趣味で書いている小説とはいえ、些か趣味に走り過ぎた。
読者からの反応が鈍かったところから、それが察せられる。
一応は始めた以上、最後までキチンと完結までは持ち込めましたが、あまり評価はよろしくないだろうと戦々恐々としてます。
今回の反省を踏まえ、次回から少しメジャーな作品、リクエスト、王道な妖怪作品やホラー作品からいくつか書いていきたいと思います。
まっ! いずれはまた趣味に走ると思いますが!!
さて、今回の『炎眼のサイクロプス』の最終話。
ようやく裁判モノらしく裁判パートへと持っていくことができました。
ですが、作者は実際に裁判を傍聴したこともなく、あくまで他作品の裁判描写を参考に今回の話を書いています。
皆さんも、あまりガチガチにならずに『逆転裁判』や『ステキな金縛り』を見るようなノリで読んでいってください。
それでは……お願いします。
「すっかり遅くなったわね……最近物騒だし、急がなくちゃ……」
遅くまで残業をしていたキャリアウーマンが夜道を歩いていた。
最近、この辺りで通り魔などの犯罪が増えているということもあり、帰宅の足も自然と早まる。厄介事に絡まれまいと、できるだけ人気のある道を選んで進んでいく。
だが都合上、どうしても人気のない路地を通らなくてはならなくなった。
「何も出ませんように……」
路地に入る手前で祈るように呟くが、そういった場合に限って、妙なフラグというやつが作用するものだ。
路地を歩いて一分もしないうちに不審者——『獅子舞を被った何者か』とエンカウントする。
「ひぃっ!? し、ししまい……へ、変質者!?」
夜道にいきなり獅子舞。その正体は獅子頭という妖怪に操られている一般人の男性なのだが、女性にとってそんなことはどうでもいい。
彼女にとって問題なのはその人物が獅子舞で顔を隠し、手に鋭利な刃物を握りしめていることだけである。
「————」
「い、嫌っ! こ、来ないで!!」
刃物を手に獅子頭は一切の言葉を発することなく女性へと近づいていく。彼なりに『恐怖』を演出し、人間に絶望感を与えているのだ。
被害を受ける女性も、そして加害者とされてしまう男性側も。全て獅子頭の掌で踊る哀れな子羊に過ぎない。
長い間封印されていた鬱憤を晴らすため、今宵も獅子頭は人間に罪を重ねさせていく。
そしてその凶行により、またも一人の女性が餌食とな——
「——霊毛ちゃんちゃんこ!!」
その寸前である。
獅子頭の蛮行を食い止め、女性を助けるためにゲゲゲの鬼太郎が闇の中から姿を現した。先祖の霊毛で編んだちゃんちゃんこを広げ、獅子頭によって手足とされている男性の動きそのものを封じる。
「ぐっ!? お、おのれぇ、小僧!! またしても我の邪魔をするか!?」
「きゃあああああ!?」
鬼太郎にいいところを邪魔された獅子頭が怒りを露わにし、女性がその隙に悲鳴を上げながら逃げ出していく。なんとか獅子頭の次なる犯行を阻止した。だが、それで懲りるような奴ではない。
「そこまでだ、獅子頭! 今度こそ覚悟してもらうぞ!!」
「ふん! 何のこれしきのことで!!」
鬼太郎が獅子頭に観念するように警告するも、まだまだ悪さを働く気のようだ。獅子頭は張り付いていた人間から離れ、すぐにその場から離脱しようと試みる。
もっとも、二度も同じ手で逃げられる鬼太郎たちではない。空中へと飛んで逃げようとする獅子頭に対し、一反木綿の背に乗って上空に待機していた砂かけババアが飛び掛かる。
「今ばい、砂かけババア!」
「任せい! 喰らえ、痺れ砂じゃ!!」
「がはっ!? し、しまっ……ゲホッ、ゲホッ!」
砂かけババア特製の痺れ砂によって獅子頭本体が咳き込み、そのまま地面へと落下していく。
一時的にだが動きの封じられたその獅子舞へ、鬼太郎たちは最後の一手を叩き込んでいく。
「これで終わりよ……獅子頭!!」
落下先で待ち構えていたのは猫娘。彼女は手にしていた札を素早く獅子舞の頭部へと貼り付ける。
「こ、これは……!! し、しまったぁああ!?」
それは対獅子頭用に鬼太郎たちが用意した『封印の札』だ。過去にも獅子頭はその札と同種のものでその身を封じられていた。
獅子頭が焦りを口にするも、気づいたときには既に手遅れ。
「こ、こんな……せ、せっかく……復活できたのに…………」
封印の札はしっかりとその役目を果たして獅子頭を鎮めていく。
獅子頭は妖力を封じられ、ただの獅子舞としてその意識を失っていく。
「……うむ、どうやら上手くいったようじゃな」
「そのようですね、父さん」
獅子頭が元の無害な獅子舞になったことを確認し、鬼太郎と目玉おやじは作戦が功を奏したことを見届ける。これで獅子頭が人間に悪さを働くことは無くなった。これにて一件落着——と言いたいところだったのだが。
「じゃが……獅子頭のせいで捕まった人たちは大勢いる。どうしたものかのう……」
問題はまだ残っている。
獅子頭の犯罪によって被害を受けた被害者、そして加害者として警察に捕まってしまった者たちの処遇である。獅子頭のせいで犯罪を強要され、そのせいで捕まってしまったのだから、鬼太郎たちとしては彼らの冤罪を解きたいと思っている。
しかし警察は勿論、裁判所といった司法機関も現時点では妖怪の存在を正式には認めていない。妖怪の存在が半ば公となっている世の中だろうと、公的機関としてそれを認める法律が整っていないのだ。
いくら鬼太郎たちが妖怪の存在を訴えようと、彼らは聞き届けてくれないだろう。
このままでは、何の罪もない人々が犯罪者として裁かれてしまう。
何とかならないかと思いつつ、鬼太郎たちだけでは何もできないのが現実だ。
「——お見事です。ゲゲゲの鬼太郎さん、そして妖怪の皆さん」
そう、鬼太郎たちだけでは不可能。
だからこそ、彼らは自分たち妖怪以外の者の力を借りる必要があった。
「サイクロプス……さん……」
それこそがこの男——サイクロプスである。
