ゲゲゲの鬼太郎 クロスオーバー集   作:SAMUSAMU

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鬼灯の冷徹、これにて完結。
最後が少し駆け足気味でしたが、とりあえずまとまったかと。

昨日はほぼ一日中『サガフロ』のリマスターをやってました。
本当に何度やっても色褪せない名作に貴重な睡眠時間まで削られていく……。
とりあえず、ブルー編をクリア。次はエミリア編……その次はT260G編を進めていこうかと。

暫くは更新が滞るかもしれませんが、次回の内容は決めています。
いつもどおり、次回予告は後書きの方で。

では鬼灯の冷徹とのクロス。最後までお楽しみください。



鬼灯の冷徹 其の③

 かつて怪物が産まれた。

 

 ヴィクター・フランケンシュタインという『人間の科学者』が産み出してしまった名無しの怪物。それは屍体を継ぎ接ぎし、落雷の電力をきっかけに稼働した人工の生命体。

 それは極めて高度な知性と、手に負えない凶暴性。そして——どこまでも醜悪で悍ましい怪物だった。

 

 ヴィクター博士が本当は何を作りたかったのか、今となっては誰にも分からない。しかし博士はその怪物が失敗作であることを悟り、全てを投げ捨てて逃げ出した。

 

 名もなき怪物は逃げた博士を追う。そして彼に自分の仲間、同じ怪物を創造するように要求したのだ。

 それは自己の存在に悩む怪物が、自らの孤独を埋めるために仲間を——『伴侶』を欲していたからだ。自分と同じ怪物が隣にいれば寂しくないと。それ自体は純粋で細やかな望みであっただろう。

 

 だが——ヴィクター博士はその願いを拒んだ。

 これ以上、怪物が増えることを彼は恐れたのだ。

 

 博士が自分の願いを叶えてくれないと理解した怪物は逆上の末、彼を殺害した。

 そして、博士に成り代わり——自らの手で第二のフランケンシュタインを創り出すことにしたのである。

 

 その際、怪物は自らの名を『ヴィクター・フランケンシュタイン』と新しく定める。

 殺した博士の名を奪い、そのまま彼の研究を引き継ぐようになったのである。

 

 

 そうして——その誕生から数百年後の現在。

 

 

「——ヒィッヒッヒッヒ! これはいいデータが取れそうだぞぉ~!!」

 

 怪物はバックベアード軍団・最高幹部の地位を手に入れ、日々マッドな研究に明け暮れていた。

 主君であるバックベアードや、軍団のために様々な研究を並行して行うかたわら——彼は自らの悲願に関しても研究を続けていた。

 

「さあ!! 見せてくれぇ~、マンモス!! 怪物として生まれ変わった……君の力をぉお!!」

『ぐ、グゥぉおおおおおおおお!!』

 

 監視映像の向こう側、その研究成果の一部である『心臓』を取り付け、怪物と化していくマンモスにヴィクターは興奮した叫び声を上げる。

 勿論、ヴィクターはマンモスを伴侶とするために彼を怪物としたわけではない。これはあくまでも実験である。

 真のフランケンシュタイン。自分と同じ怪物を産み出す試行錯誤の過程。

 

「ふふふっ、いずれはあの心臓で……あの子を……ハッハッハッハ!!」

 

 完成品が出来たあかつきには自分好みのあの少女——犬山まなにでもあの装置を取り付けようと。

 

 愛しい花嫁との暮らしを妄想しながら、彼はさっそく科学者としてデータ観測を始めていく。

 

 

 

×

 

 

 

「な、なんだこいつはっ!?」

「——っ!?」

 

 怪物と化していくマンモスに石動零が驚愕する。首無し騎士と戦っている最中だが彼も、そして騎士たちも度肝を抜かれていた。

 マンモスは人間だ。人間離れした図体や身体能力を持ってはいたが、生物学上は確かに彼は人間だった筈だ。

 

 しかし、今の彼はもはや人間とは呼べない。

 一回り大きくなった図体。屍体のように青白く変色する皮膚。体中からは電気が漏れ、白目を剥いた目からは血の涙を流している。

 

 何より、決定的だったのは妖気の有無だ。マンモスの体からは黒く澱んだ、膨大で禍々しい妖気が大量に溢れ出している。

 

 そう、彼はこの瞬間から、人間を辞めたのだ。

 主の復讐のため、彼は妖怪に——フランケンシュタインの怪物と化したのである。

 

「ラ、ラ・セーヌ様のタマシイヲ、タマシイヲ……カエセィェエエエエエエエエエ!!」

 

 もはや正気すらも定かではないが、唯一残ったラ・セーヌへの忠誠心が彼を突き動かす。

 主の魂を奪還せんと、石動零へと襲い掛かる。

 

『!! 奴から離れよ、零!』

 

 迫るマンモスに伊吹丸が珍しく声を張り上げる。

 先ほどまで戦っていた鬼灯とは違い、今度の敵は明確な殺意を向けてくる。少しでも気を緩めばそれが命取りになりかねないと、十分な距離を取って戦うように指示を出していく。

 

「ちぃっ!!」

 

 石動もこの指示には素直に従う。

 幸い敵は丸腰、攻撃の届かない範囲まで後退し、そこから戦術を組み立てても問題ないと——そう思案する。

 

『ウゥゥゥ……ウォオオオオオオオオ!!」

 

 しかし甘かった。

 距離を取った石動に対し、マンモスはすぐ近くの味方である筈の首無し騎士たちへと手を伸ばす。

 

「なっ!? き、貴様、な、なにをす——!」

 

