ゲゲゲの鬼太郎 クロスオーバー集   作:SAMUSAMU

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…………書き終わってから気づいたけど。

これ、鬼太郎の小説やない。
テニプリの小説だ!!

ほぼ八割方が『テニスの王子様』要素で覆われている。
『ゲゲゲの鬼太郎』要素は、ほんとに添える程度だ……。

一応、鬼太郎くんの出番はあるけど……うん、何も言うまい。

とりあえず書けたので……最後までお楽しみください!


テニスの王子様 其の③

 越前リョーマは中学二年生ながらも、かなりの実力者だ。

 

 去年の中学生全国大会。中一でありながらも母校の青春学園を優勝へと導き、中学テニス界No. 1の座に輝いた。

 また、同年内に行われたU17の世界大会でも代表として選ばれ、世界の強敵相手に戦い抜いた。

 その後も狭い日本を飛び出し、海外を飛び回っては世界の強豪を相手に今も活躍を続けている。

 

 彼の実力は海外のプロにすら通じるレベル、もはや中学生という枠組みに収まらない器であった。

 そんな確かな実力を持つ彼が、越前リョーマが——

 

 

 狒々村という選手相手に——思いの外、苦戦を強いられていた。

 

 

「——オラオラ、どした!! さっきまでの威勢はどこいきおった、チビ助が!!」

「ちっ!」

 

 狒々村の強烈なショットを何とか打ち返していくリョーマ。意外にも手強い相手の実力に彼は苛立ちを募らせていく。

 

 ——こいつ、なんて人間離れしたパワーだよ。ショットの一つ一つが……重い!

 

 狒々村の打球、スマッシュは当然ながらサーブもストロークもそのどれもがまるで鉛のように重い。まるで人間を相手にしている気がしない(狒々は人間ではないのだから当然)。

 

 ——しかも、あの図体でなんてすばしっこい! 

 

 しかもその巨体に見合わぬ身軽さ。どこへ返してもその人間離れした反射神経で楽々と追いつき、逆にギリギリのコースに返してくる。まるで猿のようなフットワーク(狒々は大猿の妖怪です)。

 

 ——チッ、ボールが……見えにくい! おまけに……なんか体も重いし……。

 

 加えて、今の環境。テニスコートにナイター用の照明があるとはいえ、現時刻は夜だ。

 本来、人間は夜に激しい運動をするようには出来ていない。昼間と違い、リョーマは選手としていつものパフォーマンスを発揮できずにいる(逆に妖怪にとっては夜こそが本領発揮の場である)。

 

 と、あらゆる意味で不測な事態を前にリョーマは狒々村への苦戦を余儀なくされていた。

 そんな苦しむリョーマへ、唯一の観客である小坂田朋香が声援を送る。

 

「リョーマ様、負けないで! 桜乃のためにも!!」

「——!!」

 

 彼女の言葉にリョーマは気付かされる。

 

 今、自分がここに立っている理由を——

 

 ——……そうだった。負けらんないよね。こいつのせいで……竜崎が!!

 

 竜崎桜乃は狒々村のパワハラ、セクハラのせいで倒れてしまった(それは全て誤解です)。

 

 本来、リョーマにとってテニスと自分との戦い。彼はいつだって、自分のためにテニスをしてきた。

 しかしこの試合、この瞬間だけは違う。今の彼は——桜乃のために戦っていた。

 

 桜乃の受けた痛みを、雪辱を晴らすためにも——今、ここで負けるわけにはいかないのだ。

 

 

「——これで……トドメや!!」

 

 

 だがそんなリョーマの心中などお構いなしに、狒々村は彼の息の根を止めようと再び『ダンクスマッシュ』を打ち込んできた。

 リョーマへと放たれる直撃コース、まともに受ければ人間の肉体などただでは済まない。

 

 ——こんなところで俺はっ、負けられない!!

 

 迫る脅威を前に、リョーマはこの戦いが絶対に負けられない死闘であることを改めて悟る。

 

 

 

 その刹那——彼の中で『それ』は覚醒する。

 

 

 

「な、なんやと……?」

 

 トドメの一撃を、ダンクスマッシュを放った狒々の方が唖然となる。

 

 これで終わったと思った。

 些か大人気なかったと反省しながらも、その一撃で全ての決着が付いたと確信していた。

 

 

 ところが、放たれたショットが相手のコートに突き刺さることはなく——ボールは狒々の後方、ベースライン上へと落ちていた。

 

 

 そう、狒々が渾身の力を込めたダンクスマッシュを、リョーマは華麗に打ち返したのだ。

 こちらに背を向け、両手を広げた状態で——

 

「今のは……不二先輩の羆落とし! ってことは、リョーマ様……!」

 

 観戦者である朋香はその構えが青学の天才・不二周助の必殺技『(ひぐま)落とし』を放った後のポーズであることを理解し、そして察する。

 他者の技を自分のモノのようにして扱える今のリョーマの状態。

 

 

「出た! リョーマ様の——無我の境地!!」

 

 

 それこそが今の越前リョーマ——光輝く閃光を纏った彼の覚醒した状態であると。

 

 

 

『無我の境地』とは。

 選手が限界を超えるプレイを行う際に稀に起きる現象。別の言い方で『ゾーンに入った』とも呼べる状態である。

 限界を超えた先、選手の体はほぼ無意識に動き、その状況にもっとも適切な技をこれまで体験したことのある選手たちとの対戦経験を元に模倣して繰り出すことができるようになる。

 今の攻防、狒々のスマッシュを無力化するため、リョーマはカウンター技である羆落としを模倣したのである。

 勿論、模倣できる技はそれだけに留まらない。

 

 

「——なっ!? ボールが分身して……グェッ!?」

 

 ボールが何十球にも分身したかのように見え、その全てが狒々村の体に直撃する。

 不動峰・橘桔平(たちばなきっぺい)の『あばれ球』である。

 

「——なっ!? 今度はボールが消え……ゲハッ!?」

 

 と、思いきや。今度はボールが消え去り、狒々の死角から彼の顎先へと奇襲を掛ける。

 四天宝寺・千歳千里(ちとせせんり)の『神隠し』だ。

 

「——なぬぅう!! こ、今度はボールが雷を纏って……ギャアアアアア!?」

 

 さらには、ボールが落雷の如く狒々の胸元へと突き刺さる。

 立海大・真田弦一郎(さなだげんいちろう)『風林火陰山雷』の『雷』である。

 

