ゲゲゲの鬼太郎 クロスオーバー集   作:SAMUSAMU

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7月は個人的に欲しいゲームが目白押しです。

ようやく発売されることになった『デジモンサヴァイブ』
大人気シリーズのナンバリングタイトル『セノブレイド3』
隠れた名作のリメイク『グリムグリモア oncemore』

とりあえず、デジモンとグリムグリモアは予約済み。ゼノブレイド3は評判を見てから購入を検討。
全部買っても一気には出来ないですし、一本ずつ楽しんでいきたいと思います。

さて、今作のメインクロスオーバーは『アクタージュ』
ジャンプで連載されていた、役者物語。現代版『ガラスの仮面』と呼ばれていた作品です。
この作品をクロスすることに賛否両論あるかと思いますが、個人的には好きな作品なのでやっていきます。

そして今回はそこに、fgo仕様の『ファントム・ジ・オペラ』を参戦させていきたいと思います。
初めてになるかな? はっきりと明言した上での同時多重クロス。次回以降もこういった形でのクロスオーバーが増えていくかと思います。

それでは……アクタージュの役者たちによる、オペラ座の怪人の公演をお楽しみ下さい……。




アクタージュ オペラ座の怪人 其の①

 クリスティーヌ……。

 

 嗚呼……クリスティーヌ……クリスティーヌ……!

 

 我が愛! 我が歌! 我が命!!

 

 その顔をもっとよく見せておくれ……。

 

 その声をもっとよく聞かせておくれ……。

 

 クリスティーヌ、キミが望むのならば……私はキミを見送ろう……。

 

 キミが『彼』と共に旅立つのを……この暗い地下の底から……。

 

 

 …………だが、クリスティーヌよ。

 

 

 キミに置いて行かれる私の気持ちを……キミは汲み取ってくれるのだろうか?

 

 私はキミは愛した……だがキミは私を……愛してくれていたのだろうか?

 

 たとえ愛してくれていたとしても、きっと『彼』との幸福な日々が私との思い出を過去のものとしてしまうだろう。

 

 私はそれが恐ろしい! キミに忘却の彼方へと追いやられるのが……心底恐ろしい!!

 

 

 だから、クリスティーヌよ……。

 

 

 私を……やはりお前をっ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「——まずいことになったよ、黒山」

「…………」

 

 深夜の繁華街。二人の男性が居酒屋のカウンター席に隣り合わせに座っていた。

 

 一人は黒いスーツをきっちりと着こなしたビジネスマン風の男。まずいことになったと言いながらも、その口元には常に柔和な笑みが浮かべられている。額のほくろが特徴的。その笑みも含めて、全体的にどことなく胡散臭い空気を漂わせている。

 

 もう一人は無精髭を生やした、黒山と呼ばれた中年男性。楽しい酒の席であるというのに、その顔はずっと不機嫌。髪もボサボサ、服装もだらしなく、パッと見では何の職業をしているのか分からないが、少なくともサラリーマンの類でないことはまず確実だろう。

 

 あらゆる意味で対象的な二人。そんな彼らが同じ席で酒を呑んでいることにだいぶ違和感を覚える。

 実際、仲良しこよしというわけでもないのだろう。無駄な世間話などに興じることもなく、淡々と仕事の話を進めていく。

 

「例の件、スポンサーが何社か降りることになってしまったよ。曰く、『こんな大変な時期に映画なんぞのために金は出せない……』とのことだ」

「……ちっ、日和やがって! 世知辛い世の中だな、まったく……」

 

 ビジネスマン風の男の『まずいこと』とやらに黒山は舌打ちしながら、生ビールを一気に飲み干していく。酒には強いのか特に酔っぱらう様子もなく、彼は不平不満をぶち撒ける。

 

 例の件というのは、彼らが撮ろうとしている作品——『映画撮影』に関してであった。

 

 無精髭の男は——映画監督・黒山墨字(くろやますみじ)

 国内の知名度は高くないものの、国外では数多くの映画賞を受賞している稀有な日本人男性だ。

 彼の作る映画は、基本的には大衆向けではない。その粗暴な見た目からは想像もつかないほど繊細な作品を作り、それが一般受けすることがなかった。

 また彼自身が富や名声を求めなかったこともあり、これまで世間的にあまり注目もされないでいた。

 

 しかし業界内で黒山墨字の名は知れ渡っており、そんな彼が今回——初めて『大作映画』を撮ろうとしている。

 

 まだ脚本も出来上がっておらず、出演者も確定していないが、構想だけならば既に黒山の頭の中にある。彼にとっても、かつてないほど大規模な撮影が必要になってくる映画だ。それ相応の予算を確保するためにも、各企業からのスポンサー支援を取り付けていた——筈であった。

 

「仕方がないさ。スポンサーの中には自社ビルが吹っ飛んで、会社そのものが倒産してしまった。なんてところもあるのだから」

 

 ビジネスマン風の男が言うように、支援すると約束していた企業が映画への出資を取り止めてしまった。

 しかし、それはある意味仕方がないところがあり、一概に企業側を責めることもできない。

 

「まさか、妖怪なんてものにここまで人間社会が脅かされることになるとは。数年前までは想像もつかなかった事態だよ」

「…………」

 

 ビジネスマン風の男は平然と言い放つも、それに黒山は微妙な表情を浮かべる。

 

 妖怪。

 そんなものは黒山にとって、それこそ映画の中だけに登場する存在だった。だが近年、妖怪の存在が徐々に表立って登場するようになり、ついには彼らとの戦争にまで発展した。

 幸いにも、黒山や彼の周囲の人々にそこまで直接的な被害は出ていなかったが、それを他人事として片付けられないのが人間社会というもの。

 

 戦争の被害によって受けた企業側の損害。それが予想も付かない形で黒山の映画制作に歯止めを掛けてしまっていたのだ。

 スポンサーが付かなければ、予算が下りない。予算が下りなければ、映画制作など出来ない。悔しいがそれが現実というもの。

 

 もっとも——。

 

「つっても、お前のことだ。もう新しいスポンサーに目星は付けてるんだろ? 守銭奴の天知君」

 

 黒山はビジネスマン風の男——天知という人間の『プロデューサー』としての手腕だけは信用していた。この程度のことで挫折するような男でもないと、理解しているつもりだった。

 

「勿論だとも。私のコネクションを甘く見てもらっては困るよ」

 

 予想通り、天知は既に新しいスポンサーに当たりを付けていた。彼がその支援者たちと話をつけることができれば、黒山も映画監督として予算の心配などする必要もなくなる。しかし——。

 

「だが彼らを動かすためには、もう少し実績が欲しいところだ。彼らを納得させるだけの説得力がね」

 

