ゲゲゲの鬼太郎 クロスオーバー集   作:SAMUSAMU

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前回の感想欄に『クロスさせる作品の基準を教えて欲しい』との意見がありましたので、そのことに関してちょっと呟きます。
返信欄でも答えましたが、基本的に基準などは設けておらず、ある程度のスケジュールは考えていますが、作者の行き当たりばったりで新しい話を突如として書くこともあります。

今までやった中だと、読み切りで読んだ『炎眼のサイクロプス』とか。『ハベトロットの花嫁衣装』なんかも、fgoの二部六章をやった後、ハベにゃんが主役の話を書きたいなとクロスを考えました。
それから毎年、何本かはクロスしたいなという作品との出会いがあります。去年で言えば『ぼっち・ざ・ろっく!』がその筆頭かな?
今年もまだ始まったばかり、またいろいろな作品との出会いを求めていますので、活動報告の作品募集欄をご活用下さい!


そして、今回のクロス話は『人魚の森』。
これは『うる星やつら』や『犬夜叉』で有名な高橋留美子先生原作の、読み切り作品のシリーズものです。
アニメ化もされている作品で、今回の話はそちらのイメージを参考にしながら書いています。

ぶっちゃけ、暗いです。
犬夜叉でも偶に垣間見える、おどろおどろしい作風が前面に出ている作品です。
さらに今回のクロス話では『不老不死』に加え『宗教』の問題を前面に押し出していきます。
ちょっとやばめな話で作者自身も書いてて『引く』場面がありました。

とりあえず読む上での注意として、本作はあくまでフィクションであることをしっかりと明記しておきます。
実在の人物や団体などは関係ありませんので、そのことを十分にご留意した上でどうか読み進めていって下さい。




人魚の森 其の①

 

「…………く……っ! あ、頭が……」

 

 暗闇の中で男は目を覚ます。

 頭からは割れるような激痛。どうやら背後から後頭部を、何か鉄の棒のようなもので殴打されたらしい。完全な不意打だった。いきなりのことで碌な抵抗も出来ずに気を失わされてしまった。

 

 しかし男にとって『誰に?』『何故?』殴られたかは差したる問題ではない。

 自分が目を覚ました『ここがどこで?』『どうやったら脱出できるか?』。今の彼にとってはそれこそが重要だった。

 

「は、早く……報告しなければ……ここで行われていることを!!」

 

 男には役目があった。自分が目にしてしまった『あの光景』を、伝えるべきところへ伝えなければならないのだ。

 ここで行われていることを——あの『悍ましい行い』をやめさせなければならないという使命感が男を突き動かす。

 

 そのためにも、ここから生きて脱出しなければと。男はそこから外に通じる道がないか周囲を見渡す。

 しかし、彼が目を覚ましたのは太陽の光すらまともに届かない暗い、暗い洞窟らしき場所。耳に届く波の音や、鼻につくような潮の匂いから、どこかで海と繋がっていることは察せられたが。

 

「…………」

 

 海が近いのであれば、最悪でも海中から外へ出られるだろうと男は考える。潜水などすれば傷口が海水で染みるだろうが、そんなことを言っていられる状況ではない。

 一刻でも、一秒でも早くここから抜け出さなくてはならないと、男はすぐにでも行動を起こそうとした。だが——。

 

『————』

 

 ヒタヒタと、水底から這い上がってきた『何か』が、陸地へと上がってくる。

 

「ひぃっ!? あ、あれは!?」

 

 水面から『それ』が姿を現した瞬間、男は震え上がる。

 

 男はそれが『何であるか』を知っていた。正確には『それが何であったか』と言うべきだろう。

 どうして『そうなってしまったのか?』までは男にも預かりしらぬことだが、『それ』がまともな知能を有していないことくらいは直感で理解できる。

 

『——オォオオ、オォオオオオオオオ』

 

 それの口から、この世のものとは思えぬ絶叫が迸る。

 その叫び声はまるでこの世の全てを憎むような——それでいて、どこか助けを請うような悲鳴にも聞こえてくる。

 

「や、やめろ……く、くるな!! くるなぁああああ!?」

 

 男は戦慄し、恐怖した。

 

 ただ単純に死ぬのが怖いのではない。

 

 あんなものが存在していること自体が耐えられない。

 

 あれが——元々は自分と『同じもの』だったという事実に身の毛がよだってしまうのだ。

 

『オォオオ、グォオオオォオオオ!!』

「ひっ、あ……」

 

 しかし、男がそれ以上恐怖する必要はなかった。それの鋭利な牙が男の頸動脈を噛み切り、彼は呆気なく絶命したからだ。

 ほとんど即死だった。恐怖を感じる暇がなかったというのが唯一の救いだったかもしれない。

 

 

『——グォオオオ』

『——オォオオオ』

『——アォォアア』

 

 

 物言わぬ骸となった男に『それら』が一斉に群がっていく。

 空腹を満たすために食い散らかされた男の遺体は、数分後には骨も残らずに跡形もなく消えていく。

 

 

 誰にも気付かれることなく、一人の男の人生がそこで終わりを告げたのだった。

 

 

 

×

 

 

 

「キミが手紙をくれた……優斗くん?」

「は、はい。そうですけど……あなたが、ゲゲゲの鬼太郎さんですか?」

 

