今年最初の更新ということもあり、まずは新年のご挨拶を。今年も本小説をよろしくお願い致します!
fgoユーザーの皆様は、もう福袋ガチャを引きましたか?
自分は弓単体・補助を引き、見事に超人オリオンを引き当てました。ようやく自前のオリオンで高難易度を攻略できる……早く来い、新規イベントよ!!
さて、新年最初のクロスオーバーは『君の名は。』もはや説明不要、新海誠の代表作です。
この映画の公開前から、新海誠の名前を自分も一応は知っていました。ただ最初に見たのが『ほしのこえ』という作品だったか。なんか切ないなと、ものすごく凹んだ記憶が……。
だからこそ、君の名。の公開当時、最初は戦々恐々としていたのですが、今作は切なくともちゃんとハッピーエンドで終わるところに素直に好感を持てました。
多分人生で初めて、同じ映画を二回劇場まで観に行った作品ですね。
基本的に、今回のクロスオーバーは原作をなぞるような形で進んで行きます。その中で、鬼太郎的な要素を盛り込んでいく予定です。
それから、今作と『天気の子』や『すずめの戸締り』といった新海誠の災害三部作。それらもいずれはクロスオーバーする用意がありますので……そのときまでどうかお楽しみに。
2016年 10月
「………………」
東京都内在住の高校生・
その見知らぬ誰かは自分と同年代の女の子。性別は勿論、住んでいる地域も生い立ちもまるで違う。生まれも育ちも都会である瀧とは異なり、その女子はずっと田舎の方に暮らしていた。
入れ替わりは週に二、三回、ランダムに起きている。最初はその環境の変化に、女子として生活しなければならないことに相当苦労したものだ。
もっとも、人間というのは慣れる生き物で。入れ替わりが何度も繰り返されるうちに瀧はその状況を受け入れ、次第には楽しむようになった。
女子となった自身の胸を揉みくだしたり、同級生の男子や後輩の女子から告白されたり。
その身体の持ち主の幼馴染——『テッシー』や『サヤちん』との何気ない会話や、田舎の澄んだ空気の中でのDIY満喫したりと。
それは相手側の『女子』も同じらしい。
自分が入れ替わっている間、彼女は自分の——『男子』の身体を使って好き勝手に過ごしていた。
慣れない憧れの都会生活に目を回しながらも、バイトに勤しみ、オシャレなカフェでスイーツ巡りを満喫。
瀧にとって憧れである先輩——『奥寺先輩』と勝手に仲良くなってお茶をしたり。さらには瀧本人の許可もなく、先輩とデートの約束まで取り付けたりと。
そういった互いの近況。二人はノートの落書きや、スマホのテキストメモでやり取りしていた。
何せお互い、入れ替わっている間は自分本来の身体がどんな経験をしていたか、それを記憶することができないのだ。
周囲との折り合いをつけるためにも、その日その日に自分たちが何をしていたかなど。事細かな情報交換は必須だ。
『——私の身体で好き勝手なことしないでよ、変態!!』
その際、例の女子が自分を罵倒するような言葉を残すのがもはやお約束になっていた。女子の身体で好き勝手しているのだから、論理的に考えて瀧は変態らしい。
『——お前だって、俺の人間関係めちゃくちゃにするなよな!!』
しかし、それを言うならお前もだろと。瀧は瀧でその女子に向かって言い返すようなメモを残す。
残されるメッセージには、大抵罵詈雑言しか書かれていない。お互い、見も知らない相手に自分の身体を預けなければならない不安や不満があるのだろう。
そこに遠慮などは微塵もない。相手の行動、奇行への苦情。自身の要求や欲求を包み隠すことなく突き付ける。
恥や外聞をかなぐり捨てた殴り合い——もとい、本音でのぶつかり合い。
そういった本音での言い合いや、入れ替わり生活を通じて——瀧にはその女子に対する強い興味が生まれていた。
——お前って、いったいどういうやつなんだよ……。
彼女が普段どのような生活をし、何を考えているのか。彼女という『女の子』のことが気になってしょうがない。
それは憧れだった奥寺先輩とのデートにすらも身が入らないほど、瀧にとってその思考は悶々とした悩みとなり、頭の片隅に残り続けるようになる。
——いつか……あいつの口から聞いてみたいな……。
