ゲゲゲの鬼太郎 クロスオーバー集   作:SAMUSAMU

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今回の『テニスの王子様』とのクロス。元々は作者の好きな『はねバド』でクロスできないかと考案していました。
ですが、流石に何の下地もない状態では上手く話がまとまらず、せっかくテニスを題材にしたアニメ回があったということで試しにテニスの王子様の方で思案した結果……結構いい感じにまとまったので、このような形でお届けすることになりました。

その名残か話の内容など。どことなくはねバドを意識している部分があります。勿論、はねバドはアニメ版ではなく、漫画版の方ですが……。


テニスの王子様 其の②

 ——…………あかんな。

 

 テニスに熱い大猿の妖怪・狒々は、ひょんなことから竜崎桜乃という女子のコーチを引き受けることになった。

 しかし彼はその特訓をこのまま続けるか、それとも一時中止するかで思案を巡らせていた。

 

「はぁはぁ……まだ、もっと……もっと!」

 

 それは今も狒々の課したメニューを必死にこなしている桜乃。

 彼女の疲労に——限界が見え始めていたからだ。

 

 現在、時刻は夜七時。

 いつものように、屋外のテニスコートで夜遅くまで練習を続ける狒々と桜乃。狒々の指示通りにサーブを何百本と打ち続ける桜乃だが、狒々はその動きが——明らかに精細さを欠いていることを見抜いていた。

 おそらくは疲労の蓄積、それがピークにきているのだろう。いつ倒れてもおかしくない少女の状態に狒々は心労を募らせる。

 

 ——限界や……そろそろ、休ませるべきなんやろな……。

 

 少し前までの狒々であれば、そんな疲労などお構いなしに特訓を続けていたかもしれない。

 血反吐を吐くまでやれ、根性を見せろと。選手として強くさせるため、心を鬼にしてさらに追い込みをかけていたかもしれない。

 

 だが、それではパワハラになってしまうと。以前の失敗を教訓に狒々の教育方針にも僅かな変化が見え始めていた。本人にはさほど自覚のない、それでいて大きな変化だ。

 選手に厳しくするのは相変わらずだが、その一方で体調にも気を使うことができるようになった狒々。自分を曲げるのは御免だと思いながらも、彼は確実に『指導者』として良い方向に変わり始めている。

 

 しかしそんな狒々の心配をよそに、竜崎桜乃という選手はより過酷な訓練を彼に要求してきた。

 

『——狒々村コーチ! わたし……もっと強くならないといけないんです!!』

 

 今日のトレーニングを始める前に、桜乃が決意表明した際の言葉だ。

 そのときの鬼気迫る表情は、狒々ですら思わず気圧されてしまうほどだった。

 

 ——なんちゅう気迫や! このわしより……いや、情熱だけやったら、優美以上かもしれん!!

 

 ——桜乃はん……いったい、何があんたをそこまで駆り立てるんや!?

 

 狒々はその気合いを前に迂闊なことも言えずにいつも通り、いつも以上に過酷なメニューを桜乃に課すしかできないでいた。

 

 

 

 

 

 

 ——強くならないと……!!

 

 竜崎桜乃という少女がここまで自身を追い込む理由。

 それは当然、強くなりたいという選手としての欲求があるのだが——

 

 

 しかし彼女の場合、それだけではなかった。

 

 

 ——弱いままのわたしじゃ……リョーマくんに呆れられちゃう……。

 

 ——せめて……優美選手くらいの実力者にならないと……話にもついていけないから……。

 

 ——だから!! 

 

 桜乃の胸のうちにある想い。それは彼女にとっての憧れ。

 少女がテニスを始めるきっかけにもなった少年——越前リョーマの存在が大きかった。

 

 彼という憧れに少しでも追いつこうと、彼のようなテニスがしたいと桜乃は今日までテニスを続けてきた。

 けれど、その彼との距離が一向に縮まることがないことを——桜乃は思い知ってしまった。

 

 

 そう、数ヶ月前の中学テニス大会の時に——。

 

 

 

×

 

 

 

「ま、負けた……何もできずに。わたし……」

 

 中学女子テニス、全国大会地区予選。竜崎桜乃は二回戦で岡倉優美選手に惨敗した。

 何もできなかった。1ゲームどころか、1ポイントも許せれずに桜乃は圧倒的大差で敗北した。

 

 一回戦の戦いを接戦にて辛くも勝利しただけあって、その敗北が桜乃にはだいぶ堪えた。

 自分が弱いという事実を、これでもかというほどに突きつけられてしまったかのようで。

 

「……負けた……優美さん……すっごく強かったな……」

 

 しかし、このときの桜乃にはまだ心にいくらかの余裕があった。ショックはショックではあるのだが自身の無力さよりも、どちらかというと優美選手の圧倒的な強さの方に目がいっていた。

 そのままであれば多少長く落ち込むくらい、数日も経てばまた元気を取り戻し、いつも通りの日常を送ることができていただろう。

 

 だがこのとき、起きてしまったのだ。

 桜乃の精神を根本から揺さぶる、彼女の心を掻き乱すことになる出来事が——。

 

「……えっ? あ、あれって……リョーマくん!?」

 

 落ち込みながら地区予選の会場を歩いていた桜乃。彼女はふいに、前方に人影を見つけてしまう。

 その相手こそが——越前リョーマだったのだ。

 

「ど、どうしてリョーマくんがここに!? も、もしかして、わたしの応援……なんてわけないか……」

 

 桜乃は無様な試合をしてしまった直後ということもあり、素早く身を隠す。どうやらリョーマの方はこちらには気付かなかったのか、そのことに桜乃はとりあえず安堵の息を吐く。

 

「……どうしよう……すっごく……恥ずかしい……」

 

