「――と、まぁ。そういうわけで」
全説明を聞いたソーナは普段見せないような抜けた表情になっていた。それもそうだ、ダイスケというたった一人のイレギュラーのおかげで完全に計算が狂ったのだから。
「でもそっちだってアレですよ? ルールは何もかもそっちに有利だったし、そっちはこっちのほとんどの情報を知ってた訳だし。俺たち、会長が獣転人だって知らなかったんですから」
「……匙も獣転人ですよ」
「まじっすか!? 後で見せて貰おうっと」
脳天気にわくわくしているダイスケを尻目に、ソーナは燃え尽きていた。
練りに練った個々への対策。眷属の特性に合わせた戦術構成。そしてわずか十分で組み立てた今回の作戦。裏の裏を読み、幾重にも重ねた罠。大胆に見えて堅実、そして芸術的な指揮。
ほとんど状況が見えないモールという遮蔽物の中、ソーナはまさに天上からの視点で見事に眷属を動かしていた。まさに女悪魔のハンニバル・バルカ。
だが、ダイスケというたった一つの異物によって、全てが切り崩されたこの屈辱はもはや屈辱を通り貸して爽快だった。いや、おそらくイッセーも同じ気分だったのだろう。ある意味これは意趣返しだ。
匙は負けない。力のみを見ているイッセーは真の強者でない。愚者はただ策に脚をすくわれるのみ。ソーナがイッセーに放った言葉にはそんな明確な呪詛めいたものがあったのは事実。人を呪わば穴二つ。まさに今の自分のことだった。
まぁ、力を見せることは出来た。今回は不幸にも勝てなかったが、長い悪魔の人生にはまだまだリベンジのチャンスはある。若手悪魔の試合もまだこれが一試合目。この反省を次にしっかり生かし、今回頑張った眷属達をしっかり褒めてあげよう。何せ今回一番頑張った匙には普段厳しく接しているのだ。今日くらいは優しく接してあげよう。
「私の負けです。
「じゃ、怪獣対決ときますか! いっときますけど、負ける気は無いですからね、会長!」
え、とソーナは呆気にとられる。なぜダイスケはまだ戦う気なのか。自分をいたぶってイッセーを嵌めた意趣返しをしようというのか。
「なぁにボーッとしてるんですか会長。まだ試合は一点差の九回裏、満塁ツーアウトスリーボールですよ」
やる気のダイスケ越しに、ソーナはリアスを見る。
「ソーナ、まだ勝負は決まっていない。駒は貴女一人でも、策と動かしようなら駒一つで多勢に勝ってみせる――貴女の得意分野で、貴女らしさでしょう」
そうだ。まだ勝負は終わっていない。ダイスケを倒せばまだ目はある。朱乃の雷は水で散らせるし、アーシアには戦闘力は無い。そして、リアスの手の内は幼い頃から知り尽くしている。
(そうでした。まだ、私は――!)
夢を叶える、と言うことで頭がいっぱいで目が曇っていた。これが最後だと勝手に自分を、みんなを追い込んだ。だから、逆転されて諦めてしまったのだ。まだ自分という最も知り尽くした駒があるというのに。
確かにリアスの所まで行くには壁が分厚い。だが、その壁を越えさえすれば自分の牙を彼女らの喉笛に届けることが出来るはずだ。
ここで諦めたら、本当の意味で夢が手が届かないところに逝くところだった。最後の手が残されているというのに諦めるようではそれこそ本当に上役達に嗤われる。
これぞ、リアス達の「根性」なのだろう。自分はイッセーのそれを見て戦慄した。だから徹底的に対策を練った。その本質に気づけないで。
「さぁ、マンダ。貴方の居場所はそこだけじゃない。もっと自由にさせてあげます!!」
上空の氷塊が一気に溶ける。大量の水が降り注ぎ、プールを溢れさせるように思えた。しかし水は重力に逆らって立ち上がり、広大で深さのあるマンダのバトルフィールドと化した。
「さぁ、いきますよ! 我が魂、マンダの悠然にして獰猛たる姿! 貴方たちにとくとお目に掛けましょう!!」
「上等だぁぁぁぁぁ!!!」
ダイスケが鎧を纏って水のバトルフィールドに突っ込み、マンダが正面から迫る。一見すればマンダの方が圧倒的に遊泳力が勝るように見るが、ダイスケの水中潜航能力は目を見張る物があった。
魚雷のように水中を進むダイスケは魚以上に自由に泳いでいる。うねる巨体から繰り出される爪の攻撃を巧みにかわし、ダイスケは一旦距離を取る。そして熱線剣を数本生み出してマンダ目がけて放つ。
剣は水中でありながら音速以上の速さで突き進む。これは熱で沸騰した剣の周囲に気泡が生まれ、その中を水の抵抗無しに突き進むのだ。いわゆるスーパー・キャビテーションとほぼ同じ理屈で音速を出している。
ただ、剣に自動追尾魚雷のように敵を追尾する機能は無い。まっすぐに進んでいってそのままいずこかへ消えていく。
何せ旧世界の一つではマンダは海中最大の脅威と呼ばれ、異星人の技術をもって完成した当時の最新鋭超高性能潜水艦でも相討ち覚悟の攻撃でようやく倒せた存在だ。
(潜る敵には……)
投げる予定だった熱線剣をすぐさまダイスケは豪炎鎚に変える。
(爆雷攻撃だぁぁぁぁ!!!)
