ゲゲゲの鬼太郎 クロスオーバー集   作:SAMUSAMU

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『星のカービィディスカバリー』楽しくプレイしています!
カービィとして初めての本格3Dアクションということもあって、色々と心配していましたが。これはすごく面白い!
カービィを動かしているだけで、もう見ているだけで楽しすぎる。
ゆっくり進んでいるのでまだストーリーの全貌は見えてきませんが、今回の世界観設定を考えればこの小説とのクロスも普通にできそう。
まだまだ何もストーリーを考えていませんが、いずれはカービィも登場させてみたいと思ってます。

さて、今回で『少年陰陽師』二話目ですが、今回は尺の都合上、四話構成で行きます。
三年目冒頭の話になるので、アニメでいうところの二話分の尺を使うようなボリュームでお送りします。
少年陰陽師の知名度はそこまででもない感じでしたが、どうかお付き合いください。

全然関係ありませんが、某動画のコメント欄で『中学校の図書館でこのラノベ借りてた』というコメントがありました。
作者自身も色々なラノベを学校で借りてたと思う。
けど今のラノベは、教育上けしからん描写が多いからきっと学校の図書にも置けないんだろうな〜。
というか、既に表紙からけしからんものも多いらしい。……ラノベ業界の明日はどっちだ!!



少年陰陽師 其の②

「——総理! 大変です、総理!!」

 

 災害対策本部の一室。総理代理の元へ一人の男性が血相を変えて駆け込んでくる。総理に手紙で呼ばれたゲゲゲの鬼太郎たちをここまで案内してくれた秘書の男だ。

 

「どうしたのよ~、そんなに慌てて~?」

「…………」

 

 秘書の切羽詰まった様子に総理代理はキョトンとしているが、あくまで飄々とした態度を崩さない。総理の後ろに控えている白髪の老人・安倍晴明も、何事かと眉を顰めているが平静だ。

 年の功もあるのか、それなりに落ち着いた反応の二人。だが、それとは対照的に秘書は緊迫した状況であることを息切れを起こしながら伝えてくる。

 

 

「はぁはぁ!! よ、妖怪です!! 街中に妖怪どもが出没して……人々を襲っています!!」

 

 

「——っ!?」

「な、なんじゃと!?」

 

 この報せに誰よりも驚いていたのは鬼太郎、目玉おやじといった妖怪たちだ。

 

「そんなっ……どうして!?」

「ちっ!! どこの馬鹿だよ……この期に及んで!!」

 

 猫娘やねずみ男も動揺を隠せないでいる。

 互いに傷つけ合うことが虚しいだけだと、妖怪の意地など見せたところで何にもならない。戦争などもう御免だと妖怪たちも理解したばかりの筈なのに、未だに人間憎しと戦争を仕掛ける大馬鹿者がいるのか。

 鬼太郎たちには、それが信じられなかった。

 

「やれやれ………それは、困ったねぇ……はぁ~」

 

 一方で、総理代理も深々と溜息を吐いた。

 一見すると態度そのものに変化はないように見えるが、その視線に冷ややかなものを宿して鬼太郎を見ている。

 総理自身も戦争は御免だと、彼らと和解しようと握手したばかり。

 しかし、妖怪側から仕掛けられた以上、臨時とはいえ総理として対応しなければならない。

 

「妖対法に基づいて警察、自衛隊の出動を要請しなきゃいけないね~……仕方がないけど……」

 

 総理代理としての権限を用い、妖対法を行使することを躊躇いはしない。

 国民も戦争などしたくなかろうが、妖怪から身を守るためであれば世論も納得せざるを得ないだろう。

 

 やはり——妖対法は必要な法律であると。  

 

「——待ってください!!」

 

 しかしそれに彼が——ゲゲゲの鬼太郎が待ったを掛ける。

 

「ボクが……ボクたちが止めに行きます」

 

 今ここで人間と妖怪が再び大々的に争い合うような絵面を見せれば、せっかくの和平ムードが台無しになってしまう。

 再び互いに憎しみ合うという最悪の事態を避けるためにも、鬼太郎たちはこの事態を『自分たち妖怪の手だけで』解決することを提案する。

 

「ふ~ん……大丈夫なの? 相手は同じ妖怪だよ? キミたちの仲間かもしれないんだろ~?」

 

 鬼太郎の言葉に、総理は半信半疑といった風で疑問を投げ掛ける。

 彼の中にも迷いはあった。鬼太郎に任せるか、それとも自衛隊や警官隊を一斉に投入するか。どちらに『利』があるのか、それを冷静に見極めようとしている。

 

「……おい、暴れてる連中ってのはどんなヤツらなんだ!?」

 

 そんな総理の表情をチラッと観察しながらも、ねずみ男が秘書の男性に尋ねていく。もしもゲゲゲの森の妖怪たちが暴れているようなら、鬼太郎が直に行って止めるしかないだろう。

 

 ところが——

 

「そ、それが……見たこともない奴らで……」

 

 秘書の男は困惑気味に答える。

 彼が言うに、暴れている妖怪とやらがこれまた見たこともない連中らしく、先の戦争で暴れていたゲゲゲの森の妖怪たちは一匹も確認出来ないとのこと。

 それらは猿やら猪やら、蛇やら牛やら怪鳥やら。ここ近年でもあまり存在を確認できなかったような個体も混じった——『動物紛いの化け物たち』。

 そういった珍獣紛いの妖獣どもが、群れを成して人間たちを襲っているとのことだった。

 

「獣の群れ……もしや?」

 

 この報告に何か心当たりがあるかのように安倍晴明が反応を示す。しかし、晴明が何かに勘付く様子に鬼太郎たちが気付く暇はなく。

 

「とにかく……すぐに止めさせよう!! でないとまた……!」

「ええ、急ぎましょう!!」」

 

 鬼太郎と猫娘が慌てて部屋から飛び出し、現場へと向かっていく。

 

 時間を掛ければ掛けるほど人々の犠牲は増えていく。仮にゲゲゲの森の妖怪たちの仕業でなくとも、被害が広まればまたも妖怪に対する反感が強まってしまう。

 そうなれば人と妖怪との和解が遠のくばかりか、再び戦争に発展するなんてこともあり得るのだ。

 

