不思議な感じ。普段だったらこんな話、誰にも聞かせられないから……」

「わたしもすっごく楽しいよ!! 妖怪の話とか……学校の友達相手だと、やっぱちょっと遠慮しちゃうからね……」

 

 本来であれば、こういった妖怪や怪異が関わる話題。静流たちがそうであるように、まなでさえ学校の親しい友人や家族にもあまりしないようにしている。

 静流たちは祖父から『自分たちの体質のことはあまり言い触らすな』と念を押されているからであり。まなも鬼太郎の『人間と妖怪は交わっちゃいけない』という言葉を本人としては一応守っているつもりだ。

 そのため、彼女たちは妖怪や怪異の話を外ではあまりせず、いつも人と共感できない——『もどかしさ』のようなものを強く感じていた。

 

 そういった意味で両者は似たもの同士。

 檜原姉妹と犬山まな。彼女たちは怪異の話題を詳しく打ち明けられる相手として、互いに強いシンパシーを感じていた。

 

「それでね……その時、猫姉さんが——」

「そうなんですか。猫といえば、うちの三毛さんがいなくなったとき——」

 

 いつになく浮かれた調子で我を忘れ、時間を忘れ。

 これまで経験してきた妖怪や怪異に関して熱心に話し込んでいくこととなる。

 

 

 

 そうして時間が瞬く間に過ぎ去り、気が付けば日も暮れかけていた——そんな時であった。

 

 

 

「——あれ? ああ、ちょっとゴメンね」

 

 おしゃべりの最中、まながスマホの振動を感じ取り一時会話を切り上げる。画面を見れば、それが母親からの連絡だと分かり、すぐにメールの内容を確認する。

 

「なになに……『掃除終わったから、鬼太郎さんたちを連れてきてもいいよ』か……て、あれ、もうそんな時間!?」

 

 その連絡により、まなはようやく時間の経過を実感する。話に夢中になり過ぎてすっかり失念していた、自分が別荘の掃除が終わるまでの時間潰しをしていたことを。

 そして、連絡が来た以上はそろそろ帰らなければならない。檜原姉妹と別れ、こっちに来るであろう鬼太郎たちと合流しなければならないということだ。

 

「あ、その……ごめん、わたし行かないと……」

 

 せっかく気の合う相手と友好を深めていたということもあってか、まな名残惜しげに。

 本当に残念そうに姉妹たちにお別れを告げようとしていた。すると——

 

「あっ、スマホだ!! いいな~、やっぱりわたしも欲しいよ……お姉ちゃんもそう思うでしょ!?」

「そう? わたしは別にガラケーでも十分だけど……」

 

 檜原姉妹の何気ない会話。その内容にまなは抱いた疑問を思わず口にしてしまっていた。

 

「えっ……ちょっと、待って……」

 

 

 

「——まさか……スマホ、持ってないの?」

 

 

 

 檜原姉妹は——そのどちらもスマートフォンを所持していないというのだ。

 姉は未だにガラケー。妹にいたっては、携帯電話そのものを持っていないという。

 

 それはある意味『妖怪に詳しい』発言よりも衝撃的なものだ。

 小学生の頃からスマホに慣れ親しんでいる世代のまなからすれば、このご時世にスマホを持っていない同年代の人間がいること自体が信じられない。

 しかし、檜原姉妹にとってはそこまで深刻な問題ではないらしい。

 

「うん、持ってないよ? 欲しいんだけど、お爺ちゃんが許してくんないんだよね……」

 

 スマホを欲しがっている瑞生ですら『あればいいな』程度の認識らしい。ガラケーを持たせてもらっている静流も特に不満はないらしい。というのも、それにもちゃんとした理由があるとのことで——。

 

「お爺ちゃんが言うには……『今はそういうハイテク?を媒介に取り憑く奴もいる』って知り合いから聞いたらしくてね」

 

 祖父はその辺りは詳しくないらしいが、そういったネット関係に強い同業者から『ネットの闇を介して増大する怪異』がいると警告を受けたらしい。そういった類の怪異を静流たちに近づけさせないよう、孫たちにスマホを持たせないようにしているらしい。

 

「いやいや……そんな、そこまで神経質にならなくても——」

 

 まなはそれが行き過ぎた用心。スマホくらいなら別に構わないのではと安易に口にしようとした。

 だがふと、脳裏にあの言葉が響いてくる。

 

 

『——スーマホ、ばっかり見ていると……いーまに呪いがついてくる~』

 

 

「っ!! ああ……そうだね。確かに必要な用心かもね……」

 

 それは以前、まなが遭遇した——まさにスマホの闇を利用して人間を呪うアプリをばら撒いていた妖怪・くびれ鬼のやり口だ。

 まなは当時の恐怖体験を思い出してか、その身をブルリと震わせる。

 

「えっ、そうなの? スマホに取り憑く妖怪なんているの!?」

 

 まなの反応に興味を持ったのか。瑞生が詳しい話を聞きたがってきた。

 

「……うん、そうだね。知っておいたほうがいいかも。くびれ鬼って言って、あのときは——」

 

 これは知識として話しておいたほうがいいと思ったのか。

 まなは過去の経験を思い出しながら、檜原姉妹にくびれ鬼のことを語る。

 

 母親からの連絡があったことも忘れ、再び話し込んでいくこととなる。

 

 

 

×

 

 

 

「——今日は遠くからご足労いただき、本当にありがとうございました……檜原さん」

 

 ちょうどその頃、犬山家の別荘。

 犬山裕一がホッとした様子で客人に温かいお茶を淹れ直していた。

 

「どうも……」

 

 客人。そう、檜原家の拝み屋——檜原姉妹の祖父である。

 彼は一仕事。というか、一つの長い話を語り終えた後ということもあり、振る舞われたお茶を遠慮なくいただいて喉の渇きを潤していく。

  

「わしの方こそ。ようやく肩の荷が降りた気分ですよ……」

 

 彼が犬山夫妻に語った話の内容。

 それは彼が拝み屋として、ここ十年以上ずっと胸の奥にしまい込んでいたものだった。

 犬山家の……いや、沢田家から続く宿命とも呼べるそれは、彼がとある『縁』によって引き継いできたもの。

 

 本来であれば彼ではなく、別の人物が語るべき話だったのだが——残念ながらその人物は当の昔に亡くなっている。彼はその亡くなった『彼女』の代わりに、犬山夫妻にその話をしにきたのだ。

 

 

 名無しと呼ばれた怪異が生まれた経緯、そしてその事の顛末を——。

 全ての宿命が、大人たちのあずかり知らぬところで既に終わっていたという事実を——。

 

 

「さてと……では、わしはそろそろ失礼しますか」

「も、もう行かれるんですか? もう少しゆっくりしていっても……」

 

