蜘蛛の対魔忍の受難   作:小狗丸

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四十話

 任務開始から僅か十分で凜子が敵に捕まるというトラブルがあったものの、その後の任務はあっさりと終了した。

 

 凜子と捕虜の対魔忍を連れてどこかに逃げようとする魔族の武装勢力の生き残りを電磁蜘蛛が追跡して、その行き先を先回りしたきららと翡翠と佐那さんが一網打尽にするという非常に楽な展開で、そのことを見れば武装勢力の大多数を瞬殺してくれた凜子には感謝しても……いや、感謝はないな。

 

 とにかく魔族の武装勢力を無事(?)殲滅した俺達は凜子と捕虜の対魔忍を連れて五車の里に帰還。そして帰還してすぐに凜子と捕虜の対魔忍の二人を対魔忍専用の病院へと送った。

 

 幸い凜子と捕虜の対魔忍は命に別状はなかったが、凜子は麻酔針に使われた麻酔が、捕虜の対魔忍は洗脳の際に使われたと思われる薬物が思いの外強力だったようで数日は入院するとのこと。

 

 そしてその結果、凜子が出す分の今回の任務の報告書を、何故か俺が自分の分と合わせて提出する事になり「秋山の奴、いつか覚えていろよ」と思わずグチを呟いた俺は悪くないと思う。

 

 ……しかし俺はまだ知らなかった。今回の不幸がまだ終わりでない事を。

 

 

 

 任務が終了した翌日の朝。銀華は五車学園の学生寮にある頼人の部屋の前に来ていた。

 

「頼人先輩、もう朝ですよ。早く支度をしないと学園に遅刻しますよ?」

 

 銀華は頼人の部屋のドアをノックして声をかけるが中からの返事はなかった。

 

「先輩? 頼人先輩?」

 

 再度ドアをノックして声をかける銀華。しかしやはり返事は返ってこなかった。

 

「……」

 

 それから数秒ドアを無言で見つめていた銀華は、学生服の下に忍ばせていた忍者刀を取り出し上段に構えると、それを躊躇うことなく振り下ろした。

 

「はっ!」

 

 短い気合いの声と共に振り下ろされた銀華の忍者刀は、頼人の部屋のドアの隙間を通過し、頼人がドアに設置した五つの鍵(総額二万五千四百円)を全て切断する。そして慣れた様子でドアの鍵を無効化した銀華は、ドアを開けると頼人の部屋へと入っていった。

 

「頼人先輩、早く起きてください。もう時間が……?」

 

 銀華は部屋の中を見回すが頼人の姿はなく、やがて彼女は机の上に一枚の紙が置かれている事に気付く。

 

「これは手紙? 一体何が……!?」

 

 机の上に置かれていた手紙を手にとり、そこに書かれていた文章を読んだ銀華は凍りついたかのように体を硬直させる。その手紙にはこう書かれていた。

 

 

【対魔忍であることに疲れました。探さないでください】

 

 

「ら、頼人先輩……? 対魔忍を辞めて出て行った? 私を置いて? う、嘘ですよね……?」

 

 手紙を読んだ銀華は大量の冷や汗を流し、虚ろな目となってここにはいない頼人に問いかける。しかし彼女の問いに答える者は誰もいなかった。

 

「い、い、いやぁあああーーーーー!」

 

 

 

「い、い、いやぁあああーーーーー! ……って、アレ?」

 

 自分の悲鳴で目を覚ました銀華が周囲を見回すと、そこは見馴れた学生寮にある彼女の自室であった。

 

「ゆ、夢……?」

 

 先程の出来事が夢であったことに銀華は安堵の息を吐くと、ベッドから起き上がって学生服に着替える。

 

「そ、そうよね……。頼人先輩が私を置いて対魔忍を辞める訳がないよね……。

 確かに対魔忍の任務は命懸けな上にお給料は安いけど、一緒に任務をする人達は誰もこちらの話を聞いてくれないけど、報告書の作成みたいな事務仕事は他の人の分までしていつも徹夜だけど、学園長や先生達から無茶なことばかり頼まれているけど……。

 それでも対魔忍を辞めたり……しな……」

 

 学生服に着替えながら自分に言い聞かせるように呟く銀華だったが、自分を安心させようとした行為は頼人が対魔忍を辞める理由を再確認させて逆に彼女を不安にさせた。そして銀華が自らの内から沸き上がる不安に言葉を失った丁度その時……。

 

『嘘ぉっ!? 頼人! 私を置いて何処に逃げ……夢っ!?』

 

「………!」

 

 学生寮の別の部屋から壁越しにきららのどこか聞き覚えのある悲鳴が聞こえてきて、銀華は即座に自室から飛び出し頼人の部屋へと走るのだった。

 

 

 

「……よし、ようやく報告書が完成したぞ」

 

 学生寮の自室で自分と凜子の報告書を製作していた俺、頼人は今回の任務の報告書の作成を丁度今終えたところだった。

 

 窓の外を見れば僅かに日が昇り始めているが、そんなのは些細なことだ。いつもだったら凜子だけでなく、任務に参加した対魔忍全員の報告書も作成するはめになって、とても一日では終わらない。今回は自分で報告書を書けるきらら達だけが任務に参加していて本当に助かった。

 

 報告書の作成もひと段落ついた俺は買い置きしておいたブラックの缶コーヒーを一つ開けて飲む。この対魔忍の任務をするようになってからは、眠気を覚ましてくれる上に香りが楽しめるブラックの缶コーヒーがとても美味しく感じる。

 

 以前、今のように徹夜で報告書を作成した後でブラックの缶コーヒーを飲んでいるところをアサギとさくらに見られた時は、涙を流した二人に同情された挙句、次の日には「五車学園で一番ブラックの缶コーヒーが似合う学生」というよく分からない称号を与えられたが、それでも仕事が終わった後のこのコーヒーブレイクは止めることができないでいる。

 

「さて、今からだったら一時間くらいは仮眠が取れるかな……ん?」

 

 流石一睡もしないのは色々と危ないので、せめて一時間くらいは仮眠を取ろうかなと思ったその時、突然地響きみたいな振動が起こった。しかもその振動は徐々に大きくなっている上に、気のせいかこの部屋に近づいて来ているような気がして……一体何なんだ?

 

「頼人先輩!」「頼人!」

 

 俺が突然の振動に首を傾げた次の瞬間、何やら必死な表情となった銀華ときららがドアを粉砕して俺の部屋に突撃してきた。そしてその際に生じた衝撃は凄まじく、二人の突撃による衝撃波は俺の部屋にあるもの全てを破壊し尽くした。

 

 無論、俺と凜子の報告書のデータが記録してあるノートパソコンも……。

 

 嗚呼、俺の二十時間近い努力が一瞬でパー……。

 

 俺が一体何をしたって言うんだ……。


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