ゲゲゲの鬼太郎 クロスオーバー集   作:SAMUSAMU

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この小説の投稿時間、ちょうど同じタイミングで『デジモンゴーストゲーム』の放送がスタートしていますね。
デジモンアドベンチャーのリビルドは……正直、今一つ、よく分からないものでした。

ですがこのゴーストゲーム、私が観たかったデジモン……のような気がする!
PV映像ではジャンルが『ミステリー』と銘打たれていました。
正直デジモンのクロスオーバーは難しいと思っていましたが、この作品ならクロスできるような気がします。
とりあえず、一話目の放送を楽しみに待機してます!

さて、今回でハベトロットの物語は完結です。
色々と紆余曲折ありながらも、最後はハベトロットという妖精に相応しいハッピーエンドを目指しました。
どうか最後まで楽しんでいってください。


ハベトロットの花嫁衣装 其の③

「——いや~……いい天気だね!! まさに絶好の嫁入り日和って感じだわ!!」

 

 太陽が燦々と照りつける青空の下、妖精ハベトロットは上機嫌に空を見上げていた。

 彼女がやって来ていたの大きな結婚式会場のガーデンスペースだ。ここは下見会場として一般開放されている場所であり、多くの人で賑わっていた。ハベトロットはその人混の合間を通り抜け、キョロキョロと周囲を見渡す。

 

 この中にきっと『自分の花嫁』になってくれる子がいる筈だと、良さげな感じの子を捜し回っていた。

 

「ちょっとハベトロット、あんまり一人でちょろちょろすんじゃないわよ!」

 

 そんなハベトロットに声を掛ける女性がいる。

 

「呼んだかい、猫ちゃん? あっ! もしかして、ボクの花嫁になってくれる気になったのかな?」

「何でそうなるのよ!!」

 

 猫娘である。ハベトロットは小人で、サイズ的には人間の子供にも見えなくはない。猫娘が一人勝手に歩き回るハベトロットを叱る、まるで親と子供のような立ち位置。

 

「ハベトロット、あんまり一人でウロウロしてたら迷子になっちゃうわよ?」

 

 さらに猫娘と一緒に魔女・アニエスも同伴していた。会場でも魔女の格好をした彼女はかなり目立っており、周囲の人々もちらちらと視線を向けてくる。

 ハベトロットと猫娘とアニエス。見方によっては人間の女子三人に見えなくもない面子で式場を歩き回る。一応目的はハベトロットの花嫁探しであり、あとの二人は彼女が無茶をしないようにという付き添いであった。

 

「いやいや、ボクそんな子供じゃないし……まあ、見た目は子供なんだけど……これでも多分キミたちよりは年上なんだわ」

 

 ハベトロットは自分のことを子供扱いする猫娘とアニエスに少し困ったような顔をする。

 そう、ハベトロットは確かに見た目も言動も子供っぽいが、これでも猫娘たちよりも古参の妖精。少なく見積もっても千年以上は生きているという。

 

「そっか、確か妖精って……基本的に成長しないのよね?」

 

 これにアニエスが妖精というものの知識を引っ張り出しくる。

 妖精は生まれたままの姿で変化をしない。妖怪の中には徐々に大人になっていくタイプのものもいるが、妖精は常にその姿を一定のままで存在し続ける生き物だ。

 

 それはハベトロットとて例外ではなく、彼女はずっと子供の姿のまま、千年以上の時を過ごしている。

 

「そうだよ! ボクは生まれてこの方、ずっとハベにゃんなのさ! ……これからも、ずっとこの姿のまま……だから、ボクは……」

「……?」

 

 アニエスの説明を元気よく肯定するハベトロットだったが、一瞬だけその表情を暗くする。

 その表情の変化に、猫娘は何となくハベトロットという妖精の『憂い』を感じ取り、それがいったい何なのかと首を傾げる。

 

 

「——あれ、猫姉さん? ……って、アニエスまで!!」

 

 

 だが、そのことを詳しく本人に問い掛ける暇はなく。

 驚きながらも声を掛けてきたその少女と、猫娘とアニエスはバッタリ鉢合わせすることになる。

 

「まなじゃない! アンタ……こんなところで何してんのよ?」

「まなっ! 久しぶりね、会えて嬉しいわ!!」

 

 そこに立っていたのは学校の制服を礼服のように着こなした犬山まなだった。猫娘は彼女がここにいることに驚き、アニエスはまなとの再会に笑顔を浮かべる。

 

「二人こそ、何でこんなところに……ま、まさか! ね、猫姉さん!! 誰かと……け、結婚するんじゃ!?」

 

 まなは猫娘やアニエスに会えたことを喜びつつも、二人が結婚式場にいたことに疑問を抱き——すぐにその理由を『猫娘の結婚』へと発想を飛ばしていく。

 

 まなにとって猫娘は憧れの女性だからこそ、結婚するともなれば一大事である。

 もしも納得いかないような相手と結婚するようなことがあれば、式場へと殴り込んででもその式を妨害し、花嫁である猫娘を拐っていくかもしれない。

 そんなことを妄想するくらいには、まなは猫娘のことが大好きなのだ。

 

「な、何でそうなるのよ!! 私は別に……ただハベトロットの付き添いで来ただけで……」

 

 まなの発言に猫娘は顔を真っ赤にして叫ぶ。

 自分は花嫁を探しに来たハベトロットのお目付役であり、別にそれ以上の目的はないと。式場を下見して鬼太郎との結婚を妄想したりしていないと、ムキになって否定する。

 勿論、妄想はしていた。そんなことを妄想するくらいには、猫娘は鬼太郎のことが大好きなのだ。

 

「……あら? ハベトロット……ハベトロット?」

 

 しかし一人だけ、特に何も妄想していないアニエスがふと気付く。

 

 

 いつの間にか、ほんの一瞬目を離した隙に彼女が——ハベトロットがいなくなっているということに。

 

 

 

 

 

「全く……みんなしてボクを子供扱いするんだから……心配してくれるのは有難いけどさ!」

 

 猫娘たちが外のガーデンスペースでてんやわんやしていた頃。ハベトロットは建物の中に入り込み、花嫁になってくれそうな子を探し回っていた。

 この辺りはさすがに式場関係者しか入れないのだが、そんなことはお構いなしにハベトロットは一人でてくてくと建物の廊下を進んでいく。

 

「——それはどういうことですか!!」

「……? なんだなんだ?」

 

 その際、廊下にまで聞こえてくる怒鳴り声にハベトロットは足を止めた。その声は通り過ぎようとしていた控え室から聞こえてきた。

 結婚会場というめでたい席に相応しくない剣呑とした空気に、入り口の扉から部屋の中をハベトロットはそっと覗き込む。

 

 

 

×

 

 

 

「それじゃあ、皆さんは!! 僕とアカネさんとの結婚を認めないって言うんですか!?」

「…………」

 

