ゲゲゲの鬼太郎 クロスオーバー集   作:SAMUSAMU

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唐突ですが、皆さんは『ダイの大冒険』のアニメを視聴していますか?
作者はダイの大冒険の原作コミックスは全巻所持し、2020年にアニメ化されると聞いてとても楽しみにしていたのですが。実際に見てみると「あれ? この台詞飛ばすんだ」とか「……ここの描写、省かれとる」とか。
ちょっと細かいところが気になってしまい、途中から全てを見るのは諦めて飛ばし飛ばしで見てきました。
まあ、傑作であることは分かっていたので、要所要所が見れればいいかな……と思っていたんですが。

ただ73話、『炎の中の希望』だけは全てガッツリ試聴して来ました!
ここだけは、ここだけは絶対に見たかった……このシーンだけでも、ダイの大冒険を現代に蘇らせらた意味があったと、大きな声で言えるほど!!
リプレイで試聴するたびに涙がボロボロ出てしまう……一応ネタバレを防止するために詳細は語りませんが、まだ見てない方は、ダイの大冒険に少しでも思い入れがある方であれば是非とも試聴していただきたい。
こんなん……絶対泣くわ。


さて、肝心の本編。
其の③でもまだ途中ということですが、それでもかなり長めとなってしまいました。
結構読みにくい部分とかあるかなと、個人的にも思いますので、どうぞゆっくりと読み進めて頂きたい。

ちなみに、今作のテーマは『少年が戦う理由』です。
ここでいう少年とは、安倍昌浩とゲゲゲ鬼太郎のことを指しています(鬼太郎も妖怪的には少年だと思いますので)。
二人の少年の視点に注目して、楽しんでもらえればと。



少年陰陽師 其の③

 ——な、なんなんだよ……こいつ……。

 

 安倍昌浩は戸惑っていた。

 眼前に立ち塞がる強大な妖異・窮奇を前に得体の知れない感情が彼の胸中を支配していく。

 

 

 安倍家の人間として生まれた昌浩。彼は当然のように『陰陽師』となる道を選んでいた。

 それは別に誰に強制された訳でもない。安倍家の人間に生まれたからといって、必ずしも陰陽師として大成しなければならない訳でもない。

 現に昌浩の父や歳の離れた兄たち。彼らは皆、別の仕事に就いたり、学業に集中したりと。陰陽師としての修練を積みながらも別の道を進んでいる。

 

 このようなご時世だ。少なくとも、陰陽師だけで食っていけるほど甘くないのが人間社会というもの。

 昌浩はまだ中学生ということもあって、陰陽師以外の将来について明確なビジョンを浮かべられてはいない。

 とりあえずの目標として陰陽師の修練を積みながら、安倍家の一員として妖怪、悪霊を退治したり鎮めたりする仕事を、小規模ながらもひっそりとこなしてきた。

 

 無論、陰陽師を名乗る以上、半端な仕事は許されない。

 昌浩以外もそうだが、陰陽師としての訓練を課される際、安倍家の人間は徹底的に『十二神将』たちにしごかれることになっている。

 

 十二神将。

 

 ご先祖様の中でも特に有名とされているあの『安倍晴明』の頃から千年間。昌浩が生まれるずっと前から安倍家の人間を守り続けてきた式神たち。

 昌浩も赤子の頃から彼らに面倒を見てもらっているため、一向に頭が上がらない。

 

 特に騰蛇——紅蓮には本当に世話になっている。十二神将の中でも特に彼のことを信頼しており、その力を頼りにしている。

 彼が操る『炎』。妖怪たちからすれば恐ろしくてたまらないものに見えるらしいが、紅蓮を慕っている昌浩からすれば何てこともない。

 

 寧ろ、綺麗だと思った。

 まるで水面に咲き誇る紅の蓮のようだと。柄にもなく、そんな詩的な表現が浮かんだほどだ。

 

 ああ、だから——『騰蛇』は『紅蓮』なんだと、妙に納得したほどだ。

 

 

 

 

 

 だからなのだろう。

 それほどの信頼を紅蓮や十二神将たちに抱いていたからこそ。

 

 昌浩は——『ここ最近の妖怪情勢に対する安倍家の対応』に、少なからず不満を抱いていた。

 

 安倍家が昔から政界との繋がりが深いことは、昌浩も幼少期の頃から聞かされている。

 過去にも歴代当主が何度か政治家からの依頼を受け、この国の危機を人知れず救ってきたという武勇伝も伝わっている。

 

 しかし、前総理——あの女性が総理を務めるようになってからというもの。安倍家が国家の大事のために動くことはなくなった。

『この国を守るのに、陰陽師などという訳のわからない連中の力など必要ない!!』というのが、彼女の言い分だという。

 国の代表がそのような方針であったために、安倍家は重大事件の際、常に蚊帳の外に置かれていた。

 

 八百八狸に政権が乗っ取られたときも。

 玉藻の前を始めとした、地獄の四将たちが現世を混乱に陥れていたときも。

 バックベアードが、正面から全面戦争を仕掛けてきたときでさえも。

 

 面子やら政治的駆け引きやら。政治家たちの身勝手な都合のために動くことが許されず、結果として多くの人々が苦しむことになってしまった。

 

 あのとき自分たちが動けていれば、人々の犠牲はもっと少なくなっていた筈だ。

 昌浩自身は自分が未熟者であるという自覚はあるが、十二神将たちであればあのようなものたちに遅れを取ることもないと。

 そういった不満を、昌浩はずっと胸の内にため込んでいた。

 

 

 しかし、それを愚痴として溢すと神将たちは決まって難しい顔で言うのだ。

 

 

『——自分たちでも、確実に勝てるとは限らない』と。

 

 

 ——……そうかな? 紅蓮たちなら、楽勝だと思うんだけど……。

 

 神将たちの実力を昌浩は知っている、知っているつもりだ。

 自分など足元にも及ばない、彼らの強烈な神気を前にすればどんな妖とて物の数ではない。

 

 今までこの国を苦しめてきた大物妖怪でさえも、神将たちであれば容易く撃退できる筈だと。

 

 彼らを苦戦させる妖怪など、そうそういる筈もないと——そう、思っていた。

 

 

 

 

 

『——ぶらぁあああああああああああああああ!!』

 

 だがここにきて、昌浩は思い知ることになる。

 

 ——……なんなんだよ!! こいつはっ!?

 

 強大な妖気に冷や汗が溢れ出す。体が震えるのを止められない。

 窮奇という大妖を前に、少年の陰陽師としての自負や覚悟など張り子の虎も同然だった。あまりの恐怖から、隣に立つ紅蓮の手を縋るように掴んでいた。

 

「……大丈夫か、昌浩。気をしっかり持て」

 

 昌浩の動揺を察して紅蓮が声を掛けてはくれるものの、その視線はずっと窮奇へと向けられている。

 目を逸らす余裕がないということだろう。もう一人の神将である六合も、ゲゲゲの鬼太郎とその仲間たちも。

 窮奇に対して隙を見せまいと、皆が臨戦態勢で構えている。

 

 ——みんな……怖くないの? こんな……化け物を相手に……!?

