ゲゲゲの鬼太郎 クロスオーバー集   作:SAMUSAMU

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お久しぶりです、およそ一か月ぶりの更新です。
年末年始の忙しさや、風邪を引いていたこともあり遅くなってしまいましたが……二月になってようやく落ち着いたと思うので、小説の執筆を再開することになりました。

中途半端な時間での投稿になってしまいましたが、これも一刻も早く更新がしたかったから。次回からはまた元通り、九時投稿にしたいと思いますのでよろしくお願いします。

今回は本編の続きではなく。以前もどこかで予告していた通り、『ヒューマンバグ大学』との短編クロスオーバーをお送りしたいと思います。
原作はYouTubeにて配信されている漫画作品シリーズです。そこから今回は『拷問ソムリエ』の話をチョイスさせていただきました。
原作の雰囲気に合わせ、今作は伊集院視点の一人称で進んでいきます。


それから、これは個人的に語りたいことなのでここに書き記しますが……劇場版『機動戦士ガンダムseed freedom』観てきました!!

まさに二十年ぶりの同窓会、お祭り映画といった感じが最高だった!!
色々と語りたいポイントはありますが……何と言っても、シン・アスカが最高に良かった!!
今回の映画における最大の癒し枠、それでいてカッコいいところを惜しみなく魅せてくれた!!

シンが好きな人は是非劇場で彼の活躍を……それだけでも映画館に行く価値があります!!

 


拷問ソムリエ 伊集院茂夫

 私の名前は、伊集院(いじゅういん)茂夫(しげお)

 人の道を外れた社会のゴミどもに無法の裁きを下す、拷問ソムリエだ。

 

 私の業が呼び寄せるのだろう。

 

「どうぞお掛けください。ご用件をお伺いしましょう」

「はい……」

 

 今日も心に闇を抱えた依頼者が事務所の門を叩く。

 目の前にいるのは年老いた一人の男性。生気のない顔つきではあるが——その瞳の奥には強い憎悪を宿していた。

 

 

「——私の家族を無惨に殺したあの化け物どもを……どうか地獄へ叩き落としていただきたい」

 

 

 貴一郎(きいちろう)と名乗ったその依頼者は元教師。現在は夜の繁華街を見回るパトロール活動——『夜回り先生』として、若者たちに親しまれている人物だった。

 夜の街に居場所を求める少年少女たち。彼ら彼女らが危険な目に遭わないようにと、その眼光を厳しく光らせていた。

 

「貴一郎先生! お疲れ様!!」

「お疲れ様じゃない。もう夜も遅いんだ、早く帰りなさい」

「はーい!! 今日は帰ります!!」

「またね! 先生!!」

 

 口うるさいながらも真摯に言葉を尽くす彼に、多くの少年少女たちがその心を救われてきた。彼の地道な活動は間違いなく、世のため人のためとなっていただろう。

 

 そんな依頼者にも、当然ながら愛すべき家族がいる。

 

「おじいちゃん、遊びに来たよ!!」

「おお!! よく来てくれたな、太一!」

 

 娘夫婦と、その間に生まれた孫の太一くん。

 既に病気で妻に先立たれていた依頼者にとって、まだ三つの太一くんの成長こそが何よりの楽しみだった。

 

「お父さん、もう歳なんだから……あんまり無茶しないでね?」

「お義父さん、今度一緒に飲みにいきましょう!」

 

 嫁いだ愛娘もその夫も、いつも幸せそうに笑顔を浮かべていた。

 暖かな家族だった。彼らなら自分が先立つことになっても逞しく生きてくれるだろうと。安堵した依頼者はますます夜回り先生の活動に邁進することになる。

 

 

 だが、そんなある日のことだ。

 

 

「な、何だお前たちは!?」

「夜回り先生の貴一郎だな? 一緒に来てもらうぜ!」

 

 いつものように夜回りをしている依頼者の前に、ボロボロの外套を纏った男たちが姿を現す。

 彼らは依頼者を拉致し、薄暗い地下室のような場所に彼を閉じ込めたのだ。

 

「お前たち、いったい何の真似だ! 何故こんなことを!?」

 

 椅子に縛り付けられながらも、威勢よく啖呵を切る依頼者。

 長年教職を務め、夜回り先生として時には半グレや暴力団といった連中を相手にするだけあってか、その程度で屈するような柔な精神力を持ち合わせてはいなかった。

 

 だが、そんな依頼者であろうとも——。

 

「お、お父さん!?」

「う……お、お義父さん……」

「お、おじいちゃん……助けて!!」

 

 自分と同じように地下室に連れて来られた娘夫婦、孫の太一くんを目の当たりにしたときには流石に動揺を抑えきれなかった。

 

「なっ!? お、お前たち……どうして!?」

「ひっひっひ!! さあ……お楽しみのショータイムだ!!」

 

 顔面蒼白になる依頼者を前に、外套を纏った男たちが下卑た笑みを浮かべながらその姿を晒していく。

 そのフードの下の素顔は——明らかに人間のそれではなかった。

 

「お、お前ら……まさか、妖怪か!?」

 

 そう、ボロボロの外套を纏ったその男たちは、一様に死人のように青ざめた顔をし、明らかに人ならざるものの雰囲気を纏った——本物の妖怪だったのだ。

 

「ひゃはっ!! いい女だなぁ……うへへへへ!!」

「おらっ!! 人間サンドバックだ!!」

 

 正体を現すや、妖怪どもは血に飢えた獣のように、依頼者の前で実の娘やその夫へと襲い掛かる。

 

「ぐはっ!? や、やめろ……!!」

「いやっ!! いやぁあああああああ!!」

 

 吊るした夫をサンドバッグにして殴り続け、その旦那の前で奥さんを陵辱する。

 

「や、やめろ!! やめてくれえええええ!!」

「パパ……!? ママっ……!?」

 

 悪夢のような光景を前に絶叫する依頼者。

 三歳の太一くんなど、目の前で何が起きているかを理解することも出来ず、その表情を絶望に凍りつかせていた。

 

 

 

「ふぃ~……久々にスッキリしたぜ!!」

「へへへ! 最高に気持ちよかったなぁ……人妻最高だぜ!!」

 

 そうして、何時間も掛けて妖怪どもの手により冒涜の限りを尽くされる夫妻。

 

「————」

「————」

 

 長時間に及ぶ辱めの果て、依頼者の愛娘とその夫はその場で息絶えてしまったという。

 

「そ、そんな……そんな馬鹿なっ……」

 

 絶望に打ちひしがれる依頼者。あまりの絶望に涙すら出てこない。精も根も尽き果て、正気を失ったように呆然と項垂れるしかないでいた。

 

 