 控え室には複数の人間が集まっていた。

 白いタキシード姿の新郎が向かい合う相手に食ってかかっており、その隣でウェディングドレス姿の新婦が椅子に座ったまま項垂れている。

 新郎が怒鳴り声を上げている相手は、新郎側の親族たちだ。彼らには新たな夫婦の誕生を祝うような気持ちがなく、露骨に新婦に対し否定的な視線を向けていた。

 

「べ、別に認めないって訳じゃないんだが……」

「アカネさん……学生時代は相当やんちゃしてたらしいじゃない? そんな人が親戚になるっていうのも、ちょっとねぇ……?」

 

 口調こそやや抑え気味ではあるものの、彼らの言葉には新婦に対する明確な『棘』があった。

 どうやら新婦の過去の振る舞いや行いに目くじらを立てており、それを理由に二人が結婚することに難色を示しているようだ。

 

「いつの話をしてるんですか!? 彼女はもう昔のことをきちんと反省して、真っ当に生きているんです!? それをこんな場所で、いちいち掘り返さないで下さい!!」

 

 親族の言葉に新郎は反発する。

 確かに彼らの言うとおり、新婦は若い頃に色々と派手にやってきたという。そのことは新郎も既に知っており、それを承知しながらも彼女と一緒になることを決心したのだ。

 にもかかわらず、親族たちは未だに新婦の過去を掘り返し、ネチネチと小言を口にしてくる。

 その振る舞いに新郎は激昂し、親戚一同に向かって真っ向から噛み付いていた。

 

「ま、まあ……別にいいですけど。私たちに恥をかかせるような真似だけはしないでくださいよ?」

「そうですね。せいぜいボロを出さないよう、式の席では大人しくしてなさい」

 

 新郎の勢いに押されてか、一応はその場を退く親族たち。しかし彼らは吐き捨てるように新婦への嫌味を言い残し、その場から素っ気なく立ち去ってしまう。

 

「何なんですかその言い草は!? ちょっと待ってくださいよ!!」

 

 彼らの言い分に未だ怒りが収まらず、そのすぐ後を追いかけていく新郎。

 

「おっと……!」

 

 部屋から出て行こうとする人間たちと鉢合わせしないよう、ハベトロットは扉の影に隠れて彼らをやり過ごした。

 

 

 そうして部屋にはただ一人、新婦だけが取り残されていく。

 

 

 

 

 

「……何よ、あたしだって……あたしだって……!」

 

 一人になったところで新婦は涙と共に弱音を溢していく。

 

 彼女は人並み以上に度胸が強く、美人だが気の強そうな顔立ちをしていた。しかし新郎側の親族たちから好き放題言われ、何も言い返すことができずに深く傷ついた。

 実際、若い頃に相当にヤンチャをしてきたことは事実なのだ。既に反省して更生しているとはいえ、それを過去のことと切り捨てることが本人には出来なかった。

 もどかしい思いを胸に、彼女は一人で泣き崩れる。

 

 

「——ダメだな……せっかくの晴れ舞台だってのに、花嫁であるキミがそんな悲しそうな顔をしてちゃいけないよ!」

「えっ……?」

 

 

 そんな辛い思いをしている花嫁に——あのハベトロットが声を掛けない理由がなかった。

 

「な……だ、誰よ……何よ、アンタ……!」

「通りすがりの、お節介なハベにゃんさ!」

 

 見知らぬ小人を相手に動揺する新婦に構わず、ハベトロットは笑顔で彼女の世話を焼きたがる。

 

「決めた! 次の花嫁はキミだ!! ボクがキミを……幸せに送り出してあげるからね!!」

「は、はぁ? 私を送り出す? 幸せにする? アンタ何を言って……」

 

 当然だがいきなりそんなことを言われて警戒しない筈もなく、新婦はハベトロットから距離を置こうと後退っていく。

 

「とはいっても……さすがのボクも今からドレスを仕立てるのは無理があるからね。よーし! キミが自分自身に少しでも自信を持てるよう……ちょっとばかし飾り直してあげよう!!」

 

 花嫁の警戒心すらまるで気に留めず、ハベトロットは静かに歩み寄っていく。

 しかし、一晩でドレスを仕立ててしまうハベトロットといえども、今から新しくドレスを製作するには無理がある。なのでハベトロットは、今の自分が出来る全力で花嫁を応援しようと、彼女の着ている衣装を拡張する方針で仕事道具である針や糸を手にしていく。

 

「ちょっとじっとしててね……いま、ドレスアップしてあげるから!」

「はっ!? ちょ、ちょっと!?」

 

 ハベトロットが何をするかも分からずに抵抗しようとする花嫁。しかし逃げる暇などなく、ハベトロットは花嫁の周囲を跳ね回り——瞬きの間に仕事を完遂させてしまう。

 

「——ほら、出来た! さあ、鏡を見てご覧よ?」

「アンタっ! 何を勝手なこと…………」

 

 何をされたかは分からなかったが、きっと余計なことをしたであろう妖精に新婦は怒りを口にする。

 

 だが、鏡に映る自分の姿を瞳に入れた瞬間——

 

「……う、嘘? これが……あたし……?」

 

 見違えるようなドレス姿に新婦は唖然となる。

 

 元からウェディングドレスを纏っていて美しかった女性だが、その美しさがさらに際立つようにドレスが輝きを放っている。これもハベトロットの力だ。糸紡ぎの妖精である彼女が衣装に手を加えれば、それだけで十分に効力を発揮できる。

 今の花嫁にはハベトロットの加護が与えられている。その効果は外側の美しさだけでなく、花嫁の内面すらも強化してしまう。

 

「そうだよ、これが今のキミだ。キミは花嫁なんだから、幸せになる権利があるんだよ! たとえ過去に、どんな過ちを犯していようともね」

「そ……そうなんだ。……何だか分からないけど……あたし、大丈夫な気がしてきた!!」

 

 不思議と心持ちが軽くなったことで花嫁が顔を上げる。ハベトロットのおかげで彼女は自身の過去の罪を認めつつ、自分の足で立ち上がることが出来た。

 

「あ、ありがとう……けど、どうして? 何であたしにこんなことしてくれるわけ?」

 

 感謝の言葉を述べつつも、女性はハベトロットの親切に戸惑っていた。

 

 何故、どうして見ず知らずの自分にこんなことをしてくれるのかと?

