ゲゲゲの鬼太郎 クロスオーバー集   作:SAMUSAMU

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『こち亀』とのクロスオーバーの中盤、今回は三話構成で話をまとめるつもりです。
しかし……書けば書くほどシリアスになっていく。
一話以上にさらにアレな展開になっていますので、お気楽なこち亀を期待される方はご注意下さい。

ちなみに、読む前に今回の話の時間軸に関して説明を。
今回のお話、まなちゃんは出てきません。それはつまり時間軸が一年目、二年目の話ではないということです。
今回の話は年代的にも昔の方。鬼太郎が犬山まなと出会う、ずっと前を想定しています。そのため、今回の鬼太郎はかなり冷たい印象です。

6期の本編でもたまに垣間見せる、人間に容赦のない姿勢が前面に出ています。
そういった鬼太郎の一面と、両津の人情家な一面との対比をどうか楽しんでみてください。




こちら葛飾区亀有公園前派出所 其の②

「なんでわしが、殺人現場になんざ行かなきゃならんのだ……」

「あたしに聞かれても分からないよ。とにかく勘吉を連れて来いって、大原部長から言われてるんだから……」

 

 早朝。擬宝珠纏の運転する車の助手席に座り、両津勘吉は愚痴を溢していた。彼が連れて行かれようとしている場所は殺人現場だ。誰だっていい気分のするものではない。

 

 

 両津は二十年以上前、刑事だったことがある。

 短い時間であったこともあり、ほとんど聞き込みばかり。映画やドラマのように、そこまで頻繁に殺人事件が起こるわけでもない。

 

 だが、その短い間の刑事生活で——両津は慕っていた先輩に殉職された経験がある。

 両津のミスにより死なせてしまった先輩・南部刑事という。

 

 彼の死をきっかけに、両津は自身の未熟さを痛感。自ら派出所勤務を希望し、一からやり直す決心をした。今でも両津は南部刑事の命日には欠かさず墓参りをしている。それだけ彼との時間、その『死』が両津という人間に大きな影響をもたらしているのだ。

 

 また南部刑事以外にも、過去に数回ほど両津は警察官として人の『死』というものを触れてきている。あの体験は警察官だからといって慣れるものではない。出来れば今後も一切関わりたくないものだ。

 

 

 そんな死と否が応でも関わらなければならない殺人現場にこれから行く。そのことに両津は不満を隠し切れない様子だった。

 

「まあまあ、両さん!! 俺も一緒についていくからよ!」

 

 すると、そんな両津に後部座席から陽気に声を掛ける男がいた。

 昨日の夜から、ずっと両津と擬宝珠家で飲み明かしていたねずみ男だ。何故かひょっこりと付いてきている彼に、纏が運転席から不審そうな目を向ける。

 

「おい……勘吉。こいついったい何なんだ? お前のダチか? 見るからに……胡散臭そうな奴だな……」

 

 いつものボロボロな格好ではなく、ビシッとスーツ姿であるのにも関わらずのこの評価。格好を立派にしたからといって、彼の胡散臭さが完全に払拭されることはない。

 

「……おい、ねずみ男、お前はもう帰れ。これは遊びじゃないんだからな……部外者はお断りだぞ」

 

 纏の言葉を受け、両津もねずみ男には帰るように促す。

 これから両津たちが行こうとしている場所は殺人現場だ。いかに旧知の間柄とはいえ、警察官でもないねずみ男が気軽についてきていい場所ではない。

 

「おいおい、両さん! 水くさいことは言いっこなしだぜ!」

 

 しかし、これにねずみ男は不満そうに口を尖らせる。

 

「何かあったら俺も力になるからよ!」

 

 珍しいことに、今のねずみ男を動かしているのは純粋な善意、両津への友情だった。

 それは彼の懐が金銭的に潤っている心情的な余裕もあるが。相手が両津か、あるいは鬼太郎でもなければさすがにここまで面倒ごとに首を突っ込もうとは思わなかっただろう。

 付き合いの長さこそ鬼太郎には劣るものの、ねずみ男は両津勘吉という男に対し、鬼太郎にすら抱いたことのない強い『シンパシー』のようなものを感じているのだ。

 

「……ふん! 勝手にしやがれ……」

 

 両津の方も。過去に幾度となく苦楽を共にした仲であるねずみ男をそれなりに信用していた。口では憎まれ口を叩きつつ、その口元にはちょっぴり笑みを浮かべている。

 

 そんな二人の男同士の軽快なやり取りもあり、何となく車内の空気が和んでいく。

 このままの空気であれば、現場に赴いてもそこまで殺伐とした空気にならないのではと。両津はいつもの『ノリ』と『勢い』で事件現場へと乗り込んでいく。

 

 

 だが、その現場において——

 

 

「……な、何だこりゃ?」

「おいおいマジかよ……」

「…………」

 

 両津も纏も、そしてねずみ男も言葉を失うこととなる。

 

 

 

×

 

 

 

 その現場は住宅地が密集しているエリアだった。周囲には立派な一軒家が数多く立ち並んでいるが。

 

 その中に、ぽっかりと『空き』があった。家があったと思われる一箇所が——更地になっていたのだ。

 周囲には『残骸』が転がっており、確かに家があったという証拠が残されている。

 

 しかし、もうそこには瓦礫しかない。

 巨大な『何か』が通り過ぎた跡だけが残されており、何もかもが粉砕されている。

 現場には、全てが『蹂躙』された跡しか残されていなかったのである。

 

 

「あっ!? 先輩! よく来てくれました!」

「おおっ、中川か! お前も呼び出されたのか、朝からご苦労だな……」

 

 現場では鑑識が慌ただしく動き回っており、警察管理の下に『立ち入り禁止』の規制線が張られていた。殺人事件だということもあり、ほとんどが両津にとって見慣れぬ関係者ばかりであったが、そこに見知った同僚・中川の姿を見つけ、内心ほっとする。

 

 今回、急な呼び出しであることもあってか、両津と纏は私服のまま。周囲の警官たちもお決まりである青色の制服を着ている中。何故か一人だけ、黄色の制服らしきものを着た『長身のイケメン』がそこに立っている。

 彼の名は中川圭一(けいいち)。両津と同じ亀有公園前派出所勤務の警官。階級は巡査、両津にとって直接の後輩に当たる。

 

