ゲゲゲの鬼太郎 クロスオーバー集   作:SAMUSAMU

90 / 150
fgoユーザーの皆さん、『カルデア妖精騎士杯』のボックスガチャイベントお疲れさまでした!
皆さんはどれだけ回せましたか? 自分は……300箱まであとちょっとのところでフィニッシュでした。
ちなみに、今回のイベントでQPにだいぶ余裕が出来ましたので、今まで手を出していなかったレベル120への道に手を伸ばしてみました。
対象は『太歳星君』。コンたちとの思い出が忘れられず、彼をレベルMaxまで育てていこうかと思います。


今回のクロスオーバー作品は『夜廻』。本小説で初めてクロスした作品『深夜廻』の前作です。
この作品がヒットした影響か、日本一ソフトウェアが幼女に厳しいと言われ始めたのは……。
ちなみに、深夜廻のクロスでは原作のすぐ後を舞台にしていますが、今作の夜廻では原作の数年後を舞台にしております。

基本的に初回に書いた深夜廻の続きというわけではありませんが、ある程度の繋がりは匂わせています。
単体でも楽しめるようにはなっていますが、この機会に深夜廻の方も改めて読んでみてください。




夜廻 其の①

 

 

 

 夜の怖さを 覚えていますか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ——『夜』——

 

 陽の光の下に生きる人間は寝静まり、人ならざる魑魅魍魎が跋扈する魔の時間帯。

 

 人という生き物は古来より本能的に暗がりを、闇を恐れた。

 

 闇に蠢くものたちから逃げるよう、夜の間は自分たちの領域である『家』へと立て篭もる。

 

 家の中で朝日が昇るのを、息を潜めて待つしかなかった。

 

 一方で魑魅魍魎も己の領分を弁え、自分たちの縄張り内を闇夜の間だけ狂騒に跋扈する。

 

 昔から『人』と『妖』はそのようにして、自分たちの生息圏を棲み分けしてきた。

 

 そこには互いを尊重し、共存しようとする意思が確かに存在していた筈だった。

 

 

 もっとも——それも遥か昔の話。

 

 

「——でさ!! そいつがマジうるさくって……」

「——もう一軒付き合えよ~! 飲みニケーションも仕事の一環だぞ!?」

「——可愛い子いますよ! 遊んでいきませんか!?」

 

 人類が闇を照らす術を手に入れて、数世紀。

 照らされるネオンの光に守られ、今日も人々が夜を動き回る。暗がりを克服したとばかりに我が物顔で街中を闊歩し、酔い潰れた泥酔者は無防備に路上へと寝っ転がる。

 闇への畏怖はどこへ行ったのやら。もはや人間は、夜というだけでは大して恐れも抱かない。

 夜に遊ぶことも、働くことも当たり前となって幾星霜。そこに人ならざるものたちの居場所などありはしなかった。

 

 

 

「キミたち可愛いね……俺たちと遊んでいかない? 奢っちゃうよ!」

「今日は朝まで騒いじゃおうぜ!!」

 

 時刻が深夜零時を回ろうとしていた頃だ。

 繁華街の一角で、数人の男子がその女子グループたちを呼び止めていた。彼らにも当然、闇への恐れなどあるわけもなく、夜遊びをしていた彼女たちに誘い文句を掛ける。

 

「えぇ~……どうしよっかな?」

「もう遅いし……そろそろ帰らなきゃだし!」

 

 その女子たちは、まだ十代後半の少女たちだった。

 夜の世界にちょっぴり危ない方向で憧れを抱いた女の子。精一杯のおめかしで背伸びをし、大人の振りをしてでも街に居場所を求める。

 もしかしたら今日で大人の階段を登るかもしれないなどと、期待と不安を胸に抱く一方、流石にそれはまだ早いと理性が働く子もいる。

 

「それに……夜遅くまで遊んでて、妖怪とかに襲われたら怖いし~!!」

「…………!」

 

 男性たちの誘いを断る理由付けか、妖怪などというものの名前を借りる。

 無論、半分は冗談だ。しかし——もう半分は決して冗談で済まないのが、今の日本の有り様である。

 

 既に妖怪の存在が認知され、数ヶ月前にも彼らとの間で戦争を引き起こした事実がある。男たちも妖怪と言われ、ほんの僅かに身を固くする。

 

「大丈夫だって!! こうやってみんなで一緒にいれば……あいつらだって下手なことは出来ねぇよ!!」

「キャッ!!」

 

 もっとも、すぐに気を取り直した男の一人が少女の肩に手を回す。

 妖怪という存在への警戒心は確かにあるが、それよりも今は若い狼の欲求を満たそうと。何としてでも女の子たちを『その気』にさせたかった。

 

「も~……しょうがないわね~!」

「じゃあ、ちょっとだけなら……」

 

 その男性たちがよっぽど好みの美形だったのか、少女たちも多少は乗る気になっていく。

 とりあえず、まずは軽く一杯。その後のことは成り行きに任せようと、男たちと共に夜の街へと消えていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「——ひぃっ!? ひゃあああああ!!」

「——やや……やばいって!? 逃げろ、逃げろぉぉぉおおお!!」

 

 だが、男たちが少女たちをその気にさせる暇などなく、彼らの情けない絶叫が路地裏に響き渡る。

 

 男たちは見せかけの外面の良さなどあっさりと捨て去り、我が身可愛さに少女たちを見捨てて逃げ出していた。

 彼女たちを囮にしたおかげか、それとも初めから狙われてもいなかったのか。いずれにせよ、彼らはそれで助かった。

 