 

 そんな花嫁の疑問に、ハベトロットは堂々と答えてみせる。

 

 

「——ハベトロットはいつだって女の子の味方なんだよ! キミたちを幸せな花嫁として送り出すことがボクの生き甲斐で、存在意義なんだから」

 

 

 

 

 

 話を立ち聞きしていたハベトロットだが、目の前の花嫁が過去にどんな罪状を犯していたかなどは何も知らない。また、どのような罪を背負っていようとも関係がない。

 彼女は花嫁の幸せの未来のためならば、自分の身を犠牲にしようとも身を粉にして働く、献身の塊なのだから。

 

 ハベトロットがそうまでして花嫁の幸せにこだわるのには——彼女自身が『花嫁衣装を着ることができない』という事情があった。

 妖精であるハベトロットは成長しない。何も変わらない『少女』のままだ。

 

 

 永遠に『大人』になることのできない彼女が、本当は誰よりも花嫁衣装に憧れを抱いていた。

 

 

 けれど、自分は成長しないから、花嫁衣装を着ることができないから。

 だからこそ、その代償行為として花嫁たちの世話を焼きたがる。それがハベトロットという妖精の『芯』なる部分だ。

 

 その行為の果てに——『いつか、わたしも……』などと考えてはいるものの、その胸の内を他者に明かすことはない。

 

 

「さあ、行っておいで。新郎がキミを待ってる……キミの幸せな姿を、多くの人たちに見せてあげるんだ!」

 

 

 自身の叶うことのない願いを胸の奥に仕舞い込み、今日もハベトロットは満面の笑むで麗しい女性たちを送り出していく。

 

 

 

×

 

 

 

「……お母さん、そろそろ挙式だけど……結局花嫁さんたちとは挨拶ができなかったね」

「……ええ、そうね……会えなかったわね」

 

 結婚式会場の礼拝堂にて。

 親族などの出席者の中に混じり、犬山純子とまなの親子二人もその中に列席していた。

 

 しかし、友人枠でこの挙式に参加していた二人は、ここに来てまだ一度も新郎新婦と顔を合わせてはいなかった。どうやら新婚夫婦と親族との間でちょっとしたトラブルがあったらしく、他のゲスト枠にまで挨拶をする時間的余裕がなくなってしまったとのことだ。

 

「なんでみんな素直に祝えないんだろう……せっかくの晴れ舞台なんだから、応援して上げればいいのに!」

 

 そのことを小耳に挟んだまなは本当に理解に苦しんだ。親戚同士の揉め事とか、どうして大人たちはそういう問題をこういった場所まで持ち出してくるのだろう。

 一生に一度の晴れ舞台なのだから、こんな日くらいみんなで仲良く新郎新婦を祝福すればいいだろうに。

 

「そうね……本当にそうだと思うわ」

 

 娘の純粋なコメントには、純子も心苦しそうに同意するしかなかった。

 純子自身も実家の『沢田家』やその親戚周りに軋轢を抱えており、自分の結婚式のときにも色々と嫌がらせを受けた覚えがある。

 

 そのときだったか——最初に着る筈だったウェディングドレスを、親族の誰かに台無しにされたのは。

 

「そっか、その後よね……あのウェディングドレスを……『あの子』が運んできてくれたのは……」

 

 ふと、また一つ思い出す。

 例のウェディングドレスを用意してくれた、名前も思い出せない誰かさん。子供っぽい小さなその誰かは、自分がドレスを着られないと悩んでいたところで声を掛けてきてくれたのだ。

 

 

『——ボクが素敵な花嫁衣装を……超特急で用意してやっからさ!!』

 

 

 ——……確か、そんな感じのこと言われたっけ……。

 

 こんなときでも、純子は過去の出来事を思い返そうと記憶の糸を手繰っていた。様々なことをきっかけに少しづつ輪郭が見え始めていた『何者』かのシルエット。

 あと少し、あと少しで全容が思い出せそうな気がしていたが。

 

「もう~、お母さん!? ちゃんと式に集中しないと……花嫁さん、可哀想だよ?」

 

 娘であるまなが、ぼーっとしている純子を注意する。ドレスの贈り主が気になるのは分かるが、さすがに今は目の前の式に意識を向けるべきだと。

 

「……ええ、そうね。ごめんなさい……ありがとう、まな……ふふっ!」

 

 娘に叱られるという、いつもならあり得ない立場の逆転に謝罪と感謝を述べながらも、純子は口元に微笑を浮かべる。

 まなの言うとおりだ。今は過去の出来事を思い返すよりも、前を向くべきだと反省。

 

 気持ちを切り替え、純子は他の列席者同様に式が始まるのを今か今かと待ち侘びていた。

 

 

「——お待たせしました。参列者の皆様、一同ご起立願います」

 

 

 そうこうしている内に式が始まった。さすがに皆が静粛になり、新婦を快く思っていないであろう親戚面々も大人しく司会者である牧師の言うことに従っていく。

 

 式はセオリーどおり、まずは新郎が先に入場してくる。白いタキシードでビシッと決めた男の精悍な顔つき。しかし、その表情はどことなく怒っているようにも見受けられる。

 親族たちと色々やり合った後なのだろう、きっと腹の底にまだ怒りが残っているのだ。

 

「——新婦の入場です」

 

 新郎がそんな状態であろうとも、式は予定どおりに進められていく。

 新郎の後に登場するのは勿論、新婦だ。礼拝堂の中心——バージンロードを父親と腕を組んで歩いていく。

 

 純子もこのバージンロードを通ってきた。まなもきっと何年後かにはこの道を通るのだろう。

 それぞれそんなことを思い浮かべながら——新婦が入場してくる入口へと振り返る。

 

 

 刹那、その新婦のウェディングドレス姿を目に入れるや——純子とまなの息が一瞬だが停止する。

 

 

「はっ……?」

「えっ……?」

「……あ、アカネ……さん?」

 

 

 犬山親子だけではない。式の参列者の殆どが——新婦のウェディングドレス姿に呼吸すら忘れて息を呑む。彼女の存在を快く思っていないであろう親戚も、彼らへの怒りで御立腹だった新郎でさえも。

 

 見違えるほどに美しくなった女性の花嫁姿に、何も言えないほどに見惚れていた。

 それほどまでに彼女は美しく、またその顔つきは己への自信に満ち溢れていた。

 

「…………」

 

 式の直前に新郎の親戚から色々と言われただろうに、まるでそんなこと知ったことかとばかりの堂々とした立ち振る舞い。

 その姿はまさにファッションショーの最高峰と言われる、パリコレを歩くトップモデルのよう。

 

 その煌びやかな立ち姿に、参列者たちの視線が釘付けになっていく。

 

「……し、失礼しました! それでは次に……え、ええっと……讃美歌の斉唱を——」

 

 祭壇の前までやってきた花嫁に、司会進行役の牧師ですら己の職務を忘れてしまうほどに見入っていた。

 讃美歌の斉唱の後は、牧師の聖書朗読やら神への祈りなどがあるのだが、そういった重要な段取りすらもおぼつかないほどに牧師は動揺しまくっている。

 誰もそれを責めることができない。それほどまでに彼女は美しくそこに佇んでいたのだから。

 

「そ、それでは……誓約へと移ります……」

 

 自分自身で式の進行を確認するように、牧師が『誓約』の準備へと入る。

 

「病めるときも、健やかなるとき——」

 

 挙式において最も重要とされる誓約。さすがにここをしくじるわけにはいかず、牧師は持ち直した表情で司会進行を立派に務めていく。

 まさにお約束どおりの文脈を読み上げ、新郎新婦に互いの愛を誓い合わせる。

 

「ち、誓います!」

「誓います」

 

 新郎は緊張気味に、新婦は毅然と誓いの言葉を口にしていく。

 次に行われるのは指輪の交換だ。目に目える印として、婚姻の証を互いの左手薬指にはめていく。

 

「……しっかりしてよね、シンヤ」

「……えっ?」

 