 それだけは、避けなければならない。

 自分たちがやってきたことを、決して無駄にしないためにも。

 

 

 

 

 

「…………キミは行かなくていいのかな~?」

「……へっ! 悪いが……俺はまだお前さんを信用しちゃいねぇ!」

 

 脇目も振らずに現場へと直行する鬼太郎たちとは異なり、ねずみ男は総理代理の前から頑なに動こうとはしない。

 それは自分だけが危険を冒したくないから行かない——というわけではない。

 

「あんたが余計なことしないようにな。暫くはここにいさせてもらうぜ……」

 

 ねずみ男は総理代理が鬼太郎を危険に晒すような命令を出さないよう、ここで彼を見張っているつもりのようだ。

 目の前には陰陽師の代名詞とも呼べる安倍晴明、彼の名を継ぐような術者もいるが——そんなこと知ったことではない。

 

 もしも総理が変な指令を出すようであれば、それこそ命懸けでそれを止める気でいる。

 いつもピンチになればそそくさと逃げるようなねずみ男だが、今回ばかりは引く気はないと。

 

「…………」

 

 彼の覚悟のほどが、その真剣な表情から伝わってくる。

 

「なるほど……さすがだね~! 前総理相手に大臣の椅子を掠め取ろうとしただけのことはあるよ~」

 

 ねずみ男の堂々とした態度に総理代理はかつて、ねずみ男が浄水器詐欺をやらかして件を引き合いに出してくる。

 彼も政治家として、ねずみ男の悪事などはしっかり把握している。

 

 互いに直接的な武力こそ持ち合わせてはいないものの、言葉と視線のみで両者はバチバチと火花を散らせていた。

 

 

 

 

 

「——昌浩(まさひろ)

 

 そうやって、ねずみ男と総理代理が互いに牽制し合う中。ふいに、安倍晴明が何者かの名前を呼ぶ。

 

「——失礼します」

 

 すると、その呼びかけに隣の部屋から返事があった。あらかじめそこで待機していた何者かが、晴明たちのいる部屋へと顔を出したのだ。

 

「…………子供?」

 

 その人物を前にねずみ男は顔を顰める。

 

 姿を現した彼はまさに『少年』と呼ぶのに相応しい、年頃の男の子であった。

 晴明のように陰陽師としての格式張った格好ではなく。半袖のパーカーにTシャツ、ブルーのジーンズといった現代的なものをオシャレに着こなしている。

 一見すると、ただの中学生にしか見えないのだが——

 

「私の孫で昌浩といいます」

「昌浩です。よろしくお願いします」

 

 ねずみ男の懐疑的な視線に気付いたのか、晴明は自身の孫である少年——安倍昌浩を紹介する。

 昌浩の方も特に緊張などはなく、丁寧にお辞儀しながら淡々と挨拶していく。

 

「昌浩や……話は聞いていたな?」

「はい、じい様」

 

 鬼太郎と総理の話の邪魔にならないよう、隣の部屋で待機していた昌浩。だが話の内容はしっかりと聞いていたらしく、そんな実孫に晴明は『陰陽師』として指示を出していく。

 

「お前も現場へ行ってきなさい。鬼太郎くんの手助けをするのだ」

「!! おいおい、本気かよ!? 晴明さんよ!」

 

 その指示にねずみ男が思わず身を乗り出す。

 

「こんなガキに鬼太郎の援護が務まるのか!? 足手まといになるだけじゃねぇのかよ!?」

 

 ねずみ男の物言いは乱暴だったが、それも無理はない。

 晴明の孫ということは、きっと昌浩も陰陽師なのだろう。しかし、見かけからは本当にただの中学生という感じしか伝わって来ないのだ。

 

 ただでさえ、現場は大量の妖獣たちが溢れかえっているという危険な場所だ。そんなところへ、こんな少年を派遣しようという晴明の判断には疑いを持たざるを得ない。

 

「ご心配なく。半人前ではありますが、陰陽師として必要なことは全て教え込んでおります」

 

 しかし晴明は全く動じていない。彼は心配無用と笑みを浮かべながら——

 

「それに他にもつけますので……紅蓮(ぐれん)六合(りくごう)

 

 さらに他の人物を呼びつける。

 

 

「……出番か? 晴明」

「…………」

 

 

 彼の呼び声に応え、二つの人影がそこに『出現』する。

 

「なっ……いつの間に!?」

 

 いつの間にか。少なくともねずみ男も全く気付けなかったが、そこには二人の男性が立っていた。

 

 紅蓮と呼ばれた男はやや長めの髪をざんばら、肌も赤色に近い褐色をしている。

 六合と呼ばれた男は腰まで伸びた長髪、端正な顔立ちだがほとんど表情を崩していない。

 

 両者ともに格好こそ現代的ながらもどこか人間離れしている。しかし、妖怪といった雰囲気でもない。いったい何者かとねずみ男が訝しがる。

 

 

 

 

 

「二人とも、昌浩と共に街へと赴き、暴れている妖どもを征伐してほしい……宜しいですかな、総理?」

 

 晴明は紅蓮と六合の二人と顔を合わせながら改めて指示を出す。勿論、正式に動く許可を政府から得ることも忘れてはいない。

 

 陰陽師である自分たち場を収めれば、少なくとも警官隊や自衛隊が大量の武器で妖怪を駆逐しようとするよりはマシな絵面にはなるだろう。

 さらにここで鬼太郎と安部家の人間が共闘をすれば、『妖怪と人間が互いに共通の敵と戦う』という既成事実とやらを作ることも出来る。

 これは政治的な判断を考慮した上での提案でもあった。

 

「うん! いいよいいよ、やっちゃって!! 責任は全部ボクが持つからさ~!!」

 

 総理代理も軽いノリで晴明の要請に応じた。今までの総理大臣であれば、陰陽師の手助けを公的に借りることに、多少なりとも尻込みをして判断が遅れることになっていただろう。

 野党の反発やら、国民の反応やら、次の選挙の勝敗やら。そういったものをいちいち考えなければならないからだ。

 

「どうせ、何やったて責任を取らされる形で辞めることになるんだし~……だったら最後くらいは好きなようにやらせてもらうさ~!」

 