メモでのやり取りだとどうしても喧嘩になってしまうため、今はそんなことを聞くこともできない。
けどいつか、いつかは彼女とちゃんと話がしたいと。彼女という人間について、もっと詳しく知りたいと。
瀧はそのタイミングがいずれは来るだろうと、知らず知らずのうちに期待を胸に抱くようになっていた。
ところが、そんな入れ替わり生活も唐突に終わりを迎える。
本当に、本当に唐突に——何の前触れもなく、彼女との入れ替わりが起こらなくなってしまったのだ。
最後の入れ替わりから数週間経過したが、あれ以降、何度深い眠りに落ちても彼女と身体が入れ替わるような予兆もない。
あまりにも呆気なく終わってしまった目まぐるしい日々。ひょっとしたら、あれは現実ではなく夢だったのではないかと、そのような考えが脳裏を過ぎってしまう。
「……いや、違う……夢なんかじゃない……確かに俺とあいつは……入れ替わってた……」
だが、瀧はその思考を言葉に出してでも否定する。あれは夢でも幻でもない。彼女は間違いなくこの世界のどこかにいた一人の女の子だ。
残されたメモや、瀧の記憶がその存在を証明している。
決して忘れない、忘れられるわけがない彼女の『名前』を思い出そうとする瀧。
「——えっ? なに? なにが夢じゃなかったって?」
「…………」
しかし、瀧が彼女の名前を思い返そうとした直前。空気を読まない男子の気楽そうな呼びかけが飛んできた。その男子は瀧の隣の席に着席しながら、呑気に駅弁の味噌カツなど口に放り込んでいる。
「——瀧くん、もっとしっかり道案内しなさいよ! これは夢じゃない、現実なんだからね!!」
さらには瀧の対面の席に腰掛ける女性も、しっかり行き先を示すようにと釘を刺してくる。その言動から彼女も旅行気分といった感じであることが窺える。
今現在、立花瀧は二名の同伴者と共に特急列車『ひだ』へと乗り込んでいた。
同伴者の片方、男子の方は瀧の友人・
そしてもう片方は、何を隠そう憧れだったバイト先の先輩・
そう、その両名を含めた立花瀧たち三人は現在、東京都にはいなかった。
彼らは瀧の入れ替わり先、『彼女』が住んでいると思われる田舎——具体的には、岐阜県の
それは入れ替わりが起きなくなったことで妙な胸騒ぎを覚えた瀧が、どうしても彼女と会いたいと思い立ったが故の行動であった。本来ならば一人で向かう筈だったところに、何故か司と奥寺の二人が付いてきている。
瀧を心配してとのことだが、二人ともこれを遠足か何かと勘違いしているのか妙に浮かれていた。
「はぁ~……先が思いやられる……」
瀧自身は至って真剣なだけあって、正直二人の存在は鬱陶しい。
旅行気分の二人など交えて『彼女』の元に辿り着けるのかと、雲行きが怪しくなってきた自身の旅立ちに内心で頭を抱えていく。
「…………駄目だ、見つからない……!!」
予想通り、『彼女』の故郷探しは早くも暗礁に乗り上げていた。彼女が住んでいると思われる地域、その辺り周辺で聞き込みをするのだが、まるで手応えがない。
しかしこればかりはしょうがない。何せ瀧には彼女の住んでいる町——そこの具体的な地名が分からなかったからだ。入れ替わっている間は当然のように認識しているその場所を、今の瀧は何故か覚えていなかった。
一応、飛騨周辺までは来た。少なくともこの辺りであることは間違いない。あと手掛かりとなるのは——瀧が朧げな記憶を頼りにスケッチした、その町の風景。
『周囲を山々に囲まれた、湖のほとりにある町』——という特徴的な風景のみだ。
このような情景の町、そこまでありふれたものではない。聞き込みを続けていれば誰か一人くらい、この場所に心当たりがあるだろうと、正直楽観視していたところもある。
けれど見つからない。誰に何を聞いたところで、返ってくる答えは「知らない」「分からない」だ。
気合を入れて聞き込みを続けていただけに、それらが悉く空振りであったことに瀧は露骨に落ち込んでいく。
「元気出せって……ほら、ラーメンでも食ってさ!!」
「すいません! 高山ラーメン、三つお願いします!!」
落ち込む瀧を慰めるよう、司と奥寺の二人が両側から肩を叩いてくる。もっとも、二人とも必死に聞き込みをする瀧の横でキャッキャウフフと、飛騨旅行を満喫していただけなのであまり説得力はない。