ダイスケは立て続けにいくつもの豪炎鎚を投げつけた。水面上まで飛び出ていった鎚は弧を描いてマンダの周囲に落ちる。それはさながら第二次大戦の対潜水戦。
(マンダ、避けなさい!!)
独立具現型が許容以上のダメージで自動解除されることを知っているソーナはマンダに回避を命じる。
その命令に従ってマンダは自分の周囲に落ちてくる爆発機能付きの鎚を避ける。しかし、予測できないはずのマンダの動きをダイスケは先読みして豪炎鎚を投げつけてくる。
(おかしい。勘がいいとはいっても、ここまでの精度は出ないはず。なら、なにかで進行方向を探知している? ……探知?)
水中で探知といえば音響測定だ。自ら音を発し、大気中の三倍伝わりやすい水中音の反響で周囲に何があるのか感知する。鯨やイルカの超音波によるエコーロケーションが有名だろう。
そう、エコーロケーションだ。先のリアスの作戦説明時、自らダイスケは己が音響定位によって屋上の様子を探知したと言っていた。なら当然、水中でも同じことが出来ると言える。
爆発音で水中の音がかき乱されるので本来なら時間を空けて攻撃をするものだが、実はマンダも超音波の音響定位で周囲測定をしている。それを探知してダイスケはマンダの進行方向を予測しているのではないか、とソーナは推理した。
ならば対抗策はある。
(マンダ、宝田君に向けて全速前進! 突っ込みなさい!!)
その命令通りにマンダは長体をくねらせ、進行方向をダイスケに向けて全速で突き進む。
(……俺が近くにいたら爆雷攻撃が出来ないって判断したのか? ならっ!!)
ダイスケは爆雷攻撃の手を止め、投げる予定だった豪炎鎚を両手で構える。その姿ははさながら伏龍のごとし。そしてそのまま向かってくるマンダに対して相対して突っ込んでいく。
(直接ぶちかます!!)
互いの距離が一気に近づく。マンダが何をしようとしているのか見当が付かないが、ダイスケはこのまま鎚を直撃させればいい。そう思ったその瞬間、とてつもない衝撃がダイスケを襲う。
(!?)
その威力たるや手にした豪炎鎚が一気にバラバラになり、身につけた鎧の正面部分にひびが入るほど。そして何より、ダイスケの鼓膜が破れた。つまり、探知が出来ない。
マンダが放ったのは『超音波砲』とも呼べる応用技。探知に用いる超音波に指向性を持たせた上で振動数とボリュームを極限まで上げる。するとそれは旧世界の一つにおいてドーバー海峡の悪夢と呼べるほどの大惨事を引き起こす破壊兵器になる。
音という物は物体の全身を震わせる。固有振動数さえあってしまえば容易に物体を破壊することが出来るのだ。これが放たれれば強固な装甲の軍艦でも一撃で粉砕される。それがダイスケを直撃した。
(ゴハッ……!)