 

 周囲の反応に昌浩は戸惑う。

 今にも足がすくんで躓きそうになる自分とは違い、彼らは強い決意を持ってその場に立っている。

 窮奇という存在を脅威と感じていながら、それでも堂々と立っていられる彼らが率直にすごいと思った。

 

 

 昌浩は、これまで妖怪というやつを芯から『怖い』と思ったことがない。

 幼少期から十二神将という神秘に触れており、陰陽師としても妖怪と対峙してきた。されども、彼らに対する忌避感というのもほとんどなく、何なら友達のような関係の雑鬼・力の弱い妖たちだっている。

 

 彼にとって妖怪とは、そこにいて当たり前の存在。

 良くも悪くも日常の一部であり、それを変に意識することもなく今日に至っている。

 

 だが、目の前のこれは——窮奇は違う。

 

 これは存在そのものが、そのまま『死』に直結する化け物だ。

 人間とは決して相容れない、邪悪の権化、暴力の化身。

 

 同じ空間内にいるというだけで息が詰まる。こんな化け物が、当然のように存在しているのが衝撃的だった。

 

 ——これが、本物の……大妖怪……。

 

 十二神将であれば楽勝などと、とんだ思い違いである。

 彼らでさえも絶対に勝てるとは断言できない妖怪が、まだまだこの世にはいるのだと。

 

 

 昌浩はこの日、恐怖と共にその事実を実感として思い知ったのである。

 

 

 

×

 

 

 

『ふん……どうだ、思い出したか? 我に対する恐怖を! この窮奇と対峙する絶望をなぁ……』

 

 顔面蒼白になる昌浩を視界に収めながら、窮奇は満足気に嗤う。

 

 自分のことを知らないなどとほざいた、憎き方士の小僧・安倍昌浩。窮奇にとって少年はまさに因縁の相手。自身の雪辱を遂げるためにも、必ずや殺さなければならない怨敵だ。

 それなのに「覚えていない」などと、ふざけるにもほどがある。窮奇が怒り狂うのも当然のことであった。

 

『今更後悔しても遅いぞ、方士!』

『その不敬を含めた無礼の数々……死を持って詫びるがいい!』

 

 窮奇の配下である鶚と鵕もまた、十二神将や昌浩に恨みを持つ身だ。過去の無念を晴らそうと、主同様に妖気を昂らせている。

 

 さらに、ここにいる以外にも昌浩たちに恨みを持つものが窮奇の配下には大勢いる。

 その全てが昌浩の命を、いや殺すだけでは飽き足らない。彼という人間を生きたまま苦しめてくれようと、その身を付け狙っているのだ。

 

 だが——

 

「し、知らない……お前たちのことなんて……俺は知らない……」

 

 それだけの恨みに晒されながらも、恐怖に顔を引きつらせながらも、昌浩は彼らのことなど『知らない』という事実を口にする。

 

『くぅ! 貴様……この期に及んで……まだ白を切るかぁああああ!!』

 

 その台詞に、窮奇は大妖怪としてのプライドを大いに傷つけられる。

 自分に『あれだけ』の屈辱を与えておきながら、その当人はそれを覚えていないという。この窮奇を侮辱する気かと、ますます怒り狂ったように咆哮を上げる。

 

「……っ!」

「……!!」

 

 その怒号に昌浩や鬼太郎たちまでもが、さらに身を固くする。

 

「待て、窮奇!!」

 

 だが、ここで十二神将の一人、騰蛇こと紅蓮がたまらず声を張り上げた。

 

 

「——こいつは……こいつはお前の探している昌浩じゃない!!」

「……えっ?」

 

 

 その言葉に昌浩は目を見開く。

 自分が『昌浩』ではないとはどういうことかと、思わず紅蓮の顔を窺う。

  

「…………」

 

 紅蓮は昌浩を守るため、窮奇を相手に一歩も引かない姿勢を見せつける。相変わらず頼りになる精悍な顔つき。

 

 しかし——昌浩は、その紅蓮の横顔に一抹の寂しさのようなものを感じ取る。

 

 こういう紅蓮の顔を昌浩は知っている。

 幼少期の頃から、自分を見つめる際に時折見せる表情だ。もしかしたら自分ではない『昌浩』という別の人のことでも、思い出しているのかもしれない。

 

「あいつは死んだ……もういない! ここにいる昌浩は別人だ! 千年前にお前を打ち倒した安倍昌浩とは……違う!」

 

 千年前。

 それが窮奇と十二神将、そして『昌浩』という陰陽師がこの強敵と初めて対決したときなのだろう。

 だが人間は千年も生きることはできない。たとえ同じ名前でも、どんなに似ていようとも。

 

『現代』を生きる昌浩と、『過去』を生きた昌浩は違う人間だと。

 

 紅蓮は——まるで自分自身にも言い聞かせるように叫んでいた。

 

 

『ほざくな、神将!!』

 

 

 しかし、紅蓮のその言葉を窮奇は戯言と切って捨てる。

 

『その顔……その身に宿した霊力!! その魂の形を見間違う我だと思うな!!』

 

 窮奇は昌浩へと視線を向けながら吠えたける。

 面差しだけではなく、その内面的な資質まで。よっぽど千年前に戦ったとされる『昌浩』に酷似しているのだろう。

 

『その小僧は紛れもなくあの方士!! 千年前に我を討ち滅ぼした……我が怨敵! よしんば違ったとしても……生まれ変わりの類には相違あるまい!!』

 

 自分を倒した相手に間違いはない。たとえ違っていたとしても、何の関係もない訳がないのだと。

 

 かつて滅ぼされたその憎しみ。

 その全てを昌浩という人間にぶつけるため、窮奇は殺意をさらに剥き出しにしていく。

 

 

 

 

 

「!! 鬼太郎、また新手じゃ!!」

 

 目玉おやじが周囲を見渡す。

 主である窮奇の殺気立った咆哮に引き寄せられたのか。あちこちに散らばっていた獣の群れがまたも集まってくる。

 

「まだこんなに……」

「こんなの……キリがないわよ!」

 

 これまでも何度か撃退した筈なのだが、一向に減る気配のない妖獣ども。いったい、どれだけの配下を従えているのか。その群れの規模にもはや辟易するしかない。

 

『……おい、貴様ら! 与えられた役目はどうした?』

 

 窮奇側はその群れを自分たちにけしかけ、一気に攻勢に出るかに思われた。

 だが、鳥妖の片割れ・鵕は集まってきた獣たちに向かって何事かを問い掛ける。

 

『…………』

『…………』

 

 その問いに獣たちの何匹かが互いに顔を見合わせるが、誰も返事はしない。どうやら彼らは肝心の『命令』とやらを未だに完遂していないらしい。

 

『ちっ! 何とも不甲斐ない連中よ。小娘一人探すのに何を手間取っておるか!』

 

 配下たちの愚かしさを、鶚の方も呆れ果てるように叱りつけていく。

 

「…………小娘?」

 

 鳥妖たちが口にした命令、小娘という言葉に鬼太郎は引っ掛かるものを覚える。

 嫌な予感だ。そしてその予感は——次の瞬間、最悪な形として的中する。

 

 

『——とっとと主のために供物を……犬山まなとやらを探し出してこぬか、この鈍間どもめがぁ!!』

 

 

「——っ!!」

 

 鳥妖たちが何気なく口にした、『大切な友達』の名前に鬼太郎の心臓が跳ねる。

 何故、よりにもよってこの中国妖怪たちの口からその名が出て——あまつさえ、『供物』などという不穏な台詞を響かせるのか。

 

「っ!? あ、アンタたち!! 何でまなのことをっ!?」

「まなちゃんを……供物って!?」

「ぬ、ぬりかべ~!!」

 

 これには猫娘や一反木綿、ぬりかべも即座に反応を示す。

 

 それまでは窮奇と安倍家に因縁らしきものを感じ、何処となく話に割り込みにくかったが、彼らがまなを標的にしているのであれば黙っているわけにもいかない。

 連中がどうしてまなを狙うのか、その理由を問い詰める。

 

『知れたこと! その身に極上の霊力を宿しているという娘!』

『贄として相応しい……主に献上するのみ!』

 

 鶚と鵕は、さも当然とばかりに言い返す。

 彼らは人間、特に霊力の高いものを喰らうことで自身の妖力を高める。それ自体に因縁めいた理由などは必要なく。

 ただの食糧——『ご馳走』として、彼らはまなを探しているに過ぎないのだと。

 

『……! そうか……貴様が、ゲゲゲの鬼太郎だな……くっくっ』

 

 すると、そこで窮奇は初めて鬼太郎たち、日本妖怪に意識を向ける。

 昌浩や神将たち相手とは違い、その視線はどことなく愉快で興味深げなものであった。その口元に愉悦じみたものを浮かべながら、窮奇は鬼太郎に向かって言い放つ。

 

『なに、人間にしてはなかなか強い霊力を宿していると聞いてな。腹の足しくらいにはなると探しておったのよ』

「……っ!!」

『もっとも……方士がいると分かれば、そのような小娘に構っている暇などないわ』

 

 窮奇自身は、まな個人にそこまでの拘りはないとのこと。

 より霊力が高く、尚且つそれが因縁の相手であればそちらの方に目がいくというもの。既に興味の対象はまなから昌浩へと移っており、まなのことなどすっかり眼中にない。

 

 しかし——

 

『まあ、今頃は……我が配下の誰かがその小娘の元に辿り着いているだろうがな……』

「……!?」

 