とはいえ、彼らの言う通り腹が減っては戦もできぬ。ここはエネルギーでも補給して英気を養おうと、たまたま辿り着いた田舎のラーメン屋で一息入れることにした。
飛騨名物でもある高山ラーメンに舌鼓を打ちながら、これからどうするかを暫しの間考え込んでいく。
「——それ、昔のイトモリやろ? よう描けとるな……にいちゃんが描いたんか?」
「——えっ?」
と、ちょうど瀧たちがラーメンを食べ終わったときだ。ラーメン屋の奥さん、エプロン姿のおばちゃんが、瀧のスケッチした絵をしげしげと眺めながら感心したような呟きを零した。
まさかの反応に、瀧を含めた三人が唖然と口を開いている。
「ちょっとあんた、これ見てみい!! よう描けとるやろ!?」
「ああ、ほんとに昔のイトモリやな……懐かしい……」
おばちゃんは旦那でもあるラーメン屋の主人にそのスケッチを見せた。頑固そうなラーメン屋の店主が、瀧の描いた『イトモリ』の街並みを懐かしそうに見つめている。
「イトモリ……そうだ!! 糸守町だ!!」
刹那、ラーメン屋夫婦の言葉に瀧の記憶が呼び起こされる。
「なんで今まで思い出せなかったんだ、糸守町!! この近くですよね!?」
そうだ、
それが入れ替わりの間、瀧の過ごした町であり——彼女の住んでいる故郷だ。名前を聞くまでどうしても思い出せなかったその町の場所を、瀧はラーメン屋の夫婦に訪ねていく。
「……あんた……知っとるやろ、糸守町ってのは……」
すると、夫婦は怪訝そうに顔を見合わせ、瀧の言動に首を傾げた。
瀧としては何もおかしいことを口にしてはいないつもりだ。いったい、自分の言葉のどこに首を傾げるようなところがあっただろうか——。
「糸守って……瀧、お前まさか!!」
「それって……あの彗星の!?」
だが、ラーメン屋だけではない。司や奥寺までもが、瀧の言葉に目を見開く。
「え……? 彗星って……?」
瀧には、彼らの反応の意味が分からなかった。
何故皆、そんな不審げな目で自分を見てくるのか。どうして糸守と聞いてそんな青褪めた顔をするのか。
間もなく彼は周囲のリアクション、その『意味』を知ることとなるだろう。
2013年 10月4日
「…………私、どうすればよかったんだろう……」
その日、
少し肌寒い風に靡く彼女の髪、組紐によって複雑に編まれた長髪は——今はもう、バッサリと短く切られていた。
昨日、祖母に切ってもらったそれは——ひょっとしたらドラマなどでたまに見る『失恋』というやつから、吹っ切れるためのお呪いだったのかもしれない。
先日、彼女はここ一ヶ月の間に『入れ替わっていた』少年・立花瀧が住んでいる東京に日帰りで出掛けていた。
学校をサボってまで彼に会おうと思い立ったのは——今頃、奥寺ミキとデートしているであろう彼の動向が気になってしまったからだ。
入れ替わりの日々を通じて瀧が三葉の存在を意識するようになったのと同じよう、三葉にとっても瀧の存在は心の大部分を占めるものと成りつつあった。
気になる男子が今この瞬間にも自分ではない、別の女性とデートをしている。その事実が三葉の心を激しく揺さぶった。
居ても立っても居られなくなった三葉は勢いのまま、東京へと辿り着き、そこから瀧の姿を探して街中を駆けずり回る。
もっとも、待ち合わせを約束したわけでもない相手とそう簡単に会える筈もない。
都内の人口密度は糸守町などと比べようもないほど。そんな人でごった返す都会で一人の男の子を見つけ出そうなどと。
もはや、それは『奇跡』にも等しい確率だ。
「……見つかりっこない……見つかりっこない……でも!!」
それは三葉だって理解していた。そんな奇跡など起こりっこないと、理性の部分が自分自身の無謀を諭そうとしていた。
だがそれでも、それでも求めずにはいられない。藁にも縋る思いで、入れ替わっていた間の記憶を頼りに彼の姿を探し回る。
何時間、あてもなく彷徨い歩いただろう。流石に無理かと、心が折れそうになって駅のベンチで身体を休めていたところ——。
「…………!!」
思わず息を呑んだ。弾かれたように立ち上がり、目の前で停車した電車の中へと滑り込んでいく。