犬山まなから紹介された『独眼怪物』と名乗る見た目はごく普通の人間。弁護人だという彼は鬼太郎たちの活躍に称賛の拍手を送りながら、動かなくなった獅子頭へと近づいていく。
「なるほど……正直この目で見るまでは半信半疑でしたが、彼が一連の事件の真犯人……ということで宜しいのですね?」
サイクロプスがわざわざ鬼太郎たちの元へ足を運んだ理由。それは彼が担当している事件——『辰神一郎の起こした殺人事件の真犯人が妖怪かもしれない』という話をまなから聞かされたからだ。
正直なところ、いきなりまなから獅子頭の話を聞かされてサイクロプスも困惑した。怪物呼ばわりされている彼とて、未だに裁判で妖怪が関わる案件など扱ったこともないのだ。
しかし、まなも彼女の仲介で顔を合わせた鬼太郎たちも。誰一人『嘘』をついていなかった。
それを『シャマシュの眼』で確認したサイクロプスは彼らを——鬼太郎たち妖怪を信じることにした。
実際に獅子頭の存在も確認し、一連の事件の真相をある程度理解するまでに至る。
「……本当に大丈夫なんですか? これで……本当に人々の冤罪を晴らせると?」
一方で、鬼太郎の方は未だにこのサイクロプスという男を信用できていなかった。
彼が弁護人ということでまなの友人、辰神姫香の父親を助けようとしていることは理解できるが、一体どうやって——どうやって『獅子頭によって冤罪をかけられた人々』を助けられるというのか。
法律やら、裁判やらに素人な鬼太郎たちではどうにも理解し難いところである。
すると、サイクロプスは余裕の微笑みをたたえ、鬼太郎たちにこんな提案を申し出ていた。
「とりあえず、この獅子舞を『証拠物件』として採用しましょう」
「——裁判の常識がひっくり返ることになるでしょうが……まあ、仕方ありませんね」
×
「——静粛に! これより審理を再開します」
裁判所。厳格な裁判長の声が木槌と共に響き渡り、ざわめきに満ちていた法廷内がピタリと静寂に包まれる。
その法廷内に集まった全ての人々が今回の裁判——『辰神一郎による蛭間タカシへの過剰防衛による殺害』という事件へと意識を向けていく。
「本日からは弁護側からの立証となります。弁護人、最初の証人を喚問して下さい」
「はい、裁判長」
裁判長が法廷右側に位置する弁護側の弁護人・サイクロプスへと声を掛ける。彼の隣に被告である辰神一郎がパイプ椅子に座らされており、その両脇を逃げないようにと係官が固めている。
法廷左側には今回の事件で一郎を訴えた検察側・検事が佇んでいる。背の低い、少し意地悪そうな笑みを口元に浮かべた中年男性。ここまで滞りなく裁判を進めてきたためか、その表情は自信に満ち溢れている。
既に裁判は数日ほど経過しており、検察側の立証は全て終了済み。検察は『被告人が有罪である根拠を証明出来た』と、自分たちの仕事がほぼほぼ終わったと思っている。
現在開かれている裁判は『予備審問』という。
これは公判——本格的な裁判が始まる前の簡易裁判のようなもので、『公判を開くに値する事件なのか?』それを審議する場だといってもいい。
本来であれば、この予備審問で何かが大きく動き出すということはない。弁護側・検察側共にこの予備審問をただの前段階とし、来るべき公判を迎えるための様子見とする意味合いの方が強い。
故に、場合によっては弁護側の反証すらなく裁判が終結するなどということも普通にあり得ることなのだが——。
サイクロプスは弁護側の反証において、いきなり予想外の手段に打って出る。
「では本日最初の証人として——被告人・辰神一郎氏を証言台へ」
「では、辰神さん。貴方が事件当日、あのオフィスで遭遇した一部始終に関して話していただけないでしょうか?」
「はい、分かりました」
前もって打ち合わせを済ましていたのか、サイクロプスの質問に証言台に立った一郎は淀みなく答えていく。
「私はあの日——」
だが、彼の話が進むにつれ、法廷は混沌と困惑に包まれていく。
ここまでの裁判の流れでは『辰神一郎は突如襲い掛かってきた蛭間タカシに抵抗する形で反撃、誤って殺害してしまった』ということになっていた。蛭間が一郎を襲った動機は『会社での自分の待遇に不満があった』『借金が重なっていて追い詰められていた』と、検察側の証拠物件や証人によって立証されている。
そんな検察側の証明に対し、弁護側がここまで何一つ有効な手立てを打ってこなかった。まるで様子見をするように、サイクロプスは検察の主張を素直に通してきたのだ。しかし——
「——あのとき私を襲ったのは、獅子舞を被った謎の人物でした」
突如として被告人の口から語られた真実。それはここまでまったく話題に上がらなかった例の獅子舞についてだった。突然湧いて出てきた獅子舞という単語に、当然の如く法廷中が奇妙な空気へと変貌を遂げる。
「——気を失い、気づいたときには私の隣には絶命した蛭間さんが倒れていました」
一郎は獅子舞が現れた経緯、その獅子舞に襲われて気を失い——意識を取り戻したときには全てが終わっていたことを語る。
獅子舞は何処ぞへと消え失せ、代わりにそこにあったのは蛭間タカシの死体だったと。
自分がその死体に関して何一つ覚えもなく、過剰防衛どころか、抵抗すらしていなかったことを証言していく。
「ありがとうございます、一郎さん……さて、検事殿?」
一郎の証言が終わったところで、サイクロプスは即座に検察側へと問いを投げる。
「被告人は警察での取り調べの際にも同じ内容を話したとのことですが、検察側の立証ではこの獅子舞に関して一切触れられておりません。それについてはいかが思いでしょうか?」
「…………謹んで申し上げます」
サイクロプスの問い掛けに一時の間こそあったものの、検事は特に動じることもなく答えを返す。
「確かに被告人は取り調べの際にも同じことを話しました。しかし、我々検察側はそれを根拠のない発言だと考えています。実際、事件現場にそのようなものは残されておりませんでしたし、念のため事件関係者の周囲も捜索しましたがそれらしい……獅子舞など、影も形もありませんでした」