水中に漏れるダイスケの血液。意識を失いけけるがなんとか持ち直す。しかし、その血の匂いを獰猛な海の殺戮者が見逃すはずがない。
匂いがする方へ本能的に向かい、動けないダイスケを見つけたマンダはダイスケをその長い身体で締め上げる。
(あ、がっ……!?)
その力は絶大である。現在最も大きい蛇のアナコンダで締め付ける力は500kgから1t。絶滅した蛇の最大種のティタノボアはとある試算によれば中身が入ったタンクローリーすら圧壊させられるという。怪獣でありティタノボア以上の体躯のマンダならそれを優に超越する。
マンダの全身の筋肉がダイスケを締め上げる。まさに大蛇に捕らわれた哀れな獲物。肺から空気が漏れ、代わりに直接水が入る。いかに水中適性があるといってもこれでは生物に必要な酸素変換も出来ない。意識が徐々に遠のく。
(やべ……これ……)
マンダは強い。恐らく、朱乃やリアスでもこの水中の巨龍には手を焼くだろう。それどころか圧倒される危険がある。ダイスケがマンダを倒さなければならないのだ。
だが、もはやそれも不可能に近い。超音波砲だけでも大きなダメージであったのにこの締め付けから脱せそうにない。
(みんな、ごめん……俺……)
諦めかけたその時、誰かの声が聞こえる。
――明け渡せ
――明け渡せ
――私ならば上手く殺る
――お前に出来ないことをやってやる
――お前の代わりに
――破壊し尽くしてくれる!!!
知らない誰かの声。自分が無理なら代わりにやってくれる。これほど甘美な言葉はない。
いっそ代わりにやって貰おうか――そう思った瞬間、脳裏にある光景が思い浮かぶ。――自分に縋るリリアの姿だ。それにとどまらずミコトの笑顔も、ヒメの自分に向ける期待の眼差しも浮かんできた。
ダイスケはハッとなった。
そうだ、ここで情けなく終わる訳にはいかない。自分は自分の守りたいものを守り通すと決めた。守るとは戦って勝つだけのことではない。信じる者の期待に応えることも守ることなのだ。そしてそれは、自分自身でしか叶えられない。
ならばここで決して諦める訳にはいかない。イッセーだってそうだった。木場だってそうだった。ゼノヴィアも、小猫も、ギャスパーも……そして、イッセーと戦った匙も。
(あいつらに……負けられるかぁ……!)
もはや全身の骨は砕け散っていた。しかし、ダイスケの思いに呼応して驚異的な治癒能力が覚醒する。それはまさに窮地に陥ったときに奇跡を起こすゴジラのG細胞の働きそのもの。
(みんなの期待に応えるんだぁ……!)
燃える闘志と共に全身の筋肉に絶大な力が宿る。人間の身体から湧く力ではない。これはもはや人の形をした怪獣……いや、獣転人とは元来そうなのだ。
ダイスケはまさに魂から大いなる力を引き出し、己のモノにしている。その力はついにマンダの力に拮抗し、徐々に押しはじめた。
(こんなところでぇ……)
マンダも必死にソーナの意思に応えようとするが、とうとうダイスケの意思と剛力に敗北する。
「……負けるかぁぁぁぁぁぁ!!!」
ダイスケが締め付けるマンダを振りほどいた。その威力たるや周囲の水が弾かれてモーゼの十戒のワンシーンのようになっている。
だが、そんな奇跡めいた現象では終わらない。ダイスケは振りほどいたマンダの頭部を掴み、自ら独楽のように回転する。スケールが段違いのジャイアントスイングだ。
「飛べぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
ダイスケはマンダを放り投げる。その方向はソーナのいる位置。両者とダイスケが一直線になったとき、ダイスケの鎧の背びれが青白く発光する。
体内で生み出された青く光る破壊のエネルギーが胸を越え、喉を越え、そして口腔内に溜まる。最高で最適のタイミングでダイスケは兜のマスクに付いたクラッシャーを解き放った。