電車内はひどく混雑しており、人で密集していた。人混みを何とか掻き分けていき、一瞬確かに窓の向こう側に垣間見えた『彼』の元へと。
「…………」
いた。目の前に、立花瀧が——。
すし詰め状態の電車内で、単語帳などをペラペラと捲りながら俯いている。
すぐ近くまで辿り着いた三葉の存在に、彼はまだ気付いていない。
「た……瀧くん……」
極度に緊張しながらも、意を決した三葉が彼の名前を呼ぶ。
「え?」
「覚えて……ない?」
驚いて顔を上げる瀧。その瞳が三葉の存在を見据え——。
「——誰? お前……?」
まるで「変な女に声をかけられた」とでも言いたげな、不審そうな視線が三葉を射抜いた。
「!!……あっ……す、すみません……」
瀧の反応に——三葉は途端に恥ずかしくなる。
彼に会えるかもと、会いたいと願っていた。会えばお互いすぐに分かると、少なくとも三葉はそのように信じていたし、きっと向こうもそうだと思っていた。
けど、そう思い込んでいたのは自分だけだった。
瀧は三葉のことなど知らないと、なんとも思っていなかったのだという事実を突きつけられてしまう。
奇跡的に巡り合えたと浮かれていた分、三葉はその顔を羞恥から真っ赤に染めていく。
——でもどうして? だって瀧くん……間違いなく、瀧くんなのに……。
しかし、納得のいかない部分もある。目の前にいる少年は間違いなく立花瀧だ。名前を呼ばれてこちらを見たことから、人違いという可能性もない。
いったい何故、彼は自分の存在を『知らない』ような素振りでいられるのだろう?
三葉は気付かなかったことだが、このとき彼女が会いにいった立花瀧は——まだ中学生だった。
彼女が入れ替わっていた瀧は高校生。今ここにいる彼は、まだ三葉と入れ替わる前——三年前の立花瀧なのだ。
そう、いかなる理屈かは不明だが、三葉は『2016年の立花瀧』と入れ替わっていた。今はまだ『2013年の立花瀧』が、三年後に入れ替わることになる三葉の存在を認識できていないのは当然のこと。
三葉にとって既知のことも、瀧にとっては全くの未知。
彼にとって宮水三葉という少女は、正真正銘初対面の相手だったのだ。
「…………」
その事実に、三葉は気付かない。
ただ、自分のことを知らんぷりする彼の反応が悲しくて、苦しくて、恥ずかしくて。ただただ、いたたまれない気持ちでいっぱいだった。
——もう、これ以上……ここにはいられない。
すぐにでもその場から立ち去ろうとする三葉。だが電車は既に発進しており、予想以上の満員電車の混み具合から、ぎゅうぎゅうに彼の方へと押し込められる。
「す……すみません……」
「……?」
手が触れ合えるほど、お互いの体温が分かるほどの距離で密着する少年少女。三葉は意味もなく謝り続け、そんな彼女の反応に瀧は不思議そうに首を傾げるばかりだ。
そんな気まずい状態は暫く続いたが——やがて駅はホームへと到着し、大勢の乗客が乗り降りしていく。
三葉も、その流れに乗って電車から降りようとした。彼の前から姿を消そうと、背を向けて歩き出す。
「なあ! あんた、名前は……」
「!!」
だが直前で、瀧が三葉を呼び止めようとしてくれた。瀧にとっては初対面の相手だが、このまま三葉を行かせてはならないという直感でも働いたのか。彼の声に三葉も振り返る。
しかし人波に押し流されてしまい、もう戻ることもできない。
「……みつは! 名前は……三葉!!」
人の流れに懸命に抗いながら、三葉は自身の名前を叫び、辛うじて届く手だけを伸ばし——後ろ髪を結っていた組紐、それを瀧に向かって差し出した。
瀧も手を伸ばし、彼女からその組紐を受け取る。
この瞬間——二人の縁は組紐を通じて『結ばれる』こととなったのだ。
「……瀧くん」
あれから、時間も時間だったので三葉はすぐに糸守町へと戻った。そして祖母に頼んで、長かった髪を切って貰ったのだ。
結局、何一つ大事なことを伝えられずに別れることになった男の子に、三葉は今でも後悔の念を引きずっている。
——今度入れ替わったら……昨日のこと……聞いてみようかな……。
しかし、冷静に考えればまた『入れ替わり』が起きるかもしれないのだ。
そのときにでも、昨日のことをメモに残して聞いてみようと。三葉は少しばかり前向きな気持ちとなり——また空を眺めていく。
