ゲゲゲの鬼太郎 クロスオーバー集   作:SAMUSAMU

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あけましておめでとうございます。
今年も当小説をよろしくお願いたします!

さて、年明け一発目は予告通り『テニスの王子様』とのクロスオーバー。
いきなりですが、前書きで鬼太郎側の登場人物の紹介をさせていただきます。

狒々
 今作の主役。
 六期アニメ・55話『狒々のハラスメント地獄』の主役でもあります。
 何をやってもハラスメント扱いされてしまう、ちょっとかわいそうな妖怪。
 今回の話、一応は彼の救済も考えてはいますが……果たしてどうなることか。

岡倉優美
 狒々から教えを受けた女子テニスプレイヤー。
 妖怪にビビるどころか、妖怪を利用してでも強くなろうとした肝の据わった女の子。
 直接の出番はありませんが、過去回想など登場する予定です。
 
鬼太郎・目玉おやじ
 本来は主役とそのお父さん。
 ですが今回の話ではちょい役。前半は影も形も出てきません。ほぼ空気。

その他の鬼太郎ファミリー
 まったく出番なし。


今回の話、狒々とあのテニヌが関わるだけあってそれなりにカオスな部分も多分にありますが、話の構成自体は真面目に考えたつもりです。

テーマは『スポーツマンの葛藤』。
自分がスポーツ漫画読む際、常に考えていることをこのクロスで表現してみたいと思います。
 
 
 


テニスの王子様 其の①

「——はっ! ふっ! …………はぁ、ダメだ……。こんなんじゃ、全然ダメだよ!」

 

 東京都内、某スポーツ施設。

 女の子が一人、テニスラケットを片手にバッティングマシーンが繰り出す球をひたすらに打ち返していく。

 既に学校の部活動も下校時間も過ぎ、夜も遅いというのに未だに帰る様子を見せない、長い髪を三つ編みにしたその少女。

 何が気に入らないのか何度も何度も自身のフォームを確認し、がむしゃらにラケットを振り続ける。

 

「——こんなんじゃ、いつまで経っても強くなれないよ……」

 

 その少女の名は竜崎桜乃(りゅうざきさくの)

 東京都内青春学園中等部——通称『青学』に通う、今年で二年生の女子生徒である。

 

 元々運動が得意ではなかった桜乃だが、とある理由により中学からテニスを始める。青学の女子テニス部に入部したその日から彼女はテニス漬けの日々送り、学生らしく部活動に励んできた。

 

 だが、このように夜遅くまで。それもたった一人で闇雲にラケットを振り続けるような子ではなかった筈だ。

 どちらかというとみんなと一緒になって。勝敗に関係なく楽しく練習する。そんなプレイスタイルの子だった。

 

 ところがここ最近の彼女は強くなるという目標に向かい、ただガムシャラに——後先考えずにラケットを振り続けていた。

 

「——強くならならなきゃ……」

 

 今の彼女を突き動かしているのは『強くなりたい』という思い。

 もっとテニスを上手になりたい、試合に勝ちたいという。スポーツ選手ならば誰もが抱いて当然の執着。

 

 しかし、それは『楽しいテニス』が出来ればそれでいい筈の、竜崎桜乃という少女にとっては慣れない感情だった。

 慣れぬ感情のコントロール方法さえままらず、彼女は限界以上に肉体を行使し続け、まだ成長し切っていない未成熟な体に多大な負荷を掛けていた。

 

 何故、それほどまでに勝利へのこだわりを抱くようになったのか?

 

 それは今から数ヶ月前。

 地区大会でぶつかった、とある選手との試合が原因であった。

 

 

 

 

 今年で二年生に進級した桜乃。

 彼女は今年の春、毎年行われるテニスの公式大会。中学テニスの全国大会にエントリーすることになった。

 

『——竜崎さん、あまり気負いすぎないで。勝てればいいなくらいの気持ちで、ちょうど良いんだから』

『——は、はい!! 部長!!』

 

 大会参加にあたり部長がそのように声を掛けてくれたよう、これは絶対に負けられない戦いではない。

 

 青春学園テニス部。

 男子の方は全国区の名門ということで毎年の全国出場・制覇を目標としている。

 対して、女子テニス部はそこまで強豪というわけでもないため、部員たちの中にも勝たなければならないという意気込みは特にない。

 

 桜乃にとってもその試合は、あくまで日頃の練習の成果を試すための場でしかない。

 全国大会に絶対出場するとか、天才であることを証明するために全国一位になるとか。そういった高い目的があるわけではない。

 自分の今の実力がどの程度なのか。それをしっかりと見極め、楽しい試合ができればいいなと。少なくともその時点ではそう思っていた。

 