 窮奇の命令は、彼の配下全員に行き届いている。

 そしてここにいないだけで、まだまだ窮奇の配下には力を持った妖異が控えていた。

 

 その妖異が、今頃はまなの命を——

 

 

「——まな!!」

 

 

 鬼太郎はとっさに、彼女の名を叫んでいた。

 

 

 

×

 

 

 

「——な、なに? い、いったい、何が起きてるの!?」

 

 犬山まなは現在の情勢に大いに混乱していた。

 

 そのとき、彼女はとある総合病院に母親の純子と共に訪れていた。彼女が受診していたのは『心療内科』である。

 あらざるの地に行ったことで記憶が一部喪失することになってしまった、犬山まな。彼女のその症状を医学的な観点から診てもらっていた。

 まなの両親も鬼太郎たち同様、娘の失われた記憶を戻す方法がないかと試行錯誤していたのだ。

 

 しかしこの日、まなが診察に訪れたときから病院内には慌ただしい空気が蔓延していた。

 

「——退いてください! 急患です!!」

「——誰か! 手を貸してくれ!!」

「——すぐに手術の準備を……急がないと手遅れになりますよ!」

 

 次々と救急車などで運び込まれてくる患者たち。中には命の危機に瀕した重傷者までいる。病院側は通常の業務が追いつかないほど、それらの対応に追われている。

 そして患者のほとんどは、今も街中で暴れ回っている『妖怪』とやらに襲われ、傷ついた人々だという。

 

「妖怪……本当に……そんなものがいるなんて!?」

 

 それは鬼太郎たちのことを含め、妖怪に関する記憶を全て失っているまなにとっては信じられない光景だった。

 妖怪なんてものが現実に存在し、あまつさえそれを当たり前のように認知している世間。

 

 ——わたしが覚えていない二年間に……いったい、何があったっていうの!?

 

 まな自身、両親から『自分が思い出を失っている』という話は聞かされている。実感こそなかったものの、確かにここ二年間。自分が誰とどのように過ごしてきたか、そういった記憶が酷く曖昧であった。

 正直なところ話半分ではあったものの、目の前の惨状を見せつけられれば認めざるを得ない。

 

 自分は記憶を失っている。

 失われた思い出に対し、もっと真剣に向き合う必要があるのではないかと。

 

 

『——見つけた、見つけたぞ……』

「っ!?」

 

 

 だが、まなが内心でそのような覚悟を決めようとしたとき。

 彼女を供物として捧げよとの命を受けた——窮奇の配下の魔の手が彼女に迫る。

 

『お前が、犬山まなだな?』

「えっ……な、なに……犬? ……ひぃっ!? な、なんなの、これ!?」

 

 最初、病院の廊下に響き渡ったのは犬の鳴き声であった。しかしまなが振り返ると、そこには明らかに得体の知れない生物がヒタヒタと床を歩いてくる。

 それは胴体がねずみ、首はスッポン。大きさ自体は小型犬ほどなのだが、その身に纏う黒い瘴気のようなものが、まなの背筋に冷たいものを走らせる。

 

 今までこんな恐ろしい生物とは出会ったことがない。まなはそれがなんなのか直感的に悟る。

 

 眼前の『これ』こそが——妖怪。

 人に仇なす存在——化け物であると。

 

『なるほど……話に聞いていたとおりだ。相応しい……その霊力……』

「えっ!?」

 

 その妖怪はまなの名を呼び、まなの姿をその眼球で捉えるや、舌なめずりをしながら口元を醜悪に歪める。

 

『主に献上する……これで、窮奇様の妖力も……さらに高まろう……』

「きゅ、きゅうき? 誰それ……な、なにを言ってるの!?」

 

 相手の言葉の真意が理解できない。

 妖怪が何なのかを未だに理解しきれていない彼女にとって、何故襲われるのか分からないのが何より恐怖であった。

 

『捧げよ、娘! その身を……我が主に!!」

 

 しかし、困惑するまなの感情など気にも留めず。妖怪は問答無用で彼女へと襲い掛かる。

 その鋭利な爪が——まなの身を引き裂こうと迫る。

 

「——まなっ!?」

 

 そこへまなを守ろうと、一緒に病院へ来ていた母親の純子が駆け出してくる。

 純子はその身を盾にすることでまなを守り——代わりに、その背中を妖怪の爪によって抉られてしまう。

 

「あっ……」

「お、お母さん!!?」

 

 まなの悲痛な叫び声が病院中に響き渡る。

 

「なっ! なに!? なんなの!?」

「よ、妖怪だ!! こんなところにまで!?」

 

 彼女の悲鳴に、周囲の人々も妖怪の侵入に気が付いた。

 妖怪の被害にあった人々が大半を占めるこの病院内において、妖怪はその存在だけでも恐怖となる。恐怖は人々の間を伝播し、あっという間に院内をパニックへと陥れていく。

 

『ちっ……邪魔をするな。貴様のような只人の血肉など……主には相応しくない』

 

 だが、妖怪は怯え惑う人間たちになど目もくれず、自分の邪魔をした純子を忌々しげに睨みつける。

 まなの母親、沢田家の血筋とはいえ、純子には娘のように強い霊力はない。妖怪にとって、彼女の命など無象有象も同然である。

 

『邪魔を、するなら……貴様から先に始末してやろう!』

 

 無論、その命を奪うことに躊躇いなどない。

 最後まで娘を庇おうとする純子に、もう一度その爪を振り下ろそうとする。

 

「お母さん!! 逃げてぇえええええ!!」

 

 まなの絶叫が木霊する。

 血を流す母親を前に——まなの脳裏が何か、苦い記憶をフラッシュバックさせていく。

 

 

 

 

 

「——鬼神招来!!」

 

 刹那、犬山親子の元に何者かが駆け付けくる。

 その者は『鬼神の腕』を纏いながら、そのまま勢いよく妖怪の顔面に向かって拳を叩きつけた。

 

『ぐぎゃあ!?』

「!?」

 

 短い悲鳴を上げながら吹っ飛んでいく妖怪。

 間一髪のところで危機を脱したまなは傷を負った母親を抱きかかえながら、駆けつけてきたその青年に目を向ける。

 

「……あ、あなたは……誰?」

「……無事か、犬山まな……」

 

 その青年はまなの問いには答えなかったが、彼女を気遣う様子を見せた。

 

 

 そのまま、その青年——石動零が。

 まなを後ろに庇いながら、妖怪と対峙していく。

 

 

 

 石動零がその場に駆けつけてこれたのは偶然であった。

 

 窮奇の配下たちが街で暴れているという情報は彼の耳にも届いていた。鬼道衆の生き残りとして人々を守るため、石動もこの危機に力を振るい、妖異たちを退けていたのだ。

 そうして、あらかた妖怪を片づけたと安堵するのも束の間。石動は近くの病院、人々が密集している施設内に妖怪の気配を察知。

 慌てて病院内に駆け込んでみれば、見知った顔が妖怪に襲われているではないか。

 

 石動は考える間もなく呪装術を用い、自身に鬼神の腕を纏わせながら躊躇なく妖怪を殴り飛ばしていた。

 

『……ちょこざいな……邪魔をしおって!』

 

 殴り飛ばされた妖怪だが、それだけでは倒されなかった。すぐに身体を起こし、邪魔をしてきた石動にどす黒い殺意をぶつけてくる。

 

『——用心せよ、零。こやつ見た目のナリこそ小さいが、それなりの妖力を秘めておるぞ』

「えっ!? なに? 幽霊!?」

 

 これに石動の背後から伊吹丸が浮かび上がり、忠告を口にしていく。

 突然出てきた半透明な人影にまながギョッとしているが、今はそちらに構っている余裕がない。

 

「ああ。分かってる……こいつ、蛮蛮(ばんばん)だな……!」

 

 石動も相手の妖力のほど。そして、敵の素性まできちんと把握する。

 この妖怪——蛮蛮も、山海経にその名が記されている妖である。石動もその文献には目を通したことがあり、見た目の特徴からすぐにそれだと理解する。

 

「てことは……こいつも中国妖怪かよ! いったい、なにが起きてやがる!?」

 