 彼の実家は世界的な大企業『中川コンツェルン』。父や母、親類縁者を含めて彼ら中川一族によって運営される巨大企業グループの御曹司だ。圭一自身も警察官として働く傍ら、いくつかの企業の社長をしており、『億』どころか『兆』単位の金を動かすことのできる本物の金持ちである。

 そんな彼が何故警察官として勤務しているかは永遠の秘密だが、中川と両津は長い間一緒にコンビを組んできた。

 互いに上流階級、下町育ちという相反する家庭環境の中で育ちながらも、足りない部分を互いに補い合うという絶妙なバランスで相棒関係が成り立っている。

 まあ、両津の金遣いの荒い部分などで、中川の会社に経済的な打撃を与えることもままあったりするのだが——そこはご愛嬌。

 いずれにせよ、二人が良き先輩後輩関係であることに変わりはない。

 

「来たか……両津」

 

 さらにもう一人。中川以外の顔見知りが両津の訪問を顰めっ面で出迎える。両津の先輩・大原部長だ。

 両津の顔を見るたびに何かと理由を付けて怒鳴りつける彼だが、今回は殺人事件という慣れぬ事件のためか、いつもよりも緊張気味であった。

 

「部長……いったい何があったんですか?」

 

 そんな上司の緊張を察し、両津も無駄口を叩くことはせずに早速本題に入る。

 

「何でわしがこんな現場に呼び出されなければならんのです? わしは一介の派出所勤務ですよ……おまけに今は謹慎中の身の上。いったい何があったっていうんですか?」

「実はだな……」

 

 両津の疑問にさすがの部長もすぐに説明しようとした。ここに呼び出された以上、両津には知る資格があるし、自分たちも色々と話を聞くために彼を呼び出したのだから。

 

 

「——君が両津勘吉巡査長かね?」

 

 

 だが、大原部長が口を開く前に、見慣れないスーツ姿の男・刑事が横から割って入ってくる。彼はいかにも刑事らしい鋭い視線で、両津に疑いの視線を向けてくる。

 

「君の噂は色々と聞き及んでいるが……本当に警察官なのかね? とてもそうは見えないのだが……」

 

 両津勘吉という警察官は、東京都どころか全国の警察の間で有名な存在となっている。勿論、悪い意味でだ。

 これまで起こしてきた数々の問題行動。その中には何と警察署、警視庁すらも爆破したという話もあるくらいだ。それで何故クビにならないか疑問なのだが、それは彼が多くの犯人を逮捕、検挙しているからに他ならない。

 

 もともと、両津は『毒を以って毒を制する』という考えのもとにヘッドハンティングされた不良中の不良であった。

 警官として問題行動を起こすことも想定内。より多くの犯罪を抑止できるのであれば、危険でも彼を警官として雇っている意味がある。

 

 もっとも、だからといって何をしてもいいわけではない。

 いかに両津勘吉とはいえ、シャレでは許されない——『殺人』の疑いに関しては徹底的に調べなければならない。

 この刑事は両津に掛かっている『容疑』に関する重要な情報を開示していく。

 

「この家……家があった場所には、とある一家が住んでいた。君も知っている筈の『彼ら』だよ」

 

 そう言って刑事が取り出したのは一枚の顔写真だった。

 この残骸の中で見つかったとされる遺体。その被害者一家の生前——中学生の息子の写真。

 

「——こいつはっ!?」

 

 その顔を一目見た瞬間、両津は息を呑む。

 その顔は、そこに写っている中学生の顔はつい先日、両津がぶん殴ったばかりの顔。先の事件でハムスターをバラバラにするという所業を、ゲーム感覚で行った不良中学生。

 

 

 その不良グループの一人が、共に暮らす両親と共に——バラバラ死体として発見されたのだという。

 

 

 

 

 

「遺体の方は既に運び出している。あまりにも無惨なものだったのでね……」

 

 事件の概要を要約するとこういうことになる。

 

 本日未明。近所の住民が大きな物音を聞いて飛び起きた。住民は何事かと部屋の窓から外の様子をそっと覗き込む。

 すると——そこには巨大な『何か』が蠢き、徹底的に住居の一つを破壊していた。暗闇ではっきりと見えなかったらしいが、何か生き物のようにも見えたという。

 巨大な何かは、ひとしきり暴れ回った後、もう用は済んだとばかりに轟音を上げながら立ち去っていった。あまりに現実離れした光景にパニックに陥りながらも、目撃者は警察に通報。

 駆けつけた警察は現場を捜査するためにその場に明かりを灯す。そこで彼らが目にしたもの——

 

 

 それこそが瓦礫と化した一軒家。バラバラとなった一家の死体だったのである。

 

 

「両津巡査長。君は……数日前にこの家の息子さんを殴ってしまったそうだね? 聞くところによると、その一件について少年の親は君を暴行罪で刑事告訴しようとしていたそうだよ。実際に裁判沙汰になったら、どうなっていたことやら……ねぇ?」

 

 刑事は意地悪そうな笑みを浮かべ、両津がこの事件に関与しているのではと疑いの目を向ける。

 

 先の事件で両津が中学生たちを殴ってしまったこと。そのことを口実に、この家の一家は両津を訴えようとしていたという。

 刑事の推理では『両津がその目論見を先んじて潰すため、自分の不祥事を有耶無耶にするため一家を殺害した』ということになっているようだ。

 

「……なんですか、それは? あんたはこれをわしがやったと、そう言いたいわけか!?」

「待ってください!! 先輩がそんなこと……だいたい目撃証言についてはどう説明するつもりですか!?」

 

 刑事の暴論に当然両津は反発する。中川も両津の味方をし、冷静な観点から刑事の推測を否定する。

 目撃者の証言によれば、巨大な『何か』が家を破壊し、一家を惨殺したものと思われている。この破壊跡から見ても、とても人間の成せる技とは思えない。しかし——

 

「君は重機の運転が出来るそうだね? ショベルカーか、ブルドーザーでも使えば……あるいは犯行も可能なのではないかね?」

 

 その巨大な『何か』を『重機』に置き換える刑事。確かに両津は様々な車種の運転免許を取得しており、重機の操縦だってお茶の子さいさいだ。重機を乗り回し、家を破壊することも不可能ではない。というか、過去に実際やったことがあるかもしれない。

 