 実際、地区予選の第一試合は実に充実したものになった。

 対戦相手は自分と同じくらいの実力。試合は白熱し、後半はどっちが優勢などと気にする余裕もなく、無我夢中で打球を打ち合うかなりの接戦となった。

 そうした接戦の末——勝ったのは桜乃の方だった。

 

『——ありがとう、あなたと戦えてよかったよ……ぐすっ』

 

 どっちが勝ってもおかしくなかった試合なだけあって、対戦相手は悔し涙を流していた。

 けれども、最後はしっかりとスポーツマンらしく、爽やかに互いの健闘を称え合った。

 

 ——勝った……やった! どうしよう……すっごく嬉しい!!

 

 桜乃は、そんな勝負に達成感を得ていた。

 勝てたことも勿論、充実した試合内容に心から満足していた。自分の課題や欠点なども見えた、次に繋がるとてもいい試合内容だったと。

 

 その調子のまま、次の試合も実りのあるものにしようと意気込んで挑んだものだ。

 

 

 

 

 だが、その二回戦。

 次なる対戦相手から桜乃は1ゲームどころか、1ポイントも取ることができずに敗北——惨敗したのである。

 

 

 

 

 ——もっと……もっと強くならないと!!

 

 その試合の日以降だ。

 竜崎桜乃は、とにかく強さを求めて今のようにガムシャラに練習するようになった。

 

 その根底にあるのは、当然ながら無様な試合をしてしまった自身の技量を恥じた上でのこと。

 次は絶対にあのような情けない試合にはしないぞという、純粋なスポーツマンの闘争本能からくる衝動であった。

 

 

 だが、それ以上に彼女を駆り立てるものがある。

 

 

 ——強くならないと……『彼』の隣に立てない!

 

 ——今のわたしには……きっとその資格もないから!

 

 ——だからもっと、もっと、もっと……

 

 それは、まさに竜崎桜乃という少女の根幹。

 

 

 テニスを始めようと思った『原点』とも呼ぶべき感情によるものであったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 と、少女がそんな己の感情に振り回されていた。

 その一方で——

 

「——ふんふ、ふ~ん♪」

 

 施設内の他のコートでご機嫌気分、鼻歌交じりにラケットを振るう男がいた。

 

 彼は桜乃の使用しているバッティングマシーンよりも、さらに速い球速を的確に軽々と打ち返していく。それだけで相当な実力者だということが見て取れるだろう。

 サングラスにジャージ姿、大柄に逞しい筋肉。全身がかなり毛深く、髪はサラサラのロングヘアー。

 ニッコリと笑顔を浮かべる口からは——何やら『牙』らしきものが垣間見える。どことなく人間離れしている容貌だ。

 

「いや~、やっぱええな~!! ここのバッティングマシーンは!!」

 

 それもその筈——その男は人間ではなかった。

 

「山の中で猿相手にテニス教えるのもええけど……やっぱ、たまにはこうして人間の最新技術に触れておかんとな!!」

 

 彼の名は狒々。

 人間たちの伝承においては女性を攫うとされる大猿の妖怪だが、少なくともこの狒々にそのような趣味はなく。

 

 

 

 彼は日々『テニス』に熱中する、少し……というより、かなり風変わりな妖怪である。

 

 

 

×

 

 

 

 テニスに熱いその妖怪・狒々。

 彼とテニスとの出会いは昭和の初期ごろまで遡る。当時はそれこそ、日本でも人間たちの間でテニスが普及し始めていた頃だ。

 細かい経緯は謎だが、狒々はとある西洋風の屋敷に滞在していた少女からテニスを習うこととなった。これまでスポーツの類に一切縁もゆかりもなかった狒々にとって、その出会いはまさに運命。自身の生涯を変えるものであった。

 すっかりテニスに熱中することになった狒々。彼はひたすらに練習を重ね、その腕前のほどをメキメキと上げていく。

 

 彼にとってさらに転機となったのが、その五十年後である。

 

 相当な実力者となった狒々は今度は教える側として、とある少女にテニスを指導していくこととなる。

 

 土手久美子という少女。

 

 狒々のコーチによって才能を伸ばし、彼女は世界ランキング4位にまで登り詰める実力者にまで大成することとなる。

 そう、狒々のコーチングによって、久美子は世界に通じるほどの選手となっていったのだ。

 

 その瞬間である。狒々が指導者として『人を育てる』という喜びに目覚めたのは。

 