「待って、待ってよ!? なんで逃げるの!?」

「いや……いやぁああああ!!」

「ママ!! ママ!!」

 

 だが少女たちは、その足が『闇』へとどっぷり浸かってしまっていた。

 まるで底なし沼に嵌ったかのように、地面に広がる暗黒へと少しずつ、少しずつ身体が引き摺り込まれていく。

 

「やだ……助けっ——」

 

 何とか助かろうと手を伸ばすも、最後にはその全身が闇の中へと沈んでいく。

 

 

 

 

 

 そうして少女たちを飲み込むや、すぐに『闇』もその場から消え去る。

 

 あとに残ったのは静寂のみ。静かになったその裏路地に——。

 

 

『————————』

 

 

『夜を廻る者』が、ただ閑静と佇んでいた。

 

 

 

×

 

 

 

「——みんな、おはよう!!」

 

 調布市のとある中学校。今日も今日とて、生徒たちが笑顔で挨拶を交わす、活気に満ちたクラス内。この学校の生徒である犬山まなも、教室に入るやすぐに仲の良い友人たちの元へと駆け寄っていく。

 

「おはよう、雅!! 彩も……姫香も!!」

「おはよう、まな。朝から元気だね……」

 

 まなの挨拶に真っ先に返事をしたのが、彼女の親友・桃山雅だ。

 朝に弱いのか少し気怠げな様子ながらも、元気一杯なまなを前に笑みを零す。

 

「おはよう、まな!」

「おはようございます、まなさん!」

 

 眼鏡の少女・石橋綾が笑顔で手を振り、上品な振る舞いで辰神姫香が微笑みを浮かべる。

 

「それで……どうだった、まな? 今年のGWは?」

 

 そうして、仲睦まじい四人の少女たちが一箇所に集まるや、まずは雅がまなに話題を振る。話の内容は今年の大型連休・GWについて。

 

 既に季節も五月の上旬。この時期になると連休疲れからか、通常の生活リズムに戻るのが苦となり、不登校や会社を辞める社会人の数が急増したりするもの。

 しかし、学校で友達と再会するのを楽しみにしていた少女たちがそのような憂鬱に襲われることはない。彼女たちは互いに連休の間、何をしていたかそれとなく話をしていく。

 

「う~ん……今年は、特にどこにもいかなかったかな……」

 

 もっとも、今年のGWは何もなかったと。犬山まなが残念なことを口にした。

 

「ほら……なんていうか、今年は物騒だったみたいだし……妖怪とかに壊されたとかで、結構やってない施設とか多かったみたいでさ」

「…………」

「…………」

「…………」

 

 まなとしては比較的明るく言ったつもりだったのだが、その発言に三人の少女たちが沈痛な面持ちで押し黙る。

 

 

 妖怪。

 まな自身は最近になって知ったことだが、今の日本ではそういった得体の知れないものが度々出没するようになってしまったらしい。

 その影響は、まなが『知らない間』に起きて終わっていた戦争とやらが終結した後も、未だ人間社会に暗い影を落としている。

 大規模な争いこそ収まってはいるものの、突発的な妖怪との衝突が各地で発生したりする。それが、今の日本の現状なのだ。

 

 

「あっ、朝からごめんね! なんか……怖がらせるようなこと言っちゃって……」

 

 友達が皆黙ってしまったことに、まなは気まずげに謝罪を口にした。

 まな自身、少なからず妖怪に襲われたりして怖い思いをしたのだ。もしかしたら雅たちも、何かしらの被害に遭ったのかもしれないと。まなは自身の迂闊な言動を反省する。

 

「犬山さん! ちょっといいかな!?」

「えっ、あ……うん! どうかした?」

 

 すると、若干友達同士で微妙な空気になっていたところに他所からお声が掛かった。

 

「隣のクラスの子が、何か用事あるみたいなんだけど……」

 

 どうやら、別のクラスの友人がまなに面会を希望していたようで。

 

「分かった! 今行くね!!」

 

 その呼び掛けにまなは快く応じ、暫しの間席を離れていく。

 

 

 

「まな……やっぱりないんだね、妖怪との記憶が……」

 

 他のクラスの子と廊下で話すまなに視線を送りながら、雅は溜息を吐くように呟く。

 

「うん……そうみたい……」

「妖怪に関しては……まなさんが一番の当事者でしたのに……」

 

 綾も姫香も、複雑そうな表情で顔を曇らせている。

 あんな風に、妖怪について他人事のように話す彼女を見て、どのように反応していいか内心かなり困惑していた。

 少なくとも二年前から今年の三月までの間なら、まなはこの中の誰よりも妖怪について詳しい筈だった。

 ゲゲゲの鬼太郎の友達であり、彼らの住処であるゲゲゲの森へも頻繁に出入りしていたとも聞く。

 

 

 だが、今のまなには——妖怪との記憶がない。

 彼らとの思い出だけが、すっぽりと抜け落ちているとのことだった。

 

 

「皆さんは……鬼太郎さんから何か聞いたりしていますか?」

 

 そんなまなの現状に対し、姫香がそれとなく皆に訪ねる。

 

 幸いなことに人間の友人である彼女たちは何事もなく、今まで通りまなと接することができていた。

 しかし、鬼太郎や猫娘といった妖怪たち。彼女たちも一応の面識はある、そういった面々が今のまなとどのような距離感でいるのか、それが気になってしまう。

 

「私は、まなのお母さんから聞かされたこと以上のことは何も……」

 