「そ、それは……確かに先輩なら、それくらい出来ると思いますが……」

「……………………出来るのか」

 

 もっとも、これは割と無茶苦茶な推理である。中川が両津であればそれも可能と、言い訳ができないでいることに寧ろ刑事の方が驚いている。

 刑事側も、この事件を何とか『人間の犯行』にしたいという思い込みが働いている。目撃者の見た『何か』を重機にさえしてしまえば、とりあえずの理屈は付けられるのだ。

 

「とにかく……詳しく話を聞かせてもらいたい、署までご同行願おうか!」

「や、やめろ、わしは何もやっとらん!!」

 

 刑事はそういった考えから、両津をとっ捕まえる。「もうこいつが犯人でいいんじゃないか?」と割と投げやり気味に事件を強引な解決へと導こうとしていた。

 

 

「——待ってください、警部殿」

 

 

 だがそんな安易な推測を、力強い声音で否定するものが前へと踏み出す。

 

「お、大原部長……」

 

 両津の上司である大原部長だ。彼は階級的にも、キャリア的にも目上である刑事の警部に対し、堂々と自身の意見を口にする。

 

「確かにこの男はどうしようもなく駄目な奴です。礼儀作法もなっていないですし、生活態度も最悪。警察官の恥と言われても仕方がない問題行動をいくつも起こしている。流れからして、貴方がこの男に嫌疑を掛けるのもやむを得ない判断でしょう」

「どっちの味方なんですか、部長は!?」

 

 やはりと言うべきか。部長の口からは両津に対する不満が出てくる出てくる。

 彼が普段どれだけだらしないか、それを誰よりも理解している大原部長だからこそ、不平不満を口にせずにはいられない。しかし——

 

「ですか……この男も警察官です。どれだけ愚かでも、どれだけ自分勝手でも……決して人様の命を奪うような真似はしません。私は上司として、絶対にこの男が犯人ではないと断言します!!」

 

 誰よりも長く、誰よりも一緒に過ごしてきたからこそ。彼が殺人などという『タブー』にだけは絶対に触れまいと。大原部長は両津の無実を信じて意見する。

 

「ぶ、部長……」

 

 これには両津も感激で涙目だ。普段は喧嘩ばかり、小言しか言わない上司の存在を、これほどありがたいと感じた瞬間はなかっただろう。

 

「そうだぜ! 両さんがそんなことするもんかよ!!」

 

 さらに両津を擁護するものはそれだけに留まらない。

 

「そもそも犯行があったっていう昨日の夜、両さんと俺は一晩中飲み明かしてたんだぜ? そんなこと出来るわけないだろう!」

「ちょっ! 勝手に入らないでください!?」

 

 警察官の静止を振り切ってその場に割り込んできたのは、ねずみ男だった。

 部外者ということで規制線の外側で大人しく待っていた彼らだが、両津が連行されようとしているのを見て堪らず声を上げた。

 昨日の犯行時刻と思われる時間帯、ねずみ男は両津とずっと呑んだくれていた。両津の犯行は物理的に不可能だと、彼のアリバイを証明する。

 

「それはあたしも保証するよ。こいつら……ずっと人の家でドンちゃん騒ぎしてやがったんだから!」

 

 これに纏も口裏を合わせる。

 彼女も両津たちが騒いでいるのを一晩中耳にしていた。そのせいで寝不足だと、若干恨めしい視線を男たちへと送っている。

 

「むむむ……じゃ、じゃあ! いったい、誰が……誰がこんな真似をしたというんだね!?」

 

 両津のアリバイが証明され、刑事もさすがに押し黙るしかなかった。

 

 しかしそれなら——それならいったい、誰がこれほどの破壊を巻き起こしたというのだろう。

 全く見当もつかず、刑事や両津たちですらも途方に暮れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「——妖怪ですよ」

 

 

 するとそのときだった。一人の少年が、おもむろにそんなことを呟く。

 

「き、きみ……!? 勝手に入っちゃ駄目だよ……っていうか、いつの間に!?」

 

 その少年は立ち入り禁止のテープを乗り越え、瓦礫の中で何かを探るように蹲っていた。いつの間に侵入したのかと、警官は少年に出ていくように注意を促す。

 だが、少年は警官の勧告を華麗にスルーし、頭を悩ませている一同に静かに真実を告げていく。

 

「これは妖怪の仕業です。まだここにも妖気が残ってたか……」

「き、鬼太郎!?」

  

 その少年——ゲゲゲの鬼太郎の言葉に、誰よりも真っ先にねずみ男が反応を示す。

 今朝になったらどこかへといなくなっていた鬼太郎。とっくにゲゲゲの森にでも帰ったと思っていた彼が、突如この場に現れて警告を口にしていく。

 

 

「——あまり深く関わらない方がいいですよ。今回の妖怪相手に……ボクたちに出来ることは何もありません」

 

 

 少し意味深に、どこか冷たく突き放すように——。

 

 

 

×

 

 

 

「まったく、人を呼び出しておいてもう帰れってか……何様のつもりだ、あの刑事は!!」

「いいじゃないか、勘吉。疑いが晴れたんだからさ」

 

 事件現場での問答の末、両津勘吉に対する疑いは晴れた。

 

 被害者たちとの関連性から容疑をかけられたようだが、彼に今回の犯行は無理があると判断された。元からこじつけに近い推理で、アリバイまで証明されたのだから当然だろう。

 しかし、両津は纏が運転する帰りの車の中でも未だにお冠である。疑われて呼び出されたのに、用件が済んだらそれでさよなら。謹慎中であったこともあり、捜査にも参加させてもらえなかった。

 大原部長や中川が今回の一件を手伝うとのことだが、両津としては色々とモヤモヤが残る。

 

「……そうか。あのガキ……死んじまったのか……」

「……」

 

 親と一緒に死んでしまったとされる中学生の不良少年。彼の死は両津にとっても、纏にとってもかなり複雑だ。

 確かに憎たらしい相手ではあった。いくつもの場所で盗みを働き、幼稚園にも侵入し、ハムスターたちを殺した不良少年の一人。レモンを悲しませ、泣かせた相手。両津にとってはいくら殴っても殴り足りないクソガキだ。

 だが、死んでいい人間だったかと問われれば決してそんなことはない。寧ろ、生きて償って欲しかった。

 