 

 しかし——

 

 

「——まあ、人間に教えるんはもう懲り懲りやけどな。またパワハラ言われてもかなわんし……」

 

 現在、こうして人里の最新設備を利用しに来てはいるものの、今の狒々に人間を指導するつもりはない。

 いや、少し前までならノリノリでコーチ役を買っていただろう。

 

 だが、その際に彼は思い知ったのだ。

 狒々がコーチとして全盛期だった『昭和』と現代の『令和』。時代におけるスポーツ環境の違い。

 

 パワハラ問題の壁というやつに。 

 

 

 

 

 

 パワーハラスメント。通称、パワハラ。

 ここ数年で何かとあらゆる業界を騒がせている社会問題であり、狒々が身を置いていたスポーツ界隈にも広く影響を及ぼしていた。

 実際問題、監督やコーチ、スポーツ協会のお偉いさんなど。上の立場を利用し、下の立場である選手たちに暴力や圧力などを掛ける問題など。是正しなければならないことも確かにあった。

 

 しかし、どちらかというと古いタイプの指導者であった狒々。彼は選手への暴力や暴言など、ある程度であれば許容されるべきではと考えていた。「指導者が全力でぶつかる以上、選手に対して手が出るときだってある」そういった価値観の持ち主。

 

 そんな狒々にとって、行動一つ言動一つで世間様から『パワハラ』やら『セクハラ』などと揶揄される現代は実に生きづらい、つまらない世の中なのである。

 

『——そんなつまらん世の中やったら、わしはもうええわ』

 

 そんな世の風潮には付いていけんと、狒々は未練を残しつつも指導者の第一線を自ら退くことを選んだ。

 

 今では大猿の妖怪らしく山の中で、猿相手にテニスを教える静かな日々を過ごしていた。

 

 

 

 

「さーてと、今日もいい汗かいたし……そろそろ帰るかいな!」

 

 そういった事情もあり、狒々はこの日もすぐに山へ帰ろうとしていた。

 山へ帰り、猿たち相手に根性論全開のテニスを叩き込む。それが現在の狒々のライフスタイル。

 稀に人里に降りてくることがあっても決して長いはしないし、このときもそのつもりでいた。

 

「……んっ?」

 

 だがこの日、たまたま狒々は目にしてしまう。

 隣のコート、一心不乱にラケットを振るう少女の姿を——。

 

「はぁはぁ……」

 

 

 竜崎桜乃という少女が熱心に練習に打ち込んでいるその光景を——。

 

 

 ——……ふーむ、なかなかええ筋しとるな……あの子……。

 

 コーチとしての癖か。狒々はその場で足を止め、桜乃のテニスプレイヤーとしての実力を分析する。

 狒々の目から見て、彼女の力量は決して高いものとは言えなかったが筋は悪くない。まだまだ未熟な反面、伸びしろを感じさせる素材として魅力的に映った。

 つい思わず、アドバイスの一言でも送ってみようかとそんなことを考えてしまう。

 

 ——おっと……アカンアカン! 極力人間には関わらんと、固く誓った筈やで!

 

 しかし、ギリギリのところで思い止まる。

 見知らぬ女の子に迂闊に声を掛けては、またマスコミに「セクハラだ!」などと罵られてしまう。今の狒々は過去の教訓から学び、あまり人間と関わらないように心掛けていた。

 熱心にラケットを振るう少女の姿に指導者としての血が騒ぐも、なんとかそれを抑え込みその場を立ち去ろうとした。

 

 だがそのとき、事件が起きた。

 

「——あっ!?」

 

 あまりにも熱心にラケットを振り続けていたせいか。桜乃は急激に体のバランスを崩し——その場にて盛大に転けてしまった。

 

「おっ、おいおい!! 大丈夫かいな!?」

 

 これには狒々も声を上げる。

 随分と派手に転がっていたため、助けが必要と判断して咄嗟に少女へと駆け寄っていく。

 

「痛たた……だ、大丈夫です。このくらい、大したことじゃ……あっ!?」

 

 狒々に助け起こされながらも、このくらいはなんともないと。

 強がりを口にしながら、桜乃は手を貸してくれた彼のほうに目をやり——瞬間、息を呑み。

 

 

 狒々の顔を見て、彼女はその表情を強張らせていた。

 

 

 ——はっ! し、しもうた!! ま、またセクハラになってまう!?