 映画だけに限った話ではないが、興行というものは決してボランティアではない。スポンサーも、支援するだけの見返りがあると判断したからこそ、協力企業として名前と金を出してくれる。

 新しい支援者たちにも、黒山監督の映画に出資することが利益になると。これが『良い話』であることを納得させる必要があった。

 

「そこでだ、黒山。キミにはもう一度、演出家としてとある舞台の演出を手掛けて貰いたい」

「…………」

 

 舞台の演出——即ち『演劇』だ。

 本職が映画監督の黒山に演劇の演出をやらせようなどと無茶振りのように思えるが、それは彼にとっては何ら問題ではない。

 前回も黒山は『羅刹女(らせつにょ)』という芝居の演出を手掛け、見事に大成功させている。

 

「勿論、主演は『彼女』だ。彼女の商品価値を改めて世間に知らしめる必要がある」

 

 さらに天知はその芝居の主演女優を指定してきた。天知の言う『彼女』こそ、黒山が撮ろうとしている映画の主役となる役者だ。

 全ては黒山墨字が——彼女という才能の『原石』を見つけ出したことから、始まったのだから。

 

「それは……本当に必要なことか?」

 

 しかし、天知のその提案に黒山は難色を示す。

 

「あいつには……あちこちでCMに出演させて名前を売らせてるんだ。今更演劇での売名行為なんざ……ほとんど意味ねぇだろ」

 

 役者が、芸能人が名前を売る手段として最も有効なのはTV出演だろう。その中でもCM出演はかなり効果的だ。ドラマやバラエティも悪くはないが、そういった番組は興味のある人間でなければチャンネルを合わせない。

 だがTVCMであれば、たとえ意識しなくとも目にされる機会が増え——それをきっかけに知名度も上がる。

 

 実際、CM出演の影響で今やお茶の間で『彼女』の顔と名前を知らぬものなどいないほど。

 故に、わざわざ知名度の上がったこの時期に演劇で名前を売ろうなど、正直言って不自然でしかない。

 

 演劇は純粋に役者としての芝居が評価されるコンテンツだが、その分一般的とは言いがたい。

 たとえどんなに素晴らしい演技をしようとも、それが純粋な認知度の向上に繋がるとも限らない。

 

「……天知。お前……今度は何を企んでる?」

 

 そんなことが分からないプロデューサーではないだろうと、黒山は不自然な天知の提案に彼を怪しんだ。

 

 何故ここに来て演劇なのか。その真意はどこにあるのか。

 黒山のその問い掛けに対し——。

 

 

「ふっ……」

 

 

 天知は何も答えない。ただ柔和な笑みを浮かべ続けるだけであった。

 

 

 

×

 

 

 

「——ええっと……プロデューサーの……天知さん?」

 

 その日、ゲゲゲの鬼太郎は妖怪ポストに届いた手紙の依頼に応えるため、とあるビルの一室を訪れていた。

 

 

 第二次妖怪大戦争直前、人間たちの手によって無惨に破壊された妖怪ポスト。鬼太郎の手など借りないという、人間たちの意思表示なのか。

 

 戦争終結後、人間側と一応の和平が済んだ後も、鬼太郎は壊されてしまったポストを直すかどうか悩んでいた。

 直したところでまた壊されてしまうのではないか。人間に自分たち妖怪の手助けなど必要ないのではないのか、散々悩んだものだ。

 だが悩んで悩んで、迷いに迷った末——鬼太郎は、妖怪ポストを直すことにした。

 

 もう一度、人間の依頼を受けてみようと。彼らの助けを求める声に耳を傾けてみよう、信じてみようと思ったのだ。

 

 そうして、妖怪ポストが修理された——その数日後。

 さっそく鬼太郎の元に依頼の手紙が届けられたことで——彼は今回も事件へと巻き込まれていく。

 

 

「はい、天知心一と申します。この度はお呼び立てして申し訳ありませんでした、ゲゲゲの鬼太郎さん」

 

 鬼太郎に手紙を出したその人間は天知心一(あまちしんいち)、プロデューサーを名乗った。

 

 人間社会に疎い鬼太郎から見ても、どことなくやり手のビジネスマンという印象を抱かせる男性だ。口元には常に柔和な笑みが浮かべられており、その表情は一向に崩れる様子を見せない。

 その佇まいからも、余裕のようなものを感じられる。とても妖怪に困らされて、鬼太郎に助けを求めているという感じには見えないが。

 

「いえいえ! ご依頼さえあれば。鬼太郎はいつでもどこへでも、駆けつけますとも……へへっ!」

 

 鬼太郎と天知の話に割り込むように、今回の依頼に無理やりついてきた、ねずみ男が口を挟んでいく。

 戦争終結や、戦後交渉など。ここ最近は妖怪と人間との間を何かと取り持ってくれた彼だが、それがひと段落するや相変わらずの調子へと戻っていた。

 

 意地汚く、金に汚く、すぐにお調子に乗る——ある意味でねずみ男らしい。

 

 今回の話にも、隙あらば依頼料の名目で金銭を要求しようと、その魂胆が透けて見えている。

 

「余計なことすんじゃないわよ、ねずみ男!!」

「痛っ! やめれ、耳を引っ張るなよ! いでででっ!!」

 

 だが、そんなねずみ男に余計な悪知恵を働かせまいと、同行していた猫娘が目を光らせる。

 彼女がいれば、ねずみ男も下手な真似は出来まい。ねずみ男の監視を猫娘に任せ、とりあえず鬼太郎は天知から詳しい話を聞いていく。

 

 

 

「——実は怪人を名乗るものから、脅迫状が届きましてね」

「はい? 怪人……脅迫状、ですか?」

 

 開口一番、天知は『怪人』なるものの存在を仄めかす。妖怪ではなく、怪人とはっきり断言する彼の口ぶりに、鬼太郎は目を丸くするしかない。

 

「はい、昨日の夕方頃のことです。この脅迫状が私のデスクの上に置かれていました」

 

 戸惑う鬼太郎にも構わず、天知は実際に届いたという手紙——その脅迫状を見せてくれる。

 

 

『クリスティーヌを主役に。

 この命令に背いた場合、諸君に想像を絶する災いが起こるであろう』

 

 

 短く簡潔な内容の文章。文字は新聞紙の切り抜きを貼ったという。いかにもな雰囲気の、確かにそれが脅迫状であると判断できるものだ。

 

 しかし鬼太郎には、脅迫文の内容の意味が分からなかった。

 特に『クリスティーヌを主役に』という一文に関しては、いったい何のことを示唆しているのかさっぱりである。

 

「クリスティーヌ…………これって……もしかしてオペラ座の怪人?」

「知ってるのか、猫娘?」

 

