ゲゲゲの鬼太郎 クロスオーバー集   作:SAMUSAMU

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こんにちは、ハベトロットの花嫁衣装、中盤のストーリーです。
当初の予定では……今回はハベトロット以外のfgoキャラを出す予定がなかったのですが。
今回、ちょっとしたゲストキャラを出すことになりました。

あくまで敵枠キャラとして出すため、あまり深掘りはしないつもりです。
ですが、ハベトロットとの接点が全くないキャラではないです。
いずれハベトロットがイベントなどで登場し、このキャラと絡んでいるところなど見てみたい思い登場させていきたいと思います。

それでは本編をどうぞ!


ハベトロットの花嫁衣装 其の②

「——ど、どうでしょうか? 似合って……いますか?」

「——……う、美しい……き、綺麗だ……」

 

 とある結婚式場の控室にて。その式の主役である新婦と新郎の御両人が見つめ合っていた。花婿は白いタキシードに、花嫁は純白のウェディングドレスにそれぞれ着替えている。

 花嫁のウェディングドレスはマーメイドドレス。人魚のようなシルエットがふんわりと広がるスカート。スリムな脚線美を際立たせるそのデザインは、彼女の健康的でスレンダーな美貌をより一層引き立てている。

 ドレスを纏った女性の美しさに新郎は見惚れている。単純な褒め言葉以外何も浮かばない、ただのポンコツと化していた。

 

「…………」

「…………」

 

 それはドレスをここまで運んできた、ゲゲゲの鬼太郎と猫娘も同じだった。ハベトロットから花嫁に渡すように託されたそのドレスは、女性が着ることであるべき姿へとなった。

 ドレス単体でも十分に綺麗だったのだが、彼女がそのウェディングドレスを纏うことで美しさが段違いに跳ね上がる。

 その麗しさを前にしては、あの朴念仁の鬼太郎でさえも唖然と立ち尽くすしかないでいる。

 

「鬼太郎よ、見惚れるのもよいが……あやつのために写真を撮らせてもらわんと……」

「……はっ! そ、そうですね、父さん」

 

 目玉おやじが鬼太郎の耳元で囁くことで彼は正気を取り戻す。疲労で寝込んでいるであろうハベトロットのためにも、女性の花嫁姿を写真に収めなければならないことをそこで思い出す。

 

「ええ、いいですよ! せっかく妖精さんが仕立ててくれたドレスなんですから、あの子にも……見てもらいたいんです!」

 

 女性は快く写真撮影に応じてくれた。彼女の好意に甘え、鬼太郎はカメラマンとなって女性のウェディングドレス姿を撮影していく。

 

「……貴方は……あの妖精と、ハベトロットとはどこで知り合ったの?」

 

 鬼太郎が撮影をしている最中で猫娘が花嫁に尋ねる。彼女がハベトロットという西洋の妖精とどのような経緯で知り合い、どうしてそのような美しいドレスを用意してくれる流れになったのかを尋ねていた。

 

「……実はこのドレス……亡くなった母の形見なんです」

「……えっ?」

 

 すると女性から予想外の答えが返ってくる。いきなりの話題に目を丸くする猫娘だが、花嫁は気にすることなくさらに詳細を語ってくれる。

 

 

 

 女性の話によると、彼女の着ているウェディングドレスは元々が母の形見であり、それをリメイクして着用するつもりでいたらしい。リメイクの際には昔のデザインを今の時代に合わせて補修するものだ。そうやって、そのドレスは幾度となく引き継がれてきた。

 

「けれど……式の前日に事故がありまして。業者に仕立て直して貰ったドレスが……台無しになってしまったんです」

 

 しかし、せっかく業者にリメイクして貰ったドレスが式場スタッフのミスで見るも無残な姿になってしまったという。そこからドレスを補修するのに、少なくとも数週間かかると言われてしまった。

 

「代わりを用意すると言われたのですが……私、どうしてもこのドレスで式を挙げたかったんです……」

 

 式場側から責任を持って代わりを用意すると提案されたのだが、彼女はどうしてもこのドレスで結婚式を挙げたかった。形見の品を身に付けることで、幼い頃に亡くなってしまった母が今も見守ってくれていると。そう思いたかったのだ。

 けれど、彼女一人の我儘で式全体の日程を遅らせることもできない。出席者は皆、忙しい中をわざわざこの日のために集まってくれたのだから。

 

 彼女はやむを得ず、代わりのドレスを着て式に出ることを了承するしかなかったのである。

 

「そうして困っていた私に……あの妖精さんが声を掛けてくれたんです」

 

 それでも、未練は捨てきれずに一人気落ちしていた女性。するとあの妖精が——ハベトロットがどこからともなく現れ、声を掛けてきたという。

 

『——任せときなよ!! キミの形見の花嫁衣装……ボクが明日の結婚式までに仕立て直して上げるからさ!!』

 

 花嫁から事情を聞き出したハベトロットは、そのドレスを自分が『直す』と申し出ていた。

 得体の知れない妖精からの提案に女性の中では様々な葛藤があったが——結論として、花嫁は形見のドレスをハベトロットに預けることにしたのだ。

 

