西洋地獄編、『魔界戦記ディスガイア4』シリーズ、今回で今度こそ完結であります!
去年から続いたこのシリーズ、ここまで飽きもせずに付き合っていただいた読者の皆様には本当に感謝を!
正直、ここまで長くなるとは自分でも思っていなかった……。
今回でしっかりと完結させ、次のクロスオーバーに繋げたいと思いますので、よろしくお願いします!
最後の最後、かなり詰め込みましたが……吸血鬼ヴァルバトーゼとその仲間たちの物語。
どうかお楽しみ下さい……。
西洋地獄巡りもいよいよ大詰め。
しかし、これで最後かに思われた試練場で予想外の事態が発生する。
「——貴様ら全員……ここで骸を晒すがいい」
ヴァルバトーゼ腹心の部下、フェンリッヒによる強襲。
それにより、周囲を敵に囲まれてしまう鬼太郎たち。
彼らに一行を試そうという意思はなく、その目的は——殺戮。
鬼太郎たちも、フーカたちですらも、この場で始末してしまおうというフェンリッヒの企みである。
「ちょっと! ここに来てこれだけの数は……シャレになんないわよ!!」
「来るぞ、皆構えよ!!」
数十匹もの魔獣たちを前に、猫娘や砂かけババアが叫んでいた。
ここまでの連戦に次ぐ連戦、道中でもかなり体力を消耗して限界が近い一行。だがそんなことお構いなしに、フェンリッヒの命を受けた魔獣どもは鬼太郎たちへと襲い掛かる。
幻獣族のヘルハウンドやブラックドックが群れとなって縦横無尽に駆け回り、銃魔神族のガキエルが一斉に改造された右手の銃をマシンガンのように乱射する。
「うわわっ! どうすっとね、これ!?」
「ぬ、ぬりかべ!!」
幻獣の速度を前に一反木綿でも逃げきれない。銃撃の雨はぬりかべが防いでいくがそれも限界がある。早急に対処しなければ全滅もあり得る。
そんな危機的状況の最中、何をすべきか即座に判断を下すものがいた。
「鬼太郎!! あの狼男の青年を倒すんじゃ!! ここを突破するにはそれしかない!!」
「はい、父さん!」
目玉おやじだ。耳元で鬼太郎にアドバイスを送り、彼もそれに応じていく。
この集団の司令塔であるフェンリッヒ。彼を倒せば全て解決とまではいかないが、敵の勢いを削ぐくらいはできるだろう。その隙にこの場から離脱し、態勢を整えることができればと。
起死回生を狙い、鬼太郎はフェンリッヒへと向かっていく。
「みんな!! 鬼太郎を援護するわよ!!」
「ここはわしらに任せい!! おぎゃ!! おぎゃ!!」
鬼太郎を信じて猫娘が叫び、子泣き爺も赤ん坊泣きしながらそれに応じていく。
こういったときのチームワークはさすがの一言。多くの修羅場を共に潜り抜けてきただけに、以心伝心で互いの役割を瞬時に把握する。
「フェンリっちめ! 一発ぶん殴ってやんなきゃ、気が済まないわ!!」
一方で、フーカはフェンリッヒにしてやられた悔しさをバネにバットを強く握り込む。あの野郎をぶちのめしてやりたいと、ものすごい私怨で駆け出していく。
「援護するデス、お姉様!!」
「う~……フェンリッヒの奴、ボクまで巻き込みやがって!!」
それを援護するお姉様大好きなデスコ。エミーゼルは自分まで巻き込んだフェンリッヒのやりように腹を立てて戦意を高める。
それぞれの思いはまるでバラバラだが、目的は同じ。これもこれで一つのチームワークと呼べよう。
結果として、鬼太郎と風祭フーカの二人がフェンリッヒの相手を。それ以外の全員で周囲の魔獣たちを食い止めていく。
「フン……時間を掛けていられないのは、こちらも同じだ」
鬼太郎とフーカの二人を前にフェンリッヒはつまらなさそうに鼻を鳴らす。
「ヴァルバトーゼ様がお戻りになるまでそう時間もない。手早く片付けるぞ」
独断で動いている彼の行為をヴァルバトーゼが知れば止めに入るかも知れない。後ろめたさなどは特に持ち合わせていないフェンリッヒだが、いたずらに主の手を煩わせるのも本意ではない。
そのため油断などせず、最初から『全力』で鬼太郎とフーカを仕留めに掛かる。
「光栄に思え。貴様ら如きに……この俺がわざわざこんな姿になってやるのだからなっ!!」
人狼族であるフェンリッヒにとっての本気——即ち、狼男としての『変身』である。
突如、彼の身に宿る妖力が増大する。
それに合わせてその体躯も大きく膨らみ、全身が黒色の毛皮によって覆われる。曲がりなりにも人の姿をしていたシルエットが、完全に獣のそれに姿を変えていく。
人狼族特有の彼ら本来の姿、狼男としての戦闘形態である。
「その姿は!? そうか人狼族……ヴォルフガングと同じ!!」
「なるほど、アンタもマジってわけね……フェンリッち!!」
鬼太郎はその姿にバックベアード軍団の一人、狼男のヴォルフガングと似たものを見出す。フーカはフェンリッヒが滅多に見せることのない姿を前に、彼が本気であると実感する。
二人は改めて気合を入れ、フェンリッヒと対峙していく。
「霊毛ちゃんちゃんこ!!」
「チョコレート!!」
まずは先制パンチ。鬼太郎がちゃんちゃんこを腕に巻き、フーカがバッドのフルスイングでフェンリッヒに殴り掛かっていく。
「ウゥウウ……ワォオオオオオオ!!」
だが、フェンリッヒはその力任せの一撃をさらに力づくで受け止める。そして反撃とばかりに、その剛腕を大きく振るって向かってきた二人を吹き飛ばす。
「うきゃっ!?」
「フーカ!?」
そのカウンター気味の一撃に風祭フーカが突き飛ばされ、一時戦線を離脱させられてしまう。鬼太郎は彼女の心配をするが、とりあえずその体に大きな怪我はなさそうだった。
怪物化したフェンリッヒの肉体を前に無策の接近戦は分が悪いと、その一合で思い知らされる。
「二対一でも押し切れんか……やむを得ん、鬼太郎! アレの出番じゃ!!」
「はい……指鉄砲っ!!」
まともに戦っていても勝ち目が薄いと判断するや、目玉おやじはすぐに鬼太郎にある指示を出す。
それは西洋地獄に乗り込むと決めたときから、相手が『狼男』や『吸血鬼』であると分かっていた時点で用意していた『切り札』である。
『それ』を指先に添え、必殺の指鉄砲に乗せて撃ち放つ。
「フン、そんな攻撃……っ!?」
その一撃を鼻で笑い飛ばそうとしたフェンリッヒだが——すぐに何かに気づき慌てて回避する。ギリギリで避けたその弾道の軌跡を目に焼き付け、彼はそれが何であるかを瞬時に理解する。
「……っ!」
「チィ、銀か……」
不意をついた初手の一撃を避けられて鬼太郎が苦しい顔つきになる。フェンリッヒも鬼太郎の用意していた対策を前に忌々しいと吐き捨てる。
鬼太郎の用意していた切り札。それは銀の弾丸——シルバーブレットだ。
聖なる属性を帯びた金属——『銀』。西洋では古来より邪悪を討ち払う力があると信仰されており、特に狼男や吸血鬼を相手に絶大な力を発揮するとされている。
いかにフェンリッヒやヴァルバトーゼといえども、この法則からは逃れられない。人狼族の妖力の源である月が満月であれば、あるいは狼男でも銀弾を無効化することができたかもしれないが、生憎と月は半月状態。
「フン、間が悪いものだ……しかし!!」
満月でないことに苛立ちを覚えるフェンリッヒだが、その程度のことでは止まらない。彼は銀弾を前に怯むどころか、さらに速度を上げて鬼太郎の周囲を疾風の如き速度で駆け巡っていく。
「は、速い!?」
