ゲゲゲの鬼太郎 クロスオーバー集   作:SAMUSAMU

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何かと巷を騒がせている『チョコボGP』買って来ました!

課金要素やストーリーの雑さなど。『チョコボレーシング』を期待して買った人ほど。これはちょっと……といった要素が多い今作。
しかし、レースゲームとしてはかなり面白い部類です。
自分は『マリオカート』をやらない人間なので、それと比べるとどうなるかという話は出来ませんが、普通に遊ぶ分に問題ない感じです。
無料版もあるので、とりあえず遊んでみても損はないかと。

さて、今回で『ブラックジャック』とのクロスオーバーが完結します。
手術描写や病気の解決策など、俄かな知識ですがなんとかそれっぽい雰囲気で纏めてみました。
今作はブラックジャックのOVA、その中のとあるエピソードを特に参考にさせてもらっています。

どうなることか……どうぞ最後までお楽しみ下さい。


ブラック・ジャック 其の③

「…………いったい、どうすれば……」

 

 古賀医院。ブラックジャックにあてがわれている個室。

 

 望月千代女という少女の身を蝕む病気の正体が——伊吹大明神。八岐大蛇とも呼ばれる怪物の『呪い』であることを知ったブラックジャック。

 本来であれば、呪いだの妖怪だの。そんな非科学的なことを認めたくはない彼だが、もはやこの事実を認めない限り一歩も先に進むことは出来ない。

 苦渋な決断ではあるものの、ブラックジャックはこれが『呪い』であることを再認識。

 

 それを踏まえた上で——この『呪いという名の病気』をどう治療すべきかと頭を悩ませている。

 

 ——心臓に異変が起きていることは明らかなんだ……。

 

 その際、ブラックジャックが着目したのは——心臓に異常をきたしているという事実だった。

 あらゆる検査で千代女の身体に『異常なし』という検査結果が出ている中、唯一心臓だけが何かしらの異変を抱えている。

 ならばその心臓をなんとか出来れば、というのがブラックジャックの結論である。

 

 ——……心臓移植を試みる他にはないが……その場合、やはり問題はドナーだな……。

 

 その場合、一番シンプルな解決策に『心臓移植』がある。心臓に問題があるのであれば、その心臓を換えてしまうという何とも分かりやすい結論。

 もっとも、そう単純にはいかないのがドナーの問題である。

 

 心臓は、一人の人間に一つだけというのが基本中の基本。心臓を移植するともなれば、その臓器提供者が『脳死』するのを待つしかない。

 今から望月千代女という人間に適合する心臓を持った人間が脳死し、臓器提供が可能な状態まで待つ。

 

 言うまでもなく、限りなく0に低い確率である。

 

 ——今の彼女には……それを待つ時間すら残されてはいまい。

 

 よしんば、都合よくそのような奇跡が起ころうとも、それを待っている時間すら今の千代女にはない。

 今までのケース、これまでの例をあげれば、それこそ数年単位で待つことも出来たかもしれない。

 

 だが、今や状況は一変した。

 

 呪いは新しい段階へと移行し、これまで以上に激しく千代女という少女の肉体を蝕んでいる。

 もはや一年、二年と悠長に待ってはいられない。早急に何とかする手段を確保しなければならない。

 

 ——……ここであれを使うか? 研究中の……人工心臓をっ!?

 

 ブラックジャックは一つの決断を迫られていた。

 今回の患者に彼が自作した——『人工心臓』を埋め込むべきかと。

 

 

 そう、人工心臓だ。

 ブラックジャックが密かに研究を続けているものの中には、人工的に作り出した心臓の試作品が存在している。

 

 

 これはブラックジャックの命の恩人であり、彼が唯一心から尊敬する医師——本間(ほんま)丈太郎(じょうたろう)

 彼が発見し、命名したとされる病気——本間血腫に対抗するため、ブラックジャックが研究を続けてきた代物だ。

 

 本間血腫とは心臓の左心室に血栓が発生し、除去しても除去しても再発するという原因不明の奇病である。世界でも二十件くらいしか実例が報告されておらず、その全ての患者が死亡しているという恐ろしい病である。

 本間丈太郎という男が医学科から追放されるきっかけともなった、ブラックジャックにとっても忌むべき病気である。

 いつの日か、その本間血腫に対抗するためにと。ブラックジャックはその人工心臓を秘密裏に準備していた。

 

 ——だが……私の研究も完全じゃない……。

 

 ——よしんば成功したとしても……患者の寿命は……。

 

 もっとも、ふと昔ならいざ知らず、現在の医療技術であれば人工心臓を使用した移植の実例はいくつか存在する。

 ブラックジャックの他にも実際に人工心臓を埋め込み——ほとんどの患者が数日、よくて数ヶ月という短い間に死亡したという結果まで出ている。

 

 ブラックジャックの人工心臓でも、おそらくもって一年といったところだろう。所詮は延命行為にしか過ぎない処置だ。

 

 ——……僅か一年、もって一年……。

 

 ——その一年のために手術するのか……それとも……。

 

 一年でも寿命を引き延ばすことを良しと、手術すべきか。そもそも、手術自体が成功したとしても本当に患者の苦しみがなくなるかも疑問だ。

 相手が『呪い』なんて得体の知れないものである以上、心臓を入れ替えたところでまた同じ症状が出るのではないかと。

 

 いずれにせよ、これはブラックジャック一人で判断を下せる問題ではない。

 患者本人である千代女、そしてその連れ合いとも呼ぶべき森時に話を通さなくてはならない。

 

 と、まさにブラックジャックがそのような考えを抱いていたときである。

 

「先生……ブラックジャック先生……今いいでしょうか?」

「……ん? 森時くんか……構わない、入りたまえ」

 

 ちょうど森時の方から、ブラックジャックの元を訪れてきた。ノックをする彼に部屋に入るよう促す。

 

 

 

「先生……彼女の様子が急変したと……古賀先生から聞きました……」

「…………」

 

 ブラックジャックと対面するや、森時は千代女の容態について問い掛けてくる。

 

 現在時刻は午後一時。本来であればこの時間、森時は大学の医学部で勉学に励んでいる筈だった。勉強を疎かにしないという家族との約束を守り続けることで、彼は千代女との仲を渋々ながらも家族に認められていた。

 だが、その状況も千代女の命があればこそ。彼女が危機に瀕していると聞き、いてもたってもいられず授業を抜け出してきたのだろう。

 

「先生!! 俺に出来ることなら何でもします!! お願いです! どうか……どうか彼女を助けて下さい!!」

 

 森時は必死になって頭を下げた。ブラックジャックに千代女の命を助けてくれるように懇願する。

 所詮は医大生に過ぎない彼では、それ以上出来ることがないのだと。自らの無力感を悔しがるように、血が滲むほどに唇を噛み締めている。

 

「……出来る限りのことはする……だが……」

 

