今回のクロスオーバーは……『戦姫絶唱シンフォギア』。
正式名称は『戦姫絶唱シンフォギアXD UNLIMITED』です。シンフォギアシリーズのアプリゲームがクロス先になっています。
このハーメルンを利用される読者の方の間であれば、おそらく鬼太郎よりは知名度が高いかと思われます。
シンフォギアの第一作が放送されたのが、2012年。そこから第五作まで放送され、気が付けば10年と。かなりのロングタイトルとなりましたね。
シンフォギアは少女たちが歌って変身、歌いながら戦うという王道(?)な魔法少女ものです!!
しかしただの魔法少女では終わらないのがこの作品の肝。詳しくはここで説明するより、原作を見てもらった方が早いです!
ちなみに今回の話、基本的にシンフォギア装者たちの視点で物語が進んでいきます。
ぶっちゃけ、シンフォギアの専門用語とかバンバン出てきます!
一応、作者なりにかみ砕いた説明を入れてはいますが……シンフォギア初心者の人がこれを理解するのはまず困難かと。
分からなければ……とりあえず、ノリと勢いで読み進めていってください。
つまりは……『ついてこれる奴だけついてこいッ!!』ということです。
「——きゃああああ!!」
「——の、ノイズだ!? みんな逃げろ!!」
人々の悲鳴が木霊する。
平和だった街中に何の前触れもなく出現するのは、人間にとって脅威以外の何者でもない存在。
『ノイズ』。
ノイズとは特異災害に認定されている、人類共通の天敵である。その存在は有史以来から確認されていたが、正式にノイズという呼称が付いたのはここ数十年でのこと。
それまでその存在は正体不明な異形の類として、伝承や都市伝説などで語られるひどく曖昧な脅威だった。実際、ノイズと遭遇する確率はかなり低く、『東京都民が一生涯に通り魔に巻き込まれる確率を下回る』とも試算され、ノイズの遭遇件数も被害報告も数える程度でしかなかった。
だがここ数年、異常なまでのノイズの出現例が各地にて報告され、多くの人々が犠牲となっている。
原因は色々と挙げられるが、この近年で最も多いとされる要因は——
「——行け、アルカノイズども!! この街の人間どもを残らず分解してやれ!!」
ノイズに向けて命令を飛ばす、ローブを纏った怪しげな男。
彼のような錬金術師がアルカノイズを製造し、それを犯罪に多用するようになったからである。
現代科学とは別次元に進化したとされる異端技術『錬金術』。それを使用する術者が『錬金術師』であり、欧州を中心とした裏社会で彼らは常に暗躍してきた。
しかし近年、錬金術師たちを統率していたとされる秘密結社『パヴァリア光明結社』なるものが瓦解。組織の総帥を失ったことで多くの末端構成員が野に降り、それぞれが個々に悪事を働くようになった。
その錬金術師たちが兵力として多用しているのが『アルカノイズ』という、錬金術の技術で独自の改良が施されたノイズである。
通常のノイズと僅かな違いこそあるものの、それが人間にとっての脅威であることに変わりはない。
「ひぃっ!? た、たすけ、あッ——」
たった今、アルカノイズに触れられた男性の体が——赤い塵となって崩れ落ちた。ノイズやアルカノイズには、触れた人間を炭素や赤い塵へと分解してしまう機能が備わっている。
さらにノイズたちには『
そのため『一部の例外』を除き、ノイズに抵抗する術は皆無と言っていい。
それを知っているために人々は逃げ惑い、錬金術師たちはアルカノイズを兵器として運用するのだ。
「ふ、ふははははッ!! 逃げろ、逃げろ!! 我々の崇高な研究の邪魔をした罰だ!!」
高笑いを上げているこの錬金術師も、かつては結社に所属していた身。
だが、組織が瓦解してしまったことによって自身の研究が続けられなくなり、各国機関からの追手。残党狩りから逃げ惑う惨めな日々を送る羽目になった。
この街にアルカノイズを放っているのも、単なる腹いせだ。
己の破滅と引き換えにせめて一人でも多くを道連れにしようという、自暴自棄による暴走。
その身勝手な願望により多くの人間たちが犠牲となり、残された遺族が悲しみの涙に暮れることとなる——筈であった。
「——!! こ、この歌は!?」
だが、聞こえてくる。
逃げ惑う人々の悲鳴の合間を縫うように響き渡る、清廉なる歌声が——。
瞬間、人々に殺到しようとしていたアルカノイズの群れが『爆散』する。
あらゆる物理法則を無効化する筈のノイズたちが、まるで殴り飛ばされたかのように吹き飛んでいったのだ。
「ッ!! ば、馬鹿な!! 何故、何故……貴様らが!?」
錬金術師は狼狽しながらも、その歌声の主——歌い手たちに対し、憎悪のこもった視線を向けていく。
聞こえてきた歌声、アルカノイズがいとも容易く葬り去られたという事実。
それが誰の仕業なのかなど、考えるまでもなく理解できることである。
このような芸当が出来るのは、この世界でただ一つ——
「——そこまでだ! パヴァリア光明結社の残党!!」
「——観念してお縄に付きやがれ!!」
「——大人しくすることね……怪我をしたくなければ!!」
「——……これ以上の抵抗は駄目!」
「——デスデスデース!!」
そのただ一つの手段を持ち合わせた——『少女たち』が口々に叫ぶ。
いつだって、理不尽を行使ししようとするものたちの魔の手から人々を守るため。力なき人々の砦となり、剣となろんと——。
「——これが私と響のッ!!」
「——私たちの……シンフォギアだ!!」
『シンフォギアシステム』。
特異災害であるノイズに唯一対抗できる装備。それを纏うことのできる『装者』としての誇りを胸に彼女たちは拳を握り込む。
『——はぁあああ!!』
「お、おのれぇええええええ!!」
装者たちの熱き拳が、思いの丈を込めた歌が、人々に仇を成す筈だった全てを打ち砕き、錬金術師の愚かな破滅願望は不発と消し去る。
そう、これぞまさしく彼女たちのシンフォギア。
少女たち、それぞれの胸に抱いた想いが具現化した、アームドギアの力なのである。
さて、これだけでは何を言っているか全然わからないだろう。
故にもう少しだけ補足説明をさせていただく。
ときは2045年。
まずは彼女たちの所属。彼女たちは国連直轄下の組織『
S.O.N.G. とは『Squad of Nexus Guardians』の略称であり、その主な活動内容はあらゆる災害から人々の命や尊厳を守ることにあった。この災害という枠組みの中には当然、ノイズへの対処も含まれている。
この地球上、ときには宇宙空間でさえも。国連の承認が必要という『枷』こそあるものの、それら全てが彼女たちの活動範囲、守護すべき対象となっていた。
そして世界のどこへでも駆けつけられるよう、S.O.N.G.の本部は海の中——巨大な潜水艦の内部に存在している。
それも最新鋭の技術で建造された次世代型だ。ノイズの発生を素早く検知するシステムや、シンフォギアシステムのバックアップ設備。潜水艦にとって命綱であるステルス性も、従来のそれとは比較にならない。
また、海中という閉鎖空間。長期任務などで一ヶ月以上は缶詰になるかもしれない職員たちのため、艦内はストレスが極力溜まらないような設計にもなっている。
医療施設や生活居住区は勿論、娯楽施設なども充実している。任務外でのクールタイムなど、各々が思い思いの時間を過ごすことが出来るのだ。
「ふぃ~……今日も疲れましたよ~」
「お疲れ様。あったかいものどうぞ」
「あっ! あったかいものどうも!」
ここはレクリエーションルーム。
職員たちの憩いの場の一つであり、そこで装者の一人である
響は今回の作戦で相当な無茶を己に強いたのだろう。本部に戻った途端、力尽きたかのようにフニャッと表情筋を緩め、だらしない姿を皆の前に惜しげもなく曝け出している。
激しい戦闘でかなりお疲れ気味だ。そんな響に対し、共に戦う仲間たちがそれぞれ声を掛けていく。
「立花、作戦直後だからといって気を緩めすぎではないか?