「あっ……彗星……」
空に目を向ければ——青く輝く『彗星』が、空を裂くような勢いで夜空を駆け抜けていた。
それは、千二百年周期で太陽を公転するという『ティアマト彗星』の輝きだ。
今日はその彗星が最も地球に接近する日とされ、数週間前からかなり騒がれていた。今この瞬間にも世界中がその超貴重な瞬間に立ち合おうと、天体観測に勤しんでいる頃合いだろう。
もしかしたら——瀧と奥寺ミキも、今宵は二人っきりでこの彗星を眺めているかもしれない。
「……っ」
そう考えるとまた胸が苦しくなる。ロマンチックなその輝くから一時、目を晒すように俯いていく。
「…………瀧くん」
もう一度、三葉は繰り返すように彼の名前を呟く。しかし名前を呼んだところで彼が来てくれるわけでもない。
やはりこれ以上は考えても無駄だろうと、思考を切り替えるように三葉は夜空に輝く彗星の動きへと視線を戻していく。
「綺麗……」
三葉は、眩しいほどの光に見惚れていた。
今だけはただ呆然と、その美しい輝きに目を奪われることで嫌なことを全て忘れていたかった。
巨大な彗星のエメラルドの輝きが、長い尾のようなものとなって流れていく。
目を凝らせば細かい塵のような粒が彗星の周囲に舞っており、その影響なのか空一面にオーロラのような光が広がる。
まさにこの世のものとは思えない、幻想的な天体ショー。
今この瞬間にも、きっと世界中の人々がその輝きに心を奪われ、息を呑んで魅入っていることだろう。
だが、その美しい輝きは——瞬く間に世界を焼き尽くす『災い』として、地上へと降り注いでいく。
2016年 10月
「…………うそ……だろ?」
眼前に広がるその景色を、立花瀧は現実のものとして認識することができないでいた。
「ねぇ……本当に……この場所なの?」
「まさか! 瀧の勘違いですよ!!」
瀧に付いてきた奥寺ミキの声も震えていた。どんなときでも冷静な藤井司ですらもこれが何かの間違い、瀧の思い違いであることを祈る。
「……間違いじゃない……あの湖も、周りの山も!! この高校だって……俺ははっきりと覚えてる!!」
しかしどれだけ、どんなに目の前の現実を否定しようとも、瀧が目指していた目的地はここで間違いない。
この糸守町こそが、彼の探し求めていた場所であり——『彼女』の住んでいた町だ。
彼女と入れ替わっていた瀧自身、見覚えのあるものが多過ぎる。周囲を山に囲まれた地形、湖のほとりに広がる町並み。彼らが今いるこの高校、立っている校庭だって瀧自身が通っていた場所だ。
現地に辿り着いた今だからこそ、ここがそうなのだとはっきりと断言することが出来る。
だが、だからこそ。ここが目指していた場所だったからこそ、その光景は瀧の心を抉り取っていく。
瀧たちがいる糸守高校から一望できる、糸守町。
そこは——完膚なきまで、再起不能なまでに破壊し尽くされていた。
それは、三年前の10月4日に起きた。世界中がティアマト彗星の来訪に浮かれていたその日——彗星は突如として二つに割れたのだ。
割れた彗星は大気圏で燃え尽きることなく、そのままいくつもの欠片、隕石となって地上へと降り注いだ。流星のように輝く彗星の落下した先——それこそが、糸守町だったのだ。
そのような大惨事を、いったい誰が予想出来ただろう。降り注いだ星々は家屋を破壊し、森を破壊し、地表を破壊し。そして、そこに住む多くの人々の命を——無慈悲に吹き飛ばした。
最終的な犠牲者は五百人以上。その数は町の人口、およそ三分の一にあたる。被害を免れた残りの住民も、無残に破壊された町を諦めて他所へ移り住んでいったという。
糸守町は、その時点における人類史上最悪の隕石災害の舞台となり——名実共に消滅したのである。
「…………そんな、だって……この間まで、確かに俺は……」
これは既に教科書的事実として歴史に刻まれた事件だ。瀧も概要くらいは把握している筈だった。
だがおかしい、辻褄が合わない。自分は間違いなく、つい最近までこの町で『彼女』として過ごしていた。入れ替わりが起こらなくなったのだって、数週間程度前のことだ。
つい最近までは確かにこの町も、彼女も生きていた。
それが、三年前? 瀧が中学生の頃には既にこの町が消滅していた?
