最初はそこまで興味がなかったんですが、なんか色々と好評らしい。今月は『ディスガイア6』が良さげだったんですが……今までのディスガイアとだいぶ毛色が違うらしいとのことでこちらの購入を今回は見送り、新しいジャンルを開拓してみようかと。
この小説を投稿した後、さっそくプレイしていきたいかと思います。
さて、本編の方ですが。今回のクロスネタは『炎眼のサイクロプス』。おそらく知らない人が大半だと思うので軽く概要を説明します。
炎眼のサイクロプスはジャンプの読み切り作品。『アクタージュ』の作画担当をしていた宇佐崎しろ先生の新作です。原作担当は石川理武さんという方。『雨の日ミサンガ』という読み切りが公式で読めます、こっちも中々面白い。
前作が衝撃的な打ち切りだっただけに、また宇佐崎先生の漫画が読めると、普段は買わないジャンプをその場で購入。何度も何度も読み返し、この度のクロスを絞り出しました。
作品の評価に関しては賛否両論。勢いはあるけど、細かい描写に突っ込みどころが多いとかなんとか。その通りかとも思いますが、読み切りとしては十分に読みごたえがあると思いますので、是非とも連載が始まって欲しいと応援しています。
原作のジャンルは『異端弁護士サスペンス』です。
冤罪をかけられた被告人を、凄腕の弁護人である主人公が弁護して無罪判決を勝ち取るという王道なもの。ですが、この主人公の男が法曹界でサイクロプスなどと呼ばれており、色々と波乱を呼んでいく。
……長くなりそうなので、とりあえず本編へ。
これ以上の説明、感想は次話の前書きに説明します。
とあるビルの一室。会社のオフィスらしきその場所に、一人の男性が足を踏み入れる。
年齢は四、五十代といったところ。口元の髭が綺麗に整えられており、スーツ姿も実に堂々としている。
「誰もいないのか。不用心だな……」
男は無人らしい事務所に鍵が掛かっていなかったことに愚痴を溢す。元から厳格そうなその表情を、さらに厳しいものにしていく。
「まったく、わざわざ人を呼び出しておいて……あいつめ!!」
誰かとここで待ち合わせをしているのだろう。その相手が先に待っていなかったことにも苛立ち気味になり、側にあったソファーに腰掛けて煙草に火を付ける。
「すぅ……ふぅ~……」
一服、煙草の煙を大きく吸い込み、自身の苛々を落ち着かせる。
男はこのまま待ち人が来るまで待つつもりなのか、何をするでもなく天井を見上げながら煙草を吹かしていく。
すると、そのタイミングで『ガチャリ』と、事務所の扉が開く音がした。
「おい、遅いぞ!! いったい何をやって——」
待ち人が来たと思い、男は振り返りながら叱責を口にしかけたが——その言葉が途中で止まる。
視線の先には——獅子舞が立っていた。
「………………はっ?」
目の前の現実に意識が追いつかず、暫し呆然となる。
獅子舞——その存在を知らない日本人は、まずいないだろう。
日本において、かなり昔から存在している伝統芸能であり、祭事などで祭囃子に合わせて踊る、獅子の頭部を模した被り物だ。体全体は緑色の布で覆われており、誰が入っているかは分からないようになっている。
全国各地、ほぼそのイメージで統一されている獅子舞の姿。正月などの祭事の場であれば、見かけても珍しくない縁起物だが。
その獅子舞が突如、オフィス内の一室に現れたのだ。
どれだけ冷静沈着な人物であれ、数秒間は思考がフリーズすることは間違いない。
たとえその獅子舞の手に『包丁』が握られていようとも、すぐには気付かなかっただろう——。
「————」
獅子舞は、いや——獅子舞を被ったその人物は茫然とする男へと瞬く間に接近し、手にしたその包丁で斬りつけてきた。
「痛っ!? な、何をする!?」
腕を斬りつけられた焼けるような痛みにより、男はようやく意識を目の前の現実へと向ける。
今、自分は眼前の獅子舞に包丁を、殺意を向けられている。
自分が殺されかかっているという、その現実を直視せざるを得なかった。
「だ、誰だ、貴様は!! 何故こんな真似を!?」
理不尽な暴力、そしてよりにもよってこんなふざけた格好をした相手に命を脅かされ、男は怯えるよりも先に怒りが込み上げてきた。
いったい何を目的に、こんな大それたことをするのかと問い詰める。
「————」
しかし、獅子舞は何も答えない。
人間らしい生気すら感じさせず、ゆらりゆらりと間合いを詰めていき——
次の瞬間、獅子は口をあんぐりと開き——男の頭部へと噛み付いていく。
「う!? うおおぉおおおおおおおおお!?」
なす術もなく男は獅子舞に噛みつかれ、その視界が意識と共にブラックアウトしていった。
「う……うん……?」
男は生きていた。
意識を失い、獅子舞に飲み込まれた刹那は自分でも「死んだか?」などと思ったものだが、男は確かに息をしていた。
「な、なんだったんだ……今のは……?」
目覚めたばかりの意識がはっきりしないこともあり、男は先ほどの出来事が全てタチの悪い悪夢なのではと思い返す。
だが全ては現実だ。その証拠に腕を少し動かしただけで痛みが走る。さっき獅子舞に斬られた傷口が痛むのだ。
「っ……! ……ん?」
その痛みに顔を顰めつつ、男はふと視線を床へと向ける。
そこには一人の若者が血だらけで倒れていた。