 もっとも、彼の場合はその必要もない。

 現政権の最高指導者として、そう遠くない内に全ての責任を一身に受け『引退』する身だからだ。

 

 そう、全ての責任を取って後のことを若手に任せる。

 老兵は死なず、ただ消え去るのみ。ここが政治家としての引き際であると既に腹を括っている。もはや怖いものなど何もないとばかりに、完全に開き直ってドンと胸を叩いていた。

 

「ボクが総理である間は周りの連中に文句なんか言わせないからさ~。好きに動いちゃってよ、晴明さん!」

「ありがとうございます、総理……」

 

 これに晴明は深々と頭を下げる。

 歴史ある安倍家の人間として、常に政治の都合に振り回され、大掛かりには動くことの出来なかった立場だ。

 手を出したくて出せない。これまでどれだけ歯痒い思いをして来たことか。

 

 しかし、少なくともこの瞬間だけは彼ら安倍家を束縛するものは何もない。 

 陰陽師として培ってきた力を見せつけるときだと、彼自身も重い腰を上げる。

 

「それに……」

 

 それに、たとえ政府に止められたとしても、今回ばかりは動かないわけにはいかない。

 

 

 なにせ今回姿を現した敵は——

 今街中で暴れている妖異どもは——

 

 

「——此度の連中……我々安倍家と因縁深き相手かもしれませんから……」

 

 

 

×

 

 

 

『キシャアアア!!』

『ブギャアア!!』

 

 少しずつだが復興が進んでいた街中で、化け物どもが暴れ回っていた。

 傷つき弱り果てている相手だろうと彼らには一切の容赦がない。寧ろこれを好機だとばかりに、弱った人間から躊躇なくその牙の餌食としていく。

 

「きゃああああ!?」

「く、来るな!!」

 

 これに成す術もなく怯え惑う人々。

 現場の自衛隊や警官たちも奮戦はしているが、如何とも手が足りていない。化け物たちは広範囲に広がっており、その全てをカバーできるほど人間側の戦力も態勢が整っていないのだ。

 

『シャアアアア!!』

「い、いや!! 誰か……誰か助けて!!」

 

 ここにも一人。幼い少女が悲鳴を上げるが、駆けつける大人たちの姿はない。

 守ることのできない、取りこぼされた幼い命を妖異たちは容赦なく貪っていく——

 

「——ぬりかべっ!!」

『ギギャ!?』

 

 だが人間でなくとも、救援に駆けつけるものはいる。

 今まさに少女へと飛び掛かろうとした猿たち相手に、巨大な壁が立ち塞がった。壁はそのまま勢いよく倒れ込み、何匹もの敵をまとめて押し潰していく。

 

「今のうち……逃げる……!」

「う、うん……ありがとう! おっきなカベさん!!」

 

 壁の正体はぬりかべだ。地中から街中を見回っていた彼が慌てて地上へと浮上、少女の危機を救ったのである。

 自分を救ってくれた大きなカベさんを相手に少女は素直にお礼を言い、急いでその場から立ち去っていく。

 

『ギャギャギャ!!』

 

 その小さな後ろ姿に向かって、さらに上空から怪鳥が飛来してくる。

 獲物を逃してなるものかと、本能のままに逃げるその背中へ爪を立てようとする。

 

「——可愛い女子に何やっとるばい!!」

『ギャギャ!?』

 

 しかし、その襲撃はどこからともなく飛んできた一反木綿が妨害する。

 怪鳥の体に巻きつき、キツく締め上げることで相手を飛行不可能な状態へと追いやっていく。翼をもがれたかのように、怪鳥はそのまま地上へと墜落していく。

 

「まったく! こいつら、どこの妖怪ばい!?」

「……分かんない……初めて見る……」

 

 地面に横たわる怪鳥、押し潰された猿どもに目を向けながら一反木綿とぬりかべは互いに顔を見合わせた。

 先ほどから人間たちを襲っている妖怪を、彼らはこれまで見たことがなかった。ゲゲゲの森の妖怪でないことは確か。かといって、西洋妖怪という感じでもない。

 

 いったい、彼らはどこから来た何者なのか?

 

 

 

「一反木綿!! ぬりかべ!!」

「おおっ!! 鬼太郎しゃん! いいところに来たばい!!」

 

 そうやって頭を悩ませている彼らの元に、ゲゲゲの鬼太郎が駆けつけて来る。猫娘も目玉おやじも一緒で、ねずみ男だけはついて来てなかったが、それに気付く心の余裕が今の彼らにはない。

 

「ここに来るまでの間に何匹か退けてきたけど……」

「いったいなんなのよ、こいつらは!?」

 

 鬼太郎や猫娘も人間たちを助けながら、この獣たちを退けてきた。しかしこの妖獣たちが何者で、何が目的かなどは分かっていない。

 何度か問い掛けはしたものの、鬼太郎たちの言葉を理解していないのか、あるいは理解していて無視しているのか。

 問答無用だとばかりに次から次へと襲い掛かってくるばかりで、まるで話にもならないのである。

 

「……!! 鬼太郎、新手じゃ!!」

「!!」

 

 だが、彼らが思案に耽る暇もなく、新たな敵の出現を目玉おやじが警告する。

 父親の叫びと、妖気アンテナの反応に振り返る鬼太郎。

 

 

 するとそこには、一頭の『牛』がいた。

 四本の角が禍々しく、白くて長い体毛が蓑のように逆立って広がっている。

 

 

 妖怪アンテナで感じ取れるその牛の妖気は、明らかにこれまでの雑兵共とは一線を画していた。

 

「……お前が、この妖怪たちの主人か……?」

 

 無駄かと思いつつも、鬼太郎はその牛に向かって問いを投げ掛ける。すると——

 

 

『——否』

 

 

 返事があった。

 鬼太郎の問い掛けに、牛ははっきり『違う』と答える。

 

『我らが主の命だ。主に献上するのに相応しい供物を探している』

「……主?」

 

 どうやらこの牛も、その『主』とかいうものの配下に過ぎないらしい。だがただの使いっ走りにしても、その牛の妖力は凄まじいものがある。

 

『何人たりとも邪魔するものは許さん。ここで朽ち果てよ!』

「なっ!?」

 