 その日、ゲゲゲの鬼太郎はとある施設を訪れていた。

 そこは未成年の少年少女が一時的に保護されている一種の避難所であった。小さな部屋の一室で、依頼主である少年・優斗(ゆうと)が鬼太郎を待っていた。

 今年で十三になるという彼だが、家庭の事情で中学には通わせてもらっていないという。

 年相応の幼さが目立つ顔立ち。同年代の男子と比べると今一つ覇気を感じられないが、その分物腰は柔らかで、言葉遣いなども丁寧であった。

 

「ふむ……それで優斗くん? わしらにいったいどのような要件かのう?」

「!! そ、それは……ええっと……!」

 

 しかし、目玉おやじが鬼太郎の頭からひょっこり顔を出すや、柔らかだったその表情に動揺が浮かび上がる。妖怪の出没がそこまで珍しくない昨今だが、彼自身はそういったものに不慣れなのか。

 明らかに人間ではない目玉おやじを相手に、怯えた様子で萎縮してしまう。

 

「……大丈夫よ。何も怖いことなんかないんだから……ゆっくり、落ち着いて話してちょうだい」

 

 怯える優斗に対し、鬼太郎と共に来ていた猫娘が優しい言葉遣いで声を掛けていく。

 彼女がそこまで優しげなのは、優斗の境遇をそれとなく察したからだろう。このような施設で子供一人、親元から離れなければならない理由。

 まだはっきりと言葉にされたわけではないが、明らかに訳ありというのが誰の目からも明らかである。

 

「は……はい、ありがとうございます……すぅ~、はぁ~……」

 

 少年も、自身の境遇が人に気を遣わせるものだという自覚があるのか。猫娘に落ち着くように言われ、そこで一旦深呼吸。

 そうすることで徐々に落ち着きを取り戻していき——やがて、ぽつりとぽつりと自分の身の上を語っていく。

 

 

 

「——ボクは、つい最近まで島でお母さんと一緒に暮らしてました。そこは選ばれた人だけが住むことを許された『教団』の聖地だって言われてて……」

「教団」

「…………」

 

 開口一番、少年の口から発せられた『教団』なる言葉に鬼太郎や猫娘が眉を顰める。

 

 教団——『宗教団体』というやつだろう。

 宗教を信仰すること、それ自体は特段問題のある行為ではない。人間は普段の生活においても、意識することなくそういったものに触れている。

 仏壇や神棚に何気なく手を合わせる行為。冠婚葬祭などの行事も、大抵は何らかの信仰指針に沿って行われているものだ。クリスマスやお正月といった大々的なイベントも、宗教との密接な関わり合いを否定することは出来ない。

 

 

 生きていく以上、人は何かしらの『教え』を基準としていかなければならないのかもしれない。

 

 

 しかし『教団』という響きに、どことなく不穏なイメージを抱いてしまうのも確かだ。それはそういったものを利用し、自らの私利私欲を満たそうとする輩が、いつの時代も一定数存在しているからに他ならない。

 一般的に、そういったものたちは『カルト教団』と呼ばれている。

 自らの教えを守るためであれば、手段を選ばないものたち。彼らは過去にも、この日本で破滅的な事件をいくつも引き起こしている。

 

 地下鉄という、閉鎖空間に化学物質を散布した無差別テロ。

 毒ガスを住宅地に撒き散らし、無関係な人々を恐怖のどん底へと叩き落とした。

 自分たちを非難したとし、敵対する弁護士一家を身勝手にも殺害するなどの残虐な犯行。

 

 近年の日本では取り締まりや監視の目が厳しくなったこともあり、そこまで直接的な手段を取るようなことも少なくはなった。

 しかし、霊感商法といった方法で多額の寄付金を巻き上げるなど。時代ごとに名前や手段を変えることでカルト教団は巧妙に社会へと溶け込み、今尚人々から多くのものを奪っている。

 

「ボクのお母さんが熱心な信者でして……ボクも、ずっとその教えを守ることを言いつけられてきました……」

 

 優斗も、そういったカルト教団によって自由を奪われた——所謂『二世信者』だった。

 小学生の頃から、教団の教えに沿った生活を強いられてきた。そのせいで学校の友達から奇異な視線に晒されるなど、辛い目にも遭ってきたという。

 さらには教団の方針で中学校には入れてもらえず。数年前には母と一緒に例の島へと移り住み、そこで下働きのようなことをやらされていたという。

 

「ボクは……そこでの生活に不満を感じたことはありませんでした。島にはボクみたいな子たちが他にもいて……色々と仲良くしてくれてましたから……」

 

 ただ嫌なことばかりではなかった。

 世間から隔絶された島での生活は思いの外穏やかで。自分と似たような境遇の子たちもそれなりにおり、その子たちと一緒に過ごす時間こそが優斗にとっての青春だった。

 

「…………」

 

 果たしてその平穏が真実のものなのか、あるいは俗に言われている『洗脳教育』『マインドコントロール』などの影響なのか。

 少なくともこの時点では鬼太郎たちにも判断は付かないため、そこに関しては何も触れないでおく。

 

「けど……」

 

 問題なのは、そんな生活に疑問を抱いていなかった優斗ですらも。

 

「まさか……!! まさか教団が、あんなことをしていたなんて!!」

 