胸元は包丁らしき刃物で滅多刺しにされており、明らかに死んでいることが一目で理解できる状態だ。
「……な、なな、なんだ……と、とりあえず……きゅ、救急車……いや、警察に!!」
目が覚めたら隣に死体。
誰であれ狼狽するだろうが、先ほどの獅子舞の衝撃に比べればまだ現実感がある。
こういう場合のマニュアル的な行動として男は即座に救急車、そして警察を呼ぼうと自身の携帯を取り出す。
だが、男が何か行動を起こす前に——
「おはようございます……って………………」
事務所の職員らしき女性が出社してきた。
彼女は血だらけ倒れている若者、その側にいた男性を数回ほど交互に見比べ——
「——き、きゃあああああああああああああああああああ!?」
絹を裂くような悲鳴を周囲いったいへと響かせていく。
×
「おはよ! 姫香」
「おはようございます、まなさん」
調布市のとある中学校。教室に登校してきた犬山まなはクラスメイトの友人・
まなが特に仲の良い友人には他に親友である桃山雅、将来パティシエになりたいという石橋綾の二人がいるが、彼女たちはまだ登校していないようだ。
手持ち無沙汰なまなは、とりあえず姫香と適当に世間話をしながら時間を潰していく。
「ねぇ、昨日のドラマ見てた? ほら、姫香が好きだっていう俳優さんが出てる……」
「ええ、勿論です! 相変わらず素晴らしい演技でした!」
姫香は年頃の女子らしく、とあるアイドル俳優にお熱のようで興奮気味に語っている。
しかしその一方で彼女の仕草、言動にはどこか気品らしきものも感じられる。普段からまなたちとも仲良く話を合わせてもいるが、時折お嬢様といった佇まい、立ち振る舞いが滲み出ているのだ。
「まな! 姫香! おはよ!!」
「なになに? なんの話してたのよ!?」
もっとも、まなはそのことにこれといって距離感を感じたは一度もない。
あとから登校してきた雅も綾も、姫香に対して遠慮など感じる様子もなく。
四人の女子はいつも通り、平穏な学校生活を送っていく。
「——おはよう! みんな揃ってるか、出席取るぞ!」
時間を潰しているうちに朝のHRの時間が訪れる。
まなたちのクラス担任である眼鏡を掛けた男性教諭・小谷が生徒たちに着席するよう声を掛ける。特に反抗して突っぱねる生徒もおらず、みんなが大人しく自分の席へと移動する。
全員が指定の席に座ったことを確認し、小谷は誰も欠席者がいないことに満足げに頷く。ところが——
「すいません……小谷先生、ちょっとよろしいでしょうか?」
「おや? どうかされましたか?」
そのタイミングで別の教員が教室の扉を開き、教壇に立つ小谷を手招きする。生徒たちには聞かれたくないのか、二人の教師がひそひそと廊下の方で何事かを話し合っていく。
「——何ですって!? わ、分かりました、すぐにでも……」
「……?」
僅かに聞き取れた小谷の驚いた声。生徒たちに詳しい事情は推し測れないが、それが切羽詰まった内容であることが予想できる。
実際、教室に戻ってきた小谷は血相を変えた様子で声を上げる。
「辰神!! 辰神姫香……ちょっと来てくれ」
「……えっ?」
呼ばれたのは姫香だった。
当の本人も、まさか自分が名指しされるとは思ってもいなかったのか困惑していた。
「姫香……」
まなも教師に呼ばれて教室を出て行こうとする姫香に不安げな視線を向ける。
「大丈夫ですよ、まなさん。それじゃあ……ちょっと行ってきますね!」
友達に心配を掛けまいと、あくまで姫香は気丈な笑みを浮かべていた。
だがその日——彼女が教室に戻ってくることはなかった。
翌日。
昨日と同じ時間帯。教室にはいつも通り生徒たちが集まっていたが——クラス全体の空気はどこか暗い。
「……姫香、まだ来ないね」
「うん、何かあったのかも……」
「ラインも、全然既読付かないよ!」
姫香があの後どうなったか。まなを含め、雅にも綾にも連絡がない。こちらからの連絡にも一切応答がない状況に彼女たちは心労を募らせていく。
昨日のアレはいったい何だったのか、姫香の身に何かあったのではないかと。
「おはよう……」
「あっ、小谷先生!」
そこへ昨日と同様、担任の小谷が教室に顔を出す。
昨日とは違い、明らかに覇気のない表情で彼はため息を吐いていた。
「先生……姫香に何かあったんですか?」
まなは小谷の顔色に嫌な予感を覚え、彼に姫香のことを尋ねていた。教師である彼であれば何か知っているだろうと期待を込めて。
「……辰神なら問題ない。暫くは学校に来れないだろうが、彼女は無事だ……」
予想どおり、小谷は何かを知ってはいるらしい。
生徒たちを不安にさせないよう、姫香自身が無事であることを伝えながらも言葉は濁していた。
「彼女は大丈夫なんだが……その、ご家族の方が……」
「家族? 姫香の家族がどうかしたんですか!?」
やはり何かしらの問題が発生したことは確からしい。教師がうっかり口を滑らせてしまった内容にまなが食いつき気味に反応する。
「……スマンが、それ以上のことは先生の口からは話せん。悪いな……」
余計なことを喋ってしまったと、小谷は慌てて口を閉ざす。
それ以降——彼の口から姫香の話題に関して触れられることはなかった。
「……だだいま……はぁ~」