 その際、緊張でガチガチの新郎に対し、新婦が口を開く。

 

「あたしを……幸せにしてくれるんでしょ? だったら、もっと堂々としてなさいよ」

 

 プロポーズされたときから『キミを幸せにする』と彼は誓いの言葉を口にしてくれた。だったらその約束を守って欲しいと、新郎を叱咤激励する。

 

 

「あたし……絶対に幸せになってみせるから……だから、一緒に幸せになりましょう!」

「あ、アカネさん!!」

 

 

 新婦の言葉に感極まってしまった新郎。

 彼は花嫁があまりにも愛しくて、その先の手順を全てすっ飛ばし、彼女の顔を覆っていたウェディングベールを剥いでしまう。

 

「あっ、ちょっと!?」

 

 司会の牧師が困った様子で新郎を制止するも、時すでに遅く。

 新郎はそのまま、新婦の唇を誓いのキスで塞いでいく。

 

「……っ! …………ん」

 

 これに驚く新婦だったが、静かに目を閉じ、花婿の行為にただただ身を委ねていく。

 

 

 

「お、おめでとう!!」

「おめでとう!! 二人とも……」

「絶対に……絶対に幸せになってくれよ!!」

 

 二人の情熱的なベーゼに当てられた周囲の人々。主に友人席のゲストたちを中心に盛大な拍手が送られる。

 正式な挙式としての段取りが無茶苦茶になってしまったが、それを指摘するのも無粋というもの。これだけ熱狂する人々を前にすれば、二人の結婚を反対していた親戚一同も黙り込むしかない。

 

 もはや、二人の幸せに水を差す者など誰一人いない。

 二人は皆の前で正式な夫婦として認められ、幸福への一歩を踏み出すこととなる。

 

 

 

 

 

「——よしよし! これでもう大丈夫だね……」

 

 その挙式の様子を、式場の後方端っこからハベトロットがそっと見守っていた。

 自分が送り出した花嫁が無事に挙式を終えられるか、それを最後まで見届けていたのだ。

 

「きっとキミは幸せになれるから……もう安心していいんだ……うん」

 

 最後まで見届けた結果、あの子なら幸せになれると確信するハベトロット。

 もはや何も心配することはなく——彼女の気持ちは既に次の女の子へと向けられていた。矢継ぎ早に次の花嫁を探しに行こうと、礼拝堂を後にしようとしていく。

 

「さーてと、次はどの子を……ん?」

 

 だがふと、ハベトロットはその女性たちに目を留める。

 

「あの子は……さすがにまだ早いかな?」

 

 ハベトロットがまず目にしたのは、挙式の列席者の中にいた中学生の少女——犬山まなである。

 新郎新婦の結婚式に感動し、涙ぐみながらも拍手を送る彼女。しかし花嫁になるにはまだ少し早いと、判断を一旦保留にするハベトロット。

 

 そのまま、その視線を隣にいた母親——犬山純子へと向けていた。

 

 ハベトロットは気に入った子であれば、ほいほいと声を掛ける惚れっぽい性格だが、さすがの彼女も人妻には手を出さない。

 本来であれば既に結婚している純子は、ハベトロットの花嫁には当て嵌まらない——筈なのだが。

 

「あれ? あの子は……どこかで見た覚えが……」

 

 不思議と純子から目を離せずにいるハベトロット。

 もしかしたら、過去に一度あった覚えがあるかもと記憶を掘り返し——。

 

 

 彼女はふいに、その時のことを思い出した。

 

 

「ああっ!? あの子だ!! ボクの花嫁の——」

 

 ハベトロットは思い出したその内容を咄嗟に口に出そうとする。

 

 

 まさに、その瞬間だった——。

 

 

『——ぐるぁああああああああ!!』

「うわっと!? なんだなんだ!?」

 

 

 式場の外から凄まじい唸り声が轟き、ハベトロットは思い出しかけたことを、少しの間ど忘れすることとなってしまう。

 

 

 

×

 

 

 

「い、いったい何なのよ、こいつ! いきなり出てきて!?」

「油断しないで、猫娘!! コイツ……かなり手強いわよ!?」

 

 結婚式会場のカーデンスペースにて。猫娘とアニエスの二人がその『怪物』と交戦していた。

 彼女たちはまなとは違い招待客ではなかったため、礼拝堂など建物の中には入れない。仕方なく外で迷子になったかもしれないハベトロットを捜し回っていたのだが——

 

『ぐるるる……ぐらあああああ!!』

 

 そこで彼女たちはこの恐竜とも呼ぶべき怪獣——『鬼女紅葉』と遭遇する羽目になったのである。

 

 ガーデンスペースの敷地内に突如として出現した、肉食恐竜に誰もが度肝を抜かれた。妖怪というより、もはやティラノサウルスという出立ち。恐ろしい唸り声を皮切りに、人間たちは蜘蛛の子を散らすように逃げ出していく。

 

『ごぁああああああああ!!』

 

 そんな人間たちに向かって、気が狂ったかのように暴れまわる鬼女紅葉。動くもの全てに牙を剥き、本能の赴くままに周囲のものを破壊し尽くしていく。

 

「このっ!!」

「手を貸すわ! ダイナガ・ミ・トーチ!!」

 

 猫娘はその凶行を阻止しようと、爪を伸ばして鬼女紅葉へと飛び掛かる。さらにアニエスも魔法で猫娘を援護し、ふたりがかりで肉食恐竜の侵攻を押さえ込んでいく。

 

『ぐるあああ!!』

 

 だが、鬼女紅葉も負けてはいない。

 恐竜であるにもかかわらず器用に握り拳を固め、向かってくる猫娘をその剛腕で殴り飛ばす。アニエスの火炎魔法を迎撃するために、口から熱線を放射するなど、やりたい放題に暴威を振るっていく。

 

「きゃあっ!?」

「ちょっ! 嘘でしょ!?」

 

 もはや、ただの恐竜の枠に収まらないスペックに圧倒される猫娘とアニエス。その高い戦闘力に彼女たちは成す術もなく蹴散らされていく。

 

『ごがぁああああああ!!』

 

 さらに鬼女紅葉は容赦をせず、怯んだ猫娘とアニエスに対し突進攻撃を繰り出していく。

 猛烈な速度で駆けてくるそのぶちかましをまともに食らえば、彼女たちの華奢な肉体など易々と吹き飛ばされてしまうところだっただろう。

 

 

「——ぬりかべ~!!」

 

 

 しかし、そこで地面から巨大な壁が出現し、鬼女紅葉のタックルをなんとか食い止める。壁の正体は、ぬりかべだった。守り自慢の彼が盾となることで、どうにか鬼女紅葉の動きを封じ込める。

 

「あ~、もう!! なんね~、この恐竜は!?」

「大丈夫か!? 猫娘、アニエス!!」

 

 さらにそこへ援軍として一反木綿、その背中に乗った鬼太郎が駆けつけてくる。彼らもハベトロットのことが気に掛かっていたのか、猫娘たちと合流しようと会場に向かっており、そこで鬼女紅葉とエンカウントする。

 

「父さん!! こいつはいったい、何者なんでしょうか?」

「わ、分からん! いや、わしも恐竜はちょっと……」

 

 正体不明の恐竜、一応妖気を感じられることから相手が妖怪だとは把握できる。しかし目玉おやじにも、眼前のティラノサウルスがいったい何の妖怪に該当するのか、瞬時に判断がつかない。

 

 

 日本妖怪に詳しい目玉おやじは、戸隠山(とがくしやま)紅葉(もみじ)伝説。その伝承に登場する鬼女のことであれば当然知識として保有していた。

 しかし、目玉おやじには眼前の肉食恐竜と、その伝承とを結びつけることが出来ない。

 

 そもそも、鬼として語られている鬼女紅葉がどうしてこのような姿をしているのか?