 牛はさらに妖気を爆発的に高め、鬼太郎たちへと突進してくる。鈍重な見た目からは想像もできない速度に、鬼太郎らの反応が一瞬遅れてしまう。

 

「ぬりかべ~っ!!」

 

 辛うじて、鬼太郎たちを庇う形でぬりかべが前に出る。その巨体が牛の突進を真正面から受け止めてくれた。

 

『小癪なっ!』

「ぬ、ぬりかべ~っ!?」

 

 だが拮抗状態も束の間、牛はぬりかべの巨体をなんなく撥ね飛ばす。トラックにでも轢かれたかのような勢いで、ぬりかべが後方へと吹き飛ばされてしまった。

 

「ぬりかべ!? ……っ、髪の毛針!!」

「ニャアアアアアア!!」

 

 仲間を戦闘不能に追いやられ、鬼太郎が咄嗟に反撃に出る。猫娘もその爪を鋭利に伸ばし、牛に向かって斬り掛かっていく。

 しかし、生半可な攻撃ではその牛の突進を止められない。

 鬼太郎の髪の毛針も、猫娘の爪も弾きながら、牛は鬼太郎たちの周囲を縦横無尽に駆け回る。何度も何度も突進攻撃を繰り返し、鬼太郎たちの体力を削っていく。

 

「うわわぁ!? また来るとね!」

 

 突進を続けるたびに牛は勢いを付けていき、その繰り返しに一反木綿も狼狽する。

 

「鬼太郎よ! このままでは保たん! 迎え撃つしかないぞ!」

「はい、父さん……!」

 

 このまま勢いが増し続ければ手がつけられなくなる。目玉おやじは暴れ回る牛を止めるべく、攻勢に出るように指示を出す。

 父のアドバイスに従い、鬼太郎も覚悟を決めた。

 

「……!」

 

 牛の突進に対し、鬼太郎が指鉄砲を放つために構える。

 真正面から互いの一撃がぶつかったとき、果たして吹き飛ぶのはどちらか。それは試してみなければ分からないことだろう。

 

「指鉄っ——!」

 

 鬼太郎の指先から青白い光が放たれようとし、まさにその結果が判明しようとした。

 

 

 だが、鬼太郎が渾身の一撃を放つよりも先に——横合いから放たれた『業火』が牛に襲い掛かる。

 

 

『なにっ!? こ、この炎はっ!?』

 

 轟々と燃え盛る炎の直撃を受け、牛がその動きを止めた。牛の体を焼き尽くさんと、炎はまるで意志を持っているかのようにその身に巻き付いていく。

 牛はその業火に耐えるものの、炎の方も一向に消える気配を見せない。延々と燃え続ける炎の中で、牛がもがき続ける。

 

「——ふん……相変わらずタフなやつだ……」

 

 牛の頑丈さに呆れるように嘆息しながら、炎を放ったと思われる男が姿を現す。

 その男は現代人のような格好をしていたが、すぐにその姿を——人ではないものへと変え、本性を露にする。

 

「誰……貴方は、いったい?」

「……っ!」

 

 その姿が放つ『神々しさ』を前に思わず敬語になる鬼太郎。他の妖怪たちも、明らかに人間ではないその男に畏敬の念を抱いてしまう。

 

 男の出で立ちは『仏像』を思わせるものだった。

 赤い髪に褐色の肌。背が高く、剥き出しの肩に無駄のない筋肉。ゾッとするほど整った顔立ちも含め、全体的に人間離れした造形美を醸し出している。

 さらに顕著なのはその身に纏う気配。人間でもなければ、妖怪でもない。

 それは神々の眷属だけが纏うことを許された『神気』と呼ぶべきもの

 

 その男は——所謂、神と呼ばれるものの類だ。

 しかも生半可なものではない。その強烈な神気、かなり高位の神族であるということが窺い知れる。

 

「案ずるな、ゲゲゲの鬼太郎……」

 

 そういった神聖なものたちと妖怪である鬼太郎たち。元来であれば敵対するような関係にあたるものだが。

 

「晴明に頼まれてな……お前たちの手助けに来た」

「晴明さんに……?」

 

 しかし、その神族の男は安倍晴明。あの老人の命令で鬼太郎たちの手助けに来たという。

 あの安倍家の陰陽師が自分たちの手助けをしてくれる。その事実自体に一瞬理解が追いつかずに呆気にとられる鬼太郎たち。

 

「——危ない! 後ろ!?」

『キシャアアア!!』

 

 だが呆然としている暇などなく、さらなる襲撃者の影。

 いつの間に集まっていたのか、街中で暴れていた獣たちの群れが神族の男の周囲を取り囲んでいた。雄叫びを上げながら、数匹の猿が彼の背後から奇襲を掛ける。

 

「——禁!!」

 

 しかし、猿たちの牙が彼の肉体に傷をつけることはなかった。

 

 神族の男の影にいたために気付かなかったが、彼の側には一人の少年が付いていた。その少年が前方に向かって叫ぶや、光り輝く障壁のようなものが立ち昇る。

 

 邪悪なるものの侵入を拒む結界が、血に飢えた獣たちを弾き飛ばしていく。

 

「紅蓮、油断しすぎ!」

 

 少年は隙を見せた神族・紅蓮という男に軽口を叩く。自分が助けに入らなければやられていたかもしれないぞと、その声音はどこか得意げだった。

 

「お前の見せ場を作ってやったんだ。感謝しろ、昌浩」

 

 もっとも、紅蓮からすればその程度は油断のうちにも入らない。その証拠に彼は即座に炎を解き放って反撃に移る。

 放たれた炎はまるで巨大な蛇のように這いずり回り、周囲に展開していた猿どもを一気に蹂躙していく。

 

 

 

 

 

「…………」

「あわわ! おっかなか……」

 

 紅蓮という男から放たれる炎の凄まじさに鬼太郎は言葉を失い、炎が苦手な一反木綿などは戦々恐々となる。

 全てを灰燼と帰すその炎の熱さは地獄の火炎を連想させる。罪人を焼き尽くすとされる煉獄の炎。鬼太郎たちでもあの熱さには耐えられない。まともに喰らえば、きっと灰も残らないだろう。