 友達の疑問に、雅は首を横に振りながら答える。

 まなの記憶が失われた事実に関して、この場にいる全員が彼女の母親である純子から話を聞かされていた。彼女は詳しい経緯は語らなかったし、決して誰かを責めようともしなかった。

 

「そういえば……この前、猫姉さんって人が直接うちの店に来たんだけど……」

 

 しかし当の妖怪たち、取り分けその原因となったゲゲゲの鬼太郎はだいぶその事実を気にしているらしく。

 この間、綾の両親が経営している喫茶店『モモ』に、鬼太郎の代わりに猫娘——まなが猫姉さんと慕っていた女性が来店し、少しだけ綾と話をしたとのことだ。

 

 鬼太郎の代わりに詳しい経緯を語った彼女は、決して鬼太郎を責めないでくれと終始頭を下げていた。

 まなに危険な橋を渡らせてしまったことへの謝罪など、色々なことを話したが——。

 

『——まなのこと……よろしくお願いね』

 

 一番最後、寂しそうに紡がれたその言葉が綾の印象に強く残ったとのことだ。

 

「そっか……」

「…………あの人たちも、寂しいんですね……」

 

 そのような話を聞かされ、雅たちはますます複雑な表情になる。

 猫娘の切実な言葉からは、自分たちが関わることの出来なくなってしまった、犬山まなという少女の今後を託す。そういった強い思いが感じられた。

 その思いに果たして自分たちは答えられるのかと、少し重めな空気が彼女たちの間に漂う。

 

 

「——お待たせ!! ……って、みんなどうしたの!?」

 

 

 だが、そんなどんよりとした空気を払拭するよう、元気溌剌なまなが笑顔で戻ってきた。

 他の友達との会話がよっぽど盛り上がったのだろう、爽やかな空気感が雅たちの間にも広がっていく。

 

「まな……アンタって子は! 人の気も知らないで、もう~!!」

 

 これに雅がやれやれとため息を吐きながらも——やはり自然と笑みを零してしまう。

 

 まな自身、記憶の欠落があってきっと不安を抱いているだろうに。そんな気持ちをおくびにも出さず、いつも通りに振る舞っている。

 そんな彼女のにこやかな笑顔を前にしては、何だか色々と考えて悶々とする自分たちが馬鹿らしくなってしまうというもの。

 

「ほんと、まなっていつも元気だよね……」

「ふふふ……でも、まなさんらしいです!」

 

 綾と姫香も似たような気持ちを抱いたのだろう。自分たちの心配も懸念も取り越し苦労だと、微笑みを浮かべる。

 

 

 そうだ、難しく考える必要などない。

 幸いなことに、自分たちとまなとの関係には何の変化もないのだから。

 

 今まで通りに、今まで以上に彼女と一緒にいてあげればいいだけの話だと。

 

 

 それが——犬山まなと『人間』の友達である自分たちにできることなのだと、皆が気持ちを同じくしていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「——それじゃあ……今日はここまでだな!」

 

 そうして、その日は何事もなく平和に過ぎていった。

 既に時刻は放課後となり、HRでの連絡事項などを伝え終えたまなたちの担任・小谷が生徒たちに別れの挨拶を告げようとする。

 

「ああ、そうそう……」

 

 だが、そこで何かを思い出したのか。彼は僅かに緊張感を漂わせながら、真面目な顔付きで皆に大事なことを伝えていく。

 

「最近……みんなと同じくらいの子たちが次々に失踪しているって話だ。ひょっとしたら、妖怪の仕業かもしれないって言われてる……」

「……!!」

 

 教師の口から、妖怪に気を付けるようにという学校側から正式に注意喚起が促されたのだ。その言葉に大半の生徒たちが身を固くし、教師の話に聞く耳を傾ける。

 

「寄り道しないで気を付けて帰れよ! お前たちも今年で受験生なんだから、大人しく家で勉強でもするように!!」

「げぇ~!? 先生、それは言わないお約束でしょ!?」

 

 だが怯えさせるだけではない。生徒たちの不安を極力減らそうと、小谷はそこに冗談を交えていく。もっとも、今年から受験生となった少年少女たちにとっては、寧ろそちらの方が大問題だ。

 

 ある意味、妖怪よりも恐ろしい現実を前に皆が揃って苦い顔をしていた。

 

 

 

「まな、私たちも帰ろう!」

「うん、そうだね。大人しく……家で勉強でもしてよっか?」

「そうですね、それがいいと思います!」

「気は進まないけどね、はぁ~……」

 

 先生から注意を受けたこともあってか、まなや雅たちも真っ直ぐ帰宅する道を選ぶ。

 いつもであれば友達と遊びに行ったり、買い物に行ったりと多少の寄り道はするのだが、流石にあのような話を聞いた後だとそんな気もなくなる。

 大人しく家に帰り、気は進まないが受験生らしく勉学に励もうと互いに声を掛け合った。

 

 

「——ねぇねぇ、これからカラオケにでも行かない? そろそろ新曲入った頃だしさ!」

 

 

 その一方で、教師の話などまともに聞き入れない生徒も一定数いる。まなたちとは別の女子グループの一人が、他の女子を放課後のカラオケへと誘おうとしていた。

 

「えぇ~、どうしよっかな? 妖怪とか……やっぱちょっと怖いし……」

 

 誘われた女子は乗る気でない様子を見せる。しかし無下に断ることもできないのか、曖昧な返事しか返せない。

 

「……ちょっと香凛、先生の話聞いてなかったの? 夜は危ないんだから、さっさと家に帰りなよ……」

 

 これにまなはその女子生徒・香凛という少女に横合いから声を掛ける。

 

