ゲームとしては単純な作りですが、物語としてはかなり面白い!
そっか、ストーリーってこうやって組み上げていくんだと、色々と参考にもなります!
キャラクターも好きだし、これは買っても損のないゲーム。十分に人に勧めることができる名作です!
さて、今回のクロスである『炎眼のサイクロプス』。
裁判ものを書きたくてこの作品を選びましたが、裁判ものなら『逆転裁判』を思い浮かべる人が多いと思います。
ですが、逆転裁判はキャラクターやストーリーの癖が強く、クロスするには相当の労力が必要とかなり頭を悩ませたうえ、ちょっと断念しました。
その点、炎眼のサイクロプスは読み切りである分、話が纏めやすかったと思います。
ちなみに、作者にとって初めての裁判ものは逆転裁判ではありません。
作者が好きな裁判ものは『タクティカル・ジャッジメント』『無法の弁護人』というライトノベルです。
どちらも師走トオルという方の作品。作者が好きな小説家の一人なのですが、この人の作品……全然アニメ化とかしないから、知名度が致命的にないんですよね……。
法律関係の知識とか、この人の作品を参考にさせてもらっている部分もありますので、もしよかったら読んでみてください。
「…………どうぞ、粗茶ですが」
「おっと、これはどうも。恐れ入ります」
辰神家の屋敷。客間へと案内した客人にメイドの芽衣が紅茶を振る舞う。しかし客人であるスーツ姿の男を見つめるその視線にはどこか警戒心に満ちたものがあった。
弁護人と名乗ったその男。一見するとごく普通の成人男性のように見えるが、髪の毛の一部が変色していたり、片目が赤かったりと、ところどころ不審な点が見られる。
加えて、彼は自分のことを『サイクロプス』などという、どう聞いても人名とは思えない名前で自己紹介した。ふざけている、あるいは不審者として警戒されても仕方がないことだろう。
「ええと……さ、さいくろぷす……さん?」
「…………」
依頼人の娘である姫香や、この場に同席しているまなも不信感を抱いている。
まなは男に対して懐疑的な眼差しを向け、姫香は彼の名前を少々言いにくいそうに口にする。
「ははっ……弁護人で結構ですよ」
だがサイクロプスは笑みを溢し、先ほどの自己紹介で名乗った異名をあっさりと取り下げた。
「サイクロプスというのは法曹界の人たちが勝手に付けたあだ名です。まあ……特に不快にも思っていませんから、そちらの方で呼んでもらっても構いませんよ」
単純に弁護人とでも、サイクロプスとでも呼んでいいと言うが、不思議なことに本名を名乗ろうとはしない。
そんなサイクロプスの態度に皆がますます不安感を覚えたところで、まながとある疑問を口にする。
「あの……サイクロプスって、どうしてそんな呼び名が?」
何故、彼がサイクロプスなどと呼ばれているのかという質問。その問い掛けに男は少し考える素振りを見せてから口を開く。
「……お嬢さんたちは『サイクロプス』という怪物をご存知ですか?」
「か、怪物……? も、もしかして、妖怪か何かですか?」
怪物。その単語からまなは妖怪の存在を想起させる。
まなにとって、人ならざるものであれば真っ先に妖怪の存在が浮かび上がる。サイクロプスというのも、何かしらの妖怪の名前なのではと考える。
すると、その疑問に姫香が自身の知識を思い出しながら答えていく。
「サイクロプス……確か、ギリシャ神話に登場する巨人の名前ですよね? 怪物、あるいは神様の子供だとか……」
「そのとおり。博識ですね、お嬢さんは」
姫香の知識を褒め称えつつ、男はサイクロプスと呼ばれる存在について簡単に説明してくれる。
サイクロプスとは、ギリシャ神話に登場する一つ目の怪物のことだ。
元々の原点では神様の子とされているものの、一つ目という異様なビジュアルから後世のイメージによって野蛮で粗野な怪物として描かれるようになった。
しかし、古来より『一つ目』という形にはある種、神聖なイメージが備わっている。
神そのものが一つ目であったり、あるいは神への捧げ物として『聖別』——わざと片方の目を傷つけ、人と神とを繋ぐものとして祀り上げたりとする風習が、世界各地に伝承として残っていたりする。
——そういえば……。
その話ならまなにも覚えがあった。過去に知り合った自らを『知恵の神』と名乗った人間の少女。彼女も人と妖の橋渡しとなるべく隻眼となり、片方の目が義眼になったらしいが——。
「……あれ? じゃあ……サイクロプスさんのその目って……!」
まなは眼前のサイクロプスに目を向ける。
彼の瞳は左右で色が違う。右目はごく普通の瞳だが、左目は明らかに普通の色をしていない。
まるで——炎のように赤い目だ。
「ええ、その通り。この片目……義眼なんですよ」
だからこその『独眼怪物』。
この弁護人が、サイクロプスなどと呼ばれている由縁であった。
「! 失礼、お客様がお見えになったようです」
と、その辺りまで話したところで不意に来客のチャイムがなった。メイドが客人に応じるため、すぐさま玄関先へと向かっていく。
数分後、メイドが屋敷の扉を開けたと思しきタイミングで大きな叫び声が聞こえてくる。
「——お嬢さん!!」
苛立った男の声だ。廊下をドタドタと荒っぽく駆ける足音がこちらへと近づいてくる。
何事かと一同が意識をそちらへと向けた瞬間、客間への扉が乱暴に開け放たれた。
「姫香お嬢さん……!? 貴様……サイクロプス!? こんなところまで押しかけてきおって!!」
その男は姫香のことをお嬢さんと呼びつつ、部屋の中にサイクロプスの存在を見つけるや、すぐにその表情を険しいものへと変える。
年齢は五、六十代ほど。姫香の父親である一郎より一回り上くらいの眼鏡を掛けたそれなりに恰幅の良い男である。
「宍戸さん!!」
「……誰? 姫香の知り合い?」
その男性・宍戸という名前なのか。どういった知り合いなのかまなが尋ねる。
