暗めの話を書いていると、尚更カービィの存在が癒しになる……。
fgoのバレンタインも、久しぶりのイベントということもあって結構楽しかった。
このイベントの祝福チョコ。自分は男性は『源為朝』。女性は『水着信長』にプレゼントしました。
為朝は純粋に好きな鯖だったから。水着信長は周回の関係上、NPをMAXにしたくて。
3月はホワイトデーイベント。新鯖は果たして登場するかどうか?
さて、今回は『人魚の森』中盤ストーリーです。
この話を書いている間も、ニュースなどではさまざまな宗教団体の話題が取り上げられたりと。
それらのニュースで感じたこと、自分なりに作品に盛り込んでいるつもりです。
その分、ヘビーな話になるかもしれませんが……もう暫くはお付き合いください。
次のクロスは……絶対に明るい話を書いてみせますから!!
「……湧太、平気か?」
「ああ……大丈夫だ、真魚」
漁師の島に住む青年・湧太は一緒に住んでいる少女・真魚の呼びかけに意気消沈しながらも答えていた。
湧太たちは鬼太郎や猫娘、そして目玉おやじから『教団』の話を聞かされた。既にその話をした鬼太郎たちは、教団の本部があるという島の裏側へと向かっている。
教団の教祖が信者相手に行っていた『人間を化け物に変えてしまう儀式』。それが何なのか確かめ、やめさせるためにも鬼太郎たちは教団の秘密を暴こうとするだろう。
「まさか……教団とやらが『あれ』に関わっていたとはな……」
その一方で、湧太は教団が何をやったのか——ある程度察しが付いてしまっていた。
おそらく妖怪である鬼太郎以上に、湧太たちは『あれ』に深い関わりを持っているだろう。だからこそ『不老不死』を目指す教団の教え、教祖が実際に不死と崇められる真相にも納得がいってしまう。
「湧太……どうするつもりだ?」
その上で、真魚は湧太に『これから』どうするかを問いかけていた。
湧太と真魚にとって、この島での暮らしは仮住まいのようなものだ。
二人がこの島に移住してきたのは数年ほど前のこと。素性も正体も定かではない二人を、この島の住人たちは快く迎え入れてくれた。湧太に漁師としての仕事を与えてくれたし、住み場所もほとんど無償で提供してくれた。
とても感謝している。湧太たちがこの島で暮らしていけているのは、人々の確かな善意によるものだろう。
だが、どれだけ親切にされたところで、湧太たちはこの島で『一生』を終えることはできない。いずれはこの土地からも離れ、違う場所でまた一から新しい生活を始めていくしかない。
今までもそうしてきた。決して一箇所に留まることが出来ないのが——人間社会にとって『異物』である彼らの運命だ。
だから、湧太も真魚も他者との関わりを最小限に留めていた。
教団から逃げてきた少年・優斗を一時的に保護したものの、彼が何から逃げてきたかなどを詳しく聞こうとはしなかった。すぐ側で教団とやらが何をしていようと自分たちが関わるべきではないと、そのように考えていた。
「どうするかだって? そんなの……決まってんだろ!」
しかし、教団が『あれ』に関わっているというのなら話は別だ。
たとえ自分たちが社会にとっての異物であろうとも、『あれ』を野放しにしておくことは出来ない。
「真魚、すぐに出発しよう。準備してくれ……」
「うん、湧太がそれでいいなら」
湧太は重い腰を上げ、真魚も彼について行くつもりで立ち上がる。
世話になった人々や町への別れを告げる時間も惜しいとばかりに、急ぎ旅支度を整えていく。
×
「あの町が……?」
「ここが、教団の総本山……なのよね?」
「ふむ、あれが入り口のようじゃが……」
時刻は夕暮れ時。周囲が暗くなり始めた頃になって、鬼太郎たちは島の裏側に存在する教団の『聖地』とされる場所へと辿り着く。
目的地までは目と鼻の先であったが、まずは近くの森。茂みに隠れて町の様子を伺っていく。
町の周囲は、高い塀によって囲まれていた。
粗雑な造りではあるものの、立ちはだかる木の壁が内部の様子を部外者の視線から隠している。町の中で信者たちがどのような暮らしをしているか、外側からは分からないような構造になっていた。
「見張りもいますね。随分と物々しいというか……」
さらに町の正面、入り口と思しき門の前に仰々しくも見張りがいることを鬼太郎が確認する。
「…………」
「…………」
いったい何を警戒しているのか。二人の男性が物騒にも竹槍などで武装し、黙々と門番として従事している。
「他に入口はなさそうだけど、越えられない高さじゃないわね……」
「門番も、どうやら普通の人間みたいだ……」
もっとも、猫娘からすればその程度は障害にもならない。
妖怪の身体能力を持ってすれば塀など軽々と飛び越えられるだろうし、壁そのものの強度もそこまで頑強ではなさそうだ。実際、その囲いを抜けて優斗は教団から逃げ出すことに成功している。
鬼太郎たちであれば、力づくで門番を退けることもできるだろう。決して難攻不落というほどの警備状況ではない。
「問題は中に入った後じゃな……」
だが、その門を越えた先。町の中に侵入できたところからが問題だと、目玉おやじが頭を悩ませる。
この町で暮らしているものは、その全員が教団の信者だ。しかも、ここは選ばれたものだけが住むことを許された『聖地』と呼ばれる場所。
選ばれたわけでもない、信者でもない鬼太郎たちがウロウロすればすぐに人の目に触れて騒ぎになってしまう。
「教祖だけに会うというのは……やはり難しいでしょうか?」
鬼太郎としては、あまり大きな騒動にはしたくない。何とか騒ぎにならないよう、教祖にだけ接触する手段はないかと暫し考え込む。
「さて、どうしたものか……ん?」
「どうかしましたか、父さん? あれは……」
すると、思案に耽る鬼太郎たちをよそに門の方で何かしらの動きがあった。
「…………」「…………」「…………」
町の外側から、何らかの集団が町の入り口に向かって整然と歩み進んでくる。
老若男女が混じり合ったその集団は、おそらく教団の信者たちなのだろう。彼らと相対する門番たちの雰囲気が遠目からでも柔らかくなっていくのが見て取れる。
鬼太郎たちは気付かれないように距離を詰め、彼らの会話を盗み聞くことにした。
「——お疲れ様です。此度の旅はいかがだったでしょうか?」
