ようこそ人間讃歌の楽園へ 作:gigantus
「黛君、一緒にお昼を食べましょう」
衝撃のホームルームから授業を挟み、昼休みになると堀北が柚椰のところにきてそう言った。
彼女の発言にクラスの空気が固まる。
今まで女子が誘おうが素気無く断ってきたはずの堀北が自分から、それも男子を誘うという光景。
それは衝撃以外の何物でもなかったのだ。
「ま、まままマジかよ!?」
「堀北が誰かを昼飯に誘うなんて!?」
「もしかして綾小路君じゃなくて黛君狙いなの!?」
「まさかの三角関係!?」
男子も女子も今目の前で起こっていることを処理できていないのか混乱している。
「うん、いいよ。どうせなら綾小路も誘うかい?」
「彼は他の男子たちと食べるでしょう。それに……今日は貴方と二人きりがいいのだけれど」
「はぁぁぁぁぁ!?」
「黛の野郎、櫛田ちゃんと仲良いだけでなく堀北にまで手出してんのか!」
「堀北さん積極的~!」
「まさか櫛田さんも入れた四角関係ってこと!?」
堀北の爆弾発言にこれまで以上にざわつく野次馬たち。
男子は柚椰が櫛田だけでなく、堀北にも手を出していると思い込んでいる。
女子に至ってはドラマの観過ぎと言わざるを得ない妄想を爆発させている。
「んー、そうか。じゃあ行こうか。……聞きたいことがあるんだろう?」
「──! ……えぇ」
囁かれた最後の言葉に堀北は一瞬驚いたが、直ぐにいつも通りの涼しい表情で応じた。
彼女は柚椰の三歩後ろを歩く形で食堂へ向かう。
二人は足早に食券を買い、料理を受け取ると空いている席へと座る。
「それで、何が聞きたいのかな?」
堀北は真剣な顔で柚椰を見た。
「朝、貴方はクラスポイントの内訳からクラス分けの仕組みについて分析してたわよね? そのことについて詳しく話を聞きたいと思っていたの」
「なるほどね。その顔を見る限り、君は納得がいかないんだろう? 成績が良いにも関わらずDクラスに配属されたのは一体どうして、と」
「その通りよ。あの変人はともかくとして、高得点を取った私が何故Dなのか。貴方だって……満点、だったみたいだし」
堀北は心底悔しそうに柚椰を睨んだ。
「そういえば俺のほうが成績上だったわけだけど、友達お試し期間はどうする? 俺としては堀北とは今まで通り友達でいたいと思っているんだけど」
「そんなことは今どうでもいいでしょう。私が聞きたいのは──」
「友達なら何でも答えるんだけどな。残念だな」
堀北を遮るように、柚椰はわざとらしくそう言って笑った。
その小憎たらしい態度と笑顔により一層悔しさが募る堀北。
「くっ……! どうしても私を友人にしたいのね」
「どうする? 堀北が嫌で嫌で仕方ないというなら俺も無理強いはしないけど」
「別に嫌ではないわ……黛君のことは……少なくとも他の人よりは良く思っているわよ」
目を逸らしながら堀北はポソリとつぶやいた。
彼女はそのままチラチラと柚椰を見ていたが、やがて大きく咳払いをするとキリリとした表情を作った。
「いいわ。黛君、貴方を私の初めての友人にしてあげる」
言葉は上からだったが、それは照れ隠しであると柚椰は察した。
だからこそ、彼女の了承の旨に笑顔を以って応えた。
「うん、じゃあこれからもよろしく」
「それで、先の話に戻ってもいいかしら?」
堀北はさっさと本題に戻りたいようだ。
「あぁ、テストの出来がいい。つまり学力優秀なのに何故Dなのかという話だね。簡単な話だよ。学校が計っている実力は、勉強の良し悪しだけではないということさ」
「どういうことかしら? 学校というのは勉強するところでしょう。なら普通に考えて、勉強の出来る人間が即ち優秀であるはずよ」
堀北は一般常識と照らし合わせて反論する。
「ここは国が運営している学校だよ? そして優秀な学生を育成して輩出すると豪語している。世間で言う優秀な人間というのはどんな奴だろう? 勉強は出来るが他人とロクに付き合うことも出来ない世間知らずかな?」
「もしかして、今私は喧嘩を売られているのかしら?」
暗に自分のことを言われたと思ったのか、堀北は怖い顔で柚椰を睨みつけた。