 彼がどうしてこんなところにいるのかは分からない。もしかしたら、本当に自分の応援に来てくれたのかもしれないと期待する桜乃だが、リョーマの性格からして多分それはないだろう。

 それに、たとえ本当に桜乃の応援に来てくれていたんだとしても、それはそれで気まずすぎる。

 

 なにせあれだけ圧倒的な大敗を喫した後なのだ。桜乃でなくとも、気まずさから接触を避けることだろう。

 

「今は顔を合わせたくないな……引き返し——!?」

 

 そういった心情もあり、このときばかりは桜乃もリョーマへ声を掛けることなく来た道を引き返そうとしていた。

 ところが、桜乃はそこで目撃してしまう。

 

 

 彼が一人ではなく、その隣に彼女が——岡倉優美がいたことに。

 

 

「な、なんで……優美さんが……それも、あんな笑顔で……!」

 

 対戦時の闘争本能剥き出しの表情とは違い、岡倉優美は女の子らしい笑みをリョーマへと向けている。

 リョーマは相変わらずの仏頂面だが、それでも優美と何かしらを話し込んでいた。

 

 桜乃は自然と足を止め、二人の会話に聞き耳を立てる。

 

 

 

「——へぇ~……越前くん、ラケットは『ブリジストン』なんだね……私と同じだ!」

「別に……たまたまじゃないの?」

「そんなことないよ! やっぱ強い選手は道具からいいものを選ばないと……あっ! シューズは『フィラ』なんだね。ぶっちゃけ……それってどんな感じ? 履き心地とか?」

「別に悪くはないよ。だから履き続けてる訳だし……」

「ふ~ん……ねぇねぇ、越前くんって、アメリカで武者修行してるんでしょ? なんかかっこいいね、そういうの! 強い人とかいっぱいいるんでしょ!?」

「まあね、退屈はしないよ……」

「いいな~、羨ましいよ。わたしも海外とか行って、外国の選手と戦ってみたいわ!!」

「だったら試してみたら? アンタなら……まあ通じるんじゃないの?」

「いや~、わたしんとこは親が許してくんないよ! まだ実績もないし……せめて全国大会で優勝しなきゃね!」

「あっそ……まあ、頑張れば?」

 

 

 

 

 

「…………」

 

 別にそれはなんでもない。ただの選手同士の会話でしかない。

 しかも優美の方が一方的に話しかけ、それにリョーマが相槌を打つという何とも淡白な内容。

 

 けれどテニスの話題を中心とした、さらには海外で戦う話など。

 テニス経験の浅い桜乃からすればまるで付いていけないような——テニスに打ち込んできた者同士でしか伝わらないような話の流れ。

 

 負けた直後ということもあり、桜乃はその話に付いていけない自分と彼らとの間に、明確な『壁』のようなものを感じてしまった。

 

「——強く、ならないと……」

 

 気が付けば、桜乃はそこから逃げるように立ち去っていた。

 弱くて無知な自分では選手として遠いステージに立つリョーマと優美。強者である二人の間に割って入れないという、劣等感のような感情。

 

 その日からだ。せめて強くなろうと。

 

 彼の、越前リョーマの背中に少しでも追いつこうと——桜乃は自らを過酷な環境へと追い込むようになっていったのだ。

 

 

 

 

 

 

 ——まだ、まだ足りない。こんなんじゃ!!

 

 あれから数ヶ月。

 狒々と出会い、彼の特訓を受けるようになったことで桜乃は以前と比べようもなく強くなった。

 

 一度はそれに満足しかけた桜乃。しかしこの間、久しぶりにリョーマと顔を合わせたことであのときのことを思い出してしまったのか。

 まだ不十分なのではという不安から、さらなる力を求めてより一層、狒々との特訓に精を出す。

 

 ——まだ、私は…………っ!?

 

 だがいくら意気込もうとも、既に竜崎桜乃の体は限界を迎えていた。

 騙し騙しで何とかここまでやってこれたものの、蓄積する疲労はいずれ多大なしっぺ返しとして本人に返ってくる。

 

 そして、その瞬間はまさに唐突に訪れる。

 

 ——……あれ? 体が動かない? 目が、回る…………。

 

 景色がぐにゃりと歪む。

 体から力が抜け、己の意思とは関係なく地へと伏せる竜崎桜乃。

 

 彼女の意識が——そのまま徐々に遠ざかっていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………桜乃はん?」

 

 狒々が瞬きをした刹那だ。サーブを打ち続けていた桜乃が突然——何の前触れもなく倒れる。

 咄嗟のことで認識が追いつかない狒々。だが数秒の沈黙の後にその顔は一瞬で青ざめ、彼は大慌てで桜乃へと駆け寄っていく。

 

「桜乃はん!? 桜乃はん!! あ、あかん、あかん!! どないしよ!?」

「はぁはぁ……」

 

 桜乃は明らかに疲労の色が濃く、気を失っているというのに息遣いが荒い。

 血色も悪く、急いで何らかの処置を施さねばならない状態なのは明白だ。

 

 しかし、狒々は教え子が倒れるという事態にあまりにもテンパり過ぎたため、どうしていいか分からずに右往左往する。

 

「あかん!! どないしよ、どないしよ!? し、審判!! 選手が倒れたで……って、わし以外誰もおらんがな!!」

 

 自分たち以外、周囲に誰もいないというのに助けを求め、思わず一人ツッコミを入れる。

 だがいかなる偶然か。叫ぶ狒々の声に呼ばれるよう——そこへとある人物が通りかかった。

 

「——あれ? 狒々じゃん。何やってんの、こんなとこで?」

 

 騒ぐ狒々とは対照的に呑気なほどに冷静な声音。どことなく聞き覚えのある声に狒々が振り返る。

 

「ああ!! お、お前は……いつぞやの泥棒猫やないか!!」

「だから猫じゃないって……オイラ、かわうそだよ」

 