 困惑する騎士にも構わず無造作に彼らを掴むや——そのまま躊躇なくぶん投げる。

 フルプレートの甲冑騎士を、飛び道具として投擲してきたのだ。

 

「なんだと! がはっ!?」

 

 予想だにしなかった攻撃を前に咄嗟に防御行動を取る石動。だが鬼神の腕でガードしても完全にダメージを軽減することはできず、体が地面へと倒れてしまった。

 

「グガァアアアアアアアア!!」

 

 マンモスの猛攻は続く。

 体勢を崩した石動へ、さらに残っている騎士たちをぶん投げる。それでどれだけ味方が減ろうとお構いなしだ。もはや彼の目には憎い仇の姿しか見えていない。

 

「や、やめっ!!」

「ヒィッ、ヒィギャアアアアアアアアア!?」

 

 騎士たちは荒れ狂うマンモスを前に恐怖に怯え惑う。どっちが化け物か分からなくなる光景だ。

 そうやって、怪物は味方であった騎士たちを残らず武器として使い潰していく。

 

「ヴォォオオオオオオ!!」

「こ、このやろう!!」

 

 手頃な武器が無くなったところで再び接近戦を仕掛けるマンモス。石動はダメージを引きずりながらも、何とか鬼神の腕で相手の拳を受け止める。

 互いに互いの拳を掴み合う状態。力は——ほぼ拮抗していた。

 

「ぐぐぐ……熱っ!?」

 

 だがマンモスは体中から尋常ならざる『高熱』を発していた。そのあまりの熱さに石動は思わず相手の手を離す。

 

「グゥウウ……グォオオオオオオオオオオ!!」

 

 石動が怯んだ隙を見逃さず、マンモスは渾身の一撃を振りかぶらんとする。

 その際にマンモスの体内温度はさらに上昇、溢れ出す電力までもが放出され、彼の拳は凄まじい高温と雷撃を纏って石動零へと叩き込まる。

 

 その一撃に、石動の体が宙に浮き——その身が後方へと軽々吹っ飛ばされていく。

 

「——っ!!」

 

 激痛に声にならない悲鳴を上げ、石動の体は森の木々を薙ぎ倒しながら転がっていく。

 

「ぐっ……がはっ!」

 

 内臓にまでダメージが入ったのか、石動は血を吐いた。衝撃で呪装術までもが強制的に解けてしまい、彼の無防備な姿が晒される。

 

『——零!!』

 

 その状態に咄嗟に伊吹丸が叫ぶも遅かった。

 石動がハッと顔を上げたとき——すぐ目前にマンモスの巨体が立ち塞がっていた。

 

「カ、カエセェェエ……ラ・セーヌサマノタマシイ、カ、カエセェェエエエエエエエエエ!!」

 

 マンモスは主の魂を求めながら、相手の首を締め上げる。

 彼の剛力がついに——石動零という人間の命を握りしめたのだ。

 

「がっ! は、はなしやがれ……この、デクの棒が……!!」

 

 首を掴まれながらも、石動は何とか抜け出そうと必死に抵抗する。しかし、苦し紛れの蹴りを叩き込もうともマンモスはビクともしない。

 抵抗は虚しく、石動の首がギリギリと締められていく。

 

 ——こ、呼吸が……でき……。

 

 胸が圧迫されるような苦しみに息が出来ない。石動の意識が徐々に遠ざかっていく。

 

 ——こ、殺され……!

 

 ついに脳裏に『死』という文字まで浮かび上がり、彼は己の命が絶たれるその瞬間を覚悟する他なかった——。

 

 

 

 まさに、今際の際だった。

 

 

 

「……グゥ、グゴォ? ガ、ガガガガガガ? ガァアアアアアアアア!?」

 

 マンモスが本懐を遂げようとした、まさにその瞬間。

 窒息どころかその首をへし折らんとあと一息、腕に力を込めようとした刹那だ。

 

 

 突然の異変がマンモスの体を襲い、彼自身が苦しみ出した。

 

 

「グゥウウ、ガガガ、ガアアアアアアア……!!」

「はぁはぁ……な、なんだ?」

 

 苦しみに自身の胸を押さえ始めるマンモス。せっかくの好機を取り逃し、石動零からも手を離してしまう。

 石動は急いで酸素を肺に取り込みながら、変調をきたし始めたマンモスへと目を向ける。

 

 マンモスは、既に屍体のような顔色をますます悪化させていた。漏電する電力が壊れた家電のように全身から迸っており、さらに肉体からは——赤い煙まで出し始めていた。

 

「なっ……なんだ、何が起こってやがる?」

『分からぬが、何やら尋常ならざる様子だ……』

 

 石動も伊吹丸も、今のマンモスの状態がどのようなものか詳しい理屈までは分からない。だが『ヤバい』ということだけは理解できた。

 これ以上こいつの側にいるのも不味いと、素早く身を翻してマンモスから離れていく。

 そして、石動がマンモスから距離を置いた、次の瞬間——。

 

 ついに限界を迎えたマンモスの体が——突如、燃え上がった。

 

 

「——ギャアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 

 聞くのも悍ましい悲鳴を上げながらマンモスはのたうち回る。何とか火をもみ消そうと地面を転がり回るが、火はさらに勢いを増して燃え盛っていき——その炎は周囲の木々にまで燃え広がっていく。

 

「!? も、森が……ヤベェぞ、こりゃ!!」

 

 炎の勢いは凄まじく、石動が何かする間もなく瞬く間に木々という木々、森という森を焼き尽くしていく。

 これはもう、マンモスどころの話ではない。

 

「麓には村が——!?」

 

