ようこそ人間讃歌の楽園へ 作:gigantus
放課後、Dクラスの面々は各々行動を開始した。
大多数の人間は中間テストに向けた勉強会に参加するために平田の元へ集まっていく。
そして彼らの輪に入ろうとしなかった池と山内、そして沖谷は綾小路と堀北のところへ行った。
しかしごく僅か、そのどちらの輪にも入り込むことを躊躇うあまり勉強会に参加しない者もいた。
彼らは独学でなんとか乗り切ろうとしているのだろう。
テストの不安よりも、大勢の人間の中に溶け込むことの方が彼らにとってはストレスを感じるのだ。
結果、彼らは足早に教室を出ていった。
その光景を、綾小路たちは遠目から見ていた。
「やっぱり漏れる奴らはいるか……」
「うん、そうだね……出来ればあの子達も一緒に勉強できればいいんだけど」
綾小路がボソッとつぶやいたのを櫛田が拾った。
「いいっていいって! どうせ自分の力でなんとかするだろ?」
「だな、それよか俺らは堀北ちゃんや櫛田ちゃんに教わってガシガシ勉強して良い点取ろうぜ!」
池と山内は昼休みに櫛田から提示されたご褒美で完全にやる気になっているようだ。
結果、昨日とは別人のように勉強に対して意欲を示している。
「俺も教えるんだが……」
ナチュラルに省かれていることに綾小路がツッコミを入れる。
「大丈夫だ綾小路、俺は君の味方だよ」
柚椰がニコニコしながらフォローした。
「ところで池君、山内君、結局須藤君は説得できたのかしら?」
「あー、それね……」
「見ての通りだよ」
堀北に問われた2人は疲れたような顔で一点を指差した。
そこにはいそいそとカバンに荷物を詰めて教室を出て行く須藤の姿があった。
「ご覧の通り、説得は無理だったって訳」
「自分にはバスケがあるから勉強なんていい、ってさ。バスケバカって言うよりは意地張ってるだけだなありゃ」
「で、でも須藤君だって赤点取ったらバスケットどころじゃないって分かってるはずだよ? なのにどうして……?」
「櫛田ちゃん、俺らは櫛田ちゃんのご褒美が欲しくて勉強する気になるような単純な奴だけどさ、アイツの気持ちも分からんでもないのよ」
「あぁ。アイツ、マジでバスケでプロになろうとしてるからな。バスケ部の奴らに置いてかれるかもっていう焦りもあるだろうし、勿論勉強への不安もある。多分今アイツは、自分でもどうすりゃいいか分かってねぇんだと思う」
櫛田が漏らした疑問の声に池と山内は各々持論を述べた。
それは彼らが須藤の友達だからこその発言だった。
同じ赤点組同士通じ合うものがあるのだろう。
「放課後勉強しなくてもいいって言われても……?」
「男の意地なんだろうな〜いや、熱いね〜」
「つーか、マジであのガタイでツンデレとか誰得だっつの」
しょうがない奴だと言いたげに2人は笑った。
2人にとって須藤は大切な仲間なのだろう。
しかし状況は決して楽観視できるものではない。
「だが、このまま手を拱いていると本当に須藤はボーダーを割ることになるぞ」
「そうね……黛君、例の作戦はいつ決行するのかしら?」
「そうだね、彼の部活終わりにでもやるとしよう」
堀北に聞かれた柚椰はカラカラと笑いながら答えた。
そのやりとりに池と山内は首を傾げる。
「作戦?」
「なんだ、黛はなんか考えてんのか?」
「私も聞きたいなっ」
櫛田もまた、未だ聞かされていない柚椰の作戦とやらに興味津々といった様子だ。
「部活終わりに話し合いに行ってくるだけだよ。まぁ、難航したら強硬手段に出るけど、っと──じゃあ俺はちょっと行くところがあるから」
柚椰はそう言うと鞄を肩に掛けて椅子から立ち上がった。
「えっ、行っちゃうの?」
まさか出て行くとは思わなかったのか櫛田はキョトンとしている。
「勉強会は須藤が参加すると決まってからだからね、そうだろう堀北?」
堀北はその問いに頷く。
「そうね、先に始めてしまうことも勿論出来るわ。けれど、本格的にやるからにはやっぱり足並みを揃えて事に向かったほうがいいわ」
「堀北から足並みを揃えるなんて言葉が出るとは……」