 だが首を傾げている鬼太郎をよそに、その脅迫状を横から覗き込んだ猫娘が何かを察した。どうして彼女が『怪人』の存在を理解しているのか。それにどういう意味があるのかを鬼太郎は尋ねる。

 

「オペラ座の怪人……確か原作はフランスの小説だったかしら? 人間たちの間じゃ、結構有名な物語よ」

 

 

 オペラ座の怪人。

 1909年にフランスの小説家、ガストン・ルルーによって発表された怪奇小説である。

 舞台は19世のパリ、オペラ座・ガルニエ宮。その地下迷宮に潜むとされたオペラ座の怪人——ファントム。彼がクリスティーヌという歌姫に恋をし、彼女のために謎めいた事件の数々を起こしていく。

 クリスティーヌへの恋が、愛が——怪人を嫉妬に狂わせ、最後は彼自身も命を落としていくという話だ。

 

 

「へぇ……詳しいじゃないか、猫娘」

「このくらいは一般教養の範囲よ。少し調べればネットにも出てるわ」

 

 人間たちの創作した、しかも外国の物語なのによく知っているなと感心する鬼太郎だが、この程度であれば知識として一般的にも知られている範囲だと言う。

 実際、オペラ座の怪人という作品は小説のみならず、映画やドラマ。舞台やミュージカルと、あらゆるコンテンツでメディア化されている。それらの作品に触れていなくとも、タイトルや軽い概要くらいならば知っているという人も多いだろう。

 それほどまでに、この『オペラ座の怪人』という物語は世界的にも浸透しているということだ。

 

「ふ~む……? しかし、何故そこで脅迫状なんじゃ? それに……それは人間の作った架空の物語なのであろう?」

 

 ここで、目玉おやじが鬼太郎の頭から顔を出して疑問を投げ掛ける。

 鬼太郎たちと違って明らかに人間離れした彼の登場に天知が「ほう……」と僅かに感嘆の声を洩らすも、やはりそこまで動じてはいない。

 

「オペラ座の怪人の一幕にあるんですよ。怪人がオペラ座の支配人に対し、脅迫状を送るという描写が」

 

 平然とした様子で、天知は目玉おやじの質問に答えていく。

 

 

 オペラ座の怪人にはいくつか印象的なシーンがあり、その中の一つに『怪人が脅迫状を送りつける』というものがある。

 脅迫状の内容に関しては、作品が作られる度に色々な解釈がなされるが、基本的に怪人はクリスティーヌを歌姫にするため、彼女を主役に抜擢するよう、オペラ座の支配人を脅すとされている。

 その脅迫を断れば当然——『想像を絶する災い』とやらが降りかかることになる。

 

 

「かくいう私も、ちょうどオペラ座の怪人の劇をプロデュースしている最中でしてね。まさにこの手紙は、私という支配人に向けて怪人から送られた脅迫状なんですよ」

 

 そして天知心一は現在、まさに『オペラ座の怪人』という演劇そのものをプロデュースしているという。

 そんな彼の元へと送り付けられた脅迫状——まさに劇中の物語はなぞるようである。

 

「けっ!! なんだそりゃ……くだらねぇ!!」

 

 しかし、そこまで話を黙って聞いていたねずみ男がガッカリしたように踏ん反り返っていく。

 

「こんなものただのイタズラだろ! こんな脅迫状一つで、いちいち俺たちを呼びつけてんじゃねぇよ!!」

 

 実際に依頼の手紙を受け取ったのは鬼太郎で、ねずみ男は勝手について来ただけ。

 だが、自分たち妖怪をこんなイタズラとしか思えない案件で呼びつけた依頼人の対応に彼はご立腹であった。

 きっと金にもならないと思ったのだろう。媚びる必要もないと、遠慮なく素の表情を曝け出している。

 

「ええ、仰るとおり。確かにイタズラの類と考えるのが自然でしょう」

 

 ねずみ男の言い分を、天知という男はあっさりと認める。

 

「しかしこのビルの警備上、このような手紙が私のデスクの上に置かれていたことが不自然なんですよ。監視カメラなどもチェックしましたが、誰かが侵入した形跡もありませんでした」

 

 だがその一方で、彼はこの脅迫状が何の前触れもなく自分の元へと届けられた事実に疑問を抱かざるを得なかった。

 

 彼の仕事場であるこの部屋も、このビル自体にも当然ながら警備網が敷かれている。もしも誰かがイタズラで脅迫状など送りつけようものなら、直ぐにそれが誰の仕業か判明するというのだ。

 しかし、警備の人間は誰も不審者など目撃しておらず、監視カメラの映像にも何も映っておらず。この脅迫状だけが、何の前触れもなく天知心一の手元へと届けられた。

 状況から考えて透明人間、あるいは妖怪・怪人の仕業としか思えないとのこと。

 

「それにオペラ座の怪人という物語自体、ただのフィクションとも言えないところがありますから」

 

 さらにオペラ座の怪人という物語にも、色々と曰くがある。

 

 

 オペラ座の怪人の著者であるルルーは、実際に物語の舞台となるオペラ座・ガルニエ宮を取材し、そこで受けたインスピレーションを元にこの小説を執筆したとされている

 物語もその経緯が『新聞記者でもあったルルーの実際の取材談』として語られ、あたかもノンフィクションであるかのような印象を読者に与える。

 何よりルルー自身が、死の床の際——『オペラ座の怪人は実在する』という言葉を残したとされている。

 虚構か現実か。オペラ座の怪人は、その境目が曖昧な作品でもあるのだ。

 

 

「このようなご時世です。怪人など存在しないと、はっきり断言することも出来ません」

「…………」

 

 それでもちょっと前までなら、天知も怪人など存在しないと胸を張って言えただろう。

 しかし、今や妖怪の存在が当たり前のように認知されている社会だ。鬼太郎という妖怪だって目の前にいるのだから、怪人の一人や二人、実在していても何ら不思議ではない。

 

「万が一何かあってからでは遅いと思いまして。鬼太郎さんには、これが怪人の仕業ではないという確証をいただきたいのですよ」

「……分かりました。そう言うことであれば……」

 

 ビジネスマンらしく、リスクを避けたいということだろう。

 用心深く自分を呼びつけた天知の対応に、鬼太郎は一応の納得を見せる。

 

 

 

「では、さっそくですがオペラ座。いえ、今回の劇を主催してくれる劇団の元へ向かいましょう」

 

 とりあえずの概要を説明し終えたところで、天知は鬼太郎たちをとある場所まで案内しようとする。

 もしも怪人が出没するとすれば、それはオペラ座——今回の場合、劇を主催してくれる劇団の稽古場に現れる可能性が高いとのことだ。

 

 鬼太郎がそこまで出向き、妖気の有無や怪人の気配などを確認。それで何事もなければ、今回の依頼はそれで完了ということだろう。

 