 カラオケに行こうと言い出していた山根(やまね)香凛(かりん)というロングヘアの少女は、一応まなのクラスメイトだ。だがどうにも、まなとは反りが合わないのか普段はあまり言葉を交わさない。

 犬猿の仲というほどでもないのだが、何となくお互いを避けているような感じである。

 

「……別にまなには関係ないじゃん。アンタを誘ってるわけじゃないんだから……でしゃばらないでくれる?」

「むっ!!」

 

 だからなのか。注意された香凛は顔を顰め、あからさまにまなを煙たがる。まなの方も、露骨に自分を卑下する相手の言葉に口を尖らせた。

 

 まなは香凛に特別何かをしたことは『覚えていない』。だが、香凛はまなという少女の『良い子ぶった』ところが癪に障るらしい。

 噂話だが、学校の裏サイトなどでまなの悪口を度々呟いているとも聞く。

 

「あのね……!! 実際に人がいなくなってるんだよ!! それなのに遊びに行こうだなんて……非常識だと思わないわけ!?」

「ちょっ……ちょっと、まな……」

 

 そういった噂もあってか、まなも決して香凛に対して良い印象を抱いていない。

 売り言葉には買い言葉と、負けず嫌いな面もあり思わず言い返してしまう。ヒートアップするまなを、流石に雅たちが止めに入ろうとするが。

 

 

「——犬山さんの言う通りだと思うよ、香凛ちゃん?」

 

 

 だがそんな二人の間を取り持つように、一人の女子生徒が割って入る。

 

「!! あなたは……ええっと……」

 

 その女子もまなたちのクラスメイトだったが、すぐには名前が出てこない。

 それもその筈、彼女は今年に入ってからこの学校に編入してきた転入生だ。新学期とはいえ三年生になってから転校してきたという女子生徒、名前は確か——。

 

「夜野田……コトモだっけ? アンタも……妖怪がどうのって説教するつもり?」

 

 彼女の名前を思い出しながら、香凛はその子にも横柄な態度で接する。

 

 夜野田(よのだ)コトモ。それがその少女の名だ。

 赤いカチューシャに、赤いリボンを付けた彼女は、一見すると大人しめな小動物のようだ。実際、まなと香凛の間に割って入っている今も、困惑するようにオドオドとしている。

 

 だが、何より目を惹いたのが——その片目だ。

 

 彼女の左目は、眼帯によって塞がれていた。転校初日の挨拶で、彼女はその瞳が二度と開かないものであると淡々と語った。

 片目でしかものを見れない関係上、皆に迷惑を掛けるかもしれないと心底申し訳なさそうに頭を下げていた。

 

「夜野田さん……?」

 

 そういった彼女の境遇に皆が同情してか。それとも単純に転校してまだ日が浅いせいか。彼女は未だにクラス内で浮いた存在だった。

 そんな彼女が自分から声を上げたことに、まなは少し驚いている。

 

「……もうすぐ日が暮れる……」

 

 コトモは、静かに窓の外へと目を向けた。

 彼女の言葉通り、夕日が傾いて外が暗くなり始めている。あと一時間も経てば、世界に完全な『夜』が訪れるだろう。

 

「外が暗くなる前に帰らないと……」

 

 彼女は確実に訪れるであろう闇夜を前に淡々と、ただ淡々と。あるがまま事実のみを述べていく。

 

 

 

「——よまわりさんに、連れていかれちゃうからね……」

 

 

 

「——っ!!」

「——っ!?」

 

 瞬間、まなと香凛の背筋にゾクリと冷たいものが走る。

 

 コトモは驚かそうとしたわけでも、脅そうとしたわけでもない。本当に当たり前のように。まるでそれが世界の常識であるかのように、はっきりその言葉を口にしたのだ。

 妖怪などという、大まかな定義ではない。はっきりと『よまわりさん』なる固有名詞を当然のように用いてきた。

 彼女の実感のこもった言葉は妙なリアリティを生み、まなたちに得体の知れない恐怖心を抱かせる。

 

「ば、馬鹿馬鹿しい!! 何が……よまわりさんよ!!」

 

 だが、その恐怖感を必死に否定するよう、香凛は怒ったように声を荒げる。そして、そそくさと乱暴な足取りで教室から立ち去ってしまう。

 

「…………」

 

 香凛が立ち去ったクラス内は暫し静寂に包まれた。気まずげな空気を前に誰も何も言えず、時間が止まったような錯覚さえ覚える。

 

「それじゃあ……わたしも家に帰らないと行けないから。犬山さん、また明日ね……」

「あっ……う、うん。また明日……」

 

 そんな中、コトモは少し寂しそうに香凛の立ち去る背中を見つめつつ、さりとてすぐにその後を追うわけでもなく。自身も暗くなる前に帰らねばと、真っ直ぐ帰宅の途についていく。

 

 コトモの別れの挨拶にまなは反射的に言葉を返すも、その表情は困惑に彩られていた。

 

 

「…………よまわりさん……って、何?」

 

 

 疑問を口にするまなであったが、その問いに応えてくれるものは誰もいなかったのだ。

 

 

 

×

 

 

 

「——よまわりさん……ですか?」

 

 まなが学校でその名を耳にしていた頃、奇しくも彼——ゲゲゲの鬼太郎もその名を口にしていた。

 

「は……はい、そうなんです。よまわりさんが……ここ最近、この辺りで頻発している子供たちの失踪に関わっているかもしれないんです……」

 