「……本音を言うと……あまり本気にしてませんでした。あんなにボロボロだったドレスを一日で仕立て直すだなんて、出来っこないと思ってましたから……」

 

 もしかしたら、そのままドレスを持ち逃げされるのではと。自分が騙されている可能性すらも脳裏を過った。

 けれど、母のドレスで結婚式を挙げられないと、自暴自棄になっていたところもあったのか。半ばヤケになり、彼女はハベトロットにこのウェディングドレスを渡していたという。

 

 

 

「……そう、だったんですね」

 

 後のことは鬼太郎たちも知ってのとおり。ハベトロットは見事に一夜で仕事を終え、『母のドレスで結婚式を……』という花嫁の願いを叶えることに成功した。

 

「……あの妖精さんに……伝えてください……」

 

 花嫁は感謝と感激のあまり涙を流しながら、鬼太郎たちに頼んでいた。

 ここへ来れなかった妖精さんに、ハベトロットにお礼の言葉を伝えてくれと。

 

 

「——ありがとう。貴方のおかげで……私、今とっても幸せです!!」

 

 

 輝かしいほどの笑顔で自分が今この瞬間——。

 

 

 紛れもなく、世界一の幸せ者であることを伝えて欲しいと託していた。

 

 

 

×

 

 

 

「あのハベトロットという妖精……どうやら悪い奴ではなさそうじゃな」

「そうですね、父さん……」

 

 ウェディングドレスを無事に送り届けた帰り道。鬼太郎と目玉おやじはハベトロットという妖精について話していた。

 それまではどこか正体が不明で何気なく警戒していた相手だが、先ほどの花嫁の事情を聞けばそんな気も失せてくる。

 

 あのハベトロットという妖精の行いは正しく、そのおかげで一組の夫婦が幸せになれた。

 人間をあんなとびっきりの笑顔にできるドレスを作ってしまった妖精の技術と情熱に、鬼太郎たちは素直に感服するしかない。

 

「……いいな。私も……あんな綺麗なウェディングドレスがあれば……」

 

 猫娘もあのドレスの出来栄えには見惚れていた。自分も「いつかあんなドレスを着て……鬼太郎と」などと。チラチラと彼の横顔を盗み見ているが、意中の相手は当然ながら全く気が付いていない。

 

「写真も撮れましたし……あの妖精に報告しましょう、父さん」

 

 彼はハベトロットとの約束を守れたことに安堵しきっており、猫娘の密やかな恋心など勘づく素振りすらない。

 今はとにかくあの妖精に花嫁の言葉を伝えてやろうと。一行は彼女を寝かしているゲゲゲハウスへの帰路を急いでいく。

 

 

 

「——お帰り~!! ドレスはちゃんと届けて来てくれたかい?」

 

 ゲゲゲハウスに戻ってきた鬼太郎たちを、笑顔のハベトロットが出迎える。

 ウェディングドレスを仕立ててすぐに眠りこけていた彼女だが、鬼太郎たちが出かけている間にすっかり体力を回復させ、身を起こしていた。

 

「ふぃ~……やっぱ労働の後の温めたミルクは格別だねぇ、ほっ……」

 

 縁側で茶を啜るご老体のような仕草で温かいミルクを口にし、まるでそこを我が家のように一息ついている。

 

「ああ……ちゃんと届けてきたよ。写真も撮らせてもらった……見るかい?」

 

 人の家で随分とリラックスしているハベトロットに何か言いたげな鬼太郎だったが、とりあえず依頼の報告を先に済ませる。花嫁の手に無事ウェディングドレスが渡ったことや、彼女が感謝していたこと。

 そして、花嫁のウェディングドレス姿をカメラに収めたことを伝えるや、ハベトロットは眩しいほど輝かしい笑顔で喜びを露にする。

 

「ほんとかい!? いや~……それならボクも頑張った甲斐があったよ! あっ、写真、写真も見せて! ああ、やっぱり綺麗だな~! ウェディングドレスを着たあの子は……本当にお姫様みたいだよ!!」

 

 ハベトロットはカメラを手に取るや、自分の仕立てた花嫁衣装に袖を通す新婦の写真姿にはしゃぎ回る。

 

 

「……うん、本当に……幸せそうで良かった……」

 

 

 そのまま、ハベトロットはじっと花嫁の姿を目に焼き付けるかのように写真を見つめ続ける。

 

「よーし!! じゃあ、次はキミの番だよ、猫のお嬢さん!! 次はキミを幸せにしてあげるから……まずは寸法から測らせてくれよ!」

 

 しかし、すぐにでもそのカメラをカバンの中に仕舞い込み、代わりに採寸ようのメジャーを取り出し、それで猫娘の体のサイズを測ろうと彼女へと歩み寄る。出会い頭に言っていたように、今度は猫娘を『自分の花嫁』にして送り出そうとしてくれているようだが。

 

「ちょっ、よ、余計なことしないでよね!! べ、別に私は……そんな、結婚とか、予定にないんだから!!」

 

 ハベトロットのお節介に猫娘は赤面しながらも叫ぶ。

 ハベトロットの作るあんなに綺麗なドレスを自分も着れると考えれば満更な気分でもないが、そのためにはやはり鬼太郎と結婚する必要が出来てしまう。

 まだ彼と付き合うことも出来てない自分にそのゴールは早すぎる。ハベトロットのお節介を今は全力で否定するしかなかった。

 

