今年の冒険の舞台はカリブ海! 今年も夏が我々を待っていた……もう9月ですが。
『カルデアサマーアドベンチャー』クリアしましたか!
一言で言うならば……今年はコロンブスが熱い年でしたね。
量産型に、ショタに、巨大卵……もう、わけがわからないよ……。
ガチャの方は石を200ほど消費してアナスタシアと清少納言をゲット!
星5は当たりませんでしたが、個人的にはなぎこさん推しなので大満足!
ここいらで撤退しないと……爆死の予感が……。
さて、今回は6章のアヴァロン・ルフェでも活躍したハベトロットが主役です。
感想欄でも結構コメントがありましたが、やはりハベにゃんは人気キャラのようです!
強くて、優しくて、周回でも活躍する彼女はまさに頼れる妖精さんの良心!
…………ボクは自爆特攻的な使い方はしてませんから?
後書きの方でもまたキャラ紹介や今作におけるとあるキャラの独自設定など。
色々と紹介したりしますが……とりあえず楽しんでいってください。
「——どうして……?」
雨が降っていた。土砂降りの雨が降る只中で、一人の女性が地面に膝をついていた。
まだ成人したばかりで、女の子と呼んでも違和感のない幼さと儚さを合わせ持った女性。彼女は目に涙をため、自分の腕の中で眠ろうとしている『小さな妖精さん』に向かって、嗚咽混じりに何故と問い掛ける。
「なんで……貴方は、そんなになってまで……」
妖精は今にも消えてしまいそうだった。
無理をして、無茶をして女性に尽くそうとした結果によるもの。心身ともにボロボロになってしまった妖精はここで肉体を消滅させる。
その運命からは、どうあっても逃れられない。
——なんでって……そんなの決まってんじゃん……。
けれど、妖精の表情に絶望の色はない。
声にならないほどに弱りきった吐息だが、妖精はとっても嬉しそうに満面の笑みで微笑んでいた。
——だって……君はこれから『花嫁』になるんだぜ?
——花嫁は……幸せにならないといけないんだから……。
その女性は明日にも結婚式を控えていた。
一人の男性と夫婦となり、紆余曲折ありながらもやっとの思いで開くことができるようになった結婚式。男性の親戚方は皆で二人の門出を祝福してくれている。
けれど女性の親族。訳あって彼女の親戚筋からは伯母が一人しか出席してくれない。おまけに仲の悪い親族の一人からは嫌がらせを受け——せっかくの花嫁衣装が用意できないという、あってはならない事態に陥ってしまったのだ。
女性はその事実を、誰にも相談できないでいた。下手なことを言えば両家で軋轢を生み、それが取り返しのつかない事態に発展してしまうのではと恐れたからだ。
心優しい女性は夫にもその問題を打ち明けることができず、今日という日まで一人不安を胸に溜め込んできた。
『——そんならボクに任せなよ!!』
するとそんな彼女を見かねたその妖精が、どこからともなく現れて声を掛けてきたのだ。
『——ボクが素敵な花嫁衣装を……超特急で用意してやっからさ!!』
彼女の根本の悩みである『花嫁衣装が用意できない』という問題を解決すべく、妖精自身の手でウェディングドレスを用立ててくれたのだ。
それも僅か一日で。まるでシンデレラに舞踏会行きの馬車やドレスを用意してくれる、魔法使いのような手際だった。
妖精の手で編まれたその花嫁衣装は、他のどんなドレスよりも彼女を輝かせてくれるだろう。
しかしその奇跡の代償。そして『何者』かと争った結果——妖精は満身創痍の死に体へと追い込まれてしまう。
最後の最後、花嫁衣装を彼女まで届けたところで妖精は力尽きてしまい、まさに今消滅しようとしている。
——たはは……キミの花嫁姿がこの目で見れないのは……ちょっと残念かもしれないけど……。
——でも、大丈夫。ボクは妖精だから……決して死にはしない。
——この胸に輝くものがある限り……ボクたちは何度でも立ち上がることができるんだ。
妖精は彼女を心配させまいと、自分という存在が決してここで終わるわけではないと語った。
実際に『妖精』という生き物はこの国でいうところの『妖怪』と一緒だ。体が消失しようと、魂さえ無事であれば長い時間をかけて肉体を再構築することができる。
妖精自身の魂が無事である限り、決して完全に滅びることはないと。
「……分かんない!! 分かんないよ、そんなこと!!」
だが、妖精や妖怪の在り方に詳しいわけではない人間の彼女にそんな説明をしたところで納得など出来るわけがない。
彼女は今この瞬間にも失われようとしていく命に、ただ涙を流すばかりだ。
——困ったな……キミにそんな顔をされちゃ……ボクも安心できないよ。
——……仕方ない。泣き虫なキミに、ちょっとした魔法をかけてあげるね……。
そう言いながら、妖精は女性の額にそっと手を伸ばす。
口から何かしらの呪文を唱え、彼女に対してちょっとした『暗示』をかける。
——……これで、キミがボクのことで悲しみ必要はない。
——その胸の悲しい気持ちも、明日になれば綺麗さっぱり忘れることができるからね……。
それは妖精が彼女のことを想ってかける、優しくも残酷なおまじないだ。
一度でも眠れば目覚めたときに自分のことを——妖精のことを全て忘れるようにと。
これで手元に残るのは美しい花嫁衣装だけ。
彼女も安心して結婚式を迎えられるだろうと、妖精は笑顔を浮かべる。
「そ、そんな……そんなの……忘れるなんてできないよ!!」