 このまま際限なく燃え広がれば、さらに火は森だけには留まらず近隣の村にまで広がるだろう。

 石動はこれ以上の損害を、人的被害を出さないためにも早急に——山火事へ発達していくこの『大火災』に対処しなければならなくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 一方で。

 

「——あ~あ、残念だけど……今回はここまでかぁ~……」

 

 モニター越しにそれらの映像を観察していたヴィクター・フランケンシュタイン。

 彼は炎が広がっていく光景にも、火元であるマンモスが火だるまになっていく姿にも。特に関心を持たず、ただただ実験が失敗したという結果に落胆のため息を吐いていた。

 火元のないところでマンモスが燃えた『人体自然発火現象』と思しき事象。主な事例として挙げられる過去の事象には、人体が燃え上がる原因に様々な考察がなされていたが——今回に限って言えば、原因など明白である。

 

 火元は間違いなくマンモスの心臓。ヴィクターが彼に与えたあの装置の暴走だ。

 

 人間をフランケンシュタインにする心臓。あれには運動能力を向上させるため、体内の温度を著しく上昇させる効果があった。今回はその体温調節が上手くいかなかったのだろう。

 火柱が上がる直前。マンモスの体からは赤い煙が立っていたが、あれは血液が沸騰したために起きた現象だ。ああなる前段階で何とかして体内の温度を下げてやらなければ、また同じ失敗を繰り返すことになる。

 

「ん~……やっぱり冷却装置を取り付けてなかったからなぁ~。出力の方も安定してなかったみたいだし……次からは起動に必要な電力も——」

 

 ヴィクターは今回の実験失敗に関し、何やらブツブツと呟きながら手元のメモ用紙に走り書きしていく。反省点などをまとめ、次の実験の参考データにしようというのだ。

 こういったところはやはり根っからの科学者、たった一度の失敗程度で彼は諦めはしない。

 いずれは完璧な心臓を造り出し、それを使って最高の『花嫁』を産み出す。その悲願のため、彼は今後も研究を続けていくだろう。

 

「おいヴィクター。貴様のくだらん実験がどうなろうと知ったことではないが……」

 

 だが自身の研究に夢中になるヴィクターへ、狼男のヴォルフガングが釘を刺す。

 

「バックベアード様の復活が先だろう、そっちの方の研究は進んでいるんだろうな?」

 

 自分たちには己の欲望よりも優先することがあるだろうと。彼が最優先すべき研究——バックベアードの復活を急がせる。

 

「ふん……勿論さぁ~。寧ろ、今回の研究データはバックベアード様の復活にも応用できることだよ!」

 

 ヴィクターは自分の悲願を「くだらない」と一蹴され、不愉快そうに顔を歪める。しかし、今更自身の研究を誰かに理解してもらおうなどと思っていない。

 彼は己の研究の崇高さを理解できない同僚を内心で見下しながら、バックベアードの復活が時間の問題であることを告げる。

 

「バックベアード様の命のスイッチを入れる準備は整ってる。あとはカミーラの奴が十分な血の量を確保して……問題はきっかけとなるエネルギーをどうするかだけど——」

 

 着々と、帝王の復活は秒読み段階に入っていた。

 いずれは来るであろう、そのときのため。

 

 

 西洋妖怪も——今は闇の中で息を殺し、身を潜めていく。

 

 

 

×

 

 

 

『どうするつもりだ、零』

「…………」

 

 西洋妖怪たちに『用済み』と見放されたマンモスによって巻き起こった大火災。

 発火元であるマンモスは既に火だるまとなり、今や生死がどうなどと気に掛ける余裕もない。伊吹丸も石動零も、今はただ眼前の災害をどうするべきかに意識が割かれていた。

 

『何か水や天候を操る妖怪の力を使うことはできぬか?』

 

 伊吹丸は石動にこの火災に対し、何か有効な手段がないか問いを投げ掛ける。

 

 火を打ち消すならば真っ先に思い浮かぶのが『水』だ。水を操る妖怪の魂を用いて呪装術を使えば、何かしら有効な手段が打てるのではないかと。

 天候を操り、雨雲などを呼び出せればなおさら都合がいいと石動に話を振る。しかし——

 

「水か……生憎とその手の妖怪の魂は確保してねぇな……」

 

 伊吹丸の問いに苦笑いを浮かべる石動。残念ながら、そうそう都合がよい妖怪の魂など持ち合わせていない。そうでなくとも、最近は妖怪の魂を刈り取ること自体を控えているのだ。

 現状、石動の持っている戦力では、打てる手にかなりの制限が設けられる。

 

「けどな……逆ならあるぜ!」

『逆?』

 

 ところが、水などなくとも問題はないと。疑問符を浮かべる伊吹丸に石動は強気の笑みを浮かべる。

 彼はこの状況を打破すべく——とある妖怪の魂をその身に宿していく。

 

「——化け火招来!!」

『なんだと?』

 

 石動が呼び出したその妖怪の名に、さすがの伊吹丸も眉を顰めた。

 

 

 化け火——その名前のとおり、火を操る妖怪。というよりも、火そのものの妖怪といっても過言ではない。

 

 化け火は『周遊奇談』という奇談集にもその姿が描かれている。

 彼らは四季を問わず曇りの日に現れ、小さな火元から瞬く間に巨大な大火へと成長を遂げるという。そして人型、あるいは二人の人間が相撲を取っているような姿となり、正体を明かそうと近づいたものを容赦なくぶん投げるのだ。

 基本的に近づかなければ無害な妖怪であり、これといった悪さも行わない。しかし、石動が遭遇したその個体は自ら人里へと近づき、多くの人間たちを見境なく投げるという被害を撒き散らしていた。