「こちらはGホールディングスの重役……副社長を務めている
まなの疑問にはメイドが答えた。
一郎が社長を務める会社の副社長。それならば相当偉い地位の人物なのだろう。
「宍戸様、お嬢様の御前です。そのような乱暴な言動は慎んでいただきたい」
だが、そんなお偉いさん相手にもかかわらず、メイドは迷惑そうな表情を隠そうともせずに宍戸の振る舞いに口を出す。どうやら個人的に、この宍戸という男のことを快く思っていないようだ。
「……ちっ! 相変わらず、無礼な使用人だ……まあいい」
メイドの小言に宍戸は軽く舌打ちする。彼女のことをたかが使用人と侮っている態度である。
しかしその苛立ちを宍戸はメイドではなく、サイクロプスへとぶつけるために彼を鋭く睨みつける。
「サイクロプス! ここは貴様のような下衆な輩が来るようなところではない、早々に立ち去れ!!」
なんとも剣呑な雰囲気。もっとも、サイクロプスは平然と涼しい顔色で宍戸の怒気を受け流す。
「おやおや、随分な言いようで……しかし私は辰神一郎氏から正式な依頼を受けて彼の弁護を引き受けることになりました。その彼からこの屋敷に立ち入る許可を貰っています。副社長とはいえ、部外者の貴方にとやかく言われる筋合いはないと思いますが?」
「ぬけぬけと……どうやって社長を騙くらかしたかは知らんが……」
サイクロプスの言葉に宍戸は苦虫を噛み潰したような顔になる。そして、彼は『とある事実』をまるで周りの人間たちに知らしめるように大声で叫んでいた。
「いくらなんでも無茶苦茶だぞ!! 貴様が社長に弁護士費用として請求した金額——五千万などと!!」
「ご、五千万!?」
その金額にまなが仰天する。
五千万円——中学生のまなからすればかなりの大金。それでいて妙にリアリティのある生々しい数字である。
「ご、五千……!?」
「…………!!」
姫香や芽衣ですらかなり驚いている。
こんな豪華な屋敷で生活している彼女たちからしても、五千万円という額はかなりの大金であるようだ。
サイクロプスは、そんな高額な弁護士費用を辰神家に請求しているという。
しかもそれだけではない——。
「それに私は知っているんだぞ!! 貴様が正式に資格を持っていない……モグリの弁護士だということを!!」
「——えぇっ~!?」
その事実に、再びまなたちの間に衝撃が走る。
裁判という判決次第ではその人の一生を変えてしまうかもしれない事柄。そんな裁判に関わる職種なだけあって、弁護士には高い水準の教養が求められる。
弁護士になるには、まずは司法試験に合格する必要がある。その試験の合格率はおよそ30%前後。最難関な国家資格の割には意外にも高そうに思えるが、そもそも一般の人間は試験を受けることすらできない。
司法試験に挑むには『法科大学院を卒業する』。あるいは『予備試験に受かる』必要がある。
つまり試験の前段階で挑む人間を絞り込み——その中の三割ほどしか合格することができないのである。
加えて、試験に合格してそれで終わりではない。
試験を突破した後にも『司法修習』という研修を約一年ほどに渡って受ける必要がある。その研修の過酷さに途中で挫折し、弁護士になる夢を諦めてしまう者もいるほどだ。
それだけの試練を突破して、初めて弁護士と名乗ることが許される。
その襟元に弁護士の資格である——『弁護士バッチ』を付けることが許されるようになるのだ。
だが、その弁護士バッチを——サイクロプスは身に付けていない。
彼は弁護士としての資格を持たない、本来であればあり得ない『異端の弁護人』なのである。
「——お言葉ですが、私は自分のことを一度も弁護士と名乗った覚えはありません」
しかし、そんな致命的な指摘を受けながらも、サイクロプスはケロリとしている。
「資格はなくても弁護はできるんです。まあ、ちょっとした制限がありますが……」
サイクロプスも自分に『弁護士』を名乗る資格がないことを理解しているようだ。あくまで『弁護人』として辰神一郎の弁護を引き受けるつもりらしい。確かに弁護を受ける依頼人がサイクロプスを弁護人として指定すれば法律上、そこに問題は生じない。
もっとも、普通であれば弁護士資格を持たない人間に弁護を依頼しようなどとは思わない。
「ふざけるな!! そんな理屈が通ってたまるか!!」
宍戸も常識の範囲でそれがあり得ないことだ思っているのだろう。もはやサイクロプスなど相手にせず、彼は姫香に向かって言い聞かせるように力説する。
「……姫香お嬢さん!」
「は、はい!?」
「このような輩の力を借りずとも、我が社には立派な顧問弁護士がおります。どうか社長を説得し、この男を解雇させてください!!」
元よりそのつもりで屋敷まで押しかけてきたのだろう。彼はさらに激しく捲し立てる。
「私から社長へと直談判しましたが……どうにも聞く耳を持ってくれません。他の重役たちの言葉にも……ですが、お嬢さんのお言葉なら社長も応じる筈です。どうかお願いします! こんな男に五千万円も支払うなど、馬鹿げているとしか言いようがありません!!」
「わ、私が……? でも、それは……」
宍戸の言葉に姫香は戸惑っていた。
確かに五千万円は大金だ。この不景気な世の中、辰神家とておいそれと出せるような金額ではない。
だが、サイクロプスは姫香の父を無罪にすると自信満々に言い切った男だ。そんな男を辞めさせることが果たして正しいことか迷っている。
「……私も、五千万は些か高すぎると思われます、お嬢様?」
宍戸のことをよく思っていないメイドもさすがに彼と同じ意見らしく、サイクロプスに疑惑の目を向ける。
一般的に刑事裁判での弁護士費用は高くても二百~三百万円と言われている。いかに無罪にするとしても、五千万円は明らかに法外な額である。
「…………」
「姫香……」
父の無罪のためとはいえ五千万をドブに捨てるか?
