ゲゲゲの鬼太郎 クロスオーバー集   作:SAMUSAMU

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まずは、前回紹介していなかったキャラの紹介を。

宮水四葉
 三葉の妹。小学四年生でありながらも、三葉よりもしっかりしている部分があったりする。
 口噛み酒で一儲けしようと、なかなかに発想がぶっ飛んでる。

宮水一葉
 三葉たちの祖母。声が今は亡き、日本昔ばなしの中の人。
 入れ替わりは信じるけど、彗星の落下は信じないと妙なところで現実的。

勅使河原克彦
 テッシー。三葉の幼馴染の男子。
 糸守町のことは好きだが、時より何もかもぶっ壊したい衝動に駆られることがあるとか。
 それが劇中における、変電所爆破に繋がっていく……。

名取早耶香
 サヤちん。三葉の幼馴染の女子。三人組の中でも一番の常識人。
 実はテッシーは三葉が好きで、サヤちんはテッシーが好きだという。
 結構ドロッとした三角関係を構築しながらも、爽やかな友達関係を続けられていた。


ここで紹介したのはちょいキャラで、今回の話の重要人物に関しては、後書きの方で改めて紹介します。
また今回のクロスオーバー、基本的には原作通りに話が進んでいきますが、ところどころで本作の独自設定っぽい話がいくつか出てきます。
ですが完全な捏造というわけでもなく、今回の話は『君の名は。』の外伝小説『Another Side:Earthbound』をもとに話を構築しています。

どうか色々と予想しながら、お話をお楽しみください。



君の名は。 其の②

2007年

 

 

 

「貴方が……二葉さんですか? 妖怪ポストに手紙をくれた……」

 

 その日、幽霊族の少年——ゲゲゲの鬼太郎はとある田舎の病院を訪れていた。

 

 都心から離れたところに建てられたその病院は、それなりに大きな病院だった。だが所詮は地方の施設、大都市の専門病院などに比べれば出来ることにも限りがある。

 重症の患者であれば迷うことなく転院を薦められるだろう。

 しかし、その女性は深刻な病状を患っているであろうことが素人目にも分かるほどに衰弱していながら、その病院から離れることがなかった。

 

「はい……お待ちしておりました、ゲゲゲの鬼太郎さん……」

 

 彼女——宮水二葉は病室のベッドに力なく横たわりながらも、ゲゲゲの鬼太郎を出迎えてくれる。

 綺麗な女性だった。ただ綺麗なだけではない。その肉体は病気で弱りきっている筈なのに、その瞳からは力強い『意志』が感じられた。

 悲壮感など欠片も思わせない、透明感のある瞳が真っ直ぐに鬼太郎を見つめている。

 

「手紙には……直接会って話がしたいとありました。ボクに出来ることであれば……何でも仰ってください」

 

 鬼太郎は依頼の内容を聞く前から、彼女の頼み事に前向きな姿勢を取っていた。

 彼が人間の助けに応えるのは、偏に約束のため。赤ん坊だった自分を助けてくれた水木という人間への義理、恩返し的な側面が強い。それ故、人間一人一人にそこまで強いこだわりは正直なかったりする。

 だが、そんな鬼太郎といえども、死に逝くものの望みくらい叶えてやりたいという気持ちはある。

 

 そう、宮水二葉は死に瀕していた。おそらく余命幾許もないだろう。

 

 今日、明日の命。今にも消え入りそうな生命の灯火。

 まだ三十代という若い身空で、きっとまだまだやり残したことがあるだろうに。

 

「ありがとうございます。では、早速本題に入りたいと思います……」

 

 それでも、そんな自身の悲惨な境遇など気にも留めずに彼女は口を開いた。

 わざわざ鬼太郎を呼び付けた理由。彼への依頼——彼に託したいと思っている、その願いを口に出していく。

 

 

「鬼太郎さんに糸守町を……私の故郷を……そこに住む人たちを守って欲しいんです」

 

 

 

「——数年後、この地に降り注ぐことになる『厄災』から……娘たちを救って欲しいんです」

 

 

 

2016年

 

 

 

「瀧くん、喉乾いてない? ほら、水でも飲んで……」

「あっ……すみません、先輩。その……色々と、ご迷惑を掛けて……」

 

 机にうつ伏せていた立花瀧に、風呂上がりで浴衣姿の奥寺ミキがペットボトルの水を差し出す。瀧は自身の事情に彼女を巻き込んだことを謝罪しながら、礼を言ってペットボトルを受け取る。

 水を一口、口の中に含んで心を落ち着かせていく。

 

「別に構わないわよ、私が勝手に付いてきただけなんだから……あっ、司くんお風呂に行ってくるって」

 

 その礼を謙虚に受け止めつつ、奥寺はもう一人の同行者である藤井司が今は不在であることを告げる。

 過去にはデートもしたことがある男女が部屋の中で二人っきり。そういったシュチュエーションにも関わらず、両者の間に色っぽい雰囲気が漂う空気はない。

 

 

 

 瀧たちはとある旅館の一室を確保し、そこで身体を休めていた。

 本当なら女性である奥寺の部屋くらいは別にすべきなのだろうが、生憎と急なことで一部屋しか空いていないと言われてしまった。

 瀧はそのことについても申し訳なさそうに謝るのだが、奥寺は「司くんにも同じこと言われた」と、おかしそうに笑みを浮かべるばかりで特に気にしていない。

 二人は窓際の小さなテーブルに向かい合い、静かな時を過ごしていく。

 

「へぇ~、糸守町って、組紐の産地でもあったんだ……綺麗」

 

 奥寺は糸守の郷土資料本に目を通しながら何気なく呟く。ここに来る途中、市立図書館で借りてきた一冊だ。

 

「私のお母さんも時々着物を着るから、うちにも何本かあるのよ……あっ、ねぇ!」

 

 ページを捲りながらもふと、彼女は視線を瀧の手首に向けながら質問する。

 

「瀧くんのそれも、もしかして組紐?」

「ああ、これは……」

 

 瀧の手首にも、組紐らしきものが巻かれていたのだ。それは彼が日常的に付けているお守りであり、瀧自身も特別意識している装飾品ではなかったりするのだが。

 

「確か……ずっと前に人から貰って……お守り代わりに…………あれ?」

 

 だが考えてみるとその組紐をどこから、誰から譲り受けたものなのか瀧にはまるで覚えがなかった。少なくとも、瀧本人にこれほど鮮やかな組紐を作る技術はない。

 

「誰が……」

 

 何かを忘れているような気がするが、それが何なのかを思い出せない。再び深刻そうに考え込む瀧に、奥寺が心配そうに声を掛ける。

 

「……瀧くん! 瀧くんも……お風呂入って来たら?」

「お風呂……はい……」

 