 森時の懇願にブラックジャックは明確な答えを出せないでいる。

 必ず助けるという気持ちこそあれど、それを現実にするのは難しいと理解しているからだ。

 

「……森時くん……実はだが……」

 

 このとき、ブラックジャックは『千代女に人工心臓の移植する』という選択肢があることを森時に話そうとした。

 彼に話を通し、千代女にも話を通す。

 

 もしも二人がこの提案に『YES』と頷くようであれば、ブラックジャックもこの処置を患者に施していたかも知れない。

 

 

 しかし、そうはならなかった。

 

 

「……? ブラックジャック先生? それは……彼女の……検査データですか?」

「ん……? あ、ああ……そうだが……?」

 

 ブラックジャックが口を開きかけたとき、森時の方からとある疑問を投げ掛けられる。

 彼が指摘したのは机の上に並べられていた、大学病院で徹底的に調べた患者に関する検査データだ。

 あらゆる方面から採取したデータの数々。そのほとんどを未だ学生である森時は理解できなかっただろうが——。

 

「先生……そのレントゲン写真。彼女の心臓周り……何か、変な靄が写り込んでませんか?」

「……なんだって?」

 

 彼は千代女の胸部を写したとされるX線写真。壁に貼り付けられていたその写真の中に、何か『黒い靄』のようなものが写り込んでいると指摘してきたのだ。

 それも心臓周り、千代女の肉体に明確な異変が起きているとされる部分にである。

 

「……いや、そんな影など……どこにも映っては……」

 

 これにブラックジャックは頭を振る。

 もしも本当にそんなものが写り込んでいるのであれば、気が付かないわけがないのだ。だがまさかと思いつつも、念のため写真を見直していく。

 

 

 すると、どういうわけか。

 確かにレントゲン写真には黒い靄——『何か』が千代女の心臓にまるで巻き付いているかのように写り込んでいたのだ。

 

 

「そ、そんな馬鹿な!? さっきまでは何も……こんな見落としをするわけが……!!」

 

 ブラックジャックの瞳が驚愕に見開かれる。

 

 このX線写真は大学病院の検査ではなく、古賀医院の設備でも撮れるようなごくありきたりなものだ。古賀も定期検診などで何度も撮影しているであろう、ただのレントゲン写真。

 こんな靄がこれほど露骨に写り込んでいて、気が付かないわけがない。

 だと言うのにだ。森時に指摘されるその瞬間まで、誰もその靄を認知することが出来なかったという。

 

 

『——見ようとしない限り……そこから目を逸らし続ける限り……』

 

 

 ふいに、ゲゲゲの鬼太郎の言葉が脳裏を過ぎり、とある仮説をブラックジャックに抱かせる。

 

「……見ようとしない限り……彼が認識したことで見えるようになった……とでも言うのか?」

 

 馬鹿馬鹿しい話かもしれないが、今はそんな論理でさえも受け入れなければならないようだ。

 こうやって呪いの存在を信じたり、霊感などに頼ることで、今まで見えなかったものが明確になるというのであれば——

 

「ふふふ……はっはっはっはっ!!」

「ぶ、ブラックジャック先生? ど、どうしたんですか!?」

 

 ブラックジャックは込み上げてくる笑いを抑え込むことが出来ずにいた。いきなり笑い声を上げるブラックジャックに森時は若干引き気味だが、それを無視して彼は問い掛ける。

 

「はっはっは…………森時くん」

「は、はい!! な、何でしょうか……先生……」

 

 やや冗談混じりに、それでいて真剣な眼差しを向けながら——

 

 

 

「——キミは……人より霊感がある方かな?」

 

 

 

×

 

 

 

「しゅ、手術……ですと!? ほ、本気ですか……ブラックジャック先生!?」

 

 その日の夕暮れ時。ブラックジャックは主治医である古賀に『望月千代女の手術』を行う旨を報告していた。

 天才的なメス裁きを誇るブラックジャックが手術をする。それ即ち病気の原因である腫瘍、あるいはそれに類似する『何か』を突き止めたということなのか。

 本来であれば大変喜ばしいことと。病気快方への第一歩として受け止められていたことだろう。しかし——

 

「で、ですが……先生。このレントゲンにも……他の画像データにも……取り除くべき腫瘍の類があるようには見えないのですが……」

 

 古賀の反応は芳しいものではなかった。

 それもその筈、ブラックジャックが手術を行うと言った心臓周辺。そこには未だに何の異常も確認されていなかったからだ。

 ブラックジャックが森時の指摘で発見したと思った『黒い靄』も、霊感がほとんどないという古賀の目では視認することも出来ない。

 

 それはブラックジャックも同様だった。

 

 先ほど、確かに確認したと思った黒い靄。ところが今はそんなもの、写真のどこにも映っていない。

 影も形も見えなくなってしまった『靄』。もしかしたら見間違いではないかと、少し前までのブラックジャックであればそう思い込むことにしただろう。

 

「……分かっています。もしかしたら徒労に終わるかもしれません……それでも、今はこれに賭けるしかありません」

 

 だが、ブラックジャックの『直感』はここだと告げている。

 医者としてそんなものに頼るのも我ながらどうかしていると思ったが、それでもここにこの病の——呪いの根源たる何かが潜んでいる可能性が高いと。

 ブラックジャックはこれを一種の賭けとし、狙いを心臓へと絞っていく。

 

「か、賭けですと!? 千代ちゃんの……患者の命を賭けるなんて……そんなことは!!」

 

 ブラックジャックの発言に、これまで温厚な態度を貫いてきた古賀が怒りを露わにする。

 患者の命を賭ける。真っ当な倫理観からすれば、決して見過ごしていい考え方ではないのかもしれない。

 

 しかし、これにブラックジャックは反論する。

 

「この世に100%成功する手術なんてありませんよ。どんな手術であろうとも……常に命の危険が伴うものです!」

 

 そう、天才と謳われるブラックジャックであろうと——患者が絶対に助かるとは保証はできない。

 どんなに難しい手術であろうと、どれだけ簡単な手術であろうとも。些細なミス一つが命取りになる。思わぬアクシデント一つで全てが台無しになってしまう。

 

 それが、外科手術というやつの恐ろしさだ。

 人の身体を開き、そこにメスを入れるのだ。その行為そのものが賭けに等しいといえる。

 

「それでも……数%でも可能性があるのなら……それに賭けるしかないんですよ!!」

 

 それでも、それがどんなに分の悪い賭けだとしても。この世の摂理に反する愚かな延命措置だとしてもやるしかないのだ。

 このまま放っておいても、千代女の病気が勝手に治ったりはしない。どこかの誰かが助けてくれるわけでもない。

 

 ならば、僅かでも光明が見えたのなら、そこに賭けるしかない。

 患者の命と自身の命を——共に賭ける思いでブラックジャックはメスを握る。

 

