ゲゲゲの鬼太郎 クロスオーバー集   作:SAMUSAMU

58 / 150
お待たせしました。
ついにあの国民的作品『こちら葛飾区亀有公園前派出所』略して『こち亀』とのクロスオーバーです。
いろんな方がコメント欄で呟いてくれたため、真剣にクロスを考えて今回の話ができました。

もはや説明不要の本作ですが、読む前にいくつかご注意を。

こち亀は四十年もの間ジャンプで連載していた超長寿作品。
そのため話の幅が広くギャグからシリアス、人情ものに流行話を盛り込んだりと。様々な顔を持つ作品です。
今回、どんな話を書こうかと色々と構成を考えた結果ーー人情ものを書く運びになりました。

ですがただの人情ものではない。シリアス度120%、ギャグ漫画らしからぬ、かなり……あれな話になってます。
何故こんな話になってしまったのか? これはこち亀か? こち亀なのか?
と、自分でも自問自答しながら書いた本作。
ですがこれもまた『こち亀』です。どうか多くの方に、この話を知ってもらいたくて書きました。





今作は、原作単行本123巻『檸檬が泣いた日……の巻』の続編として書いています。
それを覚悟の上で、どうか読み進めていってください。




こちら葛飾区亀有公園前派出所 其の①

『……どうして?』

   

 

   『どうしてこんな目に遭わなければいけないの?』

 

 

『いたい、いたいよ!』

 

 

   『どうして、なんでこんなことするの?』

 

 

『ボクたちは、わたしたちはただ生きていただけなのに……』

 

 

   『生きているだけでよかったのに……』

 

 

『どうすればいい? どうしたらよかった?』

 

 

   『教えて、誰か……誰か……』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『——あんたたちも、踏み潰されればいいんだ!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

『…………そうか、そうすればいいんだ』

 

 

   『うん、そうしよう』

 

 

『踏み潰そう、踏み潰しちゃおう』

 

 

   『ボクたちがそうされたように』

 

 

『わたしたちがそうだったように』

 

 

 

 

 

 

『あの子も、きっとそれを望んでくれる筈だから……』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「——やあやあ、チミたち!! 相も変わらず貧乏くさい、しけた面をしとるじゃないか! ん? ううん!?」

『…………』

 

 ゲゲゲの森のゲゲゲハウス。鬼太郎や猫娘、砂かけババアなどが歓談中。ねずみ男がズケズケとその場に上がり込んでくる。

 いつものボロい一張羅——ではない。ピカピカのお洒落スーツに袖を通した、体の垢を削ぎ落とした綺麗なねずみ男がそこにいた。

 

 そんな彼の出立ちを目にした瞬間、ゲゲゲハウスにいた全員が一斉にねずみ男へと疑惑の目を向ける。

 

「……で? アンタ、今度はどんな悪どい商売を始めたのよ?」

「今のうちに白状した方が身のためじゃぞ。痛い目を見る前にな……」

 

 猫娘や砂かけババアなど。爪を伸ばしたり、砂をかける準備をしたり。いつでもねずみ男にお仕置きできる体勢へと入り、彼に悪事を堂々と白状するように迫る。

 どうせまた、いつものように悪い事をして儲けているのだろうと。

 

「い、いきなりなんだよ!? 人の顔を見るなり!! 誰が悪どい商売で儲けてるって!?」

 

 ねずみ男は有無を言わさず決めつけてくる猫娘らの反応に反感を抱き、逆に彼女たちを小馬鹿にするような笑みを浮かべていく。

 

「俺はお前さんたちと違って立派に社会貢献しているのだよ! このスーツも! リッチな生活も! 貢献に応じて正当な報酬を頂いているに過ぎないのさ! 碌に仕事もせず、昼間っからゴロゴロしているチミたちと一緒にして欲しくはないね!!」

「何ですって!!」

 

 ねずみ男の言いようにますます殺気立つ猫娘。しかし、ねずみ男も負けてはいない。

 彼はまるで『後ろめたさなど微塵もない!』とばかりに胸を張り、猫娘や砂かけババアたちを無視し、ゲゲゲの鬼太郎へと陽気に声を掛ける、

 

「おう、どうだい、鬼太郎!? こんな分からずやな女どもなんかほっといて、男同士で夕飯でも食いに行こうぜ!! 超高級寿司店に案内してやるからよ!!」

「いや、ボクはラーメンがいいんだけど……」

 

 ねずみ男の誘いに鬼太郎は乗る気じゃない様子で顔も上げなかった。

 別に高級寿司など興味はなかったし、どうせ奢ってもらうならラーメンのほうがいいと。

 

 鬼太郎はねずみ男の誘いをやんわりと断ろうとする。ところが——

 

「……まあ待て、鬼太郎よ」

「父さん?」

 

 全然行く気のなかった鬼太郎に、目玉おやじがそっと耳打ちした。

 彼は息子に、ねずみ男の提案を受ける気になるよう意見を口にする。

 

「あやつが本当に悪どい商売をしていないかどうか、それとなく探りを入れてきたらどうじゃ? なにも問題なければ……そのままご飯を食べて帰ってくればいいだけなんじゃから」

「なるほど……父さんがそう言うのであれば……」

 

 父の言葉に頷く鬼太郎。もしもねずみ男が、またも人様に迷惑を掛けるような商売をしているのであれば、それを辞めさせなければならない。

 万が一、億が一。ねずみ男の主張通り、彼が真っ当に商売をしているのであればそれで問題はない。そのときは本当にご飯だけ奢って貰えばいいのだから。

 

「分かった……行こうか、ねずみ男」

「き、鬼太郎!?」

 

 目玉おやじの後押しがあったことで鬼太郎は重い腰を上げた。ねずみ男について行こうとする鬼太郎に、猫娘がちょっぴりショックを受けたように声を上げる。

 

「おお、そうこなくっちゃ!! と、いうわけだ! チミたちは川の魚や森のキノコでも採って質素な食事を済ませたまえ!! じゃあな!!」

 

 鬼太郎が自分の誘いに乗ったことでねずみ男が勝ち誇った顔になる。

 さらに嫌味ったらしい表情で猫娘たちを見下し、悠々とゲゲゲハウスを後にしていく。

 

「~~! 悔しい!! 何よ、あの顔!!」

「まあまあ……あとは鬼太郎に任せておけば良かろう……」

 

 それに猫娘は悔しそうに歯軋りする。

 砂かけババアは鬼太郎を信じて冷静に見送るも、やはりどことなく不安は残る表情であった。

 

 

 

×

 

 

 

「……それで? 今はどんな商売をしてるんだ、ねずみ男」

 