 生きて、自分のやったことがどれほど罪深いことだったのかを、ずっとその心に残して欲しかった。

 

「……おい、鬼太郎。さっきの話は……本当なのか?」

 

 と、両津たちが何とも言えないモヤモヤ感を抱えている中、車の後部座席ではねずみ男とゲゲゲの鬼太郎が何やら話し込んでいた。

 ねずみ男としては先ほどの鬼太郎の言葉——あの惨事を生み出したのが『妖怪』であるという、鬼太郎の発言の真偽を確かめたかったのだろう。

 

「ああ、間違いない。あれは……妖怪の仕業さ」

 

 ねずみ男の問いに鬼太郎は妖怪アンテナを立てる。そしてあの家を破壊したのも、一家を殺害したのも現場に残されていた妖気の持ち主の悪行だと断言する。

 

 しかし、現場の人間たちは鬼太郎の発言に一切耳を傾けなかった。

 

 現状、警察は妖怪の存在を公的には認めていない。鬼太郎の発言を証拠として採用するなど当然出来ず、ほとんど門前払いで両津共々現場から追い出されてしまった。

 刑事たちは、あくまで『人間』を犯人として捜査を続けるつもりだ。それでは永遠にこの事件の真相には辿り着けないこともお構いなしに。

 

「おい、坊主」

 

 だが、警察の中にもオカルトに対して物分かりのいい人間はいる。

 

「何か手掛かりがあるようなら協力してくれ。この事件の犯人は……わしの手で捕まえたい!」

 

 両津勘吉だ。彼は過去にもお化けを使って金儲けをしたり、自分自身が幽体離脱を体験したり、実際に死んで地獄へと堕ち、手に負えないからという理由で追い返されたことがある。

 今更、妖怪の有無などで尻込みはしない。いるならいるで、そいつをとっ捕まえるだけである。

 

「何の妖怪か知らんが……今回ばかりはわしも頭にきたぞ! そいつを捕まえて、わしの身の潔白を完璧に証明してやる!!」

「おいおい……まじで言ってんのかよ、勘吉」

「当たり前だ!! そいつには……しっかりと罪を償わせなきゃならん!!」

 

 纏の方は未だに現実を受け止めきれないが、両津の頭の中では既に妖怪に手錠を掛けるイメージまで浮かんでいる。

 その妖怪のせいで自分が疑われたのも許せないが、あの家の一家を——不良中学生を殺したことにはもっと頭にきている。

 

 まだやり直せたかもしれない少年の命を奪ったことに、両津は人として許せない気持ちを抱いていた。

 

「両さん……よっしゃー!! 乗りかかった船だ、俺も協力するぜぇ! なぁ、鬼太郎!?」

 

 そんな両津に感じ入るものがあったのか、ねずみ男も協力を申し出る。

 妖怪が人間に迷惑を掛けているのだから、当然鬼太郎も手伝ってくれるだろうと、隣の彼にも声を掛けていた。

 

 

「——残念だけど……今回の一件、ボクに手伝えることはないよ」

「な、何でだよ、鬼太郎!?」

 

 

 ところが、今回の一件に鬼太郎は乗り気ではない。

 いつもであれば、寧ろ鬼太郎が人間側に味方をし、人間を騙すなどして商売をするねずみ男を取っちめるパターンだろうに。何故か今回の事件、鬼太郎は人間側の味方をしたがらない。

 

「両津さん……貴方もこの一件には深く関わらない方がいい。彼らの怒りは『正当』なものです。それを止めることは……誰にも出来ない」

「それは……どういう意味だ? 坊主、お前……何を知ってる?」

 

 鬼太郎の不思議な言いように両津は首を傾げる。

 鬼太郎は深くを語ろうとはしないが、何かを知っている様子。もしかしたら、彼はこの事件を引き起こしている妖怪に心当たりがあるのかもしれない。

 

 詳しく話を聞き出そうと、両津はさらに突っ込んだ質問を試みる。

 

「ん? おっと、電話か……もしもし?」

 

 だが、そんな最中に両津の携帯電話に着信音が鳴り響いた。

 

「おお!! レモンか……いったい、どうした? こんな時間に……」

 

 電話相手は纏の妹でもある擬宝珠檸檬だ。

 今の時間帯、彼女であれば幼稚園に登園している筈。そんな時間にいったい何の用事かと訝しがる両津であったが——。

 

「なに!? 分かった!! すぐそっちに向かう、待ってろよ!!」

 

 レモンからの要件を聞くや、すぐに血相を変えた様子で両津は叫んでいた。

 

「纏!! すぐに幼稚園に向かってくれ!!」

「わ、分かった!!」

 

 纏も両津の慌てように何かを察する。詳しいことは後回しにし、妹のいる幼稚園へと全速力で車をかっ飛ばしていく。

 

 

 

 勿論、法定速度はキチンと守りながら。

 

 

 

「——カンキチ!!」

 

 幼稚園の正面玄関、小さな女の子が両津たちを出迎える。髪をツインテールで可愛くまとめた少女・擬宝珠檸檬である。彼女はまだ四歳の幼稚園児なのだが、他の子に比べるとだいぶ達観しており、大人顔負けの特技をいくつも持ち合わせている。

 特にすごいのが『味覚』だ。レモンは百年に一度の神の舌の持ち主だと言われ、どんな味の変化も見逃さない。素材の産地は勿論、その料理人の精神状態をも見抜くことができるほどだ。

 他にも将棋や書道も上手く、時代劇が大好きと。特技や趣味も完全に大人向きのものが多い。その影響か感情の起伏が薄いと、若干子供らしからぬ面を周囲の大人たちが心配していたりするのだが。

 

「カンキチ! 大変なのじゃ!!」

「レモン!! どうしたんだ、そんなに血相を変えて……?」

 

 不安そうに両津のズボンの裾を引っ張るレモンは、完全に子供のそれだ。彼女もここ最近は両津の影響で素直に子供らしい面を見せるようになった。両津もレモンのこととなると必死になる。何も知らない人が見れば親子にも見える二人の関係。

 

「花壇が……ハムちゃんたちのお墓が……」

「——!?」

 

 レモンは涙こそ見せはしなかったが、今にも泣きそうな顔になっていた。彼女や他の園児たちが大切にしていたハムスターたち、彼らの墓に目に見えた異常があると。

 レモンは両津を電話で呼び出し、幼稚園の敷地内へと引っ張っていく。

 

