ゲゲゲの鬼太郎 クロスオーバー集   作:SAMUSAMU

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『週刊少年ジャンプ』皆さんは読んでいますか?
基本的に自分は毎週欠かさず立ち読みしており、その時々に必ずといっていいほど、コミックスを買うほどの『推し作品』が存在しています。

もう十年以上前にはなるけど『ぬらりひょんの孫』。少し前までなら、それこそ『アクタージュ』。
そして最近は『逃げ上手の若君』これが好き!
『魔人探偵脳噛ネウロ』『暗殺教室』の作者である松井優征氏の最新作!
暗殺教室のときもそうだったけどこの作者、中性的な美少年を描くのがほんとに上手いな!!
今後も若様の活躍を追いかけていくつもりで、ジャンプを手に取っていきます。

ちなみに、次に気になり出した作品こそが『ルリドラゴン』。
…………いつまでも待ってるから、万全な状態で連載再開してください。コミックス一巻出たら買いますから!!


さて、アクタージュとオペラ座の怪人、其の②です。
今回も結構苦戦した。一度書いたものを消して書き直したりと。一応、話として纏まった感は出たかなと思いましたので……とりあえず投稿。




アクタージュ オペラ座の怪人 其の②

『——嗚呼……クリスティーヌ……クリスティーヌよ!!』

 

 突如、舞台『オペラ座の怪人』の稽古中であった劇団天球の前に——その怪人は姿を現した。

 その存在感、明らかに尋常ならざるものが纏う空気。送られてきた脅迫状がただの噂話、あるいはイタズラの類だと思っていた劇団員も、これは認めざるを得ない。

 

 まことしやかに囁かれていた都市伝説が本物だったと。ファントムの亡霊が実在したということを——。

 

『——クリスティーヌ……キミの栄華を妬むカルロッタは……私の手で始末しよう……』

「……っ!!」

『——カルロッタ……! 貴様にプリマドンナを名乗る資格はない……。我が歌姫の舞台から……即刻退場せよ……!』

 

 ファントムはシャンデリアでのカルロッタ殺害を企み、それが失敗するや自らが壇上へと舞い降りる。その不気味な鉤爪を妖しく光らせながら、カルロッタ役を務める役者へと襲い掛かる。

 

「髪の毛針!!」

 

 しかしやらせはしないと。ゲゲゲの鬼太郎が髪の毛針を連射してファントムを跳ね除ける。

 

『——ムッ……!?』

 

 相手の反撃を想定していなかったようだが、怪人は軽やかなバックステップでなんとか鬼太郎の攻撃を回避する。

 

「ニャアア!!」

 

 そこへさらに猫娘が追撃を仕掛ける。

 彼女の鋭利な爪と、ファントムの鉤爪がぶつかる。互いの力は——ほぼ拮抗していた。

 

『——小癪な……っ!』

 

 これに怪人が忌々しいとばかりに、表情の顔半分をひくつかせている。

 きっともう片方の顔半分を覆っている『仮面』の下の表情は、さらに憤怒に歪められているだろう。そのことが窺い知れる怒りを押し殺すような発声で、尚も芝居がかったような動作で怪人は台詞を口にしていく。

 

『——邪魔をするな……私の、クリスティーヌの邪魔をするなっ!!』

 

 彼はあくまでもクリスティーヌのため、彼女を歌姫にしようとカルロッタの殺害を実行に移そうとしていた。

 

 

 カルロッタは劇中でも、クリスティーヌが賞賛されるのを快く思っていなかった者の一人だ。

 自分の代役に過ぎなかったクリスティーヌが周囲から評価されるのを妬み、彼女が表舞台に立って歌う機会を権力者のコネなどを利用して悉く潰してきた。

 クリスティーヌを歌姫にしようとするファントムにとって、決して見過ごすことのできない配役の一人だろう。

 

 

『——クリスティーヌ……嗚呼! 私のクリスティーヌよ!!』

 

 怪人は鬼太郎たちの妨害でカルロッタを始末できなかったことを嘆きながら——その視線をクリスティーヌ役を演じる主演女優・夜凪景へと向ける。

 

「………!!」

 

 怪人からの熱い視線に晒される夜凪景だが——彼女は目を背けなかった。

 まるで怪人の存在をその瞼に焼き付けるかのよう、彼女もまた怪人を見つめ返す。

 

『——嗚呼……クリスティーヌ! 我が愛しき歌姫よ……!! キミがプリマドンナとして輝くことこそ……私の望み……!!』

 

 そんな夜凪の、一心に自分を見つめ返してくれる視線がファントムの琴線に触れたのか。

 彼はさらに感極まったよう声を昂らせ——。

 

『——クリスティーヌ……キミこそが私の——』

 

 その姿を——舞台裏の暗闇に溶け込ませるように消えていった。

 

 

 

「消えた……鬼太郎!」

「……駄目です、父さん! 今はもう、何も……感じ取れません」

 

 一瞬でその姿が掻き消えた怪人を前に、目玉おやじは咄嗟に鬼太郎へと呼び掛ける。だが鬼太郎の妖怪アンテナを持ってしても、ファントムの気配を追うことはできなかった。

 姿形どころか妖気の痕跡すらも残さず、怪人は鬼太郎たちの前から完全に行方をくらましたのだ。

 

 

 まさに幻、それこそ亡霊のように——。

 

 

「……な、何だってんだよ…………」

「…………」

 

 劇団天球の役者たちが一様に立ち尽くしている。あれほど不気味な存在感を放っていた怪人が、今や影も形もないのだ。

 もしかしたらタチの悪い白昼夢でも見ていたのではないかと。目の前で起きていたそれらが全部夢だったのではないか、そんな疑いすら抱いてしまう。

 

「痛っ……!」

「七生さん!? 大丈夫ですか!?」

 

 しかしどれだけ現実逃避しようとも、落下してきたシャンデリアが、それにより怪我を負った役者の存在が彼らをリアルへと引き戻す。

 そう、全ては紛れもない現実だと。すぐにでも我を取り戻した人々が慌ただしく動き回っていく。

 

「——失礼しました。別の仕事の電話が……どうかされましたか?」

 

 ちょうど、そのタイミングで席を外していた天知心一が戻ってくる。

 怪人の出没に出くわさなかった彼は、忙しなく動き回る人々を前に呑気に首を傾げるしかなかった。

 

 

 

×

 

 

 

「——なるほど。まさか本当に怪人が現れるとは、困りましたね」

「……」

 

 騒ぎから十分ほど、天知は鬼太郎から怪人出現の経緯を聞かされる。もっとも、脅迫状の時点である程度予想はしていたのか。

 実際に怪人が現れたところで、天知にはほとんど動揺が見られない。

 口で困ったと言いつつも柔和な笑みが崩れることはなく、さて対応をどうすべきかと静かに思案に耽っている。

 

「そっち持ってくれ!!」

「せーのっ!!」

「……おいおい、大丈夫かよ?」

「まさか……本当に出てくるなんて……」

 