 ねずみ男が運転する高級車の助手席に座った鬼太郎。目的地である超高級寿司店とやらに着くまでの間、彼はねずみ男から色々と聞き出そうと話を振っていく。

 ちなみに、目玉おやじの姿はない。ねずみ男も鬼太郎と二人っきりの方が本音で喋りやすくなるだろうと目玉おやじなりに気を利かせ、家で留守番をしている。

 正真正銘二人っきりの車内で、鬼太郎とねずみ男は話をしていく。

 

「なんだよ……お前まで俺を疑ってんのかよ?」

 

 鬼太郎の問い掛けにねずみ男は表情を歪める。猫娘たちだけではなく、鬼太郎にまで疑われて若干不機嫌そうだ。

 

「別に……だけど、普段のお前の行いを考えれば……そう思われても仕方がないだろう?」

 

 もっとも、こればかりは鬼太郎たちの反応の方が正しい。いつもの例から考えれば——ねずみ男が羽振りのいい時、それは何かしらの悪どい商売で儲けている時だ。

 それが人間の法的に、あるいは倫理的にどうなのかはケースバイケースだが、大抵は碌な商法でないことを鬼太郎たちは経験として知っている。

 それでも懲りずにヤバめな金儲けに走るのがねずみ男という存在なのだ。鬼太郎はもう何度目かになるかも分からない彼の悪行に溜息を吐きながらも、一応は彼の言い分に耳を傾けていく。

 

「ぐぐっ……ま、まあ、今までの俺ならそう思われても仕方ねぇ。けどな! 今度ばかり違うんだぜ! 見ろよ!!」

 

 鬼太郎に痛いところを指摘され、さすがにねずみ男も一瞬押し黙る。

 しかし、それでも今度ばかりは違うと——彼は自信満々に鬼太郎に向かって『あるもの』を突きつけた。

 

「……なんだこれ? 明細書? 高額当選……?」

 

 ねずみ男が鬼太郎に見せつけてきたものは、一枚の紙切れだった。

 レシートのようにも見えるが、そこには『高額当選』の文字が堂々と書かれている。だが、一目見ただけでは鬼太郎に『これ』が何を意味しているのか理解はできなかった。

 反応がイマイチな鬼太郎に、ねずみ男が誇らしげに声を張り上げる。

 

 

「宝くじだよ! 宝くじ! たまたまゴミ捨て場で拾った宝くじ券が大当たりだったのさ!!」

 

 

 そう、『宝くじ』だ。

 それぞれ違った番号が書かれている券を購入し、それが後日発表される当選番号とピッタリ一致すればお金がもらえるという。日本では『当せん金付証票法(きんつきしょうひょうほう)』という法律で認められている商売。ギャンブルかどうかは意見が分かれるところ。

 

 正直なところ、宝くじの当選確率はかなり低い。

 競馬や競輪、ボートレースなどと比べても、当たりクジを引く確率は天文学的数字だと言われている。ましてや高額当選など、所詮は夢物語に過ぎない筈なのだ。

 

 しかし、ねずみ男の取り出した明細書には——ちょっと口にするのも憚れるような金額が書かれていた。

 その全額が、ねずみ男の懐へと転がり込んできたという。

 

 つまり、ねずみ男の羽振りが良いのは商売などではない。文字通り、幸運を拾ったに過ぎないということだ。

 

「へへ……これだけあれば当分は食うに困らねぇ。そんで、今はこの資金を元手にちょろっと株取引やってんだ!」

 

 そして、ねずみ男はその金を元手に手堅く資金運用をしているという。

 

 いつもの彼であれば、その金を使ってさらに大儲けを……なんて考えを抱いて失敗。さらにそこから一発逆転を狙って邪な商売を……などと、ズルズル落ちていくのがいつものパターンだ。

 しかし今回は違う。そこから高望みなどせずにその資金を増やしたり、減らしたり。決して博打などせず、手堅く着々と資産を増やす生活を送っているという。

 

「……なるほど。まあ、それならボクがとやかくいう筋合いはないな……」

 

 ねずみ男の話に鬼太郎はとりあえずホッとする。

 いつもの彼らしからぬやりようではあるが、それで誰かに迷惑を掛けているわけでもない。どうやら今度ばかりは何の悪事にも手を染めず、珍しく大人しい生活を送っているようだ。

 鬼太郎は安心して、素直にねずみ男に夕食を奢ってもらうことにした。

 

 

 

 

「——よし!! 着いたぜ、鬼太郎!!」

 

 それから数十分ほど車に揺らされ、鬼太郎とねずみ男は目的地へ到着した。

 近くの駐車場に車を止め、ねずみ男は今宵夕食を取る予定になっている店の看板を指し示した。

 

 

「俺も入るのは初めてなんだぜ! 前々から気になっててな……」

 

 

 

「——超神田寿司って言うらしいぜ? へへ、名前からして高級店って感じだよな!」

 

 

 

×

 

 

 

超神田(ちょうかんだ)寿司』——東京都千代田区の外神田に本店を構える寿司屋である。

 

 千代田区自体は東京都のほぼ中心地に位置している。そのため、この日本の中核を成すいくつもの『特色』が備わっていた。

 政治の『永田町(ながたちょう)』。行政の『霞ヶ関(かすみがせき)』。象徴の『皇居(こうきょ)』。

 オフィス街としては『丸の内』や『大手町』。

 日本一の電気街として有名なあの『秋葉原』も千代田区に位置している。

 

 そして超神田寿司の名前にもなっている『神田町』。ここでは下町としての風土が未だに強く残っていた。

 都内でも最も古いとされる神社『神田明神(みょうじん)』。その神社で取り行われる『神田祭』は日本三代祭の一つとされており、大小含めて二百基もの神輿が担がれて街中を練り歩く光景は圧巻の一言。江戸っ子であれば思わず参加せずにはいられない、凄まじい熱気を伴っている。

 また神田川には美しい橋が架かっている。この橋の両岸、南側にニコライ堂、北側に湯島聖堂という建物があり、その二つの聖堂を繋ぐことから、この橋は『聖橋(ひじりばし)』と名付けられた。

 

 そして、そんな神田町に古くから残る老舗店、それが超神田寿司である。

 

 記録によるとこの店、何と享保二年・1717年には開業しているとのこと。その当時からの伝統を現代まで守りつつ、最近では時代に合わせて様々なサービスを展開しているとのこと。

 これまで消極的だった支店の増加や、来日観光客向けの寿司作り体験などで確実に売り上げを伸ばすことに成功する。

 逆に奇抜すぎるアイディア。水上オートバイ配送や雪山の秘境に支店を開いたりと、ちょっと意味が分からないところで失敗を重ねることも多々あった。

 

 そんなこんなで何かと変革を受け入れてもいる超神田寿司だが——神田町の本店であるこの店自体に、これといっておかしな変更点はない。

 昔と変わらぬ味を、腕の良い職人たちの手によって数百年と引き継いできている。

 

 

 

 

「——いらっしゃいませ!! 二名様ご来店です!!」

 