 日本人たるもの、毎日の入浴は欠かしてはいけないものだ。身体を綺麗にすれば良い気分転換にもなるだろう。

 しかし奥寺の言葉にも上の空で、瀧は静かに記憶の糸を手繰り寄せていく。立花瀧の元にこの『組紐』がある理由。その意味を必死に考えていく。

 

「……俺、組紐を作る人に聞いたことがあるんです」

「…………」

 

 無意識のうちに言葉を紡いでいく瀧。彼の言葉に奥寺も黙って耳を傾ける。

 

「紐は、時間の流れそのものだって。捻れたり絡まったり、戻ったり繋がったり。それが時間なんだって……」

 

 それは瀧が彼女——宮水三葉と入れ替わっていた間、彼女の祖母である一葉から聞いた話だ。一葉は三葉と四葉、二人の孫に宮水家の人間として、伝えるべきことを伝えていた。

 

 

 一葉、曰く。

 

『この土地の氏神(うじがみ)様のことを古い言葉で産霊(むすび)と呼ぶ。ムスビという言葉には複数の意味がある』

 

『糸を繋げることも、人を繋げることも、時間が流れることもムスビ、全部同じ言葉を使う』

 

『紡がれる組紐も、神様の技。時間の流れそのものを顕している』

 

『水でも、米でも、酒でも。何かを体に入れる行いもまたムスビと言う』

 

『体に入ったものは、魂とムスビつく』

 

 

「ムスビ……魂と……あいつの魂とムスビつくもの……それって!?」

 

 一葉の教えを一つ一つ思い出しながら、ふと瀧はある『答え』に辿り着いた。

 

「あの場所なら……あの場所まで行って、『あれ』があれば!!」

 

 自分の荷物の中から地図を取り出す。

 ラーメン屋の夫婦から好意でいただいたその地図には、三年前の糸守町が載っていた。まだ彗星が落下してくる前の糸守、自分が三葉として過ごした時に訪れた『あの場所』もその地図に載っている筈だ。

 あの場所に行けば、『あれ』がある。それがあれば——瀧はもう一度、三葉の魂とムスビつくことが出来るかもしれない。

 

『組紐』を通じて、彼女と入れ替わっていたように——もう一度、彼女と入れ替わることが出来るかもしれないと。

 

 

 

 

 

「…………ねぇ、瀧くん」

 

 そんな、何かに取り憑かれるように地図と睨めっこし始めた瀧に、奥寺は不安そうに言葉を投げ掛ける。

 生半可の言葉では、今の彼を振り向かせることはできないだろう。故に奥寺はそれまで触れないでいた、しかし決して避けては通れない話題で瀧の意識を引こうと試みる。

 

「瀧くんは、どう思った? あの……鬼太郎って子の話を……」

「!! そ、そうですね……」

 

 瀧の手がピタリと止まる。

 あの場所を探ろうと必死になっていた瀧ですらも、その話には耳を傾けるしかない。

 

 

 

 そう、ゲゲゲの鬼太郎。糸守高校の校庭で偶然出くわした——自称『妖怪』の少年だ。

 この二十一世紀に正直妖怪はないだろうと思ったが、彼の口から語られた話はさらに瀧たちを驚愕させた。

 

 

 それは今から九年前、鬼太郎が三葉の母親——宮水二葉から聞かされたという話。

 彼女がゲゲゲの鬼太郎に糸守町や、そこに住む人々を守ってほしいと依頼したこと。

 

 

 

 彼女が——『彗星の到来』を予言していたという事実であった。

 

 

 

2007年

 

 

 

「——彗星の落下じゃと!? それも今から数年後!?」

 

 その本題を耳にしたとき、目玉おやじですらも鬼太郎の頭からひょっこり顔を出し、驚きに声を上げたという。突然姿を現した人ならざる小さな目玉を前に、二葉は「あらっ」とほんの僅かに口を抑える程度のリアクションで応じる。

 鬼太郎や目玉おやじが本物の妖怪であることなど、今更気にする素振りもなく話を続ける。

 

「はい。あと数年後、正確な年数は私にも分かりませんが……地球に接近してくる彗星が、この糸守町目掛けて落ちて来ます。千二百年前にも……そうだったように……」

「せ、千二百年前!? それは……いったいどういことなんでしょうか?」

 

 鬼太郎が目を剥いた。彗星が落下してくると予言するだけでも信じ難いのに、それが千二百年前にもあったというのはどういうことなのか。

 詳しい説明を求める鬼太郎たちに、二葉は自分の中で慎重に言葉を組み立てていく。

 

「この彗星は……千二百年周期で地球に急接近して来ます。その度に、彗星の欠片がこの地に落ちてくるんです。糸守湖をご覧になられましたか? あの湖も、千二百年前の彗星落下で生まれた隕石湖なんですよ?」

 

 糸守の特徴的な風景に糸守湖がある。直径およそ1kmにも及ぶ湖、あの湖を中心に糸守町という集落が形成されているわけだが。あの湖だって千二百年前、彗星が落下した衝撃で誕生した湖だと二葉は言うのだ。

 あれほどの規模の湖が出来るような衝撃、それが再びこの地を襲うことになるという。

 

「……何故そんなことが? そもそも、そのようなことが偶然で起こりうるとは考えにくいのですが?」

 

 その話が本当だということを前提に、鬼太郎は疑問を呈する。

 千二百年周期で落下するという彗星は、よりにもよってどうしてこの地に落ちてくるというのだろう。鬼太郎たちとて、そこに明確な理屈がなければ納得することは出来なかっただろう。

 するとその疑問に対し、二葉は僅かに緊張感を滲ませながらこの話の核心へと迫っていく。

 

「それはこの地に彗星を……星を呼び寄せているものがいるからです」

「星を……呼び寄せる? そいつはいったい……何者じゃ?」

 

 二葉の言葉に、目玉おやじは間髪入れずに聞き返す。

 それに二葉は、当たり前のように目玉おやじの疑問——全ての元凶たるそのものの『名』を告げていく。

 

 

 

 

 

「——その名は天香香背男(あめのかがせお)。かつてこの地に封じられた星の悪神……まつろわぬ神々の一柱です」

 

 

 

 

 

『日本書紀』の記述に存在するその神は、別名・天津甕星(あまつみかぼし)とも呼ばれている。

 

 昔々の話だ。それは頂の世・高天原(たかまがはら)を治めていた天照大御神(あめてらすおおみかみ)が地上世界・葦原中国(あしはらのなかつくに)を平定するように命を下したことから始まった。

 当時の地上世界は数多の荒ぶる神々が支配権を握っていたとされ、それらを屈服・懐柔するために二柱の神が天より遣わされたという。

 武神・経津主神(ふつぬしのかみ)武甕槌命(たけみかづちのみこと)である。かの神たちの活躍もあり、どうにか地上を平定するところまであと一歩というところまで迫った。

 