 そしてその要件が済んだということもあり、そろそろお暇しようと老人が席を立つ。裕一が呼び止めるも、老人は長居するつもりがないことをはっきりと明言していた。

 

「孫たちを待たせていますので、わしはこれで……」

 

 彼の孫である檜原姉妹。彼女たちも犬山まな同様、その生まれにより怪異に関わる運命を背負わされた血筋だ。彼女たちの躾に厳しい祖父でも、やはり孫たちのことは心配らしい。

 彼はすぐにでも孫たちの元へと戻ろうとしていた——

 

「あなた……」

「純子さん? どうかしたのかい」

 

 だがそこへ少し席を外していた犬山純子が顔を出す。

 彼女は自身のスマホを握り締めながら、夫である裕一に不安げな顔を見せる。

 

「まなにそろそろ戻ってくるようにメールしたんだけど、返信がないのよ……」

「なんだって?」

「…………」

 

 これには裕一は勿論、帰ろうとしていた檜原の祖父も足を止める。

 

「う~ん……鬼太郎さんたちとまだ合流してないだけじゃないかな?」

 

 少し考えてから裕一がそのように返す。

 今回のもう一人の客人・ゲゲゲの鬼太郎とまだ連絡が取れていないのであれば、それも仕方ないだろうと。

 

「そうね……そうなんだけど、ちょっと心配で…………やっぱり電話してみようかしら」

 

 いつもより過保護になっている純子。彼女は娘と直接連絡を取ろうと電話を掛ける。

 しかしどういうわけか繋がらない。純子の顔はますます曇る一方だった。

  

「……出ない。おかしいわね……」

「わしが捜して来ましょう」

 

 すると、この事態に檜原の老人が犬山まなを捜してこようと重い腰を上げた。

 

「いえいえ!! 檜原さんのお手を煩わせるわけには!!」

「そ、そうです!! 私たちで迎えに行きますから!!」

 

 これにびっくりした裕一と純子が慌てて彼を引き止める。

 客人であり、自分たちに『重要』なことを話してくれた老人にこれ以上面倒をかけるわけにはいかないと。外に出て行こうとする彼を追いかける形で夫婦もその後を付いていく。

 

「では、皆で迎えに行きましょう。見越し……低級ながらも怪異が彷徨いているという話ですから、別れて捜すのは危ないですよ」

 

 檜原の祖父は見越しが彷徨いているという話を考慮し、犬山夫婦と一緒にまなを捜しに行くことを提案する。

 

「場合によっては……娘さんにもわしの方から直接『例の話』をすることになるかもしれません。それに——」

 

 彼としても犬山まなと直接顔を合わせ、名無しに関する話をするのもやぶさかではない。

 今回は夫妻の希望ということで二人だけに語った内容だが、当の本人であるまなだって知っておいていい話だろう。

 

 それに——

 

「鬼太郎の面も……久しぶりに拝んでおきたいですしね……」

 

 今回、犬山家が呼んだという客人・ゲゲゲの鬼太郎。

 彼とも顔を合わしておきたいと、極めて個人的な呟きを漏らしていた。

 

 

 

 

「——そう、そう……分かった。もうすぐ着くから待っててちょうだい、まな」

『うん、分かった。待ってるね、猫姉さん!』

 

 同時刻。待ち合わせ場所であるオベベ沼へと向かいながら、猫娘はまなとの通話を打ち切っていた。

 純子の電話にまなが出なかったのは——猫娘と通話中だったからだ。まなはもうすぐ鬼太郎たちに会えると、テンションが高くなっており、キャッチ音にも気が付かなかったのである。

 

「それにしても……すっかり遅くなっちゃったわね。日も暮れて来たわ……」

「うむ、仕方がないことじゃが……少し待たせすぎてしまったかのう?」

 

 猫娘が空を見上げると、既に夕日が隠れ始めている。

 待ち合わせ時間を決めていたわけではないが、少し遅くなってしまったことを目玉おやじが心配そうに話す。

 

「ですが父さん。あの様子であれば一反木綿たちは大丈夫でしょう。これで安心して、まなのご両親に挨拶ができますね」

 

 だが、その遅刻も仕方がないことだったと鬼太郎は正論を呟く。

 

 鬼太郎たちがここまで遅れた理由は彼らの用事。先日の依頼の経過を見るためでもあった。

 先日、依頼主である人間の母娘を『通り悪魔』という妖怪から守った鬼太郎たち。その通り悪魔が再び現れ、彼女たちに危害を加えてこないかどうかを確認しに行っていたのだ。

 そして、依頼人の護衛として残っていた一反木綿とぬりかべの話によれば、通り悪魔が再び襲ってくる予兆もなく、彼らの周囲は平穏無事に済んでいるという。

 

「ふむ、そうじゃな……このまま奴も大人しくなれば御の字なんじゃがのう……」

 

 目玉おやじは通り悪魔がこのまま山奥にでも引っ込んでもらうことを期待する。

 

 ところが——

 

「——ふん!! 何が大人しくなればだ!! 何故俺たち妖怪が、人間どもの都合に合わせなきゃならんのだ! まったくもって忌々しい!!」

 

 その意見に対し、真っ向から反対意見を述べるものが鬼太郎たちの隣を歩いていた。

 

 それは昨日からゲゲゲの森に滞在していた小さな同胞——編笠を被った妖怪・鎌鼬である

 

 何故か今日一日中、鬼太郎たちの後を許可もなくついて来た彼がその行動、言動にいちいち文句を垂れているのだ。

 

「……ねぇ、アンタらどこまで付いてくるつもりよ。とっとと帰ってくれないかしら?」

 

 猫娘は鎌鼬を迷惑そうな視線で見下ろし、早く帰ってくれないかと再三にわたって愚痴る。実際、事あるごとにこちらへと反抗的な言動を挟んでくる彼の存在は割とウザったい。

 しかし、鎌鼬の方にまだ帰る意思はなかった。

 

「ふん! お前らがこれから会おうとしている人間の小娘……どんな奴か面でも拝んでやろうと思ってな!」

 

 自身の目的が鬼太郎たちの友人、犬山まなにあることを話し、自らの腕を鎌へと変化させながら血気盛んに叫ぶ。

 

「もしもつまらん奴なら、その場でこの鎌の錆にしてやる!!」

 

 鎌鼬の御業。

 つむじ風と共に現れては、人も物も気づかれぬうちに切り裂いてしまうと言われるその業でまなに危害を加えてやろうと豪語しているのだ。

 

「鎌鼬——そんなことすれば、ボクたちだって黙っては……」

 