「別に君のことを言っているわけじゃないよ。現に俺とは友達だろう?」
「……そうね、成り行きだけれどね」
悪意が無いと分かったからか、堀北は一旦矛を収めた。
「話を戻すが、優秀な人間とはどういう人間か。勉強はロクに出来ないくせに政界や大企業の大物と親交がある奴か。スポーツに秀でてはいても勉強はからっきしの奴か。逆に勉強は出来ても運動はからっきしの奴か。良い大学を出ていても論理的な思考も出来ず、ただ感情論を並べ立てる奴が優秀か。品行方正、文武両道ではあるが、他人を虐めることに悦を感じる奴が優秀か。総じて何かプラスはあってもそれと同等のマイナスもある。恐らくこの学校が言う優秀な人間というのはマイナスが少ないか、あるいは無い。勉強も運動も、ちゃんと考える頭も、そして協調性もある人間。言ってしまえば、この学校は
「そんなこと……」
「ない、と言い切れるかい? 中学レベルの問題すら赤を取る奴が高校に、それも国が運営するここに入れると思うかい? 何か別の評価基準があると考えるのがベターだろう」
二人の脳裏に浮かぶのは今朝発表された小テストで赤点を取った生徒たち。
どの生徒にも共通して言えるのは、高校受験を突破した人間とは思えないほどの馬鹿だということだ。
「……それでも私は納得できないわ」
堀北はそれでも今の現状を受け入れることは出来ないようだ。
彼女は自分が優秀であることに自負があるのだろう。
(優秀であること、Aクラスであることに固執する
堀北の表情から柚椰は彼女が何かに拘っていることを見抜いた。
恐らく彼女は自分が不出来であると認定されることを極端に恐れている。
誰だって自分が出来損ないだと言われれば嫌な思いをするだろう。
しかし彼女の場合はそれが特に顕著だ。
不快を通り越して怯えや恐怖といった感情にまで及んでいる。
そうなるまでには
「放課後にでも茶柱先生の所に抗議に行ってくるわ」
「そうか、まぁ納得するしないは君の気持ちの問題だからね。別に止めはしないよ」
「そう……」
短くそう返した堀北だったが、その表情はどこか穏やかだった。
「さて、いい加減食べようか。ご飯が冷めてしまう」
「そうね、いただきましょう」
二人は揃って手を合わせると、いそいそと箸を進め始めた。
料理をちょうど食べ終えた頃に再び堀北が話しかけた。
「話は変わるけれど黛君、ポイントはどれくらい残ってる?」
「あぁ、今月収入ゼロだからね。堀北はどんな感じだい?」
「食事は自炊を心がけているし、無駄遣いはしないようにしているわ。だから先月のポイントも半分以上は残ってる。それで、黛君は?」
「あぁ、はい」
堀北に尋ねられた柚椰はポケットから取り出した端末を彼女に差し出した。
彼女が画面を覗き込むと、そこには学生証として柚椰の顔と名前、所属クラス。
そして現在のプライベートポイントが表示されていた。
その数値を見た堀北は思わず固まった。
口をポカンと開け静止する姿は、普段の彼女とのギャップが酷いことになっている。
「な、にこれ……?」
「だから俺の今のプライベートポイント」
「じゃなくて! この額はなんなのって聞いてるのよ!」
驚きのあまり思わず大声を出す堀北。
食堂でそんな声を出せば嫌でも人目を惹く。
周囲からの視線に我に返ったのか、堀北はコホンと一つ咳をした。
そして周囲を気にしながら今度は小声で再度尋ねた。
「なんでこんなにポイントが多いのよ!? 一体なにをしたの!?」
「賭け試合をやっている部活に毎週道場破りしていったらそうなったんだ」
「道場破りって貴方……」
奇想天外な方法に堀北は頭を抱えた。
「チェス部で55万、囲碁部で60万、将棋部で80万。遊戯部でのポーカーで200万、ダーツ部で120万。結果、締めて515万ポイントってことさ」
カラカラと笑いながら、柚椰は現在のポイントの内訳を教えた。
1年生の、それもまだ1ヵ月しか経っていない中で柚椰のポイント額は異常と言っていいだろう。
「そ、そんなに稼げるものなの……?」