青い暴力の奔流がソーナとマンダを包んだのは一瞬だった。ダイスケの様子はマンダに隠れてソーナには見えなかった。だからこそ、防御も退避も出来なかった。いや、出来たとしてもダイスケは大規模な破壊を覚悟で熱線を縦に横に薙いだだろう。
奇跡的に熱線の射線上にモールの構造物はなかった。奇跡的にというか器用と言うか、熱線はソーナとマンダだけを薙ぎ払ったのだった。
そして、結末を伝えるグレイフィアのアナウンスがスピーカーから流れる。
『
*
――ダメだった
――出られなかった
――だが、機会はこれだけではない
――その時が来れば、次こそは――
*
「これが赤龍帝……これが怪獣王……」
VIPルーム内でミコトと彼女が特別に連れてきたリリアが喜ぶ中、誰かがそう呟いたのをアザゼルは聞き逃がさなかった。
イッセーに関してはその技の妙ちきりんさ故だろう。それもそうだ、古今東西己のかすかな才能をあのような形で開花させる赤龍帝など一人もいない。……いてたまるかともアザゼルは思っているが。
なにより恐ろしいのはそのイレギュラー性。はじめからこんな異常な成長をしていたらこの後一体どのようなバケモノに変わるのか。人間からすれば充分バケモノの悪魔や神々がそう思うのだから尚更だ。
それにしても、とアザゼルはイッセーの将来が不安になってくる。確かに
そしてダイスケ。まだ使いこなせるゴジラの能力はほんの一握りで、『システム』の記録からするに目覚めていない力がいくつもあるはずだ。それでこの力、この威力。誰もが畏怖しただろう。
何よりも彼らはその力が自分達に向けられたら、と無駄な杞憂を抱いたはずだ。ダイスケに限って己の力をただ気に食わないだけの相手に振るうような理不尽な真似はすまい。もとよりダイスケは冥界に恩があるし、余計な争いをする気も野心もないだろう。
ただ、冥界の旧体制側はそんなダイスケの心情も知らぬまま驚異と認定するだろう。厳密に言えばダイスケがいるのは新体制側。ゴジラ=ダイスケを抱き込んだ新体制に対する無駄な警戒をするのは確かだ。まぁその時はサーゼクスが動く。アザゼルは特に心配はしていなかった。
問題はシトリー眷属の方だ。彼女たちが用いた
「ふぉっほっほっほ、いやはや面白い試合であった」
聖書三大勢力に当たりが強いオーディンが珍しく素直に褒めている。これにはアザゼルも驚いた。
「のう、サーゼクスや。あのドラゴンの神器の持ち主じゃがな」
「赤龍帝の兵藤一誠君ですか?」
「いや、ほれあのヴリトラの、それと獣転人のじゃ」
「ああ、匙元士郎君ですね」
「……匙、か。なかなかどうして、試合前は注目されていなかった者があのような大一番で輝くとはな。まさにこれぞ
「さっすがオーディンのお爺ちゃん! わかってるぅ♪ それはそうよ、だってあのソーナちゃんが見出した子なんだから!!」
先程まで泣きそうだったセラフォルーが満面の笑みで応える。よほど嬉しかったのだろう。
「ふぉっほっほっほ。さて、面白いもんも見られたし、ちょっと寄るとこ寄ってからアザゼルのとこのキャバでも繰りだそうかのー。どうせサーゼクスも行くんじゃろ。一緒に行くぞ」
「はい。同行させていただきます」
「……ああ、手配しとくよ」
「うむ。それとじゃな」
サーゼクスとともに辞そうとしたオーディンは、アザゼルの前で立ち止まった。
「なんだ? 綺麗どころの心配ならしなくてもいいぜ?」
「いや、そうではない。あのゴジラの獣転人、気をつけた方がよい」
「――なにか感じたのか?」
「……うむ。他の獣転人には感じなかったが、あの者には何かある。そう……なにか機会を覗っているような漆黒の意思が。強硬手段に出ろとは言わんが、警戒はしておけよ……さーて、ロセにヒルド。儂に付き合えぃ。今日は機嫌がいいんじゃ、とことん姉ちゃんイジってとことん飲むぞー」
「……私たちが一緒に楽しめるわけないでしょう、オーディン様」
「ロセ、いっそ堕天使の老人介護施設にぶち込まさせて貰うか? たしか、人間界の映画でそういう展開があったぞ」
「お前、ほんとキッツイのー。あれはたしかロキのやったことになっとたじゃろ。そのあと儂死ぬし」