「どんな強力な武器であろうと、当たらなければ意味はない! 貴様如きの反応速度で、追いつこうなどと思うなよ!!」
その動きに翻弄される鬼太郎。フェンリッヒの言うように、いくら銀弾でも当たらなければ効力は発揮できない。
「くっ……そこか!!」
苦し紛れになんとか弾を放ってみるも、敵の俊敏な動きを捉えきれずにあっさりと躱されてしまう。また一発、銀弾を無駄にしてしまった。
「クックック……さあ、残る銀はあと何発だ? いくら準備していようと用意できる数には限りがある筈だ、違うか?」
「…………」
高速移動を続けながら、フェンリッヒは鬼太郎の戦力の把握に務める。
実際、彼の読みは的中しており、鬼太郎の手元にある銀弾はあと『一発』だけだ。西洋地獄に来ること自体が急な話であったため、それほど大量には用意できなかったのだ。
この最後の一発を外せば、もう鬼太郎に勝機はない。
その事実に動きそのものが慎重になる鬼太郎。だが額に汗を伝わせる彼とは正反対に、フェンリッヒの心情には余裕と、そして慢心があった。
「さあ、撃ってこい!! その一発を放った瞬間、貴様の喉元に喰らいついてくれる!」
「……っ!」
フェンリッヒは次の攻撃に合わせたカウンターでその息の根を止めると予告。それにより、さらに鬼太郎に重圧を与えていく。
「鬼太郎よ、落ち着け……よく狙いを定めるのじゃ!」
「分かっています、父さん……ですが!?」
目玉おやじは焦る鬼太郎を落ち着かせ、しっかりと狙うように声を掛けた。しかし時間を掛ければ掛けるだけ、時間稼ぎをしてくれている仲間たちを危険な目に合わせることにもなるのだ。
仲間のためにも絶対に外せないという責任感が、ますます鬼太郎の動きをぎこちないものにさせていく。
何であれ、緊張状態が過ぎれば良い結果を生まない。
このままでは鬼太郎ですらも、プレッシャーで押し潰されていたかもしれない——そんなときである。
「——鬼太郎!!」
「……!!」
態勢を整えて戦線に復帰した風祭フーカ。彼女がバットをブンブンと回しながら声高々に叫んでいた。
「——さっさと投げなさい、ピッチャーライナーよ!!」
「? 何をほざいている!? とち狂ったか?」
「……な、何を言っとるんじゃ!?」
一瞬の間。
彼女が何を言っているのか、それは誰にも理解できない。
フェンリッヒにも、目玉おやじにも。フーカの言葉の真意を読み取ることは難しかっただろう。
「……っ!!」
しかし、鬼太郎には。
風祭フーカと真っ向勝負——『ピッチャー』として彼女と対峙した彼にだけは、その言葉の意味が理解できた。
フーカの言わんとしていることを察し——鬼太郎は銀弾を放った。
「——指鉄砲!!」
「莫迦め!! そんな当てずっぽうの一撃など!!」
指鉄砲と共に放たれた最後の銀弾をフェンリッヒは悠々と躱す。
そして宣言通り、そのまま鬼太郎へと急接近し、その喉元に喰らいつこうと牙を剥いた。
「いかん、鬼太郎!!」
「鬼太郎、逃げて!?」
鬼太郎の危機に仲間たちが悲鳴を上げる。だが彼らも眼前の敵が邪魔で助けに行けない。
鬼太郎自身も全力で指鉄砲を放った反動により数秒、硬直状態でその場から動けないでいる。
「——とった!! これで……終わりだぁあ!!」
勝利を確信したフェンリッヒが、鬼太郎の首元にその牙を突き立てようと迫る。もはや誰にもその暴挙を止めることは叶わない。
かに思われた、そのときだ。
「——まだ……終わってないぃいいいいい!!!」
その刹那の間に、風祭フーカが既に動いていた。
彼女はフェンリッヒの背後。彼が避けた銀弾が——直撃を受ける直線上に立っていた。
フーカに向かって迫る銀弾。彼女はそれをバッティングの構えで迎え撃つ。
「いっけええぇぇええええええ!!」
そのままバットをフルスイング。完璧なフォームで銀弾を捉え——まさに『ピッチャーライナー』の要領で打ち返した。
「なっ!? なにぃいいいい!?」
打ち返された弾丸は、狙い澄ましたかのように彼を——フェンリッヒを捉えた。
さすがの彼も、完全に油断していた背後からの一撃に即座に対応することが出来ず。
銀弾は——狼男であるフェンリッヒの表皮へと直撃する。
「ぐっ……ぐぉおおおおおおお!?」
人狼は銀弾の威力に絶叫する。しかもただの銀弾ではない。鬼太郎の指鉄砲による一撃を、さらにフーカが打ち返すことで相乗的に威力を増した銀弾だ。
たった一発の弾丸だろうとタダでは済まない。それは着弾した後も銀の浄化作用が働き続け、フェンリッヒの肉体を激しく蝕んでいった。
「はぁはぁ……やってやったわ! どんなもんよ!!」
「む、無茶をする娘じゃのう……鬼太郎も、よくぞあの一瞬で!」
フーカは激しく息を吐きながらも、フェンリッヒに一矢報いてやった達成感にガッツポーズ。
目玉おやじは『鬼太郎の指鉄砲を打ち返して相手にぶつける』などという離業をやってのけたフーカ。彼女のハチャメチャぶりに咄嗟に合わせることの出来た、鬼太郎の機転に驚きを隠せない。
「フェンリッヒ……周囲のものたちを下がらせろ。そうすれば銀弾はボクが取り除く……」
鬼太郎は倒れ伏すフェンリッヒへ言葉を投げ掛けた。
これで勝負はついた。ここで大人しく敵対行為を中断するのであれば、鬼太郎はフェンリッヒを蝕む銀弾を取り除くと約束する。
鬼太郎にとって銀弾は何の効力も発揮しない。彼であれば、フェンリッヒを助けることは容易だ。
「な、舐めるなよ!! 貴様のような小僧に……屈するわけにはいかんのだ!!」
しかしフェンリッヒはその提案を拒否。たとえ銀弾で体を破壊され続けようとも敵の情けなど受けぬと。そのまま、戦う意志を見せつけるべく立ち上がってみせる。
「無茶をするでない! 無理に動けば……肉体が崩壊するぞ!?」
「まだやろうっての!? フェンリッち!」
目玉おやじが相手の無茶に制止の言葉を掛け、フーカがまだやるのかと目を見張る。
しかし、誰に何と言われようとフェンリッヒが己の意志を曲げることはない。
彼に口出し出来るものがいるとすれば——おそらく、それはこの地上ではただ一人だけ。
「——その辺にしておけ……フェンリッヒよ」
「……っ!!」
そのたった一人の男が、駆けつけてくる。
漆黒のコウモリたちと共に、マントを翻しながら彼が——
吸血鬼ヴァルバトーゼが、灼熱の大地に舞い降りた。
×
「ヴァル、バトーゼ……!」
「ヴァルっち!!」
「ヴァルバトーゼ様……!」
ヴァルバトーゼの登場に全てのものが息を呑む。
鬼太郎も、フーカも、フェンリッヒも。日本、西洋に関わらずその場にいた全ての妖怪たちが動きを止めた。
「ワゥ~……」
「グルル……」
理性などなさそうなフェンリッヒの手下たちの魔獣どもでさえ、ヴァルバトーゼの前では萎縮しきっている。
有無を言わさぬ威圧感。今のヴァルバトーゼが纏っている覇気はまさにそれであった。
「…………」
静寂に包まれる中、ヴァルバトーゼがゆっくりと動き出す。彼はフェンリッヒの側まで歩み寄り、黙って手を伸ばした。
その手の先にあるのは——フェンリッヒの身を蝕む銀の弾丸。
「っ!! い、いけません、閣下!?」
ヴァルバトーゼのやろうとしていることを察し、慌てて叫ぶフェンリッヒ。
だが、下僕の言葉にヴァルバトーゼが耳を貸すことはなく。
彼はその手で——その銀の弾丸に触れる。
「……!!」