結局、姫香に関してまなは何一つ知ることができず、その日の夕方も家へと帰宅していた。
「おかえりなさい……って、どうしたのよ。そんな浮かない顔して……」
母である純子は帰宅したまなの表情が暗いことに何があったかを尋ねる。しかし、まな自身も何が起きているのか分からないため答えようがない。
友達である姫香の身に、いったい何があったというのか。
「どうしよう……電話も繋がらないし……絶対に何かあった筈だよね……」
最終的に電話で連絡を取ろうと試みたが、それすらも通じない。
友達のことが気になりすぎて、まな自身もかなり不安定な気持ちに陥ってきた。
「……明日は学校休みだし、ちょっと姫香の家に行ってみようかな。あれ? そういえば姫香の家、まだ行ったことなかったっけ……」
幸い明日は学校が休み。何があったのか直接彼女から話を聞こうかと思い立つが、そこでまなは自分が姫香の家にまだお邪魔したことがなかったことに気付いてしまう。
親友の雅とは小学校からの付き合いだが、姫香と綾に関しては中学からの友達。二人に関してはまだまだ知らないことの方が多いかもしれない。
『——次のニュースです。先日、東京都内のオフィスビルで発見された男性の刺殺遺体に関連し、警視庁は容疑者として男性一人を拘束、その後『過剰防衛』の疑いで男を逮捕しました』
と、まなが明日の予定を立てていたところ。彼女の耳にテレビから流れるニュースキャスターの声が聞こえてきた。特にそちらに意識を向けていたわけではなかったが、次の瞬間——聞き逃がせない内容が報道されていく。
『逮捕されたのは、辰神一郎容疑者(51)。辰神容疑者は事件が発生した事務所『派遣ネットワークサービス』の親会社『Gホールディングス株式会社』の取締役社長とのことで、経済界に早くも波乱を呼んでいます』
「!! た、辰神!?」
辰神——姫香の苗字だ。
まさかと思いニュース映像に釘付けになるまな。映像の中でニュースキャスターはすらすらと原稿を読み上げていく。
『辰神容疑者は事務所に勤務する
『しかし、現場の状況からそれが過剰防衛になる可能性が高いと判断し、今回の逮捕に繋がりました』
『警視庁は引き続き捜査を続けていくと表明しており、この件に関し——』
「…………」
それ以上の話は、まるで頭に入ってこなかった。
何かの間違いであればよかった思うが辰神という名前の響き、字面も間違いない。
なによりも、これならば納得もできよう。
確かに父親が警察に逮捕されたともなれば、とても学校どころではないのだから——。
×
「ええと……ここを右に曲がって……」
例のニュースが報じられた次の日。
密かに決心していたように、まなは姫香の家を訪れようとしていた。まな自身は彼女の家には初めて行くため、知っているクラスメイトたちから住所は聞いてきた。
どうやら、姫香の家は学校から少し距離があるらしい。電車で最寄駅まで行き、徒歩で見慣れぬ住宅地の中をキョロキョロと見渡しながらまなは姫香の家を探す。
「あった、ここだ! ……って、デカっ!!」
ようやく見つけた『辰神』という表札に安堵するも、肝心の家の大きさに目を見張る。
初めて目にした姫香の家は——まなの予想以上に大きくて立派な家だった。
西洋風の洋館。さすがに豪邸と呼ぶほどではないが、一般庶民からすれば十分にデカい。
玄関がある門から肝心の本邸まで距離もあり、敷地内に広がる庭も庭園と呼ぶほどの広さと煌びやかさがある。
見たところ、ここいら一帯の住宅がそれなりに高価な建物で占められているようだが、姫香の家はそれらより頭ひとつ分ほど抜けた豪華さとなっている。
「…………あ、そ、そうだ! 早く姫香に会わないと……御免ください!!」
その光景を前に衝撃を受けて立ち尽くすまなだったが、肝心の用事を思い出したことで慌てて屋敷の呼び鈴を鳴らす。
『——どちら様でしょうか?』
数秒ほどの間があり、インターホンには女性の声が応えた。
姫香ではない、どこか警戒するような空気をその声音に滲ませている。母親だろうか。
「こ、こんにちは! わ、わたし……姫香さんの友達で犬山まなって言います! 姫香さんはいらっしゃいますか?」
『……少々お待ちください』
それから待つこと数分。玄関先の門が開き、敷地内から先ほどの声の主が姿を現した。
「お待たせしました、どうぞこちらへ……ご案内致します」
——う、うわ~……メイド、本物のメイドさんだ!!
まなを出迎えてくれたのは屋敷の使用人、いわゆるメイドであった。
それもメイド喫茶などでキャピキャピした女の子がコスプレで着るようなメイドではない。洋画などで登場する清楚な雰囲気を纏ったガチメイドだ。
眼鏡を掛けた若い女性。美人なのだが何故かずっとムスッとしており、ちょっとばかり威圧感を感じる。
そんなメイドに案内されながら、まなは敷地内に入り屋敷までの道を歩いていく。
「…………」
「あっ、どうも、こんにちは……」
その道中に庭師らしい、年老いた男性とすれ違いまなは頭を下げる。
しかしまなの挨拶に老人はピクリとも反応せず、こちらのことをただじっと睨みつけてくる。
メイドにしても、庭師にしても。
どこかしら警戒心を滲ませているように感じられた。
——う、き、気まずい……!