 そのため石動が討伐し、その魂を回収。今でもその魂は彼が管理しており、こうして呪装術でその力を引き出せるようになっていた

 

 

『零、気は確かか?』

 

 だが、その化け火の力を利用しようとする石動に伊吹丸が呆気に取られている。

 火の化身とも呼ぶべき化け火の力では、逆に炎の勢いが増すだけではないかと。伊吹丸の懸念はある意味で当然のものだっただろう。

 

「黙って見てろ……はぁああ!」

 

 しかし、石動は化け火の力を引っ込めようとはしない。彼なりに考えがあるらしく、そのまま化け火の能力を行使して周囲の炎を自分の体に纏わせていく。

 これが化け火の魂を用いた際に発現する呪装術の能力だ。化け火の力で石動は、『炎そのものを自由自在に操る』ことが出来るようになっていた。

 周囲の炎を石動が取り込んでいくことで——火種を失った辺りの火災が徐々に鎮火されていく。

 

『そうか! それがうぬの狙いか!?』

 

 これには伊吹丸も感心する。

 そう、石動の狙いは炎を全て自分の身にかき集めることで、周りの火災を鎮火することにあった。実際、石動の近くからどんどんと火は消えていき、延焼が収まっていく。

 

「ぐっ、ぐぐう……ぐ、ぐぐぐ!!」

 

 だが、如何に炎を操る化け火の力とはいえ、その身に溜め込める火力の総量にも限界がある。

 かつてない規模の火は、早くも石動のコントロールできる範囲を越え、術者である彼自身を焼き尽くしかねない勢いで燃え盛る。

 このままでは、石動自身もマンモスのように火だるまとなってしまう。

 

『零よ、空だ! 上空に向かって炎を解き放て!!』

「っ!!」

 

 そうならないようにと、伊吹丸が助言を口にする。

 彼の言葉に石動は集めた炎を手のひらに集中。そのまま真上——大空に向かって打ち出していく。

 

 勢いよく射出された炎は天高くへと舞い、そのまま上空で消えていく。空であれば火が他に燃え広がる心配もなく、空気も薄いため炎は自然と霧散していく。

 この方法であれば石動自身を燃やすことなく、この山火事を処理し切れるかもしれない。

 

 問題は——その程度で全てがかき消せるほど、火の勢いが弱いわけではないということだ。

 

「くそっ!? まだ全然残ってんじゃねぇか……!」

 

 石動が愚痴るように、彼が取り込んで消し去った火は全体のごく一部に過ぎない。まだまだ炎は燃え広がっており、延焼が収まる気配など微塵も見られない。

 先ほどの方法を繰り返していけば、いずれは完全に火事を消し去ることが出来るかもしれないが、どう考えても全ての炎を処理しきるより、火の手が回る方が圧倒的に早いのである。

 

 石動零一人では、この火災を消し去るのに手が足りていない。

 

 せめて誰か、他に『誰か』の手を借りられないかと——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「——指鉄砲!」

「っ!?」

 

 まさに、そのように考えた直後だった。

 聞き覚えのある少年の声とともに、強烈な妖気弾が火元へと撃ち込まれる。

 

 着弾した衝撃で発生した爆風が、火災の一部を見事にかき消していく。

 

 妖気弾が飛来してきた方角に石動が顔を見上げれば——そこには生意気にも頼もしい、『彼』の素知らぬ顔があった。

 

「ゲゲゲの鬼太郎!? てめぇ、なんでこんなところに!?」

 

 そこに立っていたのは紛れもなく——ゲゲゲの鬼太郎。

 石動零と何度も価値観の違いからぶつかり合った『宿敵』であり、玉藻前を倒すために力を合わせた『協力者』でもある。

 

 石動の心情的に仲間とも呼べないものの、さりとて敵とも呼べぬ妖怪の少年。

 その少年が石動の危機を前に姿を現し、そして力を貸してくれたのだ。

 

「話は後だ、石動零。まずはこの火事をっ!」

「ちぃっ! 言われなくても!!」

 

 顔を合わして早々、鬼太郎は石動に指示を出す。

 石動は鬼太郎への文句を口にしながら、彼自身も引き続き火災鎮火のために尽力していく。

 

「——霊毛ちゃんちゃんこ!!」

「——化け火招来! もっと炎をかき集めろ!!」

 

 かつては互いの主張を認められず、反目し合った間柄の二人。

 そんな二人が玉藻前の決戦のときのように、互いに背中を預け合い、同じ目的のために力を合わせていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『うむ、どうやら火は完全に消えたようだ。感謝するぞ、ゲゲゲの鬼太郎』

 

 そうして二人の尽力もあり、火は大事になる前に完全に消し止められた。伊吹丸は力を貸してくれたゲゲゲの鬼太郎への感謝を示す。

 

「鬼太郎、何故お前がこんなところに……」

 

 一方で、石動は心情的に素直に礼を言うことができなかったのか。とりあえず、どうして鬼太郎がこんなところにいるのか、その理由を尋ねる。

 石動の疑問に鬼太郎は特に隠し立てすることもなく答えていく。

 

「手紙を貰ったんだ。天を衝くような巨人が山道を通る人間を襲っているとか……」

「! 猪笹王か。お前も、奴の討伐に来たってわけか……」

 

 どうやら鬼太郎は巨人——猪笹王が暴れている話を聞きつけたらしい。

 目玉おやじが一緒ではない。どうやら、わざわざ一人でこんなところまで足を運んできたのだろう。

 

「生憎だったな。奴なら俺が先に倒しておいた。再封印を施したからな……塚が壊れない限り、もう悪さもしないだろうぜ」

「…………そうか……」

 