 

 狒々は少女のその反応から、『またも自分がセクハラで訴えられる』という可能性にビビりまくる。

 前回も馴れ馴れしく選手の肩に触っただけで悲鳴を上げられ、セクハラ扱いされてしまった。

 

 きっと自分では何をやってもハラスメントにされてしまうのだろうと。狒々は半ば泣きそうな思いで少女の次なる反応に戦々恐々とする。ところが——

 

「あなたは……狒々村コーチ……!!」

「へっ?」

 

 狒々は『狒々村』の名で叫ばれた。その名前は彼が人間社会に身を潜める際の偽名である。その名で呼ぶということは彼女が狒々のことを『テニス選手のコーチ』であると認識しているということだ。

 しかしその少女、三つ編みの彼女に狒々はとんと見覚えがなく首を傾げる。

 

 すると、少女——竜崎桜乃の方から申し訳なさそうに頭を下げてきた。

 

「あっ、ご、ごめんなさい。覚えているわけないですよね……」

「えっ……ど、どこかで会ったか?」

 

 どうやら直接会ったことがある相手らしいが、やはり狒々の方にはまったく見覚えがない。

 

 しかしそれも当然だろうと。竜崎桜乃はその表情をより一層曇らせ、自虐的な笑みを浮かべて呟いていた。

 

 

 

「わたし『敗者』なんです。狒々村さんがコーチを務めた……岡倉選手と戦って負けた……無様な敗者なんです」

 

 

 

×

 

 

 

 岡倉優美(おかくらゆみ)

 狒々が最後に指導した女子テニスプレイヤーであり、つい先日も中学女子テニスで全国制覇を成し遂げた天才少女。

 

 そして——竜崎桜乃が地区大会の二回戦で手も足も出ずに敗北を喫した相手でもある。

 

 桜乃はその試合の際に狒々村と顔を合わせていた。試合中も随分と熱心に指導していたことが、桜乃の印象として強く残っている。

 

「そ、そうか……優美と対戦した子だったんか……あ、あかん……全然覚えとらん」

 

 しかし狒々の方はまったく記憶になく、彼は自身の記憶力のなさに心底申し訳なさそうに頭を下げる。

 

「はい……といっても、全然いいところもなく負けちゃいましたけど……」

 

 だが、申し訳なくしているのは桜乃も同じだった。

 彼女は狒々に自分の無様な試合、優美との対戦結果があまりにも一方的だったことを気に病んでいる。

 狒々が覚えていないのも当然と。自分がそれだけ対戦相手の印象に残らないような試合しかできなかったと、彼女は己自身の未熟さを恥じていたのだ。

 

 今現在、二人は施設内の休憩室のベンチに腰かけている。

 

 先ほど盛大に転けてしまった桜乃だったが、これといって深刻な怪我はなかった。念の為に少し体を休める桜乃の話を、狒々が静かに耳を傾けていた。

 

「それにしても、随分と練習熱心やんけ。来ないな時間まで……感心するけど、さすがに帰った方がええんちゃうん?」

 

 ふいに狒々は時計を見やる。既に時刻は八時を回っており、健全な女子中学生ならばそろそろ帰らなければならない時間帯だ。

 まあ、狒々が優美に稽古をつけていた頃はその程度の時間はぶっちぎりで無視していたかもしれないが、それはそれ。世間一般的な観点では帰らなければならない時間だと、狒々もある程度現代人の常識を学びつつある。

 

「ええ、分かってます。分かってはいるんですけど……」

 

 桜乃も、自分が無茶な時間まで練習しているという自覚はあるようだ。だが狒々の言葉に同意しつつも、彼女は握るラケットから手を離そうとしなかった。

 

「わたし……もっと強くならないといけないんです。もう二度と……あんな負け方をしないためにも」

「そ、そこまで優美に負けたことを引きずっとるんか……」

 

 狒々の胸がチクリと痛む。

 勝負の世界である以上、優美が桜乃をコテンパンに負かしたことは仕方のないことだ。だが、よもやそのせいで彼女が自分をここまで追い込むようなトレーニングをするようになったとは。

 一人のスポーツマンとして責任を感じた狒々は、なんとか桜乃を家に帰そうと説得を試みる。

 

「そ、そんなに気にすることやない、優美はこのワシが育てた選手や。並の選手で太刀打ちできる相手ではないんやから。お前さんが特別弱いってわけでもないやろ、うんうん!」

 

 だが相手を慰めるつもりで吐いた狒々の言葉も、聞きようによっては只の自慢話になってしまう。

 

「並……そうですね。わたしみたいな凡人じゃ……逆立ちしたって、勝てる相手じゃ……」

 