ロングヘアを髪飾りで纏めた、スラッとした少女。どこか侍のような佇まいは——
装者として戦いに身を投じてきた戦歴は他の追随を許さず。常に人々を守る
「まったく! 相も変わらず……向こう見ずに無鉄砲な突撃バカだな、お前は!!」
響を気軽にバカ呼ばわりする、小柄ながらもなかなかのものをお持ち。ダブルウルフカットの髪型は——
少々口が悪く、行動も男勝り。だが心根は優しく、辛辣な言動も響のことを純粋に心配しているからであろう。
「まあ、貴方らしいといえばらしいけどね……けど、油断は禁物よ!」
響の性格自体は好ましく思いながらも。それだけでは罷り通らないことがあるのだと、豪気に叫ぶのは——マリア・カデンツァヴナ・イヴ。
装者の中でも最年長、
「響さん……一人で突っ込みすぎ……」
「そのとおりなのデス! 少しはわたしと調を見習うデス!!」
物静かながらも、響のダメなところをしっかり指摘するのは——
調の意見に元気いっぱいに乗っかっていくのが——
いつも一緒の二人。こうしている今も自然と手と手が重なり合い、互いの肌の温もりを確かめ合っている。
そして最後に——
「みんなの言うとおりだよ! 響ってば……いつだって隙あらば一人で頑張っちゃんだから!」
「うぇ~ん、みくぅ~……」
立花響の幼馴染にして親友。彼女からのきついお説教には、さすがの響も情けない声を漏らす。
本来であれば、未来はS.O.N.G.の正式メンバーではなかった。だがいくつかの事情が複数個重なり合うことで、彼女も響たちと同じ装者へと。
正式に皆と同じような立場となり、響の隣で日々濃厚な時間を過ごしている。
以上、計七名。現状『この世界』で存在が確認されているシンフォギア装者たちだ。彼女たちだけが、ノイズという名の特異災害に真っ向から立ち向かえる——人類の希望。
もっとも、その『希望』という名の象徴も周囲からの押し付け感があるのが否めない。国家という枠組みが彼女たちを囲い込み、その力をコントロールしようと大人たちが躍起になって権謀術数をめぐらす。
しかし、そんな後ろ暗い事情に晒されながらも、少女たちの精神状態はいたって良好だった。
任務のないときは学校に通ったり、歌手として世界中を飛び回ったり。夏休みや、ハロウィンや、クリスマスや、正月を満喫したりなど。
とても特殊機関の一員とは思えない。ごくごくありきたりな、年頃の女の子としての青春に瞳を輝かせている。
『——ブォーン!! ブォーン!!』
しかし、それでも彼女たちが戦う意志を持った者。シンフォギア装者であることに変わりはない。
「——ッ!!」
「この警報は!?」
一度騒動が起きれば、それまでののほほんぶりが嘘のようにキリッとした表情で立ち上がる。
異常事態を告げる艦内の緊急警報。
新たな危機を前に、向かうべき場所へと素早く駆け出していた。
×
「——司令!!」
「——師匠!!」
「——オッサン!!」
S.O.N.G.中核、作戦司令部。
警報を聞き付けた装者たち一同がその領域内へと足を踏み入れる。司令部に顔を出すや、それぞれが別々の呼び方で同じ人物を名指ししていく。
「ふむ……皆揃っているようだな」
少女たちの呼び掛けに振り返ったのは、ネクタイを赤いシャツの胸ポケットにしまう屈強な男性——風鳴
彼こそがS.O.N.G.の司令官、響たちにとって直接の上司にあたる存在だ。
装者たちが戦場に赴く傍ら、ときには司令官として、ときには責任者として彼女たちの行動を支援してくれる。
大人としても、保護者としても。常に彼女たちの生命や意思を尊重し、その道筋を見守ってくれている人物だ。
「司令、先ほどの警報ですが……」
ズラッと並び立つ装者たちの中から風鳴翼が口火を切る。『風鳴』という苗字からも察せられるよう、二人は同じ血族にあたる。翼もプライベートでは弦十郎のことを「叔父様」と呼んだりもするが、任務中のときはあくまでも司令だ。
上司、部下という枠組みから逸脱することはなく、速やかに先ほどの警報について詳細を尋ねていく。
「——ああ、ギャラルホルンが反応を示した。またしても、新しい世界への扉が開かれたということだ」
翼の問いに弦十郎は速やかに解答する。
警報の原因にあるのは——ギャラルホルン。
完全聖遺物が知らせてきた、世界の危機であると。
聖遺物。
世界各地の神話や伝承に登場する、超常の武具のことである。現代の科学では製造不可能とされている異端技術の結晶。古代遺跡などで発見されることが多く、それらの管理や運用もS.O.N.G.の職務の一つとされている。
装者たちがノイズとの戦いに必要としているシンフォギアシステム。それもまた、この聖遺物の存在が根幹として組み込まれているからだ。
例を挙げるのであれば、風鳴翼のシンフォギア——『
日本神話において、荒ぶる神様・
彼女のアームドギアと化した刀が刃として、ときには夢に向かって羽ばたく翼として。彼女の意志一つで自在にその姿を変えていく。
しかし、その天羽々斬も一部しか発見されておらず、その欠片をシンフォギアシステムに組み込むことで聖遺物としての力を引き出しているに過ぎない。
造られた当時のままの状態で発見される、『完全聖遺物』が起こす超常の力は欠片とはもはや別次元。
事実、ギャラルホルンには——『並行世界の危機を感じ取り、そのために互いの世界を繋げてしまう』という、まさに次元を越える力を秘めているのだから。
並行世界——『パラレルワールド』。
ここではない別の宇宙。極めて近く、限りなく遠い世界。その存在を現代の科学者たちは、否定も肯定も出来ないものとして結論を出せないでいた。
そんな中、北欧神話の最終戦争を告げる角笛の名を冠するこのギャラルホルンは、悩みに悩む科学者たちの議論の上をすっ飛ばし——並行世界が存在することを証明してしまっているのだった。
「——師匠!! 私はいつでも準備バッチリです!!」
立花響が弦十郎を師匠と呼ぶ。これは響が彼から武術の手解きを受けているからである。
彼女はいつでも準備は出来ていると。ギャラルホルンの導きのまま、すぐにでも並行世界への出発を進言する。
ギャラルホルンがアラート音を鳴らしているということ。それはその世界が重大な危機に瀕しているということを示す。
そして、その危機はその世界の住人では解決不可能、シンフォギア装者たちがいなければ『詰んでしまう』ということを示唆している。