「綾小路君、余計な茶々入れはしないでくれないかしら? 今のは言葉の綾よ」
「まぁそういうわけだから、池たちも今日は自由に過ごしていて構わないよ。遊びに行ってもいいし、3人に初歩的なことだったら教わって勉強しておくのもアリだよ?」
柚椰にそう言われた池と山内は目を輝かせて櫛田に群がった。
「マジで? じゃあじゃあ、早速櫛田ちゃん教えて!」
「だな。先に知識蓄えて、後で来やがった須藤の奴をビビらせてやろうぜ!」
どうやら2人は完全にスイッチが入っているようだ。
遊びに行ってもいいと言われているにも関わらず、迷うことなく勉強を選択した。
ご褒美云々もそうだが、彼らは須藤がいずれこちらに加わると信じているのだろう。
だからこそ、彼が参加したときに少しでも驚かせてやろうと考えているのだ。
2人に詰め寄られて櫛田はオロオロしている。
その光景を綾小路たちは傍観していた。
「櫛田効果は絶大だったな」
「それもそうだけど、1番は2人が須藤を信じているからだろうね」
「友情ってことかしら? ……私には分かりかねるわね」
「そうかな? 堀北なら分かると思うけど。勿論、綾小路も」
柚椰にそう問われた2人は首を傾げた。
「だって二人とも、俺が須藤を連れてくると信じてくれているだろう?」
「──! そうね、確かに」
「あぁ、お前ならなんとかなるって俺も信じてる」
2人は微笑みながら同意した。
そして柚椰もまた、彼らの信頼に応えるように笑顔を浮かべる。
「ありがとう、じゃあ後は任せるよ」
「何処へ行くのかしら?」
「ふふっ、ちょっと今後のための下準備、かな?」
堀北の問いにはぐらかすように答えながら柚椰は教室を出ていった。
その後ろ姿を見送りながら堀北と綾小路は先の柚椰の発言を振り返った。
「下準備ってどういうことかしらね?」
「普通に考えれば、テストに向けて何か仕込もうとしてるってことだろ。あるいは、Aクラスに上がるために何か情報を集めてるのか。どっちかだな」
「つくづく侮れないわね黛君は。同じクラスで良かったわ」
「同感だな。上のクラスに居たら厄介な敵になってたかもな」
2人は柚椰の有能さに感心する反面、彼が敵に回らなかったことに胸を撫で下ろした。
教室を出た柚椰は悠々と廊下を歩いていた。
彼が向かう先は、これからのための仕込みを行う上で必要な相手が居る場所。
(情報は得た。あとは
生徒会長から全生徒の情報は午後の授業の休み時間に端末に送られてきていた。
柚椰はそれに目を通し、声をかける生徒を既に選出していたのだ。
これから会うのはまず1人目、1番交渉の成功率が高い相手だ。
件の生徒が居たのは図書室だった。
彼はテーブルの一角に腰掛け、机に教科書とノートを広げている。
誰がどう見ても勉強中といった様子だ。
「2-D、後藤先輩ですよね?」
「は? ……誰だお前」
柚椰に声をかけられたその男子生徒は鬱陶しげに顔を上げて応対した。
勉強に集中していた所為か、その声色は少し不機嫌だった。
「初めまして、1-Dの黛です。隣いいですか?」
「好きにしろよ。っつーかお前、あの噂のDクラスなんだな」
先輩から了承を得ると、柚椰は隣の席に腰掛けた。
柚椰がDクラスと名乗ったことで、先輩は少し柔らかい声になった。
学年は違えど、同じDクラスという事に仲間意識を感じたのだろう。
加えて、先輩が口にした噂という単語。
それは柚椰のクラスがクラスポイントを0にしたという噂のことを指している。
先輩は柚椰に同情半分、憐れみ半分といった表情を向けていた。
「えぇ、僅か1ヶ月でクラスポイント全部失った酷いクラスですよ。真面目にやってた俺からしたらふざけるなって話ですけどね」
「同感だな。真面目にやってる人間が馬鹿を見るなんて間違ってる」
「それは
「──!?」
どうしてそれを、と言わんばかりに先輩の目が見開かれた。
「知っていますよ。後藤先輩のことをクラスに聞きに行ったら、その先輩が言ってたんです。『Dクラスのくせに真面目に勉強してるガリ勉野郎』とね」