 桜乃もかなりナーバスになっているのか。狒々の下手くそな慰めにさらに顔を俯かせる。

 

「あっ、い、いや……べ、別にあんたが凡人やなんて言っとるわけでは……だいたい才能なんてそんなもん、無くても気合と根性で補うもんや!」

 

 焦る狒々。

 彼はさらに説得を続けようと、桜乃の弱気な言葉を否定し、ついでに己のスポーツにおける価値観について語っていく。

 

 

「——優美かて、最初から才能があったわけやないで。あの子はあの子なりに、必死に努力をして今の強さを手に入れたんや!」

 

 

 中学二年生にして全国制覇した優美をメディア各社は『天才少女』と持ち上げていた。

 

 しかし、狒々から言わせてみれば才能なんてものは二の次。スポーツマンにとって一番必要なものは気合と根性。そして、厳しい練習に耐えるメンタルであると考えている。

 最終的に——優美は狒々の厳しい訓練に反旗を翻したが、決して彼女に根性がなかったわけではない。

 寧ろ、テニスに対する情熱ならば狒々以上。彼女は生活の全て、日常の全てをテニスへと結びつけ、ありとあらゆる手段を講じてその手に栄光を掴んだ子だ。

 

「そして、選手が強くなるには優秀な指導者が必要不可欠や! それを欠いた状態でいくら練習したかて、上達なんて絶対せえへんぞ!!」

 

 さらに狒々はその上で、選手の成長には優秀なコーチ役が必要だと力説する。

 事実、優美に確かな実力を付けたのは狒々であり、その後も彼女は新しいコーチ——ぬりかべコーチの元でさらにその実力を開花させたのだ。

 

「せやから、お嬢ちゃんがこうして一人で練習してても効果は薄い……今日はもう大人しく帰りや」

 

 故に、桜乃が夜遅くまで一人きりで練習しても意味はないと。彼女の無謀な練習を狒々は止めようとしていた。

 

「優秀なコーチ、ですか……」

 

 すると、桜乃は狒々の言葉に感じ入るものがあったのか。

 何かを思案しつつ——ふいに、狒々の顔を伺うように呟きを漏らす。

 

 

「例えば——狒々村さんのような、ですか?」

「……なぬ?」

 

 

 これに狒々はキョトンと目を丸くする。

 まるで桜乃のその視線が——『自分にコーチをして貰いたがっている』ように見えたから。

 

 実際、桜乃の頭の中にそんな考えが浮かんでいたのか。

 彼女はすぐにハッと我に反り、己が知らず知らずに抱いてしまった無意識な願望、それを恥ずかしそうに引っ込めていく。

 

「あっ、す、すいません。迷惑ですよね。こんなわたしに……狒々村さんのような有名な方がコーチをするなんて……」

「あ、いや……それは…………」

 

 狒々は思わず言葉を詰まらせる。

 

 確かに狒々は人間にコーチをすることに懲りてはいたが、未練がないわけではない。もしも桜乃が自分にコーチをして欲しいと思っているのであれば満更でもない気分だ。

 しかし、仮にコーチをするとしてもだ。どうしても——これだけは聞いておかなければならないと。狒々は重苦しい口調で桜乃に例の一件を尋ねていた。

 

「竜崎はん、言うたか? あんた……わしが優美のコーチをクビになった例の騒動のことは……勿論、耳にしとるんやろ?」

 

 狒々が過去に起こした問題——それは優美選手へのパワハラ行為。

 そして、それに伴い行われた記者会見のことである。

 

 狒々は教え子である岡倉優美選手に対し、数々のハラスメント行為を重ねたとして何度も記者会見を行い、マスコミに責められ続けた。

 当時はそれが結構な騒ぎになり、スポーツ界に身を置くものなら誰もがその話題を耳にしていただろう。

 

「……はい。その件なら……わたしも記者会見を見てましたし……」

 

 桜乃はその件なら知っていると、実に言いにくそうに狒々の質問に答える。その事件のことを知っているのであれば、狒々から教えを請おうなどと普通なら思わないだろう。だが——

 

「けど……あれ、ちょっとマスコミが騒ぎすぎてたと思うんですよ」

 

 桜乃は客観的な視点から、あの騒ぎが『少しやり過ぎていた』と感じていた。

 

 暴力がパワハラにあたるというのは理解できる。

 また、女子としてセクハラが許せないという気持ちもすごくよく分かる。

 

「だいたい何なんです? エンハラとか、グルハラとか? あれ、絶対マスコミが悪ノリしてましたよね!?」

 