 教団の『その行い』に、明確な嫌悪感——恐怖を抱いたということだ。

 そのときのことを思い出しているのか、彼の顔色は真っ青に染め上がっている。全身から汗が吹き出し、ガチガチと歯を鳴らしながら全身を震わせ、瞳からはとめどなく涙が溢れ出してくる。

 よっぽど恐ろしいものを目撃したのだろう、かなりトラウマになっている様子だった。

 

「落ち着いて! 大丈夫……大丈夫だから……」

 

 とても見ていられるものではなかった。あまりにも痛ましい少年の姿に猫娘は彼へと寄り添い、その肩をそっと抱きしめてやる。

 

「あっ……」

 

 猫娘の温もりに触れたことで少年の震えは止まった。しかし、心に負ってしまった傷までは消し去ることはできない。

 少年はより一層、悲しみに包まれながら——。

 

 

「——どうして、どうしてあんなことに………唯ちゃん」

 

 

 既に『いなくなってしまった』少女の名を、縋るように呟くしかなかった。

 

 

 

×

 

 

 

「ここが……例の島ですね、父さん」

「うむ、優斗くんの話によると、この島のどこかに教団の本部があるということじゃが……」

 

 優斗から話の詳細を聞き届けた鬼太郎たちは、定期船でその島へと降り立っていた。そこは一見すると何の変哲もない、どこにでもあるような——漁師たちの島であった。

 漁業によって生活を成り立たせているものが大半なのだろう。港には漁船がずらりと並び、魚市場からは活気のある声が響いてくる。

 町の規模こそ小さいものであるが、そこに人の営みというものを確かに感じられた。

 

「とても……カルト教団なんかが拠点にしてる町には見えないわね……」

 

 優斗の怯えようを目の当たりにした猫娘だが、この島が彼が目にしたという『恐ろしい行い』の舞台になった場所だというイメージが浮かばない。

 この辺りの海域にはいくつもの小さな島が点在している。もしかしたら上陸する島を間違えたのかもと、改めて位置情報を確認しようと猫娘は携帯から地図アプリを開こうとする。

 

 

「——てめぇら、そんなとこで何してんだ?」

 

 

 そのときだ。鬼太郎たちに向かって、一人の男性が声を掛けてきた。

 

「見ない顔だな……あんたら、もしかしてあのうさんくせぇ宗教団体の関係者じゃねぇだろうな?」

 

 なかなか精悍な顔立ちをした、漁師らしき青年。鬼太郎たちが例の教団の関係者ではないかと、露骨に警戒心を滲ませながら問い掛けてくる。

 返答次第ではただじゃおかないと言わんばかり、かなり物騒な雰囲気だ。

 

「……違いますが、その教団に用があって来ました。彼らの拠点がこの島にあると聞きましたが……何かご存知ですか?」

 

 鬼太郎は青年の剣呑な空気を気に掛けつつ、自分たちの目的を正直に告げた。関係者ではないがその教団に用があると、その本部がどこにあるか彼に尋ねていく。

 

「ああん!? あんなとこに何の用事があるってんだ!? まさかと思うが……入信したいとか言うんじゃねぇだろうな!?」

 

 すると青年はさらに機嫌を悪くする。鬼太郎たちを教団への入信希望者と勘違いしたのか、語気を強めて叫んでいた。

 

「やめとけ、やめとけ! 連中が何をやってるかはしらねぇが、碌なもんじゃねぇよ!!」

 

 宗教に対する偏見からか、青年は露骨に教団を悪く言う。しかし彼の場合、ただの先入観だけでそのような言葉を口にしているわけではない。

 

「ついこの間も、あそこから逃げ出してきたガキがいたんだ……ひどい怯えようだったぜ」

「……!」

「可哀想にな……いったい何をされたんだか。今は本土の施設で保護されてる筈だが……」

 

 青年は実際に、その教団から逃げて来た子を助けたことがあると言うのだ。心底から、その少年を不憫に思うような優しい口調だった。

 どこか覚えのある彼の話に、もしやと思って鬼太郎が問い掛けていた。

 

「もしかして……それは優斗という少年のことではないでしょうか?」

 

 

 

 

 

「ただいま……今帰ったぞ、真魚」

「お帰り、湧太! ……って、その人たちは?」

 

 漁師である青年・湧太(ゆうた)は借家と思しき町外れの小さな一軒家に帰宅。家には一人の女性が彼の帰りを待っていた。

 見目麗しい、真魚(まな)という女性だった。かなり若いその容姿は、少女と言っても差し支えのない年頃。青年との仲は良いように見えるが、夫婦と呼ぶには少しばかり違和感がある。

 どちらかというと、青年が『保護者』で少女は『保護されている未成年』と言った感じか。

 

「……?」

 

 いったい二人がどういう関係なのか。少し引っ掛かりを覚える鬼太郎だが、そこは踏み込むべきではないと、あえて何も聞かないでおく。

 

「ああ、こいつらは……鬼太郎と猫娘だったか? この間保護したあの子……優斗の知り合いだって話だ……」

 

 今はとりあえず彼らに優斗——湧太と真魚の二人が保護したという少年の、その後についての説明に終始する。

 

 

 

 そう、優斗は教団で行われていた『ある行為』を目撃。そのあまりの恐ろしさから逃げ出し——その先で、湧太と真魚の二人によって一時匿われたことがあるというのだ。

 その後、湧太の同僚でもある漁師たちの手を借り、優斗は島から脱出。本土の施設で養生生活を送り——ようやく、人並みの受け答えが出来る程度には回復したという。

 