それともサイクロプスを解雇してちゃんとした弁護士に任せるか?
人生を賭けた選択を迫られ、追い詰められていく姫香を隣でまなが心配そうに見つめている。
気まずい沈黙が続く、そんな中——。
「姫香さん」
サイクロプスが静かに口を開いた。
「これは、私が常に思っていることですが……世の中何より大事なのは『可能性』だと思うんですよ」
「……か、可能性、ですか?」
姫香はサイクロプスを見る。
彼は左右で色の違うその瞳をまっすぐ姫香へと向け、真剣な様子で彼女に語り掛けていく。
「皆さんが高い高いとおっしゃっている五千万円ですが、それ単体では何の価値もありません」
「えっ!?」
五千万円に価値がない。
庶民感覚では信じられない発言にまながくらりと目を回す。だが、サイクロプスは構わずに続ける。
「お金というものはそれ自体に価値はなく、『可能性』を媒介として初めて価値が生まれるものなんです」
サイクロプスが繰り返し使う『可能性』という言葉、
どうやら、それが彼が最も大事にしている心情——核となる部分のようだ。
「仮にこのまま一郎さんが有罪になってしまえば、彼が社長を務めるGホールディングスという会社の経営が大きく傾いてしまうでしょう。そうなったら、いったいどれだけの社員が解雇されることになるか……」
「む……そ、それは……」
副社長として宍戸が顔を顰める。
確かに社長が有罪判決を受けたとなれば会社の信頼は失墜する。経営は大きく傾き、人件費削減の名目でたくさんの人間が辞めさせられるだろう。
多くの人の可能性の芽が摘み取られてしまうのだ。
「それに一郎さん自身の可能性……そして、姫香さんの可能性も失われてしまいます」
「わ、私の……可能性?」
サイクロプスの言葉に姫香が目を剥く。
裁判で有罪判決を受ければ一郎は名実ともに『殺人者』となってしまう。そうなればたとえ正当防衛が認められようと、世間から白い目で見られることは避けられない。
彼の娘である姫香も、犯罪者の娘として多くの偏見に晒されることになるだろう。
今後の人生——進学、就職、結婚といった大事な場面において、あらゆる『可能性』を奪われてしまうのだ。
「そんなあなた方の人生の可能性……五千万円で買えるなら安いものじゃないですか?」
「…………」
「…………」
サイクロプスの真摯な言葉に姫香、反対していた芽衣も押し黙る。
これは一郎本人だけの問題ではなく、姫香やこの屋敷で働く使用人。そして、今も会社で働いている多くの社員たちの人生に関わる問題なのだ。
そのためであれば、確かに五千万という金額は決して高くないのかもしれない。
「一郎さんもそれに納得して、私に弁護を任せてくださいました」
「父が……」
サイクロプスの言葉に姫香はシンプルに驚く。
彼女にとっては父親である辰神一郎がこのような胡散臭い男——サイクロプスのことを信じて任せたのがあまりにも意外だったのか。
姫香は不意に、自分の父親がどういった人物なのかを思い返していた。
×
辰神一郎という男は、そもそも辰神家の人間ではない。
若い頃はかなり貧しく、相当苦労して今の会社・Gホールディングスに入社した、ただの平社員であった。しかし貧乏でありながらも優秀であった一郎は、社内でもめきめきと頭角をあらわし、瞬く間に出世していった。
そうして会社で働いていく中、彼は先代社長の娘・社長令嬢であった女性と恋に落ち、結婚して辰神家の一員として迎え入れられることになった。
そう、その一郎と一緒になった女性こそ、姫香の母親である。
彼女は一郎との間に一人娘・姫香を授かり——出産後、間もなく亡くなってしまったという。
姫香は母親のことはほとんど記憶にない。
先代社長であった祖父も数年前に病で他界し、ずっと父の背中だけを見て育ってきた。
『——決して己の生まれた環境にあぐらをかくな』
父親が口癖のように姫香へと言い聞かせていた教訓。その教訓を自ら実践するかのように、一郎は先代の跡を継いで社長になった後も、決して驕らずに働き続けてきた。
『——姫香、無駄遣いはするな。余計な出費は極力抑えろ』
さらに一郎はお金の管理にも厳格だった。
このような立派な屋敷にこそ住んではいるものの、雇っている使用人はメイドと庭師の二人だけ。自分たちの身の回りの世話などは必要最低限の人員で済ませ、会社の雇用に十分な人手を回していた。
屋敷の内装などにもお金を掛けようとせず、贅沢な調度品といった類にもまったく縁がなかった。
姫香の進学先も変に気取ったお嬢様学校にせず、彼女自身の社会勉強を含めて一般の公立校を選ぶほどだ。
そんな一郎の教育方針もあってか、姫香は自身の生まれや育ちに決して奢らない、礼儀正しい女子として立派に成長した。
姫香はそうして培ってきた自身の価値観、父の教えを胸にもう一度サイクロプスへと向き合っていく。
「——父は……本当に貴方にお任せしたのですね、サイクロプスさん?」