 そして、極め付きは——

 

「——なっ!? ボールが、わしの腕を伝って……」

「出たっ! リョーマ様のCOOLドライブ!!」

 

 相手の球をノーバウンドで打ち返そうとした狒々の腕を、まるで駆け上がるようにボールが転がっていく。

 これはリョーマ自身の必殺技『COOLドライブ』である。ボールはそのまま、狒々の顔面へと殴り込むように打ち込まれていく。

 

「ぐっ……ぐはっ!」

 

 その一撃が駄目押しとなり、狒々はそのままノックアウト。

 越前リョーマ——彼のKO勝利となり、少年は倒れる相手をギラつく瞳で見下ろしていた。

 

 

「——You still have lots more to work on(まだまだだね)

 

 

 

 

 

「やった、リョーマ様の勝利よ! さすがわたしのリョーマ様!!」

 

 越前リョーマの勝利を朋香が大喜びで祝福する。

 憧れの王子様の勝利、そして親友である桜乃の仇を討てたことで胸がすく思いである。

 

「——はぁはぁはぁはぁ……」

 

 だがリョーマは勝利を大袈裟に喜ぶことなく、激しく息を切らしていた。

 この無我の境地。強力な技ではあるのだが、いかんせん体力の消耗が激しすぎる。試合が終わったと同時に纏っていたオーラが消えるも、既にかなりのエネルギーを消耗してしまったのか。リョーマは今にも倒れそうな状態であった。

 

「リョ、リョーマ様! 待っててください! 今、何か飲み物を——!!」

 

 彼の疲労を察し、朋香は素早く動く。

 その辺の自動販売機で彼の好きなファンタでも買って水分補給をさせようと、彼女なりに気を回そうとする。

 

「——ま、待てや。小僧!!」

「なっ!? まだ動けるの……しぶとい奴ね!!」

 

 ところが倒れたと思っていた狒々村が、妖怪・狒々が再び立ち上がってきた。

 そのしぶとさに朋香が辟易するも、狒々はまったく気にした様子もなくリョーマへと鋭い眼光を向ける。

 

「おどれ……ようもやってくれたのう。そっちがその気なら……わしももう、手加減はせえへんぞ!!」

 

 リョーマの怒涛のラッシュに、ついに狒々は我慢の限界を迎える。これまでも彼は本気ではあったが——あくまで人間の範疇で収まるレベルまで力を抑えていたつもりであった。

 

 しかしこの試合、彼は生意気なリョーマを叩き潰すために自ら戒めを解き放ち、体全体に黒いオーラ・妖気を纏っていく。

 

 

「……むむむ……ぬはっ!!!!!!」

 

 

 次の瞬間にも、狒々は人間への擬態のために着ていた衣服も破り捨て、妖怪としての姿を堂々と曝け出す。

 

 

 

 その肉体を巨大化させ——体長・10メートルはあるであろう大猿へと変貌を遂げたのである。

 

 

 

「…………はっ?」

「……えっ? な、なに? 何が起こって……?」

 

 これにはさすがのリョーマも目を丸くしており、朋香にいたっては何が起きているかも理解が追いつかない。

 相手選手が、突然巨大化する。

 まあ、普通であればあり得ないことに、そのような反応になって仕方がないことだっただろう。

 

 だが——

 

「…………へぇ~、面白いじゃん。そうこなくっちゃ」

 

 リョーマが呆気に取られたのも束の間。彼はすぐに気持ちを切り替えて、巨大化した狒々と戦うべくラケットを構え直す。

 

 

 別に——世界レベルであれば選手が巨大化するなど、そう珍しいことではない。

 

 

 その程度でリョーマの戦意が挫けることも、ここで狒々を許す理由にもならない。

 彼はあくまで桜乃の受けた仕打ちを返すため、狒々を叩き潰すつもりでいる。相手が大きくなった=的がデカくなったと前向きに捉え、リョーマはさらに戦意を高揚させる。

 

『いくで……小僧!!』

 

 狒々も、巨大化したままリョーマと試合をするつもりのようだ。

 こうして、越前リョーマVS狒々の戦いも第二ラウンド、さらなる激戦へと突入する——かに思われていた。

 

 

「——そこまでだ! 狒々!!」

 

 

 しかし二人の不毛な争いを止めるべく、その場についに『彼』が駆け付けてくる。

 その人物は建物の上からこちらを見下ろし、狒々村に向かって叫んでいた。

 

「……誰?」

「な、なに、あれ? いったい、どこの誰よ!?」

 

 リョーマと朋香はそれが誰か分からず困惑する。

 

『お、お前は——!?』

 

 狒々はそれが誰なのか一目で分かったようだ。

 何故その人物がここにいるのか、彼の名前を呼びながら狒々はその理由を問い掛けていた。

 

『なんでお前がここにおんねん……ゲゲゲの鬼太郎!!』

 

 ゲゲゲの鬼太郎。

 ゲゲゲの森の顔役、日本妖怪を代表すべき妖怪である。

 

「かわうそから話は聞いたぞ! また人間にテニスを教えようとして、色々と面倒なことになったみたいだな!」

『! ちっ、あいつめ……いつの間にか姿を消しとった思ったが、鬼太郎にチクリおったな!!』

 

 どうやら、鬼太郎はかわうそから話を聞いたらしい。

 狒々がまたも人間にテニスのコーチをして——何かしらの問題が発生してしまったということを。

 

 さすがにその問題の内容まで把握していないようだが、それでも今の状況——狒々が人間相手に巨大化し、妖怪としての力を振るおうとしている現状が不味いということは瞬時に判断できる。

 

 鬼太郎と一緒にこの場に来ている彼も——目玉おやじも同意見だったのか。

 

「冷静になれ、狒々よ!! これ以上面倒を起こせば、また優美選手のときのように人間たちに目をつけられてしまうぞ!!」

『——っ!!』

 

 狒々に対して警告するよう叫ぶ。

 友人とも呼べる目玉おやじのその言葉に、怒りに我を忘れかけていた狒々もハッと正気に戻る。

 

 そうだ。前回も狒々は怒りに我を忘れ、自分にしつこいまでにハラスメント追求をしてきたマスコミ相手にブチギレた。その際も彼は巨大化し、妖怪としての本性を曝け出して人間へと襲い掛かろうとしてしまった。