 しかし、それ以外のハラスメントとされた行為の数々。今時の若者である桜乃からしても意味不明である。

 

 エンハラ——エンジョイハラスメント。

 グルハラ——グルメハラスメント。

 カラハラ——カラオケハラスメント。

 スメハラ——スメルハラスメント。

 

 狒々が何をやっても、それを無理やりハラスメントとして取り扱うようなマスコミの報道。

 少なくとも、桜乃はそれらの報道に首を傾げており、狒々に対して同情的な感想を抱いていた。

 

 何よりもだ——

 

「それに、わたし知ってますから。狒々村さんが……とても真剣に岡倉選手の指導をなさっていたのを……」

 

 優美の対戦相手としてぶつかった桜乃はその目で直に目撃していた。狒々がコーチとして真剣に彼女の指導を行っていた光景を。

 桜乃はマスコミの大仰な報道よりも、自分がその時に見た印象を優先しているため、決して狒々村という指導者に悪い印象を抱いてはいなかったのだ。

 

 実際、狒々が優美に暴力を振るったことは事実だが、マスコミの報じたハラスメント報道はかなりの誇張が含まれていた。あの一件は狒々にも非はあったが、全ての責任が彼にあるわけではなかったと言える。

 

 そのことを、桜乃はキチンとわかってくれているのだ。

 

「わ、わかってくれるんか!? おおきに!! ほんまおおきに!! 竜崎はんは、ええ子やな!!」

 

 桜乃のその意見に狒々は感激する。

 あの一件は本当に狒々にとって辛いものだった。誰にも自分の気持ちを分かってもらえず、優美を含めた全ての人間が敵として立ち塞がる過酷な経験であった。

 だが本当に全ての人間が敵だったわけではないのだ。狒々が知らなかったところで自分の気持ちに寄り添っていた人もいたのだと、桜乃の言葉で知ることができた。

 救われる思いに狒々は顔面をぐしゃぐしゃに泣き崩しながら、桜乃の手を取ってものすごい勢いで彼女に礼を述べる。

 

「え、ええっと……まあ、それほどでも……」

 

 いきなりガッチリと手を握られ、顔面を崩壊させて泣き崩れる狒々にさすがの桜乃も若干引き気味。

 もっとも、それだけで相手のことをセクハラだと叫ぶこともなく。

 

 桜乃はしばらくの間、泣きじゃくる狒々が落ち着くの待つことになる。

 

 

 

 

「——よし、分かった!」

 

 そうして、数分後。

 徐々に落ち着いてきた狒々は涙と鼻水を拭いながら、自身の胸を任せろとばかりにドンと叩く。

 

「もう二度と人間のコーチなぞせんと思っていたが、桜乃はんがそこまで言うんやったらこの狒々!! あんたのために人肌脱いだる! お前さんのテニスのコーチ……引き受けたろやないか!!」

「ほ、本当ですか!? ……って、狒々? 人間って……?」

 

 狒々の言葉に喜びつつ、桜乃は彼の言動に若干の違和感を覚える。あくまで桜乃は狒々のことを『人間』として認識しているようだ。

 

「あ、い、いや、何でもあらへんよ、うん!」

 

 狒々は慌てて話を逸らす。

 彼も過去の教訓から、自身の『妖怪』であるという正体は隠し通すつもりのようだ。

 

 

 あくまで人間『狒々村』として狒々はこの少女——竜崎桜乃のテニスコーチを引き受けることとなった。

 

 

 

×

 

 

 

 こうして始まった狒々の熱血指導。

 彼との特訓は早朝や放課後。休日などの桜乃の空いた時間に限られ、実施されることとなる。

 

「——おら!! もっと速くやらんか!!」

「——ハイ!」

 

 早朝は毎日、数十キロを全力疾走。

 

「——もっともっと速くやらんか!!」

「——ハイ!!」

 

 放課後は部活が終わった後も学校に居残り、腕立て伏せや兎跳びを何十回と繰り返す。

 

「——もっともっともっと速くやらんかい!!」

「——ハイ!!!」

 

 休日は日が暮れるまで、サーブを何百本とひたすら打ち続けて行く。

 

「——あ~あ、そろそろ休憩入れとくか?」

 

 優美に教えていたときのような、かなりのスパルタ指導であったが、そこは狒々も前回の反省点を踏まえる。

 要所要所で休憩を入れようと、常に桜乃の体調にも気を遣っていた。

 

「——いえ! まだまだいけます!!」

 

 ところが、桜乃の方からそんな甘ったれた考えでは強くなれないと、狒々の申し出を断る。

 結局、狒々の指導の元でも彼女はかなりの無茶をその肉体に行使し続けることとなっていく。

 