「おいおい、そんなに引っ張るなっ…………って、何じゃこりゃ!?」

 

 有無を言わさず引っ張りまわされ困惑する両津だったが——そこで目にした光景に呆気に取られる。

 

 ハムスターの墓は幼稚園の敷地内、庭の花壇の片隅に設けられていた。数日前に園児たちの手で「天国へいって欲しい」という願いが込められ、建てられた小さなお墓。

 決して誰にも荒らされないようにと、大切にしていたその墓に——

 

 

 ポッカリと——大穴が空いていたのだ。

 

 

「こ、こいつは……いったい……」

「何だってんだよ……次から次へと……」

 

 後から駆けつけてきた纏やねずみ男もこれには絶句する。

 

 それはただの穴ではない。まるでショベルカーで掘り返したような、途方もなく『巨大な穴』が幼稚園などという、平和の日常のど真ん中に出現したのだ。

 一晩で更地にされた一軒家の跡地を前にするよりも、よほど衝撃があった。

 

 いったい何故こんな大穴が空いているのかと。誰もが疑問と恐怖を覚えるであろう、その景色を前に——

 

 

「……そうか。ここから這い出てきたのか……」

 

 

 ただ一人。ゲゲゲの鬼太郎は何かに納得するようにその穴を静かに見つめていた。

 

 

 

 

 

「——とりあえず、警官の見廻りを強化させますので……」

「——はい、よろしくお願いします」

 

 両津たちがその大穴を確認して数十分後。応援の警官を呼び、園の責任者である先生たちと話し合いを行った。

 穴に関して原因は不明だが、一応は警官の見廻りを強化する方向で話をまとめる。何一つ根本的な解決になっていないが仕方がない。

 今すぐ原因を特定するには、あまりにも不可解な穴だ。警察としても、これ以上取れる手段がない。

 

「カンキチ……ハムちゃんたちは無事に天国に行けるのか? お墓がなくなってしまって……迷ってしまったりはせぬかのう?」

「レモン……」

 

 大人たちが話し合いを終えた後も、レモンは不安そうな表情で両津を見上げる。

 ハムちゃんたちのお墓は大穴のまさに中心地にあった。ハムスターたちの名前が書かれていた墓石も木っ端微塵に粉砕されてしまい、遺体もどうなったか調べようがない。

 レモンは子供ながらに「お墓がなくなったせいでハムちゃんたちが成仏できないのでは?」と不安になり、両津のズボンを縋るように力強く掴む。

 

「……ふっ! 大丈夫だ、レモン!! お墓がなくなっても、また作ってやればいい! 今度はこーんなに、デカイやつをな!!」

「カンキチ……」

 

 不安がるレモンに両津は何でもないことのように笑顔を浮かべた。その大きな手でレモンの頭を撫でてやり、優しい声音で彼女を諭す。

 

「だからお前は何も心配せず、いつも通り過ごせばいい……いいな?」

「うん、分かった!!」

 

 両津の言葉にレモンもようやく笑顔を浮かべる。

 彼を信じ、自分はいつも通りの日々を過ごそうと。無事だった幼稚園の学舎へと駆け出していく。

 

 

 

 

 

「勘吉、ちょっといいか?」

「ああ……」

 

 元気に駆けていくレモンへ笑顔で振りながらも、彼女が建物に入って見えなくなった途端、深刻な表情になる大人たち。纏は園児たちに聞こえないよう声を忍ばせながら、あの大穴に対する自身の見解を両津へと耳打ちする。

 

「あの大穴……ありゃ、自然に出来た穴でも……誰かが掘った穴でもないぞ」

「ああ、土の盛りようを見りゃわかる……」

 

 私見ではあるが、二人はあの穴の跡を見て、それがどういった方法で掘られたものかを理解する。

 特に両津は脱走や侵入のために幾度となく穴を掘ってきたのだ。それがどんな目的のために掘られた穴かなど、一目見ただけで分かるというもの。

 

「あれは誰かが穴を掘り返したんじゃない……内側から、『何か』が飛び出してきたんだ……」

 

 あの穴は何者かが『地上から掘った穴』ではない。何かが『地中から這い出るため』に開けた穴なのだと。

 

 

 

「なあ、鬼太郎……お前さん、さっきから変だぜ?」

「…………何がだ、ねずみ男」

 

 両津と纏がその穴に関して話していたとき、そのすぐ横でねずみ男が鬼太郎に疑惑の目を向ける。

 

「さっき妖怪アンテナ使ってたよな? これも妖怪の仕業なんだろ? なのに……何でそんなに落ち着いてんだよ?」

 

 大穴を見つめている最中も、妖気を探知する鬼太郎の妖怪アンテナは作動していた。つまり——この穴も妖怪の仕業ということだ。

 しかし、バラバラにされた一軒家での時もそうだが、妖怪が関わっていると口にしながらも鬼太郎は積極的に動こうとはしない。先ほども両津への協力を拒んでいた。

 

「お前、何か隠してるだろう? このねずみ男様の目は誤魔化されねぇぜ……さあ、さっさと白状しな!!」

 

 鬼太郎の様子がおかしいことで、ねずみ男は彼が何かを隠していると睨んだ。いつもとは立場が逆、その隠し事を暴こうとねずみ男が鬼太郎へと詰め寄っていく。

 

「……別に隠してるわけじゃないさ」

 

 だが、ねずみ男に迫られても鬼太郎に動揺はなかった。特に感情を表に出すこともなく、彼は淡々と事実のみを述べていく。

 

「ただ、今回は依頼を受けたわけでもない。ボクが人間のために積極的に動く必要もないだけだ……」

「……?」

 

 先ほど同様、意味深な鬼太郎の台詞にねずみ男はますます疑問を深めていくばかりだった。

 

 

 

「……むっ、またか。次から次へと……もしもし?」

 

 鬼太郎とねずみ男が話し込んでいる間、またも両津の携帯電話に着信があった。

 早朝に呼び出しを受けたり、そのすぐ後にレモンからのSOSを受けたり。謹慎中なのに今日は忙しい日だなと思いながらも、電話にはしっかりと出る両津。

 

『せ、先輩……た、助けてください……!』

 

 すると、耳元には先ほどまで顔を合わせていた後輩・中川圭一の弱々しい声が響いてきた。

 