 超神田寿司の暖簾をくぐる、ねずみ男とゲゲゲの鬼太郎。

 店内の作りはシンプルなもの。奥の方に個室の座敷などが見受けられるが、特に予約などしていなかったため一見客として二人はカウンター席につく。

 

「さあ、何を握りましょうか!?」

 

 初めての客であるねずみ男たちに対しても、超神田寿司の職人たちは快く応じてくれた。老舗だからといって変に格式ばってはいないようだ。

 

「そうだな……とりあえずおまかせで! 鬼太郎もそれでいいか?」

「ああ、別に構わないさ」

 

 何を注文するかで迷ったため、ねずみ男はおまかせを頼むことにし、鬼太郎もそれに同意する。

 

 こういったカウンター席の寿司屋でよくある問題として『何を注文していいか分からない』という点が挙げられる。

 意識の高い店などは、変な注文をするだけで職人が機嫌を悪くしたりする。寿司業界のしきたりや暗黙のルールなど、教えられてもいないのに守ることを強制されても客側はしんどいだけだ。

 その点、この超神田寿司にそういった問題はないようだ。

 

「はいよ! おまかせ、二人前!!」

 

 ねずみ男の注文に慣れた様子でネタを握り始める板前。

 おまかせのコース握り。時価ではなくお品書きにもちゃんと値段が書いてあるため、成金のねずみ男も安心して注文することができた。

 

 二人は暫くの間、出されてくる品の数々に黙って舌鼓を打つことになる。

 

 

 

 

「いや~! やっぱ高い寿司は違うぜ!」

「美味しいな……」

 

 超神田の寿司は美味かった。ものの値段や価値など、特にこだわりのないねずみ男ですらも素直に上手いと感じる。

 鬼太郎も、淡白ながらも感動したようにボソリと呟きを零していく。

 

「ありがとうございます!! 追加で何か握りましょうか?」

 

 二人の感想に感謝を述べながら、板前はさらに何かを握るかと笑顔で尋ねてきた。

 既におまかせは全て提供し終えたようだ。ここから先、何を注文するかは完全に客の好みである。

 

「そうだな……とりあえず、熱燗一本貰おうか!」

「ボクはもう十分です」

 

 板前の申し出にねずみ男は上機嫌で日本酒を注文し、鬼太郎は満足したのか無言でお茶を啜っていく。

 既に食後。それぞれが静かに、ゆったりとした時間を過ごそうとしていた。

 

 

「——出前、戻りました!!」

 

 

 そんな中——ものすごいデカい声が店内に響き渡る。

 掛け声からも分かるように、出前から店員が戻ってきたようだ。かなりの声量から放たれるダミ声、鬼太郎ですらも思わず「ビクッ」となって入り口の方を振り返る。

 

 

 そこには——『原始人』が立っていた。

 

 

 無論、人として服はちゃんと着ている。他の板前たちと同じ、寿司屋らしい白い清潔な制服。

 だが、その制服を着ている男そのものが『野生児』と呼ぶのに相応しい、そういう出立ちをしていた。

 

 

 まずは顔。

 いい言い方をすれば、どこか渋めの中年男性といったところなのだが——全体的に濃い。

 剛毛な角刈り頭に無精髭、両眉が完全に繋がったM字眉毛がものすごくぶっとい。

 一度見たらちょっと忘れられない、インパクトのある顔だ。

 

 体格の方もかなりがっちりしている。

 身長が低い胴長。サンダルを履いている足は短く、昔ながらの日本人体型。筋肉の方はしっかりとついており、毛がぼうぼうに生えている二の腕がとても逞しい。遠目からシルエットだけを見れば、それこそビックフットに見えなくもない。

 

 纏っている空気も、やはり野生児といった感じ。

 全体的に粗暴な雰囲気であり、理性よりも本能で行動してそうなイメージを初対面の相手にすら抱かせる。

 身も蓋もない言い方をすれば、服を着ている原始人といった感じである。

 

 

「おう!! 戻ったか、一郎」

「お帰り、両さん!」

 

 出前から戻ってきたその男の帰還を、板前たちは笑顔で迎え入れる。

 店の従業員としてかなり信頼されているのだろう。彼らの明るい声からそれが感じ取れる。

 

 その男の名前なのか、板前たちは男のことを「一郎」もしくは「両さん」と呼んでいた。

 一郎に、両さん。それだけだと男の本名が何というのか、いまいち推し量ることができない。

 

 

 しかしこのときだった——。

 

 

「……ん? 両さん?」

 

 従業員たちが口にした「両さん」という呼び名にねずみ男が反応する。

 ねずみ男は日本酒を口にしていたため、かなりほろ酔い気分だった。だがそこに立っていた男を視界に入れるや、酔いが覚めたかのように目をカッと見開く。

 

 

「だ、旦那!? 両津の旦那じゃないですかい!!」

「……? 知ってるのか、ねずみ男?」

 

 

 その人間と顔見知りだったのか。ねずみ男は彼のことを「旦那!」と呼び、鬼太郎を地味に驚かせる。

 

「ん……? お前……もしかして、ねずみ男か!?」

 

 一方、旦那と呼ばれた両津という男。相手が誰だか分からなかったのか一瞬反応が遅れる。ねずみ男がスーツなど着ていたせいだろう。

 しかし、相手がねずみ男と分かった瞬間、声を陽気に弾ませて彼へと歩み寄る。

 

「おお!! 久しぶりじゃねぇか、ねずみ男!! 何だその格好は……またあぶく銭で儲けたのか、ハッハッハ!!」

「両さんこそ!! あんた、いつから寿司職人になったんだよ!!」

 

 二人は再会を祝い、男同士で抱き合い、互いの肩を叩き合う。

 その光景に鬼太郎は勿論、店内の板前たちも呆然と立ち尽くす。

 

「りょ、両さん……そのお客さんと知り合いなのかい?」

 

 板前の中でも年配の男が両さんにねずみ男との関係を問いただす。

 その問いに、両さんはねずみ男と肩を組みながら満面の笑みで答えていた。

 

 

「おう!! こいつはねずみ男と言ってな!! わしの古い知り合いだ! 昔はよくこいつと一緒に色んな商売に手を出したもんだ……いや~、懐かしいぜ!!」

 

 

 

×

 

 

 

 この両さんと呼ばれた男。フルネームは両津勘吉(りょうつかんきち)という。

 彼は過去、若い頃にねずみ男と共にいくつものビジネスを立ち上げ、かなり荒稼ぎしてきたという過去があった。

 

 もともと、ねずみ男にはある種ビジネスの才能があった。

 妖怪の仲間内からは『ビジネスセンスがない』などと言われることがある彼だが、それは間違いだ。現に彼は——ある一定のところまでは、商売を上手く成り立たせることが出来る。

