ようこそ人間讃歌の楽園へ   作:gigantus

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彼は同窓の徒を分析する。

 

 

 

「皆、少し聞いて貰ってもいいかな?」

 

 そう声を上げたのは好青年という言葉がそっくり当てはまりそうな男子生徒だ。

 いかにも優等生といった雰囲気でクラスの中心にいそうな男子。

 

「僕らは今日から同じクラスで過ごす仲間だ。今から自発的に自己紹介でもして一日でも早く皆が仲良く出来ればと思うんだ。入学式までまだ時間もあるし、どうかな?」

 

「さんせー! 私たち、まだ皆の名前全然わかんないし」

 

 一人が提案したことで、それまで迷っていた生徒たちが次々に賛同した。

 

「じゃあ言い出した僕から。僕は平田洋介。趣味はスポーツ全般だけど、特にサッカーが好きかな。気軽に洋介って呼んでほしい。よろしく」

 

 言いだしっぺの男子、平田はスラスラと、つつがなく自己紹介をやってのけた。

 彼の後に続く形で一人、また一人と自己紹介をした。

 途中口下手な、というより人の前で話すことが苦手なタイプの女子もいたが、周りの生徒のアシストもあってなんとかこなしていた。

 

「俺は山内春樹。小学では卓球で全国に、中学では野球でインターハイまでいったけど、怪我で今はリハビリ中だ。よろしく~」

 

 冗談を交えて自己紹介を行ったこの男子は、所謂お調子者といったところだろうか。

 

「じゃあ次は私だねっ」

 

 事の成り行きを見ていた柚椰の隣から元気のいい声が聞こえた。

 朝から既に何度も聞いた聞き覚えのある声。

 

「私は櫛田桔梗と言います。中学からの友達はこの学校にはいないので一人ぼっちです。あ、でも今日朝に一人、友達が出来たかな。早く顔と名前を覚えて、みんなとも友達になりたいって思ってます」

 

 大抵の生徒が一言、二言で終わる自己紹介で櫛田は尚も語った。

 

「私の最初の目標は、ここにいる全員と仲良くなることです。皆の自己紹介が終わったら、ぜひ私と連絡先を交換してください」

 

 物腰柔らかという言葉が相応しい櫛田の自己紹介は男女問わず多くのクラスメイトの心を掴んだ。

 

「それから放課後や休日は色んな人とたくさん遊んで、たくさん思い出を作りたいので、どんどん誘ってください。ちょっと長くなりましたが、以上で自己紹介を終わりますっ」

 

 最後に、自分の親しみやすさをアピールして彼女の自己紹介は締めくくられた。

 多くの男子生徒はその可憐さに心奪われたのか、彼女に大きな拍手を送っている。

 女子生徒もまた、親しみやすそうだと彼女に好印象を抱いているようだ。

 

 

「(彼女の口ぶりから察するに、交友関係は他クラスにも及びそうだな……)」

 

 既に櫛田の性格を把握していた柚椰は彼女の長所がそこであるということに気づいた。

 彼女はクラスという枠組みで友達の線引きはしないだろう。

 楽しい学校生活を送りたいという思いは嘘ではないだろう。

 しかしそれ以上に、彼女は自分の価値を高めることに暇がない。

 幅広い交友関係を築いているというのはそれだけで一種のステータスになりうるのだ。

 

「(もし先に立てた仮説が正しいのなら、彼女の人脈は大きな武器になる……)」

 

 柚椰は改めて櫛田の価値を高く買った。

 

 

 

「じゃあ次──」

 

 促すように次の生徒に視線を送った平田だが、視線を向けられた生徒は平田を睨みつけていた。

 髪を真っ赤に染めた、いかにも不良のような男だ。

 

「俺らはガキかよ。自己紹介なんて必要ねぇ、やりたい奴だけやってろ」

 

 赤髪の男は喧嘩腰で平田に食って掛かった。

 

「僕に強制する権利はない。でもクラスで仲良くしようとすることは決して悪いことじゃないと思うよ。もし不愉快な思いをさせたのなら謝るよ」

 

 相手をまっすぐ見つめて頭を下げる平田の姿を見て、一部の女子は赤髪の男を睨みつけた。

 

「自己紹介くらいいいじゃない」

 

「そうよそうよ」

 

 

 