 天知と鬼太郎が話をしている一方。ステージ上では落ちてきたシャンデリアを片付けようと大道具係が汗水を流し、役者たちが落ち着きなく自分たちの今後について不安を洩らしていた。

 演劇の稽古中に『本物』の怪人が現れたなど。通常であればどう対応していいかも分からない、関係者の頭を大いに悩ませる問題であることは間違いないだろう。

 

「天知さん……今回の舞台、オペラ座の怪人の公演を中止してはもらえないでしょうか?」

 

 そんな中、鬼太郎は冷静に考えた上でプロデューサーの天知に今回の演劇——『オペラ座の怪人』の公演、そのものを中止できないかと尋ねていた。

 

 青田亀太郎という役者が教えてくれた『オペラ座の怪人を上演しようとするとその周囲に怪人の影がちらつく』という、劇団関係者の間に伝わっていた怪談。

 あくまで根拠のない噂話として役者たちは深刻に考えていなかったが、実際にファントムが姿を現し、そして実感したことだろう。

 

 この都市伝説は本物であり——ファントムは『オペラ座の怪人を公演しようとする劇団の前に現れる怪異』であると。

 ならば、オペラ座の怪人の演劇そのものを止めてしまえば、あるいは奴もいなくなるかもしれない。

 

 確固たる根拠こそないものの鬼太郎はそのように考え、そうすることがこの件をもっとも穏便に済ませる手段だと彼は提案する。

 

「——中止ですって? 馬鹿言わないで! そんなこと出来るわけないじゃない!!」

 

 だが鬼太郎の提案に真っ先に反発したのは他の誰でもない。ファントムに襲われ、危うく命を奪われかけた女優・カルロッタ役の三坂七生である。

 

「怪人に襲われたから劇を取り止めました? そんな説明でお客さんが納得するとでも思ってんの? 劇団天球に……巌さんの残した劇団に傷を付ける気!?」

 

 他の団員たちから傷の手当てを受けながらも、彼女は鬼太郎に食ってかかる。

 簡単に舞台を中止しようなどと言い出し、劇団天球の名前を辱めようとする彼に、七生は巌裕次郎の名を出して憤りを露わにしていた。

 

「おいおい、七生……気持ちは分かるが落ち着けって……!」

「そりゃ……確かに簡単に中止なんか出来ないけど……」

 

 亀太郎を始めとした団員たちが興奮気味の七生を宥めるが、彼らとて気持ちは彼女と同じだ。

 

 巌裕次郎。既に亡くなった舞台演出家。

 この劇団天球の創設者である彼にその実力を見出された役者たちにとって、巌裕次郎はまさに父親も同然。彼亡き今、彼が残した劇団を存続させ、盛り上げていくことこそが彼らの成すべきことだ。

 それなのに公開予定の芝居を『怪人如き』の影響で取り止めるなど、それは劇団天球の評判を貶める行為に他ならない。

 

 彼らにとって簡単に承諾できるような話ではない。

 

「そうですね。ここで公演を取り止めるのは、かなりリスキーな選択です」

 

 役者たちに同意するよう、プロデューサーである天知も意見を挟む。

 

「今度の舞台はただの舞台ではありません。全国シネコン、動画配信サイトでも公開予定の映像作品として、既に大々的な宣伝活動を行なっています」

 

 天知は今回の舞台を、ただの舞台で終わらせるつもりはなかった。

 彼は前回も『羅刹女』という芝居をプロデュースし、その際にも舞台を数十のカメラで撮影——それを映像作品として公開。かつてない規模で展開されたその舞台は、それにより見事に世間の話題を集め、莫大な収益を生み出した。

 今回も似たような手法を用いて、多くの利益を生み出そうとしているようだが——。

 

「その分、宣伝に掛けている費用もバカになりません。協力してくださっている各企業の方々にも、多大なご迷惑を掛けることになるでしょう」

 

 その分、宣伝などの広告費にも多大な費用が掛かっており、協賛企業の数も通常の舞台公演とは比較にならないほどだ。これほどの金と人を集められるのも、天知のプロデューサーとしての力があってこそだろう。

 劇団天球の人脈だけでは、ここまで大規模な芝居をプロデュースすることもできなかった。

 

「この業界は信用で成り立っています。ここで公演を取り止めるというのは、その信用を裏切ることに他なりません。きっと私は業界からはじかれるでしょうし、その影響は劇団天球さんにも及びますよ」

 

 だからこそ、ここで芝居を取り止めるのはリスクがデカ過ぎる。各企業へと協力を取り付けた業界人としての天地の信用は失墜し、劇団天球にも舞台の中止は不名誉な経歴として傷跡が残ってしまう。

 

「まして、止める理由が怪人……妖怪の仕業とあっては、彼らへの風当たりがますます厳しくなることでしょう。それは貴方たちにとっても、困ったことになると思いますが……ゲゲゲの鬼太郎さん?」

「天知さん、それは……」

 

 さらに天知は被害が『舞台を妨害したファントム』——妖怪側、ゲゲゲの鬼太郎たちにも及ぶかもしれないとしれっと言い放つ。

 世間からすれば、怪人も鬼太郎たちも同じ『人ならざるもの』として一括りにされているのだ。

 天知の言動に、鬼太郎は厳しい表情で顔を顰めていく。

 

 

 

「……ど、どうしましょう、墨字さん?」

 

 皆がそれぞれの立場から発言をしていく中。プロデューサーとしてでも、役者としてでもない。別の視点からこの公演をどうすべきか話し合うものたちがいた。

 舞台の裏方である柊雪が、この芝居の演出家である黒山墨字に問いを投げ掛ける。

 

「…………」

 

 柊の言葉に黒山はすぐに返事をしなかった。仏頂面を引っ提げたまま、何事かをずっと考え込んでいる様子で暫し黙り込む。

 

「……夜凪。お前はどうしたい?」

「!!」

 

 熟考の末、黒山は主演の一人。クリスティーヌを演じる夜凪景へと声を掛けた。舞台のキーとも呼ぶべき主演女優の意見が聞けると、皆が彼女に注目する。

 

「…………」

 

 誰もが舞台の公演をどうするかで揉めている中、夜凪景は先ほどからずっと、怪人が消えた舞台裏の闇の向こうを黙って見つめている。

 まるで彼女一人だけが、未だ芝居の世界に取り残されているかのようである。

 ややあって、我を取り戻した景が口を開いていく。

 

「黒山さん。私、羅刹女を……妖怪を演じたことはあったけど……本物のお化けとはまだ会ったことなかったわ……」

「…………」

 

 景は『羅刹女』の主演として、羅刹女という恐ろしい女妖怪を演じたことがある。

 

 妻である自分を蔑ろにする夫・牛魔王への怒り、恨み言を吐き捨てるその様相は、芝居の外にいる筈の観客たちをも恐怖に震え上がらせるほどであった。

 だが、今度の芝居では景の方が怪人に怯える恐怖の感情を演じなければならない。

 