「——オマエたち……随分と楽しんでいるじゃないか。このワシを差し置いて!」

「——が、ガゴぜ様!!」

 

 

 そのときだった。惨劇が繰り広げられた地下室に、一際異質感を纏った男がやってきた。

 

 他の妖怪どものようにボロボロの外套を纏った男だが、そいつを前に威勢の良かった連中が萎縮する。どうやら『ガゴゼ』と呼ばれたその男こそが、彼らのリーダー格のようだ。

 ガゴゼは自分を差し置いて楽しい思いをした手下どもに、ご機嫌斜めといった様子で迫っていく。

 

「ご、ご安心下さい、ガゴゼ様!! ガキの方は無傷で残しておきましたので!!」

 

 これは不味いと。手下の妖怪どもはすぐにガゴゼの御機嫌取りをしていく。それまで手を出さないでいた三歳の少年・太一くんをガゴセへと差し出したのだ。

 

「パパ……ママ……」

 

 両親の変わり果てた姿を前に太一くんは放心状態。心ここにあらずと虚空を見つめていた。

 

「ほう、これはこれは……うまそうな餓鬼ではないか、くっくっく……」

 

 そんな太一くんに、ガゴゼは悍ましく舌なめずりをしながら近づいていく。

 

 

「——や、やめろ!! 殺すなら私を殺せ!! その子に……孫には手を出さないでくれ!!」

 

 

 その瞬間、茫然自失としていた依頼者の瞳に光が戻ってくる。

 

 ——せめて、あの子だけでも……太一だけでも守らなければっ!!

 

 娘夫婦をすでに手遅れとなってしまったが、太一くんはまだ生きている。たとえ自分がどうなろうと、せめて孫にだけには生きていてほしいと。依頼者は己の全てを投げ打つ覚悟で叫んだのだ。

 

 しかし、そんな彼の覚悟を嘲笑うようにガゴゼは口元にいやらしい笑みを浮かべる。

 

「生憎と……貴様のような骨ばった爺の肉など、こちらから願い下げじゃ。それにお前さんには生き地獄を味わってもらわなくてはならんのでな……」

「なっ!? なんだって……!?」

 

 どういうわけか、ガゴゼたちの目的は依頼者を苦しめることにあった。

 先ほどから依頼者本人には一切危害を加えてこない。いったい、そこにどのような思惑があったのだろう。

 

 いずれにせよ、ガゴゼは依頼者をさらに苦しめるため——太一くんへと手を伸ばしていく。

 

 

「それに……子供を地獄に送ってやることこそがワシの業じゃからな、ふははははっ!!」

 

 

 そして笑いながら——太一くんを、生きたまま喰い殺したというのだ。

 

「お、おじいちゃん……助け……て……」

「た、太一!! そんな……う、うぉあああああああああああ!!」

 

 今際の際、虚な瞳のままでありながらも、太一くんは依頼者に助けを求めていた。

 貴一郎氏の悲痛な絶叫が、地下室に響き渡る。

 

 

 彼は僅か数時間の間に——大切なものを全て失ったのである。

 

 

「よかったじゃねぇか~、爺さん! あんたは無傷でおウチに帰れるぜ!!」

「せいぜい長生きするこったな! 可愛い可愛いお孫さんの分までよ! ヒャハハハ!!」

 

 その後、ガゴゼたちは宣言通りに依頼者を解放した。

 依頼者自身を無傷で返すことこそが、彼にとって何よりの苦痛だと理解した上で。

 

「あ……あ、ああっ………」

 

 事実、依頼者にはもう何も残されていなかった。

 彼は『何故自分一人だけが生き残ってしまったのか』という絶望、罪悪感に苛まれながらこの先の人生を生きていくしかないのである。

 

 

 

「…………」

 

 依頼者の話を聞き終え、私は暫し考え込む。

 

 妖怪——そう呼ばれているものが世間を騒がせていることは私も承知済みだが、まさかこのような形で彼らと関わり合いになるとは思ってもいなかった。

 薄汚い外道を人間だと思ったことはないが、本当に人間でないものを相手にするのは初めてかもしれない。仮に連中を相手取るとして、どのような方法を用いるべきかと私は思案を巡らしていく。

 

「…………伊集院さん」

 

 そのように深く考え込んでいたためか、依頼者は私が妖怪相手に尻込みしていると感じたのかもしれない。

 何としてでも私を説得しようと、自らの胸の内を正直に吐露していく。

 

「私も長いこと夜の街に関わってきた人間です。あなたの……拷問ソムリエの仕事がどのようなものか、多少は聞き及んでいるつもりです」

「!!」

 

 依頼者は夜回り先生としての活動の過程で、裏社会で囁かれる拷問ソムリエの存在を知ったという。

 

「私は……仮にも教育者だった身です。復讐などすべきではないと、子供たちに諭さなければならない立場の人間でしょう」

 

 未来ある少年少女たちに人として正しい道を歩んで欲しいと、依頼者は何十年と教鞭をとってきた。教師だった立場上、最初に拷問ソムリエのことを知ったときは、その存在に強く否定的だったという。

 

 復讐などすべきではない。たとえ罪を犯したものがいようと、その裁きは法の下で行わなければならないと。

 それが人として正しい『模範解答』だと子供たちを諭すだろうし、そうやって自分自身を納得させようとしたともいう。

 

「けど……無理だった!! 警察には妖怪の仕業だと訴えたのですが……今は彼らも大々的に動くことはできないと!!」

 

 妖怪との戦争以来、警察などの国家権力が妖怪を相手取るには慎重な対応が求められているという。

 政治的な判断というやつだ。少なくとも、依頼者のために警察が重い腰を上げることはなかった。

 

「それに……! 仮に奴らを捕まえることができたとしても……今の人間社会の法では、妖怪を裁くことはできないと言われてしまいました……」

 

 それに裁判を起こそうとしたところで、相手は妖怪だ。今のこの国に、連中を真っ当に罰する法律など存在しない。

 どう足掻いても、まともな手段では依頼者の無念を晴らすは出来ないのだ。

 

 いったいどうすればと、気が狂いそうなほどの葛藤の末——依頼者は拷問ソムリエたる私の元へ駆け込んできたのだ。

 

 

「——伊集院さん!!」

 

 

 次の瞬間、依頼者は床に擦り付ける勢いで頭を下げた。

 

「貴方にこのようなことを頼むのはお門違いだと分かっています!! ですが、私にはもう貴方にお願いする以外ないのです!!」

「貴一郎さん……」

 

 そのとき、依頼者の顔に『鬼』が宿る。

 

 

「——娘は、孫は……あの子たちは、私にとって未来への希望だった!! それを奴らは……嘲笑いながら殺したんだ!!」

 