「えっ? でも相手なら…………あ~、なるほど、なるほどね!!」

「……?」

 

 猫娘の否定にハベトロットは鬼太郎の顔を見ながら、腑に落ちないような顔つきになった。だが、すぐに得心がいったとばかりに手をポンと叩く。彼女は猫娘の反応と鬼太郎のとぼけた顔つき、それで二人を取り巻く恋愛事情をそれとなく悟ってくれたようだ。

 

「オッケー、オッケー!! そういうことなら……これ以上、ボクの方からそいつを口にするのは野暮ってもんさ!」

 

 ハベトロットは採寸道具を仕舞い込みながら、猫娘の耳元でそっと囁く。

 

「……キミが勇気を踏み出して彼に想いを伝えられるようになるまで、ボクはいつでも待ってるからね……」

「っつ!?」

 

 いきなり確信を突かれた言葉に、猫娘は顔を真っ赤に恥ずかしがる。

 

「そんときになったらボクの名を呼んでくれよな!! 何処にいたってすぐにでも駆けつけて……キミのために最高の花嫁衣装を作ってあげるからさ!!」

「…………?」

 

 何でもお見通しとばかりにウィンクをするハベトロット。

 やはりというべきか、そんな二人のやりとりをどこか他人事のように鬼太郎は不思議そうに眺めるばかりであった。

 

 

 

「……ときにハベトロットよ。お前さん、これからどうするつもりじゃ?」

 

 そんなやり取りの後、ふいに目玉おやじがハベトロットの今後の身の振り方について質問していた。

 

「お前さんは西洋の妖精のようじゃが、もしもこの森に留まりたいと言うのであればわしらは反対せん。なんならあんなジメジメした洞窟より、もっと良い住居も紹介するが……?」

 

 ハベトロットという妖精が悪しきものではないと確信しつつある目玉おやじは、彼女にこの森の一員として留まることを容認する口ぶりで提案した。

 住居もいくらか余っているため、一人二人増えたくらい問題はない。ハベトロットがわざわざこの森を仕事場として選んだのも、ここの環境が彼女にとっても居心地がいいからだろう。

 余所者である妖精にとってこの提案は悪くないものであり、これに鬼太郎や猫娘も異を唱えることはなかった。

 

「う~ん……ありがたい申し出なんだけど……ボク、どこか一箇所に留まるつもりはないんだ!」

 

 しかし、ハベトロットは難しそうな顔をしながら首を横に振る。

 

「ボクの夢はね……一人でも多くの花嫁を幸せにすることなんだ! そのために、世界中を旅して巡ってるんだよ!!」

 

 ハベトロットは弾けるばかりの笑顔で己の夢を語る。

 

 彼女は糸紡ぎ車の妖精、裁縫の達人、幸福の運び手。ハベトロットという妖精自体が人間の味方であり、彼女たちは故郷の土地でも困っている娘たちに多くの幸福をもたらしてきた。

 その中でも彼女というハベトロットは変わり者であり、自分から世界中を旅し、一人でも多くの花嫁たちを幸せにするという、夢のために頑張っているんだとか。

 

「まあ、暫くの間は面倒をかけるかもしれないけど……時期が来たらまた旅に出るよ」

 

 そのため少しの間なら厄介になるかもしれないが、決して一箇所には長居しないという。

 

「きっと世界の何処かに、ボクの手助けを必要としてくれている『ボクの花嫁』が待っているかもしれないからね!」

 

 世界の何処かでハベトロットの助けを必要としてくれる花嫁がいるなら、彼女はそこがどこであろうとも駆けつける。

 それが——自分という妖精の『在り方』なのだと自信満々に語っていた。

 

「そうか……わかった。何か困ったことがあれば遠慮せずに言ってくれ」

 

 そんなハベトロットの力強い想いに、鬼太郎も口元に笑みを浮かべる。

 微力ながらも力を貸すと。鬼太郎にしては珍しく、自分から彼女の世話を焼いてやりたいという気持ちにさせられていた。

 

 

 

 

 

「……とりあえず、最初の洞窟よりはいい場所に案内しといたわ。あんなジメジメした洞窟よりは……まあ、住み心地はいいでしょ」

「ああ、ありがとう……猫娘」

 

 その後、猫娘がハベトロットを仮住まいの住居へと案内し、彼女は暫くの間そこで寝泊まりすることになった。ねずみ男が最初に紹介した洞窟は明らかに住むにしては難しい環境だったため、あれよりはマシな物件を鬼太郎たちで紹介してやったのだ。

 

 それでも、時期とやらがくればその場所からも立ち去り、彼女は旅立ってしまうのだろう。

 あの小さな体で、より大きな夢を叶え続けるために——。

 

「父さん、世界中にはいろんな妖怪、いえ……妖精がいるんですね」

「うむ、そうじゃな!」

 

 鬼太郎と目玉おやじは感心していた。彼らにとって妖精は未知の存在であり、当初はかなり警戒心を持って彼女と接していたと思う。おまけに西洋の存在といえば鬼太郎たちにとっては『侵略者』という側面が強かった。バックベアード然り、吸血鬼然り。