常識外れの数字のオンパレードに堀北は少し引いていた。
「最初は5万とかで始めていたんだけどね。4月の最終週頃は所有額の半分や全額を賭けていたからこうなったのさ」
「全額って……」
勝負に負ければプライベートポイントはもれなく0。
今で言うDクラスの状態になるわけだ。
そんな危ない賭けをしてきたと平気で語る柚椰が堀北には理解できなかった。
「ポイントが入る者にとってはボロ負けではあっても無一文になるわけじゃないからね。仮に負けたとしても、次の月で負けを取り返せばいいという思考があったんだろう。驚くほど簡単に乗ってきてくれたよ。まぁ、俺は今月貰えるポイントが0だから負けたら完全にアウトだったけどね」
「笑い事じゃないわよ……」
他人の事ながら冷や汗をかく堀北。
やはり彼女も根は優しいのだろう。
「まぁまぁ、勝ったんだから結果オーライじゃないか。なにかあったときのためにポイントは蓄えておいて損は無い」
「蓄えると言っても限度があるでしょうに……そんなに稼いでどうするのよ」
「堀北とのデート費用とかかな?」
「デートはお断りするけれど、奢らせるのは悪くないわね……そこまで稼いでいるなら心は痛まないし」
「君のそういう遠慮ないところ、俺は結構好きだよ?」
「褒め言葉として受け取っておくわ」
その後も二人は軽口を楽しみながら昼休みを過乗って来てくれた
「しかし、先生の呼び出しってなんだろうね?」
「さぁ、俺はなんとも。これといって身に覚えはないが」
放課後、柚椰と綾小路は職員室へ行くために廊下を歩いていた。
先ほど校内放送で二人が名指しで呼び出されたためだ。
二人とも、呼び出されるようなことはこれといって心当たりがない。
しかし先生の呼び出しとあれば行かないわけにはいかず、こうして向かっているのだ。
「成績優秀者の黛ならともかく、俺が呼び出されるとは思わなかったんだが」
「流石に小テストが良かったくらいで呼び出したりはしないだろう」
職員室に到着した二人は扉を開け、呼び出した張本人を探した。
しかし室内に件の人物はいない。
柚椰はとりあえず他に唯一関わりのある先生に声をかけた。
「星之宮先生、茶柱先生はいますか?」
「え、あっ、ゆ、黛君。今日はどうしたの?」
声をかけられた星之宮先生は少しどもりながらも用件を尋ねた。
「俺たち二人、茶柱先生に呼ばれたんですけど」
柚椰がそう言うと、星之宮先生はキョロキョロと職員室を見回した。
「あれー? さっきまでいたんだけどなー。多分すぐ戻ってくると思うし中で待ってたらどう?」
「だって。どうする綾小路?」
先生からの提案を受け、柚椰は隣にいる綾小路に話を振った。
「いや、俺は廊下で待ってます」
どうやら綾小路は職員室という空間が苦手なのか、ここで待つということにあまりいい顔をしていない。
「じゃあ俺もそうするか。先生、俺たち廊下にいるので」
そう言い残し、二人は職員室を出て廊下に待機した。
「あーん待ってよ~、せっかくなんだからお話しましょうよ」
二人が廊下にいると、何故か星之宮先生まで廊下に出てきた。
「この前、黛君とは真面目な話しかしてなかったし。それに……」
星之宮先生は綾小路を頭からつま先までじっくり見た。
「先生、キミともお話してみたいな。名前は?」
「綾小路、ですけど」
視線から逃れるように綾小路は顔を逸らしながらそう答えた。
その反応がお気に召したのか星之宮先生はニンマリと笑う。
「綾小路君かぁ~、黛君もだけど二人して格好いいわね~モテるでしょ?」
「いや、別に俺モテないっすから」
「俺も友達は多いけど彼女はいませんね」
綾小路と柚椰各々反応を示す。
「意外だな~私が生徒だったら二人とも放っておかないのに~」
「私の生徒に何をしているんだお前は」
いつの間にか戻ってきていた茶柱先生が手に持ったクリップボードで星之宮先生の頭を叩いた。
結構な力で叩いたのか、かなりいい音が廊下に響く。
「いった~い! 何するの!」
「お前が二人で遊んでいるからだ」
「佐枝ちゃんがどっか行っちゃうから私が相手してあげてただけなのに~」
