「まず前提として、クラウンはアイリスの力を消滅させられる方法を知っていた。そしてそれが簡単ではないということも」
「実現させるためには、あらかじめ準備が必要だった。それがこのテント」
「アイリスの力を消滅させるという目的を持って作られたこのテントは、色んな機能が備わっていて複雑そうな印象を受けるけど…実は単純」
「あることに気付けば、だいたいその全容が見えてくる」
「…あること?」
「うん。道筋を辿るの、逆の方から」
「クラウンは作り上げたかった。今のこの、わたしがわたしの姿をしたアイリスを倒すという状況を」
「何故ならこれこそがクラウンの描いたシナリオの完成地点、目的の達成を意味するから」
「つまり、アイリスの力を消滅させる方法は」
「人間の体を持ったアイリスをその人間が倒すこと」
「!」
「それさえわかれば、あとは一本道」
「その状況へと導くようルールを構築するだけ」
「アイリスを繋いだ道へと、誘導する」
「ちょ、ちょっと待ってよ…!じゃあこれまでの過程は全てクラウンが作った道を、進んでただけだったってこと…!?」
「…結果的にはそうなるね。わたしも含めて、最後までクラウンの望む通りに動いてたから」
「そんな…!」
「トランプのスートたちから始まり、分身を経て本体、そしてアイリス…何から何まで予定通りに事は進んだ」
「…って、ちょっと!それじゃあ、おかしいじゃない…!」
「?」
「アタシの力を消滅させる方法を知ってたなら、何でそんな回りくどい方法を取るのよ…!」
「クラウンはアタシが人間として復活する手順を知ってたんでしょ?それならアタシがコピーした人間とデュエルする時にそのまま自分の力を渡してやればいいだけじゃない…!」
「…たぶん、クラウンもそうしたかったんだと思う。でも、それじゃアイリスに勝てないってわかってた」
「アイリスは特別だから、単純な力比べじゃとても敵わないってね」
「…」
「それにデュエルをするのはクラウンじゃなく人間。例え力が上だったとしても、それを生かせるかどうかは人間次第。しかもルール上、クラウンはプレイヤーを手助けすることもできない」
「負ければ人類が滅ぶ一発勝負。デュエルができる人間なら誰でもいいってわけにはいかない。いくらその状況へと導いたところで最終決戦に負けてしまえば水の泡」
「だから見極める必要があった。その勝負の舞台を託せるに相応しいか、アイリスに勝てる可能性が最も高い人間であるかどうかを」
「!…まさか、人間を何人も連れてきたのは、集めて何かをするためじゃなくて…」
「そう。クラウンは選別していた。結果として人間が集められただけで、集められた人間の数自体に意味は無い」
「なら何で観客席に捕らえておくのよ…?そんなことをして何の意味がーーー」
「!…あっ!」
「うん。その光景を見せることに意味があったの。実はアイリスを誘導する上でこれが最も重要」
「クラウンは人間を集めて何かしようと企んでる、とアイリスにそう思い込ませたかった」
「そうすることによって本当の企み、目的から目を逸らさせた。何故ならアイリスに悟られた時点で全てが終わってしまうから」
「この劇場はそのための舞台装置。クラウンはアイリスの行動だけでなく、思考をも誘導していた。そうして初めて、道筋を逆から辿れる」
「くっ…思考まで誘導されてたなんて…!」
「アイリスからしてみれば、クラウンは何か目的があって人間を集めてると思ってるわけだから…そのこと自体に違和感は覚えないし、クラウンに野望を知られてる以上、集めて何をしてくるのかもだいたい予想がつく」
「それに何度も人間を連れてくるというクラウンの行為は、アイリスにとっても都合が良いしね。人間の数も、十人や百人集まったところで大した力にならないのはアイリス自身がよくわかってたし」
「…」
「だからクラウンの、倒せば元の世界に帰れる、なんて言葉は嘘としか思えなかった。元々この世界から返すつもりはなく、連れて来た人間にただ希望を持たせるためだけの幻なのだと」
「でも本当は違った。返すつもりがないのではなく、むしろ方向性は逆。デュエルを勝ち進み、試練を乗り越えて行く人間をクラウンは望んでいた」
「乗り越えた先に待つ、アイリスとの最終決戦に全てを託せる人間を」
「そう、それが譜理子ちゃんだったってわけだ」