 しかし、ハベトロットにそのような心配は無用であると。

 彼女が自分たちと敵対するようなことは起こり得ないだろうと、安堵しきった心持ちで呑気に茶など啜っていく。

 

「——鬼太郎しゃん! 鬼太郎しゃん!! ちょっといいばい?」

 

 するとそのとき、どこか慌てた様子でゲゲゲの森の仲間である一反木綿がハウスへと顔を出した。

 彼ははしゃぎながら、顔に隠しようのない喜びを浮かべてその人物を鬼太郎の元へと連れてくる。

 

「お客さん連れてきたばい!! ほれ、早うこっち来るね!!」

「……久しぶりね、鬼太郎」

「なんだ、誰かと思えばアニエスじゃないか」

 

 一反木綿が連れてきたのは——アニエスであった。

 西洋妖怪でありながらも鬼太郎たちと友誼を結んだ、魔女の少女だ。今は日本から離れ、姉であるアデルと二人で静かに暮らしている筈の彼女が、一人でゲゲゲハウスへと顔を出しにきた。

 

「どうしたのよ? ひょっとして……また何かあったのかしら?」

 

 アニエスに対して友好的な態度を取る猫娘だが、その反面、彼女は僅かに眉間に皺を寄せて身構える。

 これまでの経験上、アニエスが日本に来る場合——大抵は何かしらの事件が起きている。

 

 吸血鬼たちの動きが活発化したり、口汚い魔女の襲来があったり、魔獣の進軍があったりと。

 

 アニエスの責任ではないのだが、彼女の来日=何かしらの事件という図式が鬼太郎たちの脳内に出来上がりかけている。

 

「そうじゃないわよ! たまたま近くを通りかかったから……少し顔を出そうと思っただけなんだけど……」

 

 けれど、その可能性をアニエスは否定する。今回は何の事件も起こっておらず、単純に鬼太郎たちに会いに来ただけだと。だが——

 

「さっき森の中で……見慣れない子を見かけたんだけど……あれって妖精よね?」

 

 ここに来るまでの道中に、アニエスはハベトロットを見かけたらしい。

 西洋の住人であるアニエスは、遠目から目撃しただけでもハベトロットが妖精であると一目で理解できたようだ。

 

 どこか不安そうに、どこか心配そうに眉を顰め——鬼太郎たちに警告を促していた。

 

 

「——大丈夫かしら? 妖精と関わると……大半はろくな目に遭わないっていうのが……西洋だと通例なんだけど……」

 

 

 

×

 

 

 

「…………」

「純子さん? おーい、純子さん!!」

「……えっ? な、何? どうかした……あなた?」

 

 犬山家。妻である純子に、夫である裕一が声を掛けていた。

 

「どうしたのって……鍋が吹きこぼれてるじゃないか! ……気が付かなかったのかい?」

「えっ? ああ、ごめんなさい!! うっかりしてたわ!!」

 

 既に時刻は夕方となっており、純子はキッチンで夕飯作りを始めていた。しかし、彼女は吹きこぼれるまでに煮立った鍋を放置し、心ここに在らずとボーッとしていた。裕一に注意されたことで慌ててコンロの火を止める。

 仕事も家事も、何事もそつなくこなす彼女にしては珍しい凡ミスである。

 

「……なあ、まな。純子さん……何かあったのかい? 昼過ぎ辺りからずっとこうなんだけど……」

 

 妻の異変に裕一は困惑していた。朝に家族で団欒したときには何の変化もなかったのに、お昼を過ぎた辺りからずっとこの調子の純子。

 その変化に心当たりのない裕一は、娘なら何か知ってるかもしれないとまなに心当たりを尋ねる。

 

「……わたしも、詳しいことは分からない。けど……」

「けど……?」

 

 純子に何があったかなど、まなも詳しくは知らない。

 

 まなは純子の調子が悪くなる直前、彼女が大粒の涙を流していた現場に出くわしていた。それは午前中、家にあったウェディングドレスを見せてもらってからだ。そのドレスを見せてもらい、そのドレスの贈り主が誰なのかを尋ねたところ——純子は涙を流し、調子を悪くし始めた。

 どうやら、ウェディングドレスの贈り主が誰なのかを思い出せず、そのことをずっと気に病んでいるようだ。

 

「ああ、あのウェディングドレスか! ……言われてみれば、ボクも知らないな。あれは……確か純子さんが式場に持ち込んだものだったと思うけど……」

 

 裕一もそのドレスのことは覚えていたようだが、贈り主に関しては何も知らないとのこと。

 純子のようにそこまで悲しい気持ちになったりしていないところを見るに、彼は元からそのウェディングドレスについて詳しいことを知らないようだ。

 あのドレスを結婚式で着るのを選んだのは純子。何故そのドレスを着ることになったかの経緯も、全ては純子の胸の内にしかない。

 

「……何で、私……思い出せないんだろう?」

 

 しかし全てを知る筈の当人が何も覚えていない以上、そこから先の詳しい記憶を掘り返すことはできない。

 忘れてしまったという記憶を無理にでも思い出すか。それとも、思い出すことを諦めて今まで通りの日常を過ごしていくか。

 

 全ては純子次第。彼女の心の整理がつくまで、暫くはこの不調が続くかもしれない。

 