瞬間、銀の浄化作用がヴァルバトーゼにも作用する。彼とて吸血鬼だ。銀を手で掴むなど自傷行為に等しく、掴んだ掌から銀がヴァルバトーゼにもダメージを与えていく。
しかし——
「……フンッ!!」
銀の効力でその身を蝕まれようと眉一つ動かすことなく、ヴァルバトーゼは銀弾を摘み上げ——そのまま握り潰す。
銀弾はただのガラクタと化し、フェンリッヒも苦痛から解放される。
「ご、ご無事ですか!? 閣下の手を煩わせるとは……このフェンリッヒ、一生の不覚!!」
フェンリッヒは即座に通常の姿へと戻り、ヴァルバトーゼに膝をつく。
彼は自分の体のことより、主の身を真っ先に心配する。主に怪我を負わせてしまった己の不甲斐なさを悔いるように顔を伏せた。
「心配するな。この程度……どうということもない」
そんなフェンリッヒに気にするなと、ヴァルバトーゼはこともなげに言ってのける。
「それより……これはどういう状況なのだ?」
だが、この状況まで見過ごすことはできない。いったいこれはどういうことかと、周囲を見渡しながらフェンリッヒに説明を求める。
「——どうもこうもないわよ、ヴァルっち!」
ヴァルバトーゼの疑問にはフーカが荒ぶるように答えた。彼女はまるで先生に言いつけるような語気で、フェンリッヒの企みをヴァルバトーゼに報告した。
「フェンリっちてば、アタシたちを邪魔者として排除しようとしたのよ! ほんと、マジで死ぬかと思ったんだから!!」
「ほう……」
だが、興奮気味に語るフーカとは対照的に、ヴァルバトーゼのリアクションは薄い。
彼はフーカの言葉が本当かどうかと、視線でフェンリッヒへと問う。
「言い訳をするつもりはございません。全ては我が主のため……」
フェンリッヒも釈明はしなかった。フーカたちを排除しようとしたことは事実であり、それが主の意向とは別のところにあることも理解している。
もしも、これで主に罰せられるというのであればそれも本望。フェンリッヒは膝をついたまま主から沙汰が下されるのを待った。
「お前が俺のためにしたことだ、咎めるようなことはせん……」
もっとも、ヴァルバトーゼに部下を罰しようという気はなく。
彼はフェンリッヒの、見方によっては裏切りとも取られかねないその行為を平然と受け流し、その器のデカさを見せつける。
「だが、ここから先は口出し無用だ……良いな?」
しかしその一方で、ここから先は余計なことをしないようにと釘を刺すことも忘れない。
「はっ!! ヴァルバトーゼ様の御意のままに……」
主から直接命じられればフェンリッヒも大人しくそれに従う。
彼は自分の部下である魔獣たちも下がらせ、後のことを全てヴァルバトーゼへと託していく。
「どうやら……俺の部下が余計なことをしてしまったらしい。済まん!!」
「え……あ、いえ……」
改めて鬼太郎たちと向き合うや、ヴァルバトーゼは謝罪を口にした。それもものすごい勢いでの、全力で頭を下げた謝罪だ。
その見事なまでの頭の下げ具合に、鬼太郎たちは呆気に取られている。
「とはいえだ……お前たちに課す地獄の試練がまだ終わったわけではない」
だが、フェンリッヒが余計なことをした件と、地獄の試練の件は別件であると。ヴァルバトーゼはすぐに頭を上げ、引き続き最後の試練を鬼太郎やフーカたちへと課していく。
「最後はこの俺が直々にお前たちを試してやろう」
「……っ!!」
瞬間、ヴァルバトーゼから凄まじいほどの闘気が迸る。
「この俺の攻撃に耐え抜くことが出来るかどうか……さあ、お前たちの力を俺に見せてみろ!!」
最後の試練、最後の指導教官として。吸血鬼ヴァルバトーゼが動く。
自らの手で直に鬼太郎たちを試そうと、彼らの前に立ち塞がる。
「これで……正真正銘最後……じゃが……」
「ぜぇぜぇ……こっちも、もうヘトヘトじゃぞ……」
ようやくこれで最後かと気合を入れるべき正念場。しかし、先ほどのフェンリッヒとの一戦、これまでの地獄の試練。それら全ての戦闘が、鬼太郎たちから戦う体力を根こそぎ奪ってしまっている。
特に砂かけババアや子泣き爺などは、もう歳だ。
「デスコも……これ以上はきついデス……」
「くそっ、少しは手加減……しろっての……」
さらにデスコやエミーゼルといった若い世代ですらもヘトヘト。さすがにこれ以上の戦闘継続は彼らにも無理があった。
「みんな、下がっててくれ……ここはボクが!!」
「鬼太郎!?」
そんな皆の負担を気にしてか、鬼太郎は単身でヴァルバトーゼへと戦いを挑む。
幸い、相手も一人だ。ヴァルバトーゼ一人さえ打ち負かすことができれば、長かった西洋地獄での戦いも終結する。
その事実を頼りに何とか最後の力を振り絞っていく。
「髪の毛針!! リモコン下駄!!」
まずは牽制とばかりに飛び道具で攻撃。
「フッ!」
無論、その程度の攻撃でヴァルバトーゼはビクともしない。鬼太郎の怒涛の連続攻撃を彼はマントで振り払ってみせる。
「これならどうだ!? 体内電気!!」
あっさりと攻撃を防がれたが、ここで止まるわけにはいかない。鬼太郎は息をつく暇もなく、さらに強力な技でヴァルバトーゼを追撃する。
「……何だそれは?」
すると、ヴァルバトーゼはこの攻撃を避けることなく真正面から受け止めた。かなり強力な電気ショックの直撃を食らうが、それでも彼は表情一つ揺らさない。
「くっ……効いていない!? けどっ、まだっ!!」
未だ一歩もその場から動くことなく、攻撃を受け止め続けるヴァルバトーゼ。眉一つピクリとも動かさない吸血鬼を相手に動揺しつつ、鬼太郎はさらに畳み掛けていく。
「指鉄砲!!」
次は指鉄砲。銀弾を抜きにしても相当な妖力が込められた一撃。これをまともに受けてはどのような妖怪でも無傷ではいられない——筈なのだが。
ヴァルバトーゼは、その指鉄砲ですらも平然とした顔で正面から受け止める。
そして、何が不満なのか一言——
「——この……愚か者め!!」
激昂しながら自らの妖力を解放する。
解き放たれたヴァルバトーゼの妖力は凄まじい衝撃波となり、鬼太郎のみならず周囲にいたものたち全てを巻き込んでいく。
「なっ!? うわあ!?」
「きゃあああ!?」
空気を震わせる轟音、そのすぐ後に響き渡る皆の悲鳴。
そして——
「……な、何が起きて……?」
犬山まなには、何が起きているかさっぱりであった。
鬼太郎とヴァルバトーゼが戦い、そのまま鬼太郎が押しきるのかと思いきや——その直後、空気を震わせる何かが自分たちに襲い掛かる。
まなが受けた被害は一瞬目眩がしたくらいだった。何故ならまなの身を守るよう、彼女の目の前に大きな壁が聳えたっていたから。
「って……ぬりかべさん!?」
「……まなちゃん……大丈夫?」
壁の正体はぬりかべであった。彼が咄嗟に庇ってくれたおかげでまなは何とか難を逃れたようだ。
だが、肝心のぬりかべ自身はボロボロ。次の瞬間、彼の巨体が音を立てて崩れ落ちていく。
「し、しっかりしてください……あっ!?」
まなは倒れたぬりかべに呼び掛ける。自分のせいで傷を負ってしまったのだから気遣うのは当然のこと。
しかし、視界を遮ってくれていた彼が倒れたことで、眼前の惨状がまなの視界に飛び込んでくる。
そう、倒れているのはぬりかべだけではない。
「……き、鬼太郎……? 猫姉さん!? み、みんな……!!」
「……う、くっ……」
「ま、まな…………」