「!!…………分かりました。では、今すぐ手術の準備を……」

 

 ブラックジャックの覚悟のほどが伝わったのか、古賀も力強く頷く。今まで通り協力する姿勢を示し、急いで手術の準備を始めようと動き出す。

 

「いえ……手術は明朝、夜が明けてから行います」

 

 だが、急ぐ古賀にブラックジャックは待ったをかける。

 

「手術中に発作が起きるのは避けたい。手術はリスクの低い、朝一に行いたいと思っています……」

「た、確かに……それもそうですね」

 

 夕方から深夜にかけて起こることが多いという千代女の発作。少しでもリスクを避けるために、手術は発作が起こることがないだろう朝の時間帯で行う。

 これ自体は至極当然の提案であり、古賀も納得している。

 

 しかし、ブラックジャックの更なる提案にはさすがに目を丸くする。

 

「執刀は私が……助手役は彼に……森時くんに努めてもらおうと思っています」

「な、なんですと! そ、それはまたどうして……!?」

 

 執刀医は——ブラックジャック。そして手術のアシスタントとして——なんと森時を指名したのである。

 医大生になったばかりで、まだまともに患者の治療なども体験したことがないであろう、医者の卵に手伝いをさせると言う。

 

 これには当然、古賀が何故と疑問をぶつける。しかしブラックジャックはその疑問に対する明確な答えを、上手く言語化することが出来ないでいる。

 

「彼が私たちの中で……そう、一番……そういったものを『見る』ことができるでしょうから……」

「…………?」

 

 先ほども冗談混じりに『霊感があるか?』などと森時に聞いてみたが。

 

 実際に、彼は子供の頃からそういった——『見えないものが見える』ような人間だったらしい。

 

 誰にも気付くことが出来なかった、レントゲン写真の異常を最初に発見したのも森時だ。

 彼が手術に立ち合い、実際に千代女の心臓を『見る』ことで、何かしらの発見があるかもしれないと。不思議とブラックジャックはそのような考えを抱くようになっていた。

 

「古賀先生は朝までの間、千代女くんの容態を……バイタルを常にチェックするようにお願いします」

  

 無論、古賀という医師を蔑ろにするわけではない。手術前の夜の間にこそ、危険な発作の時間帯がやって来る。それを乗り切るためにも古賀の協力は必要不可欠。

 しかし、彼のような『見えない人間』——身も蓋もない言い方だが、霊感がない人間が一緒だと見えるものも見えなくなってしまうかもしれないと。

 不本意だと思うが、今回の手術に古賀を立ち会わせるわけにはいかなくなった。

 

「とにかく! 今夜が山場です。今夜を凌ぎ切れば……活路を見出すことが出来るかもしれません」

 

 いずれにせよだ。

 これから朝に掛けてまでが勝負の時。今宵を乗り切り、朝一番の手術まで繋ぎ——肝心の病気の原因たる『何か』を『見つける』ことが出来れば、この病を治すことが出来るかもしれないと。

 

 

 本当に綱渡りな治療だが、それでも今はこの方法を試すしかないとブラックジャックは決断を下す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……うっ!」

 

 しかし、そうは問屋が卸さないとばかりに。

 その夜、呪いはかつてないほどに激しく望月千代女という患者を苦しめていった。

 

「はぁはぁっ!! あ、あああああああ!!」

 

 まるで呪い側からの反発。思い通りにさせるかとばかりに、繰り返される発作が絶え間なく彼女に襲い掛かっていく。

 

「ち、千代ちゃん!! し、しっかり!!」

「鎮静剤の投与!! 急いで!!」

 

 これには古賀も、ブラックジャックも焦りを見せていた。

 千代女の状態を常にチェックしながら、必要に応じて鎮静剤を連続投与。かなり無茶な処置を行わなければならなかった。

 

「はぁはぁ……あ、ああああ!!」

 

 千代女自身もかなりの苦痛を強いられ、体力を著しく消耗していく。こんな状態では手術など勿論出来ないし、朝方に行う予定の手術にも耐えられるか分からない。

 

 肉体的にも、精神的にも追い詰めらていく望月千代女という少女。

 

 

 けれども——

 

 

「——大丈夫だよ……千代ちゃん」

 

 彼女の側には彼が——森時が付き添っていた。

 

 いつもであれば、千代女の生家で彼女の帰る場所を守っている彼だったが、今回の手術に立ち会うことになったため、今日は古賀医院に泊まり込んでいる。

 千代女の側に寄り添い、その手を力強く握っている。少しでも彼女の力になろうと、その耳元で優しく囁いていく。

 

 

「俺が付いてる。絶対に治るから! だから……だから頑張ろう、千代ちゃん!!」

 

 

 大切な人からの、愛しい人からの励ましに——

 

 

「……う、うん……!!」

 

 

 苦しみに喘ぎながらも、千代女の顔に笑顔が灯っていく。

 

 

 結局のところ、患者にとっての一番の特効薬は大切な人からの声援だ。

 こればかりは、どんな名医にも処方できない。

 

 愛しい人が側にいるから、一緒に戦ってくれる人がいるから耐えられる。

 

 気持ち的にも何とか持ち直し、千代女はその夜を無事に乗り越えていく。

 

 

 

 

 

 そうして——

 

「…………すぅ……すぅ……」

 

 発作の波も収まり、何とか千代女にも心休まる時間が訪れた。

 睡眠を取り、いくばくかの体力を回復。その間にも時間は経過し——朝日が昇っていく。

 

「……時間だ」

「……はい」

 

 日が昇り始めたそのときこそ、彼らが待ち望んでいた瞬間だった。

 

 ブラックジャックと森時。

 意を決した二人が手術着に袖を通していく。

 

 

 ようやくだ。

 ようやく、ブラックジャックの土俵である——外科手術まで、持ち込むことが出来たのである。

 

 

 

×

 

 

 

 古賀医院にも小さいながら手術室があったことが幸運であった。

 勿論、最新機器などが揃った大学病院などとは比べるべくもないが、その程度であればブラックジャックにとって大したハンディにはならない。

 なにせ、彼は自前の医療器具を常に持ち歩いているくらいだ。どんな場所、どんな状況であろうと。彼が患者の前に立てば——そこが手術室、医師である彼にとっての戦場へと早変わりする。

 

「——では、これより患者のオペを執り行う」

「——は、はい……よろしくお願いします……」

 

 だがブラックジャックにとっては慣れたものでも、森時にとっては初めての体験。おまけにその初めての患者が誰よりも大切な人。

 麻酔で穏やかに眠っている千代女を前に、どうあっても緊張を抑え切れない。

 

「ふっ……そう緊張するな、森時くん」

 

 そんな森時の心情を察し、ブラックジャックがやんわりと声を掛ける。

 

「手順に関しては前もってレクチャーした通りだ。キミは私の指示通りに動けばいい」

 