門番の一人が和かな笑みで集団へと語りかけていく。同じ神を信仰するもの同士なのだから、そこに警戒心や緊張感などはない。あくまで世間話のような体で両者は言葉を交わしていく。
「ええ……此度の旅も、とても実りあるものでしたよ」
集団を代表するように、男性の一人が門番の質問に答えていた。
「今回の旅でも、多くの人々が神の教えに目覚めてくれました。これで少しは、世界もより良い方向に変わっていくことでしょう……」
彼らは、ここに住まうことを認められた教団の信者。特に信心深い彼らに与えられた主な仕事は——まず第一に『新しい信者の勧誘』である。
自分たちの信じる教えをより広く、より大勢の人々に伝えること。一人でも多くの人を救うためと、積極的に教団の教えを世に広めている。
これはこの地に引きこもっているだけでは出来ない大切なお役目だ。だからこそ、彼らは定期的に外の世界へと赴き、布教の旅——『宣教活動』に務めていた。
教団の教えを信ずるものたちにとって、外の世界は『悪魔たちの支配する社会』『邪教が蔓延る地獄そのもの』だが、その地獄の中にも自分たちの救いを必要としているものが必ずいると。
自分たちが神の愛を説くことで、目を覚ます人がいる筈だと——彼らはそれが『正しいこと』だと信じている。
「それに見て下さい! 今回の旅では、これだけの『穢れ』を集めることに成功しました!」
「おお、素晴らしい!! これだけの穢れを浄化できれば……いったいどれだけの人々が救われることか!!」
さらに彼らのもう一つの使命。それは人々を邪な考えへと走らせる原因となるもの——『金』を回収することにあった。
今の社会を牛耳っている資本主義。その欲望の権化として、教団では貨幣を『穢れ』の象徴としていた。こんなものがあるから人々は争い、互いに競い、妬み合うのだと。
故に、信者たちは手持ちの金のほとんどをお布施として教団に寄付している。欲を捨て去ることで心穏やかになれると、これも教団の大事な教えの一つなのだ。
寄付によって集められた金は厳重な管理の元、信者たちの手で教団の本部まで運ばれる。
教団のトップに君臨する教祖の御殿へと収められ、彼の手によって『清められる』とのことだ。当然、清められたその『穢れ』が果たしてどのような形で利用されることになるか。
教祖を盲信している信者たちでは、きっと考えもつかないだろう。
「何を……言ってるのよ、この人たち……?」
「…………」
彼らの話に聞き耳を立てていた猫娘や鬼太郎たち。妖怪の立場からしても、その会話の内容には違和感しかないのだが、信者たちはいたって大真面目だ。
全ては世のため、人のため。そして徳を積んで——教団の教えである『不老不死』を得るため。
少なくとも、その場にいる信者たちは誰一人として、自分たちの行動や言動に迷いなど抱いてはいなかった。
ただ一人を除いて——。
「それにしても、今回は随分と多い……いったい、どうやってこれほどの穢れを?」
ふと、門番は純粋な疑問を口にした。
寄付という形で集められた穢れ——もとい、現金はジュラルミンケースに収納されている。中身を開けなくても、ケースの数でいくらほどの金が集まったか、一目で分かるようになっていた。
そのケースの数がいつもより明らかに多かったのか。門番は少し困惑気味な表情である。
するとその問いに、信者の男性が胸を張るように堂々と答えていく。
「ええ、今回の旅には……『彼』が同伴してくれましたから。彼の熱のこもった言葉が人々の心を動かし、その胸の内を支配していた欲望を洗い流してくれたのですよ!!」
信者の言葉には、仲間の偉業を誇るような響きがあった。
今回の旅で苦楽を共にした同志の一人。『彼』の説法が多くの人々の心を開き、貨幣という悪に依存する考えを改めさせ、それが穢れの浄化——多くの寄付金の獲得につながったというのだ。
「まったく素晴らしい!!」
「貴方のような人材を、我々はずっと欲していたのです!!」
他の信者たちからも賛美の嵐だ。自然と、皆の視線がその人物——ボロい布切れを纏った男へと注がれていく。
「——ねぇ、ねずみ男さん!!」
「いえいえ、私など……全ては神の御心によるもの。私は教団の素晴らしい教えを、分かりやすく人々に伝えたまででございます」
だが、周囲の賞賛にその男——ねずみ男は控えめな態度で応じる。
なむなむと祈るように手を合わせる謙虚の彼の姿に、信者たちはますます「おおっ!!」などと感心するような声を漏らしていく。
「————————」
「何やってんのよ、あのバカは……」
当然のことながら、これに鬼太郎や猫娘が呆れ返ったのは言うまでもないだろう。
×
「さあ、ここでこれ以上立ち話もなんです。長旅でお疲れでしょう。ゆっくりと旅の疲れを癒して下さい」
そうして、立ち話もそこそこに門番は帰還した同志たちを町の中へと招き入れる。仰々しい門が開かれるや、信者たちは列をなして町の中へと入っていった。
聖地に住むことを許されている信者からすれば、既にこの地は我が家も同然だ。家族が持っているものもいるだろう、自然とその表情も綻んでいく。
「では、私めも……」
そんな信者たちに混じり、ねずみ男も町の中へと進んでいく。いったいどのような手法を用いたのか、彼もこの聖地に住むことを許された選ばれしものということだろう。
仮にねずみ男が心から教団の教えを信じているのであれば、金などという穢れには見向きもしない。全ての欲望を洗い流し、心穏やかな人物へと生まれ変わっている筈だ。
チリン——。
「——っ!!」
しかし、突然鳴り響いたその音にねずみ男は反応を示した。
常人であれば聞き取ることすら困難なそれは、『小銭』が地面に投げられる音だった。資本主義の要たる貨幣の鳴り響く音階に、ねずみ男は目の色を変えていく。
「どうかされましたか、ねずみ男さん?」
「い、いえ……何も……」
それでも信者たちが見ている手前、ねずみ男はすぐに取り繕うとする。なんとか平常心を保ち、何事もなかったように門を潜ろうとするが。
チリン、チリン——。
「——っ!?」
続け様に響いてきた硬貨音に再び足を止める。もはや我慢の限界とばかりに、ねずみ男は欲望のままに行動を起こしていく。
「すみません、少し所用を思い出してしまいました!!」
