真目譜理子とサーカス世界   作:tres

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36.「Welcome back」

「…救うったって、今更何ができるっていうのよ…!そもそも救いなんて求めてないわ!」

 

「いや、キミは救いを求めている。わかっているはずだ、キミの本心が何を望んでいるか」

 

「な、何を…」

 

「人間を滅ぼすことにどれだけ心が囚われても、その願いだけは決して消えることなく残っていた」

 

 

 

「幸せになりたいという願いが」

 

「っ…」

 

「だけどその願いは叶わない。体が無い以上叶うはずがない。そんなのあっても辛いだけ」

 

「だから忘れようとした。人間を滅ぼすという野望で心を塗り替えるようにして」

 

「そしてその野望が潰えた今、心に残っているのはーーー」

 

「やめて!」

 

クラウンの話を遮るアイリス。

 

「言わないで…!せっかく…忘れようとしてたのに…!」

 

目に涙を浮かべながら、アイリスはクラウンを睨み付ける。

 

「忘れる必要なんてない。幸せを望んでいいんだ」

 

クラウンは着ぐるみの少し膨らんだ人差し指で、アイリスの涙を拭い取った。

 

「っ…無理よ…!アタシには体が…!」

 

「そうだね。体が無い以上これまでのアイリスには戻れない」

 

「…」

 

 

 

「それなら進めばいい。これからのアイリスとして」

 

「…えっ?」

 

「幸せになりたいと願う心を救うってことさ」

 

 

 

「もっとも、救うのはボクじゃないけどね」

 

そう言ってクラウンはこちらに振り向く。

 

「譜理子ちゃん」

 

「クラウン…」

 

言葉は無くとも、クラウンの言いたいことはわかってた。

 

「もちろん強制はしないよ。譜理子ちゃんのこれからの人生に関わってくるからね」

 

「…」

 

「ただどちらにしても、決断は早い方がいいかな。どうやら時間もあまり残されていないみたいだし」

 

「わたしは…」

 

だから、わたしはもう決断済みだ。

 

 

 

 

 

「アイリスを受け入れる」

 

その答えに迷いは無い。

 

「そっか。良かった」

 

「ちょ、ちょっと…!話が見えないんだけど…?」

 

「生まれ変わるってことだよ」

 

 

 

 

 

「譜理子ちゃんの体の、もう1人の住人としてね」

 

「!?」

 

「これからのアイリスは、そうやって生きていくんだ」

 

「…」

 

「おや、不満かい?」

 

「…不満とか、そういうのじゃないわよ…!ねえ」

 

アイリスがわたしに話しかける。

 

「アナタはそれでいいの?」

 

「いいよ」

 

「こっちの世界とはわけが違うのよ?何か影響が出たとしても後戻りはできないのよ?」

 

「覚悟はしてる」

 

「…体、乗っ取るわよ?」

 

「その時は抵抗する、かも」

 

「っ…何でそんな平然とした顔で答えられるのよ!アタシ人間を滅ぼそうとしたのよ!?そんな奴を受け入れるだなんて…!」

 

「それはもう過去のことでしょ?これからはわたしと一緒に生きるの」

 

わたしはアイリスの前にしゃがみ、手を差し伸べる。

 

 

 

しかし、その手は跳ね除けられた。

 

「…無理よ。アナタが良くてもアタシは…!人間が信用できないもの…」

 

「わたしも信用できない?」

 

「…」

 

わかるよ、アイリスの気持ち。

 

 

 

わたしに、そんな顔してくれるんだね。

 

「わたしは信じてるよ、アイリスのこと」

 

「わたしとアイリスが一緒に生きていけること。そして、アイリスが今度こそ幸せになれるってことも」

 

「適当なこと言わないで…!アナタに…アタシの何がわかるっていうのよ!」

 

 

 

「わかるよ」

 

「っ…だから何で…!そう言い切れるのよ!」

 