女性はそんなことはできないと、妖精のおまじないを振り解こうと首を振る。
けれど彼女の意思は関係ない。一度でも眠れば彼女は妖精のことを忘れる。それはもう、覆しようのない現実だ。
——……そうだね。もしも……もしもキミとボクがもう一度出会うことができれば……。
——けど……それはないかな。失った肉体を取り戻すには……少なくとも十年以上はかかるからさ……。
万が一、忘れた後でも二人が顔を突き合わせればそれをきっかけに彼女も妖精のことを思い出せるかもしれない。
だがそのためには十年以上先で、また二人が出会わなければならない。妖精はともかく、十年もすれば人間は変わる。思い出も失われる以上、もう一度出会える確率はほとんど偶然といっていい。
——あ、やばい……そろそろ眠くなってきた……。
きっとそんな都合の良い奇跡など起こりはしないだろうと、妖精はもう二度と彼女とは会うことができない寂しさを隠し、微笑みながら眠りにつく。
ずっと耐え忍んでいた眠気に身を任せるよう、そっと目を閉じていく。
——ほら……早く家に帰らないと、風邪をひいてしまうよ。
——今日はこんな土砂降りでも……きっと記念日は良い天気になるから……。
——だから安心して……ボクはキミに……幸せになって欲しい……だけ、なんだから……。
そうして、最後まで彼女の幸せを願いながら——妖精さんはその肉体を消滅させた。
「——あ、あ、ああ? あああああああああああ!?」
腕の中から消えてしまった小さな命に、悲しみから絶叫する女性。
だけど妖精が予告したとおり。翌日には全ての悲しい出来事を忘却し、彼女は晴れ渡る青空の下で結婚式を挙げた。
妖精が用意してくれた美しいドレスが、いったいどこの誰が用意してくれたものなのかも忘れ——。
彼女は多くの人々から、その幸せを祝福される。
それが十五年前の話だ。
十五年後の現在、彼女は一児の母となり——今も幸せに暮らしている。
×
「ふぁ~……あーあ……どっかにいい儲け話。転がってねぇかな……」
ゲゲゲの森。壮大な自然が溢れる中で何とも即物的なことを口にしながら欠伸をしている男がいる。岩の上でだらしなく寝っ転がっている、毎度お馴染みのねずみ男だ。
懲りもせず、何の苦労もなく大金が手元に転がり込んでこないだろうかと思案に耽っている。
当然、そんな話が都合良く思い浮かぶわけもなく、特に何事もない平和な昼下がりが過ぎていく。
ところがそんな呑気な空気を吹き飛ばす、ちょっとした『嵐』がゲゲゲの森で騒動を巻き起こすことになる。
「——……ど………た」
「……あん?」
何かの声が聞こえたような気がし、ねずみ男は体を起こす。しかし目に見える範囲に異変などない。
気のせいかと彼がもう一度寝っ転がりかけた、次の瞬間——
森の向こうから、何かが物凄いスピードでねずみ男の方へと近づいてくる。
「——どいた!! どいたぁあああ!!」
「うおぉおおおっ!?」
その正体不明な物体はねずみ男のすぐ横をすさまじい速度で駆け抜けていく。直接ぶつかりこそしなかったものの、その余波でねずみ男はくるくると目を回す。
「い、いったい……何だってんだよ……」
そのままパタリと倒れる。
しかし、ねずみ男はすぐさま起き上がり、いったい何事かと状況を把握しようとし——先ほど通り過ぎていった『それ』がゆっくりと戻って来た。
「あはは……ゴメンゴメン! 怪我はなかったかい?」
「……なんだお前、見ねぇ面だな……どっから来た?」
ねずみ男は自分の側に寄ってきた、その小さな異邦人に対し眉を顰める。
『彼女』は魚のような乗りものに乗っていた。体長はおよそ50から60cmほど。普通の猫よりは少し大きめの小人だった。
ピンクの長髪、おしゃれな帽子。ダボダボな服にズボンと、服装だけ見ると男の子と勘違いしそうな人もいそうだが、歴とした『女の子』である。
彼女は年相応の愛らしい笑顔に自信をたっぷり、元気を満々に乗せ、ねずみ男の「誰だ?」という問いに答えていた。
「ボクはハベトロット!! 花嫁の味方で、裁縫の達人で、ハッピーエンドを運ぶ妖精さ!!」
「はぁ…………ウェディングドレスか……」
「……ん? 何か言ったか、猫娘?」
「べ、別に……何でもないわよ!」
ゲゲゲハウス内のあまりにも緩みきった平穏な空気のせいか、猫娘はため息と共にそんな呟きを迂闊にも零していた。幸い鬼太郎には聞き取れていなかったようだが、彼女は恥ずかしさから顔を真っ赤にしてそっぽを向く。
猫娘が目を通していたのはファッション雑誌だ。女性としてある程度ファッションを意識している猫娘にとってその手の雑誌は必需品。
さりとて別に躍起になってるわけでもなく、ごく自然に、特に意識を高く持つこともなくパラパラとページを捲っていただけなのだが——
彼女はとあるページに書かれていた『ウェディングドレス特集』という項目に思わず目を止めてしまっていた。
ウェディングドレス。女性なら誰でも一度は着てみたいと思う憧れ、幸せの象徴。
だがそれを着るということは、『誰か』と結婚式を挙げるという意味だ。当然、猫娘にとってその相手は一人しか考えられない。
「湯加減はどうですか、父さん」
「うむ、バッチリじゃぞ、鬼太郎。ああ、生き返る……」
だというのに、そのお相手は目玉である父親のお風呂のお湯加減を世話していたりと。猫娘の気持ちにすら気付く様子が見られない。
——……まったく……人の気も知らないで……!