「え……ちょっ!?」
「すぐに戻りますので!!」
門番相手に適当に言い訳を述べながら、大慌てで音が聞こえていた森の奥へと駆け込んでいく。
「確かこの辺から……おっ!? あったあった!!」
そうして、ねずみ男は人気のない森の中までノコノコやってきた。
彼が聞いた音は決して幻聴などではなく、そこには確かに金が落ちていた。しかも十円や百円などのケチくさい額ではない。五百円玉だ。
これにねずみ男の両目が『¥』『¥』になり、本能のままにその手が伸びていく。
「へへっ!! 五百円もらーい……っと!?」
ところが、いざその金を拾おうとした途端。五百円玉は、ねずみ男の掌から逃げるようにするりと宙を舞う。
「おっ? おい、待っ……いで!!」
慌てて追い縋ろうとする、ねずみ男。しかし金に目が眩むあまり、勢いよく体が前のめりになってしまい、そのままバランスを崩して転倒する。
そんな、金を追いかけて無様に転げ回るねずみ男を——。
「……自分で仕掛けといてなんだけど、こんな手に引っ掛かってんじゃないわよ」
猫娘が絶対零度の視線で見下ろす。
彼女は糸で吊り上げていた五百円玉を回収し、まんまと罠に掛かったねずみ男を確保していく。
「——ああ、ねずみ男さん! 先ほどはどうかして……はて? そちらの方々は、いったい?」
つい先ほど、不自然なタイミングで何処ぞへと走り去っていったねずみ男に門番は心配げに声を掛ける。だが戻ってきた彼は一人ではなく、見知らぬ人物を二名ほど連れてきていた。
「…………」
「…………」
どちらもフードを深々と被り、その素顔を隠していた。控えめにいっても怪しさ満点である。
「私の知り合いでございます。まだ未熟な身ですが……どうしても聖地の空気を直に感じてみたいと。今日一日だけでも、この地に留まる許可を頂けませんでしょうか?」
しかしねずみ男は懇願するよう、彼らを自分の知り合いとして町への同伴を申し出る。本来であれば未熟者——選ばれていないものを聖地に入れるなど、受け入れ難いことなのだが。
「う~む……まあ、いいでしょう。他でもない貴方の申し出ですから!」
いったい、どれほどの信頼を勝ち得ているというのか。僅かな逡巡こそあったものの、門番はその申し出を快諾。
あっさりと門を開き、ねずみ男と一緒に部外者である二人を——フードを羽織った鬼太郎と猫娘を通していく。
「なんで上手くいくのよ……」
「さあ……」
これに釈然としないと猫娘が愚痴を溢し、鬼太郎も首を傾げる。
「うむ、わしも驚きじゃが……このまま行くしかなかろう」
『ねずみ男が教団に取り入っていたことを利用し、彼の案内で内部へと潜入する』——目玉おやじが即興で立てた作戦だが、思いの外上手く行ったことに彼自身も驚いている。
これも教団で信用を築き上げてきたねずみ男の成果なのだが、この男の性根を知り尽くしている鬼太郎たちからすると、いまいち納得がいかない。
「いいから黙ってついてきやがれ……騒ぎを起こすなよ」
だが文句を言うなとばかりに、ねずみ男は静かに付いてくるよう鬼太郎たちに小声で注意する。
せっかく上手くいったのだから、ここで怪しまれるのも面倒だと。とりあえず、大人しくねずみ男の後に続いていく一同。
そうして、鬼太郎たちは町の中——教団の支配する『聖地』へと足を踏み入れていく。
「——ここが、教団の聖地……」
門の向こう側、教団の本拠地。
そこに広がっていた風景を、鬼太郎はフードの奥から覗き込んでいく。そこを一言で表現するならば『田舎の農村』と言ったところか。
古い日本家屋がところどころに建ち並び、その敷地内に実り豊かな畑が広がっている。畑では農作業に明け暮れる人々が、汗を流しながらクワを振り下ろしていた。
一日中、そうやった農作業に没頭しているのだろうか。その顔は非常に疲れたものであったが、それと同じくらい充実感にも満たされていた。
「よっと……よいしょっと!!」
「おう、お疲れさん! そろそろ上がろうや!!」
もう日が暮れることもあってか、農作業の手を止めるよう互いに声を掛け合う住人たち。信仰のまま四六時中働かされているのかと思いきや、少なくとも労働環境という言葉は守られている様子だ。
「お疲れ様です、お茶でもどうですか?」
「おう、悪いな。いただくよ!!」
すると仕事終わりの旦那に、奥方が熱々のお茶を淹れる。縁側に腰を下ろし、暮れる夕日を眺めながら茶を啜っていくその姿は、昔はどこにでもあった在りし日の日本の情緒風景そのもの。
皮肉にも仕事に追われる現代人に足りていない、心のゆとりのようなものが垣間見える。
「お父さん! お母さん! 庭のお掃除終わったよ!!」
「おお、偉いぞ!!」
「ふふふ……お疲れ様!」
さらには庭の手入れを終えた幼子が、元気いっぱいに親の元へと駆け込んでくる。子供たちの働きを褒める父親と母親。ごくごく当たり前の平和な家庭。理想的な夫婦円満、一家団欒がそこにはあった。
「なんと平和な……」
その光景をこっそりと視界に収めた目玉おやじが、呆気に取られたように呟く。時代に取り残された感こそあるものの、そこには確かな『人の営み』というものがあった。
民家以外の施設。スーパーやらコンビニといった現代では欠かすことのできない商業施設や、娯楽施設の類こそ一切ないが、それで何かが足りていないということもなかった。
満ち足りた笑顔で日々を懸命に生きている、そんな人々の姿が眩しく見えてしまう。
その光景を見ていると、優斗少年が教団での暮らしそのものに不信感を抱かなかった理由が分かってしまう。鬼太郎たちも、何も知らずにこの町を訪れていたら、ここがカルト教団の本拠地などと気づきもしなかったろう。
それほどまでに人間として当たり前。在るべき生き方というものが、この地で示されているような気さえした。
「けっ! 相変わらず何にもねぇところだぜ……ほら、こっちだ!!」
もっとも、ねずみ男はそこでの生活が合っていないのか。住民たちの信頼を得るために彼らの教えを受け入れた振りをしつつ、本心ではやや苛立ち気味に舌打ちを打つ。
こういった生活が合わないものもいる。
全ての人間が、欲望を捨てて心穏やかに生きられるわけではないということだ。
「ここまでくれば……まっ、とりあえず座れや」