 

 そうして数週間、狒々の猛特訓は続いた。

 彼の厳しいスパルタ教育の成果もあってか、桜乃のテニスの腕前は飛躍的に上達。

 

 そして、その成果は——学校の部活動の場においても遺憾なく発揮されていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「——ゲ、ゲームセットウォンバイ、竜崎!」

「はぁはぁ……」

 

 青学女子テニス部。部活の練習試合にて、審判役の生徒が戸惑い気味に竜崎桜乃の勝利を宣言する。

 息を激しく切らせながらも勝利した桜乃の勇姿に、その試合を観戦していた生徒たちからも、どよめきが響き渡る。

 

「……す、すごい、竜崎さん……」

「いつの間にここまで……」

「ぶ、部長に勝っちゃったよ」

 

 桜乃の対戦相手は女子テニス部の部長だ。一学年上の相手であり、実力的にも部内でトップクラス。桜乃よりも格上の相手であったのだから部員たちが驚くのも無理はない。

 

「はぁはぁ……すごいじゃない、竜崎さん。……これなら、安心して後を任せられるかもね」

 

 負けた部長も桜乃の成長ぶりに驚いていた。

 三年生である彼女は、二年生である桜乃に敗北したことにショックを受けている様子だったが、有望な後輩に青学女子テニス部の次世代を託せることに安堵していた。

 

「——竜崎さん。青学の……柱になりなさい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「——いや~……最近の桜乃、何だかすっごく絶好調じゃない!」

「あ、ありがとう……朋ちゃん」

 

 とある日の放課後。

 部活終わりの桜乃は親友である朋ちゃん——小坂田朋香(おさかだともか)と一緒に下校していた。ツインテールに泣きぼくろがチャームポイントの元気いっぱいの少女。

 今日は狒々の方に用事があるとのことで桜乃の放課後の特訓もお休み。桜乃は久しぶりに親友である朋香と穏やかな下校時間を過ごしていた。

 

「ここんところ、夜遅くまで残って練習してるしね! その成果が出てるみたいじゃない、感心感心!!」

 

 朋香は親友である桜乃がここ数週間ばかりの間、テニスの猛特訓をしていることにそれとなく気づいていた。彼女自身は幼い弟たちの面倒を見なければならないため部活動には所属していないが、誰よりも桜乃の頑張りを知っていた。

 

「けど……根詰めすぎてない? 最近は授業中もぼんやりしてるみたいだし……少しは休んだほうがいいんじゃないの?」

「そ、そんなこと……ないかもしれないけど……」

 

 しかし朋香が心配するように、最近の桜乃は随分と疲れ切っている様子だった。

 

 それもその筈。何せ狒々の特訓は勿論、彼女は彼がコーチをしていないところでも練習を続けているからだ。自宅では常にラケットの素振りをし、昼休みも当然のように筋トレ。部活動でも一切手を抜くことなく他の部員たちと同じ練習量をこなしている。

 その上で、真面目な桜乃は日々の勉学にも一切手を抜いていない。どんなに疲れていても授業中など、決してサボって居眠りしようなどとも思わない。

 

 休まる暇のない日々。正直、オーバーワーク気味なのは本人も自覚している。

 

「そ、そうだね……ちょっと疲れてきたかも……」

 

 練習試合とはいえ、格上の部長に勝ったという安心感からか。桜乃は自分が強くなっているという自覚と自信を持ち、冷静に今の自分の疲労状態を見極めることができる心境であった。

 さすがにこれ以上は不味いと。桜乃はこのとき、練習を少しばかり休むことを考え始める——。

 

 

 そんなときであった。

 

 

「——竜崎」

「——っ!?」

 

 街中を歩いていた彼女の背に、一人の男の子が声を掛ける。

 それが誰なのか。振り返らずとも理解できた桜乃がビクッと、その小さな肩を震わせる。

 

「——あっ! リョーマ様!! ほらほら、桜乃、リョーマ様よ! リョーマ様!!」

 

 朋香も、それが誰なのか一瞬で理解できたのか。

 その男の子——越前リョーマに向け、花の咲くような笑顔を向ける。

 

 

 

 越前(えちぜん)リョーマ。桜乃たちと同じ中学二年生。

 彼は去年、一年生でありながらも青学テニス部のレギュラーに選ばれ、見事母校を全国大会優勝まで導いた立役者である。

 決勝戦でも最後の大一番で勝負を決め、実質中学テニス界ナンバーワンの称号を得た。

 