 ところが、天上の支配に星の神・天香香背男だけは最後まで抵抗を続けたという。

 

 

 

「…………」

「…………」

 

 宮水二葉の口から語られる話のスケールに、鬼太郎と目玉おやじは唖然となる。

 彼女が語るそれは、古き神々の時代。鬼太郎はおろか目玉おやじですら、まだ生まれてもいなかった遥か神代の話だ。『本当か嘘か?』などと考える以前の問題。あまりに途方もない話にまともに思考が追いついてこない。

 しかし、鬼太郎たちの戸惑いをさして気にした様子もなく、二葉は淡々と話を続ける。

 

「どうしても服従できなかったアメノカガセオに対し、天は倭文神建葉槌命(しとりのかみたけはづちのみこと)を遣わせました。倭文神(しとりのかみ)はご存知ですか?」

「あ、ああ……倭文神。確か、人間たちに機織りの技術を教えた神だったか……?」

 

 呆然としながらも、目玉おやじは何とか自らの知識を引っ張り出してくる。

 

 倭文神は謎の多い神格で、日本書紀の中くらいにしかまともな記述が存在しない。人間たちに機織りの技術を教えた神であり、かの神は武神たちですらも退治できなかった星の神を、唯一打ち倒すことに成功するという偉業を果たした。

 かくして、全てのまつろわぬ神々が屈服。天上の意思により地上は平定され、派遣された神々も高天原へと帰還したという。

 これが、日本神話の『国譲り』における大まかな話の流れである。

 

「私の生家……宮水神社でも倭文神を御祭神として祀っています。倭文神は、この地では竜を鎮めたとされています」

「……竜?」

 

 倭文神を祭神とする神社は日本全国に点在している。だがその中でも、竜を退治したという逸話があるのはおそらく宮水神社独自のものだろう。

 それが意味するところ、それを二葉は鬼太郎たちに語ることとなる。

 

 

「その竜こそが……アメノカガセオなんです。倭文神によって、この地に封じられたその竜が……私たち、宮水の血筋を絶やさんとこの地に彗星を呼び寄せているんです」

「な、なんじゃと!?」

 

 

 二葉によると、倭文神によってこの地に封じられたアメノカガセオは、数千年経った今尚、自らの復活を企んでいるとのこと。

 その復活の邪魔となる者たちこそが、宮水の血筋。つまりは二葉たち——宮水家の巫女だというのだ。

 

「私たち宮水家の人間は……倭文神の末裔なんです。私たちはこの身をこの地に紐づけることによって、かの悪神を封じ込めています。だからこそアメノカガセオは私たちの命を狙い、この地に彗星を落とすのです」

「…………アメノカガセオは、どうしてそんな回りくどいことを? 貴方たちを殺すためだけに……彗星なんて大袈裟なものを……」

 

 鬼太郎は率直な疑問をぶつける。もはや二葉の話に疑いを持つ前に、そういった質問が自然と浮かび上がってしまう。

 

「逆です。それしか出来ないんです。身動きを封じられているアメノカガセオにとって、それが精一杯の抵抗。そうすることでしか、私たちに危害を及ぼすことが出来ないでいるんですよ」

 

 鬼太郎の疑問に二葉もすらすらと答えていく。

 倭文神の封印により、アメノカガセオは外に出ることが出来ない。身動きができない状態でありながらも、唯一できることこそが『星を呼び込む』ということなのだ。

 

 

 そして、星の神が呼ぶ彗星なのだから、それは必ず落ちてくる。

 この糸守町に——いや、宮水の人間たち目掛けて降り注ぐだろう。

 

 

 

「——ふむ……彗星のこと、アメノカガセオのこと……今の話、他の人間たちは知っておるのかな?」

 

 二葉の話を聞き終えた目玉おやじは、たっぷりと時間を掛けてからそのような問いを投げ掛ける。

 今の話を彼女以外の人間は知っているのだろうか。また仮に知っていたとして、それをどこまで信じることができるだろう。

 

「残念ですが……そういった彗星、アメノカガセオに関する記述は全て失われています。数百年前にあった山火事で……元々あった宮水の本殿ごと、記録は全て焼失してしまったんです」

 

 ところが、『アメノカガセオが彗星を呼び寄せている』といった伝承の類を今の宮水神社は持ち合わせていなかった。数百年前にあった山火事が糸守の集落や、宮水神社の本殿などと共に、そういった記録を全て燃やしてしまったというのだ。

 その火事は、起こしたものの名前から『繭五郎(まゆごろう)の大火』と呼ばれている。

 

「? 記録がないものを、どうして貴方はそこまで力強く断言できるんです?」

 

 ここで、鬼太郎はちょっとした矛盾に気付く。

 記録の断絶があるというのであれば、何故宮水二葉はアメノカガセオのことを知っているのだろう。火事で全ての記録が紛失しているのであれば、彼女がそれらの伝承を知る術などない筈だ。

 当然と言えば当然の疑問に対し、二葉もちょっと困ったように言葉を詰まらせていた。

 

「それが、私にもどう説明すればいいか……ただ『分かる』としか答えようがないんですよ……」

「???」

 

 理屈も何もなく、彼女は彗星やアメノカガセオのことを『知っている』という。本人もその知識をいつ、どのような経緯で知ることになったか思い出せないというのだ。

 あまりに不可解な話に鬼太郎は眉を顰めてしまう。

 

「成程、神託というやつか……」

「父さん?」

 

 しかし息子が首を傾げる一方で、目玉おやじはどこかすんなりとその事実を受け入れる。

 

「極めて素質の高い人間は時より神々の声を聞き届け、それを人々に伝えたという……二葉さんのような方であれば、それも納得じゃよ」

 

 神託、託宣。神から人間へと下されるお告げ。神々の声を聞き、それを他の人たちへと伝える役目を負った人間は古来から存在する。

 きっと二葉は無自覚のうちにそれを行い、糸守の危機を皆に伝えようとしているのだ。

 

「そ、そう……なんでしょうか? 私には……よく分かりませんが……」

 

 目玉おやじの考えに二葉自身は自信なさげだ。だが、宮水二葉という人間に『神秘的な雰囲気』が備わっているのは事実。

 実際、二葉と初対面である鬼太郎たちが荒唐無稽とも言える彼女の話に耳を傾けられていたのも、そういった空気を肌で感じていたからに他ならない。

 分かりやすく言葉にすると——『後光が差している』とでも表現すべきか。

 

 特に糸守町の住人たちにとって、宮水二葉という女性は特別な存在として認知されている。

 何か困ったことがあれば、いの一番に彼女の元へと相談に赴き、そこで提供された彼女の言葉が何よりも尊重されるのだ。

 特に信仰が深い老人たちなどは、まるで彼女のことを『神様そのもの』のように扱っている。

 