「——どうして……あの子たちが、あんな惨たらしい殺され方をしなければならないんだ!!」

 

「——絶対に許せない!! あのケダモノどもを地獄に落としてくれるなら、私自身が地獄の業火に焼かれようと構わない!!」

 

 

 依頼者が発したのは、尽きぬ絶望と悲しみから生まれた憎悪の声。

 まさに命の灯火を燃やし尽くす勢いで吐き出された、怨嗟の絶叫だった。

 

 彼の震えるその手を振り払うなど、私には出来ない。

 

「わかりました、その依頼お受けいたします」

「生きていて……欲しかった! あの子らの行く末を……この目で見届けてあげたかった……!」

 

 その無念に応えないで、なにが『拷問ソムリエ』だ。

 

 

 

 何の罪もない人々を殺し、その死を嘲笑う鬼畜外道のケダモノめ。

 妖怪だろうと何だろうと関係ない。

 

「——貴様らには地獄すら生温い。この伊集院が……本物の生き地獄を教えてやる!!」

 

 この世に生まれてきたことを、後悔させてやるぞ。

 

 

 

×

 

 

 

 依頼者を見送った後、私は情報屋の伍代(ごだい)へコンタクトを取った。

 

 正直なところ、今回ばかりは彼の元にも情報はないと思っていた。伍代は優秀な情報屋だが、下手人は妖怪。流石に彼の手に余る案件だと考えていた。

 しかし、私の予想とは裏腹に——。

 

「ああ、その件なら既に知っているよ。ガゴゼとかいう妖怪グループが絡んでいる件だろ?」

 

 なんと、伍代はすでに依頼者の事件の情報を掴んでいたのだ。この男、陰陽師か何かと繋がっているのかと驚いたものだが——それには理由があった。

 

「単刀直入に言うが、今回の事件……実行犯は妖怪だが、奴らを雇ったのは人間だ」

「ほう……」

 

 なるほど、結局はいつもの如く人間の皮を被った外道どもの仕業というわけか。

 

「連中を雇っているのは、ここ最近になって関東に進出してきた鬼原組だ」

 

 伍代の話によると鬼原(きはら)組は活動資金を得るため、夜の繁華街で少女たちの売春やクスリの売買などの悪行に手を染めていたらしい。

 

「へっへっへ! こりゃ、いい女だな!!」

「こいつを吸えば一発でハイになれるよ!!」

 

 罪なき人々を食い物にする。どうして外道のやることはいつも似通ってくるのだろうか……虫唾が走る。

 

「お前たち、そこでなにをしている!!」

「やべっ! 貴一郎だ!!」

「くそっ! 一旦ズラかるぞ!!」

 

 しかしそんな連中の悪行に、真っ向から向かっていったものがいた。それこそ、今回の依頼者——夜回り先生としての使命感に燃えていた貴一郎氏だったのだ。

 依頼者が夜の街で目を光らせていたことで、未成年の少年少女たちは守られていた。しかしそれにより、鬼原組は少なからず損害を被ったという。

 

「目障りな貴一郎め……この俺に楯突いたこと、地獄で後悔させてやるぞ!」

 

 それに腹を立てていたのが——鬼原組の組長、毒山(ぶすじま)という男だ。

 依頼者を目障りに思った奴が、雇い入れていた妖怪グループに依頼者の家族を彼の目の前で殺すように命じたのだという。

 

「ガゴゼ、貴一郎の家族を奴の目の前で殺せ……奴は生かしておいてやれ、一人生き残る苦しみを存分に味合わせてやるんだ!」

「ふはははっ! 任せておけ!!」

 

 それがどれだけ依頼者を苦しめるかを理解した上で、あえて貴一郎氏は生かしたということだ。

 

 

 

「連中なら、空龍街の郊外に屋敷を構えてる。奴の身柄を抑えるのなら急いだほうがいい……」

 

 そうして、伍代は連中の本拠地も教えてくれたが、それと同じくらいに『重要な情報』を伝えてくる。

 

「実は今回の件……天羽組も絡んでるんだ」

「天羽組だと……? 何故彼らが?」

 

 その名を聞き、私も虚を突かれた。

 

 天羽(あもう)組——空龍街(くうりゅうがい)を拠点とする極道組織、関東でも屈指の武闘派集団だ。

 天羽の組長は仁義を重んじる人柄で知られている。それに、あそこの組員たちが妖怪なんてものの手を借りるほど、腑抜けているとは思えないが。

 

「別に複雑な話じゃない、鬼原組が天羽組に喧嘩を売ってるってだけの話でね」

 

 実際、絡んでいるといっても、それはあくまで『敵対関係』とのことだ。

 元々、鬼原組が妖怪グループを味方に引き込んだのも、天羽組に対抗するためだとか。人ならざるものの力を借りれば、人間の極道など敵ではないと考えたのだろう。

 その力を持って、鬼原組は天羽組のシマである空龍街の利権を奪おうと画策しているのだ。

 

「喧嘩を売られた天羽組も、鬼原組の壊滅に乗り出してね……早ければ、今夜にでも行動を起こすだろう」

「むっ、それは不味いな……」

 

 天羽組が妖怪相手に遅れを取るとは思っていない。それどころか、あそこの武闘派構成員たちであれば——逆に妖怪共など、皆殺しにしてしまうかもしれない。

 

 依頼者の願いを叶えるためにも、連中には死よりも壮絶な苦痛を与えなければ。

 天羽組が動き出すよりも先に、依頼者の家族を殺すように命じた毒島と、実行犯であるガゴゼとその手下共の身柄は確実に抑えなければならない。

 

 

 

 その夜、私は助手の流川(るかわ)くんを連れ、鬼原組が居を構えている郊外の屋敷へと足を運んだ。

 

「屑の分際で……随分とデカい屋敷に住んでるじゃないか」

「はい、先生!! 外道に似つかわしくない、分相応な邸宅です!!」

 

 いったい、どれだけの人々から財をむしり取って建造した建物なのか。しかし、これだけ広ければ侵入も容易だ。

 

「監視カメラも、見張もなしとは……随分と不用心だな」

 

 隠形にて気配を絶った私と流川くんは、痕跡を残さぬよう屋敷内への侵入を果たす。

 庭先や玄関にも見張りの類はいなかったが——廊下を歩いていると、下卑た男たちの笑い声が大広間らしき場所から聞こえてくる。

 

「——ギャッハッハッッハ!! 今夜は無礼講だぜ!!