きっと装者たちが行かなければ、多くの人々が困ったことになってしまう。世界は違えども、一刻も早い事件解決が強く望まれる。
「焦るな、響くん。焦りは何事も良い結果を生まんぞ」
だが、風鳴弦十郎は前のめりになる響に落ち着くよう言い聞かせる。
「まずは状況の整理をさせてくれ。お前たちも……先ほどの戦いでだいぶ疲れが溜まっているだろうからな」
S.O.N.G.は先刻、結社の残党を相手に戦いを終えたばかり。組織として、まずはその後処理を終わらせなければならない。
それに装者たちの疲れも完全には抜けきっていないと、弦十郎はその眼力で彼女たちの疲労を見抜いていた。
「二時間後……ギャラルホルンのゲート前に集合してくれ。こちらも、それまでに並行世界への調査メンバーを選抜しておく」
とりあえず二時間の猶予。その時間を休息に充てるよう、弦十郎は少女たちに指示を下すのであった。
「…………」
司令に言われたとおり、皆がそれぞれの部屋で体を休める中。一人、立花響だけがレクリエーションルームで難しい表情をしていた。
「響……何か悩み事?」
親友の異変に当然ながら気付いていた小日向未来。曇り顔の響に笑顔を向けながら、ごくごく自然な動作で彼女のすぐ隣に寄り添っていく。
「未来……へへ、未来に隠し事はできないな~」
自分の心情がバレバレなことにちょっぴり照れ笑い。しかしすぐにでも真顔に戻り、響は自分が今も抱えている悩みを口にしていく。
「……さっきの戦い。私たちが駆け付けるまでの間にも……被害が出たって……」
「…………」
先刻の、錬金術師の繰り出したアルカノイズとの戦い。
今の装者たちにとって通常のノイズ戦などもはや問題にはならない。ましてや、先の戦闘では装者たち全員が一斉に出揃った。こう言っては何だが、錬金術師一人が抱え込めるアルカノイズの総数からして考えれば、過剰戦力もいいところである。
けれども、彼女たちが駆け付けるまでの間。少なからずもノイズの手によって塵と化してしまった、何の罪もない一般人がいる。
それは襲われた街の規模などを考えれば決して多くない。だが『犠牲』を数字上のデータとして捉えることを、響は良しとは割り切れない。
「いつだって、私たちは何かが起きた後を……間に合わなかったことを悔いるしかないんだって……」
響は間に合わなかった『命』を後悔している。
誰に対しても手を差し伸べたいと望む彼女だからこそ、その手が届かないことを誰よりも悔しがる。
どうしようもないことだと頭で理解しながらも、心のどこかでそれに納得しきれていないのだ。
「響……無理に一人で抱え込んじゃダメだよ?」
けどそういった親友の悩みに、未来は堂々と応えていく。
「響が誰よりも一生懸命なのは私がよく分かってる。響が誰よりも優しいってことも……」
そう、小日向未来は知っている。親友である立花響のその手が、優しさに満ち溢れていることを。
決してうわべや見せかけなどではない。彼女は本当に、それこそ自分自身が『不幸のどん底』であろうとも、苦しむ誰かのために手を伸ばせる人だと。
その背中を見つめながら共に過ごした——『中学時代』。
あの頃から未来は響の隣を歩きたいと思い、少し前まではその背中を見送るだけだった。
けど、今は違う。
「けどね、響。今は私だって装者なんだよ?」
今の小日向未来は『
「そりゃ……ずっと戦ってきた響や翼さん、クリスちゃんとかに比べれば全然力不足かもしれないけど……」
もっとも未来が正式な装者に認められたのはつい最近のこと。他の装者たちに比べると、やはり力量不足な面が否めない。
「でも私だけじゃない。マリアさんだって、調ちゃんや、切歌ちゃんもいるんだから!!」
だけど、未来だけではない。さらに多くの仲間たちが響の助けになってくれる。みんなあれやこれやと響に口うるさく言ったりもするが、それも彼女のことを放っておけないからだ。
自分たちを今の『居場所』へと繋ぎ止めてくれた、立花響という少女のことを。
響一人が苦しむことなど、きっと彼女たちも望んではいない。
「みんなで頑張れば、きっともっとたくさんの……それこそ、一人じゃ抱え込めないほどの人を助けられる筈だから!」
未来は響の手を優しく包み込む。
「だから、もっとみんなを頼りなよ! いつだって、私たちは……私は響の味方なんだから……ねっ?」
「ッ!! ありがとう、未来!!」
未来に諭されることで、響の表情から憂いが消え去っていく。
単純かもしれないが、やはり誰よりも長く連れ添ってきた小日向未来の励ましこそ、立花響にとって何よりの癒しだ。
「やっぱり未来は大親友! ズッ友だよ、ズッ友!!」
「こらこら……調子いいんだから、もう……ふふふ」
テンションが上がったことで、響は未来への愛情表現から彼女へと抱きついていく。
それにやれやれと息を吐きながらも、未来は優しく受け止める。
抱いた不安は、少女たちが互いに寄り添い合うことで解決して見せた。
次の任務のために、二人はそのまま一緒に休息を取り合うこととなり。
そうして——瞬きの間に、穏やかな時間は過ぎ去っていく。
「——よし! 全員、遅刻もなく集まってくれたな!!」
再び集った装者たちの前に風鳴弦十郎が仁王立つ。
あれから二時間後。装者全員がギャラルホルンの保管されている一室——そのゲートの前に立っていた。
機械仕掛けの法螺貝のような物体、その眼前に大きな穴が展開されている。
これこそが、ギャラルホルンが並行世界の入り口として開くゲートだ。このゲートを通ることで——シンフォギア装者たちは他世界への時空移動を可能としていた。
『——はい!!』
装者たちが一斉に返事をする。
休養を終え、十分に英気を養った今、もはや彼女たちを止められるものはない勢いである。
「すみません、メンバー選抜の前にボクから今回のゲートに関して説明をさせてもらいたいことが……」
しかし、意気込む装者たちに待ったを掛ける。弦十郎の横に立っているのは、白衣を纏った金髪の小さな女の子——エルフナインだ。
幼い見た目ながらもS.O.N.G.の技術担当。錬金術の分野に精通しており、彼女の異端技術に対する見識の深さはもはやなくてはならないもの。