 これに鬼太郎が厳しい顔をする。

 もしも、この鎌鼬がまなにそんなことをするのであれば、さすがに鬼太郎も動かざるを得ない。

 場合によっては鎌鼬と戦わなければならないと、あらかじめ彼に警告を入れようとする。

 

「——まあまあ、鬼太郎さん。そう怖い顔しないでくだせぇな~」

 

 だが鬼太郎が何かを言う前にもう一匹のイタチ。子分の方の鎌鼬がのんびりとした口調で話しかける。

 

「大丈夫でさぁ。兄貴は喧嘩っ早いお人ですが、いきなり理由もなく人間に危害を加えるようなお人じゃありませんて」

「……そうなのか?」

「ええ、きっと兄貴なりに気になるんでしょう。鬼太郎さんと仲良くしてるっていう女の子が……あっしにだって思うところはありますから」

「黙れ!! 別にそんなんじゃないわ!!」

 

 子分の言葉をムキになって否定する鎌鼬だが、その態度がまさに子分の言葉を肯定していた。

 彼ら鎌鼬も——以前に人間の女の子と関わりを持っていたという話だし、確かに気になるのだろう。

 

「……その女の子って、どんな子だったわけ?」

 

 これに興味を抱いた猫娘。彼女も鎌鼬たちが人間の女の子と仲良くしていたという話は知っていたが、それ以上の詳しい内容はまだ聞かされていない。

 目的地のオベベ沼でまだ少し距離もあるため、道すがらにでも聞いておこうとその話題を振る。

 

「そうですね……とにかく元気な子でしたよ」

 

 子分の鎌鼬が猫娘の質問に答え、女の子のことを語ってくれた。

 昔を懐かしむ彼の口調は自然と優しいものになっている。

 

「お姉さんがいるみたいで、その方からあっしら鎌鼬のこと色々と聞かされていたみたいで……」

「へぇ~、姉妹だったの……いくつくらいの子たち?」

「ええ……と、人間の歳はよく分かりませんけど……多分、小学生? 中学生っていうんですか? そのくらいの歳で……名前は——」

 

 その女の子たちの歳や名前といった情報を鎌鼬は話していく。

 

 その話を聞きながら目的地へと向かう一行。

 その先にこそ、『彼女』たちが待っていると露知らずに——

 

 

 

×

 

 

 

「——瑞生、そろそろ戻らないと。犬山さんも、ご両親のメール……ほっといてもいいの?」

 

 まなが猫娘と連絡を取ってから、さらに話し込むこと数十分。

 さすがにそろそろ戻らなけらばならないと、話に夢中になっている瑞生とまなにやんわりと帰宅を促す静流。

 

 もはや夕日は完全に沈みかけており、辺り一帯が暗くなり始めていた。一応、民家の明かりなどが申し訳ない程度に周囲を照らしているが、それも本当にごく僅かな光源。

 こんな山奥では街頭の明かりなどもない。日が完全に姿を隠せば後は闇が広がるだけ。

 そんな場所を女子だけでいるなど、不用心以外の何者でもない。

 

「そ、そうだね……確かにこれ以上は不味いよね……やばっ! お母さんに怒られる!」

 

 ハッと、我に返ったまなもその事実に遅れて気づく。

 母親のメールに返事をしていないことも思い出し、慌てた様子で連絡を取り始める。

 

「もしもし、お母さん!? ごめん!! さっき猫姉さんから連絡が——」

「……ねぇ、お姉ちゃん」

 

 まながそうして親と連絡を取っている横で、瑞生が静流に声を掛けた。

 

「お爺ちゃん遅いね。まだ戻ってこないのかな?」

「確かに……まだお仕事が終わらないのかしら?」

 

 拝み屋として、依頼主の元へと行ったきりなかなか帰ってこない彼女たちの祖父。あの祖父ならば何も心配することはないと思いつつ、やはり身内として不安はある。

 

「まあ、けど大丈夫よ。さっ、私たちもそろそろ帰りましょう」

 

 しかし姉として、静流は妹に心配をかけないようにその不安をおくびにも出さない。どの道どこに行ったか、依頼主がどんな人かも分からない以上、自分たちにできることなどないのだ。

 

「それじゃ犬山さん。私たちはこれで……」

「え? ああ! うん、じゃあ……えっ、お母さんたちも、今外にいるの!?」

 

 静流はまなに別れの挨拶を告げ、そのままお世話になる老夫婦の家に帰ることにした。電話中ということもあり、まなも仕方なく軽い会釈だけで別れの挨拶を済ませる。

 あれだけ親しく話していたにも関わらず、ちょっと寂しい別れ際であった。

 

 しかし——

 

「あっ!! お爺ちゃんだ!! おーい、お爺ちゃん……って、あれ? 誰だろう……」

「誰かと一緒ね……依頼人の人かな?」

 

 帰宅しようとしたその矢先、東側の道から祖父がやってくる。

 暗くて距離があるため分かりにくいが、誰か知らない人を一緒に連れ立っている。見たところ夫婦らしき男女のようだが。

 

 

 

「——あっ、猫姉さん!? 鬼太郎も!!」

 

 そして反対側。犬山まなからも、西側の方からやってくる鬼太郎と猫娘の姿が見えていた。

 

「まなっ!!」

「済まない、少し用事があって遅れた」

 

 猫娘はまなに向かって手を振り、鬼太郎が遅れてしまったことを謝りながら彼女の元へと歩み寄っていく。

 

「ふん、あれが貴様らの……ん?」

「あれ? 兄貴、あっちの子たち、気のせいか見覚えが……」

「…………?」

 

 そこでまなは首を傾げた。鬼太郎たちの他に見覚えのない妖怪たちがいるではないか。

 イタチらしき妖怪が二匹。気のせいかまなの背後にいる檜原姉妹に目を向け、驚いているように見える。

 

 そして——

 

「ねぇ、鬼太郎、猫姉さん……」

 

 まなはさらに——

 

 

「——そっちの白髪のお爺さん……誰?」

 

 

 

 鬼太郎たちの背後に忍び寄っていた——『白い襦袢』を纏った奇怪な老人を指差していた。

 

 

 

「——っ! 父さん、猫娘!!」

 

 まなの指摘を受けた瞬間、鬼太郎の頭頂部の毛が一本勢いよく逆立つ。

 彼の妖怪アンテナか敵意ある『外敵』の存在を探知したのだ。

 

 しかし、気づいて仲間に呼びかけた時には既に時遅く。

 その外敵は——鬼太郎の隙を突いて行動を起こしていた。

 

「——ひゃははははは!! 馬鹿め、油断しおったなぁああ~、鬼太郎ぉおお~!!」

「なっ!? と、通り悪魔、いつの間に!!」

 