「中川か!? どうした、何があった!?」

 

 例の事件を捜査中である筈の彼が、いったい何故こんなにも切羽詰まった声で自分に助けを求めてきたのか。両津は驚きながらも、警察官としての経験から素早く相手の要件を問い訊ねる。

 

『先輩……この事件は……先輩でなければ、解決出来ません……』

 

 中川は頼みの綱が両津であること。事件解決には常識外れの彼の力が必要だと。

 両津に大事なことを伝えようと——まさに受験生が試験終了間際まで必死に問題を解こうとする精神でその言葉を口にする。

 

 

 もっとも——

 

 

 

『は、ハムスターが……ハムスターが!!』

 

 

 

「…………はぁっ?」

 

 

 さすがの両津も、そんな言葉だけでは何が起きているのか直ぐには理解できなかった。

 

 

 

×

 

 

 

「ここは……確かあのガキの……」

 

 中川からの応援要請を受け、慌てて駆けつけた両津たち。そこは住宅地の中でも、特に小さなマンションやアパートが密集する地区だった。

 両津はこの場所に見覚えがある。そこは両津自身が例のハムスター事件で聞き込みを行った場所。

 

 あの三人の不良中学生、そのうちの一人の家がある場所だ。そこの親に両津は『息子にはあまり関心を持たないことにしてるから』などと言われて追い返されたのだ。

 

「…………」

 

 そのときのことを思い出し、僅かにブルーな気持ちに浸る両津。だがそんな彼の心情もお構いなしに事態はさらに加速する。

 

「お、おい……勘吉。あ、あれ見ろ、アレ!!」

「あん? 何か見つけたのか、纏?」

 

 車の運転をしていたためか、前方に意識を向けていた纏が真っ先に『それ』の存在に気付いた。続いて、助手席にいた両津もその存在を目の当たりにする。

 

 

 

 それは巨大な生物だった。

 ふさふさの毛をした、丸々太ったずんぐりむっくりな体型。それはキョロキョロと周囲を見渡し、鼻をヒクヒクさせながら、短い手足をバタつかせ、四足歩行で狭い住宅地を歩き回っている。

 

 その仕草や姿——それは、どこからどう見ても『ハムスター』だった。

 ハムスターとしか形容しようのない——体長5メートルはあろうかという、巨大な物体がそこにいたのである。

 

 

 

「…………なんなんだ、ありゃ?」

 

 中川が『ハムスターが……』などと狂ったように口にしていた理由がよく分かる。あれはハムスター以外の何者でもない。

 おかしいのは体のサイズだけ、それ以外はまさにハムスターそのものだった。

 

 

 しかし、そこに本来の愛らしさなどない。

 可愛らしい筈のつぶらな瞳は血走っており、その毛には赤黒い血痕が染み付いている。爪も異様に鋭く尖っており、その手も口元も真っ赤な鮮血に彩られていた。

 明らかに何かを——誰かを殺戮した痕跡がその体の至る所に残されている。人間で言えば、血塗れの包丁を握りながら外を歩き回っている状態だ。

 

 

「!! こりゃひでぇ、パトカーが……」

 

 さらにその現場では四、五台のパトカーがひっくり返されていた。巨大ハムスターと警察が衝突した結果なのだろう。転がっている刑事や警官、負傷者の数も尋常ではない。

 

「中川……ぶ、部長まで!? 大丈夫ですか!? しっかりして下さいよ!!」

 

 両津はその負傷者の中に中川と大原部長を見つけ慌てて駆け寄る。二人とも体のあちこちがボロボロ。中川は気を失い、大原部長など頭から血を流している。

 

「りょ、両津……あ、あのハムスターが……今回の事件の犯人だ……」

「なっ、なんですって!?」

「例の中学生が……また一人……襲われてしまった」

「——!!」

 

 今回の事件、大原部長たちは『怨恨』ということで捜査を進めていた。

 両津が刑事から疑われたように例の不良中学生三人組の繋がりから、残りの二人にも話を聞こうと。部長たちはこの地区のマンションにある少年の家まで足を運び——。

 

 そして、事件の犯人である——『コイツ』に出くわしたのだ。

 

 聞き込みの最中、突如として出現したこの巨大ハムスターは中学生に襲い掛かった。

 困惑しながらも慌てて応戦した警察官たちは、応援を含めて全て退けられてしまった。そして例の中学生も、ハムスターの手によって——。

 

「……頼むぞ。奴を……奴を止めるんだ……」

「部長!?」

「大丈夫。気を失っただけだから……」

 

 大原部長はそう言い残してガクリと意識を失う。思わず死んでしまったのかと身を乗り出す両津だが、纏の方で部長の生存をしっかりと確かめる。

 中川や他の警官たちも怪我こそあるが、皆命に別状はなかった。

 

 

 

「りょ、両さん!! は、ハムスターがこっちに来やがるぜ!?」

『アアアアアアアアアア!!』

 

 しかしホッとするのも束の間。周囲の様子を窺っていたハムスターが両津たちに狙いを定めたとねずみ男が警告を促す。生き物の鳴き声とは思えない声を上げながら、こちらへと巨大な怪物が突進してくる。

 

「部長、説教は後で聞きますよ!!」

 

 両津は突撃してくるハムスターに対抗すべく、大原部長の腰に取り付けられている拳銃のホルスターに手を伸ばす。

 両津自身は非番のため拳銃の持ち合わせがない。同じ警官とはいえ、他人の拳銃を発砲するのは後々問題になりそうだが、四の五の言ってもいられない。

 

 この危機を乗り越えるためにも、両津は躊躇うことなく——拳銃の引き金を引いた。

 

 

『アアアアアアアアアア!?』

「当たった!? 相変わらずいい腕してるな……勘吉!」

 

 

 両津の狙い済ました銃弾はピンポイントにハムスターの眼球に命中。急所を抉られた痛みに悶え苦しみその巨体が沈む。

 纏が両津の腕前を褒め称えたように、彼の射撃センスは警官の中でもトップクラス。その早打ち速度0.009秒と、ほとんど人間の限界を越えている。

 一介の交番勤務にはちょっと過ぎた技能かもしれないが、それがこの窮地に役に立ったと。とりあえず安堵する一同。

 

「まだだ!! まだ動いてやがるぞ!?」

 