ようやく、人気のない古民家まで辿り着いたねずみ男が腰を据える。
その一軒家が彼にあてがわれた住まいとのこと。プライベートに守られたこの家の中でなら、素性を隠す必要もない。鬼太郎や猫娘も被っていたフードを脱ぎ去り、とりあえず一息ついていく。
「ふぅ~……なんとか中に入ることはできたけど……」
「ええ、なんていうか……色々と拍子抜けね……」
覚悟を決めてこの地に足を踏み入れた鬼太郎と猫娘だが、想像よりもずっと穏やかな人々の暮らしにだいぶ毒気を抜かれていた。
正直なところ、鬼太郎たちも『カルト教団』と聞き、心のどこかで偏見を抱いていたかもしれない。ここに住む人々は教団の教えの下、ひどく窮屈な思いをしているだろうと。
きっとマインドコントロール下で、自分たちがどんな立場かも正常に判断出来ていないだろうと。
だが、古臭いながらもそこには人間らしい暮らしがあった。この古民家も、TVという情報媒体こそないものの、電気や水道といった最低限のライフラインがきちんと機能していた。
ここで生活するのも悪いことばかりではないのではと、そんな考えが思わず脳裏を過ってしまうほど。
「——お前たち、油断するでないぞ!」
しかし、鬼太郎たちの緩みそうになる空気を引き締めるよう、目玉おやじが厳しめな口調で注意を促していく。
「優斗くんの話を思い出すんじゃ! 表面上は穏やかに見えても、その裏側でいったいどんな恐ろしい悪事に手を染めていることか!!」
そう、ここでの穏やかな生活に何も疑問を持たなかった少年ですら、『それ』を目撃してしまったことで逃げ出さずにはいられなくなった——恐怖の儀式。
人間を化け物に造り変えてしまう『なにか』が、この町の深層に潜んでいることを忘れてはならない。
さらには、その化け物を始末するほどの武力を所持した黒服の男たち。拳銃などで武装していることから、反社会的な組織の関与も疑われる。
決して『善良な人々の集い』で片付けられるほど、甘いところでないのは確実だ。
「ええ、分かっています。ねずみ男……教祖に探りを入れたいんだが、何か方法はないか?」
「アンタに聞くのは癪だけどね……」
鬼太郎は父親の言葉のおかげで緊張感を引き戻す。そして、ねずみ男に教祖について尋ねた。
猫娘はいい顔をしなかったが、ここは鬼太郎たちよりこの町に詳しい、ねずみ男の意見を参考にするのが一番だ。
「ああ……それなら、屋敷に忍び込むしかねぇだろうな。基本的に教祖はあの屋敷の外には出てこねぇ。偶に顔を見せることはあるが、常に信者の護衛付きだ。探りを入れる隙なんかありはしねぇよ」
鬼太郎の問いにねずみ男はスラスラと答えた。彼は家の窓から見える屋敷——教祖が住まうとされる建物を指し示す。
「屋敷って……あの大きな建物? 随分と……他の家と差があるみたいだけど?」
猫娘も、皮肉げな言葉を口にしながらその屋敷へと目を向ける。
この町に入ったときから、常に視界の隅にその建物はチラついていた。他の住人の住まいとは一線を画す、巨大な武家屋敷だ。例の儀式が行われたのも、あの建物の中だろう。
その広い敷地面積がどのような構造になっているか、信者たちでも知らされているものは少ないという。
「実は……ここにその屋敷の図面があるんだ!! すげぇだろ? わざわざ外の業者から入手したもんだ!!」
だが用意周到にも、ねずみ男はその屋敷の見取り図を用意していた。先の教団での活動——外での宣教活動の合間を縫い、屋敷の建設を施工した業者に金を掴ませ、秘密裏に入手したものだという。
ねずみ男がそんなものを都合よく用意していたのには——彼なりに、別の目的があったからでもある。
「図面によると……ここが倉庫になってる! 俺の読みが正しければ……今まで集められた金もこの中に……へっへっへ!」
そう——『金』だ。
欲望に塗れたねずみ男の狙いは、教団が穢れと称して集めた——寄付金。
元より、ねずみ男が教団に入り込んだのも全てはその企みのため。鬼太郎たちが来なくても一人で教祖の屋敷へと忍び込み、教団が懐に貯めこんだ金を根こそぎ掻っ攫う算段だった。
そのために、ねずみ男は教団に入信。長い時間を掛けて信頼を勝ち取り、この聖地に住まう許しさえも得てしまっていたのだ。
正直、その努力を何故もっとまともな方向性で発揮できないのかと突っ込みたいところではあるが、今はその努力の成果に感謝すべきか。
「ねずみ男……とりあえず、教祖の屋敷に忍び込むのを手伝ってもらうぞ」
「勿論、お金に手をつけるんじゃないわよ!!」
鬼太郎はねずみ男にも協力を要請し、猫娘は彼が個人的な欲望に走らないようにと釘を刺していく。
「くっ……くそっ……分かったよ!」
これにはねずみ男も素直に頷くしかない。
鬼太郎たちと共に、教団の闇を祓うために協力することを誓う。
一応、表向きは——。
×
「そろそろ、頃合いかのう……」
「そうですね……父さん」
それから、鬼太郎たちは家の中で時間が過ぎていくのを待った。
教祖の屋敷に忍び込むのならば夜に。妖怪である鬼太郎たちもその方が動きやすいと、周囲一帯が闇夜に包まれていくのを待ち続けていたのだ。
そして周囲の民家から灯りが消え、人々が寝静まる時間帯が訪れる。これで関係のない信者たちを巻き込まずに済むと、鬼太郎たちは動き出す準備を始めた。
「よし、そろそろ行こう。案内を頼むぞ、ねずみ男……ねずみ男?」
ところが、いざ忍び込もうという段階でねずみ男の姿がいつの間にか消えていた。
「? なんじゃ、どこに行きおった……?」
つい先ほどまでは確かにそこにいた筈。もしやトイレにでも行っているのかと、目玉おやじは呑気に首を傾げる。
「……!? 鬼太郎、外をっ!!」
「……!!」
だが不意に、猫娘が何かに気付いて声を上げる。
彼女の叫び声に反応した鬼太郎が身構えるのとほとんど同時に、暗かった世界に突然光が灯り始める。静かだった夜の静寂を打ち破るように、俄かに人々が騒ぎ出したのだ。
「——ここか? ここで間違いないんだな?」
「——せーの!!」
次の瞬間にも、扉を強引にブチ破った何者かが、鬼太郎たちの隠れている家の中へと突入してきた。
彼らは教団の信者たちだ。昼間あれだけ穏やかに見えた町の住人たちが、殺気立った様子でなだれ込んでくる。