 常識に囚われない閃きやアイディアを思い付ける発想力。それらを即座に実行に移せる行動力。半妖として妖怪と人間の間を絶妙なバランスで仲介する交渉力。

 それらの能力を多彩に駆使し、彼はいつもある程度のところまで業績を一気に伸ばすことが出来ていた。

 

 そして両津勘吉という男も、ねずみ男とは違った方向での商才を秘めている。

 発想力や行動力は当然ながら、彼の場合は様々な分野における知識量が半端ない。単純な学力は低いのだが、金儲けのことになると途端に頭脳がフル回転するのだ。また手先も器用なので、職人として質の良いものを作ることが出来る。

 さらに彼の場合、人間社会での人脈が広い。資産家や商売人たちとの繋がりをフル活用することで、一気に市場を自分色に染め上げる影響力を発揮することができる。

 

 そんな二人が金儲けのために組むのだから、それが上手くいかないわけがない。

 ねずみ男と両津勘吉が手を組んだとき、相乗効果で利益は何十倍にも跳ね上がる。

 

 もっとも——転落する速度も数十倍だ。

 一定のところまで商売を上手く成り立たせた直後——彼らはいつもお約束のようにその商売を台無しにしてしまう。

 

 原因として挙げられるのが二人の性分である。

 二人とも調子に乗りやすく、金に汚く、それでいて飽きっぽい。商売が軌道に乗るや、すぐに楽をしたがり安易な方法で目先の利益だけを増やそうとする。そのためならば犯罪すら厭わないほどに。それが必ず裏目となり——最終的には破綻していく。

 互いにそういった欠点を補い合えるのであれば別なのだろうが、二人は全く同じ方向性での欠点を担っているため、転落していくところを誰も止めてくれないのだ。

 

 結果として、二人の商売が完全に上手くいったことはない。

 それでも彼らは懲りることなく、幾度も金儲けに走ってきたのだが——。

 

 

「いや~…本当に懐かしい! お前とは……確か、大原部長に戦車で追い回されたとき以来か?」

「そうそう! そんなこともあったよ! あのときは本当に死ぬかと思った……お互い、よく生き延びたもんだぜ!」

「…………いや、どんな状況なんだ、それは?」

 

 彼らは久しぶりの再会を、客と店員という立場の垣根を越えて祝っていた。

 彼らが最後にあったとされる状況、明らかにおかしいとされる点があって鬼太郎がツッコミを入れるも、二人がそれを気にした様子はない。

 

「ほらよっ! これはわしからの奢りだ。食ってくれ!」

「おおっ! いいのかよ、両さん!? ありがとよ!!」

 

 両津は再会の挨拶代わりに板前として寿司を握り、それをねずみ男へとご馳走する気前の良さを見せてくれる。

 

「ほれ、坊主! お前も食え!」

「あっ、どうも……頂きます」

 

 ついでとばかりに鬼太郎の分も握り寿司を差し出す。鬼太郎もこれには礼を言い、素直にご馳走になった。

 

「!! うめぇえ!? すげぇじゃねぇか、両さん!!」

「ほんとだ。もしかしたら……さっきのより美味しいかも……」

 

 両津の握った寿司をねずみ男と鬼太郎は絶賛する。

 最初の板前に握ってもらったものに匹敵する、あるいはそれを越える絶妙な握り加減だ。

 

「おいおい……勘弁してくれよ、一郎。お前さんにそんな寿司を出されたんじゃ、何十年と修行してる俺の立場がないぜ」

 

 これに板長が笑いながら頭を抱える。

 現場をまとめる責任者として、両津にあっさりと自分に匹敵するかもしれないネタを握られて悔しがっているのだ。

 両津のことを一郎と気軽に呼びながらも、目の奥は職人としての対抗心に燃えていた。

 

「……一郎? 両さん、あんたなんで一郎なんて呼ばれてるんだ?」

 

 ここでふと、ねずみ男は違和感に気付く。

 さきほどから、一部の店員が両津のことを「一郎」と呼んでいるのだ。いったい、両津勘吉というフルネームのどこを取れば、そんな呼び名になるのだろう。

 

「それに……両さんは警官だろ? こんなところで働いてていいのかよ?」

「け、警官!? この人間は警察官なのか?」

 

 さらにねずみ男は両津が——『警官』である彼が超神田寿司で働いていることにも疑問を抱く(鬼太郎は目の前の男が警察関係者であることに驚いていたが)。

 警察官は公務員だ。基本的に副業は禁止とされており、バレたら厳しい罰則が課せられる。本来であれば過去にねずみ男と一緒にやっていた商売もグレーゾーン……いや、完全にアウトな闇営業なのだが。

 しかし、そんな当たり前の疑問に両津は動揺することもなく平然と答えていく。

 

「この超神田寿司はわしの親戚がやっとる店なんだ。親戚の手伝い……ということに表向きはなっとる。勿論、給料もボーナスもきっちり貰っとるがな……ふっふっふ!」

 

 警察官としての彼は様々な問題行動を起こし、幾度となく減給処分を受けており、常に懐はカツカツだ。

 反面、超神田寿司で働く彼は職人としての働きが認められ、給料もボーナスも右肩上がり。正直、警官として働くよりも稼ぎがいいらしく、この店で定期的にアルバイトしているという。

 

「それに、ここで働くわしは両津勘吉ではない。浅草一郎という別人として勤めているのだ。わざわざ新しい戸籍を買ってな!」

 

 さらに彼は保険として『両津勘吉』とは違う。別名義の戸籍を取得し、その名前を用いて超神田寿司で働いている。

 その偽名が『浅草一郎』という。この店で働き始めた頃もずっと一郎で通しており、その名残で板前たちの中には未だに彼のことを一郎と呼ぶものもいる。

 

「…………それは、いいのか?」

 

 鬼太郎はそれで問題はないのかと疑問を抱くが——勿論、駄目です。

 

 しかし、それでも金のためなら押し通すのが両津勘吉という男だ。

 もはや周囲も文句を言うのを諦め、この店で働くことに関しては黙認しているという。

 

「相変わらずだな、両さんは!!」

 

 両津の健在ぶりに、ねずみ男は我が事のように喜びの声を上げる。長年会っていないながらも、両津勘吉という男の『芯』はブレることがなく、何も変わってはいなかった。

 そんな彼を前にし——ねずみ男の『商売人』としての血が激ってくる。

 

「……なあ、両さん。今俺、結構金が有り余ってんだよ。この金を元手に……また一緒に商売を始めてみないか?」

「おい、ねずみ男。今回は大人しくしてるんじゃなかったのか?」

 

 両津に昔のように一緒に商売をしてみないかと。車の中で話していた『手堅く生きていく』という趣旨の内容をあっさりと撤回し、彼に誘いをかける。

 これには鬼太郎も横から口を出し、二人が手を組むことを未然に防ごうとする。

 

 ねずみ男のあの顔、確実によからぬことを企んでいる顔だ。

 そんな顔であの両津勘吉という人間と金儲けに走ろうとしているのだ。絶対にろくな結末にならないと今からでも断言できる。

 