 石動の「妖怪は倒した」という言葉に一瞬、複雑そうな表情になる鬼太郎。だが今の石動であれば必要以上に妖怪を痛めつけたりすることはないだろうと。

 鬼太郎なりにその討伐が必要な行為であったと察し、それ以上の追求はしなかった。

 

「…………」

「…………」

 

 騒動がひと段落したということもあり、二人は一息入れる。

 だが改まって何を話していいのか分からず、両者共に沈黙を保っていた。以前までの彼らならばここで睨み合い、互いに相手の気に入らないところなどを罵り合っていたかもしれない。

 

 しかし今は違う。

 互いに異なる部分があるのだと理解し、それを尊重できるようになっている。

 いつまでも、歪み合うだけの子供などではなくなっていたのだから。

 

「……一応、礼は言っておく……この借りはいつか返——」

 

 そういった心情の変化もあり、石動はややぎこちないながらも鬼太郎へ礼を述べようとしていた——

 

 

 

「——ぐぁああああああああああ!! いするぎぃいい……いするぎ、れいぃいいいいい!!」

 

 

 

 刹那、焼け跡から黒焦げの大男がいきなり飛び出して来た。

 男は一直線に石動へと飛びかかり、彼の首筋へと掴みかかる。

 

「なっ、だ、誰だ!?」

「てめぇ! マンモス!! 生きてやがったのか!?」

 

 鬼太郎は咄嗟に気づけなかったが、その大男の正体はマンモスだ。

 先ほどまで石動と戦い、この大火事を引き起こした張本人。黒焦げの変わり果てた姿になっていながらも、まだ生きていたのかと石動は驚愕する。

 

『……いや! よく見よ!』

 

 しかしそうではないと、伊吹丸は察して叫んだ。

 

 

『こやつ……もう死んでおるぞ!』

「——っ!?」

 

 

 伊吹丸の言う通り、マンモスからは生者の気配が一切なかった。

 彼は既に人間ではなく、かといってフランケンシュタインの怪物でもない。

 

「ラ・セーヌ様のタマシイイぃい、たましぃいいをか、かえせぇえええええ!!」

 

 彼は先ほどの大火で焼死し、既に死者と成り果てた。

 亡霊となり——それでも尚、主君であるラ・セーヌの魂を求める幽鬼と化したのだ。

 

『死して尚、主の魂を求めるか……見上げた忠誠心よ』

「感心してる場合か!! くそっ、こいつ!!」

 

 伊吹丸はその忠義に感心しているが、それどころではないと石動はマンモスを引き剥がそうとする。だが、力こそフランケンシュタインのときほどではなかったが、一向に剥がれる気配がない。

 これが死者の妄執の底力かと、石動の背筋にゾクリと冷たいものが走る。

 

「っ! い、石動!」

 

 鬼太郎ですらも、亡者が抱く執念に圧倒されていた。しかし彼は何とか石動を救おうと、慌ててマンモスを彼から離れさせようと試みる。

 

 

 だが、鬼太郎や石動が何かしらの行動を起こす前に——そこへ『鬼』が戻ってきた。

 

 

「——ふっ!!」

 

 

 その鬼は一才の問答を抜きにし、手にした金棒をバッターのようにフルスイング、容赦なくマンモスをぶん殴る。

 

「ぐっ、ぐああああああ!!」

 

 痛烈な一撃でかっ飛ばされ、さすがのマンモスも石動から手を離すしかなかった。その巨体がボーリングのようにゴロゴロと地べたを転がっていく。

 

「お前は……さっきの鬼!?」

「鬼灯さん!?」

 

 その鬼の登場に目を剥く石動と鬼太郎。

 先ほど、一時戦線を離脱した地獄の第一補佐官・鬼灯。

 

「やれやれ、これはまた……派手にやりましたね」

 

 現世の揉め事には干渉しないと立ち去っていった鬼神が、再びその場へと姿を現したのである。

 

 

 

×

 

 

 

「……ぐ、ぐぉおおおお、き、きさまぁああ……」

 

 復讐の邪魔をされたマンモスがよろめきながらも立ち上がる。

 彼は憎悪の籠った瞳を鬼灯へと向けながら吠え猛る。

 

「な、なぜ邪魔をするぅううう……きさま、さっきは我々のあらそいに…介入しないといっていたではないかぁああ!?」

 

 かろうじて残る理性から、マンモスは鬼灯の介入に異議を唱えていた。

 ついさっきまで鬼灯は「現世の揉め事には首を突っ込まない」と、その場から退散していた筈だ。なのに今になってノコノコ戻ってきて、何故自分の邪魔をするのかとマンモスは怒り狂う。

 そんなマンモスの怒りに、鬼灯はあくまで淡々と答えを返す。

 

「そうですね。確かに現世の争いに我々地獄の獄卒は介入しません。地獄の司法に関わる私たちが生者の生き死にを左右してしまうのは、後々の裁判で色々と問題になりかねませんからね」

 

 死後、容赦なく罪人たちを呵責する地獄の獄卒といえども、相手が生者である内は基本的に手を出すことができない。それはどんな悪人であれ例外はなく、閻魔大王ですらもそのルールを厳守しなければならない。

 一応、例外的に生者を裁く権限を与えられている『地獄代行業』なるものも存在しているが、それにも色々とややこしい手続きが必要になってくる。

 ましてや、生者同士の争いに介入するなどもってのほかだ。いかに鬼灯といえども、そのような暴挙は許されない。もっとも——

 

「でも貴方——死人ですよね?」

「——!!」

 