 目玉おやじがその老人——怪異・通り悪魔の存在に目を見開く。 

 先ほど鬼太郎たちが警戒の対象として話題に上げていた相手だ。てっきり逃げ出していたと思っていた奴が、まさか自分たちの背後を付けていたとは。

 

「ふははっ!! 貴様に復讐する機会を狙っていたのよぉおお~! その娘が……貴様の弱みだなぁああ~!?」

「えっ!?」

 

 通り悪魔は鬼太郎たちを無視し、一直線に人間の少女——まなに向かって飛び掛かっていく。

 彼は復讐のため、鬼太郎が仲良くしているという人間がいることをねずみ男を脅して聞き出していた。そして彼の後をつけ、その人間の娘を利用して仕返してやろうと虎視眈々と付け狙っていたのだ。

 

 自らの能力——人間に憑依する力を用いて。

 

 通り悪魔は人に『取り憑く』ことでその人間を悪事へと唆す。

 今この瞬間、彼はまなに取り憑き、その肉体を自由自在に行使して鬼太郎たちを苦しめてやろうと企むのであった。

 

 だが——ここで思わぬ誤算が生じる。

 

「ははははっ——ん、な、なんだ!?」

 

 通り悪魔は確かにまなに取り憑こうとした。

 しかし、その場にまな以上に『怪異に憑依されやすい人間』がいたことにより、その人間の元へと自然と吸い寄せられてしまう。

 その少女の『憑依体質』が避雷針の役目を果たし、通り悪魔も意図しない形でそちらの少女へと取り憑いてしまったのだ。

 

「へっ……!?」

 

 そう、檜原の妹——檜原瑞生の元へと。

 

「なっ、瑞生!?」

「瑞生ちゃん!?」

 

 静流とまなが瑞生の名を呼び掛けながら駆け寄るも、既に手遅れ。

 ビクンと、瑞生の体が震えたかと思いきや、彼女は目の色を変えて忌々しげに吐き捨て——そのまま犬山まなに襲い掛かった。

 

『——……ちっ、しくじったか……まあいい……それならそれで!!』

「み、瑞生ちゃん……うぐっ!?」

「犬山さん!? こ、こら、瑞生!! 犬山さんから手を離しなさい!!」

 

 瑞生は自らの意思とは関係なく犬山まなの首を片手で掴み上げ、そのまま締め上げた。

 まなと静流がその手を引き剥がそうと試みるも、少女の細腕とは思えぬ力強さにビクともしない。

 まなはさらに苦悶の表情を浮かべていき、静流も怪異に取り憑かれてしまった妹の行為にその表情を曇らせていく。

 

「っ!!」

「まなっ!?」

「まなちゃん!?」

 

 まなの危機に鬼太郎や猫娘、目玉おやじが即座に動こうとした。

 すぐさま通り悪魔をあの少女から引き剥がし、まなを助けなければと——しかし。

 

『動くなっ!! 下手に動けば……この娘の命はないぞ!』

 

 瑞生の口を借りて通り悪魔が叫ぶ。それにより、鬼太郎たちの動きは止まってしまう。

 下手に動けば犬山まなの命が危ないと、危機感を察知したからだ。

 

『他の連中もだ!! いいか、絶対に動くんじゃない!!』

 

 通り悪魔はさらに周囲に向かって叫び、鬼太郎たち以外の面子に対しても警告を促していく。

 

 

「ま、まなっ!?」

「ひ、檜原さん……こ、これはいったい!?」

「…………」

 

 犬山夫妻が愛娘の窮地に悲鳴を上げる。

 檜原の祖父がある程度の状況を察し、様子を伺うように沈黙する。

 

 

「あ、兄貴~!!」

「動くな! 今はじっとしとれ……」

 

 二匹の鎌鼬も場の空気を読み取り、じっとしている。

 

 

 警告が伝わり、周囲のものたちが動かなくなったところで通り悪魔が乗っ取った瑞生の肉体を動かしながら舌打ちする。

 

『くそっ……いったいなんなんだ、この小娘は!? ……こんなに取り憑きやすい肉体は初めてだぞ!?』

 

 まなに取り憑こうとした自身の意思とは関係なく、まるで吸い寄せられるようにこちらの少女へと取り憑いてしまった。憑依した後も予想以上に馴染むその体に、喜びよりもむしろ戸惑いを感じている。

 

『だが……ふっ、これはこれで悪くない! このまま奴への復讐を果たしてやる!! 来い、小娘!!』

「い、痛っ!? 離して、瑞生ちゃん!!」

 

 しかし困惑もそこそこに、通り悪魔は瑞生の体でまなの髪を乱暴に掴み上げ、そのままどこかへと連れて行こうとしていた。

 当初の予定とは違う形で鬼太郎への復讐を果たすため、まなを使って何かしようと企んでいる。

 

「まなっ!? くっ!!」

 

 鬼太郎がその蛮行を阻止しようと試みるも、彼の立ち位置からでは下手に動けない。

 猫娘も、檜原の祖父も、鎌鼬もだ。

  

 人質のせいで実力あるものたちは誰もが足踏みするしかない。そんな中——

 

「——瑞生!! しっかりしなさい!!」

 

 誰よりもまなと瑞生の側にいた静流が体を乗っ取られた妹に向かって必死に呼び掛けていた。

 

 

「——心を落ち着かせるの! 通り悪魔に対処するにはそれしかないわ! 落ち着いて……瑞生!!」

 

 

 

×

 

 

 

 通り悪魔は人心を惑わし、人々を悪事へと駆り立てる。

 それに対抗するためには——心を落ち着かせ、通り悪魔の誘惑に打ち勝つ必要があると云われている。

 

 過去の伝承や記録にも『心を鎮め、経を唱えることで通り悪魔が去っていった』などといった記述がある。

 静流はその記録を読んだことがあり、この土壇場においてもそれを思い出して妹に助言することができた。だが——

 

 ——え、ええっ!? ……こ、心を落ち着かせるって……ど、どうやるのよ、お姉ちゃん!?

 

 通り悪魔に憑依された当の本人である瑞生。途切れかける意識の中で姉のアドバイスこそ聞こえていたものの、それを即座に実行することが彼女にはできなかった。

 未だ小学生の彼女にそれを実行しろという方が無茶であり、姉の助言は不発に終わってしまう。

 

『ふははは、馬鹿な女っ!! こんなちんちくりんなガキに、そんな芸当できるわけもなかろうがぁああ~!!』

 

 それは通り悪魔も承知済み。

 彼は瑞生の体を思いのまま動かし、余計なことを喋る静流の首を締めて黙らせる。

 

『黙っておればいいものを、まずは貴様から始末してやるぞ……女っ!!』

「くっ……み、瑞生!」

 

 苦しみに悶える静流。それでも彼女は必死に妹へと呼び掛ける。

 

 

『——死ねぇええ~!! 小娘!!』

 

 

 そんな彼女の想いを嘲笑うかのように、通り悪魔は妹の肉体を使って実の姉をその手に掛けさせようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ——……しぬ?