 

 

「大丈夫かな、純子さん……。よりにもよって……こんなときに……アレに出席しないといけないだなんて……」

 

 妻の不調に当然ながら裕一は不安いっぱいで頭を抱える。しかもタイミングが悪いことに純子と裕一には明日、とある式に出席しなければならない予定が入っていた。

 

 その式とは——何を隠そう、『結婚式』であった。

 

 実は明日、裕一と純子は共通の友人。そのゲスト客として結婚式の招待状を受け取っていた。

 本来なら喜ぶべき祝いの席なのだが、その結婚式の思い出を振り返ってしまったことで純子は辛い思いをしてしまっている。

 

 こんな調子で他人の幸福など祝えるのだろうか、更に悲しい気持ちにならないだろうかと。裕一は妻の心情を心配していた。

 

「……おっと!? 電話……もしもし?」

 

 だがそんなときだ。裕一の携帯電話に着信があった。彼は電話に出るや、すぐにヘコヘコと頭を下げ始める。 

 

「あっ、課長!! いつもお世話になって……えっ? 明日? 会社に出て来いって……えっ?」

「……あれ? なんかこの流れ……前にも……」

 

 電話の相手は会社の上司だった。

 まなにとっても、何だかどこかで見たことのあるやり取りを経つつ——徐々にだが裕一の顔色が悪くなっていく。

 

「し、しかし、課長っ!! 私は明日どうしても外せない用事が……はい、はい……わ、分かりました……」

 

 裕一は色々と抵抗していたがすぐに根負け。

 電話を切るや、そのまま力なく肩を落として項垂れていく。

 

「……お、お父さん……まさかとは思うけど……?」

「うん……お父さん、明日会社に行かないといけなくなっちゃった……」

 

 予想通り、休日に会社に出て来いという上司からの理不尽な命である。本来なら断るべきところだったが、社畜根性の染み付いている裕一には、本気で上司に逆らうという選択肢が取れなかった。

 

 これにより、裕一は明日の結婚式に出席することが出来なくなってしまう。

 

「ど、どうしよう!? 先方に謝らないといけないだろうし……今の純子さんを一人にはしておけないし!」

 

 この事態に裕一はパニックに陥る。

 

 招待された結婚式に自分が出席できない無礼は、最悪でも誠心誠意謝れば済むかもしれないが、純子のことは頭を下げればいいという単純な問題ではない。

 今の彼女は何をやっても身が入っていない状態だ。そんな妻を一人だけで結婚式に参加させるなど不安しかない。しかしだからといって、夫婦揃って欠席するのはさすがに失礼過ぎる。

 この事態にどうするべきかと、裕一はうんうんと頭を悩ませていた。

 

「……それなら、わたしがお父さんの代わりに式に出ようっか?」

「……えっ? ま、まなが?」

 

 すると父の悩みに、娘であるまなが解決策を提示してみせる。

 

「わたしはお父さんたちの友達って人と面識はないけど……今のお母さんが一人で出席するよりはずっと良いと思うけど?」

 

 もともと、この結婚式にまなは呼ばれていなかった。招待状は犬山夫妻の二人にだけ送られたものであり、まなは一人で留守番をする予定だったのだ。

 だが裕一が参加できないのであれば、まなが父の名代として式に出席しても何らおかしくはない。

 まなが純子と一緒に行き、本調子ではない不安定な母親をサポートすればいいのだ。

 

「う、う~ん……そうだな……それがいいのかもしれないけど……頼んでもいいのかい、まな?」

「勿論! 任せてよ!!」

 

 父親はまなを「見知らぬ人の結婚式になど出席させて大丈夫だろうか?」と心配していたが、まなとしては特に問題なかったりする。

 彼女自身、結婚式という行事に直接参加したことがなかったため、個人的にも興味があった。

 

 いずれは自分が挙げるかもしれない、あのウェディングドレスを着ることになるかもしれない人生最大のイベントだ。

 ひょっとしたら、将来的に何かの参考になるかもしれないと、割と前向きに此度の緊急参加を楽しみにしていたりする。

 

 

 当然だが、それを口には出さない。娘が結婚式を自分の将来に活かそうとしている。

 その上でさらにブーケトスまでキャッチしようものなら、父親が泣いちゃうかもしれないからだ。

 

 

 

 

 

「…………不思議よね。何でか分からないけど……思い出せないのよ……」

 

 夫と娘が明日の結婚式の出席云々をすぐ横で話し合っている最中も、純子は虚空を見つめていた。

 家族の話すらろくに耳には入って来ない。彼女は——あのドレスの贈り主が誰なのかを思い出そうと、必死に過去の記憶を思い返している。

 だがどれだけ記憶を巡っても、その相手の顔が出てこない。名前すらも浮かんでこない。

 

 時間を掛けたことで辛うじて思い出せたのは——小さな手、小さな体、小さな声。何もかもが小さい相手だったということ。

 それではまるで子供だと。そんな子供がドレスを贈ってくるなどあり得ないのに、それが正しいと納得してしまう不思議な感覚だった。

 

 

「あの人は……あの子は、誰だったのかしら?」

 

 