 それは、本人にもよく分かっていないことであり、さらに今の鬼女紅葉は己の言葉を他者に伝える術を持っていない。

 

 

『ぐるらああああああああ!!』

 

 

 現在の彼女の言動は全て恐竜の唸り声として処理され、その真意を伺うことは不可能に近く。

 

 鬼太郎たちには鬼女紅葉が——『どうして怒っている』のか?

 それを理解することが出来ず、止むを得ず彼女と相対することとなっていく。

 

 

 

 

 

「はぁはぁ……猫姉さん! アニエス!!」

 

 恐ろしい唸り声から遠ざかろうと人々が逃げていく中、犬山まなは逆にその人混みをかき分け、騒動の中心地へと走っていた。

 先ほど偶然に出くわした猫娘とアニエス。あの後すぐに別の用事で別れてしまった彼女たちだが、きっとこの騒ぎの真っ只中にいるだろうとまなは直感する。

 恐ろしい唸り声の持ち主、おそらくは何かしらの妖怪と戦っているだろうと予想。友達である彼女たちを心配し、まなは居ても立っても居られずに駆け出していた。

 

「待ちなさい、まな!! どこに行こうっていうの!?」

 

 そのまなを制止しようと純子も走っていた。

 他の人々が避難していく中、娘が一人で危険な場所へ行こうとしている。母として止めようとするのは当然の感情である。

 

「だって猫姉さんが、アニエスが戦ってるかもしれないんだよ!? 放っておけないよ!!」

「!! だからって、あなたが行ったところでどうにかなる問題じゃないでしょ!?」

 

 娘の叫びに純子は、詳細まではよく分からないが何となく状況を理解する。

 以前、夏の別荘で鬼太郎たちと顔合わせを済ませ、拝み屋の老人から『名無し』関連の話を聞かされていたことから、彼女も妖怪の存在を概ね肯定している。

 もっとも、だからといって娘が危険な目に遭うことを容認しているわけではない。避けられる危機なら避けるべきであると、まなの軽率な行為に待ったをかける。

 

「けど……あっ!?」

 

 それでも、まなは負けじと母親を説得しようとする。だが、既に彼女たちは騒動の範囲内へと足を踏み入れていた。

 猫娘とアニエス。そして鬼太郎や一反木綿、ぬりかべといった面子が戦っているのが遠目から見えた。

 

 

 彼らは全員で一丸となって——恐竜らしきものと交戦していた。

 

 

「恐竜……? えっ……えぇえ!?」

「……ティラノサウルス……?」

 

 親子揃って唖然となる。

 鬼太郎たちが戦っている相手は誰がどう見ても恐竜、二メートルと小型ながらもティラノサウルスと呼べる個体であった。

 何故か白無垢を纏っており、頭には鬼のよう二本角、人間のような長い黒髪と。どこかしらにただの恐竜とは違った相違点が見受けられたが、そんな細かい差異をこの状況で見分けられるわけもなく。

 妖怪などよりもよっぽど衝撃的な怪獣を前にして茫然自失となる。

 

「——このっ!」

「——大人しくするばい!!」

「——ぬりかべ~!」

 

 その恐竜を相手に鬼太郎が髪の毛針を撃ち込んだり、一反木綿が巻きついて動きを封じようとしたり、ぬりかべがその巨体で力比べをしたりと。様々な方法で恐竜を押さえ込もうと躍起になっている。

 

「——ニャアア!!」

「——パ・シモート!!」

 

 さらに猫娘やアニエスが援護に入ることで、どうにか進撃を食い止めている。

 けれどそこから先、決定打にまで持ち込みことが出来ず。拮抗状態のまま、鬼太郎たちと恐竜は互いに顔を突き合わせていた。

 

 

「——ちょっと、ちょっと! いったい何をやってるのさ!?」

 

 

 すると、そんなときだ。さらなる乱入者の存在でそのバランスが崩れることとなる。『彼女』はまなと、純子の後方から——二人の間をすれ違うように通り過ぎていく。

 

「……? なに、今の……小人?」

 

 一瞬でよく見えなかったが、それはふわふわと宙に浮く魚のような乗り物に騎乗した小人であった。何かしらの妖怪なのだろうが、鬼太郎たちと交流の深いまなでも初めて見るタイプの怪異である。

 

 彼女が何者なのかも分からず、さらに困惑するまなであったが——

 

 

「——!! い、今のは……」

 

 

 その小人を目撃した瞬間、犬山純子の脳内に電流が走る。

 

 それまでどんなに思い返しても断片的で、大事なことを何一つ思い出せなかった——ウェディングドレスの贈り主。

 

 思い出せないことを『悲しい』と、純子はずっと気に病んでいた。

 

 だがその小人——ハベトロットの姿を視界に収めた瞬間、彼女は全てを走馬灯のように思い出す。

 

 

 

 あの雨の日に、いったい何が起こっていたのかを——。

 

 

 

×

 

 

 

 十五年前。

 

 

「——どうしよう……妖精さん……やっぱり、間に合わなかったのかな……」

 

 

 土砂降りの雨の中、傘も刺さずに若い頃の純子はずっとハベトロットがやって来るのを待っていた。

 

 明日にも結婚式を控えていた純子。しかし親族の嫌がらせのせいで、せっかくのウェディングドレスを滅茶苦茶にされ、そのことを誰にも相談できず、どうにもできない思いをずっと抱え込んでいた。

 このままではせっかくの式が台無しになってしまう。せっかく一緒になってくれた裕一さんにも合わせる顔がないと、彼女はずっと落ち込んでいた。

 

『——そんならボクに任せなよ!!』

 

 そんな純子に——通りすがりのハベトロットは歩み寄ってくれたのだ。

 初対面にもかかわらずドレスを用意してあげると、彼女は純子を無事に送り出してくれると約束してくれた。

 

「……やっぱり無茶だったんだよ。一日でドレスを用意するだなんて……」

 

 けれど、約束の時間になってもハベトロットは来てくれなかった。

 彼女の言葉を最後の希望としていただけに、僅か数分の遅れでも純子はハベトロットが『自分を見捨てた』などと早とちりしてしまう。

 

 

「……どうして? どうして……わたし、こんな気持ちにならなきゃいけないのよ!?」

 

 

 全てのものから裏切られたと思い込み、純子は心底から絶望する。

 