「そっか……あの子、ちゃんと立ち直れたんだな。私たちが見つけたときはすっごく怯えてて、まともに話も出来なかったから。本当に良かったよ……」

「ああ、そうだな……」

 

 鬼太郎たちから優斗の現状を伝えられ、真魚はホッと胸を撫で下ろし、湧太も同じ気持ちからため息を零す。それだけ、二人が一番最初に少年を保護したときは酷いものだったという。

 

 教団の教えが正しいと、幼い頃から母親からも教え込まれてきた少年。彼はそれを疑うことも知らず、許されずに実直に信じてきた。

 だが、その価値観は——少年が目撃した『それ』によって根本から揺らいでしまった。

 信じてきたものに裏切られる絶望。まだ幼い少年が経験するには、あまりにも過酷な出来事だっただろう。

 

 周囲の人たちの助けを借りたとはいえ、そこから立ち直れた優斗は立派だ。

 今の彼であれば、教団の教えなどなくとも真っ当な人生を歩んでいくことができるだろう。

 

 

 

「……すみません。先ほどもお尋ねした、教団についてなんですが……」

 

 だからこそ、ここから先は優斗少年が目撃したという、教団で行われている『悍ましい行為』。それを実際に確認するためにもと、鬼太郎は教団の所在について再度尋ねていく。

 

「ああ……連中の本拠地なら、この島の反対側だ。あいつら……そこを教団の『聖地』だとかぬかしてやがってな」

 

 鬼太郎の問いに顔を顰めつつも、湧太は教団について口を開いてくれた。

 

 湧太の話によれば、島の玄関口とも呼ぶべきこの港は漁師たちの町であり、教団と直接の関わりはないという。教団の本部は、彼らが今いる場所のちょうど反対側——この島の裏側にあるというのだ。

 教団はそこを自分たちの聖地とし、集落を形成しているとのこと。しかしこの島を訪れる人々からは、この島全体が教団の『総本山』とみなされているらしい。

 

「今じゃ、こっちの方にも教団の信者が住み着いててな……全く、迷惑な話だぜ!」

 

 それに感化されてか、元々は無関係だったこちら側の町にも信者が増えたりと影響を受けているそうだ。

 そのせいで肩身の狭い思いをしているという、町の漁師たち。湧太が教団を良く思わないのにはそういった事情もあった。

 

 

 

「なるほど……話してくれて、どうもありがとうございました」

 

 そうして教団の所在地や、島の住人としての意見を聞き届けた鬼太郎は礼を言いながら立ち上がる。

 

「正直、どこまで出来るか分かりませんが、ボクたちの方で彼らに話を付けてきます……行こう、猫娘」

「ええ……」

 

 元より、鬼太郎と猫娘は教団に直接乗り込むつもりでこの島へとやって来た。

 ただ、いかに相手がカルト教団といえども、あくまでそれは人間社会の中でどうにかしていかなければならない問題の筈だ。そこに妖怪である自分たちが首を突っ込むなど、本来であれば鬼太郎の心情にも反したことだっただろう。

 

 しかし、もしも——優斗少年が目撃したという『あの行い』を教団が平然と行なっているのであれば、それは人間だけの問題には留まらない。

 優斗の話が真実であるかを確かめるためにも、鬼太郎たちは教団に足を運ばなければならなかったのだ。

 

「……なぁ、湧太」

「ん? どうした、真魚?」

 

 ふいに、これから教団に赴こうとする鬼太郎たちを見つめながら、真魚という少女が不思議そうに首を傾げていた。

 

「教団って……具体的には何をやってるところなんだ?」

 

 真魚は、そもそも『教団』が何をするところで、どういった人たちが集まるところなのか、純粋に疑問を投げ掛けてきた。

 そこにカルト教団と呼ばれる組織への偏見や不信感はない。何も知らないからこそ単純に知りたがろうとする、まさに子供の好奇心そのものだ。

 

「そりゃ……教団って言うくらいだからな。変な教えを信じるよう強要したり。集めた信者から金を搾り取ろうって魂胆だろうよ」

 

 一方で、湧太の見方には僅かに偏見が混じっている。

 現代では、宗教というだけで変な顔をする日本人も多い。教団の名前だけはニュースで聞いたことがあっても、具体的に組織としてどんな活動をしているのか、詳しい内情を知らないものも多いだろう。

 ただ不気味、怖そうという理由から情報を遮断し、自分には無関係だとそれに関連するものを全て遠ざけようとする。

 

 それは——果たして対処法としては正しいものなのだろうか?