「(同調圧力。とりわけ女性は時に()()()()()を重視する傾向がある)」

 

 平田が既に女子生徒に好意的に見られていることもあってか、大半の女子生徒は彼に味方したようだ。

 そしてこれこそが同調圧力。

『平田がそう言っているのだからお前もやるべきだ』という考えが教室内に蔓延している。

 一人がそれを表に出したことで一人、また一人とそれに同意するかのように、皆揃って赤髪の男を敵のように見る。

 赤髪の言うように、やりたい奴だけやればいいという考え。

 それは男女問わず一部の生徒は持っているだろう。

 しかし、残念ながらそれはこの状況においてはマイノリティだ。

 わざわざここで赤髪に味方するような行動を取るメリットはない。

 長いものには巻かれろとはよく言ったもので、多数派に流されていれば波風立たずにすむからだ。

 

 世界からいじめがなくならない理由も実のところこれに起因する。

 声の大きな者、集団の中心に位置する者がいじめを肯定する姿勢をとった場合、多くの者はそれに流されることがままある。

 なぜならば、反対すれば自身がそのターゲットになる危険性を秘めているからだ。

 中心人物が『アイツが嫌いだ』と言えば、『自分も嫌いだ』『自分も実は前から嫌いだった』とそれに追従するような行動をとる。

 たとえその中心人物が気に食わない奴だったとしても、集団の輪を崩さないために友好的な姿勢をとる。

 個よりも輪、少数派の考えよりも多数派の考えへと人は同意しやすい。

 

 

 

「うっせぇ、こっちは別に仲良しごっこしに来たんじゃねぇんだよ」

 

 赤髪の男はそう吐き捨てて席を立った。

 同時に言葉を発さないながらも数人の生徒が続くように席を立ち、教室を出て行った。

 ほとんどが男子だが中には女子もいた。

 

 

「(協調性がない。というよりこれは()調()()()()()()()、か)」

 

 席を立った生徒一人一人を柚椰は視ていた。

 そして如何なる理由で席を立ったのかを分析していた。

 

 

 

 

「悪いのは彼らじゃない。勝手にこの場を設けた僕が悪いんだ」

 

「そんな、平田君は何も悪くないよ。あんな人たち放っておいて続けよう?」

 

 謝罪する平田をフォローするように女子がそんなことを言った。

 その光景を、というよりは平田を柚椰はじっと見つめていた。

 

「(協調性の重視、というよりこれは……()()、かな?)」

 

 平田の在り方は、優しさというよりは歪んだ何かであると柚椰は見抜いた。

 クラスを纏めるというよりは、崩壊することを是が非でも防ごうとする。

 団結を望むのではなく、軋轢を恐れる。

 だからこそ平田は先の場面で頭を下げることを躊躇わなかったのだ。

 柚椰は平田の分析をひとまず打ち切り、次の生徒に視線を移した。

 

 

「俺は池寛治。好きなものは女の子で、嫌いなものはイケメンだ。彼女は随時募集中なんでよろしく! もちろん可愛い子か美人希望!」

 

 冗談なのか、或いは本音なのかはさておくとして、池と名乗る男子の自己紹介は少なからず女子から軽蔑の視線を貰った。

 

「スゴーイ、イケクンカッコイー」

 

「マジマジ? 俺も自分で悪くねぇかなって思ってるけどさ、へへへ」

 

 女子が言った心にもないことを池は真に受けているようだ。

 どうやらお世辞だということに全く気づいていないらしい。

 

「(池、彼は乗せやすそうだな……煽てれば木に登るタイプか)」

 

 

 

「あの、自己紹介をお願いできるかな?」

 

 平田が次に指名したのは今朝方バスにいた金髪の男。

 彼のような男がまだ教室に残っていたのは意外だ。

 彼は短く微笑むと机の上に両足を乗せ、その体勢のまま自己紹介を始めた。

 

「私の名前は高円寺六助。高円寺コンツェルンの一人息子にして、いずれはこの日本社会を背負う男だ。以後お見知りおきを、小さなレディーたち」

 

 彼はこの場にいる女子生徒のみに向けて自らの身分を明かした。

 しかし女生徒たちは彼に目を輝かせることはなく、寧ろ変人を見るような目を向けていた。

 

「それから言っておこう。私が不愉快と感じる行為を行った者は、容赦なく制裁を加えることになるだろう。嫌ならば十分配慮したまえ」

 