 実際、炎に呑み込まれていった化け物たち。その全てが断末魔を上げることすら許されずに焼き尽くされていった。

 

 

 たった一匹を除いて——

 

 

『————!』

「なっ!?」

 

 突如、咆哮が周囲一帯に響き渡る。爆発的な妖気の高まりに驚いて振り返れば、そこには一番最初に炎に呑まれた筈の牛の姿があった。

 牛は、その全身を真っ黒に焦がしながらも生きていたのだ。灼熱の業火に耐え切り、自身を束縛していた呪縛の如き炎を四散させる。

 

『おのれ……神将! 人の配下に落ちた神風情が……!』

 

 かなりの痛手を負っているようだったが、迫力の方は全く衰えていない。それどころか、先刻以上の怒気と殺意をその瞳に込め、紅蓮を『神風情』と見下しながら睨みつけている。

 

『二度も貴様らなどに遅れを取るわけにはいかぬのだ! 我らが主の命、今度こそ果たさせてもらうぞ!』

 

 全身を焼かれた満身創痍の状態でありながらも、牛は真っ向から突撃してくる。自らの命すらも捨て、『主』とやらの命令を果たそうとする。その姿からは忠誠心よりも恐ろしい、執念のようなものを感じ取れる。

 

 だが、己の全存在を掛けたその体当たりが、紅蓮や鬼太郎たちのところに届くことはなかった。

 

「——ふっ!」

 

 牛の直線上の上空から、長身の男が舞い降りてくる。

 その男が振り下ろした槍の一閃が、朽ちかけていた牛の体を見事バッサリと両断したのだ。

 

 

『ぐっ!? おのれぇええええ! 申し訳ありません……様!』

 

 

 死に際、牛は主らしきものの名を絶叫しながら——今度こそ完全にその肉体を崩壊させていった。

 

 

 

×

 

 

 

「……貴方たちは? 晴明さんの指示とのことですが……味方と、考えてもいいんでしょうか?」

 

 化け物たちの中でも特に強力だった『牛』の妖怪が沈黙したことで一旦は腰を落ち着ける鬼太郎。

 猫娘や一反木綿、一時は戦線離脱していたぬりかべなど。仲間たちと共に、安倍晴明が寄越してきた救援者たちと向かい合う。

 

「ああ……うん! 俺は昌浩、じい様の孫だよ。よろしく、ゲゲゲの鬼太郎……さん!」

 

 鬼太郎の問いに率先して答えたのは人間の少年だった。

 安倍晴明の孫であるという安倍昌浩。祖父と同じ陰陽師なのだろうが、服装があまりにも普通過ぎるのでいまいち貫禄がない。だがそれでも一角の術者、先ほども見事な陰陽術で妖怪たちを退けていた。

 

 もっとも、他二人に比べればまだまだ未熟者だろう。

 あの牛を屠りさった神族の男が二人。炎を操っていた男と、鋭い槍の使い手たる男。あの牛は彼らのことを憎々しげに神将、また『人の配下に落ちた神』と口走っていたが。

 

「俺のことは騰蛇(とうだ)と呼べ。こっちが六合だ」

「…………」

 

 炎の使い手である褐色肌の男が自分の名と、寡黙なもう一人の名を告げる。それ以上、自分たちが何者なのか詳しく説明するつもりはないのか、余計なことはあまり喋らない。

 

「騰蛇じゃと!? それに六合といったか? ……なるほど、お前さんたちが噂に名高い十二神将か……!」

「父さん? 彼らのことを知っているんですか?」

 

 しかし、彼らの名前に目玉おやじが驚愕に目を見開く。当然の流れとして、鬼太郎は父に彼らのことについて尋ねる。

 

「うむ……千年前の安倍晴明、かの陰陽師が従えていたとされる式神たちじゃよ!」

 

 

 十二神将(じゅうにしんしょう)

 平安時代に生きていた安倍晴明本人によって使役されていたとされる、十二の式神。彼らは陰陽師たちが占術の際に使用する『六壬(りくじん)式盤(しきばん)』という器具にその名が記されている神だ。

 仏教においても十二神将と呼ばれる、薬師如来を守護する武将たちの名が上げられることもあるが、それとは明確に違う存在。

 十二天将とも呼称され、式盤に記されている属性や、吉凶、陰陽、方角によってそれぞれ違った能力、役割を秘めているとされる。

 

「わしも噂だけで直に見るのは初めてじゃが……彼らは代々の安倍家の人間たちに仕え、それを守護していると聞く」

 

 安倍家の本家が京都にあり、目玉おやじ自身が陰陽師たちに狙われるような悪事をしてこなかったため面識はないが、彼らの存在は妖怪たちの間で畏怖の象徴として語り継がれてきた。

 もしも安倍家に目をつけられるようなことをすれば陰陽師だけではなく、彼ら神将をも敵に回すことになる。悪事を働く妖怪たちにとって、これ以上の恐怖はないだろう。

 

「最近ではほとんど名を聞くこともなくなったが……」

 

 もっとも、現代では安倍家が大々的に動くことが出来なくなったためか。その活躍を耳にすることもほとんどなくなった。

 既に人界から身を引き、彼ら本来の居場所である天界にでも帰ってしまったと思われていた。

 

 

「……そうだ。俺たち神将は晴明の……最初の主であるあいつの頼みで、ずっと安倍家と共にある」

 

 しかし、神将たちは現代でも安倍家の人間たちと共にあった。

 初代の主である安倍晴明の頃から千年間、ずっとその子孫を見守り続けてきたと。どこか感慨深げな視線を騰蛇は昌浩へと向ける。

 

「そうそう! こう見えても紅蓮はお爺ちゃんなんだよ! ねっ!?」

「神を年寄り扱いするな。俺たち神将は人間のように歳など取らん」

 

 すると昌浩は、そんな保護者的な立場である騰蛇の背中を無邪気にドンドン叩きながら、彼と気さくに接する。

 ちなみに、昌浩はあの神将『騰蛇』を何故か『紅蓮』と気軽に呼んでいる。

 