そんな言い合いをしながらオーディンは去って行く。アザゼルはそのオーディンが去り際に言った不気味な予言を信じられずにいた。
だが、これが非常に近い未来で現実の物となるということは流石のアザゼルも、言った張本人のオーディンですら予測できなかった。
*
リタイア後、イッセーはすぐに花戒と共に送られた血液を再輸血されて回復した。今は車椅子に乗り、自販機で買ったスポ-ツドリンクを手土産に匙の見舞いに来ていた。大きい室内には今回のゲーム出場者が一堂に集められ、同時に治療とカウンセリングを受けていた。
ドリンクを手渡したあと、会話は出来ていない。匙の隣で安静にしているソーナ達に遠慮しているというのもあるが、さっきまでお互いに魂を賭けた戦いをしていたのだから急にいつもの関係に戻ると言うことが出来なかった。
ゲームそのものはリアスの勝ちだ。だが、彼女はその評価を下げた。戦力的に有利とされながら自戦力の半数を失い、しかも赤龍帝まで相手の策で失った。さらに起死回生の切っ掛けと決定打は本来部外者のダイスケだったということも響いた。もしこれが実戦なら冥界に大きな打撃になるとしてリアスの評価が見直されることになったのだ。
対してソーナは自身含め二人の獣転人の力を制限の中でよく運用したとして高い評価を得た。作戦は失敗だったが、個々の戦術の完成度が認められる結果となった。お互いにゲームの結果と評価が反転する結果となったのが今回のレーティング・ゲームとなったということだ。
そんな事情があれば楽しく歓談などという空気にはなれない。どうしても重たい空気になってしまう。
そんな中、ダイスケが口を開く。
「……まぁ、さ。今回はお互いに学ぶことがあったてことでいいんじゃね? 本来部外者の俺が言うのもなんだけど、お互い初の公式戦ギリギリでやってたんだから微妙な結果になるのも無理ないって。まぁ副会長さんたちはそういうことも言ってられない酷い結果になった訳だけど」
森羅以下三名にキッとダイスケは睨まれるが特に気にしない。
「今日はこの後みんなで慰労会でしょ? 反省は後にとっておいて今は出てくるごちそうを楽しみにしようぜ。何せリリアも頑張るって言ってたし。美味いんだぜ、リリアの手料理」
ダイスケの言うとおりだった。肉体の疲労が抜けきらない今、反省してもネガティブな考えしか浮かんでこない。ならば今すべきことは下手な反省や後悔ではなく、一つの戦いが終わったことに対する安心と安堵。常に緊張状態でいることなど、悪魔にだって健康に悪いのだから。
「あ、そうだ匙。会長さんの胸の声聞いちゃってごめ――」
「ん」の言葉と同時にイッセーの顔面に枕が叩き付けらる。投げたのは勿論匙だ。
「そうだよテメェ!! よくも会長にセクハラしてくれたな! 俺だって聞けるモンなら聞いてみたい!! 詳しく教え――」
「ろ」の言葉と同時に匙の頭上に氷の塊が落ちてくる。落としたのは勿論ソーナだ。
「……サ・ジ?」
「すいません、失言でした……」
急激に萎む匙の姿がツボに入ったのか、リアスがぷっ、っと笑う。それが徐々にベッドで横になる面々や生き残り組にも伝染し、一気に場の緊張が緩んだ。
「リアス、今回は作戦を破られましたが次回は必ず私の策で貴女を完封して見せます」
「望む所よ。私だって次は自分の力だけで貴女の巡らす策を看破してみせるわ」
お互いに次の決意表明を告げ合う。その表情はすでいつもの関係で見せるものに戻っていた。そこへ闖入者が入ってくる。
「ふぉっほっほっほ、悪魔どもは気に入らんが、若者同士の交わりは見ていて気持ちがいいわい。こればかりは種族と神話と越えて価値あるものと呼べる。そう思わんか、サーゼクス」
「全くです、オーディン様」
突然のことに部屋にいた面々が鳩が豆鉄砲をくらったようになった。現魔王がわざわざこの部屋に足を運んだというのも驚いたが、まさか北欧神話の主神、アスガルドの長にして魔術と知識と戦の神であるオーディンその人現れた。