「そういうことでしたら……まずは受け取るものを受け取りませんと、へへっ!!」

 

 特に労力を必要とする仕事ではない。しかしこれが正式な依頼と認識するや、ねずみ男は再び態度を一変させ——依頼料を要求した。

 わざわざ自分たちを呼びつけたのだから、幾らかの見返りは当然だといわんばかりに。

 

「ねずみ男……アンタね!」

 

 ねずみ男の図々しい態度に、こめかみをひくつかせながら猫娘が爪を伸ばす。そのまま彼の顔面をひっかき、お灸を据えるのがお決まりのパターン。

 だが、彼女がねずみ男をとっちめるよりも早く——。

 

「——どうぞ、お納めください」

 

 天知心一はねずみ男に対し、分厚い茶封筒を差し出していた。

 

「依頼料です。ちょうど百万はありますよ」

「なっ!?」

「ひゃ、百万円!!」

 

 まさかの金額に目を剥く鬼太郎。これには流石のねずみ男も驚愕していたが、すぐにでも天知の手から封筒をひったくる。

 そして中身を確認、実際に諭吉が百人いるかを数えていき。

 

「一、十、二十…………百枚!! 確かにお受け取り致しましたぜ!! そんじゃ……あとはよろしく頼むぜ、鬼太郎ちゃん!!」

「あっ……ねずみ男っ!?」

「ちょっ!?」

 

 そのまま脱兎の勢いでその場から逃げ出していく。あまりの逃げ足の速さに鬼太郎も猫娘も追いかける暇がなかった。

 

「はぁ~……全くしょうがない奴じゃな!! 済まんのう、お金は後で全額返金させますんで……」

 

 これに、目玉おやじが呆れ返るようにため息を吐いていた。

 元から自分たちに報酬など受け取るつもりはなかったし、そもそも何もしないねずみ男があのような大金を貰う権利などない。

 あのお金は必ず全額返金させると、その場ですぐに頭を下げていく。

 

「——その必要はありませんよ」

「……えっ?」

 

 しかし、これに天知は平然と言ってのけた。

 

「あのようなはした金で鬼太郎さんたちの貴重なお時間をいただけるのであれば安いものです」

「は、はした金って……」

 

 百万もの大金を『はした金』と言い放つ、天知の金銭感覚に唖然となる鬼太郎たち。もっとも驚くのはまだ早い。

 

「ご安心ください、あれはただの手付金。成功報酬は別途お支払いしますので」

 

 何とあれはただの前金で、さらに追加で報酬を支払う用意があると言うのだ。

 

「い、いいえ!! 受け取れませんよ、そんなもの!!」

 

 鬼太郎はすぐにでも首を横に振り、そんな金は受け取れないとはっきり断りを入れる。

 自分は金のためにやっているわけではない。遠い日の約束を守るため、人間をもう一度信じてみようと思ったから、困っている人々に手を差し伸べているだけなのだ。

 

 しかし、鬼太郎がそのような思いを抱く一方で、天知も天知なりの考えを淡々と述べる。

 

「正当な働きに対し、相応の報酬を支払うのは当然のことです。貴方のような有名人をわざわざ呼びつけておいてタダ働きをさせたとあっては、私という人間の信用問題に関わります。この業界では信用が第一、信用を失くせば私もたちまち業界からはじかれてしまいますよ」

「…………」

 

 そういうものなのかと、つらつらと述べられる天知の言葉を疑問に思いながらも。

 鬼太郎は、やはり報酬など要らないとはっきり断ろうとしたが——。

 

 

 

「——これはビジネスですよ。ゲゲゲの鬼太郎さん」

 

 

 

 天知という男は笑みをさらに深めた。傍目から見れば、ただ微笑んでいるだけにしか見えないのだが——。

 

「——っ!?」

 

 瞬間、鬼太郎は得体の知れない寒気にゾクリと身体を震わせる。ふと自身の手の甲を見れば、知らず知らずのうちに鳥肌が立っていた。

 

「……? どうかしたのか、鬼太郎?」

「顔色が悪いわ、大丈夫?」

 

 妙な寒気に襲われたのは、鬼太郎だけだったなのか。目玉おやじと猫娘は何も感じた様子がなく、鬼太郎の顔色が冴えないことを指摘してくる。

 

「い、いや……なんでもないよ。と、とりあえず……その稽古場とやらに行きましょう!」

 

 咄嗟に鬼太郎は誤魔化すように叫んだ。

 相手はただの人間で、特に妖気を感じたわけでもないのだ。先ほどの感覚も気のせいだと、自分自身に言い聞かせ。

 

 

 とりあえず、怪人が現れるかも知れない現場へと足を運ぶことにする。

 

 

 

×

 

 

 

「——さあ到着しましたよ、皆さん」

 

 そうして、天知の運転する車で鬼太郎たちは目的地へと連れてこられた。

 そこは東京都内の住宅地の中、ひっそりと佇む少し大きな建物。巨大な劇場というわけではない、あくまで練習用の稽古場として建てられた小劇場だ。

 

 建物の管理者を示す表札には『劇団天球(げきだんてんきゅう)』と書かれている。

 

「劇団天球……」

「ええ、業界内でも屈指の実力を誇る演劇集団です。鬼太郎さんは、巌裕次郎という方の名前をご存知ですか?」

「い、いいえ……」

 

 呟きを溢した鬼太郎に、天知が世間話の流れで尋ねる。先ほどの妙な寒気のこともあって少し気後れする鬼太郎だが、今は何も感じなかったため彼の質問に正直に答えていく。

 

(いわお)裕次郎(ゆうじろう)。有名な舞台演出家、演劇界の重鎮の一人でした。完全実力主義と言われていただけあって、彼の集めた劇団員の演技レベルは非常に高い。その実力を見込んで、今回は劇団天球さんにオペラ座の怪人の公演をオファーさせていただいた次第です」

「…………でした?」

 

 本人や劇団のことを称賛する一方。巌裕次郎という人物のことを過去形で話す天知に思わず猫娘が聞き返してしまう。

 

「彼は去年、膵臓癌のため亡くなりました。最後は病院のベットで、自身の手掛けた公演を見届けることなく息を引き取ったそうです」

「そう……ですか……」

 

 かなりの著名人だったこともあり、その死は多くの人たちに惜しまれ、ニュースとしても大々的に報じられたという。

 もっとも、天知はこれといって自身の感情を挟むことはなく、淡々と話を続けながら鬼太郎たちを建物の中へと案内していく。

 

「ご存知でしょうが、今は人間社会も大きく混乱しています。妖怪との戦争が終結して一ヶ月以上が経ちましたが、未だにその爪痕が社会全体に暗い影を落としているのです」

「…………」

「…………」

 