隕石の落下で、大勢の人々が死に——その中に、あの子も含まれていた?
あの子が——既に死んでいる?
「そんなこと……!! あいつが書いた日記だって、ちゃんと……!?」
その事実を認めたくない、認めるわけにはいかないと。瀧はスマホのメモアプリを起動していた。
彼のスマホには、彼女とやり取りしたメッセージが残されている。あれだけ言い合った彼女との交流の日々が、そこには確かに刻まれていた。
それこそ彼女がつい最近まで生きていた証だとばかりに、瀧はそれを奥寺や司にも見せようとした。
「……なっ!?」
だが直後、そこにあった筈の記録が——スマホの文字が消えていく。
一文字、また一文字と。日記は意味のない文字列へと書き換わっていき、そして消滅していく。
まるで彼女との交流など、初めから存在していなかったかのよう——最後には全てがメモアプリごと削除されてしまった。
「そ、そんな……どうして……!?」
不可解な現象を前に瀧は凍りつく。つい先ほどまで、確かにそこに存在していた筈の記録が消えてしまったことに動揺を隠しきれない。
だが、不可解なのはそれだけに留まらなかった。
「だってあいつは……!! あいつ? あいつって…………あれ?」
記録だけではない。瀧自身の記憶までもが、朧げなものになりつつある。
彼女との交流の日々が、糸守町で過ごしていた筈の想い出が。つい先ほどまで鮮明に思い出せていたものが、まるで霧でもかかっていくかのように不鮮明となっていく。
何より、名前が——ついさっき、糸守町の名前を聞いたときには思い出せていた『彼女』の名前が出てこない。
名前どころか、彼女の顔も、声も。その全てが夢のように、曖昧なものとして瀧の中から零れ落ちていく。
「だ、駄目だ!! 消えるな!?」
「瀧くん!?」
「瀧っ!?」
自分の中で何かが書き換わる。そんな恐ろしい感覚に、瀧は慌てて頭を押さえて蹲った。頭を抱えたまま前のめりに倒れ込む彼に、奥寺と司の二人が駆け寄っていく。
だがどれだけ瀧が抵抗しようとも、彼の中の想い出は徐々にだが確実に削り取られていく。きっと大切な記憶『だった』のだろうという、漠然とした情報だけが瀧の中に残されていく。
「……誰だ? 誰なんだ……お前は……?」
彼女の名前が、自身の感情ごと削ぎ落とされていく。最終的には悲しいという気持ちすら湧いてこず、涙も出てこない。
瀧はただ呆然と、その場に蹲ることでしか自身の喪失感を表現する術を失っていく。
「……瀧くん、そろそろ帰りましょう? このままじゃ、風邪を引くわ……」
どれほどの時間が経過しただろう。
夕陽も沈んですっかり暗くなった廃墟の町を見渡しながら、奥寺ミキは倒れ伏す瀧に優し気な声を掛けていく。
このままここで突っ伏していてもどうしようもないことだと。何とか彼をこの場から立ち退かせようと、その肩に手を掛ける。
「………………」
だが、瀧は立てなかった。
まるで何かに縋るように、彼自身の身体がこの地から離れるのを拒んでいた。薄れていく記憶が残そうとする、せめてもの抵抗だったのか。
「瀧……!」
しかし、硬直する彼の身体を藤井司が揺り動かす。もしもそのまま動かないようなら、無理矢理にでもその身体を引きずってこの場を去っていたことだろう。
瀧の抵抗も、結局は時間の経過とともに無意味なものとなっていく。
この喪失感も、いつかはただの思い出として心の奥底へと追いやられていく——筈であった。
カラン、コロンと——下駄の音が鳴り響く。
「…………え?」
場違いなほど鮮明に響き渡ったその音に、瀧以外の全員が振り返る。彼らの視線の先には——下駄にちゃんちゃんこという、いかにも時代錯誤といった少年が佇んでいた。
場所の雰囲気も相まってか、どこか幽霊のような空気感を纏ったその少年の存在に自然と血の気が引いていく一行。
「こんばんは」
「こ、こんばんは……」