「アイツら……!!」
柚椰が口にした情報に先輩は怒りを露にした。
勿論これは柚椰がついた嘘だ。
あえて神経を逆撫でするようなことを言う事で、彼のコンプレックスを浮き彫りにするために。
「後藤先輩からしたら向上心もない、真面目さの欠片もないクラスの奴らこそふざけてますよね。将来のために必死に勉強しても、クラスメイトの所為でDクラスから一向に上がれないんですから」
「あぁ……! アイツら、自分には才能がないだの勉強は無理だの弱音吐きやがって。挙句、今が楽しければどうでもいいだのと抜かしやがった。俺はアイツらとは違って明確な目標がある。そしてそれを目指すために本気で勉強してんだ! それなのに、馬鹿共の所為で俺は他のクラスの奴らにDクラスって馬鹿にされてんだよ」
「立派ですね。本来学生は後藤先輩のようにあるべきです。学生の本分は勉強、なんですから」
「その通りだ。学生が勉強するのは当たり前だ。俺は当たり前のことを当たり前にやってるだけなのに、どうして馬鹿にされなきゃいけないんだ!」
柚椰と話しながら先輩はどんどん怒りのボルテージを上げていく。
彼の怒りの矛先は勿論同じクラスの人間たちだ。
「俺も先輩の気持ちは分かりますよ。寧ろ俺のクラスの方が状況としては最悪です。遅刻も私語もし放題。授業中に携帯を弄るのなんて日常茶飯事ですよ」
これも嘘だ。
今現在、Dクラスは皆行動を改め、真面目に学校生活を送っている。
しかし、敢えて状況を悪く伝えることで相手の同情を買うという作戦だ。
「酷いなそれは……少し同情する」
結果、案の定先輩は柚椰に対して同情するような目を向けている。
その表情を見て、柚椰は釣れたと確信した故に交渉に入った。
「そこで、同じ志を持って勉強に取り組んでいる先輩を見込んでお願いがあるんです」
「なんだ? 言ってみろ」
「1年生のときに受けたテストの過去問を譲ってはくれませんか?」
そう言うと先輩は少し考え込んだ。
しかし嫌な顔はしていないため柚椰はさらにごり押す。
「勿論タダでとは言いません。それ相応のポイントはお支払いしますよ。先輩も、馬鹿な奴らの所為でポイントにお困りでしょう?」
「うぅむ……確かにそうだな」
柚椰の誘惑に先輩は大きく揺れた。
確かに柚椰の言う通り、彼はポイントには困っている。
いくら自分が頑張ったところで、周りの人間によってDクラスのクラスポイントは減らされていた。
支給されるポイントが少ないと、当然やれることにも制限がかけられる。
束の間の息抜きである娯楽でさえポイントの所為で満足に出来ないのだ。
「……いくらなら払える?」
「小テスト、そして定期テスト5教科合わせて8万でどうです?」
「そ、そんなに貰っていいのか?」
予想外の額に先輩は大層驚いていた。
1万や2万であれば断っていた。
4万や5万であれば即決していた。
しかし柚椰はそれよりも遥か上の額を提示してきたのだ。
ここまでの好条件とあれば飛びつかない手はない。
がしかし、本当に貰っても良いのかという躊躇いもあった。
「勿論、後藤先輩だからこそですよ。学生としてあるべき姿で勉強に打ち込む先輩を俺は尊敬しています。だからこそ、この額はその敬意の形と思って頂ければ」
「うむ、そうか……よし、俺も君のような後輩は好きだ。契約するよ」
柚椰の言葉に気を良くしたのか、先輩は満足気に頷いて承諾した。
「ありがとうございます。では、番号と連絡先を教えていただいても?」
「あぁ、勿論だ」
先輩は意気揚々と端末を取り出すと、柚椰に番号を教えた。
それを見て、早速柚椰は先輩に8万ポイントを支払った。
「過去問は今日の夜にでも送ってください」
「分かった。君もテスト頑張れよ」
先輩は完全に柚椰を一後輩として可愛がることを決めたようだ。
その信頼に柚椰は笑顔を浮かべる。
「えぇ、それともう一つ、先輩に良い話があるんですが」
「なんだ? 俺に出来ることならなんでも言ってくれ」
先を促す先輩に柚椰は続きを語った。