 そこにいた人物を前に狒々はさらに声を荒げる。

 釣竿を背負ったその相手はパッと見は人間の子供のように見えなくもないが、よくよく見れば体毛がとても毛深い。本人も否定しているが、当然猫でもない。

 

 ただの『かわうそ』という、れっきとした妖怪である。

 

 かわうそ——彼はオベベ沼に生息していた妖怪だが、今はゲゲゲの森の一員として鬼太郎たちとも交流を持っている。人を騙したり驚かしたりと悪戯好きな側面もあるが、基本的には人畜無害。山で怪我をした人間を介抱したりと結構優しい一面もある。

 

 しかし、狒々にとってはある意味因縁深い相手。かわうそを前に狒々は敵意満々に叫んでいた。

 

「おんどれ、こないなところで何してるんや!! まさか……またわしから教え子を奪うつもりか!? そうはさせへんぞ!!」

 

 狒々は過去、かわうそに自身の教え子・岡倉優美のコーチの座を奪われたことがあり、そのことを今でも根に持っていた。

 もっとも、その敵意もかわうそにとってはお門違いなもの。

 

「いや……あれはあの子の方から無理やり……それにオイラ、コーチなんかとっくにクビになったし」

 

 そう、かわうそは優美のコーチになりたくてなったわけではない。

 

 彼がフィッシングを楽しんでいたところ、何故か優美の方から『なんて美しいスイングなの!?』『貴方、一流テニスプレイヤーね!?』『わたしのコーチになって!!』と何を勘違いしたのか、かわうそを無理やりコーチにスカウトしたのだ。

 しかも、途中で己の勘違いに気づいたのか。優美はかわうそをクビにし、ぬりかべコーチへと鞍替えした。ある意味で、かわうそも優美のはちゃめちゃぶりに巻き込まれた被害者である。

 

「……ところで、その子大丈夫なのか? なんか色々とヤバそうだけど?」

 

 それ故、かわうそはその頃の話を掘り返したくなく、彼は現状——倒れている桜乃に目を向けて狒々の注意を逸らす。

 

「あっ!! そ、そやった!! 早よう、なんとかせな!! ど、どないしたらええと思う!?」

 

 狒々も、今は過去の遺恨に拘っている場合ではないと思い直す。

 自分一人ではどうにもならない状況、桜乃を助けるにはどうすべきか。彼はかわうそに意見を求める。

 

「う~ん……普通に救急車呼べば?」

「それや!! うっかりしとったで!!」

 

 冷静なかわうそは無難な方法として救急車を手配することを提案。その案に狒々は今気づいたとばかりに自身のスマホを取り出す。

 人間社会でコーチなどやっている関係上、当然彼も現代の文明利器をある程度使いこなしている。

 

 善は急げと、狒々は桜乃のためにも急いで救急車を手配しようとした——

 

 

「——ちょっと!!」

 

 

 しかし、そこへさらなる乱入者が駆け込んでくる。

 

 

「——アンタたち、桜乃に何やってんのよ!!」

 

 

「へっ……?」

「アンタ……たち?」

 

 狒々と、おまけにかわうそにまで敵意の視線を向ける少女がそこにいた。

 

 

「今すぐ……桜乃から離れなさい!!」

 

 

 その少女の登場により、事態はさらにややこしい方向へと発展していく。

 

 

 

×

 

 

 

「……竜崎……元気なかったな……」

 

 青学男子テニス部に在籍する越前リョーマ。

 彼は現在、実家にある自身の部屋のベッドで寛いでいた。

 

 外国を飛び回って武者修行を繰り返す破天荒なリョーマだが、日本に帰れば当然のように戻るべき家がある。今夜は久しぶりに帰宅した息子に対し、母である倫子が手料理を惜しげもなく振る舞ってくれる予定だ。当然、リョーマの食べたかった和食である。

 しかし、リョーマは夕食ができるのを待ちながらも——その脳裏に一人の女子・竜崎桜乃のことを思い浮かべていた。

 

「…………あのときの負け……まだ引きずってんの?」

 

 久しぶりに会った彼女の元気がなかった理由にリョーマは一つだけ心当たりがあった。数ヶ月前の中学女子テニスの地区予選、岡倉優美という選手に惨敗したあの試合だ。あの日、あの会場にいたリョーマもあの試合は観戦していた。

 

 というより、リョーマがあそこにいた理由こそが、まさに『竜崎桜乃の試合』を見るため。

 もっと言えば——桜乃の応援にわざわざあの会場まで、足を運んでいたのだ。

 

 勿論、帰国したのは別の理由があったから。桜乃の試合を見るためだけに日本に帰っていたわけではない。ただ——

 

「竜崎には……色々と借りもあるからね……別に、それだけのことだったけど……」

 

 誰に言い訳をするでもなく、リョーマは一人そんなことをポツリと呟く。

 

 

 リョーマは去年開催されたU17の世界大会の最中。日本代表ではなく、アメリカ代表選手としてプレーをしていた時があった。最終的には日本側に戻ることになるのだが、どっちつかずなリョーマの態度には彼と仲の良い先輩である桃城(ももしろ)(たけし)でさえ激怒し、鉄拳制裁をお見舞いした。

 

『——何勝手なことしてんだよ、越前!!』

『——お前がアメリカに行ったから怒ってんじゃねぇーよ! ノコノコ戻ってきやがって!!』

『——代表に選ばれなかった奴の気持ち、考えたことあんのかよ!?』

 

 まったくもってその通りの正論。反論の余地もない。これにはさすがのリョーマも何も言い返せない。

 

 幸い、桃城がそうやって皆の意見を代弁して怒ってくれたおかげか。他の誰かが表立ってリョーマを責めることはなかった。しかし、口に出さないだけで不満も持っていた選手もいただろう。それは応援する側も同じ気持ち。