念を押す姫香の問い掛けに、サイクロプスは力強く返事をする。
「——はい、間違いなく」
嘘をついている様子はない。であるならば——姫香の答えは既に決まっている。
「……父が決断したことであれば、きっとそれは必要なことなのでしょう」
あの自他共に厳しい父が、お金の管理にも厳しい彼が五千万円という大金を払ってでもサイクロプスに弁護をお願いした。ならば、そこにはそれだけの価値があるということなのだろう。
「サイクロプスさん……いえ、弁護人さん。私からもお願いします。どうか……父を、父を救ってください!」
改めて、姫香はサイクロプスに頭を下げる。
父の可能性を、姫香自身の可能性を守るために彼に弁護を託していた。
「姫香……うん、そうだよね!」
「お嬢様がお決めになったことであれば……」
姫香の決断にまなと芽衣が賛同の意を示す。彼女たちはサイクロプスを信じたわけではないが、姫香がそこまで力強く頷くのであれば、それ以上強く反対する理由もない。
姫香の判断を、彼女自身の意思を尊重することにしたのだ。しかし——
「お嬢さん!? いけません! こんな男の口車に乗っては!!」
姫香が決断を下したにもかかわらず、まだ納得しようとせずに副社長の宍戸だけは引き下がる。
彼女の決死の判断を覆させようと、ペラペラとよく回る舌で様々な御託を並べていく。
「資格の無い弁護人など詐欺師同然です! どうせ裁判が始まったところで、何も出来ずに金だけを持ち逃げしていく——」
「そうだ! 弁護師団を結成しましょう! 五千万と言わず、一千万もあれば立派な弁護士たちを十分に雇い入れることが——」
「大丈夫!! 全て私どもにお任せください! 必ずや社長を救ってみせます。そもそも——」
「…………」
「宍戸様、お嬢様は既に決断なされました。それ以上は……」
しつこいまでの宍戸の陳情に姫香が困ったような顔になり、芽衣が主人の気持ちを代弁して口を挟む。
これ以上の議論など必要としていないことを、この男は未だに認められないようだ。
「……?」
何をそこまでムキになってサイクロプスを追い出そうとしているのかと、傍から見ているまななどは宍戸の言動に多少の違和感を覚えてしまうほど。
すると、そのときだった。
「——なるほど、アンタがこの事件の犯人……いや、首謀者か……」
唐突だった。
何の前触れもなく口を開いたサイクロプスが、宍戸に向かって吐き捨てるように言い放つ。
先ほどまでの丁寧な敬語をとっぱらった、かなり粗暴な口調だ。
「——っ!?」
「サイクロプス殿……今、なんとおっしゃいました!?」
いきなり口調や雰囲気が変化したサイクロプスに姫香が息を呑む。
しかし、それ以上に聞き逃せない彼の発言内容に芽衣が即座に聞き返す。
サイクロプスが真犯人と名指しした、宍戸へと疑惑の眼差しを向けながら——。
「なっ!? 何を……ぶ、不躾な……何を証拠にそんな出鱈目を!!」
当然のことながら、宍戸はひどく驚いていた。
疑いを向けられるだけでも心外なのに、確信を持って首謀者と名指しされたのだ。いったい何を証拠にと、ドラマで追い詰められる犯人のように猛抗議する。
「何も……物的証拠はありませんよ」
一流の名探偵であれば、ここで証拠を提示して犯人を追い詰めていくのだろう。だがサイクロプスはあっさりと証拠がないことを認める。口調の方もいつの間にか敬語へと戻っている。
「ハッ! 話にならん!! 証拠もなく、人を犯人呼ばわりしおって!! 名誉毀損で訴えてや——」
途端に安堵した表情になる宍戸。
彼はサイクロプスの無礼な発言を理由に、ここぞとばかりに相手のことを責め立てようとする。
「——左目ですよ」
ところがサイクロプスはまったく怯んだ様子を見せない。
彼は自身の口元を手で押さえながら——その左目。炎のように真っ赤な義眼の眼光で宍戸を射貫きながら断言する。
「この左目の義眼が教えてくれるんです。目の前に『嘘』をついたものがいると——」
その瞳の奥に、憎むべき『嘘つき』への怒りの炎を灯しながら。
「貴様が一郎さんと姫香さんの可能性を潰す、獅子身中の虫だということを——」
×
まなが辰神家の屋敷でサイクロプスと遭遇していた頃。
東京郊外の銀行でその事件は発生していた。
「——ふ、ふはははは!! 金を出せ!」
銀行強盗——最近はめっきり見なくなった強盗犯罪の一種。
ここ数年は特に銀行強盗といった大規模な犯罪が鳴りを潜め、コンビニ強盗のような小規模な犯罪が増加傾向にある。銀行というリスクの高いところで大金を狙うより、コンビ二といった多少は警戒の緩む場所で僅かな売上を狙って行動を起こす犯罪者が多くなっていると専門家は分析している。
そのためか、日頃から防犯訓練を受けている銀行員たちですらも、今回の銀行強盗事件に面食らっていた
恐怖はあったが、それ以上に戸惑いの感情を「金を出せ!」と叫んでいる男性へと向ける。
その男性。いや、男かどうかすらハッキリとはわからない。