「証拠がない以上、それら全ては被告人の妄言、捜査をかく乱させるための茶番であると判断せざるを得ませんでした。そのような茶番に、貴重な裁判という時間を無駄にするわけにはいきません。獅子舞の行方など、分からずともこの事件の真相は明白であると……我々検察側はそう確信しておりますので」
淀みなく語られる検察側の主張に今回の裁判を傍聴しに来ていた傍聴席の何人かが「そりゃそうだろ」と頷き、検事の意見に全面的に同意していく。
確かに、いきなり『獅子舞に襲われた』などと意味不明にもほどがある。仮に事件現場にその獅子舞が残されていたとして、事件に何の影響があるというのか。
既にこの裁判は——『辰神一郎が蛭間タカシを防衛の末に殺した』という流れで進んでいたのだ。今更獅子舞の一つや二つ、発見されたところで何になると、誰もが思っていた。
「——ですが、弁護側は事件に関わったとされる獅子舞を確保。証拠物件として本法廷に提出する用意があります」
そのためか、サイクロプスが『獅子舞を証拠として提出する』と言ったところで法廷内の反応は芳しくなかった。意地悪そうな背の低めの中年検事も「それがどうした?」と言わんばかりの態度で鼻を鳴らす。
「……その獅子舞は、本案件に何か重要な関わりがあるのですが?」
しかし、弁護側の主張に裁判長は尋ねる。
事件と関係があるのであれば審議はするべきだと、随分と真面目な裁判長である。
「はい、大変重要な証拠です。これ一つで——この事件の根底が覆ることになるでしょう」
裁判長の質問にサイクロプスは堂々と答える。その答えに法廷中が騒めきに満たされていく。
「——事件の根底が覆る?」「——それはどういう意味だ?」「——あの弁護人は何を言っているのだろう?」
なんとも言えない空気感に支配されていく法廷内。そこへ裁判長の木槌の音が木霊する。
「静粛に! 今すぐこの命令に従わない者は退廷を命じます!」
裁判長から発せられた静粛にという命令。それにより法廷内が静かになったところを見計らい、すかさず検事からの異議が飛んできた。
「異議を申し立てます! 弁護側は根拠のない発言により、本法廷を混乱に陥れようとしています!」
検察側としてはこれ以上、弁護側に余計なことをさせたくないのだろう。
「ふむ……いかがでしょうか、弁護人。何か反論はありますか?」
裁判長は検察の意見を考慮に入れた上で弁護人に尋ねる。もしも、ここでサイクロプスが有効な反論を述べられなければ証拠物件は法廷に提出することすら認められないだろう。
「時間は取らせません、裁判長。弁護側が提出する証拠は……おそらくこれ一つになるでしょうから」
「ほう……」
サイクロプスの強気な発言。提出する証拠は一つで済む、つまりそれだけ自信があるということだ。この証拠一つで、本当にこの弁護人は事件を根底から覆す自信があるのだと。
「……いいでしょう。検察側の異議は却下します。弁護側は速やかにその証拠を提出して下さい」
裁判長は『無敗の弁護人』と呼ばれているサイクロプスが何をしようとしているのか、多少興味をそそられたようだ。
検察側の異議を退け、弁護側に証拠物件——事件と関わりがあるとされる『獅子舞』の提出を指示していく。
やがて、係官によって弁護側証拠物件である獅子舞が運び込まれてきた。
おそらく大多数の日本人が頭の中で思い浮かべる獅子舞そのもの。そのデザインにこれといった奇抜さはない。
一つ奇妙な点があるとすれば、その頭部に何やら『お札』らしき物が貼られていることだろうか。それ以外、特になんの変哲もない獅子舞である。
「それで、弁護人? この証拠で何を証明してくれるというのですか!?」
運び込まれてきた獅子舞を前に、検事が苛立ち気味にサイクロプスを問い詰める。
ここからどのような詭弁が展開されるのか、どうやってこの獅子舞と今回の事件を結びつけるのか。
証明できるものならやってみろと、挑発気味な態度である。
「…………」
サイクロプスはその挑発に何も答えない。視線をほんの一瞬、傍聴席の片隅へと向ける。
「…………」
そこで待機している少年——ゲゲゲの鬼太郎へと目配せ。鬼太郎もサイクロプスの視線にコクリと頷く。
これで準備は整った。
サイクロプスは獅子舞と、万が一のために待機する鬼太郎の存在を確認。
そして、この裁判を最大の混乱に陥れるであろう『爆弾発言』を投下していく。
「では紹介しましょう。この獅子舞こそ、今回の事件の真犯人——妖怪・獅子頭さんです」
×
「——はっ?」
「——はっ?」
「——はっ?」
サイクロプスの発言に裁判長、検事、傍聴人、その全ての目が点になる。
皆、弁護人が何を言っているのか理解が追いついていない。
「この獅子舞……獅子頭には『被った人間を操る』という特性があります。今回の事件も、全てこの獅子頭が被告人や被害者である蛭間さんを操って起こさせた事件だったのです」
しかし、唖然としている人々にも構わず、サイクロプスは獅子頭の妖怪としての特性を説明する。獅子頭が人間を操り犯罪を起こさせるのだと。今回の事件も、全て獅子頭の能力によるものだと。
本来であれば、弁護人が裁判長の許可もなく一方的に自身の推論・意見を述べることは許されない。法廷とは証拠と証言が全て、そのプロセスに則って審議を進めていかなければならない。
だが弁護人の発言を止めようにも、どうにも骨董無稽すぎて一同は話について行けていない。
主張があまりにもブッとんでいるせいで、誰も弁護人の考えに口を挟むことができないでいる。その混乱に乗じ、サイクロプスはさらに自らの意見を口にしていく。
「あの日、おそらく獅子頭は一番最初に蛭間さんを操り、被告人を気絶させたのでしょう。そして、今度は被告人の身体を乗っ取り、逆に蛭間さんを殺害させた……」
もしもサイクロプスの推理が正しいとすれば、蛭間タカシに手を下したのは辰神一郎の身体ということになってしまう。しかし、操られた人間が人を殺したからといって、その人間が有罪になるのか?