 きっと二葉は宮水家の人間の中でも、極めて高い素養を秘めているのだろう。

 もっとも、そんな二葉であっても——ここまで語った話の内容を、他の人々に信じさせることは難しい。

 

「夫にこんな話をしても……きっと信じてはくれないでしょう。母も、あれで意外と現実的なところがありますから……」

 

 それは彼女の家族も例外ではない。

 彼女の夫は糸守の外から来た婿養子だ。婿に入るのと同時に宮水で神主を務めるようになったが、元々は大学で民俗学の研究をしていた。学者らしく何にでも理屈を付けたがる性分であり、妖怪や神々の存在を頭から信じることはないだろう。

 また二葉の母親である一葉も。宮水の人間として歴史や伝統を重んじてはいるが、それも一般的な神職の感性から来るものに過ぎない。二葉のように神秘的な空気を纏うこともない、割と普通の老婆であるとのこと。

 

 糸守町の危機を告げる二葉の言葉を、現代を生きる人間ではまともに取り合わない。

 だからこそ、彼女は信じてくれるかもしれない相手として鬼太郎を頼った。

 

 妖怪である彼であれば、自分の言葉に耳を傾けてくれるかもしれないと。

 

「——分かりました、宮水二葉さん」

「鬼太郎さん……」

 

 彼女の淡い期待に、鬼太郎は彼女の目を見つめながら力強く頷く。

 

「数年後に落ちてくるかも……いえ、落ちてくる彗星から糸守町への被害を食い止める。その依頼、確かにお受けします」

「本当ですか!?」

 

 鬼太郎の返事に、二葉は安堵した表情を浮かべた。それはどこか神秘的で浮世絵離れしていた彼女が、初めて垣間見せる人間らしい表情だったかもしれない。

 ほっと胸を撫で下ろし、穏やかな笑みを称えながら彼女は鬼太郎に礼を述べていった。

 

 

 

「ありがとうございます! これでようやく……少し体を休めることができます……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その数日後だ。

 宮水二葉は、眠るように息を引き取ったという。

 

 

 

 

 

 宮水二葉から依頼を引き受けた鬼太郎は、彼女の言葉を裏付けるためにも『アメノカガセオ』について調査をすることにした。

 倭文神を祀る他の神社や、ゲゲゲの森の図書館などの文献を漁り、『星の神が彗星を呼び寄せる』といった記述が残っていないか、片っ端から調べ回ったのだ。

 残念ながら、アメノカガセオと彗星の関係。宮水家が倭文神の末裔だという確かな証拠を見つけ出すことは叶わなかった。

 

 だが、『千二百周期で地球に接近する彗星』についてはある程度調べがついた。

 それは人間の学者たちに『ティアマト彗星』と呼ばれているもので、今から数年後——正確には六年後には地球に近づいてくるとされていた。

 

 

 彗星の落下が糸守を襲うのであれば、そのときしかないだろう。

 鬼太郎は日々を普段通りに過ごしながらも、その日に備えてずっと準備を進めていく。

 

 

 そうして六年後——運命の日はやって来る。

 

 

 

2013年 10月4日

 

 

 

 その日、ティアマト彗星がもっとも地球に接近する日が訪れた。

 鬼太郎は二葉との約束を守るため、糸守町まで出向いてこの未曾有の危機に立ち向かおうと奮闘する。彗星の被害から人々を守ろうと、ゲゲゲの森の仲間たちにも協力を仰いでいた。

 

 だが、いざ彗星の落下を回避しようとしたところで、鬼太郎はいくつもの『誤算』に直面する。

 

 まずは人々の避難。住人たちを避難させるためには、そこに住む人間たちの協力が必要不可欠である。避難誘導、その陣頭指揮を取ってくれる。それが可能な人物に鬼太郎はコンタクトを取った。

 

 しかし、鬼太郎の警告は——町長となっていた二葉の夫・宮水俊樹(としき)によって突っぱねられる。

 彼には以前から何度も彗星の件を話してはいたのだが、「そんな与太話!!」と一向に聞く耳を持ってはくれなかった。

 

 ならば鬼太郎たちだけでも、住人の避難のために動こうと気持ちを切り替えたのも束の間。その日、糸守町では秋祭りが開催されており、町は観光客も含めた大勢の人々で賑わっていたのだ。

 想定以上の人間たちが、想定外の範囲で町中に散らばっている。鬼太郎たち妖怪の存在を信じていないものが多かったこともあり、彼らの避難誘導はほとんど機能せずに終わる。

 

 最後の手段として——鬼太郎は彗星そのものを『破壊』しようと試みる。

 墜落してくる彗星が地上に到達する前に撃ち砕き、少しでも被害を町から逸らそうとしたのだ。

 

 だが大気圏で割れた彗星は、さらに複数の欠片となって広範囲に散らばった。いかに鬼太郎が指鉄砲を全力で放とうとも、その全てをたった一人で撃ち落とすなど到底不可能である。

 

 もはや万策尽きた。人々が彗星の存在を目の当たりにしたときには、全てが手遅れだ。

 天より降り注いだ星は地上を焼き尽くし、その地に住まう人々の命を容赦なく奪い去っていく。

 

 その中には、当然のように二葉の家族も含まれていた。

 数千年前から続く倭文神の末裔。宮水の血筋は刹那の間に絶え——この地上から消え去ったのだ。

 

 

 

 約束は、果たされなかった。

 その事実は鬼太郎の中でも決して消えない傷跡として残り、彼の心に暗い影を落とすこととなる。

 

 あれから数年経った今でも、鬼太郎はこの時期になると毎年のように糸守町の跡地へと花を捧げに訪れる。

 自分が助けられなかった人々から目を背けまいと、破壊し尽くされた廃墟を苦しそうに見つめながら彼らの冥福を祈るのだ。

 

 

 そんな墓参りの最中だった。鬼太郎は彼——立花瀧と出会うこととなる。

 

 

 

2016年

 

 

 

「はぁはぁ……」

 

 立花瀧は一人、獣道のような山道を歩いていた。本来はそこまで険しい道ではないのだが、雨が降り続けているせいで地面がぬかるんでしまっている。

 足元がおぼつかないため転ばないように慎重に、ひたすら山頂を目指して歩を進めて行く。

 

 

 

 旅館に一晩泊まった、その翌日の早朝から瀧は行動を起こしていた。

 朝早くに目覚めた彼はすぐに出掛ける準備をし、まだ眠っている奥寺や司への書き置きを残し、一人旅館を飛び出していた。

 

『——どうしても行ってみたい場所があるから、先に東京に帰っていてください』

『——勝手ですみません、後で必ず帰ります。ここまで付き合ってくれて、ありがとう』

 

 それから瀧はとある人に連絡を入れ、車を出してもらえないかと頼んでいた。その相手は昨日出会ったばかりの、ラーメン屋の頑固そうな店主である。

 昨日から彼には色々と世話になってばかりだ。廃墟となった糸守町まで車を出してくれたのも、この店主だった。そもそも彼のラーメン屋に立ち寄っていなければ、瀧は今の糸守まで辿り着くことは出来なかっただろう。

 

 その幸運と好意に感謝しながらも、やはりこれ以上は誰も巻き込めないと。瀧は目的地である山の麓まで送り届けてもらい、そこで店主とも別れた。

 

 

 

 ——あの場所……あの場所に行けば……!!