自分が彼のことを勝手に好きになっているのだから苛立つのも筋違いというもの。それでも、胸の奥から込み上げてくるモヤモヤに猫娘は腹を立てる。
とりあえず一旦冷静になろうと、彼女はその場を離れ、外の風を浴びにハウス内を後にしていく。
——……? あれって……ねずみ男……と、誰かしら?
するとゲゲゲハウスを出てすぐ、猫娘は眼下の広場で仇敵のねずみ男と——見知らぬ何者かが話し込んでいる景色を目の当たりにする。猫娘側からはねずみ男の後ろ姿しか見えず、誰と何を話しているかまでは皆目検討も付かない。
ただちょうど機嫌が悪かったこともあり、彼女は自らの怒りをぶつけるかのよう、ねずみ男に向かって大声で張り上げる。
「ちょっと、ねずみ男!! あんた、また何か変なこと企んでんじゃないでしょうね!?」
「っ!! な、なんだよ、猫娘!! いきなり怒鳴り声上げんじゃねぇ……びっくりするじゃねぇか!!」
猫娘の唸り声に条件反射でビクッと肩を震わせるねずみ男。彼としても常に悪いことを話しているわけではないのだろうが、どうにもこればかりはしょうがない。
ねずみ男の日頃の行いが悪いのもあるが、彼と猫娘の関係が険悪なのだ。
これは猫とねずみという動物としての構造上、仕方がない自然界の摂理なのである。
「……ん、誰だい……って、おおっ? おおおっ!?」
そんな猫とねずみの終わることのない戦いをよそに、ねずみ男と話をしていた何者かがで猫娘の方へと視線を向ける。
ふらふらと宙に浮く鯉のぼりにも見える乗り物に乗ったその小人は、猫娘の姿を見るや——彼女の側までものすごいスピードでカッ飛んできた。
「な、なによ……アンタ……」
「ふ~む……ほうほう。これはこれは……」
猫娘は見知らぬその小人にじろじろと観察されて思わず後退る。しかし相手が同性であったこともあり、それを力尽くで追い払うような真似はしなかった。
暫し観察されることを黙認していると、小人の方から元気一杯に声を掛けてくる。
「いいね! キミ、ボクの花嫁になってくれないかい!?」
「…………は、はぁああああああ!?」
あまりにも唐突な発言に最初は何を言われているのか分からなかった。その意味を理解し、我に返った猫娘が素っ頓狂な叫び声を上げる。
初対面の相手から、わずか数秒で結婚(しかも同姓から)を申し込まれたのだ。猫娘でなくても驚きたくなるというものだろう。
「どうしたんだ、猫娘?」
「何を騒いで……ん? 誰じゃお前さん、見ない顔じゃのう」
さらに猫娘の悲鳴を聞きつけ、ゲゲゲハウスから鬼太郎や目玉おやじまでも顔を出してきた。
「き、鬼太郎!? いや、なんでもない!! なんでも——」
このタイミングでの鬼太郎の介入に猫娘はさらに顔を真っ赤に叫ぶ。何とか平静を装って彼を下がらせようとするのだが——
「おっ!! 良さげな相手もいるみたいだね! お嫁さん力も高そうだし、キミなら最高の花嫁になれるよ!!」
「は……はぁっ!? 相手って……えっ? き、鬼太郎が……え、ええええ!?」
小人は鬼太郎を指し示しながら、さらにとんでもないことを言ってのける。
——き、鬼太郎と……け、け、け……!?
——いや、ていうか……さっきから言ってることが矛盾してない!?