鬼太郎や猫娘を含めた日本妖怪たちが、苦悶の表情を浮かべながら地に伏していた。
「いたたた……」
「う~ん……目がグルグルするデス……」
「うぇ……」
フーカやデスコ。エミーゼルといった面々も目を回しながら気を失っている。
仲間たちが、まな以外の全員が死屍累々と地獄の大地に横たわっていた。
「そんな……みんな……負けちゃったの!?」
皆が倒れているという事実が、まなにその現実を理解させてしまい、思わずその場にへたり込む。
そして、一行が倒れ伏しているその爆心地の中心で——
ヴァルバトーゼとフェンリッヒ。二人の強者だけが毅然と仁王立ちしていた。
×
「——流石です、閣下。所詮閣下の威光の前で奴らなど赤子同然……」
フェンリッヒの主を称賛する言葉が、静寂になった地獄に響き渡る。
ヴァルバトーゼの放った衝撃波。それが全てのゴタゴタを一瞬で片付けてしまった。
無謀にもヴァルバトーゼに戦いを挑んでいた鬼太郎は勿論。周囲で戦いを見守っていた日本妖怪たち。フーカやデスコ、エミーゼルなどの面々も。ヴァルバトーゼの一撃を前に沈黙を余儀なくされる。
流石は我が主だと、フェンリッヒは下僕としてヴァルバトーゼの力を賛美する。
もっとも——
「……どうした、もう終わりなのか!? この程度の衝撃波! 歯を食いしばって耐えて見せんか!?」
部下からの称賛に、何故かヴァルバトーゼはとても不満げだった。
それは彼自身、この戦果が自分の実力だけではないことを分かっているからだろう。
「お前たちが本調子ではないことは知っている。ここに至るまでに相当、体に無茶を強いてきたのだろう? それは理解しているつもりだ!」
ヴァルバトーゼは鬼太郎たちが万全な状態でないことをしっかりと把握していた。各地獄での試練、フェンリッヒとの戦い。そうした戦闘を重ねた上での自分との決戦だ。
どうあっても、ベストコンディションでの戦いとはならないだろう。そのことはヴァルバトーゼ自身も不本意ではある。
「だがそれでも!! それでも貴様には立たねばならん理由がある筈だ!! この俺に抗おうとしたときに見せたあの根性はどこへ行った!?」
だがヴァルバトーゼの心中には、鬼太郎たちに対してそういった不利すらも跳ね除ける『期待』のようなものがあった。
自分にあれだけの啖呵を切って見せた相手なのだから、この程度で終わる筈がないと。
「……ボ、ボクは……!」
実際、鬼太郎の目は死んでいない。倒れて尚、その瞳の奥には抗おうという意志が垣間見える。
しかし、肉体の疲労が精神について来れないでいるのか。そこから這い上がって立ち上がるのに、だいぶ悪戦苦闘している。
「…………」
ヴァルバトーゼはそんな鬼太郎を嘲るでもなく、邪魔するでもなく。ただ静かに見つめていた。
まるで、鬼太郎が必ずや立ち上がるであろうことを、確信するかのように——。
そして——
「——も、もうやめてください!!」
鬼太郎が立ち上がるよりも先に、そのものは声を張り上げながら進み出た。
倒れている鬼太郎と、彼が立ち上がるのを待っていたヴァルバトーゼとの間に——
「もうやめて……わたしが、わたしが全部悪かったんです!!」
彼女——犬山まなが鬼太郎を庇うように歩み出ていた。
西洋地獄を巡っていた間、まなはずっと考えていた。
何故、どうして自分たちはこんなことをしなければならないのかと?
地獄中を巡り、無茶難題を吹っかけられ、こんな馬鹿馬鹿しいとも言えるような試練に耐え続けなければならないのか?
まなは考え——いや、考えるまでもなく分かっていたことだ。
全て——自分が悪いと。
「きゅ、吸血鬼さん! 西洋地獄を跨いで日本の地獄に侵入しようって、提案したのはわたしです! 悪いのは……全部わたしだったんです!!」
まなは必死になって訴える。
ヴァルバトーゼが怒っていた、『まなと猫娘が西洋地獄へと領域侵犯を犯した一件』。元を辿るのであれば、あれはまなが思いついたことである。
日本地獄を掌握した玉藻の前に悟られないよう、地獄の最下層に侵入する手段として彼女が発案したアイディアだ。
それが『罪』になるとは深く考えもせず、安易に思いついて実行してしまった。
鬼太郎たちはそれが仕方がないことだったとまなを庇ってくれるが、そのせいで皆を今回の騒動に巻き込み、傷つけてしまったのは事実。
これ以上、その事実から目を背けることは出来ない。
フロンという、あの天使長も言っていた、『どうかしっかりと向き合ってくれ』と。
ヴァルバトーゼだって何度も口にしていた、『理不尽に耐えることで己の罪と向き合え』と。
「再教育でも何でも受けますから……!」
だから、まなは彼らの言葉を受け入れることを決意する。
「だからこれ以上……みんなを傷つけないで下さい!! 罰なら……罰なら、わたし一人で受けますから!!」
自身のしでかしてしまったことの責任を取るためにも——
これ以上、皆を傷つけないためにも——
「ほう、殊勝な心掛けだな……如何なされますか、閣下?」
まなの覚悟にフェンリッヒが感心しながらも、主であるヴァルバトーゼに確認を取る。先ほども主から直接「口出し無用」と釘を刺されたため、フェンリッヒからは下手な干渉をしない。
この場を取り仕切るのはあくまでヴァルバトーゼ、ただ主の指示に従うべくその意向を伺う。
「…………吸血鬼さんか……」
だが肝心のヴァルバトーゼの反応は鈍い。彼は一瞬、まなが口にした言葉から何かを連想するように呆けている。
「閣下……? どうなされました?」
「い、いや……なんでもない……」
フェンリッヒは再度主に呼び掛け、ヴァルバトーゼもそれにようやく言葉を返す。
我に返ったヴァルバトーゼは、まなの覚悟に対して何かしらの決断を下そうと口を開きかける。
だが——
「——その必要はないよ、まな」
「!! き、鬼太郎……」
ヴァルバトーゼが何かを口にするに先んじて、鬼太郎がまなに言葉を掛ける。
瀕死の体にムチを打ちながらも立ち上がり、挑むかのようにヴァルバトーゼの前に立ち塞がりながら。
「罰を受ける必要なんかない。キミが……責任を感じる必要なんてないんだ」
まなが自分たちを庇い、その身と引き換えにみんなを助けようとする姿を目に焼き付けた瞬間、鬼太郎は立ち上がっていた。
正直、肉体の方が限界に近かったが、まなが何もかも一人で背負うとしていることが我慢ならず、彼は踏ん張る足に力を込める。
鬼太郎はまなを諭すかのように、あるいはヴァルバトーゼに聞かせてやるかのように、さらに言の葉を紡いでいく。
「だって……キミは、何も悪いことなんてしてないんだから……」
「なんだと?」
これにヴァルバトーゼが眉を顰める。彼はまなのやったことを罪と断じ、彼女を再教育しようと西洋地獄に連行しようとしていた。
国家間の条約、『約束』を違えたまなや猫娘にヴァルバトーゼはひどく怒りを露わにしていたのだ。それは彼という吸血鬼が、何より約束を重んじる性分であるからこそ。
約束の重み。それは鬼太郎にも分かっている。だからこそ、ヴァルバトーゼの憤りも理解は出来る。
けれども、それで納得出来るかどうかはまた別の話だ。
「まな……キミは正しいことをしたんだ。日本を救うために、ボクを助けるために……」
まなの決断は、ある意味で仕方がないところがあった。