 リョーマの同級生たちなど。わざわざ海外まで応援しにきたというのに、まさかの日本ではなくアメリカの代表である。これにはリョーマファンクラブ会長である小坂田朋香でさえ、リョーマではなく日本代表の応援を優先するほどだった。

 

 だがそんな中、アメリカ代表としてプレーするリョーマを一人応援する少女がいた。

 それが——竜崎桜乃であった。

 

『——どこの代表でも、リョーマくんのテニスを応援してるから……』

 

 あの時の言葉にはさすがに鈍感なリョーマでさえ何か——『特別なもの』を感じずにはいられない。

 

 あれ以来だろうか。外国でも相変わらず不良に絡まれたり、変な王子の馬に乗せられたりと。そういった騒動に巻き込まれる桜乃のことを、あれこれ気にかけるようになったのは。

 

 

 

 

「……一応、アメリカに行く前にもう一度会っておくか……」

 

 とはいえだ。あくまで気にかける程度のこと。

 数日後にはアメリカに旅立つ予定であり、それを曲げてまで優先するほどのことではない。

 

 また渡米する前にもう一度、顔を合わせることができたらあの試合に関してそれとなく聞いてみようと。リョーマは桜乃に関してはそれで思考に整理を付けた——つもりであった。

 

 ところが——

 

「ん? 電話……小坂田から?」

 

 リョーマの携帯に着信があった。画面に表示された通話相手は桜乃の親友・小坂田朋香である。

 

 いつも「リョーマ様! リョーマ様」と自分を見かけるたびにはしゃぎ回る少女。そういった感じで自分に付きまとう相手は日本にも海外にもたくさんおり、正直そういった輩をリョーマはあまり好ましくは思っていない。

 だが、この朋香に関してはこれといって悪い感情を抱いてはいない。同級生ということもあるがこの朋香という少女、見境がないように見えて意外にも選手への配慮やプライバシーはキチンと遵守するらしい。

 一定のラインで線引きをしており、あくまでファンとして純粋にリョーマの応援をしてくれている。

 

 だからこそ、こうして携帯電話の番号を教えるくらいには気を許しているのだが——

 

「珍しいな。あっちから掛けてくるなんて……」

 

 連絡先を教えたからといって、朋香は頻繁にコンタクトを取ってくるような相手ではない。リョーマから気まぐれに連絡を取るか、本当に重要な案件があるときだけあちらから連絡があるくらいだ。

 しかも、彼女とは先日に顔を合わせたばかり。それなのにわざわざこんな夜分に連絡を取ろうとするなど、あまりにも朋香らしくない。

 

「…………もしもし?」

 

 出るか、出ないか。

 少し迷ったが、リョーマはとりあえず電話に出ることにした。

 

『——リョーマ様!! 大変!! 大変なんですよ!!』

「ちょっ……どうしたのいきなり、そんな血相変えて……」

 

 電話に出た瞬間、間髪入れずに朋香の悲鳴のような怒鳴り声が聞こえてきた。

 いつも自分には柔らかい態度の彼女にしては珍しく、そのギャップにちょっと驚きながらもリョーマは冷静に聞き返す。

 

『ご、ごめんなさい、リョーマ様!! あ~! でも、わたし、どうしたらいいか分からなくて!!』

「落ち着いてよ……ほら、一旦深呼吸して……」

『は、はい! すぅ~……はぁ~…………大丈夫です。すみません、リョーマ様……』

 

 朋香はリョーマから冷静になるように諭され、指示通り一旦深呼吸を入れる。それで何とか平静さを取り戻したようでとりあえず静かになった。

 電話先の相手が落ち着いたことを確認し、リョーマは改めて要件を尋ねる。

 

「で、なんかあったの? 珍しいじゃん、こんな夜遅くに……」

 

 夕食前のちょっとした待ち時間を邪魔されたせいか、その声音には若干の不機嫌さが混じっていた。

 だが——

 

『そ、そうだった!! 大変なんです! 桜乃がっ! 桜乃が——」

「!! 竜崎が……どうかしたの?」

 

 朋香の口から出た竜崎桜乃の名にリョーマは目を見開く。そして——

 

 

 

 

 

 

 

『桜乃が倒れて……今、救急車で病院に——』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「————————————」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少年の思考と視界が数秒、真っ白になった。

 

 

 

×

 

 

 

「はぁはぁ……」

 

 小坂田朋香から連絡を貰った越前リョーマ。彼は夕食を取る間もなく、全力疾走で夜の街を駆け抜けて目的地へと向かう。

 彼が向かう場所は——『竜崎桜乃が救急車で運ばれた』という病院である。

 

 距離自体はそれほど遠くなかったため、数十分で目的地へと到着したリョーマ。彼は息を切らしながら建物の中へと駆け込んでいく。

 

「小坂田!!」

「リョ、リョーマ様!?」

 

 病院に辿り着いて早々、彼は沈痛な面持ちで先に待合室に座り込んでいた朋香に声を掛ける。朋香はリョーマの顔を見るや一瞬その表情を綻ばせるも、すぐにその顔色を暗いものへと戻してしまう。

 さすがに親友が倒れたこの状況下で、リョーマとの会合を無邪気に喜んではいられない。

 

「小坂田、竜崎の容体は……」

 

 リョーマは乱れた呼吸を整えながら、朋香に桜乃の容態を詳しく尋ねる。

 

「——リョーマ? なんだってアンタまでここにいるんだい?」

 

 その問い掛けに朋香が答える前に、その場にいたもう一人の訪問客が口を挟む。

 その老齢の女性を前に、リョーマは襟を正す気持ちで彼女に目を向ける。

 

「竜崎先生……」

 

 その女性も竜崎。フルネームは竜崎スミレ——竜崎桜乃の祖母である。

 彼女は青春学園中等部で数学教師をしており、部活動では男子テニス部の顧問をしている。テニスの試合でも監督としてその手腕を発揮し、リョーマ自身も何かと世話になっている相手である。