サイクロプスは『NO』と断言する。
「被告人はただ獅子頭によって操られていただけに過ぎません。彼の意思で殺人が行われていない以上、彼は無罪であると判断するべきです。いかがでしょうか、裁判長?」
「え? あ……あの、その……」
いきなり話を振られ、裁判長は口籠ってしまう。いかがでしょうかと聞かれところで答えようがない。少なくともそんな事例、日本の判例には存在しない。
裁判長は、サイクロプスの問い掛けになんと答えるべきか考えがまとまらない心理状態へと追い込まれていく。
「——ふっ……ふふふ、はっはっはっはっはははははは!!」
そのときだ。検察側から笑い声が上がった。
何も言えないでいる裁判長に代わり、検事がサイクロプスへと反論する。
「弁護人……いや、サイクロプス。君がそのように呼ばれて揶揄されていることは私も知っている……しかしだね」
あえてサイクロプスと呼ぶことで相手を小馬鹿にする検事。
なんとか平静を装っているようだが——次の瞬間、彼は拳を思いっきりテーブルへと叩きつけて叫んだ。
「いくらなんでも……いくらなんでもそれはないだろ!! 独眼怪物などと呼ばれるようになって、思考まで化け物になったのか!?」
「おや、何か問題でも?」
激昂する検事とは正反対にサイクロプスは至って冷静だ。逆にそれが癪に障ったらしい。
「大ありだ! 裁判長!! 弁護人は明らかに本法廷を侮辱しております!! 即刻、法廷侮辱罪を適用すべきです!!」
検事はさらに声を荒げ、サイクロプスに『法廷侮辱罪』を適用するよう裁判長に要求する。
法廷侮辱罪——法廷の秩序を維持するため、裁判官が必要に応じて下す判断である。主に裁判所の命令に反したり、暴言や暴力を行なったものに適用される。
サイクロプスの言動は十分にその基準を満たしていると言えなくもないだろう。だが——
「検事殿。貴方も検察の人間であれば話くらい聞いているでしょう。ここ数日に渡り起こっている、獅子舞に関係した事件の数々を……」
「そ、それはっ……!?」
サイクロプスの言葉にぎくりと、検事が顔色を悪くする。
獅子舞に関係した事件。それは獅子頭が人間を操って起こさせている窃盗、傷害事件の数々だ。それらの事件は警察関係者の間でもかなり噂になっている。なにせ全ての容疑者が『獅子舞の格好をする』『犯行時の記憶がない』という、不可解な共通点を持っているからだ。
これらの事件に警察も検察もほとほと困り果てていた。何故このような事件が次から次へと起こってしまうのかと。
その原因、元凶がどこにあるのかずっと調査しているのだが——。
「そ、それら一連の事件も、今回の事件も……その獅子頭とやらの犯行だとでもいうのか……そんなことがっ!!」
もしもそれがサイクロプスの言う通り、全てが獅子頭という妖怪の仕業だとして——それでどうすればいいというのか?
少なくとも、現状の法律では妖怪の存在など認めていないのだ。検察側としても、『全て妖怪の責任でした』などと、とても許容できる主張ではない。
「ですが事実は事実です。それを認めないことに、我々はこの事件を先に進めることができません」
だがサイクロプスはそれを認めない限り、この裁判は真実へは辿り着けないと。
あまりにもあっさりと、妖怪という人外の存在を許容する。
「ふざけるな!! 第一、その獅子舞がその妖怪だと認められたわけではないんだぞ!!」
「そ、それは確かに!!」
弁護側の主張に検察側は真っ向から対立する。検察は妖怪の存在など認めない。冷静に考えてみても、その獅子舞が妖怪だと証明されたわけではないのだ。
獅子頭という妖怪の存在を証明しない限り、サイクロプスの主張は全て狂人の戯言で終わる。その意見に裁判長も同意する。
「そうですね。確かに私の説明だけでは不十分でしょう……」
それはサイクロプスは重々承知のようだ。だからこそ——
「やはりここは……本人を尋問するのが一番手っ取り早いでしょう」
彼は最も確実な手段として、獅子舞の頭部に貼り付けられていた札を——。
鬼太郎たちが苦労して貼った『封印の札』を、あっさりと剥がしてしまった。
「——う、うむむ……ここは、何処だ?」
それにより、妖怪・獅子頭が再び目を覚ます。
「なっ……!?」
「う、動いたぞっ!!」
「せ、静粛に……せ、せ、静粛に……!」
中身に人など入っていない筈の獅子舞が動き出したことで傍聴席が俄に騒ぎ出す。裁判長が反射的に静粛にと叫ぶも、その裁判長自身が狼狽している。
皆、眼前で動き出した獅子頭相手に度肝を抜かれていた。
「と、トリックだ……そ、そうに違いない!!」
検事などは未だに現実が認められずにそんなことを叫んでいるが、誰も彼の意見を聞いてなどいない。
誰もが目の前で動き出した獅子頭の動向に意識を持っていかれ、緊張状態で息を呑むしかなかった。
「——おはようございます。獅子頭さん」
そんな法廷中がパニックに陥る中、サイクロプスは何一つ動じることなく獅子頭へと話しかけた。
「んん……? おおー!! 貴様か? 我の封印を解いてくれたのは!? 礼を言うぞ。これでまた……人間どもを思う存分苦しめることができる! ガハハハッ!!」
サイクロプスに爽やかに挨拶された獅子頭。サイクロプスの手に握られていた札を見て、彼が自分の封印を解いてくれたと思ったのだろう。
上機嫌に高笑いを上げながら——もはや自供とも取れる発言をしていく。
「おやおや……では、ここ数日に渡り起こっていた事件は……全て貴方の仕業なのですか?」
サイクロプスはこの流れに乗っかり、獅子頭への尋問を開始していく。
獅子頭はこの法廷がどういう場所なのか、自分の発言がどういう混乱をもたらすかなど何も分かっていない。