 

 そのときは鬼太郎が狒々を押し留め、なんとか事なきを得たが、それと同じ失敗を——狒々はまたも繰り返そうとしている。

 

『ぐ、ぐぬぬぬ……くそっ! 分かっとるわ!!』

 

 あのときの苦い経験を思い出せたおかげか。狒々はなんとか自制心を働かせ、怒りと理性の狭間で葛藤。

 悩みに悩み抜いた末——己自身の意思で矛を治めるべく、巨大化した肉体を縮める形で己の戦意を引っ込める。

 

「な……なんなの!? いったいなんなのよ、さっきから!?」

「…………」

 

 大きくなったと思いきや、今度は風船のように空気が抜けて元のサイズに戻っていく狒々に、さらに現実を受け止めきれずに困惑する朋香。

 やはりリョーマも驚いているのか、暫しの間言葉を失っている。

 

「ふんっ……!」 

 

 二人が唖然としている間にも、狒々は高々とジャンプ。

 ビルの壁面を伝い、鬼太郎のいる建物の屋上へと瞬く間に駆け上がっていく。

 

「——っ、待ちなよ! 逃げる気!?」

 

 勝負を途中で投げ出して逃げる相手に、リョーマは驚くよりも憤りをみせる。

 まだ決着は付いてないだろうと、狒々に戻ってくるよう挑発するが——

 

「やかましい! 今夜はここまでじゃ! 命拾いしたのう、小僧!!」

 

 怒鳴り散らしながらも、狒々はその挑発には乗らなかった。

 彼は最後まで理性を保ちつつ、リョーマに向かって捨て台詞を残してその場から立ち去っていく。

 

「今度会ったときは容赦せえへんで! おんどれ、次こそは絶対ヒィヒィ言わしたるさかいな!! ……狒々だけに!!」

「……鬼太郎、ワシらも帰ろう」

「はい、父さん」

 

 狒々と一緒に、鬼太郎と目玉おやじも姿を晦ましていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………」

「…………な、なんだったのよ、あいつら?」

 

 そして、テニスコートにはリョーマと朋香の二人だけが取り残された。

 二人は狒々が——いや、『あれら』がいったい何だったのか?

 

 

 結局、何一つ理解することができず、数十分ほどその場にて立ち尽くしていた。

 

 

 

×

 

 

 

 そうして。

 竜崎桜乃が倒れた日の夜から、数日後の朝。

 

 

 

「あっ、おはようございます、リョーマ様!!」

「ん……おはよ……」

 

 青春学園中等部への通学路で顔を合わせたのは、小坂田朋香と越前リョーマ。

 なんだかんだありつつも、いつも通りの日々へ戻っていた二人。今日はリョーマも青学の制服を着て学校に登校しているようだ。朋香はリョーマと普通の学生らしい日常が送れるのが嬉しく、ついついいつも以上の元気な笑顔で彼の隣を歩いていく。

 だが、朋香は不意にその表情を険しいものに変え、周囲の目を気にしながら声を潜めてリョーマへと耳打ちする。

 

「そういえば、リョーマ様。あいつ……狒々村のことなんですけど……」

「……あのおっさんが……どうかしたの?」

 

 狒々村。あれからまったく音沙汰がなく、リョーマにリベンジしてくる気配も、桜乃の周囲を付きまとう様子もない。リョーマ自身もようやく彼のことを気にしなくなったため、わざわざ思い出させる朋香の言葉にはやや無愛想に返す。

 しかし、朋香は気にせずに続きを話していく。

 

「わたし、あれからアイツについて色々と調べたんですけど……アイツ、ネットの噂じゃ狒々とかいう妖怪だった……って話があるんですよ」

 

 狒々村の正体が『狒々』という妖怪である。

 それは事実であり、マスコミも嗅ぎつけた情報なのだが、現時点ではあくまで噂程度。それは他でもない。正体を追求したマスコミの方が『少しやり過ぎた』と、自分たちの報道が加熱気味だったことを反省したからである。

 マスコミが報道を途中で自粛した結果、狒々村という男はあくまで『さまざまなハラスメント行為を行った人間』という認識で表向きは留まっている。ただネット上などで、細々と彼が妖怪だったという話が流れている。

 その噂で聞き齧った部分を朋香はリョーマに報告していた。だが——

 

「はっ……妖怪? なにそれ。そんな噂真に受けてんの、小坂田? 妖怪なんているわけないじゃん」

 

 ほとんど興味を示すこともなく、リョーマはその妖怪説を真っ向から否定する。

 

 昨今の情勢により、妖怪の存在を信じる人間が徐々に増えてきたとはいえ、全ての人間が未だに彼らの存在を受け入れているわけではない。リョーマのようにそれらの存在を全く信じない、関心を示さない人間も一定数存在する。

 おまけにリョーマは帰国子女。そもそも妖怪というものがどういったものかも、いまいち理解していなかった。

 

「そ、そうですよね!! 妖怪なんているわけないですよね!! はは、ははは……」

 

 慕っているリョーマにそのようなことを言われれば、朋香もこの説を否定するしかない。未だシコリのように狒々村の正体、あの夜の出来事が何だったのか疑問が残るものの、これ以上はややこしくなると直感。

 

 朋香もそれっきり、あの夜のことを話題として掘り返すことはなく。

 記憶にそっと蓋を閉じ、あの出来事をなかったことにしていくのであった。

 

 

 

 

 そうして、その他の話題で適当に雑談を続けながら登校する二人は学校の前までたどり着く。

 校門には既に多くの生徒たちが集まっており、そのうちの何人かがリョーマを遠巻きに見つめてくる。

 

「あっ、越前だ! おはよ!」

「きゃー!! 越前先輩! やっぱカッコいい!!」

「ちょっ、ちょっと誰よ、あの隣の子!! 越前君と一緒に登校だなんて……う、羨ましい!!」

 

 この学校においてリョーマはかなりの有名人で通っている。

 世界的に活躍するテニスプレイヤーという側面は当然ながらも、その甘いマスク、ルックスから主に女子からの人気が凄まじい。

 特にミーハーな女子などはお近づきになりたいと、リョーマに声を掛けようとチャンスを窺うのだが。

 それは彼の隣を陣取る朋香が睨みを効かせてガードする。リョーマ自身も女子たちからの黄色い声援をほとんど無視しているため、率先して彼に近づこうという輩も殆どいなかった。