小人の言葉にさらに動揺する猫娘だが、よくよく考えると言っていることに変な食い違いがある。
小人自身が「ボクの花嫁になってよ」などと言っておきながら、鬼太郎を指して「良さげな相手」などと、鬼太郎との結婚を勧めるような言動をしてくる。
いったいこの小人は何を言っているのだろう。困惑と恥ずかしさからまともな受け答えができない猫娘。
「あ~……おーい、ハベトロットとやら……」
そうして猫娘が困り果てていると、まさかのところから助け舟が出される。彼女よりも先に小人と話をしていたねずみ男だ。
彼は小人——ハベトロットという名の小さな異邦人に対し、どこか呆れた様子で声を掛ける。
「お前さん……他に花嫁がいるって言ってなかったっけ? それなのにそんな野暮ったい女に粉かけてる暇があんのかよ?」
「だ、誰が野暮ったいよ! って……他の……女?」
ねずみ男のデリカシーのない台詞にカチンとなりながらも、猫娘はますます意味がわからず眉を顰める。他に女性がいるというのはどういうことだ。場合によっては浮気、不倫、アバンチュールなどといった言葉が連想される危険な状況である。
「あー、そうだった、そうだった! ボクの悪い癖だな。良さげな子を見つけちゃうと、ついつい声を掛けちゃうんだわ!!」
しかしハベトロットはあまり気にした様子もなく、特に悪びれずに無邪気な笑顔を振りまいていく。
「待っててね! 今の子を無事に送り出せたら、次はキミを幸せにしてあげるから!! よーし! そうと決まれば……張り切って仕上げちゃうぞ!!」
などと気合を込めて叫びながら、ハベトロットはゲゲゲの森の奥深くへとフラフラと飛び去って行ってしまった。
「…………なんなの?」
「……?」
その場に残された猫娘は唖然となり、鬼太郎も訳が分からずに首を傾げている。
小人は小さいながらも嵐のように現れ、嵐のようにその場を引っ掻き回していった。
これがゲゲゲの森の妖怪たちと妖精・ハベトロットとのファーストコンタクトである。
×
ハベトロットとは——スコットランドやイングランドに伝承として登場する、糸紡ぎの妖精である。
言い伝えでは糸を噛んでの裁縫仕事で唇が垂れ下がった、醜い老婆での姿が定番となっているらしい。
だがそれは人間側の勘違い。彼女たちは基本的に子供の姿をしているらしく、近年のハベトロットたちは美容のケアを怠らないため、唇がたらこ唇になることもないそうだ。
裁縫仕事のプロであるハベトロットたちが作る衣服には特別な力が宿るとされる。彼女たちの紡ぐ糸で編み込んだ衣服を着れば、立ちどころに病が治り、幸せになれるというのだ。
彼女たちはその力を人間のために、特に困っている若い娘のため行使する。大量の針仕事を命じられて途方に暮れている貧しい娘や、結婚前、てんやわんやで忙しい花嫁のために全力で力を尽くしてくれるという。
そこには一切、後ろめたい企みなどない。
純粋にその人間を幸せにしたい、『花嫁』を幸福にしたいという願いのために走り回る。
それこそが、ハベトロットという妖精なのである。
「……ってのが、俺があいつから聞いた話だ。まあ、どこまで本当かは知らんがね……」
と、ねずみ男はハベトロットという妖精のことを鬼太郎や猫娘へと語っていた。もっとも、彼自身も本人からの受け売りだ。その話がどこまで本当かなどは何一つ保証できない。
「落ち着いて針仕事ができる場所を貸して欲しいとかって、俺に尋ねてきてな……」
ねずみ男はそのハベトロットから道を尋ねるような気軽さで「洞窟でも木の中でもいいからさ、どっか針仕事ができる場所貸してくれない?」と声を掛けられたらしい。
ゲゲゲの森には妖怪が住み着いていない洞穴や樹洞などといった、がらんどうの住居がいくつかあったため、ねずみ男はそこを紹介してやっていたのだ。
「なんでもあいつ、困っている花嫁のために花嫁衣装を作りたいとかなんとか……」
ハベトロットが仕事場を欲していたのは、花嫁衣装を編み上げるためだという。明日にも結婚式を控えている娘のため、今日のうちにウェディングドレスを用意しなければならないのだとか。
そのために集中できる仕事場を探していたところ、彼女はこのゲゲゲの森に辿り着いたという。西洋の妖精であるハベトロットにとってもこの森は居心地が良いらしく、仕事場には最適な環境らしい。
「ハベトロット……父さん、聞いたことあります?」
「いや、初耳じゃ。妖精……日本でいうところの妖怪、いや……精霊に近いんじゃろうが、違いもよく分からん……」
ねずみ男の話を一通り聞き終え、鬼太郎と目玉おやじは思案に耽る。
目玉おやじは妖怪については博識だが、西洋の妖怪に関してはほとんど知識がない。さらに相手は『妖精』という、鬼太郎たちにとっても未知の存在。
似たような存在としての『精霊』であれば『木の子』や『トゥブアン』といったものたちと面識もあるが、彼らも彼らでよく分からない価値観の元、独自の生存圏を維持している。
ハベトロットと名乗った妖精も、一見すると特に害意がないように見えるが、よく分からない相手である以上油断は禁物。未知数な相手として、ある程度警戒心を持って接する必要があるかもしれない。
「……それで? なんであいつは私のことを『花嫁にする』だかどうだか言ってたわけよ……」
そんな中、それまで沈黙を保っていた猫娘がぶすっとした表情で口を開く。ハベトロットのおかしな言動に翻弄されたり、恥ずかしい目にあわされたりと。鬼太郎の前で恥をかかされ、かなりご立腹な様子だ。
「猫娘、何でそんなに不機嫌なんだ?」
「……なんでもないわよ! ……ふんっ!!」
それなのに、鬼太郎の方はまるで気にした素振りを見せず、猫娘がどうして怒っているのかも理解出来ていない。
——何よ!! ちょっとは動揺するなり! 嫉妬するなりしなさいよね!!
自分が他の誰かの花嫁になるかもしれない、あるいは自分と一緒になるかもしれない可能性を示唆されたのだ。猫娘としては鬼太郎にも、もっと感情を露わにするなり、取り乱したりして欲しいと思ってしまう。
果たして、猫娘の繊細な乙女心を理解する日が鬼太郎にやってくるのだろうか?