「おうとも、全て我の所業よ!! 人間どもを苦しめ、奴らに罪を重ねさせるためになっ!!」
何も知らないまま、『証拠品』兼『証人』として自らの悪事を誇るように語っていく。
×
「…………………」
獅子頭が語っている間、誰も何も言えなかった。獅子舞が饒舌に喋りだすという現象に、皆が唖然と立ち尽くしていたからだ。
だが、その話を聞いていなかったわけではない。
全員が沈黙を保ちつつ、獅子頭の話の内容へと耳を傾けていく。
獅子頭曰く、やはりここ最近連続で起きている『獅子舞事件』は彼自身の悪行によるものらしい。
適当に手頃な人間を見つけては自身の能力で操り、それを手足に犯行を重ねる。サイクロプスの推理を裏付けてくれる確かな証言である。
「……貴方は、どうしてそのようなことをなさるのですか?」
サイクロプスはそこで獅子頭の『動機』を尋ねた。
これが裁判という形を取っている以上、動機の解明は重要だ。たとえそれがどのように常軌を逸した存在、常識では考えられない内容だろうと、はっきりさせておく必要がある。
「知れたこと! 復讐だ!! 我の首を掻っ切り、我を封じた小賢しい人間どもへのな!!」
意外なことに、動機に関してはとても分かりやすいものだった。
復讐の二文字。どうやら妖怪もそういった感情に囚われるものらしく、なんとなく共感できる犯行動機に何故か傍聴席からホッとしたため息が洩れる。
「……貴方を封印したというのは……もしかして、辰神家の人間ですか?」
「な、なに!?」
ふと、何かを思い出したようにサイクロプスがその質問を口にする。その質問内容には被告席で大人しくしていた辰神一郎も驚いた表情になる。
「そのとおりよ!! 奴ら辰神家の忌々しい連中に、我はこの身を封じられたのだ!!」
獅子頭は怒り狂ったように自分を封じた一族が辰神家であること。その一族によって蔵の中にずっと封じられていたことなどを証言していく。
これにより、サイクロプスは自身の推理の裏付け——『獅子頭が辰神家に保管されていた獅子舞である』ということを確認できた。
「なるほど……だから貴方は辰神一郎さんを操り、彼に犯罪を起こさせたわけですね? かの一族に、復讐するために……」
「————っ!!」
それは、この裁判の核心を突く質問である。そして——
「そうだぁっ!! 身に覚えのない罪に、今頃は奴も慌てふためいていることだろうよ、ガハハハッ!!」
獅子頭はあっさりと認めた。
すぐ側に、自分が陥れた辰神家の人間がいることにも気付かず。
自らの罪と、被告人の無実を——あっさりと自供したのである。
「……もう一つお尋ねします。貴方の封印を解いたのがどこの誰か……覚えていますか?」
先ほどの証言で一郎の無実が立証された。少なくとも、これで弁護側の敗北はなくなった。
だがこの事件の裏側を知るべく、サイクロプスはさらに獅子頭へと質問を重ねていく。
「……さっきから質問ばかりだな、なんなのだ貴様は……人間の名前など、いちいち覚えているわけがないだろう!」
度重なる質問でさすがにイライラが募ってきたのか、痺れを切らせた様子で獅子頭の表情が険しくなる。これ以上彼を野放しにするのは危険かも知れない。
しかし、サイクロプスは臆することなく彼への尋問を続けていく。
「ですが、顔くらいなら判別できるでしょう。あの中に……貴方の封印を解いた人間がいるのではないですか?」
あの中と、サイクロプスが指差したのは——傍聴席だった。
そこには一般の傍聴人の他に、この事件の関係者なども複数人集められている。
サイクロプスの推論が正しければ——獅子頭は『あの人物』を指し示す筈だ。
「ああん? 人間どもの顔はどれも似たようなもので中々判別など……んん!?」
不機嫌になりながらも獅子頭は傍聴席を見渡し——その人物を見つけた途端、声を陽気に弾ませた。
「おおー、あいつだあいつ! 我の封印を解いてくれた人間よ、久しぶりだなぁ~!!」
「——ば、馬鹿っ!? こ、こっちを見るな!!」
獅子頭に声を掛けられ、焦った様子でその男——副社長の宍戸亮平が顔を隠す。
明らかに狼狽した態度、きっとこのような展開を全く予想していなかったのだろう。
まさか妖怪が証言台に立ち、自分のことを『共犯』と暴露するなど——。
「貴様には感謝しているのだぞ! 貴様のおかげで我は長きに渡る封印から解き放たれた。辰神家の連中に復讐する方法を教えてくれたのも、貴様ではなかろうが!!」
そう、獅子頭が語るように此度の事件。全ては宍戸がその封印を解いてしまったことから始まったのだ。
もともと、一郎のことを快く思っていなかった副社長の宍戸。彼は辰神家の蔵へと金目なもの、あるいは一郎の弱みになるようなものがないかと衝動的に侵入。その蔵の中で偶然、獅子頭の封印を解いてしまったのだ。
動き出す獅子舞相手に最初はビビる宍戸であったが、獅子頭は上機嫌だった。自分の封印を解いてくれたことを感謝し、礼をしてやると言うほどに。
そうして、そのお礼とやらで何ができるのだと、おっかなびっくりと獅子頭と話をしていく間——宍戸は今回の事件を思いついた。
辰神家へと復讐を果たしたい獅子頭、一郎を蹴落としたい宍戸亮平。
この二人の願望を叶える手段を——。
「貴様っ、宍戸!!」
「ひぃっ!!」
獅子頭の暴露話についに一郎が激怒し、宍戸に向かって声を荒げた。
「うん……? き、貴様……辰神家の!? 何故こんなところにいる!?」
そこでようやく、獅子頭は辰神一郎——自分が嵌めた筈の相手がすぐそこにいたことに気付いたようだ。
妖気を昂らせ、憎い相手へと飛び掛かる姿勢を見せる。
「ふん、まあいい! もうまどろっこしい真似は抜きだ! 今度はこの手で直接っ——!!」
「——霊毛ちゃんちゃんこ!!」