それらの空気に居心地の悪さを感じつつ、まなは姫香がいるであろう屋敷へと足を踏み入れていく。
「こちらでしばらくお待ちください。今、お嬢様をお呼びしてきますので」
「お、お嬢様?」
まなは客間らしい場所へと通され、そこでメイドから待つように告げられる。
お嬢様——おそらく姫香のことを言っているのだろうが、未だに信じられずにまなは惚けている。
まさか友達がこんな屋敷で暮らし、メイドなる使用人などを雇うような家柄のお嬢様だったとは。確かに普段から気品らしきものは感じられたが、ここまでとは思いもよらなかった。
「——まなさん……どうして、家に?」
と、ここでようやく姫香本人が顔を出す。
二日ぶりに顔を合わせた友人に笑顔はなく、どことなく疲れた表情をしていた。
「ごめんね、姫香……連絡も付かないから心配で……大丈夫?」
まなは家まで押しかけてしまったことを謝り、顔色の悪い姫香の体調を気遣う。
他にも色々と聞きたいことはあったが、とりあえず今はそこまでに留めておく。
「……ああ、ごめんなさい。ちょっと……色々ありまして。けど……わざわざありがとうございます」
姫香はまなの気遣い、余計なこと聞かずにただ自分のことを心配してくれる友達に笑顔で感謝を伝える。
けれども、やはりその笑顔には翳りがあった。
その翳りの原因——聞かずとも察することはできる。
十中八九、父親が逮捕された件だろう。
「あ~、そ、それにしても凄いね! 姫香の家初めて来たけど……こんな立派なお屋敷に住んでるなんて!!」
しかしその件にいきなり触れることなど出来ず、まなは努めて明るく振る舞いながら差し当たりのなさそうな話題を振っていく。
「……それは当然のことです」
すると、その話に先ほどのメイドが反応する。
紅茶と茶菓子を給仕しに来た彼女は相変わらずブスっとした顔付きで、さも当然のように言い放つ。
「お嬢様は由緒正しい辰神家の御令嬢なのです。本来であれば、貴方のような一般庶民が気安くお話しできるような相手ではありませんよ」
「芽衣さん!!」
だが、そんなまなへの無礼な物言いに、姫香の叱責が飛ぶ。
「……失礼しました」
主人の叱責にメイド・
「……そ、そうなんだ……なんか……すごいね」
メイドの言葉、それら一連のやりとりにまなはすっかり萎縮してしまう。しかし姫香は乾いた笑みと共に、まなへと優しく気兼ねなく話しかける。
「はは……気になさらないで下さい。私自身はそこまで大した人間ではありません。たまたま、そういう家柄の家に生まれたというだけのことです。『決して己の生まれた環境にあぐらをかかない』……それが、父から教えていただいた教訓ですので」
「お、お父さん……に?」
意図せずして姫香の口から父親の話題が出たことで、まなの眉がピクリと反応してしまう。
それにより、姫香はまなが本当に聞きたいことを察してしまった。
「……父の件で来たのでしょう? まなさんも……例のニュースをご覧になって……」
「えっ? あ、……う、うん……」
嘘が付けないまなは正直に頷いてしまう。
「……ええ、気にしないで下さい。気になるのも……仕方がないことですから……」
表面上、動揺した素振りを見せないよう努力しているようだが——姫香の体は震えていた。
彼女は自身の父親が起こしてしまった『罪』を、震える声でまなへと告白する。
「御察しの通りです。ニュースで報じられた辰神一郎は……私の父です」
「私の父は——人を殺してしまったのです」
×
姫香が事件関係者から聞かされた概要はこうだ。
某日早朝、被疑者である辰神一郎は事件現場である自社グループの傘下『派遣ネットワークサービス』という子会社へと訪れていた。
親会社の取締役社長の彼がわざわざ一子会社へと訪問するのは少し妙かもしれないが、彼は現場主義の人間だったらしい。
その日も子会社の経営状況など、詳細を確認するためにそこでの打ち合わせを予定していたらしい。
彼は朝早くから事務所へと赴いたが、そのときには誰もいなかった。
一人、タバコを吹かしながら一郎は事務所の責任者が来るのを待った。
すると、そこへ今回の被害者・蛭間タカシが包丁を持って現れ、辰神氏へと襲い掛かったという。
そう、先に殺されそうになったのは——辰神一郎、姫香の父親の方だったのだ。
当然抵抗する一郎、二人は事務所内で揉み合いとなり——
その揉み合いの末に一郎は相手が持っていた包丁を強奪、そのまま勢いで刺殺——殺害してしまったという。
それが現場検証を行った警察の見解であり、辰神一郎が逮捕された理由である。
「——それって……普通に正当防衛ってやつになるんじゃないの?」
豪華な屋敷から場所を移し、ここは質素な造りのゲゲゲハウス。
犬山まなは姫香から聞かされた話を、相談という形で鬼太郎を始めとした妖怪たちに話していた。事件の軽い概要を聞いた時点で聞き手の一人、猫娘が率直な意見を口にする。
正当防衛——刑法第36条第1項。
『急迫不正の侵害に対して、自己又は他人の権利を防衛するため、やむを得ずにした行為は罰しない』
自分や周りの人の命、身体、財産が攻撃を受けた際など。
それらを守るためであれば最低限、必要な行為が認めるということである。
今回のケース『殺害されそうになった辰神一郎氏が、自らの命を守るためにやむを得ずに蛭間タカシ氏を殺してしまった』と主張することができるだろう。