「あれが怪人。想像してたより、阿良也くんの怪人より……ずっとずっと恐ろしく感じた。あれが本物の妖怪なのよね……」

 

 景は一人の人間として、怪人を間近に目撃しその恐ろしさを肌で感じ取ったようだ。しかし怖気づいたとも思われる発言をするも、その顔に恐怖の色はほとんどない。

 

「あんな恐ろしい怪人を前に……彼女は、クリスティーヌは何を思ったのかしら? 恐怖? それとも……音楽の天使への憧れや感謝が上回ったのかしら?」

 

 景が真っ先に考えていたのは、怪人に害されるかもしれないという恐怖ではなく、その怪人を前に——『どこまでクリスティーヌに近づけるか』ということだけだった。

 芝居を降りるつもりなど毛頭ない。元より彼女の頭の中には、芝居を取り止めるという選択肢すらなかったようだ。

 

 

 

「そうか……」

 

 そんな景の役者としてのプライドを見せつけられては、黒山も演出家として応えない訳にはいかなかった。そして他の役者たち、劇団天球の皆に関してはもはや聞くまでもないこと。

 

「お前たち役者がやる気になってんだ。演出家が途中で放り投げる訳にもいかねぇ……」

「墨字さん……!」

 

 黒山墨字も舞台続行を支持、それに補佐役の柊も頷く。

 無論、舞台を続けると決めた以上、彼には責任者として果たさなくてはならない務めが生じる。

 

「ゲゲゲの鬼太郎……」

「!!」

 

 ここで黒山墨字は初めて、ゲゲゲの鬼太郎と真正面から向き合った。

 

「妖怪のお前にとっちゃいい迷惑だろう。俺たち人間の都合に……何の関係もないお前を振り回すことになるんだからな……」

 

 初対面のときに鬼太郎を無視していたようにも見えた黒山だが、あれは稽古中だったからに過ぎない。演出家が役者に指導を行なっているときに、他所に目を向けるわけにはいかないからだ。

 だが今の彼は一人の人間として、大人として鬼太郎に向き合い、自分たちの思いの丈を伝えていく。

 

「だが俺たちにとっては大事なことだ。この舞台を成功させためにも……頼む。こいつら役者を守ってやってくれ……」

「!!」

 

 そう言いながら、黒山は迷うことなく鬼太郎に頭を下げた。自分の力だけでは役者たちを守り切ることが難しいと理解しているからこそ、誠心誠意頼み込んでいる。

 黒山墨字。無愛想でどこかとっつきにくい印象だが、しっかりと筋は通せる人間のようだ。

 

「……分かりました。ボクたちも……出来る限りのことはします」

 

 これには鬼太郎も折れるしかなく、当面の間は様子見という方針で話を進めていった。

 

 

 

×

 

 

 

「じゃあ……そっちの方は頼んだ、猫娘」

「ええ、任せてちょうだい」

   

 夕暮れ時。劇団天球の小劇場前で鬼太郎と猫娘はそれぞれ二手に分かれていた。

 

「三坂さん……って言ったかしら?」

「七生で言いわよ。面倒掛けることになるけど……よろしくね」

 

 猫娘が挨拶を交わしていた相手は、先ほどの騒動で怪人に命を狙われたカルロッタ役・三坂七生であった。

 

 先のシャンデリア騒動から数時間。当初の予定を変更しつつも、稽古自体は時間一杯まで続けた役者たち。

 公演を続けると決めた以上、本番に向けて真剣に準備を進めていかなければならない。

 肝心の舞台でお客さんに半端な芝居を見せたとあっては、それこそ劇団天球の名に傷が付いてしまう。彼ら役者には公演までの限られた時間内に、芝居をより良いものにする使命があるのだ。

 

 稽古の間、再び怪人が出現する兆候はなく、何事もなくその日の練習は終わった。

 しかし油断は出来ない。怪人がどういった法則で出現するかも分かっていない以上、いつ何時襲われるか分かったものではない。

 

「七生さん、気を付けて……」

 

 そのため、未だに怪人に命を狙わているかもしれないカルロッタ役に護衛として猫娘を付ける。怪人の魔の手が迫るかもしれない七生に、舞台仲間の少女が彼女への気遣いを見せていた。

 

「何言ってんのよ! 一番気を付けなきゃいけないのは、アンタじゃない……景」

 

 だがこれに七生は言い返す。

 確かにカルロッタ役の七生は怪人に敵意を向けられる配役だが——それ以上に、怪人に付け狙われる可能性が高い役どころがある。

 

「…………」

 

 他の誰でもない、怪人が愛した女性。クリスティーヌ役・夜凪景である。

 

 

 元よりオペラ座の怪人とは、クリスティーヌと怪人を主軸とした物語だ。

 物語の序盤、怪人は『音楽の天使』としてクリスティーヌに音楽の指導を施し、彼女の才能を開花。プリマドンナとしての成功をもたらしてくれる。

 だが、徐々に怪人はクリスティーヌへの愛を暴走させ——その狂気を垣間見せていく。

 クリスティーヌを我が物にしようと彼女を誘拐したり、人質をとって彼女に婚姻を迫ろうとしたり。

 直接命の危険はないかもしれないが、それでも彼女こそが誰よりも怪人に狙われる立場となっている筈なのだ。

 

 

「わ、私は大丈夫よ。鬼太郎くんが守ってくれるから……ねっ、ゲゲゲの鬼太郎くん?」

「ええ、天知さんや黒山さんにも頼まれましたし……」

 

 それを劇団側も分かっており、天知と黒山——特にプロデューサーの天知が、夜凪景の護衛に鬼太郎を直接指名した。

 カルロッタの命を奪いに七生を狙うか、クリスティーヌを連れ去りに景の元へ来るか。どちらに怪人が現れてもいいよう、万全の体制を敷いていく。

 

「そう……それじゃ、お互い気を付けましょう。また明日ね……」

「ええ、また明日……」

 

 不安の種を残したままだが、とりあえずその日は互いの無事を祈ってそれぞれの帰路につく役者たち。

 

「それじゃあ……私の家まで案内するわね」

 

 景もゲゲゲの鬼太郎を伴い、寄り道をせずに真っ直ぐ家へと帰ることにする。

 

 

「——夜凪くん!!」

 

 

 その際、車のクラクション音と共に夜凪景を呼び止めるものがいた。

 

「アキラくん?」

 

 景はその車の運転手、金髪の青年・アキラのお誘いに目をキョトンとさせる。

 

「黒山さんからも頼まれてね、家まで送っていくよ! 鬼太郎さんも乗ってください!」

 

 アキラは演出家である黒山から、景を無事に家まで送り届けるように頼まれたとのことだ。ちなみに、黒山はプロデューサーの天知と話があるとかで動けないとのこと。

 確かに徒歩や電車などの公共機関を利用するよりは、車での移動の方が道中の危険は少なく済むだろう。

 

「……そうね、それじゃあ、お願いしようかしら!」

「鬼太郎、わしらも乗せてもらおう」

 