 鬼太郎の心配は当然のものであり、周囲の店員たちも嫌な予感がすると表情を顰めている。

 

 

 

 ところが——

 

 

 

「——いや、やめておこう。今は……とてもそんな気分にはなれんのでな……」

 

 

 ねずみ男の誘いを、両津は自らの意思で辞退する。

 今はそんなことを——『金儲け』などする気分ではないと、首を横に振ったのだ。

 

「お、おい……両さん? ど、どうしちまったんだよ!? なんか……ヤバいもんでも食ったのか!?」

「い、一郎!? お前、熱でもあるのか!? でも……お前は風邪なんか引かない筈なのに……!」

 

 これにはねずみ男も、超神田寿司の面々も目を丸くし、信じられないと仰天していた。

 

「ええい、お前ら!! わしのことを何だと思っとるんだ!?」

 

 彼らの言いように両津は怒りを露わにする。

 しかし、すぐにでも冷静に戻り——彼は静かに呟きを洩らす。

 

 

「……わしだって。そういう気分になれんときもあるんだよ……『あんな事件』が、あった後なんだからな……」

「!!……そうだな。そりゃ、そうだ……」

 

 

 両津の言い分に対し、超神田寿司の職人たちも口を噤む。

 彼の気持ちを察するかのように、皆が一斉に黙り込んでしまったのだ。

 

「な、なんだよ……いったい、何かあったんだ?」

「……?」

 

 まるでお通夜となってしまった店内の空気に、ねずみ男も鬼太郎も首を傾げる。ただの一見客でしかない彼らには、何故店の人々がここまで落ち込んでいるのか分からない。

 

「……水くさいぜ、両さん。何か悩みがあるなら、俺が相談に乗るからよ! ……話しちゃくれねぇか?」

 

 ねずみ男は純粋に両津のことを心配し、彼への気遣いの言葉を掛ける。

 いつものねずみ男であれば所詮は他人事と、ここまで深く首を突っ込もうとはしないだろう。

 

 相手が両津勘吉という、自分に近しいものを持っている人間だからこそ——こうして悩み相談を願い出たのだ。

 

「……そうだな。……一応は客のお前さんに、こんなこと話すのも気が引けるんだが……」

 

 ねずみ男の申し出に両津は僅かに思案し、一度は首を振る。

 少なくとも、今この場で話すべき内容ではないと。とりあえず仕事をこなしながら——何かを思いついたように彼は提案していた。

 

 

 

「ねずみ男……この後、時間はあるか? ちょっくら一杯付き合ってくれ……」

 

 

 

×

 

 

 

 この超神田寿司は『擬宝珠(ぎぼし)家』という家が営んでおり、店の敷地内に彼らの住居がある。料亭も兼ねているだけあってだだっ広く、お座敷から見える日本庭園もとても立派だ。

 また、建物の中には従業員用の住み込み部屋も用意されており、この店で働く両津勘吉もこの家の敷地内で寝泊まりしている。

 

「待たせたな。それじゃ、ついてこいよ」

「お、おう……」

「…………」

 

 超神田寿司の閉店後。仕事を終えた両津はねずみ男と鬼太郎を店の奥へと案内する。既に他に客の姿はなく、彼らは奥座敷のひとつを目指して屋敷の廊下を歩いていた。

 

「——おや? どうしたんだい勘吉、その人たちは……」

 

 すると、向かい側の廊下から一人の老婆が姿を見せる。

 着物に袖を通したお婆さん。老眼なのか眼鏡を掛けており、かなり歳をくっているように見える。

 だが足腰が衰えた様子も、意識がボケっとしている感じもない。老婆は鋭い目つきで、両津が連れてきたねずみ男たちを値踏みするかのように睨め付ける。

 

「おお、夏春都(ゲパルト)!! こいつらはわしの昔馴染みと、その連れだ! ちょっと思い出話に花でも咲かせようと思ってな! 奥の座敷借りるぜ!」

「げ、ゲパルト? す、すげえ、名前だ……日本人か?」

 

 両津がその老婆を『ゲパルト』と呼んだことでねずみ男は驚く。響きだけ聞くと完全に外国人だが、歴とした日本人である。

 

 彼女の名は——擬宝珠(ぎぼし)夏春都(ゲパルト)。齢百歳を越えて尚、未だに現役。この擬宝珠家を実質的に取り仕切る大女将。両津にとっては大叔母に当たる人物である。

 この擬宝珠家では彼女こそが絶対。どんな無茶難題だろうと、夏春都に話を通せば大抵のアイディアが実行に移される。

 ここ最近、超神田寿司が突拍子もないサービスを幾度となく展開していたのも彼女と——両津がいるからだ。

 両津が思い浮かんだ奇抜な提案に、彼女がGOサインを出す。それにより超神田寿司は大きな利益を生み、それと同じくらい大きな損失を出している。

 幾度となく成功と失敗を繰り返し、それでも変化することを恐れない。

 未だにバイタリティに溢れる、恐るべき老婆である。

 

「ふ~ん……別に構いやしないが、あんまり煩くするんじゃないよ。子供はもう寝る時間なんだからね」

 

 夏春都はねずみ男と鬼太郎に胡散臭いものを見る目を向けながらも、彼らの存在を受け入れる。基本的に懐が広いのだろう。特に文句を言う素振りもない。

 

「……そっか、もう寝ちまったか。あいつの……レモンの様子はどうだった?」

 

 夏春都の言葉に、両津は今日はもう眠ったとされる『子供』について尋ねていた。

 これほど大きな家なのだから、子供の一人や二人くらいはいるだろう。しかし両津は真面目な顔つきで、ほんの僅かに父性らしきものを匂わせながら——『レモン』という子供について夏春都に問い掛ける。

 

「どうもこうもないさ。人前で泣くようなことはないが……落ち込んでるのが見え見えさね」

 

 両津の真摯な問いに夏春都は真正面から答える。 

 その会話だけを聞けば——『二人がレモンという子供のことを心配している』ということだけは理解できる。

 

「両さん、さっきからなんの話を……?」

「……?」

 

 だが、詳しい内容までは部外者であるねずみ男や鬼太郎に伝わってはこない。

 

「ん……おお、すまんな! 今話してやるから……」

 

 どうやら、両津が悩みとして零そうとしている『あんな事件』と、そのレモンという少女には何かしらの因果関係があるらしい。

 

「ほれ……まずは一献。坊主、お前も呑むか?」

「おっと、すまねぇ! 頂くぜ!」

「いえ、ボクは結構です」

 

 座敷に座り込んですぐ、まずは酒を一杯。それとなくねずみ男と鬼太郎にも進めながら(外見が未成年の鬼太郎に酒を勧めるのもどうかと思うが)、両津は少しずつ、例の事件の詳細を話し始めていく。