 

「——リョーマくん、朋ちゃん! おはよう!!」

 

 だが、そんな二人に大した抵抗感もなく、気軽に声を掛ける女生徒がその日は登校してきた。

 そう、彼女——竜崎桜乃である。

 

「竜崎……」

「桜乃!? アンタ大丈夫なの、体の具合は……?」

 

 病院ではない、久しぶりに学校で顔を合わせた彼女の笑顔にリョーマと朋香は驚いた。

 オーバートレーニング症候群と診断され、まだ数日しか経っていないというのにもう登校してきていいのかと、その体調を気遣う。

 

「う、うん。もう大丈夫。……ごめんね、色々と迷惑掛けちゃったみたいで……」

 

 二人に気を遣わせてしまったことを詫びながらも、桜乃は一応は大丈夫だと健康な姿を見せる。医者からも、普通に日時生活を送る分には問題ないとお墨付きをもらっているとのこと。ただ——

 

「退院の許可は貰えたんだけど……暫くは部活動禁止だって、お医者様からもおばあちゃんからも注意されちゃってるんだ。はは……当然だよね」

「あ、あったりまえじゃない!! また倒れたらどうすんのよ!?」

 

 苦笑いしながら、桜乃は未だに完全に本調子でないことを正直に告げる。

 ドクターストップが掛かっており、当面の間は部活に参加して練習をしてはいけないとのこと。朋香もそれが当たり前だと激しく同意する。

 

「まったくアンタって子は……今度は無茶する前にちゃんと相談するのよ! いい!?」

「う、うん……ありがとう、朋ちゃん。それに……リョーマくんも。わざわざお見舞いに来てくれて……」

「ん、別に……」

 

 次からは倒れる前にきちんと相談するよう念を押す朋香。

 桜乃は親友が自分を心配してくれる言葉に嬉しそうに頷き、入院している間に何度か見舞いに来てくれたリョーマにも礼を言う。

 そんなお礼に対し、ぶっきらぼうに返すリョーマ。

 

 暖かくも微笑ましい、等身大の中学生たちの日常がそこにはあった。

 けれど——

 

「そういえば、リョーマ様……。今回はいつまで日本にいられるんですか?」

 

 朋香が不安げに尋ねるように、その日常もそう長くは続かない。

 越前リョーマは頻繁に海外を飛び回っており、いつまでも日本に留まっていられる男ではないのだ。

 

 事実、彼は既に次の予定を立てていた。

 

「まあ、明日には向こうに渡るつもりだけど?」

「あ、明日!? ず、随分と急な話ですね……」

「——っ!!」

 

 何の気もなく放たれた彼の発言に朋香は驚き、桜乃も目を見開く。

 明日——明日にはリョーマもこの国を旅立ち、テニスプレイヤーとしての戦いの日々へと戻っていく。

 

「そ、そうですか……けど、仕方ありませんよね。わたし、応援してますから頑張って下さい!!」

 

 朋香はがっかりしながらも、リョーマの夢を応援すべくエールを送る。

 たとえ会えない日々が続こうとも、彼女はファンとして遠く離れても彼のことを応援し続けるだろう。

 

 

「……ねぇ、リョーマくん」

 

 

 いつもであれば、桜乃も朋香に静かに同意したことだろう。リョーマの夢の理解者として、黙って彼の背中を押したことだろう。

 ところがこのときに限り、桜乃はリョーマを呼び止めていた。

 

「今日の放課後でいいんだけど……少し、わたしに付き合ってくれないかな?」

「……? 別にいいけど……珍しいね、竜崎から頼み事だなんて……」

 

 実際、これはかなり珍しいパターンだ。

 リョーマが自分の都合で彼女を振り回すことがあっても、桜乃がリョーマを自分の都合に付き合わせることはなかなかない。桜乃の性格上、リョーマに迷惑を掛けたくないと遠慮することが多い。

 

 だが、このときの桜乃にいつものようなおどおどした気配はなく。

 彼女は自身の都合を、彼への頼み事をはっきりと口に出していた。

 

「今日の放課後……わたしと……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「——テニスで勝負してくれないかな?」

 

 

 

×

 

 

 

 放課後。部活動が始まる、少し手前の空き時間。

 

 テニス部員たちの活動場所であるテニスコートには数人の部員たちがいる。まだ練習が始まる前ということもあり集まりもまばらだが、彼らは一様に、一つのテニスコートへと目を向けていた。

 

 彼らの視線の先には、二人の選手——越前リョーマと竜崎桜乃。

 それぞれジャージとテニスウェアに着替えており、これからテニスの試合をすることが雰囲気から見て取れる。

 

「桜乃ってば……いったい何を考えてるのよ!!」

 

 ギャラリーの一人である朋香がその光景を前に頭を抱えていた。

 桜乃がリョーマと試合をしたい——最初この話を聞いたとき、彼女は当然桜乃を止めようとしていた。医者から練習を止められているのに、何を考えているのだと。

 しかし、桜乃は頑なに譲ろうとしなかった。

 

『——お願い、リョーマくん! わたし……確かめたいことがあるの!!』

 

 どうやらリョーマが海外へと渡る前に、どうしても彼と戦っておきたい理由が彼女にはあるらしい。

 しかし、病み上がりの体に長時間の運動は堪えるものがある。リョーマもそのことを理解しているため『……少しだけなら』と条件を付けることで桜乃の頼みを引き受けることにしたのである。

 

「……3ゲーム制。先に2ゲーム取った方が勝ち。それでいいよね?」

 

 改めてルールの確認をするリョーマ。

 それ以上の試合時間は今の桜乃には厳しいと、彼なりに判断した結果である。

 

「うん、それでいいから……始めよう」

 

 桜乃もその条件で承諾。時間が惜しいとばかりに、流行る気持ちで身構える。

 先行は、桜乃のサービスから始まるようだが。

 

「——越前!! ちゃんと手加減してやるんだぜ!!」

 

 そのタイミングで観客からのヤジが飛ぶ。一人の男子生徒が発した言葉に、吊られるように周囲の男の子たちからも笑い声が上がった。

 茶化すような、からかうようなその態度にこの試合をハラハラした気持ちで見守る朋香が一瞬、殺意のこもった瞳でその男子たちを睨みつける。

 しかし、彼らの気持ちもある意味では仕方ない。

 