「——天羽組の連中さえ潰せば、空龍街は俺たちのもんだ!!」

「——フッハッハ! 任せとけ、人間など一捻りよ!!」

 

 大広間では鬼原組の構成員と思しき男たちと、ボロい外套を纏ったものたちが品性なく酒を煽っていた。外套を纏った連中をよくよく見れば、それが人間でないことが分かる。

 

 鬼原組が天羽組を潰すために雇い入れた、妖怪グループの連中だろう。

 

「なんと喧しい、これでは獣畜生と大差ないではないか」

「はい、全くもって不快な光景です」

 

 人間だろうと妖怪だろうと関係なく、外道がゲラゲラと下品に笑い声を上げる宴会など醜悪極まりないものだ。だが生憎と、今はこのような雑魚どもに構っている暇はない。

 伍代の話によれば、天羽組の連中が今夜にでも動き出すとのこと。彼らが介入してくる前に迅速に標的を確保しなければならない。

 

 私たちは気配を絶ったまま、馬鹿騒ぎが続く大広間の横を静かに通り過ぎていく。

 

 

 

 そうして、さらに屋敷の奥へと進んでいく私たちだったが、大広間の喧騒が徐々に遠のいていったそのとき——。

 

「——なんてことしてくれやがったんだよ! あんたたちは!!」

 

 屋敷の奥から、何者かの怒声が響いてくる。

 

「……なんでしょう、先生?」

「ふむ……」

 

 怒声が聞こえてきたのは屋敷の一番奥——標的がいるであろう、鬼原組の組長室であった。

 我々は気配を絶ったまま、その部屋の中を覗き込む。

 

「どうした、ねずみ男? 何をそんなに怒ることがあるというのだ? くっくっく……」

 

 部屋の奥には、でっぷりと醜く腹の出た男が椅子の上で踏ん反り返っていた。おそらく、あの男が組長の毒島だろう。

 

「そうだぞ、ねずみ男……お前が騒ぐようなことではない」

「ヘッヘッへ……」

「ふへへへ……」

 

 そして、毒島の傍に死人のように青ざめた顔色の男たちが、ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべていた。

 大広間で見た妖怪どもと似たような風貌ではあるが、連中とは存在感からして違う。

 

 それなりに上位の存在なのだろう、特にリーダーと思しき男の纏う空気。きっと奴こそが妖怪グループのリーダー格・ガゴゼ。

 太一くんを生きたまま喰い殺したという、外道妖怪どもの主犯格だ。

 

「先生……あの男、ねずみ男と呼ばれていますが?」

「ああ、名前を聞いたことはあるな」

 

 そんな中、我々の視線が毒島やガゴゼたちと対峙している——ボロい布切れを纏った一人の男へと向けられる。

 

 

 その男は、ねずみ男と呼ばれていた。

 ねずみ男といえば、裏社会でもちょっとした有名人だ。その筋の人間相手に平然と借金を踏み倒し、いつの間にか逃げおおせていたり。どこからか妙な人材を紹介しては、世間を騒がせるような事件を起こし、自身はぬけぬけと姿を晦ましたりと。

 年齢不詳。長年、裏社会で上手いこと立ち回っていることから、聞くものが聞けばピンとくる名前である。

 

 

「話が違うぜ、毒島さん!! あんたたちがヤクザ同士の抗争で人手がいるっていうから、こいつらを紹介したんだ!!」

 

 ねずみ男は、毒島相手に啖呵を切っていた。話を聞く限り、どうやらガゴゼたちと鬼原組を引き合わせたのはあの男の手引きによるもの。

 

「それなのに……抗争とは何も関係ねぇ、一般人を殺させるなんて……!!」

 

 だがねずみ男は、自身の紹介した人材が一般人——貴一郎氏の家族を手に掛けたことに憤慨していた。

 

「こんなことして、あいつが黙っているわけがねぇんだ!!」

 

 その怒りは倫理観からくるものか。それとも『あいつ』とやらの介入を恐れているからだろうか。

 

「先生、そろそろ……」

「ああ、そうだな」

 

 もう少し話を聞いていても良かったが、これ以上時間を浪費するわけにはいかない。私たちはコソコソするのをやめ、ターゲットを確保するため組長室へと乗り込んでいく。

 

 

 

「こんばんは、外道さん」

「さあ、地獄に落ちる時間ですよ!!」

 

 我々が礼儀正しい挨拶で姿を現すと同時に、ガゴゼ配下の妖怪どもが身構える。

 

「な、なんだ、テメェら!?」

「どうやってここまで……!?」

 

 連中は、私たちが音もなくここまでやって来たことに驚いていた。この程度の隠形にも気づけないとは、妖怪が聞いて呆れる。

 

「き、貴様……まさか、拷問ソムリエか!?」

 

 すると、私の顔を見た毒島が露骨に青ざめた表情になる。腐っても、一組織を纏めるだけあって拷問ソムリエの存在については知っているらしい。

 

「ご、拷問ソムリエだって!? ひぃ、ひぃええええええ!!」

 

 ついでに、ねずみ男もこれでもかというほど恐れ慄いていた。

 

「落ち着け!! 何が拷問ソムリエだ……所詮は人間に過ぎん、ワシに任せておけ!」

 

 しかし、妖怪グループの親玉であるガゴゼは微塵も狼狽えた様子がなく、我々を迎え撃つべく前へ出てくる。その立ち振る舞いは親玉なだけあって、不気味な存在感を匂わせている。

 

「流川くん、ここは私がやろう」

「お願いします、先生!」

 

 相手が妖怪という未知数な相手なこともあり、今回は私が連中と矛を交える。流川くんには下がるように言い、私が一歩前へと出る。

 

「くっくっく……しゃあああああ!!」

 

 私と対峙するガゴゼは、余裕綽々といった態度で真正面から襲い掛かってきた。その動きは確かに早い。並の人間を凌駕するものであったことは事実だろう。

 

「ふっ!!」

 

 ガゴゼの攻撃に対し、私は用心のため回避に専念する。

 相手は妖怪。身体から毒を放出したり、口から火を吐いてきたりなど。どのような奇行に出ようと対処できるよう、全神経を集中してその出方を伺っていく。

 

 

 

「…………なんだこれは?」

 

 だが時間が経つにつれ、私の用心がなんの意味もないことだったと分からせられる。

 

 ガゴゼの身体能力は確かに並の人間を越えるものだが、その挙動自体はまるで素人だ。

 身体の効率的な動かし方や、相手の動きを読む駆け引きなどがまるでなっていない。おまけに毒や火炎といった、異形のものらしい手段で攻撃してくる素振りすらない。

 まともな徒手空拳ですら扱えない奴の戦いようは、まさに猪突猛進。猪のそれと何ら変わりがないものだ。

 

「くっ!! こ、こいつ……何故、動きが捉えられない!?」

 

 そして、焦燥するガゴゼの態度からも察せられるように、それが奴の本気の実力によるものだということが分かる。

 下手に演技している様子もない。どうやら私は、このガゴゼという妖怪の戦闘能力を買い被っていたようである。

 