 スミレは桜乃の身内としてここに呼ばれたのだろうが、何故そこにリョーマまでいるのか疑問を抱いているようだった。

 

「ごめんなさい、先生……わたしが連絡したんです。わたし……桜乃が倒れて、すごく不安になって……それで!!」

 

 朋香が申し訳なさそうに頭を下げる。

 リョーマに桜乃が倒れたと連絡を入れたのは彼女だ。本来なら身内でもなんでもないリョーマに連絡などするべきではなかったのだが、彼女はどうしようもない不安からリョーマに助けを求める思いで彼に電話を掛けてしまっていた。

 それに応える形で、こうしてリョーマが駆けつけて来たというわけだ。

 

「なるほど……まあ構わないさ」

 

 経緯を理解し、とりあえずスミレはリョーマがこの場にいることを受け入れる。彼女は桜乃を心配している子供たちを落ち着かせようと孫の容態を簡潔に述べた。

 

「桜乃は……オーバーワーク、いや……『オーバートレーニング症候群』ってやつだね」

「オーバー……? そ、それって、重い病気なんですか?」

 

 症候群などという物騒な響きから表情を不安げなものに曇らせる朋香。リョーマもその顔に緊張感を滲ませる。

 

「まあ、端的に言えば練習のしすぎ……ストレスのかけ過ぎさね。命に別状はないが……ちょっと厄介な症状さ」

 

 スミレの口から語られる、オーバーワーク症候群の主な症状。

 それはスポーツ活動において生じた肉体的・精神的な疲労が十分に回復しないまま、積み重なった状態で慢性的に体に負担を掛けている状態である。一気に激しい運動を行うことで疲労が起こるオーバーワークとも少し違う症状らしい。

 この状態が長く続くと競技成果の低下、トレーニング成果の低下を招き、さらに日常生活においても慢性的な疲労感、睡眠不足からの免疫力低下など様々な症状を引き起こす。

 直接的に命をどうこうする病気ではないが、正常な状態に戻すにはそれなりの休養が必要とのことだ。

 

「今はとりあえず安静にしていることだね。医者の話じゃ、そこまで重度の症状じゃないらしいけど……回復には少し時間が掛かるらしい」

「そんな……桜乃……」

「…………」

 

 命に大事ないとはいえ、決して手放しに喜んではいられない状態に朋香もリョーマもさらに沈痛な面持ちで俯く。そんな子供たちを見守りながら、スミレも自嘲気味にため息を溢していく。

 

「まったく……まさかあの子がここまで自分を追い込むトレーニングをしてたとはね。気づいてやれなかったあたしも馬鹿だったけど……狒々村!!」

「——ギクっ!!」

 

 彼女は保護者として孫の状態に気付けなかった自身を情けなく思いながらも——その怒りを一人の男にぶちまける。

 待合室の端っこの方で小さく蹲っていた大きな体。ジャージをまとい、室内にもかかわらずサングラスを掛けた見るからに怪しい男。

 

 狒々村こと、妖怪・狒々である。

 

「アンタがどういった経緯であの子のコーチを引き受けることになったかは知らないが、選手があんな状態になるまで追い込むなんて……アンタ、それでも指導者かい!?」

「い、いや……その、これには事情が……わ、わしもそろそろヤバいかとは思ったんやけども……」

 

 激怒するスミレに、狒々はしどろもどろな答えを返す。

 彼は現在、あくまで人間に擬態している状態であり、それがバレないかとヒヤヒヤしている。加えて、桜乃が倒れたことに彼自身も責任を感じているため、強気な態度に出ることができないでいた。

 そんな狒々にスミレと、そして朋香が非難の目を向けている。

 

「……? 小坂田、あのおっさん誰?」

 

 一方のリョーマ。そもそも彼は狒々村のことを知らないでいる。

 というよりも彼の場合、U17選抜での強化合宿など——狒々のパワハラが可愛く見えるような地獄の合宿を乗り越えてきたため、世間が気にするような道徳やら倫理などのニュースに全く関心を持てないでいる。

 強くなるためなら訓練も厳しくなって当然。それがリョーマの意見だ。だが——

 

「狒々村っていう有名なコーチですよ。けど以前も選手へのパワハラが問題になって、コーチをクビになったんです。あいつのせいで……桜乃が!!」

「——っ!!」

 

 朋香の熱のこもった発言に、リョーマの表情も自然と強張る。

 桜乃が倒れた原因に、この狒々村とかいう男のパワハラ行為があるかもしれないことに彼も胸の内側から『何か』が込み上げてくる。

 

「い、今はその件は関係あらへんがな! 別にわいは桜乃はんにパワハラなんかしてないで!!」

 

 しかし、朋香の発言に狒々が反論する。

 確かに今回、桜乃を指導するにあたり狒々は彼女を叩いたり、水を与えないなどのパワハラ行為には及んでいない。少なくとも今回の一件、以前の優美の件を持ち出して彼を責めるのは筋違いかもしれない。

 

「何よ! 言い訳する気!? あたし知ってんだからね!! アンタ、パワハラだけじゃなくて、セクハラでも問題になったんでしょ!?」

 

 だが、一度付いた悪評というものを払拭するのはなかなか難しい。

 朋香はマスコミの報道を真に受けているようで、狒々村という男へ悪いイメージを膨らませていた。

 

「どうせ特訓とかいって、桜乃にいやらしいことでもしてたんでしょ!? このケダモノ!!」

「け、け、ケダモノ……だ、誰がそないなことするか!!」

 

 さらに親友を想うあまり、朋香は過激な発言で狒々を罵倒していく。

 それに対し、狒々もそこまで言われる筋合いはないと口論へと発展していく両者。

 

 

 

 

 ——……セクハラ? 誰が、誰に?