なにせその銀行強盗は——獅子舞の格好で己の正体を隠していたのだから。
「ふははは!! どうした人間ども!? 大人しく金を出せ! さもなくば……」
「あ、いえ……その……」
獅子舞——本来はおめでたい席で舞われる伝統芸能。正体を隠したいのであればもっと適切なものがあったのではと、銀行員は対応に困っている。
別に武器を振り回しているわけでもなく、獅子舞はただ金を出せと叫んでいるだけなので。
「キミ……ちょっと交番まで来てもらおうか」
一応、通報を受けて駆けつけた警官が対応するも、そこに緊張感なども感じられない。
獅子舞の行為を単なる愉快犯程度と認識してしまっていたのかもしれない。
「ほう、あくまで逆らうつもりか……ならば——死ね!!」
だが次の瞬間。
獅子舞は剣呑な空気を放ちながらその口をガパリと開き——そこから燃え盛る火の玉を吐き出した。
「——へっ!? ギャアアアアア!? あ、あっつ、熱い!?」
いきなりのことで警官は反応することが出来ず、その火球の直撃を浴びる。
彼の体は瞬く間に燃え上がり、舞うような炎が銀行中に飛び火していく。
「ヒィっ!? な、ななな……!?」
「火!? か、火事だ……みんな逃げろ!?」
冗談のような空気から一変。一瞬にして恐怖の空間となった銀行内を人々が逃げ惑い、その光景を獅子舞が嘲笑う。
「ははは!! 逃げろ逃げろ、人間ども! 恐れ慄き、この獅子頭に頭を垂れて赦しを乞うがいいわ!!」
銀行を襲撃しながらも、金になどまるで関心を示すことなく。彼はさらに火球を吐き出し、銀行中を焼き払おうと画策する。
「——リモコン下駄!!」
しかしその暴挙を食い止めるべく、一人の少年が立ち向かう。
その少年の繰り出した、リモコンのように飛んできた下駄に蹴り飛ばされ——獅子頭は銀行の外まで吹き飛ばされていく。
「ぐはっ! な、何奴だ!!」
そんなこと——問うまでもなく決まっているだろうに。
「——ゲゲゲの鬼太郎だ!」
そう、ゲゲゲの鬼太郎。
妖怪ポストの依頼を受け、彼がその場に駆けつけてくれていたのである。
「父さん! 奴がここ最近、この辺りを荒らし回っている妖怪でしょうか」
「うむ、まず間違いあるまい。獅子頭……獅子舞に宿った怨念。それが奴の正体じゃ!!」
獅子頭と対峙する鬼太郎と目玉おやじ。目玉おやじは即座にその獅子舞の正体を看破し、敵の成り立ちなどを息子へと伝える。
その昔、外国から渡って来た一匹の獅子が人々に災難をもたらしていた。獅子は腕の立つ武士によって首を落とされ、見事に退治されたという。
しかしそれから数百年後。獅子舞の頭部として使われていたその首が人々の身体を乗っ取り、踊り狂うようになったという。
ひたすら暴れ回る獅子舞。しかしある時、とある人間たちの手によって封印の札が作られ、その怨念ごと獅子舞は封じられることになった。
以降、獅子頭が再び世に出ることはなく、世の平穏は保たれてきたが——。
「何者かの手によって札を剥がされたようじゃ……また厄介な奴が蘇ったぞ!」
目玉おやじが頭を抱える獅子頭の厄介な部分。それはこの妖怪の特性にあった。
「ふん! 何者か知らんが、やれるもんならやってみろ! この人間が……どうなってもいいのならな!!」
獅子頭は鬼太郎相手にその身を無防備に晒す。
両手を広げ、攻撃できるもんなら攻撃してみろと言わんばかりの挑発的態度。彼がそこまで自身満々に言い切ったのには理由がある。
それはその肉体。胴体に当たる部分がまるまる生身の人間だったからだ。
そう、獅子頭は獅子舞の妖怪。その特性は——獅子舞である本体を被った人間の身体を自由自在に操ってしまうというもの。
今も肉体を乗っ取られている人間は獅子頭と何の関わりもない一般人だ。
つまり獅子頭は——『他者の身体を手足』とし、『何の罪もない人間を人質として利用している』状態なのである。
「くっ、下手に攻撃すれば……操られた人間に怪我を負わせてしまうかもしれない! いったいどうすれば!?」
獅子頭のその悪辣な特性を前に、鬼太郎も迂闊な攻撃が出来ずにいた。
「ふはは!! 馬鹿め、隙だらけだぞ……小僧!!」
鬼太郎を嘲笑いながら獅子頭が口をあんぐりと開ける。その口から再び火球を放とうとする——
「——鬼太郎!!」
まさに鬼太郎が窮地の、その刹那だ。
物陰に身を潜めていた猫娘が獅子頭に奇襲を掛け、後ろからその身体を羽交締めにする。
「ぐっ!? な、仲間か! い、いつの間に!?」
獅子頭が突然の事態に驚き抵抗するも、猫娘がその身体をがっちりと抑え込んでいるため動けない。
「今じゃ、鬼太郎!!」
「はい、父さん! 指鉄砲!!」
その隙を見逃すなと目玉おやじが叫び、鬼太郎も猫娘の手助けを感謝しながら指鉄砲を放った。
狙いは頭部だ。ここだけを砕けば操られている人間を傷つけることなく、獅子頭本体を退治することができる筈だ。
「ちぃっ……仕方ない!!」