この調子では少なく見積もってもあと数十年は掛かるだろうと。二人の恋路を静かに見守る森の仲間たちが、人知れずため息を吐いていたというのは完全な余談である。
そんなこんなもあり、一晩の時間が流れていく。
「ええっと……あの妖精の仕事場は……こっちか?」
「なんで私まで……」
翌日の早朝。鬼太郎と猫娘はハベトロットの仕事場へと足を伸ばしていた。
ねずみ男が彼女に勧めたその場所は、お世辞にも環境がいいとは言えない、暗くてじめじめした洞窟である。彼女はその洞窟に入ったっきり、そこから一切出てくる気配を見せない。
どうやら本当に一晩中そこにこもって、花嫁衣装の制作に没頭しているようだ。
「……それにしても、花嫁衣装というやつは一晩で出来るものなのかのう?」
「そんなわけないでしょ。普通はもっと時間が掛かるものよ……」
鬼太郎の頭の上で目玉おやじは素朴な疑問として首を傾げ、そんな彼の安易な疑問に猫娘が呆れて首を振る。
「私もそこまで詳しいわけじゃないけど早くても二ヶ月……普通でも半年前から準備しておくものだそうよ」
それは、昨日読んでいたファッション雑誌のウェディングドレス特集に記載されていた注意事項だ。
通常、ウェディングドレスをオーダーメイドで用意する場合、ドレスのオーダー方法による違いこそあるものの、二ヶ月から四ヶ月。素材から特注する場合は六ヶ月以上の制作期間を必要とする。
当然ながら費用もばかにならない。安いものでも十万。デザインや質でこだわったブランドものであれば、五十万から百万はするとのこと。
そのため、結婚式を挙げる女性の大多数はドレスの購入ではなく、レンタルに留めておくのが基本だとされている。雑誌の調べによれば、その比率はおよそ2:8。ほとんど八割の女性がウェディングドレスをレンタルで済ましているという。
レンタルであれば予算も抑えられるし、長い制作期間を掛けずとも着ることができる。決して裕福な人が多いとは言えない昨今の情勢を鑑みれば、その理由も納得が出来るというもの。
「それなのに一晩でドレスを仕上げようだなんて無茶苦茶よ! そんなの間に合いっこないわ!」
ねずみ男の話によれば、ハベトロットとやらは今日までにドレスを一式用意しなければならないという。今日の午前中には、彼女がいう『ボクの花嫁』とやらが結婚式を挙げる予定だとか。
未だにハベトロットが口にする『ボクの花嫁』という言い回しには慣れないが、要するに『結婚を控えている女性』という解釈で問題ないのだろう。
困っている娘を助ける、ハベトロットという妖精らしい面倒見の良さだが、いかに裁縫仕事が得意であろうとも、それはあまりにも無茶というもの。
故に鬼太郎たちはハベトロットの仕事が間に合っておらず、今頃は途方に暮れているであろうと彼女の心配をしていた。
ところが——
「——へ、へへへ……やったぞ、間に合った!!」
鬼太郎たちが彼女のいる洞窟に立ち入ろうとしたところ、ハベトロットの方から外へ出てきた。手には妖精である彼女よりも大きな箱を、意外にも力持ちなのか片手で持ち上げている。
「万歳! 万歳!」と無邪気に喜んでいることから、その箱の中身こそが例の品だと理解できる。
「まさか……もう出来たの!?」
「なんと!? 仕事の早い奴じゃのう……」
まさか本当に一晩でドレスを仕上げてしまうとはと猫娘が目を見張り、目玉おやじも驚きを隠せないでいる。
「……と、とっとっと?」
だがそのとき、はしゃいでいたハベトロットの体が突然、電池切れを起こしたかのように倒れ込んでいく。
「! 危ない!?」
「っと……ちょっと、気を付けなさいよね!! ……大丈夫?」
鬼太郎が慌てて彼女へと駆け寄り、その小さな体を抱き上げる。猫娘はハベトロットの手から地面に落ちそうになっていた箱をキャッチする。
ハベトロットや大切な荷物を無事に守ることができたのだが、ハベトロット自身がかなり消耗しきっている。
「うぅう……ね、眠い……」
診断するまでもなく寝不足による疲労だ。夜を通してドレス制作に向き合っていたのだから、ぶっ倒れるのも無理からぬこと。おまけに彼女が仕上げていたのはウェディングドレス。そんじょそこらの衣服とは制作に必要になってくる技量も段違いに跳ね上がってくる。
鬼太郎たちにはその苦労を想像することしかできないが、きっと相当な負担がハベトロットという妖精の肉体にかかっているのだろう。
「ど、ドレスを……ドレスを……ボクの花嫁に届けないと……」
だがハベトロットは自身の疲労困憊など気にも留めない。せっかく作った花嫁衣装を花嫁の下まで送り届けようと。地面を這ってでも進もうとしている。
「こりゃ! あまり無茶をしてはいかん! 無理をすれば……お前さんの肉体が消滅してしまうぞ!」
目玉おやじが無理をしてでも動こうとするハベトロットを嗜めた。
妖怪や妖精が過労死するかどうかは知らないが、今のハベトロットの疲労具合を見ていると本当に死んだしまうのではないかと心配になってしまう。
「けど、花嫁が……ボクの花嫁が、待ってるんだよぉ~……!」
それでも、ハベトロットは涙ながらに叫ぶ。