「えーっと、高円寺君。不愉快と感じる行為っていうのはどんなことかな?」

 

 物騒な言葉を聞いたためか、平田はそう尋ねた。

 

「言葉通りの意味だよ。強いてあげるとするならば……私は醜いものが嫌いだ。そのようなものを目にしたら……果たしてどうなってしまうやら」

 

「あ、ありがとう。気をつけるようにするよ」

 

 高円寺の傲慢たる発言に苦笑いしながらも平田はそう返した。

 

 

 

「(己が優れているという確固たる自信。そこには一切の揺らぎがない)」

 

 柚椰は高円寺の人となりを今一度詳しく分析していた。

 高円寺六助という人間は、とどのつまり優秀なのだろう。

 それは客観的事実ではなく、主観的事実に基づいている。

 しかし自惚れているのではなく、そうであると当たり前のように認識している。

 恐らくだが、彼はこれまで試練という試練にぶつかったことがない。

 或いはぶつかったとしても容易に突破してきたのだろう。

 だからこそ自分が優秀であると誰よりも理解しているタイプだ。

 

「(文武両道、百戦錬磨、それが()()()()だと思っている人種か……)」

 

 加えて彼が言った『醜いものが嫌い』という言葉。

 それは恐らく容姿のことではなく、内面を指す。

 御曹司という立ち位置であることを踏まえれば簡単に察しがつく。

 彼には、彼の家にはこれまで多くの人間が群がってきただろう。

 そしてそれらは全て、彼の親が経営している企業か或いは彼らの財産が目当てだった。

 己の存在に対する評価ではなく、背後にあるものへ媚びへつらってくる人間。

 嗚呼、それは確かに醜いだろう。

 もし先の彼の自己紹介で彼に媚を売ってくる者がいたとすれば、彼は忠告することなく制裁を加えていただろう。

 

「(彼と交渉する場合、下手な建前や小細工は悪手だろうね……)」

 

 今後、彼と取引する際は全て本音で語らざるを得ないだろうと柚椰は思った。

 

 

 

「じゃあ次は君、お願いできるかな? 他の皆も君が気になってるみたいだから」

 

 平田が指名したのは柚椰だった。

 先ほどからクラスメイトの、とりわけ男子からの『お前は何処のどいつだ』といった視線が向けられていることは柚椰も理解していた。

 柚椰は平田の指名に頷くと、静かに椅子から立った。

 

「じゃあ期待に応えて。俺は黛柚椰。趣味は将棋、囲碁、チェス。特技はこれと言えるものはないけど、スポーツは大体出来るかな。平田がさっきサッカーが好きと言っていたから今度サッカーでもやろうか。と、まぁこんな感じかな。なにか質問があれば聞いてくれて構わないよ」

 

 クラスメイトがまだ聞きたいことがあるような目をしていたのを察したからか、彼は教室を見渡しながらそう言った。

 するとクラスメイトが次々に我も我もと手を挙げ始めた。

 

「じゃあ質問質問! 櫛田ちゃんとはどういう関係だ!?」

 

「さては恋人じゃねぇだろうな!? だとしたら許さねぇぞ!」

 

「黛君、連絡先教えて!」

 

「あ、抜け駆けズルイわよ! 私も私も!」

 

「み、皆落ち着いて……」

 

 クラスメイトの熱量に平田は面食らっていた。

 一方そんな彼らの熱を一気に向けられているはずの柚椰は涼しそうに微笑んでいた。

 

「ふふっ、櫛田とは今日ここに来る途中で縁があって知り合ったんだ。第一村人ならぬ第一お友達というやつだね。彼女も俺が第一お友達みたいだったから、お互いラッキーだったよ。あぁ、連絡先なら全然交換するから構わないよ。俺も友達は多く作りたいからね」

 

 クラスメイトから聞かれたことを柚椰はつらつらと答えていた。

 小さな冗談も挟みつつ返ってきた答えにクラスメイトたちは皆笑っていた。

 

「なぁーんだ、ただの友達か」

 

「つーか第一お友達ってなんだよ」

 

 男子たちは安心する者や柚椰の小ボケに笑っていた。

 女子もまた、イケメンの連絡先を手に入れられるという事実にテンションが上がっているようだ。

 

 

「あ、でもその前に櫛田と連絡先を交換しないとね」

 