装者たちがシンフォギアを纏うために必要となってくる、聖遺物の欠片が組み込まれたペンダント。そのメンテナンスなども一手に引き受けてくれている才女だ。
「今回のギャラルホルンの反応……やはり新しい未知のものです。どこのどんな世界に通じているかは……行ってみるまでは分からないようなんです」
これまでに何度かギャラルホルンがゲートを開き、いくつかの世界の危機を知らせて来た。ゲートは騒動が治まった後も開かれており、それにより交流を持つようになった並行世界も多い。
しかし、今回の反応は今までにはないパターン。つまりは『新しい』並行世界の危機だとのこと。
実際にどのような脅威が装者たちを待ち受けているのか。どんな世界が待っているのか。
それは、装者たちがその目で確かめなければならない。安全が確保できない場所に彼女たちを向かわせることに、エルフナインはどうにもモヤモヤを抱いている様子。
「へッ!! そんなの心配するな!! アタシらにとってはいつものことさ!!」
「ああ!! どのような世界が待っていようと……防人としての務めを果たすのみだ!」
もっとも、装者たちにとって想定外の事態など想定内だ。
たとえ、どんな困難や障害があろうと——やることはいつもと変わらない。
人々を守る。
装者たちのその想いは人種や国、世界という垣根すら越えて実行に移されることなのだから。
「では……今回の並行世界の調査、その選抜メンバーを発表する!!」
ここでようやく、風鳴弦十郎の口から明かされることとなった。
新たな並行世界へ。未知の世界へと挑む装者が誰なのかということが——
×
「——着いた!! てッ……真っ暗!?」
「——くそっ!? さっそく敵襲かよ!!」
ゲートを潜った先、新たな並行世界。そこは真っ暗な闇に包まれていた。
突然の暗闇を前に、今回の調査隊として派遣された装者——立花響と雪音クリスが面食らう。
その闇がいきなりの敵襲によるものかと、クリスなどは既に展開していたアームドギアをさらにフル稼働させるような予備動作に入る。
「——落ち着け二人とも……これは……どこかの建物の内部のようだが……?」
だが困惑する二人を、もう一人の調査メンバーである風鳴翼が差し止める。
よくよく周囲を観察すれば分かることだが、彼女たちが今いる場所。それはどこかの建物の内部。真っ暗なのは外からの光が入ってこないためだ。
暗闇に順応することで徐々に見えてくる筈だと、数秒ほど耐え忍ぶ。
「……寺? いや……この構造は神社か……」
目が慣れたことで見えてきた建物の内装は、どこぞの神社を思わせる造りをしていた。しかし管理するものも、お参りに訪れるものもいなくなって久しいのだろう。ところどころが老朽化、埃は積もり放題、あちこちに蜘蛛の巣まで張っている。
何の神様を奉じているか知らないが、これが人の手が入らなくなった社の成れの果てである。
「なんか……お化けとか出てきそうな雰囲気だね……」
「ば、バカヤロウッ!! お、お、お、お化けなんかいるわきゃなぇーだろ!!」
その場所のシュチュエーションも相まってか、響は何となくお化けが出てきそうな雰囲気だと呟きを漏らす。
一方のクリス、彼女は響の『お化け』発言に挙動不審に陥ってしまう。
「そういえばクリスちゃん、お化けとか苦手な人だっけ? 怖がらなくても大丈夫だよ! ほらほら!!」
「バカ、引っ付くな!! 暑苦しいッて!!」
響はクリスの怖がりように、不用意な発言で彼女を怯えさせてしまったと反省。クリスに寄り添い、抱きつくことでせめて恐怖心を和らげてあげようとする。
それを暑苦しいと、クリスは頬をほんの少し赤く染めながらも響を押しのける。
「二人とも、じゃれ合うのは後だ。まずはここを出て、この世界の様相をこの目にしかと焼き付けねば……」
任務中ということもあり、翼は引っ付き合う響とクリスを軽く嗜める。
とりあえずここから出ようと、二人を先導しながら建物の外へと歩きだしていく。
外に出て分かったことだが、廃棄された神社はどこかの郊外。人口が密集している都市部から、少し離れた森の中にあったようだ。
「好都合だな。これならば、ゲートを人の目から遠ざける必要もあるまい」
翼は妙な場所にゲートが開かれたと思いながらも、それが結果として良かったとまずは安堵する。
通常、ギャラルホルンのゲートを通れるのは装者だけ。だがそれ以外の人間にも、ゲートの存在自体は認識することができる。
毎度毎度、開かれる度にそのゲートに関して現地の人々にどう説明するか。色々と頭を悩ませる問題だが、これならばわざわざ対処方法を考える必要はない。
人が訪れることがなくなって久しい廃社であれば人目に触れることもあるまいと、さっそく調査の方へと注力していく。
「とりあえずは街に下っての情報収集だ。行くぞ、二人とも!」
このメンバーの中では一番の年長者である翼が、他二名に声を掛けながら天羽々斬のギアを解除していく。
纏っているシンフォギアさえ解除してしまえば、凛々しい剣士とてどこにでもいる普通の女の子に早変わりできる。
「はい、行きましょう!!」
「よし……じゃあ、行くとするか!!」
響とクリスもギアを解除し、それぞれの私服へと。これならば怪しまれることもなく、街中を歩き回ることが出来る。
今の彼女たちを目撃し、一目で『別の世界からやって来た』などと勘付く人間はまさかいないだろう。
こうして三人の少女たちが、この世界に起きている異変を調査すべく歩き出していた。
「これは……」
「ひどい……こんなのッ……!?」
だがその一歩を踏み出して早々、翼と響の顔色に陰りが生じる。
装者たちが降り立った土地、それは彼女たちにとっても馴染み深い『日本』であった。
しかも『東京都』だ。一般道への案内標識が、ご丁寧にも彼女たちのいる場所を明確に教えてくれている。さらに遠目にぼんやりとだが、東京を象徴する例の電波塔が見えた。
装者たちの世界で電波塔といえば『東京スカイタワー』だが、あれはこの世界で何と呼ぶのだろうか。
いずれにせよ、ここが日本であることに間違いはなさそうだ。
日本といえば人類同士の争い、武力の行使を憲法で放棄している国家だ。少なくとも名目上、この国で戦争など起きよう筈がない。
だが、その日本の街並が——まるで戦争でもあったかのように、ものの見事に破壊されていた。
瓦礫と化しているビルの残骸や、黒く乾いた血溜まりなど。いたるところに惨状の爪痕が残っている。