 天知は廊下を進みながらも話を続けていく。その後を黙ってついて行く鬼太郎たちだが、当然その表情は優れない。

 自分たち妖怪との戦争、それが人間たちを苦しめていると。それが戦後という環境においても変わらず、むしろ様々な問題が浮き彫りになっているという。

 

「戦争で失われた人命、破壊された建造物の数々。政治は混乱し、犯罪率も高まっていると聞きます。まさにこの国は今、未曾有の危機に晒されていると言っても過言ではないでしょう」

「…………」

「こんなときに演劇になど金を回せないと、そのようなことを仰る方もいます。もしかしたらあの脅迫状も、情勢を鑑みずにお芝居をプロデュースしようなどという、私への抗議文なのかも知れません」

 

 プロデューサーという、一般人からすれば何をして儲けているかも分からないような職種で。景気良く興行に出資する程度にはお金に余裕のある立場の天知。

 戦争の被害で普通に生きていくだけでも難しい生活困窮者が多い中、自分のようなある意味『成功者』とも呼べる人間が非難を向けられる。

 そういった周囲からの妬みといった感情は、天知も意識はしているようだ。

 

「ですがこういうときだからこそ、人々には潤いが必要なのだと私は考えます。戦後の荒波で人々の心が荒れきっている今だからこそ、こういった娯楽が人々に心のゆとりを取り戻させ、それが復興への活力に繋がるのだと」

「…………」

「それに、こちらの劇団員の方々にも生活があります。どのようなご時世であろうとも、彼らのような素晴らしいアーティストたちは正当に評価されるべきなのです」

「…………」

 

 それでも、この演劇を成功させたいと願う天知の言葉。そんな彼の台詞に鬼太郎たちは感じ入るものがありながらも——黙り込む。

 

 なんだろう。言っていることはとても感動的で素晴らしいのだが。どうにもこの天知という人間の口から言われると——胡散臭さを感じる。

 嘘偽りを口にしてはいないと分かるのだが。同時に、何か裏があるのではと勘ぐってしまう。

 

 彼という人間が持つべき気質なのか、どうあっても不信感というものを拭いきれない。

 

「!! ……お話は分かりました。本当に怪人が現れるようなら、微力ですがボクも力になります」

 

 しかし、それは偏見であると鬼太郎は第一印象だけで天知の人間性を疑ってしまった自身を恥じる。

 彼だって、きっと良かれと思って今回の演劇を支援している筈なのだから、その気持ちを疑うのは無粋だろう。

 

 まずは目の前の問題に——本当に怪人が姿を現すかどうか、それを見定めようと気を引き締めていく。

 

 

 

 

 

「さて、役者たちと顔合わせといきたかったところですが、どうやら稽古中のようですね」

 

 天知との会話を続けていた間に、鬼太郎たちは役者たちが集まっている中央ホールの扉の前へと来ていた。扉の向こうからは人の気配、稽古をしている役者たちの台詞などが洩れ聴こえてくる。

 

「邪魔にならないよう、お静かに……」

 

 天知は人差し指を口に当てるジェスチャーをしながら、ホールへと足を踏み入れる。鬼太郎たちもそれに倣うように、息を潜めながら扉を潜り——。

 

 

『——嗚呼……クリスティーヌ、クリスティーヌ……』

「——!!」

 

 

 刹那、鬼太郎たちの視界に——『彼』という人物が飛び込んできた。

 

 それは、唄うような語りかけだった。静かだが耳元で反響するような、凛とした響き。

 ホールの入口からその人物のいるステージ壇上まで、それなりに距離がある筈なのに——不思議と『彼』という存在をすぐまじかに感じられる。

 

『微睡むキミに私は歌うよ……愛しいキミへ私は歌うよ……。クリスティーヌ……クリスティーヌ……!』

 

 彼はクリスティーヌ——オペラ座のヒロインへの愛を語っていた。

 その胸に抱え込んだクリスティーヌへの、彼女に向けられた焦がれるような想いがその口から綴られ、鬼太郎たちにも、それがどれほどのものなのか伝わってくる。

 

 これほどの愛を、クリスティーヌへと向けられるほどの人物。

 それこそまさに——オペラ座の怪人以外には考えられないだろうと、聞くものに確信させる響だ。

 

「っ!? 怪人っ!!」

「まさか……本当に出てくるなんてっ!!」

 

 その尋常ならざる存在感を含め、鬼太郎たちは彼こそが『オペラ座の怪人』なのだと直感的に悟る。

 いつでも戦闘態勢に入れるよう、素早く身構えていく。

 

「落ち着いてください。あれは怪人ではありませんよ」

「……えっ?」

 

 だが、冷静な天知の言葉が逸る鬼太郎たちの行動を静止する。

 

「あれは紛れもない人間です。怪人の役を演じている『役者』に過ぎません」

「役者……? え、演技……? いや、それにしては……」

 

 天知に言われ、鬼太郎は我に返る。

 確かに、その人物から妖気の類は一切感じられない。格好もTシャツに長ズボンと、明らかに現代人だ。その醜い容姿を覆い隠しているとされる『仮面』もつけていない。

 あらゆる要素が、彼が紛れもない人間であることを論理的に証明している。

 

『——さあ、共に歌おう。聞かせておくれ、キミの小鳥のように美しい歌声を……』

 

 だが人間だと分かって尚、それが本当かどうか疑問を抱きかねない。それほどまでに、彼の演技には『真』に迫るものがあった。

 その所作が、流れるような動作が、息遣いが。人間離れした怪人の恐ろしさを表現し、まさに彼こそが怪人なのだと見るものに強烈な印象を与えていく。

 

「まあ、鬼太郎さんたちが勘違いされてしまうのも無理はありません」

 

 戸惑う鬼太郎たちの反応に、それも仕方がないことだと天知は語った。

 

「彼こそ、この劇団天球の看板役者。あの巌裕次郎が見出した稀有なる才能の一人」

 

 この劇団天球の役者たちは、皆が巌裕次郎という演出家にその実力を認められたものたちだ。

 鳴り物入りで芸能界に入り、半端な演技力でドラマや映画に出演する、知名度だけの下手な役者に比べれば個人個人のレベルも非常に高い。

 

 しかし、そんな実力派集団の中においても彼の才能は別格だという。

 

「無垢な少年から、恐ろしい怪人まで。ありとあらゆる役柄を演じることのできる、カメレオン俳優」

 

 彼の芝居はまさに『憑依』だ。演じる役柄そのものに成りきり、人格までもが一瞬で切り替わる。

 数多の色に変化し、それを表現するだけの技量も備えていた。

 

 

「——舞台役者、明神阿良也。今回、怪人の役を演じることになった、主演の一人です」

 

 

 彼こそが舞台俳優・明神阿良也(みょうじんあらや)