 片や、世界を舞台に活躍する天才選手。

 片や、地区予選一回戦突破がやっとの平凡な選手。

 

 勝負結果などやる前から明らか。

 だからこそ、せめて『最低限』試合になるくらいには手を抜いてやれと、そう警告しているのだ。

 

「分かってるよ、そんなことは……」

 

 対戦相手であるリョーマ自身も、桜乃相手にそこまでガチの試合運びをするつもりはなかった。

 あくまでリハビリに付き合う程度の気持ち、軽く運動するくらいのつもりで桜乃との試合に臨むつもりでいた。

 

「じゃあ……行くね!!」

 

 しかし、周囲の冷やかしの空気にも動じずに桜乃は最初のサーブ——開幕の第一打を放つ。

 

 

 

 

 

 

「15ー0……えっ?」

 

 

 

 

 

 

 その第一打に、審判役を受け持った生徒が思わず呆気に取られる。

 

「——!?」

 

 対戦相手であるリョーマもだ。

 桜乃の放ったボールは、軽い気持ちでサーブを受けようと油断していた彼の横を——凄まじい速度で突き抜ける。

 気づいたときにはボールがコートに突き刺さっており、桜乃はあのリョーマからサービスエースをもぎ取ってしまった。

 

「……お、俺より速ぇぇ……」

「じょ、女子の速度じゃねぇよ……なんなんだ、あの子?」

 

 ヤジを飛ばしていた男子たちも、明らかに女子選手の域を超えたそのサーブを前に押し黙ってしまう。

 

「当然よ、これくらい!」

「竜崎さん、頑張って!!」

 

 男子たちが静かになる反面、今度は女子たちの声援が桜乃へと注がれる。

 彼女たちはここ数週間、桜乃が凄まじい速度で成長しているのをずっと見てきたのだ。故にこれくらいはできて当然と、あわよくばリョーマを負かすことすら期待していた。

 

 

 

 

 

「…………」

 

 一方、未だにリョーマは信じられない思いで硬直していた。

 そのサーブの一打だけでも、彼は眼前の竜崎桜乃が自身の知る竜崎桜乃ではないことを思い知る。

 

 ——竜崎、いつの間にここまで……!!

 

 たった数ヶ月前だ。桜乃の試合を最後に見たのは。

 その会わなかった数ヶ月の間に、桜乃は選手として飛躍的に実力を高めていた。

 

 きっと、そのレベルアップの裏には——狒々村との特訓の日々があったのだろう。

 

「…………」

 

 その事実に忘れかけていた苛立ちが戻ってくる。

 桜乃の成長は彼にとっても喜ばしいことではあるが、どうにも釈然としない気持ちにリョーマは暫し立ち尽くす。

 

「——ぼさっとしないで、リョーマくん」

「っ!!」

 

 するとそんなリョーマに対し、桜乃にしてはやや冷やかに声を掛ける。

 彼女は既に次のサーブを打つ体制に入っており、淡々とゲームを進めていく。

 

「遠慮とか、手加減とか……そういうのは必要ないから」

 

 そこにいるのは『少女』としての竜崎桜乃ではなかった。 

 一人のテニスプレイヤーとして、越前リョーマに戦いを挑む『選手』としての竜崎桜乃がそこに立っていた。

 己の闘争心を隠すつもりもなく、彼女は堂々と願い出る。

 

 

「本気で、わたしと戦ってよ!」

 

 

 その切なる望みに——

 

 

「……来なよ、竜崎!!」

 

 

 リョーマも本気の想いで応えていく。

 

 

 

×

 

 

 

 二人の戦いは——当初の予想を覆し、白熱した試合展開となっていた。

 

 15ー15、30ー15、30ー30、40ー30、40ー40

 

 互いの点差は決して大きく縮まらず、ラリーの打ち合いもほぼ互角。

 越前リョーマが強いことは誰もが知っていることだが、まさか竜崎桜乃がここまでやれるとは。

 意外すぎる好試合を前に大いに盛り上がる観客たち。

 

 しかし、周囲のギャラリーたちが熱くなる一方で——

 

「桜乃……どうして……そんな無茶をしてまで……っ!」

 

 小坂田朋香。彼女一人だけは、どうしようもない不安感の中でその試合を見つめていた。

 

 今の桜乃がまだ本調子でないことを彼女は知っている。それなのに桜乃は限界を——限界以上の力を引き出し、なんとかリョーマについて行こうと必死に食らいついている。

 

 そんな無茶が長続きするとは思えない。下手をすれば、またも体を壊してしまうかも知れないのだ。

 だからこそ、朋香も今回ばかりはリョーマではなく、桜乃の身だけを心配していた。

 勝敗なんてどうでもいい。どうか何事もなく、無事に終わって欲しいと。

 

 

 だが、朋香の願いは虚しく——。

 

 

「——あっ!?」

 

 桜乃の動きが急激に鈍くなる。

 それまで付いていけていたラリーに体が追いつかず——あっという間に連続で2ポイント奪取されてしまう。

 

「——ゲーム越前! 1ー0!」

 

 審判が声高々とリョーマのリードを宣言する。

 その決まりきっていた結果に、周囲の誰かから落胆するような声が響き渡っていた。

 

 

「——あ~あ、やっぱりな……」

 

 

 分かりきっていたことではないかと。

 あの越前リョーマに、あんな無名の少女が敵う筈ないのだ。

 

 彼女のような、自分たちのような凡才では——どう足掻いても天才相手に勝ち目などないという、醒めた吐息。

 

 3ゲーム制とはいえ、既に他のゲームも勝負が見えたと。

 何人かの生徒はその試合から興味を失い、これから始まる部活動のために各々でアップを始めていく。

 

 

 それでも——

 

 

「はぁはぁ……まだだよ、まだ!!」

 

 

 それでも、竜崎桜乃は諦めてはいなかった。

 ボロボロになりながらも、既に体力の限界を迎えながらも——

 

 彼女はリョーマに全力でぶつかっていく。

 

「竜崎……っ、行くよ!!」

 

 そんな彼女の本気を前に、リョーマも本気でぶつかっていく。

 勿論、本気といってもさすがに『無我の境地』や『COOLドライブ』をぶつけるような大人気ない真似はしない。そういった技を抜きにして、一人のテニスプレイヤーとして。

 

 彼は桜乃に、スポーツマンとして真摯な形で応えていく。

 

 15ー0、30ー0、30ー15、40ー15

 