 

 

 

 擬宝珠(ぎぼし)檸檬(レモン)——この家で暮らす四歳の幼稚園児である。夏春都の孫であり、両津にとって『はとこ』にあたる。

 やや子供離れした味覚と度胸の持ち主ではあるものの、まだまだ幼い少女。親戚である両津にはよく懐いており、両津もレモンに対してはどこか父親らしい側面を垣間見せ、自分の娘のように彼女のことを可愛がっていた。

 

 事件は——そんな彼女の通う幼稚園で起こった。

 

 レモンは幼稚園が大好きだった。大人びたレモンも、幼稚園で過ごす際はどこにでもいる普通の園児になる。

 友達や先生と過ごす日々は彼女にとって宝物。決して何かに変えることの出来ない、かけがえのない日々だった。

 

 そんなある日のこと。レモンのクラスで『ハムスター』を飼うことになった。

 全部で六匹。子供たちは皆、ハムちゃんたちを可愛い、可愛いと大切に面倒を見ることにした。その飼育に特に熱心だったのがレモンだ。

 彼女はクラスでも生き物係に任命されており、ハムスターたちのことを誰よりも大切に想っていた。

 

 ハムスターの一匹一匹に名前を付け、どれがどれだかをきっちりと見分け、どんな体調の変化も見逃さなかった。

 そんな彼女だからこそ、ハムちゃんのうちの一匹。コロチューの元気がないと獣医を呼ぶことができ——その子が妊娠していることがすぐに判明したのだ。

 

『……そうか、コロチュー。お前、お母さんになるのか』

 

 新しい命の誕生に胸躍らせ、レモンは生まれてくる彼らのために新しいカゴまで用意した。

 赤ちゃんたちの名前も考え、その日はかつてないほど嬉しい気持ちで幼稚園へと登園してきた。

 

 だが——そこには既に警官たちがいた。

 そう、問題の事件はその日。ハムスターたちを預けた幼稚園で起こっていたのだ。

 昨晩のうちに何者かが侵入、保管されていた金品が強奪され——。

 

 

 園に預けられていたハムスターたちは、全てぐちゃぐちゃに踏み潰され、さらに刃物でバラバラにされていた。

 その遺体を——レモンはその目で直視してしまったのだ。

 

 

 

「なんだそりゃ!!? 誰だか知らねぇが、ひでぇ話じゃねぇか!!!」

「それは……酷いですね」

 

 両津の話にねずみ男は怒りを堪え切れず、感情を剥き出しに叫んでいた。

 鬼太郎も感情を表にこそ出さずにいたが、かなり不快な気持ちを込めて呟く。

 

 特にねずみ男がご立腹だ。ねずみとハムスターは生き物として違う部分が数多くあるものの、分類としては同じ齧歯類。

 同胞の死を、彼は自分のことのように涙を流して悔しがっている。

 

「……本当に酷いのはここからさ……」

 

 しかし、そんな二人の反応に両津はまだ話の途中だと。

 さらに胸糞の悪くなる——この事件の真相、結末を最後まで語っていく。

 

 

 

 ハムスターとはいえ、命をそこまで無惨に惨殺する犯行に警察は危機感を抱き、早急に捜査を進めていった。

 そして事件現場に残された手掛かりや、目撃証言などから、捜査線上に——とある中学生の不良グループの存在が浮かび上がる。

 

 彼らこそ、深夜遅くに幼稚園へと侵入して金品を強奪した犯人。

 ハムスターたちをゲーム感覚で殺したのも彼ら。これは未成年者による残酷な殺害だった。

 

 容疑者が未成年者と特定された段階で、両津たちは彼らの両親や学校側にコンタクトを取った。

 少年犯罪はデリケートな部分も多い。まずは保護者に事情を説明し、捜査に協力してもらわなければならない。

 

 ところが——

 

『——息子にはあまり関心をもたないことにしてるから』

『——今忙しいから』

 

 容疑者の親たちは協力するどころか、子供たちが今どこで何をしているかも知らないと。彼らが通学する中学校側からも、ほとんど門前払いをくらった。

 

 少年犯罪など、まるで他人事だ。

 彼らが盗みを働こうが、命を弄ぼうが。保護者たちは——『それがどうした?』と、少年たちの存在ごとこの事件を無視したのだ。

 

『まわりくどいから直接本人だ!』

 

 これに業を煮やした両津は本人たち、中学生たちが屯しているゲームセンターへと体一つで乗り込んだ。親の許可も学校の許可も、礼状もなく。彼らを確保すべく独断専行で突撃したのだ。

 

『大きく話題になってたな!』

『有名な幼稚園だったみたいだな、あそこは!』

 

 ゲームセンターには昼間っから学校にも行かず、遊び歩いていた彼ら中学生たちの姿があった。

 自分たちのやったことを、まるで誇るかのように仲間同士で和気藹々とする少年たち。両津はその胸ぐらを掴みながら言ってやった。

 

『よかったな。明日からは学校も堂々と休めるぞ……逮捕だ!』

 

 そんな両津に対抗し、中学生たちは『証拠は?』『手続きは?』などと小賢しい知恵を弄そうとしたが——そんなもの、両津勘吉という男には全く意味をなさない。

 きっと他の警官たちなら自分のクビなどを惜しみ、中学生たちに手を出せなかっただろう。だが両津はそんな男ではない。

 クビで上等だと。同僚の婦警の静止を振り切り——彼らに向かい、躊躇なく殴り掛かったのだ。

 

 

『——親も教師も見放したこいつらを……誰が目を覚まさせるんだぁああああ!!』

 

 

 自分たちのしたことがどれほどの痛みを伴うものなのか。直接体に分からせてやるために——。

 

 

 

「な、殴ったのか!? 大丈夫なのかよ……今はそういうの、色々とうるさいって聞くぜ?」

「ああ、見事に謹慎処分くらったよ……」

 

 中学生たちを殴ったという話に、ねずみ男は両津の進退を心配する。今の世の中、未成年者に警官がそんなことをすれば、世間が黙ってはいない。『警官、中学生たちに暴行!』などという新聞の見出しが、容易に目に浮かぶようだ。

 実際、両津は今回の件で上からお叱りを受け、自宅謹慎処分を受けた。本来であればもっと重い処分もあったかもしれないが、上層部も今回の事件に関しては色々と思うところがあったのだろう。

 しかし、両津はそれでも不満を隠しきれない態度だった。

 

「ふん! それがどうした? わしらの時代じゃ、悪いことをすればぶん殴られるのが当然だったんだ。こんなことで問題視されるようなら、それこそ警察官なんて辞めてやるさ!」

 

 両津自身、子供の頃は結構な悪ガキだった。

 そのためしょうもない悪戯を仕出かしては、その度に大人たちからぶん殴られていた。

 