 蛮蛮以外にも、街で暴れていたものらの中にも、山海経に描かれているのと一致するような妖たちが多数いた。

 中国妖怪の暗躍がこの騒動の元凶。しかし、誰の命令で動いているまでは石動も把握しきれていない。

 

「まあいい、今はとにかく……こいつを片付けるのが先だな!」

 

 しかし誰の指示であろうとも関係ない。無辜の人々にここまで明確に仇を成すのであれば、石動零も容赦はしない。

 

「場所を変えるぜ……中国妖怪!」

 

 とりあえず、ここでは周囲の被害が大きいと判断。石動は鬼神の腕で蛮蛮の身体を掴み取る。

 

『ぐむっ!? き、貴様っ!!』

「おらっ!!」

 

 そのまま、抵抗しようとする蛮蛮を思いっきり窓ガラスに向かってぶん投げた。

 蛮蛮はガラスを突き破りながら病院の外へ、それを追って石動も外へと飛び出していく。

 

 そうして、両者は戦場を病院の外へと移していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お、お母さん!? しっかりして!! ねぇっ!?」

「だ、大丈夫よ……まな、私なら……大丈夫だから……」

 

 ひとまずの脅威が去った病院の廊下で、まなは母親への呼び掛けを続けていた。娘を庇って背中に蛮蛮の爪を立てられた純子。それでも、彼女はまなに大丈夫だと微笑みかける。

 しかしそれも空元気だったのか、すぐに力尽きたように気を失ってしまう。

 

「お母さん!?」

「っ!! キミ、下がって!」

 

 倒れ伏す純子。するとそこに医者らしき男性が駆けつけてくる。

 

「もう大丈夫だ! さあ、早く処置を!」

 

 医者はまなを安心させるように力強く頷きながら、急ぎ純子に傷の手当てを施していく。

 幸い命に別状はなかったようで。医師の的確な応急処置もあってか、純子の顔色も徐々に良くなっていく。

 

「……なんなの……」

 

 だが母親が無事だったとしても、まなの受けた衝撃は計り知れない。

 

「何なのよ!! 妖怪って!! なんで……なんでこんな!!」

 

 それまでは正直、妖怪に対して特別に何かを感じたりはしなかった。妖怪なんてものが実際にいたとしても自分には関係ない、どこか遠くの出来事のようにさえ思っていた。

 

「妖怪なんか……妖怪なんか……!!」

 

 だが、まなは直接妖怪に襲われる恐怖を味わい、大好きな母親にも怪我を負わされてしまう。

 そのことがひどくショックで、とても怖い目にあったことでパニックに陥る。

 

 その瞳に涙すら浮かべながら——彼女は叫んだ。

 

 

「——妖怪なんか……大っ嫌い!!」

 

 

 少なくとも、それがこの瞬間——。

 犬山まなという少女が胸に抱いた、正直な気持ちであった。

 

 

 

 

 

「…………」

 

 その叫びを、廊下の片隅で聞いているものがいた。

 

 妖怪の少年——ゲゲゲの鬼太郎である。

 

 つい数十分前まで。窮奇たちと対峙していた彼だが、まなが危険に晒されていることを知り、急ぎ彼女の元へと向かったのである。

 ゲゲゲの森の仲間たちも、安倍家の昌浩や神将たちも、戦線を離脱する鬼太郎を援護してくれた。

 

 その甲斐もあって彼はこの瞬間、ここに立ち会うことになってしまったのだ。

 

「鬼太郎……」

「鬼太郎しゃん……」

 

 目玉おやじが、ここまで超特急で飛んでくれた一反木綿が。鬼太郎の顔色を心配そうに見つめる。

 

 鬼太郎たちは、一歩遅かった。

 彼らが飛び出そうとするその刹那に、僅かに先に駆けつけていた石動零がまなの命を救ったのだ。

 

 どちらにせよ、まなは助かった。それは本当に良かったのだが——

 

『——妖怪なんか……大っ嫌い!!』

 

 まさか、そんな言葉を彼女の口から聞くことになるとは思わなかったが、それも仕方がない。

 今のまなは真っ白な状態。妖怪に対する情も知識も持ち合わせていない、どこにでもいるような中学生なのだ。

 

 彼女自身の性格が根本から変わったわけではないだろうが、そんな状態で妖怪に襲われ、大切な人が傷つけられれば、そのような感情を抱いてしまうのも無理からぬこと。

 

 今の彼女にとって、まさに妖怪は恐怖そのものでしかないのだろう。

 

「…………」

 

 鬼太郎は、そんな彼女の前に出るのが怖かった。

 

 もしもあのときのよう——名無しの事件のときのように、彼女から憎しみを向けられてしまったら。

 

 そう考えるだけで足がすくんでしまい、二の足が踏めなくなってしまっていた。

 

「——化け火、招来!!」

『ぎゃあああああ!?』

 

 鬼太郎がそうして立ち尽くしている間にも、病院の外では石動が妖怪にトドメを刺していた。呪装術で化け火の炎を呼び出し、蛮蛮を焼き払うことで戦いに決着を付けていたのだ。

 これで当面の危機は去ったといえよう。近くに妖怪の気配もないし、ここの守りは石動一人で事足りる。

 

「……戻りましょう、父さん、一反木綿……」

 

 暗い表情をしながらも、鬼太郎は急いで来た道を戻ることを選ぶ。

 仲間たちや、安倍家の人々がきっと今も窮奇たちと戦っている。自分をここまで送り出してくれた彼らを、今度は助けるために鬼太郎は急ぐ。

 仲間たちが心配という気持ちは、当然ながら強くある。

 

 

 だが今はそれ以上に——ここに留まり、まなの泣き顔を見ていたくなかっただけかもしれない。

 

 

 

×

 

 

 

「——報告を聞こうか……紅蓮よ」

「ああ……」

 

 夕暮れ時。だだっ広い屋敷で安倍晴明は紅蓮からの報告に耳を傾けていた。

 

 ここは晴明が暮らす東京都の郊外にある別邸だ。既に陰陽師として引退した身である晴明は京都にある本家に家督を譲り、ここで隠居生活を送っている。

 この屋敷に暮らしている人間は晴明と孫である昌浩だけだ。人間以外ならば十二神将たちもいるが、その全てが常に待機しているわけでもない。

 あるものは本家の京都に。またあるものは地方の妖怪を征伐しに。海外で人間の護衛をしているなんてものもいる。

 

 今現在、この屋敷内に戻ってきている神将は、紅蓮と六合の二人だけ。

 二人だけではあるが、なんとかあの窮奇を相手に昌浩を無事に家まで連れ帰ってこれた。

 

 だが、その戦いの結果は——実に苦々しいものとなっていた。

 

 

 

 

 

「——まな!!」

 

 窮奇たちが街中で暴れていた理由。それは犬山まなという少女を餌として確保することにあった。まなと友人である鬼太郎が血相を変え、どこにいるかも分からない彼女の名を呼ぶ。

 

「鬼太郎!! アンタは急いであの子のところに行きなさい!!」

 

 そこへ猫娘が助け船を出した。

 

「今の時間帯なら病院にいる筈よ、急いで!!」

 

 彼女はまなが心療内科に通っていることを知っていた。

 まなの様子がどうなっているか。彼女の両親と何度か連絡を取り、その近況を把握していたのだ。

 

 猫娘はまなを守ることを最優先に、鬼太郎に行けとその背中を押す。

 

「…………分かった。けど、無理はしないでくれ! 一反木綿!!」

「コットン承知!!」

 

 猫娘の言葉に力強く頷き、鬼太郎は急いでまなの元へ。この場から離れることに躊躇いはあったが、時間を浪費した分だけまなに危険が及ぶ可能性が高まる。

 迷っている時間はないと、一反木綿と共に病院まで向かおうとする。

 

『そのような勝手が……!』

『許されるとでも思うてか!?』

 

 しかし、これに鶚と鵕の二羽がすかさず翼をはためかせる。

 主に対して背を向けるその無礼を許すまじと、彼ら自身が鬼太郎の後を追おうとしたのだ。彼らと空中戦にでもなれば、ますます時間を食ってしまうだろう。

 

「——行かせないわよ!!」

 

 故にそうはさせまいと、猫娘が俊敏な動きで鳥妖に飛び掛かり、その動きを牽制する。

 

「——やらせん!!」

 

 そして紅蓮も鬼太郎たちの事情をそれとなく理解し、炎を放って援護してくれる

 