 オペラ座の怪人を演じることになった、演劇界の怪物である。

 

 

 

 そして、その怪物に対抗するよう——。

 

 

 

『——天使様!!』

「——っ!?」

 

 その向かい側から、その少女が姿を現した。

 阿良也の存在感に意識を割かれていた鬼太郎たちだが、彼女の第一声で瞬間的にそちらへと意識を持っていかれる。

 

『音楽の天使様、どうかを私を……お導きください!』

 

 その少女は、怪物とまで称される阿良也に全く引けを取らない存在感で鬼太郎たちの視線を釘付けにする。

 彼女自身、元から人の目を惹きつけるような容姿ではあるのだが、それだけではない。儚い少女の可憐な表情、透き通るような声で『音楽の天使』への感謝や憧れといった感情を見事に表現していた。

 

「そして彼女こそがもう一人の主演。この舞台でクリスティーヌを演じることになった、今を時めく新人女優」

 

 彼女のことをどこか自慢するような口ぶりで、天知は鬼太郎たちにその名を伝えていく。

 

 

「——役者・夜凪景(よなぎけい)。あの巌裕次郎が最後の意思を託した。次世代を彩る期待の大型新人(ルーキー)ですよ」

 

 

 

×

 

 

 

「やあ、調子はどうだい黒山」

「帰れ。見てわかんねぇのか、今は稽古中だぞ」

 

 二人の主演が壇上で台詞の応酬を続ける中、天知は少し離れたところで彼らの演技を見守る無精髭の男——黒山へと声を掛けた。

 だが、この芝居を支援してくれているプロデューサーが顔を出したにも関わらず、黒山は愛想笑いの一つもしない。

 寧ろ邪魔をするなと、視線すら向けずに天知の存在を冷たく突き放す。

 

「先ほどメールで伝えただろう。例の怪人対策に来てもらった、ゲゲゲの鬼太郎さんだ」

 

 しかし、天知も天知で黒山の態度など気にも留めない。既に前もって連絡していたのか、簡潔にゲゲゲの鬼太郎のことを紹介していく。

 

「どうも、ゲゲゲの鬼太郎です」

「…………」

 

 鬼太郎も軽く会釈して挨拶をする。だが黒山は彼をチラリと一瞥するも、すぐに興味を失ったように眼前の稽古へと向き直っていく。

 

『——さあ、今日も一緒に練習しよう』

『——はい、天使様……』

 

 壇上では阿良也と夜凪。怪人とクリスティーヌの芝居が進んでいく。だがオペラ座の怪人の登場人物は二人だけではない。すぐに場面転換となり、新たな登場人物たちが次々と現れる。

 

『——まただ……また怪人からの手紙が……!』

 

『——この私に降板しろですって!?』

 

『——久しぶりだね!! クリスティーヌ……ボクのことを覚えているかい?』

 

 怪人からの脅迫状に怯える支配人。

 我儘で意地悪なプリマドンナ。

 クリスティーヌに淡い恋心を抱く貴族の青年。

 

 主演の二人ほど抜きん出た存在感こそないが、彼らも彼らで素晴らしい迫真の演技を見せつけてくれる。

 

「——アキラっ! 羞恥心が抜けきってねぇぞ!! もっと青臭さを出していけ!!」

「——は、ハイっ!!」

 

 しかし、まだまだ完成には程遠いと。役者の詰めの甘さを黒山は容赦なく指摘していく。彼の叱責に役者たちも素早く修正を入れながら、そのまま一通りの流れで演じ続けていた。

 

「…………」

「…………」

 

 すぐまじかで繰り広げられる圧巻の芝居に、鬼太郎も猫娘も魅入られていく。

 鬼太郎とて芝居を鑑賞したことくらいはあるが、こうした稽古中の練習風景をすぐ近くで見るのは初めての体験だった。

 本番の舞台とはまた違った緊張感、ピリピリとした空気が漂っており、それが本来であればこの場にいるべきではない鬼太郎たちに居心地の悪さを感じさせる。

 

「! おっと、失礼。少し席を外します」

 

 そんな中、天知が胸ポケットから振るえるスマホを片手に席を立った。プロデューサーというだけあって忙しいのか。仕事の電話に出るため、ホールから退出していく。

 

「……それで、どうじゃ鬼太郎? 何か感じるか?」

 

 席を外していく天知を横目にしながら、目玉おやじは息子に尋ねる。

 眼前の芝居に目を奪われのも分かるが、自分たちには他にやるべきことがある。肝心の怪人の気配がこの稽古場内に蔓延っていないか、鬼太郎に妖気の有無を確認する。

 

「……いいえ、父さん。今のところは、何も……」

 

 鬼太郎とて、大事なところで手を抜いたりはしていない。しかし、今のところ『本物』の怪人が姿を現すような気配はなく、妖気の類も全く感じられない。

 今はただ息を潜めているだけなのか、それともやはりあれはただのイタズラだったのか。

 もう少し様子を見る必要はあるだろうが、今は稽古の邪魔にならないよう、部屋の隅っこへと移動していく鬼太郎たち。

 

「——ええっと……キミ、ゲゲゲの鬼太郎くん……でいいんだよね?」

「はい? そうですけど……あなたは?」

 

 すると、そんな鬼太郎に一人の若い女性が声を掛けてきた。

 化粧っ気のないさっぱりとした美人。動きやすいよう作業服を着ているところから、役者ではなく裏方のスタッフだということが分かる。

 

「あっ……私、柊雪(ひいらぎゆき)って言います。墨字さん……黒山さんの助手みたいなもんです」

 

 そう名乗った彼女は今回のオペラ座の怪人の演出を担当する、黒山墨字の補佐を務めているとのことだ。

 芝居を監督する人間の補佐。立場的にも稽古場の様子など、詳しく観察していることだろう。

 

「柊さんは、怪人について何か伺っていますか?」

 

 黒山が自分たちに関心を示さないということもあり、わざわざ声を掛けてくれた柊に鬼太郎は怪人について尋ねてみる。

 

「ええ……まあ一応は。あのプロデューサー、天知さんのところに脅迫状が届いたってことくらいは……」

「稽古場の方では……何か異変を感じたりは?」

「う~ん、今のところは特に……皆さん、いつも通りに演技してますし……これといって変わったこともないかな」

 

 しかしその返答もパッとしない。

 柊自身あまり異変らしい異変を感じてはいないのか、あまり参考になるようなことを答えられず、鬼太郎に申し訳なさそうに頭を下げている。

 

「——まあ、怪人の噂なんざ、俺たち劇団関係者からしたらいつものことだし、特に気にするようなことでもねぇわな」

 