 

「——それについては、わしから説明しようか」

「父さん?」

 

 すると真魚の疑問に答えようと、ここまで鬼太郎の髪の毛の中に隠れていた目玉おやじが姿を現した。

 

「うおっ!? こいつは驚いたな……」

「へぇ……小さい人だな?」

 

 当然ながら、人間ではない存在に驚きを見せる湧太と真魚だが、そのリアクションは一般的なものとは少し差異があった。

 もしかしたら、それが離島暮らしの人間の感性なのかと。そのときの鬼太郎たちは、そこまで二人の反応がおかしいものだとは思わなかったが。

 

「せっかくじゃ、お前さんたちにも話しておいた方がいいじゃろう……」

 

 目玉おやじは湧太と真魚に教団について、優斗から話を聞いた範囲で語ることにした。この島で、あの教団の側でこれからも暮らし続けるのであれば知っておいた方がいいだろう。

 

 彼らがどのような組織で、どのような教えを広めているのか。

 

 

 その『教義』の裏側で、いったいどのような行いに手を染めているのかということを——。

 

 

 

×

 

 

 

 教団と一口に言っても、当然ながらその全てが同じ組織というわけではない。人間の社会には多くの宗教が存在し、それぞれが独自の思想体系を持ち、様々な教えを広めている。

 その中でも、優斗が所属させられていた教団は——『人間の不老不死』を教義として謳っているというのだ。

 

『人は神へ祈り、神の教えを守り、神に仕えることで認められ、やがては不老の命が与えられる』

 

『そうして永遠の命を得られた人間こそが、きたるべき終末の日に生き残り、そこから新しい世界を創り直すことができる』

 

 それが教団の思想、主だった教義の内容だ。

 これまた一段と——うさんくさい教えである。

 

「————」

「————」

 

 教団のその教えとやらを初めて知ったのか、湧太と真魚が呆気に取られたように押し黙ってしまった。そんな二人の心情を察しつつも、目玉おやじは話を続けていく。

 

 

 教団ではその不老不死を得るためと称し、年に一度、とある儀式がこの島——彼らが聖地とする場所で行われているというのだ。

 その儀式は、たとえ教団の御膝元で暮らすことを許された者たちですらも見ることが出来ない、秘匿されたままで行われる。

 

 本当に選ばれた、選出された少人数だけに施されるという謎多き儀式。

 その儀式こそが、優斗が人知れず目撃してしまったという。

 

 

 悪夢のような光景だった。

 

 

 

 

 

「——唯ちゃん、大丈夫かな? 本当に……不老不死なんかになれるのかな……?」

 

 その日、優斗は儀式が行われることになっていた『教祖様』の屋敷に忍び込んでいた。

 そこは古い武家屋敷のような場所。少し広すぎる畳部屋の一室で、少年はどこか落ち着かない様子でソワソワしていた。

 

 本当はいけないことだと、少年にも分かっていた。

 選ばれたものにしか開示を許されないとされる、不老不死の秘技。認められたものしか足を踏み入れることが許されない、教祖様のお屋敷に潜り込むという愚行。

 母親に知られれば、きっと烈火の如きお叱りを受けるだろう。母だけではない、もっと大勢の大人たちからきつい『ペナルティ』を受けることになるかもしれない。

 

 しかし少年がそのような行為に走ったのには、実に少年らしい理由があった。

 

 それは、今年の儀式に選出された三人の人間。三十代、二十代、十代と。それぞれ年代の違う女性たちが儀式を受けることになったわけなのだが。

 その内の一人。少年と同年代の女の子である十代のその子に、優斗は——言うなれば『初恋』なる想いを抱いていたのだ。

 

 名前を『(ゆい)』というその少女は、優斗と同じような境遇、親の都合によってこの島へと移り住むことになった子だった。

 優斗と同じよう、下働きとしてこき使われていた彼女も、決して恵まれた環境にいたとは言えなかっただろう。

 

 けれど、彼女はいつだって明るかった。

 同年代の子たちにいつも笑顔を振りまき、その愛嬌から皆にも好かれていた。

 

 優斗が自分を不幸と思わなかったのも、もしかしたら彼女のおかげかもしれない。控えめな性格だった優斗とも、唯は分け隔てなく仲良くしてくれていた。

 

 

『——いつか大人になったら、もっと多くの人々のために尽くしましょう!!』

 

 

 眩いばかりの笑顔でそう言うのが、彼女の口癖だった。そんな彼女に、少年は——気が付けば『恋』をしていた。

 大人になったら多くの人々のために生きよう。唯と一緒なら、それが出来ると優斗は心の底から信じていたのだ。

 ところが、その恋した相手が今年の儀式の『対象者』に選ばれてしまったのだ。それは信者としては喜ばしいことなのだが、優斗としては残念でならない。

 

 というのも、この儀式によって不老不死となったものたちとは、もう会うことが叶わなくなるという。

 教団の教えによると『儀式を受けたものは、そこから新たな使命を帯びて新天地へと旅立つ』とされており、そこで俗世との関わりが完全に絶たれてしまうとのことだった。

 

 つまり、この儀式に選ばれた人間である唯と——優斗は二度と会えなくなってしまう。

 

 優斗はそれが寂しくて、辛くて、悲しくて。せめて、せめて彼女が新天地とやらに旅立つであろう、その最後の瞬間まで立ち会いたかったのである。

 

 

 それだけの理由で、少年は単身屋敷へと忍び込んでいたのだ。

 

 

「あっ!? まずい、隠れないと……」

 

 そうして、屋敷の中に潜り込んですぐのことだ。人の気配がすると同時に、少年はその部屋の押入れの奥へと身を隠した。

 奇しくも、優斗がいたその部屋こそが儀式が行われる舞台だった。その部屋に唯を含め、選ばれた三人の女性たちがやって来る。

 

「…………」

「…………」

「…………」

 

 身を清めた彼女たちは、皆一様に巫女装束の格好でその部屋に入ってくる。儀式に選定されるものたちだけあって、誰もが信心深いものばかりであったが、流石に緊張気味なのか。

 身を固くし、一切の無駄話をせず、彼女たちは指定された場所にて正座で待機していく。

 

 ——唯ちゃん、緊張してるな……大丈夫なのかな?