唐突に口を開くクラウン。ちょうど話し疲れてきたところなので、あとの説明はクラウンに任せよう。
「譜理子ちゃんの説明の通りだよ。ボクはずっと待ち望んでいた。譜理子ちゃんのような力のある人間をね」
「アイリスは特別だから、単純な力比べじゃとても敵わない。まさにその通りさ。ボクだけの力じゃデュエルをする前から結果は見えてる」
「だけど、それはお互いの力を全てデュエルに注いだ場合の話。知っての通り、力の使い方はひとつじゃない」
「足りなくても使い方次第でその差は縮められるし、あるいは別の力と合わせることによって可能性が生まれることもある」
「っ…人間の力なんて、ちっぽけなものに過ぎないわ」
「そうだね、確かに多くの人間は非力で無力だ。実際、観客席を埋めている人間は全てそうだったのだから、そのように判断してしまうのも仕方が無い」
「でも、いるんだよ。ボクたちの想像を超えた、奇跡を起こす程の力を持つ人間がさ」
「とはいえ、その数は極めて少ないけどね。3桁の間に譜理子ちゃんというウルトラレアを引き当てられたのは奇跡だよ」
(人をパックのカードみたいに…でも感覚としては、そんな感じなんだろうな…)
「実は最初のデュエルの時から思ってたんだよね。この子は豊かな想像力を持っている、良いところまで行けるんじゃないかって」
「まあそれでも、ボクの分身と戦うくらいまでかなとは思ってた。だってそれまでボクの分身どころか、あのスートたちを全員倒した人間って誰一人いなかったからね」
「正直想定外だったよ。スートたちが倒されて、やっぱり良いところまで行ったって思ってたら、そこからさらに分身を倒し、メッセージを解き明かすんだもの」
「これはひょっとするかもしれない、って希望を抱いちゃった。そして願わくばボクを倒して行って欲しいってね」
「!…倒されることもシナリオ通りだったってこと…!?」
「そうだよ。その後、譜理子ちゃんと繋がることもね」
「ただ欲を言えば、ボクを着てからデュエルして欲しかったかな。そしたらもっと楽な展開になってたかもね」
(…それは流石に無理。あの時は違和感を探る余裕なんて…無かった)
「まあギリギリで気付く辺り譜理子ちゃんらしいといえばらしいけどね」
「嘘よ…!だって何も言ってなかったじゃない…!着ぐるみを着れば繋がれるなんてこと…」
「言ったらアイリスにも伝わっちゃうでしょ?キミと違ってボクは譜理子ちゃんと繋がってなかったから、声に出さないといけないし」
「もし着なかったらどうするつもりだったのよ…!?アタシに気付かれないようにしたところで、デュエルする本人が気付かなかったら意味ないじゃない…!」
「大丈夫、ボクは信じていたからね」
「デュエルを勝ち進み、試練を乗り越えてきた譜理子ちゃんなら必ずその発想に辿りつくって」
「それにボクが倒されたことにしておかないと、アイリスはコピー体を作らないでしょ?」
「っ…!まさか…アタシにコピーの体を作らせるために、あの時倒れたフリをしながら封印をわざと弱めて…!?」
「そういうこと。まあ中身が消えて倒れたのも事実だけどね。おかげで封印を弱めた分、デュエルの方に力を注ぐことが出来たよ。ね、使い方次第でしょ?」
「ううっ…!」
「アイリス、キミは人間の力を侮りすぎた。自身が特別だった故に、超えられる可能性があるとは微塵も思わなかったんだろうね」
「一方ボクは人間の可能性を信じた。その過程で中身が消えることを承知の上、最後まで真目譜理子という人間を信じ抜いた」
「その結果がボクの、ボクたちの勝利に繋がった。一人の少女が起こした奇跡によって、人類は破滅の危機を乗り越えたんだ」
「アイリス、キミの負けだ」
クラウンの勝利宣言。
「あ…あっ…」
その瞬間、全てを理解したアイリスは膝から崩れ落ちた。
アイリスのデュエルディスクも、霧が晴れるように消滅していく。
(そう…わたしたちは、勝った…)
改めて勝利を噛み締める。未来へと繋がる光が、今もこの手の中で輝いている気がした。
「譜理子ちゃん、ありがとう。全てキミのおかげだ」
「クラウン…」
クラウンがわたしの方へと振り向く。
「譜理子ちゃんを信じて本当に良かった。これで無事にエンディングを迎えられそうだ」
「だけどその過程で譜理子ちゃんにはたくさん辛い思い、怖い思いをさせてしまったね。ごめん」