地震などの災害といった可能性もあるが、それにしても甚大な被害であることに変わりはない。
「……ッ!」
その光景を前に、特に雪音クリスが苦しそうに胸を押さえている。
彼女は幼少期の多感な時期を、政情不安定な内戦地で過ごした。その内戦に巻き込まれて、誰よりも大好きだった両親を失っている。
目の前に広がっている惨状は、クリスに幼い頃のトラウマを思い起こさせるのに十分過ぎるものだ。
「クリスちゃん……」
「雪音、大丈夫か?」
響と翼がそんなクリスの心情を察し、気遣いを見せようとする。
「……大丈夫だ。それよりも……あっちに人が集まってるみたいだ……行ってみよう」
しかし、その心配を無用なものだとクリスは突っぱねる。
それは強がりな彼女の性分ではあるものの、確かに大丈夫だと心から言えることでもある。今の彼女は辛い過去も乗り越えていける、強い想いを『歌』と共にその胸に秘めている。
その想いから、この惨状に対する個人的感傷よりも、被害をこれ以上出してはならないという前向きな姿勢が勝るのだ。
いったいこれが何による被害なのかを把握するためにも、特に人が密集している場所へと迷わず足を進めていく。
「ここは……避難所のようだが?」
翼が口にしたように、そこはどこかの避難所。おそらくは体育館か何かを避難場所として解放しているスペースなのだろう。
そこは行き場を失くした人、行方が分かっていない家族を捜しに来た人々でごった返しになっていた。
「——す、すみません! 主人は……夫はまだ見つかっていないんでしょうか!?」
「——配給です!! 落ち着いて、順番に並んでください!!」
「——ママは? ねぇ……ママはどこに行ったの?」
人々の悲痛な叫びが、否が応でも装者たちの心を揺さぶっていく。
「いったい何事かと……聞けるような状況ではないぞ、これは……」
翼はその光景を前に僅かに尻込みする。
本来であれば、任務のためすぐにでも情報収集に励むべきなのだろう。
だが避難所にいるものたちの心情を鑑みれば、事情を聞き回るなどという無粋な行為がそうそうできるわけもない。
何の被害も受けていない自分たちがこの場にただ傍観者として居座るだけでも、被災者たちへの冒涜に成りかねない。
一瞬とはいえ、二の足を踏んでしまう少女たち。
「——あッ!?」
もっとも彼女——立花響に迷いはなかった。
彼女は避難所の一角。何やら苦しそうに蹲っている老婆を発見するや、目にも止まらぬ速さでその人の元へと駆け寄っていく。
「大丈夫ですか!? しっかり、おばあちゃん!!」
「あっ……ああ、ありがとうね、お嬢ちゃん……」
そのまま老婆を避難所のテントへ、日向に座らせることでおばあさんの顔色も良くなっていく。
「ママ……ねぇ、ママは!?」
「ボク、お母さんとはぐれちゃったのかな? お姉ちゃんと一緒にお母さんを捜そう!!」
立て続けに、今度は母親と逸れて泣きじゃくる小学生の男の子へと声を掛ける。その子の手を取りながら一緒に避難所内を歩き回り、無事男の子を親元へと送り届ける。
「手伝います!! これを運べばいいんですよね!?」
「あ、ああ……よろしく頼む」
さらにはボランティア活動に従事していたスタッフへと声を掛け、そのまま彼らの仕事を手伝う。
支援物資の運び込みから、炊き出し、建物の清掃など。何から何までを率先して手助け——『人助け』を行っていく。
「全くあのバカは……考えなしに動きやがる……」
「だが……それでこそ立花だ!」
いきなりの流れでボランティア活動を始めてしまった立花響。きっと彼女の頭の中に『被災者たちの覚えを良くし、情報収集を効率よく』などといった、駆け引きの類は一切ないだろう。
ただ助けたいと思ったから手を伸ばす、単純明快な思考だ。
その単純さに、クリスも翼も困ったように肩をすくめた。しかし、すぐにでも響を見習うよう、一緒に復興作業の手伝いをしていく。
そうだ、任務も大事かもしれないが、この惨状を前にただ黙っているだけなど彼女たちには出来ない。
目の前で苦しんでいる人を放置して、どうしてこの世界の危機を救えるものかと。
ギャラルホルンが告げているであろう異常事態を探る前に、まずは被災地者たちの心に寄り添っていく。
×
そうして、復興の手伝いに励むこと一時間ほど。
響たちの献身的な行動に被災者たちの心がほぐれていったのか、自然と彼らの方から声を掛けてくれるようになった。
「……お嬢ちゃんたち、ボランティアの子かい?」
親しげな第一声を放ったのは、響が一番最初に手助けした老婆だった。彼女は響のことをまるで孫でもみるような目で見つめてくる。
「済まないね、わざわざこんなところにまで来てもらって……お嬢ちゃんたちだって大変だろうに……」
「いえ、全然大丈夫ですから!! へいき、へっちゃらッです!!」
老婆は彼女たちの苦労を労うが、それに対して響が元気いっぱいに返す。
へいき、へっちゃらッ——立花響の口癖だ。
彼女が実の父親から受け取った言葉。どんなに辛いときでもこの言葉がある限り、響はどんな苦境にも挫けはしない。
「けど……あんまり無茶しちゃダメだからね」
だが、響のへっちゃらッという言葉にも、老婆は心配事を隠せずにいる。自分たちを援助してくれるのもありがたいが、それでも無理は禁物だと。
「何かあったらすぐに逃げるんだよ? またいつ……妖怪が襲ってくるか分かったもんじゃないからね……」
「はい!! …………へッ?」
ありがたい忠告をくれ、それに響もとても良い返事をするのだが——すぐに何かおかしいことに気づく。
今この老婆が何と言ったか。瞬時にその単語の意味を理解することが出来なかった。
「……ん?」
「……えッ?」
翼やクリスもポカンとなるが、呆ける彼女たちそっちのけで、被災者たちが『それら』についての愚痴を溢していく。
「まったく、政府も適当なこと言うよな!! 連中との和解は済んだって……出鱈目じゃねぇか!」
「ほんとよ!! いつになったら、あいつら大人しくなるわけ!?」
「ママ……ボク怖いよ。もう、いやだよ……」
人々のそれら——『妖怪』なるものへの不満と怒り。
気のせいか、それらを口にする際。彼らの体から『黒い靄』のようなものが立ち込めているような気がするのだが。
「な、何言ってんだよ、アンタたち。妖怪なんて、そんなもん…………」