 既に手術を執り行う数時間前から。ブラックジャックと森時は今回の手術に関するシュミレートを入念に行なっている。

 使用する器具、患者に行う施術の手順、測定器のモニターの仕方など。全て一から教え込んでいる。

 

「それに……手術そのものはそう難しいものにはならない筈だ……」

 

 さらに言ってしまえば今回の手術自体、そこまで複雑な手順を必要とはしていない。

 今回の手術、ブラックジャックは望月千代女の胸部を切開。心臓までの道のりをメスで切り開いていく。

 

 そして、心臓部へと到達した後。千代女を苦しめているであろう——『それ』を見つけ出す。

 そう、レントゲン写真にも映り込んでいた例の『黒い靄』。あれを森時が視認することが出来れば、あるいはブラックジャックにもそれを『見る』ことが出来るかもしれない。

 

「そこから先は……私の仕事だ。発見し、見つけ次第……私がそいつを切除する」

 

 呪いだろうと、何だろうと。形があるものであればブラックジャックはそれを切除して見せると、外科医としての意地を見せるつもりだ。

 

「け、けど先生……本当にそんな、呪いなんてものが……」

 

 そういった手順を、打ち合わせの段階でブラックジャックは森時に話していた。

 必然的にも呪いの存在、それが伊吹大明神——八岐大蛇に関わるものだとも。ブラックジャックが神主や鬼太郎から聞かされたものと同様の話を、森時にも伝えていたのだ。

 

 やはり森時も困惑気味ではあった。

 人より『見える』体質であるとはいえ、彼自身が強く妖怪やら幽霊やらを信仰しているわけではない。彼が不安を抱くのも当然である。

 

 しかし——それでは駄目だと。ブラックジャックは森時に言い聞かせる。

 

「森時くん、キミが疑いを持っては駄目だ」

「えっ……?」

「キミが見ることで、確信することできっと『ヤツ』も姿を現す……」

 

 無茶なことを言っている自覚はある。だか、これは森時にしか出来ないことだとブラックジャックは考える。

 

 というのも、ブラックジャック自身が未だに『そういったものの存在』を完全に信じ切れていない部分があった。

 もともと非科学的なことに否定的な性分であったため、頭で理解していても気持ちの部分で未だに納得し切れていないのだ。

 

 きっと自分一人ではその存在を捉えることは難しいだろう。霊的なものを信じるという部分では、いつになく弱気なブラックジャック。

 

「信じろ!! これはキミにしか出来ない……そう、信じるんだ」

 

 だからこそ、森時に頼るしかなかった。

 少しでも見える可能性のある彼が、その存在を信じることで見えるようになれると。何度も何度も強く言い聞かせていく。

 

 千代女を苦しめている存在を、信じなければならないというのも大分皮肉ではある。だが——

 

「俺にしか出来ない……分かりました。初めてください」

 

 自分に出来る、自分にしか出来ないことで千代女を救えるというのであれば——森時はそれを強く信じ切ることが出来るだろう。

 

「……よし。胸部切開……開始」

 

 森時の覚悟が定まったことで、ブラックジャックも準備が整った。

 

 いざ——患者の身体にメスを入れていく。

 

 

 

 

 

 この作戦が功を奏したかどうか。それとも、何も見つからないまま全てが徒労で終わることになるのか。

 いずれにせよ、それは結果のみで判断される。そこに至るまでの過程は、この際問題とはならない。

 

「——汗」

「——はい……」

「——バイタルは?」

「——安定しています」

 

 千代女が助かったという結果さえもぎ取れれば、何者の仕業だろうと構うものかと。ブラックジャックはいつも通りの手腕で的確に患者に必要な施術を施していく。

 

「凄い……」

 

 そこに一片の無駄もないことが、外科手術初経験の森時にも理解できてしまう。迷いのない動き、流れるような動作。問題の心臓へと到達するのに、十分と掛からなかっただろう。

 

「心臓部に到達……」

 

 そうして、ブラックジャックの手によって——患者の心臓が顕になる。

 ドクンドクンと、力強く脈を打っている心臓。その鼓動は望月千代女という少女が確かに生きているという証である。

 

 一見すると、その鼓動には何ら問題がないように見える。

 心臓周りにも、これといった異常をブラックジャックの視点からでは発見出来ない。

 

「どうだ……森時くん」

「…………」

 

 率直に森時からの視点を伺う。彼の瞳に千代女の心臓がどのように写っているのか。彼の反応が芳しくないところから、現時点で何にも見えていないことが明確である。

 

「……大丈夫です。俺は……信じる。千代ちゃんを……助けるためにも!」

 

 だが、そこですぐに諦めるようであればこんなところに立ってはいない。

 千代女を助けたい。その一心から、彼は呪いの存在をより一層強く意識していく。

 

 そこに『在る』と。必ず『見つける』と。

 

 精神を集中し、神経を研ぎ澄ましていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………っ!! ブラックジャック先生!」

 

 瞬間、森時の背筋に戦慄が走る。

 彼が『それ』の存在を感じ取った刹那、世界そのものが裏返っていく。

 

 先ほどまでただの手術室だったそこが、全く別の空間にでもなったかのような錯覚。

 

 目眩がする。気を抜けば倒れてしまいそうな寒気を感じ取りながら——森時はその存在をはっきりと視認していた。

 

「…………先生」

「……ああ……私にも見えているよ」

 

 森時がそれを認識したことがきっかけとなり、ブラックジャックの目にもそれがはっきりと見えた。

 まさに狙い通りの展開、ブラックジャックは賭けに勝ったともいえる。

 

 しかし——

 

「……なんだ……これは!? こんなものが……本当にっ!!」

 

 実際に目の当たりにしてみると、やはり困惑を隠し切れない。想定していた事態ではあったものの、そこでブラックジャックの手が動揺で止まってしまう。

 

 だが、これが現実だ。

 そいつは確かに千代女の体内にいた。見えないだけで、常にそこに潜んでいたのだ。

 

 

 この『心臓に巻き付いている小さな蛇』は——

 

 

「これが……呪いの正体!?」

「望月家を苦しめ続けた……元凶……!」

 

 ついに辿り着いた呪いの源泉。それは蛇としての形を成しており、千代女の心臓を締め上げるように蠢いていた。

 以前、逢魔ガ時に対面した『大蛇の影』とは違う。あれはあくまで蜃気楼のような幻影でしかなかったが、こちらの蛇には確かな質感、リアリティーのようなものが感じ取れるのだ。

 

 この蛇さえ、この蛇さえ切除出来れば——望月千代女を救うことができる。

 根拠こそなかったが、そう確信させるだけの存在感をその蛇は纏っていた。

 

 

 

「……っ!! これより、腫瘍の切除を行う……森時くん、もう一度メスをっ……」

「は、はい!!」

 