『お、おのれっ!』

『小癪な!』

 

 無論、それらは必殺の一撃にはなり得ない。鶚も鵕も即座に身構え、それらの攻撃を迎撃する。

 しかし、これで彼らの初動を防ぐことは出来た。

 

『チィッ! 逃したか……!』

 

 二羽がもたついている間にも、鬼太郎を乗せた一反木綿がぐんぐんと距離を稼いでいく。

 鬼太郎たちの姿はあっという間に見えなくなり、何とか妨害もなく彼らはまなの元へと向かうことができたのであった。

 

 

 

『貴様ら……このようなことをして!』

『ただで済むと思うな! いけ、お前たち!!』

 

 鬼太郎を逃してしまったことで、鶚と鵕は怒りの矛先をその場に残った面子へと向ける。昌浩や十二神将は元より、猫娘やぬりかべ相手にもそれ相応の怒りをぶつける。

 一気に押し潰してやろうと、周囲に群がる配下たちにも号令を掛けていく。

 

「ただで済むか……ですって? それはこっちの台詞よ!!」

「ぬりかべっ!!」

 

 だが、怒っているのは猫娘やぬりかべも同じだ。

 まなの命を狙っているだけでも許し難いのに、彼女一人を捜索するためにさらにこれだけの被害を人間社会にもたらす中国妖怪たち。もはやそんな連中に容赦など必要ない。

 向かってくるケダモノどもを猫娘が躊躇なく爪で切り裂き、ぬりかべもその巨体で敵を押しつぶしていく。

 

「節度を知らぬ、異形ども……燃えろ!」

「はぁっ!」

 

 さらに、そこに主戦力として紅蓮と六合が加わる。

 紅蓮の灼熱の炎、六合の槍捌き。鬼太郎がいなくとも、彼らがいれば戦線を維持できる。有象無象な雑兵どもは勿論、鶚と鵕ですらも迂闊には寄せ付けない。

 神将たちの一騎当千が如き活躍が、戦場の空気を支配していく。

 

 だが戦闘を優位に進めていても、神将たちの顔色に余裕はない。

 なにせ後方に控えているのは——あの窮奇だ。

 

 大妖・窮奇に比べれば群がる獣どもも、鶚や鵕でさえも比較の対象にはならない。

 奴一匹だけでも十分に戦況をひっくり返すことが出来る。それだけの妖力を秘めているのがあの怪物だ。

 

 ここで窮奇まで参戦してくるようであったならば——神将たちとて、それ相応の『覚悟』が求められることになっただろう。

 

『…………』

 

 だがこのとき、窮奇は動かなかった。あれだけ怒り狂っていた化け物が、戦いが始まった途端に冷静になり、見物に徹している。

 一度滅ぼされたが故の慎重さか。窮奇は後方から、方士——昌浩の戦いを注意深く観察するに留まっていたのだ。

 

「オ、オンアビラウンキャン、シャクラタン!!」

 

 その視線に、昌浩も当然気付いている。

 あの恐ろしい妖怪が、窮奇が自分の一挙手一投足に注目しているという重圧からか、妖異たちを退けるために唱える真言の詠唱もどことなくぎこちない。

 

「縛鬼伏邪、急々……如律令!!」

 

 印を組み替えたり、刀印を結んで振るわれる腕の動作にも今ひとつキレがなく。昌浩の動きをそのものが、全体的にぎこちないものになっていた。

 

『——貰ったぞ、方士!!』

 

 そういった昌浩の隙を、鳥妖の鵕が見逃さなかった。昌浩が術を使った直後、疲弊する絶妙なタイミングを見計らい不意打ちを仕掛ける。

 

「昌浩!?」

『させぬわ!!』

 

 紅蓮がその攻撃に割って入ろうとするが、その援護を鶚が邪魔してくる。六合も、猫娘やぬりかべも他の敵を相手にしているために手が塞がってしまっていた。

 

「くっ……!」

 

 昌浩自身もこの奇襲に対応することができず、鵕の爪が憎き方士の血肉を抉り引き裂こうと迫っていく。

 

「——それ、毒砂!!」

「——おんぎゃ!! おんぎゃ!!」

 

 しかし、そうそう思い通りにならないのが世の常。昌浩への奇襲は今一歩届かない。

 あらかじめ猫娘からメールで連絡を受け、こちらへと向かっていたゲゲゲの森からの援軍——砂かけババア、子泣き爺によって間一髪で阻止される。

 

『ぐわっぷ!? お、おのれ!!』

 

 毒の砂を被り、石化した腕でぶん殴られた鵕が怯む。さすがにこれはかなり効いたのか、堪らず後退していく。

 

『鵕!? 貴様ら……よくも鵕を!!』

 

 鵕に手痛いダメージを与えたことで鶚が怒りに震える。

 鶚と鵕。罪を犯して異形へと成り果てたもの同士。常に二羽で行動を共にしているだけあって互いへの絆だけは本物。

 

 片翼が傷付けば、もう片翼が憤る。

 激昂する中国妖怪たちが、さらに激しく昌浩たちを攻め立てようとする——

 

 

『——鶚、鵕よ』

 

 

『っ!? は、ははっ!!』

『きゅ、窮奇様!!』

 

 だが、熱くなる鶚と鵕に冷や水を浴びせるよう、窮奇が鋭く二羽の名を呼び付けてその動きを止めさせる。主からの呼び掛けとあらば、いかに怒りで我を忘れていようとも応じなければならない。

 服従する姿勢の二羽に、窮奇は何気なく吐き捨てる。

 

『一度退くぞ。出会い頭に片付けるには、勿体ない好機だからなぁ……』

 

 元より、この遭遇戦は窮奇の意図したものではない。

 霊力の高い獲物を探していて、偶々因縁の相手と出くわした。昌浩たちも十全に準備が整っていなかったように、窮奇たちの方も万全に戦力が揃っているわけではなかった。

 

 

『方士よ!!』

「——っ!?」

 

 

 一旦仕切り直し、窮奇は憎き怨敵である昌浩へと宣戦布告するように叫ぶ。

 

『我は貴様の一族への復讐の機会を……ずっと待っておった』

 

 千年前——『安倍昌浩』によって倒された窮奇。

 長い時間を掛けて肉体を取り戻した彼は、そのままひっそりと力を蓄え続けていた。

 

『確実に貴様らの血筋を、この世から根絶やしにしてやるためになぁ……』

 

 全ては昌浩への、安倍家への復讐のため。彼の子孫たちの全てを確実に葬れるだけの妖力を得られるまで、ずっと機を窺っているつもりだった。

 

『だがっ!! 貴様自身がこの世に生まれ変わっているのであれば話は別よ!! 貴様から受けた屈辱の数々は……貴様自身の身に償わせてやる!!』

 

 しかしこの瞬間、窮奇の獲物は安倍家ではなくーー安倍昌浩一人へと定まった。

 わざわざ一族全員などという遠回りな復讐をする必要はない。その愚かさの代償は——直接当の本人に払わせればいいのだから。

 

『待っておれ……じきだ。じきに……決着を付けてやろうぞ!!』

 

 この巡り合わせを、この宿縁を窮奇は絶対に逃さない。

 今は退くが、近いうちにもう一度行動を起こす。昌浩を必ずやこの手で始末するためにも。

 

 

『その時まで……せいぜい震えて待つがいい……ふははは!』

 

 

 大鷲の羽を広げ、その巨体を悠々と羽ばたかせて彼方へと飛び去ってしまった。

 

 

 

×

 

 

 

「……見逃した。いや……見逃されたと言うべきか……」

 

 紅蓮からの報告を聞き終え、晴明は思案を巡らせる。

 窮奇ほどの大妖を逃してしまったのは痛手だが、下手に街中で暴れられなくて良かったと前向きに考えることもできる。もしもそのまま戦いが続いていれば、街への被害はさらに甚大なものとなっていただろう。

 窮奇が撤退したことで、その配下たちも残らず街中から姿を消したという。とりあえずの混乱は収めることができたと言えよう。

 

「鬼太郎たちも一度ゲゲゲの森に帰った。まなという娘も無事だったそうだ」

 

 紅蓮はさらに鬼太郎たちの無事も報告。窮奇たちが狙っていたという少女、犬山まなの安全もとりあえず確保できたという。

 