「わざわざお前まで廊下に出ることはないだろうが。二人とも待たせたな、とりあえず生活指導室まで来てくれ」
手短にそう伝えると茶柱先生はスタスタと歩き始めた。
それを追うように二人もまた歩き始める。
しかし二人のさらに後ろから、星之宮先生がニコニコしながらついてきた。
「お前はついてくるな」
「なんで~? 別に減るもんじゃないしいいじゃない。そ・れ・に、二人が一体どんな用件で呼び出されたのか気になるなぁ~」
笑顔を崩さずに星之宮先生はそう言った。
茶柱先生はそんな彼女を射殺すように睨みつけている。
「もしかして、佐枝ちゃん下克上とか狙っちゃってる?」
「バカを言え。そんなこと無理に決まっているだろ」
「だよね~佐枝ちゃんには出来っこないよね~」
張り詰めた空気が二人の間に広がっている。
二人が暫し無言で見合っていると、一人の女子生徒がトコトコをこちらに歩いてきた。
「星之宮先生、少しお時間よろしいでしょうか? 生徒会の件でお話があります」
女生徒は一瞬、綾小路と柚椰を見遣ったがすぐに視線を逸らした。
「ほら、呼ばれているぞ。さっさと行け」
これ幸いと茶柱先生はクリップボードで星之宮先生の今度は尻を引っ叩いた。
「も~佐枝ちゃんのいけず~。またね二人とも。じゃあ一之瀬さん、職員室で話聞くわ」
素直に諦めて星之宮先生は一之瀬と呼ばれた女生徒を連れて職員室に戻っていった。
それを見送った後、茶柱先生は再び歩き出した。
程なくして指導室の前まで来ると、彼女はサッサと中へと入っていった。
「で、何なんですか、俺たちを呼んだ理由って」
部屋に入ると早速綾小路が本題に入るよう促した。
「それについてだが……二人ともこっちに来てくれないか?」
茶柱先生は指導室の中にあるドアを開いてそこへと促した。
そこは給湯室になっているようでコンロやヤカンなどが置かれていた。
「茶でも沸かせばいいんですかね? ほうじ茶でいいですか?」
「綾小路、俺はコーヒーがいいな」
「余計なことはしなくていい。それと黛は寛ごうとするな」
気を利かせようとする綾小路と、自由過ぎる柚椰に茶柱先生はツッコミをいれる。
「お前たちに許されているのは、私が出て来て良いというまでこの部屋で物音一つ立てず静かにしていることだ。勝手に出たり、この部屋で騒ごうものなら問答無用で退学だ。いいな?」
茶柱先生は早口でそう言い終えると給湯室を出てドアを閉めてしまった。
何がなんだか分からないまま、二人は言われた通りに静かにしていた。
しばらくすると指導室のドアが開く音が二人の耳に入ってきた。
「まぁ入ってくれ。それで、私に話とは何だ? 堀北」
「堀北?」
「(あぁ、昼に言っていたやつか)」
扉を通して聞こえてきた名前に綾小路は眉をひそめる。
既に心当たりがあった柚椰は黙って会話に耳を傾け始めた。
「率直にお聞きします。何故私がDクラスに配属されたのでしょうか」
「本当に率直だな」
「先生は今朝、優秀な人間から順にAクラスに選ばれたと仰いました。そしてDクラスは落ちこぼれが集まる最後の砦だと」
「事実だ。どうやらお前は自分が優秀な人間だと思っているようだな」
「入学試験は殆ど解けたと自負しています。面接でも、大きなミスを犯した記憶はありません。少なくとも、Dクラスになる理由が私には分かりません」
堀北は入学試験で確かな結果を残したという自負があるのだろう。
それは驕りではなく、確かな自信として。
「そうか、ならちょうどここにその入試問題の結果があるから見てみよう」
「用意周到ですね……まるでこうなると分かっていたようです」
「教師として、生徒の性格はある程度理解しているつもりなのでな。堀北鈴音。お前の見立て通り今年の1年の中でその結果は3位だ。実に優秀、十分過ぎる結果だ。面接でも問題点はこれといって見つかっていない寧ろ高評価だ」
「ありがとうございます。では何故ですか?」
「お前はDクラスであることが不満か?」
質問を質問で返されたことに堀北は顔を顰める。