もしもあのとき、まながあのような無茶をしてでも地獄への侵入を試みてくれなければ。鬼太郎は玉藻の前に敗北し、地獄はあの狐の手によって完全に掌握されていただろう。
そうなれば今頃は日本が、世界そのものが大変なことになっていた。
あの世とこの世の理は無茶苦茶になり、人間、妖怪問わずに多くのものたちが苦しむことになっていただろう。
まなはそれを未然に防いだのだ。何より、鬼太郎自身も彼女の判断によって救われた。
だから、彼にはそれが罪と断じられ、まなが罰せられることになるなど耐えることができなかった。
「もしも、それが罪になるというなら……それが許されないというのなら……」
だからこそ、ヴァルバトーゼがまなを罪人と定めるなら。どうしても彼女に罪を背負わせたいというのであれば——
「キミ一人に全てをなしつけたりはしない。ボクも一緒に……その罪を背負う!」
「!! き、鬼太郎……」
その罪はまな一人の責任ではない。そうさせてしまった自分にも咎があると。
鬼太郎は、彼女と一緒に地獄に堕ちる覚悟すら厭わずに叫ぶ。
「——だって……キミは大切な友達だから……!」
そう、何故ならまなは鬼太郎の友達。
いつもならば照れ臭くて恥ずかしくなるような正直な気持ち。それをこの瞬間、鬼太郎は堂々と吐露していく。
その叫びに呼応するかのように——
「ああ……その通りじゃ、鬼太郎!!」
息子の側に常に寄り添って来た、目玉おやじも力強く頷く。
保護者として、鬼太郎やまなの行く末を最後まで見守ると彼も覚悟を決めている。
「私を忘れてもらっちゃ困るわよ!! 私だって……その子と一緒の罪を背負ってるんだから!!」
さらに猫娘も立ち上がる。彼女自身も同じ罪状を問われているのだから、最初からまな一人に背負わせる気などさらさらない。
「わしらも……まだ戦えるぞ!!」
「まだ……終わっておらんぞい!!」
「まなちゃんにここまで言わせておいて……男として黙っとるわけにはいかんばい!!」
「ぬ、ぬりかべっ!!」
そして砂かけババア、子泣き爺、一反木綿、ぬりかべも当然のように立ち上がる。仲間として、決してまなや鬼太郎に全てを背負わせまいと、皆で肩を寄せ合うことを誓うのだ。
「まったく……年下にここまで言わせて、アタシが何もしないわけにはいかないじゃない……先輩として!!」
ここへさらに風祭フーカも加わる。
フーカとまなは付き合いこそ短いものの、年頃としては一番近い。一学年先輩のフーカとしては意地を見せたいところ。
「お姉様……はいデス!! デスコも、いつまでもへばっているわけにはいかないデス! ラスボスとして!!」
フーカが立ち上がるのであれば、当然デスコだって立ち上がる。
立派なラスボスになるためにも、ここで倒れるわけにはいかないと彼女なりの意地を示す。
「……やれやれ、ほんとに世話のかかる奴らだよ!」
エミーゼルも、一行の奮い立つその光景に感化されていく。
彼自身、ここでヴァルバトーゼとぶつかったところで何一つメリットなどない。死神としての立場的には、ヴァルバトーゼの味方であると言えるくらいだ。
だが、彼はこの地獄巡りが始まる前に「最後まで付き合う」と渋々ながらも口にしてしまった。約束をしてしまったのだ。
ならばその約束を守ろうと。とことんまで付き合ってやるとばかりに大鎌を背負っていく。
「立った!? なんとしぶとい連中だ……!」
半死半生の身から立ち上がって見せた一行の底力に、フェンリッヒは苦虫を噛み潰したような顔になっていく。完全に力尽きていた筈なのに。気力、体力共に限界だった筈なのに。
いったい、どこからそんな力が湧き上がってくるのか。フェンリッヒにはそれが不可解でならない。
「クックック……それでこそ、それでこそだ!!」
一方で、ヴァルバトーゼは腹の底から快活な笑い声を上げ、今日一番の笑顔を鬼太郎たちへと向ける。
決して鬼太郎たちを嘲笑しているわけではない。寧ろ、その逆。彼は嬉しさを抑え切ることができず、声を上げて笑っているのだ。
この地獄の試練を一行に課す際、ヴァルバトーゼは鬼太郎たちのこれまでの戦いについて情報収集を行なっていた。
指導教官としては指導するものの経歴を知らなければ、正しく教え導くが出来ないと。教育係としての信念から、できる限り鬼太郎たちのことを調べ上げたのだ。
そうして、ヴァルバトーゼは知った。
ゲゲゲの鬼太郎が、彼らが今日までどのような敵と戦い、そして勝利してきたのかということを——。
「それがお前たちの強さの根底にあるもの……その『絆』こそが!! お前たちの力の源!!」
鬼太郎は妖怪としてはまだ若く、決して最強と呼ばれるほどに圧倒的なわけではない。
バックベアードという大物を始め、多くの戦いで苦戦を強いられ、勝利のみならず敗北も数多く重ねてきた。
それでも彼が今日まで、戦い抜いてこれたのは——いつも側に仲間がいたからだ。
共に戦い抜く、信頼する仲間との絆があったからこそだ。
「フッ……その絆の在りよう……俺にも覚えがある……」
その絆の強さを、ヴァルバトーゼは知っている。
人間も妖怪も、天使すらも関係ない
互いに互いを思い合う、心からの信頼。
絆こそが、何物にも変え難い力になると彼は知っているのだ。
「その強さに……その絆に敬意を示そう。さあ!! もう一度、全力で掛かって来るがいい……ゲゲゲの鬼太郎!!」
だからこそ、ヴァルバトーゼは鬼太郎たちを真に強敵であると認める。
この手で闘うに値する敵であると、もう一度全力で彼らの前に立ち塞がっていく。
「——みんな!! これで最後だ!! もう一度だけ……ボクに力を貸してくれ!!」
鬼太郎は立ち上がった仲間たちに向かって声を張り上げる。
先ほど彼は一つのミスを犯した。それは仲間たちに負担を掛けまいと、たった一人でヴァルバトーゼに戦いを挑んだことだ。
それにより返り討ちにあい、結果として仲間たちを危険に晒してしまうことになった。
同じ失敗はもう繰り返さない。ヴァルバトーゼという一人ではどうにもならない強敵を倒すためにも、今度こそ皆の力を借りることに躊躇いなどなかった。
「任せい、鬼太郎!! おぎゃ! おぎゃ!!」
「オレ……鬼太郎と戦う!!」
鬼太郎の信頼に応えるためにも、まずは子泣き爺とぬりかべが動く。子泣き爺は腕を石化させ殴りかかり、ぬりかべもその巨体から力強い一撃をお見舞いしていく。
「来い……受けて立つ!!」
ヴァルバトーゼは二人の重い一撃を真正面から受ける。
先ほどもそうだったが、彼は相手の攻撃を決して避けようとはしない。敵の攻撃を正面から受け止めるという、ヴァルバトーゼなりの美学なのかもしれないが。
「グッ……! 何の……これしき!」
その美学を貫き通すたびに、彼の肉体には小さくないダメージが蓄積されていく。さすがに限度があり、ヴァルバトーゼはその体勢を大きく崩していく。
「よーし、いくばーい!!」
「くらえっ!! 痺れ砂じゃ!!」
その隙をついて一反木綿が空を飛翔する。その背には砂かけババアが乗っており、彼女がヴァルバトーゼの頭上から痺れ砂をこれでもかというほど大量にばら撒いていく。
「ムッ……小癪な!」
これには堪らず口元をマントで抑えるヴァルバトーゼ。しかし完全には防ぎ切れず、僅かだが砂を吸い込んでしまい体の動きが鈍っていく。
「いっくぞ! 勝負だ、ヴァルバトーゼ!!」