これにクリスが声を上擦らせながらも反論しようとした。お化けなど、ましてや妖怪など存在するわけもないだろうと。
だが彼女がその主張を通そうとした。その直後——突如として地響きが鳴り響く。
「な、なんだッ!? 地震か!!」
「落ち着け、雪音。あまり騒いでは人々の心に無用な不安を抱かせる……」
突然の揺れ。クリスは動揺を見せるが、それを翼が慌てないようにと言い聞かせる。
これまで見てきた被害が大地震か何かによるものなら、余震が起こっても不思議はない。こう言った状況において、大事なのはパニックにならないことだ。
装者たちは平静さを保ちながら、もしものときに備えて避難経路を確保していく。
「こ、この揺れ……またなの!?」
「まただ……またあいつらが!!」
ところが周囲の人々、避難所の空気がその揺れによって一変する。彼らは一様に『何か』に怯えるよう、身を寄せ合い始めた。
この怯えよう、明らかに地震が直接的な要因ではない。
この地震をきっかけとして起きること。口々に叫ばれた——『あいつら』とやらの到来をひどく恐れている。
「まさか……ノイズ!?」
人々の怯えように、響の脳裏にノイズの存在が過ぎる。
彼らが『妖怪』だというものの正体、それ自体がノイズである可能性だ。実際、彼女たちの世界でもノイズが特異災害に認定される前は正体不明の異形。あるいは、怪異の類として認識されていたという。
この世界では、ノイズが『妖怪』として恐れられているということかも知れない。
ならば、やることは一つだ。
「皆さん、下がっていてください!! ここは私が……」
相手がノイズであればシンフォギア装者である響たちの役目。きっとギャラルホルンも、そのために自分たちをこの世界に遣わせたのだろうと。
翼もクリスも、ノイズとの交戦に備えて身構える。
次の瞬間、地の底から『それ』は姿を現した。
響たちの予想通り、それは『怪物』だった。人々から平穏を、財産を、その生命を奪い去っていく化け物。
全長五メートルはありそうな——巨大ムカデ。
ムカデ型のノイズという意味ではない。本当にあの昆虫の『ムカデ』が、そのまま大きくなったような化け物が地中から這い出てきたのだ。
「……いッ!?」「ゲッ!?」「なんとッ!?」
装者たちの口から変な声が出てしまう。
ムカデ。
クネクネと胴体をくねらせ、数十本はありそうな足をバタつかせ、牙をガチガチと鳴らす。このフォルムの生物に好意的な感情を向けられるものは、一部の愛好家くらいだろう。
少なくとも一般人の感性からすれば——素直に気持ち悪い。
それが、自分たち人間を捕食できるほどの大きさともなれば、生物的本能からも恐怖しか生まない。
「う、うわああ……」
それは響とて例外ではなかった。
彼女も年頃の乙女、そんな巨大ムカデを前にすれば鳥肌の一つも立とうというもの。
『——キィイイイイイイイ!!』
「…………えッ?」
故に——その隙を突くかのように、ムカデが自分の方へと突進してきたとして、それに咄嗟に反応が出来なくても仕方がないことだった。
「た、立花ッ!?」
「よ、避けろ! バカ!!」
これに翼もクリスも叫びながら駆け寄ろうとするが、あまりにも遅かった。突然過ぎるムカデ——妖怪の強襲に、ギアを纏う暇すらない。
いかに装者といえども、ギアを纏っていなければただの人間と変わりない。
響はその命を唐突に、理不尽に散らせることとなる。
「——指鉄炮」
しかし、どこからともなく飛来した光の塊が、ムカデの体当たりから立花響を守った。
『ギィイイイイイイイイ!?』
光の直撃を受けたムカデは胴体に大きな風穴を開け——黒い霞となって散っていく。
「……えッ?」
響は自分が助かったと理解するよりも、ムカデが跡形もなく消えたことに驚きを隠せなかった。
彼女は光の弾らしきものが飛んできた方角を見つめ——そこに、一人の男の子の姿を見つける。
「…………」
時代錯誤にも下駄を履いた、黒と黄色のちゃんちゃんこ纏った少年。伸ばした前髪が左目を隠しており、どことなく暗く、人間離れした雰囲気だった。
「き、きみは……?」
いったいその少年が何者なのか、何も知らない響が少年に問い掛ける。
だがこの世界の、少なくともこの国に住むものであれば彼の顔くらい知っていてもいいだろう。
少年自身も特に名乗る必要性は感じなかっただろうが、それでも律儀に響の問いに答えを返していく。
「——ゲゲゲの鬼太郎だ……」
「ゲゲゲの……」
「鬼太郎だぁッ!?」
翼やクリスは見ていた。ゲゲゲの鬼太郎と名乗った少年が指先から光弾のようなものを発射し、ムカデを倒して響を助けてくれた光景を。
外見は少なくとも人間の男の子にしか見えない彼に、何故そのような真似が出来るのかと疑問を抱く。
『キィィイイ!!』
『キィキィ……』
しかし、彼女たちがその疑問を解消する暇もなく。さらにもう二匹ほど、地中から再びムカデが出現する。
「なッ?」
「!? あ、危ない!!」
さっきのムカデと同程度の大きさのそれらは鬼太郎の背後から現れた。仲間をやられた怒りからか、二匹とも真っ直ぐ鬼太郎へと襲い掛かる。
「髪の毛針!!」
『キィィイイ!?』
だが鬼太郎は慌てず騒がず、振り返りながら髪の毛を、まるで針のように高速で飛ばすことでそれに対処する。
髪の毛の集中砲火を浴び、ムカデが一匹悲鳴を上げながら崩れ落ちていく。
「髪の毛を……飛ばしたぁあ!?」
「だが……もう一体残っているぞ!」
髪の毛を飛ばすという非常識に驚く装者たち。だがムカデはもう一匹残っている。残った方のムカデは鬼太郎に対応する暇も与えず、その牙で彼の体に噛みつこうとする。
「——ニャアアア!!」
すると、今度は鬼太郎の背後を守るように女性が飛び出してきた。
フレアのミニスカートにスラッとした美脚をのぞかせる、スレンダーな美人。小顔もとても愛らしい女性だが、次の瞬間にもその顔を化け猫のように歪め、爪を鎌のように伸ばしてムカデの巨体を切り裂いていく。
切り裂かれたムカデは、これまた黒い霞のように散っていく。
「これって……どうなって?」
それらの光景、ムカデたちが退けられたことに響たちは驚きを隠せない。
いや、あれくらいの怪物退治であれば彼女たちもギアさえ纏えば可能だろう。問題は、少年や女性があくまで生身であるということ。そして、明らかに人間離れした『能力』を行使していることだ。