 

 その口論の横で、越前リョーマは一人思考する。

 

 ——竜崎が……このおっさんに………セクハラ?

 

 彼の耳元には朋香の放った『セクハラ』発言が何度も響いていた。

 自分が気に掛かっていた女子が、おっさんにセクハラ紛いの指導を受けていたという可能性に——自然とその際の描写が脳内に浮かび上がる。

 

 

 そう、『ぐへへへ……』と笑う狒々村のいやらしい笑み。

 強くなるためだと、そのいやらしい行為に耐え『くっ!』と、涙ぐみながらも必死に訓練する竜崎桜乃の健気な姿。

 

 

 言わずとも、それはリョーマや朋香の完全なる誤解だ。

 優美にも、桜乃にも。狒々はそのようなハレンチな行為には及んでいない。

 

 

 

 だが、それが誤解だと理解されることはなく。

 

 

 

 高ぶる感情とともに——少年の視界は真っ赤に染まっていく。

 

 

 

 

 

 

 

「——ねぇ」

「あっ? なんや小僧、今は取り込み中……って、うおっ!!」

 

 気が付けばリョーマは狒々村へと歩み寄り、手に持っていた『ラケット』を彼の顎先へと突き付けていた。

 

 テニスラケット——こんなときでも欠かさず持ち歩いている、リョーマにとっての矛であり盾である。

 勿論、そのラケットで狒々の顔面をぶん殴るような無粋な真似はしない。あくまで自分の戦う場——『戦場』へと引きずり込むため。

 

「アンタ……有名なテニスのコーチなんでしょ?」

 

 表面上、冷静を装いながらリョーマは宣戦布告代わりに狒々村を挑発していた。

 

 

 

「——俺にも……テニス教えてよ」

 

 

 

×

 

 

 

 ——……なんでわしがこないなとこで、こんな坊主相手にテニスせなあかんのや?

 

 狒々は今の状況に困惑していた。

 

 彼は特訓中に教え子である桜乃が倒れ、焦りつつも救急車を呼んで病院まで付き添ってきた。とりあえず、命に別条はないとのことで安堵するのも束の間、彼は駆けつけてきた桜乃の保護者、病院まで一緒だった親友であるという少女から、これでもかというほどに罵倒され、非難される。

 無論、自分に非があることを理解しているため、その責めは甘んじて受ける狒々。しかし、話が過去のパワハラからセクハラへと発展したあたりでさすがに感情が昂ってしまい、思わず言い争うになってしまう。

 そこへ先ほどの少年の『俺にもテニス教えてよ』という台詞である。もう訳が分からない。

 

「——リョーマ様!! そんなやつ、コテンパンにやっつけっちゃってください! 桜乃の仇を!!」

「——ん……」

 

 狒々の眼前にはテニスラケットを構えた少年・越前リョーマがいる。

 そのリョーマを応援すべく、小坂田朋香がコートの外で手を振っている。

 

 そう、狒々たちは現在、病院から少し離れたテニスコートに来ていた。

 

 そこでどうやら自分はこの少年とテニスの試合をすることになったらしい。流されるままにここまで来た狒々は未だに理解が追いつかないながらも、とりあえずラケットを構える。

 

 ——……まあ、ええわ。適当にこの坊主の相手をしたら……また桜乃はんの容態でも聞いて……ずらかるか……。

 

 試合をする姿勢になりつつも、頭の方では未だに桜乃の容態を心配している狒々。

 彼はこの試合を適当なところで切り上げ、桜乃の容態を今一度確認。そして一旦は姿を晦ますつもりでいた。またマスコミが騒ぎ出し、面倒なことになるのを恐れているのだ。

 

 ——それにしても……はぁ~、またやってもうたな、わし……。

 

 狒々も今回の一件を真剣に反省している。

 頭と気持ちを落ち着かせるためにも、今一度人間社会から離れるつもりでいた。

 

「それじゃあ…………行くよ」

 

 そんな狒々の内なる気持ちなど知る由もなく、少年のサーブから始まる試合。

 狒々は軽い気持ちで、彼の——越前リョーマのサービスを受けるつもりでいた。

 

「らっ!!」

「——っ!?」

 

 ところが少年の放ったサーブの勢い、スピードに狒々は驚愕する。

 

 ——っ! は、速い!?

 

 速度と、そしてパワーを兼ね備えた鋭いサーブ。

 正直、これほどのサーブを打てる中学生がいるとは思ってもいなかった。

 

 ——けど……追いつけんスピードやないで!!

 

 だが予想外のサーブに驚きつつも、一瞬で思考を勝負へと切り替えた狒々はその速度に追いつく。

 選手としてかなりの技量を誇る狒々の腕前があればこの程度のサーブ、余裕で打ち返せることができる——筈であった。

 

「——なっ、なにっ!?」

 

 しかし、通常の軌道を予測して身構えていた狒々の予想とは裏腹に——バウンドしたボールは狒々の体の方、顔面に向かって飛んできた。

 

「うおっ!?」

 

 慌てて顔を逸らす狒々。

 ギリギリ直撃は免れたものの、サーブに触れることができず相手のサービスエースを許してしまう。

 

「決まったわ!! リョーマ様のツイストサーブ!!」

 

 これに朋香が大喜びしたことで狒々はそのサーブの正体が『ツイストサーブ』であることを知る。

 ツイストサーブ。通常のサーブとは逆方向にバウンドするサーブのことである。

 

 ——えっ? 今のツイスト? ツイストサーブか!? ツイストって……あないにエゲツなく曲がるもんなんか?