「よかろう! 掛かってこい、小僧!!」
まだまだ鬼太郎たちの攻勢は止まらない。
次なる一手として今度はエミーゼルがヴァルバトーゼへと勝負を挑む。エミーゼルにとってヴァルバトーゼは仲間であり、『父親の権力に頼ってばかりだったお坊ちゃん』だった頃の情けない自分を変えてくれた、恩人とも呼べる相手。
その恩人相手に、エミーゼルは容赦なく切り掛かっていく。まるで自身の成長を見せつけるかのように。
「良いぞ!! さらに出来るようになったな、エミーゼル!!」
これにヴァルバトーゼも嬉しそうに応じる。虚空より一振りの剣を取り出し、エミーゼルの大鎌と刃を合わせていく。
「アタシたちも行くわよ! デスコ!!」
「はいデス、お姉様! 魔チェンジ!!」
さらにフーカとデスコも揃って参戦。
デスコが魔チェンジで魔剣へとフォームチェンジ。フーカがその刀身を握り込み、姉妹が一体となってヴァルバトーゼへと勝負を挑んでいく。
「二人……いや、三人がかりか!! 良いだろう!!」
これにもヴァルバトーゼは怯むことなく応じていく。さらにもう一振りの剣を虚空より取り出し、二刀流の構えでフーカ&デスコ、エミーゼルと切り結ぶ。
数的不利をものともしない見事な剣捌き——しかし、やはり限界はある。
「おりゃああああ!!」
「このぉおおおお!!」
絶え間ない剣戟の末、フーカ&デスコが右手の剣を、エミーゼルが左手の剣をヴァルバトーゼの手からそれぞれ弾いていく。
「ニャアアアアアアア!!」
両手の剣を取りこぼしたことで無防備となるヴァルバトーゼに猫娘がさらに駄目押し、伸ばしきった爪による容赦のない斬撃を浴びせていく。
もはや後先のことは考えない。全てを出し切る勢いで繰り出す死力を尽くした連撃だ。
「クッ!?」
その死闘の末。ついに、ついにヴァルバトーゼが——膝を突いた。
「今よ!! 鬼太郎!!」
ここだ!! このチャンスを逃してはならないと猫娘は叫んだ!!
最後の一撃を繰り出すのはやはり彼の——ゲゲゲの鬼太郎の役目であると。
「——霊毛ちゃんちゃんこぉおおおおお!!」
仲間たちを信じて力を溜めていた鬼太郎が、全ての一撃を霊毛ちゃんちゃんこに込める。
ちゃんちゃんこで巻かれた鬼太郎の腕の中に、かつてないほどの妖気がスパークし、光が迸っていく。
「——まだだ!! まだ俺は屈しておらんぞ……鬼太郎ぉおおおおおおお!!」
それにヴァルバトーゼも拳で応じる。
膝をついた状態でありながらも、渾身の力を込めて拳を突き出す。
そして——両者の拳がぶつかり合い、激突する。
「くっ……ぐぐぐぐ……!!」
「グッ! グヌヌヌ!!」
拮抗する互いの拳、衝撃の余波が周囲のものを容赦なく吹き飛ばしていく。
「閣下!!」
「鬼太郎!!」
フェンリッヒがヴァルバトーゼに、猫娘が鬼太郎に呼び掛けるが、激突の衝撃波で近づくこともままならない。
もはや誰にも、この拳の間に割って入ることは出来ない。
最後を決めるのは、やはり両雄の純粋な力比べか——
「——鬼太郎ぉおおおおお!! 負けるなぁああああ!!」
そう思われた刹那、彼女が——犬山まなが声を張り上げていた。
彼女なりに出来ることをしようと、まなは鬼太郎へと精一杯の声援を送る。
その声援が、最後の一押しになったかどうかは定かではない。
「!! はぁあああああああ!!」
しかし、鬼太郎の拳が勢いを増したのは確かだった。
まなの声援を背には受けた瞬間——彼の中の『負けられない』という感情がさらに強くなっていく。
「お、オオオオオオオオオッ!?」
この勢いが、瞬間的にだがヴァルバトーゼの拳の威力を上回っていく。
そして、ついに——
鬼太郎の渾身の一撃が、ヴァルバトーゼにボディーブローとして突き刺さる。
「はぁはぁ!! はぁはぁ!! はぁはぁ…………か、勝った……のか?」
鬼太郎自身も確信を持てないまま呟く。
ぶつかり合いの末、確かに自分の一撃が何かにぶち当たる感触があった。
だが、疲労困憊の鬼太郎には、それを確認する余力もない。
今にも倒れ込んでしまいそうになる疲労感の中、とても長い長い体感時間を過ごし——
「——ああ、お前の勝ちだ」
「……っ!!」
瞬間、ヴァルバトーゼの呟きが鬼太郎の耳に届く。
バッと顔を上げれば——そこにはヴァルバトーゼの五体満足な姿があった。
その表情どこまでも清々しく、とても満ち足りたものであった。
とても敗者のものとは思えぬ顔色だったが、それでもヴァルバトーゼは胸を張って宣言する。
「お前の……お前たちの勝ちだ」
勝者である鬼太郎にその事実を伝えた直後——ぐらりと、ヴァルバトーゼの体が揺らぐ。
「誇るがいい。お前たちは見事に俺の課した試練を……乗り越えたのだからな……」
そして最後まで鬼太郎たちを称賛しながら、そのまま吸血鬼はゆっくりと崩れ落ちていった。
×
西洋地獄、灼熱の大地。
そのエリアの一角にポツンと建てられた屋敷。その屋敷の門の前に多くの者たちが集まっていた。
屋敷勤のプリニー、屋敷の雑務を執事として取り仕切る狼男のフェンリッヒ。
そして、屋敷の主人である吸血鬼・ヴァルバトーゼの姿もあった。
「——見事……見事だったぞ!!」
屋敷の門の前で、彼は見送る客人たちに称賛の言葉を送る。その相手は当然鬼太郎たちである。
彼らはヴァルバトーゼの課した地獄体験を見事にやりきったとし、西洋地獄側から正式に『客人』として扱われるようになった。
客人としてあの戦いが終わった後、すぐにヴァルバトーゼ共々この屋敷へと運ばれ、怪我の手当てと療養をするように言われたのだ。
それによりいくらか回復した鬼太郎たち。だがその姿は結構痛ましいものだ。ところどころに包帯を巻かれ、その顔には疲労の色が濃く見える。
ちなみに傷の手当てを受けたのはヴァルバトーゼも同じなのだが——
「それにしても最後のパンチは効いたぞ! やはり強いな……ゲゲゲの鬼太郎よ!!」
「そ、それは……どうも……」
この通り、今はもうすっかり傷も癒えて、体力も回復もしている。
何なら勝者である筈の鬼太郎よりも気力に満ち溢れており、機嫌もすこぶる良くなっているくらいだ。
「あの吸血鬼……何であんなにピンピンしてんのよ……」
「ほんとにね~……ヴァルっちってば、呆れるほどタフなんだから……」
これに猫娘やフーカまで呆れている。勝ったの自分たちなのに、負けた筈のヴァルバトーゼの方が元気溌剌。これではどっちが勝者か分かったものではない。
しかし、それでも鬼太郎たちが勝利したという事実に変わりはなく。
「約束だ……犬山まなに、猫娘よ。お前たちが西洋地獄へ無断侵入した件に関しては不問とする!」
ヴァルバトーゼはまなたちの罪を赦し、これ以上は何も文句を口にしないと約束を履行することとなった。
「あ、ありがとうございます! もしも次があるなら……なるべくちゃんとした方法で入るようにしますから……」
これにまなは素直に感謝し、次からはきちんとした方法で入国の手続きを踏むと誓いを立てる。
本当ならば入国などしない方がトラブルにもならないのだろうが、また似たような危機がないとも言い切れない。
そうなったとき、きっとまなは同じように西洋地獄の力を借りるかもしれないと、予めヴァルバトーゼに断りを入れておく。
「うむ! そのときは一報入れるが良い!! この俺が直々にお前たちの入国を審査してやろう!!」