 するともう一人、眼鏡を掛けた男性が鬼太郎たちの会話に入ってくる。

 稽古の邪魔にならない程度に音量を抑えながらも、彼は威勢よく鬼太郎たちに自己紹介をしてくれる。

 

「俺は亀太郎ってんだ、よろしくな、ゲゲゲの鬼太郎くん……それと美人な姉ちゃん! あとでお茶でもしない?」

「遠慮しとくわ」

「えっ、バッサリ? 思考する余地もなく断られた……」

 

 亀太郎(かめたろう)となかなかに個性的な名前の彼は、美人な猫娘へと声を掛け、速攻でフラれる。

 呆気なく轟沈し、その場にどんよりと項垂れる亀太郎。少しオーバーだが『落ち込んでいる』という感情が全身で表現されているその様は、なるほど彼が役者であることを納得させるものであった。

 

「亀太郎くんとやら。先ほどの言葉……『いつものこと』と言っておったが、それはどういう意味かのう?」

 

 落ち込む亀太郎を特に励ましはしないが、彼の発言に引っ掛かりを覚えた目玉おやじがその言葉の真意を尋ねていく。

 亀太郎は「うおっ……マジで目玉が喋ってる!」と分かりやすいリアクションをしながらも、鬼太郎たちを妖怪だと壁を作ることもなく、普通に質問に答えてくれる。

 

「ああ、俺たち劇団関係者の間じゃ、結構ありふれてる噂話なんだわ。オペラ座の怪人を上演しようとすると、『ファントムの亡霊』が現れるってのは……」

 

 

 いつの頃から囁かれるようになったかは定かではない。

 オペラ座の怪人という作品を劇にしようとすると——必ずと言っていいほど、劇団関係者の周囲に『怪人』の噂が立つとされていた。

『ファントムの亡霊』と呼ばれるそれは、それこそ作中での怪人の動きをなぞるように、謎めいた行動を取るという。

 

 ヒロインであるクリスティーヌを演じる女優の楽屋に、天使として声だけを届けたり。

 稽古中に大道具を落とし、役者に怪我を負わせたり。

 それこそ、公演元であるプロデューサーや座長に脅迫状を送ったりと。

 

 オペラ座の怪人という作品の特異性なのか。あるいはその特異性を利用した誰かのイタズラなのか。

 真相は不明だが、少なくともそういった噂が常に付き纏う作品こそが——『オペラ座の怪人』なのだという。

 

 

「まっ……そういった噂を利用して、昔は殺人事件なんかもあったって言うからな。あのプロデューサーが神経質になるのも無理はないか」

「殺人事件……」

 

 

 さらには、そのファントムの亡霊という噂話を利用した、『殺人事件』が過去にあったという。

 全てを怪人の仕業に見せかけた、人間の犯罪。恨みを持った共演者に対する復讐だったとされるそれは、偶々現場に居合わせた高校生探偵の手によって解明されたとのこと。

 プロデューサーの天知は『怪異』である怪人以外にも注意を払い、何かあったときのために鬼太郎を呼び寄せたのかもしれない。

 

 

「まっ、つってもうちの劇団にはそういった殺伐とした人間関係はないから! そこんとこは心配する必要もないだろうけど!」

 

 しかしそれは無用な心配だと。少なくとも、劇団員同士で殺し合いが起きるようなドロドロな人間関係、自分たちにはないと亀太郎は気楽な笑みを浮かべている。

 その意見には、柊も——。

 

「でも、亀太郎さんは危ないですよね」

「え、なんで?」

「だって、七生さんにかなりうざがられてますし……」

「えっ? 俺、七生に命狙われてんの?」

 

 と言った感じの軽い冗談?で同意する。

 そう言った軽口を叩けるだけには、余裕のある稽古場で——鬼太郎たちは改めて、舞台の芝居へと意識を向けていた。

 

 

 

『——ああ! 腹立たしい!! この私に代わって、あんな小娘がプリマドンナですって!?』

 

 ステージ上では一人の役者が、とある女性のヒステリックに叫ぶ様を演じていた。

 眼鏡を掛けた金髪のツインテールに、そばかす顔が印象的な女優。未だ稽古の段階でありながらも傲慢で我儘、意地悪なプリマドンナという役柄を分かりやすく演じている。

 

「いいね……七生のカルロッタ! あいつの性格の悪さも相まって、ハマり役なんじゃねぇの?」

 

 七生(ななお)というのだろう。その役者の演技に亀太郎は褒めているのか、貶しているのか分からない言動で茶化しを入れる。

 そんな亀太郎に柊は「そんなこと言ってるからうざがられるんだよな……」と呆れた視線を向けていたが。

 

「……? なあ、柊ちゃん? ここのシーンて、カルロッタに向かってはシャンデリアは落とさないんだよな?」

 

 ふと、何か気になったのか。亀太郎が真面目な表情で柊に質問をする。

 

「え? ええ、そうですね。シャンデリアはあくまで客席に落とすって、墨字さんが……」

「……?」

 

 二人は台本を手にしながら劇の内容について話しているが、オペラ座の怪人のことを全く知らない鬼太郎にはどういう意味なのか分からない。

 

「劇中でもかなり有名なシーンよ。舞台の上演中に、シャンデリアが落下してくるって……」

 

 右も左も分からぬ鬼太郎に、ここは猫娘が捕捉説明を入れていく。

 

 

 オペラ座の怪人といえば、やはりこの『シャンデリア』のシーンを欠かすことはできない。

 脅迫状で支配人にした要求、それを断られた怪人がその報復として。あるいはクリスティーヌへの愛のため。オペラ座にあるシャンデリアを落下させ、客席を大混乱に陥れるというものだ。

 

 シャンデリアを落とすタイミングなどは、それを手掛ける演出家によって代わってくるだろうが、とある劇の中には——カルロッタという意地悪なプリマドンナの真上からシャンデリアを落とし、彼女の命を奪うというストーリーの流れもある。

 まさにこの場面だ。しかし、黒山はあえてここではシャンデリアを活用しないとしていたが——。

 

 

「じゃあ……『あれ』なんなん? なんであそこに……シャンデリアなんか用意してあんの?」

「……?」

 

 亀太郎は天井を見上げながら柊にそのような指摘をする。それに彼女は意味が分からないと疑問符を浮かべながらも、同じように天井を仰ぎ見た。

 

「……?」

「……?」

「???」

 

 二人の動きに釣られるよう、鬼太郎や猫娘。目玉おやじに、他の役者たちも何人かが天井へと視線を向ける。

 

 

 

「…………えっ? なんで……?」

 

 

 

 すると視線の先にあったものに、柊の口から呆けた吐息が洩れ出る。

 

 そこには、本来であればある筈のない『シャンデリア』があった。

 このシーンで使わないからという意味ではない。まだ制作途中、それこそこの世に存在する筈のない大道具が、いつの間にか用意されていたのだ。

 