 鬼灯が冷静に指摘したように、マンモスという男は死人——もはや『亡者』と化していた。死者であればそれは鬼灯たち獄卒の領分。彼が介入するのに十分すぎる理由だ。

 

「死者のお迎えは『お迎え課』や『死神』たちの仕事ですが……今の貴方を相手に彼らでは荷が重いでしょう……」

 

 鬼灯は金棒を担ぎながら溜息を吐いた。

 また仕事が増えたことにやれやれと首を振りながらも、自らの職務を果たすため虚空へと声を張り上げる。

 

 

「さあ仕事ですよ、閻魔大王! とっとと——『門』を開きなさい!!」

 

 

 鬼灯の叫びに呼応し、一つの炎が虚空にて浮かび上がった。その炎はやがて大火となり、業火の如く燃え盛る。

 

 その炎は現世にあるものを何一つ燃やしはしない。

 それはこの世のものではない。闇の中で煌々と燃えて輝くそれは——地獄へと通じる穴。

 

 あの世へと通じる、地獄の門であった。

 

「! あれは……牛頭、馬頭!!」

 

 その門が現世に出現すると同時に閻魔庁の門番——牛頭と馬頭の二人も姿を現す。

 地獄を守護する彼らがそれぞれ地獄の門の左右へと立つ姿に、鬼太郎も緊張に身構える。

 

 すると次の瞬間、門から『鎖』が飛び出してきた。

 罪人、死者を地獄へと繋ぎとめるその鎖は——既に亡者となったマンモスを雁字搦めに縛りつけていく。

 

「や、やめっ!? はなせぇえ、はなせぇええええええ!!」

 

 地獄の鎖に繋ぎ止められたマンモスは必死に抵抗する。だが彼の怪力を持ってしても鎖はビクともしない。

 鎖はそのまま亡者となったマンモスを力づくで引きずり、地獄へと連行していく。

 

「はなせぇええ!! かえせぇええ!! ら、ラ・セーヌ様のタマシぃいいいを返せぇえええええええええ!!」

「………」

 

 マンモスはそれでも抵抗を続け、石動へと叫んでいた。ラ・セーヌを殺し、その魂を所持している彼への憎悪を叫び続けていた。

 その光景に石動は複雑な思いを抱かずにはいられない。過去に同じ思いを抱いたことのある伊吹丸もだ。

 

『零、その目にしかと焼き付けよ。あれが……復讐に囚われたものの末路だ』

「……」

 

 主人の復讐に石動を狙った男・マンモス。

 だが石動も、復讐のために玉藻前を付け狙っていた立場だ。彼自身は鬼太郎とのぶつかり合いの最中で復讐以外の道を模索することができたが、マンモスは——彼は本当に復讐しか、怒りと憎しみしか残らなかったのだろう。

 

 それは決して他人事などではない。一歩を間違えれば、石動もああなっていたかもしれないということだ。

 

「ラ・セーヌさまぁあ!! ラ・セーヌさまああぁぁぁああああああああああ!!」

「…………」

 

 最後まで、主の魂を求めるマンモスを石動は静かに見送っていく。

 抵抗は虚しく、マンモスは地獄の門を潜ってあの世へと送られた。

 

 現世から、完全にその存在を消し去っていったのである。

 

 

 

 

「さて、できれば貴方にも大人しくこの門を潜ってもらいたいところなのですが……伊吹丸さん?」

 

 マンモスを地獄へ送るという仕事を見届けた鬼灯は、伊吹丸にも地獄へと戻るよう促す。

 もっとも、素直に聞き入れられると思っていないのか。金棒を構え、腕づくでも連行していこうとする気満々であった。

 

「ちぃっ! まだ諦めてなかったのかよ!!」

「……どういうことだ、石動?」

 

 しつこく食い下がる鬼灯に改めて戦意を高揚させる石動。

 途中から来た鬼太郎は状況が呑み込めずにいたが、とりあえず石動の味方をするつもりのようだ。二人揃って鬼灯と対峙していく。

 

 異様な緊張感があたり一帯に漂う。

 地獄の門番である牛頭と馬頭ですら「ゴクリ……」とその空気に呑まれていく。

 

「では……」

 

 そんな中においても、鬼灯はいたってマイペース。

 自分の職務を忠実に果たすため、再度石動零へと襲い掛かろうとする。

 

『——待てい、鬼灯よ!』

「……むっ」

 

 だがそれを静止する声に、鬼灯もピタリと動きを止めた。

 地獄の門から聞こえてきたその声はやがて強大な立体映像となり、空中にその者の姿を大きく映し出していく。

 

 地獄の絶対的権力者——閻魔大王である。

 

「おお!!」

「閻魔大王様!!」

 

 キリッとした表情、威厳たっぷりな閻魔大王の出立ちに牛頭と馬頭の二人が揃って平伏する。しかし鬼灯は上司直々に登場に特に動揺する素振りを見せなかった。

 

「なんですか、閻魔大王。わざわざそんな厳つい顔をせずとも、仕事の方は私がきっちり片付けておきますので引っ込んでて下さい」

 

 本来は意外と緩い性格の閻魔だが、鬼太郎や石動零といった地上の者たちが見ている手前、威厳ある姿を保っている。

 もっとも、鬼灯にとってはどちらでも大差ない。彼は日頃のスタンスを保ちつつ、閻魔大王に対して「わざわざ現場に出てくるな」と苦言を呈していた。

 

『——閻魔大王』

 

 すると閻魔に対し、この件の当事者でもある伊吹丸が直接物申してきた。

 