そのことを、ヴァルバトーゼは別段怒りはしなかった。
彼が責めていたのはあくまで『無断』で侵入して来たからであって、西洋地獄に足を踏み入れること自体は特に問題とも思っていない。
連絡さえ入れれば協力してやると約束まで交わしていく。
「そして……風祭フーカ! お前ももう自由の身だ。日本でもどこでも、好きな場所に行くがいい……」
次いで、ヴァルバトーゼは風祭フーカの扱いについても言及した。
成り行きとはいえ、彼女とも約束を交わしている。この試練に耐え抜けば、プリニーもどきである彼女の自由を認めると。
ヴァルバトーゼはそんな無茶な約束であろうとも、しっかりと守ることを誓う。
「ヤッタアアアアア!! これでお姉様は自由の身デス!! どこへでも行きたい放題なのデス!!」
これにデスコが大喜び。
大好きな姉との生活を誰にも邪魔されないと、両手を上げて幸せ気分を表現する。
ところが——
「…………そうね、それも悪くないけど……」
これにフーカは複雑そうな顔をしていた。
「とりあえず、暫くは大人しくこっちに戻ることにするわ……アタシも、アタシなりに……色々考えなきゃね」
「……フーカさん?」
彼女は何かを考え込みながら、何故かまなのことを見ていた。
あの瞬間、己の罪と向き合うことを決意した犬山まなのことを——
ひょっとしたら、そんな後輩の姿にフーカも『何か』を学んだのか。いずれにせよ、いつかは彼女もこの地獄から旅立つ日が来るかもしれない。
その日まで、とりあえず判断は一旦保留である。
「ボクも暫くはこっちに戻っていようかな。偶には父上に顔を見せなきゃなんないし……」
留学中のエミーゼルも、父親に顔を見せるという親孝行のために西洋地獄に留まることにしたようだ。
結局、日本妖怪たちは日本へ。
西洋地獄の面々はこのままここに留まると。
互いに元の鞘に収まったという感じで別れを告げていく。
「……ゲゲゲの鬼太郎よ」
「っ!」
最後の別れ際、ヴァルバトーゼは改めて鬼太郎へと声を掛けていた。
「忘れるなよ……仲間との信頼が、その絆がお前たちの強さだ」
「…………」
「それさえ見失わなければ、お前たちは誰にも負けない……ゆめゆめ忘れぬことだ」
ヴァルバトーゼは最後まで、鬼太郎に絆の大切さを説いていた。
そのことに、鬼太郎は苦笑しながらも頷く。
「本当に……変わった吸血鬼ですね、貴方は。でも……はい。ボクも、その通りだと思いますから」
「うむ!! お前もだいぶ変わっている……大した妖怪だ!」
その会話を最後に、鬼太郎たちは西洋地獄からサヨナラをしていく。
長かった彼らの西洋地獄巡りが、こうして終わりを告げたのである。
「あー、疲れた!! さすがにもうちょっと休んでいたいわね……」
鬼太郎たちが去った後、風祭フーカは屋敷の前で大きく伸びをする。
さすがの彼女も今回はだいぶ疲れを溜め込んだ。色々と考えることはあるが、とりあえず今は休んでいたいと——そのまま屋敷の門を潜ろうとする。
「おい、小娘! ……何故当然のように屋敷に入っていく?」
それに苦言を呈するフェンリッヒ。
「ヴァル様が好きな場所へ行けと仰られたのだぞ? 何処へなりとも、とっとと消え失せるがいい!」
彼はフーカがこの屋敷に留まることが気に入らず、露骨に彼女を追い出そうとする。
もはやプリニーもどきとして指導する必要も無くなったのだから、彼女をここに留めておく理由がないというのがフェンリッヒの言い分である。
「ええ! だからここに留まるのよ?」
しかし、フーカはこれをいい笑顔で拒否する。
「何だかんだでこの屋敷って居心地いいし!! どこに行くのもアタシの自由なんでしょ? なら、ここにいたって問題ない筈じゃない?」
「その通りなのデス!! ここにいるのもお姉様の自由なのデス!!」
フーカもデスコも、自由になったからといってここから出ていく気はなさそうだ。他に行く場所もないし、やはり当面はこの屋敷を拠点に活動を続けていくとのこと。
「くっ! おのれ……!」
フェンリッヒは忌々しげに舌打ちする。
せっかく、どさくさに紛れて彼女たちを始末しようとしたのにそれが元の木阿弥。いや自由になった分、以前よりもさらに厄介な状況になったとも言える。
「……また何か対策を考えねば……」
いずれはこの状況も打開せねばと、フェンリッヒは懲りもせずに策謀を巡らせていく。
すると、そんな悪巧みを思案する狼男に対し——
「——あらあら、今日はまた一段と悪い顔になっていますわよ、狼男さん?」
「……ムッ!」
どこからともなく、上品な言葉遣いで女性が声を掛けてきた。
彼女の声を聞くや、これまで以上にフェンリッヒの表情が不機嫌に歪んでいく。
その女性には白い翼が——『天使』の翼が生えていた。
女性本人とその翼の美しさから、どことなく清廉なイメージが感じられる。だがそのイメージに反し、着ている衣装は露出度が高く大胆なもの。
天使長であるフロンよりも神々しさという面では劣っているものの、その衣装から繰り出されるセクシーさにはフーカやフロンには出せない、大人の女性としての魅力や色気が垣間見えた。
「あ、アルティナちゃん!! 久しぶりっ!!」
「いつ天界から戻って来たデスか!? デスコとっても寂しかったです!!」
「ええ、私も寂しかったですわ、フーカさん、デスコさん!」
その天使——アルティナと呼ばれた彼女へ、フーカとデスコの二人が勢いよく抱きつく。久しぶりに再会を祝う仲の良い友達としての抱擁。それにアルティナも快く応じてくれる。
「ねぇねぇ!! 聞いてよ、アルティナちゃん!! フェンリっちってば、ヴァルっちを独り占めするために、アタシたちを追い出そうとしたのよ!?」
再会の挨拶が済むや、フーカはアルティナにフェンリッヒの悪行を報告していた。今回の一件でフーカたちが一番腹を立てている事柄であり、その企みのせいで余計に疲れたと愚痴をこぼす。
「あらあら、またですの? ……困った狼男さんですわね」
だが、フーカの話にアルティナはまったく動じていない。フェンリッヒが悪事を企むなどいつものことと、さらりと受け流していく。
「フン……随分と早いご帰還だったな、泥棒天使! そのまま、ずっと天界に留まっていればいいものを!」
平然としているアルティナが、いや彼女という女そのものが気に入らないのか。フェンリッヒはアルティナを泥棒などと吐き捨て、邪険に扱っていく。
「いえいえ、確かに私は天使ですけど……」
そんな露骨なフェンリッヒの態度にも、アルティナは優しく微笑んで見せる。
ちょっぴり悪戯っぽくウィンクをしながら、彼女は何気なくその言葉を口にしていた。
「——私の居場所は……この地獄にありますから……」
そしてその視線を、そのままヴァルバトーゼへと向けていく。
「……ただいま戻りましたわ、吸血鬼さん」
「……ああ、よくぞ戻った……アルティナよ」
意味ありげに視線を交わし合う、吸血鬼と天使。
そんな男女の姿を、フーカとデスコが「きゃっきゃっ!!」と囃し立てる。
「うきゃぁああ!! 今の何!? 何!? もしかしなくても……愛の告白ってやつ!?」
「キュンキュンするデス!! お姉さま、デスコとってもキュンキュンするデスよ!?」
年頃の女子として、そういった男女の恋愛に敏感に反応する。
これはラヴか? LOVEなのか?