しかし少年は幽霊でも幻でもなく、ごく当たり前のように頭を下げてきた。あまりにも丁寧なそのお辞儀に、奥寺が反射的に挨拶を返す。
「…………」
前髪で顔半分を隠しているためその表情を窺い知ることはできなかったが、その少年の手には『献花』の花が握られていた。彼はその花を街全体が一望できる糸守高校の校庭に、墓前に供えるように捧げていく。
そして瞼を閉じ、そっと手を合わせて死者たちの冥福を祈る。
「…………貴方がたは……糸守出身の方ですか?」
「えっ……いや、俺たちは……」
静かに祈る中、少年は振り返りもせずに瀧たちに『この町の生き残りなのか』を尋ねていた。突然の問い掛けに言い淀みながらも、司は首を横に振る。
「そうですか……けど、きっと大切な人が……この町にいたんですね……」
「…………」
司の返答に少し声のトーンを緩めつつ、少年は隣で蹲る瀧へと視線を向ける。その取り乱しようを見れば、赤の他人であろうと瀧が苦しんでいることが理解できるだろう。
その様子から、瀧にとって大事な『誰か』がこの地で命を落としたことを少年は察する。
「ボクたち……ボクには、この町の人々を助けることできなかった。本当に……申し訳ない……」
すると不思議なことに、少年は瀧に向かって謝罪のような言葉を口にした。
まるでこの町の人々の死が自分のせいであるかのよう、その声音に悲壮感を交えながら後悔のようなものを口にしていく。
「……?」
「キミ……何を言って……」
これに司も、奥寺も首を傾げるしかない。
見たところまだ小学生といった少年が、どうしてそのような罪悪感を抱く必要があるのだろう。隕石の衝突という、人間ではどうしようもなかった大災害を前に、人一人に出来ることなど高が知れているというのに。
「救えなかった……彼女に、託されていたのに……こうなることは分かっていたことなのに……」
ところが、少年は尚も懺悔するような呟きを零していく。
それは傍から聞いているだけでは、当人しか分からないことだ。実際、少年も瀧たちに聞かせるつもりはなかったのだろう。自分自身の罪と向き合うように、今は亡きその人の名前を囁いていく。
「——宮水さん。ボクは……いったいどうすればよかったんでしょうか……?」
「宮……水……?」
すると、少年が何気なく呟いたその名前に、それまで無反応だった瀧が顔を上げる。
「宮水……そうだ! 宮水三葉! あいつの名前は……三葉!!」
宮水という苗字が呼び水となり、瀧の脳裏にその名前が浮かび上がってきた。
そう、宮水三葉——それが瀧と入れ替わっていた少女の名前だ。今しがた忘却の彼方に置き去りにしようとしたその名を、今この瞬間に瀧はしっかりと思い出すことが出来た。
「大丈夫、まだちゃんと覚えてる……三葉、名前は……三葉!!」
自分の中から三葉との想い出が完全に失われてはいないことに、瀧はその表情を明るくする。一方で、どれだけ三葉のことを思い出そうとも、彼女が既に故人である事実まで覆すことはできない。
その現実に心を痛めながらも、瀧は彼女の名前を思い出すきっかけとなった少年に向かい、声を荒げて問い掛ける。
「お前……三葉のことを知ってるのか? あいつに……何を託されたって!?」
「お、おい……瀧!?」
瀧の興奮した様子に司が慌てて割って入ろうとする。だが、その程度の制止で瀧が止まることはなく、彼は三葉と思しき人物の名を口にした少年へと詰め寄っていく。
「みつは……いえ、その人とは……面識はないですね」
「えっ!?」
もっとも、瀧の期待に反して少年は三葉のことなど何も知らないという。
その事実に瀧が呆気に取られるのも束の間——少年は、決して三葉と無関係ではない、その人物のことを口にしていた。
「ボクが知っているのは……二葉という方です。宮水二葉、彼女から……ボクはこの町のことを託されていました……」
「二葉? それって、確か……」
三葉のことを思い出したことで、瀧は彼女の実家・宮水家の家族構成をそれとなく思い出す。