いったい、彼らは何者なのだろう。装者たちの疑問がますます深まっていく。
『ギィ……ギィ……』
だが、そんなことを考えている間にも髪の毛針を撃ち込まれたムカデが、辛うじてだが息を吹き返した。
ムカデは瀕死の胴体を引き摺りながら、地中へと潜ることでその場から逃げ出していく。
「鬼太郎、追うわよ!!」
「ああ……!」
女性とゲゲゲの鬼太郎が、直ぐにその後を地上から追っていく。
これまた人間離れした脚力でその場から跳躍、あっという間にその背中が見えなくなってしまった。
×
「無事か、立花!?」
「たくッ……ボケッとしやがって……!!」
ムカデの化け物もゲゲゲの鬼太郎とやらも去った後、翼とクリスはすぐに響へと駆け寄った。今の騒動で怪我がなかったか、彼女の身を案じていく。
「う、うん……私は大丈夫……あッ、避難所の人たちは!?」
幸い響にはかすり傷一つなかった。しかし自分以外はと、そこで周囲への被害を真っ先に心配してしまうのが、立花響の立花響たる所以だろう。
「ああ、皆無事だ。これもあの者たちのおかげだが……」
「けど、アイツら……いったいなんだってんだ?」
響が助かったのも、周囲への被害がほとんどなかったのも。全てはあの鬼太郎とかいう少年が迅速に巨大ムカデを討伐してくれたおかげだ。
もっともその正体が何だったのか。本人たちに直接聞く暇もなく、彼らは行ってしまった。
あるいは、この世界の住人であれば鬼太郎のことも、あのムカデの怪物のことも何か知っているのかもしれない。
だが現状——それを避難所の人々に尋ねるのは難しい。
「——ちっくしょう!! またかよ!! これじゃ、いつまで経っても復興なんて進まねぇよ!!」
「——獣の群れの次はムカデ!! もういい加減にしてよ!!」
直接的な被害こそなかったものの、今のムカデの襲撃が人々の精神に多大な負荷を掛けたのだ。
人間たちはうんざりだとあのムカデ、さらには他の化け物——妖怪への憤りを吐き捨てていく。
「けど……また鬼太郎は助けてくれたし……」
「やっぱり政府と和解したって噂は……本当だったんじゃ……」
勿論、全ての人間が怒りだけを抱いているわけではない。自分たちを助けてくれたあの少年——ゲゲゲの鬼太郎の行為に、純粋に感謝を表明する人間もいる様子だった。
「そんなの、分かったもんじゃねぇよ!! 鬼太郎だって所詮は妖怪だろ!?」
「てめぇら……いったいどっちの味方なんだ!? あん!?」
しかし、そんな鬼太郎を擁護する言葉が気に入らなかったのか。過激な言動、行動の人々が気に入らない相手の胸ぐらを掴み、さらにそのまま口汚く罵っていく。
「ちょっ……ちょっと皆さん、落ち着いてください!!」
これに大慌てで響が静止しようと試みる。だが彼女の言葉になど耳を傾けず、人々は諍いを止めようとはしない。
まるで『何か』に取り憑かれたかのように。
いかに精神的に不安定だろうとはいえ、その様相は些か常軌を逸しているようにも見える。
「だ、大丈夫ですか!?」
「そこッ!! 何を騒いでいる!?」
ムカデの襲来から少し遅れて、そこに自衛隊らしきものたちが駆けつけてくる。彼らは避難所の被害がどうだったかを問い掛けつつ、争い合う人々の仲裁に入ろうとした。
「来るのが遅せぇぞ!! この役立たずども!!」
だが怒りが収まらない人々が、その矛先を自衛隊にまで向ける。
ムカデ退治に間に合わなかった彼らを役立たずと詰め寄り、騒ぎはちょっとした暴動へと発展しかける。
「こ、こらッ!? 大人しくしろ!!」
「……やむを得ん! 取り押さえろ!!」
自衛隊はパニックを収めるため、仕方がなく力による鎮圧という手段を選ぶしかなかった。
「……立花、雪音。ここは一旦退くぞ……」
事態が混迷を極める中、翼は響やクリスにこの場からの撤退を提案する。
「ここに私たちが残っていても……出来ることはなさそうだ……」
既に怪物による脅威はなく、これ以上自分たちがここに残っていても出来ることはない。後のことは、この世界の自衛隊に任せるしかないと。
「……で、でも……」
「先輩の言うとおりだ。今この場でアタシたちが首を突っ込んでも……話がややこしくなるだけだ」
響は人々が傷つけ合う光景を放っておくことに抵抗感を示したが、クリスは翼の言葉に従う。
悔しいかもしれないが、この状況で響たちのような小娘が無理に首を突っ込んでも火に油を注ぐだけである。
現時点で彼女たちに出来ることはなく、大人しく避難所から立ち去るしかなかったのだ。
それから、装者たちは街中の様子を見て回った。
この世界にとっても首都である東京の街。全体的に被害こそあるものの、ところどころライフラインなどは機能していた。
どうやら、彼女たちが最初に降り立った地区が特に被害の大きかった場所らしく、地域によって被害がそこまでではないところもある。
だが、肝心なのはその被害が——『妖怪との戦争』によってもたらされたという事実だ。
「どうやらこの世界には『妖怪』が実際に存在し……人々と争い合っているという状況らしい」
被害が特に少なかった住宅地を歩き回りながら、風鳴翼が状況の整理を行っていく。
この世界では『妖怪』と呼ばれるものたちが実在し、それが人間と争い合った結果——このような被害が発生してしまったらしい。
その戦争そのものは小康状態に収まったようだが、未だに小競り合いのようなものが続いている様子。
「妖怪ッていうよりは……怪物、怪獣って感じだったな……あのムカデの化け物は……」
妖怪の存在に若干及び腰だったクリスも、さすがにこれには同意せざるを得ない。
もっとも、彼女が苦手としているのはお化け的な、いわゆる幽霊や悪霊といった感じのもの。先ほどのムカデたちは実体のある、どちらかというと怪獣といった類の化け物だった。
あの手の手合いであれば、他世界でも何度か応戦した経験がある。クリスが極端に怖がる必要もない。
「あの子……」
「どうした、立花?」
ふいに、立花響がボソッと呟く。
彼女は巨大ムカデよりも、その脅威から自分を守ってくれた『彼』に意識を向けていく。
「さっきの男の子、鬼太郎ッて……あの子も、妖怪なんでしょうか?」
「そうだな……避難所の人々の話からはそのように察せられるが……」