アイリスの目から、また涙が溢れ出る。

 

「わたし、察しが良いから」

 

「…自分で、言うことじゃないわよ…」

 

涙ぐんだ声で返すアイリス。ポロポロと落ち始めた涙は止まりそうにない。

 

なんとなくわかってたけど、アイリスって結構泣き虫なんだね。

 

そんなアイリスを間近で見てたらね…

 

 

 

「…うっ、ううっ」

 

わたしも人のこと言えなくなっちゃう。

 

「!…なっ、何でアナタが泣いてるのよ…!」

 

「だって、わかるから…アイリスのこと…」

 

アイリスに涙ぐんだ声で返す。

 

もちろん全部とは言えない。わたしがアイリスと過ごした時間なんて、ここに来てからのほんのわずかな間だけ。

 

だけど、その時間はわたしにとって特別だった。これまでの人生の中で最も大きな絶望と希望を経験して、自分の心の奥深くを知った。

 

「アイリスが、どんな思いをしながら…生きてきたのか、って…」

 

絶対に負けられない戦いを勝つために、お互いが全てを出し尽くした。心を限界までむき出しにしながら。

 

それはきっとアイリスも同じ。だから、わかってしまうんだ。

 

「そんなの…アナタなんかに…!」

 

どうしてこんなにも、わたしの胸が締め付けられるのかも。

 

そう、わたしはただ認めたくなかった。そうであって欲しくなかった。

 

何故ならそんな世界を生きてきたアイリスの心に、わたし自身が耐えられなくなる気がしたから。

 

 

 

「!…」

 

アイリスをギュッと強く抱きしめる。

 

同じ体の泣き虫なもうひとりと、ひとつになるように。

 

「ずっと辛かったんだね…頑張って耐えてきたんだね…」

 

でも、わたしはもう決めたの。受け入れるって。

 

「もう大丈夫だよ。これからはわたしが、アイリスのそばにいるから…」

 

そんな心を乗り越えて、アイリスと一緒に幸せになるって。

 

「だからわたしと一緒に生きて…今度こそ幸せになろ、ね…?」

 

「ううっ…」

 

 

 

 

 

「うあああっ…!!!」

 

 

 

わたしは目を閉じると、大泣きするアイリスの耳元で囁くように唱えた。

 

 

 

 

 

「I CONNECT WITH IRIS」

 

 

 

 

 

「!…」

 

唱えて間も無く、アイリスの体が光り始める。

 

「良かった、これでハッピーエンドだね」

 

「!?」

 

いや、アイリスだけではない。

 

「クラウン…!?」

 

振り向くと、クラウンも同様に光り始めていた。

 

その光は着ぐるみの中身が消えた時のように淡い光ではなく、わたしが何度も見てきたそれと同じ種類の光。

 

「時間が来たみたいだね。そろそろボクは倒れるとしよう。役目を終えたテントと共に」

 

「待って…!クラウンも一緒に…!」

 

「それは出来ない。繋がれるのはひとりだけなんだ」

 

「そんな…!」

 

「ボクのことなら気にしないで。大丈夫、それなりに生きたしこれといった未練も無いから」

 

「2人の行く末を見られないのは残念だけどね」

 

「っ…!」

 

 

 

「クラウン!」

 

アイリスが涙を流しながら名前を叫ぶ。

 

「アイリス、そんな顔しちゃだめだよ。これからのキミは笑顔の似合う女の子になるんだから」

 

「やだ…!クラウンも一緒に来てよ…!クラウンのいない世界なんてやだよ…!」

 

「大丈夫だよ。住む世界が違っても、ボクとキミは繋がってる」

 

「怖いの…!あの世界に戻るのが…またあんな思いをするんじゃないかって…!」

 

「もうしないさ。キミを大切に思ってくれている人が、その世界で待ってるからね」

 

「!…」

 

「ボクは信じてるよ。アイリスと譜理子ちゃん、2人のことを」

 