彼らの手には竹槍やらクワやら松明やらと、武器と呼んでいい凶器が握られていた。
「こ、これはいったい!?」
状況について来れずに戸惑っている目玉おやじだが、信者たちは鬼太郎らに向かって親の仇でも睨むような、鋭い眼光を飛ばしてくる。
「お前らか!! 教祖様を連れ去ろうと企んどる、異教徒の手先ってのは!?」
「なんて恐ろしい!! こんな子供が……そのような悪事に手を染めようとは!!」
彼らは鬼太郎たちが教団に仇をなすもの、教祖に危害を加えようと企む異教徒の人間だと激しく敵意を抱いていたのだ。
「なっ!? 何を……!?」
鬼太郎は、その敵意に戸惑うしかない。
自分たちが教団の関係者でないことは確かだが、それはあまりに飛躍した考えだ。いったい、どうしてそのような話になっているのか。
そもそも、何故自分たちがこの家に隠れていることが分かったのか、それが疑問でならない。
「アイツ……私たちを売ったわね!!」
だがこの状況が誰の手によって作られたものなのか、猫娘はすぐに悟る。
そう——ねずみ男だ。
彼が自分たちがここに潜んでいることを、信者たちに告げ口したのだ。しかも『教祖を攫いに来た』などという間違った情報まで吹き込み、信者たちの敵意を余計に煽った。
彼が姿を消したタイミング的にも間違いない。いったいどういうつもりなのかまでは分からないが、これには鬼太郎たちも歯噛みするしかない。
「これは、話を聞いてもらえる空気ではないな。鬼太郎よ! ここは一旦退くぞ!!」
信者たちの物々しい空気、血走った目に目玉おやじは彼らの説得が不可能だと判断する。ここで無理に怪我人を出すのは避けたいと、鬼太郎に一時撤退の指示を出していく。
「わ、わかりました……リモコン下駄!!」
「うわっ!?」
鬼太郎は最低限の自衛で信者たちを退ける。力を抑えたリモコン下駄で自分たちを取り囲む彼らの包囲網の一角を崩していく。
「どきなさい、ニャアアア!!」
さらに猫娘も化け猫の表情を露わに、爪を剥き出しにして威嚇した。勿論、あくまでそれは脅しであり、鬼太郎たちに信者を傷付けるような意図はなかった。
「な、なんだ! こ、こいつら……人間じゃねぇぞ!!」
「あ、悪魔だ……! 異教徒の使役する悪魔だ!!」
しかし鬼太郎たちの人間離れした実力に、信者たちは怯えながらもますます殺気立つ。
「くそっ!! 逃げたぞ、追うんだ!!」
「もっと人数を集めろ!! 絶対に逃すな!!」
包囲網を突破されながらも、それで諦めることはなく。さらに人員を増やし、どこまでも鬼太郎たちを追いかけていく。
「——へへへ……悪いな、鬼太郎」
信者たちに町中を追いかけ回される鬼太郎たち。その光景を、ねずみ男は安全な場所から高みの見物と決め込んでいた。
猫娘の予想どおり、この状況は全てねずみ男の裏切りによるものだ。
彼は教団の秘密を探るよりも、自身の欲望を優先した。当初の目論見どおり、教団内部に貯め込まれた『金』を狙い、今夜にでも教祖の屋敷に忍び込むつもりだ。
その邪魔になるであろう、鬼太郎と猫娘を排除するため、彼は信者たちを利用した。
ねずみ男を信用していた信者たちは、彼の『教祖様の身柄を狙っている連中に脅されていたんです、助けて!!』という言葉にまんまと乗せられ、鬼太郎たちの排除に動いた。
教団の信者にとって、教祖は何よりも大事な精神的支柱。それを狙う『邪教徒』に情けなど必要なし。彼らは血眼になって鬼太郎たちを追いかけ回し、その動きを封じるだろう。
「よしよし! これで屋敷の警備も手薄になるだろうぜ……」
騒ぎが大きくなればなるほど、他の警備が手薄になることも計算に入っている。今ならば、教祖の屋敷に潜り込むことも容易だろうとほくそ笑んだ。
「ありがとよ、鬼太郎! お前さんの犠牲は無駄にしねぇ!!」
自分から友人を裏切っておきながら、そんなことをいけしゃしゃと言ってのける。
「——待ちな」
「いっ!! だ、誰だ……!?」
だが、そんなねずみ男の悪行を見咎めるものがいた。
「全部見てたぜ。お前さん、あの坊主の……鬼太郎のダチなんだろ? それなのにそいつを売り飛ばすとは……随分といい性格してやがんな?」
その『青年』は、ねずみ男が住人たちに鬼太郎のことを密告する現場を目撃していた。さらにねずみ男の呟きもしっかりと聞き、彼の性根がどのようなものかも理解した。
「まっ……そのおかげで俺も動きやすくなったんだ。あんましお前さんを責めることも出来ねぇが……」
しかし、それでねずみ男を痛烈に批判するようなことはせず、青年は自分の要求を口にしていく。
「ここで騒がれたくなかったら、教祖とやらの屋敷に俺を連れて行きな……」
「だ、誰だよ、あんた? 教団の信者じゃないみたいだが……」
教祖を呼び捨てにする言葉遣いから、明らかに教団の人間ではない。
突然現れたその青年が何者なのか、ねずみ男は戸惑いながら問いを投げ掛ける。
「——俺は湧太。俺も教祖に用があるんだ。確かめなきゃならねぇことがあるからな……」
「鬼太郎、追手は振り切れたか!?」
「駄目です! まだ追いかけてきます!!」
「ああ、もう!! しつこいわね!!」
一方その頃。鬼太郎たちは未だに教団の追手から逃れられずにいた。
既に町からも離れ、彼らは近くの森の中へと逃げ込んでいる。しかし信者たちは諦めることを知らず、どこまでも鬼太郎たちを追いかけてくるのだ。
「くそっ! どこに行った!? 神に仇なす不届き者め!!」
「こっちだ!! こっちに足跡があるぞ!!」
彼らにとって、それほどまでに『教祖を害する』という存在は許し難いものだ。捕まったらどんな目に遭わされるか、妖怪である鬼太郎たちの背筋すらゾクリと震えてくる。
「どうしましょう、父さん。ここは、一度この島から出ていくしか……」
「うむ、そうじゃな。そこまでせんと、これは収まりそうにないやもしれん……」
正直、多少の間さえあれば信者たちも少しは落ち着くかと期待していた。だが彼らの教祖への敬意、教えを守る信仰心は鬼太郎たちの予想を遥かに越えていた。
昼間のあの穏やかさとは打って変わり、今の彼らはまさに暴徒そのものだ。鬼太郎たちがこの島にいる限り、彼らはどこまでも追いかけてくるだろう。
これはもう島からも撤退し、日を改めることも考えなければならないかもしれないと。