「時間の無駄だったな……ふん!!」

「ぐぇええええ!?」

 

 これ以上は警戒していても無意味だと判断した私は、特殊な歩法で一気に間合いを詰め、ガゴゼの顎に掌底を喰らわす。

 その一撃を避けることも出来ず、ガゴゼは呆気なく悶絶。

 

「おら、足元がお留守だ」

「グギャアアアアアアア!?」

 

 さらに倒れようとする奴の足に、ダメ出しのローキックを見舞う。ある程度加減したつもりだったが、ポッキリと骨が折れる音と感触があった。

 なんと脆い。所詮は弱い者を一方的になぶるしか出来ない、雑魚でしかなかったということか。

 

「ば、馬鹿な……こ、こんなことが!?」

 

 為す術もなく倒されるガゴゼの姿に毒島が狼狽する。せっかく雇い入れた妖怪も、ただの張りぼてに過ぎなかったことを思い知ったようだ。 

 

「き、貴様……よくもガゴゼ様を!!」

「ぶっ殺してやる!! しゃああああ!!」

 

 親玉であるガゴゼを倒されたことで、狼狽えながらも配下の妖怪が二体同時に襲いかかってくる。その動きは明らかにガゴゼに劣るものであり、やはり特殊な能力を発揮する素振りすらない。

 

「くだらんな。下衆な妖怪がいくら群れでこようと……」

 

 二対一なら勝てるとでも思っている馬鹿な外道どもを迎え撃つべく、私は拳を構える。

 

 

「——先生、危ないです!!」

「——むっ!?」

 

 

 だがそのときだった。

 後ろで控えていた流川くんの警告と共に——後方から、高速で何かが飛来してくる。その物体は私のすぐ横を通り過ぎ、私に飛び掛かってきた二体の妖怪どもを迎撃した。

 

「ぐえっ!?」

「ふぎゃ!?」

 

 呻き声を上げながら倒れ伏す妖怪ども。彼らを悶絶させたのは——二足の下駄であった。

 空中を浮遊するその下駄は、まるでリモコンで操作されているかのように動き回り、やがては持ち主の元へと帰っていく。

 

「い、いつの間に……全然、気配を感じなかった」

 

 その下駄の持ち主は、流川くんのすぐ横に佇んでいた。その人物の気配を察知することができなかった事実に流川くんは驚いていたが、その少年が相手であればそれも仕方がないかもしれない。

 そう、彼は年端もいかない『少年』だった。しかしその少年のことを、私を始めとした大多数の日本国民が知っているだろう。

 

「キミは……」

 

 数ヶ月ほど前、この国の危機を救ったヒーローといっても差し支えのない活躍をTV画面を通して見せた妖怪の少年。

 

「こんばんは、ゲゲゲの鬼太郎です……」

 

 ゲゲゲの鬼太郎、その人である。

 

 

 

「げっ!! き、鬼太郎……」

 

 鬼太郎くんの姿を目にするや、ねずみ男が顔面から大量の汗を流し始める。どうやら、この男が恐れていた『あいつ』とは彼のことだったようだ。

 

「ねずみ男、お前はまた人間に被害を……」

 

 鬼太郎くんは厳しい顔つきでねずみ男へと詰め寄る。

 妖怪でありながらも人助けをしているという噂のある少年だ。人様に迷惑を掛けた知人を責めるその瞳はどこまでも冷たく、それでいて苛烈な怒りを秘めていた。

 

「ま、待ってくれよ……鬼太郎!! 俺はただ人材を紹介しただけなんだ!! この毒島って男に……!!」

「!!」

「ヤクザ同士の抗争で戦力が欲しいからって……そしたらこいつ、その人材で一般人に手をかけやがったんだよ!!」

「ね、ねずみ男……貴様っ!!」

 

 すると、ねずみ男は鬼太郎くん相手に必死になって弁明する。

 自分はあくまで人材を紹介しただけであり、勝手な真似をした毒島こそが諸悪の根源だという。責任を押し付けられた毒島は憤慨するように顔を真っ赤にした。

 

 なんとも醜い言い争いだが、ねずみ男が毒島相手に食ってかかっていた現場は私も目撃していた。それに、ねずみ男は今回の標的に含まれていない。

 

 我々のターゲットは——貴一郎氏の家族を無惨に殺した実行犯と、それを指示した毒島である。

 

「おい、いつまでくっちゃべってやがる。テメェらの内輪揉めにつきやってやるほど、こっちは暇じゃねぇんだよ」

「き、貴様……いつのまにか!? ぐぇええ!?」

 

 奴らが話し込んでいる間にも、私は毒島の背後へと回り込み、その首を締め上げ奴の意識を刈り取っていく。

 

「流川くん、そこの外道二匹を頼む」

「承知しました、先生!!」

 

 私はそのまま毒島と、瀕死状態になっているガゴゼを。流川くんには鬼太郎くんが倒した手下二人を運ぶように指示する。

 

 

「待ってください……彼らをどうするつもりですか?」

 

 

 すると我々の行動に鬼太郎くんが口を挟んできた。彼の疑問に私は誤魔化すことなく正直に答えを返す。

 

「知れたこと、私は拷問ソムリエだ。こいつらには、地獄以上の苦しみを味わった末に死んでもらわなければならないのだ」

「…………それは、貴方がやるべきことではない筈です」

 

 私の答えに対し、鬼太郎くんは明らかに難色を示した。

 

「妖怪であるガゴゼの不始末は、ボクたち妖怪が片付けます。その人間も……悪さをしたのであれば、法の下で裁くべきではないのでしょうか?」

 

 鬼太郎くんは妖怪同士のゴタゴタは妖怪同士で。毒島の罪も、正しく法の下で裁けと綺麗事を言ってのける。

 

 子供だな……率直にそう思った。

 それなりに長く生きている妖怪といえども、その精神性は見た目通りまだ子供のようだ。

 

「今のこの国の法で、こいつらを正しく裁くなど出来ない。それに、こいつらの始末を被害者遺族が望んでいる。彼らの望みに応えることこそが……我々拷問ソムリエの存在意義だ」

 

 鬼太郎くんの綺麗事に私は毅然と答えた。

 

「…………ですが……」

 

 私の言葉に思うところはあるのだろう。それでも、鬼太郎くんは私の考えを改めさせようと何かを口走りかける。

 

 

 そんな彼に——私は強烈な圧をぶつけた。

 

 

「——よく聞け、小僧」

 

「——世の中には、生きていてもどうしようもない外道ってのがいるんだよ」

 

「——こいつらを生きている一分一秒が、被害者遺族たちにとっては苦痛でしかない」

 