「そうか、それは何よりだな」

 

 これに晴明は笑みを浮かべた。

 晴明は個人的にも、政治的にも鬼太郎たちとは友好的な関係を築いておきたいと思っている。犬山まなという少女のことも、名無しの件が陰陽師界隈でもそれなりに有名だったため、その存在はずっと気に掛けていた。

 そのため、彼らの方にこれといった被害がなかったという報告に安堵する。

 

「それにしても、窮奇か……予想していた事態とはいえ、かなり不味いことになったな……」

 

 しかし、不安要素は拭い切れていない。当面の問題である窮奇の対処をどうするか晴明は頭を悩ませる。

 

 窮奇の存在は高龗神からの警告によって前々から用心していた。連中が現れた場合などはすぐさま行動を起こせるようにと、政府関係者に色々と根回しをしておいたほどだ。

 だが、よりにもよってこのタイミング。先の戦争の被害が未だ癒えず、神将たちが各地に散らばっているこの状況下で連中が大規模に動くとは。

 安倍家といえども万能ではない。限られた戦力で窮奇の相手をするのは——あまりにも無茶がすぎる。

 

「……聞けば窮奇は……昌浩を目の敵にしておるとのことだが?」

「ああ、奴の狙いは間違いなく昌浩だ。奴はあいつを……千年前に自分を倒した『昌浩』の生まれ変わりだと心底から疑っていない」

 

 さらに、窮奇は昌浩個人に標的を定めている。

 千年前にしてやられた屈辱を、直接その本人にぶつけてやろうと息巻いているのだと、紅蓮が苦々しい表情で語る。

 

 

 それほどまでに似ているということだろう、二人の昌浩が——。

 生きている時代が違えども、その魂の色や形が——。

 

 

「晴明、次に奴が姿を現したのなら……俺たち神将だけで出るぞ」

「……!」

「今のあいつに……窮奇の相手は荷が重い」

 

 そうした窮奇の狙いが分かっているからこそ——紅蓮は、その昌浩を戦闘に参加させないと宣言する。

 はっきりと昌浩の未熟も指摘する。今の昌浩では窮奇を相手にすることは出来ない。今日の戦いでも敵の強大さに気後れし、相手の攻撃に対して反応が鈍くなってしまっていた。

 厳しい言い方ではあったが、それも彼という人間を気遣っているからこそだ。

 

 

「……昌浩が……『昌浩』の宿縁に振り回される必要はない。俺たちだけで……ケリをつける!」

 

 

 そう、同じ昌浩でも互いに違う人間なのだと。

 千年も昔の因縁に今の昌浩を巻き込むわけにはいかないと、紅蓮は改めてその事実を自分自身にも言い聞かせていく。

 

 

 

 

 

「…………」

 

 安倍家の屋敷。既に月が出ている夜空を見上げながら、その庭先で安倍昌浩は一人悩んでいた。

 

 ——俺……何も出来なかったな……。

 

 今日の戦い、自分は常に周囲の状況に振り回されていただけだと。その情けない戦いぶりに彼は自己嫌悪に陥る。

 

 客観的に見れば、そこまで酷いというほどでもない。昌浩は自分の実力を駆使し、中国妖怪たちから身を守っていた。

 神将やゲゲゲの鬼太郎たちの助けがあったとはいえ、あの状況をほぼ無傷で生き抜いたという事実が、彼が並の術者ではないということを証明している。

 

 ただ単純に——相手が悪すぎた。

 

 窮奇という化け物の迫力に萎縮した昌浩は、普段通りの実力を発揮できていなかった。若くして妖怪や亡霊と何度も退治し、自信や経験を積んできただけに今回の失態にはだいぶ堪えていた。

 肝心なところで、自分は何も出来なかったと無力感に項垂れているのだ。

 

 ——……どうやったら、あんな化け物を相手にできるんだろう? どうしたら……。

 

 それでも、昌浩はあの窮奇と対峙するにはどうすればいいかと考えていた。

 逃げるのではなく、立ち向かうにはどうすればいいか。陰陽師としての責任感から、そのような方向で苦悩する少年。

 

「昌浩」

「あっ……六合?」

 

 そんな思い詰めた表情の昌浩に、神将の六合が声を掛けてきた。普段から寡黙であまり余計なことを喋らない彼だが、さすがに今回の件に関してはそれとなく気を回してくる。

 

「大丈夫か? 気分が悪いようなら、もう休んだほうがいい」

「ううん、大丈夫……でも、ないかな……」

 

 六合に心配され、咄嗟に強がりを口にする昌浩。しかし、神将相手に取り繕ったところで意味はないと悟ったのか。

 少年は自分の中の不安や疑問、自身の胸の内を正直に吐露していく。

 

「六合はさ……『昌浩』って人のこと……どれだけ覚えてる?」

「……」

「やっぱり……俺とそんなに似てる……のかな?」

 

 昌浩が口にしたのは『昌浩』という、千年前に窮奇を討伐したという陰陽師のことだ。

 

 妖である窮奇が自分と面差し重ね、恨みをぶつけてきた。

 神将である紅蓮なども、時折自分の中にその人の面影を見ているのか懐かしそうに、どこか寂しそうに見つめてくることがある。

 

 これまであまり考えないようにしてきたが、そうまで似ていると言われればやはり気になってくる。

 紅蓮には聞きずらい。彼は特別『昌浩』という人物に思い入れがあるらしい。ここはどことなく、落ち着いた雰囲気を持つ六合に問い掛ける。

 

「ああ、似ている。瓜二つと言ってもいい……」

 

 昌浩の問いに六合は真剣に答えた。

 彼の目から見ても、昌浩は千年前の『昌浩』とそっくりだ。窮奇が彼を生まれ変わりだと断言し、紅蓮が昌浩の中に『昌浩』を見出してもおかしくはないと。

 

「……そっか……そうなんだ……」

 

 その答えに昌浩の表情がますます曇っていく。別にショックを受けたわけではないが、何となく気まずい気持ちになる。

 

「け、けど……凄いよね。その昌浩って人! あんな、とんでもない化け物を退治しちゃんだからさ! 俺なんかとは比べようもないほど……強くてかっこいい人だったんだろうな……」

 

 そのきまりの悪さから気を紛らわせるためか。昌浩は不自然などほど明るく、自分の先祖のことを褒め称える。

 窮奇と正面から対峙しただけで震える自分とは違い、『昌浩』はあの大妖を調伏せしめたのだ。きっと似ているのは顔つきだけで、自分などより遥かに優れた陰陽師なのだろうと。

 

 そこに羨望を、僅かばかりの嫉妬を込めて呟くが。

 

 

「——それは違うぞ、昌浩」

 

 

 しかしそんな昌浩の考えを、六合はキッパリと否定する。

 

「あいつは……多分、お前が考えているような……かっこいい人間ではなかったと思うぞ」

 

 彼は語る。千年前の平安時代を生き抜いた『昌浩』という人間が、どういった人物だったのか。

 その断片を——

 

 

 

 かの有名な大陰陽師・安倍晴明の孫として生まれた安倍昌浩。晴明の孫と呼ばれ、あの晴明からも唯一の後継と認められたほど。その実力、秘められた潜在能力は確かに目を見張るものがあった。

 だが彼自身は、晴明の孫と呼ばれることを嫌がっていた。それどころか晴明のことを目の敵にしたかのように『くそ爺っ!!』やら『狸爺!!』やらと、人目も憚らず叫んでいた。

 そんな反抗期真っ只中の、どこにでもいる普通の少年だったのだ。

 

 

「へ、へぇ……そ、そうなんだ……なんか、意外……」

 

 この話に昌浩はポカンと口を開ける。昌浩としてはもっと立派で真面目な、それこそ完璧な陰陽師を想像していた。

 窮奇を始め、多くの妖たちをその類稀なる才能で易々と退治してきた。そんな、天才的な陰陽師の姿を思い浮かべていたのだ。

 

「ふっふっ……そんなわけないだろう」

 

 昌浩の想像する『誇張された昌浩像』に六合が肩を震わせて笑っている。彼がこういったリアクションを取るのは珍しい。よっぽどおかしかったということだろう。

 

「あいつだって……お前くらいの歳の頃はまだまだ未熟者だった。傷つき、倒れ……何度も痛い目にあって……」

 