「だからキミも信じて欲しいな。それとも、ボクのことも信じられないかい?」

 

「っ…!そんなの…!」

 

「ああ、残念。もう限界みたいだ」

 

「えっ…?」

 

 

 

「譜理子ちゃん…アイリスを守ってあげてね…」

 

 

 

クラウンの声が小さく聞こえ始める。

 

 

 

「クラウン!待ってよ…!」

 

 

 

わたしの腕の中で叫ぶアイリスの声も。

 

 

 

「アイリス…譜理子ちゃんが必ずキミを…幸せに……して……」

 

 

 

光はより一層強くなり、クラウンの声がさらに遠ざかっていく。

 

 

 

「うう…!」

 

 

 

アイリスがわたしを抱き返す。わたしと同じようにギュッと強く。

 

自分は確かにここに存在していると、わたしに伝えるかのように。

 

 

 

大丈夫だよ、わたしはずっとアイリスのそばにいる。

 

 

 

どんな時でも繋がってる。だから、怖がらないで。

 

 

 

これからは何があっても、わたしがアイリスを守るから。

 

 

 

 

 

「譜理子ちゃん……ありがとう…………」

 

 

 

 

 

「っ…!クラウン!!!」

 

 

 

クラウンの声が完全に聞こえなくなった瞬間、

 

 

 

「…!」

 

 

 

世界は光に包まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………ん」

 

音がする。パチパチパチ、と弾けるような乾いた音。

 

この音は聞き覚えがある。

 

 

 

拍手の音だ。

 

「…う」

 

意識がはっきりしてきた。目がまだちょっと重い気がする。

 

鳴り止まない拍手の音。ここはどこだろう。

 

「…」

 

 

 

(劇場…?)

 

目を開けて最初に映ったのは、ライトに照らされたステージ。

 

そのステージの中心部ではパフォーマーたちが並び、一様に頭を下げている。

 

(えっと…あ)

 

前後左右を見回して、今自分が置かれている状況を理解した。

 

ちょうど全ての演目が終わり、観客たちが拍手を送っているところだ。

 

 

 

思い出した。そういえばサーカスを見に来てたんだった。

 

(うそ…もしかして、途中から寝ちゃってた…?)

 

そう思い、慌てて体を起こす。

 

(うっ…)

 

しかし起こした瞬間、頭がふらつき再び席にもたれかかる。

 

体に押し寄せる疲労感。どうしてこんなに疲れているのだろう。

 

ここに来た時点では別に疲れてなどいなかったはず。

 

(どうなってるの…?)

 

そもそもサーカスを見に行くことを知りながら疲れるようなことなんてしない。

 

この夢のような時間をしっかりと目に焼き付けるためにも、いつも万全の状態で臨んでいる。

 

こうなった原因は何だろう。ここに来るまでの記憶を辿ってみても、その答えは見つからない。

 

 

 

(…!)

 

いや、ひとつ心当たりがあった。

 

確かに見ていた、夢のような時間。

 

(じゃあ、やっぱりあれは…夢じゃなかったのかな…?)

 

袖をめくり左手首を確認する。

 

 

 

(…)

 

 

 

 

 

(ふふふ、こんな笑い声だったかな)

 

頭の中に響いてきたのは、何度も聞いたような覚えがある笑い声

 

 

 

(ただいま。そして…)

 

 

 

 

 

(おかえり、世界へ)

 

両腕にあるはずのない温もりを感じながら、ステージのパフォーマーたちに向けて精一杯の拍手を送った。

 

 

 

【真目譜理子とサーカス世界 終】




「真目譜理子とサーカス世界」の本編はこれでおしまいです。あとは本編で回収できなかった部分などを書いたエピローグや番外編をいくつか投稿してこの物語は完結となります。ここまで読んで頂きありがとうございました。そしてもう少しお付き合い頂けると幸いです。

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