 父親からもぶん殴られ、教師からもぶん殴られ。

 仕舞いには、近所の頑固親父からもぶん殴られる。そうやって、人の『痛み』というやつを体で覚えていったのだ。

 

「それがどうだ!? 最近じゃ、そんなことをすればパワハラだのなんだと、いちいち世間が首を突っ込む! 親もそういう周囲の目を気にし過ぎて、子供をきちんと叱ることもできない!? そんなんだから……あんなガキどもが、残忍なことを平然とやれるようになっちまうんだ!」

「…………」

 

 両津の愚痴に鬼太郎などは何も言わなかったが、一定の理解を示すかのように黙って頷く。

 鬼太郎自身、そこまで人間の社会に深入りはしないが、傍から見ているだけでも、人間たちの世情の移り変わりには目を丸くしてしまう。

 

 少し前まで、子供を殴るのは躾の一環だったと。必要悪だとか言っていたような気がする。

 しかし、今ではそれを虐待だと。暴力は何があっても許されないと、世間が監視の目を厳しく光らせている。

 

 時代ごとに言っていることが、やっていることが全然違う。いったい、彼ら人間にとって何が正義で、何が間違いなのだろう。

 そんな、ぶれっぶれの人間社会にほとほと呆れてしまうことが多々あるのだ。

 

「わしは……そんな世間様の目とやらを気にして、自分の生き方を曲げるのはごめんだ!!」

 

 その点、この両津勘吉という人間にはそういったブレがないように見える。

 彼は自分の『芯』をしっかりと貫き——中学生たちを厳しく取り締まったのだ。

 

 

 

『——ボクたちが……犯人です』

 

 中学生たちをボコボコにした後、両津は彼らをとある場所へと連行した。それは警察署ではなく、事件現場だった。

 そう、彼らがハムスターたちを殺した、あの幼稚園だ。

 

 幼稚園の花壇にはハムスターたちのお墓があった。園児たちがハムちゃんたちの死を悲しみ、その魂を弔うために墓を作ってやったのだ。

 その墓の前にあの少女が——レモンがいた。

 

 誰よりもハムちゃんたちの死を悼んでいた彼女の眼前に、両津は中学生たちを連れてきた。

 彼らに、被害者であるレモンへと直接謝罪させるために。けれど——

 

『お……おそいよ、もう……』

 

 今更謝ったところで何もかも手遅れだ。

 

『一生懸命生きてたんだよ……ハムちゃんたちだって……生きてたんだよ……』

 

 失われた命はもう戻ってこない。園児たちの傷付いた心はそう簡単に癒されない。

 

 

『それなのに……なんで……うぅ……うわああああああん!』

 

 

 擬宝珠檸檬は強い少女だった。ハムちゃんたちのお墓を作る間も、他の子供たちが泣いている中、一人だけ決して涙を見せようとはしなかった。

 

 そんな彼女が——大粒の涙を流して泣いていたのだ。

 

 これには、中学生たちも何も言えなかった。

 自分たちがどれだけ酷いことをしたのか。彼らはこのときになって、初めて理解したのである。

 

 

 

「…………」

「…………」

 

 事件の結末に、ねずみ男も鬼太郎も何も言えなかった。

 事件は確かに解決した。だけど、それで誰かが幸せになることはない。誰も救われない、嫌な事件として関係者の心に深く残ったのである。

 

「……あのガキ共も、大したお咎めもなく釈放になっちまったしな……」

 

 今回の事件の加害者である中学生たち。彼ら自身は罪を認めて反省の色を見せたものの、その行為が厳しく罰せられることはなかった。

 彼らの保護者・親たちの猛抗議によって、何と家庭裁判所が『審判不開始(しんぱんふかいし)』という判断を下してしまったのだ。これは事実上の不起訴処分に近い。

 

 あれだけ子供たちの罪状に興味のなかった親たちが、いざ実際に逮捕となった途端に怒り狂ったように声を上げたのである。

 それは息子たちの身を案じてのことではなく、身内から犯罪者が出るという、世間体を気にしてのことだった。

 しかもタチが悪いことに、この親たちはそういったところにかなりの『コネクション』を持っていた。

 

 親たちは、子供たちに何一つ反省する場を設けることもなく。ありとあらゆるコネを使って彼らの罪を揉み消したのである。

 

「何だよそりゃ!! ますます頭にくるぜ!!!」

 

 酒が入っていることもあり、ねずみ男は顔を真っ赤にして怒鳴り声を上げる。

 そんなことがまかり通る世の中でいいのかと、彼でなくても怒りたくなる話だ。

 

「ほんとうにな。何のために警官やってるのか……わしも分からなくなっちまったよ……」

 

 これには、両津ですらも虚しさを感じていた。

 せっかく犯人を逮捕したのに。中学生たちが反省する良い機会を得られたのかもしれないのに。大人たちの都合で、それが全て台無しにされたのだ。

 

 このときほど、両津勘吉が本職である筈の『警察官』という職業にやるせない気持ちを抱いたことはなかった。

 

「……いっそ、警官なんか辞めちまった方がいいのかもな。ここで寿司職人として働いていた方が……わしにとっても……」

「両さん……」

 

 いつになく弱気な言葉をポロっと零す両津勘吉。

 昔の彼をよく知るねずみ男も、これにはかける言葉が見つからない。

 

 気まずい沈黙が、部屋の中を覆いつくしていく。

 

「——……なんてな! ハッハッハ、悪い、悪い! 変な空気にしちまって!!」

 

 しかし、その沈黙を吹き飛ばす勢いで、両津はわざとらしく笑い声を出してみせる。

 それは無理にでも重苦しい空気を払拭しようとした、両津が空元気で出した笑顔だった。

 

「せっかく再会できたんだ! 積もる話もあるだろうし……今日は夜通し呑み明かそうぜ!!」

「……そうか、そうだな!」

 

 両津の言葉にねずみ男も同意する。

 彼が未だに例の事件のことを引きずっていることを察しながらも、それに関してこれ以上は深く突っ込まない。

 

 それよりも、今宵は二人が再会できた奇跡を祝おうと。

 何度も何度も酒を酌み交わしていく、両津勘吉とねずみ男であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「——おい、勘吉!! いい加減、起きろ!!」

「ん……んん……ああ、纏か?」

 

 翌日の早朝。両津勘吉を長身の美女・擬宝珠(ぎぼし)(まとい)が叩き起こしていた。

 彼女もこの擬宝珠家の一員、年齢は十九歳。かなり歳は離れているがレモンの姉である。

 

 彼女も両津と同じ警察官だ。両津と同じ下町育ちであり、男顔負けの腕っ節の強さ、度胸の強さを誇る女性である。

 警察官としてはまだまだ新人の彼女だが、両津相手に引けを取らない気の強さを発揮し、ときには彼の暴走を戒めることもある。実際、例の事件で中学生たちをボコボコにした両津に対し「やり過ぎだ!」と、彼を止めるためにボコボコにしていた。