 現在十三歳の昌浩。そして、あの『昌浩』も同じ十三歳のときに窮奇と戦ったとされている。

 だが易々とだなんてとんでもない。『昌浩』にとっても、窮奇は初めて相対した大妖。あまりの敵の強大さを前に恐怖で足を震わせ、体全身を震わせ。

 数えきれないほど倒され、その度に己の未熟さを痛感させられ続けた。

 

「それでもあいつは諦めなかったよ。立派な陰陽師になるという目標もあったからだろうが……」

 

 十三歳の『昌浩』には目標があった。それは——『誰も犠牲にしない、最高の陰陽師になる』という、あまりにも夢想が過ぎる夢だ。

 だがその理想に向かって、少年は脇目も振らずに走り続けた。どんな障害があろうとも、決して屈することなく。

 

「……夢……夢か……」

 

 それは明確な将来像を、具体的な目標や夢を未だに抱けていない昌浩にとって衝撃的な話だった。

 やはり、自分と『昌浩』では器が違い過ぎる。自分ではそのような立派な夢を描くことが出来ないと。ますます己の無知さを思い知らされてしまったようだ。

 

 しかし、それだけではないと。寧ろ、それ以上に『大切なもの』があったと六合は語る。

 

「だがそれ以上に……あいつの胸には、決して譲れない……譲ることの出来ない想いがあった」

 

 少年が、己の夢以上に大切に想っていたもの。それは——

 

 

「——大切な人を……護りたいという想いだ」

「——っ!!!」

 

 

 それはきっと特別なことではない。誰の胸にも宿る気持ちの筈だ。

 

『昌浩』にもいた。己の命を懸けてでも護りたいと願った——大切な人が。

『あの子』のためなら、『あの子』が笑ってくれるのなら、何でもすると。そう想えるだけの相手と——既に『昌浩』は出会っていたのだ。

 

 だから戦えた、だから立ち向かえた。

 どんなに強大な敵が相手であろうとも、『あの子』が幸せになってくれるのならばそれでいいと。

 

 少年は、全てを投げ打つ覚悟で窮奇へと戦いを挑み——そして、勝利をもぎ取ったのである。

 

 

「昌浩、お前にもいる筈だ。そう想えるだけの相手が……」

「!! そ、それは……」

 

 六合に冷静に指摘された昌浩は少年らしく、少し恥ずかしそうに真っ赤にした顔を背ける。

 確かに、昌浩にも護りたいと願う子がいる。昌浩の幼馴染で、いつも側にいるのが当たり前となっている子だ。

 

 彼女は陰陽師ではないが、かなり高い霊的素質を秘めている。そのせいで怪異に付け狙われることが多々あり、そのたびに昌浩は必死になって彼女を護ってきた。

 

 もしもの話だが——彼女の存在を窮奇が知れば、間違いなくその身を付け狙ってくるだろう。

 昌浩への意趣返しのためにも、自身の妖力を高める獲物としても。

 

 

 その考えに行きついた瞬間——昌浩の心に灯る炎があった。

 

 

「——させない。そんなことは……絶対に!!」

 

 

 あれだけ恐怖を感じていた窮奇を相手に、今は無性に腹が立ってくる。

 ヤツがあの子を苦しめる可能性があると思っただけで——絶対に勝たなければならないという気持ちが込み上げてくる。

 あの子のことを想うだけで、不思議と立ち向かえる勇気が湧いてくるのだ。

 

 

「窮奇は……俺が倒す!」

 

 

 なんてこともない。結局のところ、昌浩も『昌浩』も同じだ。

 

 生きた時代、育ってきた環境、趣味嗜好や抱いた理想など。細かいところでの違いはあるのかもしれない。

 今の昌浩と過去の『昌浩』が全く別の人間であることに変わりはないのかもしれない。

 

 だがそれでも、いつの時代でも変わらない想いがそこにはある。

 その想いのためならば、いつだって戦える。

 

 

 それが、それこそが——『安倍昌浩』という少年の在り方だったのだ。

 

 

「……ふっ」

 

 昌浩がいつもの調子を取り戻したことを見届け、六合はその場から静かに去っていく。

 

 

 

×

 

 

 

「そう……と、とにかく!! まなも純子さんも無事ってことよね? よかった……」

「…………」

 

 ゲゲゲの森の集会所。昼間の騒動から森へと帰還していた鬼太郎たち一行。互いに情報共有をしながら、今後の方針について話し合っていた。

 

 まずは鬼太郎から、まなが無事であったという報告を聞かされ、猫娘がほっと胸を撫で下ろす。母親の純子が怪我をして入院することになったというが、命に別状はないとのこと。

 今はその病院にもまながおり、一反木綿とぬりかべが密かに護衛についている。もしも中国妖怪たちがまた襲撃してきたとしても、そう簡単に彼女を害することはできない筈だ。

 

「うむ……ときに砂かけババア、小泣き爺よ。まなちゃんの記憶を戻す手掛かりについては、何か進展はあったかのう?」

 

 次に目玉おやじが、砂かけババアと小泣き爺に調べ物の進捗具合を尋ねた。

 先の戦いに救援として駆けつけてくれた二人だが、元々はゲゲゲの森の図書館で『まなの記憶を戻す方法』がないかを調べていた筈だった。

 

「いや……それに関しては何とも……」

「色んな文献をひっくり返しては見たんじゃがのう……」

 

 しかし、砂かけババアたちからの返答は芳しくない。まなの記憶を取り戻すという当初の目的に関しては、未だ手掛かりすら掴めていないのが現状だった。

 

「そうか……」

「…………」

 

 その答えに対し、目玉おやじが腕を組みながら考え込み、鬼太郎も暗い表情のままずっと黙り込んでいる。だが、鬼太郎の様子がおかしいのは森に帰ってきてからずっとである。

 

 ずっと、一人で何かを抱え込むように悶々と考え込んでいる。

 

「鬼太郎……どうしたの、さっきから? 何かあったのなら……ちゃんと相談しなさいよね!」

 

 これに猫娘が心配し、鬼太郎に積極的に声を掛ける。

 皆に迷惑を掛けたくないと、あまり余計なことを喋らないのが彼の悪い癖。一人で抱え込まないよう、何か心配事があるのなら話してほしいと猫娘が鬼太郎に歩み寄っていく。

 

「…………みんな……ボクから一つ提案があるんだ……」

 

 猫娘から呼び掛けてくれたこともあってか、鬼太郎はその重苦しい口をようやく開く。

 彼にしては珍しく緊張した面持ちで——自分が思い浮かべている『ある考え』について、皆の意見を聞こうとした。

 

 

「——おーい!! 大変!! 大変だぜ、鬼太郎!!」

「……ねずみ男?」

 

 

 ところが鬼太郎がようやく口を開こうとしたそのタイミングで、森中に響く喧しい声でねずみ男がやって来た。

 

「ちょっと、ねずみ男!! アンタ……今までどこほっつき歩いてたのよ!!」

 

 これに猫娘が非難の声を上げる。

 せっかく鬼太郎が意を決して何かを話そうとしてくれていたところだったというのに、それを邪魔するかのようなタイミングでの乱入。

 それでなくとも、いつの間にかいなくなっていたことを含め、彼に怒りをぶつけようとする。

 

「それどころじゃねぇよ!! 大変だぜ、鬼太郎!!」

 

 しかし、ねずみ男も猫娘の怒気に怯みはしない。

 

 彼とて先ほどまで総理代理の元に留まり、彼の動きを牽制したり、今後の話し合いについて予定を調整したりと。色々と忙しい時間を過ごしていたのだ。

 そういった総理との話し合いも先ほど終わったばかりで、ようやくゲゲゲの森へ戻って来たところ。

 だが戻って早々に、彼は大慌てで鬼太郎を探し、ここまで駆けつけて来た。

 

 

 一刻も早く、自分が目にしたその『異常事態』を鬼太郎へと報せるために——

 

 

「——お、お前ん家の池にところに……で、でっけぇ化け物が!!」

「——っ!?」

 

 

 

 

 

 鬼太郎の家、ゲゲゲハウスの周りには小さいながらも池がある。

 特に名前もない、とても綺麗な池だ。鬼太郎などはそこでたまに水浴びもするくらいなのだが——その池に今は『濁り』がある。

 