 

 押入れの隙間から見える好きな子の緊張した様子に、優斗は心配になってくる。いっそ、怒られるのを覚悟で彼女に激励の言葉でも送ろうかと、少年はそこから飛び出すことも考えた。

 

 ——あっ……! 唯ちゃん……ボクのあげたお守りを……。

 

 しかし、そこで優斗は目にする。

 唯が首に掛けていたネックレス——『御守り』をギュッと握りしめる姿を。

 

 それは、儀式が上手くいくようにと優斗が唯に上げたものだった。こんな大事な場面で彼女が心の拠り所としたのが、そんなちっぽけな御守りだった。

 

「…………大丈夫、きっと大丈夫さ」

 

 優斗はその事実が嬉しくて、きっと大丈夫だと自身に言い聞かせるように小さく呟きながら。

 とりあえず、今は静かに見守ることにした。

 

 

 

「——やあ。よく集まってくれたね、選ばれた巫女たちよ」

 

 やがて、女性たちが待機していたその部屋に一人の人物が入ってくる。柔和な笑顔を浮かべた、眼鏡を掛けた男性。

 

 何を隠そう、彼こそが教団の教祖だ。

 教団のものたちが信奉する、生きた伝説——『不老不死を体現した神の代行者』である。

 

「お、お待ちしておりました、教祖様!!」

「ど、どうか!! 私どもに福音をもたらしください!!」

「よ、よろしくお願いします……」

 

 教祖が姿を現すや、平伏するように頭を下げていく女性たち。

 信者にとって教祖から直接儀式の手解きを受けるなど、最大限の名誉だ。冷静でいられるわけもなく、皆が興奮した様子で声を大きくしていく。

 

「そう焦らないで、気を楽にしてください」

 

 そんな昂揚する彼女たちを、教祖は優しい口調で宥めていく。

 

「貴女たちの日々の献身を神は見ておられます。大丈夫……きっと神は貴女たちを祝福してくれるでしょう」

「は、はい!!」

 

 教祖の言葉にますます恍惚な表情になりつつ、女性たちは大人しく姿勢を正していった。

 

 ——すごいな……さすが教祖様だ!!

 

 そんな光景を、優斗は純粋に目を輝かせて見つめていた。そのときの少年にとって教祖は憧れの存在、ヒーローのようなものに近かったかもしれない。

 優斗も女性たちも、誰一人疑うことを知らず。儀式のときはまだかと、皆がそのときがくるのを待ち侘びていた。

 

 

 

「では、そろそろ始めましょう……」

 

 そうして、ついにその時が訪れる。儀式の開始を告げるや、教祖は手を叩いて合図をした。

 

「…………」「…………」「…………」

 

 その合図と同時に——数人の男たちが部屋の中に入ってくる。

 黒いスーツで全身を彩った、強面な男たちだ。室内であるにもかかわらずサングラスで顔を隠したり、ちらほらと外国人の姿も見受けられる。

 

「あの……こちらの方々は?」

「っ……!?」

 

 いきなり現れた見覚えのない男たちに一抹の不安を覚えたのか、女性たちは揃って困惑した表情になっていく。

 

「安心しなさい、彼らも神に仕える身だ。少し儀式の手伝いをして貰うだけだよ」

 

 しかし、教祖は動じない。

 実際、男たちが彼女たちに何かをしてくると言うことはなかった。彼らのうちの何人かはその手にトレイ・お盆を手にしており、彼女たちの眼前に料理を運んできた。

 

 配膳されてきたその料理は——小さな皿に盛られた『刺身』のようであったが。

 

「あの……このお刺身は?」

 

 一見すると何の魚かも分からず、唯が疑問を挟んだ。

 

「なに、儀式前のちょっとした腹ごしらえですよ。どうぞ? まずは一口、召し上がってください」

 

 教祖は唯の質問には答えなかった。穏やかでありながらも有無を言わさぬ口調で、その刺身を口にするように促してくる。

 

「ええっと……」

「それじゃあ……頂きます」

「…………」

 

 教祖の態度に若干の違和感を覚えながらも、彼女たちは大人しく指示に従っていく。

 自らの意思で、その刺身を自分の口の中へと運んでいった。

 

 

 変化は——彼女たちがその魚を口にした、僅か数秒後に起きる。

 

 

「……ぐ!? ぐ……がああああ!?」

 

 一人目、三十代の女性。

 彼女は突如として苦しみに喘ぎ、口から大量の血を吐き出しながら——死んだ。

 

 

「ひぃっ……な、なにが、が? があああああ!?」

 

 二人目、二十代の女性。

 隣の女性が苦しみ悶えながら死ぬ姿に悲鳴を上げたのも束の間。彼女自身も血を吐き、目ん玉が飛び出し、歯茎からは人ならざる牙が露出する。

 人間ではない『何か』に体が組み変わりながら、その変化に身体自体が耐えきれずに——絶命した。

 

 

「あ……あ、ああ……!?」

 

 そして三人目、十代の少女——唯。

 彼女の身体にも異変が起きていた。しかし他の二人と違い、彼女は死ななかった。死なないながらも、その身体が人間ではない別のものへと組み変わっていく。

 皮膚が緑色に変色し、目が真っ赤に充血。手や足もどんどん肥大化、やがては身体全体が膨れ上がっていく。

 