「貴様らっ!!! クソくだらないことをほざくんじゃない!! ぶっ殺すぞぉおお!!」
そんな彼女たちの思考をくだらない妄想だと断言し、何故かブチ切れるフェンリッヒ。
少女たちを黙らせようと、物凄い形相で睨みを効かせていく。
——……あれ?
そうやって皆が騒ぐ光景を、エミーゼルは少し離れたところから眺めていた。彼自身はいい加減疲れていたということもあり、その輪の中にも入らず、あえて余計なことも一切喋らない。
しかしそのおかげか、エミーゼルはあることに気がついてしまう。
——もしかして、ヴァルバトーゼの機嫌が悪かったのって……。
今回の地獄巡りでヴァルバトーゼと対立していた間、エミーゼルはずっと彼の纏う空気がいつもよりピリピリしていたように感じていた。
もっとも、それも僅かな違和感程度だ。どうせ大したことではないだろうと、あえて何も言わずにいたことだったのだが——
——……アルティナの奴が地獄を留守にしてたからじゃないのか!?
そう、先ほどアルティナと視線を交わしたあの瞬間。あの瞬間にも、ヴァルバトーゼの表情から険しさが消え去ったような気がしたのだ。
勿論、ただの気のせいかもしれない。まさか暴君とまで恐れられていた男が、女一人のために機嫌を浮き沈みさせるなどと。
未だにお子ちゃまなエミーゼルには、それが信じられなかった。
——……まあいいや。これ口にしたら色々と面倒なことになりそうだしな……。
とりあえず、エミーゼルはこの事実を黙っていることにした。
沈黙は金ともいう。これ以上のゴタゴタは御免被るとばかりに、彼は口を噤むのである。
「——そうそう! 今日は吸血鬼さんにお土産をお持ちしましたのよ、受け取ってくださるかしら?」
ふいに、タイミングを見計らいながらアルティナはその『お土産』とやらを取り出す。
お土産といえばご当地のお菓子などが定番だが——彼女が取り出したものは、何故か『寸胴鍋一杯のカレー』であった。
「なんだそのカレーは……そんなもの捨ててしま……っ!?」
フェンリッヒは彼女のその土産を一瞥するや、そんなもの不要だと冷たく言い放とうとする。
だが、そのカレーが『何』を材料にしているかを察し、目を見開く。
「お、おい……そのカレーは……もしや!!」
「はい! イワシカレーです!!」
アルティナが持って来たものは何と『イワシカレー』。イワシをふんだんに盛り込んだお手製カレーであった。
「天界のプリニーさんたちの間で流行っているらしいですわよ! 吸血鬼さんにもどうかと思いまして!!」
余談だが天界にもプリニーがいる。地獄と同じく中身は罪人の魂だが、地獄に落とされたプリニーたちに比べれば軽い罪のものが多い。
そんな天界のプリニーたちの間で流行しているというイワシカレー。それを吸血鬼であるヴァルバトーゼに薦めるアルティナ。
「何とっ!? これは素晴らしい……これならば、より多くのイワシパワーをこの身に取り込むことが出来るぞ!!」
これにヴァルバトーゼが歓喜した。
吸血鬼として人間の血を吸わなくなったヴァルバトーゼだが、彼はそれに代わる食材を口にすることで己の魔力を維持していた。
その食材こそが、何を隠そう『イワシ』なのだ!!
彼の血肉はイワシで出来ている!! そう断言してもいいほどに、彼はイワシという小魚にハマっていた!!
「よくぞ、このような料理を見つけてくれた……感謝するぞ、アルティナ!!」
「い、いえ……! この程度は……お安いご用ですわ」
素晴らしい料理を持って来たとヴァルバトーゼは感謝を口にし、それにアルティナが頬を赤らめていく。
「チッ……」
またも主といい感じの雰囲気になるアルティナに、嫉妬心からかフェンリッヒが舌打ちする。
だが、彼は何かを思案するように、鍋に入ったイワシカレーに着目し——
「狼男さん……このカレーの中に人間の血を仕込めば……なんて考えてません?」
「き、貴様っ! 何故、それをっ!?」
しかし、フェンリッヒの企みを先読みするかのように、アルティナが彼の考えを指摘した。
主に黙って主の食事に人間の血を仕込む。それはフェンリッヒが定期的に仕掛けている小細工である。
主人に暴君時代の力を取り戻して欲しく、彼は何とかしてヴァルバトーゼに人間の血を接種させようと企んでいる。
そんなフェンリッヒの謀に、アルティナは釘を刺していた。
「ダメですよ! 吸血鬼さんが人間の血を吸うなら——私との約束を守ってもらいませんと……ねっ?」
『——私を怖がらせるまで、誰の血も吸わないでくださいね?』
数百年前、シスターだった人間の女性が吸血鬼であるヴァルバトーゼと交わした約束。
その女性は人間同士の戦争によってその命を散らしてしまい、ヴァルバトーゼは約束を果たせなくなっていたが——
「——楽しみにしてますからね、吸血鬼さん?」
彼女は数百年経った現代、天使として活動していた。
そう、アルティナというこの天使こそが、そのときの女性なのだ。
天使として生まれ変わった今も、アルティナは当時の約束を覚えており、ヴァルバトーゼもその約束を守るつもりでいる。
「——当然だ!! 俺は必ず約束を守る!! お前の恐怖に怯える表情を肴に、その血を吸い上げてくれよう! フフフ、フハハハッ!!」
ヴァルバトーゼは今度こそ、彼女を恐怖のドン底に陥れてやろうと嬉しそうに高笑いを上げる。
必ずや彼女を絶望させる。
そのためにも——必ずや、彼女をこの手で守ってみせると。
「それまで、俺の側から黙っていなくなるなよ……アルティナ」
「はい……吸血鬼さん」
約束は、今も二人の胸の中に秘められている。
人物紹介
アルティナ
原作では当初、ブルカノなんてゴツい名前を名乗り、一応何者かを隠していましたが……正直バレバレ。
その正体はヴァルバトーゼが暴君時代に約束を交わしたシスター。彼女が天使となったもの。
天使の彼女は『業欲の天使』などと呼ばれ、地獄で盗み……徴収をしていましたが、それも全て世界を救うため。
ちなみに彼女の集めたお金は……フロンによって全額グレートフロンガーXという巨大兵器にぶっ込まれる。
フロン、お前……部下が必死に集めた金でそんなオモシロ兵器を……。
今作において、彼女の出番は少なめ。最後のまとめ担当で申し訳ありませんが、どうかご容赦下さい。
次回予告
「……戦争は終結した。けれど多くの人間や妖怪が傷つき、その爪痕が街中に残っている。
傷つき倒れる人々に対して、ボクに出来ることなんて……。
……? 父さん、あの人……あの黒い外套の人、医者でしょうか?
ボクはあの人を知っている気がします。確かあれは……ずっと昔に——
次回——ゲゲゲの鬼太郎 『ブラックジャック』 見えない世界の扉が開く」
次回から鬼太郎の世界観を三年目に『日本復興編』へとシフトさせていく予定です!
そして最初のクロスオーバー作品はあの手塚治虫の名作から。
どういった物語になるかは、まだ秘密。
色々と仕掛けを施してみようと思いますので、どうかお楽しみに。