 暫し呆然としたものの、ブラックジャックはこの蛇を千代女の体内から取り出そうとメスを握る。さすがの彼もこの未知な腫瘍を前に緊張気味で、かなりの汗をかいている。

 

 しかし、動きそのものに迷いはない。

 慎重に、それでいて大胆に。ブラックジャックの一刀が——その蛇の体を切り裂く。

 

 

 次の瞬間——

 

 

『————————!?』

 

 

 蛇が声にならない悲鳴を上げる。

 自身の体が切り裂かれるという痛み。それがあまりに予想外の出来事だったのか。

 

 だが、すぐにでも反撃に出るべく。蛇は——千代女の体内から勢いよく這い出てきた。

 

「なにっ!?」

 

 飛び出してきた蛇は牙を剥き、自分を傷つけた相手であるブラックジャックへと襲い掛かる。その蛇の噛みつきを咄嗟に回避するブラックジャック。

 すると、飛び出してきた蛇はさらなる変化を見せつけ、人間たちを驚愕させる。

 

 蛇が、千代女の体内に収まるくらいに小さかった蛇が——徐々に肥大化していく。

 その大きさを人間よりもさらに巨大な質量へと変化させ——瞬く間に、ブラックジャックたちを見下ろすほどの巨体へと変貌を遂げたのだ。

 

『————————!!』

 

 巨大化した蛇が叫ぶ。

 その絶叫には憎しみや怒り、大蛇の持つ怨念が凝縮しているかのように感じられた。自分を傷つけたものへ、自分を晒しものにしたものへ。

 

 そして——自分の住処を荒らした、三郎の子孫。望月家への怨嗟に満ち満ちているようだ。

 

「くっ……森時くん!! 下がっていろ!!」

「ぶ、ブラックジャック先生!?」

 

 大蛇のプレッシャーを前に、ブラックジャックは何とか正気を保ちながら必死の抵抗を試みる。森時を下がらせ、未だ手術台で眠っている千代女を庇うように前へと躍り出る。

 こんな怪物を前にただの人間に出来ることなど限られているだろうが、ブラックジャックは手にしていたメスを投擲。何とかそれを、蛇の眼球部分へと命中させることに成功する。

 

『————————!?』

 

 急所へのダメージに若干だが怯みを見せる蛇。しかし、その程度は焼け石に水だ。もはや我慢の限界だとばかりに、蛇はその巨体での体当たりを敢行する。

 

「くっ!?」

 

 絶体絶命、千代女の命どころか自分の命すらも危うい状況。

 

 それでも、ブラックジャックは逃げることだけはしなかった。

 

 最後のその瞬間まで、彼が患者を見捨てて逃げるようなことはなく——

 

 

 

 

 

「——髪の毛針」

 

 その意気に応えるかのように、『彼』もその姿を現す。

 

『————!?』

 

 突然の奇襲。無数の針が大蛇へと襲い掛かり、蛇の巨体を除けさせる。大蛇が怯んだその隙に、攻撃を仕掛けた少年が——ゲゲゲの鬼太郎がブラックジャックたちを庇うように進み出てくる。

 

「鬼太郎っ!? 何故!?」

 

 ゲゲゲの鬼太郎を前に、ブラックジャックが戸惑い気味に叫ぶ。

 その叫びには『いつの間に手術室に入ってきたのか?』という純粋な疑問以上に、『何故自分たちを助けるのか?』という困惑が大半を占めていた。

 

 鬼太郎は大蛇の、伊吹大明神の言い分も分かると妖怪側の視点を語っていた。

 だからブラックジャックも、彼がとっくに人間など見捨てて、どこへなりとも去っていったと思っていた。

 

 だが、ゲゲゲの鬼太郎は千代女を、ブラックジャックたちを助けた。

 

「あれの相手はボクがします。貴方はその患者の処置を!」

「…………!!」

 

 そのまま、大蛇と本格的な戦闘に入るためにも鬼太郎は拳を振りかぶる。着ていたちゃんちゃんこを腕に纏わせ、そのまま蛇へと強烈なボディブローをぶち込んでいった。

 

『————!?』

 

 その一撃に悶絶し、大蛇は手術室の壁を壊しながら建物の外へと倒れ込んでいく。揺れる古賀医院、手術室を照らすライトがチカチカと点滅する。

 

「こっちだ、来い!」

 

 周囲にそれ以上の被害を出さないためにも、鬼太郎も建物の外へと飛び出した。大蛇を挑発するかのように、履いていた下駄を弾丸のように飛ばし、さらなる追撃を加えていく。

 

『————!!』

 

 畳み掛ける鬼太郎の連続攻撃に大蛇は憤慨したように吠える。すっかり頭に血が昇ったのか、標的を完全に鬼太郎へと切り替えていく。

 

 鬼太郎の挑発にまんまと乗せられる形で、彼らはブラックジャックたちの前から遠ざかっていく。

 

 

 

「な、何の音で……!! こ、これは!? い、いったい何が起きてっ!?」

「ブラックジャック先生!? あ、あの少年はいったい……!?」

 

 騒動を聞きつけ、外で待機していた古賀が手術室へと駆け込んでくる。実際に大蛇と鬼太郎との戦いを目撃した森時も、何が何だか分からない様子である。

 いったい何が起きているのか、二人がブラックジャックに問い掛けるのは当然。

 

「……!! 患者の容態は!?」

 

 しかしどのような状況であれ、何よりも優先されることがある。患者である望月千代女の生命維持だ。

 今の大蛇と鬼太郎とのぶつかり合いで、千代女の容態に致命的な不具合がないかどうかを確認するのが先であった。

 

「……っ!! だ、大丈夫です、バイタル……問題ありません!!」

「……ち、千代ちゃんは!? ぶ、無事なのですか?」

 

 森時も古賀もそれを瞬時に理解し、彼女の生体情報を映しているモニタをチェック。幸いにも、機器自体に故障や破損もなく、表示されている情報にも何ら異常は確認されない。

 千代女自身も麻酔で深い眠りに入ったままであり、その顔も心なしかどこか穏やかに見える。

 

「……術後処置に入る! 二十秒で準備!!」

 

 患者の体内にも、それ以上の何かが潜んでいる気配はなく。内臓にも損傷の類は見受けられない。ブラックジャックはこれを『腫瘍の摘出』が成功と判断。

 通常通りの術後処置に移行すると二人に指示を出す。

 

「は、はい……準備します!」

「わ、私も……手伝いましょう!!」

 

 森時も古賀も千代女の命こそを大事に思っており、説明など詳しくは求めなかった。

 慌ただしくも、患者の術後処置に入る一行。

 

「落ち着け……いつも通り……いつも通りだ……!」

 

 ブラックジャック自身も己に言い聞かせるよう呟き、心を落ち着かせていく。

 