せめてこの花嫁衣装を届けねば死んでも死に切れないと。ボロボロの体になりながらも花嫁の幸せを願い続ける。
「……分かった。そこまで言うのなら、その衣装はボクが届ける」
「まあ、そうなるわよね……し、仕方ないし、私も付き合ってあげるわよ!」
その健気さに心を打たれたのか。鬼太郎はハベトロットの代わりに花嫁衣装を届けると申し出ていた。猫娘もそこまで必死なところを見せられては手伝うしかないと、嘆息しつつも重い腰を上げる。
「——ほんとかい!? じゃあ……悪いけど、頼むよ! あっ、出来れば、写真も撮ってきてくれるとハベにゃんは嬉しいな!!」
すると、その途端「にぱぁ~!」と元気な笑顔になるハベトロット。
手提げカバンからカメラまで取り出し、それを鬼太郎に手渡していく。
「それじゃあ、後はよろしく!! Zzz……」
それで安心したのだろう。ハベトロットは速攻で倒れ込み、その場にて眠りこける。
そのまま穏やかな——というより、結構呑気な寝息を立てながら爆睡するのであった。
「……意外と余裕そうね、コイツ……」
「……ま、まあ、とりあえず……今は寝かしておいてやろう。のう、鬼太郎?」
「……そ、そうですね、父さん」
ハベトロットのあまりの寝付きの良さに、安心するなり呆れるなりする一同。
本当は割と余裕があるのではと思いながらも、とりあえず引き受けた仕事をこなすために顔を上げる。
ハベトロットからカメラと一緒に渡された地図を頼りに、花嫁が待っているという『式場』へと赴くこととなる。
×
「はあ~……いいなぁ~、ウェディングドレス……わたしもこんな素敵なドレスが着てみたいよ……」
休日の朝。学校がお休みで特に出かける用事がないこともあり、犬山まなは自宅のリビングで寛ぎながら朝の情報番組に目を通していた。
平日とはちょっぴり趣が違う感じで流れる休日の朝番組。その日の番組内では『ウェディングドレスの輝き』と銘打たれた内容がワンコーナーで特集されていた。
まなは女の子として、目を輝かせながらテレビに釘付けになる。もっとも猫娘とは違い具体的な相手がいるわけでもない。
単純に素敵なドレスを着てみたいという、ただの憧れでしかなかったりするのだが。
「——う、ウェディングドレスだって!? だ、ダメだ! ダメ! 結婚なんて、ウェディングなんて、まなにはまだ早すぎるよ!」
未成年の娘のちょっとした憧れを本気と受け取り、彼女の父親である犬山裕一が全力で拒否反応を示す。
愛娘である彼女がウェディングドレスを纏い、誰かに嫁入りするかもしれない。未だに娘離れができていない彼にとって、それは想像するだけでも泣きたくなる光景だ。
「あなた……まなはまだ中学生よ。今からそんな心配したってしょうがないじゃない」
そんな父親の親馬鹿ぶりに呆れる妻・犬山純子が溜息を吐く。父親よりも母親の方が娘の嫁入りには理解があるというのが一般的だが、犬山家においてもその法則が当て嵌まるようだ。
「まなも、そういう話は相手を見つけてからにしてちょうだい。浮ついた話もないのにそんなこと言ったって、虚しいだけよ?」
寧ろ、純子としては娘のまなに好きな相手の一人くらいいないのかと。彼女の恋愛事情にそれとなく物申す。
運命の相手が何やらと少女漫画の影響を受け、色んな人の色恋沙汰に首を突っ込むまなだが、当の本人は未だに『LIKE』と『LOVE』の区別すらついていないお子ちゃまだ。
この調子では娘の嫁入りなど夢のまた夢だと、純子はやれやれと肩を竦めている。
「む……ふ~んだ! ほっといてよ……」
痛いところを突かれた母親の台詞に、まなは拗ねたように頬を膨らませる。
「そ、そうだよな……まなが結婚なんて……そんなのありっこないじゃないか……は、ははは……」
裕一は娘の結婚など、それこそ遠い未来の話だと理解したのか。湯呑み茶碗を持つ手がプルプルと震えているなど、動揺こそ隠しきれていなかったがとりあえず大人しくなった。
何にせよ犬山家は平和だった。
平穏な休日の午前のひとときが、今日も穏やかに過ぎ去っていく。
「……まな、ちょっと良いかしら」
「なに、お母さん?」
そんな何でもない日になる筈だった休日に、ちょっとした事件が起こる。
手持ち無沙汰になっていたまなに、不意に純子が声を掛ける。彼女は少し悪戯っぽい笑みを浮かべながら、まなにとある提案を持ち掛けていたのだ。
「ウェディングドレスが着てみたいって言ってたけど……私ので良ければ、試しに着てみても良いわよ?」
「……えっ? う、うちにあるの? ウェディングドレス!?」
これにはドレスを着てみたいとぼやいていたまなもキョトンと目を丸くする。
ウェディングドレスなど、それこそ一生に一度でも着れれば最高という代物だ。特に相手を決めているわけでもない今のまなからすれば、あまりにも現実感がない御伽噺の代物にすら思えてしまう。
そんな娘の反応にしてやったりの笑顔を浮かべ、純子は軽くウィンクをして見せた。
「お父さんには内緒よ? まなのウェディングドレス姿なんて見たら……あの人、今度こそ泣いちゃうかもしれないから」
「よっと……ほら、これよ」
