あたしはあなたに会えて本当にうれしいのに、でもそれでいて「当たり前のように」それらすべてが悲しいんだ。今もすこしづつ重ねている幸せな思い出が、いずれくるお別れの悲しみをまた同時に生み出していくんだ。でもね、そんなことなんてどうでもいいぐらい、あたしは今幸せなんだ。
(あなたの隣にいたいよ。)
心の中では何度あなたの前で囁いただろうか。喉元まではあがったきたそれを、どこかぎこちない苦笑いでごまかしたことが何回あっただろうか。本当に気付いてほしいあたしの気持ちとは裏腹に。気づいてほしくない気持ちには敏感だったあなたが、
「ーーーーなぁ、今日のお前さん、妙によそよそしくねぇか?」
いつか「塩顔のくせに、俺実は甘党なんだよな」なんて苦笑しながらフラペチーノを、まるでリスみたいにちびりちびりすすっていたあなたが、今昼下がりの景色が綺麗なテラスで、心配そうな表情を浮かべながら、透き通った眼差しをあたしに向ける。汚れのない、透き通ったひとみ。それでいて、どこか内に秘めた強い意志を感じるひとみ。
(きっと、こいつに救われた人はたくさんいるんだろなぁ。...そして、こいつの隣にいたい、って思うようになっちゃった人も。...ほかならぬあたしもその一人なんだけど。)
「ーーーー、ちょっ、ホントにどうしたんだよ、深刻そうな顔してよ。なんかつらいことあったなら、ちょっとここで勉強きりあげて聞くぞ?俺でよかったら」
「な、なんでもないってば、だいじょうぶだいじょうぶ」
(これが「恋」ってなんだって、自覚するのにそう時間はかからなかった。....でも。あたしなんかがあなたの隣を陣取るなんておこがましいんだ。だって、あなたはあたしを知らない世界なら、あなたは他の誰かと幸せを掴むはずなんだから。そうすれば、あたしはあなたと知り合えずに済んだのだから.......。)
「....ったく、こんなとこで計算ミスしてるぞ?今日はもうこれで切り上げ!ぱぁーと遊びに行こうぜ」
「......うん。」
どこか有無を言わせぬ表情で勉強の切り上げを宣言するあなた。気を遣わせちゃったなぁ....なんて思いつつも、どうしてあなたはこんなあたしの面倒をみてくれるの?っていう質問を、あまり背格好の変わらない、でも、あたしには大きくて憧れで、そして想い人であるあなたの背中に向けて問いかける。あたしは、あなたが思う以上に不器用で、いつまで経ってもあなたに想いを伝えることのできない意気地なしだっていうのに。
「そうそう、今日はあの台2クレらしいぜ」
「...はぁ、あれでしょ?もうあのゲーム疲れるからやだ」
「ちぃえーっ、ちょっとくらい付き合ってくれてもいいじゃねぇかよー」
口をとがらせて拗ねたような反応をするあなたに、どこかかわいさを感じてくすり、と思わず笑みをこぼしてしまう。あなたとさえいることができたら、どんなに辛いことだって乗り越えることができるから。「これで済んでよかったね」ってふたりして笑っていろんなことを積み重ねることができたら、あたしはーーーーーー。
ふわり、と一陣の風があたしたちの周りを駆け抜ける。そして、不意に立ち止まったあなたは、すこし後を歩いていたあたしのほうへと向き直って、若干はにかみながらーーー、
「ーーーーーなぁ、藍。俺は、お前のことが、」
刹那、時間が止まった。奇跡、って言葉がチープなものに聞こえるほどあたしの感情に訴えかけてくる、あなたとの今日の出来事を。目の前のすべてがぼやけて、なにもかもがあなたに包まれとけていくような感覚。そのとき、はじめて気が付いたんだ。
(あぁ、あたしは泣いているんだ.........)
もしも。あなたが居場所を見失ってさまようくらいなら、だれかが身代わりになればいいんだ、なんて思うんだ。いま、笑いあえる日々の繰り返しがすこしでも長く続いたらいいよね、なんて心の内側で思いつつも、どこかであなたが蝕まれていくのには目を背けているあたし。
どれだけ「今ある日々を大切にする」とか「幸せでいれますように」なんで願ってみても、うなされてばかりの惨憺たる夢に魘されるあたし。あたしのゆがんだ世界が、いつかあなたを呑み込んでしまう夢ばかりが頭をよぎる。どこかであなたを傷つけてしまうのじゃないか、なんて思う日々も。あなたが思うよりあたしは不甲斐なくて不器用だっていうのに。だけど、そんなことなんてもうどうだっていいんだ。その代わり、"かみさま"。これだけはお願い。
(---どうか、今までずっと乗り越えることができなかった暗闇から、救いの手を伸ばしてくれる彼の手を離さないで過ごせる日々がずっと、ずっと続きますように。あたしの世界を鮮明なものへと彩ってくれた彼が、ずっとずっと笑顔でいれますように。)
産まれたその瞬間から「消えてしまいたい」とずっと泣き喚いたあたし。なんにも描かれていない真っ白なキャンバスは、何度も何度も黒く塗りつぶした。まるで死者に祈るときにだけ着る、あの黒服のように。誰にも、だれにも理解されることのない、あたしの心に抱えているキャンバス。だけど、きっとあたしのキャンバスを一緒に鮮やかに彩ってくれるひとがいると思っていたんだ。ーーーーほかでもないあなたをあたしは探していたんだ。
やっぱり、あたしはあなたとずっと一緒にいたい。こんな言葉にできない奇跡をくれたあなたと。辛い時も、悲しい時も。あなたが奈落の底からすくいあげてくれたように。たった、たった名前を呼んでくれるだけで世界観は変わるんだって。だから、
「ーーーーあなたの名前を呼んでもいいかな?」
おわり。