だが指鉄砲が直撃するその瞬間、獅子頭は乗っ取っていた肉体をあっさりと脱ぎ捨てて緊急離脱。
獅子舞である本体が、そのまま空中を浮遊して逃げ出していく。
「覚えていろ、小僧! 次に会ったらタダじゃ済まさんからな!!」
捨て台詞を吐き捨てる獅子頭。
あっという間に鬼太郎たちの視界から立ち去り、何処ぞへと姿を眩ましてしまった。
「……逃してしまいましたね、父さん」
「う~む、見事にしてやられたのう……」
「もう! あと一歩のところだったのに!!」
鬼太郎、目玉おやじ、猫娘の三人が獅子頭を逃してしまったことに悔しさを滲ませる。
手紙の依頼を受けてからずっと犯人である奴を捜し回り、ようやく遭遇した絶好の機会。その機会に獅子頭を退治することができず、みすみす逃してしまったことに彼らは地団駄を踏んでいた。
「……う、うう……」
「大丈夫ですか? しっかりしてください!」
しかし、くよくよしていても仕方がない。とりあえず今は人質だった人間——獅子頭の手足として操られていた男性が無事であったことを安堵する。鬼太郎たちは彼を助け起こそうとその人間へと駆け寄っていく。
「——おい!! 騒ぎがあったという銀行はここか!?」
「——こりゃ酷いな……消防車はまだ到着しないのか!?」
すると、そのタイミングになって警官隊の増援が現場へと駆けつけてきた。
彼らは獅子頭の炎で燃える銀行に気の毒そうな目を向け、その視線を厳しく引き締めて鬼太郎たち——正確には、倒れている男性へと非難の目を向ける。
「……そこの彼かね? 獅子舞を被って暴れていたという男は?」
「ふざけた野郎だ!! 強盗罪、並びに放火の疑いにより現行犯で逮捕する!!」
「なっ!? ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」
警察官の言い分に猫娘が憤りを見せた。
彼はただ操られただけの被害者の筈。その彼がまるで犯罪者のように扱われるの筋が通らない。
「待ってください。犯人は妖怪です……この人はただ操られていただけの一般人です」
鬼太郎も警察官の対応は不適切だと男性を庇いながら抗議する。しかし——
「妖怪だと? 何を馬鹿なこと言ってる!! そいつは強盗犯なうえ、銀行に火まで放った放火犯だ! 直ちに連行する!」
警官たちはまったく取り合ってくれなかった。
男の腕に手錠を掛け——そのまま『犯罪者』としてパトカーで連行していく。
「……これで何人目じゃ。また無実の罪で一般人が逮捕されてしまったぞ」
悔しさを滲ませながらも、目玉おやじは男性が連行されていくのを黙って見送るしかなかった。その光景はここ数日、もう何件と続いている不当逮捕。
獅子頭によって操られた人間の末路である。
先ほどの銀行強盗のように獅子頭はここ数日間で窃盗、傷害と悪さを起こしてきた。
そしてそれらの犯罪を起こすたびに操る人間を取っ替え引っ替え、彼らの体を利用して犯罪を行なっていくのだ。
結果——乗り捨てられた人間たちが『実行犯』として警察に逮捕されるケースが続出しているのである。
「あの獅子頭とかいう妖怪、どうやらこっちの方が狙いみたいね……」
猫娘が分析するに、どうやら獅子頭は人間たちを苦しめるためにわざとこのような手段をとっているようなのだ。人間たちに危害を加える目的で犯罪を起こし、その罪を人間に擦りつけては、また別の犯罪を起こしていく。
「警察に説明したところで、彼らは聞く耳を持ってくれません……どうしましょう、父さん?」
現状、警察は妖怪の存在を法的には認めていない。
獅子頭が『人間を操っていた』と説得したところで大多数の警官たちは『獅子舞を被ったちょっとおかしな容疑者』が犯罪を行なったとし、操られた人間たちを問答無用で逮捕していく。
操られた側の人間は獅子頭に身体を乗っ取られている間の記憶がないのか。必死に自分は無実だと訴えているようだが、まったく相手にしてもらえていない。
このまま獅子頭を放置すれば被害者も加害者もない。より多くの人間たちが妖怪の悪事の犠牲者となってしまう。そのような事態を食い止めるためにも、鬼太郎たちは早々に獅子頭を大人しくさせる必要がある。
「ん……鬼太郎! 砂かけババアから朗報よ!!」
先ほど獅子頭を取り逃がしてしまった鬼太郎たちだが、そのための方法——あの妖怪を大人しくさせるための手段を既に準備していた。
「例の封印のお札……何とか再現できるそうよ!」
それは獅子頭を封じていたという『封印の札』である。
その手の道具の類に詳しい、砂かけババアが何とか文献からそのお札を再現し、用意してくれる手筈を整えてくれたようだ。その準備ができたと、砂かけババアと携帯で連絡を取り合う猫娘が鬼太郎に教えてくれた。
「よし……鬼太郎、次こそは必ず!!」
「ええ、必ず獅子頭を捕まえてみせます!」
切り札を確保した鬼太郎たちは今度こそと意気込みを入れる。
獅子頭を捕らえ、これ以上の被害を抑えてみせると——。