 

 ——…………お姉ちゃんが……死んじゃう?

 

 

 意識が消えかけていた瑞生だったが、彼女は通り悪魔の何気なく放った『死』という単語にふと、考える。

 

 

 ——死んだら……どうなるだっけ?

 

 ——……死んだ人とは…………もう、会えなくなっちゃう?

 

 ——……おばあちゃん、みたいに?

 

 

 瑞生は去年、大好きな祖母を亡くしている。

 そのときに彼女は初めて身内の『死』というものに触れた。  

 

 あのとき感じた喪失、心にポッカリと穴が空いたようなどうしようもない感覚。

 それを、もう一度味わえと言っているのだ。 

 

 この通り悪魔とかいうふざけた怪異は!!

 しかもそれを、大好きな姉でっ!!

 

 

 ——っ!! ふざけんな!!

 

 

 それを理解することで、瑞生の意識が怒りと共に沸騰するかのように一気に沸き立つ。

 それは心を落ち着かせるのとは真逆。感情の赴くまま、激情に身を任せる行為であった。

 

 だが——ある意味で、それは怪異に対して効果を発揮する。

 

 

 ——離れろ……

 

 

『あん? なんだ、このガキ? 抵抗するつもりかぁああ~!? 馬鹿め、貴様のような小娘がこの儂に……』

 

 瑞生は心の中で叫ぶ。自分に取り憑いているこの小癪な怪異に向かって。

 通り悪魔はそんな瑞生の叫びを戯言として聞き流そうとしていた。

 

 

 だが、次の瞬間——

 

 

「お姉ちゃんから手を……触んなって——言ってるだろ、このくそジジイ!!!!!!」 

『————っ!!!!!!?』

 

 乗っ取った筈の瑞生の口から、吠えるような叫び声が響き渡る。

 その絶叫、迫力、眼力。怪異である通り悪魔ですら、虚を突かれ——ビビるほどのもの勢いであった。

 

『——憑かれても、それに負けない精神力を持て』

 

 以前に『目競』という怪異が瑞生に指導したときの言葉だ。

 瑞生の胆力、精神力が。一時的にとはいえ通り悪魔の意思を挫き、怪異である彼を跳ね除けたのだ。

 

 

 結果、通り悪魔の意識は瑞生へと剥がれ落ちていき——その本体が外へと弾き出されていく。

 

 

 

 

「——ば、馬鹿なぁああ~!? この儂が……人間の小娘なぞにぃいい~!?」

「なっ! と、通り悪魔!? チ、チャンスじゃぞ、鬼太郎!!」

 

 瑞生の体から弾き出された通り悪魔、その本体である老体が無防備に曝け出されていた。

 その隙を見逃さぬようにと、目玉おやじが息子へと呼び掛ける。今ならば、さらに別の誰かへと憑依する前に通り悪魔を打ち倒すことができる。

 

「はい、父さん!! 指鉄——」

 

 鬼太郎もこの好機を逃さず、通り悪魔を征伐しようと指鉄砲を構えた。

 これ以上、通り悪魔を野放しにしておくことはできないと、彼も覚悟を決めたようだ。

 

 だが、そんな鬼太郎よりも早く——

 

 

「——退けい!!」

 

 

 一匹のイタチが、風とともに躍り出る。

 

 

 

 

「——えっ!? い、イタチ……?」

 

 そのイタチを檜原瑞生は知っていた。

 その声に聞き覚えがあった。その釣り上がった目つきが特徴の一匹のイタチを彼女は覚えていた。

 

 本来、見鬼の才能がない彼女に怪異は見えない筈。しかし、一瞬。ほんの一瞬だが、そのイタチの姿を過去にも目撃したことがあった。

 あのときもこんなふうに自分を助けてくれた。あのときは必死だったこともあり、記憶は朧げだった。

 

 しかし、今度ははっきりと見えた。

 しかとその目に焼き付けた。

 

 

 鎌鼬の鎌の御業が、悪しき妖怪を真っ二つに切り裂くその光景を——。

 

 

「な、なんだとぉおお~!? そんな馬鹿なぁあああああああああああ!!」

 

 切り裂かれた通り悪魔が、断末魔の叫び声とともに魂だけの存在へと成り果てていく。

 しかしそちらに同情はしない。自分を使って姉に酷いことをしようとしたのだ。因果応報である。

 

 それよりも、瑞生はまたも自分を助けてくれた鎌鼬へとその意識を向ける。

 

「イタチ……あんた、イタチだよね!!」

「…………」

 

 瑞生はそのイタチが過去、自分と交流を持っていた鎌鼬だと確信して声を上げる。

 鎌鼬は無言を貫いているが、少女の言葉を否定はしなかった。

 

 刹那の間、瑞生もイタチも沈黙を貫いたままで視線を交差させていたが——ふいに、鎌鼬が口元に笑みを浮かべて呟いた。

 

「……少しはマシになったようだな……あの甘ったれたガキが、よくぞ成長したもんだ」

「えっ……?」

 

 イタチの口から飛び出たまさかの褒め言葉に瑞生は目を丸くする。

 自分を小娘と、甘ったれた人間と怒鳴り散らしていた日々が嘘のように。イタチは瑞生を一人の人間として認め、通り悪魔を自力で跳ね除けたその胆力を称賛していた。

 

「イタチ……」

 

 その褒め言葉にじんと感じ入るものが込み上げ、思わず瑞生はイタチへと手を伸ばす。

 しかし、イタチがその手を取ることはなく。彼はそっぽを向き、一陣の風と共に飛び去ってしまう。

 

 去り際、鎌鼬は別れの挨拶だけはキチンと済ませていく。

 

「——じゃあな、瑞生」

「っ! わ、わたしの名前……」

 

 瑞生の記憶にある限りで、イタチが自分の名前を読んだことなど一度もなかった。

 所詮は人間の小娘でしかない自分など、怪異であるイタチが名前で呼ぶ義理などないのだろうと、そう思っていた。

 

 しかし、イタチはちゃんと自分の名前を覚えてくれており——そして、呼んでくれた。

 たとえそれが今生の別れ、最後の挨拶になろうとも瑞生にはそれが嬉しく思えた。

 

 

 鎌鼬の去り際の風が、心地よく少女の髪を撫でる。

 

 

 

×

 

 

 

「兄貴!! 待ってくれだぁ~」

 