しかし獅子頭が暴れようとした瞬間、いつでも飛び出せるよう身を潜ませていた鬼太郎がすぐさま彼を取り押さえる。霊毛ちゃんちゃんこで縛り上げ、身動きを封じ——
「ご苦労様でした。もう結構ですので、また眠っててください」
「むぐ、むぐぐ…………」
そこへすかさず、サイクロプスが封印の札を貼り直す。
喋るだけ喋らせ、役目を終えた獅子頭を問答無用で黙らせてしまった。
「——さて、以上で弁護側の反証を全て終了したいと思います。裁判長?」
「え……あ、は、はい……」
法廷中が水を打ったように静まり返る中、サイクロプスは弁護側の反証が終了したことを告げる。しかし裁判長はもはや心ここに非ず。とても正常な職務が果たせる状態とは言えない。
そんな法廷の権力者に対し、サイクロプスは提案する。
「裁判長、以上の立証からこれ以上の審議は無用だと判断いたします。弁護側は——『本件の棄却』を提案します」
本件を棄却。検察側からの訴えを退け、公判にかけることなくこの裁判を終わらせるということだ。
それは事実上の無罪判決、弁護側の勝訴を意味する。
「そ、そうですね! 検察側は……どうでしょう?」
弁護人の提案に裁判長は息を吹き返したかのようにその表情を明るくする。
彼としても、この件は自分の手には余ると判断したのだろう。棄却することでこの裁判を終わらせることができるのなら、それに越したことはない。その場合、当然検察側の意見も尊重しなければならないが。
「ど……同意…………致します」
検事も、何とか声を絞り出して棄却に同意する。
検察にとって裁判の棄却など屈辱以外の何者でもないが、受けざるを得ない。
こんな、妖怪などが関わってしまった以上、裁判をセオリー通りに進めるなどもはや不可能だ。
少なくとも現状の法整備ではどうにもならない。
今の法曹界に、今の人類にこの裁判はまだ早すぎた。
「そ、それでは本件は棄却。これにて閉廷!」
かん、と木槌を叩く裁判長。
最後はあまりにもあっさりと——裁判は閉廷となった。
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裁判が閉廷後、法廷から出てきたサイクロプスたちを人々が出迎える。
辰神姫香、その使用人である芽衣や友人の犬山まな。そして、獅子頭確保に協力してくれた鬼太郎の仲間たち。
「お父様!!」
晴れて自由の身となった一郎に娘である姫香が飛びつく。一郎は少し戸惑いながらもしっかりと愛娘を抱き返した。
「姫香……ああ、心配を掛けたな……済まなかった」
「良かったですね、お嬢様……」
「おめでとう、姫香!!」
無事に無実を勝ち取った親子の再会。感動的な場面に立ち合い、芽衣やまなは涙ぐみながら拍手でおめでとうと二人を祝福する。
しかし——
「——ふざけるな!! こんな裁判、認められるわけがないだろ!!」
裁判の決着を不服だと、男が一人で狂ったように叫んでいる。
獅子頭と共謀し、一郎を陥れた副社長の宍戸亮平である。
「宍戸さん……少しお話を伺いたいのですが……」
そんな宍戸に対し、警察関係者が事情を聞こうと彼を取り囲んでいる。
裁判が棄却した以上、警察も検察も名誉挽回のためにも真犯人を確保しなければならない。弁護側の主張をそのまま受け取れば、犯人は獅子頭——そして、共犯関係になったとされる宍戸しかいない。
「断る!! あんな化け物の証言一つで逮捕されてたまるか! 私を取り調べたければ、確固たる証拠を持ってこい!!」
だが、宍戸は話を聞きたいという検察の要請を拒否。
妖怪の証言など採用される筈がないだろうと、完全に開き直っている。
「……ど、どうしますか、検事」
「ぐ、ぐぬぬぬ……」
実際、検察は下手に宍戸に手を出すことができない。
さすがに獅子頭の言葉だけでは宍戸を捕まえることができないのだ。そもそもな話、あれが裁判で『正式な証言』として認められるかどうかも怪しいところ。
弁護側が被告人の冤罪を晴らすならまだしも、検察側が罪を問うにはあれだけでは足りない。より厳格な証拠や証言による立証責任が求められる。
少なくとも、今のこの国の司法制度では——宍戸亮平の罪を立証することは難しいだろう。
「——だが、貴様は嘘をついた」
「さ、サイクロプスさん……?」
検察ですら手をこまねいているそんな状況の中、弁護人であるサイクロプスが宍戸へと距離を詰めていく。
法廷や姫香たちと接していたときの紳士的な振る舞いとは程遠い、確かな敵意と怒りの表情をその顔に浮かべながら。
「一郎さんを救うなどと、心にもない嘘を吐き……嘘そのもので塗り固めた事件で彼らの可能性を奪おうとした」
初めから、宍戸には社長である一郎の味方をする気などなかった。
それどころか妖怪の力を借り、罪のない社員一人の命を使ってまで彼を陥れようとした。自分の目的のため、多くの人間の可能性を奪おうとしたのだ。
サイクロプスには——それが我慢ならなかった。
「!! だ、だったらどうだと言うのだ!? 私が嘘をついたからなんだと言うのだ!?」
サイクロプスの怒気に怯みながらも、宍戸は逆ギレするように吠える。
決して事件の犯人であることを認めなかったが、一郎を救う気など無かったこと——嘘をついたことは認めた。
「嘘を——認めたな?」
サイクロプスにとってはそれで十分だった。
「妖怪が絡んだこの事件、この国の司法でお前を裁くことはできないかもしれない」
サイクロプスは宍戸を真っ正面から見据え、その眼光で相手の目を射抜く。
視力などある筈のない義眼——シャマシュの眼で相手の瞳を覗き込んだ。
「しかしその醜い嘘は——この目が裁く」
その刹那、嘘を見抜くその義眼は『もう一つの効力』を発揮すべく、四芒星と波型のシンボルを空中へと浮かび上がらせる。
「——レクス・タリオニス」
——……熱い?