 豪華絢爛なシャンデリアは、稽古場という明らかに不釣り合いな場所に不思議と溶け込んでおり、誰もそれがおかしいということに、今の今まで気づくことができずにいた。

 

 

 だが、次の瞬間——流石にそのシャンデリアが落下してきたことで、皆が騒然となる。

 

 

「——逃げろ、七生!!」

「——っ!?」

 

 亀太郎が壇上にいた、カルロッタ役の七生に向かって叫ぶ。

 七生も、そこでようやく自分の頭上からシャンデリアが落ちてくることに気づいて息を呑むが——どうあっても避けられるタイミングではなかった。

 

「七生さん!!」

「おいっ!?」

 

 皆の悲鳴が絶叫する中、一人の役者がまさに絶体絶命の危機に立たされる。

 

 

 

「——指鉄砲!!」

 

 

 

 しかし、この窮地にゲゲゲの鬼太郎が動く。

 彼がステージの外側から、落ちてくるシャンデリアを狙って指鉄砲を放った。

 

 その一撃は見事にシャンデリアの真芯を捉え、七生の——カルロッタの命を奪う筈だった運命をぎりぎりで回避することとなった。

 

 

 

 

 

「はぁはぁ……! い、生きて……っ!」

 

 シャンデリアの直撃を免れ、九死に一生を得た七生。しかし、壊れた際の破片などが彼女の身体に傷を負わせ、もはや稽古どころではなかった。

 

「大丈夫か、七生!?」

「七生ちゃん!!」

 

 これにすぐさま亀太郎や、他の役者たちも駆け寄っていく。

 

 誰もが七生という仲間の身を心底から心配し、その生存に心から安堵している。その姿を見れば分かるように、確かに彼らの間にドロドロとした確執はない。

 人間関係の拗れから怪人の噂を利用した殺人事件など、起こしようがないことは理解できる。

 

「くそっ! いったい誰だ!? こんなもの用意しやがったのは!!」

 

 しかし、目の前の惨状を無視することも出来ない。

 道具係の一人が、どうして予定になかったシャンデリアなど用意したのか。危うく大惨事になるところであったと憤慨する。

 

 だがそもそも——あのシャンデリアは『いつから』そこにあったのか、という疑問が浮かぶ。

 予定にないというより、そもそもまだ作られてもいない大道具なのに。しかも、それは落ちてくる直前まで誰にも気づかれず、自然と風景に溶け込んでいたのだ。

 

 明らかに、尋常ならざる手段で用意したとしか思えなかったシャンデリアに、誰もが不自然な違和感を覚える。

 

 その直後だった——。

 

 

 

 

『——嗚呼、クリスティーヌ……クリスティーヌ……!』

「……!?」

 

 怪人のものと思しき台詞が、ホール全体に歌のように木霊する。

 こんな状況下での芝居の続行に、数人の役者たちが怪人役である明神阿良也へと目を向けた。

 

「…………」

 

 だが彼は台詞を発してはいない。彼自身もシャンデリアの事故にさすがに呆然と立ち尽くしており——。

 

 

 その視線は、見知らぬもう一人の『怪人』へと向けられている。

 

 

『——クリスティーヌ……クリスティーヌよ!!』

 

 阿良也の視線の先にいた『そいつ』は中世の貴族のような紳士服に、黒い外套を纏った謎の青年だった。

 両手には鋭い鉤爪が、その顔は——醜い容姿を隠すとされる仮面によって覆われている。

 

「!? お、おい……あれ……!!」

「マジかよ……まさか本当に!?」

 

 他の団員たちも、その存在に気づき始めてざわめき立つ。その怪人は阿良也以上に不気味な存在感を放ちながら、ゆっくりと壇上へと上がってきた。

 

「——っ! 父さん!!」

「うむ、今度こそ間違いあるまい……」

「……あれが……怪人!」

 

 鬼太郎たちも、その怪人を視界に捉える。

 今度は勘違いではないと、鬼太郎の妖怪アンテナもそれが妖気を放つ怪異であることを証明している。

 

 

 イタズラではなかった。ただの噂ではなかった。

 眼前のその人物こそが、この騒動の元凶。シャンデリアを落とし、カルロッタ役の命を奪おうとした冷酷な殺人鬼。

 

 オペラ座の怪人が上演される度に、その存在がまことしやかに囁かれる——ファントムの亡霊。

 

 

 

 オペラ座の怪人——ファントム・ジ・オペラである。

 

 

 




人物紹介

 黒山墨字
  映画監督。アクタージュの主人公・夜凪景の所属する『スタジオ大黒天』の責任者。
  髭面で粗暴、物語当初は夜凪にも「生理的に無理」と言われるほど。
  しかし、物語が進むごとにちゃんと大人であることが分かり、羅刹女編では見事に全員を救ってみせた。
  たった一本の映画を撮るため、そのために夜凪景を役者として導いていく。

 天知心一
  悪徳プロデューサー。物語中盤に登場したあからさまに胡散臭い男。
  どんなときでも柔和な笑みを崩さず、常に先を読んで行動するやり手。
  作中の人たちから悪魔扱いされたり碌な認識をされていないが、仕事はきっちりとこなす。
  黒山と何かしらの関係があり、彼とのとある問答の時だけ、その笑みを崩して真剣に向き合っていた。

 巌裕次郎
  有名な舞台演出家。演劇界の重鎮。
  演出家としての最後の舞台『銀河鉄道の夜』の公演をラストまで見届けることなく、息を引き取る。
  自分の死すら芝居の中に組み込み、最後まで演劇に全てを捧げた老人。
  彼が夜凪と縁側で交わした会話は、今読んでもジーンとくるものがあります。

 柊雪
  スタジオ大黒天所属。黒山墨字の助監督。
  読み切り版の主人公らしい(作者は読んだことない)
  役者じゃないけど可愛い、とにかく可愛い。
  完全に夜凪家の保護者枠。キャラ投票で自分は彼女に清き一票を投じました。

 青田亀太郎
  巌裕次郎の劇団『劇団天球』所属の舞台俳優。ノリが軽い、ムードメーカー的な立場。
  普段は割とぞんざいに扱われているが、ここぞというときの決断力はある。
  劇団内でも割と上の立場なのか、結構頼られている兄貴分。

 三坂七生
  亀太郎と同じく、劇団天球の舞台女優。亀曰く、ブスの振りをしている美人。
  役者としての色気は夜凪より上っぽく、酔っ払うと割と見境がない?
  男勝りで気丈だが、実のところ涙脆く繊細な一面も。
  

 今回はこのくらい。
 次回の人物紹介でアクタージュの主要メンバー、ファントムの紹介を入れていきます。
  
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