 実は両津とは結婚寸前まで行った間柄なのだが、二人が親戚であったことや、両津の金に汚い面が出てしまったことでその話は破談となった。だが、そんな気不味いことがあった後も、両津とは親族として仲良く接してくれている。

 

「おう、今起きる……おい、ねずみ男! お前も起きろ」

 

 そういった経緯もあり、擬宝珠家の中においては両津も纏には頭が上がらない。

 彼女に叩き起こされ、特に不満を言うことなく起き上がり、隣で寝ていたねずみ男にも声を掛ける。

 

「むにゃむにゃ……あれ、鬼太郎は?」

 

 酒瓶を抱きしめながら眠っていたねずみ男は、寝惚け眼を擦りながら鬼太郎の姿を探す。

 昨日の夜、記憶があるまでは確かに彼の姿を目に留めていた筈だが、そこに鬼太郎はいなかった。

 

「あの坊主だったら、昨日のうちに帰ったぞ! それなのにお前らときたら……酔い潰れるまで騒ぎやがって……!」

 

 鬼太郎は酔っ払いたちと最後まで付き合うことができず、先に帰ってしまったとのこと。

 酒を飲まない以上、それは仕方がないことであり、寧ろ飲んだくれて酔い潰れてしまった両津やねずみ男に対して、纏は迷惑そうに愚痴をこぼす。

 

「いや〜、すまんすまん!! 久しぶり過ぎて盛り上がってしまってな。待ってろ、今準備するから……」

 

 怒る纏に謝りながら、両津は出掛ける準備をしていく。

 出かける場所は『河岸(かし)』だ。超神田寿司の従業員として働いている両津は、早朝の河岸に行って食材を仕入れるのが既に日課と化していた。ほとんど条件反射で河岸行きの支度を整える両津。謹慎処分で警察官として働けていない分、頭の中はもはや完全に寿司職人である。

 

 しかし——当たり前のように河岸へと向かおうとする両津を纏は呼び止める。

 

「勘吉……今日は仕入れに行く必要はないよ。部長さんが……勘吉を呼んでるんだ」

「……な、なんだと?」

 

 纏の言葉に両津がピクッと硬直する

 部長というのは両津の直属の上司——大原部長のことだ。警官として破天荒すぎる両津を誰よりも強く叱ることのできる人物。両津とはかなり長い付き合いで、よく喧嘩したり、互いに罵り合ったり。

 だが余計な気遣いをしない分、両津にとっては気心の知れた相手でもある。

 

 今回の謹慎処分に関しても、中学生たちを殴った両津を叱りつつ、それでも必要以上に彼のことを責めなかった。

 そんな彼が自分を呼んでいると言われ——両津は露骨に嫌な顔をする。

 

「わしはまだ謹慎中だぞ? 処分が解けるのはまだ先だろ……いったい、なんの用事だってんだ?」

 

 その顔から『行きたくない』といった両津の気持ちが如実に伝わってくる。

 どうせまた小言でも聞かせるつもりなのだろうと、説教など聞きたくなくて両津はその要請をすっぽかそうとした。

 

 しかし、そういうわけにはいかない。

 これは——そういう呼び出しではないのだと、纏は真面目な顔つきで両津へと語り掛ける。

 

「いや、どうやらそうじゃないみたいだ。派出所じゃなく……事件現場に直接連れて来いって言われたからな……」

「現場だと……?」

 

 両津勘吉は派出所勤務。所謂、交番のお巡りさんである。

 ただのお巡りさんである彼に、いったいどんな物々しい現場へと赴けというのか。

 

 ますます嫌な予感のする両津であったが——彼の予想を上回る事件が、その現場では起きていた。

 

 それは警察官である以上、誰でも一度は関わることになるかもしれない。

 だけど、決して関わり合いにはなりたくない——最悪な事件。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「勘吉……コロシだ」

「——!!」

 

 

 殺人事件。

 その響きを前に、さすがの両津勘吉も凍り付いていた。

 

 

 

 




人物紹介

 両津勘吉
  もはや説明不要。日本で最も有名なお巡りさんキャラ。
  階級は巡査長。勤務は派出所、交番のお巡りさんである。
  基本的な性格は原作と変わっていませんが、今回の話がシリアスなので終始真面目な雰囲気。
  たまに出てくる人情家としての両さん、それを今回は前面に押し出しています。

 擬宝珠纏
  両津の親戚、擬宝珠家の長女。両津とは一度結婚までいきかけた仲。
  作品の都合上、両津を結婚させるわけにはいかないという理由で破談になりましたが、それで険悪な間柄になるようなこともなく、まるで夫婦のようなやり取りをその後も繰り返していく。
  彼女を始めとした超神田寿司の面々の登場に抵抗感がある人も多いと聞きますが、自分は彼女たちがいるのが当たり前だった世代です。
  今回の話も、纏の妹である『彼女』が物語の鍵を握ります。

 擬宝珠檸檬
  擬宝珠家の次女。両津にとっては娘のような存在。
  時代劇が大好きなのか、〜のじゃ口調で話す、幼稚園児。
  とても芯が強く、子供らしからぬ性格だが、今回の事件では……
  あの両さんも、檸檬に対してはとっても過保護。その様相はまるで別人格と言われるほど。
  きっと両さんにとって、彼女が良心なのでしょう……個人的にだがそう思ってます。

 擬宝珠夏春都
  擬宝珠家の大女将。超神田寿司の実質的な責任者。
  夏春都と書いて、ゲパルトと読む……読めるか!
  アニメを見ているとかなり暴力的なイメージがありますが、原作の彼女は寧ろどっしりと構えていることの方が多い。
  両津に関してもなんだかんだで信用している部分があり、厳しいが話せばキチンと理解してくれる立派な大人だと感じられる。

 大原部長
  もはや説明不要。両津勘吉の上司、階級は巡査部長。
  バカモーンでお馴染み。いつも無茶をする両津を叱るストッパー役。
  しかし彼自身もかなりはっちゃけることがあり、俗に言われる『大原部長オチ』では最終的に戦車まで持ち出す始末。
  長い付き合いなだけあって、誰よりも両津の行動パターンや警察官としての彼を熟知している。

 ねずみ男
  こちらも説明不要。鬼太郎にとってなくてはならないキャラクター。
  コメント欄では『両津と組んで商売をして、最終的には大原部長に怒られてそう』というオチを浮かべている人が大半でした。
  そのため、今回のクロスにあたり『二人は既に知り合い』という設定にさせてもらいました。
  実際にこの二人が出逢ったら、こんな感じで意気投合してくれるかなと思ってます。
  今回はねずみ男もシリアスに。人情で両津を助けていく、そんな彼の一面を書いてみたいと思います。


 ここから、さらにシリアスになっていきます。それでよければ、どうか続きをお楽しみに……。
  
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。