——あ、熱い!!
——体が……あ、熱いぃいいいいい!?
宍戸亮平の体から火柱が上がる。
何の前触れもなく燃え上がったその炎は、瞬く間に燃え広がりその体を焼き尽くす。
「た、助けっ! たすけてくれぇぇえええええええ!!」
あまりの苦しみに救いを求める宍戸だが、そんな彼をサイクロプスは冷めた目つきで見下ろしていた。
「レクス・タリオニス……目には目を。貴様は人類最古の法典・古代バビロニア『ハンムラビ法典』の刑罪原則を知っているか?」
ハンムラビ法典——それは古代ハンムラビ王が定めたとされる最古の法典。
その法典の一説『目には目を、歯には歯を』という言い回しはあまりにも有名だろう。
だが、そのハンムラビ王が太陽神から授かったとされる二つの王権の象徴——『輪と棒』について知るものは少ない。
「ハンムラビ王は『棒』にあたる『ハンムラビ法典』を太陽神から授かったとされている。そして『輪』にあたるとされているのが、この『シャマシュの義眼』だ。この目は嘘を見抜き、罪を犯したものに裁きを与える」
審判の眼輪。
目には目を、歯には歯を。犯した罪には、それ相応の報いがなければならない。
ハンムラビ法典には犯してはならない法の原則が記されているが、それでも法を破ったものに対して、王はこのシャマシュの眼で裁きを与えた。
「この目が作動したということは……やはりお前は罪を犯したということだ」
「あ、ああ……ああ…………」
サイクロプスが語る間も宍戸の体は燃え続け、やがては蝋燭のようにドロリと溶け落ちていく。
その末路を、サイクロプスは哀れとは思わない。
全ては自業自得、彼自身の嘘が招いた結果なのだから——。
「目に目を。現実でお前を裁くものはいない……せめてこの虚妄の業火で苦痛を味わうがいい——」
「——あ、あ……か。体が溶ける……あつい、あつい……」
「お、おい! どうした!?」
「さ、錯乱してるぞ!!」
と、炎で焼かれる『幻覚』に錯乱状態になる現実での宍戸。
周囲にいた検事たちは困惑しながらも、とりあえず彼を宥めながら拘束していく。
「な、何をしたんだ。サイクロプス……」
「……その目はいったい?」
サイクロプスが何かをしたことは明確だったが、傍から見ていた一郎や鬼太郎たちには何をしたかまでは分からない。彼らの疑問にサイクロプスは微笑みながら答える。
「ちょっとしたお仕置きです。数日経てば元に戻るでしょう。貴方たちが気にするようなことではありませんよ」
サイクロプスは自身の義眼をさすりながら語る。
彼の義眼・シャマシュの眼は嘘を見抜くと同時に、罪を犯したものに裁きを与える審判の眼輪だ。その裁きは、その罪の重さに応じた苦痛を幻覚として与えるという。
燃え盛るような炎の幻覚、宍戸は己の罪の分だけ業火の苦しみに喘ぐことになるだろう。
「俺は見てきた。真っ直ぐな人が嘘によって可能性を潰されていくのを。だから俺は……この眼の力で嘘から人の可能性を守るのだ」
「……サイクロプス」
それこそ、独眼怪物と呼ばれるこの男の信念なのか。
裁判において常に冷戦沈着だった彼が、強い感情と実感を込めて語る。
果たしてこの男は——その眼で何を見て、どんな人生を送ってきたのか。
その義眼の出どころなども含め、鬼太郎は色々とサイクロプスのことが気にはなったが——。
「さて……辰神さん。さっそくで恐縮ですが、報酬の件です」
「えっ? あ、ああ……そうだったな……」
打って変わって報酬、金の話になったことでガクリと肩を落とす一同。信念らしきものが垣間見えたかと思えば、五千万円という法外な額を要求する彼に少しだけ失望を覚える鬼太郎。
しかし約束は約束。一郎もその約束を違える気は無いのか。サイクロプスから手渡される『送金先』のカードを素直に受け取る。
後日にでも、そこへ金を送って欲しいということなのだろう。ところが——
「ん……? な、なんだこれはっ!!」
「お、お父様、どうかなさいました?」
送金先の宛名を目にした瞬間、一郎の顔が驚愕に包まれる。娘である姫香が何事かと父親の手元にあるカードの宛名を覗き込む。
姫香も、カードに書かれていたその住所の名称に驚いた。
「こ、この送金先の宛名、これは——児童養護施設ではないのですか!?」
「な、なんだって!?」
思わず鬼太郎たちもそのカードを確認する。
確かにそこには『集英養護園』と、児童養護施設の名前が記載されていた。
「はは、驚かせてごめんなさい」
一同の反応を見た瞬間、サイクロプスは悪戯を成功させた子供のように笑う。
彼は微笑みを浮かべながら——とある事実を辰神親子へと告げる。
「実は私……報酬を受け取れないんですよ」
『ハァッ!?』
これには報酬を支払おうとした辰神親子も驚くような、呆れたような声を上げる。
弁護士法第72条。
『無資格でも弁護人はできる。ただし——無報酬であれば』
そう、最初から、サイクロプスには報酬を受け取る権利などなかった。
これが彼の言っていた弁護士資格を持たないものが弁護をする際の、ちょっとした制限である。
「い、意味が分からん……だ、だったら、何故あんな法外な金額を吹っ掛けたんだ?」
一郎は当然困惑する。
最初から弁護料など受け取る気もないのに、何故五千万円などという金額を用意するように言ったのか。
いや、そもそもな話、何故弁護人などやっているのか。サイクロプスの行動やその意図がまったく理解できない。
「……あ、貴方はいったい?」
これには鬼太郎もびっくりだ。