 そして、2ゲーム目も終盤を迎えようとしていた。

 ここに来て地力の差が出てしまったのか、リョーマがリードする形で徐々に開いていく点差。

 

 あと1点、それでこのゲームも彼の勝利で終わり、試合も終了となる。

 いよいよ後がなくなっていく中で、桜乃は——

 

 

 ——ははは、やっぱり強いや。リョーマくんは……。

 

 ——ほんと……おばあちゃんが、教えてくれたとおりだったな……。

 

 

 あの日の夜。 

 病院へと運ばれた日に、祖母であるスミレに病室で問われたことを思い返していた。

 

 

 

×

 

 

 

「——アンタはテニスに……人生を賭けることができるかい?」

「えっ……?」

 

 突然の問い掛けに桜乃はベッドの上で戸惑っていた。

 

 実の祖母であるスミレから『進路相談』と前置きをされ、何事かと身構えていたら——いきなり『人生を賭ける』という問答である。

 おそらく桜乃でなくても、その問い掛けに即答することなどできなかっただろう。

 

 けれど——

 

「ふっ……リョーマのやつだったら、きっと即答してただろうね」

「——っ!!」

 

 桜乃の憧れである越前リョーマ。

 彼であれば迷いなく答えていただろうと、スミレは口元に笑みを浮かべる。

 

「あいつはテニスに人生を……いや、あいつにとっては、テニスこそが人生なんだよ」

「テニスが……人生……」

 

 なんとなくわかるような気がする。確かにリョーマはテニスのために、その他の色んなもの犠牲にしてきた。

 本来なら、彼だって桜乃と同じ中学二年生だ。桜乃や朋香と一緒に毎日のように学校へと通い、テニスだけでなく、友人や先輩、あるいは恋人でも作って青春を謳歌してもいい年頃の筈だ。

 

 けれどもリョーマはそんな当たり前の日常を選ばず、テニスのために——夢のためにひたすら邁進する過酷な日々を送っている。

 

「アンタと対戦した、優美選手もきっとそうなんだろうさ……あの子も、きっとテニスのためなら人生を賭けることができてしまうんだろうねぇ……」

 

 スミレはさらに話題として岡倉優美選手の話を上げる。

 リョーマと同じように、きっと彼女ならテニスのためにそれ以外のものを迷いなく捨て去ることができるのだろう。

 

 そういう意味で、やはりあの二人は似たもの同士。

 

「わたしには……多分そんな生き方……できないと思うな……」

 

 その事実を前に、桜乃は改めて自分との違いを気付かされる。

 

 桜乃だってテニスは好きだ。けど、二人のようにテニスのためにそれ以外のものを捨て去ることなどできない。

 テニス以外にも大事なことが、大切にしたいことが沢山あるのだ。

 

 ——そっか……わたし……。

 

 置いてかれると。その背中に追いつくためにと、必死に努力してきたつもりだったが——とんだ思い違いだ。

 自分は最初から、彼らと同じ場所になど立っていなかったのだ。

 

「っ…………」

 

 そのことを理解してしまったせいか、露骨に気落ちする桜乃。

 

「勘違いしちゃ駄目だよ、桜乃。確かにアンタとあいつらは違う。けど……だからといって、アンタのしてきたことが全て無駄だったわけじゃないんだから」

 

 そんな孫娘の心情を察してか、スミレはすかさずフォローを入れた。

 

「肝心なのは……アンタ自身がどうテニスと向き合っていくかってことなんだからね」

「わたし自身が……?」

「そうさ……アンタにとって、テニスってなんだい?」

 

 改めて問われ、桜乃は自身に問い掛ける。

 テニスとどう向き合うか? 自分にとってテニスとは何か?

 

「ただの趣味としてテニスを続けたいってんなら、これまで通り部活動の一環として楽しんでいけばいいさ」

 

 大多数の人間が、そうやって純粋に遊びとしてテニスを楽しんでいる。

 スミレも、孫にはそうあって欲しいと願っているのか、表情を明るめに語る。

 

「もしも……プロを目指したいってんなら、アタシは全力でアンタの応援するよ……うん」

 

 リョーマや優美のように競技者としてテニスを続けたいというのなら、スミレは指導者として桜乃を全力でバックアップするだろう。

 しかし、本心では孫にそんな過酷な日々を送って欲しくないと思っているのか。いまいち気乗りしない様子だ。

 

「いずれにせよ……アンタが決めることだよ。アンタ自身が悩んで、苦しんで……その果てに、ちゃんと答えを出さないといけない」

「わたし、自身が……」

 

 未だ中学生の桜乃に、将来を決定づける選択を迫るのは酷かもしれない。

 けれど、桜乃はまさに今、この瞬間にそれを決める分岐点へと来てしまっていた。

 なればこそ、ここできちんと考えなければならないのだ。

 

 

 将来的にどのような道を選ぶにせよ、後悔のない選択ができるように——。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ——……分かってるよ、おばあちゃん。

 

 ——きっとわたしじゃ……リョーマくんや優美選手のような道は選べないってことが……。

 

 そして今、リョーマと実際に戦うことで彼女は改めて実感させられていた。

 自分では——きっと彼らのようなプロにはなれないと。

 実力においてという部分もあるが、それ以上に精神的な面で彼らのような生き方ができる自信がない。彼らのようにテニスだけに邁進し、それ以外のものを置き去りに突っ走っていく覚悟が自分にはないのだと。

 

 ——けど、だからといって……この試合を諦める理由にはならないよ、リョーマくん!!

 

 ——今はただ……貴方ともっとテニスをしていたい!!