 鬼太郎にその名前を教えたのは、高校生の少女だった。

 夜野田トモコ。そう名乗った依頼者は、落ち着きのない様子で喫茶店の紅茶に口を付ける。芳しい香りでどうにか緊張を和らげ、妖怪ポストに手紙を出してまで鬼太郎に助けを求めた経緯を語っていく。

 

「私たちは……今年の春、父の仕事の都合で東京に引っ越して来ました」

 

 トモコは父親と、あとは妹が一人いるらしい。三人家族で東京に越してきたという。

 

「それまで私たちはずっと……とある町に暮らしていました。その町では夜になると……奇怪なお化けたちが夜道を歩く人間を追いかけてくるんです」

「…………ん? 夜になると……どこかで聞いたことのある話じゃぞ!?」

 

 彼女の話に鬼太郎の頭からひょっこり目玉おやじが顔を出す。

 

「お嬢ちゃん、もしかしてその町というのは——」

 

 彼はトモコが住んでいたという町がどの辺りにあるものか、具体的な地名を尋ねる。

 

「そ、そうです! そこは隣町ですけど……その周辺に私たちも住んでました!! め、目玉おやじさんは知っているんですか!? あの町のことを?」

 

 昨今の社会情勢もあり、トモコも目玉おやじ自体に驚きはしない。しかし、彼が自分たちの故郷について知っていたことに食い気味に反応する。

 

「昔の話さ。あの街の夜を……ボクたちもあの子と一緒に乗り越えた……」

 

 鬼太郎が珍しく感慨深げに答える。

 いつだったか、鬼太郎たちもその町の『夜』を体験した。正体不明のお化けたちが徘徊する夜道、神格が堕ちて穢れてしまった荒神、人々を言葉巧みに死へと誘おうとする『何か』。

 そういった怪異たちと向き合い、立ち向かい、そして生き残った。

 流石の鬼太郎たちも、自分たちだけではあの夜を乗り越えられなかっただろう。鬼太郎たちが無事に生還できたのも、一人の少女の奮闘があってこそだった。

 

「ハルちゃんと言ったか……あの子は今、どこで何をしておるか……」

 

 その少女の名を、目玉おやじが懐かしむように口にした。たった一夜の出来事ではあるが、それだけ印象深い記憶だ。

 既にあれから何年も過ぎた。小学生だったあの子も、今では犬山まなと同じ中学生くらいにはなっているだろうと予想する。

 

「そ、そうだったんですか! ……けど、よまわりさんのことはご存じないんですね……」

 

 鬼太郎たちの体験談にトモコが目を丸くする。

 しかし、そんな彼らでも『よまわりさん』については知らないらしく、改めてそれがどのような存在なのかを一から説明していく。

 

 

 

「よまわりさんは、私たちの町で昔から語られている……都市伝説のような存在です」

 

 人面犬や、血だらけの長い髪の女。笑い声を上げながら迫ってくる子供の霊に、大百足。

 夜になると大小様々な怪異が徘徊する町だが、そんな中においても——よまわりさんは他のお化けとは一線を画す存在らしい。

 

「よまわりさんが狙うのは子供です。夜道を歩いている子供と目が合うと追いかけてきて……捕まると持っている袋に詰め込まれて、そのまま連れて行かれてしまうんです……」

 

 よまわりさんについて説明しながら、トモコは適当な紙にそれの絵を描いていく。

 

 それは——白いのぺっりとした仮面に、ミミズのような黒い胴体。いくつもの触手が手のように生えており、その手には灰色の袋が握られている。

 ちょうど人間がすっぽりと入る大きさだ。その袋の中に子供を閉じ込めるということだろう。

 

「ただ……子供を連れ去りはしますが、それ以外の危害を加えてはきません。それによまわりさんがいると、他のお化けたちが寄って来なくなるんです」

 

 一方で、よまわりさんは『子供を連れ去る』以外のことは基本しないという。さらによまわりさんが近くにいると、他のお化けたちが襲って来なくなるというのだ。

 

「もしかしたら……よまわりさんは、子供を守っているのかもしれません。夜の怖いものたちから……私たちを遠ざけようとしているだけなのかも……」

 

 そういった情報を元に、トモコは憶測だが自身の考えを述べた。

 よまわりさんは子供たちを他の怪異から守ろうとしている。その手段として子供を連れ去っていく存在ではないかと。

 

「じゃが……キミはよまわりさんが、子供たちの失踪事件に関わっていると疑っておる。キミ自身……奴を信じ切ることができておらんのではないかな?」

「…………」

 

 だがそれが彼女の意見だとすると、何故鬼太郎たちに手紙を送ってきたのかという疑問が生まれる。

 それに実際に未成年の少年少女が失踪し、未だに見つかっていないという事件が多発している以上、それを放置することもできない。

 

「……トモコさんは、ボクに何をして欲しいんでしょうか?」

 

 まず、トモコの真意がどこにあるのか。鬼太郎は改めて彼女に依頼内容を確認する。

 

「…………私こっちに来れてから、ずっと安心してたんです……」

「ん?」

 

 すると依頼と関係があるのか。トモコはポツリポツリと自身の心情を吐露していく。

 

「あの町と違って……ここは夜になっても、お化けたちが徘徊なんてしませんから。この街なら……あの子も、妹も羽を伸ばすことが出来るんじゃないかと、そう思ってたんです……」

 

 彼女たちの住んでいた田舎町のように、夜とはいえあんなにも多くの化け物どもが歩き回る場所などはっきり言って異常地帯だ。

 だが町の住人はそれを当然のように受け止め、事態の究明や解決に乗り出そうなどとは思わない。

 意味も分からないまま、怪異と向き合い続けなければならない田舎町。そのような町から離れられて、正直ホッとしている部分もあったと言う。

 