 アキラの申し出に景は素直に乗車させてもらい、目玉おやじもその後に続くように鬼太郎へと声を掛ける。

 景が助手席へ、鬼太郎が後部座席へと乗り込んでいく。

 

「よし、それじゃ……」

 

 それで準備が出来たと、アキラは車を発進させようとする。だが——。

 

 

「——うん、じゃあよろしくね……堀くん」

「えっ?」

 

 

 景たちに便乗するよう、もう一人の男性がナチュラルに車へと乗り込んでくる。後部座席にいた鬼太郎は、いきなり隣に腰掛けてきたその男性に目を丸くする。

 

「阿良也くん……」

「……いや、なんでさも当然のように乗り込んでるんですか、阿良也さん?」

 

 これには景も、名前を間違えられた星アキラも呆れるように息を吐く。

 だが皆の困惑の視線をまるで気にした様子もなく、オペラ座の怪人のもう一人の主演・明神阿良也は実にマイペースな態度で車の発進を促していく。

 

「? 久しぶりに夜凪カレー食いたくなっただけだよ? ほら、早く行こうよ」

 

 

 

 

 

「——そういえば……まだ自己紹介をしていませんでしたね」

 

 車での移動中、同乗する役者たちが鬼太郎に自己紹介するために口を開いていく。

 

「星アキラと言います。この度の舞台ではラウル子爵を演じることになりました。よろしくお願いします」

 

 車の運転をしながらも礼儀正しく鬼太郎に挨拶していくの役者・星アキラ。見るからに好青年と言った印象。その見た目に違わぬ、実直な性格であることが丁寧な言葉遣いから伝わってくる。

 彼のオペラ座の怪人での配役はラウル・ド・シャニィ子爵。歌姫であるクリスティーヌに恋をし、彼女を守るために怪人へと立ち向かっていく青年だ。

 原作小説ではラウル子爵の視点でも物語が進んでいくとか。この舞台においても準主役という、かなり重要な役どころの一人である。

 

「私は夜凪景。役者よ、よろしくね!」

 

 次いで、自分を役者だと胸を張るように声を上げたのが夜凪景。長い黒髪が美しい少女。期待の新人女優である彼女は今年で高校三年生とのことだ。

 未だ学生の身でありながらもいくつかの作品に出演し、そのずば抜けた演技力で多くの人々を驚嘆させる実力派の役者。さらに最近ではTVCMなどにも引っ張りだこ。

 自宅にTVもない鬼太郎は知らないだろうが、今もっとも注目度を集めている芸能人といえばまず真っ先に彼女のことが思い浮かばれる。

 

「……はじめまして、明神です」

 

 景の後に、明神阿良也が簡潔な挨拶で鬼太郎への挨拶を済ませる。

 先ほどの稽古では、鬼太郎たちにすらも本物の怪異ではないかと錯覚させるほどの演技力を見せつけた彼だが、今はどこからどう見ても普通に人間だと分かる。

 ボソボソの髪に、目の下に大きな隈。気怠げな態度の彼は——ふいに、鬼太郎に顔を近づけ鼻をクンクンさせる。

 

「な、なんでしょうか?」

 

 いきなりの奇行に流石の鬼太郎も驚くが、阿良也は特に悪びれもなく言ってのける。

 

「キミ……あんまり臭くないね」

「???」

 

 別に貶している訳ではないだろう。寧ろ、普通なら褒め言葉のようにも聞き取れる。

 しかし、阿良也の言葉がどういう意味なのか理解しているのか。アキラと景が慌てた様子でフォローを入れていく。

 

「き、気にしないでください、鬼太郎さん! 失礼ですよ、阿良也さん!」

「そうよ、阿良也くん! 鬼太郎くんは、別に役者って訳じゃないんだから……」

 

 二人のその態度から、決して鬼太郎がいい匂いだと褒められた訳ではないことが伝わってくる。

 

「景は相変わらずすごく臭うし……堀くんも最近は結構臭くなってきた。いいと思うよ?」

「阿良也くん、いい加減セクハラで訴えるわよ?」

「だから堀じゃなくて星ですって……わざと、それわざとですよね!?」

 

 逆に阿良也は景やアキラを『臭い』と称賛する。彼の無遠慮な言葉に景は女子としてこめかみを引くつかせ、何度も名前を間違えられていることにアキラは声を上げる。

 しかし、決して互いを罵り合っているわけではない。和気藹々と言葉を投げ掛け合う、何だかんだで良好な関係を気付いている三人の役者たち。

 

 

 

「キミたちは……今度の舞台をどう思っておるんじゃ? 怪人に襲われるリスクを冒してでも……公演を続けるべきだと、本心から思っておるのか?」

 

 すると彼らの掛け合いで車内の空気がいい感じになったところを見計らい、目玉おやじが声を掛ける。

 

 既に結論が出た舞台の続行に関して、今度は個人の意見を訪ねていく。

 彼らは舞台でもそれぞれが重要な役どころを演じているようだし、彼らの内誰か一人でも公演に反対してくれれば、あるいは皆の気持ちを動かすこともできるのではないかと期待する。

 

 しかし——。

 

「そうよね……クリスティーヌもそれ相応の恐怖は感じている筈だし……もっと彼女の気持ちに近づかないと……」

 

 夜凪景に関してはもはや聞くまでもない。既に彼女の気持ちは確固として舞台の中にあるようで、ぶつぶつとクリスティーヌという役どころに関してだけ頭を悩ませている。

 

「? 役者はいつだって命懸けだよ? 常に『役に飲まれる』かもしれないリスクが伴ってる。そこから帰って来れるかどうか……自分の居場所を見失わないようにしないとね……」

 

 阿良也の方も、鬼太郎たちの懸念などまるで理解できないとばかりに。彼なりに役者としての心情や矜持を語る。

 

「それに……本物の怪人が来てくれるなら、それはそれで好都合さ」

「……?」

「怪人を演じようと色んなものを『喰ってきた』けど……やっぱ、本物を喰ったほうが手っ取り早いし、より怪人に近づくことができる……もう一度現れてくれないかな?」

 

 しかしそれは鬼太郎たちは勿論、余人にすら理解できないような考え方であることから『阿良也節』などと呼ばれている。

 阿良也は怪人の存在を憂うどころか、もう一度出てきてくれないかと亡霊の再出現を願っているようだった。

 

「阿良也さん、流石にそれはちょっと……。その怪人のせいで……七生さんも危うく大怪我するところだったんですからね」

 

 その考え方に対し、星アキラは苦言を呈する。

 実際に怪我人が出ているのだ。また怪人に現れてほしいと願うのは、少し不謹慎ではなかろうか。

 

「そうかな? ファントムに命を狙われるカルロッタの気持ちを体験できたんだ。七生だって結果オーライだと思ってるんじゃないの?」

「いやそれは……そう思えるのは、阿良也さんくらいだと思いますよ……多分」

 