「——おい、こっちだ」
そのような考えが、鬼太郎の脳裏を過った時だ。暗闇の奥から何者かの声が響いてくる。
「こっちだ、ここに隠れられるぞ」
「誰!?」
その声の主——『女性』の呼び掛けに猫娘が訝しがる。
暗闇のせいではっきりと姿が見えないが、彼女の声音に敵意らしきものはない。一応、警戒しながら声のした方へと近づいてみる。すると、そこに『洞窟』らしきものが見えた。
パッと見分かりづらい角度にある横穴だ。鬼太郎たちも、女性の呼び掛けがなければ気付かなかっただろう。
「——この辺りか?」
「——ああ、確かにこっちの方に人影が……」
そうこうしているうちに、信者たちもすぐそこまで迫ってきている。
このまま策もなく逃げ続けていても、追いかけ追われるを繰り返すイタチごっこにしかならないだろう。
「どうするの、鬼太郎!?」
「……行ってみよう、駄目で元々だ」
僅かに迷いこそあったものの、鬼太郎は女性の声に導かれるまま、その横穴へと身を隠すことにした。これが何者かの罠でないことを祈りながら、洞窟の中へと身体を滑り込ませる。
「いたか?」
「いや……この辺りには誰も……」
「向こうかもしれん、行くぞ!!」
鬼太郎たちが洞窟へと入る、まさにタッチの差で信者たちがその場にやってきた。
彼らは、すぐ側にある横穴の存在に気付かない。鬼太郎たちがさらに遠くへ逃げたのかと、慌ててその場から走り去っていく。
「……うむ! どうやら撒けたようじゃ。しかし……」
教団の追手を上手く撒けたことに、目玉おやじもとりあえず一息吐く。だが安心してばかりもいられない。
自分たちをこの洞窟へと導いた声の主——女性が何者なのか、まだ分かっていない。
いったい誰が、何故自分たちをこの洞窟に案内したのか。相手の思惑次第では、さらなる危機を呼び込むことになるかもしれないのだが。
「大丈夫か? なんだか追われてたみたいだけど……今のが教団の信者ってやつなのか?」
しかし、身構える鬼太郎たちとは裏腹に、彼女は緊張感のない様子で首を傾げていた。どこか浮世離れした反応。その『少女』と鬼太郎たちは初対面ではなかった。
「アンタ……あの湧太って人と一緒にいた……」
そう、鬼太郎たちに助け舟を出した彼女は——真魚だった。島の表側、湧太という漁師の青年と一緒に住んでいる少女である。
「ま、真魚……さん。どうしてこんなところに?」
鬼太郎は——『大切な友人の少女と同じ名を持つ』真魚の名前を少し呼びにくそうに、どうして彼女がここにいるのか疑問を投げ掛ける。
「ここは危険です。すぐに家に帰って……湧太さんは? 彼は一緒ではないんですか?」
そして、真魚が一人でいること——すぐ側に湧太がいないことに首を傾げる。
なんとなくだが、『湧太が真魚の保護者』という印象だっただけに、彼女がこんなところに一人でいることに違和感を抱いてしまう。
真魚を置いて、湧太はいったいどこに行ったというのか。
「湧太なら教祖って奴の屋敷だ。私も付いて行くって言ったんだけど、一人の方が忍び込みやすいって……」
「なっ!?」
すると真魚は何でもないことのように、湧太の向かった先——彼が教団の本拠地・教祖の屋敷に忍び込みに行ったことを告げる。
これには、先ほどまで信者に追いかけ回されていた鬼太郎も驚くしかない。
「ちょ、ちょっと! 大丈夫なの!? 見つかったらただじゃ済まないわよ!!」
「いったい何故? キミたちには関わりのないことでは……?」
猫娘は湧太の身を案じ、目玉おやじも何故湧太がと疑問を口にする。
教団をいたずらに刺激するようなことをすれば、たとえ一般人であろうともただでは済まされない。そもそもな話、どうして湧太がそのような危険を冒す必要があるのだろう。
カルト教団などという得体の知れないもの相手にただの人間一人、出来ることなど高が知れているというのに。
「湧太なら大丈夫さ……」
しかし、鬼太郎たちの不安を煽るような言葉にも真魚は動じない。
「それに……関係ないなんてこともないさ……」
さらには、この一件が自分たちに関係ないという言葉を否定しつつ。
真魚はどこか確信めいた、それでいて悟ったような表情でその呟きを口にしていく。
「——それに……何があっても、湧太は必ず帰って来てくれるから……」
×
「ほら……とっとと案内しな。逃げようとすんなよ?」
「はいはい、分かりましたよ……ちくしょう、結局こうなんのかよ!」
真魚が鬼太郎たちと顔を合わせていた頃。湧太はねずみ男と共に、教祖の武家屋敷へと忍び込む手筈を着々と進めていた。
ねずみ男の狙いどおり、信者たちが鬼太郎を追いかけ回してくれたおかげで町中に人の気配がなくなっている。そのため誰にも見つかることなく、彼らは屋敷の正面まで辿り着けた。
「…………」
だが、流石に屋敷の正門には手薄ながらも見張りが立っており、猫の子一匹通さんとばかりに門番が目を光らせている。
「正面から行くのは……まあ、無理だな……」
「慌てんなって、ほら……こっちだ」
もっともその程度は想定内。
湧太は特に取り乱す様子もなく、ねずみ男もすぐに別の侵入経路へと案内する。
「確かこの辺に……よしよし、これだ!」
「梯子か。随分と用意周到だな……」
正門から少し歩いたところ、茂みの中にねずみ男は梯子を用意していた。その梯子を屋敷を取り囲む塀へとかけ、物音を立てないように注意して上っていく。
「よっと……さて、教祖はどこに……」
「!! 待て、隠れろ」
そのまま、誰にも気付かれることなく屋敷の敷地内へ。それなりの広さを持った日本庭園に着地して、ホッと安堵するのも束の間。
すぐに人の気配を察知したねずみ男が湧太を木の影に誘導、二人は身を隠していく。
「——おい、町の方が騒がしいが……何かあったのか?」
「——侵入者だとよ。教祖の身柄を狙う異教徒だとか……信者どもが騒いでやがる」
すると、庭先から見える屋敷内の廊下。そこで強面の男たちが何事かを話し合っていた。
「……あの黒服たちはいったい何者だ?」
湧太はそこにいた男たち——着ている黒の服装から、鬼太郎が聞いた優斗の話にも出てきたという『拳銃を所持している男たち』だと判断し、彼らが何者なのかねずみ男に尋ねていた。
「あれは……警護の人間か? 明らかに……カタギじゃねぇのは確かだが……」