 せっかくの結婚式なのに、人生の晴れ舞台だというのに。

 

 親族たちからは嫌味を言われ、嫌がらせを受け。

 

 母親からは何一つ気の利いた言葉を掛けてもらえない。

 

 

「なんで……なんで、こんな目に遭わなきゃならないのよ……!?」

 

 

 全てが暗転する。悲しみと悔しさから、純子の胸の内から——どす黒い何かが込み上げてくる。

 

 

 

 自分ではどうしようもない、どうにもできない昏い情動。

 その昏い感情に引き寄せられるようにして——その『闇』は純子の眼前に姿を現した。

 

 

 

「………………」

「……えっ!? だ、誰!? 誰なんですか、あなた!?」

 

 

 背後に気配を感じた純子が振り返ると——そこには『全身黒ずくめの人物』が立っていた。顔には不気味なお面を被っている。その素顔も正体も何一つ察することのできない、恐ろしげな闇そのもの。

 

 

 

 そこにいたのは——『名無し』と呼ばれる暗黒であった。

 

 

 

 沢田家が相対する運命を負った、宿命の相手。

 後の世、純子の娘である『真名』が器となり、その闇を払う使命を背負うことになる相手。

 

 しかしその当時、まなはまだ誕生する気配すらなかった。

 名無しの方も沢田家の血筋をずっと監視している段階であり、そこまで本格的に活動する時期ではなかった。

 

 

 ところが、純子が闇に染まりかけていたところに名無しが反応してしまう。

 

 

「………………」

 

 

 もしかしたら、純子のことを器にするかどうか、値踏みしていたのかもしれない。

 絶望に染まりかけていた彼女に、下準備として何かしらの『印』を刻もうかと、その禍々しい魔の手を伸ばしていたのだ。

 

「い、いや!? 来ないで!!」

 

 迫る魔の手に恐怖に陥る純子。そのまま成す術もなく、名無しの手によって闇へと堕とされかけ——

 

 

 

「——ボクの花嫁に……手を出すなよな!!」

「っ!?」

 

 

 

 そんな絶体絶命の最中に——ハベトロットが駆けつけてくれたのだ。

 約束どおり、超特急で花嫁衣装を仕立てたハベトロット。少し遅れて待ち合わせ場所に来たところ——自分の花嫁が何者かに襲われているではないか。

 

 基本的にハベトロットは争いを好まない妖精だが——彼女は本能的に名無しを危険なものと判断。

 

「こんにゃろ!! あっちいけ!!」

 

 花嫁を救うためにも、名無しへと戦いを挑むことになる。

 意外にも力持ちなハベトロットは杖型の糸車でぶん殴ったり、毛糸玉を飛ばしたりなどして奮戦する。

 

「………………」

 

 名無しもハベトロットを邪魔者と認識し、彼女を消し去ってしまおうと襲い掛かる。

 その身から放たれる凄まじい邪気がハベトロットへと降り注ぎ、徹夜仕事で疲弊していた彼女の身を蝕んでいく。

 

 

 

 

 

 戦いの末、名無しは退けられた。

 花嫁を守護するハベトロットの意地が名無しに手傷を負わせ、彼を暫しの休眠状態へと追いやったのだ。

 けれど、ハベトロットもただでは済まなかった。

 名無しに致命傷を負わされた彼女は魂こそ無事ではあったものの、肉体は大きく傷つくこととなり——その体を、純子の眼前で消失させることとなった。

 

 

「——ボクはキミに……幸せになって欲しい……だけ、なんだから……」

 

 

 消滅する直前になっても、ハベトロットは誰も憎まない。

 

 ただただ花嫁の幸せを願い続け、笑顔で泣きじゃくる純子へと別れを告げたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「——ダメじゃないかキミたち!!」

 

 現在。

 鬼太郎たちと鬼女紅葉の戦いに割り込んだハベトロットは両陣営にプンスカと怒っている。

 

「ここは花嫁たちが未来に向けて旅立つ場所なんだぞ! そんな場所で喧嘩なんかしてるんじゃないよ!」

「いや、喧嘩って……そんな生易しいもんじゃ……ないんだが」

 

 ハベトロットは結婚式会場という素敵な場所で、戦いなどという野蛮な行為をしている者たち全員への文句を口にしていた。争いを好まない彼女だからこそ、尚更この神聖な場所を荒らすことが許せないのだ。

 けれど鬼太郎たちも好きで戦っているわけではない。鬼女紅葉が理由も分からずに暴れまわっている以上、彼らとしては自衛するしかないのである。

 

『ぐるるぅ……? ぐるああああ!!』

 

 鬼女紅葉も、ハベトロットの登場に一瞬だけ怪訝そうに動きを止めたものの、構わずに再度暴れ始める。

 

「すごか~、力ばい!? 体が引きちぎられそうよ!!」

「ぬ、ぬりかべ~!?」

 

 今はなんとか一反木綿が巻き付き、ぬりかべが抑え込むことで動きを封じられているが、少しでも油断すればすぐに逆転されてしまいそうだ。

 だがそんな緊迫した状況下でも、ハベトロットは鬼女紅葉にすら物申していく。

 

「あ、もう~! キミもキミだよ! そんなに素敵な花嫁衣装で着飾ってのに、何をそんなに怒ってるんだい!? そんな姿のままで暴れちゃ、せっかくの衣装が台無しに……ん?」

 

 ハベトロットの知識の中にも、白無垢が花嫁衣装だという認識があるらしい。そんな素敵な衣装で暴れまわる鬼女紅葉のズボラさに説教を口にするも——途端、何かに気が付いた。

 

「キミが着ているその衣装……見たところ大分傷んでいるね。おまけに……ここんところにも大きな穴が開いちゃってるよ!」

 

 鬼女紅葉の白無垢。鬼太郎たちは戦いに夢中で気付いていなかったが、よくよく見ると結構キズだらけであり、大きな穴まで空いている。

 それはこの戦いでできたものではなく、かなり前から空いていたものだ。

 

「そっか……それでキミは気が立っていたんだね? せっかくの花嫁衣装がボロボロになっちゃって……」

「……えっ、そうなの?」

 

 ハベトロットの指摘にまさかと呆けた声を上げる猫娘。まさかそのような理由でここまで暴れていたわけではないだろうと、皆の視線が鬼女紅葉へと向けられる。

 

 

『……ぐるぅううう』

 

 

 するとその視線の中、ハベトロットの言葉を肯定するよう鬼女紅葉が頷く。

 どうやら本当に——『白無垢の花嫁衣装が汚れていた』せいで、彼女は気が触れたかのように暴れまわっていたらしい。

 

 

 実のところ、この白無垢がここまでキズだらけになってしまったのは、人間のせいだったりする。

 人間が彼女の生息域へと迂闊に近づき、誤ってこの花嫁衣装にキズを付けてしまったのだ。にもかかわらず、その人間たちはお詫びの言葉を口にすることもなく逃走。

 鬼女紅葉はそれに激怒し——人里に降りてまで、人間たちに怒りを撒き散らしていた。

 