 

 そうして現在、瀧は一人で山道を歩いていた。瀧が目指しているあの場所までは、あと一時間以上は掛かるだろう。しかし進めば進むほど山の天気は荒れ、雨も激しさを増していく。

 まるで瀧が目的地に辿り着くのを、山そのものが拒んでいるようだ。これ以上先には進ませまいと、何者かの意志が働いているようだ。

 けどそれでも、瀧は目的のために進むしかなかった。

 

 ——もう一度、お前に会いにいきたい……三葉!!

 

 瀧は『あの場所』に行けばもう一度。もう一度、三葉と『入れ替われる』と、そのような結論を出していた。

 彗星が落ちてくる前の、生きている三葉の元へ駆けつけて——彼女を助けたい。

 その想いだけが、立花瀧という少年を突き動かしていたのだ。

 

 だが、気持ちばかりが先走りし過ぎていたせいか、ここで瀧は致命的なミスを犯す。

 

「……あっ!?」

 

 強風に身体を煽られ、雨にぬかるんだ地面に足を取れる。仰向けに倒れ込んでいく彼の後方は——不運なことに崖だった。

 

 ——お、落ちる!?

 

 瀧はその瞬間を、スローモーションに感じていた。何とか反射的に手を伸ばすも、一人で山道を歩いていた瀧に助け舟を出せるものなどいるわけもなく。

 彼の身体はそのまま、真っ逆さまに崖下へと落ちていく——筈であった。

 

 だがここで——。

 

「——おっと……大丈夫ですか?」

 

 伸ばされた瀧の手を掴み取り、彼を助け起こすものがいた。

 いったい、いつからそこにいたのか分からないほど唐突に現れたその少年に、瀧は助けられたのにお礼の言葉が出てこない。

 

 ただただ困惑しながら、彼の名前を呼ぶしかなかった。

 

 

 

「き、君は……ゲゲゲの鬼太郎……?」

「…………」

 

 

 

「——入れ替わりとは……それもそれで、俄には信じ難い話じゃな……」

「いや……俺からすると、目玉おやじさんの方がよっぽど……って、今更ですよね、そんなこと……」

 

 山の天気は荒れる一方だったため、瀧は近場の洞窟に避難し、そこで身体を休めることにした。

 休憩中、瀧はラーメン屋の店主からご好意で貰っていた弁当を開け、それを一緒に食べないかと——ゲゲゲの鬼太郎にも勧めた。しかし鬼太郎は「ボクは大丈夫です……」と力なく答える。

 仕方がないので弁当の一部。おにぎりの一つを、瀧は鬼太郎の父親であるという目玉おやじへと差し出す。

 

 鬼太郎から二葉の話を聞かされた際、目玉おやじの存在についてはそれとなく触れられていた。だが本人に直接会うのが何気に初めてだった瀧にとって、彼の存在はなかなかに衝撃的だったりする。

 もっとも、『入れ替わり』や『彗星落下』。『アメノカガセオ』などの話を聞いた後だと、どうにも驚きも薄れてしまう。

 瀧は目玉おやじの存在を前に取り乱すことはなく——自分が体験した、三葉との入れ替わりについて語って聞かせていた。

 

「しかも、三年もの時間のズレがあるとは……いったい、何故そんな捩れが発生してしまったのか、う~む……」

 

 目玉おやじは考え込みながらも、瀧の入れ替わり自体については概ね肯定的だった。だが入れ替わっていた瀧と三葉との間に、『三年』もの時間差があったことには終始首を傾げるばかり。

 何故、そのようなズレが発生してしまったのだろう。まあそのズレがなければ、今この瞬間を生きている瀧が既に亡くなっていた三葉と入れ替わることなど不可能だったのだろうが。

 

「俺にもわかりません。いえ、分からなかったです……この糸守に来るまでは……」

 

 瀧も、時間差のこともそうだが、それ以前にどうして自分が三葉と入れ替わっていたのか。それに対する明確な答えを持ち合わせていなかった。

 だが、彼は自分の手首——そこに巻かれていた『組紐』を見つめ、忘れていた大事なことを思い出す。

 

「この組紐……」

「ん……?」

「この組紐は……俺が三葉から貰ったものなんです。あいつ……三年前のあの日、俺に会いに来てくれてたんだ……」

 

 

 それは三年前の、彗星が落ちてくる前日のことだ。

 宮水三葉は入れ替わり先である瀧のことが気になり、単身東京まで彼に会いに来てくれていたのだ。けれど、まだ三葉のことを知る前の瀧では彼女に気付くことが出来なかった。

 瀧の他人行儀な態度は、きっと彼女を深く傷付けてしまっただろう。意気消沈と背を向ける三葉を、瀧は何とか呼び止めて——その際に彼女の『名前』と、彼女が髪留めに使っていた『組紐』を受け取っていたのだ。

 

 言ってみればそのときの組紐こそが、二人を結んだきっかけだ。

 二人が入れ替わることになったのも、きっとこの組紐を通じて魂が結びついたからなのだろうと、今ならそう信じられる。

 

 

「…………けど、もう入れ替わりが起きることはないのでしょう?」

 

 しかし、鬼太郎は瀧の話を聞き終えた上で、既にそれが『終わった』ことであることを理解する。

 瀧と三葉の入れ替わりはもう起きない。それは三年のズレがあった時間軸の向こう側でも、彗星が落下して三葉が死んだことを意味している。

 もう何もかもが手遅れだと、鬼太郎はやや投げやりな感じで顔を伏せてしまっていた。

 

「いや、まだだ。まだ……終わってない!」

「……?」

 

 だが瀧は諦めていない、諦めきれていなかった。瀧の力強い言葉に、鬼太郎が俯かせていた顔を上げる。

 

「あの場所まで行けば……あれがあの場所にあれば……俺はもう一度、三葉と……」

「…………!」

 

 決意を秘めた瀧の瞳に、曇っていた鬼太郎の表情に光が差す。

 瀧が何を言っているかまでは理解できなかったが、それでもまだ終わっていないと。そう確信させるだけの『何か』を、彼の表情から感じ取ることが出来た。

 

 

 

 

 