 通り悪魔を問答無用で切り裂いた鎌鼬が風に乗って何処ぞへと立ち去り、それを弟分のイタチも風と共に追いかけていく。二匹の鎌鼬が、もう用は済んだとばかりにその場から遠のいていった。

 

「あ、あいつら、何がしたかったのよ……あっ、そ、そんなことより、まなっ!!」

 

 猫娘はイタチたちの行動がいまいち読めなかった。

 それは先ほど通り悪魔に肉体を乗っ取られていた少女が、例の鎌鼬にとって顔見知りの姉妹だったと、その事情を察せなかったからだろう。

 とりあえず、猫娘は被害にあったまなの元へと急いで駆け寄っていく。

 

「まな……大丈夫!?」

「ご、ごほっ……う、うん、わたしは大丈夫……静流さん、瑞生ちゃんは!?」

 

 まなは咳き込んでいたが、とりあえず命に別状はないらしい。自分のことなどお構いなしに、すぐに静流と瑞生の無事を確認する。

 

「え、ええ、私は平気……瑞生も、もう大丈夫よね?」 

「う、うん。……二人とも、ごめんなさい……」

 

 静流も大きな怪我はなかった。瑞生も通り悪魔に憑依された後遺症などはない様子だが、迷惑を掛けたことを申し訳なさそうに謝る。

 自分の体質のせいで二人に危害を加えてしまったことを気に病んでいるのだろう。

 

「何言ってるの、今のは不可抗力よ!」

「そ、そうだよ! 瑞生ちゃんは何も悪くないじゃない!!」

 

 しかし今回の件、どう考えても瑞生に非はない。

 あんな、まさに通り魔的な怪異の到来、いったいどのように予想しろというのか。

 

「けど……」

 

 それでも一時とはいえ、肉体を操られて姉とまなに暴力を働いてしまったことに瑞生は罪悪感を抱き、しょんぼりと項垂れていた。

 

「——瑞生」

「っ! お、お爺ちゃん……」

 

 すると、そこへ檜原姉妹の祖父が声を掛ける。

 瑞生は厳しい祖父の視線に叱責覚悟で身を縮める。だが——

 

「よく追っ払った。おめぇにしては上出来だ」

「へっ……お、怒らないの?」

 

 祖父は今回の瑞生の活躍を素直に認め、そっとその頭を優しく撫でてくれた。

 

「静流、おめぇもだ。よく通り悪魔の対処方法を覚えてた」

「え、あ……う、うん」

 

 さらに姉の静流にもそのような褒め言葉を送る。実際には不発に終わったものの、通り悪魔への対処方法は静流の指摘した通り、心を鎮めるのが正解だ。

 

 怪異に対して自分たちだけで立ち向かえたことを、祖父はしっかりと見てくれていたのだ。

 静流も瑞生も、そんな祖父からの称賛に笑顔を浮かべる。

 

「——まなっ!! 大丈夫だったの!?」

「——怪我はないか!! まなっ!?」

「お、お母さん、お父さんも!?」

 

 一方で、まなの方にも純子と裕一が駆け寄っていく。

 何が起きたかなど、いまいち把握しきれていない犬山夫妻だったが、とにかく娘が無事だったことを安堵する。

 

「あれ? お爺ちゃんの依頼人って……犬山さんの御両親だったの!!」

「ああ、まあな……」

 

 そこで静流が勘付く。祖父と一緒にここへ来た犬山夫妻が今回の依頼人であったこと。

 

「? 依頼って……檜原さんのお爺さんって、拝み屋だよね。お母さん……いったい、何をお願いしてたの?」

「……拝み屋?」

 

 まなは姉妹から祖父の話を聞いていたが、それが自分の両親と会っていたことは初耳である。

 拝み屋である彼に両親が何の用事だったのかと。まなと、そして妖怪である猫娘は疑問符を浮かべた。

 

「そ、それは……」

「…………」

 

 まなの疑問に彼女の両親は言いにくそうに口を噤んでいた。いきなりのことで、何処から話を切り出すべきかと迷っているのだ。

 

「構いませんよ、犬山さん。わしから話しましょう」

 

 すると困っている犬山夫妻に代わり、檜原の老人が口を開く。拝み屋として先ほど夫妻にも話した今回の依頼内容。

 

 

 即ち『名無し』の件について、当人であるまなに語りかけていく。

 

 

 

 

 

 名無し。

 犬山まなが鬼太郎と共に立ち向かい、そして成仏させた水子の霊。

 まなは事件の当事者として名無しの誕生からその結末までを知る身だが、実のところ彼女にも知らない事柄がそこには秘められていた。

 

 例えば——名無しを成仏させるため、まなに『真の名と名付けた』曾祖母のこと。

 

 彼女は拝み屋として、一族に関わるものとして名無しの存在を予期し、様々な手を打ってきた。

 残念ながら、その結末まで見届けることができず、心半ばにして寿命を迎えてしまったが——彼女はその役目を自身と関わりの深い同業者に託していた。

 

「君のひいおばあさんは……わしにとって師匠筋に当たる人だ。あの人はわしに名無しにまつわるその後を託して……この世を去った」

「えっ……貴方が、ひいおばあさんの!?」

 

 その託した相手こそが、檜原の祖父——目の前にいる老人だったのだ。

 まなはその事実に呆気に取られているが、老人は続きを語っていく。

 

「わしらは奴の存在を認知していた。だが……わしらに奴を成仏させることはできんかった。名を付けられていない奴は……その言葉通り『名も無い存在』。存在しないものに、わしらは決して手を出すことができんかったのだ……」

 

 多くの怪異に対処してきた、拝み屋として本物の実力を持つ檜原の老人。

 だがそんな彼にですら、名無しは全くもって対処不可能な存在だったのだ。

 

「奴を成仏させるには……その宿命を帯びた人間でなくてはならんかった。その資格を持つ人間としてあの人は……わしらは君に『真の名』を付けさせた……」

「……」

 

 それはまなも既に知っていた事実だが、その名付けられた経緯を直に知る本人から知らされるとまた違った重みを感じさせられる。

 本当に——自分は名無しの器としてなるべくしてなったのだと、思い知らされる。

 

「だが……そのせいで君には辛い思いをさせてしまった。わしらは何も知らない君を……言うなれば『人柱』にしてしまったのだ。本当に……済まなかった」

「お、お爺ちゃん!?」

「お爺ちゃんが……頭下げてる」

 

 檜原の祖父が深々と頭を下げ、まなに謝罪していた。 

 その光景に孫たちがびっくりしているようだが、それだけ祖父はまなに酷いことをしていたという罪悪感をずっと胸に秘めてきた。

 