 それだけ鬼女紅葉にとってこの白無垢は大事なもの。汚されれば当然、正気など保っていられない。

 

 

「そっか……よーし! ボクに任せときなよ!!」

 

 事情を悟ったハベトロットは、すぐに裁縫道具をカバンから取り出していた。

 このお節介な妖精が、花嫁の味方であるハベトロットが花嫁衣装の相手に優しくしないわけがなく。

 

「キミの大事な花嫁衣装を……ボクがあっという間に縫い直してあげるからさ!!」

 

 彼女はビュンビュンと鬼女紅葉の周囲を飛び回り、超特急で白無垢のキズや汚れを縫い直していく。

 

『……ぐるるぅぅぅ……』

「お、大人しくなってく……」

 

 ハベトロットの補修作業が進めば進むほど、鬼女紅葉は暴れるのを止めた。そしてハベトロットの作業が完全に終わる頃には——その瞳に理性的な光を宿し、完全に知性を携えた存在として静かに佇むようになる。

 

『……ぐるるっ、があっ!』

 

 結局、鬼女紅葉が最後まで理解のできる言語を口にすることはなかった。

 しかし、彼女はハベトロットに向かってお礼を口にするように吠え。

 

 そのまま、大人しくその場から立ち去っていくこととなる。

 

 

 

 

 

「バイバイ~!! 待ったねぇ、ボクの花嫁!!」

『ぐるるる……』

 

 夕焼けに染まる空。暮れる夕日と共に去っていく鬼女紅葉に、ハベトロットは満面の笑みで手を振っていた。彼女からしてみれば、一日に二人も花嫁を送り出すことができるという、とっても充実した素晴らしい日であった。

 

「…………」

「…………」

「……なんなのよ、それ~……」

 

 一方で、鬼太郎や猫娘。その他大勢の妖怪たちはすっかり疲れ切った顔をしている。

 暴れるだけ暴れて、怒りを沈めてはさっさと帰ってしまった鬼女紅葉。まさか花嫁衣装のキズだけであそこまで怒り狂っていたとは。互いに血を流すことなく解決できたのは良かったが、かなりの強敵だっただけにガクッと肩透かしを食らった気分である。

 

「み、みんな……だ、大丈夫だった?」

 

 精神的にも肉体的にも疲弊している妖怪たちに、犬山まなが声を掛ける。彼女も騒動の解決を遠目から拝見していたが、正直訳がわからなかった。

 あの恐竜は何がしたくて、何であんなにも暴れていたのか。彼女の視点からでは尚更意味不明である。

 

「……無事だったのね、まな……いや、ワタシも正直、なんて言っていいのか……」

 

 まなの顔を見てアニエスがほっと息を吐くものの、正直彼女にも説明するだけの気力がまるでなかった。とりあえず疲れたなと、その場にて尻餅をつく一行。

 

 

「——こんにちは、皆さん」

 

 

 そんな彼らにまなの母親である彼女・犬山純子が声を掛けてきた。

 

「おや、純子さん。久しぶりじゃのう!」

 

 夏の別荘以来、久しぶりに顔を合わせた犬山純子に目玉おやじも挨拶する。

 大人の女性である彼女を前にし、さすがに疲弊していた他の面子も立ち上がって挨拶を返そうとした。

 

 だが妖怪たちへの挨拶もそこそこに、純子はハベトロットへと声を掛ける。

 

「……こんにちは、妖精さん。お久しぶりですね……私のこと覚えていますか?」

『……えっ?』

 

 純子の言葉の意味が咄嗟に理解できず、周囲の面々がキョトンとなる。

 

「……キミは。……ああ、勿論覚えてるよ! この国に来て一番最初の……ボクの花嫁だ!!」

 

 しかしハベトロットは純子の方を振り返り、すぐに微笑みを返す。

 既に彼女も全てを思い出しており、互いに記憶の欠如はない。

 

 

 土砂降りの雨の中、悲しみとともに別れた妖精と人間。

 

 

 十五年後の今、茜色に染まる空の下——こうして再会する運びとなったのであった。

 

 

 

×

 

 

 

「……まさか、ハベトロットの言っていた人間が……純子さんだったとはのう」

 

 目玉おやじが感じ入るよう、うんうんと頷く。

 彼らもハベトロットから『日本で最初に送り出した花嫁』の話は聞いていた。けれどハベトロットはその相手を思い出すことができず、花嫁の方もすっかり忘れていると思っていた。

 そのため二人が再会することはないだろう。再会しても互いにそのことを思い出すことはできない。そのように考えていた。

 

 しかし、実際に互いの顔を見た瞬間、お互いに忘れていた筈の相手のことを思い出していた。そう、たとえ表面上は忘れていても、心の奥底の部分でずっと覚えていたということだ。

 それほどまでに、二人にとってあの雨の日は決して忘れることのできない思い出だったのだろう。

 

「……いったい何を話してるんだろう? なんか気になっちゃうな……」

 

 ふいに、まなが覗き込むように目を凝らす。

 

「————」

「————」

 

 今現在、ハベトロットと純子は皆とは少し離れた場所。二人っきりで何かを話し込んでいた。

 会話内容までは聞こえてこないが、互いにとてもいい表情をしている。娘であるまなは母親があの妖精と何を話しているのか、気になって気になってしょうがなかった。

 

「やめとこう、まな。ボクたちが首を突っ込むことじゃない」

 

 そんなまなの好奇心を、鬼太郎がやんわりと注意する。

 二人の過去の出来事は、二人の間だけで共有される思い出であり、娘であるまなでも迂闊に口を出すべきではない。きっと当人同士だけで、積もる話があるのだろうと。会話が終わるまでそっとしておくべきと気を利かせる。

 

 

「——それじゃあ……元気でね、妖精さん」

「——ああ、キミの方こそ……」

 

 

 しかし、僅か数分ほど話しただけで、純子はあっさりとハベトロットに別れを告げる。ハベトロットの方も、それを名残惜しむ様子がなく、バイバイと手を振っていた。

 

「帰りましょう、まな」

「へっ? も、もういいの、お母さん?」

 

 あっさりと話を切り上げてしまった純子に、まなは目が点になる。

 てっきりもっと長く話し込むと思っていただけに、それでいいのかと問い掛けずにはいられない。

 

「ええ、もう大丈夫。心配かけて……ごめんなさいね」

 

 だが、まなの不安そうな表情を前にしても純子は揺るがなかった。あれだけ『思い出せない』と気に病んでいたのが嘘のように、今の純子の表情は晴々としていた。

 

 心も清々しいまま、娘であるまなを伴いその場から立ち去っていく。

 

 

 

「も、もういいのか? ハベトロット……」

 

 ハベトロットと純子のあっさりとした別れには鬼太郎たちも驚いていた。あれだけ『心配していた』と呟いていたのに、随分と簡単に別れるんだなと、ハベトロットの表情を伺っていく。

 

「……ボクってさ、結構薄情な妖精なんだわ……」

「……?」

 