「正当に評価されない状況を喜ぶ人間はいません。ましてこの学校ではクラスによって将来が大きく左右されるのですから当然です」
「お前は随分と自己評価が高いんだな」
茶柱先生は失笑した。
「お前の学力が秀でていることは認めよう。だけどな、学力に優れた者が優秀なクラスに入れると誰が決めた? 学校はそんなことは一度も言っていない」
「(やっぱり黛君の言う通り、何か別の基準があるの?)」
堀北の脳裏には、昼に柚椰が言っていた内容が浮かんでいた。
「確かに勉強が出来ることは一つのステータスだ。だがそれだけで上のクラスに配属されると思ったら大間違いだ。それに正当に評価されない状況を喜ぶ者はいないと決め付けるのは早計だな。Aクラスというのは学校からのプレッシャーが強い。そして下のクラスからの妬みもな。日々重いプレッシャーの中で生活するというのは存外大変なものだ。それに、中には正当に評価されないことを良しとする者さえいる」
「まさか、そんな人間がいるなんて理解できません」
「そうか? 我がDクラスにもいると思うがね。低いレベルのクラスに割り当てられて喜んでいる変わり者がな」
心当たりがあるのか茶柱先生は含みのあることを言う。
「説明になっていません。私がDクラスに配属されたのが事実かどうか。採点基準が間違っていないかどうか再度確認をお願いします」
「残念だがお前がDクラスであることは揺るがざる事実だ。お前はDクラスになるべくしてなった。それだけだ」
「……」
「悲観せずともAクラスに上がる可能性はゼロではないぞ」
「未熟な者が集まるDクラスが、どうやってAクラスになれるというのですか?」
「無謀だが不可能ではない道のりを選ぶかどうかはお前たちの自由だ。しかし、お前は何故Aクラスに上がることにそこまで拘る?」
「それは……」
言いたくない事柄なのか、堀北は言葉に詰まった。
「言いたくなければそれでいい。話は終わりか?」
「今日のところは失礼します。ですが、まだ納得していないことは覚えておいてください」
そう言って椅子から立ち上がると、堀北は部屋を出て行こうとした。
「あぁ、少し待て。そういえば指導室にまだもう二人呼んでいたんだった。お前にも関係のある人物だぞ」
茶柱先生のその言葉に、堀北は誰か特定の人物が見当たったのか目を見開いた。
「! まさか……兄さ──」
「出て来い綾小路、黛」
「ねぇ、綾小路。俺たち凄いお呼びじゃない感じがしないか?」
「奇遇だな黛、俺も同じことを思っていた」
二人はそんなことを言いながら給湯室から出てきた。
予想外の人物の登場に堀北は戸惑っている。
「……二人とも聞いてたの?」
「聞こえてきた、が正解だけどな」
「茶柱先生が黙って待機してろとだけ言って出て行ってしまってね。許してほしいな」
堀北の問いに綾小路と柚椰はそう答えた。
「先生、何故このようなことを?」
この状況が予定調和と理解できたのか、堀北は大層ご立腹といった様子だ。
彼女からの恨みがましい視線に対して茶柱先生は至って涼しげだった。
「必要なことだと判断したまでだ。さて、いい加減お前たち二人を呼び出した訳を話そうか」
「私はこれで失礼します」
最早自分が居る意味はないと判断した堀北が部屋を出ようとする。
「まぁ待て堀北。聞いておいた方がお前のためにもなる。Aクラスに上がるためのヒントになるかもしれんぞ?」
「手短にお願いします」
あっさり釣られた堀北に茶柱先生はニヤリと笑った。
先生は堀北が椅子に座りなおしたのを確認すると、さっそく本題に入った。
「さて、まずは綾小路からだ。随分と面白い奴だよお前は」
「先生の苗字に比べれば面白くもなんともないですよ俺は」
「全国の茶柱さんに謝れ、馬鹿者が」
呆れたように茶柱先生はそう言うと、クリップボードから外した紙を一枚一枚机に並べた。
それらはここに居る一年生には酷く見覚えのあるもの。
この学校の入試問題だ。
「入試問題の結果は5教科全て50点。加えて今回の小テストでも同じく50点。これは一体何を意味するか分かるか?」
堀北は驚いた様子でテスト用紙と綾小路を交互に見ていた。