「けど!! こっちに引っ越してきてから暫くして……妹が私に言うんです」

 

 ところが、トモコの妹さん。彼女は当然のように言ったという。

 

 

『——お姉ちゃん……今日もよまわりさんが、わたしを見てるよ?』

 

 

 彼女の妹はよまわりさんと縁が深い人物らしく。とある事件をきっかけに、彼女はずっとよまわりさんから見張られているとのことだ。

 

「よまわりさんは……あの町から妹を追ってきたんです!! こっちに来たよまわりさんが、何を仕出かすか……正直、私にも分からないんです!」

 

 トモコも、まさかよまわりさんがあの町を離れてまで妹を追ってくるとは思ってもいなかった。この東京でよまわりさんがどのような影響をもたらすか、予想がつかないという。

 

「お願いです、鬼太郎さん! もしも、よまわりさんがこの街で子供を連れ去っているのなら……何とかしてやめさせないと!! このままだと、取り返しの付かないことに……妹にも、あの子にも何が起きるか!!」

 

 東京のような都会で子供が夜道を歩くなど、はっきり言って日常茶飯事だ。ここは怪異が蔓延るような田舎町でもないのだから、わざわざよまわりさんが子供を連れ去る意味もない。

 よまわりさんがそんなことも分からず、あの町の夜のように子供たちを攫っているのならば、すぐにでもそれを止めなければならない。

 他の子どもたちは勿論、妹への被害も心配し、トモコは藁にもすがる思いでゲゲゲの鬼太郎に助けを求めたのだった。

 

「……分かりました。ボクに出来ることであれば……」

 

 トモコの切実な叫びに、鬼太郎も力強く頷く。

 鬼太郎としても、よまわりさんの行動を放置することはできないと、この依頼を引き受けることにした。

 

 

 

×

 

 

 

「まさか……またあの町の関係者に関わることになるとはね……」

「あれから何年も経ってるのに……あの町は未だに変わっていないらしい……」

 

 トモコの頼みを引き受けた鬼太郎は一度ゲゲゲの森へと戻った。そして頼りがいのある仲間として猫娘に声を掛ける。

 彼女も、共にあの町の夜を乗り越えたものの一人だ。猫娘の中でもあの事件はかなり印象に残っており、その町から都会へ引っ越してきたという夜野田一家には感慨深いものを抱かずにはいられない。

 

「う~む……しかしよまわりさんか。そんな名前の妖怪、見たことも聞いたこともないが……」

 

 既に日が暮れた住宅地の夜道を歩く中、目玉おやじは鬼太郎の頭の上で考え込む。

 

 あの事件の後のことだが、目玉おやじは『あの町』について色々と調べたことがあった。ゲゲゲの森の図書館にあの町に関わる伝承でも残っていないかと、文献を片っ端からひっくり返したものだ。

 その甲斐もあってか、『縁切りの神・理様』や『悪縁を結ぶ祟り神・山の神』など。あの事件に関わっていた怪異がどういったものだったのか、ある程度のことまでは調べが付いた。

 

 しかし、あの町一帯がどうして『ああなってしまったのか?』など、肝心な部分はやはり何も分からず。

 さらに『よまわりさん』なるものの記述も、目玉おやじが調べた限りでは見つけることも出来なかった。

 

「おそらく……地元の口伝だけで伝わっているような存在なのじゃろう。話が通じる奴であれば良いんじゃが……」

 

 目玉おやじは今回の事件・子供たちの失踪に関与しているかもしれない、よまわりさんという存在に考えを巡らせる。

 

 奴がどういった理由で子供を攫っているのか、そこにどんな目的があるのか。連れ去られたものたちが未だに無事でいるのか、聞き出さなければならないことが山ほどある。

 鬼太郎たちの問いに答えてくれるような存在なのかという疑問は残るが、それでもよまわりさんに近づかなければ話も進まないだろうと腹を括っていく。

 

 

 

「——トモコさん、ボクです。ゲゲゲの鬼太郎です」

 

 そのためにも、まずは情報収集と。鬼太郎たちは依頼者である夜野田トモコ、彼女の住むアパートを訪れていた。

 

「鬼太郎さん! よく来てくれました!!」

 

 改めて顔を合わせたトモコは、鬼太郎たちの来訪を歓迎してくれた。

 ここ最近は特によまわりさんに対する恐怖が募っていたのだろう。猫娘のような凛々しい女性まで加わり、心底嬉しそうにその表情を明るくする。

 

「どうぞ上がってください。父は今日も仕事で留守にしています……妹なら、今お風呂に入って……」

 

 彼女の父親は仕事で家を空けることが多いらしく、母親も彼女が幼い頃にいなくなったらしい。

 昔からトモコは妹と二人で過ごす時間が多く、その妹さんが——よまわりさんに『見張られている』とのことだった。

 

 鬼太郎はその妹さんから、よまわりさんについて詳しい話を聞こうとしていた。トモコの話によると、妹の方も常によまわりさんの存在を意識しているらしい。

 彼女が今のよまわりさんにどのような印象を抱いているか。それだけでも情報の乏しい、よまわりさんという存在への手掛かりになるかもと期待する。

 

「——あれ? お姉ちゃん……その人たち、誰?」

 

 すると鬼太郎たちが訪問した、そのタイミングで例の妹さんが顔を出す。風呂上がりらしいパシャマ姿の少女。乾かした髪を下ろし、頬がやや上気している。

 だが、何より目を引くのが——左目の眼帯。事故か何かで負傷しているのか、その左目部分に手を触れながら、彼女は怪訝な表情で鬼太郎たちが何者なのかと質問する。

 