「——彼らの怒りを、恨みを何兆倍にしてでもその臓腑に焼き付け、こいつらに己の犯した罪の重さを分からせる」

 

「——それを阻もうというのであれば……小僧といえども、容赦はせんぞ?」

 

 

「ひょぇえええええええ……」

 

 私の圧に当てられたためか、鬼太郎くんに擦り寄ろうとしていたねずみ男が泡を吹きながら気絶していく。なんとも肝の小さいことだ。

 

「——っ!!」

 

 一方の鬼太郎くんは、たじろぐ様子こそ見せたものの、なんとかその場に踏みとどまった。このプレッシャーに耐えるとは、それなりの修羅場を潜ってきたのだろうと僅かばかり感心する。

 

「…………わかりました」

 

 暫しの間考え込む鬼太郎くんだったが、私の言葉の重みを理解したのだろう。気絶したねずみ男を抱え、我々の前から立ち去ろうとする。

 

「ですが……貴方たちの行いは、決して許されることではありません」

 

 だが、彼は立ち去る間際にこの私に忠告を入れてくる。

 

「どんな理由があろうと、人を殺したという罪は決して消えない。その罪はあなた方の死後、地獄にて閻魔大王によって裁かれることでしょう」

「ほう……」

 

 流石妖怪というだけあってか、地獄の裁判官・閻魔大王とも顔見知りらしい。

 外道相手に閻魔の遣いを名乗ることもある私だが、本物が存在することまでは預かり知らぬこと。しかし——。

 

 

「望むところだ」

 

 

 関係ない。たとえ本物の閻魔にその罪を咎められることになろうとも、この伊集院が外道どもの裁きを止める理由にはならない。

 

「被害者たちの無念は誰かが晴らさねばならない。その助けとなれるのであれば、私は喜んで地獄に落ちよう」

「ゆめゆめ……忘れないで下さい」

 

 最後にそう言い残すや、鬼太郎くんは亡霊のようにその場から消え去っていった。

 

 

 

「フッ……良かったな、流川くん。我々が地獄に落ちることを、他でもない妖怪の鬼太郎くんが保証してくれたぞ」

「そうですか!! なら、一人でも多くの外道を道連れにしなければ行けませんね!!」

 

 鬼太郎くんが立ち去った後、私は茶化すように流川くんに地獄送りのことを口にしたが、彼はその事実を平然と笑顔で受け止めた。

 彼もこの道を進むと決めたときから、自らが煉獄に焼かれる覚悟を決めていたのだ。今後の活動に逃げ腰になるかと思ったが、無用な心配だったようだ。

 

 

 

×

 

 

 

 そうして、我々は毒島とガゴゼ、その手下二人を拷問室へと運び込んだ。

 

「いつまで寝てる、さっさと起きろ」

 

 準備が終えたところで早々に連中を叩き起こす。外道に安息の時など、一秒たりともくれてやるつもりはない。

 

「ぎゃあああああああああ!?」

「あちぃいいいいいいいい!?」

「熱した油です!! 妖怪でもこれはキツイですよ!!」

 

 みっともない悲鳴を上げながら目を覚ました奴らは、周囲の状況を見てギャンギャンと騒ぎ出す。

 

「う、動けない!? き、貴様ら……これはなんの真似だ!?」

「こ、こんなことして……ただで済むと思っているのか!?」

 

 毒島とガゴゼたちは無機質なベッドに仰向けに寝かしてあり、その身体は動けないよう厳重に拘束してある。そんな状態でありながらも、連中は強気な態度を崩そうとしない。

 

「わ、ワシの手下どもが貴様らに報復しにくるぞ!!」

「そ、そうだそうだ!! 俺の組員たちが……鬼原組の面々が黙っちゃいねぇぞ!!」

 

 連中は自分たちの組織力を鼻に掛けて脅しをかけてきた。数に頼れば勝てるなどと、なんとも情けないことだが——生憎とそれは無理な話だ。

 

「残念だが、それは不可能だ」

 

 何も知らない奴らの心をへし折っておく意味も込めて、私は大事なことを伝えておくことにした。

 

「お前たちご自慢の手下どもは……もう全員、この世にはいないぞ」

「へっ……?」

「は……? え……な、何を言って…………」

 

 私が告げた言葉の意味を理解出来なかったのだろう、奴らは間の抜けた顔で固まる。

 

 だが、これは紛れもない事実だ。

 鬼原組の組員も、ガゴゼの妖怪グループも——全て、天羽組の手によって壊滅した。

 

 

 

 そう、我々が毒島やガゴゼを屋敷の外へと運び込んだ、その直後だ。伍代が警告していた通り——天羽組が鬼原組へと殴り込みを掛けてきたのだ。

 あと少し遅ければ、私たちもその襲撃に巻き込まれていただろう。屋敷から離れた高台から、我々はその光景を眺める。

 

「外道どもが……今日がテメェらの命日じゃ!!」

「な、なんだぁああ!? て、敵襲!?」

「うぉおお!? あ、天羽組だ!!」

 

 威勢よく真正面から鬼原組の正門を蹴り破る、天羽組の先兵——あれは小峠(ことうげ)華太(かぶと)か。天羽組の中堅極道。最近では武闘派のヤクザとしてそれなりに名を上げてきている。

 もっとも、流石に妖怪が混じっている鬼原組を相手取るに彼だけでは荷が重い。それを分かっているからこそ、天羽組は戦力を揃えてきた。

 

「——そのどぶクセェ腹を掻っ捌いてやるぜ!!」

「——スリルスリル!! 今日の星占いは一位!! 負ける気がしない!!」

「——魑魅魍魎……人の世に蔓延る亡者は地に還るがいい!!」

「——グリングリーン!! この世に生きる喜び!!」

「——無駄無駄無駄無駄野田!!」

 

『ドスの工藤』『バイティング須永』『日本刀の和中』『アーミーナイフの小林』『アイスピック野田』と、そうそうたる面々だ。

 

「組長、敵襲です!! ……組長!?」

「ガゴゼ様が……い、いない!?」

「ま、まさか……逃げたのか!?」

 

 慌てて応戦しようとする鬼原組の組員と妖怪たちだが、そのときになってようやく自分たちの親玉がいなくなっていることに気付いたようだ。

 司令塔を失い、浮き足立つ連中を天羽組は容赦なく蹂躙していく。

 

「ひっ!! なんなんじゃ、こいつらは!?」

「ば、化け物っ!!」

 

 常人離れした天羽の狂人たちを前に、妖怪である筈のガゴゼの配下たちが怯え戸惑っている。

 やはりというか、所詮は烏合の衆に過ぎなかった妖怪たちが、瞬く間に蹴散らされていく光景は遠目から見てもなかなかに壮観なものだ。

 