 ここまできた以上、いつも通り最後までしっかりとこの手術を終わらせることが何よりも優先される。

 あの大蛇がどうなったか、鬼太郎がどうするつもりなのか。

 

 それを確かめにいくのは——この手術が終わってからでも遅くはないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここは……」

 

 ブラックジャックたちが千代女の手術を最後までやり遂げようとしていた頃。鬼太郎は例の神社——伊吹大明神を祀る分社の境内に立っていた。

 あの大蛇を人気がないところへと誘導しようとし、自然とその場所へと辿り着いていたのだ。

 

「…………」

『…………』

 

 伊吹大明神の怒りを鎮めるために建立された神社の境内で、怒れ狂う大蛇の呪いそのものと対峙する鬼太郎。相手の反応を窺いながらも、鬼太郎は大蛇に話しかけていく。

 

「もう十分だろ。もう彼女たちを許してやれ、伊吹大明神……」

 

 伊吹大明神の怒りを鬼太郎は理解している。だがそれもここまでだ。

 

 まさか、このような形であの医者が大蛇の呪いそのものを千代女の体内から切除しようと試み、そして成功するとは思ってもみなかった。

 人間の外科手術、そしてブラックジャックという男の信念を侮っていた。鬼太郎も、伊吹大明神もだ。

 だが、さすがに呪いの本体を相手に戦う術はなかっただろう。鬼太郎は影ながらブラックジャックたちの手術を見守っており、襲われるタイミングで彼らを助けるために飛び出していた。

 

「人間たちは十分苦しんだ……彼らなりに償いを済ませたんだ……この辺りで見逃してやれ」

 

 望月家の肩を持つわけではなかったが、結果的に呪いそのものが千代女の体から切り離された以上、ここが落としどころ。

 人間の味方でも、妖怪の味方でもない鬼太郎なりの仲裁案。この辺りが互いに妥協すべきラインだと大蛇へ言い聞かせていく。

 

 

『——まだだ、まだ終われぬ……』

 

 

 するとここに来て、大蛇が言葉を発した。

 ただの雄叫びでしか己の怒りを表現できていなかった呪いが、人語を介して己の恨みつらみを吐き捨てていく。

 

『決して赦されぬ……決して赦さぬ。人間どもめ……よくぞ我に……我の住処を!!』

 

 大蛇の恨みは未だ晴れない。

 望月家の祖先、三郎によって自らの住処を荒らされた伊吹大明神はいつまでも、いつまでもその事実を根に持ち続ける。

 きっと千代女が死に、望月家が断絶しようとも、その憎しみが消え去ることはないだろう。

 

 八岐大蛇という魔性であり、伊吹大明神という神でもある大蛇にとって、時間とは永遠にも等しいもの。

 何人、何十人と人間たちを呪い殺そうとも、きっとその憎しみが晴れることはない。

 

「そうか……お前の恨みはよく分かった……」

 

 永遠の憎悪。そんなものを抱え続けなければならない伊吹大明神の『在り方』に、鬼太郎は僅かに同情を込めた呟きを洩らす。

 しかし、そんな一方的な憎しみに、やはり人間たちは最後まで付き合うことは出来ないだろう。

 

 所詮『神』と『妖怪』と『人』といった、種族が異なるもの同士は分かり合えないのだろうと。そんな虚しさをゲゲゲの鬼太郎は胸の内に抱えながら。

 

 この場においては——人間側の肩を持つべく、鬼太郎は呪いを打ち倒すという決断を下す。

 

 

「——指鉄砲」

 

 

 無造作に放たれる鬼太郎の妖気弾。伊吹大明神の呪いとはいえ、あくまでも分霊に過ぎない蛇にそれを阻止する術はなく。

 

 

『赦さぬ!! 赦され——』

 

 

 光の奔流に呑まれながらも、最後まで赦しを口にすることなく。

 

 

 呪いは——憎悪を抱え込みながらこの世から消滅していく。

 

 

 

「…………」

 

 こうして、呪いは倒された。

 数百年にも渡る望月家と伊吹大明神の因縁に終止符が打たれた。

 

 これでもう、千代女の命が脅かされることはない。

 愛しい人と、血族の歴史をもう一度新しく築くことができるだろう。

 

 

 

 だが、大蛇にとどめを差した鬼太郎の表情に笑顔はなかった。

 

 

 

×

 

 

 

「……本当に……信じられません! こんな日が、来ることになるなんて!!」

 

 澄み渡った青空に、病魔から解放された望月千代女の眩い笑顔がよく映える。

 何者にも束縛されることなく、発作の恐怖に怯えることのない日常。どれほどこの日が来ることを、望月家の人間が待ち望んでいたことか。

 

「……もう大丈夫そうだな。その様子を見る限り……」

 

 あの激動の手術から一週間。

 前例がない病状のため、念のためにと患者の経過観察で古賀医院に滞在していたブラックジャック。しかし、彼の心配は杞憂となった。

 

 もはや発作が起こる兆候は皆無。千代女の身体中にあったあの痣も綺麗さっぱり消えている。やはり体内に潜んでいたあの蛇こそが全ての元凶であり、呪いの根源だったようだ。

 

 それを切除した今、千代女を苦しめるものなど、この世のどこにも存在しないのであった。

 

「本当に……何と感謝したらいいか……!!」

「ありがとうございます!! ブラックジャック先生!!」

 

 これには古賀医師も森時も感激の涙を目に浮かべた。古賀医師にとっては、千代女の母親の代から何十年と戦い続けた病気。森時にとっても、愛しい人を苦しめ続ける忌むべき病だった。

 彼らがブラックジャックに感謝するのは当然、喜びもひとしおだろう。

 

「そこまで……礼を言われるようなことではないさ……」

 

 しかし礼を言われた当の本人、ブラックジャック自身がそれほど嬉しそうではなかった。

 

 結果的に患者が助かったとはいえ、今回の一件は彼にとってあまりに現実離れしすぎた。呪いやら、妖怪やらの存在を前提とした治療。正直、医者としての自信を喪失しそうな案件でもあった。

 

「……私に出来ることなど……それこそ何もなかったのだからね……」

 

 おまけに、ブラックジャックに出来たことなどそれほど多くはない。

 

 千代女を苦しめていた『呪いの源』も、森時が認識することでようやく視認することが出来た。もっと言えば、彼があのレントゲン写真の異常に気が付かなければ、そもそもあのような形で手術をしようとも思わなかった。

 ブラックジャックのおかげではない。森時がいてくれたからこそ、千代女は病気を治すことが出来たと言えるだろう。

 

「ですが……それで手術料がいらないというのは……」

 

 そういったこともあってか、ブラックジャックは森時たちに今回の報酬を一銭も求めなかった。

 

 本来であれば二千万という、法外な治療費を請求していたのだが、ブラックジャックはその金を『支払う必要はない』と自分から断った。

 自分が救ったわけではない患者の治療費を受け取るなど、それこそ彼のプライドに反するというのだ。

 