しかし当の綾小路はなんてことはないと言いたげに肩をすくめた。
「偶然って怖いっスね」
「ほう? あくまでも偶然全ての結果が50点になったと? 意図的だろうに」
「偶然ですよ。証拠は無いでしょう。そもそも、点数を操作して何の得があるんですか?」
はぐらかすような態度を取る綾小路に茶柱先生は深くため息をつく。
「憎たらしい生徒だなお前は……黛、お前はどう思う?」
茶柱先生は別の切り口から攻めようと思ったのか、今度は柚椰に話を振った。
尋ねられた柚椰は机に置かれている綾小路の答案をズラッと見た。
「ふむ、正答率の低い問題を軒並みクリアして、比較的簡単な問題を間違っている。特に数学に関しては終盤の難問が出来てるのに序盤のが出来ていない。積み重ねの科目である数学でこれは少し違和感がありますね」
数学の答案を指して、柚椰は正直な見解を述べた。
茶柱先生も同じことを言おうとしたのか、どうだ? と言いたげに綾小路を見る。
「たまたまですよ。別に実は天才だったとか、俺にそんな設定はないです」
「どうだかな。私に言わせれば、お前は望んでDクラスに配属された稀な生徒。優秀であることを周りに悟らせたくないかのように見える」
その口ぶりは、まるでそうであると確信しているかのようだ。
「買いかぶりですよ。俺はDになるべくしてなった。それでいいじゃないですか」
「ふん、今はそういうことにしておこう。では、次はお前だ黛」
このまま追求しても意味が無いと判断したのか、茶柱先生は今度は柚椰について話題を移した。
再びクリップボードから紙を複数枚取り出し、机の上に並べられていく。
「お前の場合は綾小路とは真逆。5教科全て100点。そして小テストでも100点。結果、文句なしの入学首席。ここまで来るといっそ清清しいな」
「嘘……」
答案一枚一枚を見て堀北は呆然としていた。
どの答案も全ての解答欄に丸が付けられている。
それは結果が満点であることの証明だ。
「たまたまですよ……って俺も言ったほうがいいですか?」
「その場合、私より先に堀北がお前に飛びかかるかもしれんぞ」
「あ、それは嫌ですね、堀北とは友達なので。頑張って勉強しました。そして無事に満点取れました。以上です」
茶柱先生の忠告を受け、柚椰はあっさり折れた。
「フッ、その言い訳はそれはそれで堀北の顰蹙を買うぞ? 見てみろ」
言われた通りに柚椰が堀北のほうを見ると、そこには悔しそうに、恨めしそうに睨む彼女の姿があった。
「もしかして怒っているのかな?」
「怒ってないわ。えぇ、別に。黛君が私より遥かに上だったからといって、だからどうということはないわよ」
「女が怒ってないって言ってるときは怒ってるサインらしいぞ黛」
「綾小路君は黙っていてくれないかしら? うっかり刺してしまいそうだわ」
「一体何で刺すんだよ……」
茶々を入れてきた綾小路に八つ当たりとも言える暴言が浴びせかけられる。
物騒な発言に綾小路は思わずつっこんだ。
「黛に関しては特に言うことはない。引き続いて頑張れ。さて、私はもう行く。お前たちもさっさと出ろ」
そう言うと、茶柱先生は3人を廊下につまみ出した。
「……じゃあ、帰るか」
もうここに居る意味は無いと綾小路はそそくさと帰ろうとした。
「だね、堀北も帰ろう」
「二人とも待って」
堀北が帰ろうとする二人を呼び止めた。
柚椰は言われた通り立ち止まったが、綾小路は歩く脚を止めない。
しかし諦めず堀北は早歩きで綾小路を追いかけた。
それを追う様に柚椰もまた二人を追いかける。
「さっきの点数、本当に偶然なの?」
堀北が聞きたいのは綾小路の入試成績のことのようだ。
「当事者がそう言ってるだろ。それとも、何か証拠でもあるのか?」
「根拠はないけれど、それでも違和感があることに変わりは無いわ。それに、貴方はAクラスにも興味がなさそうだし」
「それは黛だってそうだろ」
「俺? んー、俺は上がれるならそれもアリかな」
話を振られた柚椰はカラカラと笑いながらそう答えた。
望む返答を得られなかったからか綾小路はため息をつく。