しかし教団に信者として潜り込んでいるねずみ男にも、黒服が何者なのか分からないという。彼らの会話内容や、纏っている雰囲気から教団の信者でないことは何となく伝わってくるが。
「——また公安の犬か? 地下の方が気掛かりだな……」
「——すぐに警備の人間を回すように伝えろ!」
黒服たちは町の騒動を聞きつけたことで、どこか慌ただしく屋敷内を動き回っていた。
「……地下?」
それは鬼太郎を囮に混乱を生み出すという、ある意味で狙い通りの展開。だが『地下』という言葉にねずみ男が眉を顰める。少なくとも、教団が支配するこの土地にそのようなものがあるなど、ねずみ男も聞いたことがない。
果たして彼らは何者なのか。教祖の屋敷を差し置いて、いったいどこの警備を厳重にしようというのか。
「まだ結構人がいるな。教祖の姿は見えないが……もっと奥の方か?」
屋敷には、未だに黒服の男たちが何人か留まっていた。その一方で、教祖の姿は確認できない。
今屋敷内に侵入し、誰にも気付かれることなく何処にいるか分からない教祖の元まで辿り着く。大人二人ではやや難しいミッションかもしれない。
「…………」
「おい、どうすんだ? 出直すなら、今だぞ?」
迂闊に動けない状況に暫し考え込む湧太。そんな彼に対し、ねずみ男がそれとなく意見を出す。
ここで大人しく諦めるなら、まだ誰にも悟られずにここから立ち去ることができる。ねずみ男の目的は教祖に会うことではない、彼としても余計なリスクを背負いたくはないのだ。
「お前……確か、倉庫の方に用事があるんだったよな?」
「あん? まあ……俺の狙いは初めからそっちさ!」
だが湧太は何かを思いついたように、ねずみ男へと話を振る。いきなり話を振られたことで少し驚くねずみ男だったが、今更隠し立てすることでもないと素直に肯定。
元より、ねずみ男の狙いは教団の倉庫に納められていると思われる現金だ。そちらの方の下調べならバッチリ済ましていると、どこか自慢げである。
「よし……」
すると、ねずみ男の返答に湧太は考え方を変えていた。
「——なら、まずは倉庫の方だ。もしかしたら、そこに『あれ』があるかもしれねぇ……」
そうして、二人は屋敷の庭に建っている——古い『土蔵』の前へとやって来た。その土蔵は周囲の建物と違い、やけに年季を感じさせるものである。
実際、その土蔵はこの地に数百年前に建てられたものだという。というのも、この場所は元々漁村として栄えていた場所であり、向かい側の港町同様、昔はこちら側も漁師たちの村であったという。
それが後継者不足や人口の減少などで廃れ、自然と住人も片方の町へと移り住み、そして誰もいなくなったとのこと。
そうして、廃村となった土地を教団が安く買取り、自分たちの聖地を築き上げた——そういった経緯があったりする。
「……こんな古びた倉庫の中に、金なんか置いてあるのか?」
湧太の目的は金などではないのだが、思わずそう言いたくなるほど、それは古びた土蔵だった。
正直、こんなところに現金を運び込むとは到底思えない。それがその土蔵を見た湧太の率直な感想である。
「絶対ここにある筈だ!! この島で金なんざ使い道がねぇし……ここ以外に、あれだけの大金を管理できる場所なんかないんだからな!!」
すると、湧太の意見にねずみ男がムキになって反論する。
ねずみ男は目先の金に目が眩むあまり、冷静な判断が出来ずにいる。一応、彼の言い分にはそれらしい理由付けがされているが、その言葉にも『ここに金があって欲しい!!』という個人的な願望が含まれている。
「ふ~ん……で、どうすんだ? 鍵が掛かってるようだが?」
そんなねずみ男とは対照的に、湧太はあくまで冷静に土蔵の門へと目を向けた。
見張りこそいなかったが、入り口には当然のように鍵が掛かっている。古いタイプの南京錠だ。これを解錠しない限り、中に入ることは出来ない。
「へっ、任せな!」
しかし、その程度で立ち止まるねずみ男ではない。
彼は素早く懐から『細長い針金』を取り出すや、躊躇することなくそれを南京錠の穴へと差し込んだ。ピッキングで錠を無理にでもこじ開けようという腹だ。
そうそう上手くいくわけがないだろうと、湧太は特に期待したつもりもなかったのだが。
「ここをこうして、ここがこうなって…………よし、開いたぜ!!」
「…………鮮やか」
なんと数十秒ほどで、ねずみ男はガチャリと南京錠の鍵を開けてしまった。金への執着が成せる技なのか、これには湧太も呆れるのを通り越して感心するしかない。
「へへん……さてと、御開帳ってな!!」
そして、ようやく目的の物が手に入ると。
ねずみ男はご機嫌気分で、土蔵の中へと足を踏む入れていく。
「暗くてよく見えねぇな……」
「…………」
土蔵の中、侵入者である彼らを真っ先に歓迎したのは『真っ暗な闇』であった。外であれば月明かりのおかげで辛うじて見えていた視界が、灯りのない建物の中だと全く機能しないのだ。
光源になりそうなものもない。これでは、どこに何があるかまるで分かりはしない。
「仕方ねぇな……」
やむを得ないとばかりに、ねずみ男は持参していた懐中電灯を取り出し——ライトの電源を付けた。
「バカ!? 明かりなんか付けんな!!」
瞬間、慌てたように湧太が声を荒げる。
「外からバレるぞ!! すぐに消せ!!」
「おっと、いけねぇ!!」
土蔵から明かりなど漏れれば、外から誰か中にいることが丸わかりだ。ねずみ男も己の迂闊さを認め、直ぐにライトの明かりを消した。
「バレてないな、ふぅ~……」
今ので気取られた様子はないと。周囲に人気がないことを確認し、ホッと胸を撫で下ろす。
二人は仕方なく、暗闇の中で土蔵を手探りで探っていく。
「……なんだよ、金なんかどこにもないじゃねぇか……」
暫くすると、徐々に目が暗闇に慣れるようになっていく。ようやく周囲の様子が分かるようになったところで、ねずみ男の口からは愚痴が零れる。
湧太が最初に言ったとおりだ。土蔵の中には現金は勿論、ジュラルミンケースの一つも積まれていなかった。あったのは大きな『箪笥』が一つ。そこに収納されているものも、『薬』や『調合道具』、『古い書物』など。
どこをどう探しても、金目なものなどある筈もなかった。