「……そうだな。もしもキミが……その感謝を謝礼として伝えたい相手がいるなら……」

 

 もしも、もしもその金を受け取る権利があるものがいるとすれば。

 それは森時自身か、もしくは——あの少年だろう。

 

「その金は……妖怪ポストにでも送りつけてやるといい」

「はっ……? よ、妖怪……ポスト……?」

 

 もう一人の功労者、ゲゲゲの鬼太郎。

 彼があのとき助けてくれなければ、千代女どころかブラックジャックも危なかったのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうして、特に名残惜しむ必要もなく、ブラックジャックは古賀医院を後にしていく。

 

 患者の治療が終わった今、彼があれ以上あそこに留まっている必要もなくなった。健康な人間に医者の手など必要ない。ここから先の人生、あの二人がどのように生き、どのような苦難を共に乗り越えていくのか。

 それはブラックジャックには与り知らぬことであり、病気が再発でもしない限り、彼が今回の患者のことを深く思い返すことはないだろう。

 

「………ん?」

 

 しかしブラックジャックが古賀医院から、その田舎町から立ち去ろうと、寂れたバス停でバスが来るのを待っていたところ。

 

 そこには既に先客が——ゲゲゲの鬼太郎が立っていた。

 

「…………」

 

 相変わらず何を考えているか分からない無表情な顔。出会って当初はその仏頂面に嫌なイメージを抱いていたが、色々あった今となっては、その無愛想な顔つきにもだいぶ違った印象を抱くようになる。

 

「……今回はキミに助けられたな……感謝するよ」

 

 ブラックジャックは小さく笑みを浮かべながら、鬼太郎へ礼を述べていく。

 

 あの大蛇、あれからブラックジャックたちのところに戻ってくることもなければ、千代女の症状が繰り返されることもなかった。

 きっとゲゲゲの鬼太郎があれを倒してくれたのだろうと、感謝するばかりだ。

 

「いえ……」

 

 だが、ブラックジャックの感謝に対し、鬼太郎はどこか気まずそうに視線を逸らした。

 

「……本当なら諦めていましたから。望月家の人間を救うことを……」

 

 ブラックジャックとは違い、鬼太郎は途中で諦めた者だ。妖怪側の立場も理解できると言い訳し、人間側から求められた助けを、一度は振り払った立場だ。

 そんな自分が今更お礼の言葉を受け取るなど、厚かましいのではと鬼太郎は謙遜している。

 

「けど貴方は……貴方たちは最後まで諦めなかった。今回は……そんな貴方がたの手助けをしたまでのことです」

 

 鬼太郎が助太刀したのは、ブラックジャックの諦めない決意に敬意を表したまでのこと。

 彼が最後まで患者と向き合い、命を諦めなかったからこそ、鬼太郎も彼らを助けようと動いたまでのことだった。

 

「それでも構わないさ。キミが彼女を……私たちを救ってくれたことは確かなのだから」

 

 けれど、そんな鬼太郎の複雑な感情などはブラックジャックには関係ない。

 

 自分たちは鬼太郎に助けられた。それが事実であり真実だ。だからこそ、ブラックジャックにはこの『借り』をそのままにしておくことが出来なかった。

 

「……この借りはいずれ返す。もしも何か病気にでもなったら、私の元を訪れてくれ。そのときは特別にタダで診てやろう」

 

 本来であれば一千万、二千万と大金を請求するであろうブラックジャックの治療費。しかし鬼太郎への借りを返すためなら、タダ働きもやぶさかではないと言ってのける。

 

「お言葉はありがたいのですが……ボクたちのような妖怪が人間の医者の世話になることはないと思いますよ?」

 

 もっとも、人間と妖怪では体の仕組み、怪我や病気などの在りようも違う。

 妖怪には妖怪専門の医者もいるため、鬼太郎たちがブラックジャックの世話になることはないだろう。

 

「それでも……いつかきっと……」

 

 それでも、ブラックジャックがこの恩を忘れることはないだろう。

 いつの日か、必ずこの借りは返すことになるだろうと。科学的根拠はないが、そんな予感をこのときのブラックジャックは感じていた。

 

 

 

 そうして、二人が話を終える頃。タイミングよくバス停にバスがやって来た。

 

「では、さよならだ」

「ええ、またどこかで……」

 

 ブラックジャックはそのままバスへ乗り込む。

 鬼太郎は徒歩で帰るようだ。

 

 特に未練を感じることもなく、そこで互いに別れを告げたのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれから十年以上。

 この伊吹大明神の一件以降も、ブラックジャックの元にはいくつもの『不可思議』な案件が舞い込むようになった。

 

 ミイラの『呪い』によって負傷した学者たちを助けるため、死体であるミイラの傷跡を綺麗に治療してやった。

 

 肉体を失い、魂だけとなった患者を『見える人間』のアドバイスに従って手術したりもした。

 

人面瘡(じんめんそう)』という人の顔が人体に浮かび上がるオカルトな腫瘍に対し、心理学的な観点から治療を試みたり。

 

 挙句の果てには『宇宙人』の手術もしたりと、鬼太郎にさえ驚かれそうな事件にまで首を突っ込んでいる。

 

 

 そして——超能力を操る畸形嚢腫(きけいのうしゅ)。摘出されたその子のために、人工的な身体を作ってやったりと。

 

 

 それらの尋常ならざる案件に、困惑しながらもある程度冷静に対処出来たのは、このときの経験が生かされていたからかもしれない。

 大蛇の呪いなんてものと真正面から向き合ったおかげで、嫌でも耐性が付いたのだろう。

 

 それでも、それらの事象全てにブラックジャックは納得しているわけではない。

 彼の心中には今でも超常現象、オカルトの類を信じることに対する抵抗感のようなものがある。

 

 これもブラックジャックの性格だ。そう簡単にその価値観、人生観を変えることは出来ないだろう。

 

 

 

 だが、今現在——画面向こうで起きていることは紛れもない現実であると、ブラックジャックも受け入れることが出来ていた。

 

 

 

『——くっ、ぐぅうううう!!』

 

 そう、ゲゲゲの鬼太郎。彼が巨大で歪な隕石らしきものの衝突を、指鉄砲の一撃で食い止めようとしている映像だ。

 もはや頼みの綱は彼のみと。日本中の人間、妖怪たちが彼に声援を送っていることだろう。

 

「がんびゃれ!! きちゃろうぉおおおおお!!」

 

 ブラックジャックが面倒を見ている少女・ピノコもその一人。当然、ブラックジャックも鬼太郎を応援するものだ。

 

 

「……頑張れ、ゲゲゲの鬼太郎……」

 

 

 安楽椅子に腰掛けながらも、小さな声で。それでいて真摯な気持ちを込めて彼へと声援を送っていく。

 