当然事情を知っている者はカウンセリングの最中なのに立とうとしたり、重傷でベッドに寝ている者も無礼なのではないかと起き上がろうとする始末。あわわあわわと慌てふためく面々にオーディンは言う。
「いやいや、そのままで結構じゃよ。無理せんでいい。のう、サーゼクス」
「みんなは先程まで壮絶な戦いをしていた。今はその疲れと傷を癒やすときだ。私たちのせいで怪我が酷くなったら私たちの方が困ってしまう」
その言葉ようやく一同は落ち着きを取り直し、二柱に注目する形になる。
「そこの車椅子のが赤龍帝じゃったな。精進せいよ、若人よ。効率を求めるよりも、我武者羅になることが若者の成長には肝要じゃ。さすれば自ずと道は開ける」
「はぁ、どうも……」
目の前の隻眼の老人が何者なのか詳しく知らないイッセーにはそう答えるしかなかった。ただ、偉いであろうヒトに激励されたのだということで納得する。
「まぁ、北のジジイがなにか言っておった程度に覚えてくれればええわい。それで……この者だな、サーゼクス」
「はい。匙元士郎君、君に私からプレゼントがあるんだ」
そういってサーゼクスは懐から煌びやかな装飾が施された小箱を取り出す。そして開かれた小箱の中には一つのアクセサリー、いや、勲章が入っていた。
「これはゲーム内で特に印象的、そして優れた戦いを見せた者に贈られる勲章だ。ゲームのトップランカーですら滅多に下賜されないものだが……」
サーゼクスは言いながら勲章を取りだし、呆ける匙の胸に勲章を飾り付ける。
「君にはこれを受け取る資格がある。いや、是非受け取って欲しい」
「え、そん、まさか――い、いただけません! 俺は兵藤に負けたんです!! 貰う資格なんて――」
「充分にあるとも。誰もがあの一戦とその後の展開に息をのんだ。自分を卑下していけない。君も一誠君と同じように上を目指すことが出来る実力と精神がある。これを励みにしてほしいのだよ」
サーゼクスは匙の肩に手を置き、信頼の笑みを見せる。
「どれだけ時間をかけてもいい。君の目背す者を目指しなさい。君には、それが出来る。そしてそれは、きっと冥界の希望になるだろう」
先生になる。その夢を現魔王が背中を押してくれた。その事実に、匙の目頭は熱くなった。
「匙、受け取りなさい。受け取るべきです。その勲章は、きっと貴方の夢に向かう推進力になるのでしょうから」
ベッドに横たわるソーナは、感激で一雫をすでに流していた。そして、真っ先にイッセーが拍手する。それは徐々に広がり、いつの間にか部屋全体に伝わった。
「俺……俺……! あり、がとう……ございます!」
とうとう大粒の涙を流し、匙は勲章を受け入れた。
「儂からも賛辞を贈らせてくれい。お前さんはええ
「オーディン様は夜の繁華街でしょう? お付きの方々の胃を壊さないであげてください」
そう言いながら二柱は部屋を出て行こうとしたが、オーディンはダイスケの前で一旦立ち止まった。
「……なんです?」
「これはジジイのただの心配事じゃ。己の中の湧き出ようとするモノに注意せい。恐らく奴は――いや、奴
「は、はあ……」
「それだけじゃ。さーて、堕天使の綺麗どころが酒持って待っとるぞー」
ダイスケがその言葉の意味を理解するよりも早く、オーディンはサーゼクスと退出していった。
ただ、その言葉の意味はそれほど遠くない未来で詳しく、そして嫌というほど理解出来ることとなる。
はい、というわけでVS41でした。
最後くらいはすがすがしく終わりますよ。そして楽に勝つことなんて世の中そうそう無い。
そして実はかなり危ないところでした。果たして今回の誰の知らないところで起きていた最大クラスの危機は……近いうちに起こります。え? シン? いいえ、……それとは別の危機です。
なお、感想などもお待ちしております。いつでも待ってますのでどしどし送ってきてくださいね。皆様から頂く感想はオンタイセウの活力となります。
それではまた次回。いつになるかは分かりません!!