正当防衛が認められた場合、殺人などの犯罪行為であろうともその違法性は否定される。
つまり、『無罪』になるということである。しかし——
「それが……今回の場合、正当防衛は難しいらしいって……」
猫娘の主張にまなは暗い表情で語る。
なんでも今回の事件、遺体の損壊がかなり激しいらしく、どう考えても正当防衛で許される範囲を超えているとのことだ。さすがに『殺人罪』が適応されるほどではないが、それでも『過剰防衛』もしくは『過失致死』で起訴される可能性が高いとのこと。
仮に過剰防衛と判断された場合、その行為が防衛のためであることを考慮された上で刑の減刑が行われる。しかし罪を犯したということに変わりはなく、有罪は免れないとのことだ。
いずれにせよ、人を殺したという事実は残ってしまう。たとえ正当防衛であろうともだ。
裁判の判決がどうであれ、その事実は辰神家をあらゆる観点から苦しめることになるだろう。
「姫香のお父さん……会社の社長さんで、今回の事件の影響で色んなところに迷惑が掛かるって……」
たとえば、社会的信頼。
辰神一郎は自身が経営する会社・Gホールディングス株式会社で取締役社長を務めていた。
企業のトップである彼が起こした不祥事に、会社の信頼が大きく損なわれることは避けられないという。
「……確かに、株価の方もだいぶ下がっとるのう……」
砂かけババアがまなの話を聞きながら、ノートパソコンで株価チェックしていた。
まだ事件から数日だというのに、目に見える範囲で既に影響が出始めているようだ。
「姫香も……お父さんが人を殺したって聞いて、すごく落ち込んでた……」
精神面に関してもだ。
罪に問われようが、問われまいが人を殺してしまったという事実は永遠に当人の心に残ってしまう。さらに家族が人を殺してしまったと、その娘である姫香の心情にも罪悪感を抱かせていた。
周囲の視線も厳しいものになっていくだろう。殺人者の身内として謂れのない誹謗中傷を受けることになるかもしれない。
「このままじゃ、姫香が……どうにかならないかな、鬼太郎!?」
友達の今後のことを憂いたまなはどうにかならないかと。沈黙を貫いている鬼太郎に向かって声を掛ける。
「……どうにかって言われても、ボクにはどうすることもできない」
だが、まなの懇願に鬼太郎はキッパリと言い切った。
「それは人間同士の問題だ。ボクたち妖怪がどうにかできるものじゃないし、どうにかしていいものでもない」
そう、それはあくまで人間同士のいざこざ。人間の手によって解決すべき社会問題の一つに過ぎない。
「そうじゃな……まだ犯人が見つかっていないというのなら、ワシらとて手伝うことも吝かではないが……話を聞く限り、事件そのものは解決済みなのじゃろう? ならばそこから先は裁判所……この国の司法の仕事じゃ。ワシらの出る幕ではない」
鬼太郎の意見に彼の父親である目玉おやじも賛成のようだ。
犯人捜しくらいなら手伝っても構わないが、妖怪である自分たちではそれ以上の協力はできないとハッキリ明言する。
「……それは、分かってるけど……」
妖怪たちの主張に露骨に気落ちするまなだが、彼女とてそれは理解していた。これは人間の問題、鬼太郎たちに頼るのは筋違いだと。
しかし、分かっていても縋りたくなってしまう。自分自身ではない、姫香のために。
大切な友達である彼女の胸中を思うが故に、まなは何か力になれないかと必死なのだ。
「まな……キミが気に病んでいてもしょうがないだろう」
鬼太郎も、まなが何を考えているのか大体のところはお見通し。友人のためにそこまで真剣になれるまなの性分を彼自身は好ましく思っている。
だからこそ——これ以上まなが自身を追い込まぬよう、冷たくも現実を突き付けていた。
「キミやボクらに出来ることはない……あとは、その友達と家族の問題だよ……」
「……ふぅむ、少し言い過ぎたかもしれんのう」
まながしょんぼりと肩を落としながらゲゲゲハウスを後にして行き、そんな彼女の後ろ姿を見送る目玉おやじもしょんぼりする。
「……そうね」
「うむ……あの子の気持ちも……分からんでもないんじゃがのう」
猫娘も砂かけババアも。気の毒そうな視線をまなへと向ける。
皆、まなの力になれないことを内心では気にしており、彼女の気落ちする姿に心を痛めていた。
「仕方ありませんよ、父さん」
そんな中、鬼太郎はやはり冷静に言い放つ。
「まなの友達の父親が罪を犯したのであれば、それを償うべきです。そしてその償う方法は……彼ら人間たちの手で模索していかなければならない……ボクはそう思います」
経緯がどうであれ、一郎という男が人間社会において『罪人』として認められたのであれば、その罪は生前のうちに償っておいた方がいい。下手に償う機会を脱するようなことがあればそれこそ死後、閻魔大王の裁きがより一層厳しいものになる可能性があるのだ。
死後の世界・地獄がどのような場所か知っているだけに、鬼太郎は冷静な意見を口にする。
「まなには気の毒かもしれませんが、こればかりは……仕方ありませんよ」
もっとも、彼だって本音の部分では力になりたいと思っている。まなの友人として、彼女の落ち込む顔など見たくはない。
それでも、必要以上に人間のルールに干渉するのは鬼太郎の信条に反すること。