 だがそれでも、阿良也はその経験すらも役作りに組み込めと言う。

 決して仲間の心配をしていないわけではないようだが、それでも役者としての在り方が彼としては優先されるようだ。

 

「……アキラくんと言ったか。キミがこの中で一番、真っ当な感性を持っとるようじゃな」

 

 そんな阿良也とのやり取りから、目玉おやじは星アキラという青年がこの中で一番話が通じ易そうだと彼に声を掛ける。

 

「キミはどう思っておる? このまま舞台を続けるべきか、否か。率直に思ったことを聞かせてくれ」

「…………」

 

 アキラは目玉おやじの問い掛けに、安易な返事ができないでいた。

 やはりこの青年は、主演の二人よりは一般的な感性を持ち合わせているようだ。目玉おやじが心配する懸念にも、真摯に向き合うよう考え込んでくれている。

 

「確かに夜凪くん、いえ……役者たちの安全を第一に考えるのであれば、この芝居は取り止めるべきでしょう。天知さんはああ言っていましたが……やむを得ない事情であれば、きっと世間も納得してくれる筈です」

 

 彼は役者の視点だけでなく、プロデューサーの視点からも。公演を中止することが不可能ではないこと。言い訳次第でリスクも最小限に抑えられると、冷静な意見を述べてくれる。

 

「でも、ボクは……ボク自身が、この舞台を続けたいと思っています。ボクの演じるラウルがどこまで夜凪くんのクリスティーヌや、阿良也さんの怪人に張り合えるかを……試してみたいんです」

 

 だがその上で、アキラにも譲れない役者魂がある。危険を承知でこの舞台を続けたいと、彼は自らの思いを正直にぶつけていく。

 

 

 

「……そうですか」

 

 一見常識的に思えた星アキラですら、公演の中止を考えることはできないようだ。

 やはり現時点で人間たちを説得するのは無理だろうと、鬼太郎は大きくため息を吐いていく。

 

 

 

×

 

 

 

「さあ。着いたよ」

「ここが……夜凪さんの家、ですか?」

 

 それから三十分ほど。星アキラの運転する車が夜凪家へと到着する。

 車は夜凪家の敷地内に停められたが、彼女の家自体はそこまで大きくなかった。それどころか周囲の家々に比べてもひと回り小さく、外観もかなりボロっちく見える。

 苔やらの植物が自生しており、壁面などにも修繕された跡が多数ある。とてもではないが、人気急上昇中の注目女優が住むような場所ではない気がする。

 

「……夜凪くん。やっぱり引っ越しを考えるべきじゃないかな? その……この家も悪くはないんだけど、やはり防犯上のセキュリティが……」

 

 夜凪家を前にアキラは言葉を濁しながらも、彼女に引っ越しを勧める。

 怪人の件を抜きにしても、この家の構造では防犯的な観点から色々と問題があると。彼自身もイケメン俳優として追っかけの女性が多いことから、そのような意見を口にする。

 

「ううん……この家を手放すつもりはないの。ここには……亡くなったお母さんとの思い出が沢山詰まってるから」

「!!」

 

 景は会話の中で、何気なく母親が亡くなっていることを口にし鬼太郎を驚かせる。しかしそこに悲壮感はなく、既に母の死から立ち直っている強い意志がその横顔からも垣間見える。

 

「それに……あの子たちも、この家が好きだって言ってくれるし……」

 

 そう、たとえ母親がいなくとも、彼女は決して天涯孤独の身ではない。

 

 

「——あっ!? お姉ちゃんだぁ! お帰り!!」

「——お帰りなさい!! お姉ちゃん!!」

 

 

 景の帰宅を察した家の住人・幼い少年少女が玄関から飛び出してきた。

 子供たちは姉である夜凪景の膝下へと抱き着いていく。嬉しそうに駆け寄ってくるその子たちを、景もまた嬉しそうに抱き寄せた。

 

「弟妹のルイとレイよ。ほら二人とも……お客さんが来たんだから、挨拶しなさい」

 

 夜凪景の幼い弟と妹——ルイとレイ。

 まだ小学校の低学年。元気いっぱいに姉と戯れながらも、訪問客である男性陣へと目を向けた。

 

「ああ!! ウルトラ仮面だ!! ウルトラ仮面、今日もオフなんですか!?」

「ジョバンニも一緒! ……サンカク? お姉ちゃん、またサンカクカンケーなの?」

 

 すると弟のルイは星アキラを『ウルトラ仮面』と呼び、妹のレイが阿良也を『ジョバンニ』と呼ぶ。

 

 ウルトラ仮面、ジョバンニ。それぞれアキラや阿良也が別の番組や舞台で演じた役どころである。

 ヒーローものが大好きなルイにとって、アキラはまさに『憧れのヒーロー』そのもの。二人にとって阿良也は『空想好きで孤独な少年』ジョバンニとして、どこか友達感覚で接している。

 芝居と現実の区別が曖昧な、子供だからこその感性だろう。

 

「ああ!? 鬼太郎だ!! お姉ちゃん……ゲゲゲの鬼太郎がいるよ!!」

「えっ……ボク?」

 

 さらにルイはもう一人。そこにゲゲゲの鬼太郎の姿を見つけるや、何故か興奮するように叫び声を上げていた。

 鬼太郎は特に何かを演じたことがあるわけではないのだが、ルイが彼に向けるキラキラとした視線は、どことなくウルトラ仮面を見つめるものに近い。

 

「そうよ、鬼太郎くん!! この間もTVの中で頑張ってくれていたわ……お礼を言いましょう!」

「うん!! 鬼太郎さん……ボクたちを、みんなを助けてくれてありがとうございました!!」

 

 というのも、鬼太郎は少し前にTVに出ており、その勇姿を日本中に見せてくれた。例の戦争時、バックベアードの衝突から日本を守ったあの光景である。

 きっと夜凪家の面々もあの映像を見ていたのだろう。戦争の背景など何も知らない子供たちからすれば、鬼太郎はまさに日本の危機を救ってくれたヒーローそのものなのだ。

 

「…………」

 

 だがルイが自分を見つめるその視線に、鬼太郎は複雑な顔色を隠せないでいる。

 

 鬼太郎自身、自分のことをヒーローなどと思ってもいない。

 子どもたちの輝くような視線も、彼にとっては非常に居心地が悪く。その視線から逃れるよう、鬼太郎は顔を伏せってしまう。

 

「……さっ、上がってちょうだい、鬼太郎くん! 阿良也くんも、アキラくんも! カレーでよければご馳走して上げるから!!」

 

 鬼太郎の心情をなんとなく察したのか。それ以上その話題には触れず、とりあえず景は鬼太郎を家の中に招き入れようと声を掛ける。

 ついでに阿良也やアキラにも、夕食を出して上げようと声を掛ける。

 

「お姉ちゃん!! 天使さんが遊びに来てるよ!」

「天使さんがお台所でカレー作ってる!!」

 

 

 だが、そこでルイとレイの二人が——『天使』が来ていると、とっても嬉しそうにその事実を告げた。

 