「もしこれから先、学校内で何か問題が起こった場面に遭遇したとき、動画を撮っていてほしいんです」
「動画を? どうしてそんなことを」
「誰かが喧嘩をしているとか、誰かが悪いことをしているとか、なんでもいいんですよ。男子が女子を部屋に連れ込んでいたとか、逆も然りです。そういった場面に遭遇したときに撮った動画を、後日俺に送ってください。内容に応じてポイントをお支払いします。目下欲しいのは……副会長さんの動画、ですかね?」
「──! な、南雲のだと……!?」
柚椰が口にした副会長という言葉に先輩は慄いた。
南雲という名に相当怯えているのは明白だ。
その表情はやりたくないという感情が前面に出ていた。
「別に副会長に逆らえと言っているわけではありませんよ。あくまで先輩は偶然その場に遭遇して、偶然動画を撮ってしまった。そしてそれをたまたま仲の良い後輩である俺に送ってくれた、というだけです。勿論、先輩から貰ったということは絶対に秘匿にします。貴方が彼にマークされることはありませんから安心してください」
「……ほ、本当に俺からの情報だってことは伏せてくれるんだな?」
「勿論です。副会長さんの情報は貴重ですからね。一般生徒の情報よりも高いポイントをお支払いします。一般生徒の動画なら2万、副会長さんの動画なら最低6万はお支払いします」
「ろ、6万ポイント……」
提示された額に先輩はゴクリと唾を飲んだ。
危険な橋を渡るとはいえ、その額はあまりに魅力的だった。
そして柚椰は秘密を守ると約束してくれた。
ならば、その提案に乗ってもいいのではないだろうかと先輩は思った。
柚椰は先輩がやる気になってくれたと確信したのか席を立った。
「では、乗り気になって頂けたようなので俺はこれで失礼します」
「お、おう、動画がもし撮れたら送る。そのときはポイントを頼むぞ」
「えぇ勿論。先輩とは今後とも良い取引をしていきたいので」
先輩に笑顔でそう言い残し、柚椰は図書室を出ていった。
「3-D、諏訪原先輩ですよね?」
「……なに? なんか用?」
図書室を出た柚椰が次に向かったのは敷地内のとあるカフェ。
目的は店内の一角でケーキと紅茶を楽しんでいた女生徒だった。
ティータイムに水を差されたことで、先ほどの先輩同様不満そうに応対していた。
「実は、先輩を見込んでお願いがあるんですが」
「いきなり何? っていうか君誰」
藪から棒に何だとでも言いたげに先輩は素っ気ない。
しかし柚椰は朗らかな笑みを絶やさなかった。
「1-Dの黛柚椰っていいます。よろしくおねがいします」
「ん、それで? その黛君は一体何を頼みに来た訳?」
「単刀直入に言うと、1年生のときに受けたテストの過去問を譲って頂きたいんです。勿論、相応のポイントはお支払いしますよ」
「ふーん」
紅茶を啜りながら、先輩は柚椰の話を聞いた。
そしてティーカップを置くと、つまらなそうにそっぽを向いた。
「会ったばかりの君にそんなこと頼まれてOKするのもね〜別に私、ポイントに困ってる訳じゃないし」
先輩のその発言に柚椰は声を出して笑った。
「はははっ、それは無いでしょう」
「……何? 何が言いたいの」
「先輩、散財癖が酷くてクラスメイトはおろか部活の後輩たちにまで借金してますよね?」
「──っ! ど、どうしてそれを……」
図星だったのか先輩は冷や汗を浮かべている。
「返す当てもなく、友達だから、先輩だからって理由で踏み倒してますよね。貴女にポイントを貸した生徒から聞きましたよ? 随分と強引に巻き上げられた、って」
「くっ……!」
柚椰はまたしても嘘を挟んだ。
彼女にポイントを貸した生徒から聞いたという嘘。
それは彼女を動揺させ、判断を鈍らせる。
「先輩も自分の立場が危うくなってるんじゃないですか? 借金抱えて返すつもりもない人間が、周りからどういう目で見られるかは想像に難くない」
「……」
柚椰の言葉に心当たりがあるのか先輩は無言で俯く。
恐らく既に彼女は周りから白い目で見られ始めているのだろう。