己の信条と、まなの力になってやりたいという気持ち。
鬼太郎は相反する二つの感情の間で板挟みに陥っていく。
「——お~い、鬼太郎ちゃんよ……って、なんだなんだ? どいつもこいつもしけたツラしやがって!」
と、そこで一切の空気を読まずにねずみ男が我が物顔でゲゲゲハウスへと立ち入ってきた。
こちらが落ち込んでいることなどお構いなしの自由すぎる振る舞い。猫娘が空気を読めとばかりにギロリと睨みつける。
「ねずみ男……アンタねぇ!!」
「な、なんだよ! 俺が何したってんだ!?」
しかし、事情がサッパリ分からないねずみ男は猫娘の怒りに突っぱねる。
そして、不貞腐れた態度で手に持っていた『それ』をテーブルへと叩きつける。
「まったくよ! 人がせっかく、手紙を持ってきてやったてのに……」
手紙。
言うまでもない。妖怪ポストに投函されていた鬼太郎宛の依頼の手紙であろう。
こんなときであろうとも、事件は待ってはくれないようだ。正直とても依頼どころの気分ではないが応えないわけにはいくまい。
人間同士の揉め事に首は突っ込まないが、妖怪絡みのトラブルであれば見過ごせない。
それもまた、ゲゲゲの鬼太郎の信条なのだから。
「うむ……鬼太郎よ、手紙にはなんと書いてあるんじゃ?」
手紙を開く息子に目玉おやじが尋ねた。
他のみんなも、自分たちの力が必要そうな案件かどうか見定めるため、彼の第一声を待つ。
やがて、手紙を読み終えた鬼太郎が些か困惑気味に口を開いていた。
「…………獅子舞が、暴れてるとかなんとか——」
×
「……お節介なのは分かってる……けど、やっぱりほっとけないよ!!」
翌日、学校を終えた下校時刻。
犬山まなは自宅ではなく、辰神姫香の屋敷がある方角へと足を向けていた。
今日も姫香は学校へ来なかった。昨日、まなの前では務めて笑顔を浮かべるようにしていたが、やはり相当堪えているのだろう。最悪、このまま学校を辞める可能性だってあるかもしれない。
昨日鬼太郎に言われたとおり。父親の件は自分にどうにか出来る問題ではないとまなも自覚している。しかし、姫香のために何かしてあげたいと、彼女の心に寄り添うことくらいなら自分にだって出来る筈だと。
まなは今日も姫香に会うため、先日と同じように屋敷の前に立っていた。
「やっぱ、大きいな……」
相変わらず豪華な洋館を前に気遅れを感じながらも、まなは呼び鈴を鳴らす。
「……あれ? 誰も出ない?」
しかし昨日とは異なり、一切反応がない。
まさか出掛けているのかと。暫くの間その場で待つも、やはり誰も出てくる気配はない。
「どうしよう……出るかどうか分からないけど、ラインで呼び掛けてみようかな……」
ここまできた以上、せめて顔くらいは見たいと。
まなは姫香に今どこにいるか尋ねようと、ラインで彼女へ連絡を試みようとスマホを取り出す。
「————!!」
「————!?」
「ん……? なんだろう……誰かいる?」
だが、そこでまなの耳に何者かの声が響いてくる。
屋敷の周辺、会話の内容こそ聞こえなかったが、何やら複数人で言い合いになっているようだ、
まなはそちらの方が気になり、少し様子を見に行こうと小走りで駆け出して行く。
「——や、やめて下さい!!」
「オレ、オレオレ!」
屋敷の周辺、人気のない場所で辰神姫香がその長くて綺麗な髪を引っ張られていた。
姫香に乱暴している相手はチャラついた格好をしたチンピラだ。彼と同じような背格好の男女が数人で姫香を囲い込み、へらへらと口元に笑みを浮かべている。
「しっかり撮れよ、けーこ!」
「はい、ピース!!」
彼らは自分たちの行動を恥じる様子もなく、それどころかスマホを姫香に向け、彼女に暴力を振るっているところを嬉々として撮影していた。
「ひっ!?」
姫香は困惑し、恐怖していた。
姫香と彼らとの間には何の接点もない。気分転換に屋敷の外を歩いていたところでいきなり声を掛けられ、訳もわからないまま暴力を振るわれているのだ。
姫香は涙目になりながら、理不尽な暴力に耐え忍ぶしかないでいる。
「お嬢様!?」
するとそこへ屋敷の使用人、メイドの芽衣が血相を変えてやって来る。
買い物帰りのようだが彼女は状況を察するや、荷物を放り投げて主人の元へと駆け付ける。姫香の髪の毛を掴み上げているチンピラを突き飛ばし、すぐさま姫香と彼らを引き剥がす。
「お嬢様、お怪我はありませんか? ……何です、貴方たち! この方をどなたと心得ているのです!?」
芽衣は姫香へと無礼を働いたチンピラたちに声を荒げる。
「ひ、姫香!? だ、大丈夫!?」
さらにそこへまなも駆けつける。
姫香の身を案じながら、彼女は友人に危害を加えていた相手に向かって叫んでいた。
「何なんですか、あなたたち!! 警察を呼びますよ!!」
スマホを突き付けながら、まなはすぐにでも警察を呼べるぞと威嚇する。
寄って集って女の子一人にあのような仕打ち、悪ふざけで許される範囲を超えている。誰がどう見ても批判を受けるべきなのはチンピラたちの方だろう。
「痛ってぇな!! 何しやがる、テメェ……!!」
「うわっ、マジもんのメイドじゃん……金持ちウザぇ……」
「んだよ~、この犯罪者を庇うってんなら、お前らも共犯だぞ!!」
ところが彼らはまるで悪びれる様子もなく、それどころか姫香を庇うまなたちに非難の目を向ける。彼らは口々に姫香のことを『犯罪者』と罵り、まなたちのことすらも『共犯者』と罵声を浴びせてくる。