 

「……天使?」

 

 一応は本物の天使と面識のある鬼太郎が『この日本に天使が?』と、天使そのものが訪問している可能性を僅かでも思案する。

 だが当然、子供たちの言う天使は本物ではなく。あくまで役どころ——つまり『天使と称されるほどに美しい役者』という意味である。

 

「天使って……!?」

「まさかっ!?」

「……!」

 

 そのような役者に心当たりがあるのか。

 景のみならず、アキラや阿良也でさえもその表情に動揺が浮かぶ。

 

 

「——ああ、ようやく帰ってきたんだ、おかえりなさい!」

 

 

 そうした、彼らの反応に応えるよう——確かに『天使』は玄関先から顔を出す。

 

 

 その天使は、美しく可憐な少女だった。

 小柄で小顔で、肌も輝いているように白く、ショートボブの髪が雲のようにフワッとしている。

 その容姿、佇まいからも確かな神秘性が垣間見えるようだ。

 

 だが、微笑みを浮かべるその表情は、どこか不自然なほど造り物めいていた。

 人間離れした造形美。まさに天が創り出した創造物——『天使』と呼ばれるのも納得できる『役者』であった。

 

 

「なぜ、キミがここにいるんだい……千世子くん」

 

 

 その女優と長い付き合い、同じ事務所に所属する星アキラが彼女がここにいる理由を尋ねる。

 戸惑い気味の彼の問いに、彼女——百城千代子(ももしろちよこ)は笑みを崩すことなく堂々と答えていく。

 

 

「——ん? 別に遊びに来ただけだけど……アキラくんも、カレー食べてく?」

 

 

 

×

 

 

 

「ふ~ん……百城カレーも結構いけるね……悪くないよ」

「ありがとう、阿良也さん。あっ、おかわりいる?」

 

 夕食時。なぜか夜凪家のテーブルで明神阿良也が百城千世子の作ったカレーを食べていた。

 元から景の作るカレー目当てにやって来ただけあって、阿良也には遠慮というものがない。もう何杯目になるかもわからない天使カレーを、ただ黙々と食していく。

 

「鬼太郎くんはどう? 妖怪さんの口に合うかどうか分からないけど」

「いえ、普通に美味しいです。ごちそうさまです」

 

 鬼太郎もとりあえず千世子のカレーを頂いていた。妖怪である鬼太郎相手にも、千世子は全く態度を変えずに接してくれている。

 

「もぐもぐ……美味しかった、天使さんのカレー!」

「うん!! 天使カレー、美味しい!!」

 

 ルイとレイの二人も天使のカレーを笑顔で食べきり、食後の運動とばかりに食卓から少し離れたところで遊んでいる。

 

「目玉おやじさん、ちっちゃくて可愛い!!」

「おやじさん、絵本読んで!!」

「分かった! 分かったから……そう突っつくでない! くすぐったいぞい!!」

 

 子供たちの面倒は、目玉おやじが見てくれていた。

 恐れ知らずの子供たちからすれば、目玉おやじも『可愛い小人さん』といった程度の認識だ。目玉おやじも自分を慕ってくれている幼子たちを邪険にすることなく、大人の対応で接してくれている。

 

 

 

「千世子ちゃんのカレー……美味しいよ。美味しいけど……なんで?」

「いや、本当……何をしに来たんだ、千世子くん……?」

 

 他のものたちが千世子の存在をそこまで意識していない中、家主である夜凪景がこの状況に一番戸惑いを見せていた。

 常識的な星アキラも、突然夜凪家に訪れていた同僚に呆れたようにため息を吐いている。

 

「えー、だからさっきも言ったじゃない、遊びに来たって……まあ、一応様子を見に来たってのもあるけどね」

 

 困惑している景やアキラに、千世子は天使の笑顔を貼り付けたまま答えていく。

 百城千世子は景たちと同じ役者だ。景たちの世代を代表する若手トップ女優であり、知名度だけでいえばアキラや阿良也ですらも凌駕する。

 

 彼女や星アキラが所属する事務所『スターズ』の方針は——『スターは大衆のためにあれ』。

 

 その方針の元に作り上げられた彼女こそ、まさにスターズの最高傑作——『スターズの天使』。

 人間離れした美しさ、研鑽された技術、計算し尽くされた戦略的演技。その全てが大衆の心を虜にしていく。

 

「連絡しなかったのは、ごめんなさい。ちょっと夜凪さんの驚く顔が見たかったからなんだ」

 

 ただ今の彼女は天使というより、ちょっぴり小悪魔ぽく。舌を出しながら軽くウインクなどして見せる。

 

「聞いたよ。本物の怪人が出たんだって? 怪我人もいるとか、大変なことになってるみたいだね?」

「!! 耳が早いな……誰から聞いたんだい?」

 

 彼女は景たちが抱えている騒動、怪人の出現について言及してきた。

 だが、千世子自身は今回の舞台に参加していなかった筈。いったいどこから情報が漏れたのか、世間に下手な噂が流れることを危惧し、アキラはその話の出どころについて尋ねる。

 

「天知さん経由でね。アキラくんを預けている以上、スターズの方にも報告が来るのは当然でしょ?」

 

 もっとも、それ自体は杞憂だ。あくまで千世子は関係者である天知から聞かされたことであり、天知もプロデューサーとして、出演者の所属事務所に報告を怠らなかっただけのことである。

 

「アキラくんのところにも、アリサさんから連絡が来てるんじゃないの……出演を辞退しなさい、とかさ?」

「えっ? そうなの……アキラくん?」

 

 さらに、千世子はアキラにこの舞台の出演に関して踏み込んだ話をしていく。『辞退』という不穏な響きに景はアキラの表情を窺う。

 

「……ああ、確かに母さんから直接連絡は貰ったよ。今すぐ戻って来いって……」

「心配してるんだよ、アリサさんだって……」

 

 アリサとはスターズの社長。アキラの母親・星アリサのことだ。彼女は元女優だが、今は経営者として多くの俳優たちを育てる立場にいる。

 その立場上、彼女は今回の怪人騒動に自社のタレントが関与することを快く思っていないようだ。

 それが自分の息子であるならば尚更のこと。アリサは社長としても母親としても。息子を危険な現場から遠ざけようと、彼個人に『戻ってこい』と連絡を入れていたらしい。

 

「だけど、ボク一人だけが逃げる訳にはいかないさ……」

 

 しかしその問答なら既に車内で済ませている。アキラ自身にこの舞台から降りるという選択肢はない。

 

「ボクの力がどこまで通じるか試してみたいし……それにここで降りたら、ボクをキャスティングしてくれた黒山さんにも、申し訳が立たないしね」

 

 彼には役者としての力をこの舞台で試してみたいと考えがあったし、何より自分をラウル役に抜擢してくれた黒山墨字の期待に応えようという思いもあった。

 

「黒山さんが、アキラくんを? それは初耳だわ……」

 