 騰蛇といえば、十二神将でも『驚恐(きょうきょう)』を司る狂将。神将の中で最も獰猛で凶悪。地獄の業火をその身に纏う煉獄の主とされている。

 先ほども容赦なく妖たちを焼き尽くしたように、その炎は凄まじいの一言に尽きる。

 

「…………」

 

 今は味方とはいえ、そんな業火を前にしては鬼太郎たちでさえも警戒を緩めることが出来ない。

 そんな凄まじい煉獄の主を相手に、昌浩は無防備な笑顔を向けている。

 

 彼の騰蛇——紅蓮に対する信頼感がそこから垣間見えるようだ。

 

「……騰蛇、昌浩。新手だ……」

「……!」

 

 しかし、そんな風に彼らが和んでいたのも束の間。それまで無駄口を叩かないでいたもう一人の神将・六合が新たな敵の接近を警告する。

 

「……上だ!」

 

 鬼太郎たちもその敵の影に気付き——上空を見上げた。

 

 

 

 

 

『ほう……これはこれは。とんだ巡り合わせもあったものだな、(ガク)よ』

『然り。まさか、斯様な地でこやつらと再び相まみえようとはな、(シュン)よ』

 

 羽ばたき音を響かせながら上空より舞い降りてきたのは——二羽の怪鳥であった。

 人間を捕食できそうなほどの大きさ。獰猛な嘴や爪は大鷲を思わせるが、明らかに異質感を隠しきれぬ風体。

 互いのことを『ガク』『シュン』と呼び合いながら、その鳥たちは鬼太郎や昌浩たちの眼前へと降り立った。

 

「この妖気は……」

「こいつらも、さっきの連中の仲間か?」

 

 その鳥妖どもを前に、先ほどまで笑顔を浮かべていた昌浩もさすがに真顔になっていく。鬼太郎も妖怪アンテナで相手の妖気を探るが、感じ取れる力は先ほどの牛と同等、あるいはそれを上回るものであった。

 それが二羽。いかに鬼太郎たちでも迂闊に動くことは出来ない。それは安倍家の面々も同じ。

 

 相手の出方を伺う必要があると、暫し静かにその鳥たちと対峙する。

 

『!! 見てみよ、鶚よ!!』

 

 すると、片方の鳥妖が目を見開く。

 

『あれなるは我らを討ち滅ぼした憎き方士の小僧! 神将のみならず、あやつまでもがこの時代に生き延びていようとは……』

『鵕よ、お主の言うとおりだ。あれは間違いなく、あの方士めの小僧だ。きっとおかしな術でも用いて生き延びたのだろう、小癪な小童め!』

 

 二羽の怪鳥は方士の小僧——昌浩のことを見つけ、その顔を歪めた。

 その表情からは憤怒、憎悪。昌浩に対する並々ならぬ敵意が感じ取れる。

 

「………えっ? はっ? お、俺?」

 

 しかし当の本人は呆然としている。相手が何を言っているのか分からないといった感じだ。

 

「…………」

「…………」

 

 一方で神将たちは何も言わない。彼らは昌浩を庇うような立ち位置で鳥妖どもを睨み付けている。特に紅蓮の視線からは、まるで相手を射殺さんとするばかりの殺気が放たれている。

 

『鶚よ、連中は相変わらず人間などに使われているようだな……落ちた神とは惨めなものよ』

『そう言うな、鵕よ。所詮神などその程度。いずれにせよ、たかが知れたものよ』

 

 だが、神将の殺意をも平然と受け流しながら、互いに軽口を叩き合う鶚と鵕。先ほどの牛同様、安倍家の式神である紅蓮や六合のことを落ちた神と嘲笑っている。

 

「……ふん、笑わせるな」

 

 すると、それに紅蓮が鼻を鳴らした。

 

「その神風情に遅れを取ったのはどこのどいつか、もう忘れてしまったようだな? 知っているか? そういう物忘れが激しいやつのことを、人間たちの間では鳥頭と馬鹿にされるそうだぞ」

『なんだとっ!?』

 

 挑発的な神将の言動に片方の鳥が憤りを露わにする。鳥である彼らにとって、その発言は最大限の侮辱だろう。

 しかし、怒っているのは紅蓮も同じようだ。

 

「性懲りもなくこの騰蛇の前に出てくるとは……今度は魂までも燃やし尽く、二度と現世に出てこれなくしてやるぞ!!」

 

 紅蓮の怒りと連動するように、彼の体から自然と炎がこぼれ出している。

 

「……っ!」

「あわわ……」

 

 彼の怒気や炎の熱さを肌で感じ取り、猫娘や一反木綿などが人知れず体を震わせる。

 

「ぐ、紅蓮……?」

「…………」

 

 これには紅蓮に全幅の信頼を置いているであろう昌浩も戸惑う。唯一、紅蓮の怒りの理由を理解しているのか、六合は何も言わないでいる。

 

 

 

「…………」

 

 このとき、鳥妖怪と神将らの会話に耳を傾けながら鬼太郎は思案に耽っていた。

 

 先ほど、牛の妖怪と戦っていたときもそうだが、神将たちは我が物顔で街を荒らし回っているこの連中と面識があるような口ぶりである。

 過去に戦ったことのある相手なのか、相手側からも紅蓮や昌浩に対する強い怨念のようなものがヒシヒシと伝わってくる。

 

「…………?」

 

 しかし、恨まれている当人である昌浩自身が未だに状況を把握し切れていない。

 何故、この妖怪たちが自分のことを『方士』と名指しし、恨み節を吐き捨ててくるのか、全く身に覚えがない様子だ。

 

「ガク……シュン……どこかで聞いた、その名を見た覚えが……」

 

 その一方、鬼太郎の頭の上で目玉おやじも腕を組んでいる。

 鳥妖怪の名前と思しき、鶚と鵕と言う響きに必死に頭を悩ませているが、歳のせいかなかなか思い出せないでいる。

 

 果たしてこの鳥どもは何者なのか。神将たちとどのような因縁があるのか。

 とりあえず、鬼太郎は事の成り行きを見守っていく。

 

 

 

 

 

『落ち着け、鶚よ。確かに我らを一度敗れた。それは事実よ……』

『……そうであったな鵕よ、二度とあのような不覚を取らぬためにも、心して挑まねばなるまい』

 

 紅蓮の挑発に、もう一羽の鳥が冷静になるように言い含める。

 互いに息の合ったもの同士、その指摘で落ち着きを取り戻したのか。二羽の妖鳥から、油断や慢心といった感情が消え去っていく。

 そして、互いに内なる妖気を静かに高めていっているのが気配から伝わってきた。

 

 ——来るか!?