「は、犯罪者って……姫香が何したってのよ!!」
訳が分からない、姫香がいったい何の罪を犯したというのだろう。
本気で彼らの言動の意味が理解出来ず、まなはそのように言い返していた。
それに対し、チンピラの一人がズバリと言い放った。
「ああん? 惚けようたって無駄だぜ! もうみんな知ってることなんだからな! そいつの父親が……人殺しだってな!!」
「——っ!?」
人殺し。その言葉に姫香の表情が絶望的なものに染まる。
彼女の父親・辰神一郎は人を殺してしまったとされており、そのことは大きくニュースでも報道されている。
だがその被告人の情報、事件とは直接関係ない家族構成などニュースでは報道されない。被疑者のプライバシーなどを考慮し、マスコミも自重するのだが——今はネット社会の時代だ。
彼らはネットの情報から、この屋敷の住人である姫香が一郎の娘であると調べ上げ——彼女を糾弾しに来たのだ。
人殺しの身内である、彼女を——。
「なっ!? そ、そんなのっ……姫香には関係ないじゃん!! この子は何もしてないのよ!!」
彼らの理不尽な言い分にまなは憤る。
確かに姫香の父親は人を殺したかもしれないが、それが娘である彼女にこのようなことをしていい理由にはならない。身内だからといって、彼女にまでその罪が及ぶことなどあってはならないのだ。
しかし、偏見に歪んだチンピラたちにそのような正論は通じない。
「うっざ……お前、立場分かってんのかよ?」
「お前らみたいな犯罪者の仲間が、俺たちみたいな善良な一般人に楯突けると思ってるわけ?」
「何がお嬢様だよ! どうせこの屋敷も、あくどいことして儲けた金で建てただけだろうが!!」
まるで、自分たちこそが『正義』だとばかりに口汚く姫香やまなを罵る。
その誹謗中傷の中には、事件とは直接関係のない僻みのような感情まで混じっている。
彼らは——本音の部分で正義感など秘めていない。今回犠牲となった被害者を悼む気持ちすらない。
彼らは、ただ責めたいだけなのだ。
犯罪者である一郎、その娘である姫香を捌け口に日頃の不満や鬱憤を晴らしたいだけなのだ。そして犯罪者の娘であればそれが許されると、身勝手な理屈で自分たちの行為を正当化しているつもりでいる。
姫香の実家が金持ちであることも、その身勝手さに拍車をかけているのだろう。
「お前みたいな上級国民がこの国を腐らせるんだよ! とっととどこへなりとも消え失せろ!!」
遂にはより暴力的な行為で姫香に乱暴を働こうと、チンピラの一人が大きく腕を振りかぶる。
「姫香っ!?」
「お嬢様っ! お下がりを!!」
まなが悲鳴を上げ、芽衣が主人である姫香を庇って両手を広げる。
「……っ」
姫香はその暴力を前に屈することしかできなかった。
彼女自身、父親の件で負い目を抱いているため言い返すこともできない。
自分は殺人者の娘。
そのことを引け目に、この先の人生も生きていかなければならないのかもしれないと。
もはや何一つ抵抗する気力もなく、悲観に暮れた思いでその場の成り行きに身を任せるしかなかった。
だが——
「——おっと! そこまでですよ……」
「あ、ああん!? な、なんだ、テメェは!?」
チンピラがメイドに殴りかかる、その寸前——。
ガシリとその腕を鷲掴みにし、その暴挙を止める者が現れる。
チンピラの暴行を止めたその人物は開口一番、身勝手な彼らへと語り掛ける。
「刑法第208条。暴行を加えた者が傷害するに至らなかったときは、2年以下の懲役若しくは30万円以下の罰金、又は勾留若しくは科料に処される」
「あ、ああん?」
「その拳をそちらの方に振り下ろせば、間違いなく貴方の暴行罪が成立します。貴方も立派な犯罪者ですよ?」
その人物——コートを羽織ったスーツ姿の男が口にしたように人に向かって殴る、蹴るなどの暴力に及んだ場合、それは『暴行罪』として成立する。加えて、もしも被害者が怪我でも負えばそれは立派な『傷害罪』。さらに重い罪として裁かれることになるだろう。
「? 何言ってやがる、こいつは犯罪者の身内だぞ! 警察がこんな奴らのために動くもんかよ!」
しかし、男の警告に世間知らずのチンピラはまったく怯んだ様子を見せない。どうやら自分が罰せられることはないと本気で思っているらしい。
「はぁ~……何か勘違いなされているようですが、たとえ何者であろうとも、その人権を侵害することは許されません」
警告を口にした男が溜息を吐きつつ、彼らの勘違いを正すためにさらに言葉を重ねていく。
「彼女の父親が犯罪者であろうとも、仮に彼女自身が犯罪者であろうともその人権はこの国の憲法によって保障され、守られているのです。学校で教わりませんでしたか? 日本国憲法第11条ですよ」
「そ、そうだよ、この間授業で習った! わたし知ってるし!」
中学生のまなですら知っている、根本的な基本原則だ。
日本国憲法第11条——基本的人権の享有。
『国民はすべての基本的人権の享有を妨げられない。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与へられる』
この憲法により、たとえいかなる場合であろうとも国民がその人権を侵されることはない。
チンピラの主張はまさにこの憲法に反するものであり、何の説得力もない戯言である。