 だが、その一撃だけではトドメには足りない。ハムスターは苦しみながらも体を震わせ、再びその巨体を起こす。

 さすがに拳銃一丁で仕留められるほど容易い相手ではない。両津はさらに追い討ちをかけようと、今一度拳銃の引き金に指をかける。

 

 

 

『——邪魔をしないで』

 

 

 

 だがそのとき、声が聞こえた。

 まるで人間の、子供の泣き声のような声が——ハムスターの方から聞こえてきたのだ。

 

 

『ボクたちの邪魔をしないで……』

 

   『ひどいことしないで、痛いことしないで』

 

『もうこれ以上、わたしたちをいじめないで』

 

 

「しゃ、喋った!? に、人間の言葉だ……」

 

 どこから声を出しているのか、纏はハムスターが人語を話していることに度肝を抜かれる。

 だが——両津は彼らの言葉の内容にこそ、耳を傾ける。

 

 

『ボクたちにひどいことをする、君もあいつらの仲間なの?』

 

   『わたしたちを殺すの? あのときみたいに殺すの?』

 

『またバラバラにされるの? そんなのは嫌だよ』

 

 

「お、お前……お前ら、まさか……」

 

 ハムスターの、ハムスター『たち』の悲しむような声に両津は瞬時に悟った。

 今目の前にいるこの巨大ハムスターが、いったい、どういう存在なのかを——。

 

 

『……許さない、絶対に!』

 

   『あいつらを踏み潰すんだ! バラバラにしてやるんだ!!』

 

『まだ一人、あと一人残ってる』

 

 

 悲しみの声はすぐさま憎悪の声に塗り替えられ、さらに目を血走らせる。

 

 

『だから……邪魔をするなアアアアアアアアアアアア!!』

「——!!」

 

 

 そして巨大な怪物は、両津が動揺したその一瞬の隙を突き——彼から背を向ける。

 そのまま物凄い勢いで駆け出していき、その場から立ち去ってしまった。

 

 

 

 

 

「…………」

 

 それから数分後。他の警官隊が現場へと駆けつけ、大慌てで負傷者の手当てなどに奔走する中、両津たちは何も手を付けられず呆然と立ち尽くしていた。

 

「……勘吉。今のやつ……まさか?」

 

 時間を置いたことで、纏もハムスターが口にしていた言葉の意味を噛み締める。彼らがどういった存在なのか彼女も理解したようだ。

 

「言ったでしょ? この事件には関わらない方がいいと」

「坊主、お前……」

「鬼太郎……」

 

 そこへ鬼太郎も声を掛ける。

 彼は言葉にならないでいる両津やねずみ男たちに現実を教えるため——あれがどういった存在なのかを口にしていく。

 

 

「あのハムスターは貴方が昨晩話してくれた、あの事件の犠牲者たちですよ。中学生たちに殺された……ハムスターたちの集合霊といったところでしょうか」

 

 

 

×

 

 

 

 鬼太郎があの夜、あの巨大な怪物に出くわしたのは本当にただの偶然だった。

 ねずみ男と両津の馬鹿騒ぎに最後まで付き合いきれず、彼は途中から擬宝珠家を抜け出していた。夜遅かったこともあり、そのままゲゲゲの森に帰ろうとしていたのだが。

 

 その道中、鬼太郎は妖怪アンテナで妖気の高まりを探知。何事かと——妖気の出所へと駆け付けていた。

 

『お前!! そこで何をしてる!?』

 

 鬼太郎が現場へと駆け付けたとき、既に犯行は終わっていた。

 瓦礫と化した住宅、バラバラにされた家の住人たち。そう——両津も呼び出しを受けた例の殺害現場だ。

 

 あの現場に通報を受けた警察が駆けつける前に、既に鬼太郎は犯人であるハムスターと遭遇していたのだ。短い時間だが、言葉も交わしていた。

 

『お前は……いったい何者だ?』

 

 初めて会合したとき、鬼太郎にも相手の正体が分からなかった。その出立ちからハムスターだということは理解できたが、さすがにそれですぐに『あの話』とは結びつかない。

 まさかそのハムスターが——両津勘吉の話していた、幼稚園で殺されたハムスターたちの集合霊などと、思いもしなかっただろう。

 

 だが——

 

 

『邪魔をしないで』

 

   『ボクたちは仕返しをしているだけだよ』

 

『あの日バラバラにされたように』

 

   『わたしたちもあいつらをバラバラにしてやるんだ』

 

 

 鬼太郎の問い掛けに彼らは言葉を返す。男の子のものとも、女の子のものとも取れる幼い子供のような声音だった。

 

『!! キミは、キミたちは……まさか……』

 

 両津から話を聞いた直後だったこともあり、鬼太郎はすぐにでも彼らの真実へと思い至った。

 彼が、彼らが例のハムスターたちの亡霊であると。三人の不良中学生、自分たちを殺した人間へ『正当な復讐』を掲げているだけだと。

 

 

『誰にも……ボクたちは止められない』

 

 

 ハムスターはそのまま、鬼太郎など脇目も振らずに立ち去っていった。

 その時点で既に一人を殺し、残りは二人と——次なる目標へと狙いを定めていた。

 

「…………」

 

 鬼太郎はその後を追いかけなかった。このまま放置していれば、きっと残りの少年たちも殺されるであろうと。

 

 

 分かっていながら——彼は復讐の鬼と化した怪物を放置したのである。

 

 

 

 

 

「——するってと何か? お前は、あいつの正体や目的を分かっていながら放っておいたってのか!?」

「おい、勘吉。病院だぞ……少し静かにしろって」

 

 騒動の後、両津たちは病院へと来ていた。

 警官や刑事たち、大勢の負傷者が運び込まれたことで病院は軽いパニック状態に陥っている。医師や看護師たちが慌ただしく動き回っている様子が、待合室で待機している両津たちにも伝わってくる。

 しかし、そのような光景のすぐ横で——両津は纏が制止するのにも構わず、鬼太郎の胸ぐらを掴んでいた。

 

「坊主!! 何故そのことをすぐにわしに言わなかったんだ!?」

 

 鬼太郎であれば、その場でハムスターを退治することが出来たかもしれない。それでなくても、誰かにその事実を報告すれば、また違った結果になっていたかもしれない。

 中川や大原部長を含めた警察官たちがここまで傷つき、病院に担ぎ込まれることもなかったかもしれない。

 二人目の犠牲者も——出さずに済んだかもしれないのに。

 