彼自身も妖怪退治などで報酬を受け取らない身だが、それでもサイクロプスの真意がよく分からない。
何故わざわざ報酬を用意させ、その送金先に児童養護施設などを指定するのか。
「——五千万円は報酬の額ではありません。貴方自身の『可能性』の値段です」
サイクロプス曰く、五千万円という額はあくまで目安に過ぎないとのことだ。
辰神一郎という人間の、彼自身が広げることのできる可能性の金額だと。
「勿論、その用意したお金をどうするかは……一郎さん、貴方次第です」
さらに、サイクロプスはその寄付すらも強要はしない。
あくまで一郎の自由意思に任せ、好きな金額を養護施設に寄付するように願い出ることしかできない。
「…………分かった」
サイクロプスの言葉に色々と悩んだ末、一郎は意を決したように頷く。
「私にもプライドがある。報酬は全額……養護施設へと寄付させていただく」
助けられた借りを返すため、彼は五千万円という額を施設へと寄付する道を選んだ。
お金に対して厳格な彼が——その寄付を必要なことだと判断したようだ。
「済まんな……姫香。当分の間、贅沢は出来ないと思うが……我慢してくれるか?」
「いえ……いいえ、お父様!! 私も、それがいいと思います!!」
そのせいで苦労を掛けるであろう家族へと一郎は頭を下げる。
だが姫香は、父の判断が正しいことだとその決断を誇らしい思いで支持する。
辰神親子も最後は晴れ晴れとした表情で、自分たちの可能性を救ってくれたサイクロプスへと感謝を述べて裁判所を去っていった。
「さて……では鬼太郎くん、後のことは私に任せて下さい」
立ち去っていく辰神親子を見送るサイクロプスだが、まだ彼の仕事は終わってはいない。
彼は隣に立つ鬼太郎へと声を掛け、この先の仕事も自分が引き継ぐと告げる。
残った仕事。
それは獅子頭が無差別に振りまいた『獅子舞事件』の解決である。
獅子頭のせいで捕まってしまった無実の人間たち。
サイクロプスは、それらの事件で逮捕されてしまった人々も救おうというのだ。
「大丈夫ですか……? ボクたちにも、出来ることがあれば何か手伝いますが……」
鬼太郎はサイクロプス一人で大丈夫なのかと。彼の負担を考えた上でそのように提案する。
既に鬼太郎にサイクロプスを怪しむ気配はない。先ほどのやり取りで、すっかり彼のことを信用するようになっていた。
「ご心配には及びません。獅子頭を捕まえてくれただけで十分ですよ」
しかし、サイクロプスは鬼太郎の申し出をやんわりと断る。
「餅は餅屋とも言います。裁判は私のような専門家に……って私、弁護士資格持ってないんですけどね、ははっ」
冗談を交えながらの余裕の態度。だが、少し真面目な顔つきでサイクロプスは鬼太郎たちが絡んだ際の懸念を口にする。
「正直なところ……君たちのような妖怪がこれ以上人間の裁判に干渉するのは……色々と不味いと思うんですよ。今回の戦法も……騙し討ち見たいなところがありましたからね」
独眼怪物と称される彼でも、これ以上の妖怪の干渉による法曹界の秩序の乱れは好ましいものではない。
人間を裁くのなら、人間の手で——本当なら、それが一番いいのだろう。
「いずれ、君たち妖怪の存在が公的に認められることになるかもしれません。そのときになったら……お手柔らかにお願いしますよ」
それでも、いつかは今回の裁判のように——妖怪が犯人になったり、妖怪と人間が手を組んで悪事を企てるような案件が出てくることになるかもしれない。
そうなったときにこそ、裁判も——今とは『別の形』になり、正式な手段でそういったものたちを裁くことができるようになると。
その『可能性』を信じ、サイクロプスも今は一人で法廷へと挑んでいく。
「——俺の義眼が赤いうちは、決して嘘など許さんさ……」
嘘により理不尽に奪われる、人々の可能性を守るために——。
補足説明
人物紹介
裁判長と検事。
弁護人と同じく、裁判を語る上では欠かせない要素。
原作はその辺が描写不足でしたので、作者なりに補強させていただきました。
裁判長、検事ともに一応は他作品のキャラをモデルにしています。
ちなみに豆知識。現実の日本の裁判で裁判長は木槌など持ってないそうですよ。
能力紹介
シャマシュの義眼
サイクロプスの左目の義眼。
嘘を見抜くと同時に、嘘をついたものに幻覚を見せる力があるっぽい。
ちなみに幻覚を見せる際の能力発動時の掛け声。
レクス・タリオニスはラテン語で『目には目を』と訳すらしいです。
ペナンガランについて
今作は三期鬼太郎のオマージュということで、獅子頭という妖怪を採用しています。
ですが、本来であれば獅子頭には『寄生妖怪ペナンガラン』が寄生しているという設定がありました。
しかし、尺の都合上、ペナンガランが登場する下りをカットせざるを得ませんでした。
今作においては、単純に獅子頭という悪どい妖怪がいた。そういうことでどうか一つお願いします。
次回予告
「四将騒動もひと段落し、その役割を正常なものへと戻した地獄。
そこへ閻魔大王の第一補佐官、鬼神の男が長期の海外出向から戻ってきました。
気のせいでしょうか、父さん?
何やら閻魔大王の顔つきがたるんでいるように見えるのですが……。
次回——ゲゲゲの鬼太郎 『鬼灯の冷徹』 見えない世界の扉が開く」
何人かの方がリクエストしてくれた作品。ずっと温めていたアイディアをようやくお披露目できるかと。閻魔大王の……その実態が判明する!!
次回もよろしくお願いします!