 ふいに、純子の背中を見送りながら、ハベトロットは少し寂しそうな呟きを口にする。

 ハベトロットほどに面倒見の良い妖精、なかなかいないだろうに。彼女は自嘲するように本音の部分を口にしていく。

 

「ボクってば……花嫁を送り出すことばっかに気を取られて……送り出した後のことは、あんまり考えてないんだよ」

「……っ!」

「きっと幸せだと思うけど……彼女たちがこの先ずっと幸せかどうかまでは……最後まで見届けないんだ」

 

 ハベトロットは、花嫁を幸せにして送り出すことを生き甲斐としている。しかし彼女は花嫁を送り出した後、その先の人生を最後まで見届けるわけではない。

 一人の花嫁を幸せにしたら、また次の花嫁へと。一人の子にいつまでも執着するより、一人でも多くの子を幸せにするためにと、世界中を旅してきた。

 

 だからこそ、送り出した子たちが——その『先』もずっと幸せなのか。

 ひょっとしたら自分の見えないところで、不幸になってるんじゃないかと。花嫁たちの『その後』に関してはノータッチであった。

 

 けれど——

 

「だからさ……今日はあの子に会えて……本当に良かったよ!」

 

 ハベトロットにとって、花嫁として送り出した子と再会する機会などほとんどない。

 偶然とはいえ、十五年前に送り出した子と現在になって再会できた。それにより、彼女は花嫁の『今』を知ることができた。

 

「あの子は……今もきっと幸せなんだね! ボクがやってきたことは無駄じゃなかったんだ!!」

 

 犬山純子は笑っていた。十五年後の今も、幸せそうに笑っていた。

 今まで送り出してきた子たちも、きっと純子のように幸せでいると、勝手かもしれないがそのように希望を抱いてしまう。

 

「……そんなの、当たり前じゃない」

 

 ハベトロットの希望を後押しするように、魔女であるアニエスが口を開いた。

 

「貴方は糸紡ぎの妖精・ハベトロットなのよ? 貴方の糸で紡いだ花嫁衣装を着て……幸せにならないわけないじゃない」

 

 妖精にかかわるとろくでもない目に遭うというのが通例ではあるが、ハベトロットは違う。

 彼女たちは関わった人間を絶対に不幸にしない。彼女たちの紡いだ花嫁衣装は着て結婚式を挙げた女性たちが、不幸になるなんてことはないのだ。

 きっと、これまでハベトロットが送り出した花嫁たち全員、一人残らず幸せになっていると。

 

 

 夢物語かもしれないけれど、そう信じたいものである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さてと……それじゃあ、そろそろ行くけど……本当に付いてくる気なの、ハベトロット?」

「うん!」

 

 犬山純子とハベトロットが再会を果たした、その翌日の早朝。

 ゲゲゲの森ではアニエスとハベトロットが旅支度を終わらせていた。アニエスは姉であるアデルが待つ家へと。そしてその後をハベトロットが一緒に付いていく。

 

「日本も悪くないんだけど……ボクも偶には里帰りしないとね! 故郷の土地にも、きっと困ってる子たちがいっぱいいると思うからさ!」

 

 アニエスが西洋へと帰るのに便乗し、ハベトロットも西洋へ帰るとのことだ。長い間、故郷の土地であるブリテン島を留守にしていたこともあってか、そろそろ戻って見ようかなと思ったらしい。

 もっとも、体を休めるつもりで帰るわけではない。

 故郷に帰ってもやることは一つ。一人でも多くの花嫁を幸せにする。ハベトロットのその信念に揺るぎはない。

 

「もう行くのか?」

「そんなに慌てんでも、もっとゆっくりしていってもよかったんじゃぞ?」

「まあ、元気にしてなさいよ、二人とも……」

 

 見送りには鬼太郎、目玉おやじ、猫娘の三人が顔を出していた。

 彼女たちの旅立ちに名残惜しそうな顔をしているが、そこまで悲壮感は感じられない。

 

 別に今生の別れではない。アニエスとは勿論、ハベトロットともいずれ何処かで会えるだろうと。

 何の保証もないが、純子とハベトロットの再会を目撃した後だと、尚更そんなふうに思えてしまう。

 

「ええ、まなにもよろしくね!!」

「あの子にも……ああ、そうだ!!」

 

 アニエスは箒に跨りながら、ハベトロットは魚型の乗り物に騎乗しながら空へと旅立とうとする。それぞれがまなや純子への挨拶を託そうとしていたが、ふと思い出したかのようにハベトロットが口を開いた。

 

「そうだ、あの子の娘さん……まなちゃんって子にも伝えてくれよ!」

「……伝えるって、何をだ?」

 

 鬼太郎は首を傾げたが、ハベトロットが犬山まな——麗しい少女への伝言などおそらくは限られているだろう。

 彼女はその顔には優しげな笑みをたたえながら、嬉しそうにそれを口にする。

 

 

「——いつかキミが大きくなったとき、もしもあのウェディングドレスを着るようならボクに言ってくれ」

 

 

 例のウェディングドレスを、純子は今も大切に保管していると言ってくれていた。

 そのドレスで娘も結婚式を挙げたがっていると。ならばハベトロットのやることは一つだけ。

 

 

「——あのドレスがキミ自身にフィットするよう、ボクが責任を持って仕立て直してあげるから……ってさ!!」

 

 

 純子に続いて、まなも『自分の花嫁』として送り出すと。

 それができる幸福にハベトロット自身も幸せな気分に浸りながら、笑顔で旅立っていく。

 

「それから猫ちゃんも!! その気になったらいつでもボクを呼び出してくれていいからね、にしし!!」

「よ、余計なお世話よ!!」

 

 最後の方、猫娘に対してもハベトロットはからかい混じりに声を掛ける。

 それに猫娘が真っ赤な顔で反論し、鬼太郎と目玉おやじが親子揃ってとぼけた顔をし、アニエスがやれやれと首を振ってため息を吐く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 実際に、猫娘がハベトロットの世話になるのはこれからだいぶ後のことであり、その日が来るまで彼女との再会はおあずけとなる。

 

 

「——それじゃあ……ばいば〜い!!」

 

 

 いつかは来るだろう再会の時まで、今は暫しの別れである。

 

 




次回予告

「体調が悪いというまなの大伯母の淑子さん。
 ここ最近、まながずっとお見舞いに行っているようですが……。
 えっ、死神が? 彼女の命を狙っている? 父さん、ボクは……どうすべきなんでしょうか?
  
 次回ーーゲゲゲの鬼太郎 『西洋地獄からの使者 死神エミーゼル』 見えない世界の扉が開く」

 次回は少し趣向を変え、『とある作品』のキャラたちを順々に出していき、一つのシリーズとして完結させていきたいと思います。
 その名も『西洋地獄』シリーズ。作中でもチラリと名前が上がった、西洋地獄ネタを拾い上げていきたいと思います。いったい何の作品のキャラかは、次回タイトルからお察しください。

 ちなみにこの西洋地獄シリーズ終了後に、この作品の時間軸も前に進めていきたいと思います。
 鬼太郎三年目の物語ーー『日本復興編』へと。
 
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