「うわぁ……どっちが妖怪か、分からなくなりそうです……」

 

 私と一緒にその光景を眺めていた流川くんも唖然となっていた。

 

 

 

「そういうわけだ。残念だがお前たちを助けにくるものなどいない」

「そ、そんな……俺の鬼原組が……」

「う、嘘だ……ワシの部下たちが……誰よりも殺してきた最強軍団が……」

 

 こちらの話に毒島やガゴゼたちが信じられないと首を振るが、私からすれば当然の帰結だ。あの程度で最強軍団など笑わせてくれる。天羽組は始め、裏社会にはガゴゼたちなどよりも凄まじい強さを秘めた人間たちがゴロゴロいるのだ。

 まさに井の中の蛙大海を知らず。ガゴゼたちがどれだけ小さな世界で生きてきたか、容易に想像が付くというものだ。

 

「さて、私が貴様たちに問いたいのは一つだ」

 

 だが、そんな壊滅した組織のことなどもはやどうでもいい。

 

「——毒島、貴様は己の邪魔をしたという身勝手な理由から、何の罪もない貴一郎氏の家族をガゴゼたちに殺すよう命じた」

 

「——ガゴゼ、お前たちは人間たちを欲望のまま蹂躙し、あまつさえ幼子である太一くんを生きたまま喰い殺すなどという鬼畜な所業に出た」

 

「——被害者や遺族に申し訳ないと思わんのか?」

 

 どんな外道が相手でも、悔恨の念があるかを問うのが私のポリシー。

 自分たちを助ける者がいないと分かったこの状況なら、少しは殊勝な言葉が聞けるかとも思ったが——。

 

 

「な、何だと!! 元はといえば、貴一郎の奴が俺の商売を邪魔しやがったのが悪いんじゃねぇか!!」

「けっ! くだらねぇ!! 人間の一人や二人、殺したからなんだって言うんだ!!」

「人間なんざ、俺たち妖怪の餌でしかねぇんだよ!!」

「一人でも多くの子供を地獄に送る……それが妖怪としてのわしの業じゃぞ!! 何が悪い!!」

 

 

 返ってきたのは聞くに耐えない、醜悪で身勝手な理屈だった。よく分かった。ガゴゼたちは勿論だが、毒島……テメェも人間じゃねぇ。

 

「よくほざいた……やるぞ、流川!!」

「はい!! どう考えても、こいつらに生きる資格はありません!!」

 

 私の指示で流川が今回の拷問のために用意してきたものを取り出す。

 それは四十センチほどの鍋だ。鍋の中には——大量のネズミがぎっしりと敷き詰めてあった。

 

「な、なんだそれは……何をする気だ!?」

「ひぃっ!? や、やめろ……そんなもの近づけるな!!」

 

 まずは仰向けに寝かせていたガゴゼの配下たち二人の腹の上に、ネズミが敷き詰められたその鍋を上下逆さまにして被せて固定していく。

 腹の上でネズミが動き回る感覚は不快以外のなにものでもないが、当然この程度で終わるわけがない。

 

「さあ、ここからが本番だ!」

 

 次にねずみが入った鍋の上で火を焚く。すると徐々に鍋の温度が上がっていくにつれ、ネズミたちが激しく動き回り始めた。

 完全に密閉状態なのだからネズミたちに逃げ場はない。だがこのままでは熱さで死んでしまう。

 

 閉ざされた空間の中、ネズミたちが生き残るため最後に選んだ逃走経路——それこそ、連中の『体内』だ。ネズミたちは熱さから逃れようと、妖怪どもの腹を食い破り、その身体の内部へと侵入し始めたのだ。

 

「ひっ!! ひぎゃあああああ!? やめ、やめてクレェえええええええ!!」

「腹が……腹が食い破られる!!」

 

 ねずみによって生きたまま腹を喰われる感覚を味わい、狂ったように身悶えする妖怪ども。

 

「あわわわ……」

「ぐ、ぐぐぐ……」

 

 その光景を間近で見せられ、毒島やガゴゼたちが青ざめた表情になっていく。そうだ、今のうちにしっかりと目に焼き付けておけ。この後、貴様らにも同じ目に遭ってもらうのだからな。

 

 

 この『ネズミ拷問』はその名の通り、ネズミを使って行われる拷問だ。

 いつの時代、どのような場所でもネズミは不浄で厄介者として扱われてきた。そのため、罪人を苦しめるための拷問によく多用されるのだ。古代中国や古代ローマの時代から、既にこのような拷問方法が確立されていた。

 

 

 妖怪どもの体内へと侵入したネズミたちは、勢いを衰えぬままその内臓を食い破っていく。過去に経験したこともないだろう痛みに、狂ったように悲鳴を上げ続ける妖怪ども。

 

 だが、そう長くない内に——ほぼ同時に二匹の妖怪が、糸が切れたように動かなくなってしまったのだ。

 

「なんだと? もう死んでしまったのか!! なんと脆い……もっと苦しめるだろうが!!」

 

 これには私も率直に驚いた、連中のあまりの脆弱さに。

 この程度でくたばるなど、許されると思っているのか。貴様らはもっと苦しんで、のたうちまわりながら死なねばならないのだぞと、腹の底から怒りが込み上げてくる。

 

 だがそうして憤っている私の前で、不可思議な現象が起きた。

 事切れた奴らの肉体が、次の瞬間——霞のように消え去ってしまったのだ。

 

 連中の肉体に潜り込んでいたネズミたちが行き場を失い、地面へと放り投げられていく。

 

「ああ!! ネズミたちが逃げてしまいます!!」

「……なんだこれは?」

 

 この現象を前に流川くんは慌てふためきながら、逃げ回るネズミたちを回収していく。いったい、これはどういうことかと私も眉を顰めた。

 

「ふ……ふへへへ……!! ワシら妖怪は死なん!! たとえ肉体が滅びようと……その魂が無事である限り何度でも蘇ることが出来るのさ!!」

 

 すると呆気に取られる我々を嘲笑うように、表情を引き攣らせながらもガゴゼがほくそ笑んだ。

 ガゴゼ曰く、妖怪とは不滅の存在であり、その魂が無事であれば何度でも肉体を復元することが出来るというのだ。

 

「むっ……!?」

 

 奴の言葉を裏付けるように、青白い塊が二つ。ふわふわと空中を漂っている。これが妖怪の魂というやつなのだろう、暫くするとその魂が拷問室の壁をすり抜け、どこぞへと消え去ってしまった。

 

 私は陰陽師でもなければ、超能力者でもない。

 魂などというものを前にどのような手を打てばいいのか、流石に皆目見当も付かなかった。

 