「……貴方の話を聞いていましたから。ボクにはあの妖怪を止める理由も、人間たちを助ける理由も思いつきませんでした」

 

 しかし、鬼太郎はドライに淡々と事実のみを述べる。鬼太郎は人間からの依頼を受ければ人助けもする妖怪だが、だからといって全ての人間を救うわけではない。

 たとえその人間が危機に陥っていようとも、それが自身の行いの因果応報、自業自得なものであれば手を差し伸べないことだってある。

 

 今回の事件の被害者——三人の中学生たちは鬼太郎にとって『それ』に当て嵌まっていた。

 積極的に助けようとも思えない、鬼太郎にとって彼らはそんな人間なのだ。

 

「鬼太郎。だからお前、ずっと黙ってたのか……」

 

 鬼太郎の言葉に、それまで彼の行動を疑問視していたねずみ男がようやく納得を見せる。

 鬼太郎がこういったところでドライなのは彼も理解している。半妖であるねずみ男も、心情的にはハムスターたちの無念に理解を示していた。

 

 

 いっそのこと、最後の一人もハムスターの手で片付けさせてやった方が——そんな考えすら脳裏を過ってしまう。

 

 

 

「——馬鹿野郎!! そんなこと……やらせるわけにいくか!!」

 

 

 

 しかしそんな妖怪よりの考えを、両津勘吉は真っ向から否定する。

 彼だってハムスターたちの無念は理解できる。彼の死を誰よりも悼んでいたレモンの悲しみにも寄り添える。

 

 だがこれだけは——これだけは認めるわけにいかないと、彼は怒鳴り声を上げていた。

 

「——ちょっと、両ちゃん!! いったい何が起きたの? これは何の騒ぎなのよ!?」

 

 すると、病院で大声を出す両津の元に一人の女性警官が駆け付けてきた。ピンク色の制服を着た、金髪の美女。見たところハーフらしき顔立ちをしている。

 

「麗子さん……」

 

 その女性は纏と同じ葛飾所の婦警。両津勘吉の同僚、亀有公園前派出所勤務の秋本麗子(れいこ)である。

 日本人とフランス人のハーフである彼女はミドルネームを含めると秋本・カトリーヌ・麗子というのが本名になっているが、署内ではもっぱら麗子と下の名前で呼ばれるのが殆どだ。

 彼女も両津とは長い付き合い。中川や大原部長が負傷して動けない中、彼女も両津の理解者として彼の力になってくれるだろう。性格もかなり大胆であり、警官であるだけあって腕っ節も決して弱くはない。

 

 しかし、今回は相手が相手だ。彼女一人が応援に来たところであの怪物の相手などできる筈もない。

 

「……麗子。中川と部長のことは任せるぞ」

 

 両津もそれを分かっている。あんな怪物の相手、まともな人間につとまるわけがないのだと。彼は麗子に怪我人の面倒を任せ、病院を後にしていく。

 

「……どこへ行くつもりですか?」

 

 鬼太郎は病院を出ていこうとする両津の背中へと問いを投げかけた。

 両津は振り返りこそしなかったが、毅然とした態度で鬼太郎の問いに答えを示す。

 

「決まってんだろ。最後の一人……まだ生きてるガキのところだ」

 

 ハムスターたちをバラバラにし、彼らの恨みを買ったであろう中学生は三人いた。

 二人は既に手遅れとなってしまったが——まだ一人、生きている少年がいるのだ。

 

「纏、ねずみ男……お前らまで無理に来ることはないぞ」

「勘吉……」

「両さん……」

 

 両津はここまで一緒だった纏やねずみ男へ、冷たく突き放すように吐き捨てる。

 ハムスターたちに同情し、迷いを抱え込んでいる二人はどのような行動をすべきか、未だ判断が付かないでいる。

 二人がどのような選択をするにせよ、もう少し時間が掛かるかもしれない。

 

 

 しかし、両津勘吉という男に迷いはなかった。

 自身の為すべきことを為すため、彼は何の躊躇もなく走り出す。

 

 

 

 

「わしは一人でも行く。わしが……あいつらにカタをつけてやる」

 

 

 

 

 守るべき命を守るため。

 止めるべき怨嗟を止めるため。

 

 

 漢——両津勘吉。

 華々しく散る覚悟すら胸に秘め!! いざ、戦いの舞台へと!!

 

 

 

 




人物紹介

 中川圭一
  皆さんお馴染み、超セレブな男。中川財閥の御曹司にして何故か警官をやっているイケメン。
  公務員なのにいくつもの会社の社長をやっています。日本の警察はそれでいいのか?
  金持ちで金銭感覚が庶民と違う以外、常識人のように見えますがそれは見せかけ。
  酔っ払ったりすると両津ですらも制御不能な狂人と化す。
  今回は話がシリアスなため、一般的な警官として動いてもらいました。

 秋本麗子
  本名は秋本・カトリーヌ・麗子。今回小説を書くにあたって、初めて本名を知りました。
  金持ちのお嬢さんで、こっちも何で警察官やってるのか謎である。
  話によっては両津に惚れたり、惚れられたり。一応彼とのフラグも建っています。
  今回、最後らへんに駆けつけてくれましたが、ぶっちゃけ出番はこれくらい。
  あくまでサービス出演です。麗子ファンの方には申し訳ないことをした。

 南部刑事
  両津が刑事だった頃に世話になった先輩。物語中では既に故人。
  過去話とはいえ、こち亀で死人が出たのはかなり衝撃的な展開。
  この話があったからこそ、今回のクロスで殺人なんて話題を出す覚悟が決まりました。
  立派な先輩として、きっと今でも両津の胸の中に彼との思い出が残っていることでしょう。

 巨大ハムスター
  今回の敵妖怪。殺されたハムスターたちの集合体。
  見た目はそのまんま巨大ハムスター。話の都合上、一目でハムスターだと分かる外見にしたかった。
  ハムスターの妖怪で色々と検索しましたが、該当する妖怪がなかったため、名前はないです。
  あえて言うのならば、『窮鼠』ならぬ『窮ハムスター』。


 次回で完結予定。
 最後までシリアスですが、どうかお付き合いください。  
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