 

 しかしその軌道、まるで狙いすましたかのように顔面に向かって飛んできたサーブに狒々は驚愕する。

 少なくとも、彼の知識にあるツイストサーブはあのような曲がり方はしない。

 

 それをああまで鋭く、しかも中学生が打ってきたことに狒々は暫し唖然となっていた。

 

 

 すると——

 

 

「あれ……? アンタって、有名なテニスのコーチなんでしょ?」

 

 サーブを決めたリョーマが狒々へと話しかける。

 彼は、あからさまにがっかりといった態度で盛大にため息——狒々に向かって挑発的な言葉を吐き捨てる。

 

 

「この程度のサーブ……初見で打ち返すこともできないわけ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「——アンタ……まだまだだね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………………………あん?」

 

 

 

 その生意気な台詞に——今度は狒々がブチキレる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ——ちっ、避けられたか……もう一丁!

 

 リョーマは自身のサーブが綺麗に決まったことにも喜ばず、続け様に次のサーブを放つために構える。狒々村の顔面を狙ったリョーマからすれば、避けられた時点で失敗。いくらポイントを取ろうが何の意味もない。

 

 ——何だか知んないけど……俺、すっげ苛立ってんだよね……覚悟してもらうよ!

 

 リョーマはこの試合、ただの試合で終わらせるつもりはなかった。

 できるだけ無様に、完膚なきまでに狒々村を叩き潰すつもりでいた。

 

 スポーツマンとして色々と間違っているような気もするが、それだけ少年の心が掻き乱されている証拠だ。

 リョーマ自身、何故にこれほどまでに自身の心が荒ぶっているのか自覚はない。

 

 桜乃がこのコーチのせいで倒れた。

 パワハラ、セクハラをされたかもしれないという可能性を考えるだけで、どうしようもなくムカついてくる。

 

 ——喰らえ!!

 

 湧き上がる正体不明の苛々を解消するためにも、リョーマは容赦のないツイストサーブを再び狒々村の顔面目掛けて放っていく。

 

 だが——

 

「……ふんっ!!」

 

 またも完璧な軌道で顔面へと飛んでいくリョーマのツイストサーブ。

 狒々村はそれを巧みなステップで躱し——力強いショットで余裕に打ち返してきた。

 

「なっ!? か、返した!!」

 

 唯一の観客である朋香は狒々村がツイストサーブを返したことに驚いているが、リョーマは比較的冷静だった。

 

 ——へぇ~……少しはやるじゃん、そうこなくっちゃ!!

 

 ある程度の熟練者であれば自分のツイストサーブを返すことなど容易だ。

 少なくとも、この程度のことはできるらしい狒々村の技量に特に驚くようなことはない。

 

 ——なっ!? お、重い……!

 

 しかし、返球されたリターンをさらに打ち返そうとしたところ、その球の重さにリョーマは驚愕する。

 重い。まるで鉛玉のように重くなっていたボール。咄嗟に出した片手だけでは満足には打ち返すことができず、リョーマそのボールを高めに返球してしまう。

 

 その隙を見逃す狒々村ではなかった。

 

「——喰らえっ!!」

 

 雄たけびを上げながら狒々村はジャンプ。高々とあがったロブを、人間離れした跳躍力で飛びあがり空中でスマッシュ。

 リョーマの先輩である桃城も得意とする『ダンクスマッシュ』で打ち返された球はそのまま地面へと——突き刺さった。

 

「なっ……!」

「こ、コートに……めり込んでる」

 

 あり得ない。いったいどれほどの力を込めれば——ボールが地面にめり込むというのか。

 凄まじい威力のスマッシュにリョーマも朋香を言葉を失う。

 

「——おい、小僧」

「っ……!!」

 

 すると、今度は狒々村の方からリョーマにへと声を掛ける。

 

 

 先ほどまで、確かに狒々は桜乃のことで後ろめたさを覚えており、テニスなどやっていられる心境ではなかった。

 しかし人間の、それもリョーマのような小僧にあのように挑発され、それで黙っていられるほど彼は寛大ではない。

 

 年長者としての意地、妖怪として人間如きには負けられんと。

 狒々は闘争本能を剥き出しに、一人のテニスプレイヤーとしてリョーマを叩き潰そうと襲い掛かる。

 

 

「吐いた唾飲み込めんぞ。覚悟はできてるんやろうな……ああん!?」

 

 

 それに対し、リョーマは——

 

 

「いいよ、やってやろうじゃん……」

 

 

 さらに闘争心を燃やし、狒々村へとテニスでの勝負を挑んでいく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 と、男たちがテニスで熱い火花を散らしていた頃。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……う、ううん…………あれ、わたし……どうして……?」

 

 病室のベッドに寝かされていた竜崎桜乃が目を覚ましていた。

 朧げな意識の中、まず最初に彼女はここは何処か、何故自分がこんなところにいるのかという疑問を持ち——ハッと気を失うまでの出来事を思い返す。

 

「そっかわたし、狒々村コーチとの特訓中に倒れて……それで……」

 

 彼にコーチをお願いしておきながら、どうやら自分は倒れてしまったようだ。

 桜乃は己の軟弱さ、不甲斐なさにさらに自分自身を責める思いで気を沈めていく。

 

「……目覚めたかい、桜乃」

「お、おばあちゃん? どうしてここに?」

 

 だが、自分の目覚めを出迎えてくれたのは狒々村ではなく、祖母の竜崎スミレであった。

 桜乃は周囲に心配を掛けまいと、夜遅くまで練習していることは家族にも友人にも秘密にしていた。それなのにどうして祖母のスミレがここにいるのかと疑問を抱く。

 そんな桜乃をスミレは保護者として叱りながらも、今ここに自分がいられる理由を告げていく。

 

「どうしてじゃないよ!! まったく……小坂田のやつに感謝するんだね」

「えっ……朋ちゃん?」

「ああ、アンタのことを心配して……遅くまでずっと街中を捜し回ってたそうだよ。あの子が見つけてくれなかったら……まったくどうなってたことやら……」

 