×
「ここが……例の蔵ですか……?」
「はい。私も……ここに来るのは祖父が亡くなったとき以来ですが……」
辰神家。
既に時刻は夜七時を回り、一帯もすっかり暗くなっている中。辰神姫香は敷地内にあった古い蔵へとサイクロプスを案内していた。
「……あの、サイクロプス様。さきほどの話……あれは真実なのでしょうか?」
「さっきのおじさん、あの副社長さんが……真犯人だってやつ……ですよね?」
メイドの芽衣と犬山まなも二人に付き添う形で一緒にここまでついて来ていたが、彼女たちは目の前の蔵などより、つい少し前までの話。
ついさっき——サイクロプスが真犯人と名指しした、宍戸亮平の動向を気に掛けていた。
『——な、何と無礼なやつだ! お、お嬢さん!! 私はここで失礼させてもらいますよ!!』
あのとき、サイクロプスから獅子身中の虫扱いされ、彼はひどくご立腹だった。
だがそれ以上に、何かこう——図星を刺されたかのような狼狽ぶり、慌てているようにも見えた。
まるで本当のことを言われ、その追求から流れるかのように。
実際、副社長である宍戸と社長の一郎はあまり仲が良くないらしい。
『旦那様と副社長は社内では対立関係にあります。辰神家の婿養子である一郎様のことを、副社長は快く思っていなかったらしいのです』
メイドである芽衣の証言だ。婿養子である一郎が先代から社長の地位を継いだことを、副社長は密かに妬んでいるとのこと。それが本当であれば——宍戸には一郎を陥れる理由があったということだ。
何せ一郎が社長の地位を追われれば、次の社長は副社長である彼が継ぐことになるかもしれないのだから——
「さて……どうでしょうか」
しかし、そういった疑わしい部分があろうとも、サイクロプスには宍戸が犯人だと客観的に証明する手段がなかった。
「私に分かったのは、あの男が嘘を……社長さんを救うなどという、心にもない嘘をついていたということだけですから」
「……? どうして、あの人が嘘をついてるって分かったんですか?」
サイクロプスの言葉にまなが疑問を抱く。考えてみれば不思議なものだ。
どうして、彼は宍戸が『嘘をついた』とここまで力強く断言できるのか。
「先ほども申し上げたとおり……この左目ですよ」
「左目……でもその目って、義眼なんですよね?」
今度は姫香も首を傾げる。
左目——最初の雑談のときにも話したが、サイクロプスの左目は義眼の筈。作り物である目玉には何も映らないのだから、その目が何かを『見る』という表現は適切ではない。
だが、サイクロプスはその作り物の眼で見抜いたという。
宍戸亮平という人間が抱く汚い嘘を——。
「この義眼は『シャマシュの眼』……嘘を見抜き、嘘を裁く審判の眼です」
「——っ!?」
人の嘘を見抜く——それは、本来であれば一笑に付すであろうオカルト話だ。
しかしサイクロプスの真っ赤な義眼。未だに彼に対して不信感を抱いている芽衣ですら、その義眼を前にするとどうしても息を呑んでしまう。
まるで本当の『怪物』にでも睨まれたかのような、不思議な威圧感がその義眼の視線には宿っていた。
「私が一郎氏の弁護を引き受けようと思ったのも、彼が一切の嘘をついていないからですよ」
サイクロプスはその義眼で今回の被疑者である辰神一郎が嘘を主張していないことを見抜いた。
「私、嘘をついている人間の弁護はしないんですよ。それが……裁判で勝つ秘訣ですから」
もし、彼が嘘をついていたら弁護など引き受けていなかっただろう。
そして、嘘つきではない一郎から聞かされた話の真偽を確かめるべく、サイクロプスはこの蔵へと訪れていたのだ。
「——彼は事件の直前、『獅子舞』を被った何者かに襲われたとか……その獅子舞が、もしかしたらこの蔵のものではないかと言っているんですよ……」
サイクロプスは一郎と面会した際、彼から事件の概要を聞き出していた。
するとその話の最中、一郎は妙なことを口走ったという。
『事件の直前……私は、いきなり現れた獅子舞に襲われたんだ』
この証言にはさすがのサイクロプスも眉を顰めたが、少なくとも一郎は嘘をついてはいなかった。
しかし警察は彼の証言を妄言と受け取り、まともに取り合わなかった。実際、事件現場にそんなものは影も形もなかったからだ。だが——
『獅子舞といえば……家の蔵にそんなものが保管されていたような……』
この聞き逃せない証言を頼りにサイクロプスは辰神家を訪れた。すると——
『獅子舞……それでしたら私も見覚えがあります。昔、祖父からそのようなものを見せてもらった覚えがありますので……』
なんと、娘の姫香も家の蔵に保管されている獅子舞らしきものを見たことがあるという。
ここまで来ると単なる偶然とは思えない。
サイクロプスはその獅子舞が事件と何らかの関わりがあると考え、辰神家に保管されていたその獅子舞を探しに来たのだ。
「——駄目ですね、どこにもそれらしきものはありません」