三葉は糸守町の由緒正しき神社・宮水神社の跡取りとして、二人の家族と共に暮らしていた。
一人は妹である
もう一人は
もう一人、父親も一応は健在であるらしいが、訳あって別居中とのこと。そのため入れ替わりを体験していた瀧も、三葉の家族といえば一葉と四葉の二人としか面識がなかったりするのだが。
「亡くなった……三葉の母親?」
だが、心当たりがないわけではない。
四葉が生まれて何年後かにこの世を去ったという彼女の若すぎる死は、それまで円満だった宮水家に決して埋めることのできない亀裂を入れた。二葉が死んでからというもの、父親は家庭を顧みない性格へと豹変し、政治の世界へと足を踏み入れるようになった。
そして町長——所謂『権力者』となって、糸守町に君臨するようになったわけだが。
「……いや、ちょっと待ってくれ。キミは……まだ子供じゃないか? 二葉って人が亡くなったのは……もうずっと昔の話で……」
と、そこまで思案を続けたところで、瀧は少年の言葉に違和感を覚える。
二葉に何かを託されたと口にする少年だが、彼はまだ小学生ほどの子供だ。二葉が亡くなったのは、もう何年も昔のことであり、下手したらこの少年はまだ生まれていないかもしれない年代なのだ。
そんな年端も行かない少年が、二葉から何かを託された。それ自体が大きな矛盾だろうに。
だが、そういった瀧の懐疑的な眼差しもお構いなしに、少年はただの事実として二葉から託された内容とやらについて語っていく。
「ボクは……生前の二葉さんから、この町のことを託されていました。彗星の落下から糸守町で暮らす人々を……娘さんたちを、守って欲しいと……頼まれていたんです」
「……っ!?」
それは、まるでこの町に彗星が落下してくることが『最初から分かっていた』かのような言動だった。
まさかの話に、瀧は驚きで声も出せないでいる。奥寺や司も、少年の得体の知れない威圧感に口を挟めないでいた。
「けれど……ボクは、彼女の願いに応えることが出来なかった。人々を避難させることも出来ず……隕石の落下を、阻止することも……」
「…………」
少年は過去を悔いるように、己の非力さを嘆くかのように。この町の惨状が自分の不甲斐なさによるものだと語っていく。
瀧たちは、その少年の心からの悲痛な叫びに——。
「——あれは……そう、九年前のことでしょうか。二葉さんが、妖怪ポストを通じて……ボクに助けを求めてきたのは……」
幽霊族の少年・ゲゲゲの鬼太郎の話に黙って耳を傾けていくこととなる。
人物紹介
立花瀧
『君の名は。』の主人公の一人。女子の身体になるやその胸を揉むという、健全な男子高校生。
一応は一般的な高校生だが、ちょっと喧嘩っ早い。
絵を描くのが上手く、彼の描いた糸守町のスケッチが真実に近づく第一歩となる。
三葉の入れ替わり先に選ばれたのは偶然かも知れないが、彼の行動力こそが皆を救う鍵となる。
宮水三葉
もう一人の主人公。宮水神社の巫女として、口噛み酒などの恥ずかしめを受ける羽目になる。
料理や裁縫が得意で女子力は結構高め。実は瀧より三つ年上の姉さん女房。
こんなに可愛い年上のお姉さんに、中学生の頃から言い寄られていたとは……。
瀧、爆発しろ……。
奥寺ミキ
瀧のバイト先の先輩。物語前編では瀧にとっても憧れの存在だったが……。
ときより煙草を吸ったりする大人の女性、しかしゆるキャラに興奮するという可愛いらしい一面も。
藤井司
瀧の友人の一人。ちなみに、尺の都合上もう一人の友人・高木くんの出番はありませんのであしからず。
瀧の中に三葉が入っていたこともあり、瀧との関係に危険な妄想を膨らませる愛好家がいるとかいないとか。
裏設定だが、糸守町への旅を通じて奥寺ミキと仲良くなって、いずれは彼女と婚約するとか。
今回の話は特に西暦が大事な要素となっています。
次回の冒頭は2007年。鬼太郎と二葉の対面から始まる予定です。