「堀北こそ、Aクラスに随分と拘るんだな」
「いけないかしら? 進路を有利にするために頑張ることが」
「別に、自然なことだろ」
「私はこの学校に入学して、ただ卒業すればゴールだと思っていたわ。でも実際はまだスタートラインにすら立てていなかった」
そう語る堀北は屈辱と言わんばかりに顔を歪めていた。
「堀北、君はAクラスに上がりたいかい?」
彼女にそう尋ねたのは柚椰だった。
「当然じゃない。必ず上がってみせるわ」
「言うまでもないけど、クラスの大半はその志はおろか学生生活すらロクに出来なかった奴だよ? たった1ヵ月でクラスポイント全部ドブに捨てるような者ばかりだ」
「結構辛辣だなお前……」
柚椰の歯に衣着せない物言いに綾小路は乾いた笑いを漏らす。
「分かってるわ。それでもやるしかないじゃない」
「それが例え茨の道でも、かい?」
「えぇ」
堀北の躊躇いのない返答。
そして彼女の力強い眼差しを柚椰は
彼女の瞳に宿るのは強い覚悟。
例え過酷な道のりであろうと、己が本願のために踏破しようとする勇気だった。
「(まだ蕾だが、いずれ大輪の花を咲かせるかもしれない……美しいな)」
堀北鈴音という人間の示した勇気と覚悟。
それは酷く未熟であるが、同時にとても美しい。
少なくともこのとき、柚椰は彼女に感じ入っていた。
故に彼女へかける言葉は一つだった。
「分かった。俺も協力するよ」
「──! 本当?」
柚椰の言葉に堀北は目を輝かせた。
「うん、どうやら本気みたいだからね。協力は惜しまないよ」
「ありがとう……貴方が協力してくれるなら心強いわ」
堀北も柚椰が有能であることは今日一日で十分理解しているのか、協力を得られたことに喜んでいる。
「それで? 綾小路はどうするんだい?」
「黛がいるなら俺は必要ないだろ」
「そんなことはないわ。戦う上で歩兵は必要だもの」
「俺は歩兵かよ……」
堀北からの扱いに綾小路は思わずつっこんだ。
「じゃあ綾小路も協力してくれるってことで」
「そうね、綾小路君ならそう言ってくれると信じてたわ」
「一言も言ってねぇよ!?」
決定事項と言わんばかりに事を進める二人。
最早拒否権などないようなものである。
「じゃあ、なにか考えが纏まったら連絡して」
ごねる綾小路を他所に、柚椰はそう言って帰ろうとする。
「……ねぇ、黛君」
しかし、再び堀北が彼を呼び止めた。
「ん、どうしたんだい?」
脚を止め、振り返りながら柚椰は聞き返した。
「昼に言ってたわよね? この学校の優秀の定義について。勉強だけじゃAクラスにはなれない。勉強も運動も、考える頭も、協調性も必要だって」
「あぁ、言ったね」
「……じゃあ貴方はどうなの? 勉強に関しては悔しいけど私より優れてる。運動だって優れていることは水泳の授業のときに分かった。分析する力もあるし、協調性だって十分あると私は思ってる。なのに、どうして貴方はDクラスにいるの?」
堀北の疑問は尤もだった。
先の分析の結果に鑑みると、柚椰は全てのステータスにおいて高水準だ。
特別何かが欠けているとは彼女には考えられなかった。
にも関わらず、黛柚椰はDクラスとして、不良品として扱われている。
その矛盾に疑問を抱かずにはいられなかったのだ。
「んー、そうだね……」
柚椰はそこで一旦黙ると、堀北へ近づいていった。
「それは、君がもう少し俺と仲良くなったら教えるよ」
そう言って柚椰は右手の人差し指で堀北の左頬をツンとつついた。
名前:黛柚椰(マユズミユウヤ)
クラス:1-D
学籍番号S01T004788
部活動:無所属
誕生日:11月24日(射手座)
身長:178センチ
体重:65キロ
─評価─
学力:A
知性:A+
判断力:A+
身体能力:A
協調性:B
《面接官からのコメント》
筆記試験は全教科満点。学力、身体能力共に秀でており、能力値に関して言えば文句なしのAクラス候補である。
面接時の態度も可もなく不可もなくといったところ。
中学ではムードメーカー的存在であり、学級委員ではないもののクラス纏め役として一役買っていたらしい。
(以下現在閲覧不可)