 その話に景が反応を示す。

 アキラの役者としての能力を疑っているわけではないが、あの黒山がわざわざアキラに声を掛けたのが少し意外に思えた。演出家の意図がどこにあるのか。景は役者としてアキラがラウル役を演じる、その意味について考え込んでいく。

 

 

 

「ふーん……そっか。まっ、アキラくんからすれば、願ったり叶ったりだもんね!!」

 

 一方で千世子はアキラの答えに一瞬だけ真顔になる。だが、すぐにまた小悪魔のような笑みを浮かべ、揶揄うように微笑んでいた。

 

「堂々と夜凪さんと熱愛できる機会だもんね! これを逃す手はないでしょ!!」

「いや、なんでそうなるんだい!?」

 

 熱愛。

 千世子やアキラのような、若いスターとして輝く二人には今後の芸能活動をも左右する、重大なスキャンダルになりかねない響きだ。

 過去にも、アキラと景の二人は『熱愛か!?』というスキャンダル記事をすっぱ抜かれたことがある。それは完全に誤解であり、何とか世間に対する言い訳をアリサが用意してくれたことで損失を最小限に抑えることができたが。

 

「そうよ、千世子ちゃん。私アキラくんと熱愛なんかしてないんだから」

 

 それがきっかけで、仲間内ではその熱愛ネタが一つの定番と化してしまった。揶揄われる度、景はつっけんどんな態度でアキラとの熱愛を否定するのだが——。

 

「ええ? けど、夜凪さんはクリスティーヌでアキラくんはラウル子爵なんでしょ? 役作りのためにも、二人は熱愛するぐらいが丁度いいと思うけど?」

 

 千世子が言うよう、オペラ座の怪人ではクリスティーヌとラウル子爵が互いに惹かれ合い、恋に落ちていく。

 その関係は——まさに熱愛と呼ぶのに相応しい。

 

「あっ……そうよね。私、クリスティーヌなのよね……じゃあ、アキラくんと……ラウルと熱愛しなくちゃ……ぐ、んん……」

 

 これに景が、心底から困ったという顔を浮かべてしまう。

 熱愛などしたくないが、役作りのためならば仕方ない。よりクリスティーヌに近づくためにも『アキラと熱愛しなければならないのか?』と、かなり真剣に悩んでいる様子。

 

「——別に堀くんと無理に熱愛する必要はないんじゃない?」

 

 すると、そこにカレーを食べ終わった阿良也が口を挟み、話をさらにややこしくしていく。

 

「熱愛の経験が喰いたいなら、俺とすればいい。俺たち親友だし、別に構わないんじゃない?」

「いやいや!! 阿良也さん、親友って……そういうのじゃないでしょ! ふざけてるんですか!?」

 

 これにアキラが真っ向から反論。

 親友と熱愛は何の関係もないだろうと、少しムキになって叫んでいく。

 

 

 

 

 

「元気なもんじゃのう……怪人に狙われておることなど、忘れているようじゃが……」

「そうですね、父さん……」

 

 賑やかに騒ぐ役者たちを横目にしながらも、目玉おやじと鬼太郎は決して警戒を緩めてはいなかった。

 皆がすっかりその存在を忘れかけている怪人・ファントムがいつまた現れても対応できるよう、鬼太郎は常に妖怪アンテナで家の周囲を探知している。

 

 しかし、妖気などは特に感じられず。

 あくまで現時点ではあるが、怪人がこの夜凪家へと訪れる兆候はほぼ皆無であった。

 

 

 

×

 

 

 

「それじゃあ、ボクたちはそろそろ……」

「明日も稽古場でよろしく」

 

 そうして、何事もなく夜が深まっていく中、星アキラと明神阿良也の二人が夜凪家を後にしようとする。

 流石に若い男性である二人が夜凪家に泊まるわけにはいかない。それこそ、本当に熱愛だと言われかねないからだ。

 

 今も夜凪家に残るのは、家の住人である景とルイにレイ。良い子であるルイとレイは決められた就寝時間には布団に入り、既にぐっすりと熟睡している。

 あとは初めから泊まるつもりで来ていた千世子、そして景の護衛として鬼太郎と目玉おやじが夜凪家に留まるとのことだ。

 

「うん、二人とも気を付けてね」

 

 玄関先でアキラたちを見送るのは景。家主として、客人が無事に家まで帰れるのを祈る。

 

「夜凪くん、一番気を付けなきゃならないのはキミだろ? 何かあったら連絡をくれ、すぐに駆けつけるから!」

 

 だがその気遣いに、当然ながら景の方が用心すべきだとアキラは口酸っぱく注意を促す。

 景の身の安全のためならば、自分も直ぐに駆けつけると。そこに下心はなく、アキラは純粋に仲間として彼女の心配をするが。

 

「ありがとう、アキラくん……でも私たち熱愛はしてないけど?」

「いや、これは熱愛とかは関係ないからね!?」

 

 つい先ほど熱愛のことをネタにされたためか、景はつーんと冷たくアキラのことを突き放す。

 

「けど、クリスティーヌとしてはラウルと……でも熱愛なんて、何をすればいいか分からないし……う~ん……」

 

 しかし、彼女は役者としての使命感に考え込んでしまう。

 芝居のことを考えれば、クリスティーヌとラウルの関係を考えるのであれば、アキラと『そういった雰囲気』になることが必要なのかもと。

 多少無理でも熱愛すべきかと、少しズレたところで悶々と悩み始めた。

 

「…………」

 

 そんな景の様子に、アキラは真剣な顔つきで彼女を見つめ——。

 何かを思い付いたのか、ふいに笑みを浮かべながら声を張り上げる。

 

 

『——久しぶりだね!! クリスティーヌ……ボクのことを覚えているかい?』

「……!!」

 

 

 唐突にその名を口にした星アキラ。景は少し驚いた素振りを見せつつ——すぐに役者として彼の台詞に応える。

 

『——ラウル!? 貴方、ラウルよね!! ああ、懐かしい……また貴方と再会できるだなんて……』

 

 一瞬だ。

 彼女は一瞬でクリスティーヌへと切り替わり、ラウル子爵である星アキラに笑顔を向けていく。

 

 

 これは舞台の序盤、幼馴染であったラウルとクリスティーヌが大人になってから再会するシーンだ。

 カルロッタの代役、臨時のプリマドンナとして活躍するクリスティーヌに、彼女への恋心を思い出すラウル。

 オペラ座を終えたクリスティーヌの楽屋へと、彼は労いの花束を贈りに行く。

 

 

『——舞台の成功おめでとう、クリスティーヌ。夢を叶えたんだね……キミはもう、立派なプリマドンナだ!』

『——そんな……あれはただの代役で……私なんてまだまだよ……』

 

 家の玄関先であるにも関わらず、淀みなく演じ続ける二人。舞台の公演はまだずっと先だが、それでも十分に見応えのある即興劇。

 

「…………」

 

 傍にいた阿良也も二人の芝居には口を出さず、それぞれの演技を値踏みするように見つめている。

 