「え、私?」

 

 いきなり話を振られた櫛田はキョトンとした顔で首をかしげた。

 そんな彼女に柚椰はニコッと笑った。

 

「うん、第一お友達だから一番最初に登録するなら俺は君がいいな」

 

 そう言うと彼はポケットから取り出した学生証端末を櫛田に差し出した。

 端末ごと渡された櫛田は、その行動に面食らっていた。

 

「えぇっ!? 端末ごと渡しちゃうの!?」

 

「今日貰ったばかりの物だから、別に見られても困るものじゃないだろう?」

 

「そ、それはそうだけど……」

 

「じゃあ、早速交換しようか」

 

 柚椰に促され、櫛田は自分の端末と柚椰の端末を操作してお互いの連絡先を登録した。

 あまりに自然と行われたやりとりにクラスメイトは一瞬ポカンとしていた。

 しかし徐々に状況を理解したのかざわつき始める。

 

「あの野郎……やっぱ油断ならねぇ!」

 

「あっさり櫛田ちゃんと連絡先交換しやがって……!」

 

「端末ごと渡すなんて、櫛田さん信頼されてるね~」

 

「ね、なんか羨ましい」

 

 

「皆、まだ自己紹介する人が残ってるから一旦落ち着いて」

 

 ざわついているクラスメイトを平田は宥め、自己紹介を再開しようとした。

 そして彼が指名した次の生徒──

 

「えー……えっと、綾小路清隆です。得意なことは特にありませんが、皆と仲良くなれるよう頑張りますので。えー、よろしくお願いします」

 

 取りとめもなく、というよりは特になにも目立つことは言わず、その男子生徒は自己紹介を締めた。

 クラスメイトも何とリアクションをとっていいものかと困惑しながらも拍手を送っていた。

 

「よろしくね綾小路君、仲良くなりたいのは僕も同じだ。一緒に頑張ろう」

 

 男子生徒をフォローするように平田がそう言って笑顔を振り撒いた。

 

 

 

「……」

 

 クラスメイトたちが拍手を送る中、柚椰は先の男子生徒を見つめていた。

 これまでの生徒同様、どのような人間かを分析するためだ。

 しかし──

 

「(口下手、内気、ではないな。()()はなんだ?)」

 

 綾小路と名乗る男子生徒の分析はこれまでの生徒たちより遥かに複雑だった。

 

「(孤立したいわけではない、だが目立ちたくもない。そういう奴は何処にでもいるが……)」

 

 柚椰が視るに、綾小路のソレはごくありふれたものではないということは理解できた。

 友達は欲しい、けれどグループの中心などにはなりたくない。

 そういった人間はどこにでもいる。

 長いものに巻かれる人種などはまさにそれだろう。

 しかし、綾小路清隆は違う。

 

「(浮世離れ……いや、()()()()という表現が正しいか)」

 

 変わり者というカテゴリーには属さない。

 そもそも綾小路清隆という人間は一般的に分析される性格には当てはまらない。

 達観しているというよりは冷めている。

 見下しているのではなく無関心。

 大人ぶっているのではなく、恐らく本当に精神が歳相応のそれではない。

 

「(取捨選択に迷わない。利のないものはなんであれ切り捨てる機械的思考、か)」

 

 柚椰が分析した結果、綾小路清隆という人間は以下の特徴を有していると考えた。

 メリット、デメリットの判断が正確且つ冷静。

 感情を排除した機械的思考の下、利益不利益によって人間関係を構築するタイプ。

 クラスメイトを、ひいては全校生徒全職員を敵か否かで判断する。

 そして恐らく敵と判断した場合──

 

「(容赦なく潰すだろうな……あの手の人種に誰かと肩を並べるという思考はない)」

 

 綾小路清隆は導火線のない爆弾。

 いつ爆発するか分からない不発弾のようなものだ。

 人畜無害そうな雰囲気を纏っているが、実際はどこまでも物騒で冷酷だ。

 支配欲にまみれた小物より尚性質が悪い。

 

 

 

「(もし彼が件の人物であるなら出し抜くのは容易ではなさそうだね……やるとするなら念入りに、だ)」

 

 

 それは黛柚椰の中で、綾小路清隆という男がしかと刻まれた瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 




あとがきです。
個性派揃いのDクラスは黛君にとっては宝石箱ですね。

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