 

「え……? ゆ、ゆい……ちゃん?」

 

 その様を、優斗は押入れの中からずっと見ていた。すると、苦痛に悶えながらも——唯の視線が、優斗の隠れていた押入れの方へと向けられる。

 

 

「——ゆ、優斗くん」

 

 

 唯は、そこに優斗が隠れていると勘付いていたようだ。縋るように少年の名を呟きながら——。

 

 

『——ヴ、ヴォォオオオオオオオオオオ!!』

 

 

 最後には、その肉体が完全な化け物へと変わってしまう

 好きだった子が怪物に変わるその瞬間を——優斗は目撃してしまったのだ。

 

 

 

 

 

「——はぁ~。どうやら、また失敗だったみたいですね」

 

 女性たちの『死』と『変貌』に、教祖は冷めた吐息を零す。

 死んだものたちになどは一瞥も暮れず、その視線が唯一生き残った『少女だったもの』へと注がれていく。

 

『オオオ……オオオオオオオオオオオ!!』

 

 知性を失い、半魚人のような怪物と化した唯。彼女はすぐ側にいた教祖へ、獲物を狙う肉食獣のように襲い掛かろうとする。

 しかしその暴走を予想していたのか。教祖を護衛するように黒服の男たちが立ち塞がり、懐から取り出した得物——『拳銃』を躊躇なく発砲していく。

 

『ギャァアアアアアアアアア!?』

 

 何丁もの拳銃から吐き出される数十発の銃弾を浴びせられ、怪物は全身から血を吹き出しながらその場に倒れ込む。

 

 しかし、まだ生きている。

 

 人間であれば問答無用で即死だったろうが、その程度で怪物は死なない——死ぬことを許されない。残酷なほど、その肉体は生命力に満ち溢れていた。

 

「ご無事ですか、先生?」

「ええ、いつもすみませんね」

「いえいえ、たいしたことではありません」

 

 仮にも人だったものを撃っておいて『たいしたことではない』と宣う、黒服たちの男たち。 

 人間が化け物に変わる光景を『いつものこと』と、教祖は笑顔を崩さない。

 

「う……? あ、あ…………?」

 

 何もかもが異常だった。あまりに理解不能な光景に、傍観者である優斗の口からは悲鳴すら上がらない。眼前で繰り広げられる現実離れした景色を前に、少年はただただ呆気に取られていく。

 すると、そんな少年を置き去りにしながら、男たちの間に慌ただしい空気が漂ってきた。

 

「先生!!」

「おや? どうかされましたか……そちらは、どこのどなた様でしょう?」

 

 黒服の一人が焦った様子で、何かを引きずって部屋の中に上がり込んできた。

 黒服が雑に扱っていたものは——人間であった。

 

「う……」

 

 スーツ姿の成人男性。まだ息はあるが頭からは血を流し、その口から小さな呻き声が漏れ出ている。

 本来であればこの場にいていい筈のない部外者を囲みながら、教祖と黒ずくめの男たちが何事かを話し合っていく。

 

「申し訳ありません。どうやら、ねずみに入り込まれていたようで……」

「それはそれは……いったい、どこから忍び込んできたのやら」

「公安の犬でしょうか? 教団の秘密を探りに?」

「組織と教団が繋がっていることを嗅ぎつけたのかもしれません……如何いたしましょう?」

 

 

「……? ……?」

 

 

 淡々と、淡々と話し続ける男たちの言葉の数々を、優斗はほとんど理解することが出来ずにいる。唯一、分かっていることがあるとすれは——決して、男たちに勘付かれてはいけないということ。

 絶対に見つかってはならないと。僅かの呼吸音すら漏れ出ないよう、優斗は両手で自身の口を押さえ込んでいく。

 

「なりそこない共々『巣穴』にでも放り込んでおいて下さい。そろそろ、あれらに食糧を恵んで上げませんと、空腹に耐えかねて外に飛び出しかねませんからね」

 

 軽い議論の末、教祖は部外者である男の処遇を決定。

 その判断に従う形で黒服たちはスーツ姿の男と——化け物となってしまった唯を乱暴に引きずり、どこぞへと連れていってしまう。

 

「あ……」

 

 唯だったものが連れて行かれる光景を、やはり優斗は見ているしかなく。

 少年は最後まで何も出来ない子どものまま、全ての悪夢が嵐のように過ぎ去っていった。

 

 

 

×

 

 

 

「はぁはぁ!! はぁっ!!」

 

 長い間、押入れの中に隠れ続けた優斗は、屋敷から人の気配がなくなったところで思い切って外へと飛び出す。外では既に日が暮れ、夜が訪れていた。

 

 ——逃げないと……逃げなきゃ!!

 

 優斗は母親が待っている家に帰ることもなく、森の中を裸足で走っていた。

 

 あの儀式が何であったのか? 

 どうしてあのようなことが行われていたのか?