 まだ名前すら付けられていなかった赤子に、全てを背負わせるベき名前を付けた。

 それにより、まなは名無しを成仏させる『資格』を有したと同時に、名無しの『器』として狙われるようになったのだ。

 

 見方によっては人生そのものを曲げられた。

 そう思われても仕方がない事実である。

 

「まな、檜原さんを責めないで上げて。全ては……私の血筋から始まったことなんだから……」

 

 そこへ、純子が話に入ってきた。

 彼女は実の娘に老人を恨むことのないよう、全ての責任が自分の血筋にこそあると苦しい表情で告げる。

 

 

 純子も、そして裕一も。

 名無しの件については檜原の老人から聞かされ、全ての事情を理解していた。

 というよりも、実のところ曾祖母——彼女が亡くなった際の葬儀の日。十年以上も昔に、檜原からそれとなく知らされていたのだ。

 

 真の名と付けさせた理由。

 それに伴い——いつかまなの周囲に『名無し』と呼ばれる怪異が姿を現すであろうことを。

 

 しかし、当時の純子たちはその話を信じなかった。

 妖怪たちが今のように活発に活動していなかった頃だ。檜原の老人の警告も、眉唾なオカルト話として聞き流していたとのこと。

 今日、改めて聞かされたことで——犬山夫妻は名無しのせいで娘が散々な目に遭ってきたことをようやく知ったのである。

 

 

「私たちがその話を信じていなかったせいで、檜原さんは名無しの到来に気付くのが遅れて……手を打つことができなかったのよ。私たちが……私が全部悪いのよ……だから!!」

「そ、そうなんだ……お母さんたちも、知っていたことなんだ……」

 

 名無しのこと、両親も知らされていた事実にまなは衝撃を受けたのか。暫し何かを感じ入るように目を閉じる。けれども、それらの事実に表情を曇らせることはない。

 まなは真っ直ぐな瞳で実の両親を、檜原の老人を見つめて自らの気持ちを吐露していく。

 

「顔を上げて下さい、お爺さん。わたし……別に誰も恨んでませんから」

 

 真名と名付けられたことで、確かにまなの運命力は変わったかも知れない。器などにされていなければ、彼女は普通の人間として、怪異に関わらない平穏な一生を送れたかもしれない。

 

 けれどその場合。

 彼女は妖怪などとも無縁——そう、鬼太郎たちとも出会わない、そんな人生を送っていたかもしれないのだ。

 

 それはきっと寂しいことだったと。今ならばはっきりと断言することができる。

 

「わたしは今の自分の名前、とても気に入ってるんです。ひいおばあさんがこの名前を付けてくれたことで……この宿命のおかげで、わたしは鬼太郎や猫姉さん……妖怪の皆と出逢えて友達になれたと思えるから」

「まな……」

 

 その言葉に猫娘がまなを見つめる。

 

「それに名無しにだって、あの子に出逢えたことも……結果的には良かったと思えるから……」

 

 それと名無しのことも。

 まなが器としての資格を有していなければ、かの者は永遠にこの世を彷徨っていたかもしれないのだ。

 彼の生い立ちを知った今ならば、彼を成仏させることができて本当に良かったと。

 

 心からその誕生と成仏を祝福できた。

 

「だから……ありがとうございます! わたしに、この名前を……真名って素敵な名前を付けてくれて!!」

 

 だから礼を言うならまだしも、恨むなんてとんでもない。

 まなは正直な気持ちから、檜原の老人に感謝の言葉を送った。

 

「!! そうか。そう言ってくれるなら……きっとあの人も喜んでくれるだろう……ありがとう、まなくん」

 

 まなの感謝が、老人の後ろめたさを払拭してくれた。

 彼はどこか晴々とした表情で星々が輝く空を見上げる。

 

 先に天寿をまっとうして旅立った師に、此度の一件を報告するかのように——。

 

 

 

×

 

 

 

「——あなたが、猫娘さんね? まながいつもお世話になっています」

「っ!!」

 

 まなと老人の会話が終わって暫く、今度は犬山純子が猫娘に声を掛けていた。

 猫娘は以前に自分が怪我を負わせてしまった女性。負い目のある相手から声を掛けられたことでビクッと肩を震わせる。罵声の言葉を浴びせられるのを覚悟で心の準備をする。

 

 しかし、純子の口からは思わぬ言葉が飛び出す。

 

「あなたや鬼太郎さんにも、本当にご迷惑をお掛けしました。私たち一家の事情に巻き込んでしまったこと……ここに深くお詫びします」

「えっ!? そ、そんな……謝るのは私の方なのに!」

 

 純子は猫娘が自分を傷つけたことなど一切気にした様子もなく、彼女や鬼太郎たちを名無しとの一件に巻き込んでしまったことを心底申し訳なさそうに謝ってきたのだ。それに対して猫娘も慌てて謝罪する。

 謝らなくてはならないのは自分の方なのにと、純子を傷つけてしまった一件を猫娘の方から口にする。

 

「いえ……元を辿れば全て私たち沢田家の血筋から始まった問題なんです。あなたが気に病むことじゃないの。それよりも……あなたの方こそ、大丈夫だった?」

 

 だがそんなことと、当の本人は全く気にしていなかった。

 下手をすれば死んでいたかもしれなかったというのに、純子は平然と猫娘の心配をしていたのだ。

 

「…………」

 

 さすがはまなの母親。親子揃って自分のことなどより、他者のことを先に気遣うのだ。

 これでは猫娘も、何も言うことなどなくなってしまう。

 

 そして、純子はさらに猫娘へと優しく語り掛ける。

 

「それで、今更こんなことを言うのもなんですけど……」

 

 今回、鬼太郎たちをここへ呼んだ要件。

 親として、正式に鬼太郎たちに挨拶をするために。

 

「もしよかったら……これからも娘と仲良くしてあげて下さい。今日は……それをあなた方に伝えたかったのよ」

「ボクからもお願いするよ、猫娘さん」

 

 これからもまなと仲良くしてほしいと。

 純子も、そして裕一も。

 

 笑顔で妖怪である猫娘に微笑みかける。

 

「ええ、ええ!! こちらこそ……よ、よろしくお願いします!」

 

 その言葉に、猫娘は救われる思いで頷く。

 自身の犯した罪が許されたこともそうだが、なにより妖怪である自分を受け入れてくれたこと。

 

 それがたまらなく嬉しくて、彼女はその瞳に嬉し涙を浮かべていた。

 

 

 

 

 

「よかったのう、猫娘。ちゃんとまなちゃんの御両親と向き合うことができて」

「ええ……そうですね、父さん」

 

 まなの両親と猫娘が笑顔で向かい合うその光景を、鬼太郎と目玉おやじが少し離れたところから見ていた。

 最初はどうなることかと思っていたが、実際に会ってみれば実に穏やかな顔合わせ。

 