「はぁはぁ……もう少しだ。あともうちょっとで着くぞ……」

「…………」

 

 その後、雨が止んで天候が安定し始めたところで再び瀧は山を登っていく。

 そのすぐ後ろを、鬼太郎も黙ってついて来ていた。瀧が何を成そうとしているのか、それを最後まで見届けるつもりのようだ。

 

「着いた! 着いたぞ、鬼太郎! ここが……この山の頂上だ!!」

「これは……」

 

 そうして、苦労の末に瀧たちは目指していた山の頂上へと辿り着くことができた。既に見覚えのある景色なのか、瀧は辿り着けたこと自体に歓声を上げるが、鬼太郎は眼前に広がっていたその光景に思わず息を呑む。

 

 山の頂上の地形は、何かに抉られたようになっていた。それはまさに、隕石の衝突で生まれたクレーターのような窪地だ。窪地の内部には緑豊かな湿原が広がっており、小さな小川まで流れている。

 外からは決して見ることの出来ない、天然の空中庭園のような景観が見るものの心を震わせる。

 

「むっ……止まるんじゃ、鬼太郎!!」

「どうかしましたか、父さん?」

 

 思わず見入ってしまう光景。惹きつけられるように鬼太郎の足も自然と前に進みかけるが、それに目玉おやじが待ったを掛けた。

 

「何やら妙な空気じゃ。ここは……普通の場所ではないぞ」

「……えっ?」

 

 目玉おやじはその場所に、何かしらの違和感を抱いていた。

 普通ではあり得ない空気だが、それが何なのかを言葉で言い表すことが出来ない。ただ壮大なわけでも、自然が豊かなわけでもない。これはいったい何だというのか。

 すると目玉おやじが抱いた感覚に、瀧は明確な言葉で答えを示していく。

 

「婆ちゃん……一葉さんは、ここから先は隠り世だって言ってましたけど……」

 

 瀧は三葉と入れ替わっていたときに、一葉や四葉と共にこの場所を訪れていた。その際に、一葉からはここが『隠り世』と呼ばれる場所だと教えてもらったという。

 

「隠り世じゃと!? 何と……ここがそうだというのか!?」

「父さん……隠り世とは、いったい?」

 

 瞬間、目玉おやじが驚愕に目を見開く。

 鬼太郎は父親が何故そこまで驚いているのか分からない様子だが、その反応から只事でないことは察せられる。少し強張った表情で、目玉おやじの口から語られる『隠り世』についての話に耳を傾けていく。

 

 

 

「隠り世、あるいは常世とも呼ばれるその場所は……永遠に変わらない神域とも、あの世とも言われておる……」

 

 宮水一葉は『隠り世(かくりよ)』と呼んだようだが、それ以外にも『常世(とこよ)』という呼び方がある。そこは瀧や鬼太郎たちのように今を生きるものたちが住む世界——『現世』とは正反対に位置する。

 絶え間なく移り変わる現世とは異なり、隠り世は永遠に変わらない領域とも、死んだものたちが流れ着く黄泉の世界とも言われている。

 死後の世界といえば、鬼太郎なら『地獄』を思い浮かべるが、それとも少し違うとのこと。

 

「一説によると、全ての時間が同時にある場所とも言われておるが……本質的なことはわしにも理解はできん。生者が長居していい場所でないことだけは確かじゃ……」

「全ての時間が……同時に?」

 

 どうやら、目玉おやじにも具体的なことは何も分からず、曖昧な表現でしか説明することが出来ない場所らしい。

 瀧はここがそこまで大袈裟な場所だったという認識はなかったのか、目玉おやじの言葉を呆然と繰り返していた。

 

 

 

「……そろそろ聞かせてくれるか、瀧くん? 隠り世と呼ばれるこんな場所まで来て、いったい何をするつもりなのか」

 

 ついに、ここで目玉おやじは瀧にこの場所までやってきた意味を問い掛ける。

 ここが隠り世と分かった以上、あまり長居は出来ない。直ぐにでもここから離れるべく——瀧がここで何をやろうとしているのかを知らねばならないだろうと。

 

「あれを見てください……」

 

 瀧は目玉おやじの疑問に答えるべく、とあるところを指差していく。

 彼が指し示したのは湿原となっているこの場所の中心付近。そこには一本の大きな樹が、これまた大きな一枚岩に根を張るように立っていた。

 

「あれは宮水神社の御神体です。あの樹がそうなのか、それとも岩のことなのか。どっちがそうなのかは俺にも詳しくは分からないですけど……」

「ご神体……」

 

 瀧が言うに、あれなるは宮水神社の御神体。神様が宿るとされているもの、信仰が形となったもので、神社でも最も尊ばれるものだという。

 

「あの御神体の下にちょっとした洞窟があって、そこに小さな社があります。俺はそこにあいつの……三葉の口噛み酒を奉納したんです」

「……く、口噛み酒?」

 

 そしてあの御神体の場所にこそ、瀧が目的とするものがあった。聞き慣れぬ単語に首を傾げる鬼太郎だが、言葉のニュアンスからそれがどういうものなのかを予想し、素っ頓狂な声を上げる。

 

『口噛み酒』。

 その名のとおり、口で噛んだ米を吐き出し、唾液の作用で発酵させて作るお酒のことである。製造工程を考えるとちょっとあれな代物かも知れないが、大昔では日本はおろか、世界中で作られていた歴史あるお酒である。

 宮水神社でも神聖な儀式として巫女たちが口噛み酒を作り、それが御神体へと奉納されることとなっている。その奉納の儀式を、瀧は三葉と入れ替わっていたときに行っていたという。

 

「あの口噛み酒には……三葉の魂が宿ってるんです。あいつの魂の半分が……あの酒の中に……」

 

 一葉の教えから、『体に入ったものは魂とムスビつく』ことを知った瀧は、その口噛み酒にこそ三葉の魂が強く宿っていると考えた。

 三葉によって作られたその口噛み酒を飲めば、彼女と深く結びつくことができると思ったのだ。

 

「あれを口にして……俺はもう一度、三葉と入れ替わる!! 彗星が落ちる前の糸守に行ってあいつを、みんなを助ける!! やってみる価値は……あると思います」

「うむむ、理屈は分かるが、しかし……」

 

 瀧の決意、思いもよらない考えに目玉おやじがやや難色を示す。口噛み酒を飲むという行為にもそうだが、それ以上に本当にそれで入れ替わりが起きるのかという疑問があった。

 

 実際に入れ替わりが起きたとして、それで彗星の被害から皆を守れるかという疑念もあった。

 

 鬼太郎たちでも救えなかった人々が、瀧一人の介入で果たして何かが変わるのか。あるいは変えていいものかと、そういった葛藤がこのときの目玉おやじには確かにあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『——無駄な足掻きを……』

 

 