 

 昂る妖気と戦意、いつ襲い掛かってきてもおかしくない相手の姿勢に鬼太郎たちも身構える。

 昌浩も懐から何かしらの呪符を取り出し、神将たちも神気を昂らせていた。

 

 このまま一気に戦端が開かれる。その場にいた全てのものが思っただろう。

 

『——!!』

『——!!』

 

 しかし、今にも飛び掛かって来そうに身を乗り出していた双璧の鳥が揃って動きを止める。

 彼らは憎き怨敵である方士や神将たちを前にしながらも、どこかあらぬ方向を振り返っていた。

 

「……? なんだ、何を見てる?」

 

 つられて鬼太郎たちもその方角に視線をやったが、そちらからは何の妖気も感じ取れない。

 いったい、彼らが何を見ているのか検討も付かない。

 

『——控えよ、貴様らも妖ならば、最低限の礼儀を尽くせ』

『——許しを請うように這いつくばれ。我らが主の御前である』

 

 すると、鶚と鵕はその視線を鬼太郎たちへと向け、彼らに平伏するよう高圧的に命じる。

 同じ妖怪である彼らに、せめて襟を正せ——主の御前での無礼は許さない、そう言っているのだ。

 

「……!? なんだ? 何か……いる?」

 

 その言葉にもう一度、鶚と鵕が見ていた方向に目をやる。

 やはり何の妖気も感じ取れなかったが——そちらから、何かがのっそりと歩いて来ているのが見えた。

 

 鶚と鵕が歩いて来る——『それ』のため、互いに左右に別れて道を開けた。

 

 

 

 

 

「…………牛?」

 

 そこにいたのは、またも一頭の牛であった。

 しかも先ほどの四本角の牛とは違い、全くといっていいほどに妖気が感じられない。大きさも普通、本当にどこにでもいるような、真っ黒いただの牛である。

 

 少なくとも、外見上は——

 

『これは驚いた。神将どもだけではなく。よもや貴様とも再び巡り合うことになるとはな……方士よ』

 

 しかし、こいつもただの牛ではなかった。

 その牛は無機質な目を神将、そして陰陽師である昌浩へと向けながらくつくつと嗤う。

 

「貴様っ! やはり……!!」

「…………!」

 

 その牛に対し、紅蓮や六合がこれまで以上に警戒心を剥き出しにする。鳥妖以上に、油断出来ぬ相手だということだろう。

 

「な、何なんだよ……さっきから。俺はお前らのことなんか知らないぞ!」

 

 だが、やはり昌浩には相手が何を言っているのかさっぱりだ。

 

 立て続けに自分のことを知っているかのような妖怪どもの口ぶりに、いい加減彼自身も苛立ちを募らせる。お前たちのことなど知らない。何者かも分からない相手に、一方的に恨まれるような筋合いはないと真っ向から吐き捨てた。

 

『——なんだと?』

 

 だがこの返答に——牛は激怒した。

 

 

『我を……忘れたと? 貴様が我に与えた屈辱の数々。それを貴様は……覚えていないとでも、ほざくのかぁあああああ!!』

「……っ!?」

 

 

 荒ぶる牛が、その蹄で激しく地面を踏み荒らす。

 その身に妖気など全く纏っていない筈なのに、その怒号だけでも昌浩の背から冷たい汗が滝のように流れ落ちていく。

 

『あ、主よ!! 怒りをお鎮めください!!』

『き、貴様……方士! 我らにだけでなく、主にまでそのような舐めた口を!!』

 

 怒り狂う主に鶚と鵕が狼狽。怯えながらも、何とか主の気を落ち着かせようと宥めている。

 二羽の鳥妖にとっても、この何でもないような牛がよっぽど恐ろしい相手なのだろう。

 

『……そうか。覚えておらぬか……』

 

 鶚と鵕の言葉もあり、牛も一旦は気を落ち着かせる。だが、すぐにでもその表情を嗜虐的なものへと変え、口元をニタリと歪める。

 

 

『——ならば……思い出させてやるまでのことよ! 我の恐怖を……今一度なぁぁ!!』

 

 

 そう叫びながら——牛は化け物としての本来の姿を曝け出していくことになる。

 

 

 

 

 

「……なっ!?」

 

 化け物の変わりようには、鬼太郎も目を見張った。

  

 まずはその体躯。ただの牛だったその姿が大きく膨れ上がり、黒一色だった毛並みに金と黒の縞模様が浮かび上がってくる。

 口元には鋭い牙を覗かせ、四肢の先には長くて鋭利な爪。その姿は動物でいうところの『虎』に似たものであった。

 そこへさらに普通の虎には絶対にない、大鷲の如き翼をはためかせ周囲に旋風を巻き起こす。

 

 

『——ぶらあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!』

「こ、こんな……妖気がっ!?」

 

 

 牛から虎の怪物へと変化したそれが咆哮を上げる。それにより解き放たれる膨大な妖気に絶句する一同。

 先ほどまでの擬態した姿からは全く妖気を感じられなかったからか、尚更それが強大なものに感じられる。この怪物が放つ威圧感に比べれば、側に控えている二羽の怪鳥の存在感など児戯にも等しい。

 鳥妖どもが、この主とやらに当然のように仕える理由も納得できるというものだ。

 

 これほどまでに強烈な妖気、かの西洋妖怪の帝王にも全く引けを取っていない。

 これほどの妖気を持った大妖が、未だこの国に潜んでいたことに驚きを隠せない。

 

「こ、こやつ……もしや、窮奇(きゅうき)か!?」

「窮奇……ですか、父さん?」

 

 そこで目玉おやじが声を上げる。

 ずっと何事かを考えていた彼が、ようやく何かを思い出したとばかりにポンと手を叩いたのだ。

 

「そうじゃ……山海経じゃ! 鶚と鵕! あやつらの名も、確か山海経に書かれておった!!」

 