 それでも、それが誰だったかという明確なことは何一つ思い出せない。

 何にも思い出せないことを、ただただ『悲しい』と感じてしまう。

 

 

 結局その日、一日。

 彼女はそれ以上のことは何も思い出すことができず、夜を明かしていくこととなる。

 

 

 

×

 

 

 

「ほ~れぇい! 今日は無礼講じゃ!! 飲めや、宴や!!」

「いつも飲んどるじゃろうが……この酔っ払いが!!」

「もう~! 硬いこと言いっこなしばい……今日くらいよかとね!」

「ぬりかべ~!!」

 

 夜のゲゲゲの森。森の広場ではいつもの面子が集まっていた。

 子泣き爺、砂かけババア、一反木綿、ぬりかべ。皆がそれぞれ酒や食べ物を持ち寄り、ささやかながらにも宴会を催していた。

 

「へっへっ! 俺もご相伴に……って、痛ぇええ!?」

「馬鹿もん! 何も持ってこない奴が、タダ酒だけありつこうとするな!!」

 

 中にはねずみ男のようにタダ酒と食い物目当てで紛れ込んでいるものもいるが、子泣き爺が手厳しい言葉と共にその卑しい手を叩く。少なくとも、飯くらい持って来なければこの宴に参加する資格はないと叱りつける。

 

「なんだよ!! あいつらはダダ飯食ってんのに……俺だけ仲間外れかよ!?」

 

 それにねずみ男が不満を口にする。自分以外にも何も持ってきていないのにこの宴会に参加している者がいると。彼なりの正論を口にし、何とかして食べ物にありつこうとするが。

 

「馬鹿もん、あやつらは主役じゃ!! ゲストの『あの子』たちをお前さんと一緒にするでない! グダグダ言うとると……チューするぞ!!」

「ひぇええええ!! チュー、チューは勘弁!!」

 

 ねずみ男の言い分は砂かけババアによって一蹴されてしまう。これ以上グダグダ文句を言うようならその口を物理的に塞いでしまうぞと、唇を突き出しながらねずみ男へと迫る。

 これにはたまらんと逃げ出す、ねずみ男。そんな彼を尻目に——

 

「ははは……相変わらずね、みんな……」

「いや~、賑やかだね! ハベにゃん、こういうの嫌いじゃないぜ!」

 

 この宴のゲストである彼女たち——アニエスとハベトロットが柔らかな笑みを浮かべていた。

 

 

 今日の宴会の目的は、久し振りに日本へと戻ってきたアニエスを歓迎することにあった。

 バックベアードとの決戦以降、何かと日本を訪れる機会があったアニエスだが、その殆どが戦いによるやむを得ない来日。いつもアニエスが日本に来る際は何かと戦っているときであり、心休まる時間などあった試しがないのだ。

 しかし、今回は何かしら強大な敵が迫っているわけでもなく、アニエスも単純に皆の顔が見たくなってふらっと日本に立ち寄ったという。

 

 ゲゲゲの森の面子はそんな彼女に良い思い出を作ってもらいたいと、こうして宴の席を設けていたというわけだ。

 

「なんか悪いね!! ボクまでこんな素敵な席にお呼ばれしちゃって!」

 

 その席にハベトロットがいたのは、言ってみればもののついでだ。

 ハベトロットは『花嫁を送り出す』という大仕事をこなした後でもあったため、その頑張りを労う意味でも、彼女をアニエスと一緒に宴のゲスト席へと招いていた。

 

「なに、気にするでない……のう、鬼太郎?」

「そうですね、父さん」

「まっ……別にいいんじゃない? それだけのことはやったわよ、アンタも……」

 

 目玉おやじや鬼太郎、猫娘といった顔ぶれもこの宴には参加している。というよりも、ハベトロットをこの席に呼ぼうと提案したのは意外にも彼らだった。ハベトロットの頑張りの成果を直に見た鬼太郎たちだからこそ、素直に彼女のことを労ってあげたかった。

 

 そして、この提案に——ハベトロットと同じ西洋の住人であるアニエスも快く応じてくれた。

 

「まさか、貴方があのハベトロットだったなんてね……会えて嬉しいわ」

「こちらこそ!! 可愛らしい魔女のお嬢さん! ところでキミ、ボクの花嫁になってくれないかい!?」

 

 アニエスの方からハベトロットに握手を求め、それにハベトロットも笑顔で応じる。何気にアニエスにも「花嫁にならないか?」と決まり文句を口にするハベトロットだが、そちらの方は華麗にスルーしていた。

 

 

 

 本来、西洋において『妖精』という存在は、あまり歓迎されるものではない。

 実際、アニエスも相手が妖精であると知るや、露骨に警戒心を漂わせていた。妖精といえば可愛らしいイメージが一般的には先行しがちだが、それはフィクションでの話。

 

 西洋の住人は——彼ら妖精の大多数がろくでもない連中であり、関わると大概は酷い目に遭うということを知識として知っている。

 

 それは妖精というやつの性質によるもの。

 彼らは確かに無垢で純粋で無邪気だ。だが、その無邪気さが——他の知性体の価値観とは大きく突き離れており、彼らがやらかす洒落にならない『イタズラ』によって、ときには取り返しの付かない被害を被ることがある。

 