「——っ!?」

「——っ!!」

「——な、何じゃ!? 今の声は……!?」

 

 

 だがじっくりと考え込む暇もなく、『それ』は滝たちの会話に割って入ってくる。

 

 その声は恐ろしいほどに底冷えした、まさにこの世のものとは思えぬ悍ましさを孕んでいた。

 

 声が響いてきたの同時に、周囲の景観もその姿を変えていく。

 

 それまでどことなく神聖で澄んだ空気を漂っていた隠り世に、暗く澱んだ夜が訪れたのだ。

 

 まるで神域に穢れた何がが流れ込んでくるかのように、大地も黒く染まっていき。

 

 その地表から——染み出すようにして『そいつ』は姿を現した。

 

 

「な……なんだよ、これ……」

 

 それを眼前にした瀧が呆然と立ち尽くす。彼にとってそれは埒外の存在。目玉おやじという妖怪にようやく慣れ始めた彼の脳に、まるでハンマーでガツンと叩くような衝撃をもたらす。

 

 恐ろしい全貌を露わにしたそれは——巨大な『真っ黒い影のような怪物』だった。

 全長数十メートルは軽く伸びているであろう、細長い胴体。そのシルエットはさながら大蛇——いや、龍を想起させるものがあった。

 

 そのフォルムを前に、目玉おやじがそれが何者なのか答えを導き出す。

 

 

「こ、こやつ……まさか……アメノカガセオか!?」

「……っ!? アメノ……こいつが!?」

 

 

 思考が止まっていた瀧の頭の中にも、その名前ははっきりと浮かんでくる。

 

 天香香背男——二葉の話に出てきたという、この地に封じられているとされる『竜』の名前だ。倭文神の末裔である宮水家の人間を抹殺するため、この地に彗星を呼び寄せし星の神。

 

 糸守町の人たちを死なせた。三葉の命を奪った仇とも呼ぶべき存在。

 

「こいつが……こいつのせいで三葉が!! 糸守町の人たちが!!」

 

 瀧にとっては、まさに諸悪の根源のようなもの。たとえ神様だろうと知ったことかと、挑むような視線をぶつけていく。

 だが、そんな瀧の怒り以上に——アメノカガセオも、その身を憤怒に染めていた。

 

『いかにも……我は天香香背男。この地の正統なる支配者にして、貴様ら人間が真に敬うべき、星の神である!!』

「——っ!?」

 

 竜が吠える。

 その絶叫に込められた凄まじい怒気を直に浴びせられ、怒りに我を忘れかけていた瀧ですらもその身を強張らせた。

 

 数千年にも渡って封じられてきた、まつろわぬ神。

 その身に宿る憎悪は人間などでは到底理解も出来ず、どこまでも尽きぬことを知らない底なしの闇であった。

 

『忌まわしい倭文神建葉槌命の手でこの地に封じられ、その末裔の血で縛られ続けること幾星霜……』

 

 まるで昨日のことのように、アメノカガセオは恨み言を吐き捨てる。自分を倒した倭文神は勿論、その末裔である宮水家のものたちも同罪だとばかりに。

 

『あと少しだ。あと幾許かの時さえあれば……我はこの忌々しい土地より解放される!!』

 

 この土地ですらも、アメノカガセオにとっては自分を縛る忌まわしい鎖に過ぎない。宮水家の人間が死に絶えたことで封印は解かれつつあるようだが、まだ完全ではないとのこと。

 しかしあと少しの時間さえあれば、自分はここから解き放たれるとその叫びが歓喜に満ちていく。

 

『我をこのような目に遭わせた神々に復讐を!! 天上で踏ん反り返る奴らに……目にものを見せてくれる!!』

 

 アメノカガセオは天上、自分をこのような憂き目に遭わせた天界に住まう神々に復讐を果たそうとしているようだ。本来であれば、地に平伏す人間や妖怪など眼中にもない筈だが。

 

『——今更余計な邪魔などさせんぞ……人の子風情がっ!!』

 

 だが瀧が三葉を助けられるような、彗星の落下の被害を食い止められるような発言をしてしまったことで表に出てきたようだ。

 万が一にでも、宮水の人間が助かるようなことになってしまっては、再びこの地に縛り付けられてしまうかもしれないと。自身の復讐の邪魔となる可能性。

 

 それがほんの僅かでもあるならば排除するしかないと、アメノカガセオは立花瀧へと襲い掛かる。

 

「うっ……!?」

 

 アメノカガセオの強襲に、瀧は成す術もなく立ち尽くす。瀧にとって人ならざる怪物に襲われるなど、全くの未知だ。

 しかも相手はまつろわぬ神、並の妖怪などとは比べようもないほどの威圧感を纏っている。

 

 彼一人では決して抗いきれない。神という巨大な存在を前に人間など、ちっぽけな塵芥に過ぎないのかもしれない。

 

 

「——霊毛ちゃんちゃんこ!!」

『むっ!? 貴様……邪魔をするか、小僧!?』

 

 

 しかしそんな瀧の危機を回避すべく、ゲゲゲの鬼太郎がアメノカガセオの前に立ちはだかる。瀧にその牙を突き立てようとする黒き竜を、霊毛ちゃんちゃんこを腕に巻いた一撃で退ける。

 勿論、その程度の一撃では倒すことなど出来ない。だがアメノカガセオが怯んだその隙に、鬼太郎は伝えるべきことを瀧へ伝えていく。

 

「——立花瀧!! こいつの相手はボクがする……キミは口噛み酒を!! 三葉さんと入れ替わって……彼女を助けるんだ!!」

「——っ!! き、鬼太郎……」

 

 鬼太郎の熱のこもった言葉に瀧は瞠目する。さらに鬼太郎は、個人的な意見を含めて瀧にアドバイスを送った。

 

「正直……本当に入れ替わりとやらが起きるかは分からない。けど、もしも本当に入れ替われたのなら……過去に戻ることが出来たのなら、向こうのボクにも頼ってくれ。きっと……キミの力になってくれる筈だ」

 

 彗星落下の日、鬼太郎も確かに糸守町で戦っていた。全てが無駄な努力で終わってしまったが、そこに瀧が一人でも加わればあるいはと。

 その瞳に確かな希望を宿して、叫ぶ——。

 

 

 

「——ボクに出来なかったことを……キミがやり遂げるんだ!!」

 

 

 

「……鬼太郎……ありがとう……!!」

 

 瀧は鬼太郎に短く礼を言い、走り出す。

 

『おのれぇえええ!! 逃さんぞ!!』

 

 その後をアメノカガセオが慌てて追いかけようとする。話の流れから、瀧がキーパーソンであることを理解したのだろう。

 

「やらせない……髪の毛針!!」

 