 

 敵わないと。そう思いながらも、この瞬間だけでもまだ戦っていたい——いや、勝ちたいと。

 追い詰められながらも、桜乃は執念で食らい付いていく。

 

 40ー30、40ー40

 

「——並んだ!?」

 

 第1ゲーム同様、デュースに持ち込んでいく桜乃の試合運びに再び観客たちが騒ぎ出す。

 あるいは本当に、このままリョーマから1ゲーム取ってしまうのではないかと。勝負が第3ゲームまでもつれ込むのではないかと期待する。

 

「——駄目!! これ以上は駄目よ!!」

 

 しかしそれを良しとせずに、朋香が叫ぶ。

 

「これ以上、試合を長引かせないで!! お願いです、リョーマ様!! ここで決めてください!!」

 

 これ以上の試合続行は桜乃の残り体力からして危険すぎる。今だって彼女はふらふら、辛うじて立っているような状態なのだから。

 

「!! ああ、分かってる」

 

 リョーマも桜乃の状態を危ういと判断し、一刻も早くこの試合を終わらせるため、多少ごり押しながらも強引に勝利への道筋を立てていく。

 

「らっ!!」

 

 まずは1ポイントを先制。

 そして最後の一打を繰り出すため——全身全霊のスマッシュを叩き込む体勢へと入る。

 

「なっ!? あ、あの技は!!」

「サイクロンスマッシュ!?」

 

 観客たちが騒然となるのも無理もない。

 リョーマが繰り出そうとしている技は、彼の決め技の一つ『サイクロンスマッシュ』。立海大の真田弦一郎や、アメリカジュニア選抜のケビン・スミスですら苦戦させた大技だ。

 それをこの土壇場で、しかも女子相手に放とうとしているのだから。

 

「悪いけど……これで終わらせるよ、竜崎!」

 

 それだけ、リョーマも桜乃のことを選手として認めつつ、この技ならば彼女も返せまいと確信したからだ。

 これでこの試合を終わらせることができる、桜乃を——楽にさせてやれると。

 

 ——い、いやだ……。

 

 ——まだ……終わらせたくない!!

 

 リョーマがそのような気遣いを見せる一方で、桜乃はまだ試合を続けていたかった。

 もっと彼と戦っていたい、もっと彼とテニスをしていたい。

 

 だがそう思う一方で、桜乃の肉体はとっくの昔に限界を迎えていた。

 

 

 息が苦しい。

 

 

 足もガクガクする。

 

 

 汗の量も尋常ではなく、既に顔色も真っ青だ。

 

 

 この場にスミレがいれば間違いなくストップを掛けていただろう。

 誰がどう見ても、これ以上続けるのは不可能だと判断できる。

 

 

 

 

 

 しかし、そんな極限状態の中において——

 

 

 

 

 それでも桜乃は諦めず、選手としてコートに立ち続け——

 

 

 

 

 ついに、彼女も限界を超える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なっ!?」

 

 誰も、桜乃がリョーマのサイクロンスマッシュを返せるなどと思ってもいなかっただろう。迫りくる台風のような一撃を前に、皆がそれに彼女が飲み込まれてしまうだろうと確信していた。

 

 だが、彼女はその技を返すべく、相手選手へと背を向け、その両手を大きく広げようとしていた。

 その独特の構え。青学のテニス部でその技を知らぬものなど、誰一人とていない。

 

「……ひ、羆落としだ!!」

 

 既に中等部を卒業した先輩・不二周助のカウンター技。

 レベルの高い選手であれば使いこなせても不思議ではないが、竜崎桜乃という選手がそれを使うのはこの試合が初めての筈。

 初めてでありながら、桜乃は完璧なまでにその技を模倣し、繰り出そうとしている。

 おまけに——彼女の周囲に微弱だが、光り輝くオーラのようなものが見えていた。

 

 

「無我の、境地……」

 

 

 一部の選手のみが使いこなせる、己の限界を超えた者のみが辿り着ける境地。

 その境地に、彼女もまた足を踏み入れたのだ。

 

 

 今、この刹那に——

 

 

「はあああああっ!!」

「返した!?」

 

 炸裂する羆落とし、桜乃はリョーマのサイクロンスマッシュを見事に返してみせる。

 ボールは高々と宙を舞い、リョーマの後方へと落ちようとしていた。

 

「…………」

 

 そのボールを、リョーマは追いかけなかった。

 渾身のフィニッシュブローを放った後とはいえ、彼の運動能力であれば追いつける可能性があった。

 

 しかしリョーマは動けない。いや——あえて動かなかった。

 何故なら、彼は察していたからだ。

 

「竜崎……」

 

 ボールを目で追わずとも、歴戦の強者である彼には感覚で分かっていた。そのボールが——

 

「残念だけど……ここまでだよ」

 

 

 決して、コート内に入らないことを——

 

 

「——アウト!!」

 

 

 審判の判定が下る。

 ボールはベースライン上ギリギリまで、ボール一個分——届かなかった。

 

「ゲームセットウォンバイ、越前!!」

 

 リョーマの勝利が宣言される。

 と同時に、桜乃が纏っていたオーラも霧散。

 

 無我の境地は——瞬く間に役割を終え、桜乃の元から消え去った。

 

 

「——これが……わたしの限界……か」

 

 

 どこか達観したような。

 それでいってやりきったという思いが、桜乃の口から溢れ落ちていた。

 

 

 

×

 

 

 

「はぁはぁはぁはぁ……」

「……竜崎」

 

 激闘を終えた両選手が向かい合っているが、その姿は対極的だった。

 激しく息を乱す桜乃に対し、リョーマは汗一つかいてすらいない。どちらに軍配が上がったかは、誰の目にも明らかである。

 

「はぁはぁ……やっぱりすごいね、リョーマくん」

 

 桜乃は呼吸を整えながら、自分を完膚なきまでに打ち負かしたリョーマへと声を掛ける。

 

「わたしも、わたしなりに必死になって練習してきたつもりだったけど……やっぱり、リョーマくんには敵わないよ」

 

 狒々村コーチとの特訓を経てそれなりに上達したつもりだったが、それでも彼には敵わなかった。

 桜乃が強くなったように、リョーマだってどんどん強くなっているのだ。きっとこの差は——この先も大きく縮まることはないのだろう。

 

「……竜崎も、十分強かったよ。ほんと……下手な男子よりも、全然……」

 

 リョーマは慰めるように桜乃へと言葉を返す。

 しかし、口下手な彼からはいまいち気の利いた言葉が出てこない。

 こんなとき、どんな言葉を掛ければいいか分からない。テニスがどれだけ上手くても、こういったところは未だに未成熟な少年である。

 

「ふふふ、お世辞でも嬉しい……わたしの我儘に付き合ってくれて、ありがとう……リョーマくん!」

 

 リョーマの下手くそな慰めにも、桜乃は笑顔を浮かべる。そして自分の身勝手な都合に付き合わせてしまったことを謝りながら、これから海外へと旅立つ彼へとエールを送る。

 

「向こうに行っても、頑張ってね……応援してるから!!」

 