「う、うるせぇ!! うるせぇ!! 犯罪者に人権なんざ必要ねぇんだよ!!」
「お、おい……もうやめとけって……」
完全な正論、そして男の堂々たる態度に萎縮してか、チンピラたちは旗色が悪いことを察してか及び腰に陥る。だが、暴力を働こうとした血の気の多い輩は何一つ納得せずに尚も食い下がる。
物分かりの悪いチンピラに、男はもう一つ——彼らが抱いている勘違いを正すために口を開いた。
「……一つ、貴方たちは根本的な考え違いをなされている。彼女の父親……辰神一郎氏は犯罪者ではありません」
「えっ!?」
その言葉に誰よりも驚いたのが姫香だ。
彼女は既に父親が罪を犯したと知らされ、それを受け入れるしかないと諦めていた。
しかし、男は毅然とした態度でそれが間違いだと主張する。
「何故なら彼はまだ警察に逮捕されただけです。逮捕されて起訴された段階ではまだ被疑者……裁判で有罪が確定されない以上、彼を無罪として扱われなければなりません」
刑事裁判のルールに『無罪の推定』というものがある。
犯罪を行ったと疑われていても、刑事裁判で有罪判決を受けない限り被告人は『罪を侵していない人』——つまりは『無罪』として扱わなければならない。
これは憲法でも保障されている、法治国家としての正しい在り方。刑事裁判の大原則である。
「き、詭弁じゃねぇか!? それにそんなの……時間の問題だろうがぁ!!」
しかし、これにもチンピラは声を荒げる。
そんな大原則を知らない人間からすれば警察に逮捕されればそれで罪人。わざわざ裁判での有罪判決など待つ必要はないとでも言いたいのだろう。
これはチンピラだけではなく、大多数の国民が誤解している認識である。
警察に逮捕されればその時点で有罪と、日本の警察の優秀さがそのような偏見を生んでいるのだろう。
「確かにこの国の警察・検察は優秀です。刑事裁判の検察側の勝率、有罪率は99、9%。裁判で弁護側が勝訴する、無罪判決を勝ち取る可能性は0、1%……ほぼ皆無といってもいいでしょう」
「……っ!」
男が口にした現実にまなたちの表情が再び凍り付く。
実際問題、裁判で弁護士が無罪判決を勝ち取る可能性などそれこそ奇跡に縋るようなものである。
結局のところ状況は何も変わっていない。
今が無罪でも、どうせ有罪になるのであれば何も意味はないのではないかと。
だが——
「ですが……その心配はありません。彼が有罪判決を受けることはないでしょう」
「この私が……弁護人を引き受ける以上は——」
「——はっ!?」
「——えっ?」
「——なっ!?」
男の言葉にその場にいた全ての人間が息を呑む。
チンピラたちも、まなも、メイドの芽衣も。
しかし、男はその誰のリアクションにも反応しない。
「…………お父様の……弁護士さん?」
一人罪悪感に押しつぶされそうになっている少女——辰神姫香へと歩み寄り、ただ静かに語り掛ける。
「失礼……ご挨拶が遅れて申し訳ありません。この度、貴方のお父様の弁護人を務めることになりました……私のことは、そうですね……」
男は薄く笑みを浮かべながら、冗談交じりに法曹界で広まった自身の『異名』を告げていた。
「——
人物紹介
辰神姫香
まなの仲の良い友達の中の一人、唯一個別回がもらえなかった子。
苗字の方は作者のオリジナル。
原作ではあまり喋るシーンなどがなく、性格や生い立ちなど作者の後付け設定。
なんとなく立ち振る舞いが上品なのでお嬢様属性を付けてみた。
何故、お嬢様である彼女がまなたちのように一般の学校に通っているのかなど、その辺の設定も次話でさらに掘り下げていきたいと思います。
小谷先生
まなたちのクラス担任。一応は原作アニメに登場した人。
どう見ても怪しいねずみ男からひな人形を購入、そのせいで生徒たちに被害が……。
辰神一郎
姫香の父親。存在そのものが完全に作者のオリジナルです。
企業の社長として偉い立場にいながら、現場を自らの足で回る叩き上げ。
さらに詳しい掘り下げは次話以降へ。
蛭間タカシ
被害者。名前も適当です。
一応彼個人の事情なども考えていますが……そこまで詳しくは多分やらない。
メイドさん
姫香の屋敷の使用人。名前は芽衣さん……もう、そのまんまです。
若くて眼鏡を掛けた美人メイド。深い意味はありません、作者の趣味です。
庭師のお爺さん
姫香の屋敷の庭師。今のところ、名前すらない。
作者の中で庭師=寡黙、ご老体というイメージがあります。
ちなみに、辰神家の使用人はメイドと彼の二人だけです。
獅子舞
謎の獅子舞。今回の『キーワード』。
ゲゲゲの鬼太郎三期を知っている方がいれば、なんとなく今回の事件の全容が分かるかも。
サイクロプス
炎眼のサイクロプスの主人公。
素性不明、本名不明。片目が義眼だからサイクロプス、独眼怪物と呼ばれている。
おい、こんな怪しいやつを弁護席に立たせるな! と突っ込みが飛んできそうですが『弁護士』ではなく、『弁護人』だから問題はないのだろう。
ポーズがオシャレ、宝具発動時の掛け声がカッコいい!
どういうことか意味が分からないと思いますが……とりあえず次話まで彼の出番はお預けです。
次回の鬼太郎とのクロス、どんな作品がみたいですか?
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