「覚えていろ!! たとえ、ここで肉体を失おうと……ワシは必ず蘇る!! そして貴様に……人間どもにたっぷりと復讐してやるぞ……ふふふ、ふははははっ!!」

「せ、先生……」

 

 妖怪としての自身の優位性を思い出したのか、再び強気になったガゴゼ。たとえここで死んでも、いずれは蘇って私や関係ない人々に牙を剥くというのだ。

 これにはどうしていいか分からず、流川くんも戸惑っていた。

 

 

 だが、私の考えは違う。

 

 

「なるほど……それを聞いて安心したぞ」

「ははは……はっ?」

 

 私の言葉にガゴゼの馬鹿笑いが止まる。

 そんな奴の顔面へと顔を近づけ——私は最大級の圧を込めて囁いた。

 

 

「——てめぇこそ覚悟しろ。貴様が何度でも蘇るなら、その度に何度でも殺すだけだ」

 

「——一度や二度で許されると思うな。貴様の魂とやらがズタボロになるまで、何回でも何十回でも、何百回でも地獄の苦しみを味わせてやる」

 

「——たとえ私が寿命で死のうとも、拷問ソムリエという存在は決して消えん」

 

「——その意思を継ぐものたちが、お前という存在を永遠に殺し続ける」

 

 

 復活できるから何だというのだ。妖怪が不死身だというのなら、蘇るたびにとっ捕まえて殺すだけ。

 どこへ逃げても無駄だ、拷問ソムリエは私以外にも世界中に存在する。それに私が死んだとしても——きっと流川くんが私の後を継いでくれるだろう。

 

「ガゴゼ、我々拷問ソムリエに目を付けられた時点で、貴様の命運は確定したんだよ」

 

 貴様はこの先一生、私たちから殺され続ける。

 この世界が終わるその瞬間まで、貴様に安らぎのときなどあると思うなよ。

 

「あわわわわ……」

 

 私の言葉の意味と重みを理解したのだろう、顔面蒼白になるガゴゼの口から情けない声が溢れていく。

 

 

 

「ま、待ってくれ!! お、俺は人間だ!! 死んだら終わりなんだ……頼む、助けてくれ!!」

 

 するとガゴゼを脅し付けていたその横で、毒島がみっともなく命乞いを始めた。

 人間である自分は妖怪のように蘇ることなど出来ない、だから助けてくれと。随分と調子のいいことを口にしているが——私の答えは既に決まっている。

 

「そうだ、人間は死んだら終わりなんだよ。テメェが殺すように命じた貴一郎さんの家族は、もう二度と帰ってこない」

 

 そう、人間は——貴一郎さんの大切な家族は決して蘇ったりなどしない。

 それなのに毒島はガゴゼに彼らを『殺せ』などと、事もなげに吐き捨てたのだ。限られた人生を懸命に生きる人々を踏み躙った貴様に、救いなどあると思うな。

 

「貴様は一度しか殺せないんだ。ゆっくり、じっくりと時間を掛けて殺してやる。少しでも長生きできるよう……神様にでも祈るんだな」

「そ、そんな……」

 

 絶望する毒島を尻目に、淡々と拷問の準備を進めていった。

 

 

 

 その後、毒島とガゴゼを拷問に掛けていく。

 勿論、手下二人のように呆気なく死なないよう、細心の注意を払いながらじっくりと時間を掛けた。

 

 そうして、半日ほどの時間を掛けてまずは毒島が物言わぬ骸と化す。

 その数時間後、ガゴゼが死んだ事でその肉体から魂とやらが飛び出してきた。

 

 奴の魂は私たちから逃げるように飛び去っていった。その後を追いかけたところでただの人間である私たちに、それをどうにかできる術などないが——関係ない。

 

 もしもガゴゼが蘇るというのなら、地の果てまでも追いかけて同じ目に遭わせるだけだ。

 魂とやらが擦り切れてなくなるそのときまで、どこまでも苦しめて殺し続けてやるとも。

 

 

 

 

 

 こうして、今回の事件は幕を閉じた。

 

「地獄か……いずれ私もそこへ行き着くことになるのだろう」

 

 今回の事件、鬼太郎くんと邂逅することで死後に本物の地獄が待っているのだということを改めて実感した。拷問ソムリエの使命とはいえ、多くの命を手に掛けたこの身が地獄に落ちることは、もはや疑いようもない。

 

「終わりましたよ、貴一郎さん……」

 

 だがそれが分かったところで、私のやることに変わりはない。

 たとえこの身が地獄の責め苦を受けることになろうとも、外道を葬ることで被害者たちの無念を晴らし、彼らの心を僅かでも救うことが出来るのであれば。

 

 

 私は地獄への道を迷うことなく突き進んで行くとも。

 

 




人物紹介

 伊集院茂夫
  拷問ソムリエシリーズの主人公。おそらく作中最強の人物。
  一般の方に対しては礼儀正しい人なのだが……外道相手にはマジで容赦なし。
  外道を苦しめるためなら手段を選ばず、どんな拷問器具だろうと用意してくる。

 流川くん
  伊集院の助手。
  常に笑顔が絶えないところがサイコパスっぽいが、中身はわりと常識人?
  家族を殺された悲しい過去を持っており、それゆえに人一倍正義感も強い。

 伍代
  退廃的な雰囲気を纏った男、裏社会に精通する情報屋。 
  依頼の裏付けや調査の際、伊集院が頼りにしている相手。
  作中に登場する情報屋は他にもいるが、その中でも一番登場回数が多い。

 小峠華太
  拷問ソムリエとは別のシリーズ『華の天羽組』における主人公。
  極道としての実力は中堅クラスだが、話が進むごとに狂人度が上がってる。
  今回はチョイ役、あくまでもゲストキャラとしての登場。

 天羽組の狂人たち
  天羽組の武闘派兄貴たち。
  尺の都合上、それぞれの台詞と異名だけの登場ですが、それだけでも十分にインパクトのある面々。

 ガゴゼ
  今回のゲスト妖怪、漢字で書くと『元興寺』。
  キャラクターのモデルはそのまんま『ぬらりひょんの孫』に登場するガゴゼ。
  一方的に子供を襲う情けないところもしっかりと継承したやられ役。
  ちなみに、鬼太郎シリーズでお馴染みの『ぐわごぜ』とは完全に別個体です。
 
 貴一郎
  今作における被害者遺族枠。
  作者のオリキャラですが……一応、モデルとなる漫画キャラはいます。
  夜回り先生であるところがワンポイント。分かる人いるかな?

 毒島
  今作における外道枠。
  コイツも作者のオリキャラ。鬼原組という組織も含めて、名前だけでキャラ付けをしています。
  全国の毒島さん……本当に申し訳ございません!!
  

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