ところが姫香たち立会いの下。サイクロプスが蔵の中を隈なく捜索したが獅子舞らしきものはどこにもなかった。
「この蔵……誰かが先に立ち入った痕跡がありますね。若干ですが……荒らされた形跡が残っています」
だが徒労ではなかった。
この蔵、サイクロプスたちが立ち入る前に何者かに荒らされた形跡があったのだ。おそらく誰かが先にこの蔵に忍び込み、例の獅子舞を持ち出していったのだろう。
それを証明する『目撃証言』もサイクロプスは手に入れることができた。
「——それなら、わしが見たぞ」
辰神家で庭師をしている老人である。
まなやサイクロプスに対しては欠片も愛想のなかった男だが、姫香には心を許しているのか。彼は一週間ほど前、この蔵に入っていった人物がいるとはっきりと証言してくれた。
「あれはいけすかねぇ、あの副社長だ。あいつがあの蔵ん中に入ってくのを確かに見たぞ?」
しかし、なにぶん古い蔵だ。
盗まれて困るものがあるわけでもないため、特に主人には報告しなかったという。
「……お爺様、そういうことはきちんと報告して下さい」
今の今までそのことを報告しなかった庭師の怠慢に、芽衣がこめかみを引きつかせていた。余談だがこの二人、祖父に孫という関係らしい。
「なるほど……やはり事件の鍵はあの男が握っているようですね……」
その証言にますます副社長・宍戸への疑惑を深める一同だが、やはり証拠としては弱い。
未だ事件の全容もハッキリと把握しきれていないため、無敗の弁護人であるサイクロプスも珍しく頭を抱えていた。
「とりあえず……明日以降の裁判で切り崩していきましょう」
だがサイクロプスの主戦場は『法廷』だ。
ここで結論を付けなくても、まだまだ挽回の余地はあると。
サイクロプスは明日から始まる裁判の準備のため、今日は解散するように皆に声を掛けるのであった。
「…………ちょっと、鬼太郎たちに相談してみよっかな……」
帰宅途中、夜道を歩きながらまなは考える。
今回の事件、部外者として話を聞いていただけのまなだが、どうにも不可解な部分が多い。
サイクロプスやら、獅子舞やら、シャマシュの眼やら。明らかに常識で計り知れないような事象——もしかしたら妖怪が絡んでいる可能性がまなの中で浮上してきた。
「妖怪相手なら……鬼太郎たちも、きっと力を貸してくれるよね?」
先日は人間同士の問題だと突っぱねられたが、そこに妖怪が関わっているなら鬼太郎たちも動いてくれるのではと。まなは申し訳なく思いながらも、淡い期待を抱きゲゲゲの森へと足を運ぶ。
「鬼太郎、ちょっといいかな……って、どうしたの? みんな揃って……」
だがゲゲゲハウスを訪問したところ、そこで一同が何やら難しい顔をしていた。
鬼太郎に目玉おやじ、猫娘に砂かけババアの四人で何かを話し込んでいるのだ。
「とりあえず、札は用意できたけど……」
「うむ、あとは獅子頭を誘き寄せて、この札を奴の本体に貼るだけじゃな」
「そうね、あいつが次の行動に出るのを待つしかないのがもどかしいけど……」
「そうじゃな……ん? おお、まな! 来ておったのか!」
どうにも声の掛けづらい雰囲気だったが、砂かけババアがまなの訪問に気づいてくれたおかげでみんなの意識がこちらへと向けられる。
「まなちゃん、こんな夜更けにどうしたんじゃ? いかんぞ、今は何かと物騒じゃ!! キミも奴に襲われる危険性がある。暫くは夜一人で出歩かん方がいいな」
「……何かあったの?」
まなの顔を見るや、目玉おやじは彼女に警告を促す。
夜道が危険というのは、どうやら妖怪が暴れているかららしい。
「ここ数日、獅子頭という獅子舞の姿をした妖怪が暴れてるんだ」
「こいつがまたタチの悪いやつなのよ! 人間を操って無理矢理悪さをさせる妖怪でね……」
と、現時点で注意すべきその妖怪の特徴を鬼太郎たちが話したところ。
「獅子舞……? 無理矢理悪さをさせるって……ま、まさか!」
まなは心当たりがあり過ぎるその話に驚愕。
自分が今日聞いた——姫香の父親が巻き込まれた事件、そしてサイクロプスという男のことを鬼太郎たちに話していく。
人物紹介
宍戸亮平
副社長。今回の……一応は黒幕。
名前に特に由来とかはないです。
こういうオリジナルキャラの名前を考えるとき、結構色々悩みます。どうすればいいのでしょう?
獅子頭
獅子舞そのものの姿をした妖怪。
自身を被った人間の身体を自由自在に操ってしまう能力がある。
ゲゲゲの鬼太郎・第三期八十七話『寄生妖怪ペナンガラン』という話に登場。
今回のクロスを考える際、「なんかいい感じの妖怪いないかな~」と色々と調べた結果……「よし、こいつにしよう!」ということで登場させました。
一応は過去作の内容をオマージュするように心掛けていますが、話の都合上オリジナルな部分が多分に含まれるかと思います。
次回はいよいよ裁判パート。
どうにか納得のいく形で完結させますので、最後までよろしくお願いします。