しかし、それを打開する策が彼女にはない。
ポイントを返す当てがないため彼女は借金を帳消しに出来ない。
優雅にティータイムを楽しんでいたのは、つまるところ強がりだったのだろう。
弱る先輩に、柚椰はニヤリと笑みを浮かべた。
「でも、俺はそんな先輩だからこそ、この交渉を持ちかけたんですよ」
「どういうこと?」
「おや、気づきませんか? この取引において先輩にデメリットは何一つないんですよ? 貴女はテストの過去問をただ俺に送るだけ。別に何かを失うことはない。しかし、俺はその対価としてポイントを貴女に支払う。つまり、貴女は使うこともない過去の遺物を差し出すだけでポイントが手に入るわけですよ」
「た、確かに」
先輩は柚椰の言葉に納得しているのか徐々に顔を綻ばせた。
その表情から柚椰は彼女が取引に乗ってくると確信した。
「お支払いするポイントは小テスト、そして定期テスト5教科合わせて8万です」
「そ、そんなに……? で、でも払えるんでしょうね!? 貴方あのDクラスでしょ?」
どうやら先輩の耳にも今年のDクラスは最悪だということは伝わっているらしい。
クラスポイントが0になり、ポイントが支給されていないはずのクラスに所属している柚椰。
そんな彼が本当にそんな額のポイントを支払えるのか先輩は疑っているのだ。
しかし先輩に尋ねれらても尚、柚椰は自信満々な笑みを以って答える。
「ご心配なく。それなりに蓄えはありますから。もし信用できなければ、過去問を受け取る前に半額の4万だけでも先にお支払いしますよ?」
「……そこまで言うなら、どうやら本当みたいね」
先輩は柚椰の表情から、彼の言うことが嘘偽りではないと信じたらしい。
「いいわ、その取引乗ってあげる」
「ありがとうございます。では番号と連絡先を頂いてもよろしいですか?」
「はいはい」
先輩はテーブルに備え付けられている紙ナプキンを手に取ると、そこに番号と連絡先をボールペンで書き込んだ。
柚椰はそれを受け取ると、端末に彼女の連絡先を登録して彼女へ8万ポイントを支払った。
「え、先に払ってくれるの?」
先輩は自分の端末にポイントが支払われたことを確認すると、その支払われた額に驚いていた。
「交渉に乗ってくださった優しい先輩への細やかな対価ですよ。過去問は今日の夜にでも送ってください」
「あ、ありがとう……」
にこやかな笑顔でそんなことを言う柚椰に先輩は毒気を抜かれたのかしおらしい態度をとっていた。
彼女もまた、柚椰のことを信用したようだ。
「では、更にポイントを稼ぐ良い話を。これは諏訪原先輩にだけですよ?」
「わ、私にだけ……」
その甘美な響きに先輩はゴクリと唾を飲んだ。
間違いなく彼女がその取引に応じると確信している柚椰はニヤリと笑った。
「えぇ、方法は至って簡単です。──」
彼は図書室で出会った先輩に話したのと同じ内容を、目の前の先輩に語り聞かせた。
今後、校内でのアクシデントに遭遇した場合に動画を撮ってほしいということ。
そしてその動画を送ってほしいということ。
動画の対価としてポイントを支払うということを伝えた。
目下欲している動画は生徒会副会長の動画であることも……
「ふ、副会長の動画って……」
目の前の先輩もまた、副会長の名を聞いて怯えていた。
どうやら南雲雅という名は上級生の間でさえ恐れられているようだ。
「先輩からの情報であることは勿論伏せさせて頂きます。決して先輩にはデメリットがないことはお約束しますよ?」
「ほ、ほんとに……?」
「えぇ、副会長のものなら動画1つで最低でも6万ポイント。悪い話ではないでしょう?」
「そうね……分かったわ」
「では、よろしくお願いしますよ」
了承の意をもぎ取ったことに満足すると、柚椰は席を立ち、カフェを後にした。
その後も部活動終了時刻になるまで、柚椰は敷地内にいる先輩に次々と声をかけて回った。
しかし先の2人とは異なり、今度は動画の件のみを交渉するために……
あとがきです。
過去問あげるだけで8万貰えると聞けば飛びつきますよね。