 

 その詳細は、あれらを目撃した優斗にも分からない。しかし、自分が見てはならないものを見てしまったということは理解できた。

 

 きっと自分があれを『見た』という事実を人に知られれば、自分もあの黒服たちに命を狙われるだろう。

 かといって、今日見たものを誰にも言わずにずっと抱え込んで生きていくなど、彼には到底耐えることができない。

 

 ならば、もう逃げるしかないと。

 今はただ逃げるしかないと、少年はひたすら走り続けていく。

 

 

 

「はぁはぁ……あ、明かり……?」

 

 どれくらい走り続けたか。呼吸すらままならないほどの疲労感を感じた頃になって、優斗は人工物の光を目の当たりにする。それこそ、島の反対側の港町。教団の管理が絶対ではない、漁師たちの町がすぐそこに見えたのだ。

 まさに暗闇の中に見えた一筋の光。しかし、優斗はその地に足を踏み入れることを躊躇ってしまう。

 

 ついさきほどまで、教団の教えこそが正しいと思い込んでいた優斗にとって、そこは異教徒の町だ。

 自分たちが信じる神様を否定する——『悪魔たちが蔓延る邪悪な社会』。身近な大人たちからはそのように教え込まれていた。

 

「うっ……うぅう……」

 

 おまけに教祖や黒服たちの残酷な行いを目撃した直後だ。大人への疑念が、そのときの優斗には大きな不安として膨れ上がっていた。

 もしも、もしも助けを求めて声を掛けた相手が『悪い大人』だったらどうしようと。そう考えた途端に足が動かなくなってしまう。

 

 もう誰に助けを、何を信じればいいか分からない。

 思考も心もぐちゃぐちゃで、何が何だか分からずにその場に立っていることすら困難で。

 

 もういっそのこと、ここで死んでしまえば楽になれるのではと、優斗が何もかもを諦めかけ——。

 

「——おい、お前」

「——っ!?」

 

 と、まさに少年が力尽きようとしていたそのときだ。暗闇の中、懐中電灯を片手に一人の女性が声を掛けてきた。

 いきなり呼び止められたことでビクリと震え上がる優斗であったが、振り返った視界の先に立っていた綺麗な女性を前に思わず息を呑んだ。

 

 若く、黒い髪が長くて美しい女性だった。

 自身が苦境のときに現れたからか、それこそ救いの女神のように思えてしまう。

 

「お前……怪我してるじゃないか!? ちょっと待ってろ、今手当してやるからな!」

 

 実際、彼女は少年にとって救いとなった。

 夢中で夜道を走っていたため、身体のあちこちが傷だらけになっていた優斗。そんな彼の身体を真っ先に心配し、彼女はハンカチを傷口に巻いたりなど傷の手当てをしてくれた。

 

「…………」

 

 その女性の温もりが、傷だらけだった少年の身体のみならず、心をも癒していく。

 

「真魚? おいおい……どうしたよ、坊主? 大丈夫か?」

「……っ!!」

 

 さらに、そこに女性の連れと思しき青年までも駆け寄ってくる。

 大人の男性。教祖や黒服のこともあって思わず身構えてしまう優斗だったが、彼の方もすぐに少年の身を気遣い、女性と一緒になって応急手当を施してくれた。

 

 

 

「……あ、ありがとう……」

 

 ここで優斗は素直なお礼を口にする。この二人は信用できると、優斗の直感が彼らを味方と認識し始めたのだ。

 すると、これまで保っていた緊張の糸が切れたのか。安堵しかけた少年の脳裏に『恐怖』とは別の感情が湧き上がってくるようになった。

 

 

『——ゆ、優斗くん』

 

 

 唯という少女の最後の表情。

 そう、化け物となってしまった彼女への『悲しみ』の感情だ。

 

 あの瞬間、あの一瞬で——自分の好きだった子は、人としての『死』を迎えた。

 化け物となった唯は、きっともう二度と戻ってこない。

 

 以前のように、笑いかけてくれることもないのだと——。

 

 

「——う、うわあああああああん!!」

 

 

 それを理解した途端、優斗の双眸から涙が止めどなく溢れ出してくる。

 それまでずっと恐怖で麻痺していた感情が、我慢できていた悲しみが心の底から溢れ出してしまったのだ。

 

「坊主、お前……」

「ああ……大丈夫、もう大丈夫だぞ……」

 

 堰を切ったように泣きじゃくる優斗に、当然ながら二人の男女は困惑する。

 しかし彼らは何も聞かず、ただ少年が悲しみに暮れる姿を黙って受け入れてくれた。

 

 

 ただただ、泣き続ける彼を保護し——やがては、知り合いと共に少年を本土へと逃していく。

 

 

 

 

 

 

 

 その善行が、青年と少女——湧太と真魚。

 二人にとって、新たな『旅立ち』のきっかけになるとも知らずに——。

 

 

 

 




人物紹介

 湧太と真魚
  前編の話ではチョイ役な二人ですが、原作では主人公とヒロインです。
  二人が何者か説明しますとネタバレになりますので、ここでは名前だけ。
  次回から本格的に物語に絡んで来ますので、お楽しみに。

 優斗少年
  今回の話の都合上、生まれたオリキャラです。
  特に名前なども捻っていない、一般人の男の子。
 『二世信者』問題に焦点を当てたく、心情などを考えながら描写しております。
  
 唯ちゃん
  こちらもオリキャラ。
  とある魚の肉を食したことで『化け物』となってしまった悲しき少女。
  人魚シリーズにおいて、必ず登場する被害者の一人です。

 ぶっちゃけ、今回はストーリーを現在進行形で練り上げながら書いています。
 時間が少し掛かるかもしれませんが、どうか最後までお付き合いください。

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