そうして、彼女たちがやって来たのは純子のクローゼットがある部屋だった。普段はまなもあまり立ち寄らない小さな一室。そのクローゼットの奥の奥に、そのドレスは大切に保管されていた。
「…………す、すごい……すっごく綺麗……」
いざ憧れのドレスを目の前にし、まなの口からは感嘆の声しか出てこない。遠目からしか見ることのできなかった『ウェディングドレス』。それが、今まさに手の届くところにある。
しかし、そのドレスには安易に手を伸ばすことができない。それほどまでに触れ難い、神々しさのようなものがそのドレスには感じられた。
デザインはシンプルで、何の混じり気も飾り気もない純白の花嫁衣装。
それなのに綺麗や美しいといった感想以外、何も口にできない。まさに花嫁のためだけに洗練された『宝物』がそこにはあった。
「ほら、まな……こっちいらっしゃい」
「う、うん……」
その宝物の持ち主である純子がそのドレスを手にし、娘であるまなを自分の元へと手招きする。
あまりにも美しいドレスの前で萎縮しきってしまったまな。彼女は恥ずかしそうに頬を染めるばかりで、母親の着せ替え人形になってしまっていた。
「う~ん……まあ分かってたけど、まだ全然サイズが合ってないわね」
試着する前に軽く衣装を当ててみるものの、残念ながらサイズが全然合っていない。当たり前の話だが、十四歳のまなに純子が二十代のときに着ていたドレスなど、着れるわけもなかったのである。
「うわぁ~……すごい……」
だが、花嫁衣装と一緒に映っている自分の姿を鏡越しに見れただけでもまなはうっとりと見惚れていた。これでも十分過ぎると、まなはすっかりお姫様気分に浸っていく。
「まっ……今はこんなところかしらね。まなにはもうちょっと大きくなってもらわなきゃ。このウェディングドレスを着れるくらいには……ねっ?」
「う、うん……えっ? わ、わたしが着てもいいの? このドレスを!?」
見惚れていて反応が遅れてしまったが、純子はこのドレスをまなに結婚式で着せてやりたいと母としての願いを口にしていた。まなはこんな素敵なドレスを自分が貰ってもいいのかと、目を丸くして驚いている。
「勿論! まなが良ければだけど……それとも、こんなおさがりのドレスじゃ……嫌?」
「う、ううん!! わたし着る!! 自分の結婚式には、絶対にこのドレスを着るから!!」
母親の言葉にまなは全力で笑顔を輝かせる。
家族仲の良い母娘が、母から娘へとウェディングドレスを引き継がせるのは、おさがりとはいえ家族的な繋がりを感じられるロマンチックなものだ。少なくとも、まなにはとても嬉しいことのように思えた。
それにこのドレスには新品の、時代やらトレンドやらを反映させた最新デザインのウェディングドレスなどにも負けない、『凄み』のようなものが感じられる。
とても十五年前のものとは思えない。長い間仕舞われていても全く衰えない、『輝き』がこのドレスにはあった。
こんな素敵なドレスが着れるなど、それこそ夢のようだ。
「そのためにも……まずは相手を見つけてもらわないと! お父さんがなんて言って騒ぐかはしらないけど、私はまなが一緒になってもいいなって思える人なら……いつだって大歓迎よ?」
しかし、やはりそのためにも『相手』が必要不可欠だと。将来的にその相手をまなが連れて来たとき、父である裕一とどんな一悶着があるかなどを心配しつつ。
純子は母として、そんな未来がいずれやってくることを思い浮かべながら。
ドレスを前にはしゃぐ娘に、嬉しさと寂しさを同居させた微笑みを浮かべていた。
「——それにしても……凄いね、お母さん! うちにこんな立派なウェディングドレスがあったなんて!」
その後、ウェディングドレスが仕舞われながらも、未だに興奮が冷めやらぬ調子でまなが口にする。
「こういうのって、普通はレンタルとかなんじゃないの? わざわざオーダーメイドで作ってもらうなんて!」
ウェディングドレスのような特別な行事で着る、値段も特別な衣装。成人式で着るような振袖など、まなたちの世代からすればこういった類のものは基本的に『レンタルで済ませる』といった価値観が根付いている。
なのに、まさか自分の母親がこんなにも素晴らしいドレスをオーダーメイドで発注していたことに驚きを隠せない。
こんなに素敵なドレス、きっとかかった費用だってバカにならなかっただろうにと。
「ははは! そんなわけないでしょ。私だって、このドレスは貰い物よ?」
しかしまなの予想とは裏腹に、純子もこのドレスが頂き物だと愉快そうな笑い声を上げる。
「オーダメイドだなんて……あの頃はそんな余裕、とてもじゃないけどなかったんだから……」
今でこそ調布市に一軒家を構えるほどには恵まれた暮らしをしている犬山家だが、若い頃、特に結婚する最中の二十代は特に苦労していたという。
夫婦共働きで何とか生活できるくらいの稼ぎだったと。純子は当時の苦労を思い出すような遠い目で語っていた。
「へぇ~、そうなんだ……じゃあ、このドレスは誰から貰ったの? やっぱりお母さんも自分のお母さんから貰ったものなの?」