「くそっ!! 当てが外れたな……なあ、もう帰ろうぜ。これ以上ここにいても……何も得るもんはねぇよ!」
自分の期待するものがなかったと、ねずみ男は投げやり気味に吐き捨てる。
金、あるいは金目なものが土蔵に保管されていない以上、もうここに用はないとすぐにでも帰りたそうだ。
「いや待て……奥の方に何か……?」
しかし、湧太は気付いてしまった。
蔵の奥——そこに何かしらの物体が、まるで『祀られる』かのように鎮座していたことを。暗闇ではっきりと視認することが出来ないため、恐る恐る近づいていく。
「な、なんだ、こりゃ……!?」
ねずみ男も、湧太と一緒に『それ』に近づいていき——刹那、その顔が驚愕に歪んでいく。
「——に、人間!? 人間の……死体!?」
視界に捉えたそれは、人間の身体が干からびたもの——乾燥した生き物の死体・ミイラであったのだ。
暗闇から飛び出してきたように見えた悍ましい形相に、流石のねずみ男も腰を抜かす。
「いや……人間じゃねぇ!! よく見ろ……!」
ところが湧太は冷静に、それが人間のミイラではないことを指摘した。暗闇の中で分かりにくかったが、よくよく目を凝らせば確かに『人間』でないことがよく分かる。
「えっ……さ、魚の尾びれ?」
ねずみ男も気付いた。それの上半身は確かに人間の『女性』のものであったが、下半身は『魚類』のそれであった。
半人半魚のミイラ。ねずみ男の知識の中からでも『それ』がどういう存在なのか、言葉で表現することが出来る。
「こいつは……まさか、人魚のミイラか?」
そう——『人魚』。
人間の胴体と、魚の尾びれを合わせ持った妖怪。日本においても、一般的に広く知れ渡っている水妖の一種である。特に有名な話であれば『不老不死』の伝説。その肉を煎じて飲めば、永遠の命と若さを得ることができると伝えられていた。
その知名度故か、日本の各地で『人魚のミイラ』なるものがいくつも発見されている。
だが、そういったものの大半は人間たちの手によって『偽物』だろうという調査結果が出ていた。
人間の研究者が真剣に調査した結果として、胴体は『猿』。尾の部分は『何種類もの魚類』を繋ぎ合わせたものが使用されていたのだ。
さらに、内部には綿が詰め込まれており、表情は紙や布のハリボテ。表面にも砂や炭を混ぜた塗料が塗られていたことが判明している。
その調査結果が人魚など作り話だと。多くの人々の夢を覚ましたことになったかもしれない。
「こいつは……マジもんの人魚だぜ……!」
だが眼前にある人魚のミイラは、ねずみ男が『本物』だと断言できるほどの原型を留めていた。
その際立った実体感はまるで生きているような——いや、実際ミイラと呼ぶにはあまりに生々しい。干からびた人間の胴体部分はともかく、魚の身の部分は未だに生気さえ保ち、脈を打っているようだ。
不老不死の妙薬と言われるだけのことはある。
ミイラになってさえも、この人魚はまだ『生きて』いたのだ。
「やっぱりか……なら教祖の、奴の正体は!!」
そんな本物の人魚を前に、湧太は納得がいったとばかりに強く頷いていた。人魚を見つけたことで、教祖に抱いていた『とある疑惑』が確信へと変わる。
あの教祖の正体、それは——。
「————!?」
だが、湧太がその『答え』を口にしようとした刹那、眩しい光が土蔵の中へと差し込んでくる。
暗闇に慣れていたせいで余計に目が眩む。光を遮ろうと咄嗟に手を掲げるが——。
続け様、轟音が鳴り響く。
闇の中で弾ける火花。それは一発の『銃弾』が湧太とねずみ男に向かって放たれる銃声だった。
「——っ!? か、かはっ……!?」
不運にも、その凶弾は湧太の胸を——心臓を撃ち貫く。
傷口から滲み出た血が、湧太の胸元を鮮血に染めていく。誰の目から見ても重症、致命傷であることが窺い知れる。
「…………くそっ…………ぐ…………」
短い呻き声を上げ、苦悶の表情を浮かべながら——湧太はその場に崩れ落ちた。
そのまま、彼の身体はピクリとも動かなくなってしまう。
「お、おい……う、嘘だろ……?」
つい数秒前まで、何気なく話していた相手が『動かなくなる』という現実。いかにねずみ男といえども、そう簡単に慣れるような感覚ではない。
倒れた湧太の身体に駆け寄るまでもなく、その正気のない顔を見れば分かってしまう。
既に湧太という青年は、事切れていた。
彼はこの一瞬、瞬きの間に——息を引き取ったのだ。
「——明かりがついていたので、もしやと思いましたが……こんなところにまでねずみが迷い込んでいたとは……」
そして、一人の人間を物言わぬ骸にした凶弾を放った張本人が、土蔵の入り口から姿を見せる。
男は片手に懐中電灯、もう片方の手に拳銃を握りしめていた。
「おや? 当たってしまいましたか……まさか今ので死んでしまうとは……」
彼にとっても今の銃弾が命中したことは意外だったのか、キョトンとした表情をしている。
「仕方ありませんが、これも神のご意思です。全ての生命が……神の前では等しく平等なのですから」
だが心底気の毒そうな言葉を吐きながらも、その言葉にも表情にも罪悪感は欠片もなかった。
「せめて祈りましょう。彼の魂が……これ以上苦しまぬことを……」
さらには自分で殺しておきながらも、その魂が安寧を得られるようにと祈りの言葉すら紡いでいく。きっとその男にとって、人間の死など慣れたものなのだろう。
そう、彼にとって——『教祖』にとってはいつものことだ。
信者が化け物に変わろうと、人をこの手で殺めようと。その笑顔が崩れることはない。
どんなときでも何も変わらない。にこやかな笑みを——その顔に浮かべ続けるだけなのだ。
人物紹介
人魚
今回のゲスト妖怪。といっても、人魚そのものが何かをするということはないです。
人魚の森という作品自体、常にどこかで人魚の影がチラついています。
人魚がもたらす『不老不死』に振り回される人間の業。その結末にご注意を……。
黒服の男たち
教祖に協力する、黒服の男たち。
服装が黒ーー『黒ずくめ』であるところがチャームポイント。
尺の都合上、詳しく紹介することはないですが、結構大きな犯罪組織だと思って下さい。
少なくとも、公安が探りを入れるくらいは悪いことをしています。
次回で完結予定。
その次のクロスは……リクエストにあったものからチョイスしますのでお楽しみに!