 彼らに拒絶されるかもと、気を揉んでいた自分たちの心配はなんだったのか。

 変に緊張していたついさっきまでの自分たちに鬼太郎は苦笑いを浮かべる。

 

「——よお、ゲゲゲの鬼太郎」

 

 すると、そんな鬼太郎に対して先ほどまなと話していた老人。檜原の拝み屋が歩み寄ってきた。

 

「……? あの、どちら様でしょうか?」

 

 随分と気軽に声を掛けてきたが、鬼太郎はその老人の顔に見覚えがなかったため、そのように聞き返す。

 その反応に老人は「ははっ!」と歳に似合わぬ快活な笑い声を漏らした。

 

「やっぱ覚えてねぇか? まあ、無理もねぇだろう。わしがお前さんと顔を合わせたのは……もう五十年以上昔の話だからな」

 

 五十年以上。

 妖怪である鬼太郎にとってもそれなりに長い年月。人間であればそれこそ、青年が老人になる年月の流れである。

 鬼太郎とて、これまで出会ってきた全ての人間の顔を覚えているわけではないのだ。おそらくこの老人も、鬼太郎が覚えていないだけでどこかで会ったことのある人間なのだろう。

 

 実際、老人は鬼太郎のことが印象に残っているのか。

 過去を思い返しながら、感慨深げに語っていく。

 

「あの頃のわしは青二才のガキだったよ。妖怪なんざ、怪異なんざ全て追っ払っちまえばいいと……ほんと、未熟で身の程知らずな拝み屋だった……」

 

 今でこそ怪異への深い知識や経験を持って立ち回ることのできる老人だが、彼にだって尻の青いガキの頃があった。怪異に対する無理解からその逆鱗に触れ、命の危機に瀕したことがあったのだ。

 

 その危機を救った相手が——ゲゲゲの鬼太郎だった。

 

 助けた本人はすっかり忘れているが、助けられた当人はしっかりと覚えている。

 彼はそのときに鬼太郎に言われた言葉、それを理念に拝み屋としての活動を続けて今日に至る。

 

「——妖怪と人間は交わらない、交わっちゃいけない、だったか?」

「!!」

「わしなりにその言葉を軸にやってきたつもりだったが、まさか言った本人がこうまで深く人間に関わることになってたなんてな。最初聞いたときは驚いちまったよ」

「そ、それは……」

 

 老人の言葉に鬼太郎が言い淀む。

 彼の言った言葉は確かに鬼太郎の基本理念。だがその考え方も、ここ最近になって揺らぎ始めている

 

 犬山まなと、出会うようになってから。

 

 彼は老人の言葉に、まるで過去の自分から変化しようとしている今の自分が責められているかのようで、その顔色を暗くする。

 だが——

 

「別に責めてるわけじゃねぇさ。歳を食えば考え方だって変わるもんだ……人間も、妖怪だろうとな」

 

 老人はそれが当たり前のことだと。別に鬼太郎を責めはしない。

 生きていれば、出会いによって生き方を変えられることもあるだろう。それが『人生』だと老人は経験として知っているからだ。

 

「わしも……ここ最近の情勢を見ててたまに思うんだよ。ひょっとしたら……わしの考え方は古いんじゃないかとな……」

 

 基本的に、老人は怪異と人間が深く関わることを良しとしない。故に、昨今の気軽な妖怪ブームに不機嫌さを隠せないのだが——それでも、たまに考えてしまう。

 

 もしかしたら、妖怪とああやって笑い合う。

 そう、今の犬山家と猫娘がそうしている光景が——ひょっとしたらこの先、あるべき姿になっていくのではと。

 

「——ねぇねぇ! その人がさっきの話に出てた猫姉さん? わたしにも紹介してよ!!」

「——ちょっと、失礼でしょ、瑞生! ご、ごめんなさい……犬山さん」

「——ううん、全然!! ほらっ! 猫姉さん!!」

「——あっ、まなってば! 引っ張らないでよ!!」

 

 老人がそう考えている眼前で、犬山家と猫娘の輪の中にさらに孫たちである静流や瑞生まで加わっていく。祖父の日頃の教えをどこへやら。犬山まなという仲介を伴い、孫たちが妖怪である猫娘と交流を深めていた。

 いつもならば「調子にのんなよ」と、孫たちへ小言の一つでも漏らしていただろう老人だが。

 

 不思議と——その景色を前に何も言う気が起こらなくなっていた。 

 

「……いつか、その『疑問』にあの子たちで答えを出す日がくるのかもしれねぇな……」

 

 人間と妖怪。

 果たして関わるべきか、それとも一定の距離はしっかりと保つべきか。

 

 あるいは——排斥すべき対象として、互いに滅ぼし合うことになるか。

 

 未来がどうなるかは分からない。

 それをどこまで見届けることができるのか。今の老いた彼には想像もつかない。

 

 もしかしたら、その答えを見届ける前に寿命を迎えることになるかもしれないが。

 それでもせめて、生きている間は先達者として孫たちをしっかりと導いていこうと。

 

「——静流、瑞生……そろそろ戻るぞ」

 

 彼は孫たちを帰るべき場所へと導いていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

 鬼太郎は老人の言葉に考える。

 果たして自分はどうあるべきかと。今一度、己の立ち位置を見つめ直すため、少しの間そこで立ち止まる。

 

「鬼太郎や……わしらも行こうか」

 

 しかし、それは今ここで考えて分かることではない。

 目玉おやじに促されたことでハッと我に返った鬼太郎。

 

「そうですね……父さん」

 

 彼は彼で、今の帰るべき場所へと足を向ける。

 

「——あっ! 鬼太郎!! こっち、こっち!!」

「——何してるのよ、鬼太郎!!」

 

 自分に向かって手を振るまなと猫娘のいる場所へ。

 今の自分が進むべき方角へと、迷いながらも歩を進めていった。

 

 

 

 

 

 

「——ああ、今行くよ」

 

 

 

 

 

 




次回予告

「父さん、テニスに熱いあの狒々が。
 またも人間の女の子のコーチをすることになったそうです。
 熱くなりすぎて、またハラスメントなんて言われなければいいんですが……
 
 次回——ゲゲゲの鬼太郎『テニスの王子様』 見えない世界の扉が開く」

 感想の返信欄でコメントしましたが、次回はスポーツもの。
 以前もどこかで名前を挙げましたが、某テニス?漫画からのクロスオーバーです。

 完全に六期の話——55話『狒々のハラスメント地獄』の続編となっておりますので、あしからず。

 予告通り、次の更新は来年となります。
 少し早いですが、よいお年を!!


 
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