 例として挙げられるのは、妖精の『取り替え子(チェンジリング)』だ。彼らは人間の赤子を自分たちの子供と入れ替え、連れ去ってしまうという。

 彼らがそんなことをする理由は——『純粋に人間の子供が欲しかった』あるいは『人間で遊びたかった』という単純なもの。そんな理由で自分の子供を連れ去られてしまうのだから、やられる側からすればたまったものではない。

 

 その価値観の違いから、あのバックベアード軍団でさえも妖精からは距離を置き、アニエスも彼らとは無闇に関わらないようにと、魔女としてそのように教育を受けてきた。

 

 たとえ魔女であっても油断できないのが妖精というものなのだ。しかし——

 

 

「——ハベトロットであれば大丈夫。彼女たちは善良な妖精なのよ!」

 

 

 ハベトロットは妖精の中でも例外的な立場にいる。彼女たちは極めて善良な性質をしており、関わった者を絶対に不幸にしない、幸せにすることを心情としている。

 特に困っている若い娘には親切で、その娘がどのような後ろ暗い事情、罪状を背負っていようとも手を貸してくれるという。

 自分自身の身さえ顧みないほど。まさに献身の塊、自己犠牲の妖精だと呼べるだろう。

 

 妖精とはいえ、そんなハベトロットが相手であればアニエスも警戒心など抱こう筈もなく。

 宴の席は、終始穏やかなムードで進んでいく。

 

 

 

 

 

「——そういえば……ハベトロットは日本に来てどれくらい経つのかしら?」

 

 そうして、宴が何事もなく終わろうとしていた頃。アニエスはハベトロットに何気ない質問を投げ掛けていた。

 その内容はハベトロットが「いつから日本にいたか?」ということだ。

 

 世界を旅して廻っているというハベトロットが、この国でどれくらいの期間活動し、どれだけ多くの人に幸福をもたらしたのか。単純な興味としてアニエスは問い掛けていた。

 

「う~ん……実のところ、今日送り出した子で……多分二人目なんだわ」

 

 するとハベトロットは頭を悩ませながら、自分のことなのにどこか自信なさげに、必死に過去の記憶を思い返すようにしてその質問に答えていく。

 

「実はボク、この国に来てすぐに……肉体を消失しちゃってるんだよね」

『——えっ!?』

 

 何でもないことのように言ってのけるハベトロットだが、その発言にはその場にいた全員が唖然となる。

 

 肉体を消失——それは簡単には死なないとされる妖怪にとっても只事ではない。肉体という器を失えば魂だけになってしまい、新たに肉体を再構築するまでの間、無防備となり何も出来なくなってしまう。

 西洋の妖精もそれは同じらしく、彼女は長い間ずっと魂だけの存在としてこの国を彷徨っていたという。

 

「肉体を取り戻してから、ボクなりに暦とか調べてみたんだけど……多分十年……いや、十五年くらいは経過してたかもしんないんだ」

「十五年……意外と早い方じゃが……うむ」

 

 ハベトロットが眠っていたとされる年月に、目玉おやじが思案顔に耽る。

 十五年という年月は妖怪にとってそこまで長い時間ではない。日本の妖怪でも肉体の再構築にはさらに数十年、もしくは数百年単位をかけるものもいる。それに比べれば十五年程度、妖怪にとっても、妖精にとっても刹那の間である。

 

「そんでね……肉体を喪失する前、そのときにも一人、ボクの花嫁を送り出したとおもうんだ……」

 

 ハベトロットは肉体を失う前に一人、肉体を取り戻した直後に一人、それぞれ花嫁を見送っているという。一人は言うまでもなく今日見送った子だ。満面の笑みで写真に写っていたし、彼女に関しては心配もいらないだろう。

 

「だけど……復活の後遺症なのかな? 最初の方に送り出した子のことが……はっきりと思い出せないんだよ……」

 

 しかし病み上がりのせいで記憶が混乱しており、肉体を失う直前のことをあまり思い出せないと暗い顔をする。

 

「きっと大丈夫だとは思うんだけど……ちょっと心配なんだよね……」

 

 自分が紡いだウェディングドレスを着たのなら、その子だってきっと幸せになれたとハベトロットは思っている。けれど、その笑顔を見た記憶がないため——いまいち確信を持つことができない。

 

「せめて、あの子の顔をもう一度見ることができれば……色々と思い出すこともできると思うんだけど……」

「それは……難しいんじゃないか? 十五年は……人間にとってそれなりに長い年月だから……」

 

 ハベトロットの呟きに、鬼太郎が気の毒そうに首を振る。

 妖怪や妖精ならともかく、人間にとって十五年は長い。その女性がいくつになっているかは知らないが、十五年もあれば子供も産まれ、その子を立派に育て上げていることだろう。

 激動の人生を歩む中で、ハベトロットという恩人の存在すら忘れていても不自然ではない。

 

 その女性とハベトロットが出会える確率など、それこそ天文学的な数字といっても過言ではなかった。

 

「そうだね……うん。ボクも、それは仕方がないことだとは思ってるよ……」

 

 ハベトロット自身もそれを理解している。

 だから彼女もこれ以上、無理に自分の記憶を掘り返そうとはしない。過去のことをクヨクヨと考えるよりも、今は一人でも多くの花嫁を幸せにしたい。

 