 だが、瀧に追いすがろうとするアメノカガセオの進撃を鬼太郎は全力で食い止めていく。ここまで来た以上、最後まで立花瀧のやるべきことを後押しようと。

 

 今度こそ守ってみせると、自分が守れなかった糸守町の人々のためにも死力を尽くしていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁはぁ!! はぁっ!!」

 

 鬼太郎とアメノカガセオがぶつかり合っている間にも、瀧は一気に御神体へと駆け込んでいく。御神体の地下には洞窟があり、そこに小さな社があった。

 そこに奉納されている二つの瓶子。それこそ宮水神社が大切な御役目として伝え続けた伝統——口噛み酒である。

 

「……あった!! 口噛み酒……俺たちが運んできた……」

 

 瀧は自分の記憶通り、そこに目当てのものがあったことにまずは安堵する。

 

「こっちが妹ので……こっちが、三葉の……」

 

 瓶子は二つあり、片方は妹である四葉のものだ。急ぎながらも慎重に、瀧はもう片方の口噛み酒——三葉のものを手に取った。

 

「あいつの半分……あいつの魂が……この口噛み酒に……!!」

 

 瀧は瓶子の蓋を杯に、口噛み酒を並々と注いでいく。

 酒は透き通るように澄んだ、キラキラと輝く液体となっていた。見ているだけでも吸い込まれそうな神秘的なそれを、ゆっくりと口元へと近づけていき。

 

「頼む……本当に入れ替われるのなら、時間を戻れるのなら……もう一度だけでも!!」

 

 彼女の元へ。そう祈りを込めながら——瀧は口噛み酒を一口で飲み干す。

 

 

 

 暫くの間は、何も起きなかった。

 

 まだ未成年である瀧は当然、酒など飲んだことはなく。体が妙に熱くなってくる感覚がただ酔いが回っているせいか、それとも別の何かなのか判別が付かないでいた。

 

 しかし、不意に体がふらつき、足がもつれて——瀧は仰向けに転がってしまう。

 すると不思議なことに、瀧の体はどこまで、どこまでも落ちていく浮遊感に襲われていく。

 

 水の中に沈んでいくような感覚に、抵抗も出来ずに身を委ねるしかないでいる。

 

 ——なんだ……これ?

 

 自分の意識さえも曖昧になりそうな最中、瀧はその視界にありとあらゆる記憶を見た。

 

 

『夜空に輝く彗星が二つに割れ、落ちてくる』

 

『星は容赦なく地上を焼き払い、沢山の人々が死ぬ』

 

『星の危険から逃れるため、その危機を後世に伝えようと人々が知恵を絞っていた』

 

 

 きっとこれらは、過去にもあった彗星衝突の記憶だ。アメノカガセオが宮水の血筋を絶やそうと、何度かこの地に彗星を落とした。

 だが宮水の人たちは何とか生き延び、その災害から身を守る手段として、記憶を形として残していく。宮水神社に伝わる伝統や作法、それらはきっと彗星の危機を子孫に伝えるためのものだったのだろう。

 

 

 その後も、瀧の中に記憶が流れ込んでくる。

 

 

『優しい母親が、生まれたばかりの赤子を愛おしげに抱きしめる』

 

『父親と母親と、妹に囲まれた幸せな家族』

 

『母親が病死した後、家族の間に決して埋めようのない亀裂が入る』

 

『父親に捨てられたと、悲しむ少女』

 

 

 ——これは……三葉の記憶?

 

 漠然としたものばかりだが、それが宮水三葉という少女の記憶だということは理解出来た。

 彼女という人間が生まれ、そして死んでしまうまでの記憶だ。

 

 そう、彼女の死の間際の記憶——それが瀧の視界を覆い尽くしていく。

 

 ——彗星!? 駄目だ、三葉!! そこにいちゃ駄目だ!!

 

 ティアマト彗星だ。何も知らない彼女目掛けて、それは美しくも残酷に、無慈悲に落ちてくる。

 瀧の声も届きはしない。所詮は記憶の中の終わった出来事。

 

 それを分かっていながらも、瀧は叫ばずにはいられなかった。

 

 

 ——逃げろ!! 逃げてくれ、三葉!!

 

 

 ——三葉、三葉、三葉!!

 

 

 ——三葉!!

 

 

 

 

 

 そして——時は巻き戻る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2013年 10月4日

 

 

 

 瀧は目を覚ます。それと同時に妙な確信が胸の奥から湧き上がってくる。

 

 急いで体を起こすと——そこには自分のものではない、小さな手に細い指が見える。

 他にも女性用のパジャマに、胸のふくらみ。

 

「三葉だ……」

 

 自然と漏れる声も、自分のものではない。

 すぐ横にあった鏡を覗き込めば——そこには会いたいと願い続けていた少女の顔が見えた。

 

「……生きてる……まだ、ちゃんと生きてる!!」

 

 感極まった瀧は自分の、彼女の身体を抱きしめた。理屈なんてどうでもいい。理由なんてどうでもいい。

 自分はもう一度、三葉と『入れ替わる』ことが出来たのだ。

 

 そして、彼女が生きているということはまだチャンスはある。

 

 彗星の落下までどれだけの猶予があるか分からないが、きっとまだ間に合う。

 

 

 彼女を、三葉を死なせはしない。

 糸守町の人たちを一人残らず守って見せる。

 

 

 そのために——立花瀧は宮水三葉の身体で運命に立ち向かっていく。

 

 

 




人物紹介

 宮水二葉
  三葉と四葉の母親。作中では既に故人のため、原作の方では出番は少なめ。
 『Another Side:Earthbound』のワンエピソードで、彼女の性格や巫女としての才覚が描かれています。
  その際、彗星の落下を何となく予見していたであろう行動や言動が確認出来ます。
  きっと彼女は全てを分かっていた上で……自分の命を賭けたのだと思います。
  
 天香香背男
  アメノカガセオ。星の神にして、竜。今作における元凶として設定を練り込ませていただきました。
  こちらも『Another Side:Earthbound』に名前だけは登場しています。
  こいつに限らず、日本神話の神様の名前ってすっごい漢字が難し過ぎる。
  いちいち読みにくいと思いますので、基本はカタカナ表記で書いていきます。

 宮水俊樹
  二葉の旦那にして、三葉と四葉の父親。
  二葉の死がきっかけで、糸守町を変えようと町長になる道を進んだ。
  原作だけ見るとちょっと嫌な感じで、何故彼がクライマックスに三葉の言葉を信じたのか違和感がありますが。
  やはりこちらも『Another Side:Earthbound』に詳細な心情が描かれています。
  今回は名前だけの登場ですが、次回には割と重要な場面に出てもらうかもしれない。
  
次回で完結予定です。
 彗星の落下に加えて、アメノカガセオという脅威まで。
 ここからどのように物語を収束していくか……お楽しみに!!


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