「ゲゲゲの鬼太郎さんよ、さっき話したでしょ? 鬼太郎さん……この子が妹のコトモです」

 

 妹の問い掛けに姉が答える。トモコは鬼太郎に妹を——夜野田コトモを紹介する。

 今年で中学三年生らしい彼女は、奇しくも鬼太郎たちの友人・犬山まなと同い年であった。まなよりどこか幼い印象を受けるが、それでいて落ち着いた雰囲気を纏ってもいる。

 

「初めまして、コトモちゃん。わしは目玉のおやじ……鬼太郎の父親じゃ」

 

 初対面ということもあり、目玉おやじが優しくコトモに声を掛ける。

 

「済まないが、キミが知る限りで良い。よまわりさんについて、色々と教えて欲しいんじゃよ」

 

 目玉おやじは端的に、よまわりさんについて知りたいと。自分たちが来訪した目的を告げ、コトモから直接話を聞きたいと願い出る。

 すると、コトモは本当に——心底から不思議そうに首を傾けながら、鬼太郎たちに視線を向ける。

 

「えっ? よまわりさんについて? けど、よまわりさんなら……」

 

 そして、鬼太郎たちの方を指差し——。

 

 

 

「——そこにいるよ?」

 

 

 

 と、事もなげに呟く。

 

 

 

「——っ!?」

 

 

 刹那、鬼太郎の妖怪アンテナが悪寒と共に総毛立つ。まさかと、鬼太郎が後ろを振り返ると——。

 

 

「————————」

 

 

 そこには——当たり前のように『よまわりさん』の姿があった。

 トモコの絵に描かれた通りの奴が——夜野田家の玄関に静かに佇んでいたのだ。

 

 

「ひぃっ!? よ、よまわりさん!?」

「ば、バカな……!?」

 

 これにトモコも、目玉おやじですら驚愕する。

 夜道を歩かない限り遭遇することもないと思っていた怪異が、安全な筈の家の中にいつの間にか上がり込んでいたのだ。驚くなと言うほうが無理な話だろう。

 

「猫娘!!」

「——!!」

 

 しかし、鬼太郎たちも戸惑っているだけでは終わらない。鬼太郎が猫娘に向かって叫び、彼女もその呼び掛けにすぐさま反応する。

 

「アンタたち、下がってなさい!!」

「髪の毛針!!」

 

 猫娘は夜野田姉妹を下がらせ、鬼太郎がよまわりさんに牽制の意味を含めて攻撃を加えていく。高速で打ち出される鬼太郎の髪の毛が、よまわりさんへと迫る。

 

「————————」

 

 だが、よまわりさんも鬼太郎の髪の毛針を悠々と躱す。踵を返し、玄関の扉をすり抜けてあっさりとその場から撤退していく。

 

「追うんじゃ、鬼太郎!!」

「はい、父さん!! 猫娘、彼女たちを頼む!!」

 

 いきなりの遭遇で驚いたものの、この機を逃さない手はなかった。

 鬼太郎は父親の助言通り、すぐによまわりさんの後を追い、万が一のために猫娘は姉妹の側に残していく。

 

 

 

 

 

「待て、よまわりさん!!」

 

 そうして、よまわりさんを捕まえようと外に飛び出した鬼太郎。

 だが彼の妖怪としての身体能力を持ってしても、その背中に追い縋るのがやっとだった。よまわりさんは、海中を泳ぎ回る軟体動物のように空中をかなりの速度で浮遊している。

 人気のない住宅地、鬼太郎はよまわりさんを見失わないようひたすら走り続けた。

 

「————————」

 

 両者の鬼ごっこは暫くの間続いた。だが唐突によまわりさんは空き地へと逃げ込み、そこで立ち止まる。

 

「油断するでないぞ、鬼太郎……まだ奴に関しては分かっていないことが多すぎる……」

「ええ……」

 

 よまわりさんを追い詰めた鬼太郎だが、決して油断はしない。相手がどのような行動に出ようと対処できるよう、相手との距離を冷静に測っていく。

 無人の空き地で、鬼太郎とよまわりさんは静かに対峙していた。

 

「よまわりさん。どうして夜野田家に姿を現した? お前が、子供たちを連れ去っている犯人なのか……答えろ!」

 

 鬼太郎は、よまわりさんに向かって強めの口調で詰問する。

 何故、よまわりさんは夜野田家のコトモちゃんを見張っているのか。この東京でも子供たちを攫っているのか。子供を連れ去るその真意はどこにあるのか。

 問い質さなければならないことが多過ぎる。

 

「————————」

 

 しかし、よまわりさんは何も答えない。

 鬼太郎の言葉が聞こえているのかも分からない様子で、のっぺりとした仮面、その線のような目らしき部分でボーッと虚空を見つめている。

 

 すると、次の瞬間にも——何の前触れもなく、その姿が徐々に透明になっていく。

 

「……っ! リモコン下駄!!」

 

 慌ててリモコン下駄を放つ鬼太郎だったが、僅かに遅かった。

 下駄は体が透けていくよまわりさんをすり抜ける。そして、よまわりさんはそのまま空気に溶け込むかのように消えてしまった。

 

「……逃げられてしまったようじゃな……」

「…………」

 

 どうやら逃走を許してしまったらしいと、目玉おやじが悔しがる。

 

 せっかくの手掛かりを失い、鬼太郎は誰もいない空き地で呆然と立ち尽くすしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……全く! 何が妖怪よ!! 何がよまわりさんよ!! そんなの……全然、怖がる必要なんかないんだから!!」