『先ほど、うぬの部下である鬼灯から地獄へと戻るように申し付けがあった』

『なれど、我が半身が石動零と同行することはうぬも認めた筈』

『よもやよとは思うが……閻魔大王ともあろうものが、約束を反故にする訳ではあるまいな?』

 

 ここぞとばかりに、強気にも閻魔大王へと直談判する。

 伊吹丸の言い分に大王も『むむむ……』と若干顔色が悪く、気のせいか頬まで弛み始めていた。

 

『そ、そうなんだけどぉ~……ん、んん!! そ、それなんだがな!!』

 

 痛いところを突かれ、危うく素が出そうになったところを慌てて引き締め直す。閻魔大王は外面を取り繕いながら鬼灯へと声を掛けた。

 

『鬼灯よ、其の方の言い分も理解できる。だが、伊吹丸の自由はこの閻魔が直々に認めたこと……なんとか穏便にことを納めることは出来ぬであろうか?』

「…………」

 

 なんだか偉そうに指示しているようにも見えるが、内心では——

 

『——頼むよぉ~、鬼灯くん~! 一度認めた手前、わしにも面子ってもんがあるんだから~』

 

 と、拝み倒している姿が目に浮かぶようだ。

 鬼灯はそんな閻魔大王へと冷たい目を向けながらも、自身が懸念している問題——伊吹丸の半身を放置しておく上で発生しかねない不安要素を指摘する。

 

「先ほどもご本人に申し上げましたが、地獄の四将が半身とはいえその器を軽くしてしまうと、地獄を支える魂の重さに不具合が生じる可能性があります」

 

 大逆の四将は『その罪の重さで地獄の最下層を支える』という、極めて重要な役目を背負っている。今のところ問題ないという報告を受けているが、必要な重さが不足すれば当然バランスも崩れてしまう。

 

「その懸念がある以上、ここで譲ることは出来ません……代わりの重しでもあれば別ですがね」

「代わりの……」

 

 鬼灯の言葉に鬼太郎が呟く。

 彼自身も閻魔大王から『四将を捕らえられなければ、お前を代わりの重しにする』と、脅された経歴がある。地獄の獄卒にとって、そこはやはり譲渡できない最低限の境界線なのだろう。

 

「……代わりの重しがあればいいんだな?」

 

 すると今度は石動零が、鬼灯や閻魔に向かってとある提案を口にしていた。

 

「だったら、こいつの魂はどうだ?」

「これは……どなたの魂でしょうか?」

 

 呪装術を使い、石動は自身が回収していた魂の一つを鬼灯へと譲渡する。しかし外見上、それが何の妖怪の魂なのか判別はできない。鬼灯はその魂が誰のものなのか問い掛ける。

 

「そいつは西洋妖怪——吸血鬼ラ・セーヌとやらの魂だ」

 

 吸血鬼ラ・セーヌ。マンモスにあそこまで執念深くつけ狙われた原因とも言うべきも妖怪の魂だ。

 

「こいつは日本だけじゃねぇ……世界中で吸血騒動を起こして、多くの人間を殺害しやがった。罪の重さって観点なら……結構な重みがあると思うぜ?」

「それは、確かに……」

 

 石動の言い分には鬼太郎も同意するしかない。

 鬼太郎はラ・セーヌたちと戦い、彼らが戦意を収めようとしたところで一度見逃し掛けた。だが、ラ・セーヌが無辜の人々を殺害してきたという点において、彼らを擁護することは出来ない。

 石動が代わりとして差し出すラ・セーヌの魂、それが鬼灯の手に渡るところを黙って見届ける。

 

「…………いいでしょう。足りない分の重さを埋めるにはちょうどいいかもしれません」

 

 熟考の末、鬼灯は石動の提案を承諾した。一国を一夜にして滅ぼした伊吹丸に比べれば強さ、罪の重さともに些か格が落ちるものの、半身を埋める分にはこれで十分だと。

 しかし、まだ何か心配すべきことがあるのか。鬼灯は伊吹丸への質問をぶつけていた。

 

「伊吹丸さん。私との戦いのときもそうでしたが、どうして貴方は『貴方自身』の力を石動さんに纏わせないのです?」

『…………』

「貴方の力を使えば……少なくとも、もっと楽に戦えた筈でしょうに」

 

 

 

 

 伊吹丸の力。それは玉藻前との決戦の際、彼が石動零へと与えた力だ。

 その力は鬼神の腕を纏っている以上に強力。地獄からエネルギーを吸い上げ、大幅に妖力を高めた玉藻前とも互角に戦えたほど。

 鬼灯との戦いの際も、マンモスとの戦いの際も。その力を使えばあそこまで苦戦はしなかった筈。鬼灯ですらも、多少は本腰を入れて石動たちに挑まなければならなかっただろう。

 

 だが、どれだけ石動が窮地に立たされていようとも。伊吹丸はその力を安易に貸し与えるようなことはしなかった。それは何故か?