 

 まさに天才少年——テニスの王子様である。

 

 

 

「リョーマ様! いつ日本に戻ってきたんですか!? 連絡してくれればよかったのに!!」

 

 その王子様のファンクラブ会長である朋香が彼の日本帰国に喜びの声を上げる。

 

 リョーマは青春学園の二年生として今も学園に籍を置く身ではあるが、テニスプレイヤーとして武者修行をしに渡米したりと、かなり風来坊な生活を送っていた。

 大事な用事や和食が食べたくなった時など。気まぐれで日本に帰国しては母校の先輩や同級生たちを驚かせている。

 

「別に……ちょっと日本に用事があったから立ち寄っただけだし……」

 

 そして、本人もかなり無愛想な性格をしている。

 久しぶりに再会した同級生の女子二人相手に、表面上は特にこれといったリアクションもなく応じる。

 

 わざわざ声を掛けておきながら、随分とぶっきらぼうなことである。

 

「リョ、リョーマくん……!」

 

 そんなそっけない男の子相手に、竜崎桜乃は実に年ごろの少女らしい初心な反応を見せる。

 

 

 何を隠そう——この少年こそ、竜崎桜乃にとって憧れの存在。

 彼女がテニスを始めたのも、彼のテニスを目の当たりにした影響。

 

 彼のテニスに、彼のようなテニスがしたくて桜乃はテニスプレイヤーとしての大事な一歩を踏み出した。

 

 まさに彼女にとってはその憧れこそが原動力であり、原点であるといえるだろう。

 

 

 ところが——

 

 

「ご、ごめん……朋ちゃん。わたし、用事思い出しちゃった……ま、また今度!!」

「ちょっ!? 桜乃っ!?」

 

 憧れの男の子と再会したばかりだというのに、桜乃は取って付けたかのような理由でその場を離脱。

 まるで——リョーマから逃げるかのようにその場から走り去っていく。

 

 そんな彼女の背中へ——

 

「竜崎……?」

 

 無愛想な男の子が、少し寂しそうに視線を送っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁはぁ…………」

 

 竜崎桜乃は走る。

 無我夢中で走り続け——そこでようやく足を止めた。

 

 そこは無人の空き地。朋香もリョーマも追ってきてはおらず、他に周囲には誰もいない。

 

「…………練習しなきゃ」

 

 誰もいないその場所で桜乃はおもむろにラケットを取り出し、素振りを始める。

 

「もっと……もっと強くならないと」

 

 疲れていると自覚したばかりだというのに、それでもまだ足りないと。彼女はひたすらに強さを求めて今日も練習に励んでいく。

 

「——でないと……置いてかれちゃう」

 

 オーバーワークだと理解しているが、それでも彼女は止まることができなかった。

 止まったら、それこそ『彼』の背中が見えなくなってしまうのではと、それが何よりも怖かったからだ。 

 

「こんなんじゃ……リョーマくんの隣になんて立てない……」

 

 桜乃にとって憧れの相手である越前リョーマ。

 そんな彼の背中に少しでも追いつこうと、彼女はとある選手のことを思い出す。

 

 

「せめて——優美選手みたいに……強くならないと……」

 

 

 その脳裏にはあの日——。

 優美選手に無様に敗退した、その試合の直後の出来事——。

 

 

 

 

 越前リョーマと岡倉優美。

 天才同士が仲良さげに会話していた、あの苦々しい記憶が思い返されていた——。

 

 




テニスの王子様側の人物紹介

 竜崎桜乃
  今作におけるもう一人の主役。
  原作漫画だとほぼ出番はなく、アニメの方で色々とエピソードが追加された子。
  ですが最近では『新テニスの王子様』の方で何かと界隈を騒がせています。
  原作の特徴上、アンチもそれなりに多いキャラですが自分は好きです。
  今作では彼女のスポーツマンとしての葛藤にスポットを当てていきたいと思ってます。

 小坂田朋香
  桜乃の親友。リョーマファンクラブの会長、常に彼のことをリョーマ様と呼ぶ。
  色々と騒がしい子ですが、この子も割と好き。
  弟たちの世話でテニスはしませんが、運動神経は悪くないとのこと。

 越前リョーマ
  原作の主人公。生意気で協調性がない。
  テニスの実力は本物だが、ジャンプの主人公として足りないものが多すぎる。
  最近は新テニスの方で桜乃とデートしたり、唐突に恋のライバルキャラが現れて馬上テニスしたりと……いや、色々とおかしいけど、ほんとなんだって!

 
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