 スミレが言うに、朋香が桜乃の倒れる現場に間に合ったおかげで迅速に竜崎家へと連絡を取ることができたという。もしもあの場にいたのが狒々村だけだったなら、スミレたちの元へと連絡がくるのにもう少し時間が掛かっていただろう。

 当然事情を聞きつけてスミレ、それと桜乃の両親もすぐに病院へと駆けつけていた。両親の方は現在、医者から話聞いているため席を外しており、病室内は桜乃とスミレの二人っきりだった。

 

「そっか、朋ちゃんが……あとでお礼言っておかないと……それで、その朋ちゃんは? それに……狒々村コーチもいないけど?」

 

 桜乃は親友である朋香に心配を掛けてしまったことを申し訳なく思いながらも、胸の内には温かい気持ちが溢れる。だがその親友の姿が見えず、またもう一人、自分が倒れた現場にいた筈の狒々村がどこに行ったかを尋ねていた。

 

「小坂田なら……今頃は観戦してるだろうね。狒々村と越前の試合を……」

「えっ? リョーマくん……? 何でリョーマくんが!? それに……狒々村コーチと試合って?」

 

 スミレの説明にいまいち状況を把握できない。

 何故そこにリョーマが出てくるのか分からないし、そもそも何で二人がテニスの試合をすることになったかも謎である。

 

「……まっ、あいつもアレで男だったてことさね。女絡みで熱くなるところは……なんだかんだで親父の南次郎譲りかもしれないね」

「???」

 

 一人納得するスミレに、桜乃はますます意味が分からず疑問符を浮かべる。

 しかし桜乃の質問にそれ以上答える様子を見せず、スミレは真剣な面持ちでそれまで聞かずにいた問題の方へと切り込んでいく。

 

「それにしても……桜乃、どうして狒々村なんかにコーチを頼んだんだい? 言ってくれれば、あたしが練習見てやったてのに……」

 

 そう、狒々村コーチとの特訓の件。

 聞くところによると、桜乃の方から無理を言って狒々村にコーチを願い出たという。その事実を本人に確認し、何故自分を頼らなかったのかも聞いていく。

 

「ご、ごめんなさい。けど……おばあちゃんは男子テニスの方で忙しいと思ったから……」

 

 確かにテニスの指導者であれば祖母であるスミレに頼むこともできた。だが彼女は青学男子テニス部の顧問であり、それを邪魔してはいけないという遠慮の気持ちが桜乃に祖母を頼らせることを躊躇わせていた。

 それに——

 

「それに……知られたくなかったのかもしれない。おばあちゃんや朋ちゃんに……こんな、ぐちゃぐちゃになった自分の感情を……」

「……? どういうことだい、それは?」

 

 近しい人間だからこそ、知られたくなかった感情があったと。

 無理をして倒れた今だからこそ告白できる胸の内を——桜乃は祖母へと正直に溢していく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なるほどね。そんなことを考えていたとは……」

「…………」

 

 桜乃は全てを話した。

 

 自分があの日、優美選手に負けた後にあった出来事。

 それにより感じていた焦燥、彼に——越前リョーマに付いていけない、置いていかれるという不安と恐怖。

 その不安を少しでも払拭しようと、強くなるために無茶なトレーニングを課し、たまたま知り合った狒々村にも迷惑を掛けてしまったと。

 正直なところ、桜乃も未だに自身の心がどこにあるのか定まっておらず、上手く説明できた自信はない。

 

「しかしそうか……自分一人でそこまで考えて…………子供の成長ってのは……早いもんさね」

 

 だが人生経験豊富なスミレは、先ほどの話で桜乃の悩みの本質をそれとなく見抜いたようだ。

 彼女は暫し考えこみ——そして何かを決心したかのように、真剣な眼差しで桜乃と向かい合う。

 

「桜乃には……もう少し無邪気にテニスを楽しんで欲しかったけど……こうなったら仕方ない。ここは一つ教師らしく、進路相談でもしようか」

「進路相談?」

 

 祖母が何を納得し、何故そのような言葉を口にしたのか桜乃は未だに理解しきれていない。

 しかし、スミレは困惑する実の孫に向かい、教育者としてとある質問を投げ掛けていた。

 

「桜乃……アンタはこの先の将来……テニスとどう関わっていくつもり…………いや——」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「——アンタはテニスに……人生を賭けることができるかい?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




人物紹介

 竜崎スミレ
  竜崎桜乃の祖母。青学男子テニス部の顧問。
  今回は貴重な教育者枠として、桜乃の悩みに答えていく役どころ。
  若い頃は美人でナイスバディだったらしいが……ギャグシナリオでは我々視聴者にトラウマを植え付けるほどのナイスバディ(笑)を披露することになる。

 桃城武  
  リョーマの先輩。たぶん同じ部活内なら一番仲の良い間柄だと思われる。
  中の人が狒々と同じヤング小野坂。
  狒々の「スマッシュ!」を見て、「ダンクスマッシュ!」だと思った人はきっと作者だけではない筈。

 越前南次郎・倫子
  リョーマの実父と実母。名前だけの登場。
  南次郎の方はアニメでそこそこ出番があるのですが、倫子の方はほとんど顔も見せない。けど若い頃の二人のエピソードは好き。今回の話の一部も、それとなくその話を参考にしたりしてます。

 かわうそ
  ゲゲゲの鬼太郎、六期のかわうそ。
  蛤船を操縦したり、女性とシェアハウスでお見合いしたりと、アニメ本編でもそこそこ出番がある。
  いつの間にかフェードアウトしてますが彼が出演したのにも、唐突にいなくなってるのにも意味があります。


 次回で『テニスの王子様』のクロスは完結。
 ここまで鬼太郎くん、影も形も出番がありませんが……ちゃんと登場しますのでご安心を!!
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