 

『我は……とうの昔に滅び、地獄へと繋がれた罪人。本来であれば……現世の事情に首を突っ込むべきではない。その辺りの都合は、うぬら獄卒たちと同じよ』

 

 それは、伊吹丸自身が己を戒めているために他ならない。

 自分は本当であればずっと地獄へと繋がれておくべき罪人、現世の揉め事に干渉すべき立場にはないと。だが——

 

『だがそれでも、我はこの者の……石動零の行く末を見届けたいと思うのだ。我と同じ思いを抱きながらも、違う道を選んで進むこの男が……果たしてどのような答えを得るのか』

「…………」

 

 伊吹丸は石動零という人間の在り方に自身を重ねていた。激情の赴くままに復讐という道へと突き進んだ、過去の己と——。

 だが石動は自分とは違い、復讐に拘らずに生きることを決意した。それはあの頃の自分には決して出来なかった決断だ。

 

 その決意の先に何があるのか? 伊吹丸はそれを見届けたかった。

 

『無論、必要最低限の干渉に留めるつもり。故に口は出すが……手は出さぬ』

 

 そういった事情もあり、伊吹丸は人生の師として石動についていく。その一方で、自身の立場を弁えているため悪戯に力を貸し与えるような真似はしない。

 それが伊吹丸なりの、現世への気遣いである。

 

『もっとも地獄がまたも乱れ、天地がひっくり返るような局面であれば……話は変わってくるがな』

 

 万が一、あの力を振るうような場面があるとすれば、それはまたも地獄が危機に陥るような非常事態だ。もしも地獄があのような無様な失態を繰り返せば、それを手助けするために力を振るうのもやぶさかではないと。

 伊吹丸は、地獄側をやや挑発するようボヤキを口にする。

 

 

「——そのようなことは二度と起こさせません。それが私たち、地獄の役人のお役目ですからね」

 

 

 それに対抗するよう、鬼灯はそれだけはないと堂々と宣言する。

 自分が睨みを効かせている限り、地獄が伊吹丸の力を頼るような事態、起こさせはしないと。

 

「いいでしょう。そこまで考えているのであれば。貴方の半身の自由……私も黙認します」

 

 ここで鬼灯がついに折れた。

 半身の穴を埋めるラ・セーヌの魂を確保し、伊吹丸の現世への配慮を考慮した上で問題ないという判断を下す。

 

「では、いずれ地獄で会いましょう……」

 

 もうこの現世で自身がすべき事はないと。

 

 

 そのまま灼熱の門を潜り——鬼灯は地獄へと帰還していくこととなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こうして。

 大逆の四将騒動の後始末も終え、鬼灯が帰国したことで地獄はいつも通りの日常へと戻っていく。

 

 地獄の日常——それは慌ただしくて、忙しない。

 獄卒たちにとっては当たり前のように繰り返される、平凡ながらも退屈しない日々だった。

 

 

「閻魔大王様! 黒縄地獄の被害報告書が、このままでは財政破綻しそうです——」

「大王!! 亡者の数が足りません!! 何人かあの混乱で逃げ出した可能性が——」

「閻魔大王! またまた賽の河原で子供たちが反乱を——」

「閻魔亭の丁稚たちからです! 質の悪いクレーマーがここのところ多いと——」

「地獄代行業者から罪人が数名送られてきました!! この場合は——」

「西洋地獄からクレームです!! 生者が無許可で国境を通ったとかで——」

 

 

 なんやかんやで今日も閻魔庁は大忙し。閻魔大王一人に対し、獄卒たちが問題をこれでもかと持ち込んでくる。

 

「ああ……ええっとね……それはこっちで、これはあっちだから……」

 

 そんな獄卒たちの陳情に、一応は応えようと試みる閻魔大王。 

 しかしキャパシティを完全に越えているその仕事量に、彼はすぐさま自身の右腕を呼びつける。

 

 

「鬼灯くん! 鬼灯くん、何とかしてよ!!」  

『——鬼灯様っ!!』

 

 

 情けなくも側近に——鬼灯に頼るその叫びに、他の獄卒たちも揃って彼の名を呼ぶ。

 

「…………しょうがないですね」

 

 多くのものたちから期待の視線を一身に浴び、彼は今日も冷静に職務を果たしていく。

 

 

「——さあ、今日も仕事を始めますよ」

『——はい!!』

 

 

 これぞ彼らの日常。

 今日も地獄は平常運転である。

 

 

 

 




補足説明

 牛頭、馬頭
  ご存じ地獄の門番。
  鬼太郎6期では普通に男ですが……鬼灯の冷徹では二人とも女性になってます。
  ただ、この二人に関しては鬼太郎軸の内容を採用し、普通に男として扱います。
  流石に……この二人が実は女だったと、辻褄を合わせるのは無理だと思ったので。

 ヴィクターの過去
  冒頭部分。
  ヴィクター・フランケンシュタインの過去に関しては本作のオリジナルです。
  多分こんな設定かなと、想像を膨らませて書いてみました。
  彼の最終目的は、あの装置でまなちゃんをフランちゃんにすること。
  もっとも、その野望が叶うことなく。鬼太郎の最終回で彼は——

 さりげなく復讐がテーマ
  今回の登場人物たち。ほぼ男でしたが……それぞれが『復讐者』でもありました。

  石動零——里を滅ぼされた復讐で玉藻前を追い、最後は鬼太郎と共に彼女を討つ。
  伊吹丸——怒りのまま国一つを滅ぼし、復讐の虚しさを悟る。
  マンモス——最後まで復讐に固執し、身を滅ぼした哀れの人間。

  鬼灯様——自身を生贄にした村人たちを死後に見つけ出し、数千年経った今でも現在進行形で苦しめ、尚且つそれを『罰ゲーム』と称する。

  ……あれ? おかしい。一人だけベクトル違わない?
 


次回予告

「父さん!! バックベアードの復活を前に、西洋妖怪が攻勢に出ました!!
 神話より目覚めた怪物、あんなのが上陸したら日本は……っ!
 何とかしてここで食い止め……う、うわあああああ!?

 次回——ゲゲゲの鬼太郎 『進撃! 魔獣ゴルゴーン』 見えない世界の扉が開く」

 次回も西洋妖怪が暗躍、FGOから『彼女たち』が参戦します。
 何やら次回予告で鬼太郎くんがやられていますが……まあ、いつものことです。
 
 
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