 山海経(せんがいきょう)とはその昔、はるか西の大陸からこの東洋に伝わってきたとされる書物である。そこには大陸の山や川といった地理の情報。動物や植物、鉱物などの産物の記録が多く記載されている。

 あまりにも古すぎる記録のため、完全な原本は残されていない。今現存する山海経も写本であったものを復元したり、再編集したりしたものがほとんど。

 ゲゲゲの森の図書館にもその写本が一部残されており、それに目玉おやじは目を通したことがあるらしい。

 

「窮奇は牛から翼の生えた虎に姿を変えるという……まず間違いなかろう!!」

 

 山海経の一説には、妖怪や神々などに関する記述もあるという。

 鶚と鵕という妖怪の名もその書物に記載があり、勿論、眼前の怪物——窮奇に関する記述もあったという。

 

 その姿は牛によく似た、はりねずみの毛、虎に変化し大鷲の翼を持つとされる。

 

「妖怪たちが暮らす山、その頂の一つに君臨するとされる大妖怪……四凶の一つにも数えられる魔獣じゃ!」

 

 さらに窮奇といえば大陸の神話においても悪神とされる、四体の魔獣——『四凶』の一柱としても恐れられている。

 これほどの妖気を持ち、鶚や鵕といった妖怪たちを従える。窮奇という大妖怪であれば納得も出来よう。

 

 

 

「大陸の……じゃあ!? こいつが高龗神が言ってた……異邦の影ってやつなのか!?」

 

 目玉おやじの言葉に昌浩が何かを理解したように叫んだ。

 

 

 昌浩が口にした『高龗神(たかおかみのかみ)』とは、京都にある貴船神社。そこに御祭神として祀られている水の神様である。

 古くより安倍家の人間たちとは馴染みが深いとされ、時折彼らの夢の中にその姿を現し、神託を告げるという。

 大抵は『偶には顔を出せ』とか、『もっと自分を敬え』とか。割とどうでもいいことばかりを気紛れに告げるのだが。

 その高龗神が、至極まともな口ぶりで昌浩の夢に現れ、警告を促したという。

 

『——心せよ人間、かつて我の力を封じた『異邦の影』どもが、再びこの国に災いをもたらそうとしている』と。

 

 その夢の内容を晴明や紅蓮たちに話すや、彼らの顔が険しいものに変わったことを昌浩は覚えている。

 この瞬間にも、彼はそのときのことを思い出しながら、この大妖怪と対峙していく。

 

 

「……ああ、そうだ。こいつらが異邦の妖異……いや……」

 

 そんな昌浩を、窮奇の放つ恐ろしい妖気から庇いながら、紅蓮は忌々しげに相手を睨みつけていく。

 

 彼ら神将にとっても窮奇はかなりの難敵だった。

 その当時の戦いの記憶を思い出しながら、ふと紅蓮は場違いにもあることを考える。

 

「今は、そんな言い方はしないんだったな……」

 

 そう、『異邦の妖異』とは、彼らが窮奇と初めて対峙した平安時代での呼び方だ。

 あの時代はこの国、日の本の国の外。海から渡ってきたものを一括りに『異邦』と呼んでいた。

 

 しかし今の時代、そのような呼び方はしない。

 窮奇がどこから来た何者なのか。何と呼ぶべきかを理解しているからこそ、紅蓮も思わず彼らのことをそのように口走っていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「中国妖怪……窮奇!!」

 

 

 大陸から海を越えてやって来る、想像を絶する化け物たち。

 

 この令和の世にも、彼らの魔の手がこの日本に迫っていた。

 

 




人物紹介

 安倍昌浩
  原作の主人公がようやく登場。今回は現代版がメインですので、思考そのものは現代っ子。
  平安版も昌浩という主人公であり、現代の昌浩とそっくりさん……といった設定らしい。
  タイトルにもある通り、今回は彼の『少年』としての成長を描写していきたいと思います。

 紅蓮
  昌浩の相棒的存在。十二神将の騰蛇。紅蓮は晴明によって名付けられた別名です。
  自分が認めたもの以外は決して紅蓮とは呼ばせない。作中では晴明と昌浩しか呼んでいなかったと思う。
  とりあえず、地の分では紅蓮と表記させてもらいます。騰蛇って、書くのすごくめんどい。

 六合
  十二神将の一人。アニメでは風音編で色々と活躍する色男。
  普段から寡黙な性格であまり喋らない。
  今回の話自体もあくまで窮奇編をメインにしていますので、活躍は控えめにさせていただきます。

 窮奇様
  少年陰陽師を知らない人でも、一度は聞いたことがあるだろう大妖怪。
 『スパロボ』では窮奇王というロボットとして、『半妖の夜叉姫』でも女性窮奇が登場します。
  自分は窮奇といったら、少年陰陽師のが一番好きです。
  初期のボスですが、悪役として三巻にわたって主人公を苦しめていく。
  強力若本ボイスの影響でさらに大物感アップ!

 鶚と鵕
  窮奇の配下。二羽で一組といった感じの怪鳥たち。
  こいつらに限らず、窮奇の配下は全員『山海経』に名前が記されている妖怪たちです。
  鶚と鵕の場合、原点では『大鶚』『鵕鳥』という記載があるそうです。
  こいつら以外もそうですが、中国妖怪ってみんな漢字がめんどくさすぎる。
  普通に変換しようとしてもまず出てこない。書けるかこんなのっ!!

 ゴウエツ
  四本角、白い体毛が蓑のように広がっている牛。人を喰らう怪物。
  作中では名前を記せませんでした。こいつに限っては、マジで漢字変換できんかった。

 中国妖怪
  というわけで、今回から登場しました中国妖怪!
  一応、6期の原作でも画皮や九尾の狐がこの中国妖怪に分類される筈だと思います。
  ちなみに、6期は妖怪が登場する際、『青い炎で妖怪の名前を浮かび上がらせる』という演出がありますが、西洋妖怪は鐘の音。大逆の四将は悲鳴のようなBgmが鳴り響きます。
  中国妖怪の場合、自分は銅鑼の音をイメージしています。「銅鑼を鳴らしなさい!!」……これは誰の台詞でしたかな?
 
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