「ううん…わたしなら大丈夫だよ」
もう、全て終わったことだから…
「それなら良かった。あ、それと」
「?」
クラウンは床から何かを拾い上げると、
「はい、落し物」
それをわたしへと差し出した。
「…あっ!」
「どうやら記憶から抜け落ちてたみたいだね」
そういえばすっかり忘れてた。
脱いだまま放置していた服の存在に。
ふと露わになっている左手首に目を落とすと、デュエルディスクの丸い痕がくっきりと残っているのが見えた。
「うん…ありがとう」
クラウンから服を受け取り、すぐさま着用する。
もちろんクラウンとは反対側を向いて。
恥ずかしさで赤くなった顔を…見られないように。
(これで、よし)
服を着終えて向き直る。アイリスは依然として立てない様子だった。
「…どうして」
両手両膝を地面につけたまま、体を震わせるアイリス。
「アイリス…?」
「どうしてアタシの願いは叶わないのよおおお!!!」
直後、アイリスの慟哭が響き渡った。
「なんでここまできて負けるのよ!どこまでアタシを不幸にさせれば気が済むの!?ねえ!」
うわんうわんと泣きじゃくるアイリス。
「っ…」
その光景に胸が締め付けられ、思わず顔を背ける。
あの姿はまるで、駄々をこねていた幼い頃のわたし。
「いつだってそう…!あの時だって…!ねえ、なんでわたしばっかりこんな目にあわないといけないの…?」
そう言ってクラウンを見上げるアイリスの表情や雰囲気は、先程とは別人のように弱々しかった。
「っていうかなんで人間の味方してるのよ…!クラウンはアタシの味方じゃなかったの…!?」
「キミの味方だからこそ、止めなきゃいけなかったんだ」
「ふざけないでよ…それじゃあアタシを追い詰めた人間に、誰が罰を与えるっていうのよ…!」
「っ…!」
再び胸が締め付けられる。何故そんな感覚を覚えるのだろう。
あの頃のわたしを客観的に見せられているから?
…いや、違う。それは多分表面的なものに過ぎない。
もうわかっているはず。心を揺るがす大きな要因が一体何なのか。
「その必要は無いよ。罰ならもう受けた」
「えっ…?」
「ボクがここに居ることが、その証拠だよ」
「何言って…」
「元はと言えばボクがキミを舞台に立たせなければ、人間を恨むことも滅ぼそうと考えることもなかったんだ」
「アイリスを追い詰めてしまったのは間違いなくボクだ。だからボクはここに来た。いや、来られたと言った方がいいかな」
「なっ…!じゃあクラウンも…」
「とは言っても、命を絶ったわけじゃないよ。キミも知っての通り、ここに来た時点で体はあったからね」
「でも、それはついさっきまでの話。今のボクはキミと同じさ。体が消えちゃったからね」
「!…」
「フフフ、罰としては全然見合ってないよね。キミが受けた数々の理不尽とは比べ物にすらならない」
「だからボクはこう思ってる。ここに来られたこと自体が罰だと。そしてここに来たボクがすべきことはただ一つ」
「始まりを招いたこの手で悲劇を終わらせることだ」
「それがボクに出来るせめてもの罪滅ぼし。譜理子ちゃんたち人間と、キミに対する責任の取り方だ」
「なによ…そんなの、クラウンが勝手にそう思ってるだけじゃない…!」
「そうだね。罪の意識があったからこそ、罰という考えに至ったのかもしれない」
「っ…それじゃあアタシは、クラウンの罪滅ぼしに付き合わされてたっていうの…!?そのためにアタシの力を消滅させて…!」
「違うよ。キミを救うためでもあったんだ」
「救う…?」
「人間を滅ぼす、その意味を深く考えたことがあるかい?」
「そんなことをしてしまえば、否が応にも罪を背負うことになる。そしてその罪はあまりにも大きい」
「いくらそれを望んでいたとしても、その瞬間からとてつもなく重い鎖がキミを縛ることになる」
「…ふん、縛られるわけないでしょ。人間じゃないんだから」
「精神的にだよ。体は無くても、今もこうして心は生きてる」
「ボクはキミにそんな大罪を背負わせたくなかった。人間への憎悪や復讐にその心が囚われて欲しくなかった」
「これ以上アイリスを不幸にしたくなかった。ボク自身が嫌なんだ。さらに不幸の奥底へと沈もうとするアイリスを見ているのが!」
「!」
「だから止めたんだ。キミの味方であるボクが、今度こそキミを救うために」