『——クリスティーヌ……いえ、マドモアゼルクリスティーヌ……またお会いしましょう……』

 

 するとアキラは恭しい仕草で景の手を取り、その場に膝を突いた。

 

 

 そして次の瞬間、彼女の手の甲に——そっと口付けをする。

 

 

「ちょっ!? ちょっとアキラくん!? いきなり何を……!?」

 

 これに夜凪景が、演技をする余裕もないほどに動揺を見せてしまう。

 未だ男性とお付き合いなどしたことがない、『恋』すら知らない少女にはやや刺激が強すぎたかもしれない。実際のところ、ここはアキラのアドリブで台本にもない行動である。

 

「ははは、ごめんごめん……だけど、夜凪くん。その戸惑いでいいと思うよ?」

「えっ?」

 

 アキラは突然の無礼を謝りながらも、そのリアクションこそが正しいんじゃないかと景にアドバイスする。

 

「確かにクリスティーヌとラウルは惹かれ合い……最後には結ばれたかもしれない。だけどこのときのクリスティーヌは……ラウルの気持ちをどう受け取っていいか分からず、戸惑っていたんじゃないかな?」

 

 

 劇中において、ラウルとクリスティーヌは恋仲となり、最後には夫婦として結ばれる。

 だが物語の当初、クリスティーヌの心は怪人に——自分を優しく指導してくれる『音楽の天使』の方に向いていたのではないだろうか。

 少なくとも、序盤はラウルからの一方的な好意に過ぎず。その時点では、クリスティーヌもラウルには恋をしてはいなかっただろう——と、アキラは物語の流れをそのように読み解いていく。

 

 

「確かにクリスティーヌは自分を守ろうと必死になるラウルに惹かれていったかもしれないけど、その気持ちは物語の最中に育まれていくものなんじゃないかな?」

 

 勿論、それも解釈の仕方の一例に過ぎない。オペラ座の怪人は長い歴史を持ち、公演される舞台ごとに、演出家の違いによって様々な色合いを見せる作品だ。

 クリスティーヌとラウル、そしてファントムを含めた三人の愛憎劇。彼らの気持ちがどのように揺れ動いているかという問い掛けに、初めから正解など存在しない。

 

「だから無理にボクを……いや、ラウルを今すぐに好きになる必要もないと思うよ? 舞台までまだ時間はあるんだし、稽古の中で彼との向き合い方をゆっくり育んでいけばいいんじゃないかな?」

 

 アキラはあくまで景の緊張を和らげようと、彼女の肩を緩めるために自分なりの考えを話していた。それが正しいかどうかは別として、そういう考え方もあるんじゃないかと助言したのだ。

 効果はあったのか、アキラのアドバイスに景はその表情をパアっと明るくしていく。

 

「そっか! じゃあ私、無理にアキラくんと熱愛する必要なんてなかったんだわ!! 良かった!!」

「……うん、そこまで露骨に喜ばれると、ボクもちょっと傷付くんだけど……」

 

 熱愛しなくてもいいという喜びから、景は無邪気にアキラの手を取っていく。彼女の大袈裟な喜びように、アキラは男として複雑な気持ちに陥る。

 しかしこれで良かった。変に意識されるよりは自然体で演じてくれた方がアキラも気が楽だと。再び口元に微笑みを浮かべていく。

 

 

「それじゃあ、また明日……」

「ええ、また明日!」

 

 

 そして、あくまで同じ役者として、仲間として。笑顔で別れを告げていく二人の男女——。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな二人の、微笑ましいやり取りを——。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『——クリス……ティーヌ……』

 

 怪人は、闇の向こう側から覗き見ていた。その声音は嫉妬に震えており——。

 

 

『——おのれ……ラウル!! どこまでも、目障りな男めっ!!』

 

 

 その瞳の奥には、禍々しい憎悪の炎が燃え滾っていた。

 

 

 

 

 




人物紹介

 夜凪景
  原作『アクタージュ』の主人公。
  自らの過去を追体験する演技法・メソッド演技を独力で身に付けた異能の天才。
  彼女が新しい役を披露する瞬間は必殺技。他の役者たちがみんな揃ってビビりまくってる。
  一般的な感性(主に服装のセンス)が、天才故なのか割とズレている天然さん。

 星アキラ
  スターズに所属するイケメン俳優。あまりにもイケメン過ぎて、最初はモブかと思ったわ。
  元女優の息子だが、彼自身には母のような才能がなかった。
  しかし脇役としての道を示され、役者として一皮剥けた演技が評価される。
  何気に作者の一番好きなキャラ。人気投票では柊雪と彼に票を投じさせていただきました。

 百城千世子
  ライバル女優。最初に主人公の前に立ち塞がったボスキャラ枠。
  天使と称される美しさ、しかしそれは苦労の末獲得していったものであり、意外に努力型。
  リアル人気投票では主人公を押し退けて一位に輝いた。
  尺の都合上、舞台そのものには出演なし。彼女売れっ子だし、きっとスケジュールが合わなかった。
  
 明神阿良也
  演劇界の怪物。どんな役も演じるカメレオン俳優。
  マタギになるために熊肉を喰い、ジョバンニになるために夜凪を喰う。
  夜凪に似たタイプであり、それを自由自在にコントロールできる分、阿良也の方が上手?
  臭くない役者は好きではなく、臭いのきつい夜凪がお気に入り。

 以上、おそらくアクタージュにおけるメインキャラになっていたかと思われる四人。
 この四人、原作だと全員が一堂に会したことがなく、今回は夜凪の家に皆を集めてみました。

 ルイとレイ
  夜凪景の弟妹。泣き虫の男の子・ルイ。しっかり者の女の子・レイ。
  作中で明言されてなかったと思うけど、おそらく小学一、二年くらい。
  汚れ切った大人には眩しすぎる、純粋な天使たち。とても可愛い。
 
 星アリサ
  星アキラの母親、元女優。今は芸能事務所『スターズ』の社長。
  景が『星アリサの再来』と呼ばれていることから、かなりすごい女優だったことが分かる。
  結構ドライな経営者かに見えるが、意外と情が深い苦労人。
  天知曰く、経営者に向いていないとか。
  
 ファントム・オブ・ジ・オペラ
  オペラ座の怪人の亡霊。今作におけるモデルはfgoにおけるファントム。
  低レアながらも、ストーリーやイベントではそこそこ出番がある、名脇役?
  理知的に話しているように見えるが、それは自分の中のドス黒い衝動を抑えるため。
  もしも一度でも狂気に染まれば、またも惨劇を引き起こすという。
  今回はそんな、徐々に暴走していく怪人を描ければと思ってますが……。
  
 ちなみに、以下がオペラ座の怪人における主要メンバーの配役です。
  
  クリスティーヌ 夜凪景
  オペラ座の怪人 明神阿良也
  ラウル子爵   星アキラ
  カルロッタ   三坂七生
  謎のペルシャ人 青田亀太郎
 
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