 その思いが通じたのか——

 

 

『——うぉおおおおおおお!!』

 

 

 鬼太郎の身体が白い光によって包まれていく。まるで鬼太郎に力を分け与えるかのように、周囲から光が集まっているのだ。

 

 次の瞬間にも、その光の効果は発揮される。

 それまで青白かった指鉄砲の光線が、眩いほどの閃光となり——勢いよく巨大な隕石を押し返していく。

 

 

『——おおおおおおおおおお!!』

 

 

 隕石らしきそれは、最後の最後まで怨念のような叫び声を上げるが、それも周囲からの声援によって掻き消されていく。

 

 

『——鬼太郎!』

 

『——鬼太郎……』

 

『——鬼太郎!!』

 

 

 皆の声援が、鬼太郎へと力を託す思いが、たかが隕石もどきに防ぎ切れるわけがなかった。

 

 そのまま、指鉄砲の威力に押し返された隕石は成層圏まで吹っ飛んでいき——爆散した

 欠片すら残さず、文字通り『光』となって消えていったのだ。

 

 残ったのは隕石——バックベアードと呼ばれた大妖怪と、それに取り込まれた手下たちの魂だけ。

 その魂たちもすぐにどこぞへと消え去り——空には、どこまでも澄み渡る青空が広がっていた。

 

 

『…………い、ヤッタァああああ!!』

 

『鬼太郎が……やってくれたのね!!』

 

『助かったんだ! 俺たち!!』

 

 

 人々の歓声が聞こえて来る。現地の人間たちの歓声が全ての戦い——この戦争が終わったことを明確に示していた。

 

「はぁはぁ……よし!! よくやった……よくやっちゃわよ!! きちゃろう!!」

 

 TVに釘付けだったピノコも、息切れを起こしながら喝采の声を上げる。

 きっと彼女のように、日本中の人々が鬼太郎に感謝の念を抱いていることだろう。

 

 それはブラックジャックも同様である。

 

 ——本当に……よくやってくれた、ゲゲゲの鬼太郎!

 

 ——これで……またキミに一つ、借りを作ってしまったな……。

 

 隕石が地表に激突していれば、きっと日本中に被害が及んでいただろう。大蛇のときと同じく、またも鬼太郎に助けられた。

 いや、今回に限っては日本が、大袈裟かもしれないが世界そのものが救われたと言ってもいい。

 

 前回に引き続きこれほどまでの借り、返さずに放置しておくことはブラックジャックのプライドが許さなかった。

 

「……ピノコ、出掛ける準備をしろ」

 

 ブラックジャックは椅子から重い腰を上げ、ピノコへと直ぐに出立の用意をするように声を掛ける。

 

「あら、ちぇんちぇい、どちらまで?」

 

 特に依頼の電話があったわけでも、患者の予約があったわけでもない。いきなりのことで首を傾げるピノコ。そんな彼女に手短に——ブラックジャックは目的地を伝える。

 

「——渋谷だ」

「——っ!?」

 

 その一言でブラックジャックの意図が伝わったのだろう、ピノコは目を丸くしている。

 

 渋谷。今まさにTVに映っている場所。

 先ほどまで、妖怪と人間が争い合っていた戦地。戦乱そのものは収まっているだろうが、きっと多くの怪我人が苦しみに喘いでいることだろう。

 

 そこへ医者が赴く——つまりそれは、そこで患者たちを治療することを意味している。

 

「あら、珍しい! ちぇんちぇんいが、慈善活動だなんて!」

 

 ブラックジャックの意図を察し、ピノコは嬉しそうな笑みを浮かべながらも疑問を投げ掛ける。

 

 基本的にブラックジャックはボランティアというやつをしない。どんな患者であれ、必ず報酬や見返りを求める主義だ。

 たとえ一千万だろうと、一円だろうと。必ず報酬を支払うと約束させる。

 

 しかし、今回ばかりは事情が違っていた。

 

「借りを返しにいくだけさ……」

「うん……借り?」

 

 鬼太郎とのことは未だにピノコにも話していないから、きっと彼女にはよく分かっていないだろう。

 しかしブラックジャックの意図がどうであれ、彼が渋谷に赴き、人々を救おうとしていることは伝わった。

 

「ハァーイ!! 今すぐ用意しまぁす!!」

 

 ピノコは慌てて出掛ける準備を進めようと、どこまでもブラックジャックに付いていく姿勢を見せる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ——さあ、鬼太郎。

 

 ——ここから先は……私たち医者の仕事だ。

 

 ブラックジャック自身も出掛ける支度をしながら、心の中で鬼太郎へと語りかける。

 

 人間と妖怪の全面戦争は鬼太郎が止めてくれた。

 ならば今度は、その戦地で苦しんでいる人々を助けるのが——医者であるブラックジャックの仕事だ。

 

 もしかしたら、妖怪たちの手当てなどもすることになるかもしれないが、それでも構わない。

 今の自分であればそのくらい、手探りでもやってみせるという不思議な度胸がブラックジャックの胸中を鼓舞していく。

 

 

 ——あの日の借りを返そう……たとえ、キミが覚えていなくても……!

 

 

 借りを返すため、そして命の灯火を一つでも多くすくいあげるため。

 

 

 いざ、ブラックジャックは医師としての戦地へと立ち向かっていくのであった。

 

 

 




 本間丈太郎
  ブラックジャックの恩師。子供の頃に大怪我を負った彼を手術した凄腕の外科医。
  けれどその手術の際、メスを体の中に置き忘れるという、結構失敗も多い人。
  原作では大人となったブラックジャックと対面し、彼に手術までしてもらうが、最後は老衰で亡くなった。
  亡くなった幻影がブラックジャックに語りかける際の台詞がかなりの名言。

 心臓移植に関して
  原作では本間血腫の対抗策として丸ごと心臓を替えるという、治療法が模索されていました。
  連載当時はそれこそぶっ飛んだ手法だったのでしょうが、最近の医学だと一応は選択肢の中にある手法らしい。
  最近のニュースで言えば、豚の心臓を移植した男性がいたとか。
  けれどその方は二ヶ月で亡くなってしまった……これも医学の限界か。

次回予告

「戦争による爪痕、変わっていく人間と妖怪の関係、そして記憶を失った大切な友達……。
 まだまだボクたちには、解決しなければいけない課題が山積みのようです。
 今後の行く末、ボクたちは……果たしてどこに向かって進んでいるのでしょうか、父さん。

 次回——ゲゲゲの鬼太郎 『異邦の影、千年の復讐』 見えない世界の扉が開く」

 次回のクロス先は……現時点では秘密にしておきましょう。
 作品的にはバリバリの妖怪ものなのですが、知名度の関してはそこまで一般的じゃないかも。
 サブタイトルにそれっぽいワードを入れておきましたので、色々と予想しながら次回をお楽しみに!


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