 

 暗い夜道を、山根香凛はぷんぷんと怒りながら歩いていた。

 

 放課後のHRで先生から早めに帰宅するように言われ、いけ好かないクラスメイトからも苦言を呈された彼女だったが、それらの助言を全て無視し、先ほどまで一人でカラオケを楽しんでいた。

 もっとも、一人ぼっちではいまいち乗り切れず、二時間もしないうちにカラオケを後にし、自宅への帰路についている。

 せっかく少しでも受験生としてのストレスを発散しようとしたのに、かえって不満を溜める結果となった。

 

「ああ~……もう!! ほんとムカつく!! それもこれも……全部まなのせいだし!!」

 

 彼女の怒りの矛先は、もっぱら犬山まなへと向けられる。

 前々から、まなのことを『良い子ちゃん』と気に入らなかった香凛。教室での口論のこともあり、今回の憤り、湧き上がる怒りを全てまなのせいにし、更に彼女への悪感情を募らせていく。

 

「あいつの悪口……また裏サイトに書き込んでやるんだから!! 見てなさいよ……!」

 

 香凛は激情のままスマホを取り出し、いつも利用している学校の裏サイトにまなの悪口を書き込もうとした。

 少しでも憂さが晴れればいいという短絡的な思考、そこにまなへの配慮などない。そのコメントを見て誰が傷つこうが、そんなのは彼女の知ったことではなかったのだ。

 

「……ん?」

 

 ところが、いざコメントを書き込もうとした直後——奇妙な音が聞こえてきたことで香凛は手を止める。

 

「……何これ? 鈴の……音?」

 

 それはいくつもの鈴が一斉に鳴り響くような、シャランシャランと響く金属音。さらにはカツンカツンと、杖を突く音まで一緒に聞こえてくる。

 しかし辺り一帯に人影らしきものは全くない。音だけが、不気味に鳴り響いてくるのだ。

 

「……だ、誰!? 誰か……いるの!?」

 

 叫びながら、周囲を警戒する香凛。

 妖怪なんか怖くないと強がっていた彼女だが、それも虚勢に過ぎない。人間である以上、闇への根源的な恐怖は決して拭いきれるものではない。

 真っ暗な夜道。何かがその闇の向こうから顔を出してくるかもしれないという危機感から、足が竦みそこから動けなくなってしまう。

 

 

 次の瞬間——震えていた彼女の足がガクンと沈んだ。

 

 

「えっ? な、なに……なんなの!?」

 

 いきなり足元がおぼつかなくなったことに混乱しながらも、香凛は視線を地面へと向ける。

 

 視線の先には『闇』があった。

 真っ暗な暗黒、絵の具で黒く塗り潰されたかのような地面が——彼女を飲み込まんと広がっていたのだ。

 

「ひぃぃっ!?」

 

 咄嗟にその闇から足を引き抜こうとするが、ビクともしない。そのまま抵抗などする暇もなく、香凛の全身が闇の中へと引き摺り込まれていく。

 

「い、いや!! なになになになに!! なんなの……なんなのよ、これ!!?」

 

 恐慌状態に陥りながらも必死に助けを求める少女。だが助けなど来ない。人気のない夜道を選んで歩いていたのは彼女自身の意志だ。

 

「い、嫌!! だ、誰か……助け——」

 

 だから、これは当然の結末。

 他の不用心な子供たちがそうであったように、彼女も己の不注意のツケを払うこととなるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうして、香凛の悲鳴も途絶えたことで辺りに静寂が戻ってくる。香凛が耳にした奇妙な音も、今は鳴り止んでいる。

 

 

 最後まで助かろうと手を伸ばしていたためか、香凛の手から滑り落ちた彼女のスマホが現場に残されていた。

 

 

 すると、そのスマホを——。

 

 

 

『————————』

 

 

 

 その触手で、よまわりさんが拾い上げた。

 

 

 

 




人物紹介

 夜野田コトモ
  伝説の幼兵。『夜廻』さんの主人公。
  ゲームでは明かされませんが、公式で名前が『ことも』となっております。
  今回は読みやすいようカタカナ表記。
  苗字はオリジナル、とりあえず『夜』という漢字を入れたかった。
  原作から数年経過し、現在中学三年生。
  心身ともに成長した彼女が、改めてよまわりさんと向き合っていく物語です。

 夜野田トモコ
  幼兵の姉。こちらも公式の設定で名前が『ともこ』になっています。
  原作だとゲーム終盤まで出番がない。
  小説版において、彼女の心境やその過去などが深堀されています。
  妹との年の差などはっきりと明言はされていませんので、今回は高校生で。
 
 よまわりさん
  シリーズ皆勤賞、夜廻シリーズの顔のような存在。
  その奇妙な出で立ち、正体から目的まで全てが不明の謎の存在。
  一応、それらしい考察などは出来ますが……あくまで予想に過ぎない。
  今作でも、はっきりと正体に関しては明言していきません。
  世の中……知らないことがいいこともありますので。

 山根香凛
  ゲゲゲの鬼太郎・25話『くびれ鬼の呪詛』で登場したまなの同級生。
  まなをはぶろうとした、ちょっと陰湿な感じの子。
  今作でもまなのクラスメイト、まなとの関係も相変わらず。
  単純に嫌な子ではありますが、まなが誰にでも好かれているわけでないことを証明した、割と貴重なキャラ。
  今作においても、単純な被害者枠では収まらない。ちょっとばかし出番を与えていきたいと思っています。
  
  
  
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。