まなはそのドレスが誰から譲られたものなのかと。自分が母親である純子から引き継ぐように、彼女もこのドレスを実の母親から引き継いだ、由緒ある品なのかと尋ねていた。
「……それはないわ。あの人が……私のためにドレスなんて、用意するわけがないんだから……」
その瞬間、純子はどこか冷めた目つきになっていた。
純子の母親。まなにとっては母方の祖母ということになるが——まなはその人物とあったことがない。
父方の親戚とは毎年のように会いにいくほどに仲がいいのだが、純子の実家である『沢田家』とはほとんど交流らしいものをしたことがない。辛うじて面識があるのは大伯母の沢田淑子くらいである。
幼い頃はあまり深く考えたこともなかったが、どうやら純子は実家と色々あって距離を置いているらしい。まなは今の歳になって、そこに並々ならぬ事情があるのだと察するようになっていた。
「……じゃ、じゃあ……いったい、誰なの? こんなに素敵なドレスを送ってくれた人は?」
複雑なお家の事情に言葉を濁らせつつも、やはりドレスの出所が気になってまなはその質問を繰り返す。
実の母親でないのなら犬山家のお義母さんだろうか。それとも別の誰かなのかと、何となく答えを予想しながら純子の言葉を待った。
「それは………………あれ?」
だが、そこで純子は言い淀んでしまう。
言いにくいというより、答えそのものが浮かんでこないと彼女は頭を押さえていた。
「…………はは、嫌ね……歳かしら……すぐに名前が……出てこないわ…………あれ?」
最初、純子はド忘れしてしまったと。すぐに思い出せないのを年のせいだと自嘲していた。
しかし——どれだけ待っても、どれだけ時間をかけても。純子の口からその答えが出てくることはなかった。
——なんで? 私……何で……?
その事実に純子自身が驚いていた。
このウェディングドレスが貰い物であることは間違いない。
そうでなければ、こんな高価なものを今も自分が持っている理由に説明が付かない。
このドレスがここにある以上、それをもたらしてくれた『誰か』が存在していたのは確かなのだ。
なのに、思い出せない。思い出そうと記憶を探っても——何故かぽっかりと穴が空いているかのように何も浮かんでこない。
——どうしても……それだけが思い出せない……。
このドレスを着て、式を挙げたことは思い出せる。
式に参列していた人たちの、自分と裕一を祝福してくれる皆の声援が未だに耳に残っている。
その席の中に母親や沢田家の親族たちの姿がほとんど見られず、少し寂し思いをしたことも。
唯一、沢田姓で出席してくれた淑子に涙ながらに感謝したことも思い出せるのに。
何故か、このウェディングドレスを用意してくれたのが『誰』なのか思い出せない。
そもそも、そんな人物がいたことすらも今の今まで気付くことができなかった。
——どうして……何で、こんな……。
幸せに彩られていた筈の記憶に翳りが生じる。
幸せだったことに間違いはない筈なのに。今も幸せな筈なのに。
ただ一人、自分に幸福をもたらしてくれた人のことを——どうしても思い出すことができない。
——なんで……どうしてこんな、切ない気持ちになるんだろう……!
その事実がどうしようもなく切なく、たまらなく悲して。
「う、うう……うぅ…………」
純子は胸が詰まったかのように、まるで帰り道を失った迷子の子供のように泣き崩れていた。
「お、お母さん!? ちょっ……だいじょ、え? えぇええ!?」
いきなり泣き出した純子にまなは仰天する。
いつも気丈な筈の母親が、自分の眼前で涙を流していることに戸惑いを隠せない。
彼女には母親がそのように泣く理由も、慰める方法も分からなかった。
ただただ子供のように泣き続ける母親を前に、あたふたと慌てふためくしかなかったのであった。
人物紹介
ハベトロット
今作の主役。花嫁をぜったいぃいいいに幸せにする妖精さん。アヴァロン・ルフェで妖精という存在に絶望したマスターたちの心に一筋の希望を抱かせてくれた。
彼女やマイク、レッドラやコーラル、モルガン一家には敬礼を! 妖精ども……特にオーロラ、テメェはダメだ!!
今作のハベにゃんはあくまで単体での出演です。Fgo世界限定のハベにゃん砲とかは出ないのでそこはご了承下さい。
犬山純子
今作におけるキーパーソン。
あまり説明してしまうとネタバレになってしまうので、話の流れから色々とお察し下さい。
尚、『もっけ』とのクロスの際にも後書きに記入しましたが、本作における純子さんの親戚筋は『沢田姓』で統一しています。そして、本シリーズにおいて、純子さんは実家から距離を置いている、という設定です。
彼女の実家は……『月姫』的にいうと遠野家のようなーー『旧華族』的な家のイメージです。
色々と由緒ある家であり、そこで縛られる窮屈なしきたりなどに嫌気がさし、実家を飛び出した純子。
それと似たような経歴であることから淑子さんから、色々と面倒を見てもらっている……といった感じのバックストーリーでお願いします。
とあるクロスオーバーにおける大事な伏線。
いずれ回収すると思いますので、そのときまでお楽しみに!