 前向きに未来のことを考えるハベトロットは——既に次の目的地すら決めていた。

 

「じゃんじゃじゃーん!! これを見てくれ!!」

「……何それ? ……パンフレット?」

 

 気を取り直してテンション高めに彼女がカバンから取り出したのは、一枚のパンフレットだった。

 そのパンフレットがいったい何なのかと猫娘が尋ねる。正直、中身など大体予想はつくが——

 

 

「——へっへん~!! これは結婚式会場の紹介パンフレットさ!!」

 

 

 案の定、それはハベトロットの望みを叶えてくれる魔法の地図だった。

 

 その地図を頼りに明日、ハベトロットはいくつもの結婚式会場に直接乗り込むとのこと。

 

 

 きっとその式場の中に、自分の花嫁になってくれる子がいる筈だと——彼女はまだ見ぬ新婦の姿に瞳をキラキラに輝かせていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うぅ……な、何なのよ……何なのよ、あれは!?」

「しぃー! 静かにしろ……あいつに勘付かれちまうぞ!?」

 

 一組の男女が息を殺し、闇の中に身を隠していた。

 彼らは山の上から夜景を見ようとしていた、どこにでいるごくありきたりな普通のカップルであった。

 

 夜景が綺麗な穴場スポットまであと少し、あと少しと車で山道を走っていたところで——彼らは『それ』と遭遇する。

 

 

 

『——ぐるぉおおおおおおおおおおおおお!!』

 

 

 

「ひぃ!?」

 

 恐ろしい唸り声の持ち主だった。

 その声の主はいきなり道路へと飛び出し——男女の乗っていた車を物凄い力でひっくり返したのだ。

 

 その怪物の前では自動車などただの鉄屑に過ぎない。車をひっくり返されながらもなんとか一命を取り留めた彼らは、そのまま車の中で息を潜め、その怪物が通り過ぎていくのをただ神に祈るばかりであった。

 

『ぐるるる……』

 

 祈りが通じたかどうかは分からない。だが、その怪物はひとしきり暴れ回った後、何事もなくその場から立ち去っていく。

 のっしのっしと、その重苦しい図体を揺らしながら、闇の中へと姿を眩ましていく。

 

「た、助かった……のよね」

「あ、ああ……ああ」

 

 怪物の気配が完全になくなったことで顔に正気が戻っていく。正直、あの怪物がいる間は生きた心地がしなかった。

 それほどまでに、それほどまでにあれは『怪物』だと、一目で恐ろしさが理解できるフォルムをしていたのだ。

 

「——なんで……なんだってあんなもんが、あんな、恐竜が……こんなところを闊歩してるんだよ!」

 

 そう、見た目から理解できるように、あれは『恐竜』だった。

 体調は二メートル程。サイズは小型だが、どことなくティラノサウルスを彷彿とさせる出立ちをしていた。

 そんな凶悪な肉食恐竜がいきなり目の前に現れたのだから、彼らがパニくるのも仕方がないことだ。

 

「で、でもさ……あの恐竜、変じゃなかった?」

 

 だが混乱する一方で、カップルの片割れ——女性の方はその恐竜がおかしな格好をしていたことに気付いていた。

 女性だからこそ、恐竜が着ていた衣装が何であるかを理解し、それに対する疑問を口にする。

 

 

「……何であの恐竜……白無垢、なんて着てたわけ?」

 

 

 白無垢(しろむく)。全体が真っ白い生地で仕立てられた和服。

 日本では古来より様々な行事の際に用いられた衣装だが、現代で白無垢を着るとなれば用途は一つしか考えられない。

 

 結婚式。

 その式で新婦が嫁入りのために着る衣装。

 

 即ち——花嫁衣装である。

 

 そう、あの恐竜——『妖怪』は、花嫁衣装を見に纏い、暴れまわっていたのだ。

 

 

 

 

 

 彼女の名は——鬼女(きじょ)紅葉(こうよう)

 

 (みなもとの)経基(つねもと)の寵愛を受けながらも他の妻を呪ったとされ、京都を追放された女性。

 流された土地で朝廷を恨む者どもをまとめ上げ、山賊となった女性。

 朝廷からは『鬼女』として恐れられ、討伐を命じられた(たいらの)維茂(これもち)によって討ち取られてしまった女性。

 

 

 あの白無垢衣装の恐竜は——その成れの果ての姿である。

 

 




人物紹介

 鬼女紅葉
『紅葉伝説』という伝承に登場する鬼女。媒体によっては名前がなかったりするらしいですが、とりあえずfgo基準で鬼女紅葉(きじょこうよう)と呼ばせていただきます。
 間違っても(もみじ)と読んではいけません、紅葉さんが激怒してしまうので。
 fgo世界では何故か恐竜と化している彼女。今回のサマーアドベンチャーにメインで登場しても良かったんじゃないの? 高難易度じゃなくて!
 今作ではあくまでハベトロットが主役。尺の都合上、彼女が人間形態になることはないのでそこはご了承ください。
  
 次回でハベトロット編は完結予定。
 そろそろ……鬼太郎も『三年目』に突入させる準備をしておこうかと思ってます。
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