『…………』

 

 水面の上に浮かび上がった、黒いシルエットという濁り。

 それは虎のような身体に、大鷲のような翼。まさについ先刻まで対峙していた怪物——窮奇そのものであった。

 

「きゅ、窮奇!?」

「こ、こやつ……いつの間に!?」

 

 全く気配を感じさせずに、自分たちの生活圏に忍び込んできた窮奇に驚きを露わにする一同。いったい、どうやってこんなところにまで侵入してきたというのか。

 

「……リモコン下駄!!」

 

 しかし、まずは牽制とばかりに、鬼太郎が窮奇に向かってリモコン下駄を放つ。不意を突いた先制攻撃、どうあってもよけられるタイミングではなかった筈だ。

 

 だがその攻撃は、窮奇のシルエットをすり抜けていくかのように素通りする。まるで手応えなどなく、そのまま何事もなかったかのように、窮奇は怪しげな笑みを浮かべる。

 

『くっくっく……』

「……鬼太郎! 水の下じゃ!!」

 

 そこで目玉おやじが声を張り上げた。

 見れば水面の下、水鏡に窮奇の姿が映り込んでいるではないか。水面を軸に対称的に投影されている怪物の姿。そちらの方が本体かと、鬼太郎はもう一度攻撃を仕掛けていく。

 

「これならどうだ!? 体内電気っ!」

『………ふっ』

 

 しかし、水に向かって放った体内電気もまるで効果が見られない。電撃が水中全体に衝撃を伝えているというのに、窮奇はまるで微動だにしないのだ。

 

「ど、どうなっとるんじゃ!?」

「……っ!!」

 

 これには目玉おやじも、仲間たちも目を剥いて驚いているが。

 

「……妙です、父さん! 窮奇の妖気が……まるで感じられない?」

 

 いち早く違和感に気付いたのは鬼太郎だった。

 彼の妖怪アンテナが反応しない。昼間対面したときは確かに感じ取れていた巨大な妖気が、今は全く探知できないでいる。

 姿が見えるのに、その存在を感じ取れないという矛盾。これはいったいどういうことか。

 

『無駄よ、無駄……我はこの場にはいない。我の力によって生み出された異界から……お前たちに語りかけているのだ』

「異界……だって?」

 

 その疑問に窮奇は口元を歪めながら答える。

 

 

 そう、今現在。窮奇という妖怪は——この世界に存在していない。

 かの大妖は、その恐ろしい力で水面の裏側に——『水鏡の向こう側』に自分だけの異界を作り出しているのだ。

 

 窮奇ほどの大妖怪がこの現代で潜伏を続け、力を蓄えてこれたのもこの能力のおかげ。一度水鏡の向こう側に引っ込んでしまえばそこは別世界。現実世界には存在していないも同義である。

 よっぽど忍び込むのが上手い輩でもなければ、その異界に窮奇の許しなくして足を踏む入れることは出来ない。

 

 そして、窮奇はその水鏡の向こう側から鶚や鵕といった配下の妖たちを送り出したり、逆に人間を水鏡側へと引き摺り込んだりして狩りをする。

 水さえあれば、水面さえあれば——窮奇はどこからでも人々の生活を、その命を脅かすことができるのだ。

 

「…………!」

 

 鬼太郎は、そのような能力を持つ窮奇に危機感を抱く。

 ただでさえ、まなのことを餌として狙っているような相手だ。これ以上野放しにすれば、まなが——彼女以外の人間も大勢、窮奇たちの餌食となってしまう。

 そんなことはさせないと。鬼太郎は仲間たちと共に、窮奇と対決する姿勢をとっていく。

 

『くっくっく……そういきり立つな』

 

 しかし、殺気立つ鬼太郎たちとは正反対に、窮奇には戦う意志が見られない。

 彼は水鏡の向かう側から、鬼太郎たちが手を出せないことをいいことに——自らの要求を一方的に突きつけていく。

 

 

『——我の配下にくだるつもりはないか? ゲゲゲの鬼太郎よ』

 

 

「……なんだって?」

「…………!!」

 

 思っても見なかった言葉に、鬼太郎も仲間たちも相手が何を言っているのか理解できず呆気に取られる。しかし呆然とする鬼太郎たちにも構わず、窮奇はさらに語りかけを続けていく。

 

『我はお前の力を高く評価しているのだ。バックベアードを滅ぼし、あの九尾すらも打ち倒した貴様の力をな……』

 

 鬼太郎が西洋妖怪の帝王・バックベアードを倒した事実。それは多くの妖怪たちから話題とされ、鬼太郎という妖怪の強さそのものを評価する一つの指針となっていた。

 

 しかし窮奇にとって、中国妖怪にとってはバックベアード以上に玉藻の前——『九尾』を倒したという事実の方が優先される。

 

 それは九尾という妖自体が元々は大陸、『中国』からやって来たものだからだ。中国においては玉藻の前は『妲己』として、殷王朝の紂王を唆して暴虐の限りを尽くさせ、人間社会を大混乱に陥れたとされている。

 同じ中国妖怪である窮奇にとっては、鬼太郎がその九尾を『倒した』という事実こそが何より侮り難いものであった。

 

 

『我の配下にくだれ。我と共に人間どもを……あの憎き怨敵を!! 方士を滅ぼすのだ!!』

 

 故に、窮奇は鬼太郎に配下にくだれと迫る。

 鬼太郎が手下に加われば確実にあの方士を——安倍昌浩を殺すことができると、怒りに震えるように唸り声を上げる。

 

「……断る」

 

 しかし当然ながら、鬼太郎がそのような提案を受け入れるわけがない。

 

「お前のようなやつに……ボクは従わない!」

 

 元より『誰の味方でもない』と公言する鬼太郎だが、特に支配者階級。バックベアードや窮奇のように、上から物を言ってくるような傲慢な輩。

 連中のように凝り固まった思想を持つ、独裁者の存在が鬼太郎は大っ嫌いだ。取り付く島もなく、窮奇の要求などキッパリと突っぱねる。

 

『ふっ……焦って答えを急ぐ必要はない。今一度……考える時間をやろう』

 

 だが窮奇も一度断られた程度ではまるで動じない。彼は鬼太郎の気が変わるやもしれないと言葉巧みに甘言を弄していく。

 

『我が配下にくだるのであれば、貴様には相応の地位をくれてやる。お前の願いも……叶えてやろうぞ?』

「生憎だが……お前に叶えてもらいたい願いなんて、ボクには——」

 

 もっとも、その甘言も自分には意味がないと。鬼太郎が窮奇に叶えてもらわなければならない願いなどあるわけもないのだからと、動じずに向き合っていく。

 

『くっくっ……それはどうかな?』

 

 だが、窮奇はどこか自身ありげな笑みを最後まで崩さない。

 最後までほくそ笑みながら——彼は告げる。

 

 

『待っておるぞ……明日の夜! 洗足池(せんぞくいけ)! その水鏡の内で我は貴様の『答え』を待っている』

 

 

 時間と場所の指定。

 明らかに罠と分かるような誘いに嘲笑を浮かべながら——窮奇はその姿を水鏡から消し去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『——そうだ……我は待っているぞ』

 

 

『——方士に……神将……そして、ゲゲゲの鬼太郎』

 

 

『——我は、お前たちを待っているのだ……ふふふ、ふははははははっ!!』

 

 

 

 




人物紹介

 蛮蛮
  窮奇配下の一匹。スッポンの首に、ねずみの胴体。
  体の大きさや鳴き声は犬というそれなりに個性のある見た目。
  名前付きということもあり、それなりに強敵らしいですが……あくまでそれなりですので。
  中国妖怪にしては名前が書きやすい。ただし『蛮々』ではなく『蛮蛮』ですので、そこだけは注意。

 藤原彰子
  尺の都合上、名前の解説などもありませんでしたが原作のヒロイン。
  平安版でも、現代版でも変わらない『昌浩が必死になって戦う理由』。
  平安版では何か……とっても辛くてややこしいことになっとるらしいですが。
  とりあえず、昌浩は彼女のために戦っているということを物語としても強調したかった。


 次回で完結します。
 どうか最後までお付き合いください。

 ちなみに次の次回予告のジャンルは……一応『魔法少女』枠からのクロスを考えていますのでそれもお楽しみに。

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