 これからも、越前リョーマは世界を舞台に孤独な戦いを続けていくだろう。

 自分の手の届かないような、高い場所で——。

 

 けれど、届かないからといって桜乃が悲しみ必要はない。

 自分の実力不足に失望することもない。

 

「わたしも……わたしなりに頑張ってみるから……」

 

 リョーマにはリョーマの戦いがあるように、桜乃にも桜乃にしかできない『人生』という戦いがこの先も待っているのだ。

 

 その人生の中で、どのような形でテニスと向き合っていくのか。

 今はまだはっきりとは言えない。けど、これだけは言えることがある。

 

「楽しかったよ!! リョーマくんとの試合……やっぱり、テニスって楽しいね!!」

 

 テニスが楽しいということ。それだけは確かだと、笑顔でそう口にできる。

 そんな桜乃の言葉に——

 

「……何言ってんの」

 

 越前リョーマもまた、はにかんだような微笑みで返してくれていた。

 

 

「——そんなの、あったりまえじゃん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「——はぁ~……見てみい、桜乃はんのあの顔……」

 

 少女と少年が互いに笑顔を浮かべ合うその光景を——青春学園中等部の校舎屋上から見つめているものたちがいた。

 

「あないに嬉しそうに……あんな笑顔、わしとの特訓のときは、一度だって見せてはくれへんかったのにな~」

 

 竜崎桜乃のコーチを務めた狒々だ。

 彼は桜乃のことを心配し、ここ数日遠くから彼女のことを見守っていた。

 

「確かに……いい笑顔じゃ」

「そうですね、父さん」

 

 ゲゲゲの鬼太郎と目玉おやじも一緒にいる。

 狒々一人だとまた無茶をするのではと、彼を見張る意味でも付いて来ていたのだ。

 

「オイラは野球の方が好きだけど……テニス、ちょっとやってみたくなったな……」

 

 ついでにかわうそもいる。

 特に理由もなく同伴していたが、少年少女が楽しそうにプレーしている姿に、自分もテニスを始めてみようかなどと考えている様子だ。

 

「まっ、あの様子やったら心配することはないやろ! しかし、それにしてもホンマにいい笑顔や……」

 

 狒々は改めて桜乃の笑顔に注目、その満ち足りた表情にこれ以上、自分が世話を焼いてやる必要もないと判断。

 コーチとして、自身の役目が終わったことを悟っていた。

 

「やっぱりあれやな、イケメンやからや!! あの小僧がイケメンやから、桜乃はんもあんなに嬉しそうにしとるんや!!」

 

 もっとも、内心ではかなり複雑。

 自分ではきっと桜乃のことをあんな笑顔には出来なかっただろうと。結構しょんぼりしていた。

 

 彼女があんなにも楽しそうにテニスをしていた理由を、対戦相手の少年がイケメンだからと。どこか拗ねたように愚痴を溢す。

 

「ふっふっふ……それは違うのではないかのう、狒々よ」

 

 しかし、そういった狒々の意見を目玉おやじは否定する。

 彼はテニスコートで向かい合う二人を見下ろしながら、どこか暖かい微笑みを浮かべていた。

 

 

「あの子があんなにも楽しそうにしておるのは、相手がイケメンだからではない。相手が——『あの少年』だからではないかのう?」

 

 

「…………あ~あ、成程な……」

「あっ、そういうことか!」

 

 目玉おやじの言わんとしていることを察し、狒々とかわうそが口元に笑みを浮かべる。

 狒々も「それなら……仕方あらへんな」と愚痴りながらも笑っていた。

 

「父さん……それは、どういう意味でしょうか?」

 

 朴念仁の鬼太郎だけは何も分からなかったのか。父親の発言の意図を何一つ理解できずに首を傾げる。

 

「えっ? マジかい、鬼太郎……今ので何も分からんのかい!」

「鈍いね~……猫娘が嘆くわけだよ!」

 

 狒々とかわうそがあらゆる意味で鈍ちんな鬼太郎に呆れている。

 これでは猫娘も浮かばれない。

 

「鬼太郎、お前という奴は……父親として情けないぞ!!」

 

 相変わらずそっち関係に疎い息子に、目玉おやじですら頭を抱える始末。

 

「???」

 

 理不尽だ。何故自分がここまで呆れられ、責められているのか。

 結局、鬼太郎は何一つ分からず、釈然としないままだ。

 

 

 そんな鬼太郎へ、誰も詳しい説明などしてやらない。

 語るだけ野暮というものだろう。

 

 

 

 

 

 

 少年と少女が——この先、どのような未来へと至るかなど。

 

 

 

 

 

 

 

 




テニスの王子様 必殺技集
 こちらの方では、作中で繰り出された必殺技について簡潔に解説します。
 
 ツイストサーブ
  顔面へと飛んでいくホーミングサーブ。まだテニスをしていた時代の産物。

 ダンクスマッシュ
  ジャンプしてスマッシュ。この頃もまだテニスだった。

 あばれ球
  分身する魔球。

 神隠し
  消える魔球。

 雷 
  ガットに穴をあけるショット。

 COOLドライブ
  いかしたショット。やっぱり相手の顔面にぶつかる。

 羆落とし
  スマッシュへのカウンター。結構いろんな人が素の状態で繰り出してる。
  個人的に一番好きな技。

 サイクロンスマッシュ
  アニメオリジナル。
  台風の如きスマッシュで相手を吹き飛ばす。

 無我の境地
  覚醒。肉眼でオーラが確認できる。

 狒々の巨大化
  最初思いついたとき「これは革新的だ!!」と思ったオリジナル技。
  と、思いきや……既に新テニスの方でやってた。
  流石と言わざるを得ない。


次回予告

「父さん、まなの友達の父親が警察に逮捕されてしまったそうです。
 何とかしてあげたいですが、人間同士の揉め事は……これは、妖怪の気配!?
 それにあの男、片目が義眼のようですが……あれはいったい?
 
 次回——ゲゲゲの鬼太郎『炎眼のサイクロプス』 見えない世界の扉が開く」

 当初の予定を少し変更し、個人的にかなり気になった作品のクロスを書きたいと思います。裁判モノです。
 まなの友達で唯一個別回がなかった、あの子の主役回予定!

  

次回の鬼太郎とのクロス、どんな作品がみたいですか?

  • がちがちのホラー作品
  • FGO関連サバ作品(洋サバ)
  • 京都を舞台にした作品
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