響や避難所の人々をムカデから守った少年——ゲゲゲの鬼太郎。
見た目はほとんど普通の人間だったが、その能力は常人の範疇を超えていた。避難所の人たちも「鬼太郎だって妖怪だろ!?」と叫んでいた。
あの少年もあのムカデたちと同類。人ならざるものということになる。だが——
「あの子は……人間を助けてくれたんですよね!? なら、きっと分かり合える筈です!! あの子からも話を聞いてみませんか!?」
妖怪と一口に言っても色々といるようだ。ムカデたちのように言葉も話すことができず、意思の疎通すら困難な相手であれば戦うのも止む無し。
だが、あの鬼太郎という子のように言葉が通じ、それでいて人間を助けてくれるような相手であれば話し合う余地がある。
もっと言えば、一緒に戦うことも出来るのではないかと。響は鬼太郎との共闘すらも視野に入れ、彼との接触を翼やクリスに提案する。
「そ、そうだな……確かに彼は人々を守るのに尽力してくれているようだが……」
「つッても、アイツらがどこにいるのかも分かんなきゃ、お話になんねぇぞ?」
翼とクリスも、特に妖怪に対して忌避感を抱いてはいない。しかし、響のようにそこまで積極的に彼らと協力しようとは考えていないようだ。
妖怪の——鬼太郎とやらの手を借りるのであれば、まずは彼らとコンタクトを取らねばなるまい。だが、彼の居所も分かっていない今の段階で、そのために時間を費やすのは早計だ。
まずはこの世界の異変——ギャラルホルンがアラートを鳴らした原因を探らなければならない。
ただ妖怪が暴れているからというわけではないだろう。きっとそれ以外に、装者たちがこの世界に呼ばれた『意味』が必ずある筈なのだから。
「——きゃあああああ!?」
と、まさに装者たちが次なる行動を決めかねていたときだ。平和な住宅街に——助けを求める悲鳴が木霊する。
「!! 今の叫び声はッ!?」
「ちッ! またムカデのお化けか!?」
またしてもムカデたちの襲撃かと、叫び声が聞こえてきた場所へと急行する装者たち。
一刻も早い事態の解決が望まれるが、やはり人的被害を抑えるのが何よりも優先される。
「急ぎましょう!! こっちです!!」
今度は先ほどのようなヘマはしない。
たとえ何者が相手であろうと、助けを求める『誰か』を守ってみせると。
立花響は、拳を握り締めながら走り出していた。
「こ、来ないで!! 化け物ッ!!」
「————」
全速力で駆け付けたおかげか、現場へと直行できた響たち。
そこで彼女たちは目撃する。中学生くらいの女の子が異形のものに襲われている光景を。しかもその異形はさっきのムカデでも、その他の妖怪たちでもなかった。
「あれは……ノイズ!?」
「しかも……カルマノイズじゃねぇか!!」
襲撃者の正体は、装者たちにとっては見慣れた存在——ノイズ。
しかも、全身が禍々しい瘴気に覆われた真っ黒いノイズ——『カルマノイズ』だった。
カルマノイズはノイズの中でも特殊な個体。
通常のノイズではあり得ない攻撃力、耐久性、持久力を併せ持った強力なノイズだ。ノイズとの戦いに慣れた装者たちでさえも、決して油断できない相手。
さらに言えば、このカルマノイズこそが、並行世界に異変をもたらす原因。ギャラルホルンが他の世界にまで助けを求めてゲートを繋ぐ、その最たる要因でもある。
その元凶が目の前にいる。無垢な人々に仇を為そうとしている。
装者たちの戦意は高揚し、その血潮が熱く昂っていく。
「——やらせないッ!! 絶対に……やらせはしない!!」
先陣を切って突き進む立花響が、一刻も早くカルマノイズの魔の手から少女を救おうと——胸に抱いた想いを『歌』に込めて唱える。
次の瞬間にも、響の体が光に包まれた。
彼女の歌声に呼応し、胸のペンダント——シンフォギアシステムが立花響を闘う者に相応しい姿へと変化させる。
黄色やオレンジをメインカラーにあしらったインナー。
ガントレットのような腕部ユニット。レッグガードのような脚部ユニット
耳にはヘッドホン的な装甲を、胸元にはシンフォギアシステムの根幹たるペンダントが花のように咲き誇る。
「——はぁあああ!!」
マントのようなマフラーを風に靡かせながら、走り抜けていく彼女の拳がカルマノイズに叩き込まれていく。
「————!」
その一撃に、カルマノイズが吹っ飛ぶ。
ノイズが少女に触れることを阻止し、その危機を救ったのである。
これぞ、立花響のシンフォギア——『ガングニール』。
その手に武器らしきものが握られていないが、握った拳こそが彼女のアームドギア。
その手に何も持たないからこそ、他者と手を取り合える。
繋いだその手を決して離さない。まさに、彼女の心情がそのまま形となったようである。
「——誰も犠牲になんかしない!! ガングニールは……そのための力なんだ!!」
立花響は今日もギアを纏い、その拳を握りしめる。
人々の脅威となるノイズを打ち砕くため——
救いを求める人たちへと手を伸ばし、握った拳を開くためにも——
人物紹介
立花響
シンフォギアの主人公にしてヒロイン。
ガングニールの装者。アームドギアは握った拳。
どんなときでも、へいきへっちゃら!
好きなものはゴハン&ゴハン。着やせするタイプ。
風鳴翼
防人(SAKIMORI)語を使いこなす歌姫。
天羽々斬の装者。アームドギアは日本刀。
スレンダーな美人、その分ぺったんこ。
基本的に凛々しいが、天羽奏が絡むと乙女になる。
雪音クリス
豊富なワードセンスの持ち主。
イチイバルの装者。弓ではなく重火器がメイン武装。
背は低いけど、その分よりデカく見える。
結構ツンデレ気質。あとは……食べ方がきちゃない!
以上三名、今回の物語に深く絡むメイン装者たちです。
他の装者たちに出番がないわけではありませんが……今回はこの三人が主役。
友里あおい
あったかいものを提供してくれる女性オペレーター。
オペレーターはもう一人いたと思うけど……出番はなし!
風鳴弦十郎
響たちの上司、司令官。
作中最強の大人(OTONA)。ノイズが相手じゃなきゃ彼一人で解決できる筈。
けど指揮系統が乱れるから出撃してはいけないらしい。
エルフナイン
元は性別不詳のホムンクルス。
キャロルと合体したことで正式な女の子になったとのこと。
いわゆる知恵袋的な役割